〈霊塔〉福島・会津の飯盛山で、白虎隊が命を絶った地にたつ霊塔。近くには、ローマ市から贈られた石碑がある。ポンペイの廃虚から発掘されたという宮殿の石柱には「白虎隊勇士の遺烈に、不朽の敬意を捧げん」という言葉が刻まれている。ここでは時空を越えて記憶が入り混じる。写真・伊奈英次 |
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「ばかやろーっ」。大みそかの夜、暗く沈んだ参道に突如、無数の怒声が飛び交った。栃木・足利の大岩山毘沙門天最勝寺。江戸期から伝わる「悪口(あくたい)まつり」の始まりだ。100人ほどの参加者が悪口を叫びながら、行列になって山道を登っていく。30分ほど叫び、歩き続けて本堂へ。たどり着くと、除夜の鐘が鳴っていた。みな一様に、すっきりとした表情をしている。また、新しい年が始まった。
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拡声機や太鼓を手に、若者が渋谷の大通りを歩いている。昨年末、「Act3.11JAPAN」が呼びかけた、脱原発と増税反対を訴えるデモ。参加者は30人と少ない。いつまでそんなこと言ってるの。街頭の冷たい視線を事務局長の福島豊さんは感じる。
震災から10カ月を迎える。怒りは、長続きしない。
日本人は怒りや憎しみを、見えないところへと流して、やり過ごしてきた。新年の神事は、旧年の悪を払うため。ひな祭りも、その元となった流しびなは、厄や穢(けが)れを人形に移し、水に流す行事だ。
いや。福島は違う。140年前の記憶を忘れない人がいる。
「ふるさとを守りたいと思った彼らの気持ちを、忘れないでください」。鉢巻き姿のガイドが、白虎隊の悲話をとうとうと語る。墓前で静かに手を合わせる観光客がいる。少年たちの眠る会津・飯盛山を訪れる人は絶えない。
「会津は今でも長州にわだかまりがある」。福島県在住の作家、星亮一さんは山口県萩市を何度か訪ね、和解運動に関わってきた。だが地元の反対の声が根強く、運動はやむなく立ち止まったままだ。星さんには原発事故の被災者と、戊辰戦争で負けた会津藩が重なって見える。故郷を追われ、散り散りになった。「理不尽は許さないという怒りは人々をつなぎ、会津の存在意義になっている」