大粒の涙~父と弟~
テーマ:*父のこと母のこと不況のあおりを受けて
父は支店をたたみ
8年程前
とうとう生き残りは
本店1店舗のみとなりました
その頃わたしは社会人1年目で
父はまだ わたしの大学の学費ローンを支払い続けていたし
弟は専門学校の学生でした
毎月の支払いや借金の返済を何とか乗り切るため
掛けていた生命保険をいくつも解約したり
母がパートをしてなんとか貯めた
わずかな老後の蓄えを全て切り崩しました
― そんな中 弟は父と同じ美容師の道に進みました
専門学校卒業後 東京へ行き
父のつてで ある有名な美容室に就職しました
『東京で仕事がしたい』というのは
本人たっての希望でした
美容師は通常
3~5年ほどアシスタントとして経験を積んだのち
(スキルが伴っていれば)
晴れてスタイリストとしてデビューすることができます
アシスタント時代はとにかくお給料が少なく
(手取りで12万~13万くらい
お給料から 練習用のウィッグ代や材料費などが天引きされるので)
その状態が スタイリストになる日まで
ほぼ横ばいの状態で続きます
そういう収入で 家を出てひとりで暮らすということ
それも物価の高い東京で 生活するということは
必然的に 毎月親の助けが必要になるし
(練習用のウィッグ/1体¥5,000~¥10,000くらい などけちらず
どんどん使ってどんどん練習して一流になれという意味も込めて)
新しい生活に必要な家具家電 引越し資金 飛行機代も
用意しなければならない
それでも父は 弟の意思を尊重したいと
月々のお給料さえまともに入らない生活だったけど
なんとかなんとか お金を工面して(借金して)
彼を東京へ行かせました
正直なところ
弟には 自分ひとりで東京の就職先をみつける行動力も
美容師としてきらりと光るセンスも持ち合わせていなかったと
わたしは思っています
あのレベルの美容室に入れたのは
ひとえに父の力添えによるもので
実際 弟は父のつてに頼りきって
就職活動を1度もせず 自分の実力を試そうとはしなかったし
父や母の負担を軽くするために
アルバイトをして上京の資金を少しでも貯めるとか・・・
そういった努力をしてくれたことも 1度もありませんでした
東京で働くようになると
弟への仕送りがはじまりました
父は 経営と生活がどんなに苦しくても
弟の仕送りだけは 毎月欠かさず続けました
どうにもならない月は借金をしてでも
必ず毎月約束した金額の仕送りを続けました
仕送りは 3年間続きました
現在 弟は自分の才能に見切りをつけて美容師を辞め
大阪の美容関連の会社で 営業の仕事をしています
現在の会社も 父のつてで入社しました
東京から大阪への引越し資金が足りず
父が工面していました