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「優勝は……南野奏さんです!」
スイーツ会のスター、山口ヨウコに腕を掲げられ、人々の拍手と歓声の渦に包まれても、ケーキコンテストの優勝者、南野奏は自分の置かれた状況を理解出来なかった。
「え、あれ……私……」
「やったじゃ~ん! 奏~!」
ケーキショップ内で行われていた「ケーキコンテスト」を遠巻きから見ていた観客を掻き分け、奏の“親友”である北条響が奏の元へと駆け寄って来た。
「凄いよ奏! 優勝だよ、ゆ・う・しょ・う!」
「優勝って……私が?」
親友に抱き付かれて優勝の事実を聞かされても、相も変わらず呆然とした様子の奏だったが、隣に立つ山口ヨウコが「そうよ」と言わんばかりにゆっくりと頷いたのを見て、奏の中にようやく「ケーキコンテストに優勝した」という実感が湧いてくる。
「そっか、私が優勝……でも、信じられない」
「奏! おめでとう!」
「いよっ! スイーツ部の星!」
響に続いて、観戦しに来ていたスイーツ部の部員達が観客を掻き分けわらわらと集まって来た。
「アタシ驚いちゃった! まさか聖歌先輩を抑えて優勝しちゃうなんて!」
「あ、ありがとう…………あっ」
優勝という事実が頭に染み渡ってきた事で浮かれ始めていた奏だったが、部員の一人の言葉を聞いてはっとした。
決勝戦で自分と票を争った『スイーツ姫』こと、スイーツ部部長の東山聖歌は、奏の周囲に集まる人々からは少し離れた場所でその様子を見つめている。
決勝戦で敗退した事によるショックからなのか、それとももっと別の理由によるものなのか、聖歌は奏達の姿を、ただぼうっと見つめているだけだった。
つい先ほどまで、自分も同じような顔をしていたに違いないと奏は思う。
周りの人々が起こす騒ぎをずっと遠くの出来事のように感じながら、奏と聖歌は無言で見つめ合い、そのうちにふと聖歌が笑みをこぼすと、彼女はゆっくりと奏の元に歩み寄って来た。
奏の周囲に集まっていた部員達はそれに気づき、聖歌に対して道を開けていく。
「南野さん、おめでとう」
「あ、ありがとうございます、スイーツ姫……」
聖歌の差し出す手に握手で応えながら、奏はどういう訳か普段はあまり使わない「スイーツ姫」という聖歌の通り名を口にしていた。
何故この場面でその呼び名を使ってしまったのかと、奏は自分で自分に驚いていたが、もしかしたらそれは、皆から『スイーツ姫』と呼ばれるほどの実力者、聖歌に認められたという喜びから来るものだったのかもしれない。
その呼び名を聞いた聖歌は、ぷっ、と一瞬吹き出しそうになり、笑みを崩さぬまま話を続けた。
「もう、南野さん、ここでその呼び方は無いんじゃない?」
「あ、ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃ……」
結果的に、このケーキコンテストで聖歌を破る形となった奏が、この場で聖歌に対し「スイーツ姫」などという大層な呼び名を使っては皮肉と取られても仕方ない。
奏は自分の非礼に気づき、慌てて頭を下げる。
「……いいのよ。私も、みんなからスイーツ姫なんて言われて、調子に乗ってたのかもしれない。さっき、南野さんの優勝って山口さんが言った時、私、その事実をすぐ受け入れられなかったんですもの」
「い、いえ! 私だって、まさか聖歌先輩を差し置いて優勝出来るだなんて思ってなくて……!」
聖歌は室内の中央に配置されている奏のケーキに視線を向けた。
「南野さんのケーキ……題名は『Friend』だったわね。生クリームとチョコクリームのシンプルながら見事に調和の取れたデザイン……題名に相応しいものだと思うわ」
「ちょっとちょっと。審査員を差し置いて品評を始めてもらっちゃ困るわね」
苦笑いを浮かべながら二人の間に入って来たのは、先ほど優勝宣言をした審査員の山口ヨウコだ。
「でも、東山さんの言う通り、題名に相応しいケーキだと思うわ。味はもちろん、食べる“相手”の事をよく考えて作られている事が良くわかるもの。切り分けた時に、フォークで無理なく自然に取れるよう、デザインを工夫しているんでしょう?」
「そ、そんな事も分かっちゃうんですか!? …………はい、あたしの『親友』……って、ケーキを食べるとすぐ口の周りがクリームだらけになっちゃうから……そんな親友でも食べやすいように、って考えて作ったんです」
照れながら話す奏。 友達への真心が伝わってくる言葉に、山口ヨウコも東山聖歌の表情も自然に柔らかいものになっていく。
その時ふと、話題となっている奏の“親友”、響の姿がいつの間にか周囲から消えている事に奏は気がついた。
奏が周囲を見渡すと、皆の輪から少し離れた所に、こちらに背を向け、腰を低くして立っている響の姿が目に入り、奏は不思議に思って声をかけた。
「響? 何してるの、そんな所で」
ビクッという音が聞こえてきそうなほど大げさに肩を跳ね上げ、響は体は背を向けたまま、顔だけをくるりと回して奏の方を向いた。
どこか引きつったような笑みを浮かべている響の顔には冷や汗が垂れている。
「あ、あはは……奏、何か用?」
「…………………」
響の幼馴染である奏は、その長年の付き合いから来る勘で響の表情の意味に気づき、じろりとその目を細めてつかつかと響に歩み寄る。
響の方は迫り来る奏に対して逃げるように身をよじらせているが、体と顔の向きが逆というちぐはぐな体勢のせいでその場からほとんど動いていない。
響の目の前まで近寄った奏は、響が何かを隠すように腹部を手で覆っているのを見て、自分の勘が正しい事を確信し、バッと素早い動きで響の前方へと立ちふさがった。
響が手で覆うようにして隠していたのは、切り分けて皿に盛られた奏のケーキ。
「い、いやぁ……美味しそうだったからつい……」
「つい、じゃないわよ! コンテストに出してるケーキなのに、何勝手に食べようとしてるの! ひ~び~きぃ~~~~!」
コンテスト会場に集まる人々の間を掻き分け、響と奏の追いかけっこが始まった。
どちらも周りの事などまるで見えていない。
「んも~~~、いいじゃん、親友のために作ったケーキなんでしょ~~~!?」
「こんなはしたない事する人、親友じゃありませんっ!」
ケーキの盛られた皿を持って走る響に、それを捕まえんと手を伸ばしながら迫る奏。
聖歌も山口ヨウコも、その場にいる全ての人が、その様にあっけに取られている。
「あっ、美味しい!」
「えっ?」
響がケーキを口に運んでその言葉を発するのと、食べた拍子に動きの止まった響に奏が激突するのはほぼ同時だった。
「(響……上がりすぎだよ~!)」
グラウンドの左サイドを敵陣地に向け駆け上がりながら、なかなか距離の縮まらない響の背に、西鳥和音は焦りを感じていた。
味方のディフェンスがボールを奪って響に渡した所までは良かったのだが、その後響はボールを持ったまま敵陣地へと独走してしまったのだ。
「(響がピンチの時は、わたしが助けないと……でも、これじゃ……)」
響とは逆サイドを上がっている和音だったが、独走中の響に追いつく事が出来ず、距離はかなり離れている。
これでは、響はこちらにパスを回す事も出来ない。
「響が来たぞ! 皆気をつけろ!」
敵キーパーが仲間に激を飛ばす。
運動神経抜群で、色んな部活に助っ人として呼ばれる事で有名な響は、敵からの警戒も強い。
ゴール前の守備に回っていた敵選手のうち二人が響に向かってプレスをかけていき、ゴールへ向けて突き進んでいた響の動きが少しづつ外側へと反れていく。
響のプレイを何度となく見ている敵味方の選手、そして和音は、響だったら、敵二人に追い詰められたこの状況でも、強引に突破してゴールを狙うに違いないと考えた。
「ここで決めなきゃ女がすたる!」
……だからこそ、プレスをかけている選手や、キーパーも、響が“どう突破しようとするか?”という事に気を取られていたのだ。
「……なんてね」
響に対して注力していた敵選手は、その響のアクションに度肝を抜かれた。
響はキープしていたボールをまたぎ、ヒールを使って後方に蹴り飛ばしたのだ。
逆サイドを駆け上がっていた和音にはよく見えた。
自分を追い越し気味でフィールド中央に駆け込んでいたサッカー部員の目の前に、そのボールが転がり込んで行ったのが。
「……えっ!?」
突然転がり込んだボールにはそのサッカー部員の彼女自身も不意を付かれ驚いたが、彼女が次に起こすべき行動に迷う事は無かった。
響を警戒したために大きく開いた敵のディフェンス、絶妙の位置にあるボール、そして今まで走り込んできた勢い。
……後は足を振りぬくだけ。
ボールを蹴り飛ばす軽快な音と、一直線に飛んだボールがネットの突き刺さる音。
続いて笛の音が鳴り響き、敵チームの全員があっけに取られている中、アリア学園女子サッカー部員達とその助っ人2名は歓声を上げた。
「ねぇ響。あたしがあの位置に居たのを知ってたの?」
試合終了後、響が助っ人参加した試合の時はいつもそうなのだが……響はサッカー部員達にもみくちゃにされていた。
そんな中、響のアシストによって逆転ゴールを決めた部員が響に疑問をぶつける。
「……え? う~ん、知ってたって訳じゃないけど、私がボールもらった時にはもう走り始めてたのは見えてたし……それに、カナはカウンターに入る時、いつも全速力て敵陣地に走りこんでるって知ってたから、絶対あの位置にいると思ってさ」
事も無げに言う響に、おお~、と感嘆の声を漏らすサッカー部員達。
そんな響を囲う輪を少し離れた所から見ていたのは和音だ。
「(最近の響……なんか違うなぁ)」
和音は、親友の響が皆から賞賛を受けている事を嬉しく思いながらも、今回の……いや、正確には最近の響のスポーツのプレイの仕方には戸惑いを覚える事があった。
和音自身、その戸惑いがどこから生まれるのかはっきりしない所があるのだが、今回響が見せたスーパープレイ、ヒールキックによるパスの場面など……確かに響ならば可能なプレイであるとは思えたものの、自分が知る“いつもの”響があのような行動に出るだろうか? 多少無理があっても、自分の力で強引に突破しようとするのではないだろうか? そこが和音にとって疑問だったのだ。
そんな和音の疑問に答えをもたらしたのは、サッカー部部長の言葉だった。
「響って、なんか変わったよね」
「ふぇっ? 変わった?」
「今まではさ、強引に突き進もうとする響を和音がフォローする、って感じだったけど、最近は強引なようでいて、チーム全体の動きを考えながらプレイしているのが良く分かるよ」
「(あっ………………)」
自分の事も合わせて語られたその言葉に和音はハッとさせられた。
自分が今まで響に対して感じていた違和感のようなものは『響の成長』から来るものだったのだ。
そして、今の状況に戸惑いを覚えていたのは、『自分が響のフォローをしなければいけない』という身勝手な欲求を満たす事が出来なくなっている不満から生まれているのだという事にも、和音は気づいた。
「響が全体を考えるプレイをしてくれるおかげで、部の皆もよりチームプレイを意識するようになって来たよ。ありがとう、響」
「いやいやそれほどでも……ま、私も日々成長してるからね~」
部長の言葉に照れたように頭を掻く響。
そんな姿を見て、自分勝手な不満を感じていた自分を和音は恥じ、同時に自分の親友は本当に凄いんだと、和音は胸を張りたくなるような気持ちになった。
「(なんかちょっと寂しい気もするけど……でも、やっぱり響は凄いや!)」
「スイーツコンテスト……ですか?」
「ええ、団体で参加する事が出来るコンテストなの。スイーツ部の皆で参加したいと思って」
突然の部長……東山聖歌の言葉に、スイーツ部員の皆は多少なりとも戸惑いを覚えている様子だった。
「コンテストって……私たちでも参加出来るんですか?」
「ええ、応募だけなら誰にでも出来るわ。でも、中学生からスイーツ作りを本格的にやっている人もそんなに多くないと思うから、参加するのは私達よりもっと上の年代の人が大半でしょうね」
聖歌の言葉に部員達は不安そうな表情になり、ざわつき始める。
聖歌以外では、唯一、奏だけが落ち着いた様子で聖歌の言葉に聞き入っている。
「うわ……なんか不安だな……応募段階で落とされちゃうんじゃないかな」
「何言ってんの! 聖歌先輩の腕前はプロ顔負けなんだから、先輩がいれば何とかなるって!」
口々に不安や勝手な事を話し出す部員達を落ち着かせるように、聖歌はいつものようにおっとりとした口調で話し始める。
「みんな。私は自分一人の力でこのコンテストに参加したいんじゃないの。このスイーツ部皆の力で、何か結果を残したいのよ。……これは、今年で卒業になる私のわがままでしかないんだけど、でも、“今の”この私達だからこそ、出来る事があるんじゃないかって」
そう言いながら、聖歌は奏に顔を向け微笑みかけた。
奏は、今の言葉とその表情が、聖歌から自分に対する信頼によるものだという事に気づき、頬を赤する。
「そっか、聖歌先輩だけじゃなくて、奏もいるもんね!」
「奏と先輩が力を合わせれば鬼に金棒じゃん!」
「ちょ、ちょっと皆! 私は……」
勝手に自分への期待で盛り上がり始めるスイーツ部員達を見て慌て、その騒ぎを抑えようとする奏だったが、そんな奏の肩にポン、と聖歌の手が乗せられた。
振り向いた奏の目に映ったのは、先ほどと同じように、自分に対する期待と信頼の気持ちを込めた聖歌の笑顔。
「南野さん、あなたと……そしてスイーツ部のみんなで力を合わせれば、きっと素晴らしい結果を残せると思うの。一緒に……やって下さらない?」
「聖歌先輩……はい! 喜んで!」
「いやぁ、プリキュアの活動も楽じゃないわ~」
右手に海岸線が続く帰宅路を奏やハミィと並んで歩きながら、響は両手で大きく伸びをした。
「響、なんだかおじさんみたい」
「おじさんにもなりますって! サッカーの試合フル出場した後にネガトーンと戦う羽目になればさぁ!」
世界中を不幸にするべく、不幸のメロディを完成させようと暗躍するマイナーランドの住人達が存在する。
そしてそれを阻止し、世界の幸せを約束する幸福のメロディを完成させようとするのが、メイジャーランドからやって来た、猫のような姿をした歌の妖精ハミィと、そのハミィに選ばれた響と奏だ。
不幸・幸福のメロディの楽譜を埋めるために必要な音符をマイナーランドの手先はネガトーンという魔物に変える。
それを浄化し、ネガトーンの放つ不幸の音から人々を守るべく、響と奏はフェアリートーンという音符の精の力を借り、伝説の戦士プリキュアへと変身するのだ。
「あ~、もう少し休みが欲しい所ですわホント、ゴホッ、ゴホッ」
響は今度は左手を腰に当て、右手を口元に添えて咳払いの真似をした。
その露骨過ぎる演技に、奏は半ば呆れ顔だ。
「今度はおじいちゃんになってるし……」
「でも、最近の二人は本当に良く頑張ってるニャ」
二人の間を歩いていたハミィが、二人を見上げながら言う。
「今日もネガトーン相手にすっごいコンビネーションを見せて圧倒していたニャ! 二人のハーモニーパワーが高まっている証拠だニャ!」
それを聞いて、老人のモノマネしていた響と、それを呆れ顔で見ていた奏は、お互いの顔をちらりと見やり、その後フッと笑い合った。
「何だか最近、私達いい感じね」
「うんうん、プリキュアだけじゃなくて、部活の助っ人も絶好調だし! そういえば、奏のスイーツ部、スイーツコンテストに参加するんだっって?」
響に問われ、奏は照れたような表情を浮かべ、視線を逸らしながら答える。
「も、もう噂になってるの!?……うん、聖歌先輩の発案でね、みんなで参加する事になったんだけど……正直ちょっと不安もあって……」
「またまたそんな事言ってぇ! ケーキコンテストに優勝した奏の実力に、聖歌先輩もみんなも期待してるって言ってたよ?」
響の言葉に、奏はさらに顔を赤くする。
「ち、違うのよ! 今度のコンテストはあくまでスイーツ部みんなの力を合わせてやる事なの! そりゃ、私は私なりに出来る事を全部出しきるつもりだけど……でも、コンテストで結果を残すには、まずみんなでアイディアを出し合って、何度も試作品を作って完成度を高めて、それから……」
「んもう、奏ってば、先の事まで考えすぎ。…………でも、そういう所が奏の良い所でもあるんだよね」
「えっ?」
顔を赤くして視線を逸らしていた奏が驚いて響の方を向くと、響は遠くを見るような表情を浮かべていた。
「わたしさ、最近、昔よりももっと奏のいい所に気付いてるような気がする。ちょっと頑固なくらい責任感が強くて、どんな事でも絶対に投げ出さない所とか、先の先まで計画して、周囲のみんなの事もよく考えて行動する所とか……わたし、そういう奏の姿から色々学んでるんだよ」
「うわっ、響から『学んでる』なんて言葉が出るなんて意外!」
「ちょっと! 何よそれー! 人がせっかく真面目な話してるのに!」
響はむっとした顔を奏に向け、それを見た奏はクスクスと笑い出す。
「ごめんごめん。響の言ってる事、よく分かるよ。私だって、響から色々学んでるもん」
「えっ、ホント!? どこどこ、どんな所!?」
コロッと表情を変え、今度は期待に目を輝かせる響。
奏は右手の人差し指を下唇に添え、「え~っと」と考え始める。
「う~ん……どういう所だろうね?」
「え~っ!? 何よそれ~~~~~~~~!?」
『いつものように』、激しくも楽しそうな口論を始める響と奏。
そんな二人を見上げながら、ハミィは「仲良きことは、いい事だニャ」としみじみとつぶやいた。
「ミラクルベルティエにー、ファンタスティックベルティエ、セパレーションも使えるようになってぇ……これから先、更に新たなプリキュアが仲間に加われば完璧だニャ!」
あーだこうだと口論を続けていた響と奏だったが、ハミィが何気なく言ったその一言に、「えっ!?」と驚いて二人一緒にハミィに顔を寄せる。
「ちょ、ちょっとハミィ!? プリキュアって、わたしと奏以外にも居たの!?」
「そうだニャ。残りのフェアリートーンはそのプリキュア達に力を与えるために居るんだニャ」
「そ、そんな話、今まで聞いてないよ!」
「そうだったかニャ?」
小首を傾げるハミィの天然っぷりを見て頭を抱える響と奏。
「もうハミィってば……でも、新しいプリキュアか。どんな子なんだろう?」
「ハミィ、他のプリキュアがどこに居るのか、分からないの?」
「う~ん、分からないニャ。プリキュアになる資格のある人なら、ハートマークのト音記号を持っているから、近くにいれば分かるはずニャんだけど、まだ見つからないのニャ」
ハミィのその言葉に、すぐに仲間が増える訳ではないと知りガッカリしつつも、まだ見ぬ仲間の存在に響と奏は思いを馳せるのだった。
「プリキュア! ミラクルハート・アルペジオ!」
「プリキュア! ファンタスティック・ピアチェーレ!」
二つに分離させた武器・ベルティエに二体のフェアリートーンを合体させ、ベルティエによって宙に描いたハート型のエネルギーを敵に向けて放つプリキュアの二つの必殺技。
二人分の強力必殺技を連続で食らい、ネガトーンは浄化される。
……そんな映像を冷や汗を流しながら見つめるセイレーンとトリオ・ザ・マイナーらマイナーランド住人の姿が、かのん町時計台アジト内にはあった。
「……これは一体どういう事だ?」
「どういう事って、い、一体どういう事でしょうか、メフィスト様」
「とぼけるな!」
「ひいぃぃっ!」
ネガトーンを倒し喜びの声を上げるキュアメロディ・リズムの姿が映し出された映像を押し退け、怒り心頭のメフィストの顔が鏡の中に現れた。
「プリキュアに負け続け、音符は未だに集まらず、楽譜は真っ白! 奴らを倒すためにハーモニーパワーを失わせろという俺様の指示はどうなったのだ!?」
「い、いや、そう言われましても……あの二人、どういう訳か最近じゃ、私の作戦にも全然騙されませんし、喧嘩もしないんですよ……この前なんてホラ、さっきの新・必殺技まで使えるようになっちゃって、もう絶好調って感じで………」
「言い訳なんて聞きとうな~~~~~~~~い!」
その言葉にビクッと体が跳ね上がるマイナーランド一同。
セイレーンの顔からは冷や汗が滝のように流れ落ちている。
「一体いつ、いつになったらプリキュアを倒して不幸の楽譜の音符を集め終わるのだ、ええ?」
「う……ぐぐ…………」
メフィストの責め立てる言葉を顔をうつむかせながら耐えるセイレーン。
その足下では、ガリガリと自分の前足で床を引っかいている。
「このまま失敗が続くようなら、マイナーランドの歌姫の地位も考え直さなければならんなぁ?」
「……………………っ!」
ついに我慢も限界に来たのか、セイレーンは今まで貯め込んできた不満を爆発させ、早口でメフィストにまくし立て始めた。
「しょ、しょーがないじゃないですか! プリキュアってすっごく強いし! ネガトーンじゃ全然敵わないんですよ! あたしの部下なんてこの役に立たないバックコーラスの三人だけですし!? あぁ~、何でハミィにはプリキュアなんて強い味方がいてあたしにはいないの!? そうよ! あたしにもプリキュアが居たら、す~ぐにでもあいつらを倒して音符を集めるのに!」
最後の方はもはや誰に向かって話しているのか分からないただの愚痴と化していた。
上司の目の前で公然と役立たず呼ばわりされたトリオ・ザ・マイナーの三人は、歯ぎしりしながらも黙って我慢している。
そしてまた……メフィストも、そんな愚痴をまき散らすセイレーンの言葉を押し黙ったまま聞いていた。
「ほう……プリキュアが居れば勝てる、と?」
「はい! そりゃ勿論………………って、え?」
メフィストの思いもかけない言葉に、セイレーンは愚痴をぴたりと止め、メフィストの……正確にはメフィストの姿が映し出された鏡の方を向く。
鏡に映し出されるメフィストの表情には、邪悪な笑みが浮かんでいた。
「確かに……もういい頃合いかもしれんな。…………いいだろう、これを受け取れ!」
「メフィスト様、一体何を……うっ!?」
いきなりのメフィストの言葉に困惑していたセイレーンは、突如として視界を覆う光に目を背ける。
光が収まり、セイレーンがゆっくりと視線を戻すと、そこにはセイレーンもよく知る、“あるモノ”があった。
「こ、これはっ…………!?」
「「「フェアリ~ト~~~~~ン!?」」」
セイレーンは“それ”に驚愕し、トリオ・ザ・マイナーも驚きのコーラスを上げる。
プリキュアが変身する時、武器を使う時現れ、プリキュアに力を貸す音符の精、『フェアリートーン』の姿がそこにあった。
セイレーン達には見覚えのない紫の色をしているが、それ以外の見た目はプリキュアと一緒に居るものと全く同じだ。
「メフィスト様、これは一体……?」
「見ての通りだ。フェアリートーンだよ。ただし……マイナーランドの不幸の音を体に宿した、な」
セイレーンが再び紫のフェアリートーンに視線を落とすと、その体の中から滲み出して来るかのように、不幸の音を宿した黒い影のようなものが浮かび上がっているのが見えた。
フェアリートーンの体内に充満している不幸の音の大きさをセイレーンは直感的に感じ取り、ごくりと喉を鳴らす。
「し、しかし、何故これをメフィスト様が……」
「そんな事はどうでもいい! いいか、こいつを使って、マイナーランドのプリキュアを生み出すのだ!」
質問をはぐらかされ、メフィストに対して若干苛立ちを覚えたセイレーンだったが、目の前にいるフェアリートーンの存在と、メフィストの言う『マイナーランドのプリキュア』という言葉のおかげでそんな気持ちは吹っ飛んだ様子だった。
セイレーンは確信する。
これさえあれば……プリキュアに勝てる!
「ひ~びき~! 今日はバレー部が助っ人欲しいってさ! 一緒に行こうよ!」
放課後、教室から出てきた響は、廊下に響きわたるほど大きな和音の声に振り向いた。
手を振りながら駈けてくる和音の姿を見て、響も手を振り返す。
「こらこら和音、廊下をそんなに走っちゃ危ないぞ~」
おじさんのような口調でたしなめるように言う響。
しかし、無論本気で注意している訳ではなく、冗談めかした言い方で笑いかけている。
「だって、早く響と一緒に部活行きたかったからさ!」
よほど楽しみだったのか、全速力で走って来たらしい和音は、響の前で急ブレーキをかけて止まり、その場で駆け足の勢いの足踏みを続けている。
「わわわ、ちょっとちょっと和音、いくらなんでも張り切りすぎじゃない!?」
「だって最近、響の活躍本当に凄いからさ! わたしも置いて行かれないようにしないとね!」
「そ、そう? ……まあわたしも日々成長してるからね!……じゃあ、わたし達の助けを必要としてる部活の元へレッツゴー!」
「大変ドドー!」
響が拳を高々と突き上げたその瞬間、響の視線の先……つまり和音の背後から、フェアリートーンの中の、ピンク色のドリーとオレンジ色のミリーが飛んで来た。
「……………………ん?」
「あっ、わわわわーーーーーーーっ!!!」
フェアリートーンの声に振り返ろうとした和音の動きより速く、響は和音の後ろに回り込み、フェアリートーンを両手で掴んで後ろ手に回し隠した。
周囲の人間にフェアリートーンの姿が見られていやしないかと、冷や汗を浮かべながら周囲をキョロキョロと見渡す響の姿を、和音は不思議そうに見つめている。
「どしたの、響?」
「大変ミミ、ネガトーンが現れ……ムググ」
「あ、あはは、何でもない! 何でもないんだけど……わたし、今日大事な用事があったの思い出しちゃった! 和音、ゴメンッ!」
両手を背中に回したまま後ずさっていく響。
和音は響の言葉に少し残念そうな表情をする。
「そっかぁ……残念だけど、今日の助っ人はわたしだけで行ってくるね」
「う、うん、ホントにごめん! 和音!」
手に抱えたフェアリートーンを、今度は胸元に回して、全速力でその場から去っていく響。
「あれ……そういえば、こんな事、前にもなかったっけ?」
遠ざかる響の後ろ姿を見て、和音はデジャブのような感覚を覚える。
響がプリキュアの活動をするようになってから、響が部活の助っ人に出られなくなる場面は確実に増えていた。
響ももちろん、いついかなる場合でも部活の助っ人に行けるわけではないので、プリキュアの活動を始める前からこういう状況になる事は何度かあった。
そのため、和音も響の欠席を気にしてはいなかったのだが、少しづつ増える「響のいない部活動の時間」に、和音はどこか言いようのない不安を感じ始めているのだった。
「じゃあ、今日はみんなで出し合ったアイディアを纏めて、具体的な作品内容を考えていきましょう」
「せっ、聖歌先輩!」
今まさに部長が話を始めたばかりだというのに、いきなり席を立って素っ頓狂な声を上げた奏の事を、部員全員が不思議そうに見つめた。
……誰も気づいてはいない。奏本人以外は。
その後ろに回した手の中に、フェアリートーンの白のレリーと黄色のファリーが収まっていたという事に。
「そ、その、メールで急に連絡が入って……お店が大変らしくて、手伝いに帰らなくちゃいけなくなりました」
とっさに部活から抜け出すための言い訳を考え口にした奏だったが、自分でも下手な事を言ったと後悔した。
しかし言ったものはもう仕方ない。この嘘を通すしかないと考える奏だったが、聖歌達に嘘を付いている後ろめたさから、響がそうであったように、その顔には冷や汗が浮かんでいる。
その様子を見た部員達は奏が嘘を付いているなどとは少しも思わず、よほどお店の状態が大変で焦っているのだろうと同情の表情すら浮かべていた。
「そう……家の用事じゃあ、仕方ないわ。早く行ってあげて、南野さん」
「は、はい、すみません聖歌先輩!」
『すみません』という一言に、嘘を付いてしまった事に対する謝罪の意味も込めて退室する奏。
残された聖歌の方は気を取り直して部員達への説明を続けている。
突然の出来事に動じる事もなく、皆から慕われる部長らしい、冷静な姿を見せている聖歌だったが、その心中は穏やかではなかった。
「(…………南野さん、あなたが居なかったら……いえ、こんな事を考えては、いけないわ……)」
部活の中での部員の動向をよく把握している聖歌は、ここ最近奏の早退や欠席が目に見えて増えている事に気づいていた。
ケーキコンテストが終わるまでの間は、コンテストに向けて家で特訓を続けているのだろうと、そんな風に聖歌は考えていて、そこまで気にしてはいなかった。
しかし、部活全体で参加するスイーツコンテストへ向けての活動初日から奏が欠席する事に、聖歌は何か不吉なものを感じ取っていた。
これから先どんな結果が残せるかは、部活のメンバーがいかに団結していけるかにかかっていると、聖歌は思っている。
そして、聖歌がこれからの部活の中で中心的人物になるであろうと考える人物が、他でもない南野奏なのだ。
これから先も、奏の欠席が頻繁に起こるようなら……聖歌は自分の心の中にある考えを振り払うように、部員への説明に意識を集中する。
だが、聖歌は今後の部活動に対する一抹の不安を捨て去る事は出来なかった。
「「絶対に許さない!」」
その叫びと共に、キュアメロディとキュアリズムの同時急降下キックがスタンドマイクの姿をしたネガトーンに決まった。
「あれぇ!? いつもの台詞言う前にもう変身してますよぉ!?」
「ちょっとこの流れは速すぎやしませんかね……」
「おい、それに、セイレーン様はどこに言ったのだ?」
マイナーランドのバックコーラス隊、トリオ・ザ・マイナーのメンバー、ファルセット、バリトン、バスドラが順番に言った。
最後のバスドラが言った言葉を受けて、三人は周囲を見渡すが、彼らのリーダー、セイレーンの姿はその周辺にない。
「ああそういえば、セイレーン様は『あたしは捜し物があるから後は勝手にネガトーンでも暴れさせてなさい』って言ってましたよ!」
「そういえばそんな事を言ってました……」
「ええい! 職務放棄だ! あんな奴にリーダーを任せておいていいのか!」
セイレーンがその場に居ず、自分達が雑用を任されているような状態になっている事に気づいたトリオ・ザ・マイナーは、途端に上司への愚痴を言い始める。
「そーーーですよ! もっと私の高い声のパートを大事にしてくれてもいいんじゃないですか!?」
「高い声はどうでもいいのですが、バックコーラスは大切ですよ。もうちょっと私たちの事を重要視してくれてもいいと思います」
「そうだそうだ、だいたいセイレーン様は……ん? なんか暗くないか?」
三人輪になって口々にセイレーンへの文句を言っていたトリオ・ザ・マイナーだったが、突如として周囲が暗くなった事に気づき、雲でも出て来たのかと空を見上げた。
しかし、そこにあったのは雲ではなく……
「「「ネ~~~ガ~~~~ト~~~~~~ン!?」」」
三重コーラスの悲鳴を上げながら、トリオ・ザ・マイナーはネガトーンの下敷きとなった。
空中では、見事な連携を決めてネガトーンを叩き落としながらも、不機嫌そうな表情を浮かべる二人のプリキュアの姿があった。
「まったくもう! 和音と一緒に部活の助っ人に行くはずだったのにさ! もうちょっと出るタイミングを考えてよね!」
「ホントよ! 私達だって暇じゃないんだからね!」
「よ~し、行くよ、リズム!」
「オッケー、メロディ!」
ネガトーンが起き上がるのも待つ事なく、メロディとリズムは両手に出現した光の音符を一つに合わせ、そこから必殺アイテム「ミラクルベルティエ」「ファンタスティックベルティエ」を出現させた。
「奏でましょう、奇跡のメロディ……ミラクルベルティエ!」
「刻みましょう、大いなるリズム……ファンタスティックベルティエ!」
「「駈け巡れ! トーンのリング! プリキュア・ミュージックロンド!」」
ハモった二人の声と共に、光で宙に描かれた二つの光のリングがネガトーンへと飛んでいく。
光のリングは、ネガトーンに命中すると、輪投げの輪のようにネガトーンを囲う形で空中に停止した。
「「三拍子! いち、に、さん!…………フィナーレ!」」
ベルティエによって三拍子のリズムを刻み、飛び上がってベルティエを掲げる事によって示された終演と共に、ネガトーンの体が閃光に包まれる。
「ネガネガ…………ネムイネムイ…………」
その瞳を閉じ、安らかな表情のまま浄化されたネガトーンは、その姿を本来のスタンドマイクの形へと変え、引き潰されたカエルのような姿になっていたトリオ・ザ・マイナーらの上に落下した。
「ニャップニャプー!」
一連の流れを見守っていたハミィがその両前足の肉球を合わせると、スタンドマイクに宿っていた音符が飛び出し、音符はそのままフェアリートーンの一体、ドリーの頭に吸収される。
「ドリッ!……ドリー!」
喜びの声を上げるフェアリートーン。
音符の回収を見届けたメロディとリズムは、「やったね」と言い合いながらハイタッチする。
「ぐぐっ、おのれ~~~……」
「さ、どうすんのあんた達? まだやるつもり?」
潰れた状態で手足をジタバタさせ、芋虫のような動きをしていたトリオ・ザ・マイナーが立ち上がり、そんな彼らにメロディが意地悪そうな笑みを浮かべながら挑発的な言葉を放つ。
「な、なにを……俺様達をあまりナメるなよ!」
「とはいえ、私達の役目は音符集めですし」
「雑用ですし」
トリオ・ザ・マイナーはメロディ達に睨みをきかせながらじりじりと後退し、そのうちバッと三人一緒に飛び上がった。
「「「覚えてろ~~~~~~~~~!」」」
合唱を響かせながら飛び去る三人は小さくなっていき、そのうち見えなくなった。
「何よあれ、ネガトーンも全然大した事なかったし、なんか拍子抜け」
「んもう、こんな事で部活動を邪魔されたんじゃたまらないわ」
肩をすくめてやれやれというジェスチェーを見せるメロディと、腕を組んでため息を漏らすリズム。
二人が視線を下に移すと、ハミィが周囲をキョロキョロと見回しているのが目に映った。
「ハミィ、どうかしたの?」
「ンニャー、今日は何でかセイレーンが来てなかったみたいニャ」
「ま、そーいう日もあるんじゃない? でもしまったなー、これからどうしよう。もう部活も終わってる頃だろうし」
う~ん、と伸びのポーズをしながら、メロディが言う。
ネガトーンに苦戦する事はなかったものの、二人は町中を動き回るネガトーンの発見にかなり苦労し、戦いが終わる頃にはかなりの時間が経過してしまっていた。
「私も。今更部室に戻っても、もう誰もいないだろうな……」
「ん~、じゃあさ、今日、一緒に行かない? しらべの館!」
えっ、と驚くリズムに、にこやかな笑顔を見せるメロディ。
「ピアノの練習に行くの? 最初はあんなに嫌がってたのに……なんか最近じゃ響の方が積極的だね」
「でも、ピアノを演奏する事も、仲良しになってハーモニーパワーを高める事も良い事だニャ!」
「えへへ……だってさ、最近、奏と演奏するの、本当に楽しいんだもん!」
リズムの中で、満面の笑みを浮かべる親友の姿が何かと重なった。
響と奏がいつも一緒で、仲良しで居たあの頃。
響が、まだ心の底から音楽を楽しんでいたあの頃……
今見せているメロディの……いや響の笑顔は、あの頃と同じものだとリズムは思った。
もしかしたら……二人の関係だけでなく、響の音楽に対する気持ちも、昔のように戻って来ているのかもしれない。
「ねぇ、どうするの?」
いつの間にか心が思い出の中へと溶けこんでいたリズムは、自分の顔を覗き込むメロディの声でハッと我に返った。
メロディの顔には……相も変わらずのあの笑顔。
「(……断れないよね)」
リズムはうん、分かった、と相槌を打ち、喜びを全身で表現するかのように「やった!」と両手を広げてジャンプするメロディの姿に、自分も釣られて笑い出すのだった。
……聖歌や他のスイーツ部員達には、家の手伝いで帰ったと言ってあるので、彼女としては家に帰るのが望ましい事ではあったのだが、帰った所で、実際にはお店が別段忙しい訳でもない。
無理に帰る必要もないだろう……とリズムは自分に言い聞かせた。何より、あの親友の笑顔を裏切るような事が、今の自分に出来る訳がないのだ、と。
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スイーツ会のスター、山口ヨウコに腕を掲げられ、人々の拍手と歓声の渦に包まれても、ケーキコンテストの優勝者、南野奏は自分の置かれた状況を理解出来なかった。
「え、あれ……私……」
「やったじゃ~ん! 奏~!」
ケーキショップ内で行われていた「ケーキコンテスト」を遠巻きから見ていた観客を掻き分け、奏の“親友”である北条響が奏の元へと駆け寄って来た。
「凄いよ奏! 優勝だよ、ゆ・う・しょ・う!」
「優勝って……私が?」
親友に抱き付かれて優勝の事実を聞かされても、相も変わらず呆然とした様子の奏だったが、隣に立つ山口ヨウコが「そうよ」と言わんばかりにゆっくりと頷いたのを見て、奏の中にようやく「ケーキコンテストに優勝した」という実感が湧いてくる。
「そっか、私が優勝……でも、信じられない」
「奏! おめでとう!」
「いよっ! スイーツ部の星!」
響に続いて、観戦しに来ていたスイーツ部の部員達が観客を掻き分けわらわらと集まって来た。
「アタシ驚いちゃった! まさか聖歌先輩を抑えて優勝しちゃうなんて!」
「あ、ありがとう…………あっ」
優勝という事実が頭に染み渡ってきた事で浮かれ始めていた奏だったが、部員の一人の言葉を聞いてはっとした。
決勝戦で自分と票を争った『スイーツ姫』こと、スイーツ部部長の東山聖歌は、奏の周囲に集まる人々からは少し離れた場所でその様子を見つめている。
決勝戦で敗退した事によるショックからなのか、それとももっと別の理由によるものなのか、聖歌は奏達の姿を、ただぼうっと見つめているだけだった。
つい先ほどまで、自分も同じような顔をしていたに違いないと奏は思う。
周りの人々が起こす騒ぎをずっと遠くの出来事のように感じながら、奏と聖歌は無言で見つめ合い、そのうちにふと聖歌が笑みをこぼすと、彼女はゆっくりと奏の元に歩み寄って来た。
奏の周囲に集まっていた部員達はそれに気づき、聖歌に対して道を開けていく。
「南野さん、おめでとう」
「あ、ありがとうございます、スイーツ姫……」
聖歌の差し出す手に握手で応えながら、奏はどういう訳か普段はあまり使わない「スイーツ姫」という聖歌の通り名を口にしていた。
何故この場面でその呼び名を使ってしまったのかと、奏は自分で自分に驚いていたが、もしかしたらそれは、皆から『スイーツ姫』と呼ばれるほどの実力者、聖歌に認められたという喜びから来るものだったのかもしれない。
その呼び名を聞いた聖歌は、ぷっ、と一瞬吹き出しそうになり、笑みを崩さぬまま話を続けた。
「もう、南野さん、ここでその呼び方は無いんじゃない?」
「あ、ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃ……」
結果的に、このケーキコンテストで聖歌を破る形となった奏が、この場で聖歌に対し「スイーツ姫」などという大層な呼び名を使っては皮肉と取られても仕方ない。
奏は自分の非礼に気づき、慌てて頭を下げる。
「……いいのよ。私も、みんなからスイーツ姫なんて言われて、調子に乗ってたのかもしれない。さっき、南野さんの優勝って山口さんが言った時、私、その事実をすぐ受け入れられなかったんですもの」
「い、いえ! 私だって、まさか聖歌先輩を差し置いて優勝出来るだなんて思ってなくて……!」
聖歌は室内の中央に配置されている奏のケーキに視線を向けた。
「南野さんのケーキ……題名は『Friend』だったわね。生クリームとチョコクリームのシンプルながら見事に調和の取れたデザイン……題名に相応しいものだと思うわ」
「ちょっとちょっと。審査員を差し置いて品評を始めてもらっちゃ困るわね」
苦笑いを浮かべながら二人の間に入って来たのは、先ほど優勝宣言をした審査員の山口ヨウコだ。
「でも、東山さんの言う通り、題名に相応しいケーキだと思うわ。味はもちろん、食べる“相手”の事をよく考えて作られている事が良くわかるもの。切り分けた時に、フォークで無理なく自然に取れるよう、デザインを工夫しているんでしょう?」
「そ、そんな事も分かっちゃうんですか!? …………はい、あたしの『親友』……って、ケーキを食べるとすぐ口の周りがクリームだらけになっちゃうから……そんな親友でも食べやすいように、って考えて作ったんです」
照れながら話す奏。 友達への真心が伝わってくる言葉に、山口ヨウコも東山聖歌の表情も自然に柔らかいものになっていく。
その時ふと、話題となっている奏の“親友”、響の姿がいつの間にか周囲から消えている事に奏は気がついた。
奏が周囲を見渡すと、皆の輪から少し離れた所に、こちらに背を向け、腰を低くして立っている響の姿が目に入り、奏は不思議に思って声をかけた。
「響? 何してるの、そんな所で」
ビクッという音が聞こえてきそうなほど大げさに肩を跳ね上げ、響は体は背を向けたまま、顔だけをくるりと回して奏の方を向いた。
どこか引きつったような笑みを浮かべている響の顔には冷や汗が垂れている。
「あ、あはは……奏、何か用?」
「…………………」
響の幼馴染である奏は、その長年の付き合いから来る勘で響の表情の意味に気づき、じろりとその目を細めてつかつかと響に歩み寄る。
響の方は迫り来る奏に対して逃げるように身をよじらせているが、体と顔の向きが逆というちぐはぐな体勢のせいでその場からほとんど動いていない。
響の目の前まで近寄った奏は、響が何かを隠すように腹部を手で覆っているのを見て、自分の勘が正しい事を確信し、バッと素早い動きで響の前方へと立ちふさがった。
響が手で覆うようにして隠していたのは、切り分けて皿に盛られた奏のケーキ。
「い、いやぁ……美味しそうだったからつい……」
「つい、じゃないわよ! コンテストに出してるケーキなのに、何勝手に食べようとしてるの! ひ~び~きぃ~~~~!」
コンテスト会場に集まる人々の間を掻き分け、響と奏の追いかけっこが始まった。
どちらも周りの事などまるで見えていない。
「んも~~~、いいじゃん、親友のために作ったケーキなんでしょ~~~!?」
「こんなはしたない事する人、親友じゃありませんっ!」
ケーキの盛られた皿を持って走る響に、それを捕まえんと手を伸ばしながら迫る奏。
聖歌も山口ヨウコも、その場にいる全ての人が、その様にあっけに取られている。
「あっ、美味しい!」
「えっ?」
響がケーキを口に運んでその言葉を発するのと、食べた拍子に動きの止まった響に奏が激突するのはほぼ同時だった。
「(響……上がりすぎだよ~!)」
グラウンドの左サイドを敵陣地に向け駆け上がりながら、なかなか距離の縮まらない響の背に、西鳥和音は焦りを感じていた。
味方のディフェンスがボールを奪って響に渡した所までは良かったのだが、その後響はボールを持ったまま敵陣地へと独走してしまったのだ。
「(響がピンチの時は、わたしが助けないと……でも、これじゃ……)」
響とは逆サイドを上がっている和音だったが、独走中の響に追いつく事が出来ず、距離はかなり離れている。
これでは、響はこちらにパスを回す事も出来ない。
「響が来たぞ! 皆気をつけろ!」
敵キーパーが仲間に激を飛ばす。
運動神経抜群で、色んな部活に助っ人として呼ばれる事で有名な響は、敵からの警戒も強い。
ゴール前の守備に回っていた敵選手のうち二人が響に向かってプレスをかけていき、ゴールへ向けて突き進んでいた響の動きが少しづつ外側へと反れていく。
響のプレイを何度となく見ている敵味方の選手、そして和音は、響だったら、敵二人に追い詰められたこの状況でも、強引に突破してゴールを狙うに違いないと考えた。
「ここで決めなきゃ女がすたる!」
……だからこそ、プレスをかけている選手や、キーパーも、響が“どう突破しようとするか?”という事に気を取られていたのだ。
「……なんてね」
響に対して注力していた敵選手は、その響のアクションに度肝を抜かれた。
響はキープしていたボールをまたぎ、ヒールを使って後方に蹴り飛ばしたのだ。
逆サイドを駆け上がっていた和音にはよく見えた。
自分を追い越し気味でフィールド中央に駆け込んでいたサッカー部員の目の前に、そのボールが転がり込んで行ったのが。
「……えっ!?」
突然転がり込んだボールにはそのサッカー部員の彼女自身も不意を付かれ驚いたが、彼女が次に起こすべき行動に迷う事は無かった。
響を警戒したために大きく開いた敵のディフェンス、絶妙の位置にあるボール、そして今まで走り込んできた勢い。
……後は足を振りぬくだけ。
ボールを蹴り飛ばす軽快な音と、一直線に飛んだボールがネットの突き刺さる音。
続いて笛の音が鳴り響き、敵チームの全員があっけに取られている中、アリア学園女子サッカー部員達とその助っ人2名は歓声を上げた。
「ねぇ響。あたしがあの位置に居たのを知ってたの?」
試合終了後、響が助っ人参加した試合の時はいつもそうなのだが……響はサッカー部員達にもみくちゃにされていた。
そんな中、響のアシストによって逆転ゴールを決めた部員が響に疑問をぶつける。
「……え? う~ん、知ってたって訳じゃないけど、私がボールもらった時にはもう走り始めてたのは見えてたし……それに、カナはカウンターに入る時、いつも全速力て敵陣地に走りこんでるって知ってたから、絶対あの位置にいると思ってさ」
事も無げに言う響に、おお~、と感嘆の声を漏らすサッカー部員達。
そんな響を囲う輪を少し離れた所から見ていたのは和音だ。
「(最近の響……なんか違うなぁ)」
和音は、親友の響が皆から賞賛を受けている事を嬉しく思いながらも、今回の……いや、正確には最近の響のスポーツのプレイの仕方には戸惑いを覚える事があった。
和音自身、その戸惑いがどこから生まれるのかはっきりしない所があるのだが、今回響が見せたスーパープレイ、ヒールキックによるパスの場面など……確かに響ならば可能なプレイであるとは思えたものの、自分が知る“いつもの”響があのような行動に出るだろうか? 多少無理があっても、自分の力で強引に突破しようとするのではないだろうか? そこが和音にとって疑問だったのだ。
そんな和音の疑問に答えをもたらしたのは、サッカー部部長の言葉だった。
「響って、なんか変わったよね」
「ふぇっ? 変わった?」
「今まではさ、強引に突き進もうとする響を和音がフォローする、って感じだったけど、最近は強引なようでいて、チーム全体の動きを考えながらプレイしているのが良く分かるよ」
「(あっ………………)」
自分の事も合わせて語られたその言葉に和音はハッとさせられた。
自分が今まで響に対して感じていた違和感のようなものは『響の成長』から来るものだったのだ。
そして、今の状況に戸惑いを覚えていたのは、『自分が響のフォローをしなければいけない』という身勝手な欲求を満たす事が出来なくなっている不満から生まれているのだという事にも、和音は気づいた。
「響が全体を考えるプレイをしてくれるおかげで、部の皆もよりチームプレイを意識するようになって来たよ。ありがとう、響」
「いやいやそれほどでも……ま、私も日々成長してるからね~」
部長の言葉に照れたように頭を掻く響。
そんな姿を見て、自分勝手な不満を感じていた自分を和音は恥じ、同時に自分の親友は本当に凄いんだと、和音は胸を張りたくなるような気持ちになった。
「(なんかちょっと寂しい気もするけど……でも、やっぱり響は凄いや!)」
「スイーツコンテスト……ですか?」
「ええ、団体で参加する事が出来るコンテストなの。スイーツ部の皆で参加したいと思って」
突然の部長……東山聖歌の言葉に、スイーツ部員の皆は多少なりとも戸惑いを覚えている様子だった。
「コンテストって……私たちでも参加出来るんですか?」
「ええ、応募だけなら誰にでも出来るわ。でも、中学生からスイーツ作りを本格的にやっている人もそんなに多くないと思うから、参加するのは私達よりもっと上の年代の人が大半でしょうね」
聖歌の言葉に部員達は不安そうな表情になり、ざわつき始める。
聖歌以外では、唯一、奏だけが落ち着いた様子で聖歌の言葉に聞き入っている。
「うわ……なんか不安だな……応募段階で落とされちゃうんじゃないかな」
「何言ってんの! 聖歌先輩の腕前はプロ顔負けなんだから、先輩がいれば何とかなるって!」
口々に不安や勝手な事を話し出す部員達を落ち着かせるように、聖歌はいつものようにおっとりとした口調で話し始める。
「みんな。私は自分一人の力でこのコンテストに参加したいんじゃないの。このスイーツ部皆の力で、何か結果を残したいのよ。……これは、今年で卒業になる私のわがままでしかないんだけど、でも、“今の”この私達だからこそ、出来る事があるんじゃないかって」
そう言いながら、聖歌は奏に顔を向け微笑みかけた。
奏は、今の言葉とその表情が、聖歌から自分に対する信頼によるものだという事に気づき、頬を赤する。
「そっか、聖歌先輩だけじゃなくて、奏もいるもんね!」
「奏と先輩が力を合わせれば鬼に金棒じゃん!」
「ちょ、ちょっと皆! 私は……」
勝手に自分への期待で盛り上がり始めるスイーツ部員達を見て慌て、その騒ぎを抑えようとする奏だったが、そんな奏の肩にポン、と聖歌の手が乗せられた。
振り向いた奏の目に映ったのは、先ほどと同じように、自分に対する期待と信頼の気持ちを込めた聖歌の笑顔。
「南野さん、あなたと……そしてスイーツ部のみんなで力を合わせれば、きっと素晴らしい結果を残せると思うの。一緒に……やって下さらない?」
「聖歌先輩……はい! 喜んで!」
「いやぁ、プリキュアの活動も楽じゃないわ~」
右手に海岸線が続く帰宅路を奏やハミィと並んで歩きながら、響は両手で大きく伸びをした。
「響、なんだかおじさんみたい」
「おじさんにもなりますって! サッカーの試合フル出場した後にネガトーンと戦う羽目になればさぁ!」
世界中を不幸にするべく、不幸のメロディを完成させようと暗躍するマイナーランドの住人達が存在する。
そしてそれを阻止し、世界の幸せを約束する幸福のメロディを完成させようとするのが、メイジャーランドからやって来た、猫のような姿をした歌の妖精ハミィと、そのハミィに選ばれた響と奏だ。
不幸・幸福のメロディの楽譜を埋めるために必要な音符をマイナーランドの手先はネガトーンという魔物に変える。
それを浄化し、ネガトーンの放つ不幸の音から人々を守るべく、響と奏はフェアリートーンという音符の精の力を借り、伝説の戦士プリキュアへと変身するのだ。
「あ~、もう少し休みが欲しい所ですわホント、ゴホッ、ゴホッ」
響は今度は左手を腰に当て、右手を口元に添えて咳払いの真似をした。
その露骨過ぎる演技に、奏は半ば呆れ顔だ。
「今度はおじいちゃんになってるし……」
「でも、最近の二人は本当に良く頑張ってるニャ」
二人の間を歩いていたハミィが、二人を見上げながら言う。
「今日もネガトーン相手にすっごいコンビネーションを見せて圧倒していたニャ! 二人のハーモニーパワーが高まっている証拠だニャ!」
それを聞いて、老人のモノマネしていた響と、それを呆れ顔で見ていた奏は、お互いの顔をちらりと見やり、その後フッと笑い合った。
「何だか最近、私達いい感じね」
「うんうん、プリキュアだけじゃなくて、部活の助っ人も絶好調だし! そういえば、奏のスイーツ部、スイーツコンテストに参加するんだっって?」
響に問われ、奏は照れたような表情を浮かべ、視線を逸らしながら答える。
「も、もう噂になってるの!?……うん、聖歌先輩の発案でね、みんなで参加する事になったんだけど……正直ちょっと不安もあって……」
「またまたそんな事言ってぇ! ケーキコンテストに優勝した奏の実力に、聖歌先輩もみんなも期待してるって言ってたよ?」
響の言葉に、奏はさらに顔を赤くする。
「ち、違うのよ! 今度のコンテストはあくまでスイーツ部みんなの力を合わせてやる事なの! そりゃ、私は私なりに出来る事を全部出しきるつもりだけど……でも、コンテストで結果を残すには、まずみんなでアイディアを出し合って、何度も試作品を作って完成度を高めて、それから……」
「んもう、奏ってば、先の事まで考えすぎ。…………でも、そういう所が奏の良い所でもあるんだよね」
「えっ?」
顔を赤くして視線を逸らしていた奏が驚いて響の方を向くと、響は遠くを見るような表情を浮かべていた。
「わたしさ、最近、昔よりももっと奏のいい所に気付いてるような気がする。ちょっと頑固なくらい責任感が強くて、どんな事でも絶対に投げ出さない所とか、先の先まで計画して、周囲のみんなの事もよく考えて行動する所とか……わたし、そういう奏の姿から色々学んでるんだよ」
「うわっ、響から『学んでる』なんて言葉が出るなんて意外!」
「ちょっと! 何よそれー! 人がせっかく真面目な話してるのに!」
響はむっとした顔を奏に向け、それを見た奏はクスクスと笑い出す。
「ごめんごめん。響の言ってる事、よく分かるよ。私だって、響から色々学んでるもん」
「えっ、ホント!? どこどこ、どんな所!?」
コロッと表情を変え、今度は期待に目を輝かせる響。
奏は右手の人差し指を下唇に添え、「え~っと」と考え始める。
「う~ん……どういう所だろうね?」
「え~っ!? 何よそれ~~~~~~~~!?」
『いつものように』、激しくも楽しそうな口論を始める響と奏。
そんな二人を見上げながら、ハミィは「仲良きことは、いい事だニャ」としみじみとつぶやいた。
「ミラクルベルティエにー、ファンタスティックベルティエ、セパレーションも使えるようになってぇ……これから先、更に新たなプリキュアが仲間に加われば完璧だニャ!」
あーだこうだと口論を続けていた響と奏だったが、ハミィが何気なく言ったその一言に、「えっ!?」と驚いて二人一緒にハミィに顔を寄せる。
「ちょ、ちょっとハミィ!? プリキュアって、わたしと奏以外にも居たの!?」
「そうだニャ。残りのフェアリートーンはそのプリキュア達に力を与えるために居るんだニャ」
「そ、そんな話、今まで聞いてないよ!」
「そうだったかニャ?」
小首を傾げるハミィの天然っぷりを見て頭を抱える響と奏。
「もうハミィってば……でも、新しいプリキュアか。どんな子なんだろう?」
「ハミィ、他のプリキュアがどこに居るのか、分からないの?」
「う~ん、分からないニャ。プリキュアになる資格のある人なら、ハートマークのト音記号を持っているから、近くにいれば分かるはずニャんだけど、まだ見つからないのニャ」
ハミィのその言葉に、すぐに仲間が増える訳ではないと知りガッカリしつつも、まだ見ぬ仲間の存在に響と奏は思いを馳せるのだった。
「プリキュア! ミラクルハート・アルペジオ!」
「プリキュア! ファンタスティック・ピアチェーレ!」
二つに分離させた武器・ベルティエに二体のフェアリートーンを合体させ、ベルティエによって宙に描いたハート型のエネルギーを敵に向けて放つプリキュアの二つの必殺技。
二人分の強力必殺技を連続で食らい、ネガトーンは浄化される。
……そんな映像を冷や汗を流しながら見つめるセイレーンとトリオ・ザ・マイナーらマイナーランド住人の姿が、かのん町時計台アジト内にはあった。
「……これは一体どういう事だ?」
「どういう事って、い、一体どういう事でしょうか、メフィスト様」
「とぼけるな!」
「ひいぃぃっ!」
ネガトーンを倒し喜びの声を上げるキュアメロディ・リズムの姿が映し出された映像を押し退け、怒り心頭のメフィストの顔が鏡の中に現れた。
「プリキュアに負け続け、音符は未だに集まらず、楽譜は真っ白! 奴らを倒すためにハーモニーパワーを失わせろという俺様の指示はどうなったのだ!?」
「い、いや、そう言われましても……あの二人、どういう訳か最近じゃ、私の作戦にも全然騙されませんし、喧嘩もしないんですよ……この前なんてホラ、さっきの新・必殺技まで使えるようになっちゃって、もう絶好調って感じで………」
「言い訳なんて聞きとうな~~~~~~~~い!」
その言葉にビクッと体が跳ね上がるマイナーランド一同。
セイレーンの顔からは冷や汗が滝のように流れ落ちている。
「一体いつ、いつになったらプリキュアを倒して不幸の楽譜の音符を集め終わるのだ、ええ?」
「う……ぐぐ…………」
メフィストの責め立てる言葉を顔をうつむかせながら耐えるセイレーン。
その足下では、ガリガリと自分の前足で床を引っかいている。
「このまま失敗が続くようなら、マイナーランドの歌姫の地位も考え直さなければならんなぁ?」
「……………………っ!」
ついに我慢も限界に来たのか、セイレーンは今まで貯め込んできた不満を爆発させ、早口でメフィストにまくし立て始めた。
「しょ、しょーがないじゃないですか! プリキュアってすっごく強いし! ネガトーンじゃ全然敵わないんですよ! あたしの部下なんてこの役に立たないバックコーラスの三人だけですし!? あぁ~、何でハミィにはプリキュアなんて強い味方がいてあたしにはいないの!? そうよ! あたしにもプリキュアが居たら、す~ぐにでもあいつらを倒して音符を集めるのに!」
最後の方はもはや誰に向かって話しているのか分からないただの愚痴と化していた。
上司の目の前で公然と役立たず呼ばわりされたトリオ・ザ・マイナーの三人は、歯ぎしりしながらも黙って我慢している。
そしてまた……メフィストも、そんな愚痴をまき散らすセイレーンの言葉を押し黙ったまま聞いていた。
「ほう……プリキュアが居れば勝てる、と?」
「はい! そりゃ勿論………………って、え?」
メフィストの思いもかけない言葉に、セイレーンは愚痴をぴたりと止め、メフィストの……正確にはメフィストの姿が映し出された鏡の方を向く。
鏡に映し出されるメフィストの表情には、邪悪な笑みが浮かんでいた。
「確かに……もういい頃合いかもしれんな。…………いいだろう、これを受け取れ!」
「メフィスト様、一体何を……うっ!?」
いきなりのメフィストの言葉に困惑していたセイレーンは、突如として視界を覆う光に目を背ける。
光が収まり、セイレーンがゆっくりと視線を戻すと、そこにはセイレーンもよく知る、“あるモノ”があった。
「こ、これはっ…………!?」
「「「フェアリ~ト~~~~~ン!?」」」
セイレーンは“それ”に驚愕し、トリオ・ザ・マイナーも驚きのコーラスを上げる。
プリキュアが変身する時、武器を使う時現れ、プリキュアに力を貸す音符の精、『フェアリートーン』の姿がそこにあった。
セイレーン達には見覚えのない紫の色をしているが、それ以外の見た目はプリキュアと一緒に居るものと全く同じだ。
「メフィスト様、これは一体……?」
「見ての通りだ。フェアリートーンだよ。ただし……マイナーランドの不幸の音を体に宿した、な」
セイレーンが再び紫のフェアリートーンに視線を落とすと、その体の中から滲み出して来るかのように、不幸の音を宿した黒い影のようなものが浮かび上がっているのが見えた。
フェアリートーンの体内に充満している不幸の音の大きさをセイレーンは直感的に感じ取り、ごくりと喉を鳴らす。
「し、しかし、何故これをメフィスト様が……」
「そんな事はどうでもいい! いいか、こいつを使って、マイナーランドのプリキュアを生み出すのだ!」
質問をはぐらかされ、メフィストに対して若干苛立ちを覚えたセイレーンだったが、目の前にいるフェアリートーンの存在と、メフィストの言う『マイナーランドのプリキュア』という言葉のおかげでそんな気持ちは吹っ飛んだ様子だった。
セイレーンは確信する。
これさえあれば……プリキュアに勝てる!
「ひ~びき~! 今日はバレー部が助っ人欲しいってさ! 一緒に行こうよ!」
放課後、教室から出てきた響は、廊下に響きわたるほど大きな和音の声に振り向いた。
手を振りながら駈けてくる和音の姿を見て、響も手を振り返す。
「こらこら和音、廊下をそんなに走っちゃ危ないぞ~」
おじさんのような口調でたしなめるように言う響。
しかし、無論本気で注意している訳ではなく、冗談めかした言い方で笑いかけている。
「だって、早く響と一緒に部活行きたかったからさ!」
よほど楽しみだったのか、全速力で走って来たらしい和音は、響の前で急ブレーキをかけて止まり、その場で駆け足の勢いの足踏みを続けている。
「わわわ、ちょっとちょっと和音、いくらなんでも張り切りすぎじゃない!?」
「だって最近、響の活躍本当に凄いからさ! わたしも置いて行かれないようにしないとね!」
「そ、そう? ……まあわたしも日々成長してるからね!……じゃあ、わたし達の助けを必要としてる部活の元へレッツゴー!」
「大変ドドー!」
響が拳を高々と突き上げたその瞬間、響の視線の先……つまり和音の背後から、フェアリートーンの中の、ピンク色のドリーとオレンジ色のミリーが飛んで来た。
「……………………ん?」
「あっ、わわわわーーーーーーーっ!!!」
フェアリートーンの声に振り返ろうとした和音の動きより速く、響は和音の後ろに回り込み、フェアリートーンを両手で掴んで後ろ手に回し隠した。
周囲の人間にフェアリートーンの姿が見られていやしないかと、冷や汗を浮かべながら周囲をキョロキョロと見渡す響の姿を、和音は不思議そうに見つめている。
「どしたの、響?」
「大変ミミ、ネガトーンが現れ……ムググ」
「あ、あはは、何でもない! 何でもないんだけど……わたし、今日大事な用事があったの思い出しちゃった! 和音、ゴメンッ!」
両手を背中に回したまま後ずさっていく響。
和音は響の言葉に少し残念そうな表情をする。
「そっかぁ……残念だけど、今日の助っ人はわたしだけで行ってくるね」
「う、うん、ホントにごめん! 和音!」
手に抱えたフェアリートーンを、今度は胸元に回して、全速力でその場から去っていく響。
「あれ……そういえば、こんな事、前にもなかったっけ?」
遠ざかる響の後ろ姿を見て、和音はデジャブのような感覚を覚える。
響がプリキュアの活動をするようになってから、響が部活の助っ人に出られなくなる場面は確実に増えていた。
響ももちろん、いついかなる場合でも部活の助っ人に行けるわけではないので、プリキュアの活動を始める前からこういう状況になる事は何度かあった。
そのため、和音も響の欠席を気にしてはいなかったのだが、少しづつ増える「響のいない部活動の時間」に、和音はどこか言いようのない不安を感じ始めているのだった。
「じゃあ、今日はみんなで出し合ったアイディアを纏めて、具体的な作品内容を考えていきましょう」
「せっ、聖歌先輩!」
今まさに部長が話を始めたばかりだというのに、いきなり席を立って素っ頓狂な声を上げた奏の事を、部員全員が不思議そうに見つめた。
……誰も気づいてはいない。奏本人以外は。
その後ろに回した手の中に、フェアリートーンの白のレリーと黄色のファリーが収まっていたという事に。
「そ、その、メールで急に連絡が入って……お店が大変らしくて、手伝いに帰らなくちゃいけなくなりました」
とっさに部活から抜け出すための言い訳を考え口にした奏だったが、自分でも下手な事を言ったと後悔した。
しかし言ったものはもう仕方ない。この嘘を通すしかないと考える奏だったが、聖歌達に嘘を付いている後ろめたさから、響がそうであったように、その顔には冷や汗が浮かんでいる。
その様子を見た部員達は奏が嘘を付いているなどとは少しも思わず、よほどお店の状態が大変で焦っているのだろうと同情の表情すら浮かべていた。
「そう……家の用事じゃあ、仕方ないわ。早く行ってあげて、南野さん」
「は、はい、すみません聖歌先輩!」
『すみません』という一言に、嘘を付いてしまった事に対する謝罪の意味も込めて退室する奏。
残された聖歌の方は気を取り直して部員達への説明を続けている。
突然の出来事に動じる事もなく、皆から慕われる部長らしい、冷静な姿を見せている聖歌だったが、その心中は穏やかではなかった。
「(…………南野さん、あなたが居なかったら……いえ、こんな事を考えては、いけないわ……)」
部活の中での部員の動向をよく把握している聖歌は、ここ最近奏の早退や欠席が目に見えて増えている事に気づいていた。
ケーキコンテストが終わるまでの間は、コンテストに向けて家で特訓を続けているのだろうと、そんな風に聖歌は考えていて、そこまで気にしてはいなかった。
しかし、部活全体で参加するスイーツコンテストへ向けての活動初日から奏が欠席する事に、聖歌は何か不吉なものを感じ取っていた。
これから先どんな結果が残せるかは、部活のメンバーがいかに団結していけるかにかかっていると、聖歌は思っている。
そして、聖歌がこれからの部活の中で中心的人物になるであろうと考える人物が、他でもない南野奏なのだ。
これから先も、奏の欠席が頻繁に起こるようなら……聖歌は自分の心の中にある考えを振り払うように、部員への説明に意識を集中する。
だが、聖歌は今後の部活動に対する一抹の不安を捨て去る事は出来なかった。
「「絶対に許さない!」」
その叫びと共に、キュアメロディとキュアリズムの同時急降下キックがスタンドマイクの姿をしたネガトーンに決まった。
「あれぇ!? いつもの台詞言う前にもう変身してますよぉ!?」
「ちょっとこの流れは速すぎやしませんかね……」
「おい、それに、セイレーン様はどこに言ったのだ?」
マイナーランドのバックコーラス隊、トリオ・ザ・マイナーのメンバー、ファルセット、バリトン、バスドラが順番に言った。
最後のバスドラが言った言葉を受けて、三人は周囲を見渡すが、彼らのリーダー、セイレーンの姿はその周辺にない。
「ああそういえば、セイレーン様は『あたしは捜し物があるから後は勝手にネガトーンでも暴れさせてなさい』って言ってましたよ!」
「そういえばそんな事を言ってました……」
「ええい! 職務放棄だ! あんな奴にリーダーを任せておいていいのか!」
セイレーンがその場に居ず、自分達が雑用を任されているような状態になっている事に気づいたトリオ・ザ・マイナーは、途端に上司への愚痴を言い始める。
「そーーーですよ! もっと私の高い声のパートを大事にしてくれてもいいんじゃないですか!?」
「高い声はどうでもいいのですが、バックコーラスは大切ですよ。もうちょっと私たちの事を重要視してくれてもいいと思います」
「そうだそうだ、だいたいセイレーン様は……ん? なんか暗くないか?」
三人輪になって口々にセイレーンへの文句を言っていたトリオ・ザ・マイナーだったが、突如として周囲が暗くなった事に気づき、雲でも出て来たのかと空を見上げた。
しかし、そこにあったのは雲ではなく……
「「「ネ~~~ガ~~~~ト~~~~~~ン!?」」」
三重コーラスの悲鳴を上げながら、トリオ・ザ・マイナーはネガトーンの下敷きとなった。
空中では、見事な連携を決めてネガトーンを叩き落としながらも、不機嫌そうな表情を浮かべる二人のプリキュアの姿があった。
「まったくもう! 和音と一緒に部活の助っ人に行くはずだったのにさ! もうちょっと出るタイミングを考えてよね!」
「ホントよ! 私達だって暇じゃないんだからね!」
「よ~し、行くよ、リズム!」
「オッケー、メロディ!」
ネガトーンが起き上がるのも待つ事なく、メロディとリズムは両手に出現した光の音符を一つに合わせ、そこから必殺アイテム「ミラクルベルティエ」「ファンタスティックベルティエ」を出現させた。
「奏でましょう、奇跡のメロディ……ミラクルベルティエ!」
「刻みましょう、大いなるリズム……ファンタスティックベルティエ!」
「「駈け巡れ! トーンのリング! プリキュア・ミュージックロンド!」」
ハモった二人の声と共に、光で宙に描かれた二つの光のリングがネガトーンへと飛んでいく。
光のリングは、ネガトーンに命中すると、輪投げの輪のようにネガトーンを囲う形で空中に停止した。
「「三拍子! いち、に、さん!…………フィナーレ!」」
ベルティエによって三拍子のリズムを刻み、飛び上がってベルティエを掲げる事によって示された終演と共に、ネガトーンの体が閃光に包まれる。
「ネガネガ…………ネムイネムイ…………」
その瞳を閉じ、安らかな表情のまま浄化されたネガトーンは、その姿を本来のスタンドマイクの形へと変え、引き潰されたカエルのような姿になっていたトリオ・ザ・マイナーらの上に落下した。
「ニャップニャプー!」
一連の流れを見守っていたハミィがその両前足の肉球を合わせると、スタンドマイクに宿っていた音符が飛び出し、音符はそのままフェアリートーンの一体、ドリーの頭に吸収される。
「ドリッ!……ドリー!」
喜びの声を上げるフェアリートーン。
音符の回収を見届けたメロディとリズムは、「やったね」と言い合いながらハイタッチする。
「ぐぐっ、おのれ~~~……」
「さ、どうすんのあんた達? まだやるつもり?」
潰れた状態で手足をジタバタさせ、芋虫のような動きをしていたトリオ・ザ・マイナーが立ち上がり、そんな彼らにメロディが意地悪そうな笑みを浮かべながら挑発的な言葉を放つ。
「な、なにを……俺様達をあまりナメるなよ!」
「とはいえ、私達の役目は音符集めですし」
「雑用ですし」
トリオ・ザ・マイナーはメロディ達に睨みをきかせながらじりじりと後退し、そのうちバッと三人一緒に飛び上がった。
「「「覚えてろ~~~~~~~~~!」」」
合唱を響かせながら飛び去る三人は小さくなっていき、そのうち見えなくなった。
「何よあれ、ネガトーンも全然大した事なかったし、なんか拍子抜け」
「んもう、こんな事で部活動を邪魔されたんじゃたまらないわ」
肩をすくめてやれやれというジェスチェーを見せるメロディと、腕を組んでため息を漏らすリズム。
二人が視線を下に移すと、ハミィが周囲をキョロキョロと見回しているのが目に映った。
「ハミィ、どうかしたの?」
「ンニャー、今日は何でかセイレーンが来てなかったみたいニャ」
「ま、そーいう日もあるんじゃない? でもしまったなー、これからどうしよう。もう部活も終わってる頃だろうし」
う~ん、と伸びのポーズをしながら、メロディが言う。
ネガトーンに苦戦する事はなかったものの、二人は町中を動き回るネガトーンの発見にかなり苦労し、戦いが終わる頃にはかなりの時間が経過してしまっていた。
「私も。今更部室に戻っても、もう誰もいないだろうな……」
「ん~、じゃあさ、今日、一緒に行かない? しらべの館!」
えっ、と驚くリズムに、にこやかな笑顔を見せるメロディ。
「ピアノの練習に行くの? 最初はあんなに嫌がってたのに……なんか最近じゃ響の方が積極的だね」
「でも、ピアノを演奏する事も、仲良しになってハーモニーパワーを高める事も良い事だニャ!」
「えへへ……だってさ、最近、奏と演奏するの、本当に楽しいんだもん!」
リズムの中で、満面の笑みを浮かべる親友の姿が何かと重なった。
響と奏がいつも一緒で、仲良しで居たあの頃。
響が、まだ心の底から音楽を楽しんでいたあの頃……
今見せているメロディの……いや響の笑顔は、あの頃と同じものだとリズムは思った。
もしかしたら……二人の関係だけでなく、響の音楽に対する気持ちも、昔のように戻って来ているのかもしれない。
「ねぇ、どうするの?」
いつの間にか心が思い出の中へと溶けこんでいたリズムは、自分の顔を覗き込むメロディの声でハッと我に返った。
メロディの顔には……相も変わらずのあの笑顔。
「(……断れないよね)」
リズムはうん、分かった、と相槌を打ち、喜びを全身で表現するかのように「やった!」と両手を広げてジャンプするメロディの姿に、自分も釣られて笑い出すのだった。
……聖歌や他のスイーツ部員達には、家の手伝いで帰ったと言ってあるので、彼女としては家に帰るのが望ましい事ではあったのだが、帰った所で、実際にはお店が別段忙しい訳でもない。
無理に帰る必要もないだろう……とリズムは自分に言い聞かせた。何より、あの親友の笑顔を裏切るような事が、今の自分に出来る訳がないのだ、と。
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