コラム

2012年01月23日号

【小沢裁判】
鷲見一雄の視点=無罪請負人と小沢氏の釈明


●私と小沢氏
 政治における権力闘争は国会議員だけで行われるのではない。私は昭和38年12月、関東の博徒7団体が自民党所属国会議員に「警告文」を出した時から「政権盗り」を巡る「権力闘争」の渦中にいた、小沢氏がまだ。被選挙権を得ていない時代からである。小沢氏が政治に関わったのは昭和44年からである。従って政治の権力闘争、政治と金については私の方が先輩なのである。ただ、権力者の小沢氏に対し当方はあまりにうだつがあがらない存在であるにすぎない。しかし、事実は事実なのだから発言する自由はある。政治家は議席を失えば私と同格なのである。私が謙る理由はない。ここを間違えないでもらいたい。

 私の視点では、小沢氏の11日、12日に行われた被告人質問における釈明は「裁かれている政治家としては共謀共同正犯が成立する言質をあたえない」ことを意識した「裁判所相手の肩すかし、司法軽視も甚だしい内容、こんな刑事被告人は例がない」であった。無罪請負人と呼ばれる弘中惇一郎弁護士らと事前準備の集大成といえようが、裁判官が「明快な説明だった」と捉えるわけがない。共謀共同正犯成立を認める公算が強くなったと私は捉える。

●読売新聞
 読売新聞は11日付朝刊に《小沢元代表「私の署名ではない」被告人質問自身の押印契約書に》(1面)《スキャナー小沢元代表公判 「4億円」 解けぬ疑問「出所」説明また変える 金額・時期は語らず》「共謀の有無石川調書の採否焦点」(3面)「小沢グループ 消費税政局にらみ強気 無罪想定元代表復権シナリオ」(4面)《陸山会裁判「秘書に責任」戦術 「関心を持ついとまがない」小沢元代表「オープン」一転》《政治家は監督責任を負う》岩淵美克・日本大教授(政治学)の話》(39面)という見出しの記事を掲載した。

 読売は12日付朝刊に《社説 「秘書任せ」で理解得られるか》(3面)《陸山会裁判 小沢元代表裁判被告人質問 土地購入・収支報告書裁判官も「不自然」指摘 資金移動「秘書の裁量》「元秘書調書採否が焦点》(29面)《陸山会裁判 「4億、関心ないのか」裁判官、元代表ただす 「秘書が」の言い逃れ許すな》(37面)という見出しの記事を掲載した。

●小沢なくして
「小沢なくして民主党政権はありえなかった」これは私もその通りだと思う。だからといって民主党の実力者の地位のまま裁きを受けているのはいただけない。「小沢グループ 消費税政局にらみ強気 無罪想定元代表復権シナリオ」などに至っては裁判所に対するプレッシャー以外の何物ではないという印象を抱く。小沢氏はまぎれもなく権力者。権力者が国民の意思によって裁かれているというのが今の小沢裁判の構図なのである。検察の権力など小沢氏の権力に較べ小さな権力でしかない。

●鷲見一雄の視点
 無罪請負人と小沢氏の共謀共同正犯成立回避供述は成功したかにみえる。しかし、小沢氏は昭和44年から国会議員、石川氏は平成6年頃から書生、その後秘書、大久保氏は平成11年頃から中央政界に関わる。キャリアが全く異なる。小沢氏は被告人質問で30人の秘書に対し、絶大な指揮命令権を持っている存在であることを示した。小沢氏は「弘中主任弁護人から小沢氏と秘書の認識の違いを尋問されると、「(土地取引などを外部に知られるマイナス面を避けよう)とする配慮が(秘書には)あるかもしれない。私とは若干違った心境にあると思う」と述べている。ここがポイントである。

 小沢氏は全てを秘書に任せていたが、秘書のやったことと共通認識は持っていない、だから収支報告書の虚偽記載も無関係、秘書が何をやろうが、自分に責任はない、と言っているのだ。馬鹿馬鹿しいから能書きは省くが、こういう釈明を昔は法匪と言った。こんな自己中心的な主張を裁判官が認めるとは思えない。裁判官の経験則に反するからだ。こんな釈明が通用するなら田中角栄はじめこれまで有罪になった政治家で無罪主張していた人は全員無罪だ。

 小沢氏は状況的には真っ黒。一人の検察官の暴走と東京地検の小沢氏を利そうとした嘘の捜査報告書で裁判所が小沢氏を無罪にするか。小沢氏を不起訴にした検察が小沢氏を救うことになる。政権交代後の検察は政治に阿る不公正な公訴機関に変わったということか。私は今の日本は法匪の蔓延る時代になったと思っている。これで良いのかと私は主張する。日本を法匪のてんごくにしてはならないと思うからだ。

戻る