――まずは年末に開催されたライブについて伺います。今年のクリスマスイブは仙台で「みちのくMY KEYS〜スペシャルライブ in 仙台サンプラザ〜」が開催されましたね。
はい、今回東北にはどうしても行きたかったんです。当日は「HOME」や「手紙」も歌ったんですが、「手紙」は地元の中学生たちと一緒に歌いました。ワーッと盛り上がるのではなく、しっかりと受け止めてくれている感じがあって、いい時も悪いときも一緒というか、絆をすごく感じられたライブでした。よく「歌うことしか出来ないから」って言うけど、歌を通してちゃんと繋がってると感じてくれている人たちがいるんだって思うと、そういう人たちに向けて頑張ろうとか、もっと歌いたいという気持ちがさらに強くなりました。今後もずっとサポートし続けていければと思っています。
――その後の日本武道館はいかがでしたか?
仙台で感じた気持ちの延長戦で、6回目となる武道館に入りました。ステージでも言いましたけど、お客さんの歌声がとても大きくて、すごく自然だったんですよね。今回の武道館は、今まででいちばん緊張しませんでした。毎回武道館の1曲目では出だしが震えたりしてるんですけど(笑)、今回は堂々と歌えたんです。これまでは少し背伸びをして武道館に立ってるような感覚があったんだけど、6回目にしてやっと、裸足で堂々と立ててる気がしたんですよね。なんだか、ここに自分がいることがふさわしいと思えたようなライブでした。
――アンジーのピアノの師匠であり、アレンジャーでもある河野伸さんとの連弾というスタイルも新鮮でしたね。
曲によってはドラムが鳴ってたりしましたけど、あれは全部手動なんですよ。コンピューター使って音を出してしまえば簡単なのですが、今回共演した河野さんはひとつひとつの音を全部手弾きで演奏していたんです。音楽が分かる人にとっても「スゴい!」と思えるライブだったと思いますね。私たち自身もすごく楽しめたライブでした。
――では、その日本武道館でもいち早く披露されましたが、ニュー・アルバム
『SONGBOOK』について聞かせて下さい。
洋楽の名曲達を私なりの日本語詞にしたカバーになっています。カバーっていろんなタイプがありますよね。ジャジーにやったり、パンクにしてみたり。だけどこうやって日本語でしっとりと、名曲の良さを伝えていくっていうスタイルの作品は、私にしか出来ないものかなっていう気がしています。。
――こんな風に洋楽を日本語でカバーしようと思ったきっかけは?
アメリカから日本に帰ってきたばかりの頃、日本語で歌詞を書く勉強をしていたんですけど、なかなか上手く表現出来なかったんですね。そんな時に、トレーニングとして"洋楽の歌詞を日本語で書き直して歌ってみよう"ということをよくやっていたんです。原曲のテーマを汲み取った上で、もう一回そのテーマを自分の言葉で表現してみるっていうのがとても面白かったんですよね。このアルバムの1曲目に入っていますけど、ビリー・ジョエルの「Honesty」は最初にトライしてみた曲なんですよ。
――たしかになかなかないですよね、こういうスタイルは。
そうですね。でも子供の頃に聴いた、忌野清志郎さんの「デイドリームビリーバー」は今でもすごく心に残っています。オリジナル(モンキーズ)よりそっちの印象の方が強くて定着する場合もあるんだなというのは感じていました。私はインディーズの『ONE』というアルバムのときから自分の好きな洋楽を日本語でカバーして収録してきましたけど、ライブでやっていても、聴き入ってくれるというか、空気が変わる瞬間っていうのがあったんです。じゃあもっとやってみようということで、その後もシングルのカップリングにはほぼ毎回洋楽の日本語カバーを入れるようになったんです。
――今回のアルバムはそうやって作り続けてきた楽曲の集大成でもありますが、1月から始まったNHKの番組「アンジェラ・アキのSONGBOOK in English」とも連動してるんですよね。
はい。私はいつもライブで、英語の先生っぽい感じで洋楽の歌詞の説明をしたりする「(勝手に)英語でしゃべらナイト!?」っていうコーナーをやっているんですけど、それを見ていたNHKの方が「いつかこういう番組が作りたい」ってずっと言って下さっていたんです。じゃあ私がずっとやってきた洋楽のカバーの形を元にして、「しゃべらナイト」の要素も取り入れながらひとつの番組にしようということで始まったのが「アンジェラ・アキのSONGBOOK in English」。今回のアルバムには、その番組でも取り上げる曲や、これまでシングルなどで披露してきた洋楽日本語カバーの新録バージョンなんかが収録されているんです。
――今回は12曲が収録されていますが、実際はまだまだレパートリーがありますよね。最初の頃はトレーニングだったとおっしゃっていましたが、今はどんな感覚で作ってるんですか?
作者が意図したテーマを大事にしながら、リスペクトの上でチャレンジをしてる感じですね。この名曲を自分なりに表現し直すには?って考える時、たとえば「Honesty」ならビリー・ジョエルが意図したテーマを私自身がどういう風に感じるか、1回噛み砕いて受け止めた上で、新たに書いていくんです。最初は単なる練習とかチャレンジだったけど、すでに存在する洋楽の曲に自分の日本語をのせるっていうのは、カバーをしながら同時にオリジナルを作っている感覚でもあります。
――そうして出来上がってきた曲が、今回は全曲ピアノ弾き語りで収められています。
シングルのカップリングの段階から弾き語りだったので、今回はちょっと派手にしてみようかなとも思ったんですが、やっぱり曲の良さを聴いてもらうにはシンプルが一番ですからね。よりよく聴こえるようにいろんな細工はしているんだけど、メロディーと歌詞がいちばん伝わりやすいアレンジを考えました。
――ここまでがっちり弾き語りをしたアルバムはデビューしてから初めてですね。
そうですね。インディーズのアルバムの時の自分のピアノはまだまだ全然弾き語りのアーティストとして武道館に立てるレベルではなかったけど、7回以上アリーナクラスの場所で弾き語り単独ライブを経験してきて、やっと出来たピアノの形というか。ピアノがすごく強くなった段階での弾き語りっていうのは、自分にとっても大きいなと思っています。あと、オリジナルアルバムを作ることもすごく大事だけど、こういうアルバムを作ることも、自分のアーティスト人生の中ですごく大事だなと思ったんですよね。こういうアルバムを作るからこそ、次にまたオリジナルアルバムを作る時にいろんな景色が違って見えるだろうし、新鮮になると思うから。
――曲によってはプライベートスタジオで録られたそうですね。
歌はほとんどそうです。ピアノだけのアルバムなので、ピアノは色々なスタジオの物を使わせてもらいましたけど、数曲は自分のスタジオで録りました。
――そういった方法でレコーディングすると気分も違いますか?
曲との距離が近くなりますよね。たとえば他の方にプロデュースしていただくときはバッチリメイクしてる感じで、自分でもすごくキレイって思いながら胸を張ってる感じがあるんだけど、自分のスタジオだとスッピンな感じ(笑)?自分本来というか、コンプレックスも含めて受け入れないといけないみたいな。それを受け入れた上で胸を張れるものを作るっていう感じだから、より距離も近いし、偽ってないって感じがすごくするんです。もちろん、どっちがいいとか悪いじゃなくてね。よりパーソナルな作品が作れたような気はしています。
――歌詞カードにはコードも付いていて、すぐに弾けるようになっているのもいいですね。
『SONGBOOK』っていうくらいなので、ちょっと楽譜っぽい感じで作ってみたんです。歌詞を読んだり、聴くだけじゃなくて、演奏して楽む事も出来る。ジャケットも含めて、ひとつの本であり、音楽であるっていうイメージですね。
――この作品も、きっと幅広い世代の方が手に取られると思います。
世代的に原曲を知らないっていう人たちでも、私のバージョンを聴いて「いい曲だな」って思って、70年代とか80年代の音楽に興味を持つ。そういう架け橋とかドアみたいな役割りのアルバムになってくれれば嬉しいです。普段、洋楽はあまり聴かないという人も多いかもしれませんが、そういう方にとっても、なにかのきっかけになれたら…。ぜひ、気軽に手に取って頂けたらと思います。
文・山田邦子

1:Honesty
初めて洋楽に日本語をのせてみようと思った曲なので、とても思い入れのある曲です。2003年ぐらいから、何度も書き直してきました。この曲と向き合うと、言いたいことが毎回変わるんです。心の鏡のような曲で、今自分が何を言いたいのかがすごく現れるから、読み返すとちょっとコワイ(笑)。ビリー・ジョエルは、この歌で「誠実は淋しい言葉だ」と言っています。今回私は、恋愛をしていても所詮は他人同士だから、どうしても間にカーテンを1枚引いてしまう事がある。だけどそこを開けて、本当の自分を見せ合うことが大切。たとえその先にあるものが別れであっても、自分のためにも一度リセットして見せ合わないといけないっていう、決断とか決心みたいなものを書きました。
2:Will You Dance?
この曲はシングル「HOME」のカップリングにも入っていますが、オリジナルは「岸辺のアルバム」('77)というドラマの主題歌として日本でもヒットした曲です。ドラマは、崩壊してしまった家族がそれでも団結してもう一度歩み出そうとするストーリーでしたけど、この「踊りませんか?」っていう言葉には、もう一回一緒に進んでみましょうっていうチャンスのような響きがあると思ったんですよね。歌詞のテーマというか、解釈の幅がとても広い曲なので、逆にそこを利用して自由に書けた1曲でもあります。ジャニスもこの歌詞をすごく気に入ってくれました。
3:We're All Alone
"We're All Alone"って、「一人ぼっち」と「二人っきり」っていうふたつの意味がある言葉なんですね。番組でも、一人ぼっちなのか二人ぼっちなのか、どっちぼっち!?っていろんな意見が出たんですが(笑)、私は、瀬戸内寂聴さんの言葉からインスピレーションを受けて書いたんです。「みんな孤独を怖がるけど、人間はひとりでこの世に生まれてきて、ひとりで死んでいく。だったらその孤独を飼い慣らしてしまいなさい」という発想の「孤独を生ききる」という本を読んで、所詮人間はひとりぼっち。だからこそ人を求めるんだと。求めることの大切さとか一緒にいることの大事さとか、そういう風に考えながら、一人ぼっちから二人っきりに向かう感じの過程を選んで書いてみました。
4:Material Girl
私の中でのコスプレソング(笑)。私と一緒にいたいならこれくらい当たり前とか、恋の高速にはたくさんの料金所があるのよとか、普段は言えないことをバンバン歌っています(笑)。マドンナはこの曲を歌ったことによって、未だに雑誌とかで"Material Girl"と称されるらしいんです。「お金好きな女」なんて本人としてはすごく心外で、そんな風に呼ばれるなら歌うんじゃなかったぐらいの感じらしいけど、女子としては、実は心のどこかで思っていることを代弁してくれるこの曲はいつの時代に聴いてもかっこいい!と思いますよね。この曲をピアノ連弾で、しかもちょっとボサノバ調のアレンジに出来たので、私もすごく気に入っています。
5:True Colors
「レインボー」ってゲイの人達が自分たちの象徴として使っているという面もあるのですが、この曲はそういう人達のアンセムと言っても過言ではない曲。それくらい革命的な曲だったと思うんです。ジョン・レノンの「Imagine」は地球的な感じだけど、こっちはその社会的バージョンというか、パーソナルな「Imagine」というか。そういう意味でも歌い継がれていくべき曲だと思っています。コンプレックスも含めて、すべてが自分を成り立たせるものだから恥じるものではないっていう根本的にあるメッセージがすごく好き。私自身、この曲には何度も救われているし、シンディ・ローパーっていう"遅咲きのミュージシャン"にもすごく勇気をもらいました。かわいくなくても、王道じゃなくても自分の信じた道を突き進む、彼女の堂々とした姿勢は本当に素晴らしく、美しいと思います。
6:Without You
「愛の季節」のカップリングだったものを新たに歌い直しました。ニルソンとマライア・キャリーのバージョンは沢山の人が知っていると思うけど、実はバッドフィンガーのオリジナルがいちばん知られていないという不思議な曲。「あなた無しでは生きていけない、以上」みたいな、それしか言わない曲でここまで有名な曲なんて中々ないですよね。だからこそ、それだけの極端な恋愛感というか、そういう感情を込めないと、説得力のない歌になってしまうのかなって思う曲でもあります。サビのインパクトがあまりにも強いから、そこはあえて日本語をのせずに歌ってみました。
7:Today
ピアノ弾き語りでスマッシング・パンプキンズっていう、その切り口が面白いかなと思って選曲しました。最初はストレートなバラードだったけど、ちょっとリバースを入れてみたり、アレンジに凝ってみたバージョンです。これは、私の高校時代のアンセムみたいな曲。名曲は他にもいっぱいあるからいろいろ試してみたけど、この曲がいちばんしっくり来たんですよね。いい曲は何をしてもいい曲。ビリー・コーガンの声が素晴らしいので、ぜひ原曲も聴いてみてもらいたいです。
8:Kiss From A Rose
シールも声が素晴らしい。彼は作詞作曲もしているんですが、本当にいい曲。すごく才能がある人だと思います。一昨年の武道館でも歌ったけど、これは本当に燃える恋というか、熱い愛の歌。本当に人を好きになってそこに飛び込む瞬間って、私は"降参"だと思うんです。もう参りましたって白い旗を上げるのと似てる気がして。どこかで自分を持っていたいとか、この誘惑に負けないとかいろんなことを思うけど、やっぱり好きになったらもう負けました、参りましたみたいな状態。どうせ死ぬんだったらキスで殺してっていう、それぐらいのパッションみたいなものを伝えることが出来たら…。これくらい情熱的な歌があってもいいかなと思って書いてみました。
9:A Song For You
インディーズの『ONE』の中の曲だから、自分の中ではかなり古い曲。23歳のときの歌詞なので、歌っていると色々な思いがよみがえりますね。離婚して日本に帰ってきて新たなスタートをしたときだったし、この歌を知ってその素晴らしさに浸っていたときでもありました。この歌のポイントは、完璧に歌わないこと。レオン・ラッセル自体がそうだから、あえてキレイに歌いすぎない感じを心がけて歌ってみたら、テイク1でオッケーに!シールの「Kiss From A Rose」は難しくて何度も歌い直したけど、この曲は5分でレコーディングが終わりました。
10:Creep
私がレディオヘッドというバンド、トム・ヨークっていう人を知るきっかけになった曲です。私は当時アメリカに住んでいたのですが、「俺は変態なんだ、俺は変な人なんだ」って歌ってブレイクするなんてすごいですよね(笑)。でも、若者って「自分は変だ」とか考えたりしますよね?特に思春期のときなんかは「何で私だけおかしいんだろう?」みたいなことをみんな思ったことがあると思うから、そこにすごく響いたんだと思う。これはきっと、自分の中の秘めたる変態を引き出してくれる曲ですね(笑)。
11:Still Fighting It
この曲は、ベン・フォールズが生まれたばかりの息子のために作ってあげた曲だそうです。でも、私が歌詞を書いた時にはまだ子供がいなくてその気持ちがわからなかったから、ベンの気持ちを尊重しつつ、誰かを励ますという歌にしました。ちょうど「手紙」でいろんな学生の子たちと関わっていた時期だったので、その子たちのことを思いながら。大人になっても何も解決しないけど、でもそれなりの人生、経験が長い分だけのアドバイスをしてあげられたらという思いで書いたんです。弾き終わった時に、思わず「(ため息まじりに)いい曲!」って言いたくなるくらい素晴らしい曲!ベンもこの曲はすごく好きだと言ってくれました。
12:It's So Hard To Say Goodbye To Yesterday
これも名曲ですね。「輝く人」のカップリングでしたが、今回あらためて歌い直しました。「昨日にさよならを言うのは難しい」というフレーズには、例えば死別というニュアンスもあって、実際アメリカではよくお葬式で歌われたりもしているんです。ボーイズII メンってちょっとバックストリート・ボーイズみたいな甘い香りのグループと思われているかもしれないけど、実は2度と現れないと思うくらい素晴らしいコーラスグループ。本当に素晴らしい曲なのでこれは知ってもらいたかったし、ぜひともオリジナルを聴いてほしい1曲です。