旧ブログからの移転分は、主に2009年以降でWeb記事が現存しているものに限ります。
1983年からの活動、全国一位獲得履歴等は下記リンクをご参照ください。
雑誌等での掲載記事、放送での発言はここには掲載できません。ご了承ください。
【お知らせ】
旧ブログから移転した2009.12.11の記事「東京」以前の記事が、
原因不明により閲覧頂けなくなっています。
それ以前の記事は、お手数をおかけ致しますがこちらでご覧ください。
サークルSGP(Save Gamecenter Project)共同発起人
SGP内サークルSV代表、「レバ研」会長代理
Only the Arcade game
I will protect the culture of a game.
アーケードゲーム(AC)専門ハイスコアラー。
「ハイスコア・アート」 「プレイは、見せて(魅せて)ナンボ」
「閉じこもってはいけない。ゲームは、ゲーセンで!」
「アーケード文化・ビデオゲーム文化」
「ゲーセン文化・ゲームセンター文化」 「ハイスコア文化」
「eスポーツ文化」 「交流文化」 「健全な遊戯・競技の場」
振興、再興、復興、保持、歴史伝承を常に考えています。
★ SGP-SV-TNK 公式atwiki(詳細経歴他全網羅: SGP-NYA作成)
mixi、Twitter等関連リンクも全てここにあります
http://www52.atwiki.jp/sgpsvtnk1969atwiki/
★ サークルSGP、マンモス城インベーダーハウス、レバ研
http://www35.atwiki.jp/sgp-bar/pages/14.html
【ご連絡方法】
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お持ちでない方はこちらまで
2011-11-11
「スターフォース(アーケード純正) フェラーの避け方」 2011.11.10の記事
| スターフォース(アーケード純正)フェラーの避け方
【2回目】
直前のオブセスを破壊と同時に画面左下か右下でスタンバイ、
撃ちながらゆっくりと反対側へ横断したら絶対に死なない。
【3回目】
直前のネイラは無理に撃ちにいかない。
ネイラが消え去ったら画面左上、1キャラ程度右よりでスタンバイ、
撃ちながらフェラー出現と同時に(弾を見る前に)左下→軽く右上→左下と繰り返しながら、画面下に着くまでに6秒が目安。
次に思い切って右下へ横断。ここは正面衝突にさえ注意すれば大丈夫。
あとはくるっくるっと内側へレバーを入れながら上がればギリギリで間に合う。
実際にはここが一番難しい。
あとは4回目と5回目のループになるが、これは完全安定させることが不可能ではない。
【4回目直前のロペ&スーパーソニック】
1回目のスーパーソニックは自信があれば撃ってもいいが、画面どちらかの端にいたほうがいい。
2回目のスーパーソニックは必ず画面左上で。
そこからゆっくりと下→右。 ロペが片付いたらそのまま右上でスタンバイ。
【4回目フェラー】
しばらく一発も撃ってはいけない。
右上から下に着くまでにとにかく粘る。この時、弾さえ見ていればフェラー本体の間をすり抜けても大丈夫。なぜか至近距離からは撃ってこない。(ここだけ)
下からゆっくり左へ。まだ撃ってはいけない。
左下端直前時点で12秒が目安。
端に着く直前、レバーを右→左。この時、少し上がって右へ横断する道がはっきり見えるはず。
この横断開始から撃つ。
右端まで行かず、画面中央右寄りあたりから、ゆっくり左へ戻る。あとは上に逃げるだけ。
【5回目】
最初から撃ちながら、
画面右上でスタンバイ、出現と同時に下→左、
高速フェラーが出るところで中央左寄りにいるタイミングで。
左下端に着く直前でレバーを右→左。
4回目と同じく、ここで横断する道が見えるはず。
少し上がって右へ、右端まで行けそうなら行く。途中で道が見えなくなったら左へ引き返す。
ここで2度目の高速フェラーが来るが、慌てず、時折逃げ道と反対方向へレバーを入れれば大丈夫。
最後に左右どちらかから上へ逃げることになるが、これも時折反対方向へ入れながら上がれば大丈夫。
やり込んでいくうちにわかるはず。
トライアルに備え、とりあえずはご参考までに。
「スターフォース(アーケード純正)1億点トライアル2011.12月版 本告知前の最終予告とお願い」 2011.11.09の記事
| 【前回予告】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1791578923&owner_id=23521767
【周回難易度について】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1782878968&owner_id=23521767
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本告知は、諸事情により今月16日深夜になります。ご了承ください。
決行場所は熊本駅から電車利用と徒歩で約40〜50分の場所、
車でお越しの方は市街地の渋滞がひどいので1時間と見ておいてもらったほうがいいかと思います。
プレイスタートは12月17日午前8〜9時に決定しました。
成功したとして、予測19〜21時間、したがって達成は翌早朝になります。
この店舗は、風営法には成人者であれば抵触しませんのでいつでもご入場いただけます。
但し、条例により18歳未満の方は22時、16歳未満の方は決行日時点の条例に従って退店いただくことになります。
【次に、上記前回予告の通り、ご協力いただける方、および物品がまだ足りません】
■ 交代プレイ部門に参加していただける方。
「2000万程度を連なしで安定して出せる方」を一応の条件とはしていましたが、
それは既に2人おります。ですので少し条件を下げます。
「1000万なら連なしで出せる方」
「1000万の自信はなくても、「空中物最後の弾幕ゾーン」以外ならなんとか安定させられる方」
「部分的に得意な場所がある方」
(時間は短くても結構です。おられませんか。)
■ 「純正3枚基板」の予備が、まだ足りません。多いほうが安心です。お持ちの方はおられませんか。
■ 当日、特設ブログ(URLは下記)に、写真を貼りながら実況の書き込みをしてくださる方
どうぞ、よろしくお願いします。
以上の件にご協力いただける方々は、当然ながら提案者様方、協力・協賛店舗、協力・協賛会社、協力・協賛サークルおよび個人様方、プレイヤー(短時間であっても)と合わせて、後日編集するオープニング&エンディングスタッフロールにお名前を刻ませていただきます。
ご連絡は私あてにmixiメッセージか、実行委員会特設アドレス starforce2011@yahoo.co.jp までお願いします。
mixiをされていないかた向けには、告知・当日実況用ブログ http://d.hatena.ne.jp/starforce-100000000/ を用意してあります。ご友人様方にお伝えください。
【そして!】
どうぞご観覧にお越しください。
旅がてら、メインは他のゲーム目当てでも大歓迎です。
それが一番の力になります。
ご遠慮なくプレッシャーを与えてください。笑って盛り上げましょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最後になりますが、最近一部において悪意ある行為・言動を行っている者の入場はお断り致します。
距離に関わらず、お帰りいただきます。虚偽吹聴については相応の処置を取ります。
また、今企画事項についての無断転載、引用、抜粋、改竄も一切認めません。
健全であるはずのゲームセンター文化に、傷をつけないでください。
悪意のない、一般・有志・関連会社・メディアの方々につきましては転載していただいて結構ですが、必ず全文をお願いします。
もしくは、上記のブログのURLのみでも結構です。
今回のイベントは、ゲーセン・ゲームセンター文化振興、再興へ向けての伏線、布石でもあるのです。
明けて2012年は、良い年になるでしょう。有志はそれぞれ各地で、できることから行動しています。
わずかではあっても、その応援も兼ねているのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あ、追伸がありました。
「2点ホールド高速連射法」については、近日中にYoutubeにUPして、またお知らせします。
「レバ研」http://www35.atwiki.jp/sgp-bar/については、それを用いてやってみたいという方はお知らせください。
「【問題提起】アーケードゲーム文化を滅ぼそうとするもの」 2011.10.13の記事
| 【問題提起】 アーケードゲーム文化を滅ぼそうとするもの

今日、大変な場面に遭遇した。
自分は今、以前以上の憤りを覚えている。
昨年、中野龍三さんのサイトに、このような投稿をした。
(下記URL後半の「読者投稿」がそうです。)
http://www9.plala.or.jp/nakanoryuzo/news-kakorogu/news-09.4-3.html#0428d
ご存知のなかった方は、出来れば全部お読み戴きたい。
続いては、自分の(旧)ブログのこの記事
「ハイスコア文化を滅ぼそうとするもの」
http://tnk-blog.jugem.jp/?eid=19
そして、
「閉鎖的な小さなコミュニティの起こしたこと」
http://tnk-blog.jugem.jp/?eid=20
「全部が全部こうだ」と書いた憶えはない。そう誤解させる書き方もしていない。
「悪い象徴」として挙げたまでである。
ところが、上記投稿をしたのち、匿名掲示板にて、批判にもならない悪口を大量に受けた。
そのいずれもが、主題には触れず「自分勝手なものだ」との内容で、
名前を出し、堂々と意見や反論を述べるものは皆無だった。
ここで、上の写真をご覧戴きたい。
店名は伏せるが、(リブロスではない)とある店で、シューティングゲームの台の上に格闘ゲーマーが荷物を置いたものだ。その隣の台でも同様。
幸い、スタッフの方が気付き、即時注意をしてくれた。
直後、その集団が、真後ろから小声での意味不明なバッシングをしてきたのだがこちらは話し合いの意味がないと判断し、無視。
リンクURLを全てお読み戴いた前提で以下を書く。
このような事は日常茶飯事で、なにも地元に限った事ではない。
かいかぶるわけではないが、自分の(私の)仲間達(自分が知る人に限らず)がこのような事を、少なくともゲーセン自体を皆で応援しなければならない時代の中で、するだろうか。
流行は時に応じて変われど、仲間達は自浄するため努力している。
ある分野に「カリスマ的存在(実際は自称、および支持者による過剰な宣伝が大半)」がいるとしよう。
その者達が、こんな現状を知らないはずはなく、自らが一言警鐘を鳴らすことで、流行からしてその影響力は絶大である。 が、それをしない、どころか、逆に助長する言動が目立つ。
全てがその者達の責任では当然ないだろう。
だが、それを防ごうとする努力は必要ではないのか。その形跡が見当たらない。
確かに、誰も幼稚園児ではない。が、影響力があればこそ、それを良い方向に使おうとする気は無いのか。
「好みがどうとか」を言うつもりは一切ない。(そういう問題ではないから。)
念の為誤解なきように書いておくが、興味がないゲームはしない、ただそれだけのことだ。
誰の邪魔もしたくない。
共存に主点を置かなければ、大事な文化が持たないのだぞ。
全ジャンルで心中でもするつもりか。
それとも、自分達の好みに合わないものを、流行を武器にして排除するつもりか。
謙虚になって努力を行うなら、いくらでも相互協力はできよう。それが当たり前の筋ではないのか。
Web上の百科事典と銘打っているWikipediaに於いても、
過剰宣伝目的の間違った記述まで行っている。
あくまで一つの参考ではあるが、下記リンクも参考として戴きたい。
これは、あまりの暴挙に立腹した私の仲間が作成したものだ。
http://www35.atwiki.jp/sgp-bar/
次に、あるサイトを発見した。そこには個人名が書かれているので、URLではなく、名のみを伏字にして改竄なく以下に貼り付ける。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あるレバーの持ち方を●持ちとか吹聴する連中がいるようだが、
自然にそうなるようなレバーの持ち方が、個人名の付いた技名??
箸の持ち方やスプーンの持ち方に個人名など付ける?
歩き方やちょっとした癖に個人名など付ける?
「考案した」??「開発した」??
まったく笑わせる話だが、そんな吹聴が本当に多いことを知って呆れてしまった。
●という人本人の見解はどうなのだろうか。
はっきりしているところでも、80年代には大勢のゲーマーがこの持ち方をしている。
その前からもあっただろうし、自然にそうなっている人はいくらでもいるだろう。
それが、全部誰かの「真似」になるのか? 低次元、幼稚だ。
以下のYさんの記事を読んでいただきたい。
http://www23.atwiki.jp/gamer-y/
正に、真っ当なゲーマーが一部の不届き者の格闘ゲーマーに邪魔されないよう、
間違った認識がこれ以上流布されないよう祈るばかりだ。
【引用ここまで】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一例ばかりが目立つようなら申し訳ないが、
繰り返せば、これが象徴なのだ。
ゲーセン自体の形態やコンセプトは様々ながら、
何らかの改革を起こさない限り、それらをまとめてもゲーセン自体の存続が危ういだろう。
以上に挙げた分野以外も含めて、何らかの、真剣な議論を持つ機会は作れないものだろうか。
先日も友人達と会合を持ったが、いくら忙しくなろうとも、同時進行でいくつかの行動は起こさなければならない。
私自身の力など弱いものだ。だが、不届き者達がなにも行動しないなら、
まったく別の形で、それなりの「文化を広範囲へ向けて発信する」ことは不可能ではない。
「いたって健全、かつ興味のなかった人達まで自然に巻き込んでいくアイデア」も頂いた。
多くの仲間達の協力が不可欠となるが、長年掛けて築き上げた結束というものは、そう簡単に揺らぐものではない。
このままで終わらせるな。
ゲーセンは、アーケードは、不健全でもなければ不条理な場所でも、ギャンブル場でもない。
本来は当然そういうものだ。
「ガンバレ」は似つかわしくないな。
「好きなものをもっと大事にしようじゃないか」。これで、いいと思う。
一ゲーマーの一意見ではあるが。
インサート・コイン。 ゲームは、ゲーセンで!
ゲームセンター文化振興、保持、再興、復興!
「スターフォース(アーケード純正)周回難易度について」 2011.10.07の記事
| スターフォース(AC純正) 周回難易度について
どういうわけだか、どこを見ても正しい情報が書かれていない。
邪道方法(意図的に起こすバグ含む)はともかくとして、
※周回難易度は1周では止まらない。
正確にはこうなる。
1周目:
敵弾速は3通り、弾速の急変化無し、カーブ無し。
但し、発狂ゾーン後半からは2周目と同一となる。
2周目:
弾速は5通り、急変化有り、まれに弱いカーブが起こる。
自機1機分の隙間に入ったときに「? いま当たった??」という現象が起こる主原因はこれ。
対処としては、自機1機分の隙間に入らないこと。
どうしてもそうする以外にない場合は、必ず「動きながら」。
3周目:
弾速は7通り、急変化は頻繁、弱いカーブも頻繁に起こる。
難易度上昇はここまで。以後は3周目難易度が延々と続く。
これらを見て取れるようになれば、それだけでも格段に成果は上がる、はず。
「mixiコミュニティのご案内 Save Gamecenter Project」 2010.07.08の記事
| コミュニティのご案内
Save Gamecenter Project (SGP)
http://mixi.jp/view_community.pl?id=5129706
イベントによるゲームセンターの振興、活性化を目的としたコミュニティです。
※書き込みは、サークルSGPに関連したものに限定していません。
ゲームジャンルは問いません。
ゲームセンターの紹介、イベントの告知にお役立て頂けたらと思います。
「航空騎兵物語 繋がりました!」 2010.04.16の記事
| 1480300。
残り1ヶ所、検証ポイントがあるので(2-6の2回目中型機直後の約1秒間)、
「ありがとう・・・航空騎兵物語!」
と言いたいところだったけど一応置いておきます。
他は全ての箇所で全ての可能性を試みた。
まだプレイは続行しますが、
「(ひとまず)、ありがとう・・・航空騎兵物語!」
ということで、
これが限界点である可能性が高いです。
緊張しました。ガタガタに震えたけど微調整ミスも無く繋げました。
この一年間を振り返ると懐かしい。
ps
二度ほど椅子から転げ落ちそうになった。
※2011年9月、これが限界点であったことが判明しました。
「番組最終回・ウルフファング放映と、ゲーセン文化についての感慨などしみじみ」 2009.10.29の記事
| ※mixiアカウントをお持ちでない方々へは、登録されることをおすすめします。
【今夜から!】
SGP-TKYのウルフファングが今夜24時から放映されます。
詳細日程は番組コミュ参照
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4449467
観どころポイントは本人の日記を参照ください。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1323310818&owner_id=133219
番組「シューティングゲーム攻略軍団参上!」は、「ひとまず」今回のタイトルで終わるわけですが、
「広い視野で、個々のプレイを追及するゲーマーを知ってほしい。その典型例として、必然的にスコアラーという存在がある。それは楽しみを突き詰めた一つの結果である」
という、否定のしようのない基本的意味合いに置いて、
偶然ではあれ最終回にこのタイトルとプレイヤーが選ばれたことは、潜在的に今後の「スコアラーを見る感覚」に繋がる有益なことだと思う。
番組全体の、製作から含めた風景を自分なりに見てきて、批判したい・しなければならない部分も多くある。
批判は必要であり部分的には当然の事である。
しかしそれらは「衰退」とは逆方向に作用しなければならない。
機会というものは利用されなければ生きない。 当然良い意味で。
(これらに絞った部分はまた別の機会に)
TKYは、「旧・マンモス城インベーダーハウス」で活躍したスコアラー。
全国一位は獲得した経験が無いために?当人は「自分はクリアラーでありスコアラーではない」と言うが、
活動している様はスコアラーそのものだった。
(完全なるスコアラーがいる一方で、TKYタイプのゲーマーが店の基本支持層を支えていたことは、当時の他の集計店と比べても同店の売りであり、いまでも誇って語れるところだ)
例えば・・永パが見つかってスコアラーが離れたタイトルであっても、自分なりに攻略の楽しみに重きを置いてプレイを続けていたというイメージが比較的強いから、余計に本人自身にもそう思わせているのかもしれない。
今回は収録前から、リブロスで本番を想定しての演習にも立ち合わせてもらっている。
「まずはクリアして、充実感を得て先の楽しみに繋げる」ために、「ゲーセンに行ってコインを入れよう」、
「まずはプレイするためにお金を使わなければ始まらない。でなければゲーセンは潰れるんだぞ」
と、企画者になったつもりでそんな会話もしながらやった。
演習での最大のコンセプトは、
「なんだー これなら簡単にクリアできそうやん。ちょっとやってみたるか」です。
だから、それに見合ったプレイになっているはず。
「スコアアタックではないから、番組としてやってる意味がわからない」と思う方もいるかもしれないが、
そこは「スコアアタックの前提にあるものを実践した」と考えてもらって差し支えない。
(またこのタイトルは、秋葉原HEYからも外されないことでわかるように、アーケードの中ではいわゆる人気作だ)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これらこそが、揺れたながらにも「今回の番組に相応しいラスト」なのではないかと。
当人はこのゲームに相当深い思い入れがある。
たいていの人の心の中に歌があるように、当人にはこれに纏わった想い出もある。
そうやって「思い入れを持てるゲーム」を持てることはゲーム愛好家として充分誇っていい。
それを、どうにかして伝えたい・・と思って、希望を出してみたところ、
当時の開発者の方が収録に参加されることが実現した。
感覚的には「ゼビウスの遠藤さん」に続く回でもあり、プレイの表面だけでなく背景も感じながら観ることにより、最終回でやろうとした本質を感じられると思う。
当時のメーカーは現存しないこともあり、貴重です。
どのように編集されているのかは、期待したいところ。
こういうわけで、視聴環境のある方は、是非見逃さないでください。
繰り返しになるけど、「まずはゲーセンへ行ってプレイしようぜ」です。
一度攻略の楽しみを味わってしまったら・・ゲームからは抜けられない。
「ウルフファングなんて置いてねえよ」なんて理屈を云うなら、基板を買って持ち込んだらいいのだ。
「持ち込みさせてくれる店なんてないよ」
という前に、 開拓するよう動けばいいのだ。
レゲーについていえば、その完成度だけでなく、いまの時代の中ではそういう意味合いにおいても重要な役割で、
ユーザー側からのゲーセン開拓という体験の機会を与えてくれる。
ユーザーが、「単に客だろうが」ではなく「創り手意識」を持つことでゲーセンというものはこれからも存続する。
その動きが一斉に止まる日まで、ゲーセンも終わることはない。
文末に。
これを、リブロスSTG・レゲーコーナーの急発展を象徴するものだとして〆めたい。
やや大袈裟にはなったけど、日頃から自分達はそう考えています。
「閉鎖的な小さなコミュニティの「起こしたこと」」 2010.07.02の記事
| 前回の記事
http://d.hatena.ne.jp/sgp-blog/20111111#1321033032
閉鎖的な小さなコミュニティの「起こしたこと」
ここで言う「閉鎖的な小さなコミュニティ」とは、
共存と逆行した行動をすることで自分達の勝手を押し通そうとする者達のことだ。
共存を受け容れられないものだから、酷い場合は人を陥れようとする。
しかしその先にあるものは、欲求不満の爆発しかない。
前回の記事で挙げた者達もそうであるが、必ず他人を犠牲にするという共通点がある。
■ 投稿 ■
かつて高槻にあった「マンモス城インベーダーハウス」の常連で、
現在自分がホームグラウンドにしているリブロス高槻へも時々来られる
Y.Kさんから、少し前に、自分の活動に関連する投稿を頂いていた。
ありがとうございます。
この項での参考資料として、
誤解を与えないよう改変せず、全文を掲載させていただきます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
このページを読んで、あることを思い出した。
http://www35.atwiki.jp/sgp-bar/
私は若い頃、ゲーセンでゲームをしていた人間の一人でもあるが、
ほかの人のプレイを観るのが好きな人間でもあった。
幸い、私が住まいにしているところは、ゲームのうまい人がよく集まっていた店があり、
その人達のプレイをよく観ていたものだった。
このあいだ、ふと時間が空いたので久しぶりにふらりと駅前のゲーセンに入ってみたら、
昔に見たうまい人の一人が懐かしいシューティングゲームをしていることに気付いた。
髪型や表情が、昔とほとんど変わっていなかったからすぐわかった。
何となく躊躇してしまって、このときは話しかける機会をなくしてしまったのだが、
理由は、その人がプレイしている周りでおかしなことが起こっていたこと。
私のほかに3人の男がその人のプレイを観ていたのだが、
どうやら彼らは知り合いではないらしい。
プレイを観ていたというより、後ろからくだらない野次をとばしていたのだ。
レバーの持ち方が、「●●●●持ちだ。 ●●●●の真似じゃないか」と・・・。
レバーの持ち方に、とある格闘ゲームプレイヤーの名前が付けられている!?
野次を飛ばされたその人は、とても不快そうだった。
私は、彼が若い頃にゲームしているのを何度も観ていたが、
たぶんレバーの持ち方はあの時と変わっていないと思う。
当時、「かわった持ち方だなぁ」と思っていたことをはっきりと思い出せるからだ。
その後、このページの内容を読んでいると、
私が通っていたゲーセンと同じところだったし、
何人かの仲間で「レバーの〜」とかやけに専門的そうな話を楽しそうにしていたのを
ちらっと聞いた記憶がよみがえってきたので、
「「レバ研」とはこれのことだったのか」と、記憶の断片がつながったのだ。
次の週にまた行ってみると、その人がいた。
今度は野次を飛ばすヤカラもいなかったし、何とか話しかけることができた。
昔は、何となく恐そうな気もしたので(?)一度も話すことができなかった。
彼も私のことを憶えていたようで、ごく普通に話すことができた。
ついでにいろいろと面白い話とか、「レバ研」のことも聞くことができた。
「それは●●●●持ちだ」みたいな悪い野次は、よくあることだそうだ。
偶然に持ち方が似ている、
それどころか、もっと昔から理論の裏付けまでして存在していたものなのに。
それに、たまたま同じ持ち方をしている人なんてそれより前からいただろうし。
だいいち指は5本しかないのだから偶然なんていくらでも有り得る。
Web検索してみると、「●●●●持ちは●●●●が考案した」とか、
程度の低い書き込みが多く出てくる。
誰だかわからないが、あちらこちらで間違ったことを吹聴している。
格闘ゲーマーって、そんなに程度の低い者が多いのか?
「●●●●持ち」は、●●●●氏本人の発言ではないと思いたいし、
ゲーマーのモラルとして本人も認めないものだと思いたいが、
実際はどうなのだろうか?
これだけ広がっている話なのだから本人が知らないなんて有り得ないし。
例えばお箸の持ち方に個人名なんか付けるだろうか。
ものの動かし方の根幹のところに、そんな個人名なんか付けて偉そうにして、
恥ずかしくないのだろうか。
そんなことが許されるフィールドじゃない。
低次元で非常識だ。
一部の質の悪いゲーマーが、多くの真っ当なゲーマーの邪魔をしないことを祈る。
私はこのこと一つだけを取っても、
このようなヤカラの温床になっている格闘ゲームが嫌いだ。
(Y.Kさんからの投稿記事 ここまで)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次に、ハイスコアに焦点を絞って書けば、
これを悪く言う者達の特徴は前回の記事の通りであるし、
80年代後半には、ゲーム分野ではあるがアーケードゲームを支持しないある雑誌が、
毎月のようにハイスコアラー叩きを繰り返したりもしていた。
抗議の投稿を何人もで何度もしたものだが、一度も取り上げられることはなかった。
悪口を使わなければ主張もできない者達。
自分達の友人や支持者からのハイスコア申請しか受け付けない「ハイスコア集計店」
があったり(80年代後半)、
最近でも、公式ルールが整備されていない部分に付け込んで、
操作を代用するというハードウェアチート行為を使ってハイスコアを申請したり、
(※コマンド入力や、微調整など精密なレバー操作を代用したりする装置のこと。
90年代前半以前のゲームには、その禁止ルールが整備されていない。
極端に言えば、ゲーム開始〜終了まで全て自動で行うことも技術的に可能なのだ。
「認められている」ことと「ルール整備がされていないこと」は全く意味が違う。
しかしそれを理解しようとしないモラルの無いプレイヤーがいることも事実だ。
何のためのプレイなのだろうか? 「魅せよう」「観せよう」という意識が全く無い。)
自分達のコミュニティを崇めない人達を理由なく敵視して
Web上などで罵倒したり、虚偽を吹聴したり、
ゲームを、ゲーマーを、ハイスコアを、
「とにかく毛嫌いしていて叩きたい」がために虚偽の研究結果を発表する学者がいたり、
それを得意げに発表するメディアがあったり。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
逆風に嫌気が差して180度振り向いてしまえば、
途端に追い風にのまれて、本来の意志と逆の方向に流され、
何をやってることやらわからなくなってしまう。
それも嫌なのなら、やめてしまうしかない。
しかし、理不尽な、不当な、逆風というものは
いつか勝手に、風上で自滅、崩壊する。
人を陥れようとした先にあるものは、欲求不満の爆発しかない。
それが、自滅、崩壊そのものだ。
そう考えれば、
止まっている余裕も、振興へ向けての動きを止める理由もない。
「ハイスコア文化を滅ぼそうとするもの」 2010.07.01の記事
| 「ハイスコア文化を滅ぼそうとするもの」
(2009年4月28日、中野龍三プロゲーマーWEBに投稿した記事の誤字を一部修正したもの)
【#1:ゲームセンター客の著しいマナー低下・格闘ゲームに関連して多く見られる悪傾向・それを把握しながら改善努力をしない一部のメーカー、メディア、店舗】
一つの貴重な文化と環境の危機に察して、もう黙っていられない。
「いまだけ楽しめたら、先のことは別に関心はない」
「昔の思い出としてだけでいいんでは」
そういった消極的意見も聞かれそうだが、それに対しては逆に問いたい。
なんら恥ずかしくない形態を持ち、eスポーツとして期待も持てる文化が、
単純に「他の流れ」 にかき消されて崩壊しようとする状況を見て「かつて関わっていた者としてどう思うか」 。
「いま (これから) 関わっている者としてどう思うか」
「時間の制約はきつくなったものの今も現場を知っている者としてどう思うか」 。
ゲームのスタイルを、自分の意志の変化というよりは流れにのまれて変えてしまっている人も多い。
それは、悔しくはないのか。
いつまでも引っ込み思案では、流れに振り回されるだけで、自分はそれを楽しいとは思わない。
本記事の全事項を問題提起としたい。
【#2:単にその世界にいるから言うのではなく、ハイスコアは確実にeスポーツの中の文化】
まず、自分のことを例に挙げながら話せば、「認知されている文化」 、ことさらスポーツに身を置いている有名人達の発言に、
つい過敏に反応してしまうことがある。
自分は長距離陸上をやっていた。当然単独競技である。
団体競技は嫌いだった。
その個人単体のみの力が最初から最後まで発揮されるものでなければ競技として値打ちがない、
団体ならごまかしも効くし、精神的に他人に頼れる部分もあるではないか、という、これについては勝手ではあるがそういう価値観だ。
だからテレビなどでスポーツ観戦をする場合も単独競技のみと決めている。
その中でも、選手や解説者、芸能人らが 「このスポーツは頭脳やトレーニング、判断力に動体視力だけでなくメンタル面、センスも非常に重要で、団体競技のように他人に頼ることも出来ない。 〜〜 ほんとによく出来た文化なんだよ」 などと、わけしり顔で話していることが度々ある。
そのたびに、「ハイスコアもそれら全てが要求される。なら全く同じなんだけどなぁ。奥の深いeスポーツなのに、
なんで (日本では) これほどまでに認知されないかな」と自然に思う。
認知された文化の中にいる人達は、当然認知のための努力はしなくていい。
時にはメディアをはじめとする周辺が「評価の押し売り」までして持てはやしてくれる。
現在の日本では、ハイスコアラーは、ゲームの修練と同時に文化認知のための努力までしなければならない。
認知が極めて薄い中にあっても、かつて80年代後半から90年代前半までハイスコア争いが世界一盛り上がった場所でもあるのに、
皮肉なことだ。
一方、「ゲーム」 そのものの認知が低いかといえばそうではない。
家庭用ゲーム機の普及率は凄く、家族でゲームをして遊ぶのも「普通のこと」。
ほとんどのゲームセンターは、例えればカジノのように「ちょっとワルな大人」しか入れないような雰囲気でもない。
街にある普通のレジャーランドだ。
ハイスコア文化は、その中で 「ゲームセンターをより面白くする要素の一つ」として自然に生まれた。
メディアがゲームを紹介することは珍しくない。
だが複数ある要素の一つ「ハイスコア」 だけは、ほとんど取り上げられることのないまま今日に至っている。
(それもあり、「専門番組」という革命的なことを実現された中野龍三さん、MONDO21、プロデューサーの小林三旅さん、宮本訓志さんや番組関係者の方々には期待したいです)
しかしゲームセンターに入ればその光景は確実にあり
(最近は極端に減ってしまったが…それは続きで) 、特に意識しなくとも皆が知るところだったはずだ。
ハイスコアラーのプレイは、それを目指す人や興味を持つ人達の憧れになれるという側面もあり、ハイスコアラーの後ろには常にギャラリーがいた。
ハイスコアラーが多く集まる店は「スコア店」とも呼ばれ、競技、芸術的プレイを見られる場という側面を持ち、心地好い緊張感があった。
「ハイスコアブーム」のことについては別の機会に書きたいが、
まずここまで読んで、「ハイスコアは文化ではない」と言える人がいるなら、その主張するところを聞いてみたい。
文化とは必ずしも商業的理論と一体化しない。
(ハイスコア文化は今後日本においても立派に商業面として成立する要素を持ち合わせているが)
理屈ではなく、一個人の感性だけにとらわれていないもので芸術面を合わせ持つものは全て文化である。
【#3:ハイスコアが下火になるとき】
自分は、恥ずかしながら自然消滅みたいな形でしばらくハイスコアの世界を離れており、
あるとき偶然にスコア仲間達と再会したことをきっかけとして改めてゲームの良さを思い起こし、またやろうと思うようになった。
そこでこの数年のゲームセンターやハイスコアを取り巻く状況を聞き、
実際に多くの「現場」を見て一番驚いたのは(愕然というほうが正しい)、各客層の大変なマナー低下だ。
過去に自分が拠点としていた店や周辺地域でも何度かそんな問題はあり、
店側・常連側で話し合いながら改善をはかったりした経験があるが、今回見たのはそんなレベル、いやそんな次元のものではない。
「これではハイスコアが衰退するのは当たり前。いや、そう仕向けられているも同然だ」
はっきりそう思い、ストレートに言えば腹が立った。
次に移るにあたって前置きしておくが、これはたまたま自分の周辺だけで起こっていることではない。
自分がいる大阪郊外でも、関西中心の街中でも、帰省したら地方でも、東京都心でもそれを見ている。
入店客の年齢層が広いのは、80年代前半にゲームセンターが健全な場所となってからは今もかわっていない。
以前とどこが変わったのか。
その点を、ハイスコア衰退の原因と照らし合わせながら次に挙げていきたい。
いうまでもなく、「格闘ゲーム」 についてを中心とした内容になる。
【#4:これでいいのか格闘ゲーム】
まず一番変わった点は、ゲームセンターに入るときに耳に入る音、声。
「すごく音がうるさい店」というのは昔からあったが、
ハイスコアラーや、そうでなくてもゲームジャンルを問わず、すこしマニアになるとそういう店は必ず皆、避けていた。
うるさいと、店内での会話の声も怒鳴り声、叫び声のようになってそんな中にいると落ち着かなくなる。
「うるさくない店」 は、各台の音量がきちんと考えて設定されていて、居心地が良いうえに、
なにもプレイするゲームの音量が小さいわけでもない。
「ただ適当に大音量を流しておけば、客ウケも良くて盛り上がる」なんて思っていないか?
格闘ゲームのそれは、平均的に酷すぎる。
大概の店では周りにあるほかのゲームの音までかき消されている。
気分良くプレイできる状態ではない。
それしか置かない、格闘ゲーム専門店のような店も見かける。
ゲームジャンルはもっと広いのだから、それを見ると残念に思うが、
それならそれで、騒がしく格闘ゲームをする人だけが行くわけだから別にいいと思う。
ただし、そこで遊んでいる人達が「専門店」ではない通常の店で遊ぶときは、
いつものやり方が当たり前だと思ってもらっては非常に困る。
大音量で、考えられないような大声を出しながら対戦する姿がどこへ行ってもとにかく目立つ。
ほかのゲームもそこにあっていろんな人がやりに来ているのがわからないのか。
ごくまれに、騒いでいる客に店員が注意する店、
「極端な大声は回りの迷惑になりますからご遠慮ください」とか貼り紙してある店を見かける。
これも当たり前のことなのだが、今の状況から見ればつい感心してしまう。
まるで暴動でも起こっているかのような状況でも放置している店が多いからだ。
自分はそんな場合、必ず口頭で注意する。
が、そんな連中が注意を聞き入れることは滅多にない。
大抵は「こっちは楽しんでいるのに何が悪いのか」などと「逆ギレ」で返してくる。
店員に注意を促してもなぜか躊躇され、納得がいかない思いをすることもままある。
現在主流になっているゲームジャンルがこの有り様だから、
スコアラー、いや格闘以外のジャンルが危機に陥るのは当然というより「必然」で、
格闘以外の「ジャンルそのもの」に原因があるわけではない。
ほかのジャンルの人気が下がることをわかっていながら放置している。
悪意の有無はともかく、故意である。
以上が一つ目の 「マナー低下」 。
自然に周囲に気を配るのが常識。
「楽しんでいるのだから周囲に迷惑をかけていい」などという理屈はない。
きちんと読まれていればわかることだが、格闘ゲームに関わる皆が悪いなどとは言っていない。
偏見ではなくはっきり言えば、対戦格闘ゲームでも「本当にレベルが高い人達」に限って、そういう悪傾向はあまり見受けられない。
【#5:これでいいのか格闘ゲーム 続き】
過去にも、ハイスコアが衰退の危機に遇ったことは二度ある。
90年代初頭、中盤といずれも格闘ゲームの台頭が目立った時期で、原因も規模は違うものの今回とほぼ同じだ。
当時はスコアラーとその支持層の絶対数がいまよりはるかに多かったことと、
シューティングやパズルで発売されたゲームが人気を博し、押し返したことで、とりあえず難は回避されたといったところだ。
「ニーズは変わっていくのだから」と言われるより先に言えば、ニーズは意図的に作るものだ。
仕掛けなければ、偶然がない限り、個体の力だけでは流行は起こらない。
前評判の立ったものに人が興味をもつのは当然で、冷遇したら冷遇しただけの結果しか出ないことも必然だ。
格闘以外のどのジャンルも、潜在的人気は衰えていない。家庭用を見ればわかることだ。
ゲームセンターでの対戦格闘ゲームは儲かる。
対戦が続く限り負けた側はコインを投入し続けるから、インカム面ではほかのジャンルはなかなか及ばないかもしれない。
が、いろいろなジャンルのゲームが遊べてこそのゲームセンターで、
台ごとのインカムだけを見て単純な計算、言い方を代えればある種の「どんぶり勘定」でジャンルを絞ってしまうと、
客層が狭くなり目当てが無くなった客足は途絶える。
メーカー側がもし「もっと儲かりますよ」と新ジャンルを開発してきたら、また方向性を変えるのだろうか。
そんな姿勢でごく近い将来まで大丈夫なのかと思う。
貴重な文化を道連れに、「最後はなんにもなくなりました… 誰もいなくなりました。」だけはやめてもらいたい。
では前章に続いて、次は「大会」について書きたい。
最近のゲームセンターでは、対戦格闘ゲームの「大会」も頻繁に見かける。
個人、グループが企画して開催するものから店側の販促企画、全国規模の大会、予選としてまで、大きさは様々だ。
スタイルはどこでも同じようで、マイクを繋げて実況しながらやっている。
実況は店員が行うものもあるが、客に任せるケースも多いようで、そこでのマナー違反がまた深刻だ。
…マイクの使い方(の最低限のマナー)と、
「ゲームセンターの中で行われているイベント」としての自覚がないものがマイクを担当していることが、実にほとんどだ。
ゲームセンターを貸切りにして行うなら、賛同している参加者がどう思うかだけだから、まあどうでもいい。
専門店であっても同じこと。
だが、「普通のゲームセンター」で、ただでさえほかのゲームはプレイすらしづらい状態なのに、
さらに追い討ちをかけるように、それこそ僅かにしか聞こえなかったゲーム音楽を、
全く聞こえなくするほど「マイクでまで」大声を上げていいものか。
ひどい場合は、非常識なギャラリーが発するような「奇声、罵声」を、マイクに口をくっつけてやっている。
マイク、アンプ利用を否定はしない。だが、使うにはマナーがある。
これはゲームに限らず、他のイベント、街頭宣伝、電車や駅のアナウンスでも時々使い方を知らない者が騒音を撒き散らしていることがある。
電車や街頭宣伝などでは誰でも感じたことがあるのではないか。
ただの迷惑だ。
自分はマイクを使う仕事をすることもある者として、余計にそう思う。
しかし自分の神経が過敏なだけだとは思わない。
「プロ意識を持て」とまでは言わない。本当は持ってほしいが、ここでは言わない。
だが周りを巻き込めるマイクという道具を使うことの役割りを最低限認識しなければならない。
それを誤って使うとどうなるか、すらわからない者はマイクを持ってはならない。
マイクは、拡声器だ。
第一、大勢の集まるイベントでそれなりの役割を持てるのは誇りであると思うし、
それならば訓練もするのが、たとえ素人であってもイベントに携わる者としての常識、いや礼儀ではないか。
あえて二度書くが、実にほとんどの「大会」が、「マイクの〜」の理由で、関心のない側には「騒音」なのである。
さらに、大会に無関係なコーナーにまで、無理に「マナー無視の騒音」を聞かせる必要があるのか。
大会スペースで盛り上げたらいいわけで、貸切りでもないゲームセンターの中で「押し付ける」必要がどこにあるのか。
これはもちろん個人の常識とモラルの問題で、次に改善させようとしない店側の責任も大きいだろう。
そして、しっかりした主催元がある全国規模の大会の予選会を見ても、やはりその悪傾向が目立つのだ。
各地のゲームセンターで行われる予選会の状況をもし主催側が知っているなら、これも大問題だ。
そうだとすれば、自分達の盛り上がりのために、他の文化の存在を知りながら踏みにじっていることに他ならないからだ。
感性が薄いため「流される」中にしか楽しみを見い出せず、主体性に欠けて集団の中で自我が消える、
そんな人間が増えたことにも原因の一端があるとは思う。
だからといって非常識な行動が許されるわけではない。
注意を受けた連中が逆ギレする分量よりはるかに、文化的損失は大きい。
【#6:悪い象徴にしてはならない】
なにも対戦格闘ゲームの存在が悪いわけではなく、マナーと、放ったらかしのその周辺状況と「よそを軽視する」ことが問題なのだ。
格闘ゲーマーには常識的な人も大勢おり、彼らですらも非常識の蔓延には手を焼いている。
悪い傾向が強すぎて、象徴になってしまっている。
こんなイメージが更に浸透すれば、全ジャンルで心中にもなりかねない、と言ったらオーバーだろうか?
とにかく、「彼ら」がそうしてしまっているなら、改善も彼らの使命だ。
【#7:そして、一部のメーカーに対して】
メーカーは、こうした状況の全てを把握している。
そうでないなら、ゲームメーカーとしての義務感皆無と言うほかない。
ここは端的に言う。
メーカーが開発し、ゲーマーが賛同し遊び方を工夫し、
一緒にごく自然に培ってきた文化を、今度はメーカーが事実上加担する構図で不当、不自然に衰えさせる、
これは、「どうなのか」? これでいいのか? それでどう思いどう動くのか?
どの世界にも不届き者はいて、ハイスコアの世界にも文化の価値を落とすような輩はいた。
だがそれはあくまでごく一部で、全体の象徴では全くない。
ほとんどのハイスコアラーは、多少変わった例えを挙げるなら、どこかに役者にも似た使命感を持っている。
支持層によって、その自覚は更に促進される。
それにハイスコアラーは常に問題意識を捨てず、文化としての自浄努力を積み重ねながらここまできている。
【#8:ハイスコアラーを良く思わない者たち】
どの世界にも「妬みやひがみ」はあって、
ハイスコアは競技の性質上、昔からそれにさらされやすい。
ブームの頃は、支持層の数に比例して、「理由も意味もなく否定する者」もそれなりにいた。
理由を聞けば、場所、ケースを問わず以下のパターンに限定される。
「ハイスコアラーはゲームを楽しんでいない」
「点数稼ぎはプレイ時間が伸びて迷惑だ」
「競技の材料にするな」
「ゲームごときに真剣になってバカじゃないか」
そんな輩はいまもいて、上のフレーズに追加して多いのが、「意味がわからない、(だから) 「キモい」」 だ。
自分達だけの感覚で見て「異質なもの」に見えるから「けなす」だけなのだが、
そんな輩に限って異常にしつこく、ハイスコア集計まで否定したりする。
理由を聞けば前述の通りだから呆れるわけだが、これも「悪いタイプの格闘ゲーマーの象徴」なのである。
事実であるからはっきり書かせていただく。
そのように不本意な向き合いが生じている以上、両者が問題意識を強く持たなければ、
たとえ全てのメーカーと店舗が努力をしても、またまた堂々巡りになりかねない。
【#9:世界シーンに興味を】
ここまで述べてきた「格闘ゲームに関わる諸問題」は日本だけにとどまらないと聞く。
今後、自分としては世界シーンにもっと興味を持ち、情報交換なども図って、広い目線から文化復興・促進を考えてみたい。
このeスポーツ文化の場が、まず様々な意味で常識的に、ひいて健全、公正公平となり、
皆がそれぞれに主体性を持って行動を考え工夫し、
独創的かつ必要な議論が活発に行われるようになることを祈りながら、
これを投稿させて戴いた。
様々、意見もあろうかと思う。
内容に関わらず、是非それらを真正面から頂きたい。
現代の「負の流れ」に負けず、豊富なジャンルを揃えてハイスコア文化にも理解を示す、
そんな「がんばる店」の方々に限って「好みですから…」と謙遜されるが、
少しでも長い目で見るなら文化面だけでなく経営面でも、それこそが正解なんだ、と信じたい。
過去の遺物などにしてはならない。
(記事はここまで)
<これについての中野龍三さんからのコメント>
何とも身につまされる話ではないだろうか。
ハイスコアはもちろん、アーケード全体が下火になりつつある現状において、
我々は、お互いの立場やコミュニティを尊重しなければいけない段階に来ているということを、
如実に物語る内容になっている。
そのために必要な最低限のマナーさえないことを、氏は危惧されている。
いかに低迷したとはいえ、アーケードの輪の中には、様々なコミュニティが存在する。
そしてそれらが共存できず、コミュニティが減ってしまえば、業界はもたないだろう。
それこそ10年も20年も前は、あるコミュニティが別のコミュニティを追い出しても、
1つのコミュニティの規模が大きかったのと、次々新しい人たちが流入してきたので、さほど問題にならなかっただろう。
格ゲー中心の店、シューティング中心の店といった店舗もあった。
「自分達さえよければ」という発想でも、まだ何とかやっていけた時代である。
・・・残念ながら、現在のアーケードにおいて、そんな余裕はない。
コミュニティ数も要員数も少なければ、新規の流入もチョロチョロといった感じだ。
そもそも格ゲーやハイスコアの主流である、
ビデオ筐体を置くゲーセンの数が、恐ろしく減少している。
行けば大型筐体やメダルしかなかったり、最初からスロット台しか入っていなく、
パチ屋の予備校みたいな、とてもゲーセンとは呼びたくないものまで現れる始末だ。
我々はそんな中を生きているのだ。
どのみち自分は、何ら解決策や処方箋が試されないまま、
このハイスコアの世界が終息するということが、我慢できない。
数十年後に鍋をつついて「あの頃は良かったね」という話をするなんて、ぞっとする。
(中野龍三さんのコメント ここまで)
【 次回更新記事 『 閉鎖的な小さなコミュニティの「起こしたこと」へ続く 』】
「2009.12.27 スターフォース1億点トライアル 結果報告」 2010.01.02の記事
| 2009.12.27 スターフォース1億点トライアル 結果報告
“ スターフォース 完全一人プレイ・完全正攻法・1億点トライアル ”
ゲーセンでやることに拘りを持たないなら今までいくらでもチャレンジする機会はあったんだけど、
どうしても「ゲーセンで」やりたかった。
自分は、アーケード・ゲーマーだから。
その最初の場を、宇都宮・つるまきが与えてくれた。
http://clitochi.net/hp/prost/index.html
地元やよく知る場所では時間的に挑戦することが出来なかったのです。
お店関係者の方々をはじめお世話をしてくださった皆さん、先輩方、
年末の忙しい時間をわざわざ割いてあの場まで観に来てくださった皆さん、
お越し頂けなくとも各地から応援してくださった皆さん、
心から感謝します。
お疲れ様でした。ありがとうございました。
途中、想定していた以上に点効率が落ちてしまい、
立直しを図りましたが7000万を超えた頃には営業時間内での達成は不可能と判断せざるを得ない状況でした。
ごめんなさい。
結果として、頂いている期待に応えることができませんでした。
達成の瞬間を、億の桁がどうなるのかをお見せすることができませんでした。
だけど、あれだけの応援がなければあの成績すら絶対に出せていませんでした。
どこから来るのかわからない力を、常に感じながらやっていました。疲れませんでした。
いつの時代にいるのかわからない錯覚の中で、スコアラーとしてよりゲーマーとして、最高に気持ちのいい時間でした。
ーーーーー 結果 ーーーーー
■ 90000000+α 残機19
■ 7:00〜24:00(17時間連続)
■ 途中最大残機数43(自己ベスト)
■ キャラ調整は全体の8〜9割が成功しています。
■ 連射スピードは最後まで高速のまま維持しました。(連射装置は非常用を含め取り付けていません)
■ 序盤1000万は、ノーミスではなかったけど意図して残機潰しをしていないプレイとしては過去最高の点効率でした。
今回の録画データは、何らかの形で残すことができたらと思っています。
どうしてもゲーセンで、決められた営業時間の中で出せなければ価値が無いと自分は考え、それを目標にしていた。
億の壁に対しては、今回、負けは負けです。
悔しいです。
また挑戦の場を与えて頂けるなら、今度は必ず達成します。
スターフォースは自分を育ててくれたゲーム。
とことんまで付き合い、闘いたい。
叶うまで諦めません。
※スターフォースとは、1984年にテーカン(現:テクモ ※現在はコーエーテクモ)が開発した名作アーケードゲーム、
それのみを指します。
「ありがとう2009」 2009.12.31の記事
| ありがとう2009
大事な仲間たちと再会できた。
一生付き合っていけそうな仲間たちと出会えた。
ここまでたくさんのことが起こる年になるとは思っていなかった。
達成出来なかったこともあるけど、自分なりに充実感を持って新たな年へと進むことができます。
今年あった良かったこと、そこで会えた皆に感謝。
万歳。良い年をお迎えください。
ありがとう2009。
「リブロス」 2009.12.22の記事
| 前回の記事「タイムトンネルを抜けて」
http://d.hatena.ne.jp/sgp-blog/20111111#1321031799
思わぬ幸運な出来事で始まった。
店長は、昔もインベーダーハウスに度々訪れ、支持されている方であったこと、
そのあたりからの流行の移り変わりを見て知り、
現在も未来も業界に携わる者としてまたゲームが好きな一人として強い創造意志があったこと、
スタッフの方々それぞれもゲームに関わる経験は浅くなく、自分からの提案に対して興味を持つだけの知識もあったこと、
過去の文化について毛嫌いをしていなかったこと、好奇心もあったこと。
片隅にある「STG・レゲーコーナー」は、
「見直してほしいものがある」という店長の挑戦だった。
現実味を持った可能性を探求しようとしていた。
器の基礎としてまずは足りないものは見当たらないと思った。
いや、そういう言い方はおこがましい。「なにかをさせてもらえれば」と思った。
全盛といわれる時代から遥か未来の現代、文化を継承する資質とはこういうものを指すのである、
と感じ、素直に嬉しかったし、
いつかの感覚に違和感なく戻ろうとしている自分を客観的に見て、やはり違和感がないことに目を丸くしながら、
これからできるであろうことを想像すると子供のようにワクワクした。
ハイスコア集計を始めるに当たっても意外なほど早く理解を得ることが出来、
自分が通い始めたのは8月、その年の秋にはアルカディア掲載店ともなった。
■ 「中野龍三プロゲーマーWEB」にて、先日の記事について紹介戴いている。
その中から一部を引用したい。
>>文化なら何でも復活できる…というわけではない。
しかしその観点からみても、ゲーセン文化にはそれ自体において、強烈な 「独自性」 が備わっている。
それは大画面と優れた操作性といった即物的なものではなく、
いかにオンラインが充実しようとも、あの肌身に伝わる“空気感”である。
いろいろな層の人間、年齢や社会的立場も様々で、まさに人種の坩堝だ。
こういった人々と同じフロアでプレイし、時には交流も出来る。それも生身の会話である。
こればかりは家庭用がどれだけ技術革新しても、再現不可能なフィールドである。
だから自分は、このブログ主同様、ゲーセン文化もまたヤマトのように“出会い”の時代が訪れると考えている。
ただし、待っているだけではダメである。
どんなにその文化が傍目から死につつあるように見えても、“種火”は残っているものだ。
そしてその“種火”は我々で保っていかないといけない。
もしそれが足りなくて、完全に家庭用ゲームやオンラインに飲み込まれ、いい様に組み換えられてしまえば、
その時は完全に終わりだと自分は思う。
また運良く飲み込まれるのを免れたところで、火が消えてしまえば、遺跡同様になってしまうだろう。
そうなると文字通りアンコールワットのように、かなり後になって誰かに発掘してもらう以外になくなってしまう。
どのみちその頃には、我々も生きてはいないだろう。
“種火の守り人” がいないことには、復活もムーブメントもないのである。
(中野龍三)
ーーーーー (引用ここまで) ーーーーー
遺跡にも化石にもしてはならないし成り下がるような要因は考えてみれば無い。
短く言い切れば、流行とは風潮そのもの、それは意図して仕掛けた結果、思惑通りであろうとなかろうとそれ以外のものではないのであって、
興味を持たせる企画を立てるのも人間なら乗るのも人間、
手段を考えればいいわけで、大勢を動かせば大勢が知る。
流行でも風潮でも動かそうとすれば動く。現に誰かが動かそうとしているから動いているのだ。
それをどちら側から捉えようとするかが主体性という問題である。
そして主体性とは、人が出会う場所があるからこそ生まれる。どんな文化だからといってこれは関係ない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
仲間たちが、戻ってきた。
新しい時代のステージで、新しいコミュニティも気が付いたら自然とできていた。
噂は広がり、少しづつではあっても「今のリブロス」を目当てに来てくれる人も増えている。
そこでの根本にある思いは誰もかわらない。
大事な場所。
いくらそう思ったところで、応援しなければ続かないのは当然のこと。
インサート・コイン。支持したいのなら形で表そう。
「好きならば守れ」。
それは、皆わかっていた。
常に上昇線というわけにはなかなか簡単にはいかないようだけど、
それでも「急発展しているようだ」と目を見張るものがあって、
小さかったコーナーは今では店の名物になるほど拡大している。
自分がいなかった頃もしっかり活動を続けていた同志たちとの再会がこのあと連続する。
また偶然は続くものなのか、同じように復活を遂げる同志にも多く出会う。
リブロスが与えてくれたものは大きい。
課題はいくらでもあるにせよ、支持する側から「創り手意識」を持って対話することができる場。
自分が「育てられた」街、高槻。
ここは、インベーダーハウスの血を引き継ぐ店である。
「タイムトンネルを抜けて」 2009.12.17の記事
| 前回の記事「開拓」
http://d.hatena.ne.jp/sgp-blog/20111111#1321031607
没頭は、頭が没すると書く。
本気で突っ込めば、余計なことはどうでも良くなる。
頭からしっかり奥まで覗く。単純になり切ることで必要なものは一点に集約される。目標を立てやすくなるということだ。
一つのことに「没頭する」ことで、それを基軸とした自分全体の方向性というものが自然と備わるようになっている。
ただ、没頭とはいったって
宗教やらいかがわしい商法などに依存して成功を求めたりしたって何にも前には進められないのだ。
拠りどころはいつでも誰にでも、自分の中にあり、そこにしかない。
そこへ導くにはきっかけが必要であるが、それは探すことを忘れなければ、やはりいつだってどこにでもある。
出会いとは、結局は自分が望んだ結果である。
「努力」とか「頑張れ」という言葉は好きになれない。
「やるべきことに真剣に取り組む」、それだけでいいんじゃないかと思う。
永いタイムトンネルを抜けて、その夜、自分は2008年夏の駅前界隈で飲み歩いていた。
さんざん呑んで、帰宅路の夜道にさしかかったところで、不審な声をかけられる。
「おい、そこの酔っ払い」
・・・これは「オヤジ狩り」なのか? 悪いが俺はオヤジでもオッサンでもない。
何だよこの野郎、返り討ちにしてやるぞ。俺は酔っていたってなぁ・・!
と振り向いたら、そこにいたのは、かつてインベーダーハウスで共に大コミュニティを立ち上げたメンバーの一人。
ハイスコア界が遂に衰退に入ったのか・・とやりきれない感覚を日々感じるようになった21世紀の頭から、
10年近く会っていなかったのだった。
(しかし声が若いなぁ)
最後に会う直前、東京へ転勤になりそうだとも聞いていたし、ゲームから脱けたらもう会えないのかなと思っていた中の一人。
瞬間、二人とも無意識に右手を出し、握手をしていた。
メシでも行こうにも、新聞屋さんが朝刊配達に動き始めるあたりの時間。
「じゃあ、あそこで思い出話とかするか(笑)」と、コンビニで酒を買って、その地へ。
そこは、パチンコ店併設の、通路のように細長いスロット店の前。
かつてインベーダーハウスがあったのは、ここだ。
入り口の前に、すこしだけ座り込めるスペースがある。
未成年同志が酒だのつまみだの「明日のゲーム代がぁ」とか言いながら持ち寄って、
閉店後延々深夜までダベったりしていたその場所だ。
懐かしい。
それから、とても寂しくなった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼は、結婚後はゲームから遠くなったが、
あるとき息子にゲームを買ってあげて一緒に遊んでいるうちに・・どうしたのか熱くなり、
「反射神経は大人より優れているはずの小さい子供に一度も負けたことがない」んだという。
・・・なにやってんだ。
最近はまたちょくちょくゲーセンに寄って、「音ゲー」で鮮やかなプレイを、これまた息子に見せつけているのだという。
要は、どいつもこいつも習性は変わらないんだなぁ、と。
さあ、そうやって近況報告をし合ったりそれが済んだら昔と同じような話なんかで盛り上がっているうち、
「まだまだ捨てたもんじゃないぞ、一回行ってみたら」と、紹介された場所が「リブロス」。
現代のゲーセンの様子をちょっとのぞいてみるか、と早速翌日に駅前に向う。
買い物もあったのだが、40度を超える炎天下の高槻駅前は、蜃気楼のように道路が揺れている。
とりあえず、そのリブロスに涼みに入って、ついでに様子を・・・・・
中に入る。・・・あ?どこかで見た奴らが三人も固まって音ゲー攻略の話とかしているぞ?
かくして、思わぬところでまた別の再開劇となる。
もうどうなってるんだ。
タイムマシンが行ったり来たり。
感激とか感動とか、そういうものにも似てはいるがちょっと違う。これは何なのだろうか。
とにかく、「同窓生」達がそこにいてくれたのだ。
さて、
「そういえば、1943のスコア伸ばしたいって言っててそれっきりとちがうの?」
「はあ。そうだったなぁ」
すこし経ってからもう一つ別のきっかけにも背中を押され、
もう一生無いかもしれないと思ってもいた「ハイスコアアタック」を、
ここでまたやることになる。
そうだった。俺は、スコアラーだったんだ。
広い店内の片隅で、あの頃のゲームたちがこじんまり動いていたが元気がなかった。
本棚があって、そこにはアルカディア誌が置かれていた。
後ろからページをめくり、随分と小さくなってしまっているけどそれでもしっかり残っている集計と、スコアラー達。
しんみりと眺めている自分に向って、一人の同期がこう言ったことを、はっきり憶えている。
「開拓とか、またやりたくなったんとちがうか?(笑)」
・・・否定できない。それは図星だったから。
本当に行ったり来たりだ。
時間の軸が、そのとき大きく決壊した。
ここからまた、流れを起こせるだろうか。わからないから不安だ。現代の情勢も何もわかっていない。
絵をイメージできないのだ。
だが、考えてみれば、20年前のあの時もそうだった。
【 次回更新記事 『リブロス』 へ続く 】
「開拓」 2009.12.14の記事
| 前回の記事
http://d.hatena.ne.jp/sgp-blog/20111111#1321031423
インベーダーハウスは、ハイスコア集計をしていないことが不思議だった。
かなりの数のスコアラーと支持層がいたのに、何か理由でもあるのか?と、ある時から思った。
ベーマガ、ゲーメストのハイスコアページの「店舗欄」。
各集計店はタイトル10項目を用紙に記入して送り、それはそのまま掲載される。
「1コイン、工場出荷設定、面数優先」の基本ルールに沿ったものなら、
全国順位を気にせず店であった申請をそのまま送っていい。
それでも毎月10項目などどこの店でも簡単に揃う数で、溢れたら当然精度の高いスコアを先に出し、
二軍となった申請は項目が足りないときの「穴埋め」に回される。
そこから全国一位を決定し、見事トップを獲れば店舗欄と合わせて全国一位欄に大きく載る。
参加絶対数が半端ではないから、一位を獲るなんて大変な難関だ。
自分と同期や近い世代のスコアラーは、まず例外なく最初は「スコアラーになること」を目標とし、
次に「店のスコアボードに名前を載せること」、
そして掲載店という戦場で勝ち抜き、「雑誌の店舗欄に掲載されること」とステップを踏んでいる。
いまはゲームから離れていても、初めて名前が載った(「デビュー」と呼ばれていた)号は宝物のように大事にしまっている人も、きっと少なくない。
いや、大多数ではなかろうか? そうだろう。
書店で売れている雑誌にスコアネームが掲載されるんだ!なんてなったら、
もう発売日が待ち遠しくてしょうがない。
・・・遠足? そう、ワクワク、その感覚だ。デートと置き換えてもOKだ。
いよいよ発売日。もう学校よりも本屋の開店時間のほうが大事に決まっている。
普段出せないようなスピードで自転車をこぎ、本屋に着いたら・・・
どうもおかしい。本屋じゃなくゲーセンの匂いがする。
それもそのはず、目当ての雑誌の場所を取り囲んで立ち読みしている人の顔、顔。
・・・全員がいつもゲーセンで会う顔ぶれ。
これと同じ例が、どこにでもあったのだ。
「平日の午前中にみんななにをやってるんだ」と顔に書いてみる。
そうすると、「お前もじゃないか。なにを言ってるんだ」とやり返される。
互いの存在はずっと知っていたのだからその機会にと軽く会釈して、友人関係が始まった、
なんていう話だっていくらでもある。典型例だったとも言えるかもしれない。
前記事の繰り返しになるが、ゲームを取り巻いて起こっているそのこと自体が正にムーブメントだったのだ。
穴の空くほど数ページに及ぶ店舗欄を読む。
北から南まで、各地の主要サークルやメンバーの名を憶える。
「誰々がどこそこのサークルに入ったんだって、スカウトだったんだって」
「誰々は一匹狼を貫いていくんだって」
「あの名前ってすっげえカッコイイ」
話題に事欠かない。
そこから派生して、スコアラー支持層の中には「情報屋」と呼ばれ全国を駆け巡って旬なネタを集める人もいた。
「独断と偏見を持ったWeb」のような存在だ。
その中でも、「誰と誰が競ってるぞ」となったら特に盛り上がりを見せる。
店舗欄では、それらを全部知ることができる。登竜門上を観覧できるのだ。
間口が広いからゲーマーなら誰にでも楽しめる。客席にいたっていいし、
参加する気になれば簡単、登るのは実力次第、グラウンドはどこにでもある。競技性として非常にフェアだった。
現実からくる諸々の事情はあれ、現在のように店舗欄が無く、
余計なことにはページを割けてもハイスコア集計は意識的に冷遇し、最低限必要なスペースすら確保できていない状態では、
伸びる可能性の芽も摘むことになる。
「参加店舗が少ない」?「絶対数が激減したから」?「それに適したゲームが作られていない」?
それは現状の理由にならない。説明にもなっていない。
それぞれが役割を持ったグラウンドでやるべきことをやる。
その姿勢を見せなければ始まらない。開拓者の芽は、いまだってどこにでもある。
創り手意識を持つ。いまだからこそ持てる充実した感覚だってあろう。簡単に持てる。
自分は、同志達とともにこれからもそれを実証し続ける。
勿論、そんな言葉だけで済まない問題だっていくらでもある。が、その量は昔だって変わらない。
問題には問題意識で挑めばいいだけじゃないか。大抵のことには糸口を見出せるものだ。
(この部分については、来月に別の対談記事として紹介したい)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『マンモス城インベーダーハウスがハイスコア集計をしていなかった理由は?』
『考えたことがなかった。』 ・・・なんだ、そうだったのか。
ただそれだけだったのか。ならばやることは一つだ。開拓する。
プレイを披露し合っているステージなのにもったいない。
もっともっとプレイヤーを呼び込めるし、十分全国に対しても戦えるのに。
多くの仲間や先輩達のおかげで、自分はごく自然にそう意識できるようになっていた。
実際には一部からは「あとから来た奴が何をでしゃばって」とも吐き捨てられたのだが、
動いていなかったんだろう?ならば知ったことか!という態度で返した。
店側、経営側に交渉することから始める。
なかなか通じないから通じるように努力するしかない。
面白い話としては「どこの雑誌の回し者なんだよ」と言われたこともあったか。
まあしかし運良くすぐ理解・協力してもらえることに成功する。
当時提出した企画提案書なんて恥ずかしくていま見られたもんではないのだが・・・。
【1988年3月5日】
店奥の空きスペースに本棚を置き、
タイトルを「フリートーク」としてコミュニケーションノートを設置。
この日、唐突に予想外の出来事が起こる。
皆がノートになにかを書いている・・・!
ほとんどの常連は単独で来ていた。小さいグループはいくつかあっても、交流が無い。
でも本当は皆は皆を意識していて、何よりこの店が好きだった。
どうやらその思いを形にして表すきっかけになったようだ。
ノートを通してすぐそれはリアルに変わり、あっという間に輪ができる。
サークルを共に立ち上げることになる同志ともこの場で出会う。
二人から三人になり五人になり、一日のうちに同店では最大のグループができた。
【3月6日】
ハイスコア集計開始、ハイスコアボード設置。
ボードは常連側で作って店に提供するという約束だった。
製作作業には大勢が率先して手伝ってくれた。
ボードに書ける項目数は20タイトルだったが、この日のうちにその数を超える申請があった。
「ついに地元でハイスコア店ができたぞ」と、祭りでもやっているかのような熱気になった。
【3月7日】
ハイスコアサークル「SGP」結成。
結成初日のノート上での告知で、一気に20名を超える入会があった。
また他にも小サークルが誕生し、良い関係を保ったまま互いに対抗心を燃やしてゆくこととなる。
そこでの「派閥争い」は、バラエティ番組のように楽しんで観られた、と直後に支持層の人達から聞く。
この先、ベーマガ、ゲーメスト掲載店となり、遠征組も続々と訪れるようになる。
ベーマガについては掲載初月に、サークルメンバーから(自分は含まない)
3タイトルでの全国一位が出る。高槻市内から、記念の初の一位となった。
ムーブメントというものは、誰かがそれを受けて行動するという条件のもと、必ず共鳴する。
起こそうとしたことは、起こる方へしか向わない。進めようと思えば進むのだ。
指針を定めた瞬間、必要なものは意識と方法だけとなる。
難しく考えたら出来ることも出来なくなってしまうことが往々にしてある。
自分の持てる情熱は、素直に信じたらいい。
今回の記事を現代にも充分通じる参考資料として捉えて頂けたなら、書いた価値がある。
【 次回更新記事 『タイムトンネルを抜けて』 へ続く 】
「ムーブメント」 2009.12.13の記事
| 前回の記事
http://d.hatena.ne.jp/sgp-blog/20111111#1321030975
銭湯→駄菓子屋、ここからゲーセンに移行。
10円ゲーマーから50円ゲーマーになり、
気合一押し一辺倒から、東京での意識革命のアドバイスを受けてスコアラーとなる。
86年にバイトを始めてからは、一時的に大阪都心・梅田や難波を拠点とし、100円ゲーマーとなる。
大型筐体のゲームなどでは、時折200円ゲーマーとなり、給料が入るものの大変苦しむ。
が、「ループゲームでの長時間プレイ」に最も拘っていたことで、結果的に帳尻が合う。
カツアゲはきっぱりと断れるようになる。
狭い大阪の中でも地域によって平均的なプレイスタイルが変わって面白いことも知り、
自然と関西各地のスコアラーとの交流が持てるようになり、情報交換を活発に行う。
「ハイスコアの世界」に身をおいていることが、とても快感になる。
どこの町にもスコアラーの集う「スコア店」があり、
「マイコンBASICマガジン(ベーマガ)」での全国集計掲載店でなくとも、
まずは目指すは「ハイスコアボード」に「スコアネーム」を載せること。
店ごとにハイスコアボードの装飾も様々個性的で、かっこいいボードがある店ほど人が集まる。
『あそこに名前を載せたい』。
そうやって日々ハイスコアを目指す・スコアラーを目指す人口は増えていく。
“東京の一流スコアラー”の多くは、全国各地から目標にされる。
この頃、日本のメッカは「プレイシティキャロット 巣鴨店」だった。
聖地スガモに行けば、絶対的存在のプレイを生で観られる。
「いつか、その前でプレイしたい・・・」皆、一度はそう思っている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この頃、関西は暗黒の時代を経験する。
いままで躊躇していたが、これは書かなければならない。
当時のゲーセンに出入りしていても、事を把握していない人もいる。
それぞれに思い出があろう。それをわざわざ不快にはさせたくない。
これは歴史資料としての記述である。憶測や噂話などは書かない。
それだけを理解頂けたらと思う。
北大阪に拠点を置くハイスコアサークルがあった。
創刊されたばかりの「ゲーメスト」誌上でその活動が大きく採り上げられたこともあり、かなりの拡大を見せた。
だが、サークル運営に問題があった。
拠点とする集計店では、記録されたスコアについて担当者(店員)の確認は取られておらず、
雑誌から毎月送付される集計用紙には、サークルの代表者が勝手に記入していた。
そこには、意図して「違うスコア」や「違う名前」を頻繁に書いていた。
(早い話が「ウソスコア」だったり「申請を勝手にサークルメンバーの名に書き換えたり」ということだ。 ぞっとする事である。)
それがそのまま掲載される。
当然、長くは持たなかった。
エスカレートがなお過ぎることで、関西のみならず全国のスコアラーは勘付く。
調査する方策が練られ、各地から内偵が入ることになる。
これにより、ハイスコア史上未だに例をみない規模の事件が発覚した。
この前後に、良識を持ったサークルメンバーの殆どは脱会している。
(自然な形を装って離れた例も含む)だから、皆が不正を働いたわけでは決してない。
殆どと書いたのは、知らなかった人もいるかもしれないからだが、
サークルの中枢にいた者ば知っていないということは無い。黙認していたわけである。
残った幹部メンバー達は、ついに「抜打ち訪問で問い合わせ」をした関東の数名に対し、
「だからどうした、このままで済むと思うなよ」と居直り、それ以上の暴力的態度にも出た。
このサークルは、ハイスコアサークルの連合会「VG2(本部:東京)」に加盟していたが、
勿論ながら除名処分を受けている。
集計店は、当然に掲載打切処分である。(ゲーメスト)
これら、事実確認の取れた不正行為は全国に伝達されることとなるが、
雑誌誌上での訂正・報告は行われなかったため、完全な認知には届いていない。
数ヵ月後にまたベーマガで掲載申込みをするが、程なくして事も有ろうに、同じ結末となった。
脱会に踏み切った人達は、それぞれの場所で活動を続け、
このとき、事実上この団体は崩壊する。
他の無関係な個人やサークルが誤解を受けることを防ぐため名称を書く。
自滅により崩壊したこの団体名は「STAC」である。
■ 悲しい出来事
そして、とりわけ東海、関東のスコアラーから、
【 関西のスコアラーはまず疑ってかかれ 】
とレッテルを貼られるようになる。これが「暗黒の時代」というところである。
関西の人間が上京しても、そうとわかれば途端に露骨に見られ方が変わるという残念な事例が後を絶たず起こった頃だ。
ただの冷やかしも中にはあっただろうし、
十把一からげにしたような偏見を持たず公正な見方をできる人が多数ではあったのたが、
どこの店にも冷たい空気があった。仕方の無かったことでもあるけれど。
■ 復興・誕生
まったく時を同じくして、関西各地のスコア店では外へ向けたコミュニティが形成され、
名を馳せてゆくことになるサークルが大小次々に誕生する。
直前に起こった事の経緯を知る割合がどのくらいだったかはわからない。
事情を噛み締めて「名誉挽回、巻き添えなんか食ってなるものか」と意識していた人のほうがむしろ少ないかもしれない。
それでも結果としては関西が一丸となった(全体同志に交流があったという意味でなく)、
そのことで自然と、あるべき状態、いやそれ以上になる。
関東と連携しての「ハイスコア集計専門の同人誌」の関西版もこの時期の後半に生まれる。
無意識の力の結集が、雲を綺麗に取り払った。
自分の目で見たことだけでも、この頃に「素晴らしい」と湧き上がった記憶を挙げだせばきりがない。
この先、関東をはじめ各地から関西への遠征組は飛躍的に増える。
■ (蛇足)
実は問題の団体の一部の者は、インベーダーハウスにも来ることがあった。
高槻は、その拠点があった隣町である。
自分が初めて行ってスターフォースをやった時も、そこに数名はいたのだ。
さらには、大事件発覚、崩壊後も、何をしたいのか、来る「幹部」がいた。
次の記事で紹介する1988年、
一人は同店内において不正を起こし(当然確認体制があったため、未遂で済んではいるが)、
挙句もう一人は複数の常連に対し暴行・傷害事件を犯し、処罰を受ける。
それが、終止符となる。
この件に関する資料は、ここで閉じる。
ゲーセン、ハイスコアに直接関わる層、支持する層、関心を示す層、
どのくらいの数に登っていたのだろうか。
ここで、例える分野は何でもいい。
『 明日に期待する、明後日にはもっと期待を持つ、来月なんて想像もつかないほど先だ、
一年後? 俺は絶対にやめてなんかない 』
一つの文化の中にあって、皆が希望を持てる状態、何も言われずしても切り拓こうと考えられるだけの意識、素直な関心、
それを、ムーブメントと呼ぶのだ。
【 次回更新記事 『開拓』 へ続く 】
「紹介記事」 2009.12.12の記事
| 昨日の記事
http://d.hatena.ne.jp/sgp-blog/20111111#1321030975
について、
中野龍三プロゲーマーWEBでも取り上げて戴いているので紹介します。
是非お読みください。
http://www9.plala.or.jp/nakanoryuzo/news-kakorogu/news-09.12-2.html#1212a
「東京」 2009.12.11の記事
| 前回の日記
http://d.hatena.ne.jp/sgp-blog/20111111#1321030705
の続きとなります。
1983年の春先、
近所にあった銭湯で、初めてゲーム(ジャンプバグ)に手をつけたのは、
映画「宇宙戦艦ヤマト 完結篇」を学校をさぼって並んで観た翌日だった。
小学校入学前から憧れ付き合ってきたヤマト。
そのヤマトとの別れをどうしても認めたくなかった自分は、大事なものが消える悲しみをなにかでごまかそうとしていた。
学校では孤立してしまってそれを何かに打ち込むことでかき消そうとするし、
好きなものの偶像ばかりを先に立てるが見えるわけも追いつけるわけもなく、
一方でそんな自分に酔ってもいたのだろうか。
「セイシュン」とか「キズツキヤスイココロ」とか「オトナッポイアイ」とか、
「アイスルヒトノタメニ」とか「ジブンハナンノタメニイルノ」、「イマシナケレバナラナイコトハ」なんて、ただの鼻たれだったくせになぁ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
すこしの時間が経って、中学を卒業し、ゲーセンに招いてくれた先輩と同じ高校生になる直前の春休み。
このとき、ゲーマーとしての「東京」への憧れは、例えるならテレビの中の世界に好奇心を持つようなものだった。
感覚でしかないので言い表わせないが、首都東京はとても遠く「おおきな人達」が集まる、こないだの高槻駅前よりもさらに数段次元の違う世界だと思っていた。
前から親に、「寝台急行 銀河」で東京へ一人で行かせてほしいとねだっていた。
一応は高校入試にも通ったし、千葉にいる母の友人の方が泊めてくださるとのことで、入学前の休み時期に実現した。
よく行かせてくれたものだと思う。
寝台列車も好きだしそれなりの観光もしたが、実は一番の目当てはゲーセン巡りだった。
無論そういうオチになるのだが、ところどころイメージとかけ離れていたとはいえ、やはり東京は良かった。
途中どうしてか気乗りがしなくなり、次はいつ行けるかわからないのに大して巡れなかったのが心残り
・・・となって帰阪か。だけどまだ時間は残ってる、そんな感じで最後に入った五反田のゲーセンで、
ゲーマー精神が爆発炎上する出来事に「出会う」。
ここでスターフォース1000万点達成。
店内にはゲーマーらしい人はあまり居ないように思えたんだが、観てくれていた。
そして声をかけてもらい賛辞を受け、そこからだ。
この方は「ベーマガ」に何度も名前を載せている、まさかの一流ゲーマー。
そうと知った瞬間そりゃあガタガタに緊張したが、さっきのプレイについて思ったところを教えてくれるとのことで、有難い。真剣に聞く。
「・・・なぜ安定しないのかを考える。」
こういうことだった。
言われてみればそうだ。
何でもかんでも気合で押し込み、押し切ろうとしていた。
安定したプレイ。何故それに気付かなかったのか。元気を過信していたのか。
いや違う。単純に全然そこまで頭が回っていなかったのだ。
要は甘かったのだ。詰められていない。
考え方一つでプレイは随分変わる・・・。
深過ぎるほど深かった。
短い会話だったけど、『 魅せるプレイをせよ! 』その原点を確かにその場で教わった気がした。
大事件だった。 そこはやはり、東京だったのか。
「ゲーマー」や「スーパーゲーマー」と言ったり「プレイヤー」だったりとあやふやだったが、
この時、「ハイスコアラー」という言葉が出てくる。
自分も、そうなれるのだろうか。なる
mixi、Twitter等関連リンクも全てここにあります
http://www52.atwiki.jp/sgpsvtnk1969atwiki/
★ サークルSGP、マンモス城インベーダーハウス、レバ研
http://www35.atwiki.jp/sgp-bar/pages/14.html
2011-11-11
「スターフォース(アーケード純正) フェラーの避け方」 2011.11.10の記事
|スターフォース(アーケード純正)フェラーの避け方
【2回目】
直前のオブセスを破壊と同時に画面左下か右下でスタンバイ、
撃ちながらゆっくりと反対側へ横断したら絶対に死なない。
【3回目】
直前のネイラは無理に撃ちにいかない。
ネイラが消え去ったら画面左上、1キャラ程度右よりでスタンバイ、
撃ちながらフェラー出現と同時に(弾を見る前に)左下→軽く右上→左下と繰り返しながら、画面下に着くまでに6秒が目安。
次に思い切って右下へ横断。ここは正面衝突にさえ注意すれば大丈夫。
あとはくるっくるっと内側へレバーを入れながら上がればギリギリで間に合う。
実際にはここが一番難しい。
あとは4回目と5回目のループになるが、これは完全安定させることが不可能ではない。
【4回目直前のロペ&スーパーソニック】
1回目のスーパーソニックは自信があれば撃ってもいいが、画面どちらかの端にいたほうがいい。
2回目のスーパーソニックは必ず画面左上で。
そこからゆっくりと下→右。 ロペが片付いたらそのまま右上でスタンバイ。
【4回目フェラー】
しばらく一発も撃ってはいけない。
右上から下に着くまでにとにかく粘る。この時、弾さえ見ていればフェラー本体の間をすり抜けても大丈夫。なぜか至近距離からは撃ってこない。(ここだけ)
下からゆっくり左へ。まだ撃ってはいけない。
左下端直前時点で12秒が目安。
端に着く直前、レバーを右→左。この時、少し上がって右へ横断する道がはっきり見えるはず。
この横断開始から撃つ。
右端まで行かず、画面中央右寄りあたりから、ゆっくり左へ戻る。あとは上に逃げるだけ。
【5回目】
最初から撃ちながら、
画面右上でスタンバイ、出現と同時に下→左、
高速フェラーが出るところで中央左寄りにいるタイミングで。
左下端に着く直前でレバーを右→左。
4回目と同じく、ここで横断する道が見えるはず。
少し上がって右へ、右端まで行けそうなら行く。途中で道が見えなくなったら左へ引き返す。
ここで2度目の高速フェラーが来るが、慌てず、時折逃げ道と反対方向へレバーを入れれば大丈夫。
最後に左右どちらかから上へ逃げることになるが、これも時折反対方向へ入れながら上がれば大丈夫。
やり込んでいくうちにわかるはず。
トライアルに備え、とりあえずはご参考までに。
「スターフォース(アーケード純正)1億点トライアル2011.12月版 本告知前の最終予告とお願い」 2011.11.09の記事
|【前回予告】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1791578923&owner_id=23521767
【周回難易度について】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1782878968&owner_id=23521767
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本告知は、諸事情により今月16日深夜になります。ご了承ください。
決行場所は熊本駅から電車利用と徒歩で約40〜50分の場所、
車でお越しの方は市街地の渋滞がひどいので1時間と見ておいてもらったほうがいいかと思います。
プレイスタートは12月17日午前8〜9時に決定しました。
成功したとして、予測19〜21時間、したがって達成は翌早朝になります。
この店舗は、風営法には成人者であれば抵触しませんのでいつでもご入場いただけます。
但し、条例により18歳未満の方は22時、16歳未満の方は決行日時点の条例に従って退店いただくことになります。
【次に、上記前回予告の通り、ご協力いただける方、および物品がまだ足りません】
■ 交代プレイ部門に参加していただける方。
「2000万程度を連なしで安定して出せる方」を一応の条件とはしていましたが、
それは既に2人おります。ですので少し条件を下げます。
「1000万なら連なしで出せる方」
「1000万の自信はなくても、「空中物最後の弾幕ゾーン」以外ならなんとか安定させられる方」
「部分的に得意な場所がある方」
(時間は短くても結構です。おられませんか。)
■ 「純正3枚基板」の予備が、まだ足りません。多いほうが安心です。お持ちの方はおられませんか。
■ 当日、特設ブログ(URLは下記)に、写真を貼りながら実況の書き込みをしてくださる方
どうぞ、よろしくお願いします。
以上の件にご協力いただける方々は、当然ながら提案者様方、協力・協賛店舗、協力・協賛会社、協力・協賛サークルおよび個人様方、プレイヤー(短時間であっても)と合わせて、後日編集するオープニング&エンディングスタッフロールにお名前を刻ませていただきます。
ご連絡は私あてにmixiメッセージか、実行委員会特設アドレス starforce2011@yahoo.co.jp までお願いします。
mixiをされていないかた向けには、告知・当日実況用ブログ http://d.hatena.ne.jp/starforce-100000000/ を用意してあります。ご友人様方にお伝えください。
【そして!】
どうぞご観覧にお越しください。
旅がてら、メインは他のゲーム目当てでも大歓迎です。
それが一番の力になります。
ご遠慮なくプレッシャーを与えてください。笑って盛り上げましょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最後になりますが、最近一部において悪意ある行為・言動を行っている者の入場はお断り致します。
距離に関わらず、お帰りいただきます。虚偽吹聴については相応の処置を取ります。
また、今企画事項についての無断転載、引用、抜粋、改竄も一切認めません。
健全であるはずのゲームセンター文化に、傷をつけないでください。
悪意のない、一般・有志・関連会社・メディアの方々につきましては転載していただいて結構ですが、必ず全文をお願いします。
もしくは、上記のブログのURLのみでも結構です。
今回のイベントは、ゲーセン・ゲームセンター文化振興、再興へ向けての伏線、布石でもあるのです。
明けて2012年は、良い年になるでしょう。有志はそれぞれ各地で、できることから行動しています。
わずかではあっても、その応援も兼ねているのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あ、追伸がありました。
「2点ホールド高速連射法」については、近日中にYoutubeにUPして、またお知らせします。
「レバ研」http://www35.atwiki.jp/sgp-bar/については、それを用いてやってみたいという方はお知らせください。
「【問題提起】アーケードゲーム文化を滅ぼそうとするもの」 2011.10.13の記事
|【問題提起】 アーケードゲーム文化を滅ぼそうとするもの
今日、大変な場面に遭遇した。
自分は今、以前以上の憤りを覚えている。
昨年、中野龍三さんのサイトに、このような投稿をした。
(下記URL後半の「読者投稿」がそうです。)
http://www9.plala.or.jp/nakanoryuzo/news-kakorogu/news-09.4-3.html#0428d
ご存知のなかった方は、出来れば全部お読み戴きたい。
続いては、自分の(旧)ブログのこの記事
「ハイスコア文化を滅ぼそうとするもの」
http://tnk-blog.jugem.jp/?eid=19
そして、
「閉鎖的な小さなコミュニティの起こしたこと」
http://tnk-blog.jugem.jp/?eid=20
「全部が全部こうだ」と書いた憶えはない。そう誤解させる書き方もしていない。
「悪い象徴」として挙げたまでである。
ところが、上記投稿をしたのち、匿名掲示板にて、批判にもならない悪口を大量に受けた。
そのいずれもが、主題には触れず「自分勝手なものだ」との内容で、
名前を出し、堂々と意見や反論を述べるものは皆無だった。
ここで、上の写真をご覧戴きたい。
店名は伏せるが、(リブロスではない)とある店で、シューティングゲームの台の上に格闘ゲーマーが荷物を置いたものだ。その隣の台でも同様。
幸い、スタッフの方が気付き、即時注意をしてくれた。
直後、その集団が、真後ろから小声での意味不明なバッシングをしてきたのだがこちらは話し合いの意味がないと判断し、無視。
リンクURLを全てお読み戴いた前提で以下を書く。
このような事は日常茶飯事で、なにも地元に限った事ではない。
かいかぶるわけではないが、自分の(私の)仲間達(自分が知る人に限らず)がこのような事を、少なくともゲーセン自体を皆で応援しなければならない時代の中で、するだろうか。
流行は時に応じて変われど、仲間達は自浄するため努力している。
ある分野に「カリスマ的存在(実際は自称、および支持者による過剰な宣伝が大半)」がいるとしよう。
その者達が、こんな現状を知らないはずはなく、自らが一言警鐘を鳴らすことで、流行からしてその影響力は絶大である。 が、それをしない、どころか、逆に助長する言動が目立つ。
全てがその者達の責任では当然ないだろう。
だが、それを防ごうとする努力は必要ではないのか。その形跡が見当たらない。
確かに、誰も幼稚園児ではない。が、影響力があればこそ、それを良い方向に使おうとする気は無いのか。
「好みがどうとか」を言うつもりは一切ない。(そういう問題ではないから。)
念の為誤解なきように書いておくが、興味がないゲームはしない、ただそれだけのことだ。
誰の邪魔もしたくない。
共存に主点を置かなければ、大事な文化が持たないのだぞ。
全ジャンルで心中でもするつもりか。
それとも、自分達の好みに合わないものを、流行を武器にして排除するつもりか。
謙虚になって努力を行うなら、いくらでも相互協力はできよう。それが当たり前の筋ではないのか。
Web上の百科事典と銘打っているWikipediaに於いても、
過剰宣伝目的の間違った記述まで行っている。
あくまで一つの参考ではあるが、下記リンクも参考として戴きたい。
これは、あまりの暴挙に立腹した私の仲間が作成したものだ。
http://www35.atwiki.jp/sgp-bar/
次に、あるサイトを発見した。そこには個人名が書かれているので、URLではなく、名のみを伏字にして改竄なく以下に貼り付ける。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あるレバーの持ち方を●持ちとか吹聴する連中がいるようだが、
自然にそうなるようなレバーの持ち方が、個人名の付いた技名??
箸の持ち方やスプーンの持ち方に個人名など付ける?
歩き方やちょっとした癖に個人名など付ける?
「考案した」??「開発した」??
まったく笑わせる話だが、そんな吹聴が本当に多いことを知って呆れてしまった。
●という人本人の見解はどうなのだろうか。
はっきりしているところでも、80年代には大勢のゲーマーがこの持ち方をしている。
その前からもあっただろうし、自然にそうなっている人はいくらでもいるだろう。
それが、全部誰かの「真似」になるのか? 低次元、幼稚だ。
以下のYさんの記事を読んでいただきたい。
http://www23.atwiki.jp/gamer-y/
正に、真っ当なゲーマーが一部の不届き者の格闘ゲーマーに邪魔されないよう、
間違った認識がこれ以上流布されないよう祈るばかりだ。
【引用ここまで】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一例ばかりが目立つようなら申し訳ないが、
繰り返せば、これが象徴なのだ。
ゲーセン自体の形態やコンセプトは様々ながら、
何らかの改革を起こさない限り、それらをまとめてもゲーセン自体の存続が危ういだろう。
以上に挙げた分野以外も含めて、何らかの、真剣な議論を持つ機会は作れないものだろうか。
先日も友人達と会合を持ったが、いくら忙しくなろうとも、同時進行でいくつかの行動は起こさなければならない。
私自身の力など弱いものだ。だが、不届き者達がなにも行動しないなら、
まったく別の形で、それなりの「文化を広範囲へ向けて発信する」ことは不可能ではない。
「いたって健全、かつ興味のなかった人達まで自然に巻き込んでいくアイデア」も頂いた。
多くの仲間達の協力が不可欠となるが、長年掛けて築き上げた結束というものは、そう簡単に揺らぐものではない。
このままで終わらせるな。
ゲーセンは、アーケードは、不健全でもなければ不条理な場所でも、ギャンブル場でもない。
本来は当然そういうものだ。
「ガンバレ」は似つかわしくないな。
「好きなものをもっと大事にしようじゃないか」。これで、いいと思う。
一ゲーマーの一意見ではあるが。
インサート・コイン。 ゲームは、ゲーセンで!
ゲームセンター文化振興、保持、再興、復興!
「スターフォース(アーケード純正)周回難易度について」 2011.10.07の記事
|スターフォース(AC純正) 周回難易度について
どういうわけだか、どこを見ても正しい情報が書かれていない。
邪道方法(意図的に起こすバグ含む)はともかくとして、
※周回難易度は1周では止まらない。
正確にはこうなる。
1周目:
敵弾速は3通り、弾速の急変化無し、カーブ無し。
但し、発狂ゾーン後半からは2周目と同一となる。
2周目:
弾速は5通り、急変化有り、まれに弱いカーブが起こる。
自機1機分の隙間に入ったときに「? いま当たった??」という現象が起こる主原因はこれ。
対処としては、自機1機分の隙間に入らないこと。
どうしてもそうする以外にない場合は、必ず「動きながら」。
3周目:
弾速は7通り、急変化は頻繁、弱いカーブも頻繁に起こる。
難易度上昇はここまで。以後は3周目難易度が延々と続く。
これらを見て取れるようになれば、それだけでも格段に成果は上がる、はず。
「mixiコミュニティのご案内 Save Gamecenter Project」 2010.07.08の記事
|コミュニティのご案内
Save Gamecenter Project (SGP)
http://mixi.jp/view_community.pl?id=5129706
イベントによるゲームセンターの振興、活性化を目的としたコミュニティです。
※書き込みは、サークルSGPに関連したものに限定していません。
ゲームジャンルは問いません。
ゲームセンターの紹介、イベントの告知にお役立て頂けたらと思います。
「航空騎兵物語 繋がりました!」 2010.04.16の記事
|1480300。
残り1ヶ所、検証ポイントがあるので(2-6の2回目中型機直後の約1秒間)、
「ありがとう・・・航空騎兵物語!」
と言いたいところだったけど一応置いておきます。
他は全ての箇所で全ての可能性を試みた。
まだプレイは続行しますが、
「(ひとまず)、ありがとう・・・航空騎兵物語!」
ということで、
これが限界点である可能性が高いです。
緊張しました。ガタガタに震えたけど微調整ミスも無く繋げました。
この一年間を振り返ると懐かしい。
ps
二度ほど椅子から転げ落ちそうになった。
※2011年9月、これが限界点であったことが判明しました。
「番組最終回・ウルフファング放映と、ゲーセン文化についての感慨などしみじみ」 2009.10.29の記事
|※mixiアカウントをお持ちでない方々へは、登録されることをおすすめします。
【今夜から!】
SGP-TKYのウルフファングが今夜24時から放映されます。
詳細日程は番組コミュ参照
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4449467
観どころポイントは本人の日記を参照ください。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1323310818&owner_id=133219
番組「シューティングゲーム攻略軍団参上!」は、「ひとまず」今回のタイトルで終わるわけですが、
「広い視野で、個々のプレイを追及するゲーマーを知ってほしい。その典型例として、必然的にスコアラーという存在がある。それは楽しみを突き詰めた一つの結果である」
という、否定のしようのない基本的意味合いに置いて、
偶然ではあれ最終回にこのタイトルとプレイヤーが選ばれたことは、潜在的に今後の「スコアラーを見る感覚」に繋がる有益なことだと思う。
番組全体の、製作から含めた風景を自分なりに見てきて、批判したい・しなければならない部分も多くある。
批判は必要であり部分的には当然の事である。
しかしそれらは「衰退」とは逆方向に作用しなければならない。
機会というものは利用されなければ生きない。 当然良い意味で。
(これらに絞った部分はまた別の機会に)
TKYは、「旧・マンモス城インベーダーハウス」で活躍したスコアラー。
全国一位は獲得した経験が無いために?当人は「自分はクリアラーでありスコアラーではない」と言うが、
活動している様はスコアラーそのものだった。
(完全なるスコアラーがいる一方で、TKYタイプのゲーマーが店の基本支持層を支えていたことは、当時の他の集計店と比べても同店の売りであり、いまでも誇って語れるところだ)
例えば・・永パが見つかってスコアラーが離れたタイトルであっても、自分なりに攻略の楽しみに重きを置いてプレイを続けていたというイメージが比較的強いから、余計に本人自身にもそう思わせているのかもしれない。
今回は収録前から、リブロスで本番を想定しての演習にも立ち合わせてもらっている。
「まずはクリアして、充実感を得て先の楽しみに繋げる」ために、「ゲーセンに行ってコインを入れよう」、
「まずはプレイするためにお金を使わなければ始まらない。でなければゲーセンは潰れるんだぞ」
と、企画者になったつもりでそんな会話もしながらやった。
演習での最大のコンセプトは、
「なんだー これなら簡単にクリアできそうやん。ちょっとやってみたるか」です。
だから、それに見合ったプレイになっているはず。
「スコアアタックではないから、番組としてやってる意味がわからない」と思う方もいるかもしれないが、
そこは「スコアアタックの前提にあるものを実践した」と考えてもらって差し支えない。
(またこのタイトルは、秋葉原HEYからも外されないことでわかるように、アーケードの中ではいわゆる人気作だ)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これらこそが、揺れたながらにも「今回の番組に相応しいラスト」なのではないかと。
当人はこのゲームに相当深い思い入れがある。
たいていの人の心の中に歌があるように、当人にはこれに纏わった想い出もある。
そうやって「思い入れを持てるゲーム」を持てることはゲーム愛好家として充分誇っていい。
それを、どうにかして伝えたい・・と思って、希望を出してみたところ、
当時の開発者の方が収録に参加されることが実現した。
感覚的には「ゼビウスの遠藤さん」に続く回でもあり、プレイの表面だけでなく背景も感じながら観ることにより、最終回でやろうとした本質を感じられると思う。
当時のメーカーは現存しないこともあり、貴重です。
どのように編集されているのかは、期待したいところ。
こういうわけで、視聴環境のある方は、是非見逃さないでください。
繰り返しになるけど、「まずはゲーセンへ行ってプレイしようぜ」です。
一度攻略の楽しみを味わってしまったら・・ゲームからは抜けられない。
「ウルフファングなんて置いてねえよ」なんて理屈を云うなら、基板を買って持ち込んだらいいのだ。
「持ち込みさせてくれる店なんてないよ」
という前に、 開拓するよう動けばいいのだ。
レゲーについていえば、その完成度だけでなく、いまの時代の中ではそういう意味合いにおいても重要な役割で、
ユーザー側からのゲーセン開拓という体験の機会を与えてくれる。
ユーザーが、「単に客だろうが」ではなく「創り手意識」を持つことでゲーセンというものはこれからも存続する。
その動きが一斉に止まる日まで、ゲーセンも終わることはない。
文末に。
これを、リブロスSTG・レゲーコーナーの急発展を象徴するものだとして〆めたい。
やや大袈裟にはなったけど、日頃から自分達はそう考えています。
「閉鎖的な小さなコミュニティの「起こしたこと」」 2010.07.02の記事
|前回の記事
http://d.hatena.ne.jp/sgp-blog/20111111#1321033032
閉鎖的な小さなコミュニティの「起こしたこと」
ここで言う「閉鎖的な小さなコミュニティ」とは、
共存と逆行した行動をすることで自分達の勝手を押し通そうとする者達のことだ。
共存を受け容れられないものだから、酷い場合は人を陥れようとする。
しかしその先にあるものは、欲求不満の爆発しかない。
前回の記事で挙げた者達もそうであるが、必ず他人を犠牲にするという共通点がある。
■ 投稿 ■
かつて高槻にあった「マンモス城インベーダーハウス」の常連で、
現在自分がホームグラウンドにしているリブロス高槻へも時々来られる
Y.Kさんから、少し前に、自分の活動に関連する投稿を頂いていた。
ありがとうございます。
この項での参考資料として、
誤解を与えないよう改変せず、全文を掲載させていただきます。
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このページを読んで、あることを思い出した。
http://www35.atwiki.jp/sgp-bar/
私は若い頃、ゲーセンでゲームをしていた人間の一人でもあるが、
ほかの人のプレイを観るのが好きな人間でもあった。
幸い、私が住まいにしているところは、ゲームのうまい人がよく集まっていた店があり、
その人達のプレイをよく観ていたものだった。
このあいだ、ふと時間が空いたので久しぶりにふらりと駅前のゲーセンに入ってみたら、
昔に見たうまい人の一人が懐かしいシューティングゲームをしていることに気付いた。
髪型や表情が、昔とほとんど変わっていなかったからすぐわかった。
何となく躊躇してしまって、このときは話しかける機会をなくしてしまったのだが、
理由は、その人がプレイしている周りでおかしなことが起こっていたこと。
私のほかに3人の男がその人のプレイを観ていたのだが、
どうやら彼らは知り合いではないらしい。
プレイを観ていたというより、後ろからくだらない野次をとばしていたのだ。
レバーの持ち方が、「●●●●持ちだ。 ●●●●の真似じゃないか」と・・・。
レバーの持ち方に、とある格闘ゲームプレイヤーの名前が付けられている!?
野次を飛ばされたその人は、とても不快そうだった。
私は、彼が若い頃にゲームしているのを何度も観ていたが、
たぶんレバーの持ち方はあの時と変わっていないと思う。
当時、「かわった持ち方だなぁ」と思っていたことをはっきりと思い出せるからだ。
その後、このページの内容を読んでいると、
私が通っていたゲーセンと同じところだったし、
何人かの仲間で「レバーの〜」とかやけに専門的そうな話を楽しそうにしていたのを
ちらっと聞いた記憶がよみがえってきたので、
「「レバ研」とはこれのことだったのか」と、記憶の断片がつながったのだ。
次の週にまた行ってみると、その人がいた。
今度は野次を飛ばすヤカラもいなかったし、何とか話しかけることができた。
昔は、何となく恐そうな気もしたので(?)一度も話すことができなかった。
彼も私のことを憶えていたようで、ごく普通に話すことができた。
ついでにいろいろと面白い話とか、「レバ研」のことも聞くことができた。
「それは●●●●持ちだ」みたいな悪い野次は、よくあることだそうだ。
偶然に持ち方が似ている、
それどころか、もっと昔から理論の裏付けまでして存在していたものなのに。
それに、たまたま同じ持ち方をしている人なんてそれより前からいただろうし。
だいいち指は5本しかないのだから偶然なんていくらでも有り得る。
Web検索してみると、「●●●●持ちは●●●●が考案した」とか、
程度の低い書き込みが多く出てくる。
誰だかわからないが、あちらこちらで間違ったことを吹聴している。
格闘ゲーマーって、そんなに程度の低い者が多いのか?
「●●●●持ち」は、●●●●氏本人の発言ではないと思いたいし、
ゲーマーのモラルとして本人も認めないものだと思いたいが、
実際はどうなのだろうか?
これだけ広がっている話なのだから本人が知らないなんて有り得ないし。
例えばお箸の持ち方に個人名なんか付けるだろうか。
ものの動かし方の根幹のところに、そんな個人名なんか付けて偉そうにして、
恥ずかしくないのだろうか。
そんなことが許されるフィールドじゃない。
低次元で非常識だ。
一部の質の悪いゲーマーが、多くの真っ当なゲーマーの邪魔をしないことを祈る。
私はこのこと一つだけを取っても、
このようなヤカラの温床になっている格闘ゲームが嫌いだ。
(Y.Kさんからの投稿記事 ここまで)
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次に、ハイスコアに焦点を絞って書けば、
これを悪く言う者達の特徴は前回の記事の通りであるし、
80年代後半には、ゲーム分野ではあるがアーケードゲームを支持しないある雑誌が、
毎月のようにハイスコアラー叩きを繰り返したりもしていた。
抗議の投稿を何人もで何度もしたものだが、一度も取り上げられることはなかった。
悪口を使わなければ主張もできない者達。
自分達の友人や支持者からのハイスコア申請しか受け付けない「ハイスコア集計店」
があったり(80年代後半)、
最近でも、公式ルールが整備されていない部分に付け込んで、
操作を代用するというハードウェアチート行為を使ってハイスコアを申請したり、
(※コマンド入力や、微調整など精密なレバー操作を代用したりする装置のこと。
90年代前半以前のゲームには、その禁止ルールが整備されていない。
極端に言えば、ゲーム開始〜終了まで全て自動で行うことも技術的に可能なのだ。
「認められている」ことと「ルール整備がされていないこと」は全く意味が違う。
しかしそれを理解しようとしないモラルの無いプレイヤーがいることも事実だ。
何のためのプレイなのだろうか? 「魅せよう」「観せよう」という意識が全く無い。)
自分達のコミュニティを崇めない人達を理由なく敵視して
Web上などで罵倒したり、虚偽を吹聴したり、
ゲームを、ゲーマーを、ハイスコアを、
「とにかく毛嫌いしていて叩きたい」がために虚偽の研究結果を発表する学者がいたり、
それを得意げに発表するメディアがあったり。
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逆風に嫌気が差して180度振り向いてしまえば、
途端に追い風にのまれて、本来の意志と逆の方向に流され、
何をやってることやらわからなくなってしまう。
それも嫌なのなら、やめてしまうしかない。
しかし、理不尽な、不当な、逆風というものは
いつか勝手に、風上で自滅、崩壊する。
人を陥れようとした先にあるものは、欲求不満の爆発しかない。
それが、自滅、崩壊そのものだ。
そう考えれば、
止まっている余裕も、振興へ向けての動きを止める理由もない。
「ハイスコア文化を滅ぼそうとするもの」 2010.07.01の記事
|「ハイスコア文化を滅ぼそうとするもの」
(2009年4月28日、中野龍三プロゲーマーWEBに投稿した記事の誤字を一部修正したもの)
【#1:ゲームセンター客の著しいマナー低下・格闘ゲームに関連して多く見られる悪傾向・それを把握しながら改善努力をしない一部のメーカー、メディア、店舗】
一つの貴重な文化と環境の危機に察して、もう黙っていられない。
「いまだけ楽しめたら、先のことは別に関心はない」
「昔の思い出としてだけでいいんでは」
そういった消極的意見も聞かれそうだが、それに対しては逆に問いたい。
なんら恥ずかしくない形態を持ち、eスポーツとして期待も持てる文化が、
単純に「他の流れ」 にかき消されて崩壊しようとする状況を見て「かつて関わっていた者としてどう思うか」 。
「いま (これから) 関わっている者としてどう思うか」
「時間の制約はきつくなったものの今も現場を知っている者としてどう思うか」 。
ゲームのスタイルを、自分の意志の変化というよりは流れにのまれて変えてしまっている人も多い。
それは、悔しくはないのか。
いつまでも引っ込み思案では、流れに振り回されるだけで、自分はそれを楽しいとは思わない。
本記事の全事項を問題提起としたい。
【#2:単にその世界にいるから言うのではなく、ハイスコアは確実にeスポーツの中の文化】
まず、自分のことを例に挙げながら話せば、「認知されている文化」 、ことさらスポーツに身を置いている有名人達の発言に、
つい過敏に反応してしまうことがある。
自分は長距離陸上をやっていた。当然単独競技である。
団体競技は嫌いだった。
その個人単体のみの力が最初から最後まで発揮されるものでなければ競技として値打ちがない、
団体ならごまかしも効くし、精神的に他人に頼れる部分もあるではないか、という、これについては勝手ではあるがそういう価値観だ。
だからテレビなどでスポーツ観戦をする場合も単独競技のみと決めている。
その中でも、選手や解説者、芸能人らが 「このスポーツは頭脳やトレーニング、判断力に動体視力だけでなくメンタル面、センスも非常に重要で、団体競技のように他人に頼ることも出来ない。 〜〜 ほんとによく出来た文化なんだよ」 などと、わけしり顔で話していることが度々ある。
そのたびに、「ハイスコアもそれら全てが要求される。なら全く同じなんだけどなぁ。奥の深いeスポーツなのに、
なんで (日本では) これほどまでに認知されないかな」と自然に思う。
認知された文化の中にいる人達は、当然認知のための努力はしなくていい。
時にはメディアをはじめとする周辺が「評価の押し売り」までして持てはやしてくれる。
現在の日本では、ハイスコアラーは、ゲームの修練と同時に文化認知のための努力までしなければならない。
認知が極めて薄い中にあっても、かつて80年代後半から90年代前半までハイスコア争いが世界一盛り上がった場所でもあるのに、
皮肉なことだ。
一方、「ゲーム」 そのものの認知が低いかといえばそうではない。
家庭用ゲーム機の普及率は凄く、家族でゲームをして遊ぶのも「普通のこと」。
ほとんどのゲームセンターは、例えればカジノのように「ちょっとワルな大人」しか入れないような雰囲気でもない。
街にある普通のレジャーランドだ。
ハイスコア文化は、その中で 「ゲームセンターをより面白くする要素の一つ」として自然に生まれた。
メディアがゲームを紹介することは珍しくない。
だが複数ある要素の一つ「ハイスコア」 だけは、ほとんど取り上げられることのないまま今日に至っている。
(それもあり、「専門番組」という革命的なことを実現された中野龍三さん、MONDO21、プロデューサーの小林三旅さん、宮本訓志さんや番組関係者の方々には期待したいです)
しかしゲームセンターに入ればその光景は確実にあり
(最近は極端に減ってしまったが…それは続きで) 、特に意識しなくとも皆が知るところだったはずだ。
ハイスコアラーのプレイは、それを目指す人や興味を持つ人達の憧れになれるという側面もあり、ハイスコアラーの後ろには常にギャラリーがいた。
ハイスコアラーが多く集まる店は「スコア店」とも呼ばれ、競技、芸術的プレイを見られる場という側面を持ち、心地好い緊張感があった。
「ハイスコアブーム」のことについては別の機会に書きたいが、
まずここまで読んで、「ハイスコアは文化ではない」と言える人がいるなら、その主張するところを聞いてみたい。
文化とは必ずしも商業的理論と一体化しない。
(ハイスコア文化は今後日本においても立派に商業面として成立する要素を持ち合わせているが)
理屈ではなく、一個人の感性だけにとらわれていないもので芸術面を合わせ持つものは全て文化である。
【#3:ハイスコアが下火になるとき】
自分は、恥ずかしながら自然消滅みたいな形でしばらくハイスコアの世界を離れており、
あるとき偶然にスコア仲間達と再会したことをきっかけとして改めてゲームの良さを思い起こし、またやろうと思うようになった。
そこでこの数年のゲームセンターやハイスコアを取り巻く状況を聞き、
実際に多くの「現場」を見て一番驚いたのは(愕然というほうが正しい)、各客層の大変なマナー低下だ。
過去に自分が拠点としていた店や周辺地域でも何度かそんな問題はあり、
店側・常連側で話し合いながら改善をはかったりした経験があるが、今回見たのはそんなレベル、いやそんな次元のものではない。
「これではハイスコアが衰退するのは当たり前。いや、そう仕向けられているも同然だ」
はっきりそう思い、ストレートに言えば腹が立った。
次に移るにあたって前置きしておくが、これはたまたま自分の周辺だけで起こっていることではない。
自分がいる大阪郊外でも、関西中心の街中でも、帰省したら地方でも、東京都心でもそれを見ている。
入店客の年齢層が広いのは、80年代前半にゲームセンターが健全な場所となってからは今もかわっていない。
以前とどこが変わったのか。
その点を、ハイスコア衰退の原因と照らし合わせながら次に挙げていきたい。
いうまでもなく、「格闘ゲーム」 についてを中心とした内容になる。
【#4:これでいいのか格闘ゲーム】
まず一番変わった点は、ゲームセンターに入るときに耳に入る音、声。
「すごく音がうるさい店」というのは昔からあったが、
ハイスコアラーや、そうでなくてもゲームジャンルを問わず、すこしマニアになるとそういう店は必ず皆、避けていた。
うるさいと、店内での会話の声も怒鳴り声、叫び声のようになってそんな中にいると落ち着かなくなる。
「うるさくない店」 は、各台の音量がきちんと考えて設定されていて、居心地が良いうえに、
なにもプレイするゲームの音量が小さいわけでもない。
「ただ適当に大音量を流しておけば、客ウケも良くて盛り上がる」なんて思っていないか?
格闘ゲームのそれは、平均的に酷すぎる。
大概の店では周りにあるほかのゲームの音までかき消されている。
気分良くプレイできる状態ではない。
それしか置かない、格闘ゲーム専門店のような店も見かける。
ゲームジャンルはもっと広いのだから、それを見ると残念に思うが、
それならそれで、騒がしく格闘ゲームをする人だけが行くわけだから別にいいと思う。
ただし、そこで遊んでいる人達が「専門店」ではない通常の店で遊ぶときは、
いつものやり方が当たり前だと思ってもらっては非常に困る。
大音量で、考えられないような大声を出しながら対戦する姿がどこへ行ってもとにかく目立つ。
ほかのゲームもそこにあっていろんな人がやりに来ているのがわからないのか。
ごくまれに、騒いでいる客に店員が注意する店、
「極端な大声は回りの迷惑になりますからご遠慮ください」とか貼り紙してある店を見かける。
これも当たり前のことなのだが、今の状況から見ればつい感心してしまう。
まるで暴動でも起こっているかのような状況でも放置している店が多いからだ。
自分はそんな場合、必ず口頭で注意する。
が、そんな連中が注意を聞き入れることは滅多にない。
大抵は「こっちは楽しんでいるのに何が悪いのか」などと「逆ギレ」で返してくる。
店員に注意を促してもなぜか躊躇され、納得がいかない思いをすることもままある。
現在主流になっているゲームジャンルがこの有り様だから、
スコアラー、いや格闘以外のジャンルが危機に陥るのは当然というより「必然」で、
格闘以外の「ジャンルそのもの」に原因があるわけではない。
ほかのジャンルの人気が下がることをわかっていながら放置している。
悪意の有無はともかく、故意である。
以上が一つ目の 「マナー低下」 。
自然に周囲に気を配るのが常識。
「楽しんでいるのだから周囲に迷惑をかけていい」などという理屈はない。
きちんと読まれていればわかることだが、格闘ゲームに関わる皆が悪いなどとは言っていない。
偏見ではなくはっきり言えば、対戦格闘ゲームでも「本当にレベルが高い人達」に限って、そういう悪傾向はあまり見受けられない。
【#5:これでいいのか格闘ゲーム 続き】
過去にも、ハイスコアが衰退の危機に遇ったことは二度ある。
90年代初頭、中盤といずれも格闘ゲームの台頭が目立った時期で、原因も規模は違うものの今回とほぼ同じだ。
当時はスコアラーとその支持層の絶対数がいまよりはるかに多かったことと、
シューティングやパズルで発売されたゲームが人気を博し、押し返したことで、とりあえず難は回避されたといったところだ。
「ニーズは変わっていくのだから」と言われるより先に言えば、ニーズは意図的に作るものだ。
仕掛けなければ、偶然がない限り、個体の力だけでは流行は起こらない。
前評判の立ったものに人が興味をもつのは当然で、冷遇したら冷遇しただけの結果しか出ないことも必然だ。
格闘以外のどのジャンルも、潜在的人気は衰えていない。家庭用を見ればわかることだ。
ゲームセンターでの対戦格闘ゲームは儲かる。
対戦が続く限り負けた側はコインを投入し続けるから、インカム面ではほかのジャンルはなかなか及ばないかもしれない。
が、いろいろなジャンルのゲームが遊べてこそのゲームセンターで、
台ごとのインカムだけを見て単純な計算、言い方を代えればある種の「どんぶり勘定」でジャンルを絞ってしまうと、
客層が狭くなり目当てが無くなった客足は途絶える。
メーカー側がもし「もっと儲かりますよ」と新ジャンルを開発してきたら、また方向性を変えるのだろうか。
そんな姿勢でごく近い将来まで大丈夫なのかと思う。
貴重な文化を道連れに、「最後はなんにもなくなりました… 誰もいなくなりました。」だけはやめてもらいたい。
では前章に続いて、次は「大会」について書きたい。
最近のゲームセンターでは、対戦格闘ゲームの「大会」も頻繁に見かける。
個人、グループが企画して開催するものから店側の販促企画、全国規模の大会、予選としてまで、大きさは様々だ。
スタイルはどこでも同じようで、マイクを繋げて実況しながらやっている。
実況は店員が行うものもあるが、客に任せるケースも多いようで、そこでのマナー違反がまた深刻だ。
…マイクの使い方(の最低限のマナー)と、
「ゲームセンターの中で行われているイベント」としての自覚がないものがマイクを担当していることが、実にほとんどだ。
ゲームセンターを貸切りにして行うなら、賛同している参加者がどう思うかだけだから、まあどうでもいい。
専門店であっても同じこと。
だが、「普通のゲームセンター」で、ただでさえほかのゲームはプレイすらしづらい状態なのに、
さらに追い討ちをかけるように、それこそ僅かにしか聞こえなかったゲーム音楽を、
全く聞こえなくするほど「マイクでまで」大声を上げていいものか。
ひどい場合は、非常識なギャラリーが発するような「奇声、罵声」を、マイクに口をくっつけてやっている。
マイク、アンプ利用を否定はしない。だが、使うにはマナーがある。
これはゲームに限らず、他のイベント、街頭宣伝、電車や駅のアナウンスでも時々使い方を知らない者が騒音を撒き散らしていることがある。
電車や街頭宣伝などでは誰でも感じたことがあるのではないか。
ただの迷惑だ。
自分はマイクを使う仕事をすることもある者として、余計にそう思う。
しかし自分の神経が過敏なだけだとは思わない。
「プロ意識を持て」とまでは言わない。本当は持ってほしいが、ここでは言わない。
だが周りを巻き込めるマイクという道具を使うことの役割りを最低限認識しなければならない。
それを誤って使うとどうなるか、すらわからない者はマイクを持ってはならない。
マイクは、拡声器だ。
第一、大勢の集まるイベントでそれなりの役割を持てるのは誇りであると思うし、
それならば訓練もするのが、たとえ素人であってもイベントに携わる者としての常識、いや礼儀ではないか。
あえて二度書くが、実にほとんどの「大会」が、「マイクの〜」の理由で、関心のない側には「騒音」なのである。
さらに、大会に無関係なコーナーにまで、無理に「マナー無視の騒音」を聞かせる必要があるのか。
大会スペースで盛り上げたらいいわけで、貸切りでもないゲームセンターの中で「押し付ける」必要がどこにあるのか。
これはもちろん個人の常識とモラルの問題で、次に改善させようとしない店側の責任も大きいだろう。
そして、しっかりした主催元がある全国規模の大会の予選会を見ても、やはりその悪傾向が目立つのだ。
各地のゲームセンターで行われる予選会の状況をもし主催側が知っているなら、これも大問題だ。
そうだとすれば、自分達の盛り上がりのために、他の文化の存在を知りながら踏みにじっていることに他ならないからだ。
感性が薄いため「流される」中にしか楽しみを見い出せず、主体性に欠けて集団の中で自我が消える、
そんな人間が増えたことにも原因の一端があるとは思う。
だからといって非常識な行動が許されるわけではない。
注意を受けた連中が逆ギレする分量よりはるかに、文化的損失は大きい。
【#6:悪い象徴にしてはならない】
なにも対戦格闘ゲームの存在が悪いわけではなく、マナーと、放ったらかしのその周辺状況と「よそを軽視する」ことが問題なのだ。
格闘ゲーマーには常識的な人も大勢おり、彼らですらも非常識の蔓延には手を焼いている。
悪い傾向が強すぎて、象徴になってしまっている。
こんなイメージが更に浸透すれば、全ジャンルで心中にもなりかねない、と言ったらオーバーだろうか?
とにかく、「彼ら」がそうしてしまっているなら、改善も彼らの使命だ。
【#7:そして、一部のメーカーに対して】
メーカーは、こうした状況の全てを把握している。
そうでないなら、ゲームメーカーとしての義務感皆無と言うほかない。
ここは端的に言う。
メーカーが開発し、ゲーマーが賛同し遊び方を工夫し、
一緒にごく自然に培ってきた文化を、今度はメーカーが事実上加担する構図で不当、不自然に衰えさせる、
これは、「どうなのか」? これでいいのか? それでどう思いどう動くのか?
どの世界にも不届き者はいて、ハイスコアの世界にも文化の価値を落とすような輩はいた。
だがそれはあくまでごく一部で、全体の象徴では全くない。
ほとんどのハイスコアラーは、多少変わった例えを挙げるなら、どこかに役者にも似た使命感を持っている。
支持層によって、その自覚は更に促進される。
それにハイスコアラーは常に問題意識を捨てず、文化としての自浄努力を積み重ねながらここまできている。
【#8:ハイスコアラーを良く思わない者たち】
どの世界にも「妬みやひがみ」はあって、
ハイスコアは競技の性質上、昔からそれにさらされやすい。
ブームの頃は、支持層の数に比例して、「理由も意味もなく否定する者」もそれなりにいた。
理由を聞けば、場所、ケースを問わず以下のパターンに限定される。
「ハイスコアラーはゲームを楽しんでいない」
「点数稼ぎはプレイ時間が伸びて迷惑だ」
「競技の材料にするな」
「ゲームごときに真剣になってバカじゃないか」
そんな輩はいまもいて、上のフレーズに追加して多いのが、「意味がわからない、(だから) 「キモい」」 だ。
自分達だけの感覚で見て「異質なもの」に見えるから「けなす」だけなのだが、
そんな輩に限って異常にしつこく、ハイスコア集計まで否定したりする。
理由を聞けば前述の通りだから呆れるわけだが、これも「悪いタイプの格闘ゲーマーの象徴」なのである。
事実であるからはっきり書かせていただく。
そのように不本意な向き合いが生じている以上、両者が問題意識を強く持たなければ、
たとえ全てのメーカーと店舗が努力をしても、またまた堂々巡りになりかねない。
【#9:世界シーンに興味を】
ここまで述べてきた「格闘ゲームに関わる諸問題」は日本だけにとどまらないと聞く。
今後、自分としては世界シーンにもっと興味を持ち、情報交換なども図って、広い目線から文化復興・促進を考えてみたい。
このeスポーツ文化の場が、まず様々な意味で常識的に、ひいて健全、公正公平となり、
皆がそれぞれに主体性を持って行動を考え工夫し、
独創的かつ必要な議論が活発に行われるようになることを祈りながら、
これを投稿させて戴いた。
様々、意見もあろうかと思う。
内容に関わらず、是非それらを真正面から頂きたい。
現代の「負の流れ」に負けず、豊富なジャンルを揃えてハイスコア文化にも理解を示す、
そんな「がんばる店」の方々に限って「好みですから…」と謙遜されるが、
少しでも長い目で見るなら文化面だけでなく経営面でも、それこそが正解なんだ、と信じたい。
過去の遺物などにしてはならない。
(記事はここまで)
<これについての中野龍三さんからのコメント>
何とも身につまされる話ではないだろうか。
ハイスコアはもちろん、アーケード全体が下火になりつつある現状において、
我々は、お互いの立場やコミュニティを尊重しなければいけない段階に来ているということを、
如実に物語る内容になっている。
そのために必要な最低限のマナーさえないことを、氏は危惧されている。
いかに低迷したとはいえ、アーケードの輪の中には、様々なコミュニティが存在する。
そしてそれらが共存できず、コミュニティが減ってしまえば、業界はもたないだろう。
それこそ10年も20年も前は、あるコミュニティが別のコミュニティを追い出しても、
1つのコミュニティの規模が大きかったのと、次々新しい人たちが流入してきたので、さほど問題にならなかっただろう。
格ゲー中心の店、シューティング中心の店といった店舗もあった。
「自分達さえよければ」という発想でも、まだ何とかやっていけた時代である。
・・・残念ながら、現在のアーケードにおいて、そんな余裕はない。
コミュニティ数も要員数も少なければ、新規の流入もチョロチョロといった感じだ。
そもそも格ゲーやハイスコアの主流である、
ビデオ筐体を置くゲーセンの数が、恐ろしく減少している。
行けば大型筐体やメダルしかなかったり、最初からスロット台しか入っていなく、
パチ屋の予備校みたいな、とてもゲーセンとは呼びたくないものまで現れる始末だ。
我々はそんな中を生きているのだ。
どのみち自分は、何ら解決策や処方箋が試されないまま、
このハイスコアの世界が終息するということが、我慢できない。
数十年後に鍋をつついて「あの頃は良かったね」という話をするなんて、ぞっとする。
(中野龍三さんのコメント ここまで)
【 次回更新記事 『 閉鎖的な小さなコミュニティの「起こしたこと」へ続く 』】
「2009.12.27 スターフォース1億点トライアル 結果報告」 2010.01.02の記事
|2009.12.27 スターフォース1億点トライアル 結果報告
“ スターフォース 完全一人プレイ・完全正攻法・1億点トライアル ”
ゲーセンでやることに拘りを持たないなら今までいくらでもチャレンジする機会はあったんだけど、
どうしても「ゲーセンで」やりたかった。
自分は、アーケード・ゲーマーだから。
その最初の場を、宇都宮・つるまきが与えてくれた。
http://clitochi.net/hp/prost/index.html
地元やよく知る場所では時間的に挑戦することが出来なかったのです。
お店関係者の方々をはじめお世話をしてくださった皆さん、先輩方、
年末の忙しい時間をわざわざ割いてあの場まで観に来てくださった皆さん、
お越し頂けなくとも各地から応援してくださった皆さん、
心から感謝します。
お疲れ様でした。ありがとうございました。
途中、想定していた以上に点効率が落ちてしまい、
立直しを図りましたが7000万を超えた頃には営業時間内での達成は不可能と判断せざるを得ない状況でした。
ごめんなさい。
結果として、頂いている期待に応えることができませんでした。
達成の瞬間を、億の桁がどうなるのかをお見せすることができませんでした。
だけど、あれだけの応援がなければあの成績すら絶対に出せていませんでした。
どこから来るのかわからない力を、常に感じながらやっていました。疲れませんでした。
いつの時代にいるのかわからない錯覚の中で、スコアラーとしてよりゲーマーとして、最高に気持ちのいい時間でした。
ーーーーー 結果 ーーーーー
■ 90000000+α 残機19
■ 7:00〜24:00(17時間連続)
■ 途中最大残機数43(自己ベスト)
■ キャラ調整は全体の8〜9割が成功しています。
■ 連射スピードは最後まで高速のまま維持しました。(連射装置は非常用を含め取り付けていません)
■ 序盤1000万は、ノーミスではなかったけど意図して残機潰しをしていないプレイとしては過去最高の点効率でした。
今回の録画データは、何らかの形で残すことができたらと思っています。
どうしてもゲーセンで、決められた営業時間の中で出せなければ価値が無いと自分は考え、それを目標にしていた。
億の壁に対しては、今回、負けは負けです。
悔しいです。
また挑戦の場を与えて頂けるなら、今度は必ず達成します。
スターフォースは自分を育ててくれたゲーム。
とことんまで付き合い、闘いたい。
叶うまで諦めません。
※スターフォースとは、1984年にテーカン(現:テクモ ※現在はコーエーテクモ)が開発した名作アーケードゲーム、
それのみを指します。
「ありがとう2009」 2009.12.31の記事
|ありがとう2009
大事な仲間たちと再会できた。
一生付き合っていけそうな仲間たちと出会えた。
ここまでたくさんのことが起こる年になるとは思っていなかった。
達成出来なかったこともあるけど、自分なりに充実感を持って新たな年へと進むことができます。
今年あった良かったこと、そこで会えた皆に感謝。
万歳。良い年をお迎えください。
ありがとう2009。
「リブロス」 2009.12.22の記事
|前回の記事「タイムトンネルを抜けて」
http://d.hatena.ne.jp/sgp-blog/20111111#1321031799
思わぬ幸運な出来事で始まった。
店長は、昔もインベーダーハウスに度々訪れ、支持されている方であったこと、
そのあたりからの流行の移り変わりを見て知り、
現在も未来も業界に携わる者としてまたゲームが好きな一人として強い創造意志があったこと、
スタッフの方々それぞれもゲームに関わる経験は浅くなく、自分からの提案に対して興味を持つだけの知識もあったこと、
過去の文化について毛嫌いをしていなかったこと、好奇心もあったこと。
片隅にある「STG・レゲーコーナー」は、
「見直してほしいものがある」という店長の挑戦だった。
現実味を持った可能性を探求しようとしていた。
器の基礎としてまずは足りないものは見当たらないと思った。
いや、そういう言い方はおこがましい。「なにかをさせてもらえれば」と思った。
全盛といわれる時代から遥か未来の現代、文化を継承する資質とはこういうものを指すのである、
と感じ、素直に嬉しかったし、
いつかの感覚に違和感なく戻ろうとしている自分を客観的に見て、やはり違和感がないことに目を丸くしながら、
これからできるであろうことを想像すると子供のようにワクワクした。
ハイスコア集計を始めるに当たっても意外なほど早く理解を得ることが出来、
自分が通い始めたのは8月、その年の秋にはアルカディア掲載店ともなった。
■ 「中野龍三プロゲーマーWEB」にて、先日の記事について紹介戴いている。
その中から一部を引用したい。
>>文化なら何でも復活できる…というわけではない。
しかしその観点からみても、ゲーセン文化にはそれ自体において、強烈な 「独自性」 が備わっている。
それは大画面と優れた操作性といった即物的なものではなく、
いかにオンラインが充実しようとも、あの肌身に伝わる“空気感”である。
いろいろな層の人間、年齢や社会的立場も様々で、まさに人種の坩堝だ。
こういった人々と同じフロアでプレイし、時には交流も出来る。それも生身の会話である。
こればかりは家庭用がどれだけ技術革新しても、再現不可能なフィールドである。
だから自分は、このブログ主同様、ゲーセン文化もまたヤマトのように“出会い”の時代が訪れると考えている。
ただし、待っているだけではダメである。
どんなにその文化が傍目から死につつあるように見えても、“種火”は残っているものだ。
そしてその“種火”は我々で保っていかないといけない。
もしそれが足りなくて、完全に家庭用ゲームやオンラインに飲み込まれ、いい様に組み換えられてしまえば、
その時は完全に終わりだと自分は思う。
また運良く飲み込まれるのを免れたところで、火が消えてしまえば、遺跡同様になってしまうだろう。
そうなると文字通りアンコールワットのように、かなり後になって誰かに発掘してもらう以外になくなってしまう。
どのみちその頃には、我々も生きてはいないだろう。
“種火の守り人” がいないことには、復活もムーブメントもないのである。
(中野龍三)
ーーーーー (引用ここまで) ーーーーー
遺跡にも化石にもしてはならないし成り下がるような要因は考えてみれば無い。
短く言い切れば、流行とは風潮そのもの、それは意図して仕掛けた結果、思惑通りであろうとなかろうとそれ以外のものではないのであって、
興味を持たせる企画を立てるのも人間なら乗るのも人間、
手段を考えればいいわけで、大勢を動かせば大勢が知る。
流行でも風潮でも動かそうとすれば動く。現に誰かが動かそうとしているから動いているのだ。
それをどちら側から捉えようとするかが主体性という問題である。
そして主体性とは、人が出会う場所があるからこそ生まれる。どんな文化だからといってこれは関係ない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
仲間たちが、戻ってきた。
新しい時代のステージで、新しいコミュニティも気が付いたら自然とできていた。
噂は広がり、少しづつではあっても「今のリブロス」を目当てに来てくれる人も増えている。
そこでの根本にある思いは誰もかわらない。
大事な場所。
いくらそう思ったところで、応援しなければ続かないのは当然のこと。
インサート・コイン。支持したいのなら形で表そう。
「好きならば守れ」。
それは、皆わかっていた。
常に上昇線というわけにはなかなか簡単にはいかないようだけど、
それでも「急発展しているようだ」と目を見張るものがあって、
小さかったコーナーは今では店の名物になるほど拡大している。
自分がいなかった頃もしっかり活動を続けていた同志たちとの再会がこのあと連続する。
また偶然は続くものなのか、同じように復活を遂げる同志にも多く出会う。
リブロスが与えてくれたものは大きい。
課題はいくらでもあるにせよ、支持する側から「創り手意識」を持って対話することができる場。
自分が「育てられた」街、高槻。
ここは、インベーダーハウスの血を引き継ぐ店である。
「タイムトンネルを抜けて」 2009.12.17の記事
|前回の記事「開拓」
http://d.hatena.ne.jp/sgp-blog/20111111#1321031607
没頭は、頭が没すると書く。
本気で突っ込めば、余計なことはどうでも良くなる。
頭からしっかり奥まで覗く。単純になり切ることで必要なものは一点に集約される。目標を立てやすくなるということだ。
一つのことに「没頭する」ことで、それを基軸とした自分全体の方向性というものが自然と備わるようになっている。
ただ、没頭とはいったって
宗教やらいかがわしい商法などに依存して成功を求めたりしたって何にも前には進められないのだ。
拠りどころはいつでも誰にでも、自分の中にあり、そこにしかない。
そこへ導くにはきっかけが必要であるが、それは探すことを忘れなければ、やはりいつだってどこにでもある。
出会いとは、結局は自分が望んだ結果である。
「努力」とか「頑張れ」という言葉は好きになれない。
「やるべきことに真剣に取り組む」、それだけでいいんじゃないかと思う。
永いタイムトンネルを抜けて、その夜、自分は2008年夏の駅前界隈で飲み歩いていた。
さんざん呑んで、帰宅路の夜道にさしかかったところで、不審な声をかけられる。
「おい、そこの酔っ払い」
・・・これは「オヤジ狩り」なのか? 悪いが俺はオヤジでもオッサンでもない。
何だよこの野郎、返り討ちにしてやるぞ。俺は酔っていたってなぁ・・!
と振り向いたら、そこにいたのは、かつてインベーダーハウスで共に大コミュニティを立ち上げたメンバーの一人。
ハイスコア界が遂に衰退に入ったのか・・とやりきれない感覚を日々感じるようになった21世紀の頭から、
10年近く会っていなかったのだった。
(しかし声が若いなぁ)
最後に会う直前、東京へ転勤になりそうだとも聞いていたし、ゲームから脱けたらもう会えないのかなと思っていた中の一人。
瞬間、二人とも無意識に右手を出し、握手をしていた。
メシでも行こうにも、新聞屋さんが朝刊配達に動き始めるあたりの時間。
「じゃあ、あそこで思い出話とかするか(笑)」と、コンビニで酒を買って、その地へ。
そこは、パチンコ店併設の、通路のように細長いスロット店の前。
かつてインベーダーハウスがあったのは、ここだ。
入り口の前に、すこしだけ座り込めるスペースがある。
未成年同志が酒だのつまみだの「明日のゲーム代がぁ」とか言いながら持ち寄って、
閉店後延々深夜までダベったりしていたその場所だ。
懐かしい。
それから、とても寂しくなった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼は、結婚後はゲームから遠くなったが、
あるとき息子にゲームを買ってあげて一緒に遊んでいるうちに・・どうしたのか熱くなり、
「反射神経は大人より優れているはずの小さい子供に一度も負けたことがない」んだという。
・・・なにやってんだ。
最近はまたちょくちょくゲーセンに寄って、「音ゲー」で鮮やかなプレイを、これまた息子に見せつけているのだという。
要は、どいつもこいつも習性は変わらないんだなぁ、と。
さあ、そうやって近況報告をし合ったりそれが済んだら昔と同じような話なんかで盛り上がっているうち、
「まだまだ捨てたもんじゃないぞ、一回行ってみたら」と、紹介された場所が「リブロス」。
現代のゲーセンの様子をちょっとのぞいてみるか、と早速翌日に駅前に向う。
買い物もあったのだが、40度を超える炎天下の高槻駅前は、蜃気楼のように道路が揺れている。
とりあえず、そのリブロスに涼みに入って、ついでに様子を・・・・・
中に入る。・・・あ?どこかで見た奴らが三人も固まって音ゲー攻略の話とかしているぞ?
かくして、思わぬところでまた別の再開劇となる。
もうどうなってるんだ。
タイムマシンが行ったり来たり。
感激とか感動とか、そういうものにも似てはいるがちょっと違う。これは何なのだろうか。
とにかく、「同窓生」達がそこにいてくれたのだ。
さて、
「そういえば、1943のスコア伸ばしたいって言っててそれっきりとちがうの?」
「はあ。そうだったなぁ」
すこし経ってからもう一つ別のきっかけにも背中を押され、
もう一生無いかもしれないと思ってもいた「ハイスコアアタック」を、
ここでまたやることになる。
そうだった。俺は、スコアラーだったんだ。
広い店内の片隅で、あの頃のゲームたちがこじんまり動いていたが元気がなかった。
本棚があって、そこにはアルカディア誌が置かれていた。
後ろからページをめくり、随分と小さくなってしまっているけどそれでもしっかり残っている集計と、スコアラー達。
しんみりと眺めている自分に向って、一人の同期がこう言ったことを、はっきり憶えている。
「開拓とか、またやりたくなったんとちがうか?(笑)」
・・・否定できない。それは図星だったから。
本当に行ったり来たりだ。
時間の軸が、そのとき大きく決壊した。
ここからまた、流れを起こせるだろうか。わからないから不安だ。現代の情勢も何もわかっていない。
絵をイメージできないのだ。
だが、考えてみれば、20年前のあの時もそうだった。
【 次回更新記事 『リブロス』 へ続く 】
「開拓」 2009.12.14の記事
|前回の記事
http://d.hatena.ne.jp/sgp-blog/20111111#1321031423
インベーダーハウスは、ハイスコア集計をしていないことが不思議だった。
かなりの数のスコアラーと支持層がいたのに、何か理由でもあるのか?と、ある時から思った。
ベーマガ、ゲーメストのハイスコアページの「店舗欄」。
各集計店はタイトル10項目を用紙に記入して送り、それはそのまま掲載される。
「1コイン、工場出荷設定、面数優先」の基本ルールに沿ったものなら、
全国順位を気にせず店であった申請をそのまま送っていい。
それでも毎月10項目などどこの店でも簡単に揃う数で、溢れたら当然精度の高いスコアを先に出し、
二軍となった申請は項目が足りないときの「穴埋め」に回される。
そこから全国一位を決定し、見事トップを獲れば店舗欄と合わせて全国一位欄に大きく載る。
参加絶対数が半端ではないから、一位を獲るなんて大変な難関だ。
自分と同期や近い世代のスコアラーは、まず例外なく最初は「スコアラーになること」を目標とし、
次に「店のスコアボードに名前を載せること」、
そして掲載店という戦場で勝ち抜き、「雑誌の店舗欄に掲載されること」とステップを踏んでいる。
いまはゲームから離れていても、初めて名前が載った(「デビュー」と呼ばれていた)号は宝物のように大事にしまっている人も、きっと少なくない。
いや、大多数ではなかろうか? そうだろう。
書店で売れている雑誌にスコアネームが掲載されるんだ!なんてなったら、
もう発売日が待ち遠しくてしょうがない。
・・・遠足? そう、ワクワク、その感覚だ。デートと置き換えてもOKだ。
いよいよ発売日。もう学校よりも本屋の開店時間のほうが大事に決まっている。
普段出せないようなスピードで自転車をこぎ、本屋に着いたら・・・
どうもおかしい。本屋じゃなくゲーセンの匂いがする。
それもそのはず、目当ての雑誌の場所を取り囲んで立ち読みしている人の顔、顔。
・・・全員がいつもゲーセンで会う顔ぶれ。
これと同じ例が、どこにでもあったのだ。
「平日の午前中にみんななにをやってるんだ」と顔に書いてみる。
そうすると、「お前もじゃないか。なにを言ってるんだ」とやり返される。
互いの存在はずっと知っていたのだからその機会にと軽く会釈して、友人関係が始まった、
なんていう話だっていくらでもある。典型例だったとも言えるかもしれない。
前記事の繰り返しになるが、ゲームを取り巻いて起こっているそのこと自体が正にムーブメントだったのだ。
穴の空くほど数ページに及ぶ店舗欄を読む。
北から南まで、各地の主要サークルやメンバーの名を憶える。
「誰々がどこそこのサークルに入ったんだって、スカウトだったんだって」
「誰々は一匹狼を貫いていくんだって」
「あの名前ってすっげえカッコイイ」
話題に事欠かない。
そこから派生して、スコアラー支持層の中には「情報屋」と呼ばれ全国を駆け巡って旬なネタを集める人もいた。
「独断と偏見を持ったWeb」のような存在だ。
その中でも、「誰と誰が競ってるぞ」となったら特に盛り上がりを見せる。
店舗欄では、それらを全部知ることができる。登竜門上を観覧できるのだ。
間口が広いからゲーマーなら誰にでも楽しめる。客席にいたっていいし、
参加する気になれば簡単、登るのは実力次第、グラウンドはどこにでもある。競技性として非常にフェアだった。
現実からくる諸々の事情はあれ、現在のように店舗欄が無く、
余計なことにはページを割けてもハイスコア集計は意識的に冷遇し、最低限必要なスペースすら確保できていない状態では、
伸びる可能性の芽も摘むことになる。
「参加店舗が少ない」?「絶対数が激減したから」?「それに適したゲームが作られていない」?
それは現状の理由にならない。説明にもなっていない。
それぞれが役割を持ったグラウンドでやるべきことをやる。
その姿勢を見せなければ始まらない。開拓者の芽は、いまだってどこにでもある。
創り手意識を持つ。いまだからこそ持てる充実した感覚だってあろう。簡単に持てる。
自分は、同志達とともにこれからもそれを実証し続ける。
勿論、そんな言葉だけで済まない問題だっていくらでもある。が、その量は昔だって変わらない。
問題には問題意識で挑めばいいだけじゃないか。大抵のことには糸口を見出せるものだ。
(この部分については、来月に別の対談記事として紹介したい)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『マンモス城インベーダーハウスがハイスコア集計をしていなかった理由は?』
『考えたことがなかった。』 ・・・なんだ、そうだったのか。
ただそれだけだったのか。ならばやることは一つだ。開拓する。
プレイを披露し合っているステージなのにもったいない。
もっともっとプレイヤーを呼び込めるし、十分全国に対しても戦えるのに。
多くの仲間や先輩達のおかげで、自分はごく自然にそう意識できるようになっていた。
実際には一部からは「あとから来た奴が何をでしゃばって」とも吐き捨てられたのだが、
動いていなかったんだろう?ならば知ったことか!という態度で返した。
店側、経営側に交渉することから始める。
なかなか通じないから通じるように努力するしかない。
面白い話としては「どこの雑誌の回し者なんだよ」と言われたこともあったか。
まあしかし運良くすぐ理解・協力してもらえることに成功する。
当時提出した企画提案書なんて恥ずかしくていま見られたもんではないのだが・・・。
【1988年3月5日】
店奥の空きスペースに本棚を置き、
タイトルを「フリートーク」としてコミュニケーションノートを設置。
この日、唐突に予想外の出来事が起こる。
皆がノートになにかを書いている・・・!
ほとんどの常連は単独で来ていた。小さいグループはいくつかあっても、交流が無い。
でも本当は皆は皆を意識していて、何よりこの店が好きだった。
どうやらその思いを形にして表すきっかけになったようだ。
ノートを通してすぐそれはリアルに変わり、あっという間に輪ができる。
サークルを共に立ち上げることになる同志ともこの場で出会う。
二人から三人になり五人になり、一日のうちに同店では最大のグループができた。
【3月6日】
ハイスコア集計開始、ハイスコアボード設置。
ボードは常連側で作って店に提供するという約束だった。
製作作業には大勢が率先して手伝ってくれた。
ボードに書ける項目数は20タイトルだったが、この日のうちにその数を超える申請があった。
「ついに地元でハイスコア店ができたぞ」と、祭りでもやっているかのような熱気になった。
【3月7日】
ハイスコアサークル「SGP」結成。
結成初日のノート上での告知で、一気に20名を超える入会があった。
また他にも小サークルが誕生し、良い関係を保ったまま互いに対抗心を燃やしてゆくこととなる。
そこでの「派閥争い」は、バラエティ番組のように楽しんで観られた、と直後に支持層の人達から聞く。
この先、ベーマガ、ゲーメスト掲載店となり、遠征組も続々と訪れるようになる。
ベーマガについては掲載初月に、サークルメンバーから(自分は含まない)
3タイトルでの全国一位が出る。高槻市内から、記念の初の一位となった。
ムーブメントというものは、誰かがそれを受けて行動するという条件のもと、必ず共鳴する。
起こそうとしたことは、起こる方へしか向わない。進めようと思えば進むのだ。
指針を定めた瞬間、必要なものは意識と方法だけとなる。
難しく考えたら出来ることも出来なくなってしまうことが往々にしてある。
自分の持てる情熱は、素直に信じたらいい。
今回の記事を現代にも充分通じる参考資料として捉えて頂けたなら、書いた価値がある。
【 次回更新記事 『タイムトンネルを抜けて』 へ続く 】
「ムーブメント」 2009.12.13の記事
|前回の記事
http://d.hatena.ne.jp/sgp-blog/20111111#1321030975
銭湯→駄菓子屋、ここからゲーセンに移行。
10円ゲーマーから50円ゲーマーになり、
気合一押し一辺倒から、東京での意識革命のアドバイスを受けてスコアラーとなる。
86年にバイトを始めてからは、一時的に大阪都心・梅田や難波を拠点とし、100円ゲーマーとなる。
大型筐体のゲームなどでは、時折200円ゲーマーとなり、給料が入るものの大変苦しむ。
が、「ループゲームでの長時間プレイ」に最も拘っていたことで、結果的に帳尻が合う。
カツアゲはきっぱりと断れるようになる。
狭い大阪の中でも地域によって平均的なプレイスタイルが変わって面白いことも知り、
自然と関西各地のスコアラーとの交流が持てるようになり、情報交換を活発に行う。
「ハイスコアの世界」に身をおいていることが、とても快感になる。
どこの町にもスコアラーの集う「スコア店」があり、
「マイコンBASICマガジン(ベーマガ)」での全国集計掲載店でなくとも、
まずは目指すは「ハイスコアボード」に「スコアネーム」を載せること。
店ごとにハイスコアボードの装飾も様々個性的で、かっこいいボードがある店ほど人が集まる。
『あそこに名前を載せたい』。
そうやって日々ハイスコアを目指す・スコアラーを目指す人口は増えていく。
“東京の一流スコアラー”の多くは、全国各地から目標にされる。
この頃、日本のメッカは「プレイシティキャロット 巣鴨店」だった。
聖地スガモに行けば、絶対的存在のプレイを生で観られる。
「いつか、その前でプレイしたい・・・」皆、一度はそう思っている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この頃、関西は暗黒の時代を経験する。
いままで躊躇していたが、これは書かなければならない。
当時のゲーセンに出入りしていても、事を把握していない人もいる。
それぞれに思い出があろう。それをわざわざ不快にはさせたくない。
これは歴史資料としての記述である。憶測や噂話などは書かない。
それだけを理解頂けたらと思う。
北大阪に拠点を置くハイスコアサークルがあった。
創刊されたばかりの「ゲーメスト」誌上でその活動が大きく採り上げられたこともあり、かなりの拡大を見せた。
だが、サークル運営に問題があった。
拠点とする集計店では、記録されたスコアについて担当者(店員)の確認は取られておらず、
雑誌から毎月送付される集計用紙には、サークルの代表者が勝手に記入していた。
そこには、意図して「違うスコア」や「違う名前」を頻繁に書いていた。
(早い話が「ウソスコア」だったり「申請を勝手にサークルメンバーの名に書き換えたり」ということだ。 ぞっとする事である。)
それがそのまま掲載される。
当然、長くは持たなかった。
エスカレートがなお過ぎることで、関西のみならず全国のスコアラーは勘付く。
調査する方策が練られ、各地から内偵が入ることになる。
これにより、ハイスコア史上未だに例をみない規模の事件が発覚した。
この前後に、良識を持ったサークルメンバーの殆どは脱会している。
(自然な形を装って離れた例も含む)だから、皆が不正を働いたわけでは決してない。
殆どと書いたのは、知らなかった人もいるかもしれないからだが、
サークルの中枢にいた者ば知っていないということは無い。黙認していたわけである。
残った幹部メンバー達は、ついに「抜打ち訪問で問い合わせ」をした関東の数名に対し、
「だからどうした、このままで済むと思うなよ」と居直り、それ以上の暴力的態度にも出た。
このサークルは、ハイスコアサークルの連合会「VG2(本部:東京)」に加盟していたが、
勿論ながら除名処分を受けている。
集計店は、当然に掲載打切処分である。(ゲーメスト)
これら、事実確認の取れた不正行為は全国に伝達されることとなるが、
雑誌誌上での訂正・報告は行われなかったため、完全な認知には届いていない。
数ヵ月後にまたベーマガで掲載申込みをするが、程なくして事も有ろうに、同じ結末となった。
脱会に踏み切った人達は、それぞれの場所で活動を続け、
このとき、事実上この団体は崩壊する。
他の無関係な個人やサークルが誤解を受けることを防ぐため名称を書く。
自滅により崩壊したこの団体名は「STAC」である。
■ 悲しい出来事
そして、とりわけ東海、関東のスコアラーから、
【 関西のスコアラーはまず疑ってかかれ 】
とレッテルを貼られるようになる。これが「暗黒の時代」というところである。
関西の人間が上京しても、そうとわかれば途端に露骨に見られ方が変わるという残念な事例が後を絶たず起こった頃だ。
ただの冷やかしも中にはあっただろうし、
十把一からげにしたような偏見を持たず公正な見方をできる人が多数ではあったのたが、
どこの店にも冷たい空気があった。仕方の無かったことでもあるけれど。
■ 復興・誕生
まったく時を同じくして、関西各地のスコア店では外へ向けたコミュニティが形成され、
名を馳せてゆくことになるサークルが大小次々に誕生する。
直前に起こった事の経緯を知る割合がどのくらいだったかはわからない。
事情を噛み締めて「名誉挽回、巻き添えなんか食ってなるものか」と意識していた人のほうがむしろ少ないかもしれない。
それでも結果としては関西が一丸となった(全体同志に交流があったという意味でなく)、
そのことで自然と、あるべき状態、いやそれ以上になる。
関東と連携しての「ハイスコア集計専門の同人誌」の関西版もこの時期の後半に生まれる。
無意識の力の結集が、雲を綺麗に取り払った。
自分の目で見たことだけでも、この頃に「素晴らしい」と湧き上がった記憶を挙げだせばきりがない。
この先、関東をはじめ各地から関西への遠征組は飛躍的に増える。
■ (蛇足)
実は問題の団体の一部の者は、インベーダーハウスにも来ることがあった。
高槻は、その拠点があった隣町である。
自分が初めて行ってスターフォースをやった時も、そこに数名はいたのだ。
さらには、大事件発覚、崩壊後も、何をしたいのか、来る「幹部」がいた。
次の記事で紹介する1988年、
一人は同店内において不正を起こし(当然確認体制があったため、未遂で済んではいるが)、
挙句もう一人は複数の常連に対し暴行・傷害事件を犯し、処罰を受ける。
それが、終止符となる。
この件に関する資料は、ここで閉じる。
ゲーセン、ハイスコアに直接関わる層、支持する層、関心を示す層、
どのくらいの数に登っていたのだろうか。
ここで、例える分野は何でもいい。
『 明日に期待する、明後日にはもっと期待を持つ、来月なんて想像もつかないほど先だ、
一年後? 俺は絶対にやめてなんかない 』
一つの文化の中にあって、皆が希望を持てる状態、何も言われずしても切り拓こうと考えられるだけの意識、素直な関心、
それを、ムーブメントと呼ぶのだ。
【 次回更新記事 『開拓』 へ続く 】
「紹介記事」 2009.12.12の記事
|昨日の記事
http://d.hatena.ne.jp/sgp-blog/20111111#1321030975
について、
中野龍三プロゲーマーWEBでも取り上げて戴いているので紹介します。
是非お読みください。
http://www9.plala.or.jp/nakanoryuzo/news-kakorogu/news-09.12-2.html#1212a
「東京」 2009.12.11の記事
|前回の日記
http://d.hatena.ne.jp/sgp-blog/20111111#1321030705
の続きとなります。
1983年の春先、
近所にあった銭湯で、初めてゲーム(ジャンプバグ)に手をつけたのは、
映画「宇宙戦艦ヤマト 完結篇」を学校をさぼって並んで観た翌日だった。
小学校入学前から憧れ付き合ってきたヤマト。
そのヤマトとの別れをどうしても認めたくなかった自分は、大事なものが消える悲しみをなにかでごまかそうとしていた。
学校では孤立してしまってそれを何かに打ち込むことでかき消そうとするし、
好きなものの偶像ばかりを先に立てるが見えるわけも追いつけるわけもなく、
一方でそんな自分に酔ってもいたのだろうか。
「セイシュン」とか「キズツキヤスイココロ」とか「オトナッポイアイ」とか、
「アイスルヒトノタメニ」とか「ジブンハナンノタメニイルノ」、「イマシナケレバナラナイコトハ」なんて、ただの鼻たれだったくせになぁ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
すこしの時間が経って、中学を卒業し、ゲーセンに招いてくれた先輩と同じ高校生になる直前の春休み。
このとき、ゲーマーとしての「東京」への憧れは、例えるならテレビの中の世界に好奇心を持つようなものだった。
感覚でしかないので言い表わせないが、首都東京はとても遠く「おおきな人達」が集まる、こないだの高槻駅前よりもさらに数段次元の違う世界だと思っていた。
前から親に、「寝台急行 銀河」で東京へ一人で行かせてほしいとねだっていた。
一応は高校入試にも通ったし、千葉にいる母の友人の方が泊めてくださるとのことで、入学前の休み時期に実現した。
よく行かせてくれたものだと思う。
寝台列車も好きだしそれなりの観光もしたが、実は一番の目当てはゲーセン巡りだった。
無論そういうオチになるのだが、ところどころイメージとかけ離れていたとはいえ、やはり東京は良かった。
途中どうしてか気乗りがしなくなり、次はいつ行けるかわからないのに大して巡れなかったのが心残り
・・・となって帰阪か。だけどまだ時間は残ってる、そんな感じで最後に入った五反田のゲーセンで、
ゲーマー精神が爆発炎上する出来事に「出会う」。
ここでスターフォース1000万点達成。
店内にはゲーマーらしい人はあまり居ないように思えたんだが、観てくれていた。
そして声をかけてもらい賛辞を受け、そこからだ。
この方は「ベーマガ」に何度も名前を載せている、まさかの一流ゲーマー。
そうと知った瞬間そりゃあガタガタに緊張したが、さっきのプレイについて思ったところを教えてくれるとのことで、有難い。真剣に聞く。
「・・・なぜ安定しないのかを考える。」
こういうことだった。
言われてみればそうだ。
何でもかんでも気合で押し込み、押し切ろうとしていた。
安定したプレイ。何故それに気付かなかったのか。元気を過信していたのか。
いや違う。単純に全然そこまで頭が回っていなかったのだ。
要は甘かったのだ。詰められていない。
考え方一つでプレイは随分変わる・・・。
深過ぎるほど深かった。
短い会話だったけど、『 魅せるプレイをせよ! 』その原点を確かにその場で教わった気がした。
大事件だった。 そこはやはり、東京だったのか。
「ゲーマー」や「スーパーゲーマー」と言ったり「プレイヤー」だったりとあやふやだったが、
この時、「ハイスコアラー」という言葉が出てくる。
自分も、そうなれるのだろうか。なる