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 地震、津波、原発事故の複合災害となった東日本大震災。被災地で日々取材を続けている記者たちの思いをつづります。日本経済新聞 電子版の登録会員の方はログイン後、コメントを書き込むことができます。登録されていない方は、会員登録をお願いします。

興味本位でもいい、来てくれ(震災取材ブログ)
@宮城・気仙沼

2012/1/18 12:00
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 「見たいなら連れて行ってあげるよ」

 津波で甚大な被害を受けた宮城県気仙沼市。復興に向けて立ち並んだ仮設商店街の飲食店で知り合った地元の医師、村岡正朗さんは見ず知らずの私にこう言った。「気仙沼もだいぶ復興してきたんですね」。私が不用意に発した一言に、廃虚と化した自身の病院を案内するというのだ。

津波にも耐え抜いた歌碑。復興は被災の記憶の風化と隣り合っている(宮城県気仙沼市)
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津波にも耐え抜いた歌碑。復興は被災の記憶の風化と隣り合っている(宮城県気仙沼市)

 商店街から車で10分弱であたりの風景は一変した。道路のアスファルトははがれ、消えたままの信号機の前で警察官が交通整理をしていた。ところどころ地盤沈下の影響で水たまりができており、崩れかかった住宅や店舗を重機が取り壊している。そして何より、見晴らしがよすぎた。

 沿岸部にあった村岡さんの病院は津波で被災し、現在は在宅診療に切り替えて活動している。3階建ての「村岡外科クリニック」。がれきを踏み分けながら中に入ると、すぐに気付くのが潮の香りだ。

 「ここが受付」。村岡さんは苦もなく先を進むが、こちらは足元さえおぼつかない。泥と潮に押し流されてカルテなどが散乱した内部は、被災から10カ月もたったことさえ忘れさせる。

 3階へと続く階段にさしかかると、じゅうたんを敷き詰めたように階段が黒くなっていた。目を凝らすと無数のハエの死骸。壁の上の方についた薄い線状の染みに津波の高さを思い知らされる。

 病院から外に出ると、周辺の水たまりがさらに広がっていた。靴をぬらしながら車に戻る際、村岡さんの本音が漏れた。

 「最近はマスコミも明るい話題の時しか来ない」。復興に向けて被災者が力強く歩み出していることも事実。だが、「実際は何も変わっていないことの方が多い」のだ。

 辺りには宮城以外のナンバープレートの車が時折やってきて、車内から周辺の写真を撮ることも珍しくない。一見すると不謹慎にも映るが、「興味本位でもいい。とにかく来てほしい」。全てを奪った津波の記憶が他人の中で風化することを村岡さんは何よりも恐れている。

 病院から歩いて5分ほどで、かつて公園だったとおぼしき広場に着いた。寄せ集められた廃車と水たまりの傍らに、ひっそりと立つ石碑には、気仙沼出身の落合直文の歌が彫られていた。

 「砂の上に わが恋人の 名をかけば 波のよせきて かげもとどめず」

 かげをとどめていないからこそ、心に刻みつける必要があるのだろう。(中谷庄吾)

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