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スイートプリキュア♪本編第7話あたりからのパラレルストーリーです。
本編は下の<SSを読む>から。




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「うわあああぁぁぁぁぁっ!!」

ネガシンフォニーの放つ破壊の音に、キュアメロディは為すすべもなく吹き飛ばされ、キュアリズムの隣に同じように倒れ込んだ。

「なんだぁ、もう終わり? つまんないよメロディ?」
「じゃあ、この音符は頂いていくわね」

ネガシンフォニーが音符を浮かび上がらせ、それをセイレーンが奪い取る。

「オーホホホホ! 完璧! プリキュアは手も足も出ないみたいね!」
「あのォ……セイレーン様……それはいいのですが、あの二人、もう帰ってますよ」
「……え?」

ファルセットの言葉で、セイレーンは自分の周囲から二人の黒きプリキュアの姿が消えている事に気がついた。
セイレーンが振り返ると、ネガビート、ネガシンフォニーら二人が飛び去る姿が見える。

「あ、あの二人、相変わらず言う事聞かないで……お、覚えてらっしゃい!」
「せ、セイレーン様、今日の我々は勝ち逃げです!」
「負け癖が完全に染み着いてる……」

プリキュアを倒し、音符を回収したにも関わらず、逃げ帰るようにあたふたと去っていくマイナーランド勢。
後に残されたのは、ボロボロになって倒れ伏せるメロディ・リズムの二人と、それを介抱しようと慌てふためくハミィやフェアリートーンらの姿。

「う、う……だ、大丈夫だよハミィ…………」
「あの破壊の音を受けても、何とか意識だけは……保っていられた」

よろよろと立ち上がるメロディとリズムの二人。
しかし、本当に意識を保っているのがやっとという所で、あのまま戦いが続いていたとしたらどうなっていたか分かったものではない。

「また、音符を奪われちゃった……」
「……あの二人も、いつも出てくるって訳じゃないから、何とか音符を全部奪われずには済んでるけど……」

力なくその場に腰を下ろし、黒いプリキュア達が現れてからの最近の戦いを振り返る二人。
『ネガトーンプリキュア』の登場によって、二人は戦いに敗北し、音符を奪われて終わる事も多くなった。
それどころか、悪のプリキュアとの戦いによる疲労のために、通常のネガトーンとの戦いでも苦戦する事が多くなる始末。

しかし、理由は二人には良く分からなかったが、ネガトーンプリキュアは毎回必ず現れる訳では無かったので、ギリギリの所で二人はプリキュアとしての役割を果たす事が出来ている。
もし音符争奪戦の度に必ずあの黒いプリキュアが現れていたら……二人は既に限界を超えていたに違いない。

「はは、あの二人にも生活があるって事かね、はは、ははははは…………」
「…………………」

乾いた笑いを漏らすメロディと、そんな荒んだ様子のメロディに突っ込む気力もないといった様子のリズム。

「音符が奪われてしまった以上、仕方がないニャ。二人とも、今日の所はもう帰って休んでニャ……」

ハミィに促され、傷ついた体を何とか起きあがらせた二人は、変身を解除してそれぞれの家へ帰っていくのだった。




「ご覧下さいメフィスト様! 今日もまた音符を奪って参りました」

鏡に映し出された映像の相手……メフィストに対してセイレーンが嬉しそうに報告する。後ろにはいつものようにトリオ・ザ・マイナーの姿があった。
しかし、調子良く言うセイレーンとは裏腹に、メフィストは不服そうな顔でセイレーンの指すビン詰めの音符を見つめている。

「……ま、俺様が与えたフェアリートーンのおかげだな。…………それにしては集まり方が今ひとつな気がするが?」
「うっ…………」

メフィストの言葉に、セイレーンは痛い所を突かれたといった感じに顔を引きつらせる。
ビンの中には内容量の半分埋める程度の音符が入っていた。
セイレーン本人の見立てでは、本来ならばこのビンに一杯になるほどの音符が集まっているはずだったのだ。
何故それが足りていないかといえば……

「それは……その……あの二人の黒いプリキュアは強いんですが、呼びだそうとしても上手くいかない事がありまして…………それにあいつら、戦いになっても全然言う事を聞かないんですよ!」
「あー? 何だぁ? この俺様がせっかく厚意であのフェアリトーンを与えてやったというのに? お前はそれに問題があるとでも言いたいのか? 言う事を聞かないだとか言うその二人の黒いプリキュアを見付け出したのはお前だろうが!」

セイレーンが引きつらせた頬をピクピクと痙攣させる。
確かに、メフィストの渡したフェアリートーンのドドリーと、その力によって生まれたネガトーンプリキュアの力がなければ、セイレーンは今まで通りプリキュアに負け続けで、音符の回収も全然進んでいなかったに違いない。
だが、どうにもセイレーンにはあの悪のプリキュアに対して納得の行かない部分があり、それのために、メフィストの言う“厚意”という言葉が頭に引っかかってしまうのだった。

「しかしですねメフィスト様……あの二人の使う、あの滅茶苦茶な音は何なのですか? ……あんな音楽……いや音楽なんて呼べる代物じゃない。あんな音の力を使うのは、私達マイナーランドの流儀に反するのでは……ないかと…………」

語尾を強めて主張しようとしていたセイレーンだったが、いつの間にか映像の中のメフィストが、それまで見せた事の無いような冷徹な表情をしているのに気づき、言葉を引っ込める他無かった。
ネガトーンプリキュアの使う音に対してセイレーンと同じように反感を持っていたトリオ・ザ・マイナー達も、途中まではうんうん、とセイレーンの言葉に合わせて頷いていたものの、メフィストの視線によって場の空気が凍りついている事に気づくと、すぐさま顔を伏せて自分達はセイレーンの主張とは無関係だと装った。

「流儀、だぁ? お前達に流儀が何だとこだわっている余裕があるのか? そんなに音楽が大事だ、流儀を貫きたいだの思っているのなら……セイレーン、今すぐメイジャーランドに帰れば良かろう」
「そ、それは…………」

セイレーンは答える事が出来ない。

……かつてセイレーンは、メイジャーランドの歌姫だった。
喝采を浴び、賞賛を受け、彼女は歌の妖精の頂点だった。
その栄光が、ある者の手によって一瞬にして奪われたのだ。
…………ハミィ。
今の歌姫の名。
自分達と対立するプリキュアの指導者役でもある。
その相手の名前や顔を思い出す度にセイレーンの心に浮かぶのは、屈辱。
その感情が、彼女に故郷を捨てさせた。

「メイジャーランドには、もう…………戻れない。私はもう……負けたくない」
「そーだ、それがお前の本音だ。マイナーランドの歌姫としてメイジャーランドの歌姫を叩き潰し、お前の力を世界中に知らしめる! ……そのためには手段など考えるな。あの二人のプリキュアはお前に確実な勝利を与えてくれる。メイジャーランドで敗れ、そしてマイナーランドでまで敗者となったのならお前は…………どうなるか分かるな?」
「え、ええ…………勿論です」
「だったら余計な事など忘れて、プリキュアを倒して音符を集める事だけ考えていろ。いいな?」

そこまで言い終えた後、メフィストの映像は消え、その後に映し出されるのは、本来の性質を取り戻した鏡が反射して見せるセイレーン自身の姿。
その後ろから、トリオ・ザ・マイナーが心配そうな顔でセイレーンを覗き込む。
メフィストの冷徹な態度に、自分達の先行きの不安を感じている様子で、その中のバスドラが、催促するようにセイレーンに質問する。

「せ、セイレーン様。大丈夫なんですか、このままあの二人を使って? あの音を聴き続けていたら私達も…………」
「……何の問題も無いわ。あんな滅茶苦茶な連中にだって、“使い方”ってものがある。今度こそ、プリキュアは確実に終わりよ。そして、私は勝利する……」

そう言い放つセイレーンの目には、満月の下で決意した時の覚悟の輝きが蘇っていた。




「声出せ声!」
「ヘイ、パス! パーーーース!」

ある日の放課後。
校舎を出てグラウンド近くを歩いていた響は、女子達の声かけを耳にして足を止めた。

「あ……和音……」

視線をグラウンドに向けた響の目に映ったのは、女子サッカー部の皆と一緒にサッカーをしている和音の姿。

響は……参加していない。
あの日の一件以降、響が声をかけても、和音は不機嫌そうに一瞥するだけで去ってしまうようになり、そういった気まずい空気から、声をかけるのも躊躇するようになってしまった。
そんな状態で一緒に部活の助っ人になど出れる訳もなく、プリキュアの活動や、戦いによる疲労などもあって、響は部活に参加する事自体が少なくなっていた。

「あっ…………和音、そこでパス!」

ボールを持ち、ゴールは目の前という状況で、和音は二人のディフェンダーに挟まれる形となってしまった。
しかし、開けたパスコースの先には絶妙の位置に陣取った味方がいる。
ここでパスを出せば……
そんな考えが思わず口をついて出てしまった響だったが、そんな響の予想と期待は裏切られた。

「…………ゴール」

響はぽつりとつぶやく。
和音は味方にパスを出す事なく、敵ディフェンダーを押し退けるかのように強引なドリブルで防御を突破し、ゴールネットにボールを叩き込んだのだ。

味方からの声援を受ける和音。
あそこではもっとチームプレイを意識するべきだったのではないか……と響は考えたが、結果を出してしまえば誰も文句は言わない。

味方の声援に手を振って応えていた和音が、ふと響の方に視線を向けた。
一瞬、二人の目が合うが、和音は冷ややかな表情を見せただけで、そのまま響を無視して自軍陣地に引き返していった。

「…………帰ろ」

頭を垂れ、熱気を感じる女子サッカー部の声を背に受けながら、響は帰っていった。



「……奏、今日は来るのかな」

スイーツ部の活動で使っている調理実習室のドアに手をかけた奏は、中から聞こえてきた声にその動きを止めた。

人一倍道徳や正義感といったものにうるさい奏には、立ち聞きをする趣味などない。
しかし、自分の名前を聞いて躊躇してしまっては、もうそのままドアを開ける事など出来なかった。

「今日もまた響と一緒にピアノのレッスンでもするんじゃない?」
「スイーツコンテストに参加するって話をした時はあんなに真剣な表情してたのに、なんだか騙された気分だよね」

ドアを掴んでいる奏の手が震える。
自分の陰口を言っている部員達に対する怒りは当然あった。
しかし……プリキュアの活動のために、部の活動がおろそかにしてしまったのは事実であり、そこに奏は少しの負い目を感じている。

だが、決して遊び目的で部活動を離れた訳ではないのだと、奏は今すぐに戸を開けて部員達に弁解をしたかった。

奏はドアを掴む手に力を入れようとする。
…………出来ない。
プリキュアの活動の事を話す事が出来ないのに、一体どうやって弁明すればいいと言うのだろう。
嘘に嘘を塗り重ねるだけだ。

「さぁみんな、作業を始めましょう」

聖歌がパンパンと手を叩いて指示を出すと、皆がスイーツ作りの作業に取り掛かっていく。
和気藹々とした様子で。

それは、いつものスイーツ部の光景だ。……奏がいない事を除けば。

……もう、自分があの中に加わる事はないのだろうか。
奏はそう思った。

窓からスイーツ部の活動風景を見ていた奏は、そのうちドアから手を離し、踵を返してその場を立ち去るのだった。



「……ふ~ん、それじゃあ、今日もスイーツ部には出なかったんだ」
「…………うん」

帰宅路を並んで歩く響と奏の二人。
部活動への参加が減っていた二人は、学校から家までの帰宅路が同じであるために、自然と途中で合流し、そのまま一緒に帰る事が多くなっていた。

そしていつの間にか、これまた自然に、最近のお互いの上手く行かない近況を確認し合うようになっていた。

「でもさ、聖歌先輩もちょっとキツすぎない? 突然部活への参加態度にどうこう言うなんてさ」
「でも、嘘をついちゃったのは確かだし、聖歌先輩は攻められない。……それを言うなら西島さんだって、一緒に部活参加出来ないだけで、いちいち怒る必要なんて無いんじゃないの?」

思わぬ所で切り返しをされ、一瞬驚いて見せた響は、ばつの悪そうな表情でポツポツと話す。

「……和音とわたし、奏と仲が悪くなってから、ずぅ~っと仲良しで一緒にスポーツやってたし、わたしがピンチの時には和音はいつも助けに来てくれた。……だから、和音が怒る理由も、何となく分かるんだよ」
「響…………」

響は下を向いて、奏は空を見上げ、それぞれため息をついた。
とぼとぼとゆっくりとした歩調で歩き続ける二人だったが、その時突然背後から二人に声がかけられた。

「ちょっと、二人並んでそんなノロノロ歩いてたら邪魔なんだけど」

二人がのっそりとした動きで振り返ると、そこに居たのは、口の悪さで(響と奏の間では)有名な小学生女子のアコと、奏の弟である南野奏太の二人組であった。

「よう姉ちゃん!……なんだよ、ま~たそんなだるそうな顔してさ、最近なんかそういうの多くない?」
「もう年なんじゃないの」

軽い調子ながら、二人を心配そうに見る奏太と、ツンとした表情でさらっと嫌味を言うアコ。

ここで奏がアコの態度に対して怒り出す、というのがいつものパターンなのだが、今の響と奏には怒る気力すら無いようで、二人の言葉を視線を逸らしてやり過ごすのがやっとのようだった。

「……そ、そういやさ、今日は行かねーの、しらべの館」

その場に生まれた微妙な空気に焦った奏太が慌てて話題を変える。
今までどうでも良さげに退屈そうな顔をしていたアコが、奏太のその話に少し関心を示したようだった。

「……しらべの、館?」
「そうそう、知ってんだろ? あのお化けでも出そうなボロっちい館。あそこって色んな楽器が置いてあるんだけどさ、ねーちゃん達あそこでピアノの演奏してんだよ!」
「ピアノの演奏…………? ふぅん」

『本当に演奏なんて出来るの?』と言わんばかりに二人に目を向けるアコを見て、余計な事を言い出す前に話を進めてしまおうと奏太は話を続けた。

「あ、でもさ、最近なんか早く帰る事が多いけど……行ってないのか、ねーちゃん達」
「あ、うん、最近は……ちょっとね」

控えめな調子で答える奏。
奏太が二人に気を使って明るい話題を提供してくれたのだという事は奏には良く分かっていたが、今『ピアノの演奏』という話題は最も避けたいものなのだと奏は考えていた。

奏の心配した通り、隣にいた響は思い悩んだような表情をしている。
和音と聖歌、それぞれとの仲違い……それは、「あの時、自分がピアノ演奏に誘ってしまったせい」なのかもしれないと、響が口にした事があったのを、奏は覚えていたのだ。

響の表情は晴れぬまま、そのうちに響が独り言のようにつぶやいた。

「わたし達、もうピアノの演奏なんて、しない方がいいのかな」
「響っ……! それは…………」

響のその一言に、奏は驚き、奏太は焦ったような表情になった。
自分が軽く出した話題で、こんな言葉が飛び出して来るとは、彼には思ってもみなかったのだ。
アコの方は、黙って響の方を見つめている。……まるで睨みつけるかのように。

「響ねーちゃん、もしかして、また……ピアノが嫌いになっちまったのか?」

自分の姉の幼なじみである響の過去の事情を、奏太も姉から伝え聞いた話である程度は知っている。
その事から、響の今の心境を自分なりに察し、奏太は心配するように言った。

「違うんだよ奏太。ピアノも、演奏するのも……今は嫌いじゃない。むしろ…………好き、だよ。でも、それでもやっぱり、私たちは、やらない方が……いいのかなって」

ピアノと、その演奏の事が、好き。
その言葉は、プリキュアの活動を始める前の響だったら絶対に口にしない言葉だった。
響がピアノ演奏に積極的になった後も、照れ隠しなのか、響は「音楽が好き」というような言葉の言い回しを避けているような所があったのを、奏は知っている。

そんな響が、せっかく“音楽が好き”、と言ったのに、それがこんな場面でとは……と奏は悲しい気持ちになった。
湿っぽい空気に全員が押し黙っている中、その沈黙を破ったのはアコだった。

「……あんた達、バッカじゃないの?」

二人の間をすり抜けるように移動しながら、アコが言う。
その言葉は、いつものように嫌味ったらしい口調ではあったが、それ以上に、『怒り』のこもったような雰囲気であった。
二人を追い越して数歩歩いた後、アコは振り返って言い放った。

「音楽が好きなのにやめた方がいいだとか、意味分かんない。好きなら続ければいいし、やめたいなら、それって嫌いって事でしょ」

アコはそのまま前を向いて、何も言わずに歩き出した。
それを奏太が慌てて追いかける。

「わ、悪ぃねーちゃん達、また今度! お~いアコ、お前何怒ってんだよ!」
「……怒ってないわよ」
「怒ってんだろ」
「……怒ってない」

あれこれ言い合いながら進んでいく二人の後ろ姿を、あっけに取られて見送っていた響と奏だったが、そのうち響が突然思い出したかのように怒り始めた。

「な……何なのよも~! こっちには子供には分からない複雑な事情ってもんがあるのにぃ~!」
「………………」

そんな様子を隣で見ていた奏は、響が怒るのも無理はないと思う一方で、アコがあんな怒ったような言い方をした理由も、何となく自分には分かるような気がしていた。

好きだと思うのなら、続ければいいはずなのだ。本来ならば。
それに……発端となったあの日、響が自分をピアノ演奏に誘ったあの日。
響が見せたあの笑顔。
それを、奏は忘れる事が出来ないでいた。




「あれっ……何だろう、この声…………」

アコと奏太と別れ、言葉少なく道を進んでいた二人は、いつの間にか周囲が妙に騒がしくなっている事に気づき、周りに意識を向ける。

二人はカップケーキショップである奏の家『ラッキースプーン』の近くまで来ており、そのラッキースプーン周辺に人だかりが出来ていて、その人達が口々に何かを喋り合っているのが二人の耳に届いていたようだ。

「うわっ、奏のお店、大繁盛!?」
「嘘……なんでこんな時間にこんなに沢山……」

二人が慌てて人混みの側に近寄り、人々の背に隠れた店の中の様子を何とか覗き見ようと背伸びをすると、不思議な事に店の中も外も席には余裕がある。
人々は店に並んでいる訳ではなく、室外席にある“何か”を覗いている野次馬の群のようだった。

「ねぇねぇ、あれ何? 女王様?」
「すっごーい、どこの国の人?」

注目を集めている人物について、人々が話しているのが聞こえる。
『女王様』などという言葉がそこかしこで聞こえるが、どこぞの国の王族が日本に来ているなどというようなニュースは、響も奏も耳にした覚えがなかった。
状況を確認するため、二人は野次馬を押し退けて進んでいく。

「すみません! 通してください!」
「んもう、何なのよー! この日本のこんなカップケーキ店に女王様なんているわけ……」

人混みを潜り抜けた二人の視界に映ったのは、野外席でケーキを食している女性。
だが、それは街中に溶け込めるような普通の女性ではなかった。
ウェディングドレスを思わせる純白の衣服に身を包み、頭部には真っ赤な花を敷き詰めた花束のようなものをあしらった冠をかぶり、ウェーブのかかった金色の髪を足元まで届かんばかりの勢いで伸ばしている…………一言で言うのなら、そう、その姿は『女王様』だった。

「「居たーーーーーーーーーーっ!?」」

「まぁ美味しい! ハミィ、この食べ物は何と言うの!?」
「ラッキースプーン今日のお勧めまろやかクリームチーズケーキニャ」
「ラッキースプーンキョウノオススメマロヤカクリームチーズケーキ…………返ったらさっそく宮廷のシェフに作らせましょう!」

“女王様”がカップケーキ店でカップケーキを食べているという事実はもちろんの事、それ以上に二人が驚いたのは、その“女王様”と楽しそうに会話をしていたのが、猫の姿をした妖精のハミィだったからだ。
人混みを抜け、ハミィの姿を確認した響と奏は大急ぎでその会話に割り込んだ。

「ちょっとちょっと!」
「ハミィ、何やってんの!?」

自分達の体でハミィの姿を何とか隠そうとする響と奏。
幸いな事に、野次馬の人々のざわつきのおかげでハミィの言葉も彼らの耳には届かなかったようで、『猫が喋った!』などというような騒ぎは生まれていないようだ。
問題のハミィは、響達が慌てた調子で、群衆の注目の的となっていても、少しも気にしていない様子だ。

「あ、響に奏、おかえりニャ」
「おかえりじゃないでしょ! こんな所で堂々と喋って……」
「っていうかこの人だれ!?」
「まぁ、あなた達が響と奏なのね!」

ハミィと当然のように堂々と話を続けていた“女王様”が席を立ち感嘆とした様子で響達を見た。
いきなり見ず知らずの人、それも“女王様”に名指しされ、響と奏は目をぱちくりさせている。

「あらごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。私の名はアフロディテ。メイジャーランドの女王です」

響と奏はぱちくりさせていた目を今度は点にし、しばらくの沈黙の後、同時にその声を木霊させた。

「「アフロディテ様~~~~~~~~~~~~~っ!?」」




「驚かせてしまってごめんなさいね。こちらの世界には慣れてないものだから」
「思いっきり満喫してたような気がするけど……」
「こっちに来て最初に行くのがうちのお店って……」

海辺近くの屋根付き休息所。
普段響と奏が二人でくつろぐ時に良く来る場所なのだが、今回は人目を避けるため、ハミィとアフロディテを連れ添ってやって来ていた。
メイジャーランドの国の女王との対面という場面に、響と奏は最初こそ緊張している様子だったが、女王様とテーブルを挟んでベンチで向かい合っているという状況が実に馬鹿馬鹿しいものに思えてきて、二人のそんな緊張もいつの間にかどこかへ飛んでいってしまったようだった。

「改めて……メイジャーランドの女王、アフロディテよ。二人の活躍はハミィから聞いているわ。二人とも、プリキュアとして世界を守ってくれて、本当にありがとう」
「活躍、と言っても、最近は……」

アフロディテの言葉に、響の表情が暗くなる。
響の気持ちを察して、奏が言葉を繋げた。

「アフロディテ様もお聞きになっているんでしょう? 最近になって、黒いプリキュア二人組が現れて、私達、あの二人には負け続けで……」
「もしかして、それでアフロディテ様がわざわざ?」
「ええ、もちろんそれもあるわ。……今日私が来たのは、私の口から、あなた達に今この世界で起こっている事を説明しなければならないと思ったからなの」
「この世界で起こっている事……」

『世界』というあまりにも想像の範疇を超えたスケールの話に、響と奏が顔を見合わせる。

「二人とも、『幸福のメロディ』については聞いているわね?」
「ええと、確か、1年に一度メイジャーランドで歌われる歌で…………」
「世界の幸せを約束する、伝説の楽譜の音符を定着させるために行う儀式みたいなもの……でしたっけ」
「その通り! ハミィ、よく二人に説明していたみたいね、偉いわ」
「ハニャ~、それほどでもないニャ~」

机の上に座って話を聞いていたハミィが片手を上げて照れたように言う。

「この世界にはね、様々な音が存在するの。人間、生き物が生きる鼓動。木々のざわめき。風のささやき……それは世界が生きる音」

アフロディテは、手のひらで自分の左胸、周辺にある木、空を準々に指していった。

「それら一つ一つが正しく音を鳴らす事で、世界全体が大きなメロディを奏でるの。それこそが、世界の生きている証。そのメロディが乱れてしまわないよう、世界の音を管理するのが私たちメイジャーランドの住人の役割なの」
「ハミィ達歌の妖精の役割でもあるニャ!」

アフロディテの語りに、響と奏は「へぇ~」と感心している様子だ。

「そして、この世界の命の音を生み出し、そして同時に世界の音の安定のために伝説の楽譜を作り出したと言われるのが、“クレッシェンドトーン”……」
「「クレッシェンドトーン?」」
「そうドド!」
「僕達を」
「生み出したのも」
「クレッシェンドトーン様なんだファファ」

いつからそこにいたのか、フェアリートーンの「ドリー」「レリー」「ミリー」「ファリー」が順番にアフロディテ側のテーブルの下から飛び出した。
……当然ながら、「ソリー」「ラリー」「シリー」の姿はそこにはない。

「クレッシェンドトーン……様って、そんなに凄い人なんだ……その人も、メイジャーランドにいるんですか?」

響の質問に、アフロディテが顔を曇らせる。

「クレッシェンドトーンは、メイジャーランドの宝、『ヒーリングチェスト』に宿る大精霊なの。でも、そのヒーリングチェストは……今は失われてしまった。クレッシェンドトーンが最後のフェアリートーン、『ドドリー』を生み出す前に」
「ドドリーって、もしかして……黒いプリキュアと一緒に居た、紫のフェアリートーンの事ですか?」

奏の言葉に、アフロディテはゆっくり頷いてみせる。

「おそらく、そのドドリーを手に入れたメフィストが、ドドリーに不幸の音の力を注ぎ込んだのよ。そして、高い「ド」の音符の精、ドドリーに近い音階のフェアリートーンもその不幸の音の影響を受けてしまった」
「そうだったんだ……」
「ソリー達が心配だレレ……」

普段元気で明るいフェアリートーン達が沈痛な面持ちで顔を伏せている。
今の状況を辛く感じているのは自分達だけではないのだ……と響と奏は胸を締め付けられるような気分になる。

「……今回、私がこちらに降りて来たもう一つの理由は、このかのん町に大きな音の歪みを探知したからなの」
「音の歪み?」
「さっき仰っていた、世界の奏でるメロディの話ですか」

アフロディテが再び頷く。

「おそらく、例の黒いプリキュアが使うという“破壊の音”の影響で、この付近に存在する音に少しづつ歪みが生じているのよ。……世界全体に存在する音から比べたら、彼女たちの発する破壊の音なんて微々たるものだけど……このまま続けば、その小さな歪みが少しづつ広がっていき、世界全体のメロディにまで歪みが生まれてしまうわ。そうなれば世界に存在する命の音そのものが危険に晒されてしまい、それを修正する事も難しくなってしまう」
「そんな……」
「わたし達が思っている以上に、世界は大変な事になってたんだ……」

響と奏の表情がより一層沈む。
ただでさえプリキュア・日常生活両方の問題で頭を抱える二人が、更に『世界の危機』という事態を自分達が背負わされているのだという責任を目の当たりにしてしまったのだ。
アフロディテはそんな二人の様子を見て申し訳なさそうな顔をしながらも、話を続ける。

「それに、あの“破壊の音”は、周囲の人や自然の音を壊すだけではなく、それを扱う者自身の命の音をも破壊してしまうはず……」
「えっ? ……扱う者自身って、あの黒いプリキュアの二人が?」
「ちょっと待って! じゃあ、あの二人は、自分の体を傷つけながら戦っているって事!?」

響が思わず席を立ち上がる。
自分達も、ハミィも、味方のはずのマイナーランド一同をも苦しめる破壊の音を扱いながら、平然としていたネガトーンプリキュア。
その彼女達自身にも破壊の音は悪影響を与えている……
今まで考えもしなかった事実に、響と奏は混乱を深めた様子だった。

「あの二人はその事を知ってるのかな……」
「知っているんだとしたら、どうしてあの子達は、自分達を傷つけてまで私達の邪魔をしようとするんだろう……そこまで私達に恨みがあるって事なの?」

二人の黒いプリキュアは、メロディ…リズムの二人の「邪魔をする」事が目的だと言っていた。
それが強く印象に残っている二人は、初めてあの二人の襲撃を受けた時からずっと考えていた問題を改めて考え直している。

『何故あの二人は自分達の邪魔をするのか?』

人間のはずのあの二人が、世界を不幸で包もうとするマイナーランドの住人に加担する形になってまで、自分達の邪魔をする理由は何なのだろうか。
二人は何度考えてもその答えを見つける事が出来ない。
奏は自分を標的として来たネガシンフォニーから、自分に対する敵意、怒りのような感情を読み取っており、響も同様にネガビートから個人的な敵意を感じ取っていた。
しかし、それほどまでに自分達が誰かに恨まれているのかと考えると、二人はどうにも思い当たる節が無いのだった。

しばらく考えを巡らせた後、響は顔を上げた。

「とにかく、このままじゃいけないよね。わたし達自身も、あの二人も」
「アフロディテ様、あの二人の使う破壊の音に対抗するためには、一体どうしたらいいんですか?」

響、奏の二人から寄せられる期待の視線に、アフロディテは柔らかな笑みで応える。

「秩序を混沌に変える破壊の力に対抗出来るのは調和の心だけ。そして調和の心は、プリキュアの力の本質でもあるわ」
「「調和の心……」」
「二人ならきっと大丈夫よ。ハミィから聞いてるわ、二人ともピアノのレッスンを続けているんでしょう?」
「えっ!? ああ……はい、一応……」

またピアノレッスンの話だ……と奏は複雑な心境になった。
今一番聞きたくないと二人が思っている話題。
それをどうして会う人会う人が次々に言ってくるのだろう。
奏が心配した通り、隣の響はピアノという単語を聞いただけで若干暗い表情になっている。

「ピアノ……の、レッスン…………あの、それを続ければ、わたし達、あの二人に勝てるって事ですか?」

響の、暗い調子のたどたどしい言葉を聞いて、どういう訳か今度はアフロディテの顔が暗くなった。

「どうしたの、響? ピアノの演奏が……嫌なの?」
「あ、その……嫌って訳じゃないですけど、ピアノじゃなくて別の方法があるなら、別にそれでもいいんじゃないかな~……って」

響の曖昧な言葉に、アフロディテは残念そうな表情を浮かべた。

「……響、奏? あなた達は何故、ピアノの演奏を続けていたの?」
「え? 何故って……」
「それってどういう……」

アフロディテの言葉に疑問を感じた響と奏だったが、アフロディテが二人の疑問に答える前に、その場に乱入してくる声があった。

「アフロディテ様~! こんな所にいらっしゃったんですか! みんな探してたんですヨ!」

ばっさばっさと羽音を響かせながらその場に現れたのは極彩色のオウムだった。

「うぇぇっ! 喋る猫の次は喋るオウム!? ……って、オウムは喋るか」
「オウムだってこんな流暢には喋らないわよ!」

響のボケに突っ込みを入れる奏。
そんな二人などお構いなしな様子で、アフロディテの名を呼んだオウムは、クチバシでアフロディテの服の裾をくわえると、その体を引っ張り始めた。

「ハヤクハヤク! 帰りますヨ! 今日中に目を通して頂かないといけない書類がわんさかあるんですから!」
「ああもう、分かってます! …………響、奏、またね。ハミィ、後を頼んだわ!」
「分かりましたニャ!」
「え、あ…………ちょっと!?」
「アフロディテ様~!?」

結局最後に二人が感じた疑問に答える間もなく、アフロディテは慌ただしくその場を去った。

残されたのは、すっきりしない気持ちのまま取り残された響と奏、いつも通りにのほほんとした笑顔のハミィ、そして落ち込んだ様子のフェアリートーン達だった。

その場の重い空気に耐えられなくなったのか、響がのほほんとした様子のハミィに話しかける。

「……あのさハミィ、アフロディテ様の言っていた『何のためにピアノを弾いていたのか』ってあの言葉、どういう意味なの?」
「ハニャ? う~ん、ハミィには良く分からニャいけど、きっと楽しくピアノの演奏をすればいいって事だと思うニャ!」
「ハミィに聞いたわたしがバカだった……」

ガックリと肩を落とす響に、奏が遠慮がちに声をかける。

「ピアノの練習……行く?」
「……そんな気分じゃない」
「……だよね」

アフロディテのこぼした言葉が気になった二人ではあったものの、やはり今の心境でピアノの演奏など出来はしないと二人は結論付け、それぞれの岐路についた。




「…………何のために、ってそれは……ハーモニーパワーを高めるためだと思うけど」

海を見渡せる所にあるベンチで、奏は一人考え事をしていた。
家にそのまま帰る気にもなれなかった彼女は、響と別れ、アフロディテの言葉の真意を自分なりに探ろうとしていたのだ。

プリキュアとして世界の平和を守るため戦う事を決めた二人は、指導役でもあるハミィから『ハーモニーパワーを高める』というある種の課題を出された。

ハーモニーパワーとは心を合わせた時発揮されるプリキュアの力の源であり、それを高めるためには音楽の練習を一緒にする事が一番だとハミィは語った。
そこから、二人のピアノレッスンが始まったのだ。

「もっともっと練習して、二人で上手に演奏出来るようになったら、あの黒いプリキュアにも勝てる……?」

世界のためにも、自分達自身のためにも、あの黒いプリキュアに打ち勝てるようにならなければいけない。
しかし、ではそのためにピアノの演奏をするのか、というと、響と奏のどちらも尻込みをしてしまうようだった。

響も……そして自分自身も、恐れているのではないかと奏は考える。

和音や聖歌との一件に、響は責任のようなものを感じていた。

自分がピアノの演奏に誘ったせいで。
自分がピアノの演奏をしたせいで。
ピアノのせいで。

そんな気持ちを抱えたままピアノに触れてしまうと、また音楽を嫌いになってしまうのではないか……響はおそらくそう考えているのではないかと奏は推察し、そして自分自身も、響が再び音楽嫌いになるきっかけを与えてしまうかもしれないという事を恐れているのだと気づく。

響が次にピアノを前にした時、どんな顔をするのか、奏でる音楽はどんなものになってしまうのか。
それが…………怖い。

「あれ、南野さん? どうしたの、こんな所で」

考えを続けながらぼうっと海岸線を眺めていた奏はその言葉にハッとして顔を上げる。
ベンチの側に立って奏を見下ろしていたのは、『王子隊』という音楽隊を率いる、アリア学園一のアイドル、王子正宗だった。

「あっ! お、おおお王子先輩! こ、こんにちは!」
「あぁ、ごめん、驚かせちゃったかな」

ベンチからバッと立ち上がり、顔を赤面させてろれつが回らない言葉で喋る奏。
学園のアイドルである王子は、奏にとっての憧れの人でもあった。

「お、王子先輩はど、どうしてこんな所に!?」
「ちょっとピアノの演奏練習で行き詰っちゃってね、気分転換に来たんだ」

――ピアノ。
普段王子を目の前にしてしまうとあがりっ放しでまともに口が回らなくなる奏だったが、その単語を聞いた瞬間、スッと何かが冷めていくように、奏は冷静さを取り戻した。
奏は今更ながらに思い出す。
目の前にいる王子も、王子隊の中でピアノを担当するピアノ演奏者なのだと。

「……王子先輩でも、演奏に行き詰まる事があるんですか?」
「そりゃもちろんあるさ。今回はそこまででもないけど、教えて下さっている北条先生はああ見えて音楽に対しては厳しいからね、自分には才能が無いんじゃないか……そんな風に思ってしまう事だってあるよ」

王子の言う『北条先生』とは、北条響の父であり、アリア学園での響や奏達の音楽担当教師でもある北条団の事だ。
そして、響とその父、団との間に起こった気持ちのすれ違いが、響が音楽嫌いになった原因でもあった。

ピアノに迷う響と、ピアノに迷う王子。
奏は、目の前にいるこの人ならば、響の……いや、自分達の抱える問題に答えを出してくれるのではないかと、直感的にそう思った。

「……そんな時、王子先輩ならどうします? ピアノに……音楽に対する気持ちに迷ってしまった時、王子先輩なら……一体どうするんですか?」
「えっ、南野さん……?」

普段王子に対しては見せない追求するような奏の態度に王子は面食らった様子だったが、王子は奏のその態度がとても真剣な気持ちから来ている事を感じ取った様子で、少し考えた後、静かに語りだした。

「そんな時は……やっぱり、ピアノを弾くよ。ただ……何も考えずに」
「何も、考えずに……?」
「そう。練習だとか、自分の将来だとか……そんな事は一切考えずに、楽譜すらも見ずに、ただピアノを弾くんだ」
「楽譜も見ずに……なんて、そんな事が出来るんですか?」

にわかには信じられないといった表情を浮かべる奏に、王子は優しく笑いかけた。

「まぁ、滅茶苦茶な演奏になっちゃう事もあるけど……ずっと指を鍵盤に乗せて練習していたんだ、自然に指が動くものだよ」

王子は海岸線を見つめる。
奏でにはその姿が、迷いのあった自分の過去の姿を思い出しているように見えた。

「何も考えず、指の動きに従って音を楽しんでいるとね、自分がピアノに対して本気で向き合おうと思った理由、音楽をする上で本当に大切な事を思い出せるような気がするんだ」
「本当に、大切な……事」

奏も王子と同じように海岸線を見つめ、自分の胸に聞いてみた。
自分にとって、自分と響にとって、本当に大切な事とは何なのだろうかと。

今、自分達は様々な問題に直面している。
しかし、そのひとつひとつの問題に気を取られているせいで、“本当に大切な事”を自分達は見失っているのではないだろうか?
奏は思い悩んだ。

「南野さんは、思い出せそう? ……本当に大切な事」
「……えっ!?」

気がつけば、さっきまで海岸線を見ていた王子が自分の顔を見つめている。
奏はまた顔を真っ赤にし、様々な考えで一杯だった頭の中は更に混乱の中に埋もれていく。

「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。休憩もほどほどにしないとね」
「あっ……王子先輩……っ」

奏は、今この瞬間が憧れの王子先輩と一対一で会話が出来る機会だという事を思い出し、王子の事を引き留めようかと一瞬考えたが、話を切り上げて去っていく王子が、自分の思考を邪魔してしまわないように気を使ってくれたのだという事に気づき、言葉を止めた。

奏は果てしなく続く海岸線をもう一度目に焼き付けた後、自分の家へと引き返した。




「はぁぁぁぁぁ~~~~~~~~……」
「響、最近は学校が終わってもすぐ家に閉じ篭っちゃうニャ」
「その理由ぐらい、ハミィだって分かってんでしょ」

自宅の居間で、響は椅子に座って上体をテーブルの上に投げ出していた。
その体は脱力しきっており、顔には一切の覇気がない。

「響からピアノとスポーツを取ったら大食いしか残らないニャ」
「うっさいわねー! 放っといてよ!」

響はガバッと上体を起こしてテーブルの上のハミィに文句を言い、またぐったりと体を倒した。

「響、本当にこのままでいいのニャ?」
「………………」

響は顔を背ける。
響にも分かっているのだ。
ハミィが嫌味でこんな事を言っているのではなく、ハミィなりに自分の事を想って言ってくれているのだという事を。

響自身も、『このままで良いのか』とずっと悩んでいた。
しかし、彼女が何かしようかと考えた時、真っ先に浮かんでくるのが、自分に対し怒りをむき出しにしていた和音の表情。

そして次に浮かぶのは、『あの時、自分がピアノの演奏になんて誘わなければ……』という後悔の感情。
自分だけならばまだいい、だが、自分の行動のせいで奏と聖歌の二人の関係まで悪くなってしまった……
響はこの思考から脱する事が出来ないでいたのだ。

「たっだいま~…………おや響、何してるんだい、そんな所で」
「……パパ? 今日は早いんだね」

鍵を開け、ドアを開く音の後、居間に入ってきたのは響の父、北条団だった。
家人の帰宅を知ってハミィは一足先にその場を離れている。

「ああ、今日は夜からまた演奏会があるからね。響も聴きに来るかい?」
「……いい。音楽なんて……聴きたい気分じゃない」

テーブルから顔も起こさずだらっと答える響の姿を見て、団は肩をすくめる。

「おやおや、最近はまた音楽に興味が湧いて来たのかと思ったけど、今はまた音楽への気持ちもディミヌエンドなのかな」
「ああ~もう! またその変な喋り方! 今私の前で音楽の話をしないで!」
「……ピアノの演奏の仕方でも迷ってるのかな」
「なっ…………!?」

我慢できなくなり両手でドン、と机を叩いて起き上がった響だったが、直後の団の言葉に彼女は絶句した。
響は、奏と一緒にしらべの館でピアノの演奏をしている事は団には話していない。
そして、今の会話の中で響は“音楽”とは言っても“ピアノ”とは一言も言っていない。

「響が最近、家のピアノにちょくちょく触れている事、気づかないとでも思ったのかい」
「な、何で…………パパが絶対に帰ってこない時間にしか触ってなかったのに」
「だって響、鍵盤の蓋を開けっ放しにしてたじゃない」
「あ………………」

あまりにも間の抜けたミスに響は恥ずかしくなり顔を赤くする。

響は、父との気持ちのすれ違いという過去の出来事から一度音楽嫌いになっており、そんな父に対する気恥ずかしさと、『音楽嫌い』を公言していた事から来る妙な意地もあって、奏以外の人、特に父である団にはピアノ演奏をしている事を黙っていた。

それが、よりにもよってこんなタイミングで追求される事になろうとは……と、響は自分の軽薄さを後悔していた。

とは言っても、響がピアノの状態に注意を払わなかったのにも理由があった。
北条家の中でピアノが置いてある部屋は、幼い頃響がレッスンをするために用意された専用の部屋で、ピアノに用が無ければ行く場所では無い。
団が家でピアノ演奏する事はあまり無かったと響は記憶していたし、その部屋にあるピアノの状態がどうあったとしても、団にそれが分かる訳がないと響は考えていたのだ。

「(もしかして……いつもチェックしてたの? わたしがピアノに触っているかどうか……)」

5年前のあの出来事から、自分の父は、自分がピアノに再び触れようとするかどうかを常に意識していたのだろうか……響はそんな事を思い、目の前でにこやかな笑顔を浮かべる父の底の知れなさに驚くのだった。

「響、一度、演奏を聴かせてくれないかい?」
「えっ、わたしは……その……」
「ほら、いいからいいから」
「ああ、ちょっとー!?」

戸惑う響の背中を団が押し、二人はピアノの部屋へと向かって行く。
そんな様子を、期待を込めた視線でハミィは見つめていた。



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