2012年 1月22日記念ハルキョン小説短編 年賀状を出さなくても済む方法
※注1
SOS団の定義の記述について、ニコニコ大百科(仮)の記事の一節を引用させていただいています。
引用元URL:http://dic.nicovideo.jp/a/sos%E5%9B%A3
感謝を申し上げます。
1月の第3日曜日は、例年お年玉くじ付き年賀状の当選番号の抽選と発表が行われる日だ。
翌日の月曜日の放課後、SOS団のメンバーはハルヒの命令により自分宛てに来た年賀状を持って文芸部室に集合した。
ハルヒはメンバーに自分で当選番号を確認してはならないときつく言っていた。
賞品が当たった時の驚きと喜びを、SOS団のメンバーで分かち合いたいと言う理由らしい。
「キョン、遅いわよ!」
「無茶を言うな、これでも全力で走って来たんだぞ」
息を切らせて部室に入って来たキョンに、ハルヒはそう声を掛けた。
キョンは放課後、学校から郵便局まで当選番号の書かれた紙を取りに行かされていたのだ。
この学校は駅前の商店街から遠く離れた丘の上にある。
長い坂道を往復させられて、キョンはヘトヘトだった。
「全く、当選番号なんかネットで見れば良いじゃないか」
「ダメよ、苦労しないで楽をしたら、ありがたみが薄れるじゃない」
「お前はただ待っているだけじゃないか」
キョンが文句を言っても、ハルヒは全く悪びれる事無く言い放つ。
「あたしはキョンにその醍醐味を譲ってあげているのよ、ありがたく思いなさい!」
「さすが団員思いの涼宮さんですね」
「それじゃあ、来年からお前がやれ」
涼しい顔をしている古泉に、キョンは恨めしそうな表情でにらみつけた。
キョンが部室の備品であるホワイトボードに、持って来た当選番号の書かれた紙をマグネット画鋲で貼り付けると、ハルヒは100万キロワットの笑顔を浮かべて宣言する。
「それではこれより、年賀状の当選発表会を行います!」
「す、涼宮さぁん、なんであたしがバニーガールの衣装を着なくちゃいけないんですかぁ?」
キョンが郵便局に行っている間に着替えさせられたのだろう、みくるが泣きそうな顔でそう言った。
「言うまでもないわ、くじの抽選の生中継にはバニーガールって決まっているでしょう」
「でもぉ」
みくるは弱々しい声で反論しようとしながら、体を震わせている。
電気ストーブがあるとは言え、部室全体を暖めるまでには至らなかった。
みくるの気持ちを察したキョンは、ハルヒをにらみつけて強い口調で提案する。
「冬にバニーガールは寒すぎるだろう、せめて巫女さんのコスプレにしたらどうだ」
「もう、仕方無いわね」
ハルヒは不満な態度でありながらもキョンの提案を受け入れた。
「キョンくん、ありがとう、だけど……」
どうやらキョンの提案は、みくるが望んだのとは斜めの方向だったようで、みくるは引きつった表情でキョンにお礼を述べた。
みくるの衣装替えのためにしばらくキョンと古泉は廊下に出る事となった。
「やれやれ、年末はのんびりと過ごしたいところだったのに、ハルヒに年賀状を強制的に書かせられるとは思わなかったぜ」
キョンがウンザリとした顔でこぼすのとは対照的に、古泉は涼しい顔をしている。
「ふふ、僕は普段から年賀状を書く習慣がありましたので、それほど苦にはなりませんでしたよ。枚数が少し増えただけです」
「まあ、不可思議な現象を起こされるよりはマシか」
最近のSOS団は『シーズンごとのイベントをオンタイムにしめやかに実行するための団体』(※注1)になってしまったのではないのかとキョンも感じていた。
「ええ、涼宮さん自身は自覚しているのか分かりませんが、だんだんとありふれた普通の少女になって来ていますよ」
「そりゃあ、結構な事だな」
「これからもその調子で頼みます」
古泉にそう言われると、キョンは不思議そうな顔になった。
「おいお前、それはどう言う……」
キョンが古泉に尋ねようとすると、ハルヒが部室のドアを開ける。
「ほら、みくるちゃんも着替え終わったから、早く発表会を始めるわよ!」
ハルヒに急かされて、キョンと古泉は部室の中へ戻るのだった。
「そ、それでは、番号を読み上げます……」
みくるは年賀ハガキを手に持って、1枚ずつ番号を読み始めた。
長門がホワイトボードに貼られた番号と照らし合わせて、みくるの読んだ番号が当選しているのか判断する。
そして当たった場合には、議員選挙の様に花丸で印をつけて万歳三唱をする段取りになっていた。
「外れ」
「あぁ~っ」
「残念ですね」
有希が淡々と答える度に、ハルヒの大きな失望の声が上がった。
年賀状くじの1等の賞品には『選べる海外旅行&国内旅行』と書かれていたので、ハルヒはもし当たったらどこに行こうか、などと胸をときめかせていたのだ。
キョンはハルヒが全ての賞品をかっさらってしまうのではないかと内心不安だった。
もしそんな事になってしまったら、当たるはずだった人に申し訳が無い。
年賀状の残り枚数が少なくなって行く内に、ハルヒの顔がだんだんと険しくなって来た。
キョンは切手シートでも当てさせてやれと長門に目で合図を送るが、長門の表情に全く変化が見られない。
結局何も当たらないまま、当選発表会は終わってしまった。
「何て情けない結果なの、1枚も当たりが無いなんて!」
「運が無かったんだ、文句を言っても仕方が無いだろう」
落ち込むハルヒにキョンが言い聞かせるように声を掛けると、ハルヒは否定するように強く首を横に振る。
「いいえ、年賀状の枚数が足りなかったからよ。キョン、あんただって妹ちゃんに年賀状の枚数で負けているじゃない。あんたが自発的に書かないから、年賀状が貰えないのよ」
「そんな事言ってもな、友達同士で年賀状を書くなんて面倒なだけじゃないか。だから中学の時になって、俺達は互いに年賀状を出さない協定を結んだんだ」
キョンが反論すると、ハルヒは不機嫌な顔のまま吐き捨てる様に話す。
「面倒だから書かないだなんて、子供染みた言い訳だわ。仕事に就いている社会人なら、こうしてお世話になっている人に年賀状を出すものなのよ」
ハルヒはそう言って、古泉の父親宛てに送られて来た年賀状の1つを手にとってキョンに見せた。
古泉の父親は大きな企業の社長をしているので、他の企業からの年賀状が多く送られて来ているのだ。
「そりゃあ、お得意様相手なら俺だって年賀状を書くさ。俺は友達に書く意味が無いって言ってるのさ」
「年賀状はね、自分の近況を相手に知らせる大事なコミュニケーションの手段なのよ。あんた、中学を卒業して以来会っていない友達が今どんな感じなのかわかる?」
ハルヒに尋ねられたキョンは、すぐに言い返す事ができずに口をつぐんだ。
古泉は涼しい顔でハルヒの質問に答える。
「僕は転校前の友人から年賀状を貰いましたから、彼らの近況が手に取るように分かりますよ」
「年賀状を出さないと、友達は減ってしまうものなのよ」
勝ち誇ったようなハルヒの顔を見て、キョンは苛立った表情になる。
「ハルヒだって中学の友達から年賀状が来て居ないじゃないか!」
キョンがハルヒに向かって言い放つと、部室の空気が凍り付いた。
「キョ、キョンくん!?」
みくるが血の気の引いたような顔になった。
ハルヒは東中では変人と扱われてクラスで孤立してしまっていたのだ。
自分の失言に気が付いたキョンは、あわてて石像のように無表情で固まったハルヒにフォローを入れる。
「ハ、ハルヒは人気者だな、ほら、阪中さんやENOZのみんなからも年賀状が来ているし。これから年賀状をやりとりする相手を増やして行けば良いじゃないか」
「そ、そうよ、SOS団の名前が広まれば、年賀状も増えて賞品が当たる確率も高まるし、これぞ一石二鳥の作戦よ!」
SOS団の悪名だけはすでに広まっているけどな、とキョンは心の中でつぶやいた。
しかし、わずかな人数ながら今も感謝してくれていると言うのは悪い気はしない。
古泉はそんなハルヒを褒め称える。
「流石は涼宮さんですね」
「よかったぁ……」
立ち直ったハルヒの姿を見て、みくるはホッと胸をなで下ろした。
「私には5枚しか年賀状が来て居ない」
本を読んでいた長門がポツリとつぶやくと、和みかかっていた部室の空気が再び引き締まった。
長門に来た5枚の年賀状の内4枚はSOS団のメンバーで、残りの1枚は鶴屋さんからだった。
やはり長門なりに寂しさ――に似た感情を覚えたのだろう。
「そ、そうだ、コンピ研の連中に年賀状を出してみたらどうだ?」
「キョンにしては気が利く事を言うじゃない、きっと有希から年賀状が届いたら狂喜して返事を書くはずよ」
「分かった」
長門がコクリとうなずくと、古泉とみくるも安心した様子だった。
「しかし今年は残念でしたね。涼宮さんはこれからもずっと年賀状くじで賞品を狙うつもりですか?」
「もちろんよ、是非1等を当ててみたいわね」
「こればかりは狙える物ではないだろう」
腕組みをして古泉の質問にうなずくハルヒの姿を見て、キョンはため息をついた。
「キョン、これからはずっとサボらずにあたし宛ての年賀状を書くのよ。それと、年に1回のイベントなんだから、あたしを楽しませるような内容じゃないと却下よ!」
「おいおい、勘弁してくれよ」
ハルヒの命令を聞いて、キョンはウンザリとした顔になった。
「あなたが涼宮さんに年賀状を出さずに済む方法がありますよ……それは、あなたが涼宮さんと結婚して夫婦になってしまえば良いのです」
古泉が涼しい顔でサラリとそう言うと、キョンとハルヒは揃って息を止めた。
「連名で年賀状が送られてくる日が楽しみですね」
「このあほんだらけーっ!」
顔を真っ赤にしたハルヒはキョンの頬にビンタを食らわせると、肩を怒らせて部室から出て行ってしまった。
「何で俺が殴られなければならないんだ!」
「どうやら、涼宮さんの図星どころか心臓を一突きにしてしまったようですね」
「涼宮さん、キョンくんを意識し始めていますよ」
「朝比奈さんまで何を言い出すんですか、あいつは恋愛感情は精神病の一種だとか言っていたやつですよ!? おい、長門も何か言えって!」
「完全に否定できる根拠は無い」
助けを求めたキョンに対して、長門は冷静に言い放った。
「他にもあなたが涼宮さんに年賀状を出さなくて済む方法はあるわ。あなたが死んでしまえば良いのよ」
「お前は朝倉涼子! 突然やって来て話に混じるな、そんな冗談、笑えないぞ!」
いきなり幽霊のように部室に姿を現した、北高の制服を着た朝倉涼子を見てキョンは思わず身構えた。
古泉と長門も朝倉を鋭い目でにらみつけた。
「あら、私はちょっとお話に来ただけよ? 涼宮さんとあなたの連名の年賀状、私にも出してね、楽しみにしているわ」
「誰が出すか!」
「そう、残念ね。じゃあ、涼宮さんとお幸せに」
キョンが怒鳴ると、笑顔を浮かべた朝倉は閉鎖空間で長門と戦った後の時と同じく、砂の様に消えた。
「どいつもこいつも、俺をからかいやがって!」
朝倉が姿を消すと、キョンはヤケクソになって思い切り叫んだのだった。
それから数年後の正月の事、ハルヒとキョンのクラス担任だった岡部教諭は、毎年教え子から来る年賀状を感慨深そうに読んでいた。
生徒思いだと言われていた岡部教諭を慕って、北高を卒業した後も年賀状を送って来る教え子達も居たのだ。
その誰もが岡部教諭にとって印象深い生徒だった。
生徒達が年賀状で自分の近況を知らせてくれるのは、教師の冥利に尽きるものだった。
しかし、今年はあの女生徒からの年賀状が見当たらないと思った岡部教諭は、焦って年賀状の束を再び確認した。
あの元気の固まりのような女生徒の身に何かがあったのか、と気が気でない。
だがそれは余計な心配だった。
ある男子生徒からの年賀状に目を止めた岡部教諭は、大きな笑みをこぼした。
「まったく、彼女には会った時から、いつも驚かされてばかりだな」
キョンとハルヒの名前が連名で書かれた年賀状の裏面には2人が並んで映った写真が貼られている。
100万キロワットの笑顔をしたウェディングドレス姿のハルヒが、隣に立って居るタキシードを着たキョンのネクタイをつかんで引き寄せていた。
プリントされた定型通りの新年のあいさつの文章の後に続いて、ハルヒ直筆の文字でこう書き加えられている。
――『私達、結婚しました』――。
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