峻くんの命(5)死因究明の仕組み乏しく (2011年12月24日 読売新聞)
峻くんが亡くなる前日、航くん(左)と兄の純生くんは、クマのぬいぐるみを峻くんに見立て、クリスマスパーティーを開いた。家族にとって寂しいイブになった 家族にとって、あまりに早い別れがやってきた。
峻平(しゅんぺい)(当時2歳)が麻酔事故にあってから、3か月余りたった2006年のクリスマス。ベッドわきには父・清川仁(39)と母・由紀(43)が寄り添い、か細くなる命の灯を消すまいと、涙声で歌い続けた。峻平と双子の弟・航永(こうえい)(7)が1歳になった誕生日、父が贈った自作の歌だった。
1年前の7月7日、ふたつの小さな命がともった はかなくて消えそうだったけど、今も懸命に輝き続けてる どんなことも耐えてみせるよ、2人の笑顔がずっと見られるなら 急な、急な、急な坂道さ 峻平、君の行く道は だけどパパとママがいるから、きっと大丈夫……
12月25日午後1時50分。峻平は事故以来、意識を取り戻すことなく旅だった。
悲しみに浸る間もなく、病院から、死因や治療経過を調べる病理解剖について打診があった。病院に不信感のあった両親は、院内での解剖を断った。
病院は、死因は麻酔事故と直接関係なく、体内の人工血管がふさがったこととし、事件性はないと考えていた。しかし、両親は「そんなことになったのは事故があったから」と考え、公正な調査を願った。
そこで、国が医療事故調査制度の創設を目指して始めていた「死因究明モデル事業」に申し込み、第三者に調査を託すことも検討されたが、最終的に、病院は警察に連絡。捜査が始まり、遺体は司法解剖されることになった。
遺族が患者の死に疑問を持っても、それに応えうる適切な受け皿が見あたらない。「この例のように遺体をどう扱うか迷うことになるのは、医療関連の死亡について原因究明する仕組みが、今の法律では確立されていないためでしょう」と、モデル事業の東京代表を務める東大救急医学教授・矢作直樹は指摘する。
受け皿になると見られた医療版事故調査委員会の創設は08年、設立法案の提出前に医療界から反発があり、その後の政権交代で頓挫した。厚生労働省は、医療ミスの有無を問わず患者側に補償する「無過失補償制度」の検討を始めたが、原因究明や再発防止をどうするか、議論はこれからだ。
医療事故の被害者遺族で、「患者の視点で医療安全を考える連絡協議会」代表の永井裕之は「遺族が一番求めているのはお金ではなく、真相を知ることと、同じことを繰り返さないでほしいということ。遺族の疑問に公正に応えてくれる調査機関が必要」と訴える。(敬称略)
>>>>>>>>>>>>>>>
診療関連死の問題、頓挫したままだ。
診療関連死の議論をめぐり、さまざまな意見が出されてきた。これまで出された代表的な意見は以下のようにグループわけできるだろう。
Aグループの意見:
診療関連死は、警察でなく、第三者機関に届け出るように制度を変更し、そこで調査すべきである。
Bグループの意見:
診療関連死を含む病院内死亡事例は画像検査を実施した後、犯罪性があるものだけを警察に届け出ればいいのである。そうすれば、死後画像検査は、司法介入を避けるためのツールになる。
Cグループの意見:
そもそも異状死届け出義務でいうところの異状は、遺体外表上の異状のみを示すのであって、一般の診療関連死のように外表に異状のないものは含まないから、そうした診療関連死そのものについて、そもそも届け出は不要なのである。
10年前は、Aグループの意見が大勢を占めていた。しかし、Aグループの意見に従い、第三者機関が介入したとしても、医療過誤(=業務上過失致死疑事件という犯罪の疑いになる)が判明した場合、現行の法制度では、結局警察に届け出なくてはならないことになる。それでは、これまでと何も変わらないじゃないかということから、B、Cグループが現れてきた。しかも、Aグループの意見に基づいて作られたモデル事業は、なかなか取扱数が増えず、また、臨床医の間から不評も買ったので、現政権では、事業仕分にあったものの、一部の方々の間で、寄付金による制度維持をしようと話が進められているようだ。しかし、臨床医の間で不評なものが、そのような形で維持できるかというと、それも不透明であり、じり貧な状態にある。
そんな中台頭してきた、B、Cグループではあるが、その意見に整合性があるわけでもない。Bグループは、画像検査の導入を進めようとするが、Cグループからみれば、そもそも、死体の内部をみる死後画像検査など異状死届け出には不要であり、余計な検査はしないでほしいということにもなる。
それぞれ、医師の権利や、現在の医療を守りたいという観点から生じた意見であるが、国民の安全・安心という観点からみた場合、根本的に解消できない問題が出てくる。
医師が心筋梗塞や肺炎で亡くなったと考え、病死と考えていても、死亡までの経緯次第で他殺だったなどということはありうることだし、また、外表検査や画像検査で、異常を残さない犯罪死(毒殺)などもかなりある。そのため、B、Cの案に従い、捜査機関と連携せず、死亡までの経緯に関する情報を得ず、医師が外表検査や画像検査だけで、単独で犯罪性を判断し、犯罪性のあるものだけを警察に届け出るなどということを始めると、こうした他殺事例が、ざるのように見逃され、国民の安全が損なわれてしまう可能性がある。
明らかな病死以外のすべての死を異状死と解釈する法医学会の異状死ガイドラインは臨床医に不評である。そうした批判の根拠として、「医師法で異状死届け出義務を定めたのは、犯罪発見の端緒のためであって、本来犯罪だけを医師は届け出ればいいので、犯罪ではない診療関連死は異状死に含むべきではない」という意見がある。B、Cグループの意見はそうした意見をベースとして出てきたものでもある。しかし、診療関連死ではない、通常の犯罪死事例に関して考えたとき、B,Cグループの意見に従うと、異状死届け出自体が犯罪発見の端緒にさえならなくなってしまうことが多々出てくるので、理論的に大きな矛盾を抱えることになる。
こんな状況なので、診療関連死の問題は、くんずほずれつで、いつまとまりがつくのか、不明な状態である。
現在、海外における診療関連死に取扱いに関して、政府が調べた形跡はない。それが、議論の頓挫の一因になっているような気もする。政府による海外視察を含め、一度充分議論をし、検証したほうがいいように思えるが、、
|
医師法21条の違反者には,刑事罰(50万円以下の罰金)が科せられます。法医学会のガイドラインは,「行政判断として届け出るのが望ましい異状死」の範囲としては適切ですが,「届出義務違反者には刑事罰を科すべき異状死」の範囲としては広過ぎます。「異状死」を後者の意味で用いるのならば,Cグループ以外の定義はありえないと思います。
「望ましい」と「罰すべき」の間にグレイゾーンが生じるのは異状死に限らず,普遍的な社会現象といえるのではないでしょうか。自動車のスピード違反も「法定速度+10km/h以下」であれば見過ごされるといわれますし,軽犯罪法違反者が全員逮捕・起訴されるわけでもありません。児童虐待防止法と高齢者虐待防止法は,被虐待者を発見した一般人に通報義務を課していますが,罰則はありません(他方,明らかな虐待死を検案した医師が届出を怠れば,文句なく医師法21条違反です)。
刑法の根本原則である「人権擁護」と「謙抑性」の保持のためにも,グレイゾーンの存在は不可欠ともいえます。検察が大野病院事件でグレイゾーンの壁を破壊しようと企てたのは大いなる過ちといわざるをえません。
2011/12/29(木) 午後 7:15 [ a_flow_of_water ]
医師法21条違反への刑罰をどう考えるかですね。他の国でも異状死届け出義務違反には罰金刑などが科されるそうですが、実際はそれで罰せられた者はいない国が殆どのようです。本来は、犯罪死であったことを十分認識していたのに、故意に届け出なかったことについて、罰せられるべきなのでしょう。実際、医師が異状死届け出をしなかったために、見逃された犯罪は山ほど存在していますが、今までその件で医師が罰せられたことはなく、その意味では、医療過誤であると認識していなかったものは、届け出なくても罰せられないいとしていいのではないかと思います。しかし、広尾病院事件などでは、警察や検察が別件逮捕的な理由として異状死届け出義務違反を、医療過誤のみに適用しようとしたことから、他の犯罪事例との間で、変な矛盾が起きています。また、異状死届け出をしない状況を生み出したのは、面倒な捜査や解剖をしたがらない警察や検事自身の普段の態度のせいでもあるのですが、彼らは全く自覚しておらず、大いに問題だと思います。
2011/12/30(金) 午前 10:27 [ ももちゃん ]
>本来は、犯罪死であったことを十分認識していたのに、故意に届け出なかったことについて、罰せられるべきなのでしょう。
全く同感です。医師法21条違反の罪はあくまで故意犯であって,過失犯ではないのだから。
ただ,この点に関して法医学会内部でコンセンサスは成立しているのかどうか。
小生は1994年の法医学会ガイドライン制定時の経緯については詳細を知りませんが,今日のようにガイドラインが独り歩きして別件逮捕など捜査当局のオモチャにされる危険性は,議論の中で指摘されていたのでしょうか?
個人的な意見ですが,大野病院事件で医師法21条違反に基づく起訴がなされた際,「刑法の謙抑主義と罪刑法定主義の原則を踏みにじる暴挙である」旨の抗議声明を,法医学会は公式に発するべきであったと思います。曲がりなりにも法医学者は,他の医師よりも法を知る立場にあるのですから。
法医学会がこの件で傍観者的立場に終始したことは,「法医学者は警察・検察と結託して医師の人権の抑圧に手を貸している」旨の臨床医からの批判に,ますます正当性を与える結果を招いてしまったのではありませんか。
2011/12/30(金) 午後 11:39 [ a_flow_of_water ]
法医学会の中で、医療事故を届け出ないことが、異状死届け出義務違反で有罪あるいは逮捕されるべきだと考えている者は、私の知りうる範囲ではおりません。一方で、この件で、すべてが法医学会のガイドラインのせいであると決めつけ、法医学者の話を聞こうとしなかった方々が多かった現実もあり、そのような状態では、まともな議論にさえならなかったのではないでしょうか。大野病院事件の件ですが、裏でどのような経緯があるのか不明な初期の段階では、不当逮捕と抗議する理由を見つけ出すことは困難だと思います。明らかな医療過誤を故意に隠ぺいした事実が確認できなかったなど、すべてが出そろった段階であるのなら可能だとは思います。当時は、検察側に隠し玉があるなどともいわれておりました。いずれにせよ、この件も、法医学の関与のない中で、臨床医同士の争いを検察側が利用したような面もあり、変な裁判でした。
2012/1/4(水) 午前 8:37 [ ももちゃん ]
ところで、過失犯を届け出ない場合、医師法21条違反にならないわけでもないと思います。たとえば、同僚医師が加害者である交通事故で亡くなった事例をあえて隠ぺいすれば、それも犯罪隠しですから、異状死届け出義務違反になるでしょう。むしろ、過失致死事案も含めた犯罪性を認識し、それを故意に隠ぺいしていたかどうかが、ポイントになると思います。広尾病院では、隠ぺいに関して、ある程度故意性が認定され、大野病院事件では、そもそも、医療過誤でないということから、そこには、犯罪性も何もないということになったのだと思います。
2012/1/4(水) 午前 8:43 [ ももちゃん ]
>大野病院事件の件ですが、裏でどのような経緯があるのか不明な初期の段階では、不当逮捕と抗議する理由を見つけ出すことは困難だと思います。
業務上過失致死罪の当否は不明としても,医師法違反の訴因が不当であるのは明らかなのですから,法医学会は,ガイドラインを制定した当事者として,その目的外流用・悪用に抗議するのは当然ではありませんか?“当該ガイドラインは,臓器移植法制定に先立って,行政判断として届け出るのが望ましい異状死の範囲をできるだけ広く定義したものであって,刑事罰を科すべき対象を規定したものではない”ことを明言しなければなりません。それをせずに他人事の如く傍観するのは,「後は野となれ山となれ」といわんばかりの態度で,当事者としては無責任の謗りを免れ得ないでしょう。臨床医が法医学者・学会を非難するのも当然です。
自戒を込めて言いますが,法益保護偏重・人権保障軽視で処罰範囲を闇雲に拡げたがる警察・検察的思考様式に,法医学者はともすれば染まりがちになってはいないでしょうか?
2012/1/6(金) 午前 0:15 [ a_flow_of_water ]