入学時期の見直しを検討してきた東京大の懇談会(座長、清水孝雄理事・副学長)が、学部の春入学を廃止し、秋入学への全面移行を求める提言をまとめた。背景には、国際的な大学間競争に対する強い危機感があり、他大学への波及も必至の状況。入試は現行の春を維持するとしており、東大がめどとする5年後に秋入学が実現した場合、入学までの半年間の過ごし方が課題になるほか企業の採用活動や高校教育にも大きな影響を与えそうだ。【木村健二、川口雅浩】
「厳しい国際競争の中で、本学における検討そして行動には『待ったなし』のスピード感が求められている」
提言は、日本を代表する大学として国際競争に遅れまいとする強い姿勢を打ち出した。
英国の高等教育専門誌が昨年10月に発表した世界大学ランキングでは、米ハーバード大や英オックスフォード大など欧米の大学が上位を占め、東大は30位。ランクアップには、留学生や外国人教員の比率上昇などが不可欠とみられている。
海外留学中の東大生は昨年5月現在、学部で53人(0・4%)、大学院で286人(2・1%)しかいない。提言は海外留学が進まない理由として、「入学時期や学期のずれが一つの要因」と指摘。入試時期を春に据え置いたまま、国際的に主流の秋入学への全面移行を提言した。
●海外体験求め
高校卒業と大学入学の間に生じる期間「ギャップターム」については、海外での体験やボランティア活動に取り組むよう求めた。
もともと日本の大学は9月入学だったが、1921年に会計年度に合わせて4月入学に変えた経緯がある。国際化の進展で秋入学が脚光を浴び、07年にも政府の教育再生会議が9月入学の大幅な促進を提言。文部科学省によると、09年度に学部段階で245大学が4月以外の入学を認め、2226人が入学している。だが、帰国生徒や留学生の受け入れが中心で、秋入学を全面実施する大学はない。
民間の教育シンクタンク「ライセンスアカデミー進路情報研究センター」が昨夏、263大学から回答を得た意識調査によると、秋入学導入時の対応について、「4月入学と併存」が26・6%、「4月入学廃止」が16・4%で肯定派が43%を占めた。しかし「秋入学不要」も39・5%に上り、同センターは「各校とも東大の模様眺め」と分析する。
●有名大は意識
それでも、他の有名大は東大の動きを意識している。九州大の有川節夫学長は18日、秋入学の検討委員会を来月にも発足させる方針を表明。京都大は「入学の時期、入学試験のあり方も含めて今後検討する予定」とコメントし、早稲田大も「秋入学のあり方については今後議論を進めていく」とした。慶応義塾の清家篤塾長は「秋入学については、大学界全体で、どのような形で進めていくのがよいのか検討を進めるべきだ」と話す。
04年の開学当初から9月入学を取り入れた国際教養大(秋田市)の中嶋嶺雄学長は「東大の社会に対する影響は他の大学と比較にならないほど大きい」と評価したうえで「グローバルスタンダードのカリキュラムや留学制度などが整わなければならない」と内容面の課題も指摘した。
中間報告は、新卒者を春に一括採用する企業や国などに柔軟な対応を求めた。
大企業の多くは「現時点では採用活動に大きな影響があるとは考えていない。他大学や産業界の動きを見極める必要がある」(三菱商事)などと、当面は大学側の動向を見守る考えを示す。最大の関心事は、旧帝大や早慶などの有名私大が追随するかどうか。「秋入学、秋卒業の大学が増えれば、春と秋の2回採用実施など採用活動を大幅に見直さざるをえない」(大手企業)との見方が支配的だ。
グローバルに事業を展開する大企業の間では、秋入学を歓迎する声が多い。経団連によると、ソニーや日立製作所など大手企業の26・5%は「通年採用」を実施し、外国人や留学生などを夏や秋に採用している。「海外赴任を前提とした日本人や、国籍を問わず優秀な人材を採用する企業が増えている」(経団連)。ソニーは「現状でも上智大など9月入学の学生を採用するなど、時期にこだわらず柔軟に対応している」という。
しかし、春採用の一般企業には戸惑いも広がる。東大のみ先行した場合、「時期がずれる東大生だけ青田買いされるのではないか。現状でも就職活動が大学3年から始まるなど早期化しているのに、どんな影響が出るか想像もつかない」(中小企業関係者)と、混乱を懸念する声もある。
高校の関係者からも懸念の声が上がる。全国高等学校長協会の小栗洋事務局長は「東大か、東大を中心とした何校かが導入するだけでは、混乱するのでは。東大志望者はそれほど多くないので、生徒の気持ちの分断は避けたい」と生徒によって春入学と秋入学に分かれる事態を懸念する。
高校卒業と大学入学の間の「ギャップターム」については、受け皿作りが課題だ。留学やボランティア活動が想定されるが、「日本学生ボランティアセンター」の西尾雄志・センター長は「東大が導入すれば、学生向けのボランティアプログラムを新たに組む動きへ確実につながっていくだろう」と期待する。
毎日新聞 2012年1月19日 東京朝刊