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いたい、いたいよ。
肩から全身に響くように痛みが走ってるよ。
まるであたしの体を内側から食い尽くすように虫がはいずりまわってるみたい。
苦しくて、苦しくて、動けない。
あたしは今、どこにいるんだろう。
どうすれば、この痛みから救われるんだろう。
「ルル、しっかり!」
アイちゃんの声が聞こえる。
けれども姿は見えない。
そう言えばなんにも見えない。
辛うじてわかるのは、匂いだ。
この匂いは間違いなく、ネガティブタイドの本部の……幹部レベルのみんながよく集まるラウンジ。
ジュースバーとかいろいろと置かれていて、くつろぐには何かと便利な場所だ。
そしてこのフカフカな感触は……うん、ソファだ。
うーん、コーラ飲みたいけど、多分、今飲んだら吐くかな、これ……。
「ルル姉様!
アイ様、いったいどうしてこんな……!」
シノが我を忘れて叫んでいる。
そこにアイちゃんがなだめるように、優しい声をかけてくれた。
「迂闊だったわ……例の二人組がルルを仕留めるために仕組んだ罠だったのよ。私が野生化ソリティアンから逃がした子を、ルルがソリティアンにしようとしたところを狙われて……」
「ライジング・ハーツ……どこまでも厄介な存在ね」
このひんやりとした声は……バニラかな?
「バニラ、マグス様から何かご提案はないの?一応、側近でしょ?」
「マグス様はあくまで研究者。法律関係の問題や未知の細胞異常とかならともかく、私達にふりかかった困難を自力で乗り越えることを望んでいるわ」
やっぱりね。
バニラの言うとおり、マグス様はあたしらの司令官とか、そんな大層な人じゃない。
あたしらの生活や権利を守ってくれるような存在だ。
ネガティブタイドを組織したのも、ソリティアンのバックアップと自らの研究……ソリティアン細胞の有効活用を効率的に行うためだし。
そもそもあたしって、なんでネガティブタイドの幹部やってんだっけ?
狙った相手をソリティアンにする確率高いから?
それとも野放しにしてると面倒だから?
いやいや、確かアレよ、アルちゃんを支えるために幹部になったんよ。
……あれっ?
そう考えると、あたしって、今ってなしてネガティブタイドの幹部やってんのかなー……?
「私としてはルルの怪我の治りが遅いのが気になるわ。ルル、何かいつもと違う感覚とかない?」
強いていえば、気分が乗らない。
なんてポツリと言ってみたら、全員が息を詰まらせおった。
「……バニラ様、ルル姉様は深刻です」
シノちゃんが神妙な声で報告する。
「ええ、そっとしといて上げたいんだけど……アイちゃんはどう思う?」
「明日、大学が真っ二つに割れるんじゃないかって心配してる」
全員真剣すぎる。
「なによー、あたしがセンチメンタルっちゃいけないんですかい?」
不服だ、実に不服だ。
あたしだって気持ちは乙女なんですから、感傷的になりますよ。
つーかそれより身体の異常をどうにかしてほしい。
「そんなことより目が見えなくて、体が痛いんですけど、なんとかなりません?」
「出来る限りの検査したけど、異常なしよ。声も元気ないし、ひょっとして精神的に参ってない?」
予想通りの回答と問いがやってきた。
「ないと思うよー、バニラやアルちゃんと違ってアイちゃん優しいし、最近は一人で静かに過ごす時間も増えたし」
いや、ホント、アイちゃんがマジメすぎてアルちゃんより働くもんだから、本部ではあたし一人で寂しい。
シノもマジメに大学行っちゃってるし。いや、あたしも昼間は大学でバニラに押し付けられた教授業やってますけれども。
「ルル、なんで泣いてるの?」
「あれっ、あたし、泣いてる?」
アイちゃんの突然のコトバに、私は思わず戸惑った。
やだ、なんで、そんな……。
涙なんて、らしくないっつーか……不自然なタイミングすぎるでしょ……。
「しばらく独りにしてくんないかな」
あたしは肩を落として体を横にした。
あ、ようやく目が見えてきた……。
「わかったわ。アイちゃん、シノちゃん、行きましょう」
そして三人は出て行ってくれた。
けれども、一人だけ残っていた。
「……リオちゃん、なにしてんの」
「やっぱりわかりました?」
青と白のスタイリッシュなピエロ衣装に身を包んだ……いや、見えてないんですけど、気配でわかったんで、とにかく、リオちゃんが姿を現した(らしい)。
「アル様がいない間、ルル様のお守りもしないとなーって思いまして」
「それは余計なお世話かなー」
アルちゃんの相棒であるリオちゃんの手を仕事以外で煩わせるなんて、あたしのプライドが許さん。
「それじゃお話でもしときます?」
「それ、ありがたーい」
それぐらいならほんと有り難い。
今は痛みをまぎらわしてもらえるのが一番だ。
「そういやリオちゃんとじっくり話すのって、初めてかも」
「活動してるとことかまるっきり違いますからねー。ルル様の後始末とか、けっこー大変なんですよ?」
そう言えば、いつもあたしの粗相の痕跡なくしてくれてるの、リオちゃんの班だったっけ。
「いっつも悪いって思ってんだけどね。なかなか言えなくてヤキモキしてた」
思い出してちょっとだけ切なくなる。
けれどもリオちゃんはいい子だった。
「まあまあ、適材適所。ルル様みたいに大胆に動いてくれるから、私達の仕事もあるってもんです」
ははは、皮肉っぽいけど、悪くないや。
いたた……なんか、話題変えたい。
なにかこう、あったかなー。
……そうだ、最近疑問なこれでも訊いてみよー。
「ねえ、リオちゃん。あたしらって、どうして人間をソリティアンにしちゃおうって思うのかな」
「細胞にある本能じゃないんですか?」
そう思うよね。
もしくはそう思わされてるんだかなんだか。
「あたしの考えはちょっぴり違う」
「聞かせてください」
リオちゃんは優しい声で言ってくれた。
「同じ仲間を求めてるんじゃないかな」
「……なかま」
「そう、仲間。一人が寂しいからソリティアンにしちゃおうって考えちゃうんじゃなかな」
「でも、それではソリティアンとしての力が衰えて……」
「普通に暮らすのに、力って必要かな。あたしらみたいに戦う相手や救いたい仲間がいるなら必要だけろうけど。それに根幹である病気とかへの耐性やケガの直りの早さ、開花した種の力が消えるわけじゃないでしょ」
痛みを堪えながら、あたしは滔々と持論を語った。
実はバニラに環境心理学の教授を引き継いでから、いろいろ考えた仮説の一つだ。
まあ……アイちゃんの考えも含んではいるんだけど。
「……ルル様、やっぱりバカに見えて凄い」
誉められちゃった。いや、褒めてんの?
「えっへん。あ、あと様づけやめちゃって。アルちゃんの代わりに幹部になったわけだし、そもそも様付けされるの苦手なんよ」
「そうですか、じゃあそうします」
あっさりしてんなー、この子。
「いちちちち」
油断すると痛みが走りやがりますね。
「大丈夫ですか?」
「ダメかも」
痛みだけでなく、いろんな意味で。
正直、ネガティブタイドの将来を憂う。
アルちゃんの脱退でネガティブタイドはバラバラだ。バニラはイチモツあるみたいだし……。
いろんなコをソリティアンにしたけど、心許せるシノとアイちゃん、いずれ戻ってくるに違いないアルちゃんも、ここのソリティアンだ。
だから、あたしの居場所は結局ここだけ。
あたしだけの、特別。
「ルルさん」
と、リオちゃんが早速若干砕けた感じで名前を呼んでくれた。
同時に視力が復活する。
リオちゃんの片手に片手に黒い液体の入った注射……それはいくらなんでも砕け過ぎじゃないでしょーか。
「なにそれ」
あたしは殺意を込めて言った。
「ソリティアン細胞を活性化させるためのお薬だそうです。バニラ様から、もしよかったらって……」
バニラと訊いて、あたしはそれを反射的に弾いた。
注射器はパラリと割れてあたしの部屋に砕け散った。
「あたしにはあたしなりのやり方があるから」
「でもバニラ様からの……」
「いいから!」
あたしはらしくないくらい叫び、怒鳴り散らした。
その剣幕に、リオちゃんは怯えていた。
あたしは心の中でゴメンと一言だけ謝って、ズキズキと痛む足を引きずりながら自分の部屋へと戻った。
そして深緑のベッドへ飛び込み、大きく息を吸う。
部屋はマッサン……いわゆる幸福の木やら観音竹とか大きな観葉植物で満たしている。
こいつら観ているだけで幸せになれる。
「ルル、大丈夫?」
アイちゃんが入ってきた。
しまった、鍵を閉め忘れていた。
まあ、アイちゃんならいっか。
「アイちゃんなら大歓迎」
アイちゃんはあたしの傍に座り、頭を撫でてくれた。
こんなにもお姉さんキャラだったのか、この子。
ていうか、この子って、確か。
痛みが引き、頭の前の方が疼く。
何かこう、随分前から知っているって。
「姉さんがいないと、こんなに脆い組織だったなんて」
「それでも形は取り繕わないと。あたしはアイちゃんを立派なアルちゃんの後継者にしてみせる」
記憶をよそに私は決意を語る。
そう言うと、アイちゃんは少しだけ悲しい顔をして見せた。
「わたしは、きっと姉さんにはなれない」
そして、唇を噛み締める。
「それでも、姉さんの守りたかった物は理解したつもり。だからそれを守る」
その顔を観た瞬間。
―
人間だった頃の記憶、少しだけ蘇った。
「うん、それでいいよ、紅葉」
あたしはにっこりと笑って、彼女の人間の頃の名前で呼んだ。
「どうして、その名前で?」
「忘れたの?あたしと紅葉、同じ部活だったでしょ」
そう、日向大付属高校の空手部……。
痛みが引けば引くほど、人間立った頃の記憶が蘇る。
完全に思い出した時、あたしはきっと、あの薄汚い人間に戻ってしまうのだろうか。
それだけはイヤだ。
それだけはイヤだ。
それだけはイヤだ。
と言いつつも、言ってしまうわけで……。
「坂上千香。アンタの先輩よ」
「千香先輩……?真逆じゃないですか、昔と」
ええ、そうです。
部活に打ち込んでた時は色気ゼロの体育会系でした。
でもある日、レイプされまして、その日を境にいろいろと、ね……。
「と言うわけで、先輩から後輩にお願い。冷蔵庫にある瓶に入った青い液体と黒い液体を頭の花にぶっかけてくだされ」
「は、はあ……」
曖昧な返事だけど実行してくれるところは変わらんなぁ、紅葉のやーつぅ。
そしてあたしは、青と黒の液体を頭からかけてもらえた。
「これ、なんなの?」
「培養してたソリティアンウイルス」
「ウイルス!?」
アイちゃんは軽く引いた。
そりゃそうか。
菌なんて、聞こえ良くないもんね。
「いろんな菌にソリティアン細胞を移植してみたの。そしてあたしに新しい力くれないかなーって」
「そんな簡単に行くわけ……」
「行きそうだよ、なんだかピンピンしてきた」
おうおう、痛みも引いてきた。
「こないだマツタケみたいなのでアイちゃんの初めて頂いたじゃん、あれで、ひょっとしてと思いまして」
ピンと、ね。
知り合いの教授を利用して作ってみました。
「……もし新しい力が得られたら」
アイちゃんが切なげに言う。
「姉のこと、助けてください」
―
私と、一緒に。
言われた瞬間、あたしの中で、何かがはじけた。
「きたきたきたきた、魅せてやんよ、新しい力!」
そして、緑色のボディスーツが蒼に染まる。
「ライノフォーム!そして更に!」
くるり、と回転してジャンプ。
するとボディスーツが黒に染まった。
「バチルスフォーム!」
「いくらなんでも元気すぎます、先輩」
いだっ!
鞘で殴られた。
「何はともあれ、これでライジングハーツからアルちゃん取り戻してやるんだから!」
「ご助力、よろしくお願い致します」
サムライめ。
まあ、アルちゃんとは違ったかわゆさがって良いわ。
というわけで。
待ってなさいよ、ライジングハーツ!
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初版:2012/01/12 |