かねていわれていることだが、土俵で信じ難いようなことが現実になる時は、後を引くものである。
だから、ここ何番か連敗中の稀勢の里が琴奨菊に勝ったときに、10日目の土俵で後を引く対決があるとすれば、どれかと考えた。といっても、取組は結びの一番しか残っていない。そのたったひとつの白鵬対鶴竜戦によもや異変が起きようとは思えなかった。なにせ、鶴竜20連敗というのが、過去の対戦成績なのだ。
だから、よもやということがあったとしても、その確率は非常に低いとしかいいようがない。
しかし、その低さにも負けず、一回一回の対決に全力を尽くして、よもやを現実にするために、全力をかけて来たのが、鶴竜の20連敗だったといえるだろう。
確かにその20連敗の効果は積み上げられて来ていた。微々たるものかも知れないが、鶴竜が白鵬を破る日がいつかは来ると思わせてくれたし、数多い対戦の中で、次の対決を期待とともに見向かえる進歩を持ち続けさせてくれた。
いわゆる“男泣き”を披露してしまうのには、少しシャイ過ぎる人柄なのだろう。努めて感情を出さないようしているのが、かえって明らかに伝わってきた。
それが、かえって雄弁に鶴竜の内々に伝えてくれているように思えた。
この対戦、20戦0勝の悲戦によく耐えた鶴竜をほめる意味合いを勝運がこめてくれたのか、文字通り、運を味方にしたような鶴竜の方にあった。それは裏返せば、白鵬の方の運にも伝わっていく。
勝負を前にした仕切りを白鵬が一度嫌っている。そこから、あれは狙ったものか偶然かわからないが、白鵬の右手を鶴竜がはじくところに動きが流れる。
そこから勝ち運が鶴竜の方に傾き、勝負が決まるまで、白鵬は主導権を取れなかった。後手は惨たるもので、鶴竜に一方的に攻められたものである。
かくて、白鵬が一敗し、その後の展開がどうなるか、全く読めないものになった。自分のチャンス到来と考える力士も多かろう。そのチャンスを生かすのは誰になるのか。 (作家)
この記事を印刷する