2011年2月13日1時39分
各国の法人税の税率をめぐり、さや当てが起きている。著しく税率の低い国に企業が本社を置いて節税することに、政治家や市民のいらだちが高まる。世界で続く法人税引き下げ競争は、法人税摩擦の性格も帯びてきた。
■「税金逃れ」英で市民抗議
4日、ブリュッセルで開かれた欧州連合(EU)首脳会議。ドイツとフランスが提案した新ルールに、緊張が走った。欧州全体の競争力を高めるためとして、政府の借金をどう削るかを法律で決めることや、インフレに応じて上がる給与制度を見直すことなどを求めた。その一つに「法人税の最低税率を導入する」が含まれていた。
欧州最低水準のアイルランドの法人税率(12.5%)を上げさせる意図があるのは明らかだった。アイリッシュ・タイムズ紙によると、会議ではサルコジ仏大統領が、EUによるアイルランド救済を引き合いに出し、「私はあなたを救った。あなたのために議会に説明した」と主張して譲歩を要求。カウエン・アイルランド首相は独仏主導を非難し「(加盟国で話し合う)EUの物事の決め方に背をむけるべきでない」とやり合った。
税率を武器に、IBMやインテルなど、米国企業の欧州本部や研究機関を次々と呼び込んだアイルランドに対する反感が、他国にはもともとあった。今回の提案とは別に、企業にEU内での利益と損失をまとめて申告させ、実際の活動に応じて各国に税収を割り振る案も議論されている。徴税手続きの効率化が狙いだが、アイルランドだけに利益を集めることも難しくなる。
摩擦の背景にあるのは、企業の活動がどんどん国境を越えていることだ。英オックスフォード大のマイケル・デボラ教授は「今の国際的な課税制度には問題がある。どこで利益を生んでいるのかを認定するのが難しくなり、企業は一定程度、利益をどこに移すのかを自分で選べる。たとえ欧州内で協調できても、それ以上は難しい」と語る。
納税は義務でも責任でもなくコスト。安い税率を求めて本社を移すこともいとわない。そんな企業の姿勢は市民の怒りにも火を付け始めた。
昨年10月、ロンドンに無数にあるパブの一つで生まれた市民運動が、あっという間に大きくなった。「UKアンカット(削るな英国)」。保守党・自由民主党連立政権による緊縮財政に反対し、「行政サービスを削るより、税金逃れをする企業から徴税を」と訴え、問題ありとみた企業を次々に標的にしている。
1月30日には、ロンドンにある薬局チェーン「ブーツ」の大規模店に、約100人が集まった。州同士が安い税率を競っているスイスに本社を移し、英国に税金をほとんど払わなくなったことを問題にした抗議行動だ。
「税金を払え」「税金を払え」。参加者は店の内外に座り込んで叫び声をあげた。待機していた警官は、催涙ガスまで使って取り締まった。同じような行動がこの日、英国の約30カ所であった。
「ブーツは本来なら利益の28%を英国に払うべきなのに、わずかしか払っていない」。参加したダニエル・ガービン氏(26)は主張する。「歳出削減がいかに不公平なものかを人々が理解しはじめている。税金問題がこれからの主戦場になる」
■米も加わり競争拡大
「税収は失わないようにしながら、35%と非常に高い米国の連邦法人税率を下げ、米国内への投資のインセンティブを改善する必要がある」
ガイトナー米財務長官は9日朝、ワシントン市内での会議でこう述べ、法人税改革に向けた意欲を強調した。
オバマ米大統領が1月の一般教書演説で法人税率を下げる意向を明示したことを受け、ガイトナー長官らは今、米議会や米経済界との協議を加速させている。
連邦税と州税をあわせた法人税の実効税率は、例えばカリフォルニア州で40%強。米政府高官は朝日新聞の取材に、主要貿易相手国の水準までの引き下げを念頭に置いている、と明かす。米国が世界規模の法人税引き下げ競争を意識しているのは明白だ。
菅政権は昨年12月にまとめた2011年度税制改正大綱で、法人税の実効税率を5%幅下げて35%台にすることを盛り込んだ。英国も28%だった税率を4年かけて4%幅下げる方針で、引き下げ競争は過熱するばかりだ。国際的な企業を呼び込んで自国内の雇用を少しでも増やし、景気を良くしたいという思惑がぶつかりあっている。
ただ、法人税引き下げの財源は各国で異なる。英国は実質的に消費税増税と法人税減税がセット。米国は「企業向けの税金を下げるために、米国民に高い税金を払って欲しいと言うつもりはない」(ガイトナー長官)として、各業界の特例減税などを廃止した財源で法人税率を下げたい考えだ。(ロンドン=有田哲文、ワシントン=尾形聡彦)