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魔法使い━━

書店店員であり、ファーザーの正体を知るただ一人の人物。
年齢不詳。小柄。
彼女はこのブログにおいて良い意味でも悪い意味でも人気があり、
毎回魔法使い記事のコメント欄はにぎやかになる。

九十三日目の記事を更新した日の夜、魔法使いから電話を貰っていた。
コメント欄が荒れてしまったあの日の夜だ。
「なんか、コメント欄が大変な事になっちゃったね」
「うーん、そうだね。かといって何かできるわけでもないし…」
「うん…」
「………」
魔法使いの記事(存在について)が”荒れ”の発端であり、やはり本人も気にしているようだった。

「思ったんだけど…なんでファーザって、あたしの事、毎回記事にするの?」
「なんで、って……」

なんでってコンマ50による”運命”の導きにより東大への挑戦が決まりブログを開設、まとめブログ・ツイッター拡散などの経緯を経て、利用していた書店の店員(魔法使い)がこのブログを知り、”日付” ”買った参考書”などが原因で正体がバレてしまい知り合いになる……なんて面白すぎるからだ。
全てはコンマ50の恩恵であり、その先にある出会いは奇跡のようなもの、
ブログを盛り上がらせるには最高の出会いだった。

と、言えばあまりに正直すぎるし、打算的でかなり最低だと思う。

ただ実際に身バレはとてつもない恐怖を当時は感じたし、
魔法使いがどういう女の子が知らなかったので「ブログ終わった…」とも思った。
しかしここで狡猾で卑怯な手を思いつく。

魔法使いの事を記事にしてしまえば、彼女も迂闊に人に言えなくなる。
ファーザーの正体を知っているのは世界で魔法使いだけだ。
つまり、
「あの人がファーザーなんだよ!」と、魔法使いが誰かに言えば、
「えっ、じゃあお前が魔法使い!?」となる。

ファーザー個人情報漏えいの抑止力のためにも、
今まで魔法使いの記事を書いてきた。
なんて自分勝手でずるいやり方なんだろうか。

ただ…それだけじゃない。
やっぱり、彼女と一緒にいるのが楽しかったからだ。
魔法使いは優しく、熱心な読者であり、そして頼もしい協力者になってくれた。
当時感じた不安や懸念など、全く心配する必要なんて無かったのだ。
(ちなみに魔法使いも毎日記事にコメントしているらしいぞ)

楽しかった事は記事にしたい。
恩恵による出来事は勿論記事にするが、魔法使いの記事はやっぱり特別だった。

「なんでって、ねぇ?なんででしょ…」
そんな沢山の思惑を言えずに、モゴモゴとしてしまう。
「ああやってさ、可愛い生き物…とかって記事で言われるとさ………が……で……」
「え?なに?きこえない?」
「もういいよ。バイバイ」
「エルプサイコンガリィ。貴女が今後も良い読者たらんこ━━」
切れた。途中で切りやがった。
いつもなら「コングルゥだっていっとろーが」とか「どっちかに統一しなよ」
とかつっこんでくれるのに…。
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「先週来てくれたんだってね。あたし、居なかったでしょ。休みだったんだ」

書店に来ていた。
先週、地理Bと地学Ⅰの参考書を買いに行った時、確かに魔法使いは居なかった。
それにしても魔法使いは今日も労働に精を出し頑張っていて、偉いなぁと関心してしまう。

「駒場祭楽しかった?あたしが行けるって言った日に行った駒場祭」
嫌味たらたらだった。ブツブツと「コメント欄でもあたしと行けって沢山あったのに」と言ってるのが聞こえる。
こんな事もあろうかと、東大で買っておいたお土産のブックカバーを渡す。
「ほら、これお土産。ど、どっちか選んでいいよ」
まるで猛った虎に生肉をあげるかのように、恐る恐る差し出した。
文庫サイズと大判サイズのブックカバー。
「わぁ。これブログに載ってたやつ!?」
魔法使いはすぐに機嫌を取り直した。
ちょろいものだ。姪と一緒で物をあげればすぐに上機嫌になってしまう。
(それが100円だとは夢にも思わないだろう……フフフ)

魔法使いは大判サイズを選んだ。
「ふふふ……松本人志の『遺書』を挟んで読もう」
宮沢雪野かお前は!



「そういえばセンター試験の受験票とどいた?」
「うん。結構前に」
「会場どこ?」
「○○高校」
「わ…! あたしも同じ○○高校だよ!」
ファーザーは今回初めてセンター試験を受ける。
試験会場って大体大学かと思っていたけど。どう振り分けられるのだろう?

「ね?一緒に行こ?」
「そうだね。一緒に行こうか」
そう言うと魔法使いは驚いていた。
「え、いいの?」
「うん。駅まで車で行こう。その間助手席で寝ててもいいし、勉強しててもいいよ」
「………なんか、ファーザって姪ちゃんが居るせいか、異常に面倒見いいよね…」

ファーザーはこの日久しぶりに漫画を買った。
ヒストリエ七巻。この作者の作品を読むのが生きがいになっている。

「あたしこの後もう終わりなんだ。途中まで一緒に帰ろう?」
「いいけど、帰り道一緒だっけ」
「一緒だよ。だってファーザ出口でたら左曲がるでしょ?」
こいつ…観察している。恐怖を覚えた。



一緒に店を出るのは恥ずかしいので先に出て待つ。

もう外は真っ暗で、冷たい空気の中綺麗な星空が広がっていた。
いつも魔法使いはこんな真っ暗の中を一人で帰っているのだろうか。少し心配だった。
「おまたせ」
チャリで来た、という感じで魔法使いは自転車を押してやってきた。

「この間の銀河鉄道の記事みたよ」
二人並んで会話をする。
「あたしも好きだよ。銀河鉄道。ますむらひろしの漫画版も好き。知ってる?いろいろ説があってね、同一人物説、双子説、なんたらかんたらうんたらかんたら…」
嬉しそうに、それも自慢げに魔法使いは話をする。
はっきり言って全然話を聞いていなくて、ただはしゃぐ魔法使いが面白かったのでうんうん頷いていた。
「ね、ファーザ。サウザンクロス見える?」
魔法使いは夜空を見上げて言った。
「魔法使い、南十字星は…」
南十字星は日本からでは見えない。(ただし、沖縄で見える場所もあるらしい)
しかしそうやって言うのもなんだか意地悪な気がしたので、今日だけはここからでも見える事にしておこう。
「三つ並んだオリオンがあるだろ?それをずーっと上に行った…あれだよ」
オリオンを指差し、すーっと斜め上に上げ星の集まりで止める。
魔法使いが記事を見るまでの、期間限定の嘘だ。
「うーん、わからないなぁ…」
「すぐ隣に偽十字があるから気をつけろよ」
「うーん、うーん」
目を凝らして一生懸命探す魔法使い。
馬鹿め、まんまと騙されおって。ケケケ。
ニヤニヤと人を騙しいれる快感に酔いしれる。
「わからないなぁ…」
「ほら、あそこ」
顔を寄せて指差す。
魔法使いの白い吐息が頬に当たり、恥ずかしくなったのですぐ離れた。



「そういえばファーザって日曜日、記事だといつも家に居るみたいだけど、友達と遊んだりしないの?」
ふいに聞かれた。
「いないからね…友達。二人居たけど、どっちも都内に就職決まって会えなくなっちゃった」
それに、引篭もってからメールや電話があっても、何故か返事をする気が起こらずもうずっと連絡していない。最低だ俺は。
「そっか。なんか、さみしいね」
「うん」
しばらく無言で歩く。
すると突然、魔法使いが言った。

「あたしがさ、ファーザのカムパネルラになってあげてもいいよ」

驚いた。
それは宮沢マニアのファーザーにとっては「ずっと一緒にいようね」と同義語だったし、いつかファーザーが言いたい誰かへのプロポーズの言葉でもあった。
魔法使いにとっては「さびしいお前の友達になってやるよ」という意味のものなのだろうが…
「ふふ、ファーザ、ラッコの上着がくるよ」
それザネリさんじゃ……
アハハと声を上げて楽しそうに魔法使いは笑う。

不思議な夜だ。
何故女の子と並んで歩いているのだろう。
何故こんなに楽しいのだろう。

街灯が照らす歩道は線路に見え、まるで……

安価を始めてから今まで、信じられない事が何度も起こった。
これからも何かあるのだろうか。
良い事だけ起こればいい。

良い事だけ…



こうして魔法使いと友達になった。
以前二人で映画に行った時は、二人の関係性が分からず戸惑った部分もあったが、これからは大丈夫そうだ。

交差点での別れ際、
「25日、お店きてね。いつも物貰ってるからプレゼントあげるね」
と言われた。

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「それじゃあ明日はよろしくおねがいしますね」

ガチャリ━━
明日の仕事内容が電話にて伝えられた。
ファーザーが三年ぶりに、その重い腰を持ち上げて動き出した最初の仕事は…

ゴミ収集車の助手だった…



当日、憂鬱な気分で伝えられた清掃会社へ向かう。
はっきり言って嫌だった。汚いし臭いし寒いし大変そうだし、とにかく良いイメージが無い。
早くもお腹が痛くなった。帰ってジェンガで遊びたかった。ジェンガは楽しい。

その会社は2つ隣の市にあり、
とても小さなビルの一室にあった。どこに清掃車はあるのだろう?
「おはようございます…」
会社の玄関を開けて挨拶する。しかし、誰も居ない。
しばらく玄関横にある、デカイ金魚の入った水槽を見ながら待っていると、50代くらいのおばさんが奥のドアから入ってきた。
「あら、あんた派遣の人かい?」
「はっはい!」
「ファーザーさん?」
「そうです、あの、今日はよろしくおねがいします」
挨拶をすませ、ちょっと待っていてほしいと言われたのでボーっと待っている。
隣で優雅に泳ぐ金魚が憎らしい。

しばらくすると突然玄関が開き、
「おっ、おはよう!」
と作業着の似合わない爽やかな青年が入って来た。
ファーザーも愛想よく挨拶を返す。
青年はおばさん(社長らしい)と仕事の段取りについて話し始めた。

どうやら今日、ファーザーはこの人と一緒に仕事をするらしい。
「○○だ。よろしくな」
「はい!よろしくお願いします」
良かった。なんだかとてもまともで良い人そうだ。
歳は義姉と同じくらいだろうか?顔は爽やかなイケメンで、身長も高く、声が声優の緑川光にそっくりだったので以下、緑川さんとする。

緑川さんと二人でワゴン車に乗り込む。これからゴミ収集車が駐車してある所へ向かうそうだ。
「えーっと、名前なんだっけ?あ、いいやめんどくせぇ。お前でいいや」
前言撤回。全然まともじゃなかった。



ファーザーの仕事は、収集車の助手席に座り車がゴミ置き場に停車したら降りて、スイッチを押しプレス回転盤を作動させゴミを入れる、というものだった。
この日は燃えないゴミの日。
ファーザーが両手で四個が限界なのに対し、緑川さんは八つくらい持ってポンポン投げ込んでいた。
「す、すげぇ…」
「あ?本気出せば十個いけんぜ?」
市内の住宅街のゴミ置き場を転々と回る。
緑川さんは口は悪かったが仕事は真面目で手際が良く、
ゴミが重くてファーザーがモタモタしてしまっても怒ったりしなかった。

ゴミを入れては助手席に乗り、その繰り返し…
昼休みには体中がパンパンだった。
「なんだ、お前情けないな。今日は燃えないゴミだから楽な方だぞ?」
ぐったりしているファーザーを見て緑川さんは笑っていた。

二人で駐車場の地べたにシートをひいて、コンビニで買った御飯を食べる。
「で、お前普段なにしてるんだ?」
「え? ふっ、普段ですか?」
うーん、困った。
東大目指して勉強しているなんて言ったらなんて返されるか…
厳しい事を言われてヘコみ、午後の仕事が辛くなるのは嫌だったので適当に返す。
「ま、まぁ本読んだりして、たまにこうやって、バイトしたり…ですね…」
「ふーん」
嘘をつくのはなんだか辛かった。
「パチンコとかやんないのか?」
一瞬、緑川さんの目がギラつくのを見逃さなかった。相当なギャンブル狂とみた。
「ギャンブルはちょっと…、姉の教えで禁止されてて」
「なんだそりゃ。男ならそんなもん背いて打てや!」
「嫌ですよ…」
「欺け」
な、なんなんだこの人は……
その後クドクドと嬉しそうに『緑川流パチンコ必勝講義』を語り始め熱弁を振るっていた。
「昔は良かった、四号機の頃は。今は全然駄目、勝てない」
じゃあやんなや!!
緑川流は駄目駄目だった。

それにしても緑川さんは何故この仕事をしているのだろう。
顔も良くて若く、態度もはきはきとしているので営業などの方が向いてそうだが……
タイミングを伺って聞いてみる事にする。
「あれはそう…確か三年前の事…その日は寒かった、俺は」
回想に勝手に入っている緑川さんに質問してみる。
「緑川さんはどうしてこの仕事に就いてるんですか…?」
「ん?ああ、俺は……」



「俺は、法律家になりたかったんだが、何年も、何回も試験を受けても受からなくてな」
「法律って、弁護士…とかですか…?」
「ああ、そうだ。駄目だった。せっかく良い大学の法学部に入ったんだが、」
とても意外だった。こんないい加減そうな人が弁護士目指していたなんて…
「嫌になって三年くらいずっと遊んでいた。パチンコで生活繋いで夜は毎日酒飲んで…」
「………」
「飲みすぎてぶっ倒れてゴミ収集所で寝てたら、収集に来た社長にスカウトされた、ってとこだ」
破天荒な緑川さんらしい話だ。
「今は俺を拾ってくれた社長に恩を返すため…、そしてそんなだらしない俺の傍にずっと黙って居てくれた嫁の為に、生きて働いている」
「結婚してるんですね」
「ああ、もうすぐ子供が産まれるんだ」
緑川さんはテレテレと恥ずかしがっていた。なんだか可愛い。
「奥さんの写真とかあるんですか?見せてくださいよ」
「お、おお、あるぞ。ちょっと待ってろ」
そう言って緑川さんは、胸ポケットから携帯を取り出して操作した。
相当な美人に違いない。何しろ緑川さんはイケメンだからだ。
「ほら…これだ…」
すっと画面をこちらに向けて携帯を差し出す。

画面に映っていたのはダッチワイフだった……



「オイィィィ!!嫁は嫁でも空気嫁じゃねーか!!」
思わず大声で、しかもタメ口でつっこんでしまったが、緑川さんはケラケラと爆笑していた。
「はは、嘘だ嘘。本当はこれだ。これ」
そう言って携帯を操作し、
すっと画面をこちらに向けて携帯を差し出す。

画面に映っていたのは初音ミクだった……

「オイィィィ!!電子の妖精・初音ミクさんじゃねーか!!」
またしても大声で、しかもタメ口でつっこんでしまった。しかし緑川さんは腹を抱えて大笑いしていた。
「おっ…お前いいな…ぐふふ。ツッコミにキレがある…っ…くく…だひゃははは!」
どうやらからかわれているようだった。
「すまんすまん!毎日派遣が変わるからこうやってからかってるんだ。中でもお前は最高だ…くくく。本当はこれだ。こ・れ」
そう言って携帯を操作し、
すっと画面をこちらに向けて携帯を差し出す。

しかし、画面に映っていたのは北斗晶だった……

「オイィィィ!!これデンジャラス・クイーン北斗晶じゃねーか!!バーターの健介が隣にいねぇぞ!どこ行ったんだよ!」
渾身のツッコミだった。自分でも満足のいくキレだったと思い、
自信満々のドヤ顔でチラッと緑川さんを見る。

「あ?」

そこには鬼の形相をした健介が居た。どうやらこれは冗談じゃないらしい。

ボコボコにされた。



「前が見えねぇ……」
昼休みが終わり、またしてもゴミの回収に向かう。
次は学校や会社のゴミを回るそうだ。
「それにしてもお前おもしれーな。これで空気読めるようになれば結構いけるぞ」
「それはどうも」
すっかり打ち解け仲が良くなっていた。
食事中に聞いたがやはり義姉と同じ歳だそうで、そのせいかなんだか話しやすく緊張しなくなった。
「お前がよければ正社員として雇ってやってもいいぞ」
「緑川さん副社員でしょ…」
「なぁに。すぐに乗っ取ってやるさ」
「恩はどーした!恩は!」
「だははは!いいぞ、そのツッコミだ。勿論そのツッコミだ」
作業をしながら話をする。
「一緒にお笑いやらないか?お前とだったらいけそうな気がする…」
「やんねーよ!」
「おっ!早速やる気満々だな!その調子だ!」
駄目だこの人……ファーザーの苦手なタイプだ…。

次々とゴミ置き場を回り、良い感じにファーザーも慣れてきた。
しかしその時、事件は起こった━━━━



パァン!!

『ぶちゅぅぅぅぅぅぅ!!!びゅるるるるるるるる!!』

ファーザーの目の前が真っ白になる。
頭や顔がドロドロになった。なんだか良い匂いがする。
手で頬をなぞってみると白い液体が手の平に付いた。

どうやらプレス機に入れたゴミの中に、
まだ新品の乳液容器が入っていたようで、それが潰れ爆発したみたいだ。
「おい、大丈夫か……っておま……っ……だははははは!!」
緑川さんはファーザーを指差し、爆笑していた。
「だはははは!!ぶっかけじゃねーか!ひひひ!ぶっかけ!」
「………」
「よ…し……っ…はぁはぁ……アヘ顔ダブルピース…しろ…ッだははははは!!アヘ顔ダブルピースだっ!」
言われた通りに眼球を上に向け、舌を出して両手でピースした(これが俗に言うアヘ顔ダブルピース)
「だひゃははは!!ほっ…本物だ…っ!ひひひひひ!しっ死ぬ…死ぬ…笑いすぎて……」
緑川は腹を抱えて地面に転がり悶絶していた。
「よし…写メだ……うひひひ!最高だ…闘莉王なんて、目じゃねぇ……永久保存版だ……ぐひひひひ……」
パシャパシャと写メを撮られる……くそ…屈辱だ!

渡されたタオルで白濁蜀の液体をふき取り車に乗り込む。
緑川はまだツボに入っているようで、
「だははは!!……だっ駄目だ……運転できないっ!お前のアヘ顔が…脳裏に焼き付いて離れない…ひひひ…!」
と笑いを堪えながら運転していた。
「これ被ってくれ……頼むっ。事故起こしてしまいそうだ……」
黒のニット帽を渡されたので
それをズボッと首まで被り顔全体を隠した。
温厚なファーザーでも流石にこれにはカチンとくる。
復讐してやる

「はぁはぁ…ふぅ。やっと落ち着いた。よし、もう取っていいぞ」
「取って下さい」
「お?おう…いいぞ、悪かったな」
緑川がニット帽をファーザーの頭の上から掴み、スポッと取った。
しかしその瞬間、下からはファーザーのアヘ顔が現れる!

「だはははは!!だははは……っ……オヴェェェェ!!オヴェェェェ!! ……やめろぉぉ!!やめてくれぇぇ!!」
緑川は笑いすぎて嘔吐反射を起こしていた。
車はもう、ミミズがのたくったような蛇行運転だ。

今気付いた事がある…。
この人、姪と笑いのツボが一緒だ!

そうと分かればこっちのもの。
あらゆるタイミングでアヘ顔を披露する。
バックミラー越し、サイドミラー越し、はたまたゴミ捨て場の陰、電信柱の横から…!
そのたびに「オヴェぇぇぇ」と声が聞こえ、効果は抜群だった。
「らめぇ……もう、らめ…らめて…もう……」
「お前それサバンナでも同じ事言えんの?」
「オエーーwwオエーーww」
緑川は笑いすぎて自分がアヘ顔になってる事に気付いていない…。
ファーザーの完全勝利だった。



夕方、仕事が終わり収集車で会社に戻ってきた。
事務所に入ろうとした時━━

「桂馬」

後ろからファーザーの名前を呼ぶ声がし、驚いて振り向いた。
緑川さんだった。運転席から真面目な声で、しかも名前で呼ぶからびっくりした。
「またこい」
そう言われ嬉しかった。少しは仕事の役に立てたのだろうか……
「さもないとお前のアヘ顔が『吹いた画像スレ』に載る事になる」
こっこの人は……
「ま、それは冗談だ。どうだ?町が綺麗になるのは気持ちが良くないか?」
「はっ、はい。とても…その、勉強になりました……今日はありがとうございました」
「ふっ…、またな」
目を細め、柔らかな笑顔でそう言い残し、緑川さんは駐車場に去っていった。
くそ…最後の最後でかっこよくきめられた…

事務所に入るとおばさん(社長)が居た。
「おつかれさん」
「はい。今日はありがとうございました」
「どうだった?」
「疲れましたけど…自分の出してるゴミがこうやって処理されてるのか、って分かって……なんだか感動しました……あと、緑川さんに優しく教えて貰って、とても楽しく仕事ができました」
「そうかい。ふん、」
「ありがとうございます…」
「またきな」
お礼を言い、事務所を後にして帰路に着いた。



家に着くと珍しく姪がいて、一人でジェンガで遊んでいた。
「あー!けーちゃんあそぼー!」
俺は姪の積み上げたジェンガを蹴って崩した。
ジェンガなど糞だ。ゴミを積み上げた方が金になる。
姪は怒ってポカポカ叩いてきたがそんなの効かぬわ。

ファーザーは「職に貴賎なし」という言葉が嫌いだ。
それは賎側からしか発言されない言葉だったし、
どう考えても負け惜しみにしか聞こえない。

だけど、今日働いてその意識が変わった。

収集車に乗って見る駅前の景色は、
人が慌ただしく歩いていて
ファーザーが引篭もっている間にも当然世界は動いていた。
『町が綺麗になるのは気持ちが良いだろ?』
『社長に恩を返すため、そして嫁のために働いている』
緑川さんはかっこよかった。かっこいい大人だった。

ファーザーも緑川さんのようになりたい、と思った。
誰かが動いて世界が成り立つ。

ファーザーも動こう。止まっちゃだめだ。
そのためにも勉強だ。
頑張ろう。

働いて良かった。 

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