中学のときに「今年の抱負」を書かせられた覚えがあります。そのときに私の書いた内容が「何事も余裕を持ってこなす」というものでした。「前畑ガンバレ」の時代はとうに過ぎていましたが、まだまだ日本の社会が近代化・情報化・個人化の途上の頃、その内容は、ある種奇異に見えたようで、先生も含め何人かに「なるほど」、「私もそうありたい」などコメントをいただきました。
日本人の美徳として、ましてや子供の発言としては「何事も一生懸命やる」、「精一杯チャレンジする」というのが耳障りが良く、教科書的な表現だからだったろうと考えています。しかしあまり否定的な反応はありませんでした。そのような表現が容認され始めたさきがけの時期だったのかもしれません。自分としても少々満悦な表現でした。
さて、このようなことを思い起こしたのは、昨日 2/15日、シティハイツ竹芝にて、高校生のエレベーター死亡事故を起こしたシンドラーエレベーター事件に絡み、エレベーター保守業者のエス・イー・シーエレベーターが家宅捜索を受けたからです。この事件の真相は、私の中では闇の中であるが、シンドラーはリスク管理と対外対応に失敗し、エス・イー・シーエレベーターは仕事に失敗したのだと受け止めています。そこから連想思索が始まりました。
エレベーターの「カゴ」をつるすワイヤーは、聞くところ最大搭乗人員が乗った最大荷重の10倍の引っ張り強度に耐えるように設計されているとのこと。ものによりますが、動くもの(動体)に関する設計マージンはそのくらい余裕を見ないといいけません。
たとえば、観覧車のゴンドラがいくら定員6名だからと言って、600kg 積載で「落ちて」しまってはいけないわけです。クルマもそうです。エンジンのトルクが 35kg.m だったとして、クランクシャフトが 50kg.m で折れてはいけません。
同じことはシステム開発と運用にも言えます。現在、WillVii の運営しているサービスでは、サーバー負荷は通常数倍の余力があります。ただ、それは繁忙時間帯でも快適なサービスを行うための担保であるわけです。同じく、開発においてもマージンは必要です。私などは開発期間を短縮するプレッシャーを受けているわけですが、(私自身も短くしたいのはやまやまだが、)ギチギチの開発期間を約束してしまうと、いざ開発遅延が発生した際に、逆に利用者サイドに大きな迷惑を掛けてしまいます。したがって、システム運用・開発でもある種のマージンが必ず必要です。
マージンが大きいとリソースの無駄遣いとなり、競争力が低下します。したがって、マージンはひき下げたいのですが、無意味に引き下げるとリスクが急上昇します。したがって、ただマージンを引き下げるのではなく、引き下げても安全なようにマージンが担保する対象の性質を改善する必要があります。
つまり、システム開発で言えば、安全に工数を圧縮できる仕組みや手法、システム運用で言えば、システム負荷を一定に保つ仕組みや負荷を分散させる技術などです。
言いたかった結論は「マージンは大切である」。と同時に「マージンと実利用の双方を圧縮する努力も大切である」ということです。
さて、冒頭に述べた「何事も余裕でこなす」という一句。そのときは自分なりに満足していた表現でしたが、その後経験を積み、わかった大事なことは「何事も余裕でこなす。そのために日々努力する」ということでした。つまり、「一生懸命やれ」という表現は、決して風化しない正しい先人の教えであるということを改めて認識したということです。
(ピロキチ)