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2012-01-24

[]「上海派遣軍慰安所酌婦契約条件」が人身売買契約であることについて

「通りすがりの人」a.k.a.(以下略)にはまだ早い話ですが、いずれ必要になるかもしれない(あまり期待はできないですが)のでメモとして。

彼が持ち出してきた「上海派遣軍慰安所酌婦契約条件」は次のような内容です。

一、前借金      五百円ヨリ千円迄

  但シ、前借金ノ内二割ヲ控除シ、身付金及乗込費ニ充当ス

(中略)

一、前借金返済方法ハ年限完了ト同時ニ消滅ス

  即チ年期中仮令病気休養スルトモ年期満了ト同時前借金ハ完済ス一、利息ハ年期中ナシ。途中廃棄ノ場合ハ残金ニ対シ月壱歩

(中略)

一、精算ハ稼高ノ一割ヲ本人所得トシ毎月支給ス

(後略)

1,000円借りても800円しか渡さないというのは小説に出てくる闇金の手口ですがそれはともかく。

この契約では抱主と「慰安婦」の取り分を例えば5分5分として、その5分の収入から借金を返す(無利子)ということにはならないんですね。2年間での稼ぎ高がいくらであろうが年季が明ければ借金は帳消し、ただし「慰安婦」の手元には稼ぎ高の1割しかわたらない、という契約であるわけです。「年期中仮令病気休養スルトモ年期満了ト同時前借金ハ完済」とかここでは省略しましたが「年期無事満了ノ場合ハ本人稼高ニ応ジ、応分ノ慰労金ヲ支給ス」といった、文言としてはまことに結構な条件が付されており、また戦局が日本にとって順調である時期には抱え主次第でそうした条件にみあう現実もあったのかもしれませんが、それが可能なのも抱え主は金を貸してもうけるつもりではないからです。貧困層出身の若い女性に月利1分で500〜1,000円を貸しても貸し倒れになることは目に見えているわけで、金銭貸借契約としては美味いはなしではありません。あくまで抱え主は、売春によってもうけることを考えているのです。なにしろ稼ぎ高の9割が抱え主のものになるのですから、病気や死亡といったリスクを勘定に入れても十分に元がとれるのでしょう。稼ぎ高を折半して5割を「慰安婦」の取り分とし、その収入から借金を返すのであれば形式的には金銭貸借契約と売春契約とは独立していますが、この契約では2年間確実に売春させるための枷として前借金がビルトインされているわけです。

当時の裁判所に軍の威光に屈さない判断ができたとしてこの契約をどう判断するか……を予測することは私の能力を超えていますが、契約条件の考案者の発想が「借金により、確実に2年間売春をさせようとする」ものであることは明らかでしょう。

nagaikazunagaikazu 2012/01/24 18:00  Apemanさん、お久しぶりです。私の論文へのアクセス数が急に増えたので、気がついた次第です。

 ご指摘のように、所定の期間売春に従事をさせることと目的として金を貸すわけですから、くだんの契約はどうみても「身売り」(=人身売買)以外の何ものでもない。当時の警察が「一般婦女身売防止ノ精神ニモ反スル」と言っているのですから。

 身を売られた女性は、買った抱主の「奴隷」のようなものですが、抱主はもうけをあげるために、その奴隷に売春をおこなわせて稼いで貰わなければいけません。ただでサービスさせるはずがありません。日本軍の慰安所は、このシステムをくみこんで成り立っていますから、ただじゃやないから「性奴隷」じゃないなどというのは、お笑いぐさにしかなりません。


 ついでに、論文でタイトルだけ示して中味を省略したとそしられているらしい「契約書」と「金員借用証書」と「承諾書」のひな形も示しておきます。「身売り」契約であることは、よりいっそうはっきりするでしょう。

         契約書
一、稼業年限〔ここに年数が記入される〕
一、契約金 〔ここに前借金の金額が記入される〕
一、上海派遣軍内陸軍慰安所ニ於テ酌婦稼業ヲ為スコト。
一、賞与金は揚高ノ一割トス(但シ半額ヲ貯金スルコト)
一、食費衣裳及消耗品ハ抱主負担トス。
一、年限途中ニ於テ解約ノ場合ハ元金残額違約金及抱入当時ノ諸費用一切ヲ即時支払ヒ申スベキコト
右契約条項確守履行仕ル可ク依而契約証書如件。
  昭和 年 月 日
  本籍地
  現住所
              稼業人
  現住所
              連帯人
       殿
        
      金員借用証書
一、金〔ここに借用金額が記入される〕
右之金員拙者要用ニ付キ正ニ請取借用仕候事実正也然ル上ハ返済方法ハ別紙契約書ニ基キ酌婦稼業ヲ為シ御返済申ス可ク万一本人ニ於テ契約 不履行ノ節ハ拙者等 連帯者ニ於テ速カニ御返金仕ル可ク為後日借用証書依而依如件
   昭和 年 月 日
  本籍地
  現住所
              借用主
  現住所
              連帯者
         殿

        承諾書
本籍
住所             稼業人
                   年 月 日 生
右ノ者前線ニ於ケル貴殿指定ノ陸軍慰安所ニ於テ酌婦稼業(娼妓同様)ヲ為スコトヲ承諾仕候也
   昭和 年 月 日
            右戸主又ハ親権者
            稼業人 

 こういう契約は、当時でも売春目的の契約ですから、公序良俗に反するもので、無効とされました。しかし、売春に従事する場所が国内であれば、刑法にはひっかからない。しかし、この件のように就業地が上海(国外)となると、当時の刑法第226条の「帝國外ニ移送スル目的ヲ以テ人ヲ賣買シ(タル者ハ二年以上ノ有期懲役ニ処ス)」に抵触しかねません。私の論文ではこの辺が曖昧なのが問題だと、現在は反省しています。

 「国外移送目的の人身売買罪」の判例をきちんと研究していないので、自信をもって言い切れるわけではないのですが、軍が性欲処理施設である軍慰安所を制度化したことにより、もともとは国際的な人身売買(Traffic)を防止するためにつくられた刑法第226条がザル法になってしまったのだと、考えられます。

ApemanApeman 2012/01/24 20:17 >私の論文へのアクセス数が急に増えたので、気がついた次第です。

どうも学期末&入試シーズンでお忙しいところお騒がせいたしました。

> ご指摘のように、所定の期間売春に従事をさせることと目的として金を貸すわけですから、くだんの契約はどうみても「身売り」(=人身売買)以外の何ものでもない。当時の警察が「一般婦女身売防止ノ精神ニモ反スル」と言っているのですから。

「前借金返済方法ハ年限完了ト同時ニ消滅ス」と「精算ハ稼高ノ一割ヲ本人所得トシ毎月支給ス」では、金銭貸借契約と娼妓契約とが独立してないのではないか、というところまでは思い至ったのですが、当時の判例をいろいろあたってみるところまでは手が回っておりませんでした。ご教示ありがとうございます。

>ついでに、論文でタイトルだけ示して中味を省略したとそしられているらしい

彼が自分の挙げた資料・文献を自分で読んでいないことは明白であったわけですが、一体誰の受け売りでこんなことを言い出したのか特定しようと思いつつまだ果たせていません。他の件が片付いたら引き続き調べてみるつもりです。

>しかし、売春に従事する場所が国内であれば、刑法にはひっかからない。

とはいえ、この契約書は陸軍大臣宛の文書に添付されていたわけですから、少なくとも軍が(民法上の)不法行為を看過しかつ利用していたことは推認しうるわけですね。

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