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江原正士インタビュー

1975年の公開以来、実に35年にわたって愛され続ける異色ミュージカル『ロッキー・ホラー・ショー』の日本語吹替版が、今回の『製作35周年記念<完全版>』で初収録となった。88年に一度放送されたきり、ファンの間で語り草になっていたという“幻の吹替版”で強烈なキャラクターを演じたのは、シリアスからコメディまで幅広いキャリアを誇る江原正士。トム・ハンクスのフィックスとしても名を馳せる彼が、ハイテンションなリズムたっぷりに、同作の魅力と“吹替”について熱く語った。

『ロッキー・ホラー・ショー』の魅力とは?

─88年に放送された吹替版を改めて拝見させていただきましたが…エキセントリックでしたね(笑)。当時の思い出や、“性を超越”したキャラクター、フランクン博士を演じられた感想などを教えてください。

 がんばってましたか?(微笑)。そうですか…去年どころの話じゃないんですね(爆笑)。かなり時間が経ってるんだなあ、僕自身、当時はかなりの本数をこなしていた時期でして、極端に言えば1週間に長尺(吹替洋画)を含め4、5本。その中の1本なんですね。台本をいただいてから1週間あったかなかったか…。もちろん『ロッキー・ホラー・ショー』という作品自体は知ってましたよ、当時からすでに有名なロック・ミュージカルでしたから。そのときびっくりしたのは、「歌をどうするのかな?」ということで、「え!? これを全部歌うのかな!?」「これは大変だ!」と、ジタバタしたりして(苦笑)。

 そこでディレクターに確認すると、歌はなく「ボイスマッチングでいく」と言うんです。声の雰囲気が似ていたというのもキャスティングの要素としてあったかもしれないんですが、声帯が違うんですから同じ声なんて出せるはずがないんです。そこで“ボイスマッチング”という形で、歌の入りはなるべく声のトーンを(オリジナルの声に)近づける、そして歌が終わったあとのセリフもトーンに近づけて声(ボイス)をマッチさせる、そういったことに気をつけて芝居をした思い出がありますね。

─江原さんといえば、今でこそエキセントリックなキャラクターがお得意というイメージが強いですが、当時としては衝撃的な作品じゃなかったですか? 内容的にも、キャラクター的にも。

 おかげさまでありとあらゆる役をやらせていただいてきましたが(笑)、“両性具有”という役は初めてでしたね。今ほど激しい表現ではないですが、それに近いバイセクシャルの役はすでにやっていました。ただ、当時の風潮から言っても…特殊な世界ですよね。こんな世界があるのかって、カルチャーショックはありましたね。若い2人、井上和彦さん演ずるブラッドと高島雅羅さん演じるジャネットの両方と関係を持っちゃうわけですから。「こいつはいったい何者なんだ?」って。さすがに放送は深夜でしたね、しかもたった一度だけ。

 現場はがんばりました! 最初観たときは(役作りは)どうしようかと思いましたけどね。ただはしゃぐだけじゃだめだ、この人(フランクン博士)のモラルはどうなってるんだ? と理解していこうとするんですが…それは粉砕されました。そこから入っちゃだめなんだ、と。こういう人なんだ、もうこれは人間じゃないんだと思うしかない。アクションや恋愛ものとは違いますからね、なにを描こうとしてる作品なのかもよくわからない。これは何なんだろう? 解決は見なくていいのか? と考えていくんですが…もしかすると、70年代から80年代…嵐吹き荒れる映画界の最先端で生きた人たちの“ある感覚”が、現代に生きる人間の原寸大の闇の部分に触れるような、琴線に触れるような…そういったものじゃないかと感じてきたんです。それが出せれば、はしゃいだ果てに漂う哀れさというか、生きるもの、人間への慈しみというか、抽象的な部分の理解度も増すのかなと思ったりして…これはスゴイ作品じゃないか! と、後づけで感動しました。

─お好きなシーンを教えてください。

 終盤のプールで歌うシーンがありますよね、演劇でいうところのクライマックスを凝縮して昇華させるような、若いころの唐十郎の天才的な作品みたいな、最後は天上に吸い込まれていくカタルシスがある…あそこは最高のシーンですよね。言葉にしなきゃいけないけど、やっぱり感情が先に立っちゃってね。ここまでバカ騒ぎしてて、最後のこの精神的解放感はなんだろう? って当時考えましたね。いまだに言葉にならないです。琴線に触れた…それしか言えないですね。

 不思議な解放感や途中に出てくる教授は何なの? などなど、常識では計り知れない情報量、そして音楽…摩訶不思議な作品ですよね。あえて言うなら、“生きとし生きるものへの讃歌”でしょうか。それがコアなファンによってずっと支えられ続けている。こんな作品はなかなかないですね。今度ブルーレイになって、ファンはさらに大喜びでしょう、僕も音声でご一緒できて幸せです。

キャリアのスタートのころ

─そもそも、声のお仕事をはじめられたきっかけは何だったんでしょうか?

 最初に仕事をしたのは、ある劇団に所属していたときの『若草物語』というテレビの1時間もので、主人公の女性たちの向かいに住んでいる内気な青年ローリーを演じました。その劇団ではそれっきりでしたが、別の劇団へ行きましたら、すぐに吹替の仕事がきたんですよ。ところが、最初に1本やっていたことで“プロ扱い”になっちゃってまして、一度キャリアを抹消、デビューやり直しになりました(苦笑)。当時は現場でフィルムを1回観て収録に臨むわけなんですが…どこでしゃべってるの? って。フランス語の作品で自分が演じるキャラクターがどこにいるかわかんなくて、ディレクターから「君、違うところでしゃべってるよ」と…干されました、しばらく(笑)。

 それで次の劇団あたりから、吹替の仕事を本格的に始めることになるんです。

─私が江原さんを初めて知ったのは、TBSで放送されたダリオ・アルジェントの『シャドー』でジュリアーノ・ジェンマをやられたのが最初で。86年ごろです。ずっと野沢那智さんがやられていたジェンマを別の人がやっていて驚いたのと同時に、光るものを感じたんです。高校生の分際で(苦笑)。そしてついに『ロッキー・ホラー・ショー』です。まさに「キター!!」って(笑)。

 それはそれは! ありがとうございます。よかったら一緒に記念写真でも(笑)。とにかく吹替は好きでしたね、スゴく好きです。劇団を辞めて舞台をする機会がなくなっても、洋画の吹替の仕事で救われているという面はありました。向こうの役者さんの芝居を何回も見るので、演技の幅広さを教えてもらえるんですよ。本当に勉強になりました。

求められるのは“ドラマ性”。ファンはそれを知っている

─アナログからデジタルに代わって録音技術が進歩して効率的になった分、芝居の“ライブ感”が損なわれたというお話も聞きますが、江原さんはどう感じていらっしゃいますか?

 僕は(今も)ライブ(=1人で別収録するのではなく、他の声優と一緒に収録すること)を意識して演らしていただいてますね。だから何回も録ることがあります。音楽のリズムもそうじゃないですか。デジタルの打ち込みで規則正しいのはいいですど、アナログでやるからこそ微妙なうねりが出てグルーヴ感が生まれてくる。アテレコもまさにそうで、モニターの画面があって互いに役者が並んで演ってる、この三位一体で呼吸しているわけなんです。それがバチッと合うときがある、その瞬間、グルーヴが生まれるんですね。一緒に演じてる仲間に感動します!

 デジタル技術が進んで処理もたやすくなってきましたが、オリジナルの映画の情報量も多くなってるんですよね。画面で登場人物がしゃべってるかと思うと、背後にはラジオが流れていて、さらには別の音声が入ってる…何線(音声のライン数)あるんだよ? って。アナログ時代ならこういう処理はできなかったと思うんです。ですから、諸先輩がやってた時代とは単純に比較のしようがないんです。モニターの画面が小さいから口元なんて見えないし、マイクも奪い合って演じてらっしゃった。ドラマの骨格の部分はしっかりとしていたと思いますが、たぶん今の大画面で観ると、口の動きと合ってないところもあると思います。お茶の間のテレビも14インチくらいでしたよね。アップのときさえ口が合ってればOKという時代でしたから。それでも芝居、ドラマはよく判りました。

 僕らの時代はビデオがあるから何度もリハができていいなと思われますが、映画の演出的にも、本人がしゃべり出して次に相手の顔が入って…最終的にまたアップに戻ってくるみたいな、それまでにあまりなかった編集が増えてます。表現が時代で変わってきているんですよね。現在は大型のハイビジョンテレビが普及してきたこともあって、細かな表情が見えるようになって「口パク」も重要になってきました。役者の唇の動きと、セリフが持つリズムとの整合性、リップシンクがもっと要求されています。それを損なわないようにするあまりにドラマ性が失われてしまうと…作品は成立しないですよね。基本はドラマ性ですから。諸先輩が込めたものを忘れずに、より高い技術が求められるってことですか。アテレコはもう、次のステージに進んでいるという感じがしますよね。日本語の言い回し、翻訳のレベルももっと求められていくのかなと思っています。

─70年代、80年代当時の音源にこだわってる30代後半~50代のファンが居るというのも、そういう込められたドラマ性が評価されていることかもしれないですね。

 諸先輩がアテレコした作品を観るとホっとしますね。上手いなあ…って感動します。そんな受け手の一人だった僕が、情報の送り手となれていることも個人的に嬉しいですが。当時アテレコしてた方の数は今よりも少なかったと思います。そこにあるのは基本“芝居”なんですよね、“読んでいく技術“じゃない。いったん自分の中にセリフを入れてからキャラクターを作っていく、リアリティの構築の仕方が違っていたのかもしれません。当時、先輩諸氏は若かったはずなんですけど戦争経験もあったりで人生の枝葉が違いますから、生きざまの質量が違うんでしょうね。僕自身も諸先輩のように、受け手に届くセリフを連発できる役者になれればいいなと。

 ファンの皆さんは、そういう“込められたドラマ”の面白さを知ってるんでしょうね。生き生きと会話するというか、人と人がいて葛藤が生まれるというドラマの一番コアみたいなところを求めていらっしゃるんじゃないかなと思います。

─ファンの間では、若手の声優に対する批判もあったりしますが…。

 僕らが見てきた諸先輩の吹替芝居の基本は“リアリズム”だったんですけど、現在は“ナチュラリズム”の芝居に置き換えられていることもありますね。だから物足りなさを感じられるんじゃないですか。リアリズムは難しいんです、“自然に”演じることとは別次元です。あらゆる表現に通じる奥義みたいなもので、ナチュラリズムを超えていかないと実現できません、その過程ではクサい芝居になったりいびつになったりで、それよりはナチュラルな芝居の方が破綻せずに仕事をこなせます。アニメの現場へ行ったりすると、みんな上手いなと思いますよ。根性も技術力も含めて大変なものだと感心してます。ファンの皆様にはぜひ、暖かい目線で見ていただきたいとお願いしたいです。それと同時に、厳しく叱咤激励も!

─今後の抱負を聞かせてください。声をアテてみたい役者ですとか。

 いえいえ、それはもう「江原に演らせてみたい」と呼んでいただけたら、120%、200%がんばりますよ。どんなキャラクターでも、どんな年代でも…って、若干無理もありますが(笑)。作品の中でそのチームにガンガン貢献したいと思います。というか、僕らはそういう仕事なんですよね。

 面白いものが一番ですよ。テレビ放送ものならば、観ている方に「面白い!」って言ってもらえるのが一番です。それが、僕らの仕事が“社会に関われる瞬間”ですか(笑)。

2010年9月29日/於 81プロデュース/聞き手・文:村上 健一

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