記者の目

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記者の目:名古屋・河村市長の市民税減税=福島祥

 個人・法人の市民税を恒久的に減税する日本初の条例が12月、名古屋市で成立した。だが、09年の就任以来「10%減税」を主張してきた河村たかし市長は結局、4月からの減税率を公約の半分の「5%」に圧縮し、減税に反対する市議会野党に大幅に歩み寄ってしまった。市長には次期衆院選立候補のうわさが絶えない。もし減税が国政復帰をにらんだパフォーマンスなら、あまりにも無責任だ。市長には最低でも残りの任期1年3カ月をかけ「減税の効果」を示す責任がある。

 民主党の衆院議員だった河村市長は09年4月の市長選に出馬、「市民税の10%減税」を最優先の公約に掲げて完勝した。市長は恒久減税を目指したが、減税に反発する議会は「減税を10年度限りとする」との修正案を可決。これに対し市長は10年、首長政党「減税日本」をつくるとともに、政令市初の市議会リコール(解散請求)を主導、自らも辞職した。

 昨年2月の出直し市長選、愛知県知事選、市議会解散の是非を問う住民投票の「トリプル投票」で河村派は全勝。また昨年3月の出直し市議選では、減税日本は議会第1会派になった。だが会派は過半数に満たず、昨年12月、10%、7%の減税案はいずれも否決され、結局、市長は減税率を5%とする譲歩を決めた。

 ◇国政復帰にらみ 「5%」に譲歩か 

 「10%」に固執して異例の議会リコールの音頭までとった市長を、譲歩させたのは何だったのか--。

 市長は衆院議員時代から「総理を狙う男」を自称してきた。著書でも「総理大臣になったら、まずは消費税を1%減らす」と断言。「減税日本」も国政飛躍を目指す。

 5%に譲歩した前後の事情をある側近はこう話す。「昨年11月、12年前半にも解散総選挙がある可能性が伝えられ、市長の様子が変わった。『何でもいいから来年度から減税させてくれ』という感じになった」。そして5%減税条例が成立すると、今度は佐藤夕子衆院議員(愛知1区)ら減税日本関係者が「(市長には)今こそ(国政に)復活してほしい」と公然とアピールし始めた。

 印象的な場面もあった。

 「サンキュー、フォー、ユア、エブリシング、さよならの代わりに~」

 昨年12月11日夜、減税日本市議との食事会を終えた河村市長が私たち記者の前で、山口百恵さんの「さよならの向う側」を口ずさんだ。「ええ曲だろう? 最近、引退コンサートの動画をよく見とるんだわ」と笑顔を見せた市長が、5%減税案を発表したのはその翌日だった。

 市長は「引退」に思いを巡らせ、国政復帰を考えているのだろうか。本人は明言をさけるが、「市長が次期衆院選に立候補するのは間違いない」と見るのは地元政界の共通認識だ。

 ◇人気取りならば 単なるばらまき

 だが、5%にしろ減税が達成されたいま、市長に残された課題はあまりにも多い。

 市長は「1円でも庶民に返して民のかまどを温める」「減税で入りを減らせば行革圧力になる」と減税による経済効果や行革断行を主張してきた。

 だが5%の減税でどれほど名古屋の消費が上向きになるのかなど、経済効果は全く試算されていない。また、そもそもなぜ「5%」なのか。単なる「数字あわせ」なのか。減税を具体的にどう行革に結びつけるかを含め、市長には市民にじっくり説明する義務がある。譲歩を重ねて実現にこぎつけた減税の効果が、結局は衆院選目当ての人気取りならば、減税総額年間110億円は、単なるばらまきになってしまう。

 河村氏の2度の市長選での強さには目を見張るものがあった。「税金を払っているほうは地獄、税金で食っているほうは極楽」という役所や議員に対する批判は共感を得た。減税への支持だけではない。議会と対立しても公約を貫こうとした「ぶれない姿勢」も人気の一因だったと思う。

 元日、河村市長は中日ドラゴンズの帽子をかぶり、自転車をこいで名古屋市内を街頭宣伝した。「日本は増税大魔王の増税列島になった。東北の皆さんを応援しようと思ったら、(経済を活性化させるために)税金を下げなくてはいけない。(政府は)本当に何を考えてるんだ? 名古屋だけが減税をする。どえらいことだ」。舌鋒(ぜっぽう)の矛先は「増税路線」を掲げる国に向いた。

 「減税は名古屋からスタートする」と河村市長はいう。もし「どえらいこと」を名古屋が始め、その名古屋の挑戦を全国に広めたいと思っているのならば、それは達成されたわけではなく、緒に就いたばかりなのだ。市民が期待してきた河村流リーダーシップと減税の真価が問われるのはこれからだ。(中部報道センター)

毎日新聞 2012年1月19日 1時14分(最終更新 1月21日 0時08分)

 

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