なぜなら、……目の前にいる新しいメイドというのは、メイド服を着た魔本だったからだ。 「これからよろしくおねがいしま〜す。アルフィーナ様」 あっけにとられ、何も言えないでいると、宮長官は予定通り、新人の仕事をチェックしますといって、部屋の隅まで移動し、こちらを眺めている。 「あ……あなた! 何してるのよ。というかなんでメイド!?」 「いやいや〜。このほうがこれからやりやすそうだったから。びっくりした?」 魔本はそういって、くるりと回転し、メイド姿を見せびらかす。といっても自分の本体である本はしっかり持っているが……。 「それにしても、ここのメイド服かわいいわね。今まで服なんて何でもいいって思ってたけど、一度着てみるとなかなかどうして。アルフィーナちゃんが一杯服をもってるきもちがわかったわ」 そういうと、魔本は、ソファーに飛び乗り、ごろんと寝転ぶ。それを見た瞬間、アルフィーナは慌てた。こういう、行儀の悪い行為は宮長官の前では厳禁なのだ。 「チョ! ちょっと! あなた何してるの! 怒られるわよ! というか、メイドが主人より先に座わっちゃだめなんだから!」 アルフィーナは恐る恐る、部屋の隅にいる宮長官のほうをみる。するととんでもない言葉が返ってきた。 「アルフィーナ様。新しいメイドが気に入ったことはよろしいですが、そのような大きな声を出してはしたないですよ」 「へ……? なんで? ……あ……はい。ごめんなさい」 アルフィーナは納得がいかないが、条件反射で謝った。魔本はそんな様子をニヤニヤと眺めている。 「いい年して、怒られちゃったわね。アルフィーナちゃん。何でって顔してるけど、私が何者かって忘れていない?」 そう言った魔本の手には本が開かれ、文字が光っている。 (そういうことね。私が操りにくくなったからって、そういう方向できたわけね。いいわ。受けてたってあげる。負けないんだから。) そういうと、アルフィーナは魔本と向かい合うように、テーブルをはさんで反対側のソファーに座る。 「まあ、いいわ。私も貴方に聞きたいことがあったし、これまで見たいに独り言してるって見られないのは好都合よ。まず最初にあれよ!」 そういって、部屋に置かれていた姿鏡を、指差す。 「何よ。久しぶりに会ったってのに……つれないわね。というか、一応回りの記憶は多少干渉できるけど、大声上げたり、いきなり素っ裸になるって言うショックな光景はフォローできないから気をつけてね。姿鏡が何? どうかしたの?」 「う……わかったわ。というかそんなこと人前でしないわよ。私を誰だと思ってるのよ」 振り返れば、結構人前でそういうことをしているのを棚にあげて、アルフィーナは不満を言う。 「ともかく。昨日あの姿鏡使おうとしたら写らなかったの。どういうこと? 納得いく説明をしなさい」 「説明もなにも……アレは私の魔力で動いているから、魔力の供給を止めれば写らなくなるわよ。あの後、変態ショーするつもりが無かったから供給止めたの。アルフィーナちゃんにも言ったじゃない。私が戻るまで好きにしていいって。疲れてたからお休みあげたつもりだったんだけど?」 魔本が、何を当たり前なこと聞いてるんだろうという不思議そうな顔で返してきた。 (何がお休みよ! 逆にストレスたまったわよ! ……といってもそんなこといったら、隙を見せることになるわね。何とかごまかさないと) 「それならそうと、言っておいてよ。鏡覗き込んだら、自分の姿が映らなくてびっくりしたじゃない。アレだけの大きさの鏡って、全身のコーディネートが整ってるのを確かめるのにかかせないんだから。変態ショーだけに使うものじゃないんだからね」 一応、まともな言い訳ができて、満足なアルフィーナだったが、魔本には、ばればれだった。 (これは相当、怒ってるわね。よっぽど変態ショーができなかったのが不満なの? しかたないじゃない。アレ結構魔力使うし……。アルフィーナちゃんが、そこまでふっ切れてやりたがるだなんて思っても見なかったんだから。) 「まったく……聞いてるの? 貴方が人じゃないって知ってるけど、少し気が気かなすぎじゃない? そんなんでメイドのふりなんてできるのかしら? まあばれたら私にとってはありがたいけどね。大体、貴方のやることってどこかずれてるのよ。少しは本をを読んで勉強しなさい」 そう、えらそうに話したアルフィーナを見て、魔本はアルフィーナが怒ってるのではなく、欲求が相当たまってるのだと悟った。 アルフィーナの本質は自分で言ってるとおり幼稚。よく言えば素直なのだ。なので嬉しいときは本気で嬉しがるし、怒るときは手がつけられないほど怒る。 今回のように、こんな挑発をするときは、相手を怒らせて、自分をかまってほしいという合図だ。姿鏡で変態ショーができない今、魔本は変態姫の唯一の遊び相手なのだから。 (まあ、遊んであげましょう。ほったらかしにして変な方向に爆発しても厄介だし。そういえば、前、アルフィーナちゃん私に謝らせたがってたわね。あのお婆さんの感性と記憶を操作しているとはいえ、私に書かれた行為のそのままされるとさすがに駄目だし……。) 「ねえ! 聞いてるの? まさか、元に戻せないなんていうんじゃないわよね。最低でも今夜までには直しておきなさい! あ〜。もう! まったく! ……ねえ! 一応今貴方メイドなんでしょ? お茶入れて。ほんとに気が効かないわ」 アルフィーナの言葉に魔本はぴんとひらめいた。 「……ねえ……。お茶ってどうやって入れるの?」 「え……?」 「だから私、入れ方って知らないの。お茶ってのは何か知識は知ってるけど、飲んだことないし。本の私には必要ないからどうでもいい知識に分類されているから詳しく知らないの。だから、教えて? 次からは、教えられたとおりに入れるから」 「……。わかったわ。教えてあげる。その代わり、今回だけだからね。それと、教え終わったらきちんとお礼をいうこと。いいわね?」 「そうねえ。なんかメイドがお茶入れるって言うのは必須みたいだから。できないとこの先こまりそう。いいわ。ただし、きちんと教えてね。私一回覚えると、間違っててもそのとおりにやっちゃうから」 その台詞を聞いて、アルフィーナは嬉しくなった。 (そうなんだ。これはますます楽しいことになりそう。わざと変なやり方教えて、毎回みっともないお茶入れてもらいましょう。隅で控えている宮長官も、こいつの魔法で抑えられてるみたいだし。好き勝手やろうっと。ふふふ〜。どんなはしたない入れ方教えようかな? おっと。あんまり喜んで魔本に気づかれるとまずいわ。冷静に。冷静に。) 魔本の狙い通りになった。要するにアルフィーナは自分をいいように操っていた魔本より上に立ちたかったのだ。 ただし、上に立つということは、魔本に書かれていたように屈辱的に謝ってもらうだけではない。今回のように、相手の知らないことを教えるということも含まれる。 おまけに今まで自分がやられていたいやらしい罠をかけられるのだ。これで機嫌がよくならないわけは無い。 「それじゃあ、よく聞いておきなさい。まずはお茶を入れる準備。あそこにあるティーセットのワゴンを持って……」 「ちょっと待って。言葉で説明するだけじゃなく、実際にやってほしいの。言葉で聞いただけだと結局、文字で書き込まれ知識になっちゃう。忘れやすいのよ。だから、入れるところ見せてほしいの」 「え……。そ……そういうことなら仕方が無いわね。その代わり、宮長官をしっかりおさえてなさい。あの人、メイドにお茶入れる私なんて見たら、普通、激怒するんだから」 そういいながら、アルフィーナは立ち上がり、ワゴンを運んでくる。 (なんか予定とちょっと違う気が。大体私も詳しく知らないのよね。いつもあの子が入れてくれてたし。まあ、何とかなるでしょ。それに、あの、宮長官のまえでエッチな方法でお茶入れるってなんか興奮する) アルフィーナはそういって、ワゴンに乗ってる茶器などを手に取り、どんな方法で入れようか考えていた。なんせ、今後、魔本がそのとおりにお茶を入れてくれるのだから。 アルフィーナは命一杯いやらしい入れ方を教えようと思った。今まで好き勝手操られたお返しも含めて。 (アレは、今までの仕返しもかねて、命一杯いやらしい入れ方を教えようって顔ね。あんまりふっ切れてもらうと困るんだけど。アルフィーナちゃん以外の人の認識を操作するって結構しんどいから。それにしても本と楽しそう) 「まずは挨拶。服装を整えて決まった挨拶の言うの。よく見え覚えなさい」 そういうと、アルフィーナは着ていたドレスの胸の部分をずりさげ、おっぱいを丸出しにし、スカートをたくし上げ、股間を丸出しにし、笑顔になって思いっきり甘えた声で挨拶した。 「ご主人様〜♪ おマン茶の準備ができました〜♪ 今すぐお入れしますね」 魔本は、何の反応もできなかった。魔本はお茶の入れ方なんて知っている。知っているが、アルフィーナのためにわざと知らないふりをしたのだ。 だから、知っている知識とあまりにもかけ離れた挨拶に、反応ができなかった。久々に味わう感覚だった。どうすればいいんだろうか? と。とりあえず無反応はまずい。 「え〜と。アルフィーナちゃん。質問していいかしら?」 そう聞くと、アルフィーナは腰をクイクイと軽く振りながら、顔だけ、真面目になって答える。 「先生!」 「は!?」 「私のことは先生ってよびなさい。教えてもらう立場なんだから。あなたは。それに質問は手を上げて!」 首から下は、おっぱいと股間丸出しで、腰を振っているのだが、顔は真面目。いやかなり迫力がある。魔本は思わず姿勢をただし、手を上げて質問した。 「え〜と。はい。わかりました。先生。まず何で腰振ってるんですか? それとおっぱいと股間を見せる必要は?」 魔本が素直に言うことを聞いたのに機嫌を良くしたアルフィーナは、自慢げに、指を立てて説明し始めた。 「よろしい。まず、腰を振るのは、お茶を入れるご主人様へのおねだりです。ご主人様がお茶を入れることを許可するまで振るのが、礼儀だからです。おっぱいを見せるのは、お茶に入れるミルクはおっぱいミルクだからです。といってもメイドすべてが出せるわけでわないので、代用品で牛のミルクをビンに入れておくのですが、しきたりとして、出なくても見せなければいけません。股間を見せるのは、スカートの中に怪しいものを入れてませんとわかってもらうためです。わかりましたか?」 この口調は普段のアルフィーナのものではない。実は、今も部屋の隅で控えている宮長官のものだった。幼いころ、アルフィーナはこうして礼儀作法を学んだのである。 (ふふ。あの魔本が私のこと先生って。気持ちいいわ。あんなに素直にうなずいて。ほんとの事知ったらどんな顔するのかしら。楽しみねえ。こんないんちき作法を信じてるんだから、途中で変態踊りをしたり、土下座してもやってくれるかも!) 「えーと……。はい。わかりました」 (……アレは、もっとひどいことさせようって顔ね。どうしましょうか? このままだとアルフィーナちゃん、最後までつっぱしりそうだし……) 正直言うと、一仕事終えた後でかなり魔力を消費しており、その上、宮長官の意識も多少操作している今の状況はかなりしんどい。それに、一度火がついたアルフィーナはそう簡単にとまらない。まっ昼間にそんな状態になれば、フォローするのにどれだけ魔力を消費するか。 「よろしい。それじゃあ次は……あ!」 次の説明にうつろうとしたアルフィーナは、懐かしい感覚に襲われた。身体が思い通りに動かない上声も出せない。魔本が、アルフィーナを操ったのだ。 完全に操ることは魔力の消費が激しいと思われるが、アルフィーナ本人限定なら、意外と少なくてすむ。 (こ……これは……。魔本の仕業ね。いったい何させるつもりなの? おとなしくしてたと思ったら……。でも無駄よ。対抗策は練りに練ってるんだから! ふふふ……どれにしようかしら?) たくさんある対策からどんないやらしいことをしようか頭の中で選んでいるアルフィーナだったが、自分の口から出た言葉に思考が停止した。 「宮長官。そんな隅いないで、こちらにきなさい。仕事とはいえ、そんなところから見られると落ち着かないわ」 「は。申し訳ありませんでした。しかし姫様……」 「しかしも何も無いわ。それにそばで見ていてほしいの。昔、貴方に躾けられた私が、新しいメイドにきちんと教育できるまでに立派に成長したって」 「……。わかりました。お言葉に甘え、お近くで、姫様の成長振りを見させて頂きます」 そういうと、宮長官は、規則正しい歩き方で、魔本が座っているソファーの後ろに移動した。アルフィーナの痴態を真正面から見る位置だ。 (え! あ……! ま…魔本の奴何てことするのよ! さっきまでは見られているとはいえ、後ろにいたから良かったけど、今の位置じゃあ、丸見えじゃない。ああ……私、今おっぱい丸出して、スカートめくりあげてるのに!) 目の前にいる宮長官は、鋭い視線でアルフィーナを見ている。さっきまで興奮していたが、今では恐ろしい。 彼女は、子供のころのアルフィーナにとって、もっとも怖い人の一人だったのだ。おまけに宮長官が最も怒るはしたない行為をしているのだから。 「くすくす。よかったですね? アルフィーナ様? それじゃあ、続きを教えて頂けますか? 宮長官の目の前で」 (な……何言ってるのよ。操ってるくせに! は…早く支配をとかないと! ……。駄目! あの人がじっと見てる前でいやらしいことなんてできない! 怒られちゃう! あああ……どうしよう!?) (ふう。これで、少しは頭を冷やすでしょう。せっかくアルフィーナちゃんの望みをかなえるために仕込みをしたのに、その前にやられすぎるとね。まあ、今回は、軽く恥ずかしい目にあってもらって、少し落ち着いてもらいましょう) アルフィーナと魔本はそれぞれの思いを、巡らしていた。だが、そんな思考をとんでもない人物の台詞が、吹き飛ばした。近くに来た宮長官だった。姫の痴態を、怒るのでもなく、蔑むのでなく、いつもどおり冷静な口調で話しかけてきた。 「姫様。続きをなさる前に聞きたいことが。作法でスカートをめくりあげるのはわかりましたが、なぜ? 下着をはいておられないのですか? 股間のおまんこが丸見えになってますよ」 「「……は?」」 アルフィーナと、魔本はそろって、間の抜けた聞き返しをした。
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