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[30054] IS ―インフィニット・ストラトス クラスメートの視線―
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:68b83d77
Date: 2011/10/08 12:21
初めまして、ゴロヤレンドドと申します。この作品は「インフィニットストラトス」の二次創作です。以下の注意点を必ずお読みください。



1.このお話には「一夏や鈴と中学時代のクラスメートでIS学園に入学したオリキャラ」が登場します。
 複数人物視点をとっておりますが、上記キャラ視点が最も多くなる見込みです。
 一応チートにはしないつもりですが、どうなるかは未定です。

2.基本設定は小説版を第一とします。ただしアニメ版の設定も混じりえます。

3.基本的には満遍なくキャラを使って行きたいと思っています。できなければ、筆者の力不足です。

4.文体が、かなり圧縮傾向です。ご注意ください。


上記の点がOKと言う方は、楽しんでいただければ幸いです。


追記:初回投稿で、前書きを書き忘れるという大ポカをやらかしました。
閲覧された方に、お詫びを申し上げます。



[30054] 受験……のはずが
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:68b83d77
Date: 2011/10/24 09:14
IS ―クラスメートの視線―

「……」
 二月の半ばの寒い空気が、意識を覚ましてくれた。――私は宇月香奈枝(うづき かなえ)。本日、本命の志望校を受験する受験生。
昨日は早く寝たから、疲れとかは無し。快調な目覚め。……以上、自問自答終わり。
「――よし」
 ベッドから出てカーディガンを羽織る。朝日が差し込み、見慣れた部屋が目に映る。鏡を見ると、そこにはいつもの私。
すぐに整えられる程度しか乱れの無いショートの黒髪、細面、特に不満のない容貌。少しだけ、鼓動が早いけど……うん、大丈夫。


「お母さん、おはよう」
「おはよう、香奈枝。朝ご飯、出来てるわよ」
 階段を下りてリビングに行くと、お母さんが朝食を用意してくれていた。トーストとホットミルク、スクランブルエッグにサラダ。
「今日は寒いから、暖かくして出なさいよ」
「はいはい」
 いつもどおりの会話をしてくれるお母さんと、いつもどおりの朝食。――あくまで自然体で受験を受けられるようにしてくれているのが解る。
「多目的ホールには、何時ごろ出るの? 帰りは?」
「うーん……。混雑もあるし、少し早めに出るわ。帰りは、友達と話すかもしれないから遅くなるかも」
「寒いから、早く帰ってくるのよ」
 はいはい。
 

「……よし」
 受験票、よし。そのほか書類、よし。お弁当、よし。受験会場に着いた私は、最終チェックを終えた。これで何か無かったら、喜劇だ。
「さてと。受験会場は……と」
 この多目的ホールには何度も足を運んでいるので、構造は少しは知っている。
カンニング事件の影響とかで受験会場が直前まで明かされない、って言うのは困ったけど、私にとってはハンデにはならなかった。
「えーーっと、受験会場は……あら?」
 私の視界に、見知った男子生徒が入ってきた。彼の志望校も今日が受験日だし、同じ学校を受ける友達がここでさっき会ったから、
いるのは不思議ではないけど。でも、彼の受験する場所はあの部屋じゃないわよね。
 まあ、部屋に入ればすぐに自分の誤解が解るわね。そうでなくても、試験担当の先生が追い出すだろうし……。
「出て来ないわね?」
 と思っていたら、中々出てこない。中で説教でもされているのかな。……あれ、教師らしき女性が出て来た? でも彼は出てこない。
「……?」
 ちょっと気になるし、入ってみようかしら。私はこの部屋で受験するし、なんら問題はないわよね。
……何故か入ったら危険な気がするけど、まあ、きのせいだろうし。
「いないわね」
 だが、そこにも彼の姿は無く。奥の部屋との仕切りであるカーテンと、教師が座っていたであろう机やPCしか無かった。
そして、何の気なしにカーテンを開けると。
「……え?」
「あ……」
 彼が、中世の鎧のような物を纏っていた。――事実はそれだけなのだけど、わけがわからない。
「な、何で織斑君が……ISを動かしてるのっ!?」
 私は、久しぶりに心底驚いた。中性の鎧のようなものの正体・女性にしか動かせない筈のマルチフォームスーツ
インフィニット・ストラトス(通称IS)を纏うのは私のクラスメイト――織斑一夏であったからだ。


「ふーーー。疲れたわ……」
 あの後、私の大声を聞きつけた試験担当の先生がやって来てから大騒ぎになった。
今もテレビでは、世界初のISを動かせる男子、と言う彼のニュースで持ちきり。
そしてその第一発見者である私も、事情聴取を受けて、更に数時間遅れで受験し。日が沈んでから家に帰る事が出来た。
まあIS委員会に送ってもらえたので、まだ良いといえば良いんだろうか。織斑君は、まだ開放されてないだろうし。
「お疲れ様、香奈枝。大変だったわね」
 お母さんの、普段どおりの一言にホッとする。時折マイペースさについていけない事もあるけど、やっぱりお母さんはお母さんだ。
「うん。本当、大変だったわ……。試験は、何とかクリアできたけど。後は合格発表待ちかな」
「そう。はい、これ。貴女の好きなココアよ」
「ありがと」
 ソファーに身体を預けて、お母さんが持ってきてくれたココアを飲む。熱すぎず、ぬるくもなく。ちょうどいい熱さ。
「それにしても、香奈枝のクラスメイトがねえ……。ねえ、その織斑さんってそんな凄い生徒だったの?」
「うーん。まあ、普通の男の子よ。部活とかはしてなくて、バイトに一生懸命で。まあ、女子にはモテてたけど」
「そうなの。確かに、結構イケメンだったわねえ」
 確かに、私の好みではないが『美形』の範疇には入る顔立ちだろう。
「それにしても、彼ってどうなるのかしらねえ? TVじゃIS学園に入学させる事になるって言ってるし」
「入学するしか無いんじゃないのかしら。織斑君はそんな気が無くても、動かしちゃったのは事実だし。
それに、彼自身の志望校は受けられなかったんだろうし」
 何処か楽しげに言うお母さんに、私は素っ気無く返す。彼とはクラスメイトであり、それなりに会話もしたが、あまり興味はない。
嫌い……というわけではないが。とりあえず今は自身の合否の方が大事だった。


 本命のIS学園の受験が終わり、私は穏やかな日々を……送れなかった。何故なら。
「ふう、数学終わり。じゃあ、次は英語に入ろうかな」
 合格発表が来るまでは一息つけるはずも無く、今度は、三月にある滑り止めの公立高校受験への対策があるのだ。
IS学園試験には一応合格できたけど、この学園の受験者は文字通りワールドクラス。
試験会場での試験に合格したら、その中から適性やら操縦能力やら学力やらを参考に更に絞り込むらしい。
日本人には多少の下駄履かせがあると言う噂があるにはあるけど、これだって曖昧な噂だし、最悪の事態も考えておかないといけないし。
「香奈枝」
「何、お母さん? ノックも無……っ!!」
 唐突にドアが開き、お母さんの声がした。気のせいか、いつもよりも緊張しているような――と考えた所で、私は『理由』に気付く。
その手には、封筒が握られていた。もう、言うまでも無い。
 私は、ゆっくりと封筒を受け取り。ペーパーナイフで切り取り、中の通知書を取り出し、震える指でそれを開く……。
「……はああっ」
 その途中で、思わず大きく息を吐いた。IS学園の受験を決めてから丸三年。塾の事でお母さん達にも迷惑をかけた。
周囲からは結構プレッシャーもあった。……そして今、その結果がでる。……っ!
「……」
 完全に開かれたその通知書には。
「宇月香奈枝。上記の者への、IS学園……合格を認める」
 ……シンプルな。でも、はっきりとした合格を告げる文章が記されていた。口に出して読んでみたけど、実感が無い。
「香奈枝……合格、なの?」
「う……うん。そ、そうみたい」
 それから一分間は、私達母子は見詰め合っていた。……そして。
「やったああああああああっ!!」
 これは私の言葉ではない、お母さんの言葉である。――お母さんがはしゃぐ事で、私は逆に冷静になった。
「良かったわね、香奈枝。おめでとう」
 でも、一瞬後にはいつものお母さんに戻っ……てなかった。目には、涙を浮かべているから。
「さあ、お父さんに連絡しましょうか。それと、お義兄さん達とお義母さんにも。後は、父さんと姉さんと……」
「あの、そこまで慌てて連絡しなくても良いんじゃないの?」
「でも、皆心配してくれてたのよ? あ、そうそう。今夜は破産覚悟の大御馳走よー」
 いつもよりも五割増でステップを踏むお母さんは、台所へと下りていった。後に残されたのは私一人。
「……ふう」
 お母さんの態度に何処か呆れ、でもリラックスできた。それと同時に、第一志望への合格が決まった事への喜びが溢れてくる。
「よしっ」
 小さくガッツポーズをした私は、公立受験用の参考書を仕舞って。とりあえず、ベッドに寝転ぶ事にした。


「そうか! 受かったかぁ!!」
「はい。先生方には、今まで本当にお世話になりました」
「いやあ、合格してくれるとは思わなかったぞ。これでうちの塾も安泰だ」
「……あの、何か酷い事を言われたような気がしますが?」
「もう、先生ったら。――おめでとう、宇月さん」
 私は、自分の通っていたIS学園受験コースのある塾へと合格報告に来ていた。
そう言えば、この塾には、他にも何人か受験生がいたのだけど……。どうだったんだろう。
「ありがとうございます。……それで、他には?」
「残念だが。うちの塾のグループでは、お前と○○校の生徒、二人だけのようだな」
「そう……ですか」
 七海、優美、麗華……切磋琢磨しあった仲間達の顔が思い出される。合格したのが一人だけ、と言うのは中々辛い。
「なあに。あいつらも、IS学園には受からなかったが私立の滑り止めは全て合格したからな。
お前みたいに私立の滑り止めがゼロって言うのじゃない、安心しろ」
「そうですね……」
 私は家の財政事情があったから、私立に通学できるほど余裕が無かった。織斑君が受験する筈だった藍越学園辺りなら可能だったけど、
受験日が同じだからそれも無理だし。もしIS学園が駄目なら三月の公立高校に全てを賭ける事になっていたのだけど、幸いそれは杞憂に終わった。
まあ、奨学金狙いって言う手もあるんだけど。
「まあ、それは兎も角。学校には行ったのか?」
「はい。担任の先生は、飛び上がって転びました」
「……。な、何だそりゃあ?」
「何で転ぶの?」
「いえ……。色々と、うちの学校は大変でしたから」
「あー、そうだったな。おまえの所は、織斑一夏がいたんだっけか」
 織斑君が在籍しているうちの中学には、マスコミやら何やらが色々と訪れたらしい。受験日から日も経った今は少し落ち着いたみたいだけど。
……実際、我が家にも何度かインタビューは来た。あの目撃を、何度説明したか……考えたくない。
「まあ、それはさておき。これからも、しっかりとな」
「ええ。皆さん、本当にありがとうございました」
 私はもう一度。居並ぶ先生達に、深々と礼をしたのだった。


「あーっ、香奈枝ーーーっ!! IS学園、合格したんだって!?」
「凄い凄い凄いっ! このクラスから、二人もIS学園合格者が出るなんて!!」
 卒業式の日。私を待ち受けていたのは、クラスメイトの熱い視線だった。予想していなかったわけじゃないけど、正直な話……
ここまでだとは思わなかった。女子の人垣が、一瞬にして形成される。今まで親しくなかった子も、何故か輪に入っているけど。
「よー、委員長。おめでとう」
「すっげえじゃん、一夏と違って実力突破なんてよ」
 それに対し、男子はあっさり目。さて……。
「ありがとう、皆。そう言えば、その織斑君は?」
「いや、まだ来てないぜ? あいつ、最近付き合い悪いんだよ」
「しょうがねーだろ。あいつの家の周り、マスコミやら変な連中がいっぱいいたぜ?」
 そう答えたのは、織斑君の友人・五反田君。彼がそういうなら、と皆も納得する。
「よーし、皆揃って……ないな。うん。卒業式を始めるから、速やかに並ぶように」
 担任の先生の声がして、皆が並び出す。……ん? 誰かが駆けて来る音がする。
「すいません、遅れましたっ!!」
 そこへタイミングよく織斑君がやって来た。――それで更に整列が遅れたのは、言うまでも無く。
後から聞いた話では『この中学始まって以来の混乱した卒業式』だったらしい。


「……ここが、IS学園かぁ」
 そして、あっという間に入学準備の時間が過ぎ。私の前には、近未来的な高校の姿があった。
ここは国立IS学園。ISの専門的知識の学習や実習をカリキュラムとし、世界中から学生が集まってくる高校。
「うわあ、流石は国立。何もかも最新式だわ」
 校門から案内板から、何もかもがそこら辺の学校とは違っていた。さてと。
荷物は学生寮に送ってもらってるし、手続きはお母さん達が済ませてくれてるし。
「事務室は、このまま真っ直ぐね。ん、あの人だかりは……?」
 あ……多分あれだわ。


 思ったとおり、クラス分けを掲示してある場所だった。女生徒でごったがえしているが、一点だけぽっかりと穴が空いている。その中心は。
「やっぱり織斑君、か」
 彼だった。どうやら他の女生徒は、話しかけづらいらしい。まあこの学園に入学する殆どの生徒は、
IS学園に向けた専門教育のある学校を中学の頃から受験してくる。そういうのは当然女子校ばかりで、故に男子生徒に対する免疫が無い……
って受験勉強の合間に、先生が教えてくれた。
「あ……。ひょ、ひょっとして宇月さんか? 久しぶりだな」
「ええ、こんにちわ。卒業式以来、って言うわけね」
 彼と目があった。女生徒の注目が私にも集まるが、さすがにここで無視するのは失礼よね。




「いやあ、助かったぜ。やっぱり知らない奴ばっかりよりは、一人でも知り合いは多い方が良いからなあ」
 俺は、地獄で仏を見つけた気分だった。受験日に試験会場を間違える、と言う勘違いから俺の――織斑一夏の世界は一変し。
気がつけば男子が入れない筈のIS学園に入学となり、周りは女子だらけ。その上視線は向けられるけど話しかけられない。
そんな中でただ一人、同じ中学からIS学園に入学した宇月さんに出会えたのは助かった。
 ……実はさっき、幼馴染みの篠ノ之箒を見かけたのだが。何故かあいつは、視線が合うと去ってしまった。
俺を嫌っているって事は、無いと思うんだが。小学校四年の時以来だからなあ。うーん。
クラス分けで名前は確認したし、同じ髪型だったし。まさか同姓同名の別人、って事は無いと思うんだが。
「織斑君は、何組なの?」
「俺は、一年一組だった。宇月さんも、同じだったぜ」
「そう、ありがとう」
 彼女は何処か素っ気無く、しかしちゃんと礼は返した。……何ていうか、中学の頃からこうなんだよなあ。
仲が悪いわけじゃないが、何処か一線を崩さないと言うか。中三の時、クラス委員だった彼女とは結構会話を交わしたのだが。
俺、何か嫌われるような事をやったんだろうか。心当たりは無いんだが。
(でもなあ。このまま箒とも彼女ともこの状態じゃ、寂しいよなあ)
 この学校では男子がいない以上、女子と仲良くやるしかないわけで。でも俺、それほど女子と仲良くなるのが上手いわけじゃないしなぁ。
今の状況じゃ、友達もいない寂しい高校生活が待っている。
(蘭には、未だに懐かれてないし……。)
 友人・五反田弾の妹の事を思い出し、溜息が出る。世界の何処かで、俺と同じようにISを動かせる男子が発見されないだろうか。
と言うか発見されて欲しい。出来れば同い年で。
「どうしたの、織斑君。心配事?」
「え? あ、いや。何でもないぞ」
「そう。ならいいけど」
 そうそう。人に心配をかけるのは嫌だし、早々(そうそう)に話を打ち切ろう……なんてな。
「お、もう始まるな。それじゃ、また後でな」
「ええ」
 俺は入学式に並ぶべく、視線が集中するその場から去った。……後ろがどうなっているかなんて、知りもしなかったが。




「……で、こうなるわけね」
 織斑君が去った後、私は女子に囲まれていた。大半は私と同じ一年生だけど、明らかに上級生と思しき人もいる。
「ねえねえ貴女、織斑君と知り合いなの?」
「織斑君とはどういう関係? 幼馴染み? クラスメイト? 貴女はそんな感じじゃなかったみたいだけど、彼って付き合ってる人とかいるの?」
「家族構成は? 友人関係は? 部活動は? 好きな食べ物は?」
 ……。同性とは言え、圧倒されてしまった。うん、彼の気持ちがよく解ったわ。
「あ、あの。私は、彼とは同じ中学の……クラスメイトです。関係は、それだけ。確か、彼はフリー……の筈です。
家族は、お姉さんだけって聞いた事が。友人関係は、普通です。部活は帰宅部でしたけど、以前剣道をやっていたとか言う噂がありました。
食べ物は……ちょっと解りません。給食は何でも食べてました」
 満足してもらえるかどうかは解らないが、とりあえず知っている事は話す。……プライバシー? そんなの、知った事じゃない。
言わなかったら、どんな目に遭わされるか。だからこそ、丁寧語になったんだし。
「ところで彼って、何でISを動かせるの? その辺り、貴女は知らない?」
 と、集団の中から一歩出て来た女子――多分、上級生が私に詰め寄る。
眼鏡をかけて、髪を後ろで纏めている。何ていうか……物凄く行動力のありそうな人だ。
「私は、何も。……あ、あのー。そろそろ入学式が始まる時間なんですけど……」
「あ、いっけない! 並ばないと!!」
 そして、私を囲んでいた集団は蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
「……」
 いきなりこれとは、ね。……彼にはあまり関わらない方がいいのかしら。


 ……。入学式の後は、当然ながらホームルームだった。とは言え、この後には最初の授業が待っている。
結構ハードスケジュールだと思うけど、仕方がない。そしてホームルームで、50音順に自己紹介している最中であり。
「○×中学出身、宇月香奈枝です。趣味はドラマ観賞と和風スイーツの食べ歩きです。皆さん、これから一年、よろしくお願いします」
 今、私の自己紹介が終わった。とは言え、私の自己紹介はある意味どうでもいい。
クラス中の注目は、この後――織斑君の自己紹介にあるからだ。ちなみに私は彼の左側の席になっている。
 ……だが、彼は中々立ち上がらない。そして副担任の山田摩耶先生が促して、織斑君が立ち上がる。
クラス中が、その一挙一足を固唾を呑んでみている。当人は、凄くやりづらそうだけど。
「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」
 ……。織斑君、流石にその紹介は短すぎるわよ。せめて何が好きとか言ってみたらどうなのよ。……あれ?
(さっきもそうだけど……何であっちの方を見るのかしら)
 何かすがるように、窓の方を見ていた。――いや、その視線の先にはポニーテールの女子がいる。
その女子はと言うと、視線を向けられると目をそらしたけど……何ていうか、恥ずかしいとか言う反応じゃないような。
どちらかと言うと、無愛想そうな感じ。まだ自己紹介はしていないから、名前は知らないけど。彼女も織斑君の知り合いなのかしら?
(で、今度は私?)
 その女子に反応がなかったため、織斑君は今度は私に縋りつくような視線を向けた。……悪いけど今回はパス。
ただでさえ貴方のせいで注目されてるんだから。これ以上、無駄に注目をあびたくない。
「……」
 そして私にも反応が無かった所為か、織斑君は一度深呼吸をした。そして――彼の口が開き。
「以上です!」
 ……。クラスの何割かが、こけた。山田先生は、少し涙声になってるし……あれ?
「……」
 黒髪の、凄く凛々しい女性が音もなく教室に入ってきていた。織斑君に注目していたから私も気付かなかったけど、彼の元に近づいて――。
「いっ―――!?」
 彼の頭を叩いた。何というか、物凄く手馴れた手つき。……あれ? あの人って、まさか……?
「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」
 ……そう、織斑千冬。日本の、元IS国家代表。そして第一回のISの国際大会……モンド・グロッソの覇者、通称ブリュンヒルデ。
……あれ? 織斑? もしかして?
「な、何で千冬姉がここにいぐふうっ!?」
「織斑先生、だ」
 ……今、千冬姉って言ったわよね?
「え!? お、織斑君って、まさか千冬様の弟なの!?」
「そう言えば、同じ苗字だし。……でも、ニュースじゃやって無かったよ?」
「でもでも、だったら男なのにISを動かせるのも関係あるのかな?」
 そして、クラス中が騒がしくなる。確かにそうだ。織斑君が織斑千冬の弟なら、ISを動かせると判明した時点で絶対にそれに触れているはず。
でもテレビも新聞も、全然取り上げなかった。何で? 報道規制、って言う奴? 織斑先生が元日本代表だから? それとも、何かあったの?
 



「……」
 た、耐え切れん。この集中する女子の視線と女子高特有の空気。
必読だったという参考書を捨てた俺が悪いとはいえ、授業が全くわからないというプレッシャー。
手助けする気が皆無であるらしい、幼馴染みと中学時代のクラスメイト。
そして極めつけは、俺の実姉・織斑千冬が担任だったと言うこと。様々な要因が重なり、俺のストレスはMAXだった。
(弾辺りは、変わってくれって言ってたが……変われるなら、今すぐ変わってやりたいぞ)
 何度目かになるループ思考が頭を回る。あああ、誰か何とかしてくれ。
「おい」
 お。誰か『話しかけたいけど話しかけられない』『抜け駆けは許されない』っていうこの空気を破った女子がいるのか? と言うか、この声は。
「ちょっと、いいか」
「あ、ああ」
 そこにいたのは、さっきは無視してくれた箒だった。随分と素っ気無いが、これが再会して初めての会話ってわけか?
「……」
「……」
 俺達が廊下に出ると、モーセの海渡りの如く人垣が割れていく。おお、ある意味凄い。


「……」
 俺達は、人垣から離れた場所まで出てきた。とは言え同じ廊下なので、聞き耳を立てられていては殆ど聞こえてしまうだろうが。
 ……さて、何て話しかければいいだろうか。と言うか箒よ。ちょっといいか、と言いながら自分から話しかけないのはどうかと思うぞ。
「……」
 駄目だ。このままじゃ二人して黙ったまま休み時間が終わる。――お、そうだ。
「なあ、箒」
「……何だ」
「お前、去年の剣道の全国大会で優勝したんだってな。おめでとう」
「!? な、何でそんな事……知ってるんだ」
「え? 新聞に載ってたぞ」
「な、何で新聞なんか読んでるんだ」
 ……わけ解らん。新聞を読んでいて、何が悪いんだろうか。
「そう言えばさっき、何で視線をそらしたんだよ。クラス発表の時も、自己紹介の時も」
「な、何? ……そ、その、何だ。お前は、名乗る前に……解っていたのか? 私が、私であると」
「ああ、俺は箒だってすぐに解ってたぞ。髪型、一緒だったしな」
 自分の頭で、髪を括るような真似をする。こいつは6年前も同じ、ポニーテールだった。
身長も伸びたし顔立ちも少し変わっているが、髪型や雰囲気といった物は変わっていない。
「そ、そうか」
「そう言えば、お前は俺が俺だって解ったのかよ? 忘れてなかったのか?」
「あ、当たり前だ! 忘れるわけが……い、いや。そもそもこの学園に、男子生徒がお前以外にいるわけが無いだろう。
それに、散々テレビや新聞でお前の顔を見たのだしな」
 そりゃそうだな。でも、何で俺を睨みつけるんだろうか。顔は、赤くなってるような気がするが。
「……と、ところで一夏。先ほど視線を向けていた隣の席の女子は、だ、誰なんだ?」
「あれ、見てたのか? 彼女は、宇月さんは中学の同級生だよ。
三年連続で同じクラスだったから、それなりに話す機会も多かったな。まあそれほど親しいってわけでもない」
 実際、まだ苗字にさんづけだし。箒のように、呼び捨てには至っていない仲だ。
「そ、それほど親しくない同級生か。そ、そうかそうか」
「……?」
 何を気にしてるんだろうか、箒は。――あ。
「おい、チャイムが鳴ったぞ。戻ろうぜ」
「わ、解っている!」
 遅れると、千冬姉に何を言われるかわからない。俺達は、それぞれ自分の席に着くのだった。




 ……。今は、二時限目が終わった休み時間。勉強が全然わからなくて困っているであろう彼の元に、女子がまた一人話しかけたのだ。
金髪碧眼、イメージ的にはヨーロッパ貴族のお嬢様と言った感じの人。
「ちょっと、よろしいかしら」
「えっと、俺に何か用?」
「まあ! 何ですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度があるのではなくて?」
 彼女は確か……セシリア・オルコットさん。何か芝居かった口調だけど……。
「いや。悪いけど、俺は君が何処の誰だか知らないし」
「わ、わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを!?」
 ちなみに、自己紹介の際に英国代表候補生である事は明言していたので私も知っている。入試主席の方は、そんな噂をしていた娘がいたけど。
でも彼女自身が明言した代表候補生だって事を覚えてないなんて、織斑君は意外と記憶力が悪いのかしら。
中学の時はそんな感じは無かったけど。それとも、何か別に考え事でもしてて聞いてなかったの?
「まったく、ISを唯一扱える男性だというからどれほどの殿方かと思ってみれば。とんだ……」
「あー、ちょっと良いか?」
「む……レディの発言を途中で遮ると言うのは、あまり褒められた事ではありませんが。
今回だけは、特別に慈悲をもって見逃して差し上げますわ。それで、何かしら」
 一言多いけど、彼女はその質問を受け入れる。当人は認めないかもしれないけど、何だかんだいって、彼女もそれなりに彼に興味があるのだろう。
「代表候補生って、何だ?」
 ……だけど、織斑君の発言はまるで見当外れだった。何人かのクラスメイトがずっこけ、オルコットさんは驚きと怒りなのか震えていた。
……それはそうよね、この学校で『代表候補生って何?』なんて質問をされたら誰だってそうなるわ。
と言うか織斑君、これは今や、一般常識の範疇に当たると思うのだけど?
「し……信じられませんわ! 日本の男性というものはこれほど知識に乏しいものですの!? 常識ですわよ、常識! 期待はずれも甚だしいですわ!!」
「そ、そうなのか? で、代表候補生って?」
「国家代表IS操縦者の、その候補生として選出されるエリートのことですわ!
と言うか、ここを何処だと思ってらっしゃるのかしら。いいえ、そもそも、単語から想像すればお解かりにならなくて?」
「……ああ、そういやそうだな。でも、俺に何かを期待されても困るんだが」
「そうですわね、とんだ時間の無駄でしたわ。……まあ、わたくしは優秀ですから。
どうしても、と言うのであればあなたのような無知な方にも優しくしてさしあげますわよ?
なにせわたくしは、ISランクA+の入試主席。入試で唯一教官を倒した、エリート中のエリートですから」
 かなり高慢にも聞こえるオルコットさんだが、それ相応の実力者ではあるのだろう。
……ちなみに私は、一定時間持ちこたえられたので合格とのことだった。まあ撃墜寸前だったけど。
「入試って、ISを使って試験官と戦うアレか? 俺も一応やらされたけど」
「ええ。それ以外にあるわけがないでしょう」
 ……いや、筆記もあるんだけど。代表候補生の貴女の視界には入っていないみたいだけど。
「あれ、俺も教官を倒したぞ?」
「は?」
 ……え、そうなんだ? と言うか織斑君、結構凄い?
「わ、わたくしだけと聞きましたが?」
「女子では、ってオチじゃないのか?」
「あ、あなた! あなたも教官を倒したって言うの!?」
「えっと、落ち着けよ。な?」
 織斑君、それ逆効果。それで落ち着くようには見えないわよ。
「これが黙っていられますか! 貴方、いったいどのような戦術で教官を倒したと仰いますの!!
使用した機体の名前、武器名、それら全てをあげてごらんなさい!!」
「え、えーっと……」
 え。何でそこで私に視線を向けるの? しかもオルコットさんまで。……興味本位で二人を見ていた私が悪いのかしら。
「そこの貴女、確か宇月香奈枝さんでしたかしら。何か言いたい事がありますの?」
「え、えっと」
 怖い目で睨んでくるオルコットさん。と言うか、私は無関係なのだけど。
「こ、ここで話していてもしょうがないから。お、織斑先生か山田先生に聞いてみたらどうかしら」
「……なるほど、一理ありますわね。もしも嘘であるのならば、見栄を張った愚かさを姉の前で曝け出す事になりますわ」
 少したじろいだけど、何とか彼女を納得させられたようだった。……ふー。
「良かった。宇月さんなら、何とか誤魔化してくれると思ったぜ」
 ……織斑君、あとでクラス中の女子に中学時代のある事無い事吹き込まれたいようね? ――あ、チャイムが鳴ったわ。


 そして織斑先生が入ってくると同時に、今まで騒がしかった教室も一瞬で静寂につつまれた。まだ一日目なのに、この統率っぷりは凄い。
「よし、それでは授業を始める」
「織斑先生。授業を始める前に質問をよろしいでしょうか?」
「なんだ、オルコット」
「入試に関して、ですわ。こちらにいる織斑さんが、入試の際に教官を倒したという話を聞いたのですが。真実ですの?」
「ああ、真実だ」
 ……一刀両断。思わずそんな事を思ってしまうほど即答だった。あれ、山田先生が少し恥ずかしそうにしてる……。
って事は、私とは違って山田先生が相手だったの? そして、そのままオルコットさんが固まってしまう。そんなにショックなのかしらね。
「なんだ、質問は終わりか。……ああ、そうだ。まずはクラス代表を決定するぞ」
「先生。クラス代表って、何ですか?」
「クラス代表とは、そのままの意味だ。クラス委員長、あるいは学級委員と言えば解りやすいか。各種の会議や委員会に出席してもらう他、
クラス別対抗戦等にもISを使い参加してもらう事になる。なお、一度決定した場合原則として一年間変更はしないのでそのつもりで」
 まだ織斑君を指さした姿勢のまま固まっているオルコットさんは放置され、話し合いが始まる。
「さて、自薦他薦は問わんぞ? 誰かいるか」
「織斑君が良いと思いますっ!」
「はいはい、私も同じですっ!」
「同意します!」
 と同時に、織斑君が推薦された。彼が教官を倒した、と言われたのもあるかもしれないけど。ムード的にはほぼ確定じゃないかしら。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は……」
「辞退は認めん。さて、他に立候補や他薦はあるか? ないならこのまま―――」
「待って下さい! 納得いきませんわ!」
 机を叩く音と共に、オルコットさんが帰ってきた。
「そのような選出、認められませんわ! 実力からすれば、代表候補生であり教官を撃破した主席入学の私がクラス代表になるのは必然。
それを考慮せずに物珍しさだけで勝手に決定されては困りますわ!」
 ……そして、いきなりマシンガントーク。皆、少し引いてる。
「大体、素人の男がクラス代表など恥ではありませんか! まさかこのセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえと仰いますの!?
そもそも私は、わざわざ極東の島国までIS技術の修練に来ているのであって、極東の猿とサーカスをする気は毛頭ございません!」
 ……ねえ、素人云々は認めて良いんだけどね。男だから、とか極東だとか。いい加減ムッとしてくるわよ。
あと、その極東の島国でISって生まれたのだけど? その辺は……多分、頭の中から消えてるのね。
「大体、文化の後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、私にとっては耐え難い苦痛で―――」
「イギリスだって、たいしたお国自慢ねえじゃん。世界一料理がまずい国で何年覇者だよ」
「なっ……! 貴方、私の祖国を侮辱しますの!?」
 先に言ったのはそっちのような気もするけど。……ああ、織斑君も怒り始めてるわ。無理も無いけど。
「決・闘・ですわ! どちらがクラス代表に相応しいか、教えてさしあげます!!」
「おう、良いぜ。四の五の言うより解りやすい」
 ……良いのかしら。
「ふむ、では一週間後の月曜の放課後、第三アリーナにて織斑とオルコットによる代表決定戦を行う。各員はそれぞれ用意をするように」
 うわ、あっさりと決まった。
「……決闘は決まったけど、いいのかしら」
 小声で呟いてみる。今のは、オルコットさんの日本を侮蔑するような言葉に、織斑君がのっかかってしまったからだけど。
日本人として、彼女にムッと来ないわけではないが。……大丈夫かな、織斑君。
 オルコットさんは代表候補生であると言う以上、ISの訓練をかなりの時間受けているだろう。
最初からIS学園を目指してきた私にすら劣る経験と知識しかない織斑君では、相手になるのだろうかとさえ思う。
私より勝る点は、教官を倒した、っていう事があるけど。それは相手も同じだし。
 それに、もう一つ。代表候補生って事は、専用機を持ってるかもしれないしね。そしたら織斑君、専用機相手に戦う事になるし。
……他人事なんだけど、妙に考えてしまう。……まあ、私が心配してもどうなるわけでもないけど。
「あ、そう言えば。俺がどのくらいハンデを付けたらいいのかな?」
 彼の事を心配していた私が馬鹿だった。思わずそう思った。
明らかに自分より経験豊富な彼女に対し、織斑君は自分の方がハンデを付けようかと言い出したのだ。事実、クラス中が笑い出す。
「……織斑君、それは無茶苦茶よ。剣道で例えると……そうね。
昨日竹刀を握ったばっかりの初心者が、有段者に『ハンデをつけてやろうか』って言ってるようなものよ?」
「い? そ、そうなのか。……じゃあ、ハンデはいい」
 隣から指摘し、彼はその発言を取り下げる。……何か、隣の席の所為かさっきからフォローばっかりしてる気がするわね。



「ははは……はははははははははっ!!」
 生まれて始めて。腹の底から込み上げる笑いを抑えきれないでいた。
「まさか、こんな事になるとは。これが人生の終わり……いや、これからが真の始まりか」
 そう、今までの人生こそが間違いだった。これからが、人生の真の始まりなのだ。
「インフィニット・ストラトス……この世界で、愉しませてもらおう」
 当面は、大人しくしてやろう。――だが、あそこに行った瞬間に全ては始まる。
「IS学園、そして今頃は教師と馬鹿な会話をしているであろう『世界唯一の男』め。僅かな時を楽しむがいい。はははは……ははははははっ!!」



[30054] どんどん巻き込まれていく
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2011/10/24 09:15

「……ふーー。何か妙にくたびれたわ」
 授業が終わり、私は寮にいた。今は大浴場だとかを確認する為、寮内を歩いている。
「それにしても……」
 制服から春物のセーターとスカートに着替えてみたけど、ここの寮は空調も完備されていて過ごしやすい。本当、リッチだわ。
「「あ」」
 そこに現れたのは、織斑君だった。鞄を持ったままである事からすると、学校帰りなのかしら。そう言えば、居残って勉強してたみたいだけど。
「こんばんわ、織斑君。貴方も寮に入るのね。今から部屋に?」
「ああ、予定よりも早く寮の部屋が用意できたからって、急遽今日からここに。確か、1025号室だったかな」
 え、1025号室?
「じゃあ、お隣さんね」
「そうなのか?」
「そうよ。私は、1026号室だもの」
「そうか。――あ、じゃあ案内してくれないか?」
「案内?」
 別にかまわないのだけど。こうやって会話している途中にも誰かにみつかりそうで怖いわ……。
「何アレ、なんであんなに親しそうなの?」
「うー、ずるいわよあの娘……」
 ……前言撤回、もう見つかってたわ。


 ……。私は、彼を伴って1025号室に向かっていた。女子がチラチラ視線を向けてくるけど、彼に話しかけづらいのか直接姿は見せない。
「なあ、入試ってIS動かす以外にも何かあるのか? さっき、試験の時の事を聞かれたんだけど」
「ああ、織斑君は特殊だったから何も知らないと思うけど……」
 IS学園の入学試験には、大きく分けて二つある。一つは一般入学試験。私も受けたこれは、高校入試としては最もレベルの高い入試であること。
そしてISの実動試験がある事、受験地域が文字通り世界規模である事以外は普通の高校入試と変わらない。
日本全国(および世界各地)でIS学園志望者が筆記試験+実動試験を含む試験を受けるというスタイルだ。
たいていはIS学園受験コースのある女子中学からの受験生だが、私みたいにそうじゃない中学から狙う人間もいる。そしてもう一つは。
「オルコットさんがいってたのは、彼女みたいな代表候補生が受けたであろう、特殊入学試験ね」
 これは、ISの実動試験が最重視される特殊入試だ。ISをどれだけ動かせるか、それが合否を握る。
これには世界中から代表候補生クラスが集まってくるが、国家(あるいは大企業)による推薦が無いと受験すらできない……という試験らしい。
『ISを動かす以外に入試など無い』と言い放つ彼女には、一般入試なんて視界には入っていないだろうけど。
「ふーん、俺は筆記受けてないのに一般試験の方って事か。……箒は、どうだったんだろう」
「さあ……」
 普通に考えれば、代表候補生ではないらしい彼女が受けたのは一般の方なのだろう。……周りに人は居ないわね?
「……ねえ、ちょっと気になってたんだけど。篠ノ之さんって、もしかしてISの開発者……篠ノ之博士の関係者なの?」
 小声で、そう話しかけた。彼に唯一自分から話しかけた女子、篠ノ之さん。篠ノ之、なんて珍しい苗字だし。織斑君の事もあったし、
もしかしてと思ったのだけど。それに「一般入試じゃないかもしれない」と言う時点で、彼女に何かあると彼は知ってるようね。
「え……」
 ビンゴ、と私は呟いた。と言うか織斑君、嘘が下手ね。そんな顔したら、一目瞭然よ。
「……まあ、その。箒は束さんの妹だよ」
 個人情報を喋るのは良くないけど、と前置きして教えてくれた。……ごめん。私、貴方の個人情報を不特定多数の女子に漏らしたわ。
……あれ? 博士を「束さん」って呼ぶなんて。
「織斑君も、博士と知り合いなの?」
「ああ、千冬姉と束さんと、俺と箒と。四人で幼馴染みだったんだ」
「……」
 彼は何気なく口にしたが、ある意味では私(※学生)レベルが知るには危険な情報を漏らされた気がした。
織斑先生と篠ノ之博士がそういう関係だったなんて……。
「あ、着いたわよ」
「おう、サンキュー」
 ちょうど部屋に着いたので、これ幸いと話を打ち切る。さてと、変な誤解される前に部屋に……
「ありがとな。あ、お礼にジュースでも買ってくるぜ。さっき自販機があったし、部屋で待っててくれ」
「え? あ、ちょ、ちょっと?」
 意外と話を聞かない所のある彼は、私の返事も待たずに買いに行ってしまった。
……しかたがない、ここの前で待っておくのもアレだし。さっき彼が差し込んだ鍵を回し、ドアを開け――って言うかもう開いてる。
「もう開けたのかしら。――おじゃましまーす」
 この部屋は彼の部屋だから、ひとり部屋だろうけど。礼儀と言う奴だ。


「ふう」
 とりあえずベッドに腰掛け、彼を待つ。……何かこういうと、妙なフレーズになる気がするけど。彼が相手じゃ、過ちは100%起こらない。
「それにしても、ベッドは二つあるって事は、まさか……?」
「とりあえず、コーラとアクエリアスを買ってきたぞ。どっちがいい」
 ある事を想定しかけた途端、彼が帰ってきた。……ふう、これでやっと帰れるわ。
「ありがと、じゃあ私は――え?」
 その時、ドアの開く音がした。だがそれは、織斑君が入ってきた玄関ではない。シャワールームのドアだ。
「同室の者だな。これから一年間、よろしく頼むぞ」
 ……え?
「こんな格好で済まないな、シャワーを浴びていた。私は、篠ノ之――」
「ほ、箒?」
 シャワールームから出てきたのは、ついさっき私達の話題の女子――篠ノ之さんだった。
バスタオル一枚と言う無防備な格好は、相手が女子だと思ったから。私がいたから、誤解したのかもしれない。
「い、一夏?」
「お、おう……」
 とりあえず、今の二人の視界に私は入っていないようだった。……うん、とっとと逃げ出した方が良い気がするわ。
「っ! み、見るな!」
「お、おう!!」
 数秒間硬直し、慌てて身体を隠す篠ノ之さん。そして慌てて回れ右をする織斑君。その様子は、ラブコメそのものだった。
(……と言うか、凄いわね。篠ノ之さん)
 慌てて身体を隠す時に、腕で胸が押し込められるような格好になったのだが。その大きさは、私と同じ年とは思えないほどのサイズだった。
「……ど、ど、どういうことだ、これは?」
 身体を隠したままの篠ノ之さんの視界に入ったのか、私に視線が向けられる。……えーーっと、説明しなきゃ駄目よね。
「実は……」


「な、なるほど。そういう事だったのか」
 織斑君を一時シャワールームに追い出し、その間に剣道着に着替えた篠ノ之さんに説明をして、ようやく納得してもらえたようだった。
……何でこんな説明を、と思わなくもない。
「し、しかしどういうつもりだ! だ、男女七歳にして同衾せず! じょ、常識だ!!」
「同衾せず、って……。まあ確かに15歳の男女がどうせ……いや、同居ってのは問題あるよな」
 そうね。
「……と、ところで一夏?」
「ん? 何だ?」
「お、お前から、希望したのか? そ、その……私と同じ部屋にしろ、と……」
 ……うわー。いきなり大胆な質問ね。
「そんなば」
「そういうのじゃないでしょ、先生が決めたんでしょう?」
 そんな馬鹿な、と言いかけたであろう織斑君の言葉を制する。彼と三年同じクラスになったら、嫌でも身に付くスキルよね。
「まあ、俺が決めたわけじゃないぞ?」
「……そ、そうか」
 篠ノ之さんの思いも、織斑君には全然通じてないわね。そして彼女は肩を落とすけど。
(でも……あれ?)
 織斑先生の実弟で、ISを動かせる唯一の男子である織斑君。そしてIS開発者にして超国家法に基づき手配中である、
篠ノ之博士の実妹である篠ノ之さんが同室……と言うのは何かあるような気がする。まあ、コレは口には出せないけど。
「でもやっぱり、織斑先生辺りが『幼馴染みだから気心が知れてるだろう』って二人を一緒の部屋にしたんじゃないの?」
 あの先生、寮長だってさっきルームメイトが言ってたから、こんな口実をでっち上げてみる。
「ああ、そうかもな。……まあ、そういう意味ではありがたいよなあ」
「そ、そうか? そうかそうか。うん」
 私の口実と織斑君の反応に、彼女はぱあっと顔を明るくする。……あー、解りやすいわね。
(って言うか、こういう反応、何処かで見たような……あ)
 この表情、中学の時の同級生の『あの子』と同じだわ。織斑君に好意を抱いていたあの子。
彼自身は全く気付いていなかったけど、傍から見れば丸解りだったし。中学二年の終わりに母国へ帰っていったけど、元気にしてるかしら。
「……それじゃ、私は部屋に戻るわね。コーラ、ごちそうさま」
「おう、案内、ありがとうな」
 幼馴染みであると言う二人を残し、私は1025号室を出たが。
「ふー。やっと休める……わ?」
 ドアを閉めると、私の周りに女子が集結していた。……正確に言うと、この部屋のドアの周りになんだろうけど。
「貴女、織斑君とこの部屋に入ったわよね……」
「彼、ここの部屋なの? まさかまさか、貴女がルームメイト!?」
 ……しまった。どうやら話が広がっていたらしい。
「え、えっと、私はこの部屋じゃありません。彼を、案内してきただけです」
 何とか、それだけを口にする。丁寧語になったのは、雰囲気に押し潰されたからだけど。
「じゃあじゃあ、紹介してよ!」
「篠ノ之さんだけ話しかけたままじゃ、良くないからね!!」
「中学からのクラスメイトがいるんだし、話しかけやすそうだし!!」
「……ふう」
 ……だがそれは、導火線に火を着けただけだった。どうやら私は、織斑君へ会うための口実として狙われているようで。
そして私は、溜息をつきながら出たばかりのドアをもう一度ノックするのだった。


「大変だったわね、香奈枝。なかなか帰ってこないから、どうしたのかと思ったわよ」
 ルームメイトであるフランチェスカ・レオーネがしみじみとした口調で私を迎えてくれた。
イタリア出身である彼女はとてもフレンドリーで、すぐに私にも打ち解けてくれた。いいルームメイトで、幸運だったわ。
「……ほんと、勘弁して欲しいわ」
 私が部屋に戻れたのは、あれから一時間後だった。あれからも次々と女子がやって来て篠ノ之さんは不機嫌になり、織斑君は戸惑うばかり。
結局、私が貧乏くじを引いて収拾をつけたのだった。そして人波が途切れた隙を突いて、戻ってきたのけど。
「ねえ、夕食とらない? そろそろ、食堂も開くし」
「え、もうそんな時間? ……あら」
 時間を見ると、もう日が沈んだ時間だった。それを自覚すると、お腹が減ったのも一緒に自覚してしまう。
「さてと、今日は何を……あ」
「お」
「え?」
「む……」
 ドアを開けた途端、四つの声が重なった。上からフランチェスカ、織斑君、私、篠ノ之さん。……あ、何か嫌な予感する。
「宇月さん達も食事か? ……あ、一緒にどうだ?」
 予感的中。フランチェスカは嬉しそうだけど、篠ノ之さんは反比例して不機嫌。……誰か、この唐変木を何とかして。
「ラッキー、香奈枝に紹介してもらう手間が省けたわ」
 ……。ああ、カエサル。ブルータスに裏切られた時の貴方は、今の私と同じ気持ちだったのね。




「うーん、美味いなここの食事。流石国立、力入ってるぜ」
「そうねえ。こんな美味しいリゾット、イタリアでも中々無いわ」
「うん……。スープも麺も美味しいわ」
「……」
 IS学園初日の夕食は、四人で食事となった。ちなみに俺の隣に箒、前にフランチェスカ(※呼び捨て許可を貰った)、その隣に宇月さんだ。
メニューはと言うと、鯵の塩焼き定食、リゾットとパスタのセット、和風のスープスパゲッティ。そして俺は和風定食だった。
 うわ、何だこの煮物の味。俺が作る物とは桁が違うぞ。料亭レベルじゃないのか、これ? 隠し味は……。
「ねえねえ織斑君、香奈枝とはどんな仲なの? それと、篠ノ之さんとも仲良さそうだし」
「仲って言われても……。中学一年の時から今まで、四年連続同じクラスってだけだよ。箒とは、幼なじみだし」
「ええ、そうね」
「……そうだな」
 興味津々って感じで聞いてくるが、そうとしか返しようが無い。
箒の事にしても宇月さんの事にしてもだが、何でそんなに俺達の関係が気になるんだろうか。
「なるほど。――あ、香奈枝。それ、美味しいの? 日本独自のアレンジをしたパスタみたいだけど」
「ええ。本場の人にはどう感じるか解らないけど」
「じゃあ、少し交換しない?」
「良いわよ。直箸……じゃなくて、フォークでも良い?」
「ええ」
 目の前の二人は、それぞれメニューを交換している。……良いなあ。
「なあ、俺も混ぜてくれないか?」
「「え゛!?」」
 ……あれ、何かまずい事言ったのか?
「お、織斑君……」
「わお、結構大胆なのね」
 宇月さんは金魚みたいに口をパクパクしてるし、フランチェスカはかすかに顔が赤くなっている。
「い、一夏! お、お、お前……」
「何だ、箒も混ざりたいのか? なら、四人で……」
 その時、宇月がいきなりイスから立ち上がると慌てて去っていった。どうしたんだろう、と思っていると。
「……小皿、取ってきたわ」
 何故か息をきらして、小皿を四枚持ってきた。そこに、手早く自分のスープスパゲッティを分ける。
「これで、良いわよね? 直箸じゃなくても」
「あ、ああ」
 何か鬼気迫る様子に、俺は無言で頷くしかなかった。


「ふう。いやー、美味かったな」
「……」
 食事から帰ってきても、箒はまだ怒ったような表情だった。俺に鯵の塩焼きをくれるときは、少し赤くなっていたような気がするが。
「……なあ、何で不機嫌なんだ?」
「そういうわけではない」
 いや、あるだろ。明らかに怒ってます、と全身からオーラが湧き出ている。
「それにしても、随分と手馴れた様子だったな。お、お前はいつもああいう事をしているのか?」
 ああいう事? ……はて、何だろうか。
「じょ、女子と食事を交換するとはな。ふん」
 あ、その事か? いや、そりゃいつもってわけじゃない。
そもそもあの二人がやっていたから、ちょっとやってみたくなったのだが。でも、何で箒がそれで怒るんだろうか。
「……あ、そう言えば箒。頼みがあるんだが」
「な、何だ。今度は明日の朝食を交換してくれとでも言う気か?」
 何だそりゃ。
「そうじゃなくて。ISの事、教えてくれないか? このままじゃ敗北確定だ」
 入学前の参考書を間違えて捨てたせいもあるが、俺の知識はゼロだ。セシリアとの戦いも、一週間後だし。
箒の学力は知らないが、この学園に入っている以上は俺よりは詳しいだろう。束さんの妹でもあるわけだし。
「……ふん。下らん挑発に乗るからだ」
「んな事言っても、なあ」
 極東の猿だの、文化的にも後進国だの。あれだけ言われて、黙っているわけにはいかないだろうに。
「しょうがないか、宇月さんを頼ろう」
「ま、待て!」
 どうやら、箒は駄目だな。じゃあ、宇月さんに……と立ち上がろうとして、声をかけられた。
「ど、どうしたんだ大声出して」
「い、いや。その、何だ。……お、お前がどうしてもと言うのなら、お、教えてやらないでもないぞ?」
「え?」
 何だ、教えてくれるのか?
「良いのか? じゃあ、頼む」
「う、うん。良かろう、そこまで頼まれては仕方が無い。うん、うん」
 箒の豹変はわけが解らなかったが、教えてくれると言うのはありがたい。そして俺は教科書とノートを取り出し、机に付くのだった。




「……」
 私は、平静を保っている……つもりだった。だが、内心まではそうはいかない。
(い、一夏と共に勉学に励めるとは、な……はっ!?)
 心臓の鼓動が早まり、顔が熱くなる。い、いかんいかん。何を考えているのだ、私は。
「箒? どうしたんだ?」
「う、うわああああっ!?」
 私の顔を、一夏が覗き込んでいた。ば、馬鹿者! ち、近すぎる!!
「あれ、何を驚いてるんだよ」
「な、何でもない。それより、何だ」
「ああ、この絶対防御って奴なんだけど……」
「そ、それはだな、ええと……」
 正直な話、一夏に教えられるほど知識は無い。この学園にも入る気は無かったが、政府から強引に入学させられたのだ。
普通なら、この学園に入学する為に勉強をしてきた宇月辺りに任せるのが筋なのだろうが。……それだけは、どうしても選びたくなかった。
「んじゃ、次はえっと……お。白騎士事件についてだな」
「……」
「どうしたんだ、箒? 何処か苦しいのか?」
「……いや、何でもない」
 白騎士事件。それは十年前、発表されたばかりのISの実力を世界に知らしめた事件だった。
操られて日本に向かってくるミサイル二千発以上を、一機のISが撃破し。そのISを拿捕せんとした各国の軍隊を手玉に取った事件。
その時のISこそ『白騎士』だ。そしてその操縦者は……まあ、それはどうでもいい。
 そして私はそれに絡んで、私の人生を。――いや、世界を変えた原因である姉・篠ノ之束の事を思い出してしまった。
あの人の事を考えると、心がどうしても澱んでしまう。一夏にも、それは解ったのだろう。心配そうな顔で見ていた。
「熱は無い、よな?」
 ……その言葉と共に、一夏の顔が間近にあった。何が起こったのか理解できなかった。
額と額とを合わせ、熱があるのかどうかと見たと解ったのは一夏の顔が離れた後。だが、私の体温が上昇したのはそれからだった。
「こ、この不埒者ぉ!!」
「おわっ!?」
 瞬時に取った竹刀を、上段から叩きつける。一夏は、それを白刃取りで受けた。おのれ、こういう技だけは残っているのか!!
「じょ、女子の額に自らの額を合わせるなど……暫く見ぬまに、軽薄な男に成り果てるとは!!」
「ま、待て! お、落ち着け箒! 俺はただ……!!」
「問答無用!! ええい、成敗してくれる!」
「さ、されてたまるか!」
 上段から振り下ろす私と、一夏の力は拮抗している。おのれ、こうなれば……!
「鍵が開いてるわね。じゃあまた、おじゃまします……って、何やってるの?」
「わー、鍔迫り合いだー」
 ドアへ目をやると、また一夏紹介の仲介に来たらしい宇月が、呆れた目をしていた。


「おりむー、デリカシーがないよー」
 今度の客は、少々変わった女子だった。私達と同じクラスの布仏、と言ったか。
サイズが合っていないパジャマと帽子を身に纏い、喋り方は間延びしている。それは良いんだが、おりむーとは何だ。
「そうね。と言うか織斑君。善意でやったのはわかるけど、いきなり異性からそんな事されたら誰だって驚くわよ。いくら幼なじみでも、ね」
「そうだねー」
 先ほどの一夏の行動について、宇月と布仏はいずれも一夏が悪いと判断した。……まあ、当然だが。
「でも篠ノ之さんも、防具を着けてないのに竹刀を持ち出すのはやりすぎよ。まあ、怒るのも無理は無いけど。
せいぜい平手打ちくらいにして置いた方が良いんじゃない?」
 むむ……。ま、まあ確かに、そうか。
「悪かったな、箒。幾らなんでも、軽卒だったな」
「いや、もう良い。私の方も、少々激昂し過ぎたのだしな」
 私達はそういうと、互いに頭を下げた。この話は、ここで打ち切ろう。
「一件落着だねー。さてとー、私は自分の部屋にもどるよー」
 そういうと布仏は、ずれ落ちそうな帽子を修正しつつ、ゆっくりと立ち上がった。まるでスローモーションのようだな。
……それと、気のせいかもしれないが。帽子についた耳飾りが、動いているような気がするのだが?
「あれ、もう帰るの? ……珍しい反応ね」
「んー。今日はこれでいいよー。もう眠いしー……」
 珍しい、から後を宇月は小声で言ったが確かにそうだ。今までの女子は、一夏に妙に甘えた口調で話したからな。
……まあ私としては、布仏のような方が助かる。食事に行こうとした直前の女子など、携帯電話の番号だとか趣味だとか……。
は、果ては『私は兄がいるからお嫁に行っても大丈夫よ』などと……。は、破廉恥にも程があるぞ!!
「あれー、しののんが不機嫌だよー?」
「お……どうしたんだ、箒?」
「篠ノ之さん? どうかしたの?」
「な、何でもない!」
 三人が三人とも、私の顔を見ていた。と言うか布仏。何故目を閉じているにも関わらず気付く。心眼か。
 

 ……。それから、一夏も疲れたであろうという理由で今日は寝る事にした。仲介役を担うであろう宇月にもその旨を伝えたので、大丈夫だろう。
「ふー、何か一日の間に色々とありすぎたな。さてと、寝るか」
 そういうと一夏は、シャツを脱ぎ捨て――ば、馬鹿者!
「お、おい! 私が居る事を忘れるな!!」
「あ、悪い悪い。俺、洗面所で着替えてくる」
「ま、待て。……その、だな。ベッドの間に仕切りもあるのだし、お互いが背を向ければ良いだろう。わざわざ洗面所に行く事もあるまい」
「え゛?」
 ……。そして私は、寝具として使っている浴衣に着替えていた。背後には、一夏がいる。
(お、思わず言ってしまったが……。へ、変な女だと思われただろうか)
 動揺が隠せない。簡単に外せる筈の制服のボタンにも手間どり、着替え終わる頃には五分は経っていた。
「……も、もう良いか?」
「あ、ああ。待たせたな」
 何処か変ではないだろうか。着崩してしまってはいないだろうか。……え、ええい、だ、大丈夫だ!
「……」
「……」
 私が振り向くと、一夏は無言になった。……な、何故黙るのだ! や、やはり何処かおかしかったのか?
それとも一夏は、さっきの布仏のような姿の方が良かったのだろうか?
「似合うな」
「え」
 い、一夏は今何と言った?
「やっぱり箒には、浴衣とか和服が似合うな。うん、ピッタリだ」
「そ、そうか!」
 語尾が上がってしまったが、一夏は気にしていないようだった。……はっ、う、浮かれすぎだな。こほん。
「じゃあ寝るか。お休み、箒」
「あ、ああ」
 互いにベッドに入り、電気を消す。疲れていたのか、間もなく寝息が聞こえてきた。だが。
(……)
 私は、寝付けない。……隣に、一夏がいる。その事が、私を眠りへと誘(いざな)わせないでいた。
今日一日で一夏と交わした会話が、次々と思い起こされる。……おお。
(そう言えば、まだ剣の腕を見ていなかったな)
 全国大会優勝の事を知っていると告げられた事に絡んで、そんな事に気付いた。まあそんな暇は無かったのも事実だが。
この学校が女子高である以上、一夏が剣道部に入り大会に出場する……と言う事はまず無いだろうが、それ以外でも腕を鍛える事は出来る。
剣道の全国大会では見かけなかったが、さぞ強くなっているのだろう。……そうだな、明日は久しぶりに剣を交えると言うのも悪くは無い。
うん、そうだ。同門であるのだから、久しぶりに手合わせというのも自然だな、うむ。




「……」
 驚愕。俺を含めた、その場にいた全員が持った感情がそれだった。
「まさか……本当にいるなんて……」
「一人目が見つかったのだから、二人目もいておかしくないけど……」
「すぐに政府に連絡! それと、開発部の連中にも!」
 慌しく女性達が走り回る中を、俺は呆然と眺めていた。……インフィニット・ストラトス。通称IS。
女性にしか扱えない筈のそれは、俺、安芸野将隆(あげの まさたか)にも反応したのだ。
一ヶ月ほど前、世界的大ニュースになった世界初のISを動かせる男、織斑一夏に次いで二人目になってしまったのだ。
「俺が……ISを動かせる、のか」
 今までは、どうせ俺も駄目だろうと半分諦めていた。織斑一夏の一件以来、世界各地で幾百、幾千の男子(あるいは男性)がISに触れてきた。
しかし、ISは起動せず。織斑一夏の例は、突然変異かあるいは姉が世界最強のIS操縦者であるが故なのではないかと思われていた今日。
二人目が見つかったのだ。……そして俺は。
「……」
 まだ、現実が信じられないでいた。




「けっ、お前がスコールの言ってた『天選者』かよ」
 俺の目の前には、秘密結社『亡国機業』の実行部隊の一員・オータムが居た。俺の知る通りの短気そうな口調。
あからさまに敵意を隠さない辺りは、本当に扱いやすそうな印象を受ける。
「そうだよ? まあ、よろしく頼む」
「けっ、冗談じゃねえぜ」
 作り笑いを浮かべて挨拶したが、あちらは見もせずに去っていった。……ふん、アレにも負ける程度の雑魚が。
「あらあら、オータムったら。ご機嫌斜めねえ」
 そこへ、オータムの恋人(?)にして暗躍する黒幕の女。スコールがやって来た。
それにしても、確かスコール・ミューゼルとか名乗ったが。これが表世界でも通じる名前なのか?
「朗報よ。貴方専用のISが完成したわ。それと、IS学園への入学準備が整ったわ」
 へえ。だったら……いや、まだ情報を集めておくか。あの学園に『黒コンビ』が来たあたりにするか。
「これで、貴方の望みも叶うという事ね。ふふふ、面白そう。私も潜入してみようかしら。流石に生徒では無理だから、教師になるのでしょうけど」
 一応会話になってはいるが、スコールは俺を見てはいない。と言うか、こいつだけはどうも本性がつかめない。
オータムや『アイツ』くらい単純なら楽なんだが。
「貴方の身分は政府に保証させたから、余計な事をしなければ、発覚する心配は無いわよ。それと……」
 実際に喋ってみると、このスコールと言う女は非常に五月蝿い。耳障りで、話題が急に飛ぶ。いわゆるウザい女だ。
(まあいいさ、せいぜい利用させてもらう。亡国機業も……そしてアレもな)
 俺は哂う。世界で唯一の存在たる特権、思う存分に利用させてもらう。僻む奴らもいるだろうが、あえて言ってやろう。
――有史以来、世界が平等であった事など一度も無いのだからな。


●後書き代わりのオリキャラ紹介

・宇月香奈枝(うづき かなえ)
 IS学園一年一組所属。織斑一夏と同じ中学の出身であり、中学一年から現在まで四年連続同じクラス。
性格は一見はクールではあるが激情家であったり状況に流されてしまうような一面がある。
 IS学園の生徒には珍しく、共学校で小・中学校を過ごした為か男子生徒に対する対応力が高い。
身長156㎝(セシリアと同じ位)、体重極秘。


・安芸野 将隆 (あげの まさたか)
 日本で発見された、第二のISを動かせる男性。身長169㎝(一夏より少し低い)、体重62㎏。

・????
 正体不明。言動にオリキャラ特有の『アレ』を匂わせる点がある。他者を蔑む発言が多い。亡国機業との繋がりもある模様。
IS学園に編入予定。



[30054] ある意味、自業自得なんだけど
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2011/10/24 09:16
「……」
 うん、どうしようか。俺は周囲を見回し、そう思った。
「お昼暇? 放課後暇? 夜は暇?」
「織斑君、好きな食べ物って何?」
「ISだとどんなタイプが好き? やっぱり千冬お姉様の『暮桜』みたいなタイプ?」
 新しい生活が始まって、二日目。一時間目の終了と共に、クラスの女子が俺の席を取り囲んだ。
どうやら昨夜俺の部屋に乗り込んできた女子の事を知って、乗り遅れまいとやってきたらしい。
箒か宇月さんに助けを求めようと思ったが、文字通りの人垣で姿も見えない。朝はギリギリだったので、こんな事は起きなかったんだが……。
「ねえねえ、千冬お姉様って家ではどうなの?」
「え、案外とだらし――」
 ない、と言おうとした瞬間。フェザー級ボクサーの速さと、ヘビー級ボクサーの重さを兼ね備えた鉄拳が降って来た。
「授業を始めるぞ」
 その一言で、女子の人垣は瞬時に消える。……と言うか千冬姉、いつのまに戻ってきたんだ。
「ああ、織斑。月曜日の代表決定戦だが。お前にも専用機が与えられる事になったのでそのつもりでいろ」
 専用機?
「本来は国家や企業に属する人間だけが専用機を所持できるのだが、お前の場合はデータ収拾の意味もあって用意される事になった。いいな」
 ……つまりは、モルモットか?
「えーー!? もう専用機が出るの? いいなー」
「私も欲しいなー。専用機をゲットするなら、この学園が一番確率が高いわけだし。スカウトされたーい」
「でも、超難関みたいだよ。二年生と三年生の専用機持ちだって、五人いないらしいし」
 皆は盛り上がっているようだが……。専用機、といわれても今ひとつピンと来ない。
「……織斑。全世界でISは限られた数しかない。その数と理由は知っているか?」
「は、はい。467機、それだけしかコアが無いからです」
 昨日、箒と一緒に勉強した所だったな。
「よし。そしてその467機あるISのうち、一部だけが専用機として扱われている。つまりISに関わる者でも、専用機を持てるのは僅か。
その座を巡り、熾烈な争いがあると言うわけだ。その内の一機なのだから、大切に扱うように」
「はい。それで先生。その機体はいつ来るんですか?」
「今の所は未定だ。月曜日までには間に合わせるが……
最悪の場合、教員用のリヴァイブか打鉄を使う事になるだろうから『ISが無くて戦えない』と言う心配だけは無いと思え」
「はい」
 ……うーん。よく解らないが、できれば早く来て欲しい。
俺の専用機となるISがどんな物かまだ解らないが、少なくとも時間があれば、訓練くらいは出来るだろうから。


「ねえねえ織斑君、昼食を一緒に食堂でとらない?」
「あー、ずるい! 私も私も!」
「お弁当持ってきてるけど、良いよね?」
 昼休みになると、俺が立ち上がる前に昼を誘いに来る女子で再び人垣が出来た。前回よりは薄いけど。
「……宜しいかしら。ランチの前に、貴方に言っておきたい事がありますの」
 その人垣を割って、いつもの腰に手を当てたポーズでセシリアがやって来た。
「何の用事だ?」
「安心した、と言うことですわ。技量差を考えないとしても、わたくしと訓練機で戦うなんて、あまりにも酷すぎですから」
「それだと、何か不味いのか?」
「ふふふ……。まあ、まだ知らないのも無理はないでしょうから教えてさしあげましょう。
わたくし、セシリア・オルコットは知っての通り英国代表候補生。そしてわたくしはその中でも更に優れたエリート。
そう、専用機を既に持っていますのよ!!」
 ああ、そう言えば『国家や企業に属する人間だけが』って千冬姉が言ってたな。
代表候補生だからか。でも、何で髪を梳き上げて左耳を見せるんだろうか。イヤリングがついてるけど。
「……何か反応はありませんの?」
「何で?」
 耳を見せられて、どんな反応をしろというんだよ。綺麗な耳だな、とでも言えばいいんだろうか。
「日本の殿方と言うのは、随分と鈍感ですわね。ISの待機形態にも気付かないなんて」
 待機……形態?
「ISは、使用しない時は色々な形になってるんだよねー。指輪とかー」
「そう! そしてわたくしのIS待機形態は、このイヤーカフスなのですわ!」
 昨日、最後に訪ねてきた女子……えっと……。のほほんさん(仮名)に相槌を打つ形で、セシリアが説明した。
へー。ISって、そんなコンパクトに収まる物なのか。たまりにたまった時の千冬姉の洗濯物も、あれくらいコンパクトに畳めたらなあ。
ボタン一つで手のひらサイズにとか、羨ましいぞ。後それ、イヤリングじゃなくてイヤーカフスって言うんだな。
「……あなた、何を考えていますの?」
「千冬姉の……いや、何でもない。そんなふうに使えたらなって思っただけだ」
 成人した姉の洗濯物を弟が洗っている……と言うのは流石にまずいだろう。
「織斑先生の? 使う? ……っ!? ま、まさか貴方、暮桜を使う気ですの!?」
 だが、とんでもない方向に彼女は誤解してしまった。……暮桜。千冬姉が日本代表として戦っていた時のIS。
現在は何処にあるのか知らないが、ひょっとしたら千冬姉がまだ持っているのだろうか。……あ。
「お、織斑君が暮桜を使うの!? そ、そんな事、できるの?」
「で、でもでも、姉弟ならひょっとして……」
「こ、この目で暮桜を見れちゃうのかな!? 確か暮桜って、千冬様の引退後は公式の場に出てこないけど……」
 や、やばい。これはやばい。幾らなんでもこの誤解はやば過ぎる。俺に与えられる専用機がどんな物かは知らないが、暮桜では無い……だろう。
「飯時に、何を馬鹿騒ぎをしている」
 ……うん、鬼教師の登場だ。流石に皆も黙るけど、俺とセシリアに視線が集中する。
「おい、織斑。オルコット。何があった、説明しろ」
「え、ええと……その……」
「あ、あの……」


 ……。結局俺に与えられるISは暮桜では無いと判明し、誤解も解けた。
ちなみに俺達は『馬鹿な誤解を広めかけた罰』として出席簿五連撃をくらう事になった。
「くうっ……わ、わたくしの頭をポンポンと……」
「オルコット、流石は英国代表候補生だな。まだ足りんか」
「い、いいえ! 結構ですわ!」
 そして俺は、セシリアから思いっきり睨まれた。無言だが『貴方のせいで……!』って言うオーラが感じられる。
このオーラが弾丸になったのなら、大和も一撃で轟沈間違い無しだろう。
「さてと、しっかりと昼食はとっておけよ。あと、授業には遅れるな」
 そう言って、千冬姉は去っていった。……そう言えば今は、昼食の時間だった。セシリアの来襲で、すっかり忘れてたぜ。
「……」
 食堂に行くか、と立ち上がった所で箒と視線が合った。不機嫌そうだが……何でだ? お、そうだ。
「なあ箒、昼食はとったか?」
「……まだだ」
「なら、一緒に行かないか?」
「……」
 だから、何で睨むんだよ。怖いぞ。
「なあ、皆も一緒に行かないかー?」
 周りに呼びかけてみると、次々と参加者が出てくる。おお、凄いな。食べる途中の女子を除き、5~6人はいる。
「なあ。皆もいるし、行こうぜ。遅くなったけど、皆で行けば怖くない……なんてな」
「っ!」
 少々強引に腕を組み、連れて行こうとする。こいつにはこういうのが有効――なのだが。
「い、痛え……」
 次の瞬間、腕を肘の辺りを中心に曲げられ、投げられた。それを理解して数瞬後、痛みが襲ってくる。
「お、織斑君を投げ飛ばした?」
「IS使ったわけじゃない……よね?」
「確かあの娘、剣道で日本一だったってミカが言ってたけど……柔道もできるの?」
 まずい、周囲の女生徒がドン引きだ。ちなみに今のは柔道ではなく、古武術だな。
「わ、私達、やっぱり教室で食べるね!」
「も、もう時間遅いし! 食堂もいっぱいだろうし!!」
 あ、女子が蜘蛛の子を散らすように去って行く……。ったく。しょうがないな。




「箒。お前、日替わり定食でいいか?」
 私は、一夏に連れられて食堂に来ていた。……私の手を無理矢理に引っ張る、と言うかなり強引なやり方ではあったが。
「べ、別に何でもいい」
「お前なあ、少しは愛想良くしろよ。すぐに孤立するんだからな。せっかく打ち解けさせようとしたのによ」
 ……言われなくても、私をクラスの皆に打ち解けさせようと言う意図は理解できる。正直、私を気にかけてくれるのは嬉しいのだが。
「わ、私は別に……頼んだ覚えは無い!」
 正直に言うのは気恥ずかしく、こんな反応しか返せない。
先ほどまで女子に囲まれていたのを見ていた時の感情が、まだ尾を引いていると言うのもあるが。
さ、誘うならば昼一番に誘って欲しかった……と言うのが贅沢なのは解っているのだが。
「俺だって頼まれた覚えはねえよ。でもな、箒だからしてるんだぞ俺は」
「な、何だそれは……」
 と、と言うかだな、周りの女子が見ているのに気づけ。さ、さっきからずっと手を握ったままだぞ。そ、その……い、嫌では、ないが。
「篠ノ之のおじさんやおばさんには世話になったし、幼馴染みで同門なんだ。このくらいのおせっかいは焼かせろ」
 ……。どうしてこいつは、こんな事を自然にやれるのだろうか。昔からそうだったが、今も変わらないのだな。
「そ、その……ありが」
「はい、日替わり二つお待ち」
「ありがとう、おばちゃん。おお、うまそうだ」
 ……き、貴様。人が礼を言っているのだから聞いておけ!!


「おお。この鯖の塩焼き、脂がのってて美味いな」
「……そうだな」
「ISの授業って、難しくないか?」
「まあ、容易くは無いな」
 向かい合いながら、私達は日替わり定食を食べていた。……何か話題は無いだろうか。
黙って食事と言うのも悪くは無いが。さっきから一夏が話しかけ、私が少しだけ相槌を打つだけだ。――そ、そうだ。放課後に剣道場に誘おう!
「そ、そのだな一夏――」
「ねえ、貴方が織斑君?」
 何とか口を開いたが、横から口を挟まれた。リボンの色から察するに、三年生のようだが。
「ええ、そうですけど?」
「貴方、英国の国家代表候補生と戦う事になったんですって? 私が、ISの事を教えてあげようか?」
 な、何だと!?
「あ……。気持ちはありがたいんですけど、ISを教えてくれる役目はもう先約が。同級生なんですけど」
 よし。よし。よく断った。えらいぞ!!
「ふーん。でも一年生じゃ、そんなにISを動かした経験は無いでしょ? ISって稼働時間がモノを言うの。
一般生徒同士ならまだしも、代表候補生相手だときついわよ?」
「なるほど……」
 三年生の言葉に、やや揺らいでいる一夏。――き、貴様、ぶれてどうする! 
お前から私に『箒に、どうしてもISの事を教えて欲しい』と言ったのだろうが!
※一部、脚色されています
「……お言葉ですが、一夏には私が教える事になっていますので。結構です」
 先輩なので一応敬語を使う。あちらも私を睨んできたが、その程度の眼力、千冬さんや師にして父・篠ノ之柳韻に比べれば気にならない。
「あら、貴女なの。でも、私の方が上手く教えられると思うけどなあ?」
 さて、どうやってこの先輩を撃退した物か。……。一つ思い浮かんだが、これは……。
「貴女、別に代表候補生ってわけじゃあないんでしょう? だったら……」
「……私は、篠ノ之束の妹ですから」
「え……篠ノ之って……ええええっ!? そ、そう。それならしょうがないわね」
 思わず言い終わった後に少しだけ後悔したが。効果は絶大だったようで、その先輩は尻尾を巻いて逃げ出した。……自己嫌悪が、私を包む。
「……箒?」
「な、何だ」
「大丈夫か? 何かすっげえ辛そうな顔してるけど」
「し、心配はいらん。それより一夏、今日の放課後に剣道場に来い」
「剣道場? 何処あるか知らないぞ?」
 何を不思議そうな顔をしている。そもそも、お前も剣の道を志す者なのだから道場の位置くらいは自分から聞くべきだろうに。
「私が連れて行く。今のお前がどれほどの腕前なのか、試してやる。いいな、忘れるなよ!」


「……と言う事ですので、場所と竹刀、それと防具をお借りしたいのですが」
 放課後。私は着替え終わると、一夏との試合の申し込みに行っていた。私は既に入部届けを出しているので問題ないが、一夏は無理だ。
部外者と剣を交える以上、許可は必要だからな。……しかし一夏め、急に寮生活が決まったのだから仕方が無いとは言え。
防具や竹刀は常に持っておくべきだろうに。
「んー? まあ、織斑君の腕前って言うのを? 見たくもあるね? じゃあ更衣室で着替えてきてもらおうか?
籠があったから、その中に入れておけば良いよ?」
 しかし何故この人の語尾は、全てが疑問形なのだろうか。……まあそれは良いか。
「では一夏、そこで着替えて来い」
「わ、解った」
 ……ふふ、どれほど強くなっているのか楽しみだ。以前は私を上回る腕だったが、私も力量は上がっている。
……久しぶりに、気分が高揚する試合だな。


「……」
 私は、目の前が信じられないでいた。一夏と剣を交えるのは、転校してしまった日の前日以来。
あの頃から数年間、私は剣道に打ち込んできた。まだまだ未熟ではあるが、腕はかなり上がっただろう。――だが。
「どういう、事だ」
 一夏は、私になすすべなく敗れた。それも、一夏も腕が上がっていたが私が上回っていたと言う物ではない。
防具や竹刀が合っていなかったと言う物でもない。剣を、かなり長い事握っていないのが明白だった。
「どうしてここまで弱くなっている!!」
「……受験勉強していたから、かな?」
「そんな代物ではないだろう! 剣道部で何をやっていた!!」
「いや、俺は剣道部じゃなくて帰宅部だ。それも、三年連続皆勤賞」
 ……なん、だと?
「……なおす」
「え?」
「鍛えなおす! よもや剣を捨てているとは! あれほど打ち込んでいたというのに!」
「そういわれても、なあ……」
「!」
 その態度が、また私の怒りを煽った。……そして私は、気がつけば剣道場を出て寮にむかっていた。


「まったく……! 何なのだ、あの体たらくは!」
「篠ノ之さん。ちょっと、良い?」
「……何だ」
 そこに現れたのは、宇月だった。何の用事だ。私は今、友好的に対応する余裕が無いのだが。
「織斑君の、部活に関してなんだけど。中学時代の同級生としては、少し補足しておきたい事があって」
 ……補足だと? 今更、何を補足するというんだ。そう言えばギャラリーが多くいたが。彼女も見ていたのか。
「どうやら、貴女はクラス分けの時の女子の輪にいなかったみたいだから知らないのも無理は無いけど……」
 ……まあ、私は一夏と視線が会った時、情けない話だが駆け出してしまったからな。
女子の輪と言うのは……一夏の事を聞かれたのだろうが。確かに私は、その内容を知らない。
「中学時代、ずっとバイトしてたらしいわよ」
「バイト……だと?」
 そんなに生活に困窮していたのだろうか?
「……ここから先は、貴女だけにする話よ。絶対、人には言わないでね」
「あ、ああ」
 何処か気圧される物を感じて、私は頷いた。


 そして私達は、1026号室にいた。聞かれたくない話だから、と言う事だが。……彼女は、一夏のことに詳しいのだな。
「さて、と。織斑君と貴女は幼馴染みだって話だけど……。じゃあ、彼の両親が居ないことは知ってるわよね?」
「……ああ」
「じゃあ、お姉さん……織斑先生が、弟を養ってきた事も?」
「ああ」
 私達と出会った頃は兎も角、ISの日本代表になってからは恐らくそうであったのだろうと推測できる。
だが、何故一夏がバイトをする必要があるのだろうか。私も正確な事は知らないが、国家代表がそんなに低い給料だとは思えないのだが。
「じゃあ、貴女も彼の性格を知ってるから解ると思うけど。……織斑君、お姉さんの世話になりっぱなしの状況に甘えるような性格かしら?」
「いや。あいつの事だから、千冬さんの助けになろうと――っ!?」
 まさか……そういう事、なのか?
「そういう事よ。もっとも、お姉さんは弟の稼ぎに手を付けずにいたみたいだけどね」
「……」
 ……。私は、自らの愚かさを呪った。一夏は、剣道を捨てたわけじゃない。――そんな余裕が、消えていたんだ。


 ……。そして宇月の言葉はなおも続いた。一夏が中学を出たら働こうとしていた事。そしてそれを千冬さんが止めた事。
ならば、と学費が安く卒業後の進路も万全だと言う私立・藍越学園を受けようとしていた事。
そしてその受験会場を間違えた事でISへの適性保持……つまりは動かせる事が発覚し、今に至ると言う事を。
それは、ニュースなどでも報じられていない真実だった。報道規制があるのかも、とは宇月の言葉だが。
「……」
 そしてそれを聞き、自分の顔が青くなるのが鏡を見ずとも解った。わ、私は……!!
「辛い事言って、ごめんなさい。でも、誤解したままじゃお互いに良くないと思ったし。
織斑君じゃ、貴女にだってこんな事はあまり打ち明けないと思うしね」
「いや、ありがとう。よく教えてくれた」
 お互い、素直に頭を下げた。……彼女には正直、私の知らない一夏を知っていると言う事で少し悪い感情もあった。
だがそれは、今霧散した気がする。だがそれと同時に、少し羨ましくもあった。
「……もしも私が一夏や宇月と同じ中学だったのなら、そんな事情も分かり合えたのだろうか」
 思わず、そんな言葉が漏れた。自分自身のことに手一杯だった私。そんな自分が、途端に小さく思えてきたのだ。
「さあ。私だって、今の情報の幾つかは又聞きだし。中学三年の時にクラス委員長じゃなかったら、先生から相談もされなかったし。
受験勉強で忙しかったから、織斑君の事情に関わる事も無かったと思うけど。まあ貴女がいたらどうなるか、なんて解らないわ。
だけど――もしも貴女がいたら、貴女は織斑君のために必死になった、とは思うわね」
 そういいきる彼女は。透き通るような、笑顔だった。


「ありがとう、宇月。では、これで」
「ほ、箒!?」
「い、一夏……!」
「お、おう」
 彼女に礼を言い、1026号室のドアを開けると、すぐそこに一夏がいた。な、なんと言うタイミングだ。
「そ、その、一夏。あの、だな」
「なあ、箒」
 謝罪を口にしようとしたが、一夏に機先を制される。な、何だ。
「俺を、鍛えなおしてくれないか」
「……な、何?」
 鍛え……なおす?
「今更、か」
 ああああ、どうして私は! こんな事を言いたいわけではないのに!
「まあ、長い事剣を握っていなかったって言うのは確かだから、確かに今更だな。だけど、このままじゃ男として情けないからな」
 ……そ、そうか! 剣を握っていなかったとは言え、気概までは失っていなかったのだな!
「うむ! ならば、明日から鍛えなおしてやる! 放課後は、ちゃんと空けておくのだぞ」
「おう! ……あ。でも、箒の方は良いのか? 剣道部に入ったんだから、あまり俺の事に感けてると……」
「いや、それは気にするな。次の月曜日にはオルコットとの一戦なのだからな」
「そうか。じゃあ、よろしく頼むぞ!!」
「任せておけ!」
 決意を込めた笑顔で笑いあい。私達は、自室へと入るのだった。




「……ふう。何なのよあのラブコメ幼馴染みコンビは」
 幼馴染み達の仲直りを聞き終え、二人が自室に入ったのを見て私は部屋を出た。
「というか、何でフォローしてるんだろう。私……今度は、当事者じゃないけど」
 ……ちくん。もう癒えたと思った幼い頃の傷が、少し痛む。……さてと、コーラでも買ってこようかしら。


「あれ、売り切れ?」
 自販機を見ると、売り切れマークが出ていた。この学園のことだからすぐに補充が来るだろうけど、少し悔しい。
「ねえねえ貴女、ちょっと良いかしら」
「あ。あの時の先輩?」
「あら、貴方はあの時の。……そう言えば、私の名前はまだ教えてなかったかしら。私は黛薫子、二年生よ。よろしくね」
 この人、クラス分け発表の時に織斑君が何故ISを動かせるのか? って聞いてきた人だ。そして渡された名刺には、IS学園新聞部副部長とあった。
「黛先輩、ですか。……今日は、何を?」
 十中八九、織斑君の事だろうけど。私に聞くくらいなら、彼に直接聞いた方が良いような。
「うん。織斑君が、英国代表候補生のオルコットさんと代表決定戦をやるって聞いてね。今、その為のインタビューを集めてるのよ」
「インタビュー?」
「そう。どっちが勝つと思うか、どっちに勝って欲しいかって言うインタビュー」
「はあ……」
 どっちが勝つか……。なら、ほぼ100%オルコットさんだろう。と言うか、織斑君が勝つ方法が見えない。
織斑先生が特別訓練をするとか、そういった事でもしなければ無理だろう。
「で、で。織斑君の中学時代からのクラスメイトである貴女は、どちらが勝つと思うの?」
「オルコットさんです」
 その途端、先輩は面白く無さそうな表情になった。
「うーん、皆回答はオルコットさんね。織斑君って言う人は、一人もいないわ」
 あー、やっぱりね。まあクラス中に聞いても多分……あ、一人はいるか。でも他の皆はオルコットさんって言うでしょうし。


「あ」
「あら」
 用事があると言うフランチェスカとは無理な為、一人で食堂に向かった私が出会ったのは、オルコットさんだった。
トレイの上に乗せられているのは……。ちょっとよく解らない。イギリス料理なのかもしれないけど、パンとローストビーフと……。
普通とは色の違うプリン――いや、イギリスだからプディングと言うべきかしら? それくらいしか判別できなかった。
「宇月さん、こんばんわ。あの男の手伝いは、よろしいのかしら?」
「こんばんわ、オルコットさん。いいえ、私はもう別に彼を手伝う気は無いから。彼の幼馴染みが、しっかりやってくれるでしょう」
 それなりにちゃんと挨拶をされたから、丁寧に返す。私は彼の専属スタッフでも何でもないのだけど。
いつの間にか彼女の中では、私は織斑君の仲間になっているらしい。
まあ本意ではなかったとは言え、彼と女生徒との仲介までやったのだから誤解するのも無理もないわね。
「ふふ……。まだ私と競い合う気なのかしら。男のくせにISを使うだけでも生意気だと言うのに……。
私に恥をかかせた分も、きっちりとお返しさせますわ」
「……」
 正直、今の言葉はムッとした。私が一番嫌なのが○○のくせに、と言う奴だ。
それに正当な理由でもあれば兎も角、今の彼女の言葉には侮蔑の意識しかない。暮桜の誤解だって、織斑君がそう仕向けたわけじゃないだろうし。
「オルコットさん。貴女、織斑君に必要以上に敵意を抱いてないかしら?」
 何とか怒りを抑え、話題をそらす。ちゃんとした答えが返ってはこないでしょうけど……
「……宇月さん。その答えを聞きたいんですの?」
 気のせいか、さっきまでの傲慢さは消え。目からも、強い意志を感じ取れるようになった。……え、何か不味い事を聞いたのかしら?
「貴女は確か1026号室でしたわね。――夕食後、寄らせていただきますわよ?」
「え……?」
 それを決定事項のように告げ。彼女は去っていった。


「……どうぞ」
「ありがとう」
 夕食後。宣言どおり、オルコットさんは私の部屋に来た。フランチェスカはまだ戻らず、二人きり。
今は、食堂から持って来たフルーツジュースを出した所。流石に、イギリス人相手に紅茶を出せるほど度胸は無い。
「……さてと。私が、あの男に敵意を抱いているか、と言うお話でしたわね?」
「ええ」
 正直、ちゃんと答えが返ってくるとは思っていなかったんです……とは言えない雰囲気だった。
「敵意、と言う言葉は適切ではありませんわ。――ただ、あの男は自分の境遇についてあまりにも不勉強なので」
 不勉強?
「ISについて事前に学ぶわけでもなく。自己紹介があったにも拘らず知らないと言ったように、周囲の人物に対して気を配るでもなく。
その上、部屋ではルームメイトと痴話喧嘩をしていると聞いています。そのような男に、敬意を表す意味はありますの?」
 ……言葉どおりに受け止めれば、そうなりそうだけど。まずは検証してみよう。
「事前に学んでない、と言うのはある程度しょうがないけど。必読と書かれた参考書を捨てた、って言うのには耳を疑ったわね」
「そうでしょう?」
 間違えて捨てた事に気付いたなら、再発行してもらえば良かったのに。まあ、色々ありすぎてそこまで頭が回らなかったのかもしれないけど。
それか、何とかなるかと楽観していたのもあるのかもしれない。それなら、受験で苦労してきた私達一般入学生からすれば、甘すぎるけどね。
「周囲の人物については、それどころじゃなかったみたいよ。織斑先生の事、知らなかったみたいだし」
「何ですの、それ。姉の職業を、知らなかったと?」
 かなり疑わしそうに見るが、それも仕方が無い。むしろ、何をして稼いでいたのかと思わなかったのだろうか。
これについては部屋を案内している途中に聞いたのだけど、嘘を言っているようには思えなかったし……。まあ、次に行こう。
「最後だけど。痴話喧嘩、って言うよりは空回りといった方が適切な気がするわね」
 とは言え、篠ノ之さんにも問題はないわけじゃない。竹刀を持ち出すのは、やりすぎだろう。
「……随分と、肩を持ちますのね」
「そういうんじゃないんだけど……。代表候補生である貴女から見れば、歯痒く感じるのも無理は無いわね」
 と言うか、何で私がここまで巻き込まれないといけないんだろうとは思う。
「ふふ、お分かり頂けたようですわね。大体、わたくしの話に耳を傾けないというのが不思議ですわ。
わざわざ仰々しく話しかけたと言うのに、反応なしだなんて」
 ちょっと待った、アレ演技だったの? イギリス人の貴女が仰々しく、なんて言い回しを使ったのにも驚いたけど。
と言うか、わざわざ反応を確かめたかったの?
「やはり男と言うのは、あの程度の物なのでしょうか。世界最強の女性の弟とは言え、所詮は極東の島国の生まれですし……」
 ……あ、駄目だ。収まったと思ってた怒りが、爆発した。


「そういえば宇月さん。一応聞いておきますが。貴女は来週のクラス代表決定戦、どちらが勝つと思っていますの?」
「……まあ、確かに織斑君が勝つとは思えないけど」
「ふっ……。当然ですわ」
 自分の実力を認められていると思ったのか、彼女の態度が柔らかくなる。……だけど。
「ただ私は、貴女よりも好ましい性格をしている彼に勝って欲しいと思ってます。あくまで願望ですが」
「なっ!?」
 丁寧に言い終わってから少しだけ後悔したが。でも、吐いた言葉はもう戻せない。
「どういうことですの、それは……」
「私も日本人ですから。極東の島国呼ばわりは、ムッときたんです」
「そ、それは……! あ、貴女はそれだけであの男の方がクラス代表に相応しいと言いますの!?」
 それだけ、じゃないんだけどね。まあ、そもそも……。
「実力的には、貴女の方が相応しいでしょう。搭乗時間、専用機を持っているという事、国家代表候補生であると言うこと。
貴女の言葉を借りるなら『素人』の織斑君よりは、貴女の方が相応しいです。
まあ織斑君が、鈍感で唐変木の、事前知識もないIS初心者なのは否定はしませんが」
「わ、わたくしはそこまで言っていませんわよ!?」
 あれ、そうだったかしら?
「ただ、オルコットさん。一人の男性を見て、一人の日本人を見て、それだけで男性や日本人の印象を決め付けるとは。
英国代表候補生は、随分と狭い視野をお持ちなのだなと思われますよ?」
「……一人の男、ではありませんわよ?」
 怒るわけでもなく、苦しげな……なんともいえない表情になるオルコットさん。
彼女の男性観を決めた、何かがあったのかしら? 友人関係か、兄弟……あるいは父親か。
「そうですか。――ただ、貴女の左耳にあるブルー・ティアーズ。それの中枢たるコアを作った人は誰なのか、は思い出して欲しいと思います」
「え……あ!?」
 気付いたようだ。この辺りの速さは流石は代表候補生、と言った所か。
「あ、貴女はわたくしの失言をもって相応しくないと言いますの!?」
「勘違いしないで下さい。少なくとも、彼は貴女がイギリス人であろうと日本人であろうとそれについて何か悪し様に言う事は無い。
それが私にとっては好ましいと言うだけです。それ以外の何物でもありません。
それと、多種多様な人種・国籍の生徒からなるIS学園のクラスの纏め役としても、相応しいと思うだけです」
 まあ、彼にも欠点がないわけじゃないが。少なくとも、こう言う事は言わないだけ私にとってはマシだ。
「……よく解りましたわ。せいぜい、あの男の勝利を祈っていればよろしいでしょう」
 ……正直な話、これらは私の個人的な考えであり。他人に押し付ける気など更々無いのだけど。
オルコットさんはそう捉えなかったようで。笑顔で、しかし目は笑っていないまま私達の部屋より去った。ドアが閉まると、溜息が出る。
「……はあ、またやっちゃった。あの時、決闘に乗った織斑君を笑えないわね」
 自分でも自覚する悪癖に、苦笑するしかない。だが。
「こうなったら、意地でも織斑君に勝って貰わないとね」
 あそこまで言ってしまった以上、彼女は私を敵視してきそうだし。……エゴイスティックだが、織斑君に勝って貰わないとね。




「……あのー、まだ検査ですか?」
「あと心電図と、消化器検査で終わりです」
 ISを動かせる事が解って数日、俺は検査漬けだった。織斑一夏もそうだったのだろうか。……すげえ、よくこなしたもんだな。
「女性親族の遺伝子データは? 他のIS操縦者との共通項をチェックしておけ!!」
「骨格データ、原寸大模型できました! 織斑一夏との比較できます!!」
「血液検査データ、どこ!? 他の男性との比較データ取るのに必要なのに!!」
 ……そして周囲も、喧騒に包まれていた。医学者やら生理学者やら、ISの研究者やら。
人体とISに関する、色々な分野の科学者が一同に介しているらしい。男女・分野・年齢を問わず、熱意に溢れている。
「……何か、凄いですね」
「君の存在は、ある意味では世界を変えてしまうのだからな。無理も無いさ」
 心理療法士、って名乗ったおじさんが話しかけてくる。ストレスが溜まりがちな俺の話をよく聞いてくれる人だが、自分から話すのは珍しいな。
「何で俺が? 織斑一夏なら、兎も角。俺は二番目ですよ?」
「ああ、だが織斑一夏の場合は特殊だ。姉が、あの織斑千冬なのだからね。しかし君は違う。
身内にIS操縦者も関係者もいない、全くの関係ない所から現れたIS操縦適性を保持する男性だ。何故、君が選ばれたのか。それが判明すれば……」
「男もISを扱えるようになる、と?」
「ああ」
 男もISを、か。もしそうなれば。
「空を自由に飛べたらな、か」
 某ネコ型ロボットの歌を、少しだけ変えて歌ってみる。俺も、空を飛ぶ事に興味がなかったわけじゃないが。
実際に何度か試験飛行と言う名目で飛んでみると、想像以上にワクワクした。
今までは、女性だけの特権だった『ISで空を飛ぶ』と言う事が、男性にも出来るなら。この試験や検査の山も、まあいいかと言う気分になるな。
「心電図、とりますよ!! その後は消化器検査!!」
「すいません、脳波検査追加!! あと各種ホルモン分泌の再検査も追加!!」
「IS装着時と非装着時の脳波データ比較、各種運動試験も追加!!」
「ハイパーセンサーとのリンクデータ、もう一度取って!! 何処かデータがおかしいの!!」
 ……前言撤回。俺の頭には、そんな言葉が浮かんでいるのだった。



[30054] やるしかないわよね
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2011/10/24 09:16

「はー。それにしても、怒りに我を忘れちゃったわね」
 オルコットさんの部屋から帰って、リラックスする為に大浴場に向かったのだけど。気分が落ち着いてくると、自分のキレっぷりに反省してしまう。
「何か、差別に反対する差別者みたいになってたし……」
 自分の発現を考えてみると、もう少し上手く言えたんじゃないかと思う。――まあ、後悔してもしょうがないけど。
「さてと。――私にも、何かできる事は無いかしらね」
 織斑君にこれ以上協力する気は無かったけど、この場合、私は彼に勝って欲しい。それならば、私は何か出来る事をしないと気がすまない。
「ただ勝利を祈る、なんてのはね……」
 さて、それにしても何が出来るだろうか。IS知識くらいなら篠ノ之さんが教えられるだろうし……あ。
「あの人に、話を聞いてみようかしら」
 頼りになりそうな人が脳裏に浮かび。私は、この手段を選択することにした。


「それで、私に用事って何かしら?」
「はい。今日は先輩にお願いがあって来ました。じつは……」
 オルコットさんとの口論の翌日の放課後、私は新聞部の部室前に来ていた。
副部長であるという黛先輩を介して、オルコットさんの情報を得ようとしたのだ。
「……うーん。ちょっと困るわねえ、それ」
 しかし先輩は、困ったような笑みを浮かべる。こういう表情は、初めて見たわね。
「困る?」
「ジャーナリストは公平中立がモットーなのよ。貴方が織斑君を応援するのは良いんだけど、オルコットさんの情報をくれって言われてもねえ。
……国家機密の部分もあるし、無駄に睨まれたくないし」
 なるほど……。後半の小声部分さえなければ、物凄く納得できるんですけど。
「だったら、私から先輩に織斑君の情報を提供します。それをオルコットさんに伝えたら、公平にはなりませんか?」
「むむむ……」
 とは言っても、織斑君の専用機はまだ来ていないわけだから機体の情報なんて提供できないけど。
「OK、なら話は聞きましょうか。まずは織斑君の交友関係と恋愛関係を……」
 このくらいなら、OKよね? 求められてるのも、ISに関わる情報じゃないし。
「ねえ、新聞部に入る気ないの? 歓迎するわよ?」
「え?」
 予想外の一言に、面食らう。ちなみに、中学時代は帰宅部だった。IS学園は体力も必要なので、塾でのトレーニングはあったけど。
何せ勉強する量が通常の高校受験とは桁外れに多く、部活にまで回せるエネルギーは無かったのよね。
「考えておきます」
「そう、まあ今はそれで良いわよ。ああ、ここじゃ何だから入って」
「はい、失礼します」
 そして招かれるまま、私は部室に入った……が。
「す、凄い設備ですね」
 一般的な新聞部の部室と言う物がよく解らないが。使ってる機器も何もかも、高校生のレベルじゃないのは解った。
「この学園の設備は凄いからね。――さてと、情報交換と行きましょうか」
「はい」
 先輩が、本気の表情になり。私も、気を引き締めて情報交換に臨むのだった。



 夜になり、黛先輩から情報を得た私は自室に織斑君達を招いた。二人は剣道の訓練を終えた後らしく、既に制服ではない。
篠ノ之さんは既に平然と。織斑君もまだ疲れが残っているものの、話は聞けるようだ。
「ブルー・ティアーズ……」
「それが、セシリアの専用機か。しかし武装と機体が同じ名前って言うのは、ややこしいなあ」
 貰った資料を、机の上に広げる。もっとも国家機密である第三世代ISだから、詳細なスペックなんてまだ公表されていない。
ただ、特徴だとかは何とか仕入れられた。何でも欧州連合のトライアルに出す資料だとか。
……軍人や政治家くらいしか見ないそんな物を新聞部がさらっと出すあたり、この学園が普通で無いというのがよく解るわね。
「このISの特徴は自立機動兵器。簡単に言うと機体の一部が本人から離れて、それぞれがレーザーによる砲撃を行えるって言うモノらしいけど」
「自立機動?」
「ちなみに、こんな感じらしいわ」
 そう言われて参考映像として貰ったのには、真っ白いロボットが、自分から切り離した幾つかの漏斗のような物体……
『ファンネル』とか言うそれから、ビームを発射しているアニメの写真だった。彼女の機体、ブルー・ティアーズもこんな感じなのだとか。
ただ解らないのは「オルコットちゃんだから、キュ○レイよりもサイコ○ンダムの方が良さそうだったんだけど」と言う
この映像をくれたアニメ好きだという三年生の先輩の言葉。どういう意味なのかしら?
「厄介だな。つまり、周りに自分を狙う敵が増えると言う事だろう?」
 あれ。篠ノ之さん、意外と理解が早いわね。
「剣で言うなら、自分を複数の相手が囲んでいるような物だ。時代劇なら兎も角、実戦では不利だぞ」
「うわ。そりゃ厄介だな」
 ……そういう事なの。でも肝心の織斑君には理解できたらしいし、良いか。
「問題は、それをどうやって破るかだな」
「でもさ。自立、って言っても結局はセシリアが操ってるんだろう? じゃあ、セシリアを倒せばそれで終わりじゃないのか?」
「結論はそうなんだけど……」
 問題は、どうやって其処まで行くかっていう話なのよね。言うなれば複数の狙撃手が、オルコットさんを守っているような物だし。
「織斑君。射撃は得意?」
「得意と言うか……。ゲームとか、屋台の射的なら得意だぞ」
「なら、訓練機のリヴァイブとかで、射撃の訓練でもしてみる?」
「宇月、残念だが無理だ。先ほど確認してきたが、上級生の申請で、訓練機の使用は月曜日まで全て埋まっていた」
「あらら」
 動く自立兵器を狙撃できれば、と思ったけど。どうやら、これも駄目のようだった。


「……ふっふっふ」
「「「!?」」」
 不敵な笑いと共に、私達の前に現れたのは……あれ、フランチェスカ?
あ、私が入ってくる時に鍵を閉め忘れてたわ。と言うかここ、そもそもフランチェスカの部屋でもあるんだし。
「フランチェスカ、どうしたのよ?」
「さっき、オルコットが『あの男と仲間達、絶対に許しませんわ!』とか言ってたから。香奈枝も、織斑君に協力してるんでしょ?」
 ……うわー、やっぱり私も仲間にされたみたいね。そう言えば、今日は妙に視線が怖かったけど。
「だから、私も協力しておきたいのよ」
「え? で、でも良いの?」
「ええ。私もイタリアの人間だし。イギリスはライバルなのよ」
 軽い口調だが、その言葉は意外と本気の色が見えた。少しだけ聞いた話だと、オルコットさんのブルー・ティアーズはドイツ・イタリアと共に
欧州連合の次期主力機を争っているらしい。当然、この三国(及びそれ以外のフランスとか)ではそれの開発に躍起になっているわけで。
「織斑君に勝ってもらえれば、私としても好ましいのよ。イギリスの評価も落ちるだろうし」
 はっきりと言うフランチェスカ。代表候補生でもないのに、母国の為に動く。
……日本人だけどそう言った感覚がない私達からすれば、少し意外かもしれない。私の場合は、完全に自業自得だし。
「英国の第三世代ISであるブルー・ティアーズの噂は、先輩からだけど少しだけ聞いてたわ。協力しても良いでしょ?」
「――頼む。箒や宇月さんまで巻き込んだ以上、セシリアには負けられないからな」
 織斑君が頭を下げ。そして、フランチェスカも協力する事になったのだった。




 俺達は、セシリア戦に向けて話し合いを続けていた。……だが。
「ブルー・ティアーズ……ええと、武器の方だけど。コントロールが相当難しい武器みたいよ。複数扱うのは、代表候補生でも難しいらしいわ」
「……でも、あれを所持してるって事はオルコットは」
「複数扱える、と見て間違いあるまいな。……一夏、複数の敵と戦った経験などは無いか?」
「あるわけないだろうが……」
「どのくらいの速度で扱えるのか、とかが今ひとつ解らないし……」
「こういう武器って、どこが弱点なのかしら? 一つを破壊しようとしたら、他やオルコットさん本人に狙い撃ちされるだろうし……」
 話し合いは難航していた。と言うか箒、大真面目にそれ言ってるのか。
「ねえフランチェスカ、タイムラグなんかはあるのかしら。一度撃ったら、エネルギーチャージに時間が掛かるとか」
「そういったのは、無いみたいよ。もちろんエネルギー切れとかはあるだろうし、連射性能にも限界はあるだろうけど」
「つまりは、連発される弓だな。むむむ……」
 うーん。中々突破口が開けないな。
「と言うか一番の問題は、敵の手札よりも自分の手札が解らないって事なのよね……」
「一夏、千冬さんからお前のISについて何か聞いていないのか」
「いや、何にも。月曜には届くようにはしてる、とは言ってたけど」
 ……下手すると、ぶっつけ本番かもな。勘弁して欲しいが。
「とにかく織斑君のISが来ていない以上は、篠ノ之さんの剣道の特訓と授業レベルの知識取得しか出来そうに無いわね。訓練機も使えないし」
 宇月さんが、消しゴムを指で弄くりながら溜息を付く。……うーん。
「あ」
 バランスが崩れたのか、消しゴムは俺の身体に当たり、その後転がって床に落ちた。おいおい、しょうがない……な!?
「……これなら、特訓になるかな?」
「一夏、どうした? 何か思いついたのか?」
「ああ。これを、俺に向かって投げてくれ」
 そういうと、自分の消しゴムを箒に渡す。
「いったい何を……っ! これが、ブルーティアーズの代わりか?」
「ああ。こんな物じゃ大した役には立たないかもしれないけど。複数から狙われる事への訓練にはなりそうだ」
「私達も手伝えば、三方向から狙われる事への訓練にはなりそう……」
「消しゴムだから、頭とか眼に当たらなければ大丈夫そうね。効果は不明だけど」
 まあ……子供じみた訓練だとは思うけど、な。
「あ、どうせならこっちを使わない?」
「え?」
 そう言ってフランチェスカが取り出したのは、拳銃だった。……玩具、だよな? 何か金属で出来てるけど!!
「ふむ……。こちらの方が訓練になるかもしれんな」
 ちょっとまて、箒!?
「銃を撃つ、って言うのは私達にもマイナスにはならないわよね?」
 宇月さん!?
「と言うことで、こっちに決定ね♪ あ、目に当たるといけないからゴーグル貸してあげるわ。サバイバルゲーム用の簡易防弾チョッキもね」
 俺の周りには、俺の意見なんて聞かずに話を進める女子しかいないらしい。うん。まあ、協力してくれてるんだから文句は言えないけどな。


「では行くぞ、一夏」
「頭とかは狙わないけど、ちゃんと避けてよ」
「いくよ!」
 箒、宇月さん、フランチェスカの三人が三方向に散り。それぞれ、手にした拳銃そっくりのエアガンを俺に向け……っ!
「当たっちゃったわね……」
 正面右からの箒、正面左からの宇月さんの射撃は避けたものの。背後からのフランチェスカの弾丸には当たってしまった。
当たってもそれほど痛くは無い素材のようだが、これは回避訓練なのだから意味が無い。
「これ、無理なんじゃないの? ISにはハイパーセンサーがあるから背後からの攻撃でも感知できるけど、生身じゃ無理よ」
「そうね。いくらなんでも、これはね……」
「……」
 1026号室の二人が難しい表情になり、箒も険しい顔になる。だけど。
「皆。続けて、くれないか?」
「え?」
「複数から狙われる、って事に耐性を付けておきたいんだ。ISを動かすにも、イメージが大事らしいし」
 って、教本に書いてあったしな。
「お前がそういうなら……解った。いくぞ!」
「しょうがないわね」
「それじゃ、再スタートね」


「ぐ……」
 俺は、汗まみれだった。フランチェスカに借りたチョッキは汗でドロドロで、洗濯を選択しなければならないだろう。
「織斑君、大丈夫? 剣道の稽古もやってるのに、体力が持たないんじゃないの?」
 情けない話だが、俺は完全に鈍っているらしい。何度も回避特訓を続けるうちに、明らかに回避率が落ちてきている。
膝が笑い、腰や腿が痛み出す。箒との稽古の疲れもある。情けないが、宇月さんの言うとおりなんだろう。だけど……
「一夏、もう止めて置け。今日はここまでだ」
「な、何言ってるんだよ、おれは、まだ……」
「もう遅い。私は兎も角、この二人をつきあわせるのにも、限界があるだろう」
「え」
 時計を見ると、確かにもう遅い時間だった。
「ごめんな、二人とも。情報持ってきてくれて、その上にこんな特訓にまでつき合わせて」
「いいのよ。私達の事情と合致したからやってるんだし。ね、香奈枝?」
「そうそう。オルコットさんに勝つことだけを考えておきなさい。……まあ、今夜はこれまでって事で」
「ありがとう、皆」
 俺は、二人に……いや、箒も含めた三人に深く頭を下げた。……俺は、周りの人間に本当に恵まれてるよな。




「……」
 一夏が特訓の汗をシャワーで流している為、私は自分のベッドに座っていた。
本当なら大浴場で汗でも流せればいいのだが、男である以上それは無理だからな。
「……それにしても、やはり一夏は一夏だったな」
 浴衣に着替え終えた私の頭に浮かぶのは、一夏の事。六年ぶりに再会した幼馴染。最初は、軟弱者だと思ってしまった。
だが。変わっていない子供のままの部分と、変わった大人の部分を持ち合わせている、格好良い男へと……
「はっ!?」
 な、何を考えてるんだ私は! ま、まあ、客観的に見て、一夏は格好良い方であるかもしれないが……え、ええい、修行が足りん!
「だ、だがまあ、気概は失っていなかったのだし。オルコットとの戦いにも、臆してはいないようだしな。
……それに、私の事も覚えてくれていたのだからな」
 僅かに身動ぎしたため、髪が揺れる。密かな願掛け。テレビで一夏がISを動かしたと聞いた時の驚き。
IS学園に入学するだろうと聞いて以来、自分を覚えてくれているだろうかと悩んだ日々。掲示板の前で、顔を見かけた時の衝撃。
すぐに解った、と言われた時の喜び。そして、同室となった時の……。
「ふふふ」
 これから一年間。この部屋で、一夏と二人きりで……
「……はっ!?」
 い、今私は何を考えていた!? な、何が二人きりだ。だ、大体この部屋には来客が多い。
クラス代表決定戦に協力してくれる二人はさておき、一夏を訪ねる者も多い。二人きりの時間などは、あまり多くは……い、いや。
「そ、そもそもどうでもいいのだ!」
「何がだ?」
「――っ!? お、おおお、終わったのか?」
「ああ、すまなかったな、先にシャワー使って。お前は良いのか?」
「わ、私は先ほど浴びた。あれからそれほど汗をかいていないからな。問題ない」
 とは言え、やはり少しは汗臭いだろうか? あ、汗臭いのは一夏は駄目だろうか。
「だ、だがまあ、お前も使い終わった事だし、もう一度浴びるか」
「そうだな。……あれ、そう言えば箒って大浴場には行かないのか?」
「そ、そ、それはだな」
 ええい、何故お前はそういう所ばかり気がつくのだ。……本当は、行きたいのだが。
「お前、風呂とか好きだったよな? 何で?」
「か……関係ないだろう。大体……」
 ……ん? ノックがしたな、来客か。
「篠ノ之さん、いるー?」
「あ、ああ」
 宇月の声だな、どうしたのだろうか。忘れ物でもあったか?


「どうしたのだ、宇月?」
「篠ノ之さんと一緒に、お風呂行こうと思って。まだでしょ?」
 ……なん、だと?
「おお、丁度いいや。行って来いよ、箒」
 い、いや、待て、その……だな。ど、どうすれば良いのだ。わ、私は……
「……もしかして、私達とじゃ嫌?」
「そ、そういうわけではない!」
 宇月の後ろにいたレオーネが、覗き込んでくる。思わず反射的に、そう答えたが。
「じゃあ、OKって事ね。行きましょうか」
 ……拒否権を自ら捨ててしまった私に、それを拒む理由など浮かぶ筈も無かった。


「うわあ……。凄い設備ねえ、ここ」
「でしょう? シャワーだけじゃ勿体無いって、解った?」
 どうやら今夜は、シャワーだけで済ませていたレオーネを宇月が誘ったのが元々の話だったのだが。
どうせなら私も誘おう、という話に発展してしまったらしい。
「篠ノ之さん、大丈夫? 何か、緊張してるけど」
「あ、ああ。問題ない」
 ……私は、バスタオルできっちりと身体を隠していた。二人もバスタオルは纏っているが、私ほどきつくは無い。
少々不自然ではあったかもしれないが、幸い指摘されることは無かった。二人に何か言われる前に、脱いだからな。
「日本の風呂って、先に身体を洗ってから浴槽に入るんだっけ?」
「そうね。髪を洗う場合はそれも含めてから」
「ふーん。あ、そう言えば背中の流し合いって言うのをやってみない?」
「いいけど……」
 な、何いいいいいい!?
「しししし、しかしだな。私達は三人いるぞ。……お、お前達だけでやるといい」
「そう? じゃあ今日は、私と香奈枝でしましょうか」
「ごめんなさい、篠ノ之さん」
「き、気にするな」


 ……何とか二人を誤魔化した私は、少し離れた場所で身体を洗い終えた。……よし、周囲に人の目は無いな。
「……ふう」
 桶で湯を溜め、一気に流す。またタオルを巻いて……さて、なるべく人目につかない場所で湯に浸かるとしようか。
「あれ~~? しののんだ~~?」
「の、布仏?」
 好事魔多し、というべきか。布仏が私を見かけ、近づいてきた。……スローペースなので、遅いが。
「しののん、まだ湯船に入らないの~~?」
「わ、解っている……」
 くいくい、とタオルを引っ張る。え、ええい。私はある事情があるので、なるべくなら肌を見せるのは短い方が良いのだ。
「かなみーと、ふっちーはあっちだよー?」
 指差す方向を見ると、宇月とレオーネが身体を洗い終わったのかこちらに向かっている。……い、いかん。
「そ、それでは私はこれで。ま、またな布仏!」
「あー」
 ……その声の意味を理解したのは、全てが曝け出された後だった。……布仏は、私のバスタオルを僅かに持ったままだった。
そのまま私が移動した為、布仏に持たれたバスタオルは引っ張られ。
「――――!!」
 ……その瞬間、大浴場は静寂に包まれた。


「……ごめんなさいね、篠ノ之さん。まさか、そんな事情だとは思わなかったわ」
「い、いや、良いんだレオーネ。誘ってくれたのだから、な」
 十人は入れそうな檜風呂を占有し、私達は湯に浸かっていた。私のほかは、宇月にレオーネ。
それに布仏と、彼女の連れである谷本と夜竹、それに偶然一緒になった鷹月と言った面々だ。全員、一組の面々だ。
「それにしても……大きいわね」
「私達が巡洋艦なら……空母?」
「み、見るな……」
 谷本と夜竹の視線が、私の胸に集中していた。……その、何と言うか。私の胸は、年齢不相応に大きい。
中学時代から急に成長したそれは、異性ばかりでなく同性の視線までも集めてしまい。
いつしか私は、シャワーや風呂などを同年代の女子と参加する事が嫌になってしまっていた。
「ん~~。すっごいね~~。こんな大きいの、私二度目だよ~~」
 布仏、何故お前は目を輝かせるのだ。と言うか、お前も充分過ぎるほど大きいではないか。
「まあ、人それぞれ悩みはあるわよ。スタイルに悩んでいる娘は多いし」
「そうね。私も、もう少しウェストが細くなって欲しいし……」
「フランチェスカ。それ以上細くなったら、内臓痛めるわよ?」 
 鷹月、レオーネ、宇月は私に視線を向けず。かと言って無視しているわけでもなく、程よい距離を保ってくれていた。……正直な話、助かる。
「あれ~~? せっしーだ~~」
「せっしー?」
 視線を向けると、そこにいたのはバスタオルを巻いたオルコットだった。私同様、大浴場に来るのは初めてなのか。視線が落ち着かない。
それでも私達に気付くと、その視線を落ち着かせる辺りは彼女の矜持の賜物なのか。
「あら、皆さん。こんばんわ」
「こんばんわ~~」
「こんばんわ」
 私達を見つけたのか、近づいてくる。……流石に風呂場で喧嘩腰はいかんな。あちらも、平静を装っているのだし。
「日本の風呂、と言うのを体験しに参りましたが……。日本人は群れたがる、と言うのは本当のようですわね」
 む? 何故か知らんが、宇月に険しい視線を向けているな。宇月も視線をそらしているし。何かあったか?
「せっしーも、一緒に入ろうよ~~」
 ……布仏、空気を読んでくれ。頼むから。
「せっかくですが、私はあちらのバスに入らせていただきますわ」
 ああ、ジェットバスか。そう言えばあちらの方に、中程度の大きさの物があるな。……って。
「待て、風呂に入る前に身体を洗わんか」
「あら、日本ではそうですの? ですがわたくしは英国人ですので、英国流でさせていただきますわ」
 こいつ……。よく見れば、バスタオルの下は水着ではないか。確かに寮規則には、水着着用も可とはあったが。
「郷に入っては郷に従う、という諺を知らんのか」
「ゴウ……。ああ、その土地に入ったならばその土地のルールに従う、と言う日本の言い回しでしたわね。
ですがここはIS学園。日本でありながら、日本ではない場所でしてよ?」
 え、ええい、屁理屈を! 知らないならまだしも!!
「ここは日本だ! だいたい、他の者の事も考えんか!」
 思わず立ち上がり、オルコットに向けて叫んでしまった。……いかんいかん、こんな場所で大声を出しては迷惑だな。風呂場は声が響くし。
「……」
 ん、何だ? 何故オルコットは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている?
「おい、どうした?」
 呼びかけても返事が無い。湯あたりか? だが、まだ湯船には浸かっていない筈だが……
「お~~、凄いね~~」
 凄い? 何がだ? ……はっ!?
「……」
 私は、自分の姿を見た。……タオルも何も無く、そのままの姿を彼女に晒している。……!
「意外と自爆するタイプなのね、篠ノ之さん」
 ……宇月の言葉が、耳に痛かった。 


「よう、箒。大浴場はどうだった?」
「……」
 そして、開口一番に一夏が聞いてきたのもこれだった。え、ええい! お前と言う奴は!!
「何かあったのか? 喧嘩でもやらかしたとか」
「そ、そうではない」
 オルコットは、あの後正気に戻るとそのまま去っていった。
それは別にいいのだが……私の、その……胸を見た女生徒達が、呆けたような表情になって言った言葉が問題だった。
「何がスイカだ」
 人の胸を、果物扱いしおって。
「スイカ? 腹が減ったのか?」
「違うわっ!」
 ええい、腹立たしい!
「でもいいよなあ、大浴場。なあなあ、どんな設備があったんだ?」
「知らん! 私はもう寝るぞ!!」
「お、おい? 箒?」
 一夏が不思議そうな視線を向けてくるが、私は構わずに寝た。
「何か知らないけど……何かあったら、すぐに言ってくれよ? おやすみ、箒」
「……」
 一夏の、暖かい言葉は嬉しかったが。……い、言えるわけがないだろう。




 色々な検査を終えて、俺は自衛隊の施設につれて来られた。ここが、新しい俺の居場所か……。
「じゃあ俺は、IS学園に転校って事ですか?」
「そうだ。あそこには、君と同様にISを動かせる男子が既に在籍している」
「ああ、織斑一夏っすね」
 と思っていたら、いきなり転入を告げられた。自衛隊の一佐だと名乗った40代くらいの男性が、淡々と伝えたが。
だけどその目には、隠しきれない嫉妬と羨望があった。
「……君に与えられる専用機『御影』は日本の将来を背負う事に成る機体だ。しっかりと、頑張って貰いたい」
「はい」
 ……堅苦しいのは好きじゃないが、学校だの親だの、色々な所でちゃんとしろと言われているのでそう返事をする。
「それにしても御影、か。どんな機体なんですか?」
 やっぱり日本製だから、派手な重装甲のスーパーロボットだろうか。『神にも悪魔にもなれる魔神』とか。
iSと同じく、宇宙開発のために作られたっていう設定のある『得る者』とか。いやいや。
ここは実物大の模型が作られたあの『白い悪魔』みたいな奴でも……。ちなみに俺は『逆襲』派だけど。
「御影は、ステルス性能を重視した機体だ。軽装甲高機動軽火力、日本と米軍が共同開発した第三世代のプロトタイプになる」
 ……ステルス機?
「じゃあ、ロケットパンチとか、ビームライフルとか、○○ビームなんかは……」
「そのような武装は存在しない」
「超電磁回転とか、天空の剣の唐竹+逆袈裟斬りとか、太陽アタックとか……」
「ロボットアニメと現実とを混合しない事だ。必殺技など必要ない」
 ろ、浪漫もクソもねえ!!
「詳しくは、この書類にある。全てに目を通しておくように」
 おい、この百科事典が5冊集まったような紙の束は何だよ。これを読めと?
「君の扱うISは、単純に言えば兵器だ。モンド・グロッソなど真の姿ではない。下手をすれば一国を一機で滅ぼせる力、それがISなんだ。
……くれぐれも、扱いには注意してくれ」
「はい」
 ……その自衛官の顔は、物凄く真剣で、そして僅かに恐怖に彩られていて。俺は、一番素直に返事が出来た。
「それで、俺はこれからすぐにIS学園に向かうんですか?」
「いや、少しだけ自衛隊のIS部隊で基礎知識や基本動作を学んでいく事になるだろう。
君もIS関連の知識などない状態で、いきなり授業を理解する事など出来ないだろうからな」
 ……そりゃそうだな。俺はISを動かせるとは言え、それに関する知識は全く無いし。幾つかの単語をSFの世界で知ってるくらいだ。
「じゃあ……お世話になります」
 そして俺は頭を下げ。
「ところで一佐さん。実はスーパーロボットとか好きでしょ?」
 ニヤリと笑い、俺は
超電磁回転とか太陽アタックと言う名称を聞いて、すぐ『ロボットアニメ』『必殺技』と言う単語に結びつくくらいだし。
「!」
 ……今まで見せなかった動揺に、俺は少しだけ溜飲が下がるのだった。



―あとがき―

 サービスシーンを書こうとしたら、それ以外の部分も含めて箒の視点が一番大きくなった。な、何を言ってるかわからねーとおもうが(省略)
……ここを読まれている方は覚えておいででしょう。前書きの三番目を。

『基本的には満遍なくキャラを使って行きたいと思っています。できなければ、筆者の力不足です』

 ……はい。早速、力不足を露呈しました!! ……駄目かもな、このお約束。
しかしこんな初心者作品でも読んで下さり、指摘を下さる方もいらっしゃるので。暫くは続けたいと思います。
よろしければお付き合い下さい。



おまけ:長すぎるのでカットした部分

「それにしても、本当に大きいわね……」
「だから、そうジロジロと見るな!!」
 部屋に戻る途中。レオーネは、飽きもせず私の胸をジロジロと見ていた。な、何が面白いのだこいつは。お前もまあまあ大きいではないか。
「フランチェスカ、幾らなんでも失礼よ。そろそろ勘弁してあげて」
「はいはーい」
 入浴で気分を良くしたのか、彼女はいつもとは調子が違う。先ほども、コーヒー牛乳を飲んで楽しそうにしていたが……。
「……そう言えばさー。篠ノ之さんって、織斑君と一緒にシャワー浴びてるの?」
「ぶっ!!」
「あるわけ無いでしょ……」 
 思わず、つんのめりそうになってしまった。な、何を言い出すのだこいつはぁ!?
「そっかー。やっぱり、そこまでは無理かー」
「あ、あのなあ……」
 先ほどまでは、一夏を助けてくれる頼りになる仲間だと思っていたが。……こんな一面があったのか?
「まあ、シャワー浴びた後にバスタオル一枚で織斑君の前に出る事くらいはやったんでしょ?」
「なななななななっ!?」
 思わず宇月を見るが、彼女は真っ青になり首を振る。
「……え、その反応何? ひょっとして、もうやっちゃったとか?」
 ……しまった。よく考えてみれば、尋ね方が奇妙だった。
『シャワー浴びた後にバスタオル一枚で織斑君の前に出る事くらいはやったんでしょ?』
 と聞いたからには、それをはっきりと聞いた状態ではなかった筈だ。はっきりと聞いているのなら
『シャワー浴びた後にバスタオル一枚で織斑君の前に出たんでしょ?』
 となる筈だから。……普段は常人並にしか働かない頭が、こんな時だけ姉の如く働いた。だが、吐いた言葉だけは戻せない。
「え、え、え? それで織斑君の反応はどうだったの?」
「ふ、フランチェスカ!!」
 ……何かを言っているが、まるで反応が出来ない。……そう言えば、と私はあの日の事を思い出していた。


『1025号室……ここだな』
 入学初日。私は、自室だと教えられた部屋に入った。はっきり言えば、無駄に広い。洋室と言うのも、あまり落ち着かないが……。
『まあ、一人部屋だからそう感じるのかもしれないな……』
 私の姉の事情からか、私は一人部屋だ。まあいい、一人の方が落ち着く部分もある。
部屋の中での修練も、同居者がいなければやりやすいしな。まあ、後から同居人が加わるかもしれないとも言われたが。
『さてと、荷物を置いてまずは……ん?』
 荷物の中に置かれた携帯電話が、点灯していた。何だ……?
『はい、篠ノ之ですが……』
『篠ノ之か』
『ち、千冬さん?』
『……お前もあの愚弟と同じか。学校では織斑先生、と呼べ』
『し、失礼しました』
 驚いた事に、電話の相手は千冬さんだった。どうしたのだろうか?
『次からは気をつけろ。――さて本題だが。篠ノ之、お前の部屋は一人部屋だったな?』
『は、はい』
『悪いが、部屋割りの変更があった。――今日から、お前の同居人が出来る』
『そ、そうなのですか?』
 意外だった。編入でもあるなら兎も角、入学初日に部屋割り変更があるとは。
『くれぐれも「仲良く」するようにな』
『は、はい!!』
 用件を言い終わると、電話は終わった。……ふむ、同居人か。
『……少々汗臭いか?』
 先ほど剣道部に行き、入部届けを出してきた。その時に『動きを見る』と言う事で少々身体を動かしたのだが……。
『一人ならばまだしも、同居人がいる以上はな』
 そして私は、シャワーを浴びに入った。……すると。間もなく声がする。
『もう来たか……。仕方あるまい、な』
 シャワーを止め、自分の胸を見る。これを見られるのには、同性であれあまり好ましくないが。同居する以上、覚悟を決めるしかあるまい。
『同室の者だな。これから一年間、よろしく頼むぞ。こんな格好で済まないな、シャワーを浴びていた。私は、篠ノ之――』
 言いながら、私はシャワー室のドアを開けた。脱衣所のドアは既に開かれており、同時に目に入ってきたのは――


「それにしてもー、篠ノ之さんも大胆なのねー」
 ……我に返ると、レオーネの調子は更に上がっていた。……いかんいかん、肝心な事を忘れていたな。
「宇月、レオーネ」
「ん、何?」
「ど、どうしたのかしら」
 二人は私の方を向き。同時に、私の手が二人の肩を片方づつ掴む。
「……今の事は、決して他言しないようにな?」
 笑顔で、私はそう告げた。……笑顔で、だ。気のせいか二人の顔が引き攣っていたようだが。何故引き攣るのだろうな?



[30054] 何だかんだで頑張って
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:68b83d77
Date: 2011/10/24 09:17

・感想において「●●の視点」と言う描写をなくした方が良い、と言うご意見を頂戴しましたので無くしてみました。
・視点切り替え、三人称の仕様につきましては今後の課題とさせていただきます。

2011/10/24 追記
・打鉄関連の描写を変更
・1~4話を微調整



 俺は、今日もブルー・ティアーズに向けたエアガンを使った三方向からの攻撃用特訓を受けてきた。
「……よしっ! 今回は避けられたぞ!!」
 最初に比べれば、それなりに回避できるようになってきた。とは言え。
「んじゃあ、次行くわよー」
「行くぞ、一夏!」
「っと!」
「はいそこ」
 三人の方も、コンビネーションを組んできて。例えば箒とフランチェスカが最初に撃ち、それを回避した先に残った宇月さんが撃つ……
なんて事もやって来た。これがとにかく辛く、一度避けた先に来るものだから避けるのが難しい。
上体反らしだとか、しゃがむだとか。そういう姿勢変更でしか避けられなかった。
「……くはっ」
 そして、今まさにその攻撃を避けようとして、しゃがもうとしたのだが……。あいにくと避けきれず、しかも疲労が限界に来た。
足から崩れ落ち、尻餅をつく。これでも、箒との稽古のお陰で体力はまあまあ戻ってきたのだが。
「ふむ……。今日は、ここまでにしておくか」
「そうね。織斑君も限界だし」
「いつも、ありがとうな」
「いいのよ。さ、帰りましょう香奈枝」
 二人が帰り、俺は一息つくが。
「一夏。――シャワーを浴びたら、勉強に入るぞ」
「おう!」
 まだ終わりではなく、箒との勉強が待っているんだからな。俺は自分の頬を叩き、気合を入れるのだった。


「箒。ここなんだけどな……」
「そ、それはだな……」
 これは勉強を一緒にやりだして、初めて解った事だが。箒はそれほどISの知識が無いようだった。
IS適性ランクが高かったのか、あるいは、俺と同じく入学『させられた』のかもしれない。そして、その理由は多分……。
「どうした一夏。呆けている場合では無いぞ!!」
「あ、ああ。解ってる」
 ――まあ、それは良いか。今は勉強の方が先だな。


「……あ、来た来た」
「本当なのかしら、あの話……?」
「でも、確かに一緒だし……」
 その日。俺達が登校すると、クラスがざわついていた。何でだろうか。
「なあ、何かあったのか?」
「……」
「わ、私か?」
 隣席の宇月さんに聞いてみるが。彼女は何も答えず、俺の後ろ……箒を指差した。
「ねえねえ篠ノ之さん。貴女って、篠ノ之博士の妹なの?」
「!!」
 そして、一人の女生徒(たしか……谷本さん?)が箒に質問に来た。……あっちゃあ。ついにばれちゃったのか。
まあ、篠ノ之って珍しい苗字だしなぁ。俺と千冬姉がそうである以上、いつかは発覚するだろうと思ってたけど。何処からばれたんだ?
「……」
 しかし箒はムスッとしたまま答えず、そのまま自分の席に着いてしまった。その態度に、質問した谷本さん(?)も困惑する。
「箒。せめて、答えてやるくらいはしろよ」
 そうフォローしようとしたが。
「うるさいっ! 私はあの人とは関係ない!!」
 箒は、俺すら驚くほど大声で返した。お、おいおい。それじゃあ。
「何言ってるんだよ、束さんはお前の姉さんだろ。関係ないって事は無いだろ?」
「お、織斑君!」
 宇月さんが、俺の袖を引っ張る。何で俺のを……あ゛。
「や、やっぱり篠ノ之博士の妹だったんだ!! 先輩の言ってた通り!!」
「すごいすごいっ! このクラス、有名人の身内が二人もいる!!」
「篠ノ之博士ってどんな人? 今、どうしてるの?」
「篠ノ之さんも、やっぱりISの天才なの? 今度、教えてよ!!」
 しまった、俺がばらしてしまった。すまん、箒。あと、今思い出したけど。
『先輩の言ってた通り』って事は、俺に「ISの事を教えてあげようか?」って言ってきた先輩(あるいは、それを聞いた人)から漏れたみたいだな。
「……私は」
 え?
「私はあの人とは関係ない! 教えられる事など、何も無いっ!!」
 そしてさっきの声をさらに上回る、雷鳴のような大声。盛り上がったクラスの空気も、一瞬で沈静化する。
「ほ、箒?」
「っ! ……大声を出してすまない。だが、私に何を聞かれても困る。むしろ……」
 むしろ、の後は声に出さない。俺も、箒が何を続けたかったのか解らない。それにしても、今の態度は明らかに不自然だ。
確かに箒は無愛想な奴だし、姉の事を自慢するような奴じゃない。俺もそうだし。とは言え、今の態度はまるで……
(束さんと箒って、仲が悪かったっけ?)
 駄目だ。……その辺りの事もよく覚えて無いんだよな、俺。


「ふう……終わった」
 一時間目の授業を終えた瞬間、俺は机に突っ伏した。剣道の稽古、対ブルーティアーズへの回避訓練、箒との勉強。
受験勉強よりも更にハードな一日に、流石にバテていた。かと言って、突然眠気が襲ってきたからって授業を寝るわけにも行かない。何故か?
ここの授業は、基本的に担任や副担任が全部行うんだ。……後は言うまでも無い。
「……あら、居眠りとは余裕ですわね。世界で唯一ISを動かせる男性は、訓練など必要ないのかしら」
 俺がぐったりとしていると、セシリアがやって来た。……こんな時にかよ。悪いけど、相手できないぞ。
「聞けば、特例として与えられる事になった専用機もまだ届いていないという話ですけど。
織斑先生の弟とは言え、素人である貴方がそれでわたくしに勝とうなどとは、夢のまた夢ですわよ?」
「……」
「……。余裕ですわね。よほど強力な協力者がいるのかしら」
 話すのも疲れるので返事も返さなかったが、この手のタイプはそれが逆効果だと言う事を忘れていた。しかし、返事をするのも面倒だ。
……強力な協力者、っ言うセシリアの無意識ギャグにも反応しないくらい。
「聞いていますの? ……それとも、私の言葉が理解できないのかしら」
 いや、返事をするのも億劫なんだよ。……その辺、察してくれ。
「なるほど、それが貴方の喧嘩の売り方ですの?」
 違うって。察しと謙譲は日本人の美徳……って、相手はイギリス人だった。
「おいオルコット、その辺にしろ」
 そして、箒がやって来る。……あー、何か喧嘩になりそうな空気が。ただでさえ、朝の一件があるのに。
「あら篠ノ之さん、フォローに参りましたの? それにしても、幼なじみとは言えこのような男に肩入れするなんて。
世界的に有名なあの『篠ノ之博士の妹』とは言え、あまり賢い方ではないようですわね」
 ――!
「っ!? な、何ですの!? い、いきなり立ち上がって!」
 気がつくと俺は、疲労も眠気も吹っ飛んで立ち上がっていた。椅子が倒れ、その音とセシリアの声で皆が注目する。だけど、そんな事は関係ない。
「今の台詞、訂正しろ」
「な、何ですって?」
「箒の事を言うのはやめろ。こいつは、幼馴染みとして俺に協力してくれているだけなんだからな。それと――」
 この際だ。これだけは、ハッキリさせておく。
「箒は箒だ。……束さんの妹ではあるけど、別の人間なんだ」
「……。そうだね~~。しののんはしののんだよね~~」
「そうね。身内に偉大な人がいるからって、篠ノ之さん自身を色眼鏡で見るのは間違ってるわ。
私だって、誰かとの比較で自分の存在を説明されたら嫌だもの。篠ノ之さんは篠ノ之さん、だものね」
 ここで相槌を打ってくれたのは、意外にものほほんさんだった。さらに、宇月さんも続けてくれた。
「確かに……そうよね」
「はしゃぎすぎちゃったかな、私達……」
 場の空気が、明らかに俺達に傾いているのが解る。先ほどはしゃいでいた面々が、反省するような言葉も聞こえてきた。
「……。まあ確かに、無視をした男ならともかく、ただ協力している人を悪し様に言うのは良くありませんでしたわね。
わたくしとした事が、少々苛立っていたようです。……申し訳ありませんでしたわ、篠ノ之さん」
「……別に構わん」
 セシリアが一応は頭を下げ、箒はそれを許した。……そうか。
「じゃあ俺も謝るぜ。セシリア、いきなり怒鳴って悪かった。それと、言い訳がましいが無視したわけじゃない。
疲れてて、返事するのも辛かったんだ。……まあ、俺が素人である事は間違いないしな」
 これ以上、俺が口を挟む事じゃない。……疲れるし。
「は、はあ?」
 俺が椅子を戻して座ると、セシリアは変な顔になる。何か、おかしかったか?
「変わった方ですわね、貴方は」
「そうか?」
「……。月曜日を、楽しみにしていますわよ」
 そういい残し、セシリアは華麗にターンをして去って行く。凄くさまになってて……モデルみたいだな?
「あれ? どうしたんだ、箒」
「な、何でもない! だ、だいたい、幼なじみとして……では……」
 何でもないならいいけど。嬉しさと悔しさの交じり合ったような表情してたら、気になるぞ? 幼なじみがどうとか言ってるし。
「織斑君、意外と鈍感?」
「そうねー、もろバレなのに……」
「おりむー、格好良いのと格好悪いのが混じってるねー」
 あっちでは……えっと。谷本さんとのほほんさん、あと一人の女子(確か、夜竹さん?)が意味不明な会話をしていた。
そう言えば、何でか知らないけどセシリアが箒の顔……いや、もう少し下を睨んでいたような気がするが。多分、気のせいだろう。
「だけど……俺も、出来る限りの事はやらないとな」




「え!? 一夏が、ISを借りられるんですか!?」
 その日の夕食後。1025号室で、織斑先生からISとアリーナの使用許可が下りたと知らされた。
特訓協力者ということで、私とフランチェスカも呼び出されたのだけど。
「そうだ。整備スケジュールなどの関係上、生徒用は使用許可が下りなかった為に、教員用の予備機だがな。借りられるのは打鉄二機だ。
アリーナを借りられる時間は23:00~翌1:00まで。日時は土曜日だけだ」
「よ、夜の11時から1時までですか?」
「つまりは、深夜特訓と言うことになるな。合計2時間だが、ゼロよりはましだろう。
いくら特例とは言え、お前の為だけに他の生徒を押しのけるほど余裕は無い。全ての生徒を、全員一人前にするのが学園の使命なのだからな」
 なるほど。それはそうよね。
「先生。確かアリーナには、監督官が必要って聞いたんですけど……」
「それは私がやる。夜間残業という奴だな」
「……」
 あ。織斑君が、凄く苦々しそうな顔になった。お姉さんに、先生に迷惑をかける事が嫌なんだろう。
自分から深夜特訓を申し出たと聞いたけど、彼にとっては結果的に苦渋の選択になったのかもしれない。
「うーん。ところで先生、それって何人くらい人手が要りますか?
織斑君と、戦う相手と、あと3人以上必要なら私や篠ノ之さん、フランチェスカ以外にも誰かに手伝ってもらわないといけないような」
「心配はいらん、データ収拾などは私がやってやろう。最小で、織斑。そして手合わせする1人だけでいい」
「そうですか……ごめん。流石にこれはパスしても良いかな? 時間、辛すぎだわ。日本のISには興味あるんだけど……」
 フランチェスカが、少し申し訳無さそうに告げた。そう言えば、夜更かしはあまりしたくないと言ってたわね。
どうなのよそれ、と思わないでもないけど。
「打鉄、なら篠ノ之さんの方が向いてそうだし。私も、その訓練には不参加で」
 ……馬に蹴られたくないし、ね。
「ふむ、まあ仕方があるまい。篠ノ之、お前はどうだ」
「は、はい! や、やります!!」
「よし。では織斑、篠ノ之。土曜日午後22:30までに第三アリーナに来い。どちらかが遅刻すれば、特訓はキャンセルだ。解ったな?」
「「はい!」」


「ねえねえ香奈枝。貴女、ひょっとして気を使ったの?」
「……まあ、そういう事ね」
 自室に帰ってすぐ。フランチェスカが、そんな事を聞いてきた。
「ふーん。貴女って、織斑君に興味ないの? 色々と知ってるんでしょ?」
 興味、ねえ。中学で三年連続で同じクラスだったから、彼の事は結構知っている。
姉である織斑先生、幼馴染みだという篠ノ之さんを除けば、現時点では私が最も彼に詳しいだろうけど。
「別に興味は無いわ。恋愛対象としてもNG」
「えーー。どうしてどうして?」
「彼じゃ、私とはどうしても合いそうに無いから」
 彼が悪い人間だというわけではない。だが、根底の部分で合わないのだ。
「うーん、それじゃあドラマにならないなあ……」
「ドラマって、ねえ……」
 私もドラマは大好きだが、現実とは違う。ドラマなら、この後に織斑君を好きな女子が現れて……なんて事になるかもしれないけど。
……まあ、その可能性はゼロじゃないわね。ここが女子高である事と、彼の女子ひきつけ能力を考えたら。
「でもでも、何かエロチックじゃない? 深夜の秘密特訓、なんて♪」
 何処からそういう発想をするのか、フランチェスカのテンションが上がっている。ちょっとだけ、呆れた。
「あのね。アリーナには、織斑先生もいるのよ?」
「だから良いんじゃない。姉にして担任である知的な世界最強の美女と、ナイスバディの幼なじみのサムライ美少女! 
そして少年は、二人と共に大人への階段を……」
「ほう。面白そうだな?」
 ……。うん、私達の部屋よねここ? どうして、私とフランチェスカ以外の声がするのかしら。
「どうした、レオーネ。織斑が私や篠ノ之と共に、大人への階段をどうするのだ? 続けろ」
 まるで凍りついたように、フランチェスカは硬直している。声のしてくる方を向けない。……私もだけど。
「そういえば、貴様の大人への階段は、地獄への階段になりそうだな? ――担任である私が、つきあってやろう」
 そして、いつの間にか開いていたドアから入ってきた織斑先生は、フランチェスカを引っ張り。
「か、香奈枝~~! 助けてええええええええ!!」
「ごめん、無理」
「そ、即答!?」
「さあて、大人への階段とやらを上ってみような? ……ああ、地獄だから下るのかな?」
「あ゛~~~~!!」
 ……ドアが妙に重苦しい音で閉ざされ、二人はそのままいなくなった。……アーメン。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
 ……翌日戻ってきたフランチェスカは、少し壊れてたけど。先生曰く『数日で直るから放っておけ』との事だった。
うん、織斑先生は絶対に怒らせちゃいけないわ。





「織斑、篠ノ之。教官室まで来い」
「え?」
 金曜日。剣道場で剣の訓練(という名のシゴキ)が行われている途中、俺達は千冬姉に呼ばれた。
「ち……織斑先生。今すぐにですか?」
「そうだ。明日の特訓に向けて、ISを使用する事前準備があるからな」
「解りました。――では一夏、今日はここまでにするか」
「ああ。――ありがとうございましたっ!」
 互いに一礼し、そして場所を借りていた剣道部にも礼をして。そして着替え終え、教官室に着いたのだが……。
「何ですか、この紙の束……」
 そこにあったのは、紙の束としか形容できない物体だった。
「ISを借り出すために必要な書類だ。それと、パーソナルデータを取る必要もあるからな。それには……」
 とりあえず、夕食はかなり遠のきそうだった。……食堂は八時で締め切りだし、何か買ってきたほうが良さそうだな?


「……これが、ISスーツか」
 そして土曜日深夜。俺は、第三アリーナに来ていた。そして、ISスーツなる物を初めてつけたわけだが……
「き、着辛いな」
 例えるなら、スキューバダイビングで使うスーツのような物だろうか。全身を覆うそれは、かなり着るのに難ある代物だったのである。
入試の時は、男子用が無いからって制服の上から直接つけたからなあ。……って事は、コレ特注品か。勿体無いなあ、俺一人の為に。
「入るぞ、織斑」
「え、千冬姉? へぐっ!?」
 返事と同時に、出席簿が飛んできた。……待った、こんな時間にも持ってるのかソレ。
「今は就業時間だ、言わなくても解れ。ふむ、スーツはちゃんと着れたようだな?」
「は、はい。それで、ISは」
「隣室にある。ついて来い、初回起動は私が手伝おう」
「あれ、箒は?」
「篠ノ之なら、もう準備を済ませている」
 なるほど。


(……やっぱり、日本の鎧みたいな機体だな)
 あの受験の日にも乗った打鉄、と言う名のISの印象はソレだった。
刀そっくりの近接戦闘用ブレードが、大鎧の袖や脇楯のようなアーマーが、そう印象付ける。
「お前がもし借りる場合に使用するのも、打鉄だ。お前には、ある意味もっとも適切な量産型ISだろう。故障しても修理が容易いしな」
「え、修理のしやすさとかあるんですか?」
「……」
 やべえ。鬼門だったか?
「時間が押している、説教は後日に回すぞ。――さて、起動させるか」
 ……結局説教か。


「では、始めるぞ」
(おお……)
 俺は背中を預ける感じで打鉄に体重をかけ。それと同時に起動が始まり、俺の感覚も広がっていった。
「気分はどうだ、一夏」
「うん、問題ない。――受験の時ほどじゃないけど、似たような感覚だ」
「そうか」
 実は動かせない、なんて事態にはなっていないようで安心した。それとハイパーセンサーで解った事だが、千冬姉も少し緊張していたようだ。
さっき自分で『就業時間』だと言ったにもかかわらず、俺を『一夏』と呼んでいる事からしても。
「では、そのまま歩いてみろ。出来るか?」
「あ、ああ、何とか」
 そのまま一歩を踏み出してみる。そのまま手を動かしたり、足を動かしたり……
「う、うん、結構思いのままに動く」
「そうか。――ならばアリーナに出ろ。始めるぞ」


「来たな、一夏」
「ああ、待たせた」
 俺が打鉄を纏ってアリーナに出ると、そこには箒が既に待っていた。箒自身の雰囲気と打鉄の印象が合わさり、いかにもサムライって感じだ。
『よし、二人とも準備は良いな? 基本動作は授業で教えた。机上で学んだそれを実践できるかどうか、やってみろ』
「はい! 一夏、刀を抜け!」
「お、おう!」
 そう言うと、箒は左腰の六角形のパーツからブレードを実体化させる。……えーっと、武器の実体化は。
(刀を抜く時の感覚……。あるいは、竹刀を取り出すような感覚だったかな?)
 受験の時に、そして授業で教わった事を思い出し、目を閉じて集中する。……。……。……。
「よしっ!!」
 今まで何も無かった空間に柄が現れ、それを一気に引き抜く。そして、俺の手には箒の握っている物と同じブレードが握られていた。
「よし。始めるぞ、一夏!!」
「おう!!」
 剣道の稽古と同じような感じで、受験の時以来のIS実戦が始まった。


 ……。それから十分ほど、俺達は打鉄で戦っていたのだが。
『……もういい、中断しろ。お前達、何を使って戦っているつもりだ?』
 突然の中断命令が出た。何を使って、て……。
「「ISです」」
『ならば何故、二次元戦闘しかしない。打鉄にも飛行能力はある。オルコットと戦うならば、空を飛ばねば話にならないぞ』
「でもなあ。空を飛ぶって言われても……」
『まずは跳躍しろ。ISには装着者のイメージのままに動く力がある。そこから、飛行するイメージを想像しろ』
「跳躍……飛行」
 ……とりあえず、思い切りジャンプする。……それと同時に、重そうな打鉄がふわりと浮き上がった。
「うわっ、浮かび上がった!」
「PICだな」
「ぴーあいしー……パッシブ・イナーシャル・キャンセラー、だっけ?」
『そうだ。ISを動かす基本中の基本項目。慣性や重力を制御し、これによりあらゆる行動が可能になっているのだ』
 ふう。たまたま昨日勉強した辺りで助かったな。
『さて、続けてみろ。――今のままでは、奴の前で的になるだけだからな』
 そして、その後は基本動作を身体に染み込ませる事。箒との訓練で少しだけ取り戻した剣道の技術をISで実践する事を集中してやった。
……これで、少しはまともになるのだろうか?
 



 日曜日の朝。私は職員室に向かう途中で、織斑先生と出会いました。
「あ、織斑先生。おはようございます」
「ああ山田君、おはよう」
「昨夜は大丈夫でしたか? 織斑君と篠ノ之さん、遅くまで訓練をしていたんですよね? 先生も、それに付き合われたとか」
「ああ、私の方は問題ない。今日は休日だから特例として許可したが。今頃は二人で寝ているのではないか」
 ふ、二人で……って! そそそそ、そういう意味じゃないですよね、うん!
「……山田先生。何か変な事を考えていなかったか?」
「そそそそ、そんな事はありません! そ、それより。織斑君の技術は、少しでも向上するんでしょうか」
 動かさないよりましとは言え、たった二時間の訓練では代表候補生の上に専用機を持っているオルコットさんに対抗するのは無理のような。
「さてな。案外、剣道の訓練だけしていた方が、あいつには向いているのかも知れん」
「そういう物なんでしょうか?」
「錆びついた剣の腕を取り戻すだけでも、代表決定戦の手助けにはなる。それにあいつは、一つの事だけを極める方が向いている。
ISも剣道も、とこなせるほど器用ではない。それだけに集中した方が、能率という点では良いのかもしれないという事だ」
「……なるほど」
 ISを動かすのは、操縦者自身の想像力。ですが、その中でも自分自身に『剣を振るう感覚』があればより強くなれる。
そしてその剣を振るう感覚を、剣道の稽古で取り戻すって事ですね。……それにしても、弟さんの事になると目が優しくなりますね。
「そう言えば織斑君のISって、どんな機体になるんでしょうか。倉持技研が回してくれるらしいですけど、もしかして遠距離戦使用とか」
「それはないさ。射撃には様々な要素が絡み合う。いくら動かせるとはいえ、ド素人に射撃重視機体を回すほど愚かではあるまい」
「それもそうですね」
 もしかしたら、織斑先生みたいな……いえ、それは別の意味でありえませんね。


 ふと前を見ると、金髪の生徒が歩いてきました。あれは……
「あら、山田先生、織斑先生。御機嫌よう」
「おはようございます、オルコットさん」
「おはよう」
 オルコットさんの挨拶は、イギリスの淑女らしい丁寧な礼でした。私よりも落ち着いて見えるような……って! それじゃ駄目でしょう、麻耶!!
「明日はいよいよだな。準備は整っているか?」
「ええ。何でしたら、今すぐに始められるほどに」
「そうか、ならば良い」
「そう言えば織斑先生。昨夜、織斑さんが深夜特訓をしたと言うお話でしたが。少しは鍛えられましたの? まあ、多少の贔屓は必要でしょうが」
「織斑から申し出があった為、私が『担任として』基本動作の取得に協力しただけだ。何なら、お前とも模擬戦をやろうか?
確かお前は、今日の四時から第二アリーナを借りていたな?」
「世界最強の『ブリュンヒルデ』からのお誘いは光栄ですが。クラス代表になった後に、日を改めてお受けしますわ」
 これって、勝利宣言ですよね。うわあ、格好いい……。
「それでは、これで失礼させていただきますわ」
「……オルコット。一ついいか」
「何か?」
「数日前の朝の騒ぎは聞いている。篠ノ之は、篠ノ之束の妹だ。だが、別の人間だ」
 騒ぎ……ああ、篠ノ之さんのお姉さんの事ですね。でも、何故今それを?
「そして、私からすればあいつも受け持つ生徒の一人でしかない。お前や織斑や、他の生徒達と変わる事は無い。ただの、篠ノ之箒と言う人間だ。
お前がここでは『オルコット家の当主』『オルコットの娘』ではなく。セシリア・オルコットと言う一人の人間であるようにな。
――担任として、それだけは明確にさせておくぞ」
「はい。……お騒がせして、申し訳ありませんでしたわ」
「そうか、解ればいい」
「……先生と同じような事を、あの一件の時に織斑さんも仰っていましたわ。やはり、ご姉弟ですのね」
 そしてオルコットさんは立ち去っていった。やっぱり、その動きには気品があります。
「オルコットがおとなしくなったと思っていたら、そういう事だったのか」
「ですね。最近は、日本出身の生徒とも話をしているみたいですし」
「それにしても、あいつが……か」
 あの『極東の~』発言には少し危惧を覚えましたが。問題にはならなくて良かったです。
そして織斑先生の今の言葉は、探りを入れたって所だったんですね。……あら。
「ふふ。少し照れてますよ、織斑先生?」
「……私は、家族の事でからかわれるのを嫌う。覚えておくように」
 きゃああああっ!? へ、ヘッドロック!? い、痛いです痛いです痛いです痛いです痛いです痛いですっ!!


「織斑先生。倉持からのデータが届いてましたよ。何でも、例の専用機がらみのデータだとか」
「ほう。データは届いたか」
「そ、そうですね」
 職員室に入ると同時に、別の先生からそう伝えられました。……うう、まだ頭が痛いです。
「さて、どんな機体だろうな。……!」
「これは……」
 データを開くと、画面に映し出されたのは無骨な白いISでした。名前は白式。。
「初代世界チャンピオンの『暮桜』の後継者を目指した機体……ですか。ありえないと思ってましたけど……」 
「客寄せパンダの意味もあるだろうが……。まさか、こいつとはな。それに……」
 近接特化、高機動軽火力の機体。開発コンセプトには、そんな事が書かれていました。
織斑君の実姉で私の隣にいる、織斑先生がかつて世界大会で駆ったIS・暮桜。それと同じような機体を、弟さんに与える。
――どちらかと言えば、興行的な印象を受けます。初心者の織斑君には、使いづらい機体かもしれません。
 そう言えばこの機体には、本来ISが第二形態になり、尚且つ操縦者との相性が最高潮にならないと発動不可能な特殊能力。
単一仕様能力(ワン・オブ・アビリティー)を第一形態から発動させる事を目的とする……なんて噂もありましたね。
こっちは機密事項の上に、実際にどうなるか解らない物でしょうから、この情報にもありませんけど。
「でも、噂では開発がかなり難航していた、って聞いたんですけど。完成したんですね」
「完成していなければ、流石に送ってこんさ。もっとも、噂のアレが再現できるかどうかは織斑しだいだろうが」
 それもそうですよね。単一仕様能力なんて真似したくても出来る物じゃないし……
「……まさか、あいつが動いたか?」
「え? 何ですか?」
「いや。何でもない」
 囁くような小声で、何か言われたような気がしたんですけど……。まあ、大事な事じゃないんでしょうね。




「一人の、人間……」
 わたくしは、織斑先生の言葉を思い返していた。それは、ある意味で自分にとってもそうである事が自覚できていたから。
『オルコットの娘』 『オルコットの当主』 『英国代表候補生』 『IS学園今年度主席入学者』
 これらは全て、わたくしの肩書き。勿論、これをもつことに誇りはありますし、捨てようなどとは思わない。……ですが。
『織斑千冬の弟』 『世界唯一のIS適正を保持する男性』 『入学して間もなく専用機を得た存在』
 これらの肩書きを持つ『彼』は、そのような事にこだわりは無いように思える。
あの時、わざとらしく『世界で唯一ISを動かせる男性』『与えられる事になった専用機』『織斑先生の弟』と言ったにも拘らず、反応が無く。
目覚めた後も、それについて触れる事は無かった。それどころか、返事のできなかった事を謝罪した。
『彼は貴女がイギリス人であろうと日本人であろうとそれについて何か悪し様に言う事は無い』
 これは、宇月さんの言葉でしたが。彼の、肩書きに対する反応の一因を言っているのも知れない。……何故、なのか。
「……代表決定戦の後に、聞いてみるのも良いかもしれませんわね」
 わたくしの事を、専用機持ちである事や代表候補生である事を特に気にしない。そればかりか、自らの境遇をも特に自負するでもない。
最近では、剣の稽古の他にも自室でなにやらわたくしとの戦いへの対策を練っているとも聞いた。
そんな彼に、僅かながら今までとは異なる何かが生まれてきたのが解る。代表決定戦の後にでも、聞いてみようかとさえ思う。
「まあ、敗れてもまだ同じ口が聞ければですが」
 もしも敗北で態度を変えるような男ならば、それまで。……もっとも、何故かわたくしにはそのような未来は決して訪れぬ事が解っていた。


次回はいよいよクラス代表決定戦! ……バトル描写、ちゃんとできるといいなあ。



[30054] いざ、決戦の時
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2011/11/02 08:16

 月曜日、放課後。俺は第三アリーナに居た。セシリアと決闘する事が決まって、色々な人に助けてもらった。箒には、剣道の稽古を。
宇月さんやフランチェスカには、相手のデータやその特殊武装に合わせた避け方を。そして千冬姉には、打鉄を使った深夜特訓をやってもらった。
昨日の夜、俺の為に用意されたと言う専用機のデータも届いたと伝えられた。ここまできたらもう悔いはない、やれる事はやった。
後は、近接特化だと言う話の俺のIS『白式』を待つばかり……なのだが。
「来ないな……」
 肝心のそれが、勝負開始まで後わずかだと言うのに到着して無かった。確かに万が一、間に合わない可能性があるとは言われていた。
その時は、訓練にも使った打鉄を使う予定も準備もしてある。……しかし、だからって本当にこんな事態になるとは思っても見なかった。
「なぁ、箒」
「なんだ」
「打鉄を使う可能性を考えておいた方が良いのかな?」
「そうだな」
 俺の隣で黙って待っていた箒が、あっさりと返してくる。いや、もう少し楽観的な意見が欲しかったんだが。……無理か。
「打鉄で、セシリア相手に勝てるかな?」
「織斑先生と同じくらいの腕があれば出来るんじゃないかしら?」
 そう言うのは、箒とは反対側で機材をチェックしている宇月さん。彼女は新聞部の依頼で、俺のIS起動シーンを撮っておくらしい。
本来なら部員がやるべきなんだろうが、クラスの内輪の事なので取材は断られ。それで、セシリアの情報を得た対価として彼女が頼まれたらしい。
千冬姉が苦虫を噛み潰したような顔をしていたし、なんか気恥ずかしい部分もあるので勘弁して欲しかったが……貸しがあるしなあ。
「もう少しポジティブな意見がほしいぜ」
「ごめんなさいね。フランチェスカがいたら、楽天的な意見を出してくれたかもね」
 彼女が言う通り。俺に協力してくれていたもう一人、フランチェスカはここにはいなかった。
何でもイタリアで同じ中学だった同級生が風邪をひいて、看病をしないといけないのだとか。まあ、仕方がないよな。
「織斑君、織斑君、織斑君!」
 そしてまずいムードが漂う中、どたばたと駆けてきた山田先生によりそれは破られた。
「来ました! 織斑君の専用IS……白式が!!」
 立ち止まって、荒い息を吐く先生。そして鈍い音と共にピット搬入口が開かれた。斜めにかみ合うタイプの防壁扉は、
重い駆動音を響かせながらゆっくりとその中のものを晒していく。その中には『白』がいた。
「白式……」
「はい。織斑君の専用IS『白式』です!!」
 そこにあったのは、昨日の夜に見たままのIS。それが鎮座していた。


 ……いろいろあったけど、何はともあれ準備は整った。白式を纏った俺は、打鉄の時のように少しだけ動いてみる。……問題は無さそうだな。
「しかし、本当にぶっつけ本番になっちまったな……」
「仕方あるまい、お前はやるべき事をやれば良いんだ。私達や先生が力を貸したとは言え。最後に戦うのは一夏、お前なのだからな」
 やるべき事を、か。……そうだな。
「織斑君。新聞部からの情報だけど、初期化と最適化が終わるまでは回避に専念したほうがいいみたいよ」
「フォーマットとフィッティング?」
「簡単に言うと、慣らし運転。最初から攻撃は考えず、回避や防御に時間を取って。そのうちに、段々解ってくる……
って、新聞部の副部長が言ってたわ。もっともこれは、使い始めの話であって……いきなり戦闘の場合は当てはまるのかは不明なんだけど」
「それは定石だろうな。隙があれば、攻撃も忘れてはならんだろうが」
 解ってくる……か。まあ、最初は回避や防御に専念して相手の出方を見るのも当然だろう。箒の言うように、攻撃も忘れちゃ駄目だろうけど。
「……箒、宇月さん。勝ってくるぜ」
「ああ」
「頑張って!」
 カタパルトに乗り、一気に試合の行われるアリーナ・ステージへと射出された。うおっ、速っ!!


「あらあら、レディを待たせるとは……マナー違反ですわよ?」
 何とか飛び出して空中に滞空する事が出来た。そのステージでは、既にセシリアが待っている。
資料の画像そのままに、青いISを纏い、自身の身長を超える長銃を構え。自信溢れる眼差しで更に上空から俺を見下ろしている。
「悪いな。搬入がギリギリで、手間取った」
 相手を待たせたのは事実なので、これについては謝罪しよう。
「まあ、今日納入されたばかりでは仕方ありませんわね。さて、織斑さん。――最後のチャンスを与えましょう」
「チャンス?」
「ええ。この戦い、わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、今ここで自ら退くというのならば、見逃してさしあげますわ」
「それは、チャンスとは言わないな。不戦敗なんて、ボロ負けよりも悪い。最悪だ」
 ――そう、俺にとっては。
「ふふ……やはり、そう返されると思いましたわ。その誇りは認めましょうか」
 あれ……何か、いつもと感じが違うな? 今の、何か芝居がった口調だし。
「じゃあ今度は、俺の実力を認めさせてやるぜ!」
「ええ、どうぞ。わたくしも、イギリス代表候補生の実力をお見せしますわ」
 こちらも半ば芝居かった口調だが、相手は真剣に返してきた。――今日の彼女は、俺という人間をある程度認めた上で叩き潰しに来てる。
あれ以来絡んでくることもなくなったし、何があったかは知らないが。それは、こっちも望む所だ!!
『二人とも、準備はいいな?』
「おう!」
「ええ!!」
『――よろしい。山田先生、試合開始の合図を!』
『は、はい! それでは、代表決定戦……始めてください!!』
「さあ……お別れですわ!!」
 その声と共に、セシリアのISが射撃体勢に入ったと伝わってきた。
そして、その構えた長銃――ISの解析によると、六七口径特殊レーザーライフル『スターライトMarkⅢ』が火を噴く。
「くっ!!」
 避ける事に集中していたが、左肩を掠める。ダメージ28、実体ダメージレベル低などの情報が俺の脳裏に送り込まれる。
レーザー故の弾速の速さは言うまでも無く。構えてからの狙いを定め、射撃に入るまでの速度が半端じゃなく速い。
「初弾の直撃は避けたようですわね。ですがまだまだ」
 連射してくるレーザーを、何とか避けようとする。……だが。
「さあ、踊りなさい! わたくしとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!」
 完全に回避することは出来ず、幾つか被弾する。……それは、俺自身が白式を使いこなせていないからだ。
こいつが送り込んでくれる情報、それを殆ど生かしきれていない。
「いつまでも、避けられるとお思いにならない事ですわ!」
「くっ!!」
 絶え間なく襲ってくる射撃を、必死で避ける。
「あらあら、わたくしはまだ実力の半分も出していませんのよ? さあ、先ほど言われたとおり、あなたの実力を見せてごらんなさい!!」
 その言葉どおり、セシリアは機体名と同じである武器、ブルー・ティアーズは使っていない。
実力の半分も出してない、と言うのは誇張ではない。――だけど今は射撃の回避に専念し、初期化や最適化が終わるのを待つしかないんだ!!




 試合開始から15分ほど経ち。まだ、試合は続いていた。
「……なるほど。避ける事はお上手ですわね」
 スターライトだけで仕留められる、と思っていたが……予想以上の成長ぶり。多少の被弾はあるものの、致命打にはなっていない様子。
「ですが攻撃をしなければ勝ち目などありませんわよ? まだわたくしのシールドエネルギーを、1たりとも削れてすらいませんし。
暮桜と同じ仕様のISとは、中々に面白い趣向ですが。使い手が貴方では、まだまだですわね」
 最初に『白式』という名称の敵ISの分析を見た瞬間、思わず笑いそうになった。暮桜と同じ、近接攻撃に特化した機体。
織斑先生のような達人が使うのなら兎も角、彼のような素人が使うにはあまりにも要求される技量が高すぎるIS。
ブルー・ティアーズとの相性だけで考えても、意思や多少の努力だけではどうにもならない実力差が出てしまう。
(姉と弟が同じ、と言うのは話の上では面白いかもしれませんが。実戦ではそんな格好付けは通用しませんわ)
 今は回避力はそれなりに鍛えてきたようだ。発した言葉の分だけの努力はしている、と認めざるを得ない。
だが……わたくしに届かせるには、足りなさ過ぎる。事実、わたくしに攻撃を仕掛ける事さえ出来ない。まるで、射撃の的のよう。
「それではそろそろお見せしましょうか。我がイギリスが誇る第三世代兵装……ブルー・ティアーズを!!」
 その言葉と共に、機体背部に装備されたブルー・ティアーズが動き出す。機体名称にもなっているこの兵器こそ、わたくしの誇りの一つ。
フィン状パーツにレーザー銃口を備えた自立機動兵器。わたくしの一部となり大空を舞い、敵を討つ者達。
「お行きなさいっ!」
 手を翳すと共に、四機のティアーズが空を舞い。それぞれの位置から、レーザーを放ち……
「なっ!?」
 ですが、その一撃たちは全て避けられてしまった。複数から狙われる、と言うのは想像以上に困難な事だ。
一つの攻撃を避けても、別の攻撃もある以上回避ルートは限定され。そこを更に別の攻撃が狙えば、更に回避はし辛くなる筈なのに。
「よし……。複数攻撃を避けるイメージがつかめる。避けられる!!」
「くっ!」
 ブルー・ティアーズ達に次々と指令を送り込んでも、彼は巧みにその包囲網を潜り抜ける。
たった二時間、しかも教師用の予備の量産機にのっただけだと言うのにもうISに慣れているとでも!? それとも……
「ま、まさか貴方、ブルー・ティアーズと戦った事がありますの!?」
 我がイギリスの切り札であるブルー・ティアーズ、この日本に同じような兵器があるとでも!? ……いいえ、そんな事はありえない。
ブルー・ティアーズを搭載したISの二号機である、サイレント・ゼルフィスもまだ開発途中だというのに。でも……。
「いや、俺はその類の兵器とは戦った事は無いぜ」
「ならば何故!」
「皆が、協力してくれたからだ!」
「き、協力?」
「だからこそ、負けられねえんだ!」
 くっ、何をわけの解らない事を!! 
「今度こそ!」
 再度、ブルーティアーズに攻撃指示を出す……が、今度の攻撃もまた彼には致命打とはならない。
「――っ! 今なら、いけるかっ!?」
「くっ!」
 そればかりか。好機到来と見たのか、突撃を敢行してきた。――そのような攻撃に!!
「加速力は大した物ですがっ! ……え!?」
 攻撃が外れた所に、ブルー・ティアーズを一度止めてスターライトを撃ちこ……もうとした途端、第二撃が襲ってきた。
「連続攻撃っ!?」
 近接戦闘特化ISとは言え、初回起動でここまでの……いいえ、これは操縦者の技量!? 確か、日本の剣を使うと言う話も聞きましたが。
「インターセプター!!」
 あまり得意では無い近接戦闘武器を呼び出し、辛うじてその一撃を受け止め、反動で距離を取る。……恥です。
敵に近接戦闘を仕掛けられたから慌てて、しかも初心者のように名前を呼んで呼び出すなど。――恥以外の何でもない。
「どうやら、貴女の行った訓練というのは的外れな事ではなかったようですわね! ――ですが!!」
 貴方がどうであれ、このわたくしは英国の代表候補生。その実力は、このような物ではありませんわよ!!
「行きなさいっ!!」
「す、スピードアップした!?」
 ブルー・ティアーズの移動速度を上げ、一撃の速度を上げる。……速度を上げ、命中率を保ったままではかなりの負担が来る。とは言え。
「このわたくしとブルー・ティアーズが、素人と今日搬入されたばかりのISに手こずる事など、許されませんのよ!!」
 連射、連射、連射。先ほどのように突撃が出来ぬように、次々とレーザーが放たれる。
しかしそれにも慣れたのか、近づけさせない事には成功したものの致命打を与えられない。
(このままでは長引きますわね。エネルギーも無限ではありませんし……)
「解ったぜ!!」
 ――!?
「このブルー・ティアーズって兵器は、お前が一々指令を送らないと動かない。そしてその間、お前はライフルを撃ったりと他の動作が出来ない。
他の武器を使おうとするなら、ブルー・ティアーズを止めるしかないんだ!!」
 ――!! 見抜かれ……た!? 先ほどのスターライトを撃つ為に、ブルー・ティアーズを止めた事で……!?
(ならば――)
 それを見抜いた上で増長するならば。――罠を仕掛けてみましょう。獲物を、銃口の前に追いだすように。




「……よし、いける」
 俺は、僅かながら勝機を感じていた。ブルー・ティアーズの弱点を見抜き。そして、タイミングも少しづつだけど読めてきた。そして……。
ブルーティアーズのパターンも読めてきた。何度か変化はあったが、今のこいつの狙いは、常に俺の死角を突いて来ている。――って言う事は。
 逆に言えば、俺の死角が何処にあるかが解っていれば、そこにブルー・ティアーズが自動的にやって来る。
白式が自動で割り出してくれる俺の死角、そこを突けばっ!!
「貰った!!」
「!!」
 まず、一機のブルー・ティアーズが破壊できた。……よし、いけるぞ!!
「くっ!!」
 セシリアは、残る三機を向かわせて来る……だけどっ!!
「二機目っ!!」
 死角に入ろうとしたそれを、近接戦闘ブレードで叩き切る。レーザーを放つ事無く、それは両断された。
「反応が早くなってる……!」
 一機目を破壊したときよりも、白式が動かしやすくなっている。これが、最適化って奴なのだろうか。
「いけるぞ!!」




「……あの馬鹿者め。浮かれているな」
「と言うか、まだ初期化すんでませんよねアレ」
 まったく、あの愚弟が。宇月の言った事を忘れたのか。守ってばかりの展開に焦れた、と言うのではない。
あいつのことだ、初期化と最適化作業が進んだ事によってISが『動かしやすくなった』のが原因だろう。
まあ、開始直前に篠ノ之が言ったように攻撃を仕掛ける事は間違いではないが。それよりも、あいつ自身が冷静になっていないのが問題だ。
「織斑君が浮かれている、ってどういう事ですか?」
「左手を、閉じたり開いたりしているだろう。あれは、あいつが調子に乗った時の癖でな。ああいう時は、よく簡単なミスをする」
「へえ……」
 オペレートをしている山田君が何か言いたそうな目で見るが、私と視線が合うと、慌てて反らした。学習したようだな。
「……」
 無言の篠ノ之を見ると、固唾を呑んで戦況を見つめている。やれやれ、祈るくらいはしてやれ。まあ、そういうタイプでは無いだろうが。 
「あ! 織斑君が、また攻撃を仕掛けます!!」
 山田君の言葉と同時に、一夏が漂っている残り二機に攻撃を仕掛けた。しかしブルー・ティアーズの動きがほんの僅かだが鈍い。
……なるほど、オルコットは『あちら』を捨てたか。さて、あいつはこの罠に気付くかな?
『うおおおおおおおっ!!』
 一夏は三機目を切り払い、四機目を蹴り砕く。そして、長銃を打たせる前にオルコット自身に向かうが。
『かかりましたわね!!』
『何!?』
『ブルー・ティアーズは四機だけではありませんのよ!!』
 今まで動かなかった、アーマーの下部……一夏は突起か何かだろうと思っていただろうそれが、90度曲がり。
それ自身が弾道型ビットとなって射出された。速度は、通常ビットよりも上。オルコットは、この隠し武器でとどめを刺す気なのだろう。
『っ!!』
 慌てて回避しようとするが、自分自身がオルコットの……つまり弾道型の放たれた方向に加速している状況で逃げられるわけが無い。
「一夏っ!!」
 そして着弾し、爆炎と黒煙が白式を包み込んだ。篠ノ之の声だけが、やけに響き。
「……」
 私達四人を、沈黙が包む。勝負は決まったか……? ……いや。
「機体に救われたな。……馬鹿者が」
 勝利の女神とやらは、まだ戦いを続けさせる気のようだった。



「……」
 俺は、自分が置かれている状況に理解出来なかった。セシリアの罠にひっかかり、ミサイル型のブルー・ティアーズが直撃した筈だった。
だと言うのに、衝撃も痛みもない。これは一体……どうなってるんだ?
 ―――初期化と最適化が終了しました。確認ボタンを押してください。
 意識に直接データが送られてくると同時に、目の前にウインドウが現れてその中心には『確認』と書かれたボタンがでる。
訳も分からず言われるがままにそのボタンを押すと、更なる膨大なデータが意識に流れ込んできた。
 ――違う、整理されているんだ――
 理屈では説明できないが、感覚的にわかった。そして、異変はそれだけでは終わらなかった。
耳に、というより脳に響く金属音。俺の纏うISの装甲が光に変わり、そしてその中からまた違う物質が形成される。
「これは……」
 新しく形成された装甲はいまだぼんやりと光を放っている。先程までのダメージは全て消え、より洗練された形へと変化している。
「ま、まさか一次移行(ファースト・シフト)!? あ、貴方、今まで初期設定だけの機体で戦っていたと言いますの!?」
 セシリアが何か言ってるが……。どうやら、この機体が本当の意味で俺専用になったのは確かなようだ。それに……。
「ブレードも変わってる?」
 見ると、俺が右手に握るブレードも変わっていた。刀のような近接ブレードから変化した、太刀のような武器のその名称は。
「近接戦闘ブレード『雪片』……『弐型』?」
 雪片。それは千冬姉が使っていた、暮桜の武装名称。そしてその弐型。
開発者の遊び心なのかは他の理由なのかは知らないが、弟の機体に姉と同じ名前の武器を載せてくれていたのか。……まったく。
「俺は、本当に幸せ者だよ。世界で最高の姉さんを持ってるんだからな。その姉に、かっこ悪いとこなんて見せられないし。
協力してくれた箒達の為にも、勝たなくちゃな」
「あ、貴方、何を……?」
「ただ一方的に守られてるだけじゃなく……俺も、俺自身の家族を守る!」
「かぞ……く……」
 ん? ハイパーセンサーが、セシリアの表情変化を捉えたけど……何でだ? まあ、それはさて置き。
雪片弐型を構えると同時に、俺の闘志に呼応するように光が強まる。それはただの光ではなく、力強さとなって俺に答えてくれている。
「決着をつけるぜ!!」
「――それはこちらも同じでしてよ!!」
 セシリアが、ミサイル型ブルー・ティアーズを再び発射する。フィン型よりも速度は速いが――。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
 更に速く動けるようになった俺は、全てのミサイル型を斬り落とし、一気にセシリアへと接近した。そこに現れる『零落白夜』の文字。
それが必殺技のような物だと、半ば本能的に理解する。
「っ!!」
 セシリアもスターライトを構えるが、俺の方が早く。――セシリアを、機体ごと横なぎに切り払った。
『試合終了。両者ドロー』
「……え?」
「り、両者ドロー?」
 だが、次に聞こえてきたアナウンスは俺達にとって全くの予想外だった。


「つまり、ブルーティアーズのシールドエネルギーが『零落白夜』により削られ尽くすのと。
それにより白式のシールドエネルギーが消費され尽くすのとが、一致したというだけだ。……まあ、面白い偶然だな」
 試合直後。謎の事態の回答を求めた俺達への返答は、それだった。シールドエネルギーとは、ISのHP。これがゼロになれば負け。それは解る。
そしてそれが同時にゼロになったから引き分けなのだという事も。だが問題は、何故同時にゼロになったのかと言うことだ。
千冬姉の言葉にも、いくつか謎の単語があったし。
「そもそも、何故同時にゼロになるような事になったのですか? 一夏には、セシリアの最後の攻撃は当たっていなかった筈ですが」
「それは、さっきも言った通り零落白夜のデメリットによる物だ。織斑、零落白夜の能力は理解しているか」
「い……いえ」
 箒が俺と同じ疑問を口にする。だが千冬姉は、表情一つ変えずに謎の言葉を口にすると、俺への質問を返してきた。
……全く解っていないので、素直に説明をしてもらおう。
「零落白夜とは、白式の唯一の搭載武器である『雪片弐型』を振るう事で発動する特殊能力、バリアー無効化攻撃だ。
篠ノ之。ISのバリアーが無効化されればどうなる」
「は、はいっ! ISの最後の操縦者防御である『絶対防御』が発動します。これが発動した場合、ISのシールドエネルギーは大きく削られます」
「その通りだ。つまり織斑の攻撃によりブルー・ティアーズのバリアーが無効化され、絶対防御が発動。
結果としてシールドエネルギーを大きく削がれ、ゼロにされたという事だ」
「なるほど。つまり零落白夜って言う攻撃は、一撃必殺であると言うことですか」
「そうだ。――だが、このような強力な攻撃には当然デメリットも付きまとう」
 宇月さんの一言には同意した千冬姉だが、途端に険しい表情になった。
「バリアーを無効化するだけのエネルギーを、通常通りの出力で出すのは難しい。
だから白式は、自らのシールドエネルギーをも犠牲にして『零落白夜』を発動させているのだ」
「つ、つまり自分の体力すら削る諸刃の剣って事か? 俺は最後、セシリアの攻撃を被弾したからじゃなくて。
自分の攻撃……零落白夜の為にシールドエネルギーを使い尽くしたって事か?」
「そうだ。しかもこいつは、発動しているだけでこちらのエネルギーは削られるからな。
当てるまでにダラダラしていれば、自然にシールドエネルギーは尽きるぞ」
 な、何て機体なんだ。……思わず右腕の、ガントレットと言う姿で待機形態になっている白式を見てしまった。
「まあ、使いどころさえ間違えなければ使える武器だぞ。私も、それだけで世界一になったのだからな」
 ……。そうだ。こっそり見た、千冬姉の試合。そのときも、暮桜は刀一本で戦っていた。
一撃必殺の武器があるとは言え、それを使いこなせなければ世界一になんてなれるわけはないんだ。
「専用機を受領したからには、これからは訓練もしやすくなる。――精進する事だな」
「ああ」
 言葉は素っ気無いが。優しい目で見てくる千冬姉に、俺はしっかりと頷いたのだった。



「私……まだ信じられません」
 山田君は、まるで鳩が豆鉄砲に撃たれたような顔をしていた。元々幼い顔付きが、更に幼く見える。
生徒達の前では辛うじて隠していたようだが、去った途端に我慢できなくなったらしいな。
「零落白夜……あれって、単一仕様能力ですよね?」
「ああ。そうだな」
 奴らにはまだ理解できないであろうから、今日は『雪片を振るう事で発動する能力』と言う事にしておき話さなかったが。
あれは、間違いなくかつて私と暮桜の使っていた物と同じ能力。操縦者とISの最高レベルの相性、並々ならぬ修練。
そして共に過ごす長い時間を必要とし、それらを兼ね備えても発動するとは限らないそれを、今日が初起動の一夏と白式が発現させた。
ISの研究者が聞けば、全員が全員パニックになり得る異常事態だ。――世界でただ一人、あいつを除き。
 恐らく、この異常事態を招いたのもあいつだろう。世界初の男性用ISである白式の開発は、かなり遅れていたと聞く。
それが一夏の決定戦に合わせるように完成し届けられ、この事態。唯一認識可能な男子が一夏であるあいつが、絡んでいないわけは無い。
……だが、どうやって発動させたのか。白式に何かを仕込ませていたのか。それとも……
「それにしても、白式って本当に真っ白な機体ですね。まるで、白騎士みたい……」
 ……。なん、だと?
「織斑先生? どうなさったんです?」
 まさか……白式とは……?



 一夏VSセシリアの戦いは引き分けに終わりました。というわけで次回、セシリアがデレます。
さらにあるキャラは泣地(←誤字ではありません)に追いやられます。それは……



[30054] 戦った末に、得て
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2011/11/09 15:36


戦った末に、得て


「……」
 代表決定戦の後、わたくしはシャワーを浴びていた。色々な事が頭に思い浮かぶ中。……その中で、どうしてもある事が頭から離れない。
「織斑……一夏」
 世界で唯一のISを動かせる男。織斑先生の弟。わたくしと代表を争った男。……それだけの筈なのに、気がつけば彼の事を考えてしまう。
なぜ、こんな気持ちになるのかしら。勝って当然の試合を、引き分けてしまったから? 
わたくしが得るにも使いこなすにも努力と時間を要した専用機を、使い始めたばかりの彼があそこまで使いこなしたから? 
「いいえ、違いますわね」
 一番強く思い返せるのは、あの時。一次移行が終わった後の、言葉と瞳。
『俺は、本当に幸せ者だよ。世界で最高の姉さんを持ってるんだからな。その姉に、かっこ悪いとこなんて見せられないし。
協力してくれた箒達の為にも、勝たなくちゃな』
 強い意志と重い決意を込めた、力強い一言。自分以外の者の為に戦う、まるで御伽話の勇者のような態度。
『俺も、俺自身の家族を守る!』
 家族。――その時わたくしは、両親の事を思い出した。


 ……父は、彼とはまるで逆の人。名家に婿養子として入ってきた為か、オドオドしていて母の顔色ばかり伺う人。
昔は、あんな情けない人とは結婚しないと誓った事もあった。
 一方、母はわたくしの憧れの人。ISの出現以前から、社会が女尊男卑の風潮に染まる前から、女の身でありながらいくつもの会社を経営し。
そして社会的な成功を収めた人。――でも、三年前。
「……っ!!」
 越境鉄道の横転事故。死傷者は百人を超える大規模な事故で、父と母は共に……。まだ、思い出すたびに心に痛みがはしる。
「どうして……一緒にいたのですか?」
 もう、何度自問したか解らぬ謎。情けない父を母は鬱陶しそうにして、一緒に居る時間は殆どなかったのに。
その日にかぎって、どうして二人が一緒にいたのか。……まだ、その理由は解っていない。


 ……それからは、あまり思い出したくはない日々。両親の死と同時に、唯一の子であったわたくしには莫大な遺産が残り。
それと同時に、その遺産を狙う者達も現れた。ですが、そんな者達にオルコット家の。
いえ、両親の残した遺産を渡せる筈もなく、私は必死で努力をした。遊ぶ時間も寝る時間も惜しみ、あらゆる事を学んだのだった。
 そんな中、試しにと受けてみたIS適性審査でわたくしは高レベルの成績を残し、国家代表候補生に選ばれた。
更にイギリスが開発中であった、第三世代型IS搭載兵器であるブルー・ティアーズへの高い適性も判明し。
わたくしは他の代表候補生と競い合い、ブルー・ティアーズと言う『力』を得る事が出来た。
国家代表候補生と言う立場が、政府からの様々な優遇措置を引き出し。オルコット家を守るのに有利であったから。迷う事は無かった。
 そして、ブルー・ティアーズに更なる進歩の必要があった事から、わたくしはここ……IS学園へと入学した。
主席入学、と言う第一目標を果たし、次はクラス代表……と言う所で現れた彼。
「織斑……一夏」
 もう一度、その名を口にすると、不思議と胸が熱くなる。熱いのに甘く、切ないのに嬉しく。
「知りたい……」
 この思いを。……わたくしの内に生まれた、この思いの意味を。




「あ」
「……うわ」
「あら」
 代表決定戦の後。剣道部に向かうという篠ノ之さんや織斑君と別れた私達は、部屋に戻る途中にオルコットさんとばったり会ってしまった。
はっきり言って、気まずい事この上ない。私は彼女には、織斑君の仲間と認識されているだろうし。と言うかフランチェスカ、それは拙いって。
「宇月さん、レオーネさん。少し、よろしいかしら」
「えーーっと、拒否権は?」
「ありませんわ」
「常任理事国め……」
 何この人、物凄く命令口調なのにそれが似合ってる。……あ、自己紹介のとき英国貴族の家柄とか言ってたわね。
すっかり忘れてたけど。というかフランチェスカ、それは国連ギャグね。日本もイタリアも拒否権無いし。


「どうかしら。イギリスの紅茶、お口に合いませんか?」
「い、いいえ、物凄く美味しいわ。プロに習ったの?」
「確かに、それくらいの腕よね。お菓子も美味しいし♪」
「そうですか。――お母様が、教えてくださったのです。菓子は、本国より取り寄せた物ですわ」
 私達は、オルコットさんに紅茶を振舞われていた。世界一料理のまずい国、だとか言われるイギリスだが紅茶は別。
ただ茶葉にせよティーカップにせよ何にせよ、どれだけの値段なのか想像も出来ない事に緊張して、あまりリラックスは出来ないけど。
「ママに? きっと素敵なママなんでしょうね♪ 私もママに電話したくなったわ」
「……ええ。ところで、質問をよろしいかしら?」
 ……? さっきまでとは別人のようにご機嫌なフランチェスカの言葉に、一瞬オルコットさんの顔が曇ったような……。
まあ、それは置いておこうかしら。
「私に答えられる事なら、どうぞ」
「貴女達や篠ノ之さんは、織斑さんに協力していましたわね。それは、何故ですの?」
 何でまた、あらためて聞くのかしら? まあ、良いけど。
「……んー。前にも言ったけど、日本を侮辱されたからかしら」
「私は、ルームメイトへの友情って事で」
 篠ノ之さんは違うだろうけど、そういう事にしておく。
「ふう……。わたくしもあの時は言い過ぎましたわ。わたくしを無視して話を進められた為か、意地になっていたようです。申し訳ありません」
 ……あら。
「いいえ。私こそ、少し意地になっていたわ。きつい言い方をして、ごめんなさい。発言が、支離滅裂になっていた部分もあるし」
 よく考えれば、織斑君も『イギリスだってメシが世界一不味い国』発言をしていた事を完全に忘れていた。
個人を対象とした発言じゃないけど、あれも偏見の一種だろう。そして彼女が素直に謝罪した以上、私も棘のある言い方を謝罪するのが当然だ。
「いいえ。母国を侮辱されれば、苛立つのも当然ですわ」
「まあ、織斑君もそっちの方で苛立ったみたいだしね」
 言い返したのは『イギリスだって~』であり、自分が素人でオルコットさんの方がクラス代表に相応しいって事には反論しなかったし。
と言うか、一つ気になってるんだけど。
「これは、仲直りのティーパーティーと受け取って良いの?」
「ええ、そうですが何か?」
「ならどうして、織斑君や篠ノ之さんを呼ばないの?」
 今回の一件に深く関わっている……と言うか、あの二人こそメインだ。私達は二人の隣室なのだから、呼んでこさせても良いのに。
「い、色々とありますのよ。ご、後日招いても構いませんし」
 そう。なら良いけど。ちなみにフランチェスカは、お茶菓子を食べ続けてる。
スコーンにたっぷりジャムを付けてるけど、そんな事やってると太るわよ? ウエストがどうとか言ってたけど、それじゃ無理だって。
「それにしてもオルコットさん。貴女も、すごく度胸がある人なのね」
「度胸?」
「ええ。だって、日本代表と日本代表候補生だった人達の前で、日本を公然と侮辱したのよ。凄いと思う」
「……え゛?」
 言うまでも無いが、織斑先生はISの元日本代表。そして日本代表候補生だった人、とは山田先生の事だ。
ちなみに山田先生の事は、黛先輩から情報を交換するついでに教えてもらったのだけど……あれ?
「あの。もしかして、気付いてなかったの?」
 山田先生の事は兎も角、織斑先生の方は絶対に知ってた筈なのに。
「そそそそ、そんな事はありませんわ! ほほほほほほ……」
 うわー。気付いていなかったみたいね。まあ織斑先生はそういう点はスルーしてくれそうだし、山田先生は強く言い出しそうも無いけど。
「あ、あの。ところで、ほかにも幾つか聞きたい事があるのですが」
「何かしら?」
「お、織斑さん達の事なのですけど……わ、わたくしに対して何か仰っていまして?」
 ああ、怒ってるかどうか気になるとか?
「別に、彼は怒ってはなかったわよ。まあ『負けられない』とは言ってたけど」
「そうですか……」
 ……? 何で、ホッとしているのかしら。
「それと篠ノ之さんの事だけど、彼女も別に言ってなかったわよ。幼馴染みの方で手一杯で、貴女の言った事まで気が回らないんじゃないの?」
 そして一通り食べ終えたらしいフランチェスカも続ける。まあ篠ノ之さんについては篠ノ之博士の妹である、と言った事だけだし。
こっちは直後にオルコットさんが謝ってるしね。引き摺るタイプじゃないし、問題ないでしょう。
「まあ、彼女も恋する乙女だしねえ?」
 面白そうにフランチェスカが言う。……まあいいか、彼女の気持ちなんて傍から見てたらすぐに解るし。
「恋……?」
「ええ。日本でいうツンデレ……って、知ってるかどうか解らないけど。素直になれそうにない恋心、ね」
 あ、中学の時の同級生を思い出したわ。元気でやってるかしらね。
「でもさあ。案外、部屋の中ではラブラブだったりして」
 ないない。あの唐変木の織斑君が、それはないわよ。
「ら、ラブラブ?」
「そうそう。キスとか、その先とか……きゃーーー♪」
 絶対無いわよ。と言うかフランチェスカ、その辺にしたら? イギリス淑女が真っ赤になってるし。
「う、宇月さん。貴方はどうですの?」
「……私?」
 何で誰もが聞いてくるのかしら。……無理ないか、彼はこの学校でただ一人の男子生徒だし。
私は、そんな織斑君と唯一同じ中学から入学した生徒だし。邪推されてもしょうがない立場にいるのは解る。
「私は、彼を好ましい人物だとは思ってるけど。恋愛対象とは見てないわよ」
 どうしても合わない所があるからね。
「勿体無いなあ。……それにしても、篠ノ之さんって一度、織斑君と離れたんでしょ?
それからどうして一途に待ち続けられたんだろ? 何処を好きになったのかなあ?」
 さあ。ただ一つ言えるのは。
「篠ノ之さんの方は解らないけど。織斑君は、彼女の気持ちに全然気づいて無いって事は間違いないわね」
「うんうん」
 フランチェスカも頷く。……あれ?
「オルコットさん、どうしたの?」
「い、いいえ。……恋、とは何なのでしょうね」
 ……へ? 何を突然?
「ふふふ。恋……それは甘く切ない感情。人生を彩る華であり炎。時に人に天国の幸福を味わわせ、時に地獄の苦痛に追いやる物。そして……」
 あのー、フランチェスカ? 壊れた? 織斑先生のお説教の名残? それともイタリア人って皆そんな感じなの? ……あら。
「ごめんなさい、アラームだわ」
 断りを入れ、私は携帯の画面を見る。そこに表示されたのは、そろそろ自室に戻る時間だと言う時刻。
「ごめんなさい、用事があるから。じゃあ、これで。フランチェスカも、行くわよ」
「あらそう? じゃあね、オルコットさん」
「あ……そ、そうですか。では」
 そして私達は、自室へと向かったのだけど。オルコットさんの、妙に苦しそうに見える顔が印象に残った。……どうしてだろう?




「……」
 わたくしは、ティーセットを片付けてから本国より持って来たベッドに横たわっていた。考えるのは、織斑さんの事。
彼の情報を少しでも得ようと、協力していた宇月さん達を招いた。日本語で表すなら『外堀から埋める』という言い方になるのだろうか。
だけど結局、あまり良い情報は得られなかった。――ただ、別の情報を得てしまったけど。
「篠ノ之さんが……織斑さんに、恋……」
 ただの幼なじみに対する感情ではない、とはわかっていた。……恋。それは物語やドラマではよく見る感情。
それはいい。彼女が誰を好きになろうと、それは自由だ。……だけど、何故それを聞いてわたくしの心がざわめくのか。
まさか、わたくしの内に芽生えたそれは、篠ノ之さんと同じ物……? だからこそ、無意識のうちに二人を招く事を避けていた……?
「……」
 ここは、落ち着いて考えなければならない。わたくしは、本当に恋をしているのか。誰かに聞けたら……。……そうだ。
「一人だけ、心当たりがありますわね」
 ……正直な話、このような話は『彼女』にも話しづらくはある。ですが。
「お、女は度胸ですわ!!」
 私は意を決し、国際電話の番号を押した。


『……お嬢様、お待たせいたしました』
 実家に電話をかけた私は、幼なじみのチェルシー・ブランケットを呼び出した。彼女は年上の幼なじみであり、直属のメイドであり。
そして姉のような人でもある。身近な事の相談相手としては、最も頼れる相手。
「チェルシー、ごめんなさい。仕事中なのに、呼び出してしまって」
『……いいえ、滅相も無い。本日は、如何なる用件でしょうか? 何なりと、お申しつけ下さい』
 本国との距離があるから、少しだけ話にタイムラグが出来る。だけど、その声はいつもと同じだった。
「実は……」


 ……。わたくしは、一通りの事情を彼女に説明した。こ、これで解るのかしら。
『……まあ。そのような事がそちらであったのですか』
「え、ええ……」
 クラス代表決定戦の事は、チェルシーには教えていなかった。入学したばかりでもあるし、彼を完膚なきまでに叩きのめした後でも遅くは無い。
そもそもこのような些事を、彼女に話す必要は無い。そう考えていたからだけど。
『……お嬢様。その方の事を、嬉しそうに語られましたね」
「え? う、嬉しそう、に?」
『……はい。それほどまでに嬉しそうなお声を聞くのは、久しぶりです』
 とても意外な反応だった。そうなのかしら……?
『お嬢様。織斑様の事を考えると、今はどのようなお気持ちになりますか?』
 い、今? あの人の事を?
「そ、それはその……温かくて、ドキドキして、ええと……」
 ああ、上手く説明が出来ない。こ、このわたくしが……。
『……お嬢様。それは、恋の始まりなのでしょうね』
「え、ええっ!?」
 驚いたとは言え、少々はしたないほどの大声。でも……これが、恋?
「わたくしは、恋をしているのでしょうか……」
『……はい。おめでとうございます』
 ……。それからチェルシーと、様々な事を話した。国家代表候補生としての訓練した時間を除けば、いつも隣にいた彼女。
その彼女と電話でここまで話すのは、初めてだったかもしれない。……そして、電話は終わった。


「……」
 恋心。初めての感情。恥ずかしいような、心地よいような。でもそれを自覚すると同時に、他の女子の事も思い浮かぶ。
 それは同室であると言う篠ノ之さん、そして隣室の宇月さん。……ただ、宇月さんは織斑さんには好意は持っていない、と言う話。
先ほどの会話を聞く限りでは真実なのでしょう。それよりも、今考えるべきは。
「問題は、やはり篠ノ之さんですわね。幼馴染みにして、あの篠ノ之博士の妹。あの方が、現時点での最大のライバルでしょう。
も、もしや既にあの東洋人離れした大きな胸で誘惑を……!」
 ……そこまで考えて、私は自分の考えの飛躍に真っ赤になる。わ、わたくしとした事が……恥知らずな。このような場所で妄想に浸るなんて。
先ほどのヴィネスさんの言葉の悪影響、それとルームメイトがまだ帰らず、部屋に一人と言う状況のせい。
「そ、そうに決まってますわ!! でも……もしも、二人だったら……?」

『い、一夏……こ、こら、少しは抑えろ……。ここは、学生寮なんだぞ……』
『駄目なんだ。箒を見てると……我慢できない……』
『ひ、卑怯だぞ……。そんな事を言われたら、私は……』
『でも、箒だって我慢できないだろう? ほら、この胸も……』
『そ、そんな……』
『さあ……』

「~~~~~~!! な、何を考えていますのわたくしは!」
 ま、まったく。……ただ、問題はわたくしの方にある。

『そうですわね、とんだ時間の無駄でしたわ。……まあ、わたくしは優秀ですから。
どうしても、と言うのであればあなたのような人間にも優しくしてさしあげますわよ? 
なにせわたくしは、入試で唯一教官を倒した、エリート中のエリートですから』

『大体、素人の男がクラス代表など良い恥さらしではありませんか! 
まさかこのセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえと仰いますの!?
そもそも私は、わざわざ極東の島国までIS技術の修練に来ているのであって、極東の猿とサーカスをする気は毛頭ございません!』

『それにしても、幼馴染みとは言えこのような男に肩入れするなんて。あまり賢い方ではないようですわね』

『セシリア。上に立つ者の言葉と言うのは、時として人の命にさえ関わる事があります。
ですから、言葉はよく考えて選ばねばなりませんよ。一度はいた言葉は、二度と戻らないのですから』
 ……思い出されるのは、今まで織斑さん達に対しての言葉の数々。かつてお母様の仰った言葉が、今なら嫌と言うほど理解できる。
そして宇月さんにも言われたことだが、自分の中に、特権意識や男性・東洋人への差別意識があった事も恥じねばならない。
これらに関しては、謝罪すべきだろう。……許してくださるのだろうか。宇月さん達は『織斑君達は気にしていない』と言っていたけれど。
「……まずは、謝る事から始めましょう。自らの非を認める事は大切である、とお母様も仰っていましたし」
 そして、もう一つの問題に対しても。
「このまま戦わずに引き下がるなど、できる筈もありませんわね」
 代表決定戦のように、堂々と戦った結果なら兎も角。あの時のあの方と同じく、戦わずして敗北を選ぶなど、出来るわけはなく。
「『一夏』さん。そして篠ノ之さん。――勝負ですわ」
 その名を初めて口にし。わたくしは、決意を固めるのだった。




「それでは、織斑君の健闘を讃えて……かんぱーい」
 そして夜になり。1025号室では、祝勝会(?)が行われていた。何故?がつくのかと言えば、引き分けだから。
まあ、実力差や経験値を考えれば引き分けでも勝ちに等しいだろう。織斑先生に言わせれば、まだまだらしいけど。
「箒、宇月さん、フランチェスカ、色々とありがとう。皆の協力が無かったら、俺は負けてた」
「何を言っている。私達はただ補助をしただけだ」
「そうそう。貴方自身の努力の結果よ」
 織斑君が深々と頭を下げる。下げすぎよ、そこまでされたらかえって心苦しいわ。
「それにしても、惜しかったよね~。オルコット、多分自分が負けたと思ってたんじゃないの?
自分が絶対完勝する、って思ってただろうし。さっき部屋に呼びだされた時も、様子が変だったしねー」
 くすくす、とフランチェスカが人の悪そうな笑みを浮かべる。……この娘、意外と色々な面を持ってるのね。
確かに、オルコットさんの様子は変だったけど。
「あ。そう言えばさあ、今思い出したんだけど。クラス代表って結局どっちになるんだろうね?」
 あ。そもそもこの戦いは、それを決める為のものだったわね。
「さあな。引き分けという以上、オルコットと一夏とで、もう一度戦うのではないか?」
「そうなったら、向こうにもこっちの手札がわかるわけだし……少し危ないかもね」
「なあに、今度はこっちだって自分のISで訓練が出来るんだ。今度は勝つぜ!」
 その自信は何処から来るんだろう。……まあ、彼らしいといえばらしいけど。
「まあまあ、今は忘れましょう。食べ物も飲み物もいっぱいあるし」
 食堂から持ち帰ってきたメニューやデザート、後は私達が日曜日に校外で買ってきたジュースやお菓子が並んでいる。
ちなみにこれらは、織斑君が七割、残りは私達で負担した。彼は全額自腹で払う気だったらしいが、流石にそこまでしてもらっては申し訳ない。
特に、勝手に怒ってオルコットさんとトラブルになり、その結果として織斑君に協力しようとした私は。


「じゃあ、今日はこの辺で失礼するわね」
「また明日ね!」
「ああ、色々とありがとうな」
 そして、一時間半ほどで祝勝会(?)は終わった。彼も、そして皆も色々と疲れてるし。それに、明日も学校だしね。
「それにしても……。もう、こんなのコリゴリだわ」
 部屋に戻って、ベッドに行儀悪く飛び込む。……ああ、思わずこのまま寝てしまいたくなるわ。今日はシャワーだけ浴びて、寝ようかしら。
「えー? 貴女は楽しくなかったの? 私は結構楽しかったけど」
「ううん、楽しいとか楽しくないとかじゃなくて……。私には、ちょっとね」
 と言うか、こういうゴタゴタはもう充分。たった一週間足らずなのに、受験勉強でも終えた後のような疲労感がある。
こういうのは、もう充分だ。私が世話を焼かなくても、後は篠ノ之さんや織斑先生が彼をサポートするだろうし……。
「おやすみなさい、フランチェスカ」
「おやすみ」
 眠りそうな目を擦り擦りシャワーを浴び、着替えてベッドに入り、そう言うと同時に。私は眠りにつくのだった。


「……と言うわけで、一年一組のクラス代表は織斑一夏君に決定です。一繋がりで、語呂が良いですね」
 そして翌日。いつの間にか、そういう事になっていた。
「あのー、山田先生。俺とセシリアの試合は引き分けだった筈なんですが、どうしてそうなっているのでしょうか」
「それはわたくしが辞退したからですわ」
 オルコットさんが、織斑君の推薦に反対した時のように立ち上がって説明したけど……辞退?
「殆どISを扱った事の無い『一夏さん』が、代表候補生であるわたくしと僅かな期間での訓練で引き分けた、というその結果を鑑みてですわ。
わたくしはクラス長になってもあまり変わりは無いでしょうが、一夏さんは経験を積めば飛躍的に伸びる可能性があります。
ですから、クラス対抗戦などでより多くの経験を積めるように、クラス長の座をお譲りしたのですわ」
「いや辞退って、それが許されるなら俺も……」
「オルコットが立候補したのはお前の他薦に納得できなかったからだが、お前を認めた故にそれを引っ込めたのだ。……何か問題があるのか?」
「いえ、無いです」
 織斑君が反論しようとするが、一蹴されていた。織斑先生相手じゃしょうがないけど、なるほど。そう言う事情ね。
……って、あれ? オルコットさん、今、織斑君の事を名前で呼んだわよね? 『一夏さん』って。
「それと……。今回の事の発端に関して。わたくしに色々と失礼な言動があった事、謝罪いたしますわ」
「え? あー……。いや、こっちこそ言いすぎたよ。俺はあまりよく知らないけど……。
イギリスだって、サンドイッチとか紅茶とかローストビーフとか。他にも、美味い料理はいっぱいあるよな」
 ……あらまあ。あのオルコットさんが、皆の前で頭を下げた。織斑君も自分の発言を謝罪したし、これで仲直り、なのかしらね。
「ええ。今度ご馳走いたしますわ。……そ、それでですわね」
 ん? あの空気、何処かで見たような。
「わたくしのような、優秀かつエレガント。そして華麗にしてパーフェクトな人間が、一夏さんにISの操縦を教えると言うのは如何でしょう?」
 あれ? ひょっとして。
「そうすれば、一夏さんの実力は飛躍的に伸び。日本代表も夢ではありませんわよ?」
 ……うわあ。英国代表候補生が、日本男子の前に陥落したわ。いいの、これ。
ISランクの高い女性、しかも国家代表候補生ともなればその国家が色々と便宜を図るって聞いた事あるけど。下手すると英国政府が動くわよ。
まあ『世界唯一の男性操縦者を手にいれられるかも知れない』って大喜びかもしれないけど。彼じゃあ、ね。
「うーん。教えてくれるのはありがたいけど、俺は日本代表とかは」
「せっかくだが!!」
 織斑君が何か言い出そうとする前に、篠ノ之さんが机を叩きつけて返事を打ち消して立ち上がった。
また余計な事を言う前に、良いかもしれないが。……はっきり言ってしまえば、かなり怖い雰囲気。
「一夏には、既に私と言うコーチがいるのでな。必要ない」
「あら、貴女はISランクCの篠ノ之さん。何か御用かしら。A+のわたくしよりも、上手く教えられると? 専用機もお持ちでないのに」
 うわあ。鬼でも射殺せそうな視線。だけど、それを真っ向から受け流すオルコットさんも凄い。
それにしても、篠ノ之さんのランクはCなの? Bの私よりも低いんだ。
「え、箒ってCなのか?」
「ら、ランクは関係ない! それに、一夏が私に『どうしても箒に教えて欲しい、お願いだ』と頼んできたのだ! 貴様の出る幕などない!」
 今回はさすがに分が悪いのか、先約と勢いで押し切ろうとする篠ノ之さん。うわあ……どうするのかしら、これ。
「黙れ、馬鹿者ども。貴様らの今のランクなんぞ、私からすればゴミだ。殻も破れていないひよっこ同士が競い合うな」
 ……でも、そんな彼女達すら相手にならない人がいた。言葉はかなり辛辣だが、織斑先生は確か公式ランクS。
世界で数人しかいない、人類の中でのトップレベル。これだけの発言を許される実力の保持者だ。
「う……」
「ぐ……」
 さすがに織斑先生には逆らえないらしく、二人とも黙る。
「それと、この際だから言っておくが。この学園では、たとえ代表候補生と言えども一から学んでもらう。
揉め事は十代の特権かもしれんが、これ以上長引かせるな。他の者に迷惑だ。貴様らだけの学校ではないのだからな」
 ……鶴の一声、ね。まあいいわ、貴女達は織斑君を取り合っててちょうだい。私は、ここで手を引かせてもらうからね。
「ちょっと待った! 大事な人を忘れてないですか!?」
 ふ、フランチェスカ? 貴女、この輪に参戦する気なの?
「織斑君の隣にいる香奈枝だって、織斑君の為に頑張ってたのよ! 忘れないで!」
 え? な、何で私の事を!? と言うかあなた、自分自身を何故入れていないの!? 私にとっては、忘れていてよかったのに!!
「む……。確かにそうだな、宇月には色々と助けられた」
「まあ、確かにそうですわね」
 篠ノ之さんもオルコットさんも納得しないでよ……。
「あ、あのー。ちょっと良いですか?」
 そうそう、ナイスタイミングで介入です山田先生。ここは角が立たないように、貴女か織斑先生がみてくれるのがベストだと思います。
「織斑君は確かにまだまだ未熟ですから、コーチをする人は必要ですよね。でも、それを誰にするかで揉めるのもよくありませんから。
ここは、篠ノ之さんと宇月さんとオルコットさんの三人で補助するというのはどうでしょう?」
 ああああああ。山田先生に期待した私が愚かだった。
「……何故でしょうか。今、物凄く酷い事を言われた気がします」
 ……。こ、ここはクラスの皆に期待しよう!
「えーー、いいなー。三人だけなんて」
「でもしょうがないか。私達、何にもやってないし」
「まあチャンスはまだあるよね」
 あの、もう少し抗議しないでいいの? というか、何人かは面白そうに見てるわよね……?
「よし、其処までにしておけ。織斑、何はともあれお前はこのクラスの代表になった。クラスを纏めるのがクラス長の役目だ。
篠ノ之やオルコットや宇月に手伝ってもらうのもいいが、お前自身もしっかりやれ。解ったな?」
「は、はい!」
 ……うん、とどめが刺された。そして沸き起こる万雷の拍手。……できれば私も拍手したかったけど、そんな余裕は無いのだった。


「いやー、織斑君には興味あるけど。篠ノ之さんもオルコットさんも怖そうだし、ここはワンクッション置いた方が良いと思ったのよ。
日本語で……搦め手から攻める、って言う奴かしらね」
 ちなみに、直後に聞いたルームメイトの言葉はこれだった。うん、絶望したわ。
そう言えばニッコロ=マキャヴェッリは、イタリア・フィレンツェの外交官だったわよね……。


「宇月香奈枝。お前に、織斑一夏と周囲の人物の折衝役を命じる」
 ――そして更に。クラス代表が決まったその日の夕方、寮長室に呼び出されて言われたのがこの一言だった。……えっと?
「あの、織斑先生。どういう事なんでしょうか?」
「簡単に言うと、奴らのゴタゴタのフォローに入れという事だ。これからも、織斑を中心とした連中で問題が勃発するだろうからな」
「は、はあ……でも、そういうのって……」
「教師の仕事である事は承知している。だからお前には、私や山田先生の補助、あるいは目の届かない場所を見て貰う事になる」
 言いたい事は解るんですけど。
「何故、私なんですか?」
「篠ノ之やオルコットが受け入れそうな女子、それがお前だからだ。織斑が代表に決した時、レオーネの言葉に反論が無かったからな」
「あ、あのー。それはそうかもしれませんが、私は普通の一学生なんですけど」
 代表候補生でもなく、身内に凄い人がいるわけでもなく、ましてや世界唯一の存在でも無いんですが。
「任せたぞ」
「……はい」
 私はさよならを決意した。トラブル無き学園生活への期待と、織斑君に必要以上に関わらないというささやかな希望に。
「……これで、少しは楽が出来そうだな」
 ちょっと先生!? 今何か、小声で物凄く気になる事を言いませんでしたか!?


 今回はセシリア&香奈枝のダブル視点でした。うーん、主人公が目立たない回だ。
次回は……幕間的な話になります。そろそろ動かしておかねばならぬ事も色々とあるし。



[30054] そして全ては動き出す
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2011/12/05 08:00
・今回は試験的に三人称を混ぜてみました。……如何でしょうか?

・今回はほぼオリジナル話です。あしからず。



「うーん。結局は引き分けになったのね」
「はい。そして一年一組のクラス代表は、織斑一夏に決定したようです」
 私は、自分が勝ち取った部屋で報告書を読んで笑みを浮かべた。その横には、頼りになる幼馴染みが控えている。
「うん。今年の一年生は、面白そうな人材が揃ってるわね」
「そうですね。男性でありながら唯一ISを起動できる者、織斑一夏。篠ノ之博士の妹、篠ノ之箒。英国代表候補生、セシリア・オルコット……」
 そして一年生の特筆すべき人材を、私よりも一つ上の幼馴染みがピックアップする。
十数人を挙げて……一人だけを外してくれたのは、彼女なりの気配りだろう。
「どうしますか? もう動かれるのですか?」
「んー、二学期からでも良いかなと思ってたんだけど。今からでも良いかな。まあ、あまり目立つのは良くないけどねえ」
 彼に関しては問題が表面化してから動こうと思ったけど、まあ良いだろう。……あら?
そこで何故『どの口が言いますか』的な表情を見せるのよ。私、これでも自重するべき時には自重する女よ?
「失礼します~~」
 あら。もう一人の、私よりも一つ下の幼馴染みが来たわね。
「来たわね。……早速、追加報告をしなさい」
「はーい」
 姉がそういうと、彼女はノートを開いた。ゆっくりとした動作だけど、これがいつもの彼女。
「おりむーは、とうへんぼく~~。しののんは、ツンデレ~~。せっしーは、ちょろいさんで~~す」
「……なるほどねえ。そういう人間関係なのね」
「今ので解ってしまうのが、少々悩ましいですが……」 
 こらこら三年主席。理解が早い方が良いでしょうが。
「それで、ISに関してはどうなの? 織斑君は、倉持の専用機貰ったって聞いたけど」
「おりむーは、まだまだです~~。代表戦も、しののんやかなみー達が手伝ったみたいですけど~~」
「かなみー? 資料は、あるの?」
「えっと、かなみーの資料は~~これだよ~~」
 それは、さっきのピックアップ人物には入っていなかったような。
「あら、一般校からの入試突破なの」
「それも、織斑君と同じ中学からの入学ですね」
 そう言って渡された女生徒の資料に、私達は目に通す。……ふむ、宇月香奈枝か。覚えておきましょう。


「……ねえ。あの子は、どうなの?」
 私は最後に、どうしても気になった事を聞いた。同じ学校にいながら、会話も出来ていない。
同じ髪、同じ血、同じ姓を持ちながら。織斑君と女生徒たちよりも遠い、あの子の事を。
「ん~~。あれを、一人で完成させるって言ってました~~」
「……一人で、ですか」
 整備科所属、三年主席である彼女は呆れたような表情をした。
本当なら「無理ですね」と言い放つかもしれないが、あの子がそんな事をしようとする理由を知っているから。彼女はそんな事は言わない。
「……」
 ……う。そんな厳しい目で見ないでよ。……解ってるわ、貴女の言いたい事は。
「ねえ。あの子の事、お願いね」
「はーい」
 結局私は、あの子と同い年の幼馴染みに頼むしかなかった。あの二人が同じクラスだったら、私も少しは安心できたのだけどね……。
「お嬢様……一つ、提案があるのですが」
「ん、何?」
 

 ……。なるほど。どちらかと言うと、裏のやり方ね。
「正直、あまり良いやり方ではありませんが」
「……いいえ、やってみましょう。……アンテナは、多い方が良いものね」
 私は『苦渋の選択』と書かれた扇を広げた。




「これが、御影……ですか」
 俺の目の前には、黒い装甲に包まれた細身のISがあった。俺に与えられる専用機・御影。話は聞いていたが、実際に見るのはこれが初めてだ。
そこにはISの技術者が二人控えている。自衛隊施設に来てから何度もお世話になった、岩元安奈さんと鴨志田麻里さん。
二人ともIS学園のOGで、22歳なのに御影の開発スタッフらしい。
「色々と聞きたいだろうけど、最適化を始めるわよ」
「あ、はい」
 麻里さんに言われて、俺は黒いISに背を預けた。そのまま装甲の一部が変形し、俺の体格に合わせて少しだけ変わっていく。
「ふむ……最適化も問題なく進んでいるな」
 男っぽい喋り方の安奈さんが満足げに俺と御影を見ている。そして、御影が変形を終え。立体ディスプレイに『最適化スタート』と出る。
「そのまま三十分ほど経てば、最適化は終わるから。リラックスしていて頂戴ね」
「え……このままじっとしていなくちゃいけないんですか?」
「君にそこまで求める気は無い。ここから出てもらっては困るが、そこにおいてある君の私物で時間を費やしても良いぞ」
「私は可愛い物を眺めていれば一時間くらいは過ごせるけど、貴方は無理だものね」
 ……ああ。だから、格納庫なのに俺の部屋にある筈の携帯ゲーム機や漫画が置いてあったのか。最初見た時はわけが解らなかったぞ。
 

「……あ。終わったみたいね」
「うむ」
「――あ」
 俺が漫画を読んでいると、閉じていたディスプレイが再び現れ『最適化終了』と出た。さてと、これを押せばいいんだっけ?
「しかし、立体ディスプレイのボタンを押す、って言うのも変な話だよなあ」
 どういう原理なのか解らないが、スイッチを押す。すると御影が光に包まれ、その形態が変化していく。そして――。
「……忍者?」
 手や足を見ると、まるで忍者のような形態へと変化していた。草履のように平べったい足の裏の装甲、鎖帷子を模したような関節部。
頭には鉢金のような物もあるし、手には籠手もある。姿見を持ってきてもらって見てみると、その印象は更に強まった。 
「うーむ。まさかこうなるとはな」
「どう、将隆君。身体は大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「よし。じゃあ、次は待機形態に一度戻してみてくれ」
「はい」
 確か『ISを解き放つようなイメージ』って言ってたっけ? まあ、イメージは人それぞれらしいけど。
「……」
 解除へ向けて、集中する。――そして。
「お」
 空気の抜けるような音と共に、御影によって上がっていた俺の視点が元に戻った。……ん?
「足首に、何か……あ」
 俺の右足首に、輪っかのような物体がついていた。腕輪……じゃなくて、足輪とでもいうのか?
「成功したようだな。アンクレットになったか」
「アンクレット?」
 足輪の事を、そういうようだ。……まあ、何にせよ。問題なく成功したのだから、喜んで良いんだろうな。


「ステルス機能って、どんな物なんですか?」
 打鉄を使って学んだ基本動作を御影で体験し終わり、俺はちょっと気になっていた事を聞いた。
その言葉を聞いた途端、安奈さんの目が光る。この人、実は大の説明好きで。いつもこうなるんだよなあ。
「うむ、説明しよう。御影のステルス機能とは、複合機能だな。消音機能・光学迷彩・認識攪乱機能などを合わせた物だ」
「認識攪乱機能?」
「簡単に言うと、物体の出している『色素』の情報を違う情報に書き換える能力だ」
 ……え?
「ISのハイパーセンサーは、現存するどの観測能力よりも優れた性能を有している。それは理解しているな?」
「はい。確か視覚・聴覚といった人間の感覚の延長線上に当たる奴だけじゃなく……。空間の歪みだとかも認識可能なんでしたっけ?」
「そうだ。御影は、それらに対して誤情報を出す事が可能なのだ」
「えーーと……」
 とりあえず、説明を聞いたら更に意味が解らなくなりました。
「たとえば、この白いボタン。これは、物体が光に照らされて出す色素の情報を視覚が認識する事により『白い』となるわけだが。
たとえば、これを赤いライトで照らすとどうなるかな?」
「赤くなる……んですかね?」
「まあ『赤』の度合いにもよるが、色が変わって見えるだろう。御影の持つ認識攪乱機能。
それは、他のISが受け取るべき『白い』と言う情報を書き換える事が出来るのだ」
 今のたとえで考えると。自分は白色である、と言う情報の代わりに赤色である、って情報を出せるって事か。
それを受け取った側は、白を赤だと勘違いする……のか? 御影の場合は……
「御影がそこにいる、っていう情報を受け取れなくするって事ですか?」
「その通りだ。結局の所『見る』という行為は光に当たった色素の情報を視覚が受け取る事だ。それを受け止められなければ『透明』になる。
もっともこれは、IS同士でしか通用しない技術だがね。他の存在に対しては消音技術や光学迷彩で対応する事になる」
「当然ながら、レーダー波や各種センサーにも反応しないようになっている。まあ、操縦者次第なのだがね」
「操縦者次第?」
「いくら御影がステルス性能に優れていても、迂闊に動いたりすると相手に見つかるって事よ」
「なるほど。――でも、そもそも。なんで他のISに間違った情報を伝える事が出来るんですか?」
 そんな事が出来るなら、ISの戦闘は騙しあいになるような気がするが。今まで学習してきた感じだと、そうじゃないようだし。
「実は、これは元々副産物だ。コア・ネットワークの強化を考えていた時に、机上の空論として出てきた代物でね」
「……コア・ネットワークの?」
 IS同士の、繋がりみたいな物だっけ? それを強化するうちに、嘘を教える事が出来るようになったって事か?
「悪く言えば、御影は他のISを騙す事が上手いのだよ」
 物凄くイメージが悪いんですが。まあ、安奈さんはこういうのを気にしない人だから仕方が無いか。
「ちなみに、これが御影の限界ではないぞ。その延長線上として、ISと操縦者のリンクを阻害する必殺装備【石屋戸塞ぎ】もある。
……まあこれは、滅多な事では使えないシステムだが」
 そういわれて書類を見てみると、思わず唖然とした。これに必要な出力を出そうと思えば、ステルス機能は勿論、少しの加速さえ出来なくなる。
有効範囲は近距離から中距離。相手にある程度近づき、絶対安全な状況、あるいは土壇場で使うしかない。
テストでは、打鉄二機が一時間近くその状態になったらしいが。結構リスクも高いシステムのようだった。
「これって、絶対防御も止めちゃうんですか?」
 操縦者を守るISの最後の砦。これまで止めちゃうんだろうか?
「流石にそれはモンド・グロッソ協定違反だ。軍事用ならば兎も角、現時点でそれは無いよ。
あくまで機動や武装操作に阻害を齎すといった程度だ。その間に攻撃し、敵の絶対防御を発動させてエネルギーを削るという仕様なのだがね」
 あくまで攻撃補助の武装って事か。ただ軍事用ならば、って事は……。まあ、この話題にはこれ以上触れない方が良さそうだ。
「それにしても、えらく細身の機体ですね。この御影ってISは」
 元々女性用、と考えてもやけに細い。ISは元々がシールドエネルギーと絶対防御があるから、それほど重装甲である必要は無い。
だが、それにしてもこれは細身だ。装甲もあるが、それ以外の部分がかなり表に出ている。
比較対象がガード重視の打鉄だったから、よけいに軽装甲であるように感じられるのもあるんだろうけど。
「貴方も知っての通り、ISにはシールドバリアーがあるから。それに、この御影の装甲は特殊合金で出来ているからコストが高くて……ね」
「PICがあるとは言え、機体重量は軽い方がいいのだしな。その分を機動性に回しているのだよ」
 ロボットアニメで言うと、機動性重視のリアル系か……。さてと、武装は……。
「実弾兵器ばっかりですね」
「冷却機能や、更に消音システムに光学迷彩。何より認識攪乱機能……ステルス機能は、かなりの出力を必要とする。
コアからの出力を、武装に回す余裕が無かったのでな」
 『白騎士』が使ったといわれる荷電粒子砲のように、大威力の火器はない。もうその荷電粒子砲でさえ小型化されてるって話なのに。
最大の威力を持つ武器が振動ブレード『小烏(こがらす)』って辺りはどうよ?
「まあその辺りは、貴方が御影に慣れてくれれば追加できるわよ。そもそも、ステルス機能に慣れるだけで相当の時間が掛かるだろうし」
 それもそうだな。そもそも、強い武器があったとしても俺が使いこなせるとは限らないし。 
「よしっ……。じゃあこの『御影』を、しっかりと使いこなせるように頑張っていきます!」
 やや虚勢気味ではあったが。俺は、しっかりと宣言するのだった。




「……平和だなあ」
 クラス代表になってから、織斑一夏の日課はほぼ決まっていた。朝起きて食事を箒やセシリア達と取り、授業を受ける。
 授業が終わった後は白式を駆り訓練、または篠ノ之箒と剣道の稽古。そして夕食後は、ISの勉強だった。そんなある日。
「箒? 探しモノか? 俺も手伝……」
「な、何でもないのだ! お、お前は復習でもしていろ!!」
 ルームメイトが、何やら探し物をしていた。協力しようかとしたが、断られる。
「何なんだ、一体……ん?」
 僅かに不満げに机に座ると、視界に奇妙な物が映る。よく見ると、机と壁の間に何かが挟まっていた。
「何だこれ?」
 引っ張ってみると……白、そして薄いピンクと青に彩られた布だった。
「……あれ? これって――」
「――!! か、返せっ!!」
 そして箒が瞬時に腕を伸ばし、その物体を奪ったが。一夏には、しっかりと記憶された後だった。
そして同時に先ほどの態度や、何故彼女が慌てて『それ』を奪ったのかも理解する。
「……あー。箒?」
「……な、何だ」
「ブラジャー、付けるようになったんだな」
 場を和ませるジョークのつもりだったが。それは最悪のジョークだった。
「天誅ぅーーーーっ!!」
「どわああああっ!?」
 好きな異性に下着を見られた恥ずかしさか、それとも今のジョークへの怒りか。瞬時に竹刀袋から竹刀を抜いた箒が、一夏へと斬りかかる。
慌てて鞄で防御するが、中学時代に全国優勝を勝ち得た剣はそれ越しですら強い衝撃を伝えてくるのだった。
「今日という今日は、性根をたたきなおしてくれる……!!」
「ま、待て箒! 俺は決して悪気があったわけでは……」
「問答無用!!」
 何とか言葉での解決を目指すが、それは相手にその意思が無ければ全くの無意味であった。そして、じりじりと竹刀が一夏を押す。
「お、落ち着け箒! 俺はこんな物に興味は無い! だいたい、下着程度で今更動揺するか!!」
 ――静寂。自分は動揺しない、と一夏が言った直後。まるで音が消えたような静寂が訪れた。
「……箒?」
「そうか……。貴様は、こんな物、と言うほどに。動揺しないほどに女性の下着に触れた事があるという事か……」
「げっ!? ちょ、ちょっと待て箒!!」
 一夏は自分の一言がどれほど迂闊であったのかを理解した。だが、吐いた言葉は二度と戻らない。
「一夏さん、ご一緒に夕食を……な、何をなさってますの!?」
 しかし天佑か、セシリアが現れた。思わぬ救援に、一夏は一縷の希望を見出す。
「この不埒者を成敗している所だ!! ……ぬっ!?」
 セシリアの登場で気がそれた箒の竹刀を、鞄を傾けて受け流し。そして、脇から逃走に成功した。
「ふう……」
 ごく僅かではあったが、死の恐怖を感じるほどの死闘に体温は上昇し。それを冷まさんと、汗が出ていた。
それを拭わんと、手近にあったタオルを手に取り、顔に当て……
(ん? 何か変だな、このタオル……)
「……!! …………!! ………………!!」
「い、一夏……さん?」
 一夏は違和感を覚え、箒は声にならない声をあげ。そしてセシリアは、自分の見たものが信じられないように一点を見ている。
「どうしたのよ、いった……あれ? 織斑君の手に持ってるの……え゛?」
「ぶ、ブラジャー? しかも何、あの大きさ……? スイカでも入れるの?」
「……え゛!?」
「…………」
 その時。セシリアの横から部屋を覗いた1026号室コンビの放った一言が、一夏に真実を教え。セシリアの表情を消した。
箒が奪い返し、竹刀と入れ替わりにテーブルの上に置いた下着。それをよく確認しなかった一夏が、タオルと間違えて手に取ったのだが。
「一夏さん……まさか、篠ノ之さんの下着を盗もうとするとするなんて……」
「違っ!? 違うぞセシリア!?」
「そこまで欲望が抑え切れなかったのですね……。それでしたら、わたくしが何とかしてさしあげましたのに……」
「何言ってるんだセシリアーーーー!?」
 セシリアは完全に暴走していた。とんでもない事を口走っている自分にも、全く気付いていない。
それなのに、実体化したスターライトやブルー・ティアーズの照準はしっかりと一夏を捉えている。国家代表候補生の訓練の賜物だろうか。
「……はっ! ちょ、ちょっと落ち着いてオルコットさん! 多分、貴女の考えてるような事態じゃないから!!」
「ちょ、ここじゃ幾らなんでもまずいって!」
 我に返った香奈枝が必死でセシリアを止める。フランチェスカも止めてはいるが、一夏の処刑には賛成のようであった。


「……なるほど、織斑先生の下着を洗っていたのね」
「それならばまあ、納得しないわけではありませんが……」
「……ふん!」
 そして。一夏の『自分は姉の下着を洗っていたので、女性の下着に対し耐性があった』という説明で事態は落ち着いた。
「それにしても、織斑君ってご両親がいなかったのね……」
「……」
 一夏の両親不在を知らなかった欧州コンビは、視線を落とした。何故母親ではなく弟なのか、という疑問が生じたための説明だったが。
特に自身も両親を亡くしているセシリアは、先ほどの激昂が嘘のように暗い影を落としていた。
「まあ、誤解も解けたし。ご飯にしましょう。私も、お腹減ったし」
「そうですわね。……それにしても、織斑先生の下着を一夏さんが洗っているとは思いませんでしたわ」
 ややわざとらしいが、明るく言い放つ香奈枝。そこまでなら良かったのだが。セシリアの一言が災いを招いた。
「……ほう。個人情報を漏らすとは、いい度胸だな織斑? そして貴様ら。聞いてはならない事を聞いてしまったようだな?」
 廊下と部屋のちょうど境目から聞こえたその鬼の声に、全員が理解した。……今日は厄日だと。
「どうして、こうなるのかしらねえ」
 香奈枝は達観したような声を漏らすが。当然、事態は好転するわけも無いのだった。


「あら、織斑先生。今から夕食ですか?」
「ああ、そうだ。今も一仕事終えた後だからな、飯も美味いだろう」
「一仕事……?」
 食堂に向かう廊下の途中で、織斑千冬と山田麻耶が出会った。同僚の『一仕事』に心当たりの無い麻耶は、首を傾げるが。
「なあに、織斑と連中が騒いだだけだ。それで少々『説教』をしてきただけさ」
「そ、そうでしたか……」
 『説教』の本当の意味を悟りつつも、愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「それにしても、篠ノ之さんとオルコットさん……織斑君の周りで、何か重大なトラブルでも起こすんじゃないでしょうか?」
 それは、クラス代表決定の言い争いから今までを見た彼女の危惧だった。何かあれば、彼らの立場が学園内の出来事では終わらせない。
世界でも二人しかいないISを動かせる男性。ISのコアを唯一生産できる開発者・篠ノ之束の妹。英国貴族にして、代表候補生。
いずれも国家レベルの大問題になりかねなかった。――だが、副担任の危惧を担任は一蹴する。
「まあ、その時は我々が介入すればいい。今の程度ならば、むしろやらせて置いた方が良いだろう。
――篠ノ之もオルコットも、中学時代は笑うどころではなかったからな。角が取れてちょうど良いさ」
「あ……」
 麻耶も、二人の事情は知っている。箒は、姉が篠ノ之束である為に監視生活だった。ある事件をきっかけにそれは悪化し。
他人と親しくなる前に転校と転入を繰り返し。性格は荒れ、力に溺れ。剣道で全国優勝という実績すらも誇れる物ではなかった。
 そしてセシリアも、両親を二年前に亡くしている。それ以来、財産目当ての輩との対峙を余儀なくされ。
それらから自分を守る防壁が、あの誇り高さだったのだ。あの暴言が生まれたのも、それが原因の一つだとも言える。
 ――だが、今の二人は年相応の少女に戻っている。それが一夏との再会(もしくは出会い)が原因である事は、間違いなかった。
「でも、宇月さんは大丈夫なんでしょうか……? 二人の間に挟まれてますけど」
「なあに、あいつもある意味で特殊な奴だ。恋ボケしたあの二人を刺激せずに間に入れる、稀有な奴だよ」
「こ、恋ボケ……」
 言い様に、思わず絶句するが。ある意味、言いえて妙でもあった。
「あいつはそれなりに場に入り込み、場が乱れればそれを纏められる力もある。まあ、少々短気なのが欠点だが。
如何しても駄目そうなら、さっきも言ったが我々の出番さ。そうだろう?」
「そう……ですね。生徒の自主性を信じて。でも、放任も駄目なんですよね」
 いつもよりも引き締めた表情になる麻耶。その表情を保てれば、生徒達からも親しみよりも敬意をはらわれるだろう……
と織斑千冬が思ったのは彼女だけの秘密である。




 亡国機業。それは、ネット上で語られる秘密組織の一つである。一説には、20世紀半ばより存在するといわれるその組織。
国家・民族・思想・宗教などに左右されず。結成理由も、規模も、目的も。何もかも不明な組織。
ただ一つだけ確定しているのは。――その組織がネット上の妄想などではなく、実在しているということであった。
「来たわね」
 その拠点の一つでは、その一員・スコールが、自らの知る最大の問題児を呼び出していた。
そこには、黒と銀。更に赤に彩られた一体のISが鎮座している。そしてその前にいるのは、笑っている一人の問題児。
「これが、そうなのか?」
「ええ、貴方のIS。名前は『Procursaotor』よ」
「プロークルサートル……。ラテン語で『先駆者』と言う意味か」
「ええ。それじゃあ、フォーマットとセッティングをやるから乗りなさい」
「おう」
 スコールに促され、問題児はISに背を預けた。体格に合わせてフィットした機体は、そのまま初期化と最適化を開始する。
「始まるわね」
 心なしか嬉しげなのが、ハイパーセンサーで解った。
(……それでも微妙なあたり、こいつが本心を隠すのが上手いって言うのが解るな)
 そして初期化が終わるが。偶然にも同じ日に最適化と初期化を終えた御影と比べれは、それはかなりの重武装ISだった。
最強武装である大口径荷電粒子砲『イムペリウム』と近接戦闘ブレード『ワスターティオ』を標準装備として量子変換され。
ビーム砲の下部に高性能スラスターを繋げた筒状の一体形成ユニット『デーポルタティオ』を二つ背に纏い。
シールドにビーム砲を装備させた非固定浮遊部位『エクェス』と近接戦闘用防御部位『オールドー』を標準装備し。
他にも多数の火器が量子変換されており、その上それらを同時使用するための補助アーム『ミーレス』まであった。
「いいねえ、気に入った」
「それは良かったわ。じゃあ、早くそのISに慣れて頂戴。それと貴方のコードネームだけど……。
機体に合わせて『centrum』って言うのはどうかしら。ふふふ」
「ケントルム……ラテン語で『中心』か。まあ、悪くは無い」
「それと貴方の身分だけど、偽装が完了したから。いつでも学園に入り込めるわよ。くれぐれもソレがばれないようにお願いするわね。
解っているとは思うけど、最初は手出しは禁物よ。それと……」
(……。さて、こいつに慣れるのには……数週間って所か。なら、ちょうど良いな。アレにぶつけてみるか。くくくくく……!!)
 スコールの言葉を聞き流し、ケントルムは嘲る。この世界の全ての者を見下す、その性根。それは間違いなく邪悪であった。


「ふふ、単純な子ね」
「スコール。……アレで本当によろしいのでしょうか?」
 そしてケントルムは、与えられた『玩具』を嬉しそうに着たまま地下の訓練用アリーナに向かった。
プロークルサートルの初期化と最適化を実行した技師が、疎ましげな視線を向けてくる。その感情は理解するも、スコールは受け流す。
「言いたい事は解るけど、ああいうのも使い方次第よ。それよりも『あちら』の方はどうなっているのかしら。
Mやオータムの方からはまだ報告は無いの? それに『12』との接触も。玩具で遊ぶ子供に構っている暇は無いわよ?」
「そ、その。え、Mもオータムもまだ……。と、トゥウェルブとはその……」
 咎めるつもりは無いのだが、立板に水のような言葉に返せないのか、技師はしどろもどろになる。
 ――その時、何かの報告が入ったらしくスコールのISが反応した。
「あらオータム。貴女が私に通信を送るって事は……」
『ああ。アラクネ奪取成功だ。別に問題なく奪えたぜ』
「ご苦労様。ふふ、帰ってきたら髪を梳いてあげるわね」
『お、おう』
 普段は荒々しいオータムだが、スコールに対してはこういう態度を見せる。それが彼女にとっては可愛らしくてたまらなかった。
「さて、と。次は――あら」
 待ちわびた『12』との接触であった。とはいえ、スコールの態度は変わらない。
「ごきげんよう。――あら、そうなの。それではこちらはこう動くとしましょうか。――ええ、そう。私達は――」
 言葉の雨が鳴り響く。それが、自分達にどのように関わるのか。織斑一夏達は、まだ知らずにいるのだった。



★オリジナルIS紹介

●プロークルサートル
 ラテン語で先駆者を意味する重火力のIS。????改めケントルムの専用機となるISで、重武装を誇る。
亡国機業はISの強奪事件を繰り返しているが、これもその戦利品に当たるのかどうかは不明。
 外見イメージは、赤と黒に包まれたゴーレム(漫画版)。関節部などを除いては殆どが装甲や武装に覆われている。

・イムペリウム  
 ラテン語で『支配』を意味する、量子変換された大口径荷電粒子砲。イメージ的にはZZガンダムのハイパーメガカノン砲。
長射程と高い破壊力を持つが、小回りがきかないのとチャージに少しだけ時間がかかるのが欠点。

・ワスターティオ
 ラテン語で『略奪』を意味する、量子変換された近接戦闘ブレード。
外見は、イスラム教徒の使っていた円月刀・ファルシオンに近い『切り裂く』剣。

・デーポルタティオ
 ラテン語で『追放』を意味する、直線的な加速力と砲撃力を上昇させるためのユニット。筒状の部位が二つ、という装備。
元ネタはゾイド・パワーアップパーツのCP-09・ブースターキャノン。基本的にブースターと逆方向にしか攻撃できない。

・エクェス
 ラテン語で『騎士』を意味する、丸い楯の中心部にビーム砲を装備した非固定浮遊部位。
純粋に楯として使用したり、少しだけならブルー・ティアーズのように遠隔操作する事も可能。
威力はイムペリウム・デーポルタティオに劣るが、ビームは扇形に広がる為に攻撃範囲が広く、速射性能でも勝る。

オールドー   
 ラテン語で『秩序』を意味する、ゴーレムの肩から下方に広がるマント状部位。自動で近接攻撃を防御する。

ミーレス
 ラテン語で『兵士』を意味する補助アーム。本来の腕に比べれば細くて脆いが、銃器を扱えるだけの耐久性と器用さは併せ持つ。
デーポルタティオの筒と筒の間にバックパックが存在し、その中に収納されている。手先は人間並みに器用。





 何とかオリジナル話も書き上げられ、御影やプロークルサートルといったオリジナルISも出せた……けど。
ステルス機能に関しては、まだまだネタがあったり。問題は私がソレを上手く扱えるのかということだ。
うん。文中で言っていた『操縦者次第』と同じだな。





[30054] 再会と出会いと
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2011/11/25 08:03
 遅咲きの桜の花びらもなくなり、俺達も学生生活に慣れてきた四月末。俺と箒が教室に入ると。
「ねえねえ聞いた? 二組に、転入生が来たんだって!!」
「知ってる知ってる! 二組の子が言ってたわよ、今日から登校だって!」
 朝の教室では、転入生の話題が飛び交っていた。昨日まではそんな話題は無かったのに……。女子の情報網って、伝達速度がすごいな。
というか今日来る奴の情報が、もう広まってるのか? でも……
「おはよう。転入生がくるのか? 今の時期にか?」
 聞いた話では、このIS学園の転入の条件は厳しいらしい。国や企業の推薦が無ければ転入試験さえ受験できない、って話だった筈だが。
「あ、おはよう織斑君。そうよねえ、それじゃあ転校生は、代表候補生って事よね?」
「うんうん。中国の代表候補生なんだって!」
「中国の……。あらあら、わたくしの存在を危ぶんでの転入かしら」
 中国の代表候補生、か。そういえば、セシリアも英国の代表候補生だったよな。それにしても、どんな女子なんだろうな。
代表候補生って事は、セシリアみたいな実力者なんだろうけど。まぁ、二組なんだから直接の関係はあまり無いか。
「気になるのか?」
「ん? ああ、そうだな」
「……」
 そう答えた途端に、不機嫌になる箒。……何故だ?
「今のお前に、他のクラスの女子を気にしている余裕はあるのか? 来月にはクラス対抗戦があると言うのに!」
「そうですわ一夏さん! 一夏さんはこのクラスの代表なのですから、しっかりして頂かないといけませんわ!」
「落ち着いてよ、二人とも。二組のクラス代表はもう決まってるみたいだけど、まったく無関係っていうわけじゃ無いわよ。
そのクラス代表に、中国の代表候補生が教えるかもしれないじゃないの。織斑君に対するオルコットさんのように、ね」
 そうフォローするのは宇月さん。箒とセシリア、あるいは二人と俺の間に立ってフォローしてくれる。俺の周りには稀有な、得難い人材だ。
「なるほど、ですが心配は無用ですわ。このわたくしが、きちんと一夏さんにご指導してさしあげていますから。
二組のクラス代表であろうと、他国の代表候補生であろうと、わたくしと一夏さんの敵ではありません!」
 自信いっぱいに胸を張るセシリア。確かに最近は、知識面でも実際の操作面でも色々と教えてもらっている。凄く助かっているのは事実だが。
「まぁ、やれるだけやってみるか」
「やれるだけやる、では困ります! わたくしの教えを受けた以上、一夏さんには勝っていただきませんと!」
「そうだぞ。男たるもの、そのような弱気でどうする!!」
 うーん。セシリアに教わっているのは事実なんだが、俺自身がそれをしっかりと吸収できていないようなんだよな。
最近はISの基礎操縦でも躓いていて、とてもじゃないがセシリアのような自信に満ちた返答は出来ない。
初めて白式に乗った時は凄く身体に馴染んだあの感覚、それが最近じゃあまり感じられなくなったし。
「でも織斑君、それなりに上達してきてるわよ? まあ、白式の最適化もあるんでしょうけど」
 こう言ってくれるのは、宇月さん。彼女の言うとおり、白式の方が俺に合わせた最適化をしてくれている。
その分だけは操縦は上達しているんだが、つまりは、機体任せって事になるんだよなあ。……いかんいかん、暗くなったな。話題を変えよう。
「そういえばさ。他のクラス代表は、専用機を持ってるのか?」
「ええと……。専用機を持っているクラス代表は、織斑君と四組だけって話だよね?」
「そうね。噂じゃ、その候補生の専用機も未完成の状態らしいしね」
 神楽さんや田島さんが言うが……って事は、実質俺だけって事か?
「でも、未完成ってどういう事だ?」
「さあ。噂だと、織斑君の白式と同じ倉持技研の開発らしいんだけど……関係あるのかも」
 へえ、白式と同じ所が作ってるのか。兄弟機……って言う奴か?
「まあ何処の開発した機体でも、未完成の機体ならいいじゃないの。むしろ、代表候補生クラスの操る量産機の方が強いよ?」
 こう言ったのはフランチェスカ。これは決定戦の後に知った事だが、代表候補生でも必ず専用機を持っているわけではないらしい。
これは当然で、ISの数に上限がある以上それを操る人間は限られるわけで……。と、まあそれは良いか。
「ともかく頑張ってね! 織斑くん!」
「織斑君が勝てば、クラスの皆が幸せだよっ! なにせクラス全員分のデザートパス半年分なんだからっ!」
「実質、専用機は織斑君だけなんだからっ!」
「あ、ああ」
「―――その情報、古いよ」
 盛り上がる皆に俺がなんとなく答えると、それを押し切るように教室の入口の方から声が聞こえてくる。
……あれ。この声、何処かで聞き覚えがあるような……? 
「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝出来ないから」
 いつの間にか、ドアに見覚えのある女子がいた。栗色に近い黒髪のツインテールと、八重歯が覗く不敵な笑顔。おいおい、まさか。
「鈴……? お前、鈴なのか!?」
「そうよ。一年二組のクラス代表にして、中国代表候補生、凰 鈴音! 今日は、宣戦布告に来てあげたってわけ!」
 鳳鈴音。俺の、もう一人の幼馴染み。小五から中二までの間を共に過ごした、性別を越えた友人って感じの奴だった。
だけど、中三に上がる前に家の都合とかで母国である中国に帰ったのに。まさか、その中国の代表候補生? しかも二組のクラス代表?
「ふふん、久しぶりね、一夏。驚いた?」
 気どった表情の鈴。もう会えないかもと思ってた人間と再会できるなんて、すっげえ嬉しいし驚いた。……でも、それにしても。
「何やってるんだ? すっげえ似合わないぞ」
 気どってるが、鈴っぽくない。と言うか……違和感すらある。
「なあっ!? あ、あんた、何言ってるのよ!? 他に言う事あるでしょ!? たとえば――」
「鳳さん……貴女、いつのまにそんな事になってたのよ」
 うん、こっちの方が鈴っぽいな。あ。そう言えばこのクラスには、もう一人鈴を知っている人がいたんだった。
俺や弾と同じく、鈴と同クラスだった女子が。
「え? あ……あんた、宇月!? あ、あんたも、この学校の生徒なの? しかも一夏と同じクラス!?」
「まあ、ね。織斑君とは違って一般入試突破組だから、貴女が知らなくても無理はないけど」
 前述の通り、鈴と宇月さんもクラスメイトだったんだが。この二人は、別に仲は悪くなかったよな?
「そ、そういえばIS学園受験コースの塾に通ってたっけ、あんた。ま、まあ良いわ、あんたなら絶対安全だから。問題ないわね、うん」
 安全? 一体何が安全なのだろうか。確かに宇月さんは危険人物ではないが。――あ。ちょうど今、危険人物が鈴の後ろに。
「あいたあっ!? 何す」
「SHRの時間だ。二組に戻れ」
 頭を叩かれ、振り向いた鈴だが固まった。何故ならそこにいたのは、千冬姉だったから。
「ち……千冬、さん。お、お、お久し、ぶりです……」
 うわあ。ガチガチに固まってるよ。緊張じゃない、別の感情で。
「久しぶりだな、鳳鈴音。だがここでは織斑先生と呼べ。それとも、もう一発くらいたいか?」
「す、すいません……。ま、またあとで来るからね! 逃げないでよ一夏!」
 鈴、千冬姉が苦手だからなあ。こうなったら、鈴は撤退するしかないだろう。
「うぐっ!?」
「貴様、またつまらん事を考えていたな。……さてと、始めるぞ」
 何も言っていないのに、出席簿アタックをくらってしまった。というか、何で解るんだよ……。




 一時間目の終わったあとの休憩時間。篠ノ之さんとオルコットさんが、私の前に来た。
「どういう事なのだ、あれは」
「先ほどの方の事、ぜひ教えていただきたいのですが」
「……と言うか、何故私に聞くの?」
 織斑君に、直接聞けば良いじゃないの。
「そ、それはその、だな……」
「い、一夏さんは今はいませんし。その……」
 ああ、何となく解るわよ。そもそも聞き出そうにも、織斑君はトイレに向かったし。
男子トイレは数が少ないから、行こうと思ったら全力疾走が必須なのよね。しょうがない、か。
「彼女は……鳳さんは、一言で言うと織斑君の幼馴染みよ」
「幼馴染み、だと? そんな筈は無い、あんな奴は知らんぞ」
 篠ノ之さん、お願いだからその射殺すような目は止めて。というか私は織斑君みたいな耐性も、オルコットさんみたいなスルー技術も無いの。
この一月で、多少は慣れたけど。……はあ、どうしてこうなったのかしらね。
「確か、小学校五年の時に転校してきて以来の仲って話だったと思うけど」
 私と織斑君、そして鳳さんは中学一・二年の時に同じクラスだった。だから、彼に片思いをしていた彼女とも知り合いなのだけど。
だからといって、あまり親しかったわけでもない。私は受験勉強に忙しかったし、彼女は彼女で織斑君達とよく遊んでいたし。
そんな仲だから、彼女の事を二人に説明しようにもそんなに出来るわけじゃない。
「なるほど、な。私が四年の時に転校させられてしまったからな……。入れ替わり、と言う事か」
 転校『させられた』って何だろうか。少し気にはなるけど、触れない方が良い気がした。
「そ、それで宇月さん。あの方と一夏さんは……」
「……今の貴女達と、一緒の筈よ」
「なるほど、な。……そうかそうか。よく解ったぞ」
「うふふふふふ……。中国の代表候補生が、まさか……面白い偶然ですわね」
 ……ねえ。ここで殺気を撒き散らしあわないで。と言うか谷本さんと夜竹さんが怯えて、布仏さんの後ろに隠れちゃったわよ。
布仏さんはいつもどおり、のほほんとしてるけど。……意外と大物ね、彼女。
「ふう、間に合ったぜ。……あれ、何やってるんだ二人とも?」
「いや、何でもないぞ?」
「そうですわよ?」
「何でも無いってことはないように見えるんだが……」
 織斑君が帰ってきて、着席する。……その空気は解っても、彼女達の気持ちは解らないのね。
「なあ、何があったんだよ」
「いいえ、女同士の話し合いよ」
 ……全部、あなたに関わる事だけどね。
「そっか、ならまあいいか。それにしても……なあ」
 ……? 織斑君の方にも、何かあったのかしら?




 授業中。俺は、さっきの休憩時間の事を考えていた。用を足し終え、戻る途中。


「一夏! いたわね!」
「鈴……今度は何だよ」
 階段の前で、鈴が待ち構えていた。
「おいおい、こんな人通りの多いところで待ち伏せか?」
「さっきはあまり話せなかったからね」
「勘弁してくれよ、こんな所で。時間もあまり無いぞ? 周囲の女子が、何事かと見てるじゃないか」
「あんたねえ! だいたい、あたしに再会できて――」
「きゃあああっ! 危ない!!」
 鈴の言葉を遮り、悲鳴が聞こえた。見ると、テニスボールが上から落ちて来る。それも複数。
跳ねとんだそれらは、ちょうど俺や鈴を直撃するコースをとっており……
「……!」
 落ちて来るボールが、やけにスローモーションに見えた。鈴だけは庇おう、と動こうとした瞬間。鈴が腕を翳すのが見えた。
……そして次の瞬間、テニスボールがISの手によって全て掴み止められているのが見えた。
「り、鈴、大丈夫……え?」
「大丈夫に決まってるじゃん。今のあたしは、代表候補生だよ?」
 鈴が翳した腕は、赤紫のISの装甲に包まれていた。鈴がISを腕の部分だけ纏い、テニスボールを受け止めたわけだ。
確か、部分展開とかいう技術。ISを身体全体ではなく腕だけなど、一部だけ展開する技術だ。それにしても……。
(俺は勿論、セシリアよりも上じゃないか?)
 部分展開の速さ、複数のテニスボールをつかみとる器用さ。それらを一瞬で判断し、実行する決断力。それは鈴の実力の一端を表していた。
確か鈴は、ISに関わりなんて無かった筈だ。……それがたった一年で、ここまで成長したっていうのか?
「一夏こそ、大丈夫? 怪我してない?」
「あ、ああ。ありがとう。……凄えな、お前」
「ふふん。そうでしょうそうでしょう……って! そんな事はどうでもいいのよ! それよりも――」
「何をしている、鳳」
 ……今まで格好良かった鈴だが、その声で思いっきり硬直していた。まあ、無理も無いけど。テニスボールも手から落ちてるしな。
「いくら専用機持ちとはいえ、決められた場所以外でのIS展開は禁止されているぞ。知らなかった、とは言わせん」
 もはや言うまでも無いが。そこに、千冬姉がいた。
「ま、待った、千……織斑先生。鈴は、俺を助ける為にISを部分展開してくれたんだ。えーーっと、確か……」
「この学園に置けるIS使用条項、特例1条3項。『人命救助その他緊急時においては、ISの展開できない場所・状況であっても許可される』だ。
3項補則『特殊使用時の事後承認』を下してやる。ちゃんと覚えておけよ」
「は、はい」
 ああ、それだった。……まあ、鈴がISを展開した理由は解ってくれたみたいだからいいけど。
「織斑、その辺りを片付けて置けよ。お前らも、ボールの管理はしっかりとやれ」
「はい」
「ご、ごめんなさーい!!」
 そして、結局転がり落ちたボールを拾い出す。その頃になってようやく張本人たちが降りてきた。そして、鈴もボールを拾い出……って。
「おい、お前はいいよ。守ってくれた上に、ボールまで拾わせたら俺の立つ瀬が無いぜ」
「何言ってるのよ、今更。そもそも、次の授業に遅れたらヤバイでしょうが」
 ……まあ、そりゃそうだけどな。二組はどうか知らないが、一組は……なあ?
「ねえ、一夏。積もる話もあるからさ、昼に食堂で待ち合わせない?」
「ああ。何なら、今日は奢ってやろうか?」
 以前は変な物を買わされたりした時もあったが。今日は、特別だ。
「今日は再会祝いって事で特別に勘弁してあげるわ。――んじゃ、待ってるからね!」
 ボールを拾い終えると、鈴は走り出した。そして俺も教室に戻った、のだが。


「……」
 鈴は二組のクラス代表になったらしい。と言うことは、クラス対抗戦で俺とも戦う事になる。
クラスの皆は、俺に期待……と言うか大半はデザートパス目当てだろうけど、俺を応援してくれているのに。
(勝てるのか、俺は……)
 鈴と再会出来た事は嬉しいが、それが不安だった。俺は、どうすればいいんだろうか。
「ほう、織斑。授業を聞かず考え事とは余裕だな」
 ……とりあえずは、この鬼教師の鉄拳を堪える事にしよう。うん。




「……ふふふ」
 授業中。あたしは、さっきの事を思い出して小さくガッツポーズをした。一夏と話を、と思って教室を出たら全力疾走する一夏を見て。
何かと思えば『男子トイレは少ないから、走らないと間に合わない』って思わずこけるような理由で。
まあトイレの邪魔しても仕方が無いから、後から追いかけて会う約束でも取り付けようかな、と思ったら……。
予想外の状況で、あたしのISを見せる事になった。まあ、結果はラッキーだったけど。昼に約束できたしね。
(それにしても、あいつ、やっぱり変わってないわね。あたしを守ろうとしてくれたし)
 たった一年だから当然かもしれないけど、一夏は、一夏のままだった。男だからって、変に威張らず。かと言って情けなくもなく。
弾辺りを相手するのと変わらない感じであたしに接してくれている。……逆に言うと、女って見られてないのかもしれないけど。
(まあ、これからあたしの魅力に気付かせていけば良いわよね!)
 ポジティブに、そう考える。あたしだって、中二の時とは違う。胸だって、少しは大きくなったし。ただ……。
(予想してなかったわけじゃないけど、周りにいっぱい女がいたわね……)
 クラスの皆にちょっとだけ聞いた所によると、一夏と特に親しいのは三人。宇月と、篠ノ之箒という女。
そしてセシリア・オルコットと言う英国代表候補生らしい。まあ宇月は良いとしても、残りの二人が問題。
 篠ノ之箒。こいつは一夏の幼馴染みだって話だけど、そう言えば聞いた事あるような気がする。直接顔は見た事無いけどね。
何でもISの開発者・篠ノ之博士の妹らしいけど、まあそれは関係ないでしょ。
 そしてセシリア・オルコット。こいつは英国の代表候補生らしい。それは兎も角、一夏と親しくなる理由が解らない。
見た感じ、プライドの高そうな奴だった。一夏とクラス代表を賭けて戦ったらしいけど、それが何であそこまで親しくなるのよ。
男子が好きな『殴りあった後に友情が出来る』って奴なのかしら? それにこの二人は、一夏と特訓もしてるらしいし……強敵ね。
「……まあ良いわ、誰が相手であれあたしは絶対に負けないんだから!! ……あ」
 うん、あたしはここが教室で、今は授業中である事を忘れてた。クラス中の視線が、立ち上がったあたしに集中する。
「~~~~!!」
 真っ赤になり、あたしは着席する。くすくす、と言う笑いもした。
(う~~! 一夏、覚えてなさいよ!!)
 

「待ってたわよ、一夏! ……って」
 昼休み、食堂であたしはラーメンの乗ったトレーを持ったまま待っていて……そして一夏が来た。
ちゃんと約束したからか、ラーメンにまだ湯気が立っている時間。それは良いんだけど……。
「何であんたらが一緒なのよ……」
 さっきも横に居た女子二人――多分この二人が、篠ノ之箒とセシリア・オルコットなんだろう――がいて。
そして宇月と、他の女子が三人一緒について来ていた。
「え? だって飯は皆で食った方が美味いだろ?」
 100%本気で言っているわねコイツ。……あのね、約一年ぶりの再会なんだから。
積もる話もあるだろうあたしと、二人きりになろうって発想は無いわけ!? ……まあ、無いのがコイツなんだけどさ。
「さて、今日は何を食べるかな……」
 ……ああもう! ムカつく!!


 まあ、何はともあれ。あたし達はテーブルについて食事と一年ぶりの会話を始めた。――さっきの? ノーカンよ。
「それにしても鈴が代表候補生か。いつのまにそんな事になったんだよ?」
「まあ、色々とあったのよ。それよりアンタこそ、何で男なのにISを起動させちゃってるのよ? どういうわけ?」
「俺にもわけが解らねえよ。まあこの学園に来たから箒や鈴と再会できたんだし、ISを起動できて良かったのかもな」
 ……む、何であたしの名前が二番目なのよ。あと、あたしと再会できたんだから良かった『のかもな』じゃなくて良かった、でしょうが。
「あ、そういえば鈴に紹介してなかったな? こっちは――」
「篠ノ之箒だ。一夏の『幼馴染み』だ」
 幼馴染み、を強調して言う目の前の女――篠ノ之箒。
「ふうん。あんたも『幼馴染み』なんだ」
「ああ。そういえば箒が引っ越したのが小四の終わりで、鈴が転入してきたのが小五の頭だから……って、鈴。何で不機嫌そうなんだ?」
「別に!」
 ……こいつは敵だ、って事が解ったからね。
「もう自分で自己紹介したけど……鈴には話した事があるだろ? 俺が通ってた剣術道場の、それと、縁日があった篠ノ之神社の娘だ」
「ああ、アンタがそうなんだ」
 篠ノ之、っていう名前はそれだったわけね。あたしにとって、剣術道場はどうでもいいけど、縁日は良い思い出がある。
あたしと一夏と、金魚すくいやら射的で……。弾や一馬もいたっけ。……あ。弾に絡んで、やな事を思い出したわ。
弾が悪いわけじゃないんだけどね、うん。あたし達より一つ下の『あの娘』と出会ったのも、縁日だったわね。
「初めまして、篠ノ之さん。これからよろしくね」
「ああ。こちらこそ」
 そう言って、あたし達は笑顔で挨拶を交わす。でも、互いに目は笑ってない。……良い度胸じゃないの。
「おほん……! イギリス代表候補生であるわたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん?」
 そこで絡んできたのは、もう一人の要注意人物であるセシリア・オルコットだった。でも……
「あっそ」
「なっ!! わ、わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!? 言う事はそれだけですの!?」
「ごめんね。あたしそういうの興味ないから。他の国の事とか、どうでも良いし」
 ……あんたが何で一夏と親しいのか、は気になるけどね。
「ど、どうでも良い……!?」
 何か言いたそうだけど、まあ放っておこう。……さて、と。
「で、宇月。あんたは何で『私は関係ありません』って言う顔でサンドイッチ食べてるのよ?」
「放って置いてくれて良かったのに……」
 何言ってるか解らないわよ。だいたいあんた、中学の時とキャラ変わってない? 前は何でもクールに物事を運んでて。
まあIS学園目指すくらいだから、勉強もスポーツもかなりのモノで。でもそれなりに人間関係こなしてて。
もしこいつが一夏の事を好きだったら、かなりやばそうなライバルになると思った事もあったのに。
「宇月さんは、ある意味俺達のストッパー……良心だからなあ」
「両親?」
 ……ああ、良心ね? ……。
「あれ、鈴。どうしたんだ?」
「な、何でもないわよ!」
 変な所に鋭いのも変わってないわね。そ、それよりも。
「宇月。あんた、苦労してるの?」
「お察しの通りよ」
 『良心、とはどういう事だ?』『説明してくださいますか、一夏さん?』と二人に詰め寄られてる一夏を見て。
……あたしは、宇月の今のポジションが何となく解ってしまった。やっぱり、宇月に関しては警戒する必要は無さそうね。
「それよりもさ、一夏。アンタ、一組のクラス代表なんだって?」
「まあな」
「な、ならさ。あたしがISの操縦を見てあげよっか?」
 ……そういう事なら、一夏と二人っきりになれるし。
「そりゃ助か―――」
「一夏に教えるのは私の役目だ! 頼まれたのは、私だ」
「貴女は二組でしょう!? 敵の施しは受けませんわ」
 ……ぐ。こいつら、やっぱりあたしの敵だわ。落ち着くためにラーメンのスープまで飲み終えて、あたしは確信する。
「あたしは、一夏に言ってんの。他の人は引っ込んでてよ」
「そうはいかん。私は一夏にどうしても、と頼まれているのだからな」
「一組の代表ですから、一組の人間が教えるのは当然ですわ! 貴女こそ、後から出て来て何を図々しい事を」
「後からじゃないけどね。あたしの方が付き合いは長いんだし」
「だ、だったら私の方が早いぞ! それに私は、一夏と何度も夕食を共にしているのだ!」
 なるほど、流石は幼馴染みね? ……でもね?
「それなら、あたしもそうよ? 一夏、あたしの家に何度も食事に来たし」
「な、何っ!? 一夏、どういうことだ? 納得のいく説明をしてもらおうか?」
「わたくしもですわ、一夏さん!! 何故お二人だけ!!」
「え? 説明も何も……俺が中学の頃、よく鈴の実家の中華料理屋に行ってたってだけだぞ?
箒の方は、道場仲間の誼で千冬姉と一緒にご馳走になってたってだけだし。何か問題があるのか?」
 ああ、何であんたは馬鹿正直に言っちゃうのよ!! ……まあ、篠ノ之の方もあたしと同じ感じみたいだけど。
「な、何だ、店なのか?」
「織斑先生と一緒に、それにお店だったんですの? な、なら何も不自然なことなんてありませんわね」
 安堵する二人。……くっ! だったら次は――
「あ、そうだ。中華料理屋で思い出したけど、親父さんとおふくろさんは元気にしてるか?
久しぶりに、あの親父さんの作った中華が食べたくなったぜ。親父さん達も戻ってきてるのか?」
 ……。あたしは、食べ終えた空の器にレンゲを落としかけた。……よりによって、その話題に触れるの? ま、まずい、え、ええっと。
「どうしたんだよ。親父さん達に、何かあったのか?」
「う、ううん。父さんは元気――――だと思う」
「「……?」」
 やばい。一夏と宇月が、変な顔でこっちを見てる。一夏は変な所に鋭いし、宇月は洞察力とか観察力が高かった。……わ、話題変えないと!!
「そ、それよりさ。今日の放課後、時間空けなさいよ。久しぶりだし、どこかで……あ、ほらほら。駅前のファミレスとかで、久しぶりに――」
「あー。あそこは去年潰れたぞ?」
 そ……そう、なんだ。
「じゃ、じゃあ――」
「あいにくだが、一夏と私はISの特訓をするのだ。放課後は埋まっている」
「そうですわ、クラス対抗戦に向けて特訓が必要ですもの。特に私は専用機持ちですから、一夏さんの訓練には欠かせない存在なのですわ」
 ……ああ、もう! こいつら、さっきからあたしの邪魔ばっかりして!!
「……鳳さん。一つ、良い?」
「何よ?」
 宇月まで口を挟む気?
「こっちで三人、貴女に相手にしてもらえなくて泣いてるんだけど。何とかして」
「は?」
 ……宇月の指さす方を見ると。
「ううう~~! 専用機持ちだからって、三人ばっかり相手して~~」
「あたしたちは無視~~!?」
「二人とも~~、泣き止もうよ~~」
 カオスだった。女子が二人、もう一人の……何か袖がだらーんとした女子に慰められてる。……ああ、ごめん。忘れてたわ。
「「「……」」」
 一夏と残り二人は『何とかしろ』って言ってるし。……しょうがないわね。
「……そこの三人、名前を聞かせてよ」
 結局あたしはその三人(布仏 本音、夜竹さゆか、谷本癒子)の三人と自己紹介をしあうのだった。……はあ、何かやる気が削がれたわ。



[30054] そして理解を
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2011/11/30 08:07

そして理解を



「ああ……いいお湯だったわ」
 大浴場からの帰り。心身ともにさっぱりした私は、自分の部屋の前まで来ていた。
「さてと、今日はもう揉め事はないだろうし。ゆっくりと寝ましょう」
 放課後、織斑君達の訓練には所用があったので参加しなかったし。穏やかな午後だったわね。ああ、願わくばこれが長く続いて欲しいわ。
「ふ、ふざけるなっ! 何故私がそのようなことをしなくてはならない!?」
 ……私の願いは届かなかった。スルーしたいけど、多分無理ね。放っておいたら、織斑先生が来るかもしれないし。


「篠ノ之さんも男と同室なんて嫌でしょ? 色々と気苦労多そうだし。その辺、あたしは平気だから代わってあげようかなって思ってさ」
「べ、別に嫌とは言っていない。それにだ! これは私と一夏の問題だ。部外者に首を突っ込んで欲しくない!」
「大丈夫、あたしも幼なじみだから」
「だから、それが何の理由になるというのだ!」
 隣室を覗き込むと、この部屋の住人二人に加えて鳳さんがいた。……うわー、物凄く厄介な状況。と言うか、何でこうなってるの?
「あのね、貴女達。ドア開けたまま騒がないでくれない?」
「宇月、良い所に来てくれた。こいつが理に適わぬ事をいうのだ」
「何よ宇月。あんた、何か文句あるの?」
 ……勘弁してよ、本当に。そう言いたくなった。織斑君は、何か私に期待するような視線を向けてるし。
「とりあえず、事情を説明してくれない?」


 ……。なるほど、ね。織斑君と篠ノ之さんが同室と言う事を知った鳳さんが、慌てて押しかけたってわけ。
「まあそういう事で。今日からあたしも、この部屋で暮らすから」
「ふざけるな! 出て行け! ここは私の部屋だ!」
「ここは『一夏の部屋』でもあるでしょ? なら問題ないじゃん」
 えーっと。次は、当人達の意見を聞いて見ましょうか。
「篠ノ之さん。貴女は、織斑君との同室を代わって欲しいって思ってるの?」
「思ってなどいない!!」
 はいはい、怒鳴らないの。ドアを閉めたから、音が篭るんだから。
「で、鳳さん。貴方は、何号室だっけ?」
「え? えっと……」
 なるほど。
「で、そっちの部屋のルームメイトには相談したの? だって鳳さんが部屋を代わるなら、その人にも関係してくる事なんだけど」
「いないわよ? あたし、一人部屋だったから」
 ……そうなの。と言うか、部屋が空いてるなら、篠ノ之さんと織斑君を別にすれば良いのに……。
まあ、鳳さんみたいな代表候補生の編入を考えて空室を作ってるんでしょうけど。だから織斑君も篠ノ之さんと同室になったんだろうし。
 あ、篠ノ之さんを鳳さんの部屋に移して、織斑君を一人にすれば……うん、無理だわ。二人とも納得しないし。
「じゃあ織斑君。貴方は……」
 どっちの方がいいの、と聞こうとして止めた。だって『どっちでも良いぞ』と返ってくるに決まってるから。さて、次は……あれ?
「そう言えば先生は? 普通、部屋を変わるなら先生が事情を話しに来る物だけど」
「あ……」
 痛いところを突かれた、といった表情の鳳さん。……あなた、まさか?
「鈴……。お前、相談もせずにいきなりこっちにきて部屋を変えようとしてたのか?」
 織斑君も気付いたようだけど。それは不味いわよ。
「だ、だって……その……」
「鳳さん。まずは、織斑君や篠ノ之さんよりも寮長の先生達に話すべきじゃないかしら?」
 流石にそれじゃあ、私も貴女の味方は出来ないわよ。多分『織斑君と篠ノ之さんが同室』って事で他の事を考えられなくなったんでしょうけど。
「だ、だって……よ、よりにもよって寮長は千冬さんだし……。入寮の挨拶した時だって、無茶苦茶怖かったわよ……」
 あら、知ってたの? なら、気持ちは解るわね。泣きそうになってるけど。
「まあ、今日の所は引き上げましょうよ鳳さん。その話は、また後日って事で」
「……ちょっと待って。それとは別に、まだ言いたい事があるの」
 と。鳳さんが、まじめな顔になって……でも、少し赤い顔で織斑君に向き合った。
「ねえ、一夏。約束覚えてる?」
 約束? あれ、篠ノ之さんが険しい顔付きになりだしたわね。
「……すまん、いつぐらいの奴だ?」
「えっと、小学校の時。まだ、果たされてない約束よ」
「うーん……」
「ほら、これよこれ!」
 中々思い出せないのか、織斑君は悩んでいる。それを見て、彼女は奇妙な動作をし始めたけど……何あれ?
「ひょっとして、中華鍋か? ……あ、思い出した!」
 ああ。その動作、中華鍋を振るってる動作だったのね。織斑君も閃いたみたいだけど。
「えっと……あれだよな? 鈴の料理の腕が上がったら、毎日酢豚を……って奴か?」
「そ、そう! それ!」
「そう言えばまだ、食べさせてもらった事ってなかったな。上達したのか?」
「うん! あんたの頬が、絶対に落ちるくらいよ!」
 喜色満面、ハイテンションな鳳さんとは逆の方から漂ってくるのは殺気。篠ノ之さんから、殺気が感じられるわ。
うん。――やっぱり、あれなの? 味噌汁を……っていう約束? というか、彼女とそんな約束をしていたなんて……。
「そっか。じゃあ今度、奢ってくれよ」
「「「……え?」」」
 鳳さんと篠ノ之さん、そして私まで声が一致した。……何言ってるの、織斑君?
「あれだろ? 鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を奢ってくれる、って約束だろ?」
 ……まずい。私は、直感的にそう感じた。
「いやぁ、俺も自分の記憶力を褒め……っ!?」
 でも、遅かった。乾いた音がして、織斑君の頬が叩かれた。私も篠ノ之さんも、叩かれた織斑君も呆然となるけど。
「最っ低! 女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ!! 犬に噛まれて死ね!!」
 ……それだけを言うと、鳳さんは嵐のように去っていった。……彼女、泣いてたわよ。
「鈴の奴……何で、泣いてたんだ?」
 泣いてたのは見えたみたいだけど、その理由は解らない織斑君。……ごめん、貴方が最低にしか見えないわ。
「一夏」
「お、おう。なんだ箒」
「馬に蹴られて死ね」
 ……やっぱり、篠ノ之さんも同意見ね。ふう。


「で、私に理由を聞きに来たわけ?」
 それから十分後、織斑君は1026号室に来た。理由はやっぱり、鳳さんのこと。ちなみに篠ノ之さんはトイレらしい。
堂々と言うのもどうかと思うけどね、織斑君? 本人か貴方のお姉さんがいたら、何を言われるか解った物じゃないわよ?
「織斑君。……今の私が行える最悪の行為は、彼女の真意を貴方に説明する事よ」
「う……。何で箒も宇月さんも冷たいんだ……」
 全然理由が理解できていない彼。……どうしたものかしら。突っぱねたいけど、それじゃあ目覚めが悪くなりそうだし……。
まあ、別の方面からアプローチしてみようかしら。
「そう言えば、疑問に思ったんだけど。……彼女に、中学の時は作ってもらわなかったの?」
「いや、作ってもらった事は何回かあるぜ。ただ鈴の奴も、料理が最初から美味いわけじゃなくってさ。結構失敗してた。
そもそも、この約束自体が小学校の頃だし……。あ、そう言えば別の事なんだけど。ちょっと良いか?」
「何?」
「昼間、食堂で鈴の親父さんの事を聞いたら、何か変だったよな?」
 ――。織斑君って本当、恋愛以外の機微には鋭いのね。
「そうね。……確かご両親が元気かどうかを聞いたら『お父さんは元気だと思う』だったかしら」
「ああ、そんな感じだったな。まるで、最近会ってないみたいな言い方だった。戻ってきてるとも来てないとも言わなかったしな」
 普通、IS学園に入学した海外出身者の家族が来るなんて事は殆ど無い。
とは言え、以前日本に暮らしていた鳳さんの家だったら可能性が無いわけじゃないけど。……それなら、鳳さんの反応がおかしい。
 考えられる線としては『代表候補生の訓練が忙しくて、最近は家族にも会っていない』って言う可能性もある。ただ、もしかすると……。
「まあ、それは置いておいた方が良いんじゃないの? 家族に関わることだし」
「……」
 何よ。その『宇月さんが言うか?』みたいな顔は。
「宇月さんだって、高校受験の時に俺の家の事に色々と絡んできたじゃないか。
俺が働こうと思ってるって言ったら『高校か大学まで進まないと、結局は良い就職口見つからないわよ』とか言ってたし」
「う……ま、まあアレはね」
 痛い所を突かれたわ。クラス委員だった私に『織斑が中卒で就職とか言い出して困ってる、お前からも説得してくれ』とか言われたのよね。
結局はお姉さん……つまりは織斑先生が何とかしたらしいけど。
「……しょうがない、ヒントくらいあげるわ。鳳さんとの約束、それを別の言葉で言い換えてみて。そしたら解るかもしれないから」
 文脈から察するに、そして途中までは正解だという反応からして……正解は多分『奢ってあげる』じゃなくて『食べさせてくれる』か。
あるいは『作ってくれる』辺りだろうから。そこからなら、彼女の真意に気付く……かな? まあ、言葉を正解するだけでも違うだろうし。
「言い換える?」
「そう。――これ以上は、言えないわよ」
「いや、それで良いよ。ありがとう」
「感謝はいいわよ」
 真意を知ったら、貴方は謝罪しないといけないだろうし。




「言い換える、か」
 ヒントを得た俺は、部屋に戻って『鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を奢ってくれる』っていう文章をノートに書いてみた。
これを、別の言葉で言い換える……か。さて、と。
「でも……。鈴の、とか酢豚、は変えようが無いよな?」
 意味が無いし。そうなると、他の部分だな。
「料理の腕が上がったら……。上達したら、って事だよな。……料理人になったら、って事か?」
 中国では、料理人にもランクがあるらしいし。でも、そういう意味じゃないような。だいたい、それじゃあ今は奢れないだろう。
上手くなったと言っても、調理師免許を取ったわけじゃないだろうからなあ。あ、鈴の家は中華料理屋だから『厨房に立てたら』か?
……でも、それも今じゃない気がする。
「毎日……every day……そんなわけないか」
 英訳してどうするんだ。それとも……昼ごとに? ……うーん。毎日酢豚だと、栄養バランスが偏るような……ってそれは関係ない。
「奢ってくれる……買ってあげる、じゃないだろうし……作ってくれる? 食べさせてくれる? ……あ」
『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』
 ……鈴の声で、そう再生された。そうだ。奢ってくれる、じゃなくて。食べてくれる、だ!
「あっちゃあ。確かに、ちゃんと覚えてなかったな。でも、何でそれだけで怒るんだ?」
 自分が作ってやるつもりだったのを、何処かで奢ってくれると俺が勘違いしてる……とでも思ったんだろうか?
でも『鈴の料理の腕が上達したら』なんだから『鈴が自分の作った酢豚を奢ってくれる=食べさせてくれる』に決まってるじゃないか。
そもそもあいつ、中学の時から色々と俺に物を売りつけに来たし。
「あー、どういう理由で鈴は怒ったんだ?」
 言葉は今度こそ間違いないはずだが、何故鈴が怒るのかが解らなかった。


「戻ったぞ。……ん? 何をしている」
「いや、ちょっとな。なあ、箒」
「何だ」
 そもそも、何でこいつまで不機嫌なんだろうな? まあ、それはさて置き。
「例えばだけど。俺の作った料理を、毎日奢ってやるって言ったらどうする?」
「な!? なななななななななな!?」
 ……俺、そこまで変な事言ったか? 試しに言ってみただけなんだが。
「どど、どういうつつつつ、つもりだ? そそそ、それは……その、あの、何と言うか……」
「おいおい、落ち着けよ」
「お、落ち着けるか! だ、だいたいお前、料理が作れるのか!!」
「む、それは聞き捨てならないな。俺はこれでも炊事洗濯掃除、千冬姉お墨付きの主夫だぞ」
「ほ、本当なのか……」
「まあな。千冬姉が家にいなかったし、自然に俺の担当になったんだ」
 というか、俺達の家は今は千冬姉一人だよな。大丈夫なのだろうか。もう24歳なのに、家事方面は全然駄目だぞ。
美人なのに、性格がアレだし。家事も駄目だと貰ってくれる人が……。何せ世界最強だし、普通の男がおいそれと近づけないだろうし。
嫁げずじまいになったりして。……うーん。千冬姉を守りたいとは思うけど、この方面だと弟である俺にはどうしようもないしなあ……。
「ほう、織斑。貴様、不埒な事を考えているな?」
 ……。うん、空耳だな。
「空耳ではない」
 何故声に出していないのに解るのか。それ以前に、いつの間に入ってきたんだ。
「千冬姉――あいたっ!」
「私がお前を『織斑』と言う場合は織斑先生、だ。いい加減学べ。でなければ死ね」
 ……うん、もう何も考えないにしよう。
「先ほど、鳳がらみでなにやら騒いでいると聞いたので来てみたが。くれぐれも、騒ぎを起こすなよ」
 そういい残し、千冬姉は去っていった。……疲れた。


「い、一夏。先ほどの事、だがな」
「ん?」
 何故箒は真っ赤になっているのだろう。不機嫌な気分は何処かに吹き飛んだのか?
「お、お前の作った料理、その、何と言うか、ま、毎日……」
「ああ、まあ毎日は兎も角、今度作ってやるよ。――あ、セシリアや宇月さんや、フランチェスカも呼ぶか」
 色々と世話になってるしなあ。料理が上達した、って言ってた鈴と一緒に作るのもいいかもしれないな。
「……」
 あれ? 何でまた不機嫌に戻るんだ?
「貴様と言う奴は……ええい、私はもう寝るぞ! 向こうを向け!」
 そういうと、箒はそのまま寝巻きに着替え、布団に入ってしまった。……何なんだ、一体。毎日じゃないのが気に入らないのか。
でもな、毎日料理を作ると言うのは意外と辛いんだぞ。バリエーションも限られてくるし。
だから俺も、中学時代は鈴の実家の中華料理屋や、弾の実家の食堂によく行っていた。勿論、美味さとか安さもあるが。
昔の男の中には奥さんの料理を当然のように『毎日』食う奴もいたらしいが、ありがたみという物を――。
「……毎日?」
『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』
 毎日。確かに鈴はそう言った。まさか、そういう意味、なのか? 毎日味噌汁を、って言う意味なのか?
「まさか、な?」
 俺達、この約束をした時は小学生だぞ? ……ありえない、よな? じゃあ……どういう意味だ?
「い、一夏」
「あれ。どうしたんだよ、箒?」
 布団に入った筈の箒が、また起きてきた。何か忘れてたことがあったのか? 予習とか、教科書とか。
「その、だな。お前の作った料理……た、食べる機会があるなら、その……」
 ははん。結局は食べたいのかよ。
「ああ、作るぜ。リクエストがあれば、受け付けるぞ」
 一般的な料理なら、大概は作れるからな。まあ、箒の口に合うかは別だけど……。
「わ、和食が良い。……だ、だが私も作るとしよう」
「そうか。そりゃ楽しみだな」
 箒の料理は食べた事無いけど、おばさんは料理が上手かったからなあ。期待できそうだ。
「箒も、料理の訓練をしてたのか?」
「そういうわけではないが……。まあ、まだ道半ばなのは確かだ」
「そうか。まあ、俺もそうだよな」
 一応、一通りの物は作れるが、まだまだ上達の余地はある。九十九歩目が半分だ、っていう諺もあるし。
「皆に食べてもらうのもいいよな。料理って、誰かに食べてもらうと上達するのが速いからなあ」
 俺だって、最初からうまく作れたわけじゃなかった。でも千冬姉は、何だかんだ言いながら食べてくれていた。
だからこそ、今の俺はそれなりに作れるようになったんだ。それは、間違いない。
「そ、そうだな。うん。私も、それだけだぞ」
「はいはい。……ああ」
 って事は、鈴も同じ理由なのかな。




 中国代表候補生が二組に転入、という事件のあった翌日。わたくしや一夏さん達は、教室に居た。……あら。何の音でしょう。
「みみみみみみ、皆大変! 大ニュースよっ!!」
「んきゅ~~~~」
 そんな大声が聞こえてきたのは、予鈴の鳴る直前。夜竹さんが、猛ダッシュで教室に駆け込んできた。
その左手には布仏さんが引っ張られてきたためでしょう、目を回していますが。……何事ですの?
「どうしたのです、夜竹さん。レディが廊下を走ると言うのは……」
「それどころじゃないの! 転入生なのよ!!」
「転入生? ああ、鈴の事だろ?」
「二組の転入生でしょ? というか、昨日話をしてたじゃないの。その上、当人がこの教室に宣戦布告にきたし」
 何をそんなに慌てているのかしら。
「違うの! 三組にも転入生が来るのよ!! それも、もう専用機を持ってるんだって!!」
「あら。またどこかの国の代表候補生なのかしら」
 この英国代表候補生、セシリア・オルコットに対抗する為なのか。確か、三組の代表候補生は専用機を持っていなかった筈。
もしも専用機を持つ転入生が転入してきたのなら、フェアではありますが……。
「違うの! そ、それがね……」
 そこで一拍置き。 
「男子なのっ!!」
 夜竹さんは、自分の情報を明かした。……え?
「だ、男子だと?」
「まあ……。一夏さん以外にも、ISを動かせる男性がいらしたんですの?」
「そうそう!」
「ええ!? ほ、本当なのそれ!!」
「あー……。織斑君がいたんだから、おかしくないとは思ってたけど……」
 皆さん、驚いている。それも当然だ。このような情報、本国からも伝えられていない。
「三組はもうパニック寸前だったわ。クラス代表を譲る、とか言う話が当人が来る前から出てたし!!」
「……おいおい。ちょっと待った。二組の代表は鈴だし。で、三組のクラス代表が専用機持ちで、更に四組の機体が完成したら……」
「クラス代表全員が、専用機持ちだと言う事だな」
「凄いわね。聞いた事無いわよ、そんなの」
 そういえば、二・三年の専用機持ちも五人もいないと代表候補生の先輩から聞いていた。確か、三年に一人。そして二年に二人だと。
それなのに、この学年にはわたくしや一夏さんを含め……五人になるという事?
「HRを始めるぞ。席に着け」
 慌しい雰囲気でしたが。担任の到着で、その場は一時落ち着くのだった。


「……さて、どうやら既に知っているようだから説明しておく。先日、このクラスの織斑と同じくIS適性を保持する男子が発見された。
現時点ではまだ極秘扱いだが、数日中に、この学園に編入してくる事になる。くれぐれも、騒ぎは慎むように」
 そして、その話はHRでも触れられた。確定したその情報に、皆もざわめきだす。あの織斑先生も、今日ばかりは黙認のご様子。
「織斑先生。それは、何処の国の所属の方ですの?」
「日本人、更に動かしたISが日本の研究所所属だが未定だな。織斑と同じだ」
 そういえば、一夏さんの所属も未確定だった。日本人で日本製のISを使ってはいますが、IS委員会でも色々ともめているらしいですし。
以前その話題が出た時に「よ、よろしければ英国の国籍を取りませんこと?」と言ったこともあったけれど。
その時は一夏さんが返事をする前に篠ノ之さんが怒鳴り、宇月さんが宥めるという結果に終わった。
そして残念ですが、一夏さん自身は今の所は国籍を変えようという気もないご様子。……わたくしには、できる筈も無い。
(ああ、まさかこのような所に壁があるなんて。そう、わが国を代表する悲劇の名作。ロミオとジュリエットのように……)
「あのー、先生。それって、織斑君の白式や打鉄を作った倉持技研……って所ですか?」
「いや、それとは別の研究所だ」
 今のはレオーネさんの質問だが、違うようで。日本、と言う事なので白式と同じなのかと思ったのですけど。……そういえば。
「先生。それはいつ判明したのですか? まだ一夏さんのように、世間のニュースには流れていないみたいですけれど」
「ああ、それはな……」
 え? それでは、わたくし達が入学したのと時を同じくして判明した……んですの?
「それでは少々、情報公開が遅すぎませんか?」
「ああ。織斑に次ぐもう一人の徹底的な検証のため……という理由だが、本音は情報公開義務の期限ぎりぎりまで隠しただけだろうな」
 情報公開義務……。ISの情報は、例外であるIS学園を除き、基本的に全てを公開しないといけない事になっている。
しかし当然ながら、その情報が正しいのかどうか検証が必要とされ。即座に公開しなくともよい事になっている。
実際には、情報公開期限までの時間稼ぎでしかなく。今回も、おそらくはそうなのだろう。
「どんな人なんですか! 写真は、顔は!!」
「趣味とか、性格とか!!」
「その辺りの個人情報は自分の目で確かめろ。――では、授業に入るぞ」
 そして話は打ち切られ。今日も授業が始まるのだった。




 一時間目と二時間目の間の休み時間。あたしは、一夏と屋上にいた。周りは二人目の男子、とかで騒いでたけど。どうでもいい。
専用機があるらしいけど、一夏と同じでロクに動かして無いだろうし。
「何よ、用事って」
 正直な話、来るつもりはなかったけど……無理矢理、引っ張られて連れられて来た。まあ、この唐辺木には自分で気付くなんて期待してないけど。
「あー、その、何だ。……悪かったな」
「……何がよ?」
「約束。……ちょっと、間違えて覚えてたな」
「――!? お、思い出したの?」
「ああ。正確には『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』って言ったんだったよな?」
「う、うん! そ、それで……間違って、ないけど」
 え、え、何この展開? 夢じゃない?
「……何で自分の手で自分の頬を抓ってるんだ?」
「う、うるさいわね! そ、それにしてもよく気付いたわね? だ、誰かに聞いたの?」
「いや、一応自分で気付いた。ヒントは、宇月さんから聞いたけど」
「……そ、そう」
 ヒント、ってどんなのを出したんだろう。……そ、それよりも意味よ! 意味が大事なのよ!!
たとえ言葉を間違えずに覚えていたって、その意味に気付かれないと駄目なんだから!!
「それにしても、ちゃんと思い出せて良かったぜ。――いや、俺は一瞬『俺のために毎日味噌汁を~~』って奴かと思ったんだけどな」
「!!」
 ……う、うう。こ、ここで『違わないわよ』って言えば、も、もしかして……。あうあうあう……。こ、言葉が出てこないじゃないの……。
「なあ、あれって料理って誰かに食べてもらうと上達しやすいって事なのか?」
「え? そ、そうね、そうよ。そ、それだけよ!!」
 結局、本音は明かせない。……でもやばい。嬉しすぎて、信じられなくて、涙が出そう。
……何なのよ、こいつ。一年見ない間に、結構鋭くなったじゃん……。
「あ……やっべ、もう時間だ! 戻ろうぜ!」
「う……うん」
 残念ながら、本当の気持ちは伝えられなかった。……でもまあ、あんたにしては上出来よ。褒めてあげるわ、一夏。


「……どうしたのよ、鈴。ニヤニヤしちゃって、その上ムカッとしてたら、わけ解らないわよ?」
「べべべべ、別にニヤニヤなんてしてないわよ!! ムカッともしてない!!」
 クラスメートにそう言いながら、あたしは顔が緩むのが抑えられなかった。……嬉しかった。
一夏が、ちゃんと約束を思い出してくれた事。そして、あたしの気持ちにちょっとでも気づいてくれた事。……なのに。
(何であそこで『本当は、そうよ』っていえなかったのよあたしはぁぁぁ!!)
 土壇場で怖気づいた自分に腹が立つ。もしも、あそこで『本当は、そうよ』って言ってたら。……何か、千載一遇の好機を逃した気がするわ。
……まあ、自分で気付いてくれたし。今度、酢豚でも作って持って行ってやるかな。ここの学園寮のキッチンは、許可を得れば使えるらしいし。
二人きりで、何処か静かな場所で、例えば今は一人のあたしの部屋で一緒に……。

『おお……凄く美味いぞ、この酢豚!』
『そうでしょう、そうでしょう。見直した?』
『ああ。こんな料理、毎日食べられたら幸せだろうなあ』
『そう? まあ、作ってあげてもいいけどね~~。タダじゃあ、ちょっとね』
『仕方ないな。……』
『ちょ、ちょっと、何を……え、何で抱き寄せるの……?』
『鈴に、毎日料理を作って欲しいから。その、手付けだ』
『ば、ばかっ、強引……んっ』

 でへへ。……あ、でも一夏も料理を作ってくれるとか言ってたっけ? あいつ、千冬さんに美味しい物食べさせたくて料理の勉強してたし。
一緒に料理を作るのも悪くないかな? それで、その後はお互いに相手の作った料理を食べて。それから――なんちゃって、なんちゃって!!
「でも鈴、クラス対抗戦、大丈夫なの? 三組も専用機になったみたいだけど?」
 クラスメイトのティナ・ハミルトンが心配そうにあたしを覗きこむ。……杞憂よ、そんなの。
「ふふん、あたしに任せておきなさい! 今のあたしに敵はない!!」
 一夏やその男とは経験値が違うし、四組は未完成だって言うし! ふふふふふふふふ……!
「デザートパス、絶対取るわよ!!」
「「「おおおおおおおお~~!!」」」
 皆の前で、あたしは宣誓し。それをみた二組の空気は、天を突かんばかりに猛るのだった。




「……では、これで決定という事で」
 世界に幾つかある、深遠の闇。その一つで、ある重大な決定が成された。後世で『マーラとディアボロスの契約』と嘲笑われたその契約。
だが、世界はそれをまだ知らない。釈迦を誘惑して悟りを啓く事を妨害し、仏敵を意味するサンスクリット語・マーラ。
唯一神に創造された天使の堕落者・デビルの語源であり、敵対者を意味するギリシャ語・ディアボロス。
二つの影によって成立した、その契約は。――後に世界を揺らす、騒動の最初の胎動であった。
「これで、空を取り戻す事もできるということですね?」
「ええ。しかしキルレシオは計算上でさえ1:5。IS1機につき、5機が必要になります」
「数が揃えば、それも気にはなりません。それと、熟練さえ進めば……」
「無人機すら可能になる、と? しかしISは……」
「あちらは無人機などまだまだでしょう。――唯一の懸念は篠ノ之束。彼女の動きは読めないが……作ろうと思えば、今にでも作れます」
「……」
「ですが、そうネガティブに考えられる事は無いでしょう。これは、画期的な兵器だ。発展性は、ISよりもはるかに高い」
「ドール、か。人形、とは何とも皮肉なネーミングだ」
 一方の影が、自嘲気味に笑った。だが、もう一方の影は。
「これは必要な力なのですよ。そう、ISによって歪んだ世界を矯正するための。それに――」
「奴らも動き出す以上、避けては通れないか……」
「ええ。国にも宗教にも民族にも思想にも……何にも属さぬ痴れ者ども。何を織り成すのかさえ解らぬ輩など、この世界にあってはならない」
「……それで『シュリンプ』の建造は?」
「必要分は既に完成済みです。――まずは、IS学園で試すとしましょう。あそこには今、色々と面白い人材が集まっているようですからな」
 そして二つの影の会話は終わった。







 なんでティナ・ハミルトンが鈴と同室じゃないんだ、という疑問を持つ方が多いでしょうから補足しますと。
彼女が鈴のルームメイトである事は、原作四巻で判明します。つまりシャル&ラウラが同室になって以後、です。
その時までに何度か部屋割りの変更がありました。一度目は鈴の転入。二度目は箒と一夏の別れ。
そして三度目がシャルが女性である事の発覚。文字にすると、以下のようになります。

・入学時点
一夏―箒  鷹月―? ティナ―? 

・鈴が転入
一夏―箒  鷹月―? 鈴―ティナ

・箒転室。シャル、ラウラ転入後
一夏―シャル 箒―鷹月 鈴―ティナ ラウラ―?

・臨海学校時点
一夏 箒―鷹月 鈴―ティナ シャル―ラウラ

 これが原作の部屋割りの変遷(推測)です。で、ティナと鈴をこの時点では別室にした理由ですが……。
鈴が部屋変更を言い出した際にティナ(ルームメイト)にまったく触れずに話を切り出したし、一人部屋なんじゃないのか? という疑問からです。
後に二人転入生が来る以上、一部屋は確実に空いているわけで。まあ、あくまでこのSS内でのみ通じる展開なのですが。
更に付け加えると、今後は安芸野将隆を含め、何人かオリキャラ転入生が来る予定なので。部屋数に余裕を持たせたかったのも理由です。
ちなみにオリキャラの一人に「ティナの元ルームメイト」という設定が付くかもしれませんが。それはまたの機会に……。

(ちょっと嫌な予想)
 本編では全く感じませんし、他のSS作家さんもあまり書いていない(というか書きたくないであろう)展開なのですが。
もしかしたら、シャル・ラウラの部屋(二人分)が空いたのは、退学者がいた可能性もあります。
名門高校・大学などに入学したはいいものの、ついていけずに落ちこぼれ。そして退学……というケースは現実にも存在します。
二人の転入が六月になってから。つまり、二ヶ月経っているわけで……。もしかしたら、いたのかもしれません。
私自身としてはそういうのは苦手なので「転入生の事を考え、部屋にも余裕を持たせてある」という設定にしました。





はやくも鈴と和解。そしていかにも、な妖しいオリジナル組織。これからどんどん話が加速していく!! ……といいなあ。



[30054] 思いがけぬ出会いに
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2011/12/05 08:00

「何か二組、凄い盛り上がってたよ……」
「あの中国の娘、結構強そうだったよね……」
「そういえばさ、昨日階段で……」
 我がクラスでは、昨日とは一転してクラス対抗戦への不安が囁かれていた。二組と三組の転入生。それらが原因である事は間違いないけど。
「場の空気が変わっているな」
「全く……。周囲の意見に流されて自分の意見が変わるとは、情けないですわ」
 それには同意するわ。でもこのクラスの過半数を占める日本人は、そういう気質なのよね。
「まあ、いきなり敵のランクが上がったから無理も無いわね。勿論、私も織斑君に勝って欲しいけど」
 主に、デザートパスのために。体重を気にしないといけないけど、この学園のデザートは豪華絢爛の一言だし。
試しに食べてみた抹茶ケーキ、本当に美味しかったし。……あ、涎が出そう。
「というか織斑君、勝たなかったらクラスの半分以上から無視されるかもね」
「そこまで酷いのか!?」
「冗談よ」
「酷い冗談だな……」
 リラックスさせるつもりで冗談を飛ばす。……少なくとも、織斑君のジョークよりは上手いつもりだけど。
「心配はいりませんわ。たとえあの方が中国代表候補生であれ、このセシリア・オルコットが一夏さんのコーチなのですから」
「そうだぞ、たとえどのような強敵であれ、最初から勝つ気で行かなくてどうする。
同じ代表候補生であるオルコットとの戦いの際は、ISに僅かしか乗らなかったにも関わらず引き分けられたのだ。自信を持て」
「そ……そ、そうですわ、ね……ほほほ」
 少なくとも、この二人だけは絶対に織斑君を見捨てたりはしないわよね。……オルコットさん、微妙に顔が引き攣ってるけど。
「セシリア、箒……。そうだな。俺には応援してくれるクラスメイトが、仲間がいるんだもんな」
 ……そのクラスメイト・仲間、って言う言葉。私に対しては間違って無いけど、そこで二人ほど溜息ついてるわよ?


「……ん?」
 昼休み、食事を終えた私はトイレにいた。当然ながら個室なんだけど、壁越しに声が聞こえてくる。
「ねえねえ聞いた? 二組と三組の転入生の話」
「聞いた聞いた。最悪よね。二組は中国代表候補生の専用機持ちで、三組は男子の専用機持ちなんて……。しかも一組は織斑君だし……」
「たった一週間で、英国代表候補生と引き分けたんでしょ? あーあ、デザートパスは夢のまた夢か。うちは代表候補生でも、アレだし……」
 どうやら、四組の生徒達みたいね。でも四組だって専用機持ちの筈……あ、開発途中とか言う噂だったかしら?
「げ、やっば……」
「あ……さ、更識さん!?」
 ……更識?
「い、今のは何でもないのよ! あ、貴女が四組の代表だからって、そんな……」
 どうやら『更識』と言うのが四組代表の名前らしい。そしてその悪口を言っていたら、当人に会ったのか。タイミングが悪いわね……。
「それじゃあたし達、クラスに戻ってるから! じゃあ!」
 かなりバツの悪そうな雰囲気で、愚痴っていた女子は去っていったみたい。……よし。
じゃあ、ウェットティッシュで後始末も済んだし、手を……あ゛。
「……」
 なるべく、何気ないフリをしてトイレを出ると、そこには蒼のセミロングの髪の女子がいた。一人だけだから、間違えようが無い。
(この娘が、四組代表ね……)
 あまりジロジロ見るのも失礼だし、顔を覚えるだけに留めておく。今はそれどころじゃないし。
「……あの、更識さん」
 私は、初対面の彼女に話しかける。あっちはまた何か言われるのか、と思ってるんだろうけど。
「ウェットティッシュか何か、持ってない? スカートが濡れちゃったんだけど、ハンカチ、忘れちゃって」
「え?」
 我ながら、最悪な事態だった。ハンカチは昨日洗ったばかりで。新しいのを出し忘れていたんだった。ウェットティッシュは使い切ったし。
まあトイレットペーパーで拭く、という手もないわけじゃないんだけど……。
「……これ」
 そういうと、更識さんはハンカチを貸してくれた。……あら、結構良い人かな?


 ……そして無事に濡れた箇所を拭き終え、私は彼女に向き合った。
「ありがとう。これ、洗って後日返しに行くわ。……4組で、良いんでしょ?」
「別にいい。貴方にあげる」
 いや、流石にそれは……。これ、まだ殆ど使ってない――と言うか、新品じゃないのこれ? それに。
「そ、それはちょっとまずいわよ。こんな高そうな物、貰えないわ」
「貰い物だから、別に……」
「いやそれ、なおの事まずいから」
 しまった。初対面の女子に、普通に言葉を遮ってツッコミを入れてしまったわ。
織斑君達に付き合う中で、会話を無理矢理止める技術は無駄に磨かれてるものね、私……。
「……」
 更識さんは『何この人?』と言いたそうな冷たい目で見ている。まずい、わよね。
「あれ~? かんちゃんと、かなみーだ~~?」
 と、そこにムードブレイカーな布仏さんがやって来た。こういうときは、彼女のマイペースさがありがた……って、あら?
「本音……? 貴女、本音の知り合いなの?」
「布仏さん、知り合いなの?」
「うん~。かなみーはクラスメイトだし~~。かんちゃんは私の仕えるお嬢様なのだ~~」
 ……仕える? お嬢様?
「へえ。更識さんって、上流階級の出身なんだ」
「……っ!」
 と、更識さんは脱兎の如く走り去った。後に残されたのは、私と布仏さん。……何かまずい事を言ったの?
一組でいうとオルコットさん(イギリス貴族)みたいな感じなのかな、ってニュアンスだったんだけど。
「行っちゃったわね。どうしようかしら、これ。……あれ?」
 いっその事、仕えていると言う布仏さんから渡してもらった方が良いような気が、と考えていると。私はハンカチの違和感に気付いた。
「ねえ、布仏さん。彼女って、名前、何ていうの?」
 ハンカチには、T.Sとイニシャルがあった。布仏さんが『かんちゃん』って呼んでたから、『か』から始まる名前だと思ってたんだけど。
オルコットさんは『せっしー』で私は『かなみー』だし。本当はタ行で始まる名前なのかしら?
「ん~? かんちゃんはね~、更識簪って言うんだよ~~?」
 ……うん、簪とは予想外だったわ。でも……
「このハンカチのイニシャル、彼女じゃないの?」
「……んー。かなみー、このハンカチは絶対、ぜーったいに無くさないでね~~?」
「え……?」
 そういいながら、彼女に借りたハンカチを見せると、今までに見た事がないほど真剣な顔になる布仏さん。
いつも通りにのほほんとしてるんだけど、何処か険しさを感じさせるような表情。……どうして?
「あ」
 そして私は、自分のミスに気付いた。……まだ、私の名前を言ってなかったわね。


「……織斑君、篠ノ之さん。準備はいい? こっちは準備できたわよ」
 放課後、私はデータ収拾の為にアリーナに来ていた。この時期はクラス別対抗戦に当たるため、クラス代表以外の生徒は遠慮しがちになる。
その為、アリーナの使用許可は結構あっさりと下りた。そして織斑君達三人のデータを収集するのが、私の役目だ。
『ああ、いけるぜ』
『問題ない』
「それじゃ、今日はまず篠ノ之さんとの打撃訓練だったわよね? こっちも準備は良いわ、始めて」
『よし。行くぞ、一夏!!』
 掛け声と共に、篠ノ之さんの駆る打鉄が左腰部から剣を実体化させて動き出した。織斑君の白式は、基本的に刀一本で戦う機体。
オルコットさんとの戦いを引き分けに持ち込んだ単一使用技能・零落白夜と言う技があるとはいっても……これは両刃の剣。
シールドエネルギーを消費してしまうこれだけで戦うわけにも行かない。だから、ISによる刀の使い方を訓練しているのだった。
『さて、今日は急加速の復習から行いましょうか……。それともスターライトを使い、回避訓練を……』
 ちなみに、こちらで織斑君とのメニューを考えているのはオルコットさん。最初はどちらが織斑君に教えるかでもめたのだが。
『一人一人が、交代で教える』『篠ノ之さんは近接攻撃を、オルコットさんは基本動作を教える』『どちらが最初かは日替わり』
『篠ノ之さんが打鉄を借りられない時は、その分を剣道の稽古に当てる』と言う条件で何とか双方に納得してもらった。
篠ノ之さんは同室なんだから、少しは譲ってあげたらと言えたら楽なんだろうけど。それにしても……
「織斑君、不安そうに言ってたけど慣れてきたのかしらね。日進月歩だわ」
 打鉄相手に、かなりの動きっぷりを見せている。何があったのかしらね。今までとは、気迫が違う気がする。
「宇月さん。どうですか、織斑君達の調子は」
「あ、山田先生」
 すると、山田先生が現れた。珍しいわね、最近はこっちに顔を出さなくなってたんだけど……。
「織斑君、結構上達してきてます。打鉄相手なら、かなり行けるんじゃないかと思いますけど……」
「そうですね。でも今回は……」
「ええ。全員が専用機持ち、あるいは代表候補生ですから。織斑君には、かなり辛い戦いだと思います」
 モニターから目を離さず、先生との会話を続ける。これ位なら、何とかこなせるようにはなった。
「宇月さんも、すっかりデータスキャンに慣れたみたいですね」
「先生の指導のお陰ですよ」
 そう。ISの腕前を上げる為には、データ収拾のような裏方仕事も欠かせないのだけど。私には多少の知識はあるが、経験は全く無かった。
そんな素人だった私を指導してくれたのが、隣に居る山田先生だ。代表決定戦の時もそうだったし、その実力は申し分ない。
「そ、そうですか? そういってくれると、嬉しいですね」
 嬉しそうに笑う山田先生。実年齢よりもかなり若そうに……と言うか、下手をすると私達と同世代に見える。……顔だけは。
「もしも何か解らない事があったら、遠慮なく言ってくださいね。何せ私は、先生ですから」
 山田先生が胸を張ると、その体とは不釣合いなほど大きな胸が揺れるのが、横にいるのに視界の隅に入ってきた。
クラスでトップ級の篠ノ之さんはおろか、織斑先生さえ上回る大きさ。……何食べたらここまで膨らむのかしらね。
「――あ、終了したみたいですね。今度は、オルコットさんの番ですけど」
「そうですね。じゃあ、センサーを切り替えて……と」
『さあ一夏さん、今度は私の指導ですわよ!!』
『あ、ああ! 解ったぜ!!』
 かなり疲れてるみたいだけど、織斑君は立ち上がってオルコットさんの指導に入っていく。……がんばれ、織斑君。


「はいこれ、オルコットさんのデータよ。篠ノ之さんと織斑君はこっち。メモリーカードに入れてあるから、あとでチェックしてね」
 訓練が終わって更衣室から出てきた三人に、私は訓練データを二つに分けて渡した。
何故わざわざ分けるのかというと、英国代表候補生であるオルコットさんのデータは迂闊に漏らせないから……というのがその理由。
英国出身者に任せられれば良いのだけど、一組には英国出身者が他にいないので私がやっていた。
……正確には『二人がゴタゴタした時の、折衝役も兼ねている』らしいけどね。誰が言ったのかは、言うまでもないけど。
「ありがとうございます、宇月さん。ご迷惑をおかけしますわね」
「いいのよ、いい勉強になるし」
 本来なら彼女のデータに触れるのはまずいのだけど、クラス代表補佐なので例外、との事だった。……守秘義務書類にサインさせられたけど。
まあ今の所は別に問題も無く、これでうまくいっているので。何か変化が起こらなければ、このまま続けていく事になるのかしらね。
「ありがとうな、宇月さん。じゃあ、飯にするか」
「で、でしたら一夏さん。ご一緒にディナーを如何です?」
「な、何!?」
「ああ、良いぜ。じゃあ箒も行くから、食堂で待ち合わせるか? いいだろ、箒? あ、宇月さんもどうだ?」
 そこでどうして私達も誘うのかしらね? 善意なのは解るのだけど。オルコットさんの笑顔、引き攣ってるわよ。
「そ、そうだな。うむ。構わないぞ」
「……。フランチェスカに聞いてからにしておくわ」
「……」
「あれ、セシリア。何で不機嫌になるんだ?」
「いいえ、そんな事はありませんでしてよ?」
 ……こちらの方は、うまくいっていると言えるのかどうか解らないけど。とりあえず織斑君の唐変木はいつもどおりだった。




「……ふー」
 セシリアや宇月と共に行ったIS訓練の後。私達は自室に戻っていた。そして今、一夏が私服に着替え終わったのだが。
「では一夏、夕食に行くか。遅れてはまずいからな」
「そうだな、セシリア達と食堂で待ち合わせをしてるし。さーて、今日は何を食べるかな……」
「おーいおりむー。やっほ~~」
 部屋を出ると同時に、布仏がやって来た。相変わらず袖を垂らした格好をしているが、今日の格好は……犬か?
「のほほんさんか。俺に何か用事か?」
「んー、おりむー達は夕食まだだよねー?」
「ああ、私達は今からだが」
 私達と共に取りたいのか? まあ布仏ならば、問題は無いだろうが。オルコットも別に文句は言うまい。
「じゃあ、ちょっと軽めにしててくれないかなー? あのねー……」


『織斑君、クラス代表就任おめでとう&クラス別対抗戦頑張ってね♪ パーティー』
 そんな垂れ幕が、夕食後の食堂に垂れ下がっていた。どうやら一夏の祝賀会と壮行会を合わせたような物らしいのだが。
「織斑君、クラス代表おめでとう!」
「「「「「おめでとう~~!」」」」」
 フランチェスカのそんな声と共に、わらわらと女子が一夏に寄ってくる。え、ええい! 何を楽しそうにしているのだ!!
「いやー、これでクラス対抗戦も頑張って欲しいね!! 強敵も増えたけど、織斑君なら当てれば一発KOなんだし!!」
「そうそう。なんたってデザートパス半年分だもんね!!」
「ほんと、織斑君と同じクラスで良かったよー」
 ぐぬぬ、べ、ベタベタと。羨ま……しくはないが、あ、あまりにも、その……はしたないだろう。うん。
「ご機嫌ななめね、篠ノ之さん」
「宇月……」
 近づいてきた彼女は、抹茶羊羹をつまんでいる。む、中々美味そうだな。
「貴女も、意外と大胆なようでそうじゃないのよね」
「ど、どういう意味だ?」
「……。だって、織斑君がいるのに仕切り越しに着替えたって話だったわよね?」
「!?」
 な、何故それを宇月は知っているのだ!? 『だって』からを耳元で囁かれたが。心臓が止まるかと思ったぞ!?
「織斑君が、ふと漏らしちゃったのよ。まあ、一応口止めはしておいたから大丈夫だけど」
「そ、そうか……」
 それにしても一夏め。宇月相手だったからよかったような物だが、あの事を易々と漏らすとは。……まさか、嫌なのだろうか?
「あれ? あの人は……」
「ん、どうした?」
 宇月の視線を追うと、見慣れぬ女生徒がいた。他のクラスの女子が混じっているようだが、また増えたのか? いや、待て。あのタイの色は。
「はいはーい、新聞部でーす! 話題の新入生、織斑一夏くんに特別インタビューをしに来ました~!」
「い、インタビュー?」
「うん、私は二年の黛薫子。よろしくね。新聞部の副部長やってまーす。はいこれ名刺。ではではずばり織斑くん!
クラス代表になった感想を、どうぞ!」
 随分と早口な、黛と名乗る先輩は一夏へ録音機を向けた。やはり二年生か。それにしても、インタビューとは……。……む、近いぞ。
「え~っと……。他のクラスの代表は強敵だけど、頑張ろうと思います」
「え~。もっと良いコメントちょうだいよ~。例えば『俺に触るとヤケドするぜ!』とか!」
「……自分、不器用ですから」
「うわ、前時代的!」
 何やら親しそうだな、あの先輩。まさか、一夏とは初対面ではないのか?
……いや、さっき名刺を渡していたのだから今日が初対面の筈だ。なのに、あそこまで……。
「黛先輩、相変わらずね……」
 む?
「宇月、知り合いなのか?」
「ええ。実はクラス代表決定戦の際に、新聞部にブルー・ティアーズの情報を提供してもらったでしょう? 
その時に、窓口になってくれたのがあの人なのよ」
「なんと……」
 そうだったのか。ある意味では、一夏の恩人のようなものだな。……おや、もうセシリアの方に話を向けている。
「コホン、ではわたくしと一夏さんが何故決闘することになったのかを―――」
「ああ、長そうだから良いや。話題の専用機持ちのツーショット写真だけ貰うね。じゃあ、もう少しくっ付いて」
 と、一夏とセシリアの手を取り重ね合わせて……って、待て! 何故そこまでくっ付かねばならん!!
「何だよ、箒?」
「な、何でもない!!」
「それじゃ撮るよー? 35×51÷24は~?」
「え、えーっと……2?」
「ぶー。74.375でしたー」
 ……そしてシャッターが切られた瞬間。一夏やオルコット以外の生徒もカメラのフレーム内に入りこんでいた。
私も、一応は入りこんだが。これは場の雰囲気を読むと言う奴であり、け、決してツーショットを阻む為では無いぞ。
「あ、あなたたちっ!!」
「まあまあ、セシリアだけツーショットはずるいじゃん」
「そうそう。幸せはクラス皆で分かち合わないとねー」
「あ、せんぱーい。写真はもらえるんですよね?」
「そりゃ勿論。後で、数だけ教えてね?」
 ……そういったのはフランチェスカや夜竹達だった。一夏は、そこまで人気があるのだろうか。


「……ふう、くたびれたな」
 パーティーも終わり、私達は自室に戻った。一夏め、クラスの女子や紛れ込んだ他クラスの女子に引っ張り凧だったが。
くたびれた、と言うくらいなら適当にあしらえばいいものを。……まあ、一夏にその類の技術が無いのは知っているが。
「今日は楽しかったようだな?」
「そんなわけあるかよ。そりゃ、パーティーをやってくれたのは嬉しいけど。結構プレッシャーも溜まったぜ」
 ……ついつい気分がささくれ立ち、そんな事を言ってしまう。
「だいたい、もしもお前が俺の立場なら楽しいのかよ?」
「む……そうだな、楽しいかもしれないな」
 ……。本当は、はしゃぐ男に囲まれるなど楽しい筈が無い。というか、嫌だが。
「今日は疲れたし、もう寝るわ……」
「ま、待て! ――き、着替えるのだから向こうを向いていろ!」
 枕を投げ付け、一夏に向こうを向かせる。……け、決して着替えが嫌なのかと思ったとか、そういうわけでは無いが。
「なあ、いつも思うんだけど俺が席を外してる間に――いや、何でもない」
 一夏を視線で黙らせ、私は寝巻きに着替える。……今日は、気分を変えてこの帯にしようか。まだ入学してから身につけてはいなかったしな。
「……いいぞ」
「お、おう。……あれ?」
 振り向くと、奇妙な顔になった。……む、まだ何かあるのか?
「帯が、今まで見た事ない奴だな? 新品か?」
「――! よ、よく見ているな」
「いや、色も模様も違うから解るだろ。箒を毎日見てるんだしな」
 わ、私を……!?
「ま、毎日見ているか、そ、そうかそうか。――よし! 寝るとするか!!」
「……?」
 一夏は怪訝そうな顔をしているが、特に何を返す事も無く床についた。そして電気を消し……。
「……一夏」
「ん?」
「さ、さっきは済まなかったな」
「ああ、いいよ。気にしてない。――お休み」
「あ、ああ。お休み」
 ……。そして、間もなく一夏の寝息が聞こえてきた。
「……毎日、か」
 何だかんだと言っても、私を気にかけてくれている事が嬉しくて。中々寝付けなかった。




「……は?」
 俺は、呆然としていた。IS学園への編入が正式に決まり、あと数日で引っ越す事になると言われた夜の事だったが。
「三人目のIS適性をもつ男が……見つかった?」
「そうらしいな。何でも、アメリカらしいが。フランスでもそういう噂が流れているが、な」
「俺もそうでしたけど、織斑一夏の時みたいに騒がれてませんよ?」
「早くも米軍が囲い込みをしたらしい。連中も必死だからな。欧州連合も同じだろう」
「はー、そうですか」
 織斑一夏以外の操縦者は、世間には出ていなかった。理由は、前述の通りだが。
「そういえばそいつも、IS学園に来るんですか?」
「さあ、それはまだ未定みたいよ。貴方みたいに、ある程度訓練をしてから来るんじゃないかしら」
「そういえば、確かアメリカの代表候補生はIS学園一年にいたな。専用機は持っていないようだが」
 へえ。
「専用機を持っていないとはいえ、今の君よりは実力は上だぞ。甘く見るな」
「はい」
 御影をだいぶ使いこなせるようになっていたとはいえ。安奈さんや麻里さんから言わせると俺は『代表候補生にはまだまだ』レベルらしい。
「――よし、明日は私が相手をしようか」
「え? 安奈さんがですか?」
 この人てっきり、技術者だと思ってたんだけど。
「これでもISランクはB+だ。技術と知識だけでは無いぞ。どうせもうお別れなのだし、最後に手合わせするのも良い思い出になるだろう」
 へえ。ちなみに俺のランクはBだったけど。それより少し高いって事だな。……後半部分は、少しさびしかったけど。
「そういえば、麻里さんはどうだったんですか?」
「私はCだったからね。安奈の方が上よ」
 フェレットのぬいぐるみを抱きしめつつ、麻里さんが答えてくれた。これがお気に入りの一つ、らしいが。
「さてと、今日の訓練及び学習は終了した。――くれぐれも、忘れないように」
「じゃあ、お休みなさい」
「はい」
 現在時刻は午後11時、今は就寝前の僅かな空き時間だったのだが。……すっかりこの生活も板についた。
だけど、もうこの施設ともお別れ……と思うと、少しだけさびしい気がした。二人が去っていった分、余計に感じる。
「IS学園、か。ここよりは楽だって言ってたけどなあ。――まあ、今更どうしようもないか」
 どういう理由なのか、ISを動かしてから一変した俺の人生に。不安を覚えながらも、俺はベッドに入るのだった。



[30054] 思い描け未来を
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2011/12/19 08:05
 
 どんな時も、朝は来るわけで。今、私達のクラスには世界最強の教師がいた。
「さて、HRを始める。――まず最初は、伝達事項だ。織斑。お前も参加するクラス別対抗戦に、変更があった」
「変更?」
「そうだ。今まではリーグマッチだったが、今年のみは全クラスの代表が一堂に会してのバトルロイヤル形式になる」
「バトルロイヤル?」
「そうだ。四人のクラス代表が、一気に戦う事になる」
 いきなりの発言に、クラス中が驚きに包まれる。な、何で?
「先生。何故今年のみ、そのような変更がなされたのですか?」
「昨日、三組の現在のクラス代表が正式に転入生へのクラス代表移譲を認めた。転入前だというのにな。
この結果、今年は一年生のクラス代表全員が専用機持ちという異例の事態になった。
例年ならば専用機は一機か二機、後の代表は打鉄などの量産機が使用するが今回はそれらが一機もない。
全て専用機、それも最新式の第三世代……あるいはそれに相当する代物ばかりだ」
「そ、それはそうですけれど。それがどうしてバトルロイヤルに繋がるのですか?」
「最新型ISの実力が異例の状況下において何処まで発揮できるか……と言うデモンストレーションの意味もあるのだろう。
この状況なら3対1の協力体制を取らせる事も可能……つまりは実力と経験に置いて抜きん出ている二組代表の一人勝ちを防ぐ為もある。
はっきりと言ってしまえば効果があるとは思えんし、そもそも褒められた事ではないがな。総当り戦の方が賢明だろうに」
 バトルロイヤル……ねえ。まあ、一撃必殺タイプの織斑君ならむしろラッキーなのかもしれない。
相手を三回倒すだけではなく、弱った所を通常攻撃で狙う戦法も取れるから。集中砲火を受けたらすぐに沈むだろうけど。それにしても……。
「眠い……」
 昨日、あまり眠れなかった。最近溜め込んでいた録画ドラマを見ていたら、時間が遅くなって。
その所為で目が冴えてしまい、睡眠不足と言う結末だった。100%自業自得だけど。
早朝に出会った篠ノ之さんも似たような感じだったけど、彼女は朝錬をしたら眠気は消えたらしい。うう……眠い。あくびなんか出来ないのに。
「それと、もうひとつ。一組に対し、四組への協力要請があった」
「協力要請?」
 何を協力するというんだろう……。まずいわ、あくびが出そう……。うう、もう限界かも……。
「四組代表の専用機の完成に向けて、人員を派遣する。布仏、宇月。お前達がその担当だ」
「は~~い」
 ……。眠気が、一気に吹きとんだ。布仏さんは呑気に返事をしているけど。
「先生。何故私達なのでしょうか?」
「先方から指名があった。布仏は四組代表・更識との個人的な親しさや、それなりに独習している点を考慮されたのだろうな」
 布仏さん、独習もしてたの? ……まあ、彼女はどうやら四組の代表である更識さんの知り合いらしいし、順当な所だろうけど。
「そして宇月。このクラスで一番データ収拾に長けているのは、現時点ではお前だ。お前が選ばれたのは、その点を鑑みられたのだろうな」
「……あの、そもそも何故四組の生徒ではなく一組の私が? しかもデータ収拾って……」
 実力が評価された(?)のは嬉しいですけど。四組だって、そういう生徒はいるんじゃないでしょうか?
「データ収拾も重要だぞ。ちゃんとしたデータが取れなければ、しっかりとした設定など覚束ないだろう」
「そ、それはそうかもしれませんけど……」
「後は……そうですね。一週間前の関心度チェックで、二人は整備方面の関心が高かったのも理由かもしれないですね」
 山田先生が追撃をしてきた。……まあ、一年の五月でもう整備方面に関心のある人って少ないと思う。地味といえば地味なのだし。
代表候補生以外は団栗の背比べ状態だろうし、この学園で実力を高めて専用機を持ちたい、って思っている娘が大半で。
最初から整備を目指そうとするのは、確実に少数派だろう。……でも、それでも私が選ばれた理由が解らない。 
幾ら整備に関心のある人が少ないっていっても、学年全体では私達以外にもまだいるんじゃ……。
「まあ、お前が困惑するのも無理は無いが、これも経験と思って受けてみろ」
「頑張ろーね、かなみー」
 というか、先生に言われた織斑君達への緩衝役はどうするんでしょうか。そんな事を指摘する間もなく、授業へと移っていくのだった。


「はあ……。また厄介ごとが増えたわ……」
 机に倒れこみそうになるのを、何とか避ける。そんな私の所に、織斑君達がやってきた。
「大変だな、宇月さん」
「そもそも、四組代表のISを開発しているのは倉持技研と言う話を聞いた事があるのですが。何故、宇月さんや布仏さんが加わるのです?」
「何? と言う事は宇月や布仏は、倉持技研に行くのか?」
「違うよ~~」
「違う? どういう意味だ、のほほんさん?」
 いつものようにゆっくりと歩いてくる布仏さんが否定する。……あれ、違うの? 私もそう思ってたんだけど。
「倉持技研に行くんじゃなくて、学校の中でだよ~?」
「……お待ちなさい、布仏さん。まさか四組代表の方と言うのは、自分でISを組み立てようとしているというのでは無いでしょうね?」
「そうだよ~?」
「……あ、ありえませんわ」
「そういう噂は聞いた事があるけど、本当だったんだねー」
「うんうん。最初は本当かなって思ってたけど……」
 オルコットさんが唖然とした表情になる。他のクラスメート達も、同じような表情。
「それって、とんでもない事なのか?」
「そうですわね……。例えるならば、家を自分一人で建てるようなものでしょうか」
「そ、そうなのか……。でも、何でのほほんさんや宇月さんなんだろうな」
「そうですわね。一応説明はありましたが、やはり不自然ですわ」
 皆もやはり不思議そうだけど。それを世界で一番強く思っているのは、この私よね。
「あー、私はちょっと用事があったよ~~。それじゃ~、さよならなのだ~~」
 袖を振りながら、布仏さんは教室を出て行った。……少しだけ早足だけど、どうしたんだろう? 次は移動教室じゃないし……。
「トイレかな? ――ぐはっ!?」
「貴様は、もう少しデリカシーという物を理解しろ」
「暴力はいけませんが……同感ですわね」
 織斑君がデリカシー皆無の発言をして、篠ノ之さんに制裁を受け。オルコットさんが呆れる、といういつもの流れだった。


 色々と言いたいことはあるが、先生からの指示に拒否権はあるわけも無く。放課後、更識さんがいると言う整備室へと向かっていた。
「ねえ、布仏さん」
「何~~?」
「更識さんって、どんな娘なの? 何が趣味だとか……」
「んー、かんちゃんは、ヒーロー番組とか好きだよー?」
「ヒーロー? ウルト○マンとか、仮面○イダーとか?」
 一時期、お母さんが見てたから知っている。もっとも、お母さんの目的はイケメン俳優だったけど。
「そんな所かなー。勧善懲悪が好きだけど~~。あ、かんちゃんのお姉さんは浦島太郎が好きだったっけ~~」
 ……どうしてなのかしら。質問をして答えを得たはずなのに、もっと解らなくなったような気がするのは。


「やっほー、かんちゃん!」
「どうも……こんにちわ」
 整備室では、何体ものISとそれを修理している上級生達がいた。その一角には、一体のISの前に齧り付いている更識さんがいたけど。
「かんちゃーん、手伝いに来たよー?」
「……」
 彼女は、こちらを全く見ようともしない。……彼女にとっては、不本意なのかしら。
「かーんちゃん」
「ひゃっ!?」
 しびれを切らしたのか、あるいは天然か(多分後者)。作業を一段落した更識さんの耳に、息を吹きかける。
「ほ、本音……。こういうのは、止めて……」
「だってー。かんちゃん、返事もしてくれないんだから、仕方がないよー」
「――あの。こんにちわ、更識さん。ハンカチ、ありがとう」
「……」
 私はそう言いながら割り込み洗濯したハンカチを差し出すけど、彼女は受け取ってくれない。
布仏さんの態度といい、今の彼女といい。何かあるのかしら?
「んー、じゃあかなみー。そのハンカチ、借りていていーと思うよー」
「え? ……あ、うん。じゃあ、借りておくわよ、これ?」
「……」
 布仏さんのフォローもあったけど。彼女は、何も答えなかった。
「え、えーーっと。そのIS、名前は何ていうの?」
「……打鉄弐式」
 話題を変えようとしたら、あっさりと乗ってくれたけど。……え?
「これ、打鉄なの?」
 日本の量産型ISである打鉄。篠ノ之さんが使うし、パンフレットにも載っているから馴染みは深いけど……
目の前のそれは、鎧武者といった感じの打鉄とは大きく違う機体だった。全体的に細く、スマートな形。
ガード重視と言うよりは、機動性重視に近いような印象を受ける。カスタム機? それとも『弐式』っていうからには、新規開発機なの?
「あれ、これって機体は出来てるの?」
「……機体は三割だけ。武装も、実戦の稼動データも無い……」
 つまり、機体自体があと七割。当然ながら実戦は無理って事?
「……とりあえず、何からすれば良いのかしら」
 私のかわれたのはデータ収集なのだから、その系統が良いのだろうけど。実際の所はどうなんだろう……。
「……別にいい」
「はい?」
 と思っていたら、思い切り拒絶された。
「打鉄弐式は、一人で完成させるから」
「かんちゃん……」
 いや、一人でってね。そもそもISって、一人で出来るような物じゃないでしょ。……それに。
「無理ね。私達にその選択肢は選べないの」
「……どうして?」
「織斑先生から『四組代表の機体が完成しなければ、貴様らの評価に影響する』って言われてるの。
貴女にとっては不本意かもしれないけど……実はこれ、私達自身の為でもあるのよ」
 あの時の織斑先生は、本当に鬼に見えた。……なんか、あの人らしくなかったけどね。
何かと不自然なこの一件、先生にとっても不本意な何かがあったのかな。学園の上などからの、命令だとか?
「……だったら、私だけで機体を完成させて。それに貴方達も手伝ったって伝える」
 それはそれで助かるけど。
「無理よ。どうせ詳細を報告してレポートで出すように言われるだろうし。それに、日本代表候補生にも興味ないわけじゃないし」
 最後のは、少し付け足しだったけど。
「……じゃあ、荷物運びだけしてもらう」
「良いわよ」
 まあ、一歩前進……かな?


「それで更識さん。どういうISを組むの?」
 どんな機材やパーツを持ってくるのかにも必要だし、ね。
「……」
 無言でデータウィンドウを展開し、こちらに送る更識さん。えっと……。
「機動性重視……。それに64発のミサイルロックオンシステム……薙刀状のブレード、小口径の荷電粒子砲もあるのね」
 機体としての評価は兎も角、あと数週間で、一年生三人で新しいISを組む。……無理すぎるわこれ。付け焼刃の知識しかない私でも、その位は解る。
「じゃあ、何から持ってくるの?」
「これを」
 とはいえ、乗りかかった船だし。私は更識さんから部品リストを見せてもらい、資材室へと調達に向かうのだった。


「布仏さん、そっちはどう?」
「んー、見つかったよー」
 資材室には、それこそ山のようにIS用パーツがあった。装甲板、配線などなど……もって行く物を二人がかりで抱え、カートに積んでいく。
資材室のカートには動力があるから、乗せてしまえば整備室まで運ぶのは楽なのだけど。
「あれ? どうして貴方達がここにいるの?」
「あれ……黛先輩? こんにちわ」
「こんにちわー」
 声がかけられたので振り向いてみると、そこにいたのは新聞部の黛先輩だった。って、布仏さんも知り合いなの?
「こんにちわ、二人とも。でもどうしたの、こんな所に。織斑君の手伝い?」
「いえ……織斑君じゃなくて、四組代表の更識さんの手伝いです」
「え? 何で一組の貴方達が?」
「実は……」
 ……。黛先輩に事情を説明すると、先輩は考え込むような表情になる。
「んー、それってかなり無理があるわよ。何か他に理由があるのかな……?」
 多分、裏の事情とかを考えているんだろう。先輩がそこまで首を突っ込む気なのかはわからないけど。
「まあそれはさて置き。もし何かあったら、頼ってくれてもいいわよ?」
 そういうと、先輩は自信あり気に胸を張った。まあ、手助けしてくれるって言ってるんだし。邪険には出来ないわよね?
「はい、その時が来たらお願いします」
 そう言って、先輩とは別れた。……ちなみにその直後、布仏さんから黛先輩が二年整備科のエースだと聞いたのだけど。
私は自分の見る目の無さに少し気落ちし、先輩に心中で謝罪した。山田先生もそうだけど、人は見かけによらないのよね。


「持ってきたわよ」
「お待たせー」
「……ご苦労様」
 黛先輩と話した分は少し遅れたけど、彼女は端的に礼を言うと、私達が持って来た部品を受け取った。
それをチェックしつつ、打鉄弐式に取り付けるべく加工していく。
「……」
「はむはむっ♪」
 そして私と布仏さんは、それを眺めているだけだった。布仏さんは、お菓子をつまみながらだけど。
「……ふう」
 装甲板を一枚取り付けて、更識さんが一息つく。僅かなズレでも許されないらしく、緊張していたのだろう。
でもこのペースで行ったら、絶対に間に合いそうにない。
「あの、更識さん。――どういう建造スケジュールを組んでるのかだけでも、教えてくれない?」
 間に合うのか、とは言えないのでこう尋ねてみる。今度も空中投影ディスプレイでデータだけが『飛んで』きたのだけど……。
「え?」
 完成予定は、早くても七月末。しかもこれは戦闘プログラムの作成だとかコアの適性値だとかなんだとか……。
全てが予想通りにいった上での結果だった。つまり、クラス別対抗戦には絶対に間に合いそうに無いという事。
あのー。幾らなんでもこれはまずいんじゃない? 私達も困るし、四組も困るのよ、これ?
「……」
 私が視線を向けても、集中している彼女からの返事は無い。……どうするのよ、これ。
(……とはいっても、どういえば良いんだろ)
 困った事に、私には『これじゃ間に合わない事』は解っても『じゃあどうすれば良いのか』というアイディアがない。
受験勉強、そして授業でISの事を学んでいるとはいえ。こんな事態に対応できる知識は、私の中にはほとんど無い。
違うアイディアが無いのに反論だけするなんて嫌だし……えっと。えーーっと。
「――あ。元が打鉄なら、そのデータを丸ごと入れて、ガード重視で組んだ方が早くないかしら?」
 一か八かで、そう言ってみる。確か、打鉄同士ならデータ交換も簡単に出来る……って一昨日の授業で言ってたし。
「――! それじゃ駄目!」
 ……驚いたわ。更識さん、こんな大声も出せるんだ。でも何でそこまで拒絶するの?
「んー、私も~~。さっきも言ったけど、次のクラス別対抗戦はガード重視の方が良いと思うなー」
 予想外の援護射撃がきた。大声を出した事で、彼女は動揺してるみたいだし。これで……あれ? 何で『さっきも』なんて――。
「……別に良い」
 と思ったら、素に戻られて予想外の一言がきた。……何それ?
「……ねえ、更識さん。……貴女、誰?」
「かなみー……?」
「……何を?」
「誰だ、って聞いてるの」
 ……ヤバい、感情が抑えきれない。でも。
「……更識、簪」
「で?」
「……どういう意味?」
「日本代表候補生……っていうのは、何処へ行ったの? 四組代表、っていうのは?」
「わ……私は、別に……」
 ええ、解ってるわ。日本代表候補生はどうか知らないけど、クラス代表の方は貴女の意思じゃない事くらい。……でも、ね?
「選ばれたんなら、その責任を果たしなさいよ。じゃなきゃ、他の人間に譲りなさい。二組代表は、転入生に譲ったらしいわよ?」
 私の好きになれないタイプ。それは、自分のやるべき事をやろうとしない人間だ。マニフェストを守らない政治家。
公職なのに公私混同する公務員。複数の異性から好かれてるのが『理解できている』のに、ちゃんと返事を出さない人とかね。
ちなみに唐変木である織斑君は、これらの一歩手前だ。まあ『好きになれない』であって、憎しみだとかを持つレベルじゃないのだけど。
「そもそも、どうして専用機を一人で作り上げようなんて考えてるの?」
 どうしても聞いておかなければならない疑問を解き放つ。これを聞かないと、話が始まらないし。
専用機完成が遅れているから、というのは『自分一人』で作り上げようなんて理由にはならない筈だし。
「貴女には、関係……」
「もう私にとって、貴女の専用機は関係ある事よ。――理由を、教えて」
「……」
 更識さんは、口を開かない。適当に誤魔化すわけはないと思っていたけど、口を開かないのは……?
「言えない理由なの? それとも、言いたくないの?」
 この辺りで止めておくべきだ。理性はそう告げるけど、止まらない。むしろ、もっと危険な言葉が浮かんでくる。
「布仏さんから聞いたんだけど、貴女はヒーローが好きなのよね? 負った責任を果たさないのは、ヒーローじゃないんじゃない?」
「……!」
「貴女がISを一人で作り上げたい理由、それって功名心じゃないわよね? この学年には世界唯一の男子や、IS開発者の妹がいるけど。
他国の代表候補生だとか、そういった特殊な人達に負けたくないっていう対抗心じゃ――」
「――っ!」
 ないのなら、教えてと続けようとした瞬間。
「か、かんちゃん……」
 ……乾いた音がして。私は、更識さんに頬を叩かれていた。
「何も……何も、知らないくせにっ!」
 ……涙。叩いた方が泣いてる、ってどうなのよ。……何処か他人事のように考えていた。
「――じゃあ、話してよ。貴女がどうしてもそれを完成させたい理由」
「……っ!」
「か、かんちゃーん~!!」
 涙をハンカチ――私に渡したのとは全く別物の、ヒーロー物のハンカチで拭くと。彼女は一度も振り向かずに走り去った。
布仏さんもそれを追っていく。……あーあ、やっちゃった。オルコットさんの時といい。私って、短気よね……。




「……」
 どうしようか、この状況。
「だからあんたらは引っ込んでてよ。あたしは一夏に話があるんだから。昨日はゴタゴタしてて出来なかった分、教えてあげられるし」
「お前は二組だろうが! 一夏と戦う間柄なのだぞ!!」
「そうですわ! スパイのつもりですの!?」
 放課後。いつものように箒・セシリアと共に特訓に入ろうとしていると、そこに鈴が乱入してきた。
模擬戦形式で教えてあげる、と言う鈴に二人が噛みついたわけだが。ちなみに、宇月さんは四組代表の元に行ってるのでいない。
「特訓くらい、別に良いような気もするが……」
「馬鹿者! 戦う前に手の内を明かす奴があるか! 宮本武蔵とて、佐々木小次郎と戦う際に、木刀を船中で櫂より作ったというではないか!」
 む、確かに一理あるな。
「別に一夏の手の内なんて、隠さなくても知ってるわよ? 千冬さんと、暮桜と同じ力を持ってるんでしょ?」
「ぐぬぬ」
 ……って、知られてたのか。まあ、無理も無いけど。
「だ、だがお前は、一夏の太刀筋などは知らんだろう。……一夏は、中学時代は剣道をやっていなかったようだしな」
「ぐ……」
 お、今度は箒がやり返した。……まあ、確かに。鈴は、箒とは違って俺が剣道をやる姿はほとんど見た事無い筈だ。
箒達が引っ越してから、箒の親父さんがやっていた道場も閉鎖された。その頃から、俺は家事に力を入れるようになって剣を握らなくなり。
俺達が中学に入った頃に警官だった人が道場を引き継いだんだけど、その時の俺は家事とバイトに忙しかったしなあ。
「い、一夏の事は知らなくても、千冬さんの動きはモンドグロッソで見た事あるわよ? 一夏と千冬さんの剣って、同じなんでしょ?」
「あら、そうとは限らないのではなくて? 暮桜と白式は武装は同じとはいえ、スラスター出力・装甲等から見れば全く別の機体なのでしてよ?
多少に通っている部分はあるでしょうけれど、織斑先生と一夏さんの動きは違うのではないでしょうか?」
 鈴も反論するが、今度はセシリアが迎撃に入った。口調は丁寧だけど、迫力が凄い。しかし、セシリアが箒の援護に入るなんてなあ。
あのクラス代表決定戦の後からだろうか、対立したりいがみ合う事があったけど。どういう風の吹き回しだろうか?
ひょっとして『お前を倒すのはこの俺だ』のパターン……なわけないか。だいたい、何の為に箒とセシリアが争う事があるって言うんだよ。
 ……ん、今何か呆れた視線が向けられたような?
「一夏! あ、あんたはどうなのよ! あたしと訓練したくないの!?」
「一夏! お前に手の内を明かす余裕など無いぞ!」
「一夏さん! はっきりと断ってください!」
「うーん……」
 そして、とうとう俺が決断を迫られた。確かに、鈴と訓練した方がいい気もする。未完成だと言う四組、そして素人同然の俺。
そして今ひとつ不明だが『代表候補生の専用機持ち』ではないらしい三組。クラス対抗戦の本命は、千冬姉も言っていた通り間違いなく鈴だ。
その手の内を少しでも明かせるならそれでもいい。俺の実力アップにも繋がるのだし。――だけど。
 箒の言うように、俺自身の手の内も読まれる事は間違いない。ましてや、あの階段付近での反応を見る限り、鈴はかなりの実力者だ。
下手をすれば鈴は実力を隠したまま、俺だけが手の内を読まれるなんて事にもなりかねない。
「……」
 果たしてどっちがいいのか。……そんな俺の脳裏に、応援してくれたクラスのみなの顔が浮かんだ。


「鈴……今回は、遠慮してくれないか?」
 俺は、応援されている以上は勝ちたい。ここで、鈴に手の内を読まれるわけにはいかないんだ。
「え……。な、何でよ……。あたしだけ、仲間はずれ?」
「そんなんじゃねえよ。これも、クラス別対抗戦が終わるまでの辛抱だからさ。それが終わったら、再会祝いも兼ねて何処か遊びに行こうぜ?」
「え!? そそそ、それってデー……」
「中学時代の友達も呼んだら、皆驚くし。きっと楽しいぜ? あ、そういえば弾とか女子の友達にはもう連絡したのか?
お前が帰ってきたって知ったら、皆きっと喜ぶぜ? 俺も、久しぶりに会いたくなったぜ……あれ?」
 何で鈴は悲しそうな顔から笑顔になったのに、すぐに不機嫌な顔になるんだ? 逆に箒とセシリアは、ムッとなった後にホッとしてるし。
「……良いわ、だったら一つ賭けをしましょうよ?」
「賭け? 何だよそれ。俺、賭け事弱いぞ?」
 と言うか、何故このタイミングで賭けをするんだ?
「良いでしょ! するの、しないの?」
「どんな賭けだよ?」
「あんたとあたし。クラス対抗戦で勝った方が、負けた方に一つだけ何でも言う事を聞かせられる!! ってのはどう?」
「良いぜ」
 俺は、負けられない。だったらその賭けは、乗るしかない。もっとも……。
「バトルロイヤルなんだが、俺もお前も勝てなかったらどうするんだ?」
「はんっ! 素人のあんたや他のクラスにあたしが負けるとでも? まあ、気になるなら『先にダウンした方が負け』でも良いけど?」
「ああ、それで良い」
「じゃあ賭けは成立ね! 首を洗って待ってなさいよ!!」
 ……そういうと、鈴は疾風のように去った。早いなあ、あいつ。
「い、一夏。大丈夫なのか、あんな賭けをして……」
「大丈夫だって。俺が負けなきゃ、俺の勝ちなんだからな」
「そ、それはそうだが……」
「おいおい、心配すんなよ。命取られるわけじゃないんだし」
「そうですわ、一夏さんが勝たれればそれで良いのです。まあ一対一ではない戦い、と言うのはISに置いては少々特殊な経験ではありますが。
一対多を念頭に置かれたブルー・ティアーズを駆るこのわたくしが……」
「……ええい、私も腹を括った!! お前に、刀の特性と使い方を徹底的に仕込んでやる!!」
「わ、わたくしを無視しないで頂けますか!? い、一夏さん!!」
「いや、俺は聞いてるって!!」
 ああ、何でここまで混乱するんだ。宇月さん、早く帰ってきてくれーー!!



「どうして――あんな事、したんだろう」
 更識簪は、自室でシャワーを浴びていた。思うのは、自分が頬を叩いた女子の事。
『だったら、理由を教えてよ』
 その目は、とても真剣だった。彼女の姉の事を知らないのか、純粋に疑問に思っている声。……しかし、話せなかった。
「私は……」
 自分だけでISを完成させる。その目標を達成する為には、クラス別対抗戦など邪魔なだけだった。
各組に分散された代表候補生である事が理由で押し付けられた、その程度にしか思っていなかった。――だけど。
『選ばれたんなら、その責任を果たしなさいよ』
『負った責任を果たさないのは、ヒーローじゃないんじゃない?』
 責任。その言葉が、発言者の意図以上に更識簪にショックを与えていた。
「ヒーローなら……責任を果たせるのかな……」
 彼女は、勧善懲悪のヒーロー物が好きだ。自分の力を正しく使い、人々を守るヒーロー。
だが今の彼女とヒーロー達とで決定的に違う点がある。ヒーロー達は、どんな境遇でも戦い続ける点だった。
それは、ヒーローとして力を得た『責任』を果たしているといえた。なのに、自分は。
『功名心じゃないわよね? 対抗心じゃ――』
「違う……違うっ!!」
 本当は、そんなのじゃない、と言いきりたかった。ヒーローどころか、三下の悪役のような理由。そんな理由じゃない――筈だった。
でも、あの言葉を言われた瞬間に心の中によぎった事。自分と姉とを比べる、周囲への鬱屈した感情。姉の影からの脱却。
――その根底に、対抗心が無いわけじゃなかった。同級生への、ではないが。香奈枝の言葉は、一部正解だったのだ。
「何で……何で、私は……!!」
 自分が嫌になる。みっともなくて、醜くて。自分が好きになれない自分。思考が、どんどんマイナスへと落ち込み――
「かーんちゃん」
「ひゃうっ!?」
 その声は、布仏本音。簪の幼なじみにして、専属のメイドでもある少女だった。織斑一夏の「のほほんさん」という呼び名がピッタリな少女。
そんな彼女が、何故か簪の部屋のシャワールームへと入ってきたのだった。
「ほ、本音……? な、何でここに――」
「裸の付き合いだよー。昔は、一緒にプールやお風呂に入ったしー」
「そ、それは……で、でもなんで……? か、鍵はかけたのに……」
「てひひー。かんちゃんのルームメイトの、いっしーに頼んだんだよー」
「い、石坂さん……」
 この場にはいないルームメイトに文句を言いたくなる簪だった。だが、その幼なじみはお構い無しにくっ付く。
「……かんちゃん、泣いてたのー?」
「っ! な、泣いて、なんか……」
「んー。かなみーは、今は織斑先生に呼ばれて寮長室だよー?」
「……え? な、何で……」
「かんちゃんと喧嘩をしたって情報が、すぐに流れたんだよー。それで、呼び出されたんだよー」
「あの子には……関係ないのに」
「んー。でもかなみーは、しょうがないかって言ってたよー?」
「しょうが、ない?」
 簪には解らなかった。無理矢理自分に協力するように言われた彼女。それで呼び出しをくらったのに。
「……。かんちゃん、かなみーはねー? ただ、自分のやるべき事をやりたいだけの人なんだよー。それは、解って――」
 本音の言葉は、シャワールームが閉められる音に遮られた。追おうとする本音だが、ドア越しに聞こえた『声』にその手が止まる。
そして簪のルームメイトの帰室まで、そのまま過ごすのであった。



 何か香奈枝視点が異常に増えた。――少しは減らすべきだろうかと思ったり。
SSのテンプレとも言えるほど使用される「一夏以外の簪への協力」イベント発生。さてどうなるやら。



・没ネタ

「ほ、本音……? な、何でここに――」
「裸の付き合いだよー。昔は、一緒にプールやお風呂に入ったしー」
 思い切り抱きつく本音だが。――簪の顔が、何故か暗くなった。
「あれー? かんちゃん、どうしたのー?」
「な、何でもないから……。こ、ここから出て行って」
「えー。裸の付き合いも、悪くないよー」
 ぎゅっと背中から幼なじみを抱きしめる本音。だが。
(ほ、本音……。また、大きくなってる……)
 その大きな膨らみが簪に当たっているのは、まるで気付いていないようだった。それが、当てられている本人が落ち込む原因となっている事も。
(何で、同い年なのに……)
 以前のデータでは、1カップ違っていた。アンダーバストも違うので単純比較は出来ないが。2㎝から3㎝は違う計算になる。
「かんちゃん、どうしたのー?」
「な、何でもない……。お、お願いだから出て……え?」
 いって、と続けようとした振り向いた瞬間。簪の腕が、本音の胸に当たった。本来ならば故意でなくても謝る所なのだが。
「……」
 ――ぷるん。そんな擬音がつくくらい、当たった胸が大きく揺れた。当てられていた感触から推測するよりも、大きめである。
「ほ、本音? ……今、何㎝くらいあるの?」
「えー? えーっとねー」
 何でそんな事を聞いたのか、彼女は後に後悔する。……ちなみに本音の回答は、簪との差が2カップに広がった事を証明するものだった。



 没にするしかないよなあ、このネタ。でも思い浮かんだので使う、私は謝らない!!



[30054] 騒動の種、また一つ
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2011/12/28 10:24
2011 12/28追記 感想で数々のご指摘を頂戴いたしましたので、少々補足しました。



「馬鹿か貴様は」
 天網恢々疎にして漏らさず、じゃないけど。私は、寮長室に呼び出されていた。
何処かで助けを求める声が聞こえたような気がするけど、それどころじゃない。むしろこちらを助けて欲しい。
目の前の織斑先生が、本気で怒っている。……はっきり言ってしまえば怖い。勿論、自業自得である事は理解しているけど。感情は別物だ。
「何処の世界に、手伝うべき人間に喧嘩を吹っかける奴がいる。お前、責任を放棄するつもりか」
「いいえ。自分が嫌う事を自分でやるなんて気は、ありません」
「ならば、どうする気だ」
「とりあえず、布仏さんと相談して。謝罪します」
 まあ、少し質問がきつ過ぎたし。……本当に、この悪癖を何とかしないとね。
「……」
 織斑先生の目が、獲物を狙う猛禽類のように細まる。拳骨でも来るかな……?
「まあいい、更識と仲直りして奴の専用ISを何とか形にして見せろ。もし自分達だけで不可能だと思えば、我々に言え。
ただし……もしも責任を放棄するつもりならば、お前に直々に『代償』を払わせてやるか」
 と思ったら。い、いきなり地獄への扉が開いたわっ!? 確か『ここに入る者、全ての希望を捨てよ』って書いてあるんだっけ。
「現実逃避をしても、何もならないぞ。――解ったな?」
「はい……」


「んー、大変だねかなみーも」
 相変わらずマイペースな布仏さんが、羨ましかった。……まあ彼女には『代償』は無いでしょうけどね。
「もしも間に合わなかったら、打鉄かリヴァイブに乗り換えた方が良いような気もするけど……」
 現実逃避気味に、更識さんの対抗戦の事を考えてみる。でもそうなると、日本の代表候補生が量産機で出る事になる。
専用機を持っていないのなら兎も角、持っているのにそれはまずい。ましてや二組の鳳さんは、中国の代表候補生だし。
「と言うか倉持技研、何やってるのよ……」
 あそこがちゃっちゃと作ってくれていれば、こんな事態にならずにすんだのに。
「んー、おりむーの機体を調べるのに手一杯なんだよ~~。なにせおりむーは、単一仕様能力まで持ってるんだし~~」
 そりゃそうだけど、そもそも白式は倉持技研で作った物なのに。何で調べるのにそんなに手間取ってるのよ?
「んー、何ていったってー、おりむーの単一仕様能力は暮桜と同じだしねー」
「それ自体、ありえないんだけどね」
 今までの常識じゃあ、単一仕様能力とは操縦者とISの最高相性が必要だった筈だ。それなのに織斑君は、一回目の起動でそれを発動させた。
その上、それは姉である織斑先生が『暮桜』で使っていたものと同じ。違う人間、違うISなのに同じ能力なんて……兎に角、常識外れ。
クラス代表決定戦の後、それを聞いたんだけど……耳を疑ったわよ。
「んー、後は噂だけどねー。倉持技研が、白式と打鉄弐式を同時に扱う余裕が無くなったって話だよー?」
「余裕が無い? 予算とか、技術者とか?」
「んー、詳しくは知らないけど。打鉄弐式がかんちゃんに未完成で預けられたのも、その所為らしいよー。
本当は、数ヶ月経ってから未完成なら預けるって話だったけどー」
「ふうん……」
 まあ、裏事情まで関わる気は無いけど。それにしても、布仏さんは結構噂に詳しいのかしらね。


「こんばんわ、かなみー」
「布仏さん……?」
 先生にはああ言ったけど、更識さんは部屋には不在で、結局部屋に戻るしかなく。
夕食もお風呂も終わった私を訪ねて来たのは、珍しいお客さんだった。しかもいつも寮で着ているパジャマの類ではなく、制服に着替えている。
「さー、学校に行こうかー」
「布仏さん、ついにボケた? 今は夜の七時よ?」
「解ってるよ~?」
 フランチェスカ、口に出さないの。……私も同じ事を思ったけどね。
「でも、何でこんな時間に学校に? 大丈夫なの?」
「大丈夫だよー。さあ行こうかー。お化けなんて無いさ~~♪」
 歌を歌う布仏さん。いえ、怖いのはお化けじゃなくて規律にうるさい寮長の世界最強教師なんだけど。
どうやって更識さんと仲直りするか、とかもあるし……。最後の手段としては、諦めるというのもあるんだけどね……。


 ……。幸い見咎められたりする事は無く、私達は目的地らしい部屋に着いた。そこには、生徒会室と書かれている。え、何で?
「つれて来ました~」
「いらっしゃい」
「ご苦労様、本音」
 扉が開くと、中には二人。タイの色から察するに、二人とも先輩。扇子を持った蒼髪の二年生の女子と、ファイルを持った三年生の女子。
多分、生徒会の役員なのだろうけど、二年生の方が椅子に座っているし……あれ? この二人、誰かに似ているような?
「えっと。すみませんが、どちら様ですか?」
「私は更識盾無。この学園の生徒会長をしている者よ」
「……生徒会長?」
 その蒼髪の二年生――更識先輩は、何とも言いがたい人だった。笑みを浮かべているが、隣の布仏さんのようなそれとは違う。
奥が見通せない、かといって作り笑顔でもない。……霧のような、何処か不安にさせる要素と。
でも穏やかな、人を安心させる要素を共存させた笑み。自分で言ってて、何がなんだか解らなくなりそうだけど。
「私は、布仏虚。会計を任されている者です。……ところで、相手が名乗った以上は貴女も名乗るべきではないですか?」
 一方の三年生――布仏先輩は、いかにもキャリアウーマンって感じの『出来る人』だった。かと言って冷たい感じは無く。
私にも失礼を怒っているのではなく、たしなめるように告げる。え、布仏って……もしかして、布仏さんのお姉さんなの?
顔立ちも似てるし。彼女に、こんな真面目そうなお姉さんがいたなんて……じゃなくて。
「あ、そ、そうですね。わ、私は……」
「知っているよ、一年一組宇月香奈枝さん。貴女が、織斑一夏君のIS初起動の第一発見者である事。
そして彼と四年連続で同じクラスである事、織斑君に近しい女生徒達の間で唯一の彼への好意を持っていない事もね」
「……」
 自己紹介しようとしたら、私の関わった一件を生徒会長に並びたてられた。……あれ、ちょっと待った。この人の名前って、確か……。
「更識って、もしかして?」
「うん。私は簪ちゃんの姉。香奈枝ちゃんは、協力してくれてるんだよね?」 
「は、はい。このハンカチがきっかけで、知り合って……。それで、先生からの命令を受けて……」
 でも、喧嘩してますが。
「……!」
 あれ? ハンカチを見せた途端、今まで捕らえどころの無い笑みを浮かべていた生徒会長の顔が曇った。
「……」
 そして一瞬で笑顔に戻る。でもそれは、無理矢理に作った笑顔だった。さっきまでの笑みとは違う。何処か、痛々しい笑み。
「あの……どうかしたんですか?」
「うーん。実はこれ、私達用に作ってもらったハンカチなんだけどね……」
 そこに取り出したのは、K・Sと書かれたハンカチ。少しデザインが違うけど……K?
「デザインがちょっと気に入らなくて、お互い交換したんだけど……なあ。んー」
 あのハンカチは、会長用だったのね。それにしても、それを人に渡そうとするなんて……どうしてかしら?
ハンカチの交換も含めて、一人っ子である私にはよく解らないけど。
「……でも、持っていましたよ」
「え?」
「更識さん、そのハンカチを持ち歩いてたんです。……嫌だったら、そもそも持ち歩かないと思いますよ」
 気がついたら、私はそんな事を口にしていた。最近は織斑君たちのフォローばっかりしていた所為か、こんな言葉が自然と口に出る。
「……ありがと」
 その会長の笑みは、何処か儚くも素敵で。……その気なんか全くない私も、ドキッとしてしまった。


「なるほど、簪ちゃんの機体はそういう状況か……」
 そして。私達は、二人に更識さんの機体の今の状況を伝え終えた。
「んー、虚ちゃん。貴女の仕事を増やしてもいいかしら?」
「私でしたら、構いませんが。こちらの機体は、完成にめどがついていますし」
「布仏先輩に? それに、機体って……?」
「機体、って言うのはこっちの話。こう見えても虚ちゃんは、三年整備科の首席だし。きっと貴女の為になると思うけどな」
 主席っ!? って言う事は、オルコットさんと同じ……って考えたら、微妙に凄い事じゃないような気がしてきた。
「あら、驚かないのね? ぶー、つまらないなあ」
 いや、面白いとかつまらないとか言う話ではなく。
「んー、でも~~。かんちゃん、お姉ちゃんの手伝いはきっと嫌がるな~~」
 意外にも口を挟んだのは布仏さん。……嫌がる? 布仏先輩、更識さんと仲が悪いの?
『お姉ちゃんの手伝いは』って言うからには、単に手伝いを嫌がるっていうことじゃあなさそうだし。
「そうかもしれませんね。お嬢様の差し金、と思われるでしょうし」
 お嬢様……って、会長の事? 意味が解らないんですが。
「……もう、お嬢様は止めてよ」
「失礼しました」
 そう言う会長は、妙に元気が無い。言い終えた後に扇子で口元を隠し。それには『……』と書かれてある。
「あの。何か不都合でもあるんですか?」
「いや、その。あの子、何ていうかね? 私に対して、引け目があるっていうか……」
「つまりは、姉に……会長に対して、コンプレックスを抱いているのです」
 ……あの、布仏先輩。少し直球すぎじゃないかと思うのですが。
「んー、盾無お嬢様は国家代表だけど~。かんちゃんも代表候補生なんだしー、誇っても良いんだけどなー」
 ああ、そうなの。会長も国家代表……あれ? 今、その後に『候補生』って付かなかったような?
「あの、更識会長って……?」
「ああ、説明していなかったっけ。私、ロシアの国家代表。自由国籍保持者、って奴ね」
 自由国籍保持者って……ISの取り扱いを決めたアラスカ条約の一項にある、文字通りの何処の国の代表にもなれる人たちよね?
その中から、国家代表が選ばれるケースが存在するのは知っていたけど。並大抵じゃない実力と高い適性が必要だから、滅多にいるわけはない。
でも、会長が学生でありながらそうであるなら。そして国家代表ならば……更識さんがコンプレックスを持つのも無理はないわね
「あ」
 あー、何か思い出したわ。身近にいるわね、そういう人が一人。もしかしたら二人。……うん。


「それで、簪ちゃんと香奈枝ちゃんは喧嘩中なんだっけ? 事情はさっき聞いたけど」
「う……」
 私と更識さんの事情も、さっき伝えた。私が言うと公平じゃなそうだったから、布仏さんに頼んだのだけど。
「……あの子も、頑固だからなあ。一度へそを曲げちゃったら、長いわよ」
 やっぱりそうですか。何となく、そんな気はしますけど。
「まあ、そもそも今回の一件自体が無理のある話なのですが。整備科でもない一般生徒が、新規建造の手伝いというのはほぼ不可能でしょう」
「そうねえ。んー、せめて誰か専門の人でもいればいいのにね」
 そうですね……と相槌を打とうとした時。一つのアイディアが浮かんだ。……聞いてみようかしら。
「――あの、布仏先輩。もしよろしければ、私達を指導してくださいませんか?」
「指導?」
「はい。私達はまだまだ力不足です。先輩の指導を受ければ、もう少し彼女の役に立てるようになるでしょうし」
 本当なら、先輩が直接協力できればいいんだろうけど。それは出来ないみたいだし。
「んー、いいアイディアだと思うな~~」
「確かに、いいアイディアでしょう。しかし簪お嬢様は、それすらも会長からの助力と考えて拒む可能性もありますよ?」
 三年主席だけあって、先輩は即座に問題点に気付いたようだった。私達が指導を受けるのはいいだろう。
でも殆ど無知な筈の私が更識さんにいきなり適切なアドバイスを行えば、誰かが手伝っているのは明白。そしてそれは誰なのか。
それくらい、彼女は見抜いてしまうだろうから。
「ええ、だから直接言います。私達の事、全部。更識会長が妹さんの機体を完成させたがってます、って」
 嘘をつきとおせるとは思えないし、ばれた時が怖い。だったら、最初からハッキリと言ってしまおう。
「ちょ、ちょっと待って。そ、それはちょっと不味いかな~~、なんて……」
 と、やや慌てた表情で会長が口を挟んできた。
「わ、私の名前出されると、おねーさん、ちょっと困っちゃうんだけどなあ?」
「今更ですよ、会長。――それだけで断るなら、宇月さんも楽なのでしょうけど」
「で、でも。正直に言って、簪ちゃんが納得するのかなあ?」
「はい。だから、賭けを持ちかけます」
「賭け?」
「布仏先輩の指導を受ける前に、彼女に言います。もしも先輩に合格点を貰ったら手伝わせてほしい、って」
「……へえ。最初に言う気なんだ?」
 はい。
「それに乗ってくれたら、勝算はあります。――後は、私と布仏さんの努力次第ですけど」
「ふむ。簪ちゃんを、挑発するわけね。へー。ふむふむ、なるほどねえ……」
 意外そうな顔をしながら、更識会長は思案している。――と。扇子が開き、そこには『可能性有り』と書いてあった。
思うのだけど、いつの間に交換してるんだろう……?
「のるかもしれないわねえ」
 悪戯好きな子供のような笑みを浮かべる会長。……少し早まったかな、と思ったけど。今更止められない。
「どうでしょうか。……布仏先輩、お願いできますか?」
「心得ました。それと、ややこしいので私の事は虚で構いませんよ」
「それじゃー、よろしくねーお姉ちゃーーん」
「はい、よろしくお願いします。虚先輩」
「解りました。しかし時間があまり無い以上、かなりの集中講義になりますが。宜しいですね?」
「はい。それに、こうなった以上はやり遂げてみせます」
「……ふう。それにしても、貴女は意外と大胆なのね」
 少しだけ、更識会長が目を丸くした。まあ、私にも意地があるのだしね。
「はい。私はこれでも、一般中学からIS学園を狙うような人間なので。それに……」
 最初は気が乗らなかったけど、少しづつ事情も解ってきたような気がするし。
「更識さんが、何故機体を一人で完成させようとしてるのかも、何となく解りましたし」
 それによく考えてみれば、これはチャンスかもしれない。専用機の建造に関わるなんて、普通なら望んでも叶わない事。
なのに、一年生の私がそれに関われる。こじつけだけど、ポジティブに考えてみた。……まあ、成功しなくても良い経験にはなりそうだし。
「そうだねー。かんちゃん、お嬢様を見てたから専用機を自分で作りたくなったんだしね~~」
「う……。私だって、虚ちゃんや薫子ちゃんに手伝ってもらったんだけどなあ」
 ……はい?
「あ、あのー。もしかして、会長は自分のISを……」
 国家代表なら、間違いなく持ってるだろう専用機を。
「自分で組んだわよ? 今言ったとおり、友人二人に意見を聞いたり手伝ってもらったけど。薫子ちゃんの事は知ってる? 新聞部の」
「は、はい。黛薫子先輩の事ですよね。何度かお話をした事があります。クラス代表決定戦の時も、お世話になりましたし」
 天才がここにいた。てっきり『専用機を一人で組み立てたら姉に勝てる!』って感じだと思ったら。追いつける、だけだったのね。
「凄いですね……」
「でも、七割方出来てたからよ? 私がしたのは、仕上げの部分だけ」
 そうは言うけど。多分、妹さんには通じません。
「では明日の放課後、こちらに来てください。ノートやその他記録媒体、IS技術系の教科書は忘れないように」
「解りました。では、失礼します」
 そう一礼し。
「あれ、布仏さんは戻らないの?」
「んー。私は生徒会の役員の仕事があるからね~~。まだ戻っちゃ駄目だってお姉ちゃんが……かなみー?」
 ……いけないわね、疲れすぎなのかしら。幻聴が聞こえてきたわ。
「えっと。布仏さん、何て言ったっけ?」
「生徒会の、仕事があるんだよ~~」
 ……。落ち着こう。布仏さんが、生徒会役員? ……え。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」
「な、何でそこまで驚くの~~!?」
 夜も遅いというのに、私は絶叫した。ちなみに更識会長は扇子を口に当てて笑っていて。虚先輩は溜息をついていた。
……。結局、私は布仏さんに平謝りで許してもらい(代償は一週間、昼にケーキを奢る事)。彼女達を残し、私は生徒会室を出るのだった。




「さて、と。もう演技はいいでしょうか」
「ええ。それにしても、意外とやる気だったわね」
「くたびれた~~」
 香奈枝の退室後、私達は安堵していた。それにしても香奈枝ちゃんは、無関係なのに『こちらの狙い通りに』指導を願い出てきたわね。
本音ちゃんはともかく、彼女に簪ちゃんの機体を完成させなければならない義理なんて無いのに。
「中学の人物調査では、一度引き受けた事は無理にでもやり遂げたがる性格のようですから。
少々不自然なこの一件も、やり遂げたいと思っているのでしょう。それを利用させてもらうのは、少々心苦しいですが」
「そうね。……でも、出来るかしら」
 正直な話、クラス代表対抗戦までに打鉄弐式を完成させるのはかなり困難だろう。……勿論、人材が今のままでならだけど。
「会長。無理矢理にでも介入した方が宜しいのでは? 私なら、時間はありますが」
「うーん、でもね。幾ら私でも、そこまでしたらかえって逆効果になるような気がするのよ。
織斑先生だって、織斑君は一生徒として扱ってるしね。深夜特訓だって、彼からの要請があったからこそみたいだし」
 ――ああ、我ながらなんて下手な嘘だろう。……本当の理由は私の臆病さだ。いつの頃からだろうか。
私とあの子を周囲が比べだし、それがあの子の重荷になり出したのは。
 ……私も、何かすればよかったのかもしれない。やってあげたい事もいっぱいあった。だけど、私自身が手を貸せば。
あの子からすれば『自分の事で手一杯な妹に対する、余裕綽々な姉のお情け』にしかならなかっただろう。
そして気がつけば、会話すらろくに出来なくなった姉妹の出来上がりだった。
「……」
「何か?」
「ううん、何でもないわ」
 隣にいる虚ちゃんは、妹である本音ちゃんと普通の姉妹関係を築いている。状況の違いなど、様々な要因はあるだろうけど。……羨ましかった。
「てひひー。それじゃあ、お待ちかねの~~。ご褒美ケーキタイム~~♪」
「……」
「うええええっ……。いたあ……」
 虚が音も無く本音ちゃんに近寄ると、握った拳がそのまま妹の頭に振り落とされた。とても痛そうな音が響く。
「本音、すこしは自重なさい。いくら演技の褒美といっても、これはお嬢様が……」
「良いのよ。食べちゃっても」
「うあーいっ!」
 喜色満面で皿とケーキを取り出す本音ちゃんと、しょうがないですね、と言った感じの。でも、優しい目で妹を見る虚ちゃん。
……それが、見ていられなかった。妹の為に買ってきた筈のケーキを、渡す事さえ出来なかった私には。


「ところで、簪ちゃんは『アレ』を聞いたの?」
「んー、ちゃんと朝のうちに伝えたんですけど~~」
「そう……。やっぱり駄目だった、か」
 アレ――私の考えた、打鉄弐式の作成プラン。クラス対抗戦がバトルロイヤルになると知り。
空き時間を利用して、技術的にも時間的にも実現可能な計画を立てた。それを参考にでもなれば、と本音ちゃんに渡したのだが。
「かなみーも、それで怒っちゃったし~~。大変でした~~」
「本音……? まさか貴女、宇月さんの前であのプランを発表したの?」
「ち、違うよ~~。かなみーが、偶然同じような事を口にしたんだよ~。伝えたのは、朝ってさっき言ったよ~~」
「ふむ、結構勉強しているのかしら。それとも偶然?」
「どちらにせよ、中々鍛えがいのある人のようですね。楽しみです」
 ふむ……。ここに一般中学から入れるくらいだから、そうとうな努力を積んだんでしょうけど。
かなりのハードコースになりそうよね。まあ、これも努力したら出来ると思うけど。
「ところで会長。彼女を取り巻く事情について、本人に説明いたしますか?」
「んー、その辺りは織斑先生と相談しないとね。何処まで話して良いのか、決めておかないと」
 香奈枝ちゃん自身は夢にも思ってないだろうけど、実は彼女自身も色々な所からマークされている。
所謂『将を射んとせばまず馬を射よ』だ。彼の周りに居る中で、まず『馬』になりうるのが彼女なのだから。
「承知しました」
 僅かに微笑む虚ちゃん。――と、その話題が別の事に切り替わった。言われなくても、目を見ればわかる。
「……そういえば会長。あの申し出を、受けるおつもりですか?」
「ええ。一年生があれだけ頑張ってるんだもの、生徒会長の私が頑張らないわけにはいかないじゃないの」
「そうですか。では当日までに、完全に仕上げるとしましょう」
「えー、何の話ー?」
「こっちの話よ。――というか口をふきなさい、クリームが付いてるわよ?」
 さて、と。忙しくなりそうねえ?




「――なるほど、な。連絡ご苦労、布仏。事情に関しては、今はまだ隠しておく事にする」
 生徒会室の布仏虚から、寮監室の織斑千冬への電話。それは宇月香奈枝と布仏本音が彼女の指導を受けるとの連絡だった。
「それにしても布仏はともかく宇月が、な。そこまでやるとは少々行き過ぎかもしれんが……。脅しが効きすぎたか?」
 三年主席の在籍する生徒会や、少しだけ関わった経験のある新聞部への協力を願い出るのは千冬も想定内だったが。
香奈枝達が指導を受けて更識簪に協力する、というのは行き過ぎの感もあった。その一因が自分の発言にあるのかと思い当たり、頭を悩ませる。
彼女自身としては香奈枝が「何もやらない」限りは、制裁を下す気など無かったのだが。
「やれやれ、思いがけず厄介な事になるな。まあ、仕組んだのはこちらなのだから文句の持っていき所も無いが」
 もっとも、整備課や布仏虚らの協力を更識簪が受け入れるならこんな企ても必要ないのだがな、と心中で続ける。
……宇月香奈枝と布仏本音を四組に派遣したのは、色々な理由が重なったからだった。列挙していくと。

・打鉄弐式の完成と、更識簪の意識改革
・どうしても地味になりがちな整備という一面のアピール
・四組の一部から起こりつつあるという、一組への不満解消

 などがある。一部には

・宇月香奈枝を織斑一夏の(=白式の)専属スタッフとして成長させる目論見
・日本の代表候補生である簪と、織斑一夏の架け橋になって欲しい……という政府関係者の皮算用

 もあるというが。そして、千冬自身としては別の目論みもあった。
「あいつらも、宇月無しで上手くやれるようにならねばならんしな」
 あいつら、とは織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコットだった。香奈枝を加えた四人がグループ化しつつあるが。
箒とセシリアが一夏に好意を持っているため激突する事が多く、その仲裁役が香奈枝になっている。
今はそれほど大きな揉め事も少なくなり、安心してみていられたのだが。
「オルコットだけではまず終わらないだろうからな」
 一夏のフラグ成立能力を考えると、他の女子がこの輪に加わる事も考えられた。事実、転入生の鳳鈴音がその輪に入りかけている。
クラス別対抗戦終了までは少し距離を置くらしいが、それが終われば間違いなく加わってくるであろう事が予想されていた。
そうなると、香奈枝だけで上手く回っていくのかどうか解らない。だからこそ、今のうちに一夏を『鍛えて』おく必要があった。
「ISを扱う事についてならば、私が一声かければすむ話だが……。恋愛沙汰に関してはな……」
 本来ならば恋愛禁止、とでもいえば済む話だがそれで事は済まない。男性でありながらIS操縦適性を保持する一夏。
そんな彼を、色仕掛けで堕とそうとする国が出てきても不思議ではないのだ。そんな輩に対処する為には。
「一夏自身にも、しっかりしてもらわねばならん。あいつ、女を見る目がまるでないからな」
 その原因の一つが自分である事を自覚しながらも。彼女は溜息をつくのだった。


「それにしても宇月は、根を詰めすぎるタイプだとは思っていたが。ここまで、とはな」
 色々と重なる事情に翻弄されつつも、自分からその解決に向かう意思のある香奈枝。だからこそ、一夏達の仲介も。
そして今回の一件も任せようとしたのだが。
「ギリギリまで、奴は私や整備課に頼ろうとはすまい。――さて、どう手を打ったものかな。
報酬……で動くタイプではなさそうだが、あまり奴ばかりに関わってばかりもいられないしな……」
 自分の弟の一件の第一発見者であり、個人的にもある程度親しい彼女は、すでに政府にさえマークされている。
そんな彼女を、どうするべきか。必要以上の事情は説明しないつもりだったが、方向転換する必要があるのか。頭を悩ませる千冬だった。




 7割以上が香奈枝の視点。うん、減らしたいんだけど減らせない。何だこのジレンマ(A.作者の構成力不足)



[30054] そして芽生えてまた生えて
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2012/01/10 08:34
「……」
 僅かに赤い目で、更識簪は授業を受けていた。といえ、授業は今更聞かずともわかる為に授業には集中していない。
普段ならば打鉄弐式のプログラムに集中する所なのだが。どうしても、昨日の一件が集中を妨げていた。
(どうして……私は……)
 次々と浮かび上がる自己嫌悪が、彼女の思考を蝕む。そんな中、クラスメートの声が聞こえてきた。
「やっぱり……かな?」
「専用機じゃないと……」
「早く作ってくれれば……」
「だいたい一人で……」
 少し途切れ途切れだが、内容は理解できた。――それが、よりいっそう彼女の心を苛む。
(……もう、いい。周りが何と言おうと、関係ない……)
 彼女は心を閉ざし、自分の殻に閉じこもる。それはやむを得ない反応であったが。同時に、悪い兆候でもあった。
そして次の休み時間。更に彼女の心を苛む噂が飛び込んでくる。それは。
『一組の生徒二人が、夜の生徒会室に呼び出された』
 というものだった。




 放課後。あたしは、第二アリーナでクラスメイト三人と共に訓練をしていた。
「歩くのは、感覚よ感覚!! ――そうっ! 授業で言ってた感じ!!」
 借りられたのは打鉄二機、ラファール・リヴァイブ一機。
とはいえ、クラスメイト達は専用機持ちでは無いわけだから基本操縦に慣れることから始めている。……そしてその後は。
「行くわよ、鳳さん!!」
「当てて見せるからね!!」
 私と、模擬戦も出来るようになった二人相手での模擬戦だった。皆のレベルアップにも繋がるし、ちょうどいい。
今回はバトルロイヤルだから、複数の敵から狙われると言う訓練にもなるし。一石二鳥、というやつだ。
クラスメイトの皆からすれば、入試以来の実戦というので緊張してるみたい。何でわざわざ、と言う人もいたけど。
何せ無理矢理クラス代表を譲ってもらったわけだから、この位はしないと罰があたりそうだし。


「甘いっ!」
「ううう……」
「くうううう……当てることも出来ないなんて」
 あたしは自分の前方と後方、打鉄二機による同時の斬りかかりを避けた。当たったら当然、掠めてもアウト。
これは一夏の零落白夜対策だった。クラス代表決定戦を見ていた女子によると、一撃で敵ISのシールドエネルギーを削り尽くしたらしいし。
「じゃあ、次の攻撃準備は良い? 攻撃方法は、任せるわ。あたしは、避ける事に専念するから。心配しないで」
 あたしのIS・甲龍の最大の特徴である『龍咆』も近接戦闘武器である『双天牙月』も、クラスメート相手には使えない。
威力が高いし、射撃訓練ならアリーナ施設で充分だし。……勿論、こんな事は口に出来ないけど。
「じゃあ鳳さん、次は私が加わりましょうか?」
 そして、ラファールを纏うクラスメイトのファティマ・チャコンが前に出る。
――今日ISを借りられた最後の一人であり、あたしの前のクラス代表。そしてアルゼンチンの代表候補生の娘だった。
「それじゃ鳳さん、行くよ!」
「ええ、良いわよ!」
 彼女は代表候補生でもあるから、他のクラスメイトのように動作指導なんていらない。――久しぶりに、真剣勝負が出来そうだった。


「……ありがとね。助かったわ」
 指導兼複数の敵からの攻撃回避訓練が終わり。あたしは皆に礼を言っていた。代表候補生からすれば大した訓練じゃないけど。
そうじゃない二人は、けっこうしんどそうだ。
『良いって。……ここだけの話、クラス代表には選ばれたけど、結構プレッシャーだったんだ。私は、代表候補生でも専用機は無いし』
 ファティマとIS同士の通信――プライベート・チャネルで会話をしたけど、これは人には聞かせられない会話だろう。
いくら代表候補生同士なら専用機の有無はやはり大きいとはいえ。こんな事を人前で話したら、かなりやばい。
(まあ、ファティマの言ってる事も当然なのよね。アルゼンチンが悪いわけじゃないけどさ)
 聞いた話だと、アルゼンチンは中国ほど多くISを所持してないから。彼女まで専用機をまわせなかったようだけど。
「デザートパス、絶対にとってよね」
「任せときなさい!!」
 まあ、それは関係ないことで。あたしは、クラスメイトに勝利を誓うのだった。




「こんにちわ、更識さん」
「……」
 私達が来ても、更識さんは振り向く事すらせずに打鉄弐式にかかりきりだった。さて、どうやって話を切り出そうかな……。
「……それで、何処まで頼まれたの?」
 なんて思っていたら、向こうから来た。――私が生徒会室に行ったのは、朝には一組で噂になってたし。四組まで伝わったのだろう。
「全部よ。貴方の機体、何とか形にしてくれって言われた」
「そう……え?」
 あっさり口にされるとは思わなかったのか、尋ねた方が目を丸くしている。
「いいお姉さんね。……私は一人っ子だから、貴女や布仏さんが少し羨ましいわ」
 織斑先生レベルになったら、流石に勘弁だけど。
「……」
 姉を褒められた途端、更識さんは目をそらす。……多分、こういう事を言われ慣れているのだろう。
「まあ、貴女は貴女だから気にしなくても良いと思うけど」
 以前、篠ノ之さんが篠ノ之博士の妹だと皆にわかった時の感じで言ってみるけど。
「……」
 多分、これも布仏さん辺りが言っているのか。あまり反応は無かった。


「ところで、提案があるんだけど」
「……」
「私達にも、手伝わせて。貴女一人じゃ、クラス別対抗戦には絶対に間に合いそうもないから」
「……必要ない。本音も、貴女も。ISを最初から作る事については殆ど知らないだろうし……」
 予想通り、痛い所を突かれたけど。
「でも、一人よりは三人の方がいいわよ。会長だって、虚先輩や黛先輩に手伝ってもらっていたんでしょう?」
「……」
 それは知っていたらしく、返事がない。ただ無言でプログラムを組んでいた。
「……何が出来るというの? 荷物運びくらいなら、させてもいいけど」
 思いっきり棘のある言葉。――だけど、それを待っていたのよ。
「ええ、今は荷物運びくらいしか出来ないわ。だから、今夜から虚先輩に特別授業を受ける事にしたの。
最初は駄目でも、ある程度まで叩き込んでもらうつもりよ。ちなみに、織斑先生達にも許可はとってあるわ」
 今朝話したら「やってみろ、ただし無茶はするな」の一言だけが返事だった。だけど、その目は決して厳しくなかったのが印象的だった。
「え……?」
 これは予想外だったのか、更識さんはその妹――布仏さんを見る。まあ彼女はいつもどおりだから、暖簾に腕押しだけど。
「虚先輩に合格をもらえたら。私達も参加させて欲しいの」
「解った。……虚さんに合格をもらえたら、ね」
 その言葉には『クラス別対抗戦までに合格をもらえる筈が無い』というニュアンスがあった。
まあ、確かにあと数週間で協力が可能な段階までレベルアップできるのかと言われると……でも、やるしかない。
「それじゃあ、今日はこれで。これから特別授業だから、失礼するわね」
「ばいばい、かんちゃーん」
 私達が整備室を出るときも。彼女は振り向かず、無言だった。




「はーい?」
 その日。俺が箒と一緒に勉強をしていると、ノックが響いた。セシリアか、宇月さんか?
「どちら様――え?」
 だが。扉を開けると、そこにいたのは一人の男子生徒だった。俺より少し低めの背丈で、ややがっしりとした体格。
「おま……君が、織斑一夏か。テレビとかで顔は知ってたけど、直に見るのは初めてだな」
「え……。そ、それじゃあ……?」
 少し緊張しているようだが……。俺も、ようやくその存在に思い当たる。
「ああ、初めまして。俺は安芸野将隆。……二人目の、ISが操縦できる男だよ。本日付で、このIS学園に編入してきた」
「……そうか。こっちこそ、初めまして。織斑一夏だ」
「ああ、二人しかいない男子同士、仲良く――っておい。何で俺の手をがっしり掴む?」
「安芸野……IS学園に、よくぞ来てくれた!!」
 俺は、目の前の男・安芸野の存在がこの上なくありがたかった。学園内に俺一人だった男子。だがこれからは、俺一人じゃ無いんだ!!
「……お、お前もしかしてそっちの気ありか?」
 そっち? 何の事だろうか。
「き、貴様らっ!! 何をしている!?」
 と、箒が慌てた様子で飛び出してきた。机に座って復習してたのに、何でそこまで慌てるんだ?
「お、女の子?」
「そう、篠ノ之箒。俺のルームメイトで幼なじみだよ」
「へえ。こんな可愛い娘がルームメイトだったのかよ。しかも幼馴染み。羨ましいぜ」
「な、ななっ!?」
「可愛い幼なじみがルームメイトで、色々と『助かってる』んじゃないのか?」
 何でニヤニヤしながら言うんだ? まあ、見ず知らずの女子じゃなくて箒で助かったのは事実だよな。
「そうだな」
「……」
 あれ、何で箒は真っ赤になってフリーズしてるんだろうか。
「なあ、俺の言った意味……いや、いいわ。解ってないだろうから」
 何がだろうか。いや、本当に助かってるんだぞ?


 せっかくなので、茶でもどうかと言うことで安芸野を部屋に招いた。あっちは微妙な表情だったが。
やっぱり学園に来たばかりで緊張してるんだろうか?
「さっき箒の事を言っていたけど。お前はルームメイトいないのか?」
「いないんだよな。俺とお前とを同室、って案もあったらしいんだけどな。転入してくる前に既に俺がクラス代表になってるらしくて。
だったらクラス対抗戦が終わるまでは俺とお前とを離しておいたほうが公平だ、って事らしいな」
 なるほど。確かに一組と三組のクラス代表が同室というのは不味いな。……鈴の事も、そう言えば問題にならなかったかもしれない。
「茶だ。生憎、菓子は無いが」
「お、ありがとな、箒」
「ご馳走になる。――それじゃ、いただきます」
 箒の入れてくれた茶を飲む。……うん、美味いな。
「……」
「何だよ、俺と箒をジッと見て」
「いや。何か夫婦みたいだなと思って」
 ……その言葉と同時に、湯飲みを落とす音がした。
「ほ、箒? 大丈夫か? 怪我は?」
「だ、大丈夫だ。ゆ、湯飲みもわ、割れてはいないぞ」
 そうか。……にしても、珍しいな。
「ああ、やっぱりそういう事か……」
 何がだよ?


「なあ織斑。お前、好きな娘とかいるのか?」
 何故か部屋から連れ出され。そして自販機の近くのソファーに座って何をするかと思えば……恋話か?
そう言うのは、男同士でする話じゃ無いような気がする。アイドルとかモデルの写真集を取り囲んで、とかならまだしも。
「なんでそんな事聞くんだ?」
「だってよ。ここの女子のレベル、かなり高いぜ?」
「まあそうだな。倍率が一万倍って試験を受かってここに来るんだし。文武両道じゃなきゃ、やっていけないだろう」
 だから、ここを受験する為の専門コースを備えた中学があるわけで。一般中学から合格した宇月さんのようなケースは、とても珍しいらしい。
「……そうじゃなくて、可愛い娘が多いって事だよ。外人も多いし」
「まあ、日本人だけじゃないのは確かだな」
 こういう光景は、一般の高校じゃ珍しいだろうなあ。一組も半分以上は日本人だが、セシリアやフランチェスカのように海外出身者も多いし。
「お前……いや、まあそれもそうなるか。織斑先生みたいな美人が姉じゃあ、しょうがないよな」
「どういう意味だ?」
 悪口……じゃないようだが。
「人間ってのはな、自分の周りが『普通』だって考えるもんなんだよ。で、お前の女性の基準は母親と、姉である織斑先生だろうが」
「……」
 箒、あるいは鈴……あいつらも入るけど、やはり一番身近といえば千冬姉だろう。……親はいないけどな。
「つまり、織斑先生のレベルが『普通』になってるんだよ。……あれだけの美人、そうそういないぞ?」
「いや、確かに千冬姉は美人だとおもうけほごっ!?」
 ……理不尽だ。何故、美人だと言ったのに叩かれなければならない。
「学校内では織斑先生、だ。忘れたか、馬鹿者」
「……」
 どうやら拳骨を落とされたらしい。安芸野が、目を丸くしている。
「安芸野。お前はここに来たばかりだから、色々と解らない事もあるだろう。ここにいる織斑は、お前よりも一月分IS学園について詳しい。
何かあれば、こいつに聞くのもいいだろう。それと、女子への対応は……まあ、騒ぎを起こさん程度にな」
「は、はい!」
 まるで軍隊みたいな敬礼をする安芸野。……ビビッてるな、こいつ。
「それと、女性の美醜を公共の場で口に出すな。今の世の中は、それだけで厄介な事になるからな」
 そういうと、千冬姉は去っていった。……その時になってようやく気付いたが、いつもより、少しだけ痛くなかった。
ああは言ったけど、美人と言うなら別に女性側も嫌がるわけじゃない。……実は、照れてたりしたのかな?
「……織斑、あの先生っていつもあんな感じなのか? さっき入寮の挨拶した時も、あんな感じだったんだが」
「まあ、そうだな」
「あの先生って一組の担任でもあるんだよな。……俺、三組でよかったわ。世界最強の女性だけあって、威圧感もハンパないな。
プレッシャーとか感じないのか? 俺なら、威圧感で授業どころじゃなさそうだぜ」
「プレッシャー……はないわけじゃないけど。でも千冬姉が俺を今まで育てて、守ってくれたんだぜ?」
 いや、正確に言うと今もそうか。過去形じゃないな。守って『くれている』だ。
「育てて?」
 ――あ。
「……まあいいか。それにしても、守ってくれてた、か」
「ああ。だから俺も、千冬姉を守れるくらいにはなりたいんだ」
 藍越学園に進学して、卒業後は就職して自立して。千冬姉の世話にならずに生きていく、というのが二月までの目標だった。
だけど、何の偶然なのかISを動かして。この学園に入学し、そして専用機まで貰った以上、俺はこの道で生きていくしかない。
セシリアと戦った次の日に彼女が言っていたように、日本代表になるのか。あるいはもっと別の道があるのか。
――それも、探していかないといけないけどな。とりあえず今は、クラスの皆の為にクラス別対抗戦で勝つ事が目標だ。
「お姉さんを守る、か」
「ああ、そうだ。まあ、俺はまだその一歩目も踏み出してないだろうけどな」
「……織斑、結構格好いいじゃん」
 思わず出た一言を安芸野はスルーしてくれて、そして傍から見ると結構熱いやりとりになってしまった。男同士だからだろうか?
「なるほど、なあ。お前の目標は、お姉さんを守れるくらい強くなる事か」
「まあ、な」
 途方も無く高い目標だし、何より『本来俺が求めていた』道じゃない。――だけど、今はこの道を歩くしかないんだ。
「でもよ。あの先生、お前に守ってもらわなくても大丈夫な気がするんだけど?」
 ……いや、それを言わないでくれ。俺も時々、そう考えないわけじゃないんだから!!


「あっ!! あれよ、もう一人の男子生徒って!!」
「しかも織斑君と一緒にいる!! 者どもーー! かかれーーーっ!!」
「いっ!?」
「な、何だっ!?」
 やはりというべきか、とうとうというべきか。俺と安芸野は女子に見つかってしまった。
安芸野転入の話はもう知っているだろうからか、集団で来ている。入学二日目……暮桜誤解騒動や箒との一戦があった日のような感じだ。
「ねえねえ、貴方が二人目の男性IS操縦者?」
「結構フツメンだねー。でも、親しみやすそうでいいかもっ! 私の名前はね……」
「何処から来たの? 趣味は? 家族は? 恋人はー?」
「メルアド交換しようよー!! あ、織斑君も一緒にさ!!」
 ……あっという間に俺達は女子の渦に巻き込まれた。タレントの気分だが、生憎と俺はそれを喜ぶタイプじゃない。
安芸野も困惑しているようで、何も答えられないようだった。――あ゛。
「貴様ら、何を騒いでいる。消灯時刻はまだだが、騒いでいいと言った覚えは無いぞ」
「お、織斑先生……」
「二人目の男性IS操縦者・安芸野は、明日付で三組に正式に転入する。それまではこいつの寮内での接触は禁ずる。――異論はあるか?」
 静かだが迫力ある言葉に、女子軍団の盛り上がりも一瞬で霧散し。そして、あっという間に女子の壁は消滅するのだった。
「先ほどの私の言葉、理解できたか? お前達は、騒動の種なのだからな。これ以上、ここで騒ぎを起こすなよ」
「はい。嫌っていうほど理解できました」
 放心した感じで去って行く安芸野。――心なしか、背中がすすけているような気がした。
「さて織斑、お前も帰れ。これ以上騒ぎを起こさず、クラス別対抗戦に向けて勉強しておけ」
「は、はい」
 俺も解放され。こうして、この騒ぎは収まったのだった。




「あら……一夏さん♪ こんばんわ」
「お、セシリアか。こんばんわ」
 何という幸運でしょう。入浴を済ませ、部屋に戻る途中で一夏さんと出会えるなんて。……あら?
「少し、お疲れのようですけど。どうしましたの?」
「あー、解るか?」
 困ったような、照れたような表情の一夏さん。そ、その表情も素敵で……お、おほん。
「セシリアはもう知ってるか? 例の、二人目の男子。今日来たらしいんだけど、さっき会ったんだよ」
「まあ、そうでしたの。ですが、何故それでお疲れになるんですの?」
「いや、部屋の外で会話してたら女子に囲まれてさ。千冬姉が鶴の一声で散らしてくれたけど、大変だった……」
 たしかに一夏さんは、女性に囲まれて騒がれるのはあまり好まないご様子。ですが。紳士たる者、そういった時の対応も身につけませんと。
「セシリアは気にならなかったのか? 二人目の男子が来たって、皆が騒いでるけど」
「まあ、専用機持ちであるという事と三組の代表になったというのは少しだけ気になりますが。それよりも、彼女の方が大敵でしょう?」
「――鈴か」
 ええ。中国の代表候補生にして、専用機持ち。わずか一年足らずでその地位を得たというのは、このわたくしよりも短期間。
一夏さんの参加するクラス別対抗戦、織斑先生も仰っていたように最大の敵は間違いなく彼女。――そして、わたくしにとっても。
(お、幼なじみというだけではなく専用機持ちだなんて……インチキですわ!!)
 わたくしのアドバンテージを無効化したばかりか、篠ノ之さんのアドバンテージも持っている鳳さん。
篠ノ之さんにはまだ同室というアドバンテージがあるのに、わたくしには後はクラスメートという位しかない。彼女は、間違いなく大敵。
「……負けられませんわ」
「そうだな。……俺も、負けられないな」
 図らずも、同じ言葉を選んでしまった。それが指す対象への思いは違えど、負けられない。その思いは、同じだっただろう。


「~~~~♪」
「その口笛、クラシックか? 何か、聞いた事ある気がするけど……」
「ヴァヴァルディ『四季』の『春』ですわ。一夏さんも、クラシックを嗜まれますの?」
「あー、いや。音楽の教科書に乗ってたんだろうな、それ。だから聞き覚えがあったんだよ」
「なるほど、名曲ですものね。それも当然ですわ」
 わたくしと一夏さんは、部屋まで共に歩いていた。近くに用事がありますので、と口実を作って出来た二人きりの時間。
出来ればこのまま、何処か誰もいない場所で最良の一時を過ごしたかったのだけど。もう夜も遅いですし……。
(……わ、わたくしとしては朝を迎えても構いませんが? い、一夏さんが望むのであれば……)
「セシリア? おーい?」
「は、はいっ!? な、何ですの?」
「いや。セシリアも代表候補生だろ? 鈴の情報、何か知らないかなと思ってさ」
 あ、ああ。なるほど。そういう事……。もう転入して一週間経ちますし、本国では新しい情報を得ているかもしれないけれど。
「敵を知り、己を知らば……って言うからな。セシリアとの戦いも、情報が無かったら負けてただろうし」
 ……、ああ、この人は謙遜する人なのだなと思う。ブルー・ティアーズを初見で回避し続けたのはそのお陰なのだろうけど。
打鉄を借りたり、ブルー・ティアーズ回避のための訓練を受けたり。自分自身の努力もあるのでしょうに。
「で。何か、新しい情報を知らないか? 機密事項だろうし、普通じゃあ調べられないんだよな」
 以前、彼女が転入してきた次の日辺りにも聞かれたのだけど。残念ながら、役に立つ情報は無かった。そして……
「……。残念ですが、本国に聞いてみないとありませんわ」
 中国の新世代ISにも、特殊兵器の搭載がある事は知っている。ただ、中国の情報漏洩への対策は凄まじく。
それがどんな兵器なのか、などに関しては欧州連合でもあまり情報は無い。ここに送ってきた以上は、明かしても構わないと判断したのだろうけど。
「まあ、他にも伝手はありますので調べてみますわ。対抗戦までには、何かつかめると思います」
 これがリーグ戦やトーナメントであれば、戦っていくうちに情報も集められるが。今回のクラス別対抗戦は、バトルロイヤル。
つまり、一戦で決着が付く。中国のISの秘密が解った時には既に実戦、では準備にはならない。
「ありがとうな、セシリア。今度何か、お礼するよ」
 ……その正直な笑顔は、とても素敵だった。……ああ、何という至福の時。このままずっと――
「い、一夏! な、何故オルコットと一緒にいるのだ!!」
「いや、ばったり会ってさ。箒こそ、何でドアの前で待ってたんだ?」
「ぐ、偶然だ! 偶然外に出たところにお前が帰ってきただけだ!!」
 至福の時は、あえなく潰えた。……嘘ばっかり。本当は、一夏さんの帰りを待っていた筈なのに。
「では、一夏さん。ご依頼、確かに承りましたわ」
「あ、ああ。お休み、セシリア」
 私は踵を返すと、自分の部屋に戻っていく。後ろで何か騒いでいましたけど――今は、それどころではありませんわね。




「一夏。オルコットへの依頼とは何だ?」
「いや、鈴の情報を聞いたんだ。そしたら、集めてくれるってさ。セシリアもイギリスの代表候補生だし。
中国のISの情報や鈴の腕前の情報を集めやすいだろうと思ったんだけどな」
「……そ、そうか。そうだな」
 オルコットへの依頼。少し気になった私は、一夏に訪ねてみたが。やはり、問題のある事ではなかった。
「敵を知り、己を知らば百戦危うからず、だな。うん、それも当然だ。オルコットとの戦いの時も、そうだったしな」
「そうだよな。ただ、今回は俺の方も手札は読まれてるんだよなあ……」
 どうしたもんかな、と続ける一夏。……私は、何もいえなかった。最近では、知識の方もオルコットに偏りつつある。
私が出来るのは授業の予習と復習くらいだ。一夏に教えられる事は、もう剣の道しかなくなりつつある……。
「……」
 私に、ISを開発できるような頭脳があれば。オルコットのような、専用機があれば。もっと、一夏の役に立てるのに。もっと……。
「無いものねだり、だな……」
「え、何が無いものねだりなんだ?」
「何でもない。――さて、予習と復習を再開するぞ。安芸野が来て、中断していたからな」
 私は慌てて表情を取り繕うと、部屋へと入る。……一夏は何か不自然な物を感じたようだが、何も言わなかった。


 ようやく安芸野将隆はIS学園に入学できました。しかしここから彼にも苦労が色々と待っています。
何せ○○○○○○○○○○の○○と○○○○。○○○○が○○を、○○を○○して○○してしまい。
将隆は○○○○○○○○に○○○○、という流れになっているので。
そして更に九月になれば、○○○○に○○○○ある○○○○○○で○○○○○○の○○○○○○○○○○を
○○○○○○○○○○○○、という展開も待っていますので.

 ……うん、伏字多すぎで意味解らないですね。ちなみに○には漢字か平仮名・片仮名が一文字づつ入ります。



[30054] 自分では解らない物だけど
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2012/01/10 08:36
・本年度一発目の投稿です。今年もよろしくお願いします。
・作者のせいで勘違いした人がおられるようですが。このSSの主人公は一夏です。香奈枝ではありません。
……本当ですってば(汗)


 織斑一夏と出会った翌日、俺は一年三組の教室に向かっていた。隣には、担任の新野智子先生がいる。
落ち着いた雰囲気の、20代半ばほどの教師で。長いストレートの黒髪と豊かなボディラインが、大人の魅力を感じさせる人だ。
「うちのクラスは少々アクのある生徒もいるけど、基本的には皆良い子です。安芸野君も、すぐに受け入れてくれるでしょう」
 中性的、っていうのか。あまり女性っぽくない声の新野先生。まあ、問題児は入学できないでしょうからね、この学校。
「では、私が呼んだら教室の中に入ってくれるかな?」
「はい」
 そう言い残して先生は教室に入り、俺は残される。……う、やばい。独りになったら緊張が顔を擡げてきた。
「じゃあ、中に入ってください」
 先生の声に誘われたが、俺は緊張が隠せない。俺には初体験だけど、転入という事そのものだけでも緊張する。
何せ、一ヶ月を一緒に過ごしてきた集団に途中から加わるのだから。その上、俺以外のクラスメートは皆女子なのだから更に緊張は高まる。
担任のことを差し引いても、織斑のいる一組の方が良かったかなとも思ったが、今さらそんな事を思っても何もならない。――よしっ!
「……」
 うわあ。今朝食堂で会った織斑に『女子クラスに一人だけ加わる男の、初顔合わせの心構え』を聞いたのだが。
あいつが言ってたとおり、視線が一気に集中する。そしてひそひそと話す声も。……ふう、と息を吐き。
「それでは安芸野君。自己紹介をお願いします」
「はい。△▼県の○■高校から来ました、安芸野将隆と言います! 途中から参加する事になりましたが、よろしくお願いします!!」
 自衛隊でさんざんやらされたのと同じような堅苦しい挨拶を、何とか詰まらずに言い切って深く一礼する。……あれ? 何だこの沈黙?
「それでは、質問を――」
「はいはいっ! 安芸野君は、専用機を持っているって本当ですか!?」
 新野先生が質問を許可するや否や、廊下側から二番目の最前列の女子が質問する。い、いきなりそれか。流石はIS学園。
「は、はい。自衛隊から、専用機を預かっています」
【おお~~~~~!】
 クラス中が、一斉にどよめいた。
「不確定な情報だったけど、これで確定したわね。――安芸野君は、ISにはどの位乗った事があるのかしら」
 今度は中央の列の三番目の女子が立ち上がって質問を投げかけてくる。えっと……。
「一日8時間乗るのを、数週間やってたから……160時間は越えてると思います」
「よっしゃ! だったら織斑君には勝ってる!!」
「これでデザートパスへの希望が出て来たぁ!!」
「――ならば、貴方の実力を見せていただくとしましょう。私、アメリカ代表候補生マリア・ライアンが勤めていたクラス代表。
それを任せられ、クラス別対抗戦を勝ち抜けられるのかを……見極めさせてもらいます」
 さっきの中央の列三番目の女子が、自分の名を名乗ると俺の前に出てきて。手を差し伸べてきた。
赤毛のショートヘアで、可愛らしい顔立ちだが……。目力というのか、そういった雰囲気が凄い。自衛隊で出会ってきた人達と同レベルだ。
「まあ、それはともかく。――ようこそ、IS学園一年三組へ。私達は、貴方を歓迎するわ」
「あ、うん。――宜しく」
 ちょっと戸惑ったが。俺は、気圧されまいとしっかりと手を握るのだった。


「それでは、最初の授業は――まあ、延期しましょう。安芸野君への質問コーナーということで」
「おー! 流石は新野先生!!」
「じゃあ質問がある人は、手を挙げてください。ああ、良い機会だから自己紹介も兼ねて名前も言ってくださいね」
 その途端に手と『はいはい!』というアピールの声がクラス中からあがる。昨日もそうだが、凄いエネルギーだな、おい。
「では、戸塚留美さん」
「はい、戸塚留美です! 将来の夢は、国家代表のISの整備をやる事!! ――だから、安芸野君の専用機を見せて下さいっ!」
 質問コーナーのトップバッターは、分厚い眼鏡をかけた娘だったが……は、はあ!?
確か、専用機持ちだからってISを勝手に展開したら……。というか『だから』が前の文章と繋がってないんじゃないか?
「戸塚さん、気持ちは解りますがそれは放課後まで待ちましょうか。――まあ、待機形態くらいならいいかもしれませんが」
 そういうと先生が俺に視線を向けてくる。……じゃあ、ちょっと失礼して。
「先生、椅子を貸していただけますか?」
「ええ」
 皆に見えるように、先生の椅子を借りて足を乗せた。上履きや靴下も脱いだので、裸足だが。その足首には。
「アンクレットだ……」
「あれが、専用機の待機形態なんだ。いいな~~」
 御影の待機形態であるアンクレットが輝いている。デザイン的にはシンプルで、銀色の輪にISコアが付いたような代物だ。
足を同年代の女子達に晒す、というのは少し気恥ずかしいが。
「やっぱり憧れるよね~~」
「ちょっと、見えないよ~~」
 後ろの席の人が前に出てきたりと、まるで珍獣になった気分だった。……いや、珍獣なんだろうけど。
「じゃあ他には……」
「はいはいっ!!」
「では、赤堀さん」
「赤堀唯(あかほり ゆい)ですっ! 座右の銘は『全弾持っていけ!』『倍返しだぁぁ!!』『パワー充填120%!!』です! 
安芸野君は、どんな武器が好きですか?」
 今度はちょっと赤い髪の毛の、パワフルな印象を受ける娘だった。また予想斜め上の質問が来たな、おい。
というか彼女、ファイルにスパ○ボのデコレーションシールを貼ってるぞ。座右の銘も、どこかで聞いたことのあるような台詞だし……。
「……ビーム砲、かな? 白騎士の使っていたという荷電粒子砲とか、使えたらいいなって思います」
 他もあるが、自衛隊で見た映像を思い出したのでそう答える。何せ、あれが世界を変えたんだからなあ。
いや、本当は言いたい事が両手両足の指よりも多いんだが。そこまでいうと普通の女子にはひかれそうだしな?
「なるほど、ビーム派か……。じゃあ次は●ケットパンチかワイヤー○ンチかを聞いてみようかな……。それとも……」
「はい、赤堀さんは自分の世界に入ってしまいましたね。それでは次の質問をどうぞ」
 スルーしたぞこの人。いいのかな。


 それからも、色々な質問が出てきた。たとえば
「アンネ・エーベルト、ドイツ出身です。安芸野君は、何が得意ですか? 私の得意な事は、刺繍と遠距離射撃ですが」
「得意……っていうほどの物は無いですけど。まあ、人からは『小器用』だって言われてました」
「汎用タイプということですね。心得ました」
 何か違う気もするが、そういうことにしておこう。
「春井真美です。安芸野君の趣味って何ですか? ちなみに私はダンスとサンラ○ズ系アニメです」
「ゲームとか漫画とか、まあ男子一般です。……あと、ガ○ダムとか」
「なるほどー。ちなみに私は高火力高機動の、翼の生えたガン○ム01が好きですね。特に『お前を殺す』とか」
 おお! こんな所にも同好の士が。……腐女子じゃない事を、心から祈るけどな。
「戸塚舞、先ほど質問した留美とは双子の姉妹です。好きなものは日本刀。安芸野君は、近接戦闘はこなせるのですか?」
「ええ、自衛隊で鍛えられました。一応、専用機『御影』にも振動ブレード『小烏丸』が量子変換されて入ってます」
「ふむ……。今度是非、小烏丸の刃紋を見せてくださいね」
 刃紋? ……たしか、刀の刃についている文様だっけか?
「サラ・ディークシト、インド出身です。安芸野君は何か武術などを心得ているのですか?」
「そのあたりは、あまり。一応、自衛隊で身体も鍛えられたんですけど」
「そうですか。私はカラパリヤットを少々使えます。今度手合わせを……」
 ……この辺りは、まだよかったんだが。


「都築恵乃(つづき えの)といいます。趣味はネットサーフィン。女性の好みはありますか?」
「え゛? えーっと」
 あれ、都築さんがそう言う質問するって珍しいね? なんて声も聞こえてくるが。……えっと。
「優しい女性です。優しい、っていう字は優秀の『優』でもある……っていう言葉が好きで、えー。その。……そんな所です」
 俺は本当は巨乳好きなんだが、まさか明かすわけにもいかないのでこう言う。いや、優しい女性がタイプなのも間違いじゃないんだが。
新野先生は、たぶんDかもう少し上で……っと、それはさておき。
「解りました。――じゃあ空、あとは任せます」
「任されたっ! 加納空(かのう そら)です! ――このクラスの女子で、パッと見ていいなーって思った女子はいますか?」
「ぶっ!?」
 一瞬、我を忘れた。男同士の会話なら兎も角、そういう話題が女子なのに出るとは。どうなってるんだ? そういうものなのか?
ちなみにこの質問をした加納って女子はそれほど胸が大きい方ではなく、その前の都築って女子はまあまあ……いや、止めておこう。
「加納さん、流石にそれは止めておきましょうか。安芸野君が困っていますからね」
 先生のフォローが、とてもありがたかった。
「では、この辺りにしましょうか。それでは次に――」
 ……それから、結局一時間近くは続くのだった。


「どうしたの、宇月さん。少し遅れているようだけど」
「すいません、今書き終わりました」
「じゃあ、授業を続けても良いかしら?」
「はい。お願いします」
 食事が終わり、私達は虚先輩の特訓を受けていた。約二時間の、IS整備に関する授業。それはある意味で楽しく、ある意味で拷問だった。
虚先輩の教え方は物凄く上手で、面白い。するすると頭に入る。受験勉強の時もこれなら、模試の時に出る合格率も上がっていただろう。
 でも、やはり一日の終わりに二時間の授業は辛い。その上、数ヶ月かけて覚えるべき学習内容を短期間用に圧縮しているのだ。
代表候補生の学習でもここまで詰め込んではいないんじゃないか、と思えるレベルだ。
「次は、ISのジェネレーター出力についてです。ジェネレーター出力が高いほど性能は向上しますが、当然ながら出力調整が困難になります。
またその出力を何に当てるかによっても事情はまるで違ってきます。それはどのような違いですか?」
「えっと。ブースターとかに当てれば機動性や加速性能が、武器に当てればそれだけ高出力の武器を使用できます。他にも……」
「この辺りは理解したようですね。では次に、出力調整の実践をもう一度行いましょうか」
 そう言って取り出されたのは、PC。その仲には様々なデータが並んでいる。
「設定された加速性能・機動性を出せるだけの出力調整を行ってください。反重力制御は、次回の課題としますのでこの場合は考えない事」
 そして私は、教科書と参考書とを両側に置き。必死でプログラムを組んだ。
「えっと、スラスター出力計算は……こっちの加速性能がこうだから……」
「機動性の計算は、これでよし~~。次は~~」
 

 ……そして。
「出来たよー」
「で、出来ました」
 基本的に、課題は5分間でこなすように言われている。……三回目のタイムは4分49秒、だった。
「ふむ……。出力調整は、かなり慣れてきたようですね。では次に、これを反重力制御やシールドバリアーとの相互干渉も組み込みましょうか」
「は、はい……」
 一難さってまた一難……いや、三難くらいの感じだった。


「……さてと、そろそろ終わりにしましょうか」
 それから10分ほどして、今日の先輩による特別授業は終わった。ちなみに布仏さんは隣で片づけ中。
生徒会室での授業なんだけど、いつもよりも真剣そうに見えた。……相変わらず、雰囲気はのほほんとしてるけど。
「……」
 しかし私は身体を起こせず、机に突っ伏す。……ここで寝ちゃ、不味いのに。
「んー、疲れちゃったのなら私が……」
「結構ですっ!!」
 『爆笑』と書かれた扇子を掲げた会長が手を伸ばしてきたので、跳ね起きた。……何故か? それは。
「もー、つれないなあ。元気にしてあげようと思ったのにー」
「笑い死に、なんて言う死に方だけは御免です」
 会長の悪癖の『一つ』に、人をくすぐると言うのがある。……昨日やられたけど、本気で涙が出た。
「では虚先輩、今日もありがとうございました。では、これで失礼します」
 何とか立ち上がり、教科書そのほかを纏めて生徒会室を出る。……さ、流石にきついわ。
「でも……乗りかかった船、だものね」
 ……。それから私の記憶は、一部消し飛んでいる。フランチェスカによると、部屋に戻ってシャワーを浴びて。
着替えた時点でベッドに腰掛けて、そのまま眠ってしまったらしい。それから布団をかけて、横にしてくれたのが彼女だったらしい。
……ありがとうね。




「あ」
「あれ」
 ……あたしが昼食を取ろうとしていると。そこに居たのは、宇月だった。一夏達はいないみたいね。……ちょうどいいかな?
「……ごめん皆、ちょっとこの娘と話があるから、今日は外れるわ」
 クラスメイトのティナ、神月恵都子(かみづき えつこ)、アナルダ・フォルトナー、エリス・ゴールドマンと別れ。
宇月とあたしは、皆から少し離れた席に着いた。少し遅い時間のせいか、あまり人は多くないし。話を聞かれる心配は無さそうね。
「どうしたのよ、鳳さん。――織斑君の事?」
「うん、例の勘違いの事。……あの事があった次の日、一夏が自分の誤解を謝りに来たのよね。……あんたが言ったの?」
 一夏があたしが言った約束の正解と、本当の意味に気づいてくれた事。それはそれで嬉しかったけど。
どうも、誰かにアドバイスを貰ったか。あるいはそのままの意味を教えてもらったような気がしてならなかった。
……だって一夏だし。あの唐変木が自分で、しかもあんな短時間で気付くなんておかしいし。
そしてその最有力候補が、あの時あたし達と一緒に居て約束の事を耳にした宇月だ。篠ノ之は、言う筈ないし。
「……私が言ったのは『あの言葉を、少し言い換えてみて』って事だけよ」
「言い換える?」
 やっぱりアドバイスか、と思ったけど。言い換える……ってどういう意味よ?
「そう。あの言葉、正解は多分『料理の腕が上がったら、毎日酢豚を食べさせてくれる』か『作ってくれる』って奴なんでしょう?」
 ……やっぱりこいつも気付いてた、か。まあ、話の内容からすれば当然だろうけど。
「正解は『食べてくれる?』だったけどね。……で、一夏は言い換えて正解にたどり着いたって事?」
「多分、ね。それで、織斑君は約束の意味にも気付いてくれたの?」
「あ、え? ……ま、まあそこは掠める程度だけどね? ……ありがとうね、宇月」
「いいのよ」
 ――宇月のおせっかいは、本当に助かった。あいつだけだと、ずっと気付かないか。気付いたとしても、相当時間がかかりそうだし。
……だけど、わがままだって自分でも思うけど。一夏だけの力で気付いて欲しかったな、という思いが起こるのは止められなかった。
「――そういえばさ、あんたが四組代表の機体新造の手伝いに回されたって聞いたけど。何で?」
「事情は聞いていないわ。どうせ、一般生徒が聞いていい事情じゃないんだろうし」
 話を変える為に宇月の方の話を切り出したけど……割り切ってるのね、こいつ。でも確か、四組代表は日本代表候補生だって聞いたのに。
何で誰も手伝ってないんだろう。自分一人で作ろうとしている、とかいう噂も聞いたけど。
「ふーん。あたしだったら、絶対に納得しないと無理だけどな」
「そうかもしれないけど。……オルコットさんのデータ集めのために、守秘義務書類にサインしたしね。そういうのも解るようになったのよ」
 なるほど、ね。英国代表候補生のデータを漏らさない為、か。――そういう意味では、こいつもヤバイ立場じゃないんだろうか。
まあ当人に自覚は無さそうだし、わざわざやばそうな話題に入る事も無いから言わないけどさ。
「――それにしても、まさか貴女とここで再会するとは思わなかったわ」
 宇月がうどんを啜りながらそう言ってくる。……まあ、確かにそうよね。
「私達一般入学生からすれば。マラソンで走ってて、ずっと後からスタートした人に追い抜かれたのよね」
 ん……。まあ、宇月から見ればそうなるかな。あたしだって、一夏や弾と遊んでいた頃にはこうなるなんて夢にも思わなかったけどさ。
「鈴ー。そろそろ授業だよー」
「あ、ごめんティナ。今行くーー。――じゃあ宇月、またね」
「ええ」
 そういうと、あたしは席を立った。……あいつ、何か疲れてない? 大丈夫なの、本当に?




『そろそろ時間よ』
 鷹月さんの声と共に、わたくしと一夏さんの。ブルー・ティアーズと白式の動きが止まった。
「ふう……」
「お疲れ様ですわ、一夏さん」
 それは、わたくしと一夏さんとの最高の一時が終わるという事。ああ、時間という物は何故このように速く流れるのかしら。
放課後までは、あんなにゆっくりと流れているように感じるというのに……。
『オルコットさん? どうかしたの?』
「おいおい、大丈夫かセシリア。無理するなよ?」
「――! い、いいえ、何でもありませんわ」
 一夏さんが近づき、心配そうにわたくしを見る。心配そうに見る、その眼差し。
ああ、本当の事を言わなければならないのに。どうしても、沈黙という名の嘘をついてしまう。……いけませんわね、わたくし。
『一夏!! 何をボサッとしているのだ!! お前も早く降りて来い、オルコット!!』
「……」
 ああ、どうしてそこで箒さんが出てきますの!! 今日は打鉄が借りられなかったから、見ているだけの筈ですのに!!


「はい、これ。いつも通りのデータが取れている……筈よ」
「悪いな、鷹月さん。宇月さんの代役を頼んで」
「いいのよ、山田先生に殆ど教えてもらっていただけだから」
「あら。そう言えばその山田先生は何処にいらっしゃいますの?」
 宇月さんが四組代表の機体の手伝いに行った為、わたくしたちのデータ集めの代役を捜す必要が出てきたのですが。
山田先生が、希望者に日替わりで教えていました。今日は鷹月さんの番で、先ほどまでおられた筈なのに。
「用事があるらしく、先に戻ったぞ。――それより、夕食後は私と勉強、その後に剣の稽古を積むのだからな。忘れるなよ」
「へいへい。解ったよ……」
 むむむむ。やはりずるいですわ、篠ノ之さん。同室というアドバンテージは、やはり大きすぎます。
わたくしと一夏さんの二人だけの時間というのは殆ど無いのに、彼女は部屋に帰れば幾らでも作れますもの。
わたくしもお邪魔する事はありますが、あまりに多すぎると、その……。嫌がられるかもしれませんし。
「じゃあ、セシリアや鷹月さんも一緒にどうだ?」
「ええ! 勿論ご一緒しますわ!!」
「ん……。私はいいわ、先約があるし」
 一夏さんからのお誘いに、一も二も無く承諾する。篠ノ之さん、恨めしげな目で見ていますが。……お互い様ですわよ?




「……そう言えば、もう入学してから一月以上経つんだよなあ」
「そうだな」
 一夏と再会し、同室で暮らして一月以上か。早いものだな。
「それなのに、まだ苗字なんだな」
「……何?」
「え?」
 一夏が私とオルコットとを指す。……ああ、呼び方の事か。確かに、私もオルコットも互いに姓で呼び合っているが。
「何か他人行儀だし。いい機会だし、名前で呼び合ってみるのは同だ?」
「名前で……」
「呼び合う、だと?」
 ……ふむ。まあ、別に姓で呼び合わなければならないわけでもない。事実、名前同士で呼び合っている者もいるのだし。
レオーネと宇月など、初日から名前で呼び合っていたな。
「箒……さん?」
 と、あちらに先を越された。呼びなれないためか、少々口ごもっているが。
「……なんだ、セシリア」
 それは私も同じだった。……私もそれほど友人が多いわけではない。むしろ、孤独な場合が多かった。
今の状況を入学前の私に見せたら、さぞかし目を丸くするだろう。
「何かお前ら、硬いなあ」
 しかたないだろう、これが私の地だ。布仏のように初日から仇名で呼べるほど、私は社交的ではない。
……だが。この学園に来て一夏と再会し、そしてセシリアや宇月達と出会って。……少々戸惑うが、決して嫌ではない日々だったな。
「……あ」
「む?」
「あら?」
 一夏が何かに気付いたようなので、私達も視線を追うと。そこにいたのは、宇月だった。
「あら……。貴方達も、今なの?」
「ええ。――宇月さん、大丈夫ですの?」
 確かに。授業中などにも思っていたことだが、少々顔色が悪い。布仏は自分が宇月と共に特別講習を受けている、と言っていたが。
その布仏と比べても、少々調子が悪そうに見える。無理のしすぎなのでは無いか?
「大丈夫よ。……そっちこそ、大丈夫なの? 喧嘩とか、してない?」
「だ、大丈夫だ。――な、なあセシリア?」
「え、ええ。そうですわよ。わたくしと箒さんの事は、何の心配も要りませんわ」
 流石にこんな状態の宇月に心配をかけるわけにもいかないので、親密な態度を演出する。……少々わざとらしかったか?
「……なあ、名前で呼び合うようになってるくらいなら大丈夫かしらね。それじゃ、私はこれで……」
「え、食べていかないのか?」
「私は幕の内弁当にしたから。――それじゃあね」
 そういうと、宇月は弁当を受け取りに行く。幕の内弁当、か。この学園では整備作業などで徹夜する生徒もいる。
事前に申し込み、食堂の時間内に取りにいけば。そんな生徒の為に、使い捨て容器に詰めた弁当を出してくれる、とは聞いていたが……。
「……なあ、彼女、無理しすぎてないか?」
「そうだな……」
 最近では、レオーネとも疎遠になっているし。隣同士なのだし、たまには私から入浴や食事に誘うか?
それと、オル……セシリアも名前で呼ぶようになったし。宇月やレオーネの事も、名前で呼んでみるべきだろうか。




「織斑先生。宇月さんの事なんですけど……」
「……」
 私が職員室に入ると、織斑先生が困ったような表情を見せた。時間が遅いため、もう誰も居ないから見せたのかもしれませんけど。
鉄拳制裁、厳しい言葉の多い織斑先生には珍しい表情。……余計な事を言えば制裁が下るのは解っているので、何も言いません。
「宇月か……。山田君は、ここに来て何年になった?」
「わ、私ですか? えーっと……」
 どうしたんです、いきなり?
「そうか。……宇月のようなタイプは、これまでに何人見た?」
「似たようなタイプの人は見ましたけど……?」
「そうか。――私自身は、意外と少ない。千冬様とかお姉様だとか言ってくる輩ばかりだったからな」
「あ、あはははは……」
 乾いた笑いで返すしかありませんでした。今年も、そういう人は多いですしね……。
「自分から目標や課題に向かって努力するのは当然だ。……だが奴は、その努力の匙加減を知らん」
「そう……ですね」
 倍率一万倍以上のこの学校では、受験勉強だけでも大変です。それこそ、中学時代……いえ。
小学校高学年から、三年生の冬までの全ての時間を費やして専門コースに進まないと、ほとんど合格できない程に狭き門です。
それを考えると、専門コースに進まなかった宇月さんはどれだけ努力したのか。間違いなく、死に物狂いだったでしょう。
「奴の経歴を調べてみたが、中学入学時に専門コースを志望したものの、12歳時のIS適性が低すぎたせいで落ちたようだな。
それを、中学の三年間で埋めたわけだが。おそらく、今の奴の性格もその辺りが由来だろう」
 自分の限界を超えるほどの努力をしてしまう。――それが、宇月さんの長所であり欠点でもあるわけですね。
受験勉強のときは、それがプラスに働いたのでしょうけど。
「……やっぱり、どうにかした方が良いんじゃないでしょうか?」
 織斑君・篠ノ之さん・オルコットさんの仲介に関しては兎も角。更識さんのIS手伝いについては、彼女の手に負えないような……。
「ああ。正直な話、深入りし過ぎだ」
「だったら――」
「だが。今更、奴の手出しを止める事などできん。布仏姉妹に聞いてみたが、それなりにモノになりつつあるらしいからな。なおの事だ」
 ああ、確かにそうですね。無理そうなら『無理そうだから、後は私達が引き継ぎます』と干渉できるんでしょうけど。
「……この学園の生徒は、大概がランクB以上だ」
「ええ」
「そして、専門のコースがある中学を経てきている。国籍は違えど、そういった連中がほとんどだ。
――だが奴は違う。ランクこそBまで伸びてはいるが、一般中学からの入学者だ。その分、どうしても劣る」
「本当なら、部活に入ってくれれば良かったんですけどね」
「ああ。アレは、学年の垣根を越えた交流のためにあるのだからな」
 卒業後もISに乗れるのは、ほんの一握りだけ。だからこそ上級生がISや学園やその他の色々な事を詳しく教え、将来の事を考えさせる。
部活で汗を流し、学生として良い経験を積ませるだけではなく。この学園の部活には、そういった狙いもあります。
実際、部活によっては整備課への勧誘なども行われているそうですけど。


「宇月さん、私達を頼ってくれれば良いんですけど……」
「……少し厳しくしすぎたか?」
「え?」
「いや、な。ついさっき、定期連絡を寄越した布仏虚に、更識簪の一件で宇月に言った言葉をそのまま伝えたのだが。
奴に『幾らなんでも、厳しすぎです。彼女に真意が伝わっていない恐れがありますよ』と言われてしまってな」
「……それは仕方の無い事だと思いますよ」
 その時私の脳裏には、あの入学式の日の事が浮かんでいました。織斑君の自己紹介の途中、先生が入ってきて。
そして織斑君が先生の弟さんだとわかった直後。
『諸君、私が織斑千冬だ! 君たち新人を、一年間で使い物になる操縦者にするのが私の仕事だ。私の言う事をよく聴き、理解しろ。
出来ない者は出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠十五歳を十六歳まで鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言う事は聞け。いいな』
 と言えば。
『キャ――――――! 千冬様、本物の千冬様よ!!』
『ずっとファンでした!』
『私、お姉様に憧れてこの学校に来たんです! 北九州から!』
『あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!』
『私、お姉様のためなら死ねます!』
 と返って来て。
『……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それともなにか? 私のクラスだけ馬鹿者を集中させているのか?』
 と言えば。
『きゃあああああぁ!! お姉様! もっと叱って! 罵って!!』
『でも時には優しくして!』
『そしてつけあがらないように躾をして~』
 でしたからね……。どうしても、ああなるんですよね。


「うむ……。生徒に対しては、もう少し優しくするべきだろうか?」
「優しく、ですか?」

『皆さん、私が織斑千冬です。貴女達を、一年間で立派な操縦者にするのがお仕事です。しっかりと学び、努力し。
解らない事があればどんどん聞いて下さい。――それでは一年間、一緒に頑張っていきましょう!』

「……ぷっ」
 織斑先生が最初に言った言葉を、私なりにやさしく言いなおしてみたんですけど。
その似合わなさに、思わず吹き出してしまいました。……それがどれほど愚かで致命的であるのかを理解したのは、その直後。
「……山田君。最近、太ってきたのではないのかな?」
「え? い、いいえ! む、胸が大きくなった他は、去年と同じで――」
「いや、腰周りや足。首周りにも脂肪がついている。――武術組み手で、発散させてあげようか」
「し、失礼しましたっ!」
 そう言うが私は、職員室から一目散に逃げ出しました。……あ、危なかったです。


 カットした部分を慌てて引っ張り出してきた、の巻。……まさかこんな形で必要になるなんて思わなかった。
そして主人公視点が無いでござる、の巻。どうしてこうなった。前書きだけが空しい。(A.100%、作者の責任)


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