裁判 

[〜京都地裁] [大阪高裁〜] [〜最高裁〜]
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[『それしか言いようがありません』金君子(1998.7.21)]
[『3月30日判決に対して』住民(1998.3.30)]
[『2月23日判決に対して』住民・守る会(1998.2.23)]
[『私はウトロに生きて、死にます』 姜慶南(1998.1.30)]
[『声明文』ウトロ町内会・ウトロを守る会(1998.1.30)]
[『声明文』韓国:ウトロ地域同胞後援会(1998.1.30)]
[『判決文(簡易版)』京都地裁(1998.1.30)]
◆ 『判決文(簡易版)』京都地裁(1998.7.17)
[新聞報道(1998.1.30-)]
[1998.1.30報告(含画像)]

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[ウトロニュース No.34(1998.3.15)]
[ウトロニュース No.35(1998.4.15)]


 
『判決文(簡易版)』 京都地裁(1998.7.17)


平成一〇年七月一七日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成元年(ワ)第二二二一号 建物収去土地明渡請求事件(第一事件)
平成元年(ワ)第二二六七号 建物収去土地明渡請求事件(第二事件)
平成元年(ワ)第二六八二号 建物収去土地明渡請求事件(第三事件)
平成二年(ワ)第四八号   建物収去土地明渡請求事件(第四事件)
平成五年(ワ)第二三九六号 建物収去土地明渡請求事件(第五事件)
平成五年(ワ)第二三九六号 建物収去土地明渡請求事件(第五事件)
口頭弁論終結日 平成一〇年五月八日

判決

被告鄭○○は、原告に対し、別紙物件目録○○記載の建物を収去して、同目録○○記載の土地を明け渡せ。


  事実及び理由


第一       請求
第二   本案前の主張
第三    事案の概要
第四 争点に対する判断
第五       結論

 
第一 請求


  1. 第一事件
    主文ないし第四項と同旨及び仮執行宣言
  2. (以下事件略 青ひょん

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第二 本案前の主張
  1. 被告らの主張
    1. 本件訴訟は、建物収去土地明渡訴訟であるから、本件訴訟の対象になっていない住宅地、駐車場、道路等との利害衝突を避けるためにも、また、被告らの占有権原が判決により肯定された場合に被告らの利益を守るためにも、被告らがそれぞれ占有する土地の範囲を強制執行が可能な程度に特定しなければならない。
    2. ところが、訴状別紙図面の原図の作成及び作成目的は不明であり、その正確性や信頼性を裏付ける具体的な証拠がないうえ、原告が被告らの占有する土地の境界を右紙図面上の任意の数点を適当に結んだ線で画しているにすぎず、同図面上の基準点も曖昧であるから、被告らが占有する土地を割り出すことができない。
    3. したがって、右別紙図面によっては、本件訴訟において明渡しの対象となっている土地は特定されていないから、原告の本件各訴えはいずれも不適法であり却下されるべきである。

  2. 原告の反論
    1. 所有権確認請求訴訟における土地の範囲の特定の程度と建物収去土地明渡請求訴訟における土地の範囲の特定の程度とは異なる。すなわち、所有権確認請求訴訟は、確認の訴えであり、専ら既判力のみをもって現在及び将来の紛争を解決することを目的とするから、対象となる土地の地番及び範囲を明示し、その位置及び範囲を現地で具体的に特定しうる図面が要求される。これに対し、建物収去土地明渡請求訴訟は、給付の訴えであり、強制執行を開始しうる要件を作出することを目的とし、建物収去土地明渡請求権は任意の履行と強制執行のいずれによっても消滅するのであるから、現地で対象となる土地を識別するのに必要十分な図面であれば足りる。
      しかも、本件訴訟は、原告所有の数筆の土地の一部での強制執行を目的としており、原告と他の土地所有者との利害衝突はありえないから、原告に対象を特定する必要はない。
    2. 原告は、平山桝夫こと許昌九から「伊勢田ウトロ現況図 S=1:500」を入手し、これを縮小複写して訴状別紙図面を作成した。そして、右伊勢田町ウトロ現況図は、宇治市道路台帳と同一性があり、家屋の取り壊しや増改築などの変動を空中写真、現地調査、建物表示登記の建物図面によって修正されているから、その正確性や信頼性を疑う余地はない。
    3. 右別紙図面によれば、被告らが所有する建物と第三者が所有する建物とを混同することはないから、被告らが所有する建物の敷地、すなわち本件訴訟の対象土地は特定されている。
    4. 原告は、被告らに対し、現地の測量に協力するように求めたが、被告らが拒否したので、原告としては右紙別図面以上に正確な図面を提出することはできない。
    5. 以上より、原告の本件各訴えはいずれも適法である。

  3. 当裁判所の判断
    1. 甲二八、二九、及び三六並びに弁論の全主旨によれば、原告が本件建物土地明渡対象物件の特定のために用いている別紙「伊勢田町ウトロ現況図=1:500」(以下「本件ウトロ現況図」という。)と各被告別に請求対象物件ば拡大された別紙一アないし五イ図(以下「本件別紙図面」)という。は以下の経過で作成されたことが認められる。
      すなわち、宇治市は、国際航業株式会社に発注して、昭和五九年三月から空中撮影、測図、現地調査を経て、昭和六〇年一二月三〇日に縮尺五〇〇分の一で調整した宇治市道路台帳測定基図を作成した。右測定基図の建物表示の正確性については、昭和五九年三月当時の表示としては、測量法に基づく誤差の範囲内にある。但し、建物の表示は、軒先(屋根の先端)表示であり、床面積表示とは異なり、また、ウトロ地区については昭和五九年三月以後の変化(新築、増築、解体等)は表示されていない。
      宇治市は、昭和六一年二月ころ、ウトロ自治会長であった許昌九から、下水路管理と将来の上水道敷設のため、引込経路と建物位置、使用者、居住者の確認の必要があるとして、ウトロ地区の図面の交付の依頼を受け、右道路台帳測定基図(改訂前のもの)からウトロ地区の部分だけを抜き出したウトロ現況図(原図)を作成し、許昌九に交付した。右作成の際、複写による焼き付けの伸びが生じたが、東西方向約三一〇メートルにつき約一メートル程度にとどまっている。また、本件ウトロ現況図は、右作成後の家屋の取り壊し、増改築などの変動を、現地調査、空中写真、建物表示登記の建物図面により修正が加えられたものである。原告は、許昌九からウトロ現況図を入手し、これを縮小複写して訴状ないし訴状訂正申立書の別紙図面とした。
    2. 建物収去土地明渡請求の債務名義において収去されるべき物件の特定の程度については、具体的な事件において、その債務名義に基づいて執行に当たる執行機関が執行対象たる物件を他の物件と明確に識別できる程度の特定記載があれば足りると解すべきである。(中略 青ひょん)執行機関が別紙物件目録、本件ウトロ現況図及び本件別紙図面により収去対象たる建物を他の建物と明確に識別することは可能であると認められるから、請求の不特定の違法はないというべきである。
    3. 本件土地についてみると、(中略 青ひょん)執行機関が他の土地と明確に識別できる程度の特定記載はあると認められ、不特定の違法はないというべきである。
    4. 以上より、本件各訴えが請求の不特定により却下されるべきであるとの被告らの主張は採用できない。

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第三 事案の概要
  1. 本件(第一ないし五事件)は、原告が、京都府宇治市伊勢田町ウトロ五一番及び同市伊勢田町中ノ荒六〇番地等の通称「ウトロ地区」と呼称される約六四〇〇坪の土地(以下「ウトロ地区の土地」という。)を所有しているが、被告らが右土地の一部に建物や駐車場を設けて不法に占有しているとして、所有権に基づき建物収去土地明渡し及び駐車場の土地明渡しを求めた事案である。

  2. 「ウトロ地区」の沿革 以下の事実は、争いがない事実の他、文中に記載の証拠及び弁論の全主旨により認定できる。

    1. 昭和一三年末、通信省が全国各地に飛行場と航空乗員養成所を建設する構想を発表した。昭和一四年、その構想の具体化として、国際工業株式会社(昭和一六年、日本航空工業株式会社と合併して、日本國際航空工業株式会社になった。)が設立され、京都府内においては、当時の久世郡佐山・御牧両村近辺が「京都飛行場」の用地と定められ、通信相航空局飛行場(三〇万坪)、同乗員養成所(二万坪)、國際工業飛行場(二二万九〇〇〇坪)、同予備地(二万2000坪)、同工場(四〇万坪)の各施設の建設が計画された。これらの施設の設計・施工は京都府が請け負い、大倉土木等の建設会社が下請として工事を請け負った。右工事には多数の朝鮮人労働者が従事したが、これらの者とその家族はウトロ地区の飯場小屋に住居していた。京都飛行場の建設に従事した朝鮮人がどのような経緯で渡航してきたのかについては、全体として明らかではない。
      ウトロ地区の土地所有権は、昭和一五年六月二九日に北川半兵衛から日本國際航空工業株式会社に譲渡された(乙一)。
    2. 昭和二〇年の終戦に伴い、右計画は廃止され、右朝鮮人労働者は、引き続きウトロ地区に居住し、飯場小屋を改修したり、家屋を新築したりして現在に至っている。また、戦後、他から移り住んできた韓国・朝鮮人も多数存する。現在、同地区には、約八〇世帯、約四〇〇人の韓国・朝鮮人が居住し、民族学校や自治会が組織されている。
    3. 日本國際航空工業株式会社は、昭和二一年二月二七日、日國工業株式会社(以下「日国工業」という。)に商号変更され、昭和三七年八月一日、日産車体工機株式会社(「日産車体工機」という。)に吸収合併された。同社は、昭和四六年六月一日、日産車体株式会社(以下「日産車体」という。)に商号変更された(乙一)。


  3. 争点
    1. 原告の本件土地の所有
      (原告の主張)
      日産車体は、昭和六二年三月九日、許昌九に対し、ウトロ地区の土地を代金三億円で売却した。許昌九は、昭和六二年五月九日、原告に対し、右土地を四億四五〇〇万円で売却した。
      (被告らの主張)
      ウトロ地区の土地の実質的な所有者は、買受け資金を提供した株式会社金澤土建(以下「金澤土建」という。)である。

    2. 被告らの本件各土地の占有
      (原告の主張)
      (一)被告○○は、本件一1(二)建物を所有して、本件一1(一)土地を占有し、かつ、本件一1(三)土地を占有している
      (二以下一〇まで、中略 青ひょん

      (被告らの主張)
      いずれも否認する。被告らがウトロ地区内で現実に占有する各土地は、原告の請求対象である本件各土地と異なるので、被告らの本件各土地に対する占有の事実はない。

    3. 所有権の取得時効
      • (一)一〇年又は二〇年の占有と取得時効の意思表示
        (被告らの主張)
        (1)被告鄭○○は、昭和二五年六月一日、ペ某から本件一1(三)土地をバラック付きで代金五〇〇〇円ないし五万円で購入して、引渡しを受け、昭和三五年六月一日が経過するまでの一〇年間占有を継続し、更に背負うわ四五年六月一日が経過するまでの二〇年間占有を継続した。また、○○は、昭和三七年三月三一日、広瀬某から本件一1(一)土地をバラック付きで代金二五万円で購入して、引渡しを受け、昭和四七年三月一日が経過するまでの一〇年間占有を継続し、更に、昭和五七年三月三一日が経過するまでの二〇年間占有を継続した。
        鄭○○は、昭和五九年九月六日に死亡し、子である被告鄭○○が右両土地の所有権を相続した。
        被告鄭○○は、原告に対し、第三二回本件口頭弁論期日において、右両土地について一〇年以上又は二〇年の取得時効を緩用する意思表示をした。
        (2以下10まで、(中略 青ひょん))

        (原告の主張)
        被告らの占有開始時期についてはいずれも不知。


      • (二)一〇年の取得時効についての無過失
        (被告らの主張)
        右(一)(1)ないし(6)、(9)及び(10)の被告らは、それぞれ一〇年の取得時効を主張する土地の占有を始めたとき、その土地の所有権が自己に属すると信じたことに過失がなかった。なお、原告は後記のとおり主張しているが、右被告らは、右占有の開始当時、いずれも登記制度についての知識がなく、右各土地についての登記名義等を調査することは期待できなかったであるから、登記の記載を確かめなかったとしても、右被告らに過失があったとはいえない。

        (原告の主張)
        右被告らの無過失については、いずれも否認する。右被告らは、右各土地についての登記名義を調査し、土地所有者についてウトロ地区内外の人に尋ねれば、右各土地の所有権の帰属を容易に知ることができたはずである。


      • (三)原告の背信的悪意
        (被告らの主張)
        原告は、被告らの登記欠缺を知りながら、被告らまたは第三者に高価で売却して利益を得る目的で所有権を取得した。したがって、被告らの登記欠缺を主張するについて正当な利益を有しない背信的悪意者であるから、被告らは、原告に対し、登記を具備しないで時効取得を主張することができる。

        (原告の主張)
        争う。


      • (四)他主占有権ないし他主占有事情
        (原告の主張)
        被告らが占有した土地は、占有開始当初はいずれも明確な区画や境界もないような状況にあったから、不法占拠であることは明らかであった。被告らの占有取得時における対価の支払いも建物ないし不法な土地占拠の承継に対する対価にすぎない。後記第四の三5(四)の本件要請書の文面からは、被告らの所有権の主張があるとはみられない。

        (被告らの主張)
        被告らは、相当の対価を支払って本件各土地を購入し、また、本件各土地上に大金を投じて建物を建築しているので、所有の意思がある。
        本件要請書では、被告らに所有権があることを前提に登記手数料相当額を対価として登記上の所有名義の移転を請求した趣旨にすぎないうえ、被告らを含むウトロ住民の中には、本件要請書に署名ないし捺印をしなかったり、内容を理解していなかったとする者も多かったので、本件要請書の存在が被告らの所有の意思と矛盾するものにはならない。


    4. 第三者(被告ら)のためにする契約に基づく売買予約完結権の行使
      (被告らの主張)
      1. 日産車体と許昌九は、昭和六一年一二月ころ、以下のとおり合意した。
        1. 日産車体は、許昌九が設立する会社にウトロ地区の土地を代金六億四〇〇〇万円で一括売却する。
        2. 右会社は、ウトロ住民のうち希望者に対し各戸の敷地分を分割して売却する。
        3. 右売却価格は、右一括売却する六四〇二坪よりウトロ地区内の道路敷及び水路敷の面積を差し引いた有効地面積で代金六億四〇〇〇万円を除した坪単価に各戸の敷地面積を乗じて得られた価額とする。

      2. 日産車体と許昌九は、昭和六二年三月九日、右 1. ないし 3. の合意に基づいてウトロ地区の土地の売買契約を締結し、許昌九は日産車体に手付金五〇〇〇万円を支払った。
        許昌九らにより、昭和六二年四月三〇日に原告が設立され、同年五月九日に許昌九と原告との間で右 1. ないし 3. の合意を前提としたウトロ地区の土地の売買契約が締結された。

      3. 以上より、要約者を日産車体、諾約者を原告、受益者をウトロ住民とする第三者のためにする契約が成立しており、被告らを含むウトロ住民が下の区から各々占有する土地の売買予約完結権を取得する内容となっている。

      4. よって、被告らは、第三三回本件口頭弁論期日において、原告に対し、右契約を享受する意思を表示して売買予約完結権を取得するとともに、右売買契約権を行使したので、本件各土地について売買契約が成立し、被告らが所有権を取得した。

      (原告の主張)
      日産車体と原告との間には契約関係は存在しない。また、日産車体・許昌九間及び許昌九・原告間の売買契約においても、ウトロ住民が直接日産車体から権利を取得する条項は含まれていない。

    5. 地上権設定契約の締結
      (被告らの主張)
      ウトロ住民には水道管が敷設されておらず、井戸水の水質も悪化していたため、住民は、昭和六一年六月七日、「ウトロ地区に水道敷設を要望する市民の会」を発足させ、同年八月一日、宇治市に対し水道管敷設の陳情を行った。これを受けた宇治市は、日産車体に対し、ウトロ地区における水道管敷設に同意するよう要請した。そこで、日産車体は、昭和六二年二月一二日、宇治市に対し、水道管敷設に同意する旨通告するとともに、同日、ウトロ自治会長の許昌九に対し、右通告書の写しを送付した。
      日産車体は、ウトロ住民の土地利用状況を認識し、その利用状況が継続されることを前提として右通告をしたものであり、ウトロ住民のため、建物所有を目的とする地上権を設定する旨の約定をしたものというべきである。
      さらに許昌九は、右約定後に本件各土地の所有権を取得し、その旨の登記を経由したが、ウトロ自治会長として日産車体が水道管敷設を同意した経過を熟知していたし、右同意の通告が地上権設定契約の成立に当たることを知っていたので、右地上権について被告らの登記の欠缺を主張する正当の利益を有していない。したがて、被告らは、許昌九、ひいては原告に対して右地上権を対抗することができる。

      (原告の主張)
      日産車体は、宇治市に対して人道的見地からウトロ地区の水道管敷設を同意したのであって、ウトロ住民の占有継続を容認したものではない。また、自治会長に対する通知も単なる事務連絡にすぎず、地上権設定契約の意思表示ではない。さらに、許昌九がウトロ地区の土地を買い受けることが前提となっていたから、日産車体がウトロ住民との間で地上権設定契約を締結することはありえない。

    6. 弁護士法七三条違反ないし信託一一条違反
      (被告らの主張)
      ウトロ地区の真の土地所有権者は、金澤土建であり、原告は、被告らを立ち退かせることだけを目的として設立され、金澤土建から本件各土地の所有権を譲り受け、訴訟等の手段によって右所有権の内容を実現するきおとを業としているものである。したがって、原告が本件各土地を譲り受けた行為は、弁護士法七三条又は信託法一一条に違反し、民法九〇条により無効というべきである。

      (原告の主張)
      原告は、反履継続的に他人の権利を譲り受けて訴訟等により権利の実行をしようとする者ではないから、弁護士法七三条に違反するものではないし、他人間の法的紛争に介入し、司法機関を利用しつつ不当な利益を追求する者ではないから、信託法一一条に違反するものではない。

    7. 権利濫用
      (被告らの主張)
      許昌九は 1. ウトロ住民が継続して居住できるように水道管埋設コースを決定し、工事を完成させ、 2. ウトロ自治会長として住民に分割販売するためにウトロ地区の土地を日産車体から格安に購入し、 3. その購入のために原告を設立し、 4. 昭和六二年九月五日付けの本件回覧で、ウトロ地区の土地が住民に分割販売される旨の公告をし、 5. ウトロ地区の土地の所有名義が下の区になったことを明らかにせず、 6. 新聞紙上においても、ウトロ地区の土地を住民に分割販売する旨を述べていた。
      他方、日産車体は、 7. ウトロ住民の居住経過を認識していたため、住民に対して土地の明渡しを求めず、 8. ウトロ住民に対し、ウトロ地区の土地の売却を申し込み、 9. ウトロ地区の原告を介して住民に売却されるものと考えて原告に売却し、 10. 新聞紙上でも、ウトロ地区の土地が住民に売却される旨述べていた。
      以上の事情からすると、本件請求は、権利濫用である。

      (原告の主張)
      許昌九や原告が、ウトロ地区の土地売買に関与するに当たっては、暴利を得ようとする意図はなかったし、原告がウトロ地区の土地を住民に分譲するために努力してきたにもかかわらず、住民らがこれを拒否したことから、本件訴訟を提起したものである

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第四 争点に対する判断


  1. 原告の本件各土地の所有(争点1)

    甲一、六、一〇(中略 青ひょん)及び弁論の全趣旨によれば、次の1ないし3の事実が認められる。
    1. 日産車体は従来、ウトロ地区の土地を工場用地として使用する方針を有していたが、昭和五七年頃までには住民から土地の明渡しを受けることは困難であると判断し、一括売却することにした。そして、昭和五八年一月ころから、宇治市の仲介により、ウトロ自治会長であった許昌九に対し、ウトロ地区の一括売却を申し出た。これを受けて、許昌九は、昭和五九年ないし昭和六〇年ころに在日本大韓民国居留民団京都地方本部長である河村英夫こと河炳旭などと相談して、住民全体による土地管理組合を設置することとしたうえで、同管理組合がウトロ地区の土地を一括で買い取ることを計画し、日産車体と十数回にわたって交渉を重ねた。
      日産車体は、昭和五九年一一月一日、許昌九に対し、ウトロ地区の土地を代金六億四〇〇〇万円で一括売却したい旨申し込み(乙二)、昭和六〇年一〇月三一日、右申入れについての回答を求めた(乙三)。そのため、ウトロ地区において住民集会が二回開催されたが、結論を出すには至らなかった。そして、昭和六一年春ころ、許昌九が日産車体に対し、ウトロ住民は、一括買受けに賛成する者、その可能性のある者、反対の者に三分し、住民全体では買い取ることは不可能である旨の回答をしたため、住民に一括売却する計画は打ちきられた。

    2. しかし、日産車体は、当時、経営状況が厳しかったので、ウトロ地区の土地を一括売却する方針に変更はなく、昭和六一年末ころから、許昌九個人に対し一括売却する交渉を進めた。許昌九は、当初、資金面から買取りには消極的であったが、日産車体の強い要請を受け、昭和六二年二月ころ、日産車体との間で、昭和六二年三月九日、許昌九がウトロ地区の土地を住民に売却するとの条件は契約条項に入れないこととし、さらに、住民に土地が分譲された際における日産車体に対する金銭要求を回避するための免責条項と、第三者に対する登記名義移転条項を設けることとして、ウトロ地区の土地(宇治市伊勢田町ウトロ五一番、五一番七ないし一三、同町中ノ荒六〇番、六〇番三三ないし三七、同町南山二一番二)二万一三三三・六一平方メートルを代金三億円で売り渡す旨の契約を締結し(甲一八)、日産車体に対し、右契約に基づき手付金五〇〇〇万円を支払った

    3. その後、許昌九は、河炳旭に対し、右手付金相当額の融資を依頼して、昭和六二年二月から三月にかけて五〇〇〇万円の融資を受け、さらに、「日産車体に残代金を支払い、土地を買い取ったうえで、住民に分譲したいけれども、残代金の資金を集められない。」と言って、残代金の融資方を相談した。そこで、河炳旭は、信用組合大阪商銀(以下「大阪商銀」という。)と交渉したところ、(1)貸付先として法人を設立すること、(2)河炳旭が連帯保証することを条件に融資の承諾を得た。
      右条件を受けて、河炳旭は、許昌九と相談のうえ、資本金一〇〇万円を出資して、昭和六二年四月三〇日に原告を設立し、河炳旭の養父である吉田重光が代表取締役に就任した(昭和六三年九月一四日に辞任。)
      そして、許昌九は、原告との間で、昭和六二年五月九日、ウトロ地区の土地を代金四億四五〇〇万円で売り渡す旨の契約を締結した(甲六)。
      大阪商銀は、原告に対し、ウトロ地区の土地に極度額五億円とする根抵当権を設定した。日産車体は、原告から残代金を受領し、許昌九の指示に基づき、中間省略により原告に対する土地所有権移転登記手続を行った(甲一)。
      以上の事実によれば、原告は、許昌九から売買によりウトロ地区の土地の所有権を取得したことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。なお、後記六の認定事実のとおり、金澤土建は、原告に対して融資を行い、また、原告の社員権を取得しているが、右事実から、直ちに金澤土建がウトロ地区の土地の実質的な所有者であるということはできない。

  2. 被告らの本件各土地の現在の占有(争点2)

    1. 被告らは、各答弁書において、訴状別紙図面(以下「旧別紙図面」という。)に基づいて主張された本件各建物の所有と各土地の占有について認め、更に、被告ら自身ないし被告らの近親者の報告書(中略 青ひょん)、証言(中略 青ひょん)、本人尋問の結果(中略 青ひょん)においても、本件各建物の所有や本件各土地の占有の事実を認めていた(中略 青ひょん)。また、被告(中略 青ひょん)は、同被告らが「占有し所有権を主張する土地と本件土地の同一性については正確な測量をしてないので若干の相違があると考えられる」と述べながら、「ここでは便宜上同一性があることを前提として主張を展開する」と述べていた。
      しかし、被告らは、本件第三三回口頭弁論において、本件各土地の特定と本件各土地と被告らが現に占有している各土地との同一性を否認するに至った。ただし、本件各建物については、被告らは、「旧図面(旧別紙図面)を参考に目的家屋に達することは可能であろう」と述べており(被告ら平成八年九月二〇日付け準備書面)、本件各建物の所有の事実は認めたままである。

    2. ところで、旧別紙図面は、各々基点となる前記第二の三2記載の基本電柱から本件各土地の角の一点までの距離と各辺の長さが記載され、赤斜線で当該土地部分が示された図面と、本件各建物が記入されている本件ウトロ現況図とほぼ同じ内容の図面に当該土地部分を赤斜線で示した図面からなる。この旧別紙図面により表示された各土地と本件別紙図面により表示された各土地とを比較してみると、被告(中略 青ひょん)に対する明渡請求部分について修正されているものの、他の被告らの明渡請求部分については、各辺の長さと同一の基本電柱からの距離も同じであり、右両図面の同一性が認められる。
      そして、本件各土地は、前記第二の三のとおり、別紙物件目録、本件ウトロ現況図及び本件別紙図面により特定されているが、被告(中略 青ひょん)を除く被告らは、その特定された図面と同一性の認められる図面に基づいて各々本件各土地の占有を一旦は認めたのであり、しかも、その後に請求不特定の主張をするに至ったものの、特に本件各土地の位置や形状について具体的な相違点を主張していない以上、右被告らによる本件各土地の占有の事実を否定することはできない。

    3. 被告(中略 青ひょん)に対する請求部分については、本件の「ウトロ五一番地」の土地と同土地の南にある「新中ノ荒二〇番(旧別紙図面上「農林省所有地」とされている。)」の土地との境界線が、本件別紙図面においては、旧別紙図面よりも南に約四メートル閉口移動されているものの、本件一3(二)建物はいずれの図面においても右境界線に跨っていることから、同被告の報告書及び本人尋問の結果を合理的に解釈すれば、同被告は本件別紙図面上の右境界線のさらに南にある実線部分に相当する所まで占有していることが確認され、したがって、本件別紙図面により拡張されたところについても、被告(中略 青ひょん)が占有している事実が確認される。
      また、被告(中略 青ひょん)に対する請求部分については、本件別紙図面では、被告が申し立てた京都地方裁判所平成二年(ヨ)第五〇八号処分禁止仮処分決定に添付された土地所在図及び地積測量図(甲三〇)で示されたところと同じになるように修正されているから、同被告が、本件二1(一)土地を占有している事実は優に認められる。
      以上のとおり、前記第三の三2(一)ないし(一〇)の各、事実、すなわち、被告らがそれぞれ本件各建物を所有し、本件各土地を占有している事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

  3. 所有権の取得時効(争点3)

    1. 一〇年又は二〇年の占有(争点3(一))
      1. 被告鄭○○の父鄭○○は、その来日の時期や理由は不明であるが、昭和二五年六月一日、本件一1(三)土地上のバラックをペ某から譲り受けて、居住し、昭和三七年三月三一日、本件一1(一)土地上にあるバラックを広瀬某から譲り受けて、そこに転居し、昭和四七年ころ、物置等として使用していた本件一1(三)土地上のバラックを取り壊して、跡地を駐車場として利用し、昭和五六年ころには本件一1(一)土地上にあるバラックを取り壊して、跡地に本件一1(二)建物を新築し、そこに居住していたが、昭和六〇年九月六日に死亡し、被告鄭○○が相続した(乙二九、被告鄭○○)
        すなわち鄭○○は、昭和二五年六月一日から昭和四五年六月一日が経過するまでの二〇年間にわたって本件一1(三)土地を、昭和三七年三月三一日から昭和五七年三月三一日が経過するまでの二〇年間にわたって本件一1(一)土地を、それぞれ占有していた。そして、鄭○○は、昭和五九年九月六日に死亡し、その子である被告鄭○○が右両土地の占有権を相続した。

      2. (2. 〜10.中略 青ひょん

    2. 被告(中略 青ひょん)は、原告に対し、本件口頭弁論期日において右1の各占有に基づく二〇年の取得時効を援用する旨の意思表示をした(当裁判所に顕著な事実)。

    3. 10年の取得時効についての無過失(争点3(二))
      右1の認定事実から被告(中略 青ひょん)については、二〇年間の占有が認められるが、被告(中略 青ひょん)は、一〇年の取得時効の成立を主張するので、右被告らがそれぞれ本件五1(一)土地のうち、本件五1(三)及び(四)建物の敷地部分と本件五2(一)土地の占有を開始するに当たり、これらが自己の所有に属すると信ずるにつき過失がなかったか否かについて検討する。
      被告(中略 青ひょん)は、本件五1(二)土地をそれぞれ売買により取得した旨主張するが、不動産売買においては、当事者は、当該不動産に関する登記簿謄本や権利書等を調査したり、隣接土地の所有者等から直接事情を聴取する等して、権利関係を確認すべきであり、かかる労を全くとることもせずに、漫然と前主の言葉を信用して売買により自己の所有に帰したものと信じたとしても、他に特段の事情の認められない限り、一〇年の取得時効の正否を考えるに当たっては、占有の始めに過失があったといわざるを得ない。
      前記1(九)及び(一〇)の認定事実のとおり、被告(中略 青ひょん)は、大正六年一二月九日、大韓民国慶尚南道で出生し、昭和初期に来日し、建築業を営んでいたが、昭和三七年六月ころからウトロ地区に転居したものであり、被告(中略 青ひょん)は、昭和二一年二月一〇日、香川県で出生し、神戸市内の中学校を卒業後、建築関係の仕事をし、昭和五一年六月三〇日にウトロ地区に転居したものであるから、右被告らに対し登記簿謄本の調査等による権利関係の確認を求めることが酷であるといえるような特段の事情は認められない。
      そして、右被告らは、登記簿謄本や権利書等を調査したり、隣接土地の所有者等から直接事情を聴取するなどの確認をしたことを認めるに足りる証拠はないから、占有の始めに自己の所有権があると信じるにつき過失がなかったとはいえない。
      よって、被告(中略 青ひょん)につき、一〇年の取得時効は成立しない。

    4. 原告の背信的悪意(争点3(三))
      1. 前記1の認定事実によれば、被告(中略 青ひょん)の各取得時効期間が満了したのは、昭和四五年四月末から昭和六二年二月一〇日までの間であるが、原告は、昭和六二年五月九日に本件各土地の所有権を取得しており、さらに、登記も具備しているから(争いがない。)、右被告らは、原則として、原告に対し、時効取得を主張できないが、原告において、右被告らの取得時効による所有権取得についての登記の欠缺を主張することが真偽に反するものと認められる事情がある場合には、原告は右被告らの登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有しないので、右被告らは、原告に対し、登記なくして所有権取得を対抗することができると解すべきであるから、原告について右事情があるか否かを検討する。

      2. 原告がウトロ土地を取得した後の経緯につき、乙六、一〇、一九及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
        すなわち、許昌九は、河炳旭の求めにより、昭和六二年五月二二日から原告代表取締役に就任し、ウトロ住民に対し、同年九月五日付けの「ウトロの土地について日産車体からの申し入れに関してのお知らせ」と題する文書(以下「本件お知らせ」という。)を作成して、回覧に付した。右文書には「先般、別紙添附の書面の通り、日産車体から、当ウトロの土地についての申し入れがありましたとき、既に御承知のように、二度ばかり町内集会で相談しましたが何等結論を得ないまま、今日まで経過してきたのですが、この度、日産車体から、前回申し入れの一括売却が困難であるなら、一旦、別会社に所有権を移転の上、私共の要望どおり、希望者には各戸に分割して売却してもよいとの申し入れがありました。尚、分割売却の場合は、道路敷、水路敷分の負担があるので一括売却時の価格よりは割高になる事を御了承されたいとの事です。希望者があれば申し込みを受付けるという事ですので、皆さんにお知らせする次第です。詳しく知りたい方はご連絡下さい。」と記載されている(乙六)
        また、河炳旭は、昭和六二年ころ、京都商銀の成音亨理事長に対し、住民による土地買受け資金の全額融資を依頼し、その承諾を得て、杉本を担当者として、ウトロ住民に対し、数回にわたり、土地分譲の交渉をさせたが、合意に至らなかった。
        そこで、原告は、ウトロ土地対策委員会委員長に対し、昭和六三年九月一日付け通告書(乙一〇)。すなわち、本件通告書には、「地元の皆様方との間で数回に亘り話し合いが行われていますが、未だに貴殿方の買取りについての明確な返答がなく今日に至って居ります。特に当社としましては、当物件購入資金借入時の保証人からの強い要望もありまして、地元の皆様に買取って貰うべく、利害を超越して誠意ある条件を提示しましたが、聞き入れられず残念至極でる。依ってここに次の点につき本通告書をお送り致します。

        当ウトロの物件を下記の条件で早急に買取るよう申し入れするものです。
        日産車体株式会社からの購入価格に登記料利息及びその他付帯経費を含めた金額。此の通告書到着後10日以内に当社まで売却諾否を御回答下さる様お願い致します。」
        と記載されている。

      3. 許昌九は、十数年間、ウトロ自治会長も努めていたので、ウトロ地区の経緯については認識していたといえるが(乙一九)、更に、被告らが取得時効により各占有土地の所有権を取得しているとの認識まで有していたことを認めるに足りる証拠はない。しかも前記一2の認定事実のとおり、許昌九は、もともと日産車体から、ウトロ地区の土地を購入するように強く働きかけられたのであって、当初、資金難から購入には消極的であったが、最終的には日産車体からウトロ地区の土地を購入した。
        そして、右(二)の認定事実の通り、許昌九は、日産車体からウトロ地区の土地を購入した二か月後に、ウトロ住民に対し土地を分譲するため、原告にウトロ地区の土地を売却した。河炳旭も、ウトロ地区の土地を住民に分譲するという許昌九の趣旨に賛同し、購入に向けて説得したり、住民が購入しやすいように京都商銀からの融資を取り付けたりしていたのである。さらに、原告が予定していた住民に対する売却価格も、原告自身の利益を最初から除外していたことが認められる(乙一〇)。
        ただ、許昌九は、河炳旭に対し、日産車体からの買入価格が実際は三億円であるにもかかわらず、四億円であると述べて虚偽の説明をしており(甲七)、原告への売却価額四億四五〇〇万円との差額である一億四五〇〇万円をどのように処分したのか明らかでないし、また、ウトロ地区の土地の所有名義が日産車体から許昌九を経て原告に移転していることをウトロ住民に明らかにしないまま、ウトロ自治会長として住民に土地の購入を働きかけているなど(乙六)、許昌九自身に不審な点があったことは否定できない。
        しかしながら、原告の設立経緯や設立後の住民との交渉経過をみても、河炳旭や吉田重光に利益を得ようという意思があったとは認められないのであり、また、許昌九が原告の代表取締役に就任したのは、原告が許昌九からウトロ地区の土地を購入した日の後であることからすれば、少なくとも、原告について、被告らが登記を経ていないのを奇貨として、被告らに対し高値で売りつけて利益を得る目的をもって、ウトロ地区の土地を買い受けたということはできない。
        よって、原告において、右被告らの取得時効による所有権取得についての登記の欠缺を主張することが信義に反するとの事情は認められないから、被告らの背信的悪意の主張には理由がない。
        以上より、被告(中略 青ひょん)の各時効取得は、原告に対抗できない。

    5. 他主占有権原ないし他主占有事情(争点3(四))
      1. 被告(中略 青ひょん)にいついて取得時効の成否を検討するに、原告は右被告らには所有の意思がなかったと主張するところ、民法一八六条一項によれば、占有者は所有の意思をもって占有するものと推定されているが、占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情が証明されるときは、占有者の内心の意思のいかんを問わず、その所有の意思を否定し、時効による所有権取得の主張を排斥しなければならない(最高裁判所昭和五八年三月二四日第一小法廷判決・民集三七巻二号一三一頁参照)。

      2. 前記1(三)の認定事実のとおり、被告(中略 青ひょん)の父(中略 青ひょん)は昭和四三年七月二〇日に本件一3(二)建物を新築したが、その敷地である本件一3(一)土地の入手経路については全くの不明である。
        また、被告(中略 青ひょん)は昭和三五年一〇月一〇日、本件一4(一)土地の一部を妻の伯父の(中略 青ひょん)から贈与を受けたと主張するが、彼(注:文中は名前 青ひょん)が同土地をいかなる権原に基づいて占有していたのか明かではなく、同被告自身、「彼が使っていたので彼のものだと思っていた。」という程度の認識しか有していないし、また、同被告は、昭和四三年九月七日、本件一4(一)土地の残部と本件一4(二)建物を金本某から代金二八〇万円で買い受けたと主張するが、その際、登記の確認もせず、売買契約書も作成せず、領収書も在しないのであり(乙一七、被告)、しかも、他に同被告の主張に沿う証拠はないので、同被告が本件一4(一)土地の右各土地の所有権を贈与や売買により取得したと認めることはできない。
        したがって、被告(中略 青ひょん)につき、本件一3(一)土地又は本件一4(一)土地の占有取得の原因である権原の性質によって、右被告らの所有の意思を判定することはできない。
        そこで、以下において、右被告らによる本件一3(一)土地又は本件一4(一)土地に関し、それが所有の意思に基づくものと認めるべき外来的客観的な事情が存在するかどうかを検討する。

      3. まず、日国工業は、昭和三六年ころ、ウトロ地区の住民に対し、同地区の土地の一括売却を申し入れたが、受け入れられず、朝鮮の財界や日本の不動産会社に対しても一括売却を試みたが、これも実現できなかったため、昭和三七年六月三〇日ころ、「当社所有の京都府宇治市伊勢田町ウトロ五一番地地上に貴殿は何等当社に対抗すべき権原なくして建築物を所有しその敷地並に周辺畑地等を不法に占有中であります、当社はかかる行為を許す訳には参りません、よって来る昭和三七年十一月三十日までに右地上の建物並に農作物を収去して右土地を当社に明渡されるよう催告します。」との土地明渡しの催告をウトロ地区に居住していた(中略 青ひょん)ら七六世帯の世帯主に対して行った(甲一〇、甲一一)。
        日産車体工機も、昭和三八年ころから昭和四二年ころにかけて、納富弁護士や米村正一弁護士を通して、朝鮮総連の役員、ウトロ地区の住民代表らとの間で、売却、立退、移転等の様々な方法を検討し、十数回にわたって折衝を重ねたが、交渉はまとまらなかった(甲一〇、乙一五、一九)。
        右のとおり、日国工業ないし日産車体工機は、ウトロ住民に対し、土地の明渡しを求めるなど多数回にわたし住民代表らと交渉していたのであり、しかも、本件土地問題は全住民の生活の基盤にかかわる重大事項であることからすれば、日国工業や日産車体工機がウトロ地区の土地の明渡しを求めていることは、ウトロ住民の相当数が認識していたと推認される。

      4. 次に、ウトロ住民の対応をみると、(中略 青ひょん)は昭和四五年二月、ウトロ住民を取りまとめ、以下の内容の要請書(以下「本件要請書」という。)を作成し、これに(中略 青ひょん)を含むウトロ地区の九一名が署名捺印したことが認められる(甲一三)。
        すなわち、「宇治市伊勢田町ウトロ五一番地内に住んでいる私たちは過去戦争苛烈の時期に京都飛行場建設及日本国際航空工業株式会社(日国)の工場建設のため昭和一五年五月頃から三十年間本人は勿論その子孫親戚たちが引き続き住みついております。昭和二十年八月終戦后は此処の地主であった日国会社は解体され飛行場建設業務も中止されて私たちは酷使の后、何一つ生活の保障もなく、修羅場の様な敗戦社会に余儀なく、ほうり出されたのであります。それ以来、私たちは一寸の風でも、くらつき、少しの雨でもじゃじゃもりする当時の掘立小屋で古バケツで雨水を受け、古傘を室内でさし乍ら夜が漸く明ければ空地を耕し、或は屑を拾い集めて右往左往しながら凄惨極まるどん底の生活でその日、その日の命をつなぎつつ今日に及んだのであります。私たちは戦時中は一億一心とか、同じ皇国臣民とかで総動員体制の下でより以上の酷使・ぎゃくたいされて来たものの一朝にして外国人となり戦争のため私たち本国は二分され何の社会的保障も、自分の国え帰る自由でさえもないまま、あらゆる艱難辛苦を堪えつつ住みついている次第であります。私たちは日本の法律もあまり悉く知りませんのですが過去の日国会社は解体され、財産なども清算処分したとのことを聞いておりますが、私たちの住んでいる此処ウトロの土地は私たちが永遠に何時までも住んでいて良いものと思っておりました。ところが最近になって、どうしてどうなったのか、地主がどうして何時変わったのか知らないうちに過去の日国でない日産車体会社から意外にも辯護士を差向けて半分空けとか、全部立退けとか言っておりまして私たちは各自意思に依って自分の国えも自由に帰ることも出来ないし三十年も住みついたここにも居住する権利がないとすれば日本法律では、こんなにも私たちの生活権利が剥奪されているのかと思えば、いても立ってもおられません。一日の糧を求めるための日雇労働も手がつきません。このまま土地を私たちに売って下さいと言ってもあまり売る気もないそうでどんなにすれば良いのか途方にくれて唯悲憤に満ちているばかりです。私たちはどうしてもここを離れられない状態におかれてあります。皆は何としても既得権利を主張し生活権を守り居住権を固守するため一致団結しております。そして、どうしても買いましょうと話が一致して交渉や手続をするため左の様に代表者も選出しました。会社では特にご詮議の上私たちに売って下さる様おはからい下さいます様要請いたします。
           昭和四十五年二月  日
           京都市宇治市伊勢田町ウトロ住民一同
           選出代表者(中略 青ひょん)」

        そして、宇治市は本件要請書を受領し、日産車体工機との間の仲介の労を取るように要請されたので、昭和四五年三月三〇日、同社代理人米村正一弁護士に対し、「宇治市伊勢田町ウトロ五一番地の日産車体工機株式会社所有地内に多年居住する住民の代表として文判祚外六名より同土地を譲り受けたい旨の申し出がありました。」としたうえ、同社にその旨伝えて円満に解決するように依頼する文書を添えて本件要請書を送付した(甲一四)

      5. そこで、本件要請書について検討するに、これを取りまとめた鄭○○は、朝鮮総連の前身に当たる団体の役員やウトロ地区にある民族学校の教師を務めており(以上につき被告鄭○○)、ウトロ住民から絶大な信望を得ていたこと、本件要請書に記名のある選出代表者はウトロ地区の役員ないし幹部であり、本件要請書は右選出代表者と鄭○○が相談して作成したものであること、本件要請書を作成した当時、ウトロ地区の土地問題は全住民の生活の基盤にかかわる重大問題となっており、地区の集会所等に集まって話し合われていたことに鑑みると(以上につき、乙二三・二七(金○○本人調書))、本件要請書は、住民の一部の者のみによって恣意的に作成されたものではなく、ウトロ住民多数の意向をふまえて作成されたものであることが認められる。
        そして、本件要請書の内容をみると、「此処の地主であった日国会社は解体され」「最近になって、どうしてどうなったのか、地主がどうして何時変わったのか知らないうちに過去の日国でない日産車体会社から意外にも辯護士を差向けて半分空けとか、全部立退けとか言っておりまして生活に脅威を受けております。」「このまま土地を買いましょうと話が一致して交渉や手続をするため左の様に代表者も選出しました。会社では特にご詮議の上私たちに売って下さる様おはからい下さいます様要請いたします。」と記載されており、ウトロ住民が当時の日産車体工機から土地を買い取ることによって土地問題を解決しようとしていたことは明らかである。このように、ウトロ地区の土地の所有権者が日国工業ないし日産車体工機であることは、ウトロ住民の共通認識であったと認められるべきであり、しかも、住民の代表者が土地の売却を要望するなど、自己が所有者であることと矛盾する行動に出たものということができる。これに対し、被告らは、本件要請書は、被告らが土地所有権を有することを前提にした登記名義移転の要請に過ぎないと主張するが、本件要請書の文面からはそのように解することはできない。

      6. なお、本件要請書の末尾には、被告(中略 青ひょん)の署名捺印が存するが、被告(中略 青ひょん)は本件要請書の内容について説明もなく事情がわからないままに署名したと述べ(被告(中略 青ひょん))、同(中略 青ひょん)は父(中略 青ひょん)の署名捺印が本人の意思に基づいてされたことを認めない(被告(中略 青ひょん))。
        しかし、前記(三)の認定事実のとおり、昭和四五年ころにはすでにウトロ地区の土地問題は顕在化していたのであり、本件要請書のおおよその内容も知らずに署名したとの被告(中略 青ひょん)の供述は不自然であり、採用し得ない。
        また、被告(中略 青ひょん)についても、前記1(三)の認定事実のとおり、昭和一五年ころからウトロ地区の飯場に住んでおり、ウトロ地区の土地が第三者の所有であったことは知っていたと認められ、昭和三七年ころから日国工業や日産車体から明渡しの催告等を受けていたにもかかわらず、これに対して異議を述べたと認めるに足りる証拠もなく、異議を述べないことは、所有者としての通常の態度であるとはいえないし、本件要請書と異なる意向を有していたことを窺うべき事情も見い出せない。
        以上のとおりであり、被告(中略 青ひょん)は、外形的客観的にみて、原告ないしその前主の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものというべきであるから、それぞれ本件一3(一)土地、本件一4(一)土地を占有するにつき所有の意思があったと認めることはできず、被告(中略 青ひょん)の主張を採用することはできない。

  4. 第三者(被告ら)のためにする契約に基づく売買予約完結権の行使(争点4)

    1. 前記一2及び3の認定事実のとおり、日産車体は、許昌九に対し、昭和六二年三月九日、ウトロ地区の土地を代金三億円で売り渡す旨の契約を締結し、その後、許昌九は、河炳旭が同年四月三〇日に設立した原告との間で、同年五月九日、ウトロ地区の土地を代金四億四五〇〇万円で売り渡す旨の契約を締結したのであって、日産車体と原告との間には明示の契約関係は存在しないが、右の各契約を全体的、実質的に解釈して、日産車体と原告との間に第三者(被告ら)のためにする黙示の契約が存すると認められるか否かについて検討する。

    2. 特定の契約における第三者のためにする約旨の存在は第三者がその契約に基づき直接契約当事者に対して特定の権利を取得するための要件であるから、第三者が特定の契約に基づき直接その契約当事者に対して特定の権利を取得することを主張する場合には、第三者においてその契約に第三者のためにする約旨の存在したことを立証する責任があると解すべきである(最高裁判所昭和四三年一二月五日第一小法廷判決民集二二巻一三号二八七六頁参照)。
      右の日産車体と許昌九間の売買契約の契約書(甲一八)第9条(3)には、「乙(許昌九)は住民への分譲に当り、本件物件に関しまたはその他のいかなる理由によっても、甲(日産車体)に金銭その他の要求をしないものとする。」とあり、許昌九と原告間の売買契約の契約書(甲六)第9条(2)には「乙(原告)は、住民への再分譲に当たり、本件物件に関しまたは、その他のいかなる理由によっても甲(許昌九)に金銭その他の要求をしないものとする」、同第13条には、「売買地域内に居住する、住民達の立ち退き及び分譲に関しては、甲(許昌九)、乙(原告)協議の上住民達にできるだけ優遇し優先的に処理する事を確認する。」とあり、ウトロ住民に対する分譲がされた際における日産車体又は許昌九に対する金銭要求を回避するための免責状況とウトロ住民を優遇する旨の道義的条項が置かれているものの、いずれの売買契約においても、買主がウトロ地区の土地を住民に分譲する義務を負うとは明示されておらず、かえって、日産車体の担当者は、ウトロ地区の土地は住民に売却されることが望ましいが、許昌九にウトロ地区の土地を売却する以上、その売却に当たって、許昌九がウトロ地区の土地を住民に売却することを条件にすることができないと判断していたことが認められる(乙一四)。さらに、右各売買契約締結当時においても、住民の一部には日産車体から無償で土地を譲り受けることを主張していた者がいたことから(甲二一、乙一九)、許昌九ないし原告に対して住民への土地の分譲義務を負わせたとしても、その義務の完全履行は事実上困難な状況にあったことも推認される。
      なお、日産車体は、宇治市水道事業管理者に対し、昭和六二年二月一二日付けの「ウトロ地区用地に水道管埋設同意の件」と題する文書(乙四)において、「当社といたしましては、当該地区における未解決の諸問題と同時に解決をはかるべく鋭意努力してまいりましたが、なお時日を要する見込みであります。つきましては、地元自治会長等と協議し、同意も得ましたので、水道管設置をとりあえず先行させることにいたしたく、基本的に敷地内に埋設することに同意いたします。」との通知をし、ウトロ自治会長許昌九に対し、昭和六二年二月一二付けの「ウトロ地区用地内水道管敷設同意書文書送付ご連絡について」と題する文書(乙五)において、「ウトロ地区用地内に宇治市水道局の水道管を敷設する件について先日御同意をいただきましたので、別添のとうり宇治市水道事業管理者に対して同意文書を送付いたしますから、ご連絡いたします。」との通知をしたことが認められる。
      被告らは、乙第四号証中の自治会長の「同意」は、日産車体がウトロ住民(受益者)に対し、各人が占有する土地の売買予約完結権を与える旨の日産車体(要約者)と原告(諾約者)との間の第三者のためにする契約を前提にするものであると主張するが、乙第四号証の送付を知らせる乙第五号証をみると、自治会長の右同意は明確に水道管を敷設することについての同意であると記載されており、被告らの主張は採用し得ない。
      そして、他に、日産車体と原告との間に、第三者たる被告らに各人が占有する土地の売買契約完結権を与える旨の黙示の契約が存在したことを証するに足りる証拠は存在しないから、第三者のためにする契約が存するとの被告らの主張を採用することはできない。

  5. 地上権設定契約の締結(争点5)

    1. 被告らの主張は、日産車体がウトロ自治会長に対する水道管敷設同意の連絡(乙五)を通じて、被告らウトロ住民との間で、その占有する土地について黙示の地上権設定契約を締結したということにあると解されるので、以下検討する。

    2. 従来、ウトロ地区には水道管が敷設されておらず、井戸水の水質も悪化していたため(乙一一)、ウトロ住民は、昭和六一年八月一日、宇治市に対し水道管敷設の陳情を行い(甲一六)、これを受けた宇治市が、日産車体に対し、ウトロ地区における水道管敷設に同意するよう要請したところ、日産車体は、昭和六二年二月一二日、宇治市に対し、水道管敷設に同意する旨通告するとともに(乙四)、同日、ウトロ自治会長の許昌九に対し、右通告書の写しを送付したことが認められる(乙五)。
      日産車体は、従来から被告らウトロ住民は不法占拠者であると認識しており、その占有を証人することはなかったが(甲一二の2)、前記一2の認定事実のとおり、昭和六一年末ころから、許昌九に対し、ウトロ地区の土地を売却する交渉を進めており、同六二年二月ころには、日産車体と許昌九は、ウトロ地区の土地を一括して売買することで基本的に合意していたことから、水道管敷設を同意しても日産車体としては不利益とならず、かつ、土地の買受人である許昌九の判断に委ね、同人が水道管敷設に同意したことから(乙五)、日産車体は宇治市に同意書を送付したものと推認される。

    3. 右のとおり、日産車体の水道管敷設への同意は、ウトロ地区の土地の許昌九に対する一括売却を予定して行われたものであることが推認され、さらに、同時期に無償で協力な用益物権である地上権を設定することは通常考えられないことであるから、日産車体のウトロ自治会長に対する水道管敷設同意の連絡が、ウトロ住民の現実の土地利用状況を認識して行われたものではあるとしても、建物所有を目的とする地上権設定契約を締結する旨の黙示の意思表示を意味することはできない。

  6. 弁護士法七三条違反ないし信託法一一条違反(争点6)

    甲二一、乙一〇、一九、二一、二八及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

    1. 河炳旭は、昭和六三年七月ころには、ウトロ地区の土地の住民への分譲は、住民の反対が強く非常に困難であると認識するようになり、また、大阪商銀から返済要求を受けるようにもなったので、ウトロ地区の土地からは手を引くことに決め、連帯保証人から外れることを条件に原告の社員権を他に譲渡することとし、杉本忠一にその交渉を委任した。

    2. 杉本忠一は、昭和六三年七月六日、三栄地所株式会社(以下「三栄地所」という。)代表取締役大野通治、稲本八十八と交渉したところ、大野通治と稲本八十八は、金澤土建代表取締役金澤特明と協議し、(1)金澤土建が原告に融資すること、(2)原告と金澤土建が共同して分譲マンション建設を行うこと、(3)金澤土建は原告に対する債権担保のために原告の社員になることについて合意した。

    3. 原告は、ウトロ土地対策委員会委員長に対し、昭和六十三年九月一日付け通告書(乙一〇)を送付し、ウトロ地区の土地の買取りを求めたが、返答がなかったため、ウトロ住民に対する分譲は不可能であると最終的に判断した。許昌九も、同月八日に原告の代表取締役を辞任し、杉本忠一が同月一四日から同年一一月二一まで原告の代表取締役を務めた。また、原告につき、同年一一月二一日、稲本八十八と金澤土建が社員権を取得するとともに、稲本八十八が代表取締役に就任した。

    4. そして、原告と金澤土建は、三栄地所との間で、昭和六十三年一一月二二日、ウトロ地区の分譲マンション建設事業を行うため、原告と金澤土建を委託者、三栄地所を受託者として、明渡交渉も含めた開発業務を委託し、対策費として二五億円を支払うことなどを内容とする業務委託契約を締結した(乙二八)。
      以上のとおりであり、金澤土建が現在に至るまでウトロ地区の土地の所有権を有したことはなく、したがって、原告が金澤土建から右所有権を譲り受けたとは認められず、さらに、金澤土建から信託を受けたとも認められないから、弁護士法違反ないし信託方違反に関する被告らの主張はいずれも前提事実を欠き、採用し得ない。

  7. 権利濫用(争点7)

    1. 原告がウトロ地区の土地を取得したことについて背信的悪意者であったとは認められないことは、前記三4で述べたとおりであるから、以下、原告が本件訴訟に至った経過において権利濫用を基礎づける事実が存するかどうかについて検討する。前記三4の認定事実の他、甲二一、乙一〇、一九、証人南晟佑によれば、以下の事実が認められる。
      許昌九は、日産車体から分譲の申入れがあった旨の文書(乙六)を回覧し、また、原告は、杉本を担当者として、数回にわたりウトロ住民と土地分譲の交渉をさせた。しかし、ウトロ住民は、昭和六三年三月ころ、ウトロ地区の土地の所有名義が原告に移転していることを初めて知り、許昌九や原告に対し不信感を抱き、同年七月ころ、ウトロ地区内で同地区の土地の転売が行われるのではないかとの噂が広まったため、ウトロ土地対策委員会を結成し、許昌九に対し、ウトロ地区の土地所有権移転と原告の代表取締役就任について数回にわたり追求したが、同人は「何も知らない」としか回答しなかった。
      他方、河炳旭も、昭和六三年七月二三日ころ、ウトロ住民と直接交渉をし、原告がウトロ住民に対して売却する代金よりも贈与にかかる税金の方が高くつくなどと説得したけれども、ウトロ住民からはあくまでも日産車体から無償にて譲渡を受けることを主張し、原告がウトロ地区の土地所有権を日産車体に戻すことを要求したので、合意には至らなかった。
      原告は、ウトロ土地対策委員会委員長に対し、昭和六三年九月一日ころ、本件通告書(乙一〇)を送付し、日産車体株式会社からの購入価格に登記料利息及びその他付帯経費を含めた金額での買い取りの申入れを行ったが、右申し入れによる買い取り価額が必ずしも明らかではなく、また、ウトロ住民側も積極的に買取を希望しなかったために合意には至らなかった。
      更に、河炳旭はウトロ住民の買い取り反対が強くなり、大阪商銀の理事から「この件から手を引くように・・・。」との署名電話が数回あったことを聞かされ、大阪商銀の信頼を大きく失ってしまったと感じたほか、大阪商銀から原告への融資金の返済を強く求められるようになり、当初の目的であったウトロ地区の土地の住民への分譲を断念せざるを得なくなった。
      以上の事実が認められ、これらの事実をもとに判断すると、前記三4(三)の認定事実のとおり、許昌九が不審な行動をとったことは非難されるべきであるとしても、河炳旭はウトロ住民に土地を分譲するため、分譲価格の決定や融資において可能な限り尽力していたことが認められるから、同人が住民へ土地を分譲することを断念して、原告の社員権を他に譲渡したことはやむを得ないことといわざるを得ないし、また、原告の新しいオーナーがウトロ地区をマンションとして開発することにしたことについても非難することはできない。

    2. 次に、被告らは、京都飛行場の建設に従事していた朝鮮人労働者に対して戦後何らの保障もしないで放置してきた国や日産車体の責任の重大性を主張しているが、確かに、前記三1の認定事実のとおり、被告らの中には本人又はその家族が京都飛行場建設に従事していた者がおり、戦後、職場を失い、苦しい生活に堪えながら、ようやく現在の生活の拠点を築き上げたことが推察される。
      しかしながら、原告は、前記一及び三4(三)の認定事実のとおり、当初はウトロ住民へ土地を分譲するために在日本大韓民国居留民団京都府地方本部長であった河炳旭により設立された会社であることを考慮すると、国ないし日産車体の責任を承継すべき立場にあるわけではないから、右の主張は原告の所有権行使を制御すべき理由にはならない。
      よって、原告の本件請求は、権利濫用であるということはできない。

  8. 明渡し土地に含まれない土地の収去義務の範囲
    平成一〇年一月二三日付け訴状訂正申立書添付図面別紙一ウの記載によれば、本件一3(二)建物(被告(中略 青ひょん))の一部には原告が明渡しを求める土地に含まれていない部分(以下「本件はみ出し部分」という。)が存することが認められるが、建物収去は土地明渡請求の手段ないし履行態様であって、土地明渡しと別個の実態法上の請求ではないから、明渡しを求める土地に含まれない部分は原則として収去の対象とならない。
    しかしながら、本件はみ出し部分は建物の僅かの部分を占めるに過ぎず、右建物のうち原告が明渡しを求めている土地に含まれている部分のみを収去した場合、その余の部分は倒壊することがほとんど確実であり、仮に倒壊しないとしても、存続する部分は建物としての経済的効用はほとんどないものと認められるのに対して、右被告が明渡しを求められている土地に含まれている建物部分の収去を任意に履行しないため原告においてその代替執行をなす場合は、原告に不可能を強いる結果となることを考慮すると、右建物の収去義務は右建物の全部に及ぶものというべきである。

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第五 結論


以上によれば、原告の各請求は、いずれも理由があるからこれを容認し、訴訟費用の負担についき民訴法六一条、六五条一項本文を適用し、仮執行宣言の申立てについては相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

京都地方裁判所第六民事部  
裁判長裁判官 松本信弘  
裁判官 河田充規  
裁判官 菊井一夫  



※ 判決うち殆どの部分を転載しました。長文+読みにくいものであると思います。まとめようと作業しておったところ、「あれもこれも書かな判らんな(^^;」と思い直し、上の様になった次第です。現在、住民、弁護士、守る会などで読解・今後の方針を検討中です。尚、「この判決は、被告内に時効成立者がいることを示唆しつつ「原告に対抗できない」ため負け」と読める、、、という被告弁護士の読解があったのですが、後日マスコミを通じて裁判所に問うたところ「、、、時効は認めていない、、」という裁判所の返答があったということです。うーむ。どういうことなのかしらん。(青ひょん

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