下山事件
1949年07月05日
行方不明になり、れき死体で発見された下山定則国鉄総裁 1949年 東京・足立区
下山総裁のれき死体が見つかった現場
1949年7月6日 東京・足立区の常磐線北千住・綾瀬間
現場から運び出される下山国鉄総裁の棺
1949年7月6日 東京・足立区
国鉄の下山定則総裁が登庁途中に三越本店に入り、そのまま行方不明になった。翌6日、東京都足立区綾瀬の常磐線線路上で、れき死体で発見された。5日は国鉄の3万人以上の第1次人員整理案発表予定日で、政府は「他殺と推定」との公式見解を発表した。警視庁は自殺説をとったが、遺体を鑑定した古畑種基東大医学部教授は「死後れき断」を主張した。占領軍政下の謀略事件とする説もあるが真相は不明。
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