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東大 秋入学移行の背景
日本のトップに立つ東京大学。
学部のすべての入学時期を、春から秋に全面的に変えることになりました。
東京大学は、なぜ今、秋入学を実施しようとしているのでしょうか。
そのねらいと背景を、社会部の岩本悦子記者が解説します。
秋入学は世界標準
東京大学は、18日午後から学内で開かれた協議会に、学部すべてで秋入学を導入することを提言した中間報告を提出し、5年後の実現を目指して準備を進めることになりました。
政府の調査によりますと、入学と卒業の時期が秋になる秋入学は、欧米を中心に世界の7割の国で導入され、世界的な標準になっています。
一方、4月入学を実施しているのは、日本やインドなどわずか7か国です。
留学生の受け入れと派遣の両方を増やして国際化を進めたい東京大学は「入学や卒業の時期が異なると留学しにくい」と考え、世界標準の秋に合わせることにしたのです。
なぜ今?
実は、秋入学はこれまでも何度も議論されてきました。
25年前、国の臨時教育審議会では、「秋入学は大きな意義があり、移行すべき」と提言され、その後もたびたび国の審議会などで提言されていました。
一部の大学では学部で実施したところもありましたが、秋入学が根づくことはありませんでした。
世論調査で反対が半数を占め、秋入学を実施した大学には就職活動の時期のズレを心配して学生が集まらず、制度は広がりませんでした。
しかし、今、時代は大きく変わりました。
その一つは、急速に押し寄せるグローバル化の波です。
しれつな国際競争の最前線に立たされている企業は、海外展開をにらみ、意欲、即戦力、語学力を持つ外国人や留学生を積極的に採用する動きが広がっています。
しかし、現在、東京大学の学部の外国人留学生は1.9%。
海外留学する学部の東大生に至っては53人、全体の僅か0.4%です。
優秀な外国人を呼び込み、東大生を海外で活躍させるという国際化の流れに乗り遅れている東京大学は、世界で徐々にそのプレゼンスを落とし、イギリスの「タイムズ」紙が教育内容や論文の引用件数などを基に評価した世界ランキングでも順位は年々下がり、去年は30位でした。
こうした現状に人材を採用する企業側は危機感を持っています。
経団連は、去年6月、「大学生の質の低下、若者の間に広がる内向き志向」によって、「産業界が求める人材と大学が育成する人材との間に乖離(かいり)が生じている」と苦言を呈する異例の提言書をまとめて、日本の大学に教育の改革と国際化を迫りました。
こうした時代の変化が東大の背中を押しているのです。
秋入学で国際化を進ませ、高校卒業から入学するまでの「空白期間」にボランティアなどの社会経験を積ませるという、これまでにない取り組みを行い、「よりグローバルで、よりタフ」な東大生を育成しようとしているのです。
課題
ただ、秋入学には課題も山積しています。
秋入学になると、学生は、高校卒業から大学入学までと、卒業してから日本の企業で一般的な春の入社まで、それぞれ半年近くの期間が空きます。
この期間に、「経験を積ませる」と言っても、どこまで大学がメニューを用意するのかという課題があります。
こうした点を十分に詰めなければ、合わせて1年になる空白の期間を無為に過ごす学生も出てくるという指摘が出ています。
こうした期間や留学の費用の負担をどうするのかという課題もあり、経済的な支援策がなければ学生の間の格差が広がってしまうおそれがあります。
さらに、学生が最も気にするのが就職への影響です。
通年で採用する企業も現れていますが、日本では新人を春に一括採用する企業がほとんどです。
秋入学は4月入学よりも卒業が半年遅いため、「就職活動に乗り遅れるかもしれない」と心配する学生もいます。
秋入学で留学を積極的に進めるとしても、企業が留学経験をきちんと評価しないと、学生の「内向き化」が「外向き」に変わるのはそう簡単ではありません。
東大は、秋入学を、単に入学の時期を巡る問題ではなく、大学の教育内容や就職など日本の仕組みを大きく変える問題ととらえています。
1つの大学だけで実現するのではなく、社会全体に広がるため、東大では、今後、ほかの大学にも秋入学の実施を働きかけるとともに、企業に協力を要請することも検討しています。
(1月18日 19:40更新)