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[27923] 続・殺戮のハヤたん-地獄の魔法少年-(オリキャラチート主人公視点・まどか☆マギカ二次創作SS)
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/22 09:26
※一部、残酷描写がございます。そういうのに抵抗がある方は、ご遠慮ください。



はじめまして。闇憑という者でございます。
年甲斐もなく、まどか☆マギカにハマって、慣れぬ二次創作に手を出しました。

なお、タイトルに『続』と入ってますが、このタイトルそのものが、ニトロ作品のパロディなので、前編はございません。悪しからず。


一応、野郎のオリ主視点での、ワルプルギスの夜までの闘いを描こうと思っております。
設定は、なるたけ原作に準拠していますが、かなり弄ってる部分もありますので、そういうのが嫌な御方は、ご遠慮ください。
当然、ネタばれ前提なので、原作をみていない御方は、バレ覚悟でなければご遠慮ください。


あと、多分、萌えとかそーいったの、作者はあまり理解してません。ぶっちゃけ、何も考えずに書いています。残酷描写も多々ありますし、あくまで闇憑視点でのキャラ解釈なので、一度でも不愉快だと思われた方は、続けて読む必要はございません。


私が描く『地獄』にお付き合い出来る方のみ、お願いします。


テーマは『杏子の罪』と『アンチQB』。そして『アンチ魔法少女』といった所でしょうか?
そのため、杏子ファンには絶対オススメしません!! マジで引き返した方がいいです。彼女は酷い目に遭います。
というか、この話は主人公の一人称視点なので、彼女は完全な悪役です。理屈では納得できても、恐らく感情が納得できないでしょう。


この二次創作の物語は、基本的に主人公含め、頭の悪い人間だけで構成されており、頭の悪い人たちで作る世界になっています。
これはそういう世界を想定して書かれております。原作との設定の矛盾もある程度まかり通ってます。




繰り返しになりますが。『地獄から来たと思しき主人公と、お付き合いいただける方のみ』おねがいします。それ以外の御方は、こちらで回れ右で、ブラウザの『戻る』をクリックし、他の方々の傑作に走る事を、お勧めします。







※現在、感想掲示板のほうに、荒らし目的の方が多数沸いております。こと、作者に対して、粘着質なストーカー的な方もおります。
闇憑個人の迂闊さもありますが、最早、制御不能な『魔女の釜の底』状態ですので、感想の投稿には、十分な注意をお願いします。














OK……後悔、しないでくださいね。



推奨BGM:『アンパンマンのマーチ』『ぼくパヤたん一章、二章』。『only my railgun』『(doa)英雄』『born legend』



[27923] 第一話:「もう、キュゥべえなんかの言葉に、耳を貸しちゃダメだぞ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/22 06:22
「おっと、失礼」

 ドンッ、と。ぶつかった少女に、頭を下げる。

「あ、いえ……こちらこそすいません」
「いや、すまなかった。急いでんだ。悪い!」

 そう言って、俺は走り出した。
 ……気付かれる前に、決着をつけねばならない。
 繁華街の路地に駆けこんで、先ほど、ぶつかった時に少女から掏り盗ったモノ――ソウルジェムを、クルミ割り機に挟みこむ。

 パキィィィィィン!!

 澄んだ音と共に手の中でソウルジェムが砕け散って、俺はようやっと安堵の息をついた。 

『おいっ!! おいっ、ひみか!?』
『どうしたんだよ、おい!?』
『救急車っ! 救急車呼んでーっ!!』

 一〇〇メートル程離れた場所で、少女が倒れたまま動かなくなっていたのを確認すると、俺は変装の中年男性の覆面を剥ぎ棄てて、その場を立ち去った。



 世の中には、悪魔と呼ぶべき生き物が存在する。
 嘘はつかない。ただし、真実全ては絶対に語らない。
 そいつは、他人の弱みに付け込みながら、そういった詐術じみた手法で人を陥れる。
 その悪魔の『ターゲット』は、小中学生から、高校生くらいまでの少女たち。
 愛くるしい容姿で近づき、奇跡を餌に少女に『契約』を迫り……何も知らない少女を自覚の無いままゾンビへと変え、そして最終的に化け物へと変える。
 キュゥべえとか名乗るフザケたそいつらが、ドコから来たかは俺も知らん。本人は宇宙がどーとか言ってるが、正味、それは俺の知ったこっちゃない。
 ただ、俺が知るそいつらは、殺しても殺しても際限なく現れては、少女たちの周囲を徘徊し、言葉巧みに契約を迫る、厄介極まりない生き物だという事だ。

 ……ああ、違和感を感じたかもしれないが、俺は男だ。
 私立見滝原高校一年。御剣 颯太(みつるぎ はやた)。
 まごう事無き、れっきとした男だが、『彼ら』キュゥべえとは無関係ってワケじゃあない。
 何しろ、その『契約』の犠牲者が、身内に二人も居るのだから。
 その犠牲者は姉さん。そして、俺の妹。
 そのうち、姉さんはこの世には居ない。いや……多分、あの世にも居ない。
 そうとしか言いようの無い末路を辿っている。

 じゃあ、残った妹は、というと……『ココ』に居る。
 俺が首から提げた、緑色に輝くソウルジェム。これが『妹』だ。
 ……OK、念のため言っておくが、俺の妹は生きている。体も無事だ。そして、俺の頭も狂ってるワケじゃあない(と、思いたい)。
 例の悪魔と『契約』を済ませた少女は、ソウルジェムという形で『魂』をこのちっぽけな石ころの中に封じ込められる。そして、人間としての肉体は、外付けのハードディスク以外の意味を持たないモノとなってしまう。
 つまり……ソウルジェムさえ無事ならば、肉体がどんなに痛もうが、あっというまに再生出来てしまうのだ。

 俺が、契約した彼女たちを『ゾンビ』と言ったのは、このためだ。
 撃っても斬っても殴っても死なない。手足や脳天をショットガンで吹っ飛ばそうが、お構いなしだ。
 それでいて、個人差はあるものの、少女の外見からは想像もつかない、超人的な身体能力を獲得する。
 多分、生身の人間の俺では、正面から戦っても絶対に太刀打ちできないだろう。
 本人たち曰く『魔法少女』だそうだが……まあ、外面的、能力的には間違っちゃいない。中身は果てしなくゾンビだが。

 ただ、この状態なら、まだ可愛い方だ。
 問題は、その一歩先。
 俺の姉さんが陥った……化け物としての姿。
 例の『魔法少女』が戦い続ける表向きの理由に、『魔女』と呼ばれる化け物退治がある。
 自分の結界というか異世界というか……まあ、そんな場所に人を引きずり込んで弄んだ末に殺す、化け物。
 その化け物退治を繰り返している内に、自らも『魔女』という名の化け物に成り果てる。
 どうも、これは今のところ、変えようがない運命らしい。まったく、良く出来たシステムだ、としか言いようが無い。

 まあ、そのへんは兎も角、とりあえず、俺が『妹』――のソウルジェムを持ち歩いてる理由に話を戻そう。
 ぶっちゃけて言うならば、『俺が魔女や魔法少女と戦うため』である。
 ……そう、魔女だ。
 超人的な体力と、物理法則をひっくり返す魔法を扱う『魔法少女』を以ってして、はじめて倒す事ができる相手。
 故に、だだの一般的な人間が、太刀打ちできる訳が無い……と、いうワケでは、実は必ずしも無かったりする。とはいえど、そこには『魔法少女』の力を借りねばならない理由も、少なからず存在する。

 例えば……ドコに魔女が居るのか、という探索。
 いかに魔女を倒す武器を携えていようとも、見つけられなければ意味が無い。そして、ソウルジェムは魔女の居場所を示すレーダーの役割を果たしてくれる。
 これが一番目の理由。

 さらに……

「……ようやっと、お出ましか」
 薄く笑いながら、俺は『ソウルジェムから武器を取り出した』。

 そう、これが二番目の理由。
 『妹』のソウルジェムが持つ『四次元ポケット』としての機能もまた、魔女と対峙するに当たって、限りなく重宝するモノだ。
 しかも、今、取りだしたのは、本来ならば車載して持ち運ぶようなオートマチックグレネードランチャーで、持ち歩くには到底向かない代物。それを、ベルトで肩から提げて両手持ちで構える。

 更に、ベルト方式で連なった40mmグレネード弾の弾帯は、そのままソウルジェムの四次元ポケットの中まで連なったまま、『ジェムと一緒の淡い緑の光を放っていた』。
 これが三番目の理由、『魔力付与』。
 既存の銃器や爆発物の単純攻撃では、魔女や魔法少女相手には効果が薄いが、ある程度の媒介としての魔力を加える事により、近代兵器でもかなり有効な打撃を与える事が出来るようになる。
 それでいて、魔力の消費量は、同等の破壊力を魔力のみで再現した場合より、応用性は劣るものの明らかにコストパフォーマンスに優れる。

 飛行機の操縦桿のような引き金を引き、反動で暴れ回るオートマチックグレネードランチャーを、両腕……というより体全体で必死に抑え込みながら、使い魔の群れを異形の魔女ごと、爆炎と業火の海に叩きこむ!
 『ポンッ』というより『ボンッ』といった感じの発砲音が連続し、その発砲音を風景ごと塗りつぶす程に強烈な、40ミリグレネード弾の爆撃と轟音によって、何もさせずに使い魔ごと魔女が叩きのめされて行く。
 そして……

『ギャヒイイイイイイ!!!』

 と。断末魔の悲鳴をあげて、姿を現そうとしていた『魔女』が、その姿を見せる前に結界ごと消滅。

「っ……ふぅ……」

 冷や汗と共に、俺はソウルジェムに、オートマチックグレネードランチャーを収納。
 一方的な殺戮。
 そう。『何されるか分からない相手ならば、何かをする前に何もさせず葬り去る』事が、人間が、魔女や魔法少女に対抗するための唯一の手段である。
 実際のところは、本気で紙一重だ。
 まあ……本気でヤバくなった時のための最終手段も無いワケではないが、それは後で。



 魔女の残骸……グリーフシードを回収し、手元のソウルジェムの汚れを取り去りながら、俺はコレをどう扱うべきか考えていた。
 魔力の消耗が極端に少なくて済む、この方法は、もう一つの大きなメリットを抱えている。
 即ち……

「……デコイにするか」

 それは魔法少女をおびき寄せる手段が増える、という事。
 この魔女の残骸……グリーフシードは、魔力の使用によって濁っていくソウルジェムを、綺麗に保つ効能を持つ。ソウルジェムが綺麗であればあるほど、個人の戦闘能力は増し、逆に濁れば果てしなく堕ちていく。
 故に、連中にとっては、喉から手が出るほど欲しいもの。
 時刻は9時。

「時間的にもう一戦、イケるな……」

 トラップを仕掛けた町ハズレの廃ビル……二束三文で買い取った建物に向かって、俺は歩き出した。


 ズッ……ズズズズズ……ズッーン!!!!

「……殺った、か?」

 建物が内側に沈み込むように、綺麗に『消滅』する。
 俗に『内破工法』と呼ばれるビルの解体技術で、崩落のエネルギーそのものを内側に集約させ、周囲に破片を撒き散らさずにビルを破壊する解体工法だ。故に……金銭的な費用対効果を度外視すれば、普通の爆弾を用いたブービートラップより、効果的である。
 とはいえど。
 確実に、ターゲットにした魔法少女が入ったのを確認して、起爆スイッチを入れたのだが、安心はできない。
 一応、消耗していた魔法少女を狙い、公衆電話で誘い出して罠にかけたのだが、弱っていたとしても『ビルごと吹っ飛ばした程度では』アテにはならない。
 対物ライフル――バレットM82A1に備え付けた、暗視用の狙撃用スコープを覗き込みながら、崩壊した建物を観察。
 ……居た。
 案の定、瓦礫をはねのけて現れた魔法少女が、最後のトラップをくぐり抜けたと思いこんだ、安堵した表情でソウルジェムを取り出し、餌にしたグリーフシードに当てる。
 その瞬間を……狙い撃つ!

 ドンッ!!

 遥か500メートル彼方からの狙撃。
 スコープの中に、一瞬、黒い点……12.7x99mm NATO弾が現れ……

 ボン!

 グリーフシードとソウルジェム、そして魔法少女の上半身。全て、まとめて消し飛んだ。



「本日の成果:魔法少女二匹、魔女一匹……と」

 本日のハントの成果を、ノートに記録。

 ……トータルスコア:魔法少女23匹、魔女(含、使い魔)51匹。
 ……グリーフシード:残14+1。



「お兄ちゃん、お帰り♪」

 見滝原の中心部より、やや外れた郊外。
 新興住宅地の一戸建てにある、我が家の扉を開けて出てきたのは、俺の妹、御剣 沙紀(みつるぎ さき)だ。

「おう、ただいま。体は平気か?」
「うん、大丈夫!」
「そうか……良かった」

 そう言って、俺は沙紀の頭を撫でて、抱きしめる。

「……お兄ちゃん。怪我してる」
「ん? ああ……これか」

 腰……というかわき腹のところに作った傷。どうも、何かの拍子に引っかけたらしい。
 今まで、痛みらしい痛みは無かったが、触られて自覚する。

「どーって事ぁないさ。放っときゃ治る」
「ダメだよ、お兄ちゃん!」

 そう言って、沙紀は俺の傷に手を当てる。

「ダメだ沙紀! 『それは無駄遣いしちゃダメだ!』」

 強い口調で沙紀を叱り飛ばし、手をひっこめさせた。

「うーっ……」
「……大丈夫だよ、沙紀。救急箱取ってきてくれ。消毒してガーゼを当てよう」
「……うん」

 そう言って、玄関口からリビングに消えた沙紀の姿に、溜息をつく。
 俺の妹、御剣沙紀は、魔法少女としてあまりにも優しく、故に、あまりにも『魔法少女』の世界に向かない存在だった。
 『弱い』わけではない。魔力の総量は、ハッキリ言ってそこらの魔法少女の比ではないだろう。
 だが、沙紀には攻撃手段が無かった。
 魔法少女が、魔女と対峙し、狩るために手にする武器。それは、時に銃であり、剣であり、槍であり……まあ、諸々ある。
 だが、彼女には何もなかった。
 本当に、何も持ってないのである。
 『癒しの力』……いわゆる、回復の魔法に関しては、群を抜いている。
 骨折や四肢の切断どころか、心臓を始めとした内臓器官をぶち抜かれても、脳を吹っ飛ばされた即死でさえなければ、復活させる事は可能だ。その上、どんな病気もたちどころに治せ、しかもそれは、自分だけではなく、他の人間や動物、魔法少女にまで適応が可能なのである。
 ……だが、それだけ。それだけでしかない。
 要するに……単独で戦闘を挑むのに、極端なまでに向かない存在なのだ。
 かといって、彼女を別の戦闘向けの魔法少女と組ませる、というのも論外だ。
 一度、それをやって、沙紀を便利な薬箱扱いした挙句、ソウルジェムが真っ黒になる寸前まで酷使しようとした馬鹿が居た。無論、そいつは俺がこの手で『吹き飛ばして』やったが。
 以来、沙紀の相棒は俺一人である。

 で、何故、俺が沙紀の相棒として働けるか、というと……俺の姉もまた魔法少女であり、共に闘ってきたからだ。
 ……もっとも、その頃とは戦闘スタイルを大きく変えてはいるが、戦闘担当だった事に変わりはない。
 魔法少女の力を借り、戦闘を代行する人間。効率よく魔力を消費してグリーフシードを効率よく獲得する魔法少女の相棒(マスコット)。
 それが俺。ただの人間である、御剣 颯太(みつるぎ はやた)の正体だ。

「お兄ちゃん、薬箱もってきたよ」
「おう、ありがとうな。あ、あとテキーラもってきてくれ」
「……う、うん」

 アドレナリンが効いてたため、あまり意識していなかったが、わき腹の傷は結構深かった。命には差し障らないが、放っておける程のモノでもない。
 沙紀が持ってきてくれた、芋虫入りのテキーラを口に含み、ブッ、と吹きかける。
 薬箱に入ってるのは、ヨモギの粉末をベースにした、オリジナルの薬膏。そいつをべちゃっ、と張り付けて、ガーゼで保護。傷ごと胴に包帯を巻いて、一丁上がりだ。

「お兄ちゃん……やっぱり……」
「ダメだ、沙紀」

 俺は、首を軽く横に振るう。

「いつも言ってるだろ。『お兄ちゃんは無敵だ』、って。
 だから、沙紀は、お兄ちゃんが本当にピンチのピンチに陥った時にしか、手を出しちゃダメなんだよ?」
「……じゃあ、どうして怪我して帰ってくるの?」
「ん? 喧嘩するのに、無傷ってワケには行かないからさ。殴られたら、殴った拳が痛むだろ? つまりは、そう言う事だ」
「……鉄砲、いっぱい持ってるのに?」
「相手だって、鉄砲より怖い物を一杯振りまわしてくるのは、沙紀も知ってるだろ? でも、お兄ちゃんはちゃんと勝って帰ってきてるじゃないか」
「……うー……」

 いじけそうになる沙紀の頭を撫でて、抱きしめる。

「ありがとう。感謝してるよ。沙紀。
 だから、もっと自分を大事にしてくれ……本当に。もう、キュゥべえなんかの言葉に、耳を貸しちゃダメだぞ」
「うん……ごめんね、お兄ちゃん。私……私」
「泣くな。大丈夫。お兄ちゃんは、ずっとずっと、大丈夫だから。
 じゃ、ご飯にしようか? デザートは新作だぞ」
「えっ、新作♪」

 目を輝かせる妹の現金さに救われながらも、俺は安堵していた。

「ああ、もうシーズンだから、紫陽花に挑戦してみた。
 その代り、ちゃんとお野菜やサラダも残さず食べるんだぞ!?」
「うっ……はーい……」
 妹の頭を撫でつけ、俺は台所へと足を向けた。

 本日の料理:適当にデッチアゲた酢豚、中華風卵スープ、水菜のサラダ、ご飯
 デザート:練り切りで作った紫陽花



[27923] 第二話:「マズった」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/22 06:27
「……マズった」

 絶句しながら、お菓子の世界に放り込まれた俺は、自分のミスを歯噛みしていた。
 
 何度も言うようだが、俺の戦闘方法は、至極単純。
 『仕掛けて嵌める』か『全火力での先手必勝』。それが全てであり、それ以外は……基本的に、無い。
 故に、こういった突発的なトラブルに巻き込まれ、先手を取られた場合、採り得る選択肢は一つしかない。
 即ち、撤退。
 だが、逃げる間もなく、俺は結界の中に取り込まれてしまった。

「洋菓子か……クリームは苦手なんだがな」

 昔、バタークリームの極端に甘ったるくて脂っこい代物に、仁丹みたいな紅い粒を乗せたケーキを食べて、気分が悪くなった事を思い出して、思わず胸が焼けた。
 アレは本当に最悪だった。
 ま、それは兎も角。
 問題は、目の前に浮いている、魔女だった。

「お菓子の世界……ヘンゼルとグレーテルにあったのは、お菓子の家か。お菓子の魔女……お菓子、ねぇ」

 と、思い出す。確か、ソウルジェムの中に『アレ』があったハズ!

「……時間稼ぎくらいには、なって欲しいが……」

 軽く、お菓子だらけの地面に手をつけて静電気を散らすと、俺はソウルジェムの中から、『お菓子』になるモノを取り出した。

「ちょっと待ってろ。お菓子を作ってあげるからねー」

 手でそれを念入りに捏ね、練り切り菓子の要領で形を手早く整えると、ヘタに見立てた『スティック』を突き刺してリンゴの完成。
 そいつを魔女に放り投げる。……案の定、喰いついた。

「ちょっと待っててなー♪ はい、ミカンだぞー、メロンだぞー、スイカだぞー」

 どんどん造形は雑になって、一個の量も大きくなって行くが……味が甘ければ、もう何でもいいらしい。早く食わせろ、とばかりに、使い魔や魔女が催促していく。さもなきゃお前ごと取って食うぞ、と言わんばかりだ。
 ……しっかし、つくづく作り手として喰わせ甲斐の無い輩だ。食べる前に、視覚的に愛でるセンスってモンに欠いてるらしい。
 やがて……手持ちの『塑材』が尽きた時。
 事態は、更に、最悪の方向へと傾いた。

「そこの人、もう大丈夫よ!」

 バンッ!! と……魔女に『銃弾』が直撃する。
 だが、俺の使っているようなアサルトライフルやハンドガンなどではない。
 レトロで古風な、凝った彫金のマスケット銃。
 それを無数に展開するのは……金髪縦ロールの、まごう事無き、『魔法少女』!

 さっ、最悪だ! 顔を……素顔を見られた!?

「はっ、はい!」

 お、落ち着け、俺……顔はバレたが、俺は現時点で、魔女の結界に囚われた被害者Aだ。

「お兄さん! こっちこっち!」
「急いで!」

 声をかけられ、振りかえると……お菓子の山の物陰から、例の魔法少女の連れてきたと思しき、少女が二人。
 こっちは……一般人か!?

「ど、ど、どうなって……っていうか、君らは!?」
「えっと、ですね……そのー」
「私たち、魔法少女の体験ツアーってものをやってまして……」
「たっ、体験……ツアー!?」

 思わず絶句してしまう俺だが、彼女たちの肩口に乗った生き物に、納得してしまう。
 キュゥべえ。
 俺の姉さん。そして沙紀を、修羅地獄へと叩きこんだ、悪魔。

 ……そうか、そう言う事か。またテメェは、何かやらかしやがったな?

 一瞬、目を合わせるが、彼もまた『営業中』なのか、こちらを知らぬものとして扱っていた。

 ……まあ、そりゃそうだ。
 そして、彼女たちには悪いが、俺もまた他所の魔法少女に顔を覚えられた状況下で、彼女たちに色々ぶちまける程、迂闊でもない。
 彼女のような、見るからに『正義の』魔法少女にとって、俺みたいなのは絶対相容れない存在だからだ。
 せいぜい……

「やっ、やめといた方がいい! みんな……ロクな事にならんぞ!」
「大丈夫ですよぉ~!」
「私たちには、マミさんがついてますから♪」

 この程度の忠告くらいだ。
 と、派手な轟音を轟かせて、マスケット銃が乱舞する。
 そう、乱舞。
 無数に展開した、一発限りのマスケット銃を、乱射して魔女を追いつめる彼女の姿は、手練と呼ぶにふさわしい手際と流麗さを兼ね備えていた。
 圧倒的な火力での攻勢による、制圧。
 マミ……巴、マミ! そうだ、思い出した!
 魔法少女の中でも、最古参のベテランじゃねぇか! 見滝原でも、有数の魔女多発地帯を縄張りにする、ベテラン魔法少女!
 それに気付いた俺は、彼女を仕留めるプランを、半ば無意識の内に働かせていた。

 結論。
 正面からの攻勢による制圧は、絶対無理。
 だが、仕留めるなら……あの魔女に『仕掛け』をシコタマ喰わせた今ならば、あるいは一石二鳥を狙い得るか?

 無造作な足取りで、マスケット銃を叩きのめした魔女につきつける魔法少女。
 至近距離……今っ!!

 俺は、伏せると同時に、懐の中の起爆スイッチを押す。
 俺が、お菓子の魔女に食べさせたのは、C-4。俗に言うプラスチック爆弾。ニトロセルロースの入ったソレは独特な甘さがあり、ガムのように噛んで食べる事も出来る(少し毒性があるので、喰い過ぎると中毒になるが)。形も和菓子の練り切りのように自由自在。ちなみに、差しこんだスティックは、電波で起爆するタイプの起爆信管だ。
 その総重量、実に20キロ! やりようによっては、小さなビル一つ吹っ飛ばしてお釣りがくる量である。

 ズゴォォォォォォォン!!

 巨大なキノコ雲があがる程、強烈な閃光と爆音が、お菓子の世界の中に轟く。
 ……殺った、か!?

「ッ!!」
「マミさん!」

「……っ……大丈夫よ! 危ないところだったけど。自爆とは、やってくれるわね……」

 ……しまった。仕留め損ねたか!
 思った以上に、魔女の内側が分厚かったらしい。
 それに、よくよく考えたら、純粋な爆発物だけでダメージを与える事も難しい。せめて、時間があればベアリングでも混ぜたものを……っ!!

 OK、落ち着け。クールになろう。
 俺は、被害者Aを装い、撤退する。彼女たちの印象に残らず、この場から撤退する。

 ふと見ると、ダメージを受けて太巻きみたいに化けた魔女が苦痛にのたうつ一方、マスケット銃を構えた魔法少女は、先ほどの大胆な火力を叩きつける速攻から、慎重な戦闘スタイルへと変更していた。
 恐らく、彼女程のベテランが、もう不覚をとる事は無いだろう。俺が、魔女も魔法少女も仕留めるチャンスは、この段階では失われた。

「……逃げ道は……」

 ふと、あったお菓子の扉。彼女たちが入ってきた方向に目を向ける。
 彼女たちは、ツアーと称して『やってきた』。ならば……出口はこっちの可能性が高い。

「あっ、ちょっ!」
「ひいいいいいいいっ!!」

 被害者を装い、哀れっぽい悲鳴をあげて、駆け出しながら逃げる。
 いや、実際、敗北という意味では、最悪から三番目である。
 魔法少女は仕留められず、魔女も倒し切れず、そして消耗したプラスチック爆弾という装備に……沙紀の魔力。
 だが、今は逃げるしかない。沙紀には詫びる以外、方法は無い。

「ティロ・フィナーレ!!」

 巴マミの決め技と共に、魔女の結界が薄れ、消え失せていく。現実と結界の狭間の世界を、俺は全力で逃げ出していた。



 この時……もう少し、慎重に、俺は行動するべきだったかもしれない。
 例えば、退路とか。痕跡の消去とか、その他諸々。そして……あの白い悪魔の動向を。



「お兄……ちゃん?」
「よう、ただいま、沙紀」

 何とか。
 一応、タクシーを捕まえ、ランダムに道順を辿り、見滝原郊外の自宅に帰ってきたのは、10時過ぎだった。

「すまん。お兄ちゃん、負けちゃった」
「ううん、いいの。だって、お兄ちゃんが帰ってきてくれたんだもん」
「……ごめんな。お兄ちゃん、今日はちっとも無敵じゃないや」
「知ってるよ。
 でも、お兄ちゃんは、絶対生きて帰ってきてくれるじゃない。
 だから、今日は罰ゲームで許してあげる♪」
「……そりゃあ、魔女と戦うより怖いな。どんな罰ゲームだい? 沙紀」
「いつも、お兄ちゃんが頑張ってる時、私一人で寝てるから……今日は晩御飯食べたら、朝まで、一緒に寝て欲しいの。鉄砲のお手入れ、後回しにして」
「っ! ……んっ、分かった! じゃあ、晩御飯、作ろうか。今日はハンバーグだぞ♪」
「お兄ちゃん! デザートは!?」
「冷蔵庫に作っておいた、竹ようかんがあっただろ。あれだ」
「やったー♪」

 ああ、救われてるな……と、この時は思ってた。

 だが……石鹸で念入りに手を洗い、刻んだハンバーグのタネを捏ねる内に、何か……目の前がかすんできた。
 ……何なんだろうな。
 将来、和菓子屋さんになりたいって……そう思って、必死になって独学で勉強して、姉さんや妹に食わせるお菓子を作るための材料を捏ねるハズだった手で……俺、プラスチック爆弾を捏ねてたんだぜ?
 よく、映画や漫画なんかである、レンガみたいなプラスチック爆弾の塊に起爆信管を刺しただけでは、爆弾は上手く起爆しない。あれは本来、ある程度捏ねないと上手く爆発しないモノなのだし、ついでに信管を刺す前に静電気を地面に流さないと、信管に電流が流れて誤爆する可能性がある。

 ……そんな事なんて……知りたくも無かった。

 ただ、練り切りの水加減とかアンコを作る小豆の種類や砂糖の配分とかのほうが俺には重要で、それが上手く行けば、姉さんも妹も……いや、父さんも母さんも、『美味しい』と笑ってくれたのだ。
 でも……俺の作った和菓子を『美味しい』と言って笑ってくれるのは、もう妹の沙紀だけになっちまった。しかも……妹は、ゾンビ同然で化け物を抱えた体だ。
 治る望みは……今のところ、無い。
 また、もし、俺が死んだら、戦う牙をもたない沙紀は、真っ先に誰かの都合で、魔女という名の化け物にされちまうだろう。
 それに、仮に、俺が生きてたとしても……沙紀がもし、うっかり魔女になっちまったら?
 そうなった時に、俺は……

「お兄ちゃん? どっか痛いの?」
「……何でも無い。何でも無いよ、沙紀。お皿、出しておいてくれないか?」

 無理に作った笑顔を作ると、ちょっぴりしょっぱくなったハンバーグのタネをまとめ上げ、フライパンに油を引き、火にかける。
 忘れよう。今を大切にしよう。今を積み上げなければ、未来なんてモノは来ない。
 ……たとえ、積み上げる俺の手が、どんな血塗られていようとも。

 ……本日の成果:なし
 ……トータルスコア:魔法少女23匹、魔女(含、使い魔)51匹。
 ……グリーフシード:残13+1。

 本日の料理:ハンバーグ&付け合わせのニンジンやインゲンのソテー、味噌汁、ご飯
 デザート:竹ヨウカン



[27923] 第三話:「…………………………いっそ、殺せ…………………………」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/03 11:27
「おっ……てっ……めぇ!」

 今日も一人、魔法少女を仕留める。
 ……今回は馬鹿で助かった。

「……人間、ナめ過ぎだぜ。魔法少女」

 腹に大穴を空け、顔面を吹き飛ばされた魔法少女が、地面に倒れ伏して痙攣する中、ソウルジェムを踏み砕く。

「……もしもし。そう、俺……ああ、ボディ一つ。10代の少女だ。場所は見滝原のハズレにある●×ビル。そう、屋上だ。
 鍵は空けておく。早めにカタをつけてくれ。振り込みはいつもの口座、な」

 いつもの『処理業者』に連絡。ケータイで入金。後始末をつける。

「っ……チッ! 何なんだチクショウ!」

 『魔法少女』が増えるペースが早すぎる。一体何なんだ、これは。
 グリーフシードを手にするために、魔法少女は狩り場としての縄張りを主張する。
 それは、俺……というか、沙紀も、一緒だ。が……俺の主張方法は、無論、普通とは若干異なる。
 警告は無し。
 ただ、ちょっかいを出した魔法少女が『地上から消えて無くなる』。
 『フェイスレス』『シリアルキラー』『アサシン』『ジャック・ザ・リッパー』……様々な過激な異名が、魔法少女たちの中で、噂になっているらしい。御蔭で、ウチの縄張りは『見滝原のサルガッソー』扱いだとか。

 ……無理も無い。
 彼女たちの大半は、自分がゾンビにされた事も。そして最終的に魔女という化け物になる事も知らない。
 だが、俺からすれば、彼女たちは魔女予備軍である。可能な限り化け物になる前に狩り取るに限る。
 俺が戦い続ける限り、魔女も魔法少女も少なくて済む。
 そう……


 全てのキュゥべえを滅する事が出来なければ。沙紀以外の全ての魔法少女と魔女を、狩るしかない。


 魔法少女というのは、素質や素養の問題らしい。
 誰もが契約すれば成れるわけではない。
 ただ、無限にいる、あの悪魔、キュゥべえが片っ端から契約を望んでも、魔法少女の数は一定以上は増えない事を考えると、実はそれほど人口比の割合で考えれば、問題はないんじゃなかろうか? しかも、魔法少女になれるのは、10代~20代まで。
 そうなれば、自ずと狩るべき人数も相手も絞る事が出来る。

「……にしても、異常だぜ」

 ビルの階段を下りながら、俺は一人、ごちる。

 今月に入って、これで5人目。いずれも、ルーキーと言っていい新人だ。
 無論、タダの新人に後れをとる俺では無い……と、言いたいが、戦闘能力そのものは新人以下な俺にとって、一瞬の油断が死という最悪の結果に繋がる事に、変わりはない。
 ……今日はもう、店じまいだな。
 『妹』のソウルジェムの濁りをグリーフシードで消しながら、俺は天を仰ぐ。
 魔力は兎も角、武器弾薬を使いこみ過ぎた。特に、例のお菓子の魔女相手に、C-4を使い過ぎたのは痛い。
 ……また『仕入れ』に行かないとなぁ。はぁ……


 そして、その日の夜。運命が流転を始めた。


 ピーンポーン♪

「……?」

 それは、妹と取っていた、夕食の団欒の時だった。
 ……ちなみに本日のメニューは、カレーライス。元、海上自衛隊のコックだった知り合いに、レシピを教えてもらった秘伝の代物だ。

「……宅急便かな?」

 玄関からのチャイムに、俺は玄関に繋がった監視カメラとマイクの映像を覗き……絶句した。

「っ!!」

 そこに居たのは、この間、お菓子の魔女と戦っていた金髪縦ロールの魔法少女、巴マミ。
 しかも、『変身済みの姿』だった。つまり、やる気だと言う事。
 さらに……

「沙紀!」
「動かないで」
「おーっと、動くなぁ!」

 気がつくと。
 黒い髪の少女に、蒼い髪の少女が、それぞれ俺と沙紀に銃と剣を突き付けていた。
 黒い髪のほうは知らないが、蒼い髪の少女には見覚えがある。……この間の一般人の片割れ……魔法少女の体験ツアーとか言ってた。
 ……ああ、なっちまったのかよ……魔法少女に。ってことは、彼女はルーキーだな。

「……キュゥべえの言う事が大当たり、とはね」
「ここが、あの、『顔無しの魔法凶女』の家、か」

 魔法少女が二人。
 さらに、黄色い紐のようなモノが、鍵穴やドアの隙間から伸びて、我が家の玄関の鍵を開け、巴マミが入って来る。

「夜分遅く、食事中に失礼します」

 優雅に靴を脱いで揃え、礼儀正しく上がって来る。ただし……その両手に、マスケット銃を携えたまま。

「……お兄ちゃん?」
「大丈夫。大丈夫だ、沙紀」

 引きつった笑顔を向ける。
 ……とはいえど。
 状況的に、かなり『詰み』な事は事実だ。
 何より問題なのは……この黒髪の少女が『いつの間に、俺に銃をつきつけたのか』。全く認識出来なかった。
 立ち姿や雰囲気で分かる。
 巴マミも相当の手錬だが、一番ヤバいのは、この黒髪の少女だ、と。
 問題なのは……彼女の『何』がヤバいのか。俺が理解できないという事。

「……頼む。妹から剣を引いてくれ」
「それは無理。
 魔女も魔法少女も見境なしに、爆殺、狙撃、当たり前の、正体不明の暗殺魔法少女を前に、油断出来るワケがないよ」
「……俺はどうなってもいい。妹から剣を引いてくれ!」
「あー、もしかして、お兄さんは知らないのか? あんたの妹が、魔法少女をやってるのって……」
「違う! ……やってるのは俺だ。俺に恨みがあるのなら、俺を殺せ!」

『へ?』

 その言葉に、全員の目が点になった。

「何か、複雑な事情が、おありのようですね?」

 そう言うと、巴マミが細長いリボンで、俺と沙紀を拘束。

「……とりあえず、お話をお聞かせ願えませんか?」



「魔法少女じゃないのに……魔女と戦ってた、ってぇ!?」
「何て、無謀な……」
「確かに、不可能ではない。けど……限りなく綱渡りな事をしてるのね、御剣颯太」

 三者三様の反応を示しながらも、俺はとりあえず、自分が今までしてきた事『だけ』は話した。

「……しっかし分っかんないなー。どうして、あたしら、魔法少女を戦う前に倒せたんだ?」
「コツがあるのさ」
「コツ?」
「……お前らが今、俺たちにやってる事だよ。奇襲、暗殺、恐喝、利益誘導。その道のエキスパートたるキュゥべえの存在を失念していた、俺のミスだ」

 キュゥべえ。インキュベーター。
 その、全にして一、一にして全という概念を、具現化したような悪魔。
 情報が漏れたとするならば、恐らく奴らからとしか考えられない。
 俺は、彼らを見かけるたびに、駆除してきた。その結果、少なくとも俺の家の周囲には、キュゥべえは現れない程度には、なっている。無限に存在する彼らだが、体を吹っ飛ばされ続けるのは、あまり気分のいい話じゃないらしい。
 後はまあ……根競べの世界の話である。
 それが、マズかった。キュゥべえの動向を、把握し損ねた。

「それは、魔法少女の戦い方ではありません。ただのテロリスト……いえ、殺し屋です!」

 巴マミが、非難めいた目線を向けてくる。

「……そうだな。で、何か問題があるのか?」
「大アリです! あなたは確かに、魔法少女を狩る事には長けているかもしれない! でも、話を聞く限り、あなたは魔女を狩る事に、決して長けているワケじゃない! あなたの活動は、魔女を跳梁させて、世界に絶望を撒き散らし続けてるのと等価だわ!
 いいえ、なまじな魔女よりもタチが悪い! あなたは……最低だわ!」
「……じゃあ、聞くがな、ベテラン。その『魔女』ってのは、どっから来るか、知ってんのかい?」
「魔女が……どこから? それは、未熟な使い魔が人を襲って、成長して……」
「まあ、確かにそーいうケースも無いわけじゃない。だが、俺が懸念して、恐れているのは、もうひとつのケースだ」

 真実を口にし、相手の動揺を誘おうとした、その時だった。

「待ちなさい、御剣颯太!」

 黒髪の少女が、俺に向かって叫んだ。

「……何だ。アンタは知ってんだな?」
「御剣颯太……あなたは、魔法少女の真実を知って、なお妹を庇うの?」
「庇うさ。俺に残された、たった一人の身内だからな。そんで、沙紀もそれを知って、俺に全部を預けてくれてる」
「……いずれ、『その時』が来るのを、あなたは知っていて、なお?」
「もしかしたら、将来。妹は魔法少女を辞められる……かもしれない。そんな都合のいい奇跡が、見つかる……かもしれない。
 タダの人間だって、未来に無い物ねだりをするくらい、許されるだろうよ」
「……そう」

 絶望的ではある。だが……俺は足掻くのを、やめるつもりはない。
 どんな血まみれになろうが。どんな罪を背負おうが。

「あなたは……未来を信じてるのね」
「……それ以外に、信じられるモンがあるんなら、お目にかかりテェよ」

 皮肉に笑いながら、俺は天を仰ぐ。

「……なんだよ、おい? 魔法少女の真実って、何なんだよ、転校生」

 困惑しながら、問いかけてくる蒼い髪の少女に、俺が答えてやる。

「知らねーほーがいいぞ、ルーキー。少なくとも、それを知って、自殺した魔法少女を、俺は三人知ってる」
「じっ、自殺!?」
「死ぬしか無かったんだろ? まっ、賢明な判断だ」
「何。一体……何なんだよ? おい! 転校生! あんたも黙ってないで何とか言えよ! 気味が悪いぞ!」
「しょーがねぇな、じゃあ、教えてやるよ……」

 ふと。

 ルーキーに問われて、黙り込む黒髪の少女の睨みつけるような目線に気付き……次の瞬間、俺は何とかオブラートに包もうと、必死に頭を巡らせ始めた。ここで彼女たちに暴発されたら、沙紀の命が危険だという事に、今更ながら気付いたからだ。
 ……馬鹿だ、俺は。『いつもの手口』と状況が違うんだった!!
 特に、蒼色の髪の毛のルーキーはヤバい。
 キュゥべえに騙されてるとも知らず、希望に満ちた目を輝かせて、この修羅の世界に入って来る新人が、絶望という奈落に堕ちる瞬間が最も危険なのだ。
 そんな自分の迂闊さに気付いて、考えに考え、出てきた言葉は……

「あー、『汝が久しく虚淵を見入るとき、虚淵もまた汝を見入るのである』……だったっけか?」
「何だよそれ!? ワケが分かんないよ!」
「えっと……何か聞いたような……?」
「……知りたきゃ、どっかのパソコンでググってみな。ヒントは与えた」

 ギリギリの冷や汗を、内心ダクダクたらしながら、俺はやり取りを交わす。
 こちらは捕虜の状態だ。暴れ回られちゃ、困る。

「……で、どうするつもりなんだ。俺らを……殺すのか?」

 その問いに、巴マミが、何か閃いたようにつぶやいた。

「そう、ですわね。魔法少女としての魔力の源を砕かせてもらうのが、一番手早いと思うのですけど」

 げっ!!

「ダメだっ! それは……それだけはダメだっ!!」
「殺すわけではありません。ただ、魔法が使えなくなるだけ……相応の罰でしょ?」
「おっ、おまっ、お前、自分が何を言ってるか、分かって無いのか!? 」
「安心なさい。これは魔法少女の世界の話。殺し屋には関係の無い話ですから」

 にこやかに冷たく微笑む、巴マミ。だがその目は、明らかに『分かって無い』。

「やめろっ! やめてくれっ……殺すなら、俺を殺せっ!!」
「何も、あなたの妹さんを、殺すワケではありませんよ?」
「バカヤロウ! お前は何も分かってねぇ! 死んじまうんだよ!!」
「……どういう、事ですか?」

 ようやっと、彼女の手にした、マスケット銃が下がる。

「……OK、落ち着いて聞いてくれ」

 ……さあ、どうする!?
 真実全てをぶちまけるには、ルーキーが居る上に、俺も妹も拘束されている以上、この場では危険極まりない。
 とりあえず、嘘はつかない事を前提に、話せる範囲で何とか誤魔化すしかない。

「……妹は、重い心臓病だった。それを、キュゥべえが救った。そこまではイイな!?」 
「……つまり、彼女は魔法少女となる事で、生かされてる。そう言いたいんですの?」
「解釈は好きにしろ。兎も角、そいつを砕かれるのは、妹の命にかかわるんだ。
 だから頼む……やめてくれ。殺すなら、俺を殺してくれ!」

 金髪の少女と、俺の目線が交わり……降参したように、彼女が溜息をついた。

「……ふう。しょうがないですね。でも、魔法少女として彼女が戦えば、それで済む話では?」
「さっきも話しただろう? 出来ないんだよ、沙紀は。
 戦闘能力……というより、攻撃能力が著しく欠如していてな。
 誰かのサポートに回れば確かに有能なんだろうが、そのサポートしてる相手に、奴隷扱いで裏切られるのを繰り返してる。だから俺が戦うしかないんだ」
「なる、ほど。『見滝原のバミューダ・トライアングル』を縄張りにする、正体不明のアサシン魔法少女の正体は、そういう事だったのですか……業が深い。本当、どうしたものやら」

 深々と溜息をつく、金髪の少女。

「なんだか、あたしたちが悪役みたいな立場になっちゃったなー……ああ、そうだ! この子にさ、あたしたちの仲間になってもらってさ! このお兄ちゃんは殺し屋休業って事で!」

 脳天気な意見を放つ蒼髪のルーキーに、俺は全力でガンを飛ばす。

「夕飯時に鉄砲と刀振りまわして人の家に踏み込んできたテメェらの、ドコのナニを信用して俺の大事な妹を預けろってんだヨ?」
「そりゃアンタの自業自得じゃないの?」
「だとしても、俺の妹にゃ戦闘能力が無いんだ! 性格的にも、能力的にもな。そんで……テメーらに裏切られたら?
 ……言っておくが、勝手に拉致るよーな真似したら、俺はテメーらを『狩る』ぜ……」
「うっ……たっ、立場分かってんのか、こんにゃろう! マミさんに芋虫にされてる今のアンタに、何が出来るんだよ!」
「じゃあ、今の内に殺しておけよ。でないと、後悔すんぜ?」
「んぐぅ……こ、この頑固なシスコン兄貴めぇぇぇぇぇ! 私たちは『正義の味方』だっつってんのに!」
「そりゃ御苦労さん。で、この頑固な悪党を前に、正義の味方さんはどうするつもりだい?」

 拳を握りしめて苛立つルーキー。
 と……

「ふ……ふふふふふふ、ふふふふふふふふふふのふー。お、に、い、さ、ん♪ そんなクチ利いて、いいのかなぁ?」

 唐突に。何か、邪悪な笑顔を浮かべる、ルーキー。
 その魔法少女らしからぬイビルスマイルに……最初、俺は呆れ果ててた。

「なんだ、拷問か? 拷問なのか? 好きにしろよ。ただし、妹に指一本でも触れたら……」
「まっさかー♪ 私たちは『正義』の魔法少女なんだから、拷問なんてするわけないじゃなーい♪」

 ニッコニッコと楽しそうな表情を浮かべる蒼髪のルーキーに……初めて俺は、果てしない程の嫌な予感を覚えた。
 ……何だ? 何を考えてる、このアマ!?

「マミさん! 彼をしっかり押さえててくださいね! あと、五月蠅かったら口も塞いじゃってください!」
「え!? え、ええ……さやかさん、一体、何を?」

 戸惑う巴マミ。見ると、黒髪のほうも、何やら戸惑っている。
 そして……

「これより、正義の名のもとに、シスコンお兄ちゃんの秘蔵本と武器を全部押収しまーす!!」
 
 高らかなる声で、死刑宣告が、ルーキーの口から飛び出しやがった!

「ぶーっ!!!!!!!! ちょっ、ちょっ……ちょっと待てぇぇぇぇぇぇ!!」
「あの物騒な鉄砲とかと一緒にー、あーんな本とかー、こーんな本とかー♪ こう、お兄ちゃんお気に入りのー、青少年にふどーとくな書物を、妹さんの目の前で朗読しちゃおうかなー、と♪ あるんだろー? ンー?」
「ちょっ、そっ……ソンナモノはっ……無いっ!!」
「ほっほーん? そう言い切りますか?」

 と……

「ねえ、沙紀ちゃん、って言ったっけ?」
「……ぅん……」
「このお家にさ、お兄ちゃんしか入っちゃイケナイ場所とかー? 開けちゃダメって言われてる場所とか、教えてくれない?」
「ふぇ……だめだよぉ! お兄ちゃん、危ない鉄砲とか爆弾、いっぱい持ってるんだから! うっかり触ったら、爆発しちゃうよ!」
「大丈夫大丈夫! このほむらお姉ちゃんが、危ない鉄砲とか爆弾とかの扱いには慣れてるから、爆発させたりはしないよ」
「……ぅぅぅー? ほんと?」
「だっ、やめろ馬鹿! マジでトラップとか仕掛けてあるんだから! 家ごと吹っ飛んじまう!」

 などと、最後のハッタリをカマしてみるのだが……

「はっはーん♪ そこに秘蔵のアイテムがあるワケですなー? OKOK、ほむら先生、危険物対策は、よろしくお願いしまーす♪」
「問題無いわ、行きましょう。魔女と戦って生き延びた、彼の所有する武器に興味がある。巴マミ、引き続き、彼の拘束をよろしくね」
「はいはーい♪ じゃ、沙紀ちゃん、お兄ちゃんの秘密のお部屋に、お姉ちゃんたちと一緒に行こうか?」
「うん♪ お兄ちゃん、ごめんね。ホントは、ちょっとお兄ちゃんの秘密のお部屋に、入りたかったの♪」
「待てぇぇぇぇぇ! やめろーっ!! やめてぇぇぇぇぇお願いぃぃぃぃぃマイシスタァァァァァプリィイィイィイイズッッッッッ!!!!!」

 俺がもし魔法少女だったら、イッパツで魔女化しかねない程の、絶望的な魂の絶叫も虚しく。 


「うわっ……うわぁ……何これぇ?」
「へぇ……男の人って、こんなモノが……」
「……お兄ちゃんって、こーいう女の人が好きだったんだー?」
「…………(ちらっと一瞥した後に、武器庫の物色に戻る)」


「…………………………いっそ、殺せ…………………………」



 ……その日。俺の人生は、色々と終わった……

 ……本日の成果:魔法少女1匹。魔女2匹。
 ……トータルスコア:魔法少女24匹、魔女(含、使い魔)53匹。
 ……グリーフシード:残14+1。

 本日の料理:日本式海軍カレー、マンゴージュース。
 デザート:……俺の血の涙。



[27923] 第四話:「待って! 報酬ならある」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/22 14:38
「おっ、お兄ちゃん……その……怒ってる?」

 全てが『終わった』翌日の朝。

「……沙紀? それは、誰の、何に対してって意味で、言ってるんだい?」
「え、えっと、その……お兄ちゃん、笑顔が何か、怖いよ……」
「ふふふふふ、やだなぁ、沙紀。お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ……ふふふふふふふ」

 自分でも自覚するくらい、虚ろに壊れた笑顔を浮かべてる俺。
 正直な話、色々な意味で昨日は、洒落にならなかった。
 精神的な意味では、沙紀も含めた、巴マミとルーキーの三人の魔法少女だったが、物質的、金銭的、戦力的な意味で最悪だったのが、あの黒髪の魔法少女だ。
 持ち主の俺の目の前で、『コマンドー』の映画に出てきたシュワルツェネッガーよろしく、オートマチックグレネードランチャーやら、対物ライフルやら、四連装ロケットランチャーその他諸々を、銃弾や砲弾含め、自分のソウルジェムの中に『お値段100%offセール』して行きやがったのである。
 『ブルドーザーで強行突入しなかっただけ、マシだと思いなさい』って……あンのクソアマぁぁぁぁぁ!!
 おかげで、ちょっとピンチだった俺の家の武器庫は、『最後の切り札』を除いて本格的にスッテンテンになってしまった。
 ……本当は、今すぐ沙紀と一緒に一週間くらいかけて海外に買い物に行きたいのだが、俺や沙紀自身の学校の授業等があり、そうも行かない。……とりあえず、ノートの中の『殺ス魔法少女』リストの二番目に登録しておく事にして、溜飲を下げておく。(一番目は勿論、あのルーキーに決まってる!!)。

「はい、出来たよ。目玉焼きとトースト。あとミルクね……ふふふふふふ」

 爽やかに虚ろな笑顔のまま、朝食を作る。
 と……

「うっ……うぇぇぇぇぇ、お兄ちゃん、ごめんなさい!!」
「何を謝る事があるんだい? 沙紀? あの時、ああしなかったらお兄ちゃんも沙紀も、殺されてたんだぞ?」

 そう。
 あの時、ギリギリの駆け引きで、俺も沙紀も生き延びる事が出来た。
 というか、むしろ、あの黒髪の少女。
 何を考えていたのかは知らないが、目線で俺に、惨劇を回避するためのシグナルを送って寄こした。
 ……ほんとに、マジでナニ考えてやがる?
 答えが分からない、読めない。だが、一応、少なくとも、三人とも俺を殺したくは無かったらしい。
 ……その点だけは、感謝しないといかんなぁ。
 とはいえ、無論、コマンドー買いという名の窃盗とは別だ! 絶対に弁償させてやる!!

「ごめんなさい! もう二度とお部屋のぞきません! だから元のお兄ちゃんに戻ってー!」
「はぁー……はいはいはいはい。分かった分かった。二度としちゃダメだぞ?」

 流石に、悪ふざけが過ぎたらしい。
 軽く頭を撫でて、椅子に座ると、まず牛乳を口に含み……。

「ごめんね。お兄ちゃん。
 私、お兄ちゃんの好きな、金髪で目が青くて、おっぱいの大きな女の子になるから……」
「ブーッ!!」

 つうこんの いちげき!
 みつるぎ はやたは 9999の せいしんてき ダメージを うけた。

「うわ、きちゃないよ、お兄ちゃん……って、お兄ちゃんがまた壊れたーっ!!」
「ウケケケケケケケケケケケケケケ……」

 結局、その日、どうにか自立駆動が可能な程に精神的再建を果たせたのは、妹を小学校に送って、高校の門をくぐってからだった。


 少年再建中……少年再建中……
 休み時間に、教室で突っ伏しながら、俺は精神的再建を続行していた。

「どーした、ハヤたん?」
「いや、そのね……俺の部屋に、知り合いの女の子が無理矢理乗り込んできてね。
 ンで、イキナリ奇襲でふんじばられて、『エロ本を探せーっ!!』って……妹も一緒になって……後はお察し。
 ……女って、オッカネェよ……」

 とりあえず、肝心のキモはボカして、昨日の出来事を、学校の友人に話した。

「あー、ご愁傷様。
 ……ところでさー、ハヤたん♪」
「ごめん。部活の助っ人も、また今度……」
「うー……じゃあさ、助っ人じゃなくて、名前だけでいいから、正式にウチの部に入部してくれよー。勿体ないよ、その体力」

 高校の体力測定で、結構良い成績を取ってしまったためか、俺は各方面の部活動に、引っ張りだこだった。
 とはいえ……

「勘弁してくれよぉ。妹の面倒見ないといけねーんだし、俺、奨学生だからテストの成績も絡んでくるんだ。悪いけど、部活とか無理」
「……ったく。これだからシスコンは」
「シスコンで何が悪い? ……いや、ちょっと悪いかもだけど、沙紀にはまだ俺が必要なんだ」
「汚名の自覚があるならさ、ほら、ウチの陸上部の入部届けにサインしてよ。幽霊でもいいからさ」
「くどいっての……どこのキュゥべえだよ、テメェ」
「え?」
「いや、何でも無い。ちょっと便所」

 とりあえず、トイレに向かい、用を足す。
 ……因みに、ソウルジェムを持ってない今の状態では、俺にキュゥべえは見えない。
 俺が魔女や魔法少女を狩れるのは、あくまで、沙紀の力を借りているからこそなのだ。

「……部活、か」

 叶うならば、茶道部に入りたかったなぁ……お茶の作法とか、ちょっと知りたかった。
 そんな事を考えていた時の事だった。

『御剣 颯太』
「!?」

 あの黒髪の魔法少女からのテレパシー。

『放課後、話があるわ』
『話の前に、武器返ぇせよ?』

 ……返事は無かった。



「……さて、と」

 放課後、俺は近所のスーパーへと足を向ける。目指すは、タイムセールの野菜コーナー。
 そこへと向かう途中に、豚バラのロースをゲットしつつ、タイムセールのキャベツも確保。

「ああ、お醤油が切れてたんだった」

 醤油を買い物かごに放り込み、レジに。
 ネギのはみ出した買い物袋を抱え、家路を急ぐ。
 ……呼び出し? 当然無視だ!(キッパリ)

 だが……

「あ、お……お帰りなさい、お兄ちゃん」

 玄関を開けた沙紀が、何やら戸惑った表情で出迎えて来る。

「あの……昨日のお姉ちゃんが……」

 ふと、玄関を見ると、見知らぬ靴が一足。

「待たせて貰ったわ、御剣颯太」
「てめぇ! 他人の家で勝手に何してやがった!」

 リビングのソファーに居たのは、昨日の黒髪の魔法少女だった。

「心配しないで。彼女に危害を加えるつもりはないわ。ただ、あなたに話があったから」
「話の前に、武器返せよ」
「妹より、武器が大事?」
「………………」

 沈黙。
 で、結局、折れざるを得ないのは……

「何だよ。用件ってのは?」

 もう、どう逆さにふるっても、圧倒的に不利な状況に、溜息をついた。

「二週間後、ワルプルギスの夜が、この町に来る」
「!!?」

 冗談、にしても趣味の悪い話だ。
 ワルプルギスの夜。その正体は知らない。
 知っているのは、災厄としか言いようのない、ド級の化け物魔女だという事。それを俺は『身を以って』体験していた。

「どうやら、知っているようね?」
「……まあな。知ってるよ。よーっく、な」
「どこまで?」
「さてね」

 と、

「はい、どーぞ」

 沙紀の奴が、俺と黒髪の少女の分の、お茶を淹れて持ってきた。

「沙紀……こーいう勝手に上がり込むよーな奴には、茶を出さなくていいぞ」
「いちおう、お客さんなんでしょ? お客さんには、お茶を出すもんだ、って言ってたじゃない」

 そう言うと、冷蔵庫の中から、栗鹿子を二つ取り出してくる。

「おいおい、沙紀、もうソレで最後だぞ?」
「うん、美味しかったから、お客さんにも食べてもらいたいの。だから、また作って。お願い♪」

 その『お願い』の裏に込められた意味を知らない程、俺も沙紀も、自分の置かれた立場を知らないわけではない。

「……しょうがねぇな」
「うん。約束だよ! 絶対に!」
「あい、よ」

 交わされる日常の約束。それは、俺と沙紀を修羅から引き戻すための、心の命綱だ。

「で、何でお前が、ワルプルギスの夜が出るなんて知ってんだ?」
「その前に、何であなたが、ワルプルギスの夜を知っているの?」
「……チッ、さっきから尋問じみてんな、オイ?」
「そうね。『あなたと出会うのは初めて』だから。
 魔法少女でも魔女でもなく、魔法少女の力を借りてるとはいえ『ただの人間が魔女を狩る』なんて、想像の外だった。
 しかも、魔法少女の秘密を知って、なお、それに抗おうとする。
 そんなイレギュラーに興味を持つのは、当然じゃない?」
「別に、大した話じゃねーよ。
 一生モンのビョーキやケガ抱えて頑張ってる人間や、それを支えてる身内なんて、世の中にゃゴマンと居る。
 それがまあ、ちょっぴり特殊でやる事がアレなだけで、心構えは似たようなモンだよ」
「……強いわね」
「よせよ、魔法少女。幾らおだてたって、出せるのは、今出てる茶と茶菓子までだ。
 で、用件はワルプルギスの話だけか? その情報が確定なら、妹を連れて見滝原から逃げるだけなんだが?」

 予め、予防線を張っておいたというのに、彼女は真っ直ぐに俺の目をみて、堂々と言い切った。

「御剣颯太……ワルプルギスの夜を倒すのに、協力してほしい」 

 こいつは……馬鹿か?

「馬鹿だろ、お前? なーんも知らねーで無茶ぬかしゃあがって……」
「知ってるわ。ワルプルギスの夜が、どれほど手ごわい存在かくらい」
「お前はアレと戦った事がネェから、そんな事ぬかせるんだ!」

 だんっ! と……
 テーブルを叩いて、叫ぶ。

「あるわ。何度も」
「ドコでだよ!? っつか何度も!?」

 ワルプルギスの夜。
 通常とは違う、身を隠す結界すら必要としない魔女は、人間には災害による自然現象として観測される。
 つまり、『どこに現れたか』という事が、明確に記録として残るのだ。

「っ! ……それは……」
「話になんねぇな。
 まあ……忠告はありがとうよ。どっか沖縄あたりにでも、旅行チケットを取って行くわ」
「待って! 奪った武器は帰す! だから」
「ワルプルギスの夜相手に、そんなモンが屁の突っ張りにもなるか。まあ……逃げたほうが賢明だぜ。あんなの」

 と……

「待って! 報酬ならある!」
「ほぉ? 俺の命と妹の命。纏めて天秤の片方に乗せて、なお吊り合いそうな報酬かよ? どんなんだ? ん?
 試しに言ってみろや?」
「これよ」

 そう言って、彼女が、自分のソウルジェムの中から取り出したのは……金髪でボインボインの18歳未満閲覧禁止の、写真集!! しかも何十冊も!!

「この程度なら、まだ幾らでもある。……お願い、協力を」
「出てけーっ!!!!! 一人で、ワルプルギスの夜の歯車に轢き潰されて、死ねーっ!!」

 反射的に茶をぶっかけて、怒鳴りつける。
 テーブルひっくり返して叩きつけなかったのは、自分の作った茶菓子に対する、俺のギリギリ残った理性だ。

「……男ってこういうのが好きなのではないの?」
「色々クリティカルで斬新な条件なのは認めるが、少なくとも、命のかかった話の席でカマしていいジョークじゃねぇよ!!
 オラ、とっとと出てけっ! 二度と来んじゃねーっ!」
「ごめんなさい! 悪かったわ! 癇に障ったのなら謝る! でも、あなたの協力がどうしても必要なの!
 ……お願い……私の知らない要素のあなたが、チャンスの一つに成りうるかもしれないの」

 いきなり、泣き始めた黒髪の少女に、俺は途方に暮れてしまった。

「……何言ってんだか、分かんねぇけどよ。
 『協力しろ』っつわれて『ハイソーデスカ』なんて言える案件じゃねーだろ?
 まして、一方的に尋問じみた脅しカマして協力しろとか……どーかしてるぜ、お前? ちったぁ頭冷やしてから出直したほうが、いいんじゃね?」
「……っ………っぅ………」

 が……何やら、泣きながらチラチラと妹のほう、見てやがりますよ、このアマっ!

 案の定、

「あー、お兄ちゃん、女の子を泣かしたー! ダメだよー! 女の子泣かしちゃー!」

 ……ですよねー? でも甘い!!

「うん。お兄ちゃん、今、ものすごーく怒ってるから泣かせたんだ。
 沙紀、あっち行ってなさい。昨日から、お兄ちゃん、とってもとっても怒ってるから、怖いぞー」
「は、はーい!!」

 獰猛な笑顔で、沙紀に笑いかけると……びくっとなって沙紀は逃げて行った。

「で、嘘泣きまでして、気は済んだか?」
「……手ごわいわね、御剣颯太」
「当たり前だ。
 名前も名乗んないで、涙一つで超ド級の厄ネタに巻き込もうなんて性悪根性の持ち主に、見せる隙があると思うのか?
 一応、一家の主だぞ、俺!」

 この色々と人を舐めくさった魔法少女。本当に油断がならない。

「……暁美ほむら」
「あ?」
「ごめんなさい。名乗って無かったわね、私の名前。
 暁美ほむら、よ。
 ……じゃあ、最後に聞かせてほしいんだけど。あなたはドコで、ワルプルギスの夜と戦ったの?」
「あまり、言いたく無いし、思い出したくも無いな」
「なら、ドコで戦ったかは、私も語る必要はないわね」
「……………」
「………」

 とりあえず、思考を巡らせる。
 目の前の魔法少女が、相当な手錬なのは間違いが無い。その彼女が俺に協力してほしい、というのも、事実なのだろう。
 でなければ、とっくに妹も俺も殺されてる。
 昨日の『正義の味方』を自称したルーキーや巴マミとは違い、彼女はそんな甘いもんじゃない。
 その手錬の魔法少女が、俺みたいな外道働きのイレギュラーにすら協力を要請する。つまり、ワルプルギスの夜が見滝原に来るというのは、情報源がドコかは兎も角、彼女の中で確定的な事実なのだろう。

「……やっぱり逃げたほうがいい気がしてきたぜ」

 考えれば考えるほど、ヤヴァ過ぎる。
 そう思っていたのだが、とーとー業を煮やしたのか、彼女は最後の切り札を切ってきた。

「そう、どうしても逃げると言うのなら……あなたの詳しい情報を、逐一キュゥべえに流してみようかしら?」
「っ! ……テメェ!」

 俺の家の周りにキュゥべえが居ないのは、根気よく徹底的にゴキブリ退治を繰り返し続けてたからに過ぎない。
 何より、奴は魔法少女にした人間の後の事に関しては、グリーフシードさえ回収出来れば、最初の死にやすいルーキーの内は兎も角、成長した後は基本ほったらかしだ。
 ……無論、俺の『魔女も魔法少女も狩り尽くす』営業妨害や、俺が抱える『魔女の窯』に腹を立てたのか、何度か俺らを退治に『正義』の魔法少女を送り込んできたのだが、それもキッチリ罠に嵌めて撃退し続け、最近はメッキリと減っている。
 彼らにとって、ソウルジェムがグリーフシードに変わる前に殺されては、元も子も無いからだ。
 『殺す割に合わない相手』。
 そうキュゥべえが判断したからこそ、俺も沙紀も、普通の生活を送れるのである。
 今回、あえてそれを送り込んできたのは……俺が油断し、彼女たちが相当以上の手錬で、しかもパーティを組み、不覚が有り得ないと思ったからこそだろう。

「あなたが安寧を得られるのは、必死でココの縄張りを、暗殺という得体のしれない恐怖で守ってきたからに過ぎない。
 だけど、キュゥべえはドコにでも居る。そして、逃げ続けるのならば、四六時中、彼らにそそのかされた『正義』の魔法少女に、逃亡先で命を狙われる事になる。
 そんな生活……送ってみたい?」
「こんの、クソアマ……っ!!」
「私は、あなた以上に手段を選ぶつもりは無いわ。だからワルプルギスの夜を倒すのに、協力してちょうだい」

 チェック・メイトである。
 ……クソッ!!

「……一つ聞かせろ。暁美ほむら。
 ドコでワルプルギスの夜が、二週間後に来るなんて、情報を手に入れた?」
「その前に、あなたはドコで、ワルプルギスの夜と戦って、生き延びられたの?」
「OK、平行線を繰り返しても意味が無ぇ、交換条件だ。互いの情報交換で、どーよ?」
「………………あと一つ、付け加えていい?」
「何だ?」
「タオル、貸してくれないかしら?」
「……武器、返してくれるか?」

 その言葉に、はぁ、と彼女は溜息をつき。

「分かったわよ、もう」
「OK、交渉成立だ」

 俺は、台所にあったタオルを、投げてよこした。



[27923] 第五話:「お前は、信じるかい?」(修正版)
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/12 13:42
「……これは?」

 武器庫に残っていた、一振りの刀。
 姿形は白鞘の日本刀だが、それを『日本刀』と呼んだ日には、日本刀コレクターの皆さんから盛大なお怒りを買う事になるだろう。
 何しろ……

「昔の俺の武器。名刀『虎徹』だ。興味があるなら、抜いてみ?」
「……ええ」

 そう言って、鞘から抜いて出てきた刀身には、マトモな刃紋が無かった。名刀どころか、どちらかというと刀の形をしてるだけで、作業用の包丁のようにギラついた刃物……そんな代物だ。

「どうだ?」
「よくは知らないけど、虎徹って……こんな刀? 噂に名刀だって聞いたけど、何というか、美しさというか品が無いわ?」
「正解。こいつはな、虎徹は虎徹でも『兗州(えんしゅう)虎徹』さ。スプリング刀って、聞いた事ないか?」
「……ごめんなさい。日本刀に詳しいわけじゃなくて」
「自動車の廃材のリーフスプリングを、刀の形に叩き伸ばしてデッチアゲた代物だよ。玉鋼で作る流麗な日本刀とはワケが違う。
 だが、俺が戦ってきた中で、こいつが一番、折れず、曲がらず、よく斬れた。
 考えても見りゃ、トン単位の車体を十年以上支え続けながら、柔軟性を失わない自動車バネを材料に叩きあげたワケだからな。そりゃあ鉄の素性がデキを左右する日本刀にすりゃ、『武器としては』出来がいいモンになるのは当然なワケさ」
「……で、この刀が何か?」

 鞘におさめて返された日本刀を手に、俺は彼女の目を覗きこむ。

「暁美ほむらが『魔法少女』なように……御剣颯太が『魔法少年』だったとしたら、お前は信じるかい?」
「否定する要素は無いけど、肯定するには突飛に過ぎるわ。そもそも、あなたはキュゥべえと契約したわけじゃない。ううん、出来るわけがない」
「その通り、俺はキュゥべえと契約したわけじゃない。契約相手は俺の姉さんだ。
 魔法少女になった姉さんは、沙紀程じゃなかったがドンくささが抜けず、一人で戦うのには向いてなかった。で、それを知った俺は、半ば押しかけ助っ人で戦い始めた。こう見えて剣道とか剣術に一時期ハマってたから、姉さんの力を借り受ける形で、俺は『魔法少年』をやる事になったワケだ。
 かくして、魔法少女『御剣冴子』の欠かせぬ相棒(マスコット)として、魔法少年『御剣颯太』が生まれた。この刀は、その時に振りまわしていた『最初の魔法のステッキ』ってワケだ。……ああ、ちゃんと衣装も変化したんだぜ。笑っちまうかもしれんが」
「……」
「最初、姉さんから与えられる力は、無尽蔵のモノだと無邪気に思い込んでた俺は、ヒーロー気取りでカッコイイ衣装と、魔力を付与した日本刀で前に出て戦い続けた。痛みすらも姉さんが肩代わりしてるとは知らずにね。
 で、ある時、それが分かって、俺は魔女とのガチンコの斬り合いから、今のスタイルに武器を切り替えた。
 ……姉さんは残念がってたが、背に腹は変えられない。お金はあったから、海外に行っては武器弾薬を仕入れては、姉さんのソウルジェムにしまい込んで持ち帰って。必要に応じて、その都度、魔力を付与した武器を渡してもらった。衣装も、使う魔力が勿体ないって言って、強化程度に留めてもらった。
 そんで、200×年。●●県某市。
 本来、縄張りを守るべき魔法少女たち全員、命惜しさに手に負えないと逃げ出す中。姉さんと俺と、たった二人で、ワルプルギスの夜に挑んだ。
 みんなのために……ってな。
 結果は……まあ、お察し。無残なモンだったよ。
 何一つ守り切れず、ワルプルギスの夜が暴れ終えるまで、死に物狂いでお互い逃げ回るダケだった。はっきり言って結果だけ見れば、戦おうが戦うまいが一緒。
 だがまあ、なんとか二人、生き延びる事は出来た。
 そう思った時に……姉さんに……限界がきた」
「……魔女化」
「そう。姉さんは魔女になり……俺は僅かに魔力が残っていた武器弾薬全てを叩きこんで……姉さんを殺した」

 そう言うと、俺は未使用のグリーフシードを一個、テーブルに置く。

「これが……あなたの?」
「『姉さんだったモノ』だ。
 で、ズタボロになった俺を、心臓病を患って入院してたハズの沙紀が、無邪気に家で笑いながら迎えてくれたわけだよ。
 キュゥべえと一緒に『魔法少女』になって、な。……流石に目の前が真っ暗になって絶叫したよ。
 かくして、俺は今度は沙紀を相棒に、新たな伝説を作る羽目になった。『正体不明の暗殺魔法少女』の、な」
「……立ち入り難い事を聞いたわね」
「別に、キュゥべえの回りにゃよくある話だろ?
 あ、因みに、ソウルジェムを砕けば死ぬっての知ったのは、姉さんが魔女化した後の暗殺時代な。『魔力の源』だから壊せば何とかなるかな、って思ってたら魔力どころか魂丸ごとだったとはね。
 まあ……あの悪辣な悪魔のする事だから、特にどーとは思わなかったけど、そういうものだって知ってからは、魔法少女を狩る効率だけは、格段に上がったっけ」
「……そう」

 少し長い話を話し終え、俺は一呼吸置くと、暁美ほむらに問いかける。

「で、こっちのネタは話した。今度はお前さんの番だぜ」
「待って。もう一つ聞かせてほしいの。……あなたのお姉さんが、契約に当たって願った奇跡は、何?」
「そいつぁ話す条件に入ってねぇな。話すとしたら、お前のも話せよ?」
「分かった。構わないわ。それも含めてあなたに話す。だから教えて?」

 何というか。
 自らも省みず、とことん彼女は俺のデリケートな部分に、踏み込む覚悟らしい。
 暫し、躊躇った末に、俺は、口を開いた。

「……金だよ。超大金。1000億くらいかな?」
「沙紀さんの心臓病の、手術費用?」
「違う。それもあるにはあるが、それなら直接治してくれって願うだろ。……あー、もーっ!! どこまで突っ込んでくる気だよ!?」
「噛み合わない。
 みんなのためにワルプルギスの夜に挑むような女性が、お金なんて俗っぽい理由で魔法少女になるとは、とても思えない」
「お前、お金を馬鹿にすんなよ!! 殺スぞ!?
 ……まあいい。もう面倒だ。話してやるよ。
 親父とオフクロが、どこぞの新興宗教だか何だかにハマってな……そこの教会にえっらい寄付金とか突っ込んじゃったんだよ。
 挙句の果てに、沙紀が心臓病でぶっ倒れるわ、その教祖様と家族が狂って首吊ったのを後追いして親父もお袋も死んじまうわ、身に覚えのない借金取りはやって来るわ、家は売る羽目になるわ……そんな諸々を解決するために、姉さんはキュゥべぇと契約して大金を手にしたわけだ。
 ドンくさい姉さんだっけど、一回しか使えない奇跡にかけるにしちゃあ、なかなか気の利いて冴えた使い方したと思うぜ? どんな腕利きの傭兵になろうが、資金潤沢なPMC(民間軍事会社)に入社しようが、そんな大金、稼げるわけねーんだしな」
「……ごめんなさい」
「謝るなら、おまえさんのほうの情報提供で誠意を示してくれ。
 あと、武器弾薬とか返せな? 一応、姉さんの金で買ったモンなんだから」
「……分かったわ。使ってない分は、返す」
「さあ、俺が話せる事は全部話した! 今度はお前の番だぜ、暁美ほむら!」

 そう言って、話を振る。
 暫く黙っていた彼女は、やがて、意を決して口を開いた。

「……私は、時間遡行者よ」
「じかん……そこーしゃ?」

 耳慣れない言葉に、首をかしげる。

「時を繰り返す者。ちょっと、難しい概念かもしれないけど」
「……すまん、詳しく説明を頼む」
「そうね。『時をかける少女』って知ってる? あるいは……少しマイナーになるけど『All You Need Is Kill』とか」
「……!!
 OK、何となくわかった。お前さんは『繰り返し』の世界の住人なんだな!?」

 ピンッ、と来やすい概念の作品を言われ、何となく概要が掴める。
 ……こういう時、馬鹿で助かったと自分でも思う。

「……そういう事。もう何度も何度も繰り返してるの。ワルプルギスの夜と闘うまでの日々を」
「それがまた、どうして俺なんぞに……待て、繰り返してるのだとして『あなたと出会うのは初めて』っつったな?」
「ええ、そうよ。
 幾度繰り返したか数えるのも馬鹿らしい程の世界の中で、初めてあなたが私の前に現れた。
 おそらく、本来あなたは綱渡りな戦いの末にとっくに死んでいるか、見滝原を離れているか……ともかく、私たちとは本来関わらない存在だった。
 あなたが今、ここで生きてる確立は、巴マミと美樹さやか、それに佐倉杏子と全員揃ってワルプルギスの夜との戦いまで生き延びる確率の、千分の一以下かしら?」
「……まあ、そうだろうなぁ?」

 魔女にせよ、魔法少女相手にせよ、とにかく綱渡りの闘いを繰り返してきたのだ。ついでに言うなら、全くドジを踏まなかったワケじゃない。この間のシャルロット戦のように『悪運』としか言いようのない事も、それなりにあった。
 故に。もういっぺんやり直せ、って言われても、やりとおす自信は、無い。

 ……って……オイ待て。今、聞き捨てならない名前が混ざって無かったか? まあいい、突っ込むのは、後だ。

「あー、とりあえず、巴マミとか、今名前挙げた連中は、全員死ぬのか?」
「ええ。でも、運命がねじ曲がったとしか思えない。
 巴マミは、あの段階と状況だと、シャルロットに喰い殺される末路を辿るハズだったのに、何故か生き延びた」
「あー……多分、それ、俺が直接原因を作ったと思う。C-4たらふく喰わせて、奴ごと巴マミと纏めて葬るつもりだったのに、失敗したから」
「そう。私が全く予想できない、あなたというファクターが生き延びた結果、運命がねじ曲がった。
 だから、これは何かのチャンスじゃないのかと、私は思っている」

 ……とりあえず、運命だとか、時間遡行だとかなんて、マユツバもんの話の真偽は別として。
 彼女が俺に対して、協力的な理由は、何となく理解は出来た。

「……んー、じゃあさ、ワルプルギスの夜を倒す事に、なんでお前さんは拘るんだい?
 この町から逃げるって事は、考えなかったのか?」
「逃げるわけには行かないのよ。そんな事をしたら、それこそまどかはキュゥべえと契約してしまう」
「まどか?」
「鹿目まどか。……最強の魔法少女の素養を持つ少女よ。ワルプルギスの夜すら比にならない程に、強力な」
「……あー、なるほど。つまり、最悪の魔女の元、ってことな? そいつを予め殺しておくって事は?」

 次の瞬間。
 壮絶な殺気と共に、気付くとデザートイーグルの銃口が、俺の額につきつけられた。
 ……相変わらず、コマ落としにしか見えねぇ。気がつくと、脳天に銃口だ。
 一体何なんだよ、こいつの能力?

「御剣颯太。あなただけじゃない、あんたの大切な妹まで、くびり殺されたくなければ、二度とそんな口を開かない事ね。
 増して、実行しようという気配を見せただけでも……私はあなたを殺すわ」
「OK、落ち着け。あんたの地雷はよーっく分かった。
 だから銃口を下ろせ。一応、話し合いの席なんだろ?
 ……お互い、地雷持ちの爆弾抱えた、大切な人ってのは居るもんだしな」
「っ………」

 何とか銃口を下ろしてくれる。と、同時に、目の前の少女に、奇妙なシンパシーを、俺は感じていた。親近感、と言ったほうがいいかもしれない。
 ……まあ、逆の立場だったら、俺も同じ事をしただろうしな。

「要するに。その……鹿目まどかって子を生かしたまま、かつ、魔法少女にならないように誘導し、かつ、ワルプルギスの夜との闘いを超えないといけない。そういうワケだな?」
「……そうよ。この町は、彼女の日常。彼女が笑って過ごせるこの見滝原を、魔法少女や魔女の倫理で壊させるわけにはいかない」
「無理難題だぜ! 作戦目標っつか設定が多すぎる!
 そもそも、そんな素質を持った少女をキュゥべえが見逃してくれるワケが無いし、あの悪魔の勧誘を何とか乗り切ったとしても、その上でワルプルギスの夜とガチンコで勝てってほーが………………………待て」

 と……そこで、気がついた。
 無理難題と呼ぶのもヌルい、難しすぎる無謀な作戦目標。
 普通は絶対破綻するミッションを、もし『成立させ得る願望』があるとするならば?
 それこそ、時間遡行でリトライを繰り返すくらいしか手は無いだろう。テレビゲームでセーブとロードを繰り返すみたいに。
 少なくとも、それ以外に、俺は手を思いつけなかった。

「あんた……本当に、時間を戻って、繰り返してきたのか?
 もし、あんたの言ってる事が本当だとしたら……どれだけの回数『繰り返した』んだ?」
「……忘れたわ。もう」

 倦み疲れた表情でサラッとつぶやく彼女に、俺は絶句する。
 そりゃそーだ。
 TVゲームだって、クリアする事に夢中になる奴はいても、最初の数回だけならともかく、何十、何百と繰り返したセーブとロードの回数を測る奴は、余程の暇人しかいない。
 彼女にとって肝心なのは、繰り返した数ではなく『結果』しか無い。つまりは……一回や二回では、ありえない数を、繰り返しているのだろう。
 俺は溜息をついて、確認を続ける。 

「その、鹿目まどか。……そいつがキーなんだな?」
「……そうよ」
「彼女を救いたいのか?」
「そのために、私は魔法少女になった。
 彼女がキュゥべえに騙される事なく、笑って過ごせる日常を守るために」
「……分かった。じゃあ、最後に……ってわけじゃねぇが、この話題の最後に聞かせてくれ。
 その鹿目まどか。彼女はお前にとって『何』なんだ? 親? 兄妹? 親戚?」

 その質問に、彼女は初めて俺から目をそらした。

「彼女は、私の大切な……人よ」
「具体的に言えよ。身内か? それとも、何かの恩人か?
 悪いが、ソコをショージキに語ってくんなきゃあ、あんたの動機の、肝心のキモが見えてこねぇんだよ」

 沈黙。
 そして……

「……大切な……本当の友達よ」
「ダチ公かヨ。そんなデカい奇跡の対価としちゃ安いゼ」

 遠い目をして、俺は溜息をついた。
 友達。
 思えば、魔法少年をやって以降、あまり出来なかった気がする。
 第一、両親が死んで家族を守るだけで精一杯だった俺に、友達なんぞ作る余裕も無かった。

「っ……あなたに、何が……」
「だが、うらやましいな」
「え?」
「俺にゃ、家族っきゃ居なかった。親父とオフクロが首くくった後は、姉さんと妹を守るだけで、精一杯だった。
 ……本当のダチなんざ、作る余裕も、出来るワケも無かった。
 そう、俺には家族しか居なかったんだ。
 その家族を……姉さんを、ワルプルギスの夜は、魔女にして俺に殺させやがった!!」

 そう言うと、久々に……久々に、心の底から、笑った。
 『正義のヒーロー』を気取ってた頃の、あの高揚感と同時に、沸き上がるドス黒い復讐心。
 コイツと組めれば『ワルプルギスの夜』を倒せるかもしれない。
 使う機会も無く死蔵していた、ワルプルギスの夜を倒すために揃えた武器や、対ワルプルギスの夜のために編み出した技を、思う存分、恨みと共に叩きつける事が出来る!

 ……そのために、ちょっと肝心な事を聞きそびれたが、まあいい。

「ぃよぉし! 手伝ったろうじゃねぇか! アンタのダチ公をキュゥべえから守る云々は正味どーでもいいが、ワルプルギスの夜はキッチリブチのめす……のは、いいんだが。
 余計な事かもしれねーが、アンタは、そっから先はどーするつもりなんだ?」
「……え?」
「イレギュラーなんだろ、俺は? あんたにとっても、俺はやり直しの利かない存在なワケだ?
 で、仮に俺が手伝って、ワルプルギスの夜を倒せたとして、なんかの事件や事故で、また彼女がキュゥべえに丸めこまれたら、どーすんだ? 一生、影から面倒みんのか? それともまた、俺抜きでやり直すつもりなのか?」
「それは……その覚悟はあるわ。彼女のためならば!」
「よし。ならその証明に、お前を抱かせろ」

 その言葉に、彼女が石化する。

「は? だっ、だっ……」
「お前とSEXさせろ、っつってんだ」
「……おっ、おっ……あ、あ、あ、あんた!?」

 おーおーおーおーおー、面白ぇなぁ♪
 せいぜい、秘密の小部屋漁られた鬱憤を晴らさせて貰いますか。

「んじゃショーガネェ、その鹿目まどかを今から殺しに行こう」
「ちょっ!!」
「最悪の魔女の元を殺し、ワルプルギスからはトンズラをコく。そーすりゃ、俺も妹も安泰で、大口の契約を逃したキュゥべえも悔しがる!
 ほれ見ろ、俺的にゃバンバンザイだ♪」
「っ……御剣颯太!!」

 次の瞬間、またデザートイーグルが『コマ落とし』で眉間の前に出てくる。

「あんたが……あんたがそこまで最低なゲスだとは思わなかった!!」
「うっわ、マジかよ! ガチで時間止めてんのかぁ……すげーなあんた!
 ……こりゃ、時間を逆戻りしてるってのは、本当っぽいな」
「!」

 今度こそ、驚愕する彼女。
 ……いや、びっくりしてんのは俺のほーなんスけど。分かったって、そう簡単に対処しようの無い能力だし。
 ってーか、俺みたいな小物に、そんなスーパー能力乱発すんなよ?

「何の、事かしら?」
「……案外、分かりやすいツラしてんな。損だぜ、それ。
 っつーか、あんた繰り返し過ぎて想定外に脆くなってんじゃね?
 それとも元からそーなのかは知らねーけど、全部知ってるつもりで行動してっから、全く想定外の知らない事に、どう対処していいか分かんないとか?」
「だから何だというの? この状況を、理解できないのかしら?」
「あー、よせ。銃を下ろしてくれ。試してマジで悪かった。
 その……鹿目まどかさんの事までハッタリに使ったのは、マジ謝る。この通りだ。それに、あんたの能力が分かったからって、今すぐパッと、思いついた対処のしようがあるわけじゃねえ。
 あと、抱かせろ云々より前の言葉には、嘘もハッタリも無ぇよ……ワルプルギスの夜倒して、あんたのダチ公救うんだろ。妹の身に可能な限り危害が絡まないようにするなら、俺に手伝える限りは手伝ってやるよ。姉さんの敵だしな」
「私に、あんたみたいなゲスを信じろ、というの?」
「悪かった。本当に悪かったよ。ただ、あんたがあまりにも手札見せてくれないから、俺としては試さざるを得なくなってよ。
 知ってんだろ? ワルプルギスの夜を相手にするからにゃあ、ハンパじゃ挑めねぇ。勝てそうにないなら尻尾巻いて逃げて、次の機会を待ったほうが賢明ってモンだ」

 俺の説明の間も、彼女がつきつけた銃口はブレない。

「……一つだけ、聞かせなさい。何故、私の能力が分かったの?」
「あ? ……気付いてねぇのか、もしかして?」
「答えなさい。でなければ、あなたはココで殺すわ」
「……OKOK、種明かしはシンプル。お前さんの真後ろにある、あの時計だよ。
 あんたの動きが、俺には『コマ落とし』としか認識できなかった。そういう状況に俺が陥る理由は、三つに一つ。
 『俺の認識そのものを、催眠術か何かで誤魔化してる』か、さもなくば『超速度か何かで誤魔化してるか』、さもなくば本当に『時間丸ごと止めている』か、の三択だ。
 で、ウチのあの時計、秒針がゆっくり移動しながら60秒で回るタイプだろ? あの時計の秒針見ながら、お前さんがいつ銃口を突き付けてくるか、測ってた」
「……それが、どういう意味があるというの?」
「おいおいおい、俺みたいな馬鹿でも分かるトリックだぜ? あー、それとも初めて見破られて、パニックで頭が回らねぇとかか?
 いいか? もし催眠術だったとしたら、俺個人の認識がすっ飛ぶワケだから、秒針の認識は連続しねぇ。二秒の次が四秒、って感じで……例え一秒以内の停止でも、微妙に秒針の動きの認識がトんで、ズレるハズだ。だが、お前さんに銃を突きつけられた瞬間も、連続して秒針は回り続けてた。
 そして、俺は実は、目にはちょいと自信がある。生身でも高速型の魔法少女の動きが、凝視してれば辛うじて影くらいは見えるような気がするかなー……って程度には、な。だがそれも無い。
 つまり……かなーり信じがたいが、『お前さんが時を止めた世界の中で動ける』以外の答えは、ありえねぇのさ」

 とりあえず、かるーく名探偵気分で説明してみせたが、彼女は憎々しげに俺を睨んだまま、銃を下げてくれない。
 ……やばい、完全に地雷踏んだか!?

「……喰えない奴」
「そりゃ、人外のバケモン相手に、生身で妹守りながら必死に生きてきたんだ。幾ら俺がアホでバカに生まれついた小物だからって、この程度の浅知恵は回るようにゃなるんだよ。
 っつか、本気で頭イイ奴にかかると、多分、初見で見抜かれるし、『時を止める』なんて超能力、あてずっぽうで当てて来る奴は多そうだから気をつけたほうがいい。あまりチャラつかさないほうがいいぜ」
「あなたが喋らなければいい。永遠に口を閉ざして……」
「いいのか? 色々とお膳立てが台無しになるぜ? あんたにとっても、俺にとっても、これはチャンスなんだぜ?」

 沈黙。
 やがて……

「……ふぅ」

 溜息と共に、銃が下がる。……やれやれ、おっかねー女だなー、おい。
 で……ふと、時計をもう一度見直し、俺は真っ青になった。
 もう八時を回って、九時に近くなってる。

「……おなかすいた、お兄ちゃん。まだ怒ってる?」
「やっべえぇぇぇぇぇ! 沙紀、ごめん。すぐ作るからな、晩御飯!」

 エプロンを装備して、キッチンに立つ。今日は豚の生姜焼きとみそ汁とご飯だ。
 何とか気合を入れれば、二〇分もかからないで出来上がる!

 と……

「そうね、抱いても、いいわよ……」

 明らかに確信犯、かつ小悪魔的なスマイルを浮かべ、暁美ほむらが迫ってきやがった。

「ぶーっ!!」
「お兄ちゃん、抱くって?」
「沙紀っ、耳をふさいでなさい!!
 悪かった、悪かった! 沙紀の前でそーいう事すんなぁあああああああああっ!!」

 起伏が無い体型は、俺的マイナスポイントとはいえ、少なくとも、外見だけは濡れた黒髪の、美少女と言っていい外見である。
 そんなのに迫られたら、妹があらぬ誤解をしかねない。

「冷たい事言わないで、ねぇ。私が繰り返してきた中で、初めてあったオ・ト・コ・ナ・ノ♪」
「テメェ! その鹿目まどかとやらの前で、同じ事を言って見せろよ?!」

 沈黙。やがて……

「セクハラには気をつけなさい『魔法少年』。愚か者相手に、私は手段を選ぶつもりは無いわ」
「テメェが抜かすなぁああああああああああああああああっ! あと手段は選べええええええっ!!」

 しれっ、と元の調子に戻りやがって。
 これじゃ俺がバカみてーじゃねーか、まったく。……いや、馬鹿なんだけどよ。

「おら、とっとと、そこの栗鹿子喰ったら出てけ。俺と沙紀の二人分しか晩飯は無ぇぞ!
 それともオメーを俺らの晩飯にしたろか!? 見滝原のサルガッソー舐めんなよ!?」
「お茶が無いわね」
「っ……沙紀、もう一杯淹れてやれ」
「はーい」

 そして、俺は豚の生姜焼きに取り掛かる。本当は、スライスの豚肉をショウガダレに漬けておきたかったのだが、それもパス。
 味噌汁と同時並行で、何とか20分以内にデッチアゲた。
 で……

「……なんだ、まだ居たのか? メシは二人分しかネーぞ!」
「……いえ。お菓子、美味しかったわ。じゃあね」
「おう、用がすんだら、トットと出てけ出てけ! あと、部屋に武器返しておけよ!
 ……ああ、それと。どうやって来たかは知らんが、念のため帰りは『地面を歩いて帰れ』」

 立ちあがった暁美ほむらの腹がキュルキュルと鳴ってるのをガン無視して、俺と沙紀は遅れてしまった夕食に取り掛かった。

 ……本日の成果:なし。
 ……トータルスコア:魔法少女24匹、魔女(含、使い魔)53匹。
 ……グリーフシード:残14+1。

 本日の料理:豚の生姜焼き、味噌汁、ご飯。
 デザート:なし(栗鹿子、消滅)。



[27923] 第六話:「一人ぼっちは、寂しいんだもん」(微修正版)
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/03 11:16
「……だめっ!! 絶対、魔法少女になっちゃ!」

 登校途中に、そんな声を聞いて振り向く。

「……巴、マミ?」

 通学路の途中で、何か、血相を変えた表情の巴マミが、例のルーキーとその友人に、真剣な顔で迫ってた。
 見ると、必死になって魔法少女になるのを止めているらしい。そして、何やら真剣な顔でルーキーに頭を下げ……こっちの目線に、気付かれた。

 その、何やら思いつめた表情に、俺は悟る。

 ……あー、こりゃ、あの馬鹿ネタヒントで、うすうす何か感づいたか?

 ま、彼女が絶望して魔女になろーが、ソウルジェム砕いて自殺しようが、俺が知った事ではない。ワルプルギスの夜相手に、彼女くらいのベテランが居れば心強いのだが、正味、魔法少女の真実を知った程度でブレるようなメンタルの持ち主なんぞ、はっきり言っていらない。
 あの絶望的な相手と戦ってる最中に、精神的に折れられて計算狂ったら、どーしょーもないからだ。最悪……というか、あの暁美ほむらと二人だけで挑む事になるのは、ほぼ確定だろう。
 折れぬ執念と、生き抜く図太さ、そして綿密に取られた対策。その全てをもってして、初めてワルプルギスの夜に対する勝機が見いだせる。そのどれか一要素でも欠けたのなら、とっとと逃げるが正解だ。
 そして、俺は、奴に再び挑む。……っつーか、挑まざるを得ない。
 なら、足手まといは邪魔になるだけである。

「……さあて、どーすっかなー?」

 あの暁美ほむらの時間停止の能力、俺の持ってる武器、火力。そして『切り札』……先程の巴マミの存在なんぞ、綺麗サッパリと頭から追い出して、様々な要素を勘案しながら、俺は学校へと足を向けていた。



「……おい、ハヤたん。ニュースだニュース!?」

 放課後。先に教室を出たはずのクラスの友人が、わざわざ教室に戻ってきて、開口一番。

「ん? なんだよ?」
「なんかさ、校門の所で、すげー綺麗な子が待ってんの! 見滝原中の制服で、モデルでもやってんじゃねーかっつーくれーの美人! 誰待ってんだろうな、あれ!」

 見滝原中で、モデル並みの美人さん? ……暁美ほむら、か?
 ……嫌な予感がする。
 何か、とてつもなーく。どこぞのそげぶ的に『不幸だーっ!!』とか言いたくなるような。
 あの女、何か厄介事を俺にまた持ち込んできやがったんじゃねーだろーな!?

「えーっと、それって、黒くて長い髪の毛の、無愛想な感じの子?」
「そうじゃねーよ、金髪縦ロールで、胸が大きくてさ! 襟章からして中三じゃねーのかな」
「あー、あれ、巴マミさんだよ。俺、見滝原中出身だから知ってる。結構有名人。すげー頭もイイんだよ」
「っかーっ! 俺らとイッコ下でアレかよ! ウチのクラスの女子共とマジ戦闘力が違うぜ。俺のスカウターが、そう言っている!」

 はい、俺、リアルに死んだー。
 とりあえず、向こうは『正義』を張り続けた最強クラスの魔法少女。
 こっちは外道と非道を繰り返してきた小悪党。加えて武器弾薬ソウルジェム一切なし。
 つまり、世紀末的死亡フラグな死兆星は、俺の頭上にバッチリ輝いていやがるぜ。ヒャッハー!

「じゃ、俺、先に帰るわ」
「何だよ、一緒に見に行かねーの?」
「遠慮しておく。例によって俺は妹の世話で忙しいし、例によってスーパーのタイムセールに間に合わせないといかんのだ」
「はぁー、シスコン兄ちゃんよー……少しは自分のために、青春つかってみたらどーだ? 高一で枯れ過ぎだぞ」
「そんな余裕、俺にゃあ無ぇよ。じゃーなー」

 さて。
 どーやって逃げ出すか。
 モヒカン革ベストで、バギーに乗ってマサカリ片手にヒャッハーとか言いながら逃げ出したい気分なのだが、あいにく、学校にそんなものは持ってきてない。
 ……一応、俺の縄張りの中なので、武器庫は各所にあるが、ソウルジェムも無いし、彼女程のベテラン相手では、即興的に安易な作戦で不意を突くのは無理だろう。
 あの圧倒的な火力を前に、俺が小細工を弄する暇や余裕を、与えてくれるとは思えない。
 加えて、彼女の武器は飛び道具だ。あのマスケットの射程が、どの程度かは知らないが、少なくとも破壊力から言って対物ライフルは超えそうだ。となれば、彼女からおおよそ1キロ以内は、キル・ゾーンの真っただ中と考えてもいい。
 とりあえず、ケータイを利用して地図を検索。学校を裏口から抜けて、直線ルートを回避しつつ遮蔽物を利用した逃げ道を探す。
 ……よし、このルートならば、逃げ切れる……かもしれん。ついでに、スーパーの中を突っ切る形で通らせて貰って、夕飯の買い物もできる。

「……さて、と。頑張りますか」



 そして……

「こんにちは」

 学生かばんと、徳用ピーマンとニンジンの詰まったスーパーの袋を手に、俺は呆然と立ち尽くす。
 はい、アッサリと見つかってしまいました。
 ってか、結構、複雑なルートを辿って、スーパーの中を、『ちょっとストーカーに追われてるっぽいんで、裏口から出ていいですか?』って言って、突っ切って逃げてきたというのに。
 自分の家の一歩手前で、確保されてしまいました。

「……どーも。で、どんな御用で?」
「この間の『虚淵』がどうとかという、ジョークについて。
 あれ、元はニーチェですね? 『wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein.(汝が久しく深淵を見入るとき、深淵もまた汝を見入るのである)』。
 ……ところで、『虚淵』って何ですか?」
「日本に数多住まう八百万の神々の中でも、最も邪悪な神の一人で、恐怖と絶望と絶叫の物語を描かせたら、右に出る者のない筆神様です。
 信者を公言すると色々と人格的なナニかをSUN(正気度)チェックされる程に邪悪な存在ですが、その魔性に魅入られて密かに信仰する者も少なくありません」

 ……実は、俺もその一人だったりします。というのは内緒だ。

「……ま、まあ、いいでしょう。
 重要なのはその前の一節。『Wer mit Ungeheuern kämpft, mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird.(怪物と戦う者は、みずからも怪物とならぬように心せよ)』
 あの場面で、私たち、魔法少女に投げかけるには、あまりにも重い意味の一言です。だから、あなたはオブラートに包んで次の一節を、更にパロディにして弄って口にした。違いますか?」
「……頭いいですね、原語でサラッと出るなんて。尊敬しますよ」
「からかわないでください。
 あの状況で、あなたのような言葉をとっさに出せるセンスは、私にはありません」
「最強無敵の『正義の味方』からすりゃ、俺はタダの小悪党ですからね。
 生き意地汚く悪足掻いてきたんで、余計な小知恵も回るってダケの話ですよ。で、本題は何ですか?」

 その言葉に、彼女が真剣な目を向けて来る。

「……あなたが知る、私たち魔法少女の秘密。教えて頂けませんか?」
「暁美ほむらに、尋ねればいい。彼女も知ってる」
「学校で何度も訪ねたのですが、教えていただけませんでした。そして、あなたに聞け、と」

 ……ちょっ! あの女っ、丸投げすんじゃねーよ!! 戦闘能力とか考えろよ! こっちは生身の人間なんだぞ!
 もし彼女がトチ狂って、暴れ回られたとしたら、今の俺には打つ手が無い。
 経験上、『正義のため』だとか『世界のため』だとかで頑張ってきたタイプの魔法少女ほど、この話を聞かせて足元から価値観崩壊して、発狂するケースが多いのだ。……まあ、その分、隙が突きやすくなるのは事実なんだが。

「……自殺した三人、ってのは嘘じゃないですよ? その死に様、全部語って聞かせましょうか?」
「構いませんわ。私の願った奇跡……何だと思います?」
「おいおい! 魔法少女の願った奇跡に踏み込むほど、俺は野暮じゃねぇぞ?」
「いえ、そう込み入った理由じゃありませんわ。『……死にたく無かった』それだけなんです」
「あー……そっか」

 事故か何かかな、とは、容易に推察がついた。実は、魔法少女になるのに、意外と多いケースだったりするのだ。
 このあたりに、あの悪魔の悪辣さが垣間見えるのだが……

「だから『死ぬしかない』なんて考えたりはしません♪ 安心してください」
「じゃあ……もし、あなたが。これまで戦ってきた『正義の味方』の存在意義を否定される事になったとしても?」
「っ……それは……」

 躊躇して迷う彼女に、俺は一つの推論を下した。

「察するに……あんた多分『サバイバーズ・ギルト』なんじゃねーのか? 結構多いんだ、そーいう『願い』で生き残った魔法少女に」
「サバイバーズ・ギルト?」
「大きな災害や事故なんかで、『自分だけが生き残ってしまった。自分だけ助かってしまった』人間が、それを『罪』と認識する意識。
 そのために、意味も無く自分を罰しようとしたり、あるいは極端な『正義』や過剰なボランティアに突っ走る。
 でも、どれだけ人を救おうが助けようが、心理的に本人はその地獄から逃げられないで、心身をすり減らして益々泥沼にはまっていく……そんな心理を『サバイバーズ・ギルト』っつーんだそーだ。
 思い当たる節、無いか?」
「……………」

 なんか、彼女の顔面が蒼白だが……まあ、正味、俺の知ったこっちゃ無い。
 問題は、俺がこの場をどう上手く切り抜けるか、だ。

「だから、もし、俺が口にする言葉が、仮にお前さんの『正義』を否定する内容だったとして、お前さん、それを受け入れられるのかい?」
「っ! ……うっ、受け入れるわ! 大丈夫……大丈夫よ!」
「そうかい……じゃあ、例えば、あなたへの加害者は、別の誰かの被害者だった。それとも知らずに、あなたは正義の味方として一方的に戦ってきたとしたら?」
「『怪物』とは、そういう意味ですか? あなたは魔法少女と魔女の真実を知って……っ!!」

 次の瞬間、巴マミの顔面は蒼白から土色気になり、足元をぐらつかせた。

「まっ……さ…か……」

 気付かれたか。まあ、ショーガナイ。

「すまないが、もういいか? 俺、沙紀の晩飯を作らないといけないんだ。肉じゃがは味を染み込ませのるに手間がかかるんでな」
「あなたは……じゃあ、沙紀さんは!」
「とっくに知ってるよ。ついでに姉さんは『もうなっちまった』」
「……ぁ……ぁ……」

 ガクガクと震える彼女を余計に刺激しないよう、限りなく普通に歩いて、俺は家の中へと入っていった。

「……お兄ちゃん?」
「沙紀、ソウルジェムをまわしてくれ! 彼女は『なっちまう』かもしれん」

 俺の言葉に、沙紀も真剣な表情を返すと、自らのソウルジェムを躊躇なく俺に手渡した。
 ロケーション的に、俺の家の前ってのは最悪だが、まあ、今まで無かったワケじゃない。
 俺は、手早く武器を整える。
 とりあえず、沙紀のソウルジェムから取りだした、パイファー・ツェリスカ……象狩り用の600ニトロ・エクスプレス弾を使用する、世界最大サイズの拳銃を握り締める。(マニアの人は、この銃が『拳銃かどーか』って定義については、後回しにしてくれ。少なくとも俺は『拳銃』として使ってるのだから)。
 理想を言うならば、ソウルジェムがグリーフシード化する直前に砕くのが、一番、抵抗が無くて楽なのだ。

 が……

 ピンポーン。

「!?」

 玄関のチャイムが鳴る。……玄関カメラを見ると、案の定、巴マミだ。
 唇も真っ青で、驚愕に体は揺れているが、それでも真剣な目線と表情で、カメラを見ている。

「……なんだ!? 魔女になるなら、出来れば他所でやれ!?」
「いえ……少し、お訪ね……いえ、答えて頂きたい事があります。入れていただけませんか?」
「……」

 さて、どうしたものか?
 理想を言うのなら、この場で問答無用で射殺すべき最大のチャンスなのだが、あいにくワルプルギスの夜戦が控えている。
 ……豆腐メンタル……ってワケでも、存外無さそうだ。
 その辺は、流石ベテラン。前の三人は、事実を知って、全員発狂して周囲を巻き込み自殺してしまったし。
 ただ、いつ崩れてもおかしくない状況なのは、事実。
 ……とりあえず、試してみて、発狂しても即ぶっ殺せるようにしておこう。

「ソウルジェムを出しな」
「え?」
「ソウルジェムを出しておいてくれ。何時でも砕ける状態にしてもらわなきゃ、家に入れるわけにはいかん」
「それは!」
「無理ならいい。俺が、お前さんの質問に答える義理は無い!
 こっちは、魔法少女の力を借りられるとしても生身なんだ。魔法少女を狩った事は確かに何度もあるが、エース中のエースな『正義の味方』相手じゃ、こっちの手管がどんだけ通じるかも分からん!」

 断られるだろう。
 それを前提に、俺は交渉を組み立てた。だが……

「!?」

 無造作に。
 自らの魔力の証である、ソウルジェムを手の中に出現させる巴マミ。
 ……馬鹿か!? こいつ!?
 俺がどんな悪党か、知ってるだろうに!
 『見滝原のサルガッソーの主』の悪名は、ある意味、好戦派で知られる佐倉杏子よりも酷い。むしろ残虐さではそれを遥かに上回る。
 佐倉杏子と違うのは、彼女が他へと積極的な攻勢に出て縄張りを広げるのに対し、俺は自分が決めた縄張りを徹底的に堅守しているという……逆を言えば、それだけなのだ。まあ、領土を広げられない理由というのは、幾つもあるのだが。
 それは兎も角。

「お願いします! 私は……私は、あなたの答えが知りたい!」

 どうも、彼女は諦める気配が無い。

「……入れ」

 扉を開けると、油断なくパイファーを、彼女の右手のソウルジェムに向ける。
 だが……ぽん、と。
 無造作に、彼女は自分のソウルジェムを、俺に手渡したのだ。

「……あんた、馬鹿だぜ?」

 そう言ってソウルジェムを受け取ると、俺は今度は銃口を彼女に向ける。
 だが、彼女は真っ直ぐに俺を見ていた。

「『見滝原のサルガッソーの主』だって、俺の事、知ってたはずだろ?」
「はい」
「なんで、ソウルジェムを俺に預けやがる!? ……言っておくが、これ割られたら魔力を失うとか、甘いもんじゃネェんだぜ?
 っていうか、魔力を失ったとしても、俺はあんたを見逃すほど、甘い人間じゃネェって知ってんだろ!」
「やはり、このソウルジェムそのものに、何か秘密があるのですね? キュゥべえに聞いても、はぐらかすばかりでした」

 やっぱりか、あの宇宙悪魔め……

「そりゃ、あいつははぐらかすだろーさ。絶望を回収して回る悪魔だもん。
 っつーか、絶望ってのは落差の問題で、会社の社長がいきなり平社員に降格されるのと、元から平社員だった人間。社長は絶望するだろーが、元から平社員なら絶望のしようもねー。
 あんたは、俺の言葉を知って『ヤバイ予感』ってもんに囚われながら、俺に聞きに来た。
 『何かあるかも』、『嫌な予感がする』、『お化けが出るかも』……そーいう人間ってのはな、実は答えの予感予想をしてるから、予想の範囲内なら、ある程度耐えられるし、耐えられそうに無いと判断すれば、その場から逃げだす。
 どっちにしろ、恐怖に対しての防衛本能が働くんだ。で、そんな防衛本能でガードが働いてる状態じゃ、アンタや俺みたいな、それなりに修羅場くぐってきた人間は堕とせないしな」
「絶望を回収して回る……悪魔、ですか?」
「まあな。
 あいつは、人間がぶっ壊れる最高の瞬間を狙って、絶望の種明かしをするんだ。
 よく『人間の感情が理解できない』とか言ってるが、『どういう刺激に対してどういう人間がどういう反応を人間が示すか』って統計の結果だけはしっかり蓄積されていやがるから、大体、どんな瞬間にどんな人間の中の絶望の針が振り切れる……つまり、魔女になるか、ってのは、分かってるんだよ。
 原子力の実際のシステムはどういうモノか知らなくても、原子力発電で日々電気の恩恵を受けているように。あいつは人間を、『よく分かんないけど、宇宙を伸ばす便利なエネルギー元』って見てるんだぜ?」
「そう……ですか。あの、魔女に……私も、なるのですか?」

 今すぐ堕ちそうな顔をしてる彼女に、俺は力強くうなずいた。

「なる。いずれは。
 次の瞬間かもしれない。明日かもしれない。来週かもしれない。そして……100年後かもしれない。1000年後かもしれない。
 何しろ、魔法少女が魔女になるまで、どんな人間が、どんな風にどんだけ生きたか、なんて魔法少女の来歴その他全部、それこそキュゥべえに聞くっきゃねぇんだが……そんなデータ、多分、あいつ出してくんなさそうだし、出したとしても恣意的で作為的なデータしか出さないだろ。
 契約1日で魔女になった記録とか、悲惨な死に様ばっかした連中をサンプルとして出したり、な。……俺が殺った記録出せば、何も知らんお前さんは、絶望するかもだが。
 兎も角、まあ、見た所、イイカンジに濁ってても、そこそこソウルジェムが綺麗だから、このままでも戦わなければ十日くらいは持つんじゃね? つまるとこ、お前さんの寿命なんて、俺の知ったこっちゃねーって事だ」

 ぽかーん、と。
 巴マミは俺の説明に、完全に呆けてしまった。

「あ、あの……じゃあ、沙紀さんのは?」
「ん、一緒だよ。沙紀がいつ死ぬか、魔女になるか。
 ……まあ、考えたらマジに泣きたくなるけどさ。俺が泣いたって沙紀の寿命が延びるわけでなし。
 泣くなら魔女になった沙紀を殺した後か、沙紀が魔女になる直前に殺す時か、死んだ後にするよ。他人事だもん」
「たっ、他人事!? でも……あの」

 俺の言葉に、巴マミが理解できない、って表情を浮かべる。
 無理も無い。俺のブラコンっぷりは、自分でもどうかしてる、ってレベルだしな。
 それをして『他人事』と言い切られては、ワケが分からないかもしれん。

「そう。だって俺が魔女になるワケじゃない。魔女になるのは沙紀で、それは沙紀自身が抱える絶望だ。沙紀のために戦う事は出来ても、根本的に向かい合わなきゃならんのは沙紀自身だ。
 そりゃ愛してるさ。たった一人の身内だ。命を賭けて戦えるか、って言われりゃ意地でも戦うさ。そのために、必死にもなる。
 でもな、結局、最後に、自分の命をどう使うか、ってのは自分自身が決めるっきゃねーんだ。
 俺は小悪党だからな。張れる命や時間のチップの量も限られてる。スッちまうの覚悟の上で『沙紀の人生』にチップ張ってんだ。スッちまうより張らないほーが後悔する博打だって分かってるからな。
 そして、その上で。
 俺が命を賭けた博打に対して、『沙紀自身はそれを俺に感謝する必要性は、全くない』と、俺は思ってる」
「なっ!」
「沙紀が俺に感謝の言葉を返すのは、『感謝されて嬉しがる俺を、沙紀自身が見たいから』だ、と俺は理解している。
 その程度にゃ、お互いがお互いを理解してる……あー、つもり、ではある。多分。……まあ、なんつーか。そんなわけで、ウチの兄妹は、ワリとそんな感じの勝手モンの兄妹なんだよ」
「……それが、あなたたち兄妹の倫理で、哲学……なのですか?」
「哲学なんて上等なモンじゃねーって。『テメーの命』っつーチップを、どう配分してどう博打にかけるかなんて、誰もが考えてるこったろ?
 例えば、あんたは『正義の味方』やってたワケだが、その『正義の味方』ってカンバンに、テメーの命のチップを、どんだけ賭けるかなんてのは、それこそあんた次第だ。
 つまり、どう足掻こうが、人生なんて博打の連続なんだよ……まあ、『キュゥべえ』に賭けて一発逆転ってのは、絶対お勧めしないな。オッズが高すぎる」

 と……

「お姉ちゃん、魔女になるの?」

 奥からやってきた沙紀が、じーっ、と巴マミを見つめる。

「……そうみたい」
「私もなるかもしれないの。でもね、お兄ちゃんが泣きながら約束してくれたの。
 怖くなって、『魔女になりたくない』って言ったら、魔女になる前にソウルジェム壊してくれる、って。あと『魔女になっても生きたい』って言ったら、『好きにしろ、でも、お兄ちゃんは沙紀に殺されるつもりは無い』だって」
「!! ソウルジェムを壊したら、魔女にならなくて……済むの?」
「……うん。魔女になる前に、苦しまず死ねるの」
「っ!!!!!」
「お兄ちゃんがね……たまーにやるよ。ソウルジェムを狙って、沙紀を殺そうとした魔法少女を殺していくの。
 私は殴ったり叩いたり殺したりなんて怖くてできないし、お兄ちゃんにも本当はやめてほしいけど……でもね、お兄ちゃんが、大好きなの。美味しい和菓子とか食べさせてくれるし、悪い事すると時々怒るし、怖いけど、普段は優しいから。
 だから、最後の最後まで、ずーっとお兄ちゃんと一緒に居たいの。
 そう言ったら、『じゃあ、ずっと沙紀で居るように、最後が来ないように、お兄ちゃんがんばる』って。ずっと頑張ってくれてるの。
 だから、最後にどっちにするかは、最後の時に決めようと思ってるの」

 次の瞬間、巴マミが、その場に泣き崩れた。
 その頭を、沙紀が抱きしめて、撫でる。

「っ………っ………」
「死んじゃうのも、魔女になるのも、怖いよね……でも『魔法少女』って大変だけど、お兄ちゃんみたいに、回りの人間も大変なんだよ?」
「……私……周りに誰も居ない……私だけ、キュゥべえに助けてって……死にたくないって……なんで、なんであの時……パパと、ママを……」
「じゃあ、魔女になる?」
「それも嫌!」
「じゃあ、魔女にならずに死なないように、お姉ちゃんもがんばらないと。
 はい、がんばれー♪」
「っ…………!!」

 声に成らない嗚咽と共に……巴マミのソウルジェムの濁りが、僅かながら薄れて行く気がした。

「お姉ちゃん、私、頭撫でてあげるくらいしか、出来ないけど……がんばって。もう私は『正義の味方』にはなれないけど、同じ『魔法少女』だから、応援してる」
「……ごめんね。ごめんね……少し……もう少し、このままで……」

 やがて、ひとしきり泣きやんだ後。
 彼女は、俺を見据えて、言い切った。

「私は、死にたくない。魔女になりたくもない。
 でも……魔女に親しい人が好き勝手されるのも、親しい人が魔女にされるのも、自分が魔女になるのも、我慢ならない!」
「んー、それがお前さんの答え?」
「私が叶えた願いなんて……最初からあったのよ。
 死にたくない。
 それを思い出せば、『自分自身も含めた魔女』に、その……あなたたち、悪党流に言うなら『喧嘩売りながら』生きてやろうかな、って……覚悟、決めちゃった」

 気がつくと……ソウルジェムの濁りは、ほとんど消えて無くなっていた。

「あっ、そ。んじゃあさ、超ド級の魔女が、暫くしたら来るっぽいんだけど、一緒に喧嘩、売りに行く?」
「超ド級?」
「ワルプルギスの夜」

 俺の言葉に、マミが絶句する。
 が……次の瞬間、不敵極まる笑いを浮かべ……

「いいわ。乗った! その喧嘩、一緒に売りに行きましょう!」
「よし、契約成立!」

 その言葉と共に、ぽん、と彼女に、ソウルジェムを返す。

「やー、良かった!
 戦力になりそうに無いなら、後腐れが出る前に、早々にブッ壊そうかと思ってたんだ、お前のソウルジェム♪」
「……は?」
「『全ての魔女に喧嘩売る』覚悟キメたんだろ? 二言は無いな?」

 イビルスマイルを浮かべて嗤う俺に、暫し、その言葉の意味を彼女が理解する間が空き……

「あっ、あっ、あっ……あなたって人はっ!! 何考えてるんですか!!
 これじゃ、あなたもキュゥべえと一緒じゃないの!! っていうか、本気で壊す気だったでしょう!?」
「有効な手段だからな。使わせて貰った。っていうか、古参のベテラン魔法少女なんて、そうそう殺るチャンス無いし。
 ワルプルギスの夜が来ないんだったら、寝言吐いてる間に壊してたさ」

 蒼くなったり紅くなったり、なんか複雑な表情で、巴マミが俺を見ていた。

「だって、沙紀以外の魔法少女なんて、大概邪魔だし、魔女になるまえに殺したほうが手早いかなー、っつーか、悪党なんて何時裏切るか知れないんだから、気をつけたほうがいいって言ったろ。
 ああ、あとはー……お前さん程の大物が死んじゃうと、後継の縄張り争いで、このへん戦国時代になりかねないから、少し躊躇はあったか。特に、佐倉杏子とは、あまり関わり合いになりたくないしな。
 まー、ワルプルギスの夜戦をどー超えるかなんて相談もこれからだがな。どー戦えばいいのか、見当もつかん相手だし」

 と、立ち直ったのか。元々の回転の良い頭を働かせたマミが、俺に釘を刺しに来た。

「待った! 一つ聞かせて。あなたのような自己と妹の保身にしか興味の無い悪党が、何でワルプルギスの夜に挑むなんて言い出したの?」
「暁美ほむらに脅された。色々と、な……まったく、アイツこそヒデェ悪党だと思わないか!?」

 俺の言葉に、巴マミがとうとう引きつった顔を浮かべた。

「は、は、ははははは……あなた……ワケが分からないわ。
 何? すると私に色々答えてくれたのは、ワルプルギスの夜と、私を戦わせるためだけに?」
「言ったろ。悪党なんざ、信用すんなってね。ある意味、俺もキュゥべえも同類だしな。
 安心しろ。ワルプルギスの夜と戦うまでは、俺は逃げらんないんだから。コトの真偽を疑うなら、暁美ほむらに聞いてみな」
「是非、そうさせてもらいますわ。まったく……」

 と……

「お姉ちゃん、あがって。お茶とお菓子が入ったよー」
「おい! 沙紀、お前が楽しみにしてたカルカンじゃねーか。いいのか?」
「いいじゃないのー。お姉ちゃんと、こー……もっと、『魔法少女』として、腹を割って話がしたいのー」
「沙紀! 必要以上に慣れ合うと、コイツが魔女ンなった時に『引っ張られる』ぞ!」
「いいじゃない。一人ぼっちは、寂しいんだもん」
「……チッ! だ、そうだ。どーする?」

 パイファーをソウルジェムにしまいこんで沙紀に返すと、巴マミに俺は問いかけた。

「是非」
「あ、お兄ちゃん。お姉ちゃんの分の晩御飯も、おねがーい! 出来たら、今晩泊まってってもらおうよー」
「なっ! おっ! 沙紀!」
「マミお姉ちゃんと、いっぱいお話ししたいのー!」
「…………………好きにしろ! ああ、巴の。分かってると思うが、うちの妹に危害を加えたら」
「もとから『見滝原のサルガッソー』を、敵に回すつもりは無いわ。……結構、怖かったんだからね。ここまで来るの」



[27923] 第七話:「頼む! 沙紀のダチになってやってくれ! この通りだ!!」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/03 11:19
 姦しい、とはこの事であろう。
 俺が立つキッチンとは反対のリビングで、沙紀と巴マミが、何やら、野郎にゃついていけない他愛も無い内容の話を、おおはしゃぎで交わしてやがる。
 で、こんな時、手持無沙汰な男たる俺に出来る事は、給仕に徹するくらいだ。ただ……柄にもなく嬉しそうな沙紀の表情と言葉は、ついぞ俺が最近見た事の無い、笑顔だった。

「……」

 気を取り直し、冷めた蒸し機の中を見ると、カルカンはもう二切れ分。
 ……まあ、一応、客人だしな。
 漆塗りの皿に乗せて、追加のカルカンを持っていく。

「ほれ、茶菓子の追加だ」
「あの、これ、どういう名前のお菓子なんですか?」
「……不味いか?」
「いえ、すごく美味しくて。これを、あなたが?」
「カルカン。鹿児島の郷土菓子だよ。山芋と上新粉、砂糖と卵と水で作る、シンプルな代物だ。誰でも作れる」

 そう言うと、急須に茶を追加してやる。

「お兄ちゃん、他にもいっぱい和菓子の作り方、知ってるんだよー。将来、和菓子屋さんになるんだ、って」
「それで、この腕前?
 ……ちょっと、趣味の領域超えてるわ」
「趣味だよ。プロは多分、冗談以外でこんなモン作んねー。
 材料費考えたら、一個あたり相場の倍に設定しても採算取れるワケねーからな。店が潰れちまうよ」

 技術と味の向上のため、コストパフォーマンス無視で、ひたすら理想を追求した趣味の代物である。金銭を得るための『売り物』という概念からは外れてるのだ。

「じゃ、今から飯作るが。……喰ってくな?」
「え、ええ……頂きます」
「了解。三人分なんて、久方ぶりだな」

 さて、本日のメインメニューはチンジャオロース。肉じゃがの予定だったが、煮込んで味を染みさせる時間が足りなくなったので、また後日にした。
 ピーマン嫌いだとかニンジン嫌いだとかぬかす沙紀だが、そのへん俺は一切の容赦も遠慮も無い。食いもんの好き嫌いは、絶対に許さん、と常日頃から躾けてあるのだ。
 ジャージャーと中華鍋の中で油の弾ける音の背後。沙紀と巴マミとの、野郎が付け入る隙一切無い女子トークは続いてる。
 ……よし。
 あとは、中華風の卵スープと、ご飯で、完成。

「飯だぞ」

 ガールズトークに割り込むように、カンカン、と中華鍋を叩き、でかい皿にチンジャオロースを盛り、各人の取り皿を出して、スープ、ご飯と配膳する。
 で……案の定、肉ばっか取ろうとする沙紀の器に、キッチリと野菜を押しこむ。

「やーっ!! ピーマンやー!!」
「だめだ。食え」
「ううううう、お兄ちゃんのいぢわるー」
「何とでも言え」

 と。

「そうよ、沙紀ちゃん。好き嫌いはしちゃダメよ?
 こんな美味しい料理とお菓子が作れるお兄ちゃん、貴重なんだから」
「うううううー、マミお姉ちゃんまでー!」
「食え」

 俺と巴マミの二人がかりで、追いつめられた沙紀が、とうとう涙目で叫び出す。

「お兄ちゃんの鬼ー! 悪魔ー! 魔女ー!」
「何とでもいえ。あと、一応男なんだから魔女は無いだろ、魔女は」
「うーっ! じゃあ、じゃあ……お兄ちゃんなんか、30超えるまで童貞で魔法使いになっちゃえばいいんだー!!」
「ぶーっ!!」

 卵スープを吹き戻しかけ、俺は絶句する。

「さっ、沙紀! どこでそんな言葉憶えてきやがった!!」
「えっと……忘れた♪ ところで『童貞』って、なに?」
「…………………魔女でも魔法使いでもいいから、とにかく喰えっ!」

 真っ白になりかけた食卓の空気を強引にチンジャオロースに引き戻し、俺は沙紀の器に追撃の一杯を盛りつけた。



 食事後のまったりした空気の中。あいも変わらず、巴マミと沙紀は、俺が皿洗いと片付けに勤しむ中、女子トークを交わしてやがった。……正味、ついていけん。
 そして……

「ん、もう時間ね。そろそろ、お暇しようかしら」
「えーっ、もっとお話ししてよー。泊まってこーよー」
「そうね。でももう帰らないと。縄張りの巡回があるの」
「……むー」

 その言葉に、沙紀も不承不承うなずくと、玄関口で、見送りに来る。
 
「じゃあねー、お姉ちゃん」

 その沙紀の、さびしそうな顔を見て……俺は、一つの覚悟を決めた。

「待った。お前さんの縄張りまで、送る」
「え? じゃあ……」

 沙紀が、慌ててソウルジェムを手にするが……

「いい。ちょっとそこまで行ってくるだけだ」
「……お兄ちゃん?」

 この魔法少女が最も活発に活動する時間に、ソウルジェムを手にせず、外に出るなど自殺行為だ。
 まして、隣に居るのは、俺のような悪党の天敵。その天敵相手に、俺は……ええいっ! 沙紀のためだっ!

「……絶対、帰ってきてね」
「安心しろ。お兄ちゃんは無敵だ♪」

 頭を撫でて、俺は玄関の扉を開けた。



「……で、沙紀ちゃんに聞かせられない話が、私にあるのでしょう?
 しかも、ソウルジェムも武器もない、丸腰で」
「ああ」

 玄関を出て、道を歩きながら。
 俺と巴マミは、言葉を交わす。

「もし……『正義の魔法少女』として、皆殺しの『暗殺魔法少女』を狩りに縄張りに来るようならば、俺はお前に対して容赦する事が出来ネェ。最強相手に、最弱にそんな余裕もあるわけがない。全力で、殺しに行くしかない」
「……そうね」

 対、ワルプルギスの夜戦に向けての同盟は組めたが、本来、敵対する立場な事実に、変わりは無いのだ。
 闘いが終わって生き延びた段階で、彼女と俺はまた敵対する事になる。
 だが……

「ただな……沙紀のあんな楽しそうなツラ見たの、久方ぶりだったよ。アイツが魔法少女になってからは、ついぞ見た事が無い。
 つくづく思い知ったよ。
 俺は沙紀のために戦う『兄貴』にはなれても、『友人』にだきゃあ、なる事が出来ネェんだ。ってな……
 ……そんでな。『御剣沙紀の友人』ならば、俺ん家に迎える事にゃ、吝かじゃねぇ」

 さあ、勝負ドコだ。
 俺は、その場で向き直ると、両手を地面について、頭を下げる。

「頼む! 沙紀のダチになってやってくれ! この通りだ!!」

 勢い余って、ごんっ、とアスファルトに頭ぶつけて痛いが、この際それは問題ではない。
 暫しの沈黙。そして……

「……ぷっ……ふふふふふ、ははははは!」
「っ!!」

 ダメ、か! ……ああ、死んだな。

「ああ、あなたは本当に、沙紀ちゃんにとって『無敵のお兄さん』なんですね。
 ……一つ、条件があります」
「……なんだ?」

 そう言うと、彼女が俺の目を見て、一言。

「私が、魔女になりそうになったら、ソウルジェムを砕いて、殺してもらえますか?
 また、もし、それが間に合わなくて魔女になったら、私を殺してもらえますか?」
「……手段問わずの、奇襲、暗殺込みで良ければ」
「OK、契約成立です♪」

 にこやかに微笑む彼女。

「ああ、それと……妹さんが心配なのは分かりますが、過保護なのは、ね。
 心配しなくても、とっくに沙紀ちゃんと私は、友達ですよ♪」
「……え?」

 にこにこと、悪党から一本取った、って顔をしていやがる『正義の味方』。
 まったく……

「そういえば、あんた。暁美ほむらや、あのルーキーと一緒に、どうやって俺の家を知って、やってきた?」
「キュゥべえからの情報です。それが……何か?」
「……ああ、やっぱり。奴ら相手なら、しょうがないか」

 あの無限に湧き出す最悪悪魔が、俺の縄張りに入ってきたという意味は……

「まっ、この辺からなら大丈夫だろ。じゃあな?」
「待ってください。今、あなたは丸腰なんでしょ? もし、今、他の魔法少女が狩りに来たら」
「安心しろ。ココをドコだと思ってやがる? キュゥべえに潰された分も、もう『8割がた回復したしな』」

 と……

 ズドーン!! という、遠雷のような轟音が、あたりに響いた。

「おー、早速、馬鹿が気取って引っかかったな」
「何……ですか?」
「何、簡単な事だ。電信柱と電線に細工してな。
 架空線の6千ボルトを踏み抜いたら、感電するよーに細工してあるんだ」

 その言葉に、巴マミが蒼白な表情になる。

「……なんだ、知らなかったか?
 電線ってのは、当然電気が通ってるんだぜ? 家庭用の供給電力は100ボルトだが、電信柱の一番上を通ってる電線は、6千ボルト級の高圧電流だ。そいつをトランスで変換して各家庭に供給してんだぞ?
 無論、漏電しないように何重にも防護してあるし、大体ショートしても1秒かそこらでシステム的にストップがかかるが、それでも普通の人間ならほぼ死に至るか、重度の障害が残るか。踏み抜いたのが魔法少女でも、ボロ雑巾で暫く動けネェ。
 あーあー、しかし感電だけで済むはずが、ご近所停電までいってるとこ見ると、全力でショートさせやがったな。こりゃ、電力会社がやってくるから、また仕掛けを弄りなおさんといかんわ」
「まさか……」

 笑いながら、俺は彼女に言う。

「電線、電柱の上、家の屋根の上……『魔法少女が通りそうな道』には、殆ど仕掛けがしてあるからな。
 ……言っただろ? 『魔法少女としてやって来るならば消すが、沙紀の友人としてなら歓迎する』って、な。
 どうやってウチ来たか知らんが、運が良かったなお前さん。トラップを知らずに、正解ルートを辿ってたのかも知れんぜ?」

 これが、経験だけは無駄に積んできた弱者たる俺の戦い方であり……まあ、逆を言えば、それだけなのだ。
 俺が縄張りを広げられない理由の一つが、このためである。
 キュゥべえによる強行偵察を警戒しながら、トラップの維持管理が出来るのは、この小さな縄張りだけで限界なのだ。
 その証拠に、先日、あの三人に押し込まれた後に調べたら、大量のキュゥべえがトラップに引っかかっていやがった。恐らく、物量を利用して無理矢理トラップを蹂躙、解除し、三人を突破させたのだろう。
 その結果、翌日に暁美ほむらの侵入を、アッサリ許してしまっている。『潰されるのは勿体ない』と奴らは言うが、『リスクに見合うのならば幾らでも死んでも良い』というわけだ。
 まったく……あの悪魔、実にタチが悪い事、この上ない。
 ……とりあえず、必死になって8割がたはトラップを回復させはしたが……またキュゥべえとのいたちごっこなんだろーなー。

「この場所が『見滝原のサルガッソー』とか呼ばれてる理由も、あなたが『魔法少女の天敵』と言われてる意味も、よく分かりました。沙紀ちゃんの友人としてではなく、一人の魔法少女としても……あなたとは敵対したくはありませんわ。正直」
「最強にそこまで言われるたぁ、光栄だが、あいにく俺は沙紀の事で手一杯な、タダの『普通の男』だよ。
 ンじゃあ、な、『沙紀の友達』。俺は今から哀れな『魔法少女』を狩りに行く」

 そう言うと、俺は巴マミに別れを告げ、家路へと向かった。


 ……本日の成果:なし(沙紀の友達一人、追加)。
 ……トータルスコア:魔法少女24匹、魔女(含、使い魔)53匹。
 ……グリーフシード:残14+1。

 本日の料理:チンジャオロース、中華風卵スープ、ご飯。
 デザート:なし(カルカン、消滅)。



[27923] 幕間『元ネタパロディ集』(注:キャラ崩壊
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/22 16:31
 これより先、狂った楽屋ネタというか、キャラ的ネタ元のパロディが続きます。
 作品世界とか価値観とかシリアスな空気とか、いろんなもんが完膚無きまでぶっ壊される恐れがありますので、そういうおフザケが嫌な御方は、パスして読み飛ばしても全く問題ありません。



















 OK……後悔しないでくださいね。
 多分……わけがわからないよ?



















 CM 


 ナーイスバディとノーバディ!! 
 イカすブロンド、男と駆ける!!
 ティロ・フィナーレ乱れ撃ち!!
 知恵と、度胸と、根性で、あのデカブツ(ワルプルギスの夜)を受け止めろ!!
 木曜闇憑プラス『続・殺戮のハヤたん-地獄の魔法少年-』
 死地月二十死地日、発売予定!

 野郎主役で、萌えは無し!!
 ほむほむを見たら、泥棒と思えっ!!


 CM終わり


















 荒れ果てた荒野の中。かつて存在したビル群の残骸にすがりつくように、無数のバラックが立ち並ぶ。
 そこは、『町』と呼ぶにしても、余りにも荒み過ぎていた。
 無造作に打ち棄てられた死体や、あるいは死体になりつつある者を前にしても、人々は何の意識もなく通り過ぎる。
 血痕や暴力の痕跡は、それが何かの障害でない限り放置され、消される事も無い。

 わきわきマスコット村。

 山田中王朝が支配する、『セイント☆まほー王国』の中に数多存在するマスコット自治区の中でも、最も荒み、危険な場所として知られるスラム街だ。
 その村の一角の飲み屋で、コーヒー牛乳をちびり、ちびりと飲むマスコットが一人。
 歴戦の傷と深い皺。それに鋭い眼光のそのマスコット――ハヤたんは、ただ無言で猪口を傾けていた。
 と、そこへ……

「兄ぃっ! ハヤたんの兄ぃっ! たっ、たっ、たっ、大変だーっ!!」
「……五月蠅ぇよ、ピルル。静かにしろぃ。何があった?」
「せっ、セイント☆まほー王国の軍勢が、村の周囲に!」

 このところ、過激さを増しているスラムの掃討作戦。
 王国のトップである王女の地位が代替わりしてからの、過激なテロリスト弾圧作戦の矛先が、このわきわきマスコット村にも向けられたのだ。
 が……

「慌てんじゃネェ。連中の目的は、多分、俺だ。
 そして……」
「久しいな、ハヤたん。相も変わらずの無頼か」

 『セイント☆まほー王国』の王女たる、絢爛な衣装。
 この国の絶対専制君主にして女王『山田中ふにえ』が、その存在感に比してはあまりにも不釣り合いな、アバラ家の扉を開けて入ってきた。

「これはこれは、ふにえ様。
 このようなむさ苦しい所に……ああ、申し遅れましたが、女王としての即位、おめでとうございまする」
「ふん! ……余に仕えたマスコットとしての栄達栄華に背を向け、セイント☆まほー王国マスコット教導隊の指揮官の地位も捨てて、このような場所でくすぶるとはな」
「お言葉ですが、女王陛下。この無頼は生来のもの。
 かつて、あなた様が、まだ一介の魔法少女で後継候補の一人で在った頃の事を、忘れたわけではありますまい?」
「忘れてはおらぬ。『雲』のハヤたん……魔法少女として、貴様をお供にするのには、文字通り骨が折れたわ。
 だからこそ、また、こうして余自らが、足を運んだのだ」

 その言葉に目を細め、遠い目でこたえるハヤたん。

「お懐かしぅございますなぁ。あれはもう、何年……いや、十何年前の事か。
 私との戦いの中で会得された対軍関節技『プリンセス☆ローリングクレイドル』の威力。御身の威光と共に鳴り響いておりますぞ」
「ふん、今にして思えば、壮大な無駄であったわ。
 先日も、単騎反政府ゲリラの基地に乗りこみ、頭目を締め上げたのだが、秒間七千回転程度で骨格どころか肉片になってしもうてな。
 仮にも、元魔法少女としてパンチラシーンのファンサービスこそ忘れぬツモリではあるが、それ以前に技を最後まで決め終える前に『無くなってしまう』相手ばかりでは、意味の無い技というもの」
「一介の魔法少女の頃であったのなら兎も角、今の陛下の御力で全力を出されては、耐えられる者などおりますまい。あの当時ですら、私で在ったからこそ耐え抜けたようなモノ。
 ……思い出しますなぁ。秒間一万六千回転で、全てを蹂躙する肉車輪となり、かつて王国一の繁華街であった、このわきわきマスコット村を壊滅させた事を」
「ふっ。最大威力のナパームストレッチから始め、V-MAXの領域まで耐え抜けたのは、ハヤたん。今までそなただけよ」

 ハヤたんの耳には、潮騒の如く今も残る。
 砕ける全身の骨格、すり減る肉の感触。そして『AAAALalalalalaie!!』と叫ぶ、目の前の王女……かつての魔法少女の、王気溢れる蛮声が。

「して。用向きは?
 何も、かつての己のマスコットと昔話をするために、女王となられた御身自らが、このようなむさ苦しい場所に足を運ばれたワケではありますまい?」

 先を促すハヤたんに、絶対専制君主ふにえが、とうとう本題を切りだした。

「……ハヤたん。
 うぬは、近頃、魔法少女たちを震え上がらせている『キュゥべえ』なる存在を知っているか?」
「噂程度には。
 なんでも、魔法少女に契約を迫り、絶望と奈落へと堕としめるペテン師。……噂によると、かの暗黒筆神、虚淵の眷族とか」
「うむ。どう思う、ハヤたん?」
「はてさて……かの偉大なる神々に連なる者に対し、一介の無頼マスコットたる私が、どうこう言う余地などありませぬな」
「……では、そなたがキュゥべえで在ったとして、余を魔法少女にしようとは思うか?」
「思いませんな。そもそも、元より『魔法少女』な存在を、さらに魔法少女にしようなどとは」
「用向きは、それよ」

 怪訝な顔で、かつての主を見つめるハヤたんに、ふにえが続ける。

「ハヤたん。元、魔法少女として命ずる。
 かの世界に赴き、キュゥべえに誑かされた魔法少女たちに、生き抜く修羅を叩きこめぃっ!!」
「っ!! バカな……確かにキュゥべえは虚淵の眷族かもしれませぬ!
 しかし犠牲者の魔法少女は、全て天帝うめの生み出せし萌えキャラたち! 我々の如き外道修羅道を征く者とは、根本の構造が違いまする! 星を軽く撃砕する砲撃冥王ならば兎も角……」
「構わぬ。誰かに救われたいなどと望む甘えた心根を断ち切り、己自身を救う事を憶えねば、かの暗黒神に連なる存在の食い物にされ続けるだけよ。どのみち、遅かれ早かれ壊されるのなら、早い方が良かろう」
「世界が……いや、全てが崩壊しますぞ!?」
「安心せい。貴様が赴くのは、かのキュゥべえがはびこる、無数の並行世界の一つ。
 一個や二個壊れたところで、問題など生じぬ。それで一つでも結果を出せれば、上々よ」

 その言葉に、ハヤたんが凄絶な笑みを浮かべて、嗤う。

「……死地、でございますな」
「苦労をかける」
「それだけではございませんでしょう?
 最近、反山田中フニエ体制運動が、形を作り始めてまする。
 私を無頼にして野に置くと、いつその旗頭にされるか……」
「ふっ、読んでおったか」
「読めませぬからなぁ。私が、私自身をも。
 次にどこで何をやらかすやら」

 どこか楽しそうに遠い目をするハヤたんに、この冷酷な絶対専制君主が、また薄く嗤った。

「では、その『雲』の動きを縛るとしようではないか」

 そう言うと、トテトテと一人の少女がやってくる。

「ハヤたん♪ 久しぶり!」
「こっ、これは! サキ姫殿下! 何故ここに……はっ! ふにえ様、まさかっ!!」

 かつて自分になつき、また憎からず思い、可愛がっていた少女の姿に、驚愕するハヤたん。
 その二人に、更にふにえが冷酷に告げる!

「連れて行けい! 我が末娘も、そろそろ『魔法少女』としての修行の時期よ」
「……かっ、かの虚淵の眷族がはびこる修羅地獄に、あえて叩きこむとおおせか!?」
「それを乗り越えられぬのならば、我が血族に連なる者とは言えぬ!」

 きっぱりと言い切る絶対専制君主。
 かつて、マスコットとして使えた主の姿に、ハヤたんは戦慄した。

「それに、こうでもせねば『雲』の動きを縛る事など不可能よ。のう、ハヤたん?」
「……はっ、ははぁっ!」

 平服するハヤたん。せざるを得ない。
 と、同時に、自分が魔法少女のマスコットとしての本懐を遂げたのだ、という思い。そして、また新たなるマスコットとしての任地に、胸が躍るのを抑えきれなかった。
 ……それが、自らの命を捨てねばならぬ、死地と知って、なお。無頼を気取る彼もまた、真の『マスコット』であった。

「征けぃ! ハヤたん!
 立ちふさがる全てを薙ぎ倒し、かの地に赴き、豆腐メンタルな魔法少女たちに、修羅の心得を叩きこめぃっ!」
「はっ!! これより、ハヤ・リビングストン、サキ姫殿下と共に人間として転生し、任地に赴かせていただきます!」
「うむ。侍従長のサエコが先に行っておる。先任の下士官として、存分に使いこなすがよい!
 ……ふっ。かつての魔法少女からの、余の芳心。存分に受け取るが良いわ、くはははははははは!!!」

 ばさりっ、とマントを翻し、扉から出て行くふにえの姿を、ハヤたんは姿が見えなくなるまで平伏しながら見送っていた。

 ……芳心っつーか、ぜってーありがた迷惑だろーなー、多分……とか思いながらも。



[27923] 第八話:「今宵の虎徹は『正義』に餓えているらしい」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/29 09:50
「……なんだ?」

 何かこう、キュゥべえよりもっと理不尽な、意味不明でワケの分かんない夢を見た気がする。

「……漫画の見過ぎだな。まったく」

 とりあえず昨日、悶絶して動けなくなってた魔法少女の一人を『魔女の窯』に放り込んで処理した後。
 緊張疲れから、泥のように眠ってしまったのだ。

 ……怖かった。今思い出すだけで怖い。最強クラス相手に丸腰ですよ、俺?
 殺されたって、おかしくなかったんだし。
 思い出すと、本当に背筋が凍る。こんな小悪党のドコに、あんなクソ度胸があったのやら。

「っていうか、暁美ほむらの奴、完全にウチに丸投げしやがって……ん?」

 待った?
 もし、仮に。奴が本当に、時間遡行者だったとして?

 ……ひょっとして『なんべん繰り返しても、手に負えない』から、俺に丸投げした可能性は無いか!?

 あいつは、俺の事を『初めての事』とか言ってた。
 つまり、俺の存在や行動、動向は、彼女にとって予習出来ない存在だった……んだろう。かなりの不確定要素なハズだ。
 あれやこれや突っ込んで聞いてきたのは、多分、二週目の周回で、俺に遭遇した時のためだとして……

「あっ、あっ、あっ……あの女っ! まさか!!」

 自分がトンでもない死地に居た可能性に、顔面が更に蒼白になる。
 魔法少女の真実を知って、耐え抜ける人間なんてそうはいない。つまり、巴マミも狂乱して自決したり魔女になったりする可能性だって、間違いなくあったハズなのだ。むしろ、この推論が正しいならば、その可能性はかなり高い!
 ぶっちゃけて言うならば『運が良かっただけ』……冗談ではない!!

「……沙紀。頼みがあるんだが、今日、学校休んでくれないか?」
「ふへ?」

 コトの真偽を問い詰める覚悟を決めると、俺は、普段あまり使わない武装――『切り札』をチョイスし、沙紀のソウルジェムを手に家を飛び出した。



「……で? わざわざ沙紀さんの学校を休ませて、テレパシー使って、こんな所に呼び出すなんて、何の御用?」

 『甘味所』の暖簾がかかった、ごく小じんまりした店舗の奥。
 茶室にも使えそうな小さな個室で、俺は暁美ほむらと対峙していた。

「お前、巴マミが爆弾だって知ってやがったな?」
「ええ。それが?」
「知ってて俺の家に送り込んだ」
「私の所で暴発されても、迷惑だもの。当然でしょ?」

 ……この言葉だけでも、同盟破棄の理由には成り得るのだが、問題はそこではない。

「違う。お前は『100%暴発されるよりも、未知数の可能性に賭けた』。俺個人のリスクは省みずに」
「……………」

 彼女が繰り返しの住人ならば、これから起こり得る厄介事を、影から俺に押しつけ続ける事も、不可能じゃないのだ。
 何しろ、俺という不確定要素があるとはいえ、未来に起こった事をある程度知っているわけだから。

「……前、お前言ってたよな? 『巴マミは、あの段階と状況だと、シャルロットに喰い殺される末路を辿るハズだったのに、何故か生き延びた』って」
「ええ、それがあなたが変えた未来……」
「違う! ネックはソコじゃねぇ。『あの段階と状況』って事は……もしかして……いや、当然ながら『他の段階と他の状況で』彼女が暴発したりする事も、あんた知ってたんじゃねぇのか?」

 俺の突っ込みに、彼女はさらっと答える。

「……答える必要は無いわね」
「YES、って答えてるよーなモンだぜ、テメェ……」

 睨みつける。もうそれ以外出来ない。

「はぁ……あなたは、どうしてこう厄介な事に、いつも気づくのかしら。
 御剣颯太、あなた、鋭すぎるわ」
「厄介なのはテメェだボケ! 未来知識持ってて時間止められる魔法少女なんて、俺からすりゃ反則もイイトコだ!
 はぁ……ベラベラ自分の経歴、喋るんじゃなかった」

 お互いに、深々と溜息をつく。

「……殺すか? 鹿目まどか」
「殺しましょうか? 御剣沙紀」
『デスヨネー?』

 お互いにハモってさらに溜息。
 まったくもって、厄介きわまる相手に絡まれたモノである。

「……っていうかさ。俺がお前さんの不確定要素だとして。
 巴マミが暴発して俺や沙紀が殺された後の事って、考えてたの?」

 と、途端に目を潤ませて、俺の右手を両手で掴み、さらに斜め四十五度な上目遣いで。

「あなたなら出来ると信じてたの♪ 私の運命の人♪」
「……本当は、おめー、死んだら死んだでしょーがないとか考えてたろ?」
「……やっぱり鋭いわ、あなた」

 この女っ!!
 マジで鹿目まどか以外、眼中に無ぇ。っつーか無さ過ぎる!!

「一個だけ……一個だけ約束しろ、暁美ほむら! 無断で俺を試すな!
 お前にとっちゃあ、繰り返しの何回かにしか過ぎないかもしれんが、俺にとっちゃ人生一度っきりなんだよ!
 ……でないと、マジでテメェをどうにかせにゃならん」
「どうにか、って? 例えば?」

 ほう。そう来ますか?
 余程、自分の時を止める能力に、自信があるらしい。……その幻想(おもいあがり)を、ブチ殺させて貰うとしよう。

「んー、そうだな。例えば、お前さん、『何秒で』時を止められる?」
「意味が分からないわね。『何秒止められるか』ではなく『何秒で止められるか』って?」
「いや。こゆ事」

 カチッ!
 暁美ほむらの目の前に、コルトS・A・Aの拳銃……型ライターが出現する。しかも銃口から『火がついて』。
 ……言っておくが、俺は時を止めたりはしていない。

「っ!!」
「お前さんの能力、かなり凶悪だけど『お前さん自身が認識して起動させるっぽい』からタイムラグがあるね。
 何かの動きや害意とか、そーいったのにオート的な反射で反応するワケじゃない。その反応見る限り、0コンマ1秒台ならギリギリ何とかなると見た。あとは、ソウルジェムをスポット・バースト・ショットで狙い撃てばいい。
 こーいった反射神経の世界じゃ、あんた『並み』なんじゃね?」

 そう。俺がやった事は、単純。
 純粋な技量による、早撃ち。
 それだけだ。

「あとは狙撃かなー? 殺気を消して初弾必中を心掛ければ、まあ何とか……」
「……OK、分かった。悪かったわ。今後、あなたに無断で勝手に試したりはしない。
 これでいい?」
「ん。ギスついてるたぁいえ、これでも一応、同盟関係なんだ。お互い、有意義なモノにしたいね。
 それに、ワルプルギスの夜は、俺にとって姉さんの敵でもある。倒せるなら倒しておくに越した事は無いし、今の縄張りを俺は気にいってるんだ」
「佐倉杏子と、巴マミに挟まれた、この猫の額のような縄張りが?」
「ま、ね。いろいろと動けない理由もあるし。学校とかね」
 そう言うと、俺は口をつぐむ。
「……例えば、他にどんな?」
「答える理由は無い……んだが特別だ。
 まあ、簡単に言うなら、『最弱』が生き延びるため、あそこらを対魔法少女用のトラップゾーンにしてる、って事。
 お前らがあの時踏みこめたのは、キュゥべえが物量でトラップを踏み潰して、道を拓いたお陰なんだぜ?」
「なるほど、ね……ん? 待って。インキュベーターが、何故、私に協力をしたのかしら?」
「お前に協力した、っつーより、お前以上にあいつに俺が嫌われてっからだろ。
 見かけりゃ念入りにゴキブリ退治とかやってるし、グリーフシードになる前にソウルジェム壊したりしてるわけだし」

 本当は、もっと根本的にキュゥべえに嫌われる要因があるのだが、それは今、この場で言いだす義理は無い。
 ……と、いうか。『魔法少女最悪の秘密を知った上で』、かつ『コレ』がバレたとするなら同盟関係の破棄に繋がりかねない。

「それじゃ、行きましょうか。イレギュラー」
「? ドコにヨ?」
「運命を変えに、よ」
「早速かよ、おい!? ちょっ! あんみつまだ喰い終わってネェんだぞ! 少し待てねぇのか」
「待てない」
「……チッ!」

 ちと行儀が悪いが、仕方ない。
 ザッコザッコと一気にあんみつを流し込むと、さくらんぼ咥えながら勘定を済ませ、俺は暁美ほむらの後を追った。




「……ここは?」

 巴マミの縄張りにある、裏路地。
 そこに響く剣撃の音に、俺は気付く。

「ここが分岐点よ」
「ちょっ!」

 説明一切をすっ飛ばして突っ走る彼女に、俺も追いすがる。

「説明しろ! 一体、何だってんだ!」
「ここで、美樹さやかと佐倉杏子が戦う事になる」
「……で?」
「その場に、鹿目まどかとキュゥべえが居る」
「あー、はいはい、なるほどね!」

 魔法少女同士の喧嘩となりゃ、命がけのバトルだ。
 そんな修羅場に、一般人とキュゥべえが居合わせりゃあ、起こる結果は一つだけ。

 って……

『弱い人間を魔女が喰う。その魔女をあたしたちが喰う。これが当たり前のルールでしょ?
 そういう強さの順番なんだから』
『あんたは……』

 この声は、佐倉杏子と……あの時のルーキーか!

 撃発の音が、近くなる。
 ……まずいな。
 さらに轟音。剣撃の音。戦闘の音が激しくなる……近い!

「えっ? ちょっ!」

 俺は、ソウルジェムを握り、軽く身体能力を強化すると、暁美ほむらを『抜き去って』突っ走る!!

「言って聞かせて分かんねぇ。殴って聞かせて分かんねぇ。なら……殺しちゃうしかないよね!」
「同感だ!」

 その台詞に心から同意しつつ、ソウルジェムからパイファーを抜くと、俺は容赦なく紅い影に向けて発砲した。
 一発、二発、三発。なかなかの反射神経と敏捷性でいずれも象狩り用の銃弾は当たらず、最後は槍で弾かれる。

「っ!! 誰だ!」
「弱い人間を魔女が喰う。その魔女を魔法少女が喰う、とか言ってたな?
 ……じゃあ、その魔法少女は誰に喰われるか。お前、知ってんのかよ?」
「あ? テメェ、何者だ?」
「さあな。みんな色々勝手な事言ってるから、どー名乗っていいのか自分でも分かんねーが……とりあえず有名どころで、こう言えばいいか?
 『フェイスレス』と。
 なあ、神父・佐倉の娘さんヨォっ!!」
「っ! テメェが……『顔無しの魔法凶女』……いや、女ですら無かったとは驚きだ。
 ……で、一体、何の用だ?」
「あー、いや。用っつー程のモンでもねぇンだけどよ。なんつーか、成り行きでな。
 それに、まあ……あまり顔を合わせたくなかったんだがイイ機会だしな。『いつかは』って思ってた」

 俺の腹の中に蠢く、黒い衝動。
 ……ああ、分かってる。
 八つ当たりなのは知っているのだが、どうも抑えようがない。悪いのは、こいつの親父であって、娘に罪は無いと知ってはいるのだが。

「なんつーか、佐倉杏子の噂はイロイロ聞いてたからよ。今のお前さんに、前々から一言いいたかったんだ。
 今のお前さんの行状を見て、『正しい教え』を説いてた、お前の親父さんが、どう思うかねぇ?」
「っ!! テメェ……何であたしの親父を知ってやがる!」
「直接ではないが、よーく知ってるさ。色々と、な。
 もっとも、テメェがウチの家族の事を知ってるとも、思っちゃいねぇがな。
 だから、悪ぃがコッチの手札は伏せさせてもらうぜ」
「……上等だ。人間! 魔女以外を喰う趣味は無いが、アンタは別だ。
 その伏せてる手札一切合財、色々知ってそうな事を、洗いざらい吐いてもらうぜっ!」
「そーかよ」

 殺るか。
 俺が、『切り札』を切る覚悟を決めた、その時だった。

「何……割り込んでんだよ!」
「!?」

 ふらつく足で、剣を杖に立ち上がる、ルーキー。

「ヒョゥ、気合い見せてんなー」
「あんたは、しゃしゃり出るな! これは、魔法少女の問題だっ!」

 かなり重度の負傷だったハズだが、気がつくと相当治癒している。
 ……なるほど。姉さんや沙紀に近いタイプだな。それでいて能力的に、回復や支援に特化したピーキーな二人に対し、剣での攻撃力もあるバランス型、か。サバイビリティの高さを見るに、そこそこ優秀な魔法少女の素質はあるようだ。
 ……無論、精神面や経験不足を除けば、だが。

「OK、確かにご指名は、このルーキーのほうが先だからな。
 順番は守るぜ」
「はっ、行儀がいいじゃねぇか。オーライ、すぐ片づけてやるよ!」
「舐めるなぁ!!」

 背後で、再び始まる剣撃の交差。
 と。

「そんな! お願い! さやかちゃんもう戦えないよぉ!」
「お嬢ちゃん、黙ってな。戦うって決めたのは、アイツだ」

 戦場から隔離された結界に居たのは、この間のツアーの女の子――多分、彼女が、鹿目まどか。
 そして、その肩口にいるキュゥべえ。

「久しぶりだね、御剣颯太。あのシャルロッテの時以来だね」
「あまり口を開くな、キュゥべえ。テメェと話をしてると、虫酸が走る」
「おやおや、『魔女の窯』なんてモノを運用してる君こそ、全ての魔法少女たちにとって憎むべき敵じゃないのかい?」
「知るかよ。それに、アレを使われて一番困ってるのは、キュゥべえ。テメェだろ?
 ……どうも最近、魔法少女が量産されちゃあ、俺の家に押しかけてきやがる。大方、テメェの差し金じゃねぇのか?」
「その少女たちを、悪辣な手口で、ことごとく殺して回ってるのは君じゃないか? 全く、困ったもんだよ」
「知るかボケ。降りかかる火の粉は、こっちで勝手に払うに決まってんだろ」
「やれやれ。君の行為は、僕たちインキュベーターの使命である、宇宙のエントロピーを伸ばす行為を阻害していると、何故理解できないんだい? わけがわからないよ」
「知らないのか? 人間なんて身勝手なモンなんだぜ? 散々、魔法少女の願い事をかなえてるテメェなら、よーく分かってンだろ?」
「お兄さん……さやかちゃんを助けに来てくれたんじゃないの?」

 うるんだ目で鹿目まどかは、俺を見上げながら問う。

「ん? あー、どーだっていい。アイツにゃ、俺のエロ本漁られた恨みもあるしな」
「えっ、エロ……本!?」
「それより見てみなよ。佐倉杏子相手に健闘してんじゃねぇか。イイガッツしてんぜ、あの女」

 踏み込みはデタラメ、握刀も素人丸出し、構えも姿勢も滅茶苦茶。完全にド素人の剣筋だが、その攻防の中で時折見せるクソ度胸は、見事、としか言いようが無い。
 もっとも、実力差は歴然だった。
 斬り憶えが前提の魔法少女の戦いは、ソウルジェムのコンディション+実戦経験=実力である。
 素人にしてはそこそこヤルが、あの佐倉杏子相手じゃ、分が悪すぎる。

「お願い、助けてよぉ! さやかちゃんを助けて!」
「じゃあ、あっちの佐倉杏子は殺していいか?」
「えっ……そっ、それは……喧嘩でしょ!?」
「お前は、あれが喧嘩に見えるのか?
 それに、悪いがあの女は、俺の敵……の、関係者なんだ。やるなら殺すし、向こうもそのつもりで来るだろ」
「そんな! ……やだよぅ、こんなの、嫌ぁ!」

 泣き崩れる鹿目まどか。

 ……本当に、優しい子なんだな。
 ……チッ!!

「ねえ、まど……」
「黙れキュゥべえ!
 ……なあ、お嬢ちゃん。他人に願い事する時は、慎重に言葉を選ぶもんだぜ。
 お前は『あのルーキーを助けたい?』だけなのか? それとも『この闘いを止めて欲しい』のか? どっちだ!?」
「止めて! おねがい! 止めてぇ!!」
「OK、期間限定の『正義のヒーロー』との契約成立だ! 後で缶ジュースの一杯も奢れよ!」

 そういって、立ちあがった直後。

「がはっ!!」
「さやかちゃん!!」

 とうとう、壁に叩きつけられたルーキーが、その場でズルズルと崩れ落ちる。

「さあ、オードブルは終わり。そこそこ楽しめたよ。
 もっとも、メインディッシュのほうが、歯ごたえが無さそうだけどねぇ!」

 大蛇の如く、槍を多節棍にして振りまわす佐倉杏子を見据えながら、俺はルーキーに声をかけた。

「ったく……オイオイ、だらしねぇなぁ正義のヒーロー。『俺の後輩』がこんなザマたぁ情けなくて涙が出てくるぜ」
「っ……う……?」
「情けねぇ後輩に手本だきゃあ見せてやる。期間限定、出血大サービスだ。
 よく見ておけ。魔法少女相手の『剣での闘い』ってのは……こうやるんだ!!」

 そう言って、俺は沙紀のソウルジェムを、しっかりと握りしめる。
 ただし、引き出す物は、武器だけではない!
 魔力。
 こつこつと節約して魔女を狩り、その挙句『魔女の窯』まで運用し、沙紀の命のために、貯め込んだモノ。
 それを、今。俺は身に纏う!

 袖口に、山形のダンダラ模様が白く染め抜かれた、沙紀のシンボルカラーである緑の羽織。鼠色の袴と足袋。
 羽織の結び目に輝く、沙紀のソウルジェム。
 そして、手にするは『兗州(えんしゅう)虎徹』

 かつての『正義の相棒(マスコット)』の衣装を身にまとい、俺は佐倉杏子の前に立つ。

『なっ!!』

 俺が『変身』してのけた不意を突いて、速攻!
 展開していた多節棍の関節に、俺は強化した兗州虎徹を走らせる。

 一つ、二つ、三つ、四つ!

「くっ!!」

 関節を切断されて分解した槍を再構築しながら、大きく飛び退く佐倉杏子。
 だが、それを見逃す程、俺も甘く無い!

「いぃぃぃぃああああああっ!!」

 飛び退く速度よりも早く追いつき、心臓、喉、眉間。必殺の三段突きを叩きこみ、吹き飛ばす。

「悪いなぁ、佐倉の娘。
 久方ぶりで、今宵の虎徹は『正義』に餓えているらしい」

 たたみかけるように、速攻、速攻、速攻! 相手の反応と反射の先を行き、斬って、斬って、斬りまくる!

「っ……このぉっ!!」

 薙ぎ払うような、槍の重い一撃を回避しつつ、俺は大きく飛び退いた。

「相手が本気出す前に、全力でトコトン痛い目見せる。
 ……喧嘩の基本、よく覚えときな、後輩」
「っ……てめぇ!」
「止せよ。実力差が分からん程、間抜けでも無いだろ?」

 先程の三段突きにしても、その後の速攻にしても。
 俺はいつでも急所を貫いて佐倉の命を取る事は出来た。何より、ソウルジェムに一閃。それで事は足りる。
 それをしなかったのは……後ろに居る少女との約束だ。

「行きな。『今なら』見逃してやる」
「……目撃者皆殺しの殺し屋が、どういう風の吹きまわしだよ」
「言っただろう? 今の俺は、期間限定の『正義のヒーロー』なんだよ。
 それに、テメェごときハナっから敵じゃあネェんだ。こちとら二週間後に大物退治が控えてて、ザコのドンパチに構う余裕はネェんだよ」
「っ……! あたしを……ザコだと! ……クソッ! 憶えてやがれっ!!」

 そのまま、捨て台詞で跳躍を繰り返して撤退する、佐倉杏子。
 ……一瞬、そのまま追撃して、背中から斬ってやるべきか、という衝動に駆られたところを、ぐっとこらえる。
 何より、長時間の『変身』は、沙紀への負担が大きい。
 俺は彼女が去ったのを確認し、早々に『変身』を解く。そして……

「あ、あの……ありがとうございました」
「おう」

 頭を下げる鹿目まどかを無視し、俺はルーキーに手を差し出す。

「……立てるか?」
「は……はい」

 そういって、手を取った彼女を立たせ……俺は、ルーキーの頬を、思いっきり張り倒した。

「さやかちゃん!」
「おい、ルーキー。テメェ、今、何で殴られたか、分かるか?」
「……えっ……あ?」

 困惑する彼女に、俺は怒りを叩きつける。

「何で、一般人の彼女がココに居る? お前の言う正義ってのは、無力な素人を殺し合いに巻き込むのが正義か!? あの佐倉杏子ですら、彼女を巻き込まないように隔離したぞ!」
「っ!!」
「それとも、『自分ひとりで何とかなる』とでも思ったのか?
 お前自身が自分の事を、無敵だの最強だの思いこむのは勝手だがな! 『どうにもならなかった』時に『どうするか』すら考え付かないオメデタイお脳で、安っぽく正義のヒーローを語るんじゃねぇよ!」

 うつむいて、言葉を無くすルーキーに、俺はさらに言葉をつづけた。

「別に、お前がどんな理由でどんな正義を掲げようが、正味知ったこっちゃ無いが……自分の実力くらいは、正確に把握しろよ?
 でないと、『正義』なんて綺麗ゴトの看板どころか、ホントに大切なモンまで無くす事になるぜ?」
「ごめん……な、さい」
「謝る相手が違うだろーが!!」

 さらに、俺はルーキーの頬を張り倒す。

「お前が今、一番謝らないといけねぇのは、誰だ!?
 そんな事も言われないと分かんねぇ程、ユルんだオツムしかしてネェか!?」

 愕然とする彼女に、溜息をつきながら、俺は鹿目まどかを指さす。

「まず、最初に、彼女に謝ンのが筋だろーが!」
「……っ!」
「いいか、よーっく聞け!
 『正義』なんてモンは、名乗ろうと思えば誰だって名乗れる!
 口先だけの正しい事なんてのは、誰だって言える!
 『正義の味方』のカンバンってのはそういう『綺麗ゴト』の代名詞だがなぁ、だからっつって、テメェのそんなユルんだオツムと認識で考えられるほど、浅くも軽くもねぇんだよ!!
 ……そんな事も、巴マミから教わらなかったのか? あ?」
「……ごめん、なさい!」
「やっちまった事に対して、頭下げて『ゴメン』しか言えねぇんなら『正義』なんて名乗るんじゃねぇよ!! 甘えてんじゃねぇ!!」

 さらに、一発。

「……なあ、ルーキー。結局、何がしたかったんだ?
 本当に『正義の味方』がやりたかったのか? それとも『友達の前でカッコつけたかった』のか?
 カッコつけるだけなら奇跡や魔法なんぞ無くても、他に幾らでもやりようがあるぜ? その足りないオツムで、よーっく考えな?
 ……魔法や奇跡で直接起こしたことは、同じモンで元に戻せるかもだがな。それが引き金になって『起こっちまった事』ってのは、魔法や奇跡じゃどーにもなんねーんだぜ?」
「っ……っ……!!」

 うつむいて、言葉も無く涙を流す彼女に、俺は背を向ける。
 ……ああクソッ! 胸糞悪ぃ!!

「あばよ。もー二度と合う事もねーと願いてぇ!」

 佐倉杏子、キュゥべえ、そして『何も考えてない正義の味方』。
 俺的にムカつくモン三拍子のジャックポットを前にして怒り狂いながら、俺はトットと路地裏を後にした。……色々と『ヤッちまった』と、内心、後悔に悶絶しながら。



[27923] 第九話:「私を、弟子にしてください! 師匠!!」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/24 03:00
「……佐倉杏子の事、何故、黙ってたの?」

 路地裏を後にした直後。背後から暁美ほむらに声を掛けられた。

「聞かれなかったからな」
「っ……彼女は、戦力になるわ」
「だろうな。で? ワルプルギスの夜との戦いに、引きこむってか?」
「……ええ。そのつもりよ」
「あっ、そ。好きにすれば?」

 その言葉に、暁美ほむらが瞠目する。

「……あなたは、佐倉杏子を憎んでいるのではないの?」
「憎む、っつーか……『好きにはなれない』ってだけだよ。
 悪いのはアイツの親父さんでアイツ自身じゃねー。それでもまあ文字通り『神父憎けりゃロザリオまで』って奴だ。
 ンでもって、アイツがそれなり以上の戦力になる、ってぇのもまた事実。
 まあ……『ムカつく』程度だし、仲良くはやれねぇけど……実力は折り紙つきだし、引きこむならそっちで勝手にやってくんな」
「……彼女の家族の事は」
「知ってる。っつーか、前にテメーに話しただろうが」

 単純明快な彼女にしては、妙に歯切れの悪い物言い。
 ……何なんだよ?

「あなたは、彼女の願いを知らないのね?」
「前に言わなかったか? 魔法少女の願いに踏み込むほど野暮じゃない、って。
 ……まあ、奴の荒れっぷりからして、大方の推察はつくが、な」
「どんな?」
「……おまえ、時間遡行者なんだろ? アイツと知り合いだったなら、答えを直接知ってんじゃねぇのか?」
「いえ、あなたの推論を聞きたいの」

 ……はぁ。

「毎度毎度、ヨォ。おめー、人の頭の中探って、二週目の対策か? 俺の人生の予習ってか!?」
「……っ! ごめんなさい」
「……まあいいさ。
 今日はムカつくもん三拍子でジャックポットされて、チと怒り狂ってるって事にしておいてやるよ。『二週目の俺の人生』なんて、今の俺の人生にゃ、知ったこっちゃねーしな。
 ……ご立派な神父様に、荒れた娘。『正しい事』なんてファンタジーに生きてるパパンに『私はそんなイイ子じゃない』ってトコだったんじゃねーの? 大方、『自分の本当の姿』をパパンとか家族に理解してもらいたいってあたりか?
 ンで『理解しちまった』パパン以下、家族は自分の『理想の娘』とのギャップに耐え切れず、発狂、無理心中。
 どーしょーもなくなった娘っ子は、さらに荒れ始めた……そのへんじゃね? 前から結構、万引きとかで掴まってたみたいだし」
「……当たらずとも、遠からず、だわ」

 まっ、大方、そんな所だろう。
 俺は、深くは追求せず、苛立ちをぶつけ続ける。

「大体、親ってさ、自分の息子や娘にファンタジー見過ぎるからなぁ。
 それが悪いとは言わねぇっけどよ……ウチみてーな頭空っぽで自分で何も考えネェくせに、子供を自分の所有物みたいに思ってるボーダー障害な親ってのは、ホントに性質(タチ)が悪ぃんだよ。
 世の中ナニが悪いって、自分が不幸を撒き散らしてるのも理解しねーで幸せそうなツラしてる奴らの中でも、その不幸を撒き散らし過ぎて自分も不幸になってるくせに、本人が幸せいっぱいのツラしてんのがマジ一番最悪なんだぜ?
 あの教会の『正しい教え』にハマったウチが、どんな末路辿ったか……無理心中に巻き込まれかけて、冴子姉さんや沙紀を守って木刀持って家の二階に立て籠って、階段からお袋蹴り落とした時のツラがよ、マジで『わけがわからないよ』って顔してんだぜ?
 も、どーしょーもねーヨ……あーあーあ! なーんでアソコで『正義の味方』なんて名乗っちまったかなぁ! クソッ、クソッ!」

 八つ当たりのついでに、交通標識に蹴りをぶちくれる。
 ゴィィィィィン、と音を立てて、派手にひん曲がった。

「……口先だけで正しい事だったら、誰にだって言える。宇宙のエントロピーがどーだとか、そんなキュゥべえみたいな人間にだきゃあ、俺はなりたくない。
 テメェでしっかりテメェの正義考えて、そいつに体張って気合い入れて……考えて考えて血を流しながら、姉ちゃんと一緒に『魔法少年』やって。ンで、ついたオチが、沙紀にキュゥべえだ。
 マジでザマァ無ぇってのにヨ……馬鹿だぜ、俺……正義なんてカンバン、二束三文にしかなりゃしねぇって、知ってんのに」
「それでも、あなたは……正義を信じてるのね?」

 暁美ほむらの言葉に、俺は思わず足を止めた。

「……どっかの誰か。
 俺より頭がよくて、俺より喧嘩が上手くて、俺より強い、キュゥべえなんぞに騙されない。
 そんな奴がヨ、『正義の味方』やって世界を救ってくれりゃあ、少しは俺も救われるんじゃネェかな、って……少なくとも、俺が認めたそいつが、指さして俺の事を見下して『馬っ鹿じゃねぇの、ハッハッハ』って、腹抱えて笑ってもらえるだけでいい……
 なのに、やって来るのは、キュゥべえに騙された自称『正義の味方』な魔法少女しか来ねぇんだぜ? 泣けるぜマジで。
 ……まあ、神様拝むよーなモンだよ。
 それこそ宇宙の物理法則を直接弄れるよーなバケモンじゃねー限り不可能な、無理難題なのは、承知してんのさ」

 自分でも嫌になるほど、擦り切れた笑顔で振り向く。

「……仲間に引き入れるなら、早めに頼む。
 顔見られてるし、多分、あいつ学校に行ってないだろ? 登下校中や授業中に襲撃されたら、ちょっと俺は手の打ちようが無い」

 魔法少女たちの安全保障条約……つまり、『学校』という日常の縛りが、彼女には通用しない。
 おまけに、巴マミに匹敵する、エース・オブ・エース。
 そんな相手に、切り札見せて顔を見られて見逃して……今日の俺は、本当に愚か者としか、言いようがない。

「悪いな、今日は御開きだ。ウチ帰って沙紀の飯でも作るとするわ……今日の俺は、とことんオカシくなってる。
 くそ……調子狂ってんぜ」

 そう言って、俺は歩き出す。

「待って! キュゥべえが言ってた『魔女の窯』……あれは、何?」
「悪いが、そこまでベラベラ喋るほど狂っちゃいねーよ。バーカ」

 捨て台詞を残して、俺はいつものスーパーへと足を向けた。



「……さて、困ったぞ、っと」

 セールの品物を眺めながら、俺は頭を悩ませていた。

「ジャガイモが特売か……時間的に肉じゃがにはいいんだが……」

 問題は、ジャガイモが既に家にあるという事だ。買って悪くしても困るしなぁ……

 結局、グリーンピースを買い足し、あとは家用の洗剤やせっけんを買いものカゴに放り込む。
 ……明日は家帰ったら掃除だな。

 と……

 RRRRRR

「あん? 誰だよ?」

 見覚えの無い電話番号が、ケータイにかかってきて俺は通話ボタンを押す。

『もしもし! 颯太さん!!』
「……巴さんか? 一体どうした?」

 電話の主は、巴マミだった。

『沙紀ちゃんが……沙紀ちゃんが、廊下で死んでる!!』
「死んでねぇよ。落ち着け! 沙紀は『ここに居る』……っつーか、勝手に家の中上がったのかよ?」
『え、いや……その』
「大丈夫だから。分かったよ、すぐ戻るからそこに居ろ! あと少し落ち着け、な!」

 しょうがねぇ、ダッシュで家に帰るとすっか。
 会計を済ませ、スーパーの袋を下げながらダッシュで家の玄関まで走る。
 と……

『うひゃああああああ!!』

 俺の家から、巴マミの素っ頓狂な声が聞こえてきた。
 ……あー、何となく、予想がついたが……そりゃ、死人がひょっこり起きれば、びっくりするか。

「はい、ただいまーっと」
「はっ、はっ、はっ、颯太さん!? 沙紀ちゃんが、沙紀ちゃんが!?」

 なんかパニックになって涙目な巴マミに、満面の笑顔の沙紀がしがみついてる。

「なーんもおかしい所は無ぇよ。ほれ、ただいま!」
「お帰り、お兄ちゃん。えへへへへー♪ 狙った通り、起きたらマミお姉ちゃんが居たー♪」

 そう言って、沙紀にソウルジェムを手渡す。

「あの、あの、あの……一体、何が……?」

 いちいち説明して行かねばならない面倒を考え、俺はちょっと頭を抱える。

「…………んー、まあ……とりあえず、よ。晩飯に肉じゃが、食ってくか?」



「……つまり、私たち魔法少女の元の肉体っていうのは、外付けの装置に過ぎない、と?」
「そう。だからソウルジェムを砕かれたら、体そのもののコントロールを失う。また、距離にして100メートル前後もソウルジェムから離れると、肉体の操作が出来なくなるんだ。
 それと引き換えに、魂と最も相性の良い元の肉体には、超人じみた能力を発揮できるような機能が備わるし、心臓や脳髄吹っ飛ばされても、再生が可能になると。だから、ソウルジェムってのは魔法少女にとって唯一の急所だな。
 もっとも、再生する端からふっ飛ばして行けば、いずれ肉体の再生のために魔力が枯渇して死ぬ羽目になるし、脳なんかの複雑な内臓器官は再生に手間がかかるから、よほどの超回復力持ってない限りアウトだったりもするけど」

 ジャッコジャッコとフライパンでジャガイモやニンジンその他を炒めつつ、玉ねぎや肉など汁気の出るものは、隣のコンロで鍋で炒める。

「ついでに言うと、沙紀の能力の恐ろしい所は、そこでな。
 普通の魔法少女なら死亡しててもおかしくない負傷まで、元通りに直せちまう。
 死人を蘇らせるまでは行かないが、戦闘を前提とした場合、これほど頼もしいモノは無いだろ?」
「ええ、そうですわね」
「だが、本人にしてみりゃ、災難に過ぎん。結局それは負傷という『他人のツケを肩代わりする能力』でしか無いんだ。
 戦闘を前提とする魔法少女が、この能力に目をつけないワケが無い。そして、沙紀自身は前線で戦う能力を有さない。
 だから、誰と組んでも、結局トラブルが頻発するんだ。『魔女と戦って苦しいのは私たちなんだ。コソコソしてた分、もっと気合を入れて治療しやがれ』ってな……自分が負った戦闘の傷だって事を棚に上げて、よ」

 つま楊枝で、炒めたニンジンとじゃがいもの火の通り具合を確認。隣のなべに、ざっと放り込む。

「……分かる気が、します」
「うん。だから、沙紀と組むと、みんな無謀になるんだ。『ちょっとやそっとなら大丈夫だろう』って具合に。
 そして、その無謀のツケは全て、沙紀が払う事になる。……払いきれるうちはいいんだが、だんだんと大胆になってハードルが跳ね上がってくんだ。
 そして、しまいには役立たず呼ばわりされてポイ。ポイした側の彼女たちは、沙紀の治療に慣れて無謀な攻撃を繰り返し、魔女に殺される。最後のその瞬間になって、初めて沙紀のありがたさに気付くわけだ。
 結局……沙紀は魔法少女として『誰かのための力』しか持ってないのに、『俺以外の誰とも組む事が出来ない』のさ」
「……酷い」
「おっと、『私が組む』とか言い出すなよ? あんたは沙紀の友達だ。だからこそ『その関係を壊したくない』。
 ……以前、何度かあったんだよ。そーいうパターンが。オチは全部、手ひどいモンさ。前も話したが、最悪、薬箱扱いだ」

 だし汁、醤油、酒、みりん、砂糖。計量して、それらを混ぜ合わせたモノを、一気に鍋に注ぎ込むと、火勢を強める。

「あと、悪いが、暁美ほむらにこの事は話すな。奴なら沙紀の首根っこ捕まえて、無理矢理戦場に連れてきかねん。
 あいつはワルプルギスの夜との戦いに固執し過ぎてる。勝つためなら何でもやるタイプってのは、逆に何しでかすか分からんからな。……だから、俺が沙紀の代わりに、修羅場に立つ必要があるのさ」

 そう言って、俺は冷蔵庫を開ける。
 ……あー、お菓子がそろそろ無くなってきたなぁ、と。

「颯太さん。ケーキはお嫌いですか?」
「え? いや、嫌いって程じゃないが……」
「では、ティーセットお借りしますね」
「あ、ああ……」

 そういって、彼女が紅茶を淹れ始める。……紅茶の作法は知らないけど、結構本格派っぽいな。

 キッチンに充満する肉じゃがの匂いと、リビングの紅茶の香りのコントラストを嗅ぎながら、鍋に浮いたアク取りの作業に入る。
 こまめに浮いたアクをすくって捨て、最後に中蓋を落とす。あとは、暫く煮込んだ後に、火を落として染みるまで放っておきゃいい。メシ時にはいい具合になってんだろ。
 中火に落とし、15分ほどにタイマーを設定。これで完了。

「そういえば、気になってたんだが。『沙紀が廊下で死んでた』とか、言ったな?」
「え、ええ。玄関の戸が開いてて、気になって……失礼かと思ったのですが、泥棒でも入ったかと思いまして。
 そしたら、廊下で沙紀さんが倒れてたので、慌てて颯太さんに電話を」

 巴マミの説明した、殺人事件チックなシチュエーションに、俺は沙紀を睨みつける

「……沙紀? お前、確かに布団で寝てたよな? いつも通り『死んでる』体がなるべく痛まないよう、氷枕たっぷりのエアコン最低温度に設定して?」
「うっ、その……おトイレに」
「トイレなら、いつもオムツ穿いてるよなぁ? 『死んだ』瞬間に『垂れ流し』になるかもしれないからってんで?」

 さて、人の死の瞬間に直面した事の無い方々のために説明すると。
 人間の体というのは、普段、基本的に筋肉で動いているワケなのだが、死の瞬間に全身の筋肉がユルんでしまうのだ。それは、人間が通常、死ぬ間際まで無意識レベルで絞めている筋肉……肛門だとか、尿道だとかの排泄関係の筋肉も、例外ではない。
 そのため、人によっては『腹の中にたまってる物体』を、死の瞬間に排泄口からぶちまけてしまう事が、ままあるのである。

「で、だ。
 俺はしっかり鍵を閉めて、家を出た。にも関わらず、鍵は開いており、本来ありえない廊下で沙紀が倒れていた。
 ……さて、出てくる結論は、一個だけなんだが……沙紀よ、お兄ちゃんと巴お姉ちゃんに言うべき事は、何かね?」
 
 ニコニコと怖い笑顔で問い詰めると、沙紀が目線をそらす。

「……ううう、何の事でしょーか、さいばんちょー。しつもんのいとがわかりません」
「『狙った通り』とか言ってたわよねぇ? 沙紀ちゃん?」

 これまた、巴マミが紅茶を淹れながら、ニコやかに問い詰めてくる。

「わたくし、きおくにございません……すべてひしょのやったことでございます」
「そう、じゃあ、沙紀ちゃんにはケーキ無しね♪」

 ニコやかに微笑む巴マミが取りだしたケーキ。
 紅茶とセットで、実に美味しそうだ。

「ケーキに紅茶、ねぇ……ほう、中々にオツな味だな?」
「あら、喜んで頂けるなら、嬉しいですわ」
「いや、昔、バタークリームゴッテリで仁丹みたいなサクランボもどきの乗ったケーキを、1ホール近く一人で喰わされた事があってな。
 二切れで目まいがする程吐き気がしたもんだが、こんなケーキなら幾らでも入りそうだ。
 あと、スポーツドリンク代わりの甘ったるいペットボトルの紅茶しか飲んだ事ないが、こういう風に茶葉の風味をストレートで味わうのも『アリ』だな」
「気にいって頂けて、何よりですわ。
 あと、沙紀ちゃんのケーキが余ってますから、頂いちゃいましょう♪」

 緑茶と和菓子が定番だった我が家において、滅多にお目にかかれない、甘味の変化球。
 それらの誘惑を前にして……

「うわあああああん! ごめんなさーい!! 沙紀が鍵開けてマミお姉ちゃんを迎える準備して、布団に戻ろうとしたら間に合わなくってー!!」
『……やっぱりか』

 深々と溜息をついたあと、巴マミと一緒になって、沙紀をひざ詰め説教の刑に処しつつ、肉じゃがの染み具合を確認していると……

 ピンポーン……

「あ?」

 ケーキと紅茶で腹を膨らせていたものの、時間を見るともう夜の八時になっていた。
 ……こんな時間に、誰が何の用だよ?
 また、キュゥべえからの刺客か?

「沙紀」
「うん」

 意識を日常から戦闘モードに切り替え、俺は沙紀からソウルジェムを受け取る。

「……!!??」

 そして、玄関のカメラに映ったのは、何やら思いつめた表情の、先程のルーキーに、鹿目まどか。

「……何の用だ?」
「あ、あの……助けてもらった、お礼に……約束のジュース」

 鹿目まどかの手には、500ml入りのコーラの缶があった。
 どうも、律儀に届けようとしたらしい。

「ああ、そうかい。律儀に届けてくれたんだな。ありがとうよ」

 とりあえず、ソウルジェムを手の中に隠しながら、ルーキーを警戒しつつ玄関の扉を開ける。
 と……

「おっ、お願いします! 御剣颯太……さん!」

 唐突に、先程のルーキーが、鹿目まどかを押しのけて、俺の前に土下座を始めやがった。
 ……な、何だよ、おい!?

「私を、弟子にしてください! 師匠!!」
「いっ……えっ!? はぁあああああ!?」

 自分でも素っ頓狂な声が、夜のご近所に響き渡った。



[27923] 第十話:「魔法少女は、何で強いと思う?」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/29 09:51
「えっと、その……なんだ。わけがわかんないんだが? どゆ事?」
「だっ、だから……私を、弟子にしてください!」

 頭を下げ続けるルーキーの姿に、俺はもう呆然とするしか無かった。
 ……いや、マジで。ワケが分からないよ。

「あー……その、あのさ? とりあえず、俺がどういう奴だか、分かってる? お前ら魔法少女に対する、殺し屋みたいなもんだよ?」
「……っ!! 分かって……いる、つもりです!」
「んじゃ、今、この場で……と、言いたいんだが」

 俺は、隣に立つ、鹿目まどかに目をやる。

 ……『一般人』を巻き込んで、修羅場を演じるのは、なぁ……

 それは、俺が絶対口にする事の無い、最後の一線のモラル。
 『魔法少女』や『魔女』は幾らでも殺すが、それでも俺は『普通の人間』を、直接この手にかけた事は無い(間に合わなかった、とか不慮の事故はあるが)。
 無論、それを口にするつもりは無く、誰からも理解される事は無い自己満足とは、分かってはいる。第一、『人間』を馬鹿にしきった『魔法少女』たち相手に、口にしたら舐められる。

「まあ、何だ。とりあえず『彼女と一緒に』今日は帰って、少し頭冷やしな。時間、考えろよ」
「嫌です! 弟子にしてください!」
「さ、さやかちゃん、御剣さん、困ってるよ」

 慌ててなだめに入る鹿目まどか。
 だが、眼中にないとばかりに土下座したまま俺を見上げ続けるルーキー。

「あー……まさか本当に、実は俺が今でも『正義の味方』だとか、思ってんじゃないだろうな?
 言わなかったか? その場限りの『期間限定だ』って」
「期間延長してください!」
「馬鹿かテメェは! とっとと帰れ! こちとら『正義の味方』はとっくに廃業してんだ!」
「営業再開してください!」
「なんでテメェら魔法少女のために、俺が『正義の味方』をまたやらなきゃなんねーんだ! こちとら妹の事で、手一杯なんだよ!」
「そこを何とか!」
「どうにもならねぇよ、馬鹿野郎!!」

 と……

「……なんで……なんで、あんな強くてかっこいいアンタが、『正義の味方』を廃業しちゃったんだよ!!」
「っ!! 帰ぇれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 絶叫すると、俺は家の中にとって返し、塩を入れた調味料入れをひっつかむと、玄関に突進し、おもいっきりルーキーの顔面にぶちまけた。

「……今の俺は、気が立ってる。一般人の前だからって、マジで何するか分かんネェぞ!
 おら、塩ぶっかけられてる内に帰れっ! 次はなにぶちまけてほしい!? 醤油か!? 砂糖か!? それとも油ぶっかけられて、火ぃつけられてぇか!? ウチにある好きなモン選ばせてやる!」
「さやかちゃん! だめだよ! 御剣さん、本当に怒ってる!」
「っ!! ……また、来ます」
「おう。今度は一人で来いや、遠慮なく殺してやるからよ、ルーキー! ……ここは魔法少女の死地なんだって忘れんなよ?」

 と……その時だった。

「待って!」
「!?」

 奥から出てきたのは、巴マミだった。

「まっ、マミ……さん!? なんでこんな所に!?」
「それはこっちの台詞よ。ココには絶対近づいちゃダメ、ってあなたに教えたわよね? 『魔法少女が御剣颯太を相手にするのは、危険すぎる』って。……正直、ここに来れただけでも奇跡だと思ってるわ。
 それに、あなたは私の弟子じゃなかったかしら?」
「っ……そっ、それは……」
「なんだ、巴マミの弟子なんじゃねーか。かけ持ちする気だったのかよ?」

 もうなんというか……何も考えてないにも程がある行動に、怒りを通り越して呆れ返ってしまった。
 バカだ、こいつ。真性の大馬鹿だ。⑨クラスの超馬鹿だ。

「うっ、うっ、うっ……うええええええええええええええええええええ!!!!!」
「ちょっ、ピーピー泣くなよ! ……あーっ、うっとーしー! どーしろってんだチクショウ!」
「すいません。颯太さん。すぐ連れて帰りますので」
「おう、とっとと……いや、待て!」

 ここで返した場合、巴マミまで俺の『切り札』を知る事になる。今のところ……恐らく、ワルプルギスの夜戦までは比較的安全とはいえ、正義の味方なんていつ俺の敵に回るか、知れたもんじゃない。
 かなり危険だが……

「……こいつの口から、『切り札』が漏れられても困る。話をすんならウチでやりな」

 結局、俺は彼女たちを家の中に入れる事になった。


 家のリビングは、えっらくギッスギスしい空気に包まれていた。

「……で、何で颯太さんの弟子なんて考えたの?」
「……私とまどかが……その……魔女退治してる時に……紅い、槍をもった魔法少女が来て……」
「佐倉杏子、な」

 とりあえずの俺の補足説明に、巴マミが納得する。

「っ! おおよその事情は分かったわ。で、あの子が来たときに、たまたま居合わせた颯太さんが……待って? 正義の味方?」
「そいつぁトップシークレットだ。……まあ、正直、ムカつくモン山ほど見て、気が立っててな。うっかりコイツの前で、『切り札』切っちまったんだよ。
 で、このザマだ」
「えっと……ごめんなさい。颯太さんを苛立たせたモノ、って?」
「佐倉杏子、キュゥべえ、そんで『何も知らずに何も考えてない正義の味方』だ。
 俺が『この世』で嫌いなモンが、三つ揃ってジャックポットしやがってな。まあ、憂さ晴らしだよ」

 ……『あの世』まで含めりゃ、もっと殺すほど文句言いたい相手はいるが、な……

「……なるほど。具体的には分からないけど、そこでの颯太さんの戦い方を見て、彼女が弟子入りを志願した、と?」
「どーもそーらしい。なあ、こいつ、どんだけ馬鹿なの? 死ぬの?」
「……そうね、迂闊に過ぎるわ。少し反省してもらう必要も、ありそうね」

 と、

「うん、そうだと思う。特に、お兄ちゃん」
「うっ……」

 気付くと、沙紀の奴がジト目でこっちを睨んでた。

「うっかり『切り札』切っちゃったって……」
「だっ、わっ、悪かった! だからシーッ! この場ではシーッ!」
「……で、今度はどこを怪我したの?」
「してない! 一太刀も浴びてない! 速攻でカタはつけたから、魔力も殆ど使ってない!」
「嘘! お兄ちゃん、大けがしても私にずっと黙ってるじゃない!」

 わたわたと慌てて釈明するが、前科が前科なだけに、信じてくれない妹様。

「見せなさい!」
「わーっ、こらーっ!! 待て! 沙紀! 服を脱がそうとするな!」
「手遅れになったら大変でしょー!!」
「無い! 無い! 怪我なんてしてないー!! わかった、わかった、見せる! 見せるから、ちょっと待て!」

 とりあえず、一呼吸入れて、溜息をつく。

「……あー、ルーキー。お前、俺に弟子になりたいとか、言ってたな?」
「はい」

 その言葉に、俺は彼女に問いかける。

「なあ、魔法少女は、何で強いと思う?」
「えっ、えっと……それは……な、何ででしょう?」

 迷うルーキー。

「それが答えだ。『何でか』なんて考える必要が無いくらい、もともと強いからだよ」
「そんな身も蓋も無い」
「じゃあ、その魔法少女を狩る魔法少年は、どうやって強くなっていくと思う?」
「……?」
「こういう事だよ」

 そう言って、俺は上半身の服を脱ぐ。

『っ!!!!!』

「……驚いたか?」

 俺の首から下。路線図のように無数の傷痕が走る俺の体を見て、沙紀以外の全員が絶句した。

「これでもまだ、マシなほうだ。沙紀が居てくれるからな。
 手足がブッ千切れかけたりした事も、何度かある。片目を潰された事も、な。
 そういう致命的な傷は、流石に沙紀に治してもらうしかないが……それでも俺は『沙紀に治療なんか、させたくはない!』」
「……お兄ちゃん、私の力を借りて戦う時、ほとんど生身で戦ってるの。
 魔法少女の体って、戦うために痛くない体になるし、お兄ちゃんもそうなれるハズなのに、なってくれないの。
 絶対に痛くて、苦しくて、死にそうなくらい辛いハズなのに……」
「えっ、じゃあ……私……」
「ルーキー、『お前があの戦い方をして、本来、どんだけの痛みを伴うか』を、キュゥべえに聞いてみな。多分、死にたくなるぜ」

 かつての己の過ち。
 何も知らず、姉にどんな負担をかけていたかを知って、俺は刀で戦う事をやめた。
 『痛くない』『大丈夫だから』『私は魔法少女だから』
 そう真剣に言ってくれた姉だが、その姉が『感じている』ダメージと『実際のダメージ』のギャップも、また凄まじいモノだったのだ。

 故に。
 俺は沙紀に頼み、あえて『魔法少年』の姿で戦う時も、『痛みの軽減』を生身の人間並みに落として戦っている。
 だが、何故かは知らねども。
 痛みを消さない事によって、反射神経というか皮膚感覚というか第六感じみたセンスは、戦うごとにどんどんと冴え渡っていき、ついには、どんな魔法少女も追いつけない領域の『速さ』を手に入れる事が出来た。
 言わば、時速200キロ300キロで突っ走る自転車のような、著しく攻撃に偏ったピーキーな能力。一発でも被弾すれば大ダメージは免れない。
 故に、魔女であれ、魔法少女であれ、俺の闘いでのカタのつけ方は『速攻』以外にありえないのだ。『敵が本気を出す前に、とことん痛い目を見せる』というのは、逆を言えばそれが俺の戦い方の『全て』でしか無く。
 だからこそ、安易に乱用出来る力ではない。

「ルーキー。お前がどういう理由で戦うのかは、俺は知らん。『人間の痛み』を消した魔法少女の戦い方も、また、いいだろうさ。
 だけどな、俺はこう考えてる。『人間、痛い思いをしなけりゃ憶えない』ってな」
「あっ……あ……」
「魔女や魔法少女相手の闘いで受ける傷が、どれだけ痛いかを『俺はよく知ってる』。
 そして、それが、所詮人間でしかない俺の戦い方だ。人間やめたお前らにゃ無理だ。諦めな」

 そう言って、上を着ようとし……

「下は?」
「……え?」

 じろり、と睨む妹様。

「ズボンも!」
「ちょっ、ちょっ、待て! 待て! ここじゃマズい!」
「うるさーい! 左足に大穴あけて笑いながら帰ってきたお兄ちゃんなんか、信じられるかー!」
「わかった! わかった! 脱衣所行こう! 脱衣所! みんな見てる!!」
「パンツの中までチェックするからね!」
「だーっ!! やーめーてー!! それだけはセクシャルハラスメントー!!」
「うるさーい! お兄ちゃんなら、『ピー』潰されても笑ってそうだもん!」
「無理! それは流石に無理だから!! ……すまん、ちょっと席を外させてくれ」

 そう言って、席を外し、風呂場の脱衣所に連行される俺。

 ……少年診察中……少年診察中……

 ……診察完了。

「……あー、ごほん! まあ……そういうワケだ」

 何かこう、真っ白に生ぬるくなった空気の中。とりあえず咳払いをして、椅子に戻る。

「今日のところは、全員帰ぇんな。ただ、これだけは覚えておいてくれ。
 ……魔法少年の強さ、なんて……イイもんじゃねぇんだよ」



[27923] 第十一話:「……くそ、くら、え」(微修正版)
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/03 00:29
 全員が帰った後。
 沙紀にソウルジェムを返し、俺は天井を向いて、溜息をついた。

「正義の味方、か……」

 数多の魔法少女を手にかけ、それ以上に魔女を殺し、あまつさえ、秘密を知りつつ『魔女の釜』を運用する。
 希望を振り撒く魔法少女を、絶望に堕としめ、それをさらに踏みにじる俺には、最早、それを語る資格は無い。
 ワルプルギスの夜への協力だって、本音は姉さんを殺した事に対する復讐だ。
 実のところ、そのための対ワルプルギス用装備すら用意してあり、『いつかは』とは思ってはいたのだ。無論、そんな装備は普段の魔女や魔法少女退治では、オーバーキルもいいところなので、運用する事は無いのだが……

「……調子狂ってんぜ、俺」

 あの超絶馬鹿ルーキーの事を思い出す。
 ……きっと、俺の『魔法少女殺し』の現場を、見た事が無いから、あんな事が言えたのだろう。
 もし、その手管の現場を知れば、誰もが嫌悪の目線を隠さないハズだし、弟子がどーだなんて戯けた事を抜かす余地など、絶対に無かっただろう。

「はやいところ、捨てるべきなのかもなぁ」

 手の中にある『兗州(えんしゅう)虎徹』……自動車のリーフスプリングを鍛え抜いた刃は、ある意味、俺自身でもあった。
 元はただの平凡な、自動車のパーツ。それを刃と成し、鍛え抜き、闘うための牙と成った。
 『ただの少年』を『正義の味方』へと変えた、『最初の魔法のステッキ』。

 だが、もう普段は二度と振るうまい、と誓った武装でもある。

 現実を知り、痛みを知り、秘密を知り……魔女や魔法少女に接近戦を挑む意味を知ってからは、ついぞ握る機会の減った武装。
 これを握って出た理由も、ただ、自分の中で一番の『最速』を成し得る武器だから。
 そう、本来、暁美ほむらの『時を止める能力』に対して、振るう予定だったのだ。
 ガンアクションに反応出来なければ、それでよし。反応出来て、それを超えた時点で『次』に振るう……予定だったのだ。

 だが、思う。
 扱うべき武器を変更し、どんな非道卑劣な攻撃方法を会得しようと。
 自分の中での『最速』の技は、結局、この『兗州(えんしゅう)虎徹』を介してしか、振るう事は出来なかったのだ。
 破壊力に関しては、これを上回る武器は幾らでも手に入れた。だが、俺自身が会得した『速さ』を最大限に引き出せる武器は、結局この『大切なものを守るために』最初に握った武器以外に、無かったのだ。

 ……もし、仮に。

 魔法少年や少女の武器に、『思い』が宿るとしたら。
 そう思うと、俺は、元来、ただの自動車パーツで役割を終えるべきだった、この哀れな鋼の刃に対して、俺は何がしかの責任を取るべきなんじゃなかろうか?

「……馬鹿馬鹿しい」

 妄想を振り払う。道具は道具。それ以外に無い。
 そう、そのはずなのに……結局俺は、この刀を手放す事が、出来ないのだ。
 と……

「!?」

 ふと、窓の外に紅い影を見かけたような気がした……と、思った瞬間だった。

「っぐああああああああっ!!」

 ガラスをカチ割って右肩に刺さった槍に吹き飛ばされ、俺の体はキッチンにまで叩きつけられた。

「いよぉ、先程はどーも、『正義の味方』!」

 何故? と、思ったが……考えてみれば、向こうにはキュゥべえがいる。
 そして、手錬の魔法少女であるならば。戦闘は一度きりのモノではないと自覚しているハズなのだ。
 罠にかかった所が無いところを見ると、おそらくは尾行……誰だ? もしかして、俺か?

「さっきのアマちゃんたちが、あんたの縄張りに入るのを見て、おっかなびっくり、つけてみたらビンゴだ。
 ……あんたのトラップ、噂程のモンじゃなかったねぇ」
「っ! 不……覚!」

 俺のトラップは、対魔法少女用に特化してある。逆を言えば……普段、人が歩くルートを通れば、トラップに引っかかる事は無い。
 つまり……魔法少女が魔法少女を尾行すれば罠にかかるだろうが、人間が人間を尾行すれば、ほぼ罠にかかる事は無いのだ。

「お兄ちゃん!」
「来るな、沙紀!」
「へぇ、あれがアンタの妹ちゃん? ずいぶんと可愛いねぇ」
「……っ! 妹に……手を出すな!」
「へぇ、そう?  『相手が本気を出す前に、とことん痛い思いをさせる』だっけか?
 ……キュゥべえから聞いたぜ。あんた、妹のソウルジェムで『変身』してるんだって? そんな『借り物』で正義名乗って、楽しいのか?」
「っ!!!」
「あたしらを……魔法少女ナメてんじゃねぇ! 殺し屋!」

 ガンッ!!
 ふみしだかれる顔面と、抉られる肩の痛みに気が遠くなりかける。

 ……は、はは、ザマぁない……一度