こちらは
こちらは
GE-Omnix 社の行ったDPについてのランチョン・プレゼンテーションを紹介します。
週の前半に行われた Hematolymphoma course における百人を超える参加者によるDP使用は、彼らにとっても初めての体験だったそうです。ほぼ全員が初めて使うシステムにもかかわらず、非常にスムーズに業務がまわり大きな混乱もトラブルもなかったのを見て、「非常に印象的であり、かつ自分たちの自信を深めた」、と言っていました。
現時点での画像は一枚あたり1.0~1.2ギガバイトで、それを圧縮により約三十分の一にしているそうです。つまり30-40メガ/枚くらいですね。この高圧縮によって、日本でも行われているように、彼らは遠隔の迅速診断をカナダを中心として行っているようです。論文化されているかどうかわかりませんが、彼らのプレゼンによると、700キロ離れた病院同士を結んで231症例、2053スライドを用いてDP診断を行い、最終的な顕微鏡を用いた診断と乖離した症例はゼロだったそうです。
彼らのプレゼンスライドの中から印象深いものをいくつか紹介します。
言うまでもなく今回のプレゼンは日本人向けではありませんので、彼らの本音というか世界戦略が(特に日本人に配慮されない状態で)ありのままに語られていると考えてよいでしょう。私はこれらのスライドや彼らの世界戦略を聞きつつ、日本側は病理医も vendor ももっと深刻にこの現状を捉えるべきではないかと思わずにはいられませんでした。ことDPに関する限り、現在の我々の持っている情報や考え方は世界の潮流にかなり遅れをとっているような気がします。
付記)
対抗馬となる Philips のDP機種については、先日書いたとおりプロトタイプを試用させてもらう機会を得ましたが、まだ完成品ではないこともあり詳細については公開しないでほしいとのことですので、残念ながらここでは何も書けません。ただ、私の印象としては、インターフェースの使い勝手や画面移動速度などについては、GE-Omnix 製品に何ら遜色ありませんでした。また、SGH のDP担当者(病理医)から聞いた話では、使い勝手については両社ほぼ互角だが、スライドのスキャン速度については Philips に一日の長あり、とのことです。ただし、現時点では既にほぼ完成した形のものを提供している GE-Omnix 社が、未だプロトタイプの段階にある Philips に半歩先んじているとは言えそうです。SGHの病理部が最終的にどちらの機種を採用するかは、アジア地区における今後のシェアの優劣を大きく左右するかもしれませんので、今後も注目していきたいと思います。なお、両社ともに FDA 認可が予定よりやや遅れているようで、Philips が日本に入ってくるのも予定されていた来夏よりも後ろにずれ込みそうだ、とのことでした。
乳腺の二日目、全体の最終日は、終日大講義室でのレクチャーでした。実習同様に今年は細胞診の講義が昨年よりもかなり多かったのが特徴ですが、欧州では(SGHも) Giemsa 染色標本が多いので、ふだん Papanicolaou 染色に慣れている私としては、正直なところ少し違和感がありました。Giemsa には細胞のロスが少ない、染色がたやすいという大きなメリットがありますが、やはり核所見を把握しにくく、またシンプルな染色なだけに、細かい構築やら細胞が重なったときの分別が悪いという印象があります。いずれにしても細胞診については、日本の方が恐らく診断レベルという点では高いだろうと思いました。一般論ですが、諸外国の細胞診の捉え方は、日本以上にスクリーニング的なニュアンスが強い気がします。
もう一つのテーマは針生検/MMTで、こちらは私自身も日本国内でレクチャーする側に回ることがある立場なので気合いを入れて聞いていましたが、昨年同様基本的には日本とさほど変わらないというのが率直な印象です。当たり前と言えば当たり前すぎることで、同じような機械を使って同じような標本を作り、同じような顕微鏡を使って、同じ生物の同じ臓器の病変を見ているのですから、大きく違ったらえらいことです。
とはいうものの、それではブログ記事にならないので、日本と似ているようで少し違う点を紹介します。
Needle Core Biopsy of Breast: Diagnostic Categories
B1—Normal (breast) tissue/inadequate sample
B2—Benign lesion
B3—Lesion of uncertain malignant potential
(includes atypical epithelial proliferations, papillary lesions, sclerosing lesions, and phyllodes tumors)
B4—Suspicious of malignancy
B5—Malignant --- (a) In situ (b) Invasive (c) Unclassified
大きく違うのは、日本の規約と違って、正常と良性病変をそれぞれB1とB2に分けている点(この点は個人的にはこちらの方がしっくりきます)、それからB3カテゴリーに非常に多くの病変を詰め込んでいる点です。ADHやRSLや難しい乳頭腫あたりが入るのはともかく、lobular neoplasia や、PTまでも全部ここに詰め込んでいます。うーん、かなり迎合的な気がしないでもないが、Pubmedで検索すると既にこれはかなり worldwide に使われているようになっているので、我々もこういう分類があるということくらいは知っておかなくてはならないでしょう。ちなみに、SGHではこの分類は用いられていないので、私は昨年の在籍中はこの分類をよく知りませんでした。
というわけで、やはり worldwide に使われることを想定してあまりきっちり細かくは作られていないようですが、それはそれで十分に理解できるので(注)、とにかくこういうものがあるということを知っておくことが大切なのでしょう。ちなみに元は Journal of Clinical Pahtology のこの論文のようです(こちらも Ellis 本人が書いているわけですが)。このリンク先では抄録しか読めませんので、full paper PDF を所望される方は、右欄のメールボタンから私までご連絡ください。
(5.に続く)
(注)
また私見ですが、あまり細かくきっちりとカテゴリーを定義しすぎると、その整合性というか再現性を世界規模で確保・確認するために膨大な労力が必要になりますので、結果的に効率が悪くなったり普及率が落ちるというリスクがあるのではないかと想像しています。家電にしろ携帯にしろPCにしろ、日本製品の過剰なまでの高品質は有名ですし、それ自体は世界中で高く評価されていますが、しかし一方で機能が過剰に詰め込まれてその分のコストが余計にかかり、現在の世界市場では価格競争で勝てないでいる部門が少なからずあるようです(むろんそれだけが原因ではないでしょうが)。精度と普及度という点を考えると、 病理の分類や記載も少し似ている気がします。どんどん細かく改訂が繰り返される各臓器の癌取り扱い規約を見るにつけ、そんな気がしてなりません。あの細かさは、仮に英文仕様で安価に配信されても、日本国外ではなかなか受け入れられがたいのではないでしょうか。我々は精緻さや物事の細かさに「美」を感じる文化の中で育っていますし、それはそれで誇りに思うべきことでしょうが、しかし時には意図的にそこから少し距離を置いて全体を俯瞰する必要もあるかもしれません。病理標本を見るときに弱拡大を重視するように。(繰り返しますが、以上はあくまでも私見です。)
水曜日の晩から熱が出始めて、木~金と39度台の熱が続きました。解熱剤が効いている間はなんとか37度台にまで下がるのですが、それが数時間後に切れるとすぐにスーッと体温が上がっていきます。悪寒がひどくて、夜間の背筋のゾクゾク感には恐怖を感じるほどでした。咳もあって、激しく咳をすると少し喉と前胸部が痛い状態。発汗もひどく、夜中に二度三度と着替えました。
当初はそのうちに退くだろうと思っていたのですが、金曜日の晩になってもそれが続いたどころかむしろひどくなってきたので、これはまずいと思って土曜日の午前中に受診しました。といっても、既に三日間ほとんど何も食べていないし動いてもいませんから、病院へ行くこと自体がけっこう大変でしたが。
その際に
以上の所見と病状からマイコプラズマ肺炎だろうと診断されて、ニューキノロン系抗生物質を処方していただいて帰宅となりました。入院も覚悟していたのですが、幸か不幸かベッドが満床で余裕がなかったようです。ただ、帰宅しても39度台の熱は下がらず、肝・腎のことを考えて解熱剤も最低限の服用としたので、土日ともにずっと横になっていました。病院の往復を除くと五日間横になっていたことになります。
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今年はマイコプラズマ肺炎が既に大流行しているとのことです。特に都会の満員バスや電車などはほとんど培地のようなものですので、どうか皆さまも日々マスクを着用するなどお気をつけください。私もふだんの年はそうするのですが、昨年この季節を経験していなかったせいもあってか、今年はマスク着用のタイミングが遅れました。たかがマイコプラズマ、などと思っていると、こんな目に遭います。ちなみに私は熱が出るまでふつうに生活しましたし、熱発前日はいつもどおりフィットネスで軽く運動していました。発症後たった三日でこうなるのかと思うと、恐ろしいですね(その前から何かしらの所見はあったのでしょうが)。この記事が皆さまの予防のお役に立てば幸いです。
週後半の金曜~土曜は乳腺コースでした。昨年に引き続き第二回目。私にとってはむしろこちらが本番です。
さて、実は今回の乳腺セミナーでは、(九月に Lyon 会議が終わった直後ですので)一年後あたりに予定されているWHO分類の新版についての話が聞けるかと思って期待していたのですが、予想に反して二日間まったくその話題が出ませんでした。少し拍子抜けしてしまったのですが、二日目の晩のパーティ会場で個人的に Dr.Ellis および Dr.Tan にそれぞれ別々に聞いた感触では、まだ全体の骨子が決まった程度で、詳細は決まっていないというのが実際のところのようでした。
ただし、Dr.Ellis がはっきりと言っていたのは、「基本的には大きく変えない、Major Revision はない」ということです。細かい亜分類を少しスッキリさせて、例えば metaplastic carcinoma に大きく集約させるとか、medullary carcinoma を一亜型ではなくただの一所見にしてしまうとか(IDC with mdullary features, etc.)、その程度の revision にとどめる可能性が高い模様。さらに、これは未確認というか未確定情報ですが、FEAに関して一章を設けるとともに、FEAまでは良性扱いと明記すること、DIN 1-3という名称を止めることなども示唆されていました。繰り返しますが、これらは最終決定事項ではありません。
実を言うと、私自身はWHOの細かい分類にさほどの執着はないのですが、やたらとWHO分類を気にする人がいるのも確かですし(日本の某先生は、米国のとある有名病理医に、「日本の病理医はWHOをひどく信奉しているんだね。」と笑われたことがあるそうです。さもありなん。)、私が個人的に執着するにせよしないにせよ無視しうるものでもないので、今後情報が入り次第紹介していくつもりでいます。
(Major revision ではないとはいえ、もしもFEAが「良性」と明記されると、多少は日本国内の規約にも影響が出るかもしれませんね。)
(4.に続く)
現時点ではまだ実用レベルの精度を持つシステムがないようですが、組織形態での認識が難しいのであれば、例えば cytokeratin との重染をやって陽性核の割合をカウントすれば(2-color FACSみたいに)、精度を上げるのはさほど難しくないでしょう。そしていったんそうなれば、精度管理も病理医間ではなくソフトウェア間の問題となりますからより管理・競合させやすくなるし、診断の再現性もはるかに高まります。むろん細胞一万個などと言わず百万でも一千万でも一億でも数えられますから、heterogeniety の高い癌の場合にはそれも大きなメリットになります。カウントのルールを、「最大割面ですべての癌細胞のKi-67 LIを算出する」とすれば、かなり信頼度が上がるでしょうし、逆に言うとその段階に至らない限りなかなか施設間での再現性の高いデータは得られないだろうと、個人的には思っています。今後の技術革新に大いに期待したいところですね。(これについてはそんなに先の話ではないだろうと、私は予想しています。)
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小うるさいことを言って他国企業と比較すると国内の業者の方々に嫌われるかもしれないけれど、でも病理医側からも要望を出していかないと、現状ではお互いが内向きのままになってしまいかねない。いつも書くとおり私は、携帯電話と同じような道を絶対にDPにはたどってほしくないのです。即ち、優れた技術を持っていながら国内市場にばかり気をとられ、その小さなパイを多くの企業で取り合っているうちに疲弊してしまい、気付いたら海外の巨大市場はノキアとサムソンとアップルに席巻されてスケールメリットを丸ごと持っていかれ、そのうちにノキアとサムソンには日本国内市場に興味も持たれなくなって、やっとアップルが入ってきたと思ったら docomo, AU, softbank の三社がその販売権を所得するのに必死に競って、結局最後に利益を出して笑うのはアップルだけ。こんな状況には絶対になってほしくないのです(もっとも、ノキアもサムソンも今はかなり苦しいようですが)。それは vendor 側の問題だけではなく、我々病理医にとっても非常に大きな損失です。世界中の病理医がネットワークでリアルタイムに繋がろうとしているときに、そこからひとり脱落することを意味しかねないのですから。特に若い世代の病理医の先生方には、ぜひともこの危機感を共有してほしいと切に願う。
(残念ながら、携帯電話以外にも我が国の過去の同じような事例として、ワードに席巻された一太郎、アマゾンに席巻された既存書店、サムソンに席巻された家電等々、ざっと私が思いつくだけでも少なからず例を挙げられます。これらの事例は、グローバリゼーションに背を向けるとこうなるということを如実に示しているのではないでしょうか。さらに、これまた私見ですが遠からぬうちにたぶん電子書籍でもまた同じことが繰り返されるだろうと予想しています。というか、今調べたら既にそうなりつつあるようです。こちらが元記事。)
なおDP等に関しての感想や意見がありましたら、立場を問わずぜひよろしくお願いします。コメント欄に書き込まれるか、右欄のプロフィールからメールにてご連絡ください。
(3.へ続く)
SGHセミナーは昨年から始まり、二回目となる今年はリンパ腫コースが新設されました。冒頭に course director であるSGHの Dr.Soo-Yong Tan が、本コースは来年も予定していると言っていたので、少なくとも来年までは開催されるはずです。今年は Hodgkin や T cell lymphoma が主体で、来年は High-grade B cell 系をメインにするとのことでした。
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彼ら自身が自慢していましたが、このユーザーズインターフェースは、ピッツバーグを中心とする世界中の病理医達から細かいアドバイスを得て日々改善されているそうで、とにかく病理医にとってとても使いやすくできていました。世界各国から参加してきた病理医達は、当然育ちも職場環境も異なりますし、この手のデバイスの習熟度とか慣れも全然違うはずです。にもかかわらず、彼らが誰一人として初見でまごつかずに実習に使えたのはこのインターフェースの優秀さを示すものであり、同社の人達が自信を持つのも当然でしょう。
この分割画面、例えばこの右写真の状態でHEと免疫染色の両スライドをフィックスすると、その後はこの二枚、あるいはそれ以上の標本の視野移動や拡大がすべて連動するのです(むろん解除も簡単にできる)。これがいかに実践的であるかは、リンパ腫の診断業務に携わっている病理医であればすぐに理解できるでしょう。前記事にも書きましたが、私はこれなら既に顕微鏡よりもかなり使いやすいと思いました。
(2.へ続く)
ついでに週後半の乳腺セミナーリストも入手してチェックしたところ、シンガポール以外に、オーストラリア、NZ、バングラディシュ、ブラジル、フィンランド、香港、インドネシア、日本、リビア、オマーン、フィリピン、タイ、オランダ、USと、リンパ腫セミナーを凌ぐ十四カ国からの参加がありました。今回は南米(ブラジル)およびアフリカ大陸(リビア)からも参加者があり、遂にこれで南極を除く五大陸からの参加者が揃ったことになります。総勢103名、日本人は私を入れて七名です。
それにしても、昨年といい今年といい、globalization のこの大きな波を自分の業界でかくも身近に感じる時が来るとは、正直なところ二年前には想像していませんでした。参加者数百人足らずの、しかも「乳腺病理」というかなりマニアックな集まりで、五大陸からの参加者が東南アジアの小国に集まり、ホットなディスカッションを繰り広げるのです。陸続きの欧州ならともかく、今の日本でこの状況を演出し得るでしょうか?
(言うまでもありませんが、シンガポールは日本と同じ島国であり、かつ面積的には比較にならないほどちっぽけな国です。いつも言うことですが、日本は日本人が思っているよりもはるかに大きな国です。)
P.S.
付記)
まず週前半のリンパ腫コースで GE-Omnyx のランチョンを聞きましたが、昨年よりもはるかに強気というか、下品な言い方をすれば鼻息が荒いくらいの前向きな印象を受けました。国内のDP企業の各学会での穏やかなプレゼントはかなり印象が異なります(私が彼らのプライドに火をつけるような質問をしたせいもありますが)。先行する Aperio の背中がはっきりと見えて相当な手応えを感じているのかもしれませんし、逆に後発の Philips に追いかけられるプレッシャーをも感じているのかもしれません。ここSGHでは Aperio が先行していたものの、今回のプレゼンを GE-Omnyx と Philips に委ねていることを考えると、今後はこの両社の一騎打ちになる可能性が高いものと思われます。(2nd/Nov)
付記2)
リンパ腫コースの実習では顕微鏡は一切無しで GE-Omnyx のDPシステムを使いましたが、画質もさることながら、インターフェースの使いやすさと、百人が同時に使っているにもかかわらずレスポンスが早いことに驚かされました。複数の免疫染色標本を並べて比較することの多いリンパ腫系の診断では、もう既に現時点の製品でも顕微鏡よりもかなり使いやすい。個人的な感想ですが、使えるものなら帰国してすぐにでも使いたいところです。丸一日使いましたが、動作安定性にも不安がありません。実は今回のセミナーは大勢の病理医が同時に用いる世界で最初の機会だったようですが、もはや実践投入間近と思わせる完成度の高さでした。
さらに最終日には、今度は Philips の新機種のプロトタイプを少し見せてもらう機会を得ました。開発関係者を除くと世界で初めて社外者に見せたとのことで、セミナー参加者でも私以外は実は誰も見ていないかもしれませんが、こちらには(初めて見たということを差っ引いても)正直なところかなりの衝撃を受けました。Confidential 扱いでという約束ですのでこれ以上の詳細を書くことはできませんが、両社の製品の優劣を論じる以前に、ほとんどの日本の病理医が知らないところでものすごいことが起こっているということだけは、イヤというほど実感できました。まさに百聞は一見に如かず、です。これらの体験については、帰国後にこの場でもう少し詳細に報告します。(5th/Nov)
さて、今年の breast course では、昨年と異なり VS preview が可能となりました。あらかじめIDとパスワードがメールで送られてきて、指定されたサイトにてログインすると三十例全てを見ることができます。私はまだ半分程度しか見終えていませんが、セミナーまでには全例二度ずつくらいは見ておくつもりでいます(残念ながらセミナー参加者限定なので、申しわけありませんがここでそれを紹介することはできません)。ところで、以前にも紹介したとおりSGH病理部には既に aperio 社のVSスキャニング装置が入っていますし、昨年は丸々一部屋使って Omnix 社がプレゼンをしていましたが、今回使われているのは Philips 社製の viewer でした。おそらくはこれら三社を比較・競合させつつ、優劣を見定めようとしているのではないでしょうか。本当の意味での病理デジタル化はまだまだこれからですので、日本の vendor の手による機種が遠くない将来に世界中で見られるようになるといいですね。
ただ、こうして実際に使ってみた感じでは、さすがにまだサーバーが国外にあると動作が重い。大学の職場だとセキュリティが厳しくて動作が重いので極力自宅で見るようにしていますが、光回線を使った自宅環境でもやはり顕微鏡を見るようにスイスイとはいきません。さらにもう一つのストレスは自宅で使っている19インチLCDがこの用途ではやはり小さすぎることで、これもできればワイドの27インチかそれ以上のサイズに臨床情報等のダブルディスプレイがほしいところ。(人はどんどん贅沢になっていきます)
前回記事でも少し紹介しましたが、先の震災で大きな被害を出した東北石巻市の駅近くに、私の大学時代の同級生が働く診療所があります。幸い彼自身は怪我もなく無事でしたが、震災後は陸の孤島と化した石巻から数日間出ることができず、また仙台近郊にいる自分の家族とも連絡が取れなかったために家族は彼が死んだのではないかと、ひどく心配したそうです。今回、九月末の連休を使って東北に住む彼を初めて訪れました。
お互い医療従事者ですので、恐らくご家族にもあまり話していないであろう凄絶な体験談もいろいろと聞かせてくれました。三日目に街中を見に出たら自宅近くの橋の上で積み重なった車の中に遺体となった一家五人が残されているのを目撃したこと(実際には震災後数日間は車中の遺体を収容できなかったので、多くの車の中で遺体がそのままの状態となっていたようです)、たまたま知人の 付き添いで行った遺体安置所で検死を頼まれてしまい、文字通り五体ばらばらとなって人数の把握さえできない何十何百もの遺体のチェックをすることになったこと、片足切断となった患者が医院に運び込まれて、搬送もできないためにその処理をロウソクの火の下で兄弟二人でなんとかこなして存命させたことなど(彼自身は整形外科医、弟さんは麻酔科医です)。医師とはいえ、彼自身も相当な精神的負担を負いつつ過ごしてきたことがよくわかりました。
彼の震災体験ブログです。よろしければご覧ください。→ 診療所の震災日記
以下は、彼に連れて行ってもらった石巻市で九月25日に撮影した震災後約半年の石巻の姿です。
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(→ 石巻市率門脇小学校)
もともと過疎化が進む街を襲った大地震と大津波。震災後復興が着実に進んでいるかのような報道も時折見かけますが、現実はまったく甘くないことを(わかってはいたつもりですが)思い知らされました。と同時に、石巻はそれでもまだこのあたりでは大きな街なのでこれでもそれなりに人の手が入っていますが、この日の帰路にも通りがかった石巻郊外の小さな街には、まだ手つかずに近い状態で放置されているところもあり、あらためて被害地域の広さと今後の対応の難しさを思い知らされました。
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以上、震災半年後の現地報告でした。本件についてはあまりにもテーマが重すぎるのでこのとおりの簡単な現地報告のみとさせていただきますが、とにかく半年経ってマスコミ等があまり扱わなくなったこれからが、本当の勝負という気がします。嫌なものを見ない、見たくないという気持ちを捨てて、観光でも遊びでも知人訪問でも何でもいいから現地に足を運び、買い物をしたり宿に泊まったり現地の交通手段を使って動き回ったりすることが、我々にできる最大の貢献ではないでしょうか。(超)急性期が過ぎて亜急性期に入った今、現地のお金の動きを良くして地域経済を活性化させることが、一番大切なことだと思います。被災地を思いやってそっとしておこうという一見慈悲に満ちたようにも見える考えが、しかし実際には急性期を脱しつつある現地側からすればもっとも迷惑なものでしょう。幸いなことに東北には素晴らしい温泉地も美味しい魚や酒も多々あり、少しずつですがそういう場所や市場が復活しつつあります。それら目当てでも良いので、一人でも多くの人が東北を訪れて現地経済の活性化に寄与していくことを提唱したいと思います。
学会参加は時にうっとうしいけれど、でもやはり現地に行って真面目に参加すれば、必ず何らかの刺激は受けるものです(逆に学会に行っても何ら刺激を受けないようだったら、かなり相性が悪いというか求めるものが違うということですので、本来そういう学会はとっとと止めた方がいいのでしょうね)。現代のように情報収集がたやすくなった時代においてもなお、論文その他の文献類を読むだけで十分だとは私には思えません。やはり人とface to faceでディスカッションをし、意見が一致しようがしなかろうがverbalなやりとりをするというのは、より理解を深めると同時に、自らのモチベーションを維持するために非常に大切だと思います。もっともその点では、交通面でいろんな学会に参加しやすい東京という街が他地区に比べて有利なのは否めません。
さて、過去に何度かDP (Digital Pathology) の重要性と可能性についてこの場で書いてきた私ですが、表題のテレパソロジー・バーチャルマイクロスコピー研究会に参加したのは今回が初めてでした。名称が長ったらしくてスッキリしないので、第十回を記念して「DP研究会」とでも改名すればいいのにと思わないでもありませんが、初参加の新参者にはそんなことを言う権利はありません。
この会では、北は北海道から南は沖縄まで、予想外に多彩な出席者の顔ぶれに少し驚きました。旧知の先生方もおられましたし、名前は知っているけれどお話しするのは初めてという先生方もおられ、良い出会いの場にもなりました。
少し余談になりますが、本会の一週間前に仙台で開かれた乳癌学会では、大学時代の同級生に十年ぶりに会いました。石巻駅の前で整形外科を営む彼は、まさに九死に一生を得るようにして生き残ったそうです。電気もつかない中を下肢切断の患者が運び込まれて悪戦苦闘したこと(搬送もできず、むろん応援もなし)、その間連絡が取れなかったので、御家族は彼が死んだものと思っていたこと、請われて検死の現場に行ってみたら遺体数を正確に把握できないくらい五体バラバラになった遺体が並んでいたことなど、凄惨な話を聞きました。久しぶりの再会でしたし、会った場所が石巻ではなく(比較的被害の少なかった)仙台の駅前でしたのでそれ以上の生々しい話は聞きませんでしたが、今月末には彼のところへ行って現地を見ながら、当時の話を聞いてくるつもりです。場合によっては本ブログにもアップするかもしれません。
日本テレパソロジー・バーチャルマイクロスコピー研究会事務局
(財)ルイ・パストゥール医学研究センター
〒606-8225 京都市左京区田中門前町103-5 担当:津久井淑子
TEL:075-712-6009 FAX:075-712-5850
E-mail: jrstpi@louis-pasteur.or.jp
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さて、本会のプレゼンを聴きながら思ったことは、日本のテレパソ・VSは、遠隔地(病理過疎地)の迅速診断を担うということに非常に重きを置かれて発展してきたんだな、ということでした。広い関東平野を除くと我が国には山間部が多く、かつ病理医数も他国に比べて非常に少ないので、どうしても遠隔迅速診断を要求されやすい。十年以上も前から、今よりもはるかにプアな設備で長時間かけて画像を送りつつ遠隔診断に携わってこられた先生方は、非常な苦労をされてきたことと思います。
実を言うと、かくいう私も既に1990年代の終わり頃には、当時は一人病理医でしたが、難解例のコンサルト目的で遠隔診断もどきをやりかけたことがあります。ただ、時間をかけて画像を送ってみても、送った先の大学にも診断できる先生が不在だったり多忙で見てくれなかったりすることが多く・・・・考えてみれば当たり前で、そういう方々は他の地区に支援に行くか、その合間に自分の病院の仕事を必死に片付けているわけです・・・・それゆえにこの試みはすぐに頓挫しました。片道一時間半程度だったので、仕事が終わったあとで車で大学に標本を持参して相談に行くことも可能で、その方が日中よりもゆっくりディスカッションできましたし。
DPは便利ですが実働病理医数を増やすわけではありませんので、こういった人手不足問題は、遠隔診断の機器の進歩によって多少緩和することはあっても、それが本質的な解決策とはならないでしょう。現在病理の平均年齢は五十歳代半ばくらいだそうで、会でも指摘されていましたが今後数年間でかなりの人数が現役を引退されることが予想されますので、十年後のことを考えると頭が痛くなります。
一方で、DPについて・・・・テレパソという言葉よりもDPの方が世界では使われています・・・・私は地方と中央を結ぶツールとしての一面のみならず、ここで何度も書いてきているように自分が世界と繋がるツールとしての一面に、もっと注目してほしいとも思いました。二日目に行われた国際医療大の長村先生の「世界情勢と我が国の国際展開」という演題のあとについに黙っていられなくなり、立ち上がってこのブログ中で何度か書いているようなことをコメントさせてもらいました。幸い、favorableに受け止めてもらえたと思っています。
米国MGHから来られた先生も、日本の企業にもっと国際展示の場に出てきてほしいと言っておられましたし、会場で会った企業の方の中にも、やはりもう少し海外へ出て行く必要があるし、英語の壁を打ち破る必要があると思うと話されていた方がおられました。ぜひそういう流れになってほしいと思います。
病理画像の標準化、これは即ち世界中の画像等のフォーマットを共通にすると意味ですが、これはまだ始まったばかりです。一応暫定的なものが昨年夏にできてはいるのですが、まだスタートしたばかりで手探り状態らしい。一つの企業が世界のDP市場を独占することはあり得ませんので、データ互換の観点から標準化は非常に大切となるでしょう。日本のvendor企業の方々にも、ぜひ積極的に世界標準を受け入れてほしいものです。いつも書く携帯電話のように、狭い日本市場を多くの企業が奪い合ってお互い疲弊してしまい、その一方で国外へ一歩出てみるとそこはノキアとサムソンの独壇場で日本製は影も形もない、というような情けない状況には絶対になってほしくない。
そしてその一方で、こういった機器の標準化をvendor側に任せるとしたら、病理医側は自分達の標準化をしなくてはなりません。それは即ちグローバルな環境下でディスカッションできる言語能力ということです。概して日本の病理医は診断能力は十分に高いでしょうし、免疫染色その他の解析でもひけは取らないでしょう。ただ、冒頭に書いたとおり、ディスカッションするのには言葉が必要です。そのverbalな言語能力が、今以上に必要となってくると思います。五年十年かかるかもしれませんが、若い世代の方々にはぜひそのことを受け入れ、これをチャンスと前向きに捉えてほしいと思います。
繰り返しますが、DPは病理の業界においてグローバリゼーションを促進するツールだと思います。今世紀になって爆発的に加速したグローバリゼーションの流れにcompatibleな性格を持っているので、つまりヒト・カネ・モノ・情報が国境を越えて自由自在に行き来する時代の流れにDPは見事に合致するので、今後の発展はもはや不可避でしょう。やや先走りすぎかもしれませんが、私はそう考えています。
私が初めてDr.Chanにお会いしたのは今から八年ほど前のこと、名古屋の第二赤十字病院で、これまた私の尊敬するT先生のご紹介によるものでした。その時の講演はリンパ腫ではなく、「Follicular lesions of thyroid gland」でしたが、今日と同じく実にクリアで分かりやすい、素晴らしい講演内容だったことを覚えています。ただ一つだけ違ったのは、当時のDr.Chanの英語は非常に早くて聴き取りにくいという印象だったのが、今回の講演では非常にゆっくりはっきり話されたことです。先日のDr.Tan同様に日本人相手ということで意図的に速度を落とされたのかもしれませんが、もしかするとこちらの英語駆使能力も、わかりにくいシンガポール英語に揉まれた一年間で若干向上したのかもしれません。(というか、そう思いたいところ....)
来年以降どうなるかは時期・会場ともにまったく未定ですが、土曜の晩に数名で話し合った感じでは、細かい考え方の相違はあるにせよ基本的には皆が継続させていきたいと考えているようなので、なんとかその方向でもっていければと思います。私個人の希望では、これはまだ夢に近いのですが、数年後にはこのセミナーもDP (Digital Pathology) で海外と繋いで、香港やシンガポールの病理医とリアルタイム・ディスカッションできればと思っています。
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以下は例によって病理とは関係のないコメントですので、病理以外に興味のない方は読み飛ばしてください。
いつも書くようにDPの普及に伴って時差のない国々との交流の重要性が増していくだろうと個人的には予想していますが、そういったテクニカルな話とは別の次元で、予想していた通り今年になってますます顕著化してきた欧米の衰退と、これに伴って恐らく今後どんどん進むであろう政治・経済・文化面での世界規模の地域ブロック化が、これはつまりアジア・オセアニア地域のブロック化になるでしょうが、この傾向をさらに助長するだろうと予測しています。日本がその輪に加わるにせよ、加わらないにせよ。
在星中から書いてきたように、東南アジア・オセアニアの国々の間では人の行き来はかなり盛んになっていますし、一定以上の教育レベルの人達には英語という共通語がありますので、我々日本人と違ってさほど気構えることなく国境を行き来できます。そしてこの地域ブロックの経済は、既に非常に活性化しています。例えば比較的最近読んだこの記事によると、リーマンショック後の不況から短期間でもっとも大きく経済復活したのは、地域ブロック別では Asia-Pacific region だそうです。(ただし、この記事の最初の方にあるように、この数値は 'excluding Japan' のデータです。我々はこういう事実をもっときちんと直視すべきでしょう。)
話が大きすぎる、政治的(地政学的)すぎると思われるかもしれませんが、しかし病理標本を観る際に弱拡大から強拡大にしていくのが鉄則であるように、自分達の将来を考えるときにも、やはりまずは世の流れをグローバルに(弱拡大で)捉えるところから始める必要があるのではないかと私は常々考えています。自分の目の前にある小さい物事から思考をスタートすると、判断を間違える可能性が高くなる。いきなり強拡題で診断すると診断を間違えやすいように。我々は病理医である前に一市民であり日本国民なのですから、こういう時代の大きな流れから逃れることはできません。弱拡大で世界を見るためには歴史を含め勉強しなくてはならないことがとても多いので、言うは易く行うは難し、ですが。
付記)
先日の新宿京王プラザホテルで開かれた東京国際病理診断研究会でも講演の合間に有感地震がありましたが、今回も二日目の深夜~早朝に有感地震があって、目が覚めてしまいました。3.11以降、関東でも有感地震の頻度が非常に高くなっています。大きいのが来なければ良いのですが。
昼食後にDr.Tanの部屋に戻り、予定していたとおり仕事上の話をいくらかした後で、秋のセミナーの申し込みをしました。ここでも何回か紹介しているとおり、今秋はリンパ腫と乳腺のセミナーが連続して開かれます。先日来少し迷っていましたが、結局私は両方とも参加することにしました。一週間職場を休むことになりますが、まあ物価の高い都内で大学病院の薄給に甘んじているわけですから、これくらいは許してもらいましょう。(彼らの前では今の自分の収入の話など、恥ずかしくてとてもできません。)
セミナーは両方ともまだ空きがかなりあるようですが、昨年の場合はある時を境に一気に埋まりましたので、希望される先生方は、できれば一ト月以内、遅くとも八月末くらいまでには申し込まれた方が良いのではないかと思います。Hemato-lymphoma courseはこちら、Breast courseはこちらのページの下の方から、それぞれregistration formをダウンロードできます。支払いにはクレジットカードを使えます。(日本から送金すると手数料がバカにならないので、カードの方がリーズナブルです。)
Dr.Tanは忙しいので一時間ほどでお部屋を辞し、部内を少し回って皆さんに挨拶してからSGHを離れました。次にここへ来るのは、恐らくセミナーが開かれる十月末でしょう。今から楽しみです。日本から参加される人数が多かったら、ぜひ一晩くらい集まって南の島で日本人病理医会をやりましょう。
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それにしても、やはりシンガポールだとこうして週末程度の休みを使って気軽に来ることができるので、今後の関係を保つのにも苦労が少なくて済みそうだと今回あらためて実感しました。これは私が研修先にシンガポールを選んだ一つの理由でもありますが、まわりを見ていてもやはり時差のある国、行き来に十時間以上かかる国だと、日本帰国後になかなかコンタクトを保つのが難しいようで、そのうち疎遠になってしまいがちです。むろん時差だけの問題ではないでしょうけれど、でも既に社会に浸透しているskypeや、今後数年間で飛躍的に進化するであろうデジタルパソロジー・ネットワークのことを考えると、リアルタイムで自由にコミュニケートできる時差のない(少ない)国との付き合いは、今まで以上に重要となる可能性が高いのではないでしょうか。
注)正確には、シンガポールと日本との間には一時間の時差があります。
私見ですが、日々のルーチンワークで標本を見ながら、難解例に当たったときにボタン一つ、ワンクリックで国内あるいは国外の病理医達に、「ねえ、これ何だろう?」、「ちょっと背中を押してもらえないかな?」、とリアルタイムで標本を見ながら(正式なコンサルテーションではなく)気軽にディスカッションできる日は、恐らくもうそんなに遠くないと思います。いつも書くとおり私の感覚では今は五年ひと昔の時代、そうなるまでに五年か十年か、遅くとも十五年はかからない。かかるはずがない(私の得ている情報によれば、現時点で既にDP関連数社が米国FDAの認可申請中です)。そしてその時に世界中の議論の輪からポツンと外れないようにするためにも、少なくとも四十代半ばの私よりも若い世代は英語でのコミュニケーション能力を高めておく必要があると思います。その際の共通語に英語以外の言葉が使われる可能性はほとんどないし、そこだけは機械で代替えできないからです。テクノロジーが進歩しても、それを使うのは人間です。どうせdigital deviceを介すのだから自動翻訳機を使えば問題ない、などと言い出す人が現れるかもしれませんが、そんなことを言っている暇があったら、少しだけ汗をかいて自らの言語能力を高める方がよほど生産的だと、私は思います。(かく言う私の語学能力は、相変わらずお世辞にも高くありませんが.....努力中です。頑張りましょう。)
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さて、以下はまったくの余談ですが、少し息抜きに。
連休後半はそのままシンガポール在住の日本人の知人達とマレーシアの海に出向いて、少し楽しんできました(というか、こちらが今回の訪星の主目的?)。ここは業務用ブログと位置づけてきたのでこれまでプライベートの余暇の過ごし方についてほとんど書いてきませんでしたが、実は昨年の在星中にも週末を使ってかなりの頻度で、マレーシア、インドネシア、タイ、フィリピンなどへ潜りに行っていました。海が近いのに加えて、ダイビングにかかる各種費用が日本の三分の一程度だからできたことですが、海を通じて医療関係以外の友人が多数できたのは在星中の私の大きな財産です。熱帯の海ですので日本と違って水温が高く、厚い5mmウエットスーツが不要で、手軽かつ心地よく潜れます。むろん日本の海も大変に美しく、素晴らしく魅力的ですが、こちらの海の水温が高いというアドバンテージもかなり大きい。気楽さが違います。
それにしても、北の国にいたころはパウダー・スキー三昧、山の国にいたころはロック&アイスのクライミング三昧、南の国ではこうしてディープ・ブルー三昧と、まあ何の自慢にもならないでしょうが、たぶん同業者の中ではそこそこ遊んでいる方だと思います。この点だけは、私は若手病理医の良いお手本になれるかもしれません。
当時も既に片言の日本語を話されていましたが、今は日本語も非常にお上手になられていて、お話しするときは英語にしようか日本語にしようか迷うくらいでした。年の半分を日本、それも青森県の津軽半島の付け根、五所川原という、住まわれている方には若干失礼な言い方ですが、かなりマニアックな場所で過ごされているそうです。
第3回 乳腺病理診断研究会セミナー
乳腺病理診断研究会では,乳腺病理に対する診断手順の理解を深めるために臨床医,病理医,病理レジデントなど乳腺病理に興味を持つ方を対象にした診断セミナーを,昨年に引き続き開催いたします.
7月30日(土)は臨床医,病理レジデントを対象に日本乳癌学会認定乳腺専門医の先生方の知識の整理,および乳腺専門医,病理専門医の受験を目指す先生方に役立つような典型例を中心に手術標本(30例前後)を供覧していただきます.
7月31日(日)は病理医,病理レジデントを対象とした針生検標本(教育的,難解症例を含む)50例前後を供覧していただきます.
なお、31日(日)出席の受講者の先生方から病理標本のコンサルテーションもお受けする予定です(事前受付が必要).両日とも多数のご参加をお待ちしております.
【日時および進行方法】
①2011年7月30日(土) 9:00~16:30(臨床医・病理レジデント対象)
午前中講義,症例の解説,午後はスモールグループに分かれて鏡検(手術標本30例前後)および質疑応答を行います
②2011年7月31日(日) 9:00~16:30(病理医・病理レジデント対象)
午前中が鏡検,午後にスライドあるいはモニターを使用して,講師が解説を行います.
【会場】
聖マリアンナ医科大学 教育棟2階201号教室、あるいは医学部本館実習室
【受講料】
① 7月30日(土)30,000円 (昼食代含む)
*別売り バーチャルスライドのDVD (30日の講義用:手術標本30例前後):10,000円.
② 7月31日(日)30,000円 (解説スライドCD,昼食代含む)
定員: 7月30日(土),7月31日(日)ともに先着順それぞれ50名前後
【講師およびスタッフ】
土屋眞一・川本雅司・原田大・山本陽一朗(日本医科大学付属病院病理部)・秋山太・堀井理絵(癌研病理部)・森谷卓也・鹿股直樹・小塚祐司(川崎医科大学病理学2)・増田しのぶ(日本大学医学部病態病理学系病理学分野)・津田均(国立がんセンター臨床検査部)・山口倫(久留米大学医学部附属医療センター病理診断科)・唐小燕(神奈川県立がんセンター)・熊木伸枝(東海大学医学部病理診断学)・前田一郎・岡南裕子・立石文子・高木正之(聖マリアンナ医科大学診断病理学)
【参加方法】
参加申し込みはE-mailにて受け付けます.
①7月30日(土),31(日)いずれかを指定
*両日希望の方はその旨を追記してください.
②氏名 ③所属 ④E-mailアドレス ⑤連絡先の電話番号 ⑥バーチャルスライドのDVD(30日の講義用(手術標本30例前後):10,000円)購入の有無(本セミナー受講者の方のみ購入可能,コピー不可) ⑦コンサルテーション希望の有無(31日受講者の方のみ,各受講者1例まで)
以上の項目を記入の上,下記E-mailにお送りください.2週間以内にE-mailの返信がない場合は事務局にお問い合わせください.なお,参加費の前納を持って申込完了といたします.キャンセルの場合は7月1日(金)までにE-mailにてご連絡いただいた場合に限り受講料を全額返金いたします.
【参加申し込みおよび問い合わせ先】
第3回乳腺病理診断研究会セミナー企画委員会
事務局:聖マリアンナ医科大学診断病理学教室 前田一郎
TEL:044-977-8111(内線:3140)
E-mail:breast-pathology@marianna-u.ac.jp
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さて、順天堂大学の松本俊治先生から以前にもこの場で紹介した東京国際病理診断講習会のご連絡をいただいたので、この場を借りてご紹介させていただきます。既に各講師の講演抄録が掲載され、pdf形式でダウンロードできるようになっています。
サイトを見ていただければわかるとおり、基調講演を日本でもおなじみのSilverberg先生がされ、その後はMD.Anderson Cancer Centerの先生方が初日に全身諸臓器の話をされ、二日目は婦人科及び乳腺病理にテーマを絞って、招待講演の先生方がお話しされます。乳腺に関しては、Dr.Tanと香港のDr.Tseのお二人が、Phyllodes tumorとPapillary lesionの講演をそれぞれ二日目の午後にされる予定となっていますが、それ以外も非常に盛りだくさんな内容のようで、私も今から楽しみにしています。
震災後ですので海外からの講師の招聘一つをとっても非常に大変だと思うのですが、そんな状況下でこのような国際セミナー企画に尽力されている松本先生には、心より敬意を表したいと思います。特に若い病理の先生方は、ぜひとも参加してみてください。サイトに書かれているとおり事前登録の必要はなく、参加費も抄録・懇親費込みで一万円、しかも大学院生やコメディカルは無料という、私からするとちょっと信じられないようなサービス内容です。(よほどのことがない限り参加するつもりでいますので、会場や懇親会場で私を見かけたら、気軽に声をおかけください。)
ところで、このpartyの最中に周りとざっくらばらんに話しつつ初めて知ったのですが、海外から来られている専門医達は、終生契約ではなく二年あるいは三年ごとの契約だそうです。恐らく何度か更新するとPR(permanent residence)が得られるのでしょうが、PRを持っている人でもこの国では五年ごとに審査を受けて更新手続きをせねばならず(全然permanentじゃないですね)、本当の意味で永住するのには国籍を取得せねばならないようです。国の経済状態が悪くなったり人手が足りた場合には、当然契約延長を打ち切られる可能性もあるわけで、なかなか不安定な条件下に置かれているようです。もちろん、そんなのは海外で職を得て生活する以上あらかじめ覚悟して受け入れるべき当然のことなのでしょう。それに貴重な人材である専門医達をそんなにぞんざいに扱うとはとても思えませんし、人手不足がそう簡単に解消されるとも思えません。
Partyのあとは自室の片付け。とても良い一年間を過ごさせてもらいました。ボスのDr.TanおよびSGHには感謝あるのみです。(このブログは、帰国後ももう少しだけ続けます)
今日はKK wemen's and children's hospital (KKH) の病理医Dr.Sung Hockと夕食をともにする機会がありました。KKHはMRT(地下鉄)リトルインディア駅から歩いて五分ほどのところにあります。いつも書くとおりSGH (general hospital) がシンガポールの中枢病院なのですが、診療科の少ないKKHがこんなに大きくて立派な病院だとは知りませんでした。少しびっくりです。小児科棟と婦人科棟が併設されて連なっている造りです。実際には異なる二つの病院が並んで立っている印象でしょう。
ベッド数は八百床超、オペ室数は10、年間の病理検体数が二万件だそうですから、いずれをとっても決して小規模な病院ではありません。残念ながらHistorical panelが飾られている部屋は時間が遅くて入れなかったのですが、Wikipediaによると病院の前身が1858年から、KKHになったのも1924年からですから、歴史的に見てもかなり旧い病院です。ちなみに、Dr.Sung HockによるとMRTノベナ駅のすぐ裏手にあるTan Tock Seng病院はKKHよりも大きいとのことですので、恐らく一千床クラスの病院でしょう。実際、このあとで車で通りかかって外から見た感じでは、かなり大きな病院でした。正面玄関から入ったらすぐに食堂でした。どこかのフードセンターかと思うほどにきれいで広い。店もたくさんあって、実際のところ街中のフードセンターそのものです。少なくとも私は日本の国公立病院でこんなに広い食堂を見た記憶がありません。(最近はあるのでしょうか?)
食堂を抜けて廊下へ出ても、まるでショッピングモール内にでもいるように一般の店がズラリと並んでいました(写真左)。右写真は婦人科病棟の入り口です。いつも言及するリー・クアン・ユーの本に書かれていますが、この国では公立病院も私立病院と価格面・サービス面で競合するような仕組みになっていますので、どちらもお互いに手抜きができず、また政府の補助金や助成金に過度にdependする経営構造をもつこともなく運営されているのでしょう。
簡単に病理部検査部内を見学させてもらいましたが、こちらについては特筆することはあまりないので詳細は割愛します。常勤病理医は五人で、婦人科病理3、小児病理2とほぼ業務は分割しているようです。剖検がほとんど無いSGHとことなりこちらでは年間七十体ほどの剖検があるそうで、そのほとんどが小児科というか新生児症例。病院の性格上、奇形や発育不全などの症例もかなりあるでしょうから、この人数でこの数だと大変だろうなと思います。レジデントは基本的にはゼロですが、SGHからローテートで随時回ってきます。レジデントがいないときは、当然シニアコンサルタント達が臓器の切り出しをやっているのでしょう(未確認)。
少し驚いたことに、KKH内には独立したresearch centerや、genetic analysis centerが院内に設けられているそうです。もちろんそこでの解析結果は、論文にしたり学会発表にしたりされています。基本的にはnon-MD PhDが運営しており、臨床医の研究のサポートをしているということでした。そういえば、昨年十月に開かれたSingHealth・Duke-NUS scientific congressで、SGHの次に発表数が多かったのがこのKKHでした。
ちなみにそれら基礎的研究をするための運営費はどこから出ているのかと聞くと、competitiveではあるが今のところ政府関係あるいは民間企業が出資するグラントがかなりあって、とりあえず問題なく運営されているとのことです。ただし、国の経済状態が悪くなったときにもこの規模の病院でそれを継続できるかどうかは、けっこう微妙かもしれません。話は変わりますが、院内の廊下で自動で動く運搬車を見ました。行き先を入力すると、勝手にそこまで移動するらしい。中身はリネンとか食事などで、貴重な患者検体はさすがに扱っていないそうですが、それにしてもこういうのが廊下の向こうからやってきて、自動で方向を変えて目的地に進むのを見ると、ちょっと驚きます。日本の病院にもあるのでしょうか?(というか、日本以外の国でこんなロボットが実用化されているのに少し驚きました。)
---------------------------------Dr.Sung Hockはほぼ私と同世代の病理医で、昨秋の乳腺セミナーで知り合いました。一度食事に行こうと言いながらなかなか時間が合わなかったのですが、最後の最後にこうして食事をする機会を得ました。こちらではほとんど皆がそうですが、彼も大の日本好きで何度か日本に足を運んだことがあるらしく、最後は日本国内の話題ばかりになってしまいました。もうちょっと突っ込んだ話を聞こうかとも思っていたのですが、美味しい香港料理を食べながら仕事の話ばかりするのも無粋ですし、まあ仕事の話の続きはまたそのうちに東京で。
付記)最初はDr.Hockと書いていましたが、ご本人からSung Hockと呼んでくれとのメールをいただいたので、訂正しました。(28th/Feb/2011)
それにしても、いったい年に何回「新年」があるのやら。シンガポールでは我々と同じ西欧暦の正月もありますし、インド(ヒンドゥー)の正月もあります。マレー系があるのかどうか今ひとつはっきりしませんでしたが、少なくともイスラム暦の新年はあったような気がします。でも、これでもカレンダーを数えてみると、トータルの休祭日は日本よりもかなり少ないようです。
余談 ----- WHOアトラス乳腺第四版について
Dr.Tanによると、現行の第三版に代わるWHOアトラス乳腺第四版の出版は、やや予定より遅れて来年(2012年)の後半になるだろうとのことです。つまりそれは、もしかしたら2013年にずれ込むかもしれないということか?と聞いたら、さすがにそれは避けたいわねえ、と笑いながら答えてくれましたが、まあだいたいそんな感じらしい。今年九月にリヨンで会合が開かれ、それから一年くらいかけて出版になるそうです。ちなみにDr.Tanに加え、昨秋のSGH病理セミナーでレクチャーされたDr.Lakhani、およびDr.Ellisも第四版のeditorに入っていますので、昨年や今秋(予定)のセミナーでのレクチャー内容が第四版に準じたものになるのはまず間違いないでしょう。繰り返しになりますが、ぜひ日本から一人でも多くの参加があれば、と思います。
さらなる余談 ----- 2005年を境に
まわりの専門医(コンサルタント)達にインタビューをしたり話をしたりしていると、2005年あたりを境にシンガポールに移住してきた人が多いのに気付きます。あまりにもその割合が高いので、それ以前はいったい何人いたんだろうかと思うくらいです。
で、この2005年というのはDr.Tanが検査部のチーフになった年ですので、もしかしたら彼女が積極的に呼びかけて世界中から人を呼び寄せたのかと思ったのですが、直接この点を聞いてみたところ、さすがにこれは彼女の一存ではなく、病院としての戦略だったようです。曰く、ちょうどその頃にシンガポール国内に他の国立病院がいくつか新しく設立されて、元々手薄だったこの病理部から病理医が何人も引っこ抜かれてしまい、とても育成が間に合いそうになかったから世界中から病理専門医を呼び寄せることにした、ということらしい。なるほど。Dr.Tanは、「チーフになったタイミングが悪くて、私は最初から無茶苦茶忙しいのよ。まったく。」と、標本の山に囲まれながら豪快に笑い飛ばしていました。
しかし、それにしてもそういう人材不足時にパッと敷居を下げて他国の人間を呼び寄せられる、シンガポールというか英連邦の柔軟なシステムと医師資格がうらやましいですね。Wikipedia曰く、「英国の医師免許は国際免許のような性格を持っている」。日本ではまずこういうことは無理でしょう。いくら人材が足りなくても、言語・資格・国民感情・社会システムの壁が大きく立ちはだかります。
それはともかく、2005年に人材不足だったSGH病理部は今や50人近くの病理医が働く大部門となっているわけで、私がここでこれまでにもちょくちょく書いてきたとおり、まさに五年ひと昔の時代なのだと実感させられます。と同時に、爆発的なグローバル化に伴うこの時代速度に、情報の面で未だ半鎖国状態にあるとも見える我が国が(医学医療に限らず)はたして付いていけるのだろうか、ここシンガポールにいると、いつもそんな不安に駆られます。我々の身のまわりで、五年前と比べてドラスティックに変化した社会システムが、はたしてどれくらいあるでしょうか。
例えば、以下は本日たまたま目にした某ブログ記事よりの抜粋ですが、私にはいずれも的を射ているように見えます。やや極端かもしれないが、シンガポールに来て国境を国境とも思わぬフットワークの軽い人達に日常的に接していると、これらの指摘が的外れとはとても思えないのです。
・日本がこの20年、立ち止まっているうちに、世界は大きく変わってしまった。
・英語ができないと、今後の世界では「二級市民」になってしまう。
・(しかしながら)ハーバード大学に昨年、入学した日本人はたった1人。
・グローバルなビジネスの中では、もうほとんどの日本企業が終わっている。
・救いがたいのは当の日本企業に危機意識がなく、新卒一括採用などの古いシステムを漫然と続けていることだ。
・大部分の日本企業の余命はあと10年もないだろう。
・いま就活している学生は、沈んでゆくタイタニック号の1等船室に乗り込もうと競争しているようなものだ。
・若者は沈んでゆく船から脱出して自分だけでも生き残る方法を考えるしかない。
SGH滞在もあと半月ほどとなりました。SGHでは全てのフェローにこのようなログブックをもたせ、三ヶ月ごとに提出させることになっています。赴任当初に研修の目標や週間スケジュールなどをかなり具体的に書かせ、その達成度合いを三ヶ月ごとに教育担当者と本人が話し合ってスケジュール修正や内容のチェックをし、さらにそれを各部門のチーフが評価・承認してからPGMIへ提出するという段取りになっており、実にしっかりしているなあと感心させられます。本人の満足度や習熟度をチェックすることが一番の目的で、参加した研究プロジェクトや学会・セミナーなどの発表回数、論文執筆数、習得した手技や経験などを記載する欄などが細かいのですが、それだけではなく、SGHの教育が本人の役に立ったかどうか、(各フェローの)自国のシステムと比べてどうか、さらに帰国二ヶ月後には実際に帰国してどの程度SGHでの研修が役に立っているかを報告させるページまであって、書く側からすると面倒は面倒なんですが、病院全体の教育システムについてかなり真面目にフィードバックしているようです。
以前にも書きましたが、SGHではこのPGMIという部門がそのような卒後研修を管理統括するためのほぼ完全に独立した組織として存在しています。日本だと教授会や講師・准教授陣の中に教育担当者会議みたいなものを作って、煩雑な情報収集や事務仕事までその人達に押しつけがちですが、ここSGHでは各部門の臨床医チーフたちの教育負担が過常にならないよう配慮されていると同時に、常に第三者的な立場であるPGMIに研修や教育内容をチェックされているようです。本日私はDr.Tanのサインと評価をもらったうえで自分のログブックをPGMIに最終提出し、同時に少し早めですが院内バッジも返却してきました。一週間ほどで、研修終了証明書が発行されるようです。この歳になって研修評価を受けたり終了証明書を出してもらったりする側に回るのは少々面映ゆいものがあります。もっとも私の場合は行動範囲が病理部だけなのでオペ歴とか外来担当数などの記載はありませんし、教育担当者=チーフなので教育内容の評価もへったくれもありませんし、実は三ヶ月ごとの提出さえさぼっていたというか忘れていましたが、それを叱責するはずのチーフが教育担当者本人ですので、これまたまったく不問でした。
ついでながら、一年前にはPGMIの窓口の人たちと話をする際にかなり苦労したのですが、今日は提出書類内容の説明やら今後の段取りの確認やらがとてもスムーズでした。会話内容が少なかったせいかもしれませんが、多少なりとも語学駆使能力が向上したのだろうと考えることにします。
(本文よりも長い余談)
旧正月前の話ですが、Dr.Tan経由で外科の先生から、とある呼吸器疾患に関する日本語文献の要約を依頼されました。某学会誌の五~六ページの症例報告でしたが、かなり珍しい疾患で文献数が少ないので参考にしたかったのだろうと思います。Abstract(英文)では簡単すぎてわからないので、内容をもう少しきちんと紹介して欲しいとの依頼でした。
しかし、相手がこの文献のどの辺りを細かく知りたがっているのかが今ひとつわかりません。下手な要約をするとまったく意味が無くなりそうなので、日星友好のためとサービス精神を発揮して、結局全文を英訳しました。というか、どこを要約するかに悩むくらいなら全訳の方が手っ取り早そうだったので。ところが、そんなに長い論文ではないので三時間くらいでできるかと思ったのに、やってみたら(病理ではなく)内科的な内容が多かったせいもあってほとんど丸一日かかってしまい、まるで短い論文を自分で一つ書いたような気分になりました。けっこう大変でした。
このような長い翻訳作業をしたのは初めてですが、意外と難しいなあというのが率直な感想です。内容的に細かい知識と正確な専門用語の使用を要求されるというのもありますが、それ以上に今回は原文の日本語が少しわかりにくくて、自分が脳内で校正してから英訳しているような感じになってしまいました。あまり望ましいことではないように思いますが、書いた本人に直接聞くわけにもいきませんので仕方がない(十五年ほど前の論文です)。レビューと英訳を同時平行でやっている気分でした。若い医師に習作として書かせた論文なのかもしれませんが、たとえ日本語の論文であっても、上司はもう少しきちんと日本語の文章をチェックしてやってほしいなと思いました。もちろん、(いつものことながら)自戒を込めて。
それはさておき、最近医療翻訳とか医療通訳などといった仕事が注目されているそうですが、こうして自ら経験する貴重な機会を得てみて、これらの仕事はかなり大変だということがわかりました。これまでにも書いてきたとおり何回か病棟に呼ばれて通訳の真似事もやってきましたが、今回のような翻訳の場合は通訳ほどには時間的に切迫していないかわりにかなり細かい内容を英訳することになるわけで(論文ですから当然です)、これまたそれなりの知識や経験がないと務まらなさそうです。しかも、こうして偉そうなことを書いているものの、私の英語能力では必要な情報を相手に伝えることはたぶんできていると思いますが本当の意味での「まともな」英文にはなっていないはず。ボランティアであれば感謝されるレベルですが(実際、後日丁重なお礼のメールがきました)、お金を取った上での仕事であれば、たぶん英文クオリティの面で却下されるでしょう。実際のところどの程度の需要があるのか知りませんが、医療通訳・医療翻訳の本物のスペシャリストは、ものすごく希少なのではないかという気がしました。我が国の病理医の待遇には多少の不満がありますが、しかし私の語学能力では残念ながら転身してこれらで食っていこうという気にはとてもなれません。
ただし、もしも日本語の文献を英語に訳すサービスがあれば、意外と需要が多いのかもしれない、とは思いました。日本語でしか書かれていなくても内容的に素晴らしい論文というのが、実はけっこう埋もれているはずです。その手の論文を発掘して英文化する作業というのは、地味だけれどもしかするととても価値のある作業ではないかという気がしました。少なくとも海外からの依頼があったときにそれを提供するサービスというのは、金銭的にペイするかどうかは別にして、やりがいという点ではなかなか良い仕事ではないかという気がします。もちろん、言うのは簡単でもやるのは大変でしょうが。
予定日時:2011年11月4-5日(金・土)
場所:Singapore General Hospital
(具体的なテーマや招待講演者などの詳細は未定)
まだ詳細は決まっていませんが、日程は上記で決定です。また、昨年のセミナーはやや手狭だったので、今年は院内にもっと広い会場を確保したそうです。私は本ブログ中で昨年のセミナーについて11カ国からの参加があったと書きましたが、最終的には14カ国だったそうです。恐らく来年はさらに人数が増えるでしょう。興味を持たれた先生方は、どうか上記日程を空けておいてください。臨床細胞学会終了後なので、私も参加できるはず。
Dr.Tanはこのセミナーにかなり入れ込んでいる様子です。当然私にとっては今後とも貴重な情報収集の場というかhuman network形成の場となりそうですが、大の親日家であるDr.Tanも、このセミナーが(これまで比較的機会の薄かった)日本との交流の場になれば、と常々言ってくれています。いつも書くとおり、シンガポールはコスモポリタン国家であり、経済的に東南アジアで突出しているのみならず、多くの国の優秀な頭脳が集っており、また香港を始めとするアジアおよび英米豪との交流も非常に活発です。ここシンガポールとコンタクトを取ることにより世界がうんと近くなるというか、世界との繋がりを実感できるようになると思います。欧米よりも距離的・文化的に近く、時差もほとんどない、きわめて親日的な医療先進国です(医療に限りませんが)。特に若い世代の先生方は、どうかぜひ一度は足を運んでみてください。「百聞は一見にしかず、百見は一考にしかず、百考は一行にしかず」、です。
なお、11月1-3日(火・水・木)の三日間で、リンパ腫をテーマにして同様のセミナーを開くようです。こちらも詳細は未定ですが、恐らく今後はbreast+他臓器の組み合わせで開催していくつもりなのではないかと思います。なお、現時点では今年のセミナーの詳細サイトもまだ作製されていませんが、今後情報が入り次第、随時本ブログ上でご紹介していくつもりです。
(二月末の帰国後も、本ブログはしばらく閉鎖せずに続ける予定です。)
追記)
いつも感じることですが、こういった場で交わされる日常会話がいちばん難しくて、哀しいかな私の語学力ではまだ何についてしゃべっているのかさえ分からないことがありますが、まあこれは今後の課題として、帰国後も英語のトレーニングはきちんとやっていこうと思っています。実を言うと私は語学のトレーニングが心底大嫌いで、昔から本当に肌に合わないのですが、でもまわりを見回したらもはやそんな甘えたことを言っていられる状況でないことだけは、この一年間の滞在でよーくわかりました。いちばんの収穫だったかもしれません。(今頃こんなことを「理解」しているようでは、遅すぎるのですが。)
それにしても、こうしていろんな人がしょっちゅう食事に誘ってくれるのは本当に嬉しい。今日もお金を出させてくれなかったので、逆に彼らが来日したときにはいっぱい奢ってやらなくてはなりませんが、それはともかくとして、自分で言うのも何ですが日本からの第一号親善大使としての最低限の役割は果たせたのではないかと思っています。もともと彼らはとても親日的ですが、恐らく私の来星によってさらに日本という国に興味を持ってくれたことでしょう。次に続く人のために、年齢の上下を問わず人的交流を深めることも私の大きな目的の一つだったので、この点ではホッとしています。少なくとも次の人にとってマイナスとなるような悪い印象は与えていないはず。
本ブログを読んで興味を持った若手の医師が(病理に限らず)シンガポールとの交流を持つようになり、さらに可能であれば短期でもSGHに勉強しに来てくれることを、Dr.Tanともども願っています。
二月の第一週は旧正月です。中華系が多いシンガポールでは、元旦の一月一日よりもはるかに大々的にこれを祝います。その旧正月を前にして、若いレジデント達がちょっとした昼食会に招いてくれました。東南アジアに住む華人の伝統料理というかお祝い儀式だそうです。野菜類が盛られたお皿の上に魚の刺身を乗せて、調味料を加えつつ皆で箸でかき混ぜ、その際に新年のお願い事を唱える、というものです。お願いを唱える言葉は、若いこの世代だと既に全て英語ですが。ちなみに中国本土にはこの伝統はないそうです。(この料理は、Yusheng「魚生」、というそうです。)
どこの国でも同じでしょうが、自国が平和でイケイケドンドンの時代に育っている若い世代は、実に屈託なく明るい。政治や経済にもほとんど興味はないようで、たまに少し話題を振ってみてもレスポンスはほとんどありません。リー・クアン・ユーについても、私の方が彼の政策や政治哲学については詳しいのではないかと思うくらいです。このあたりの話を上の世代、例えば先日タイに同行したDr.Normanあたりに振ろうものなら、それこそ堰を切ったように話し始めて延々と止まらないでしょう。まあ、私の英語力だとそれはそれでかなり苦痛なのですが。
もっとも彼らはまだ下積み時代ですから、専門の勉強だけでもかなり大変でしょうし、またそうでなくてはならない時期だとも思います。ふだんの教室内の発表を見ていても、よく勉強しているのはわかるんだけれど、発表技術の点でまだ若干稚拙な面が見受けられます(日本のレジデントと大差ありません)。でもそのうちにきっとこの中から光り輝く人材が出てきて、将来のこの国の病理診断を支えていくことでしょう。この人数ですからさすがにこの一皿では少し足りず追加でピザも取ってあり、それをつまみつつ少し談笑してお昼のひとときを過ごしました。若い彼らまでが、もうすぐ帰国する私をわざわざ呼んで参加させてくれたことには本当に感謝です。
SGH検査部では、毎年旧正月直前のこの時期に、土曜日の午後を使って全体のランチパーティーが開かれることになっています。常日頃は、私に限らず病理部の人間がそれ以外の人と会う機会があまりなくて、こうして一堂に会するのはこの時くらいらしい。会場はヒルトン・ホテル。このように、予想以上の大人数でした。輸血部なども含まれており、総勢百名以上となっています。各部門のチーフだけで、十人ほどいました。とても覚えきれません。1700床ほどもある大病院(群)ですから当然と言えば当然なのかもしれませんが、ここSGHではいつもそのスケールに圧倒されます。
Dr.Tanは、2005年以来この検査部全体を統括する立場にあります。就任当時まだ四十を少し超えたばかりだったことを考えると、いかに彼女がまわりから高く評価されているかがよくわかります。伝え聞くところによると、やはりこれはSGHでもかなり異例の大抜擢だったらしい。こういう天才的な人物をきちんと評価し、年齢と関係なくこういうポジションに据えてその能力を引き出すことができるこの国のシステムは、本当に素晴らしいと思います。ランチのあとは、ご覧のとおり仮装大パーティーとなり、まるでディナーパーティのようでした。席上、Dr.Tanからアナウンスがあり、新棟への移転は2013年一月となったようです。当初の予定では2011年末か2012年前半だったので若干遅れていますが、既にビルの工事は始まっており、大きなクレーンが昼夜を問わず何台も稼働していますから、もうこれ以上の延長はないでしょう。恐らく来年2012年後半あたりから、徐々に細かい移動が始まるのではないでしょうか。
前にも書いたと思いますが、新棟は13階建ての大きなビルです。それを聞いた当初の私は、13階建てとはいくらなんでもちょっと大げさじゃないかと内心思ったのですが、徐々に検査部や病理部の内容がわかってくるにつれ納得できるようになりました。今日のこの人数を見ると、むしろそれくらいが妥当だろうと思うくらいです。そもそもその新棟は名称からして「Pathology Building」で、いかに病理を含めた検査部が高く評価され大事にされているかがよくわかります。と同時に、(こんなことを言っても始まりませんが)我が国の病理医が置かれている状況を思うと溜息が出ます。ちなみに、上記サイトを見ると、今でも十二分に新しくて大きいNational Eye Centerの拡充計画と、これまた十二分に大きいNational Heart Centerの新棟計画まであるようです。まさにイケイケ状態ですね。
これは私の予想ですが、移転と同時に現在けっこうあちらこちらに散らばり気味の各検査部門が一カ所に統括されますから、患者情報が集中するデータセンターとして一気に機能が高まるのだろうと思います。より高度なgenetic/chromosomal analysisなども、外注を受け入れることも含めて大々的にスタートするつもりでいるのかもしれません。
追記)
後日確認したところ、SGH検査部の総人員数は440人だそうです。(15th/Feb/2011)
やや唐突ですが、今夏の日本国内の講習会のお知らせです。
先日のタイで順天堂大学の松本俊治先生にお会いし、この夏に開催が予定されている東京国際病理診断講習会についてお聞きしましたので、この場を借りてご紹介させていただきます。元となるメインページは、こちらです。
詳細は上記いずれかをクリックしていただければわかりますが、開催予定日は今年七月9-10日の土・日です。M.D.Anderson Cancer Centerのスタッフを中心とする各種臓器の病理の専門家達が、丸二日間にわたってレクチャーされるそうです。会場は新宿の京王プラザ、会費は一万円ですが、大学院生や学生、臨床研修医、コメディカルは無料と、驚異的に良心的なお値段設定となっています。事前登録は不要とのことです。
SGHのボスであるDr.Tan、および香港のDr.Tseも二日目の乳腺の部門に登場しますので、ご興味のある方は是非ご参加ください。司会は松本先生ご自身がされて、英語がわかりづらい方々のためにはなんと日本語で補足されるご予定だそうです。基調講演は日本でもおなじみの、というかたしか既に日本に定住されているはずの、Steven G Silverberg先生です。Dr.Tanは、phyllodes tumorについて話されるらしい。以前こちらでも紹介したスタディの追加データが示されるのではないかと期待しています。(まだ半年先なので、データ解析はこれからだと思いますが…)
シンガポール並みの比率でとまでは言いませんが、日本でも今後こういう多国籍研究会がどんどん開催されるようになるといいですね。私は存じませんでしたが、この会は2009年にも開催されていたそうです。松本先生のご尽力には頭が下がります。
英語の勉強も兼ねて、などと言っては不謹慎かもしれませんが、特に若い先生方には絶好の機会になると思い、宣伝させていただきました。むろん私も突発的な予定が入らない限り参加させていただく予定です。会場でお会いしましょう。
昨年夏頃にDr.Tanから参加を打診されていたのですが、11月の病理セミナー以降まったくその話がなくなったので、その話は流れたものだと思っていました。ところが今年の年明けに、「例のタイの件だけれど、行ける?」と聞かれて、イエスと答えたら、「じゃあ、私の代わりにhistiocytoid cancerのことを喋ってきてね。」と、いきなり言われてしまったという次第です。
名簿によると出席者はタイ側が五十人超、日本側が34名、他にはインドネシア、ブータン、英国、香港が各一名で、シンガポールが二名です。なんかちょっぴり変な話ですが、私は名簿上はシンガポール側からの参加となっていました。もっともDr.Tanの代理ですから、当然なのかもしれません。
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さて、上述した通り今回私にシンガポールから同行してくれた病理医のDr.Normanについて、少し紹介させてください。彼は香港生まれのカナダ育ち、中東で十年間ほど仕事をしてからシンガポールへ五年ほど前に移住してきたという経歴の持ち主です。現在の国籍はカナダ。中華系カナダ人ということになるのでしょうが、驚くべきは彼の語学能力で、香港で広東語と中国語、英語を学び、カナダへ十五歳で移住してからはフランス語も学び、大学ではドイツ語(ドイツ人の同僚と病理の仕事をドイツ語で問題なくこなせるレベルらしい)、さらに中東(サウジアラビア)に渡ってからはアラビア語もほぼ完全なレベルで使えるようになったそうです。ここまで高い専門レベルでこれだけ多彩な言葉を使いこなせる人間は、さすがのシンガポーリアンにもそうたくさんはいないと思います。
恐ろしいことに、もうすぐ六十歳になるという彼は自らの七つ目の言語としてスペイン語か日本語にターゲットを絞っているらしく、私にもしょっちゅう、これは日本語で何というのか?と聞いてきます。その習得能力の早さ、向学意欲の高さは、正直申し上げて脱帽どころか絶句ものです。少なくとも、この私などとは言語センスが根本的なレベルで全く違うと認めざるを得ない。同僚ですからふだんからしょっちゅう話はしていましたが、今回あらためて行き帰りや会場などでゆっくり話をする機会を得て、世の中にはこんな人間がいるのかと、あらためてびっくりさせられました。数年後に会ったら、日本語とスペイン語を両方自由に使いこなしているような気がします。
今後私がいくら努力しても将来ここまでたくさんの言葉を使いこなせるようになるとはとても思えないのですが、それにしてもこのDr.Norman、あるいは香港から招待されたDr.Gary Tseあたりの英語駆使能力を見ていると、さすがに焦りを感じずにはいられません。ちなみにこの二人同士が話をするときは、広東語(日常会話)と英語(専門的会話)を交互に使い分けていました。同郷の二人が話すときでも、専門的な話をするときには英語です。いつも書くとおり、これはシンガポール国内の中国系あるいは広東系病理医同士でも同じです。
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ドイツの考古学者、ハインリッヒ・シュリーマンが語学の達人で十数カ国語を自由に操ったというのは有名な話ですが(私が昔読んだ本には25カ国語と書かれていましたが、さすがにちょっと誇張があったようです)、シュリーマンの語学習得法とは、ひたすらに「音読+暗唱」に取り組むことだったそうです。
曰く、
(1)非常に多く音読すること
(2)決して翻訳しないこと
(3)毎日1時間あてること
(4)つねに興味ある対象について作文を書くこと
(5)これを教師の指導によって訂正すること
(6)前日直されたものを暗記して、つぎの時間に暗誦すること
うーん、なんかあまりにも当たり前すぎて、まるで剣術の達人になるためには毎日素振りを千回やりなさい、と言っているのと同じような気がしますし、実際こんな方法を日本人が真似するのは危険だ、などと主張するサイトも見つけましたが、でもいずれにしても音読と作文と暗記、さらに(日本の学校英語教育の大きな問題点ですが)外国語を逐一自国語に訳さないこと、といったあたりは、一考に値するのでしょう。
今回、日本から参加されて英語で発表されていた日本の先生方にお話を伺うと、あまりふだんは大っぴらにされてはいないものの、常日頃からコツコツかなり地道な努力をされているようでした。やはり、そういう日常的な努力は必要ですよね。私より年配の先生方がそういう努力をされているわけですから、下の世代も見習わなくてはならないとあらためて思わされました。
これもいつも書くことですが、グローバル化の波が世界中に一気に広がったこの五年十年の間に、英語という(種々の高度専門家にとっての)共通言語の持つ重要性が、20世紀よりもはるかに大きくなってしまったと痛感せずにはいられません。正直なところこれは日本人にとってはとてもやっかいな逆風なのでしょうが、もはや言い訳を口にする前にどんどん前向きに取り組まないと本当にまずいなあとあらためて感じます。深い自戒を込めて。
本ブログは最初から読者対象をかなり限定しているので、週に十件もアクセスがあれば充分というつもりで始めましたが、思ったよりも多くのアクセスがあり、意外でもあり、もちろん嬉しくも思っています。アクセスしてくださった方々に感謝しています。私はもうすぐシンガポールを離れて帰国することになりますが、本ブログ内容についての感想・意見等あれば、帰国後でも構いませんのでぜひお願いします。むろんコメントでも私信でもけっこうです。ちなみに私の滞在予定は二月いっぱいです。
1.初等教育六年間
①最初の四年間=foundation stage
②終了後に試験があり、上中下(EM1/2/3)にランク分けされる。
(EM1では英語以外に母語として上級中国語/上級マレー語/上級タミール語を学習できるが、EM3では基礎英語と基礎母語しか学べない。)
③残りの二年間=orientation stage
2.中等教育四年間
①六年間終了後に教育修了試験(PSLE)を受け、また上中下の三ランクに分けられる。(スペシャル/快速/一般の三コース)
②上ランクのスペシャルコース者では上級英語の他に上級中国語/上級マレー語/上級タミール語を学習できる。他の二コースでは上級の学習はできない。
!ただし、下ランクの一般コース者も四年間の中学教育終了時に受けるGCE-Nレベル試験で優秀な成績を収めた者に限り、中学五年生に進級でき、上位二ランクの生徒達が四年間の教育終了後に受けるGCE-Oレベル試験を(一年遅れで)受けることができる。
3.高等教育
四年あるいは五年後にGCE-Oレベルに合格した者は、下記のいずれかに進学する。
(1)ジュニアカレッジ(二年間)
(2)中央教育機構(三年間) ・・・・専門学校および職業訓練学校と考えて良いようです。(ブログ主注釈)
4.大学教育
これらの終了後にGCE-Aレベル試験を受験し、その成績が良ければ、
(1)シンガポール国立大学(NUS)
(2)ナンヤン技術大学(NTU)
に進学できる。むろん、この段階で海外留学する学生も多い。
付記)男子には18歳から二年間の兵役の義務がある。
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他国の、それも子供の教育システムなどにはあまり興味を持たれない方が多いと思いますが(私もふだんはさほど興味がありません)、それでもあえて、しかも今頃になってなおこれを書いたのは、やはり相当な初期から彼らが競争社会に身を置いているということを紹介しておきたかったからです。小学校でランク分け、中学校でもランク分け、ただし下のグループでも成績が良ければ後年になって上のグループに行けるという、敗者復活戦的なシステムもきちんと用意されています。つまり、一度落ちたらそれっきりではなく、チャンスが何度も用意されているということです。
さらにもう一点、この国に必須である言語教育も、やはりその子供の頭脳レベル(敢えてこう言ってしまいますが)に合わせて初期教育の段階から選別されているのだということがわかります。私の周りには四カ国・五カ国語あやつる人間がゴロゴロいて、私は当初それはシンガポールだから当たり前なんだろうなと思っていましたが、この流れを見ると実はそういうことではなくて、やはり彼らが子供のころから優秀でそういう学習環境に身を置いてきたからなのだろうと理解できました。ふだんはまったく意識しませんが、私のまわりにいるのはこの国でもトップクラスの頭脳の持ち主というか成績優秀者なのでしょう。(まあ、それを言えば日本でも医学部に入るのは難しいわけですし、前にも書いたとおり実際最近の医学部学生は本当によく勉強しているなという印象を持っています。)
もちろん、子供のころからここまで試験の連続で能力別にコースを分けてしまうことには当然デメリットもあるでしょうが、しかしこれを見てしまうと、日本のようにほとんど全員が同じコースを歩ませるのも、行き過ぎた平等主義のように思えてきます。(最近になって大学の飛び級が認められたようですが、数も少なくかなりまだ限定されているようです)。
私は大学の講義は受け持っているものの決して教育システムの専門家ではないので、事実を示すのみでこれ以上のコメントは差し控えることにしますが、ある国のことを理解しようと思ったときには、その国の教育システムを理解しておくことは意外と重要なのではないかという気がします。
P.S.
ネット上を探してみたら、シンガポールの教育システムを図示されたサイトもありました。書き上げてから探したのですが、最初からこちらをご紹介した方が良かったかもしれません。
現在SGH病理部で用いられているデジタルスキャン・システムをご紹介します。
SGH病理部では、各人(専門医)が日々診ている標本の中で、教育的な症例、典型例、疑問例、難解例などをピックアップして、それらを全てスキャン · 保存しているそうです。年間総スキャン枚数は、数千枚にのぼるらしい。バックアップ管理だけでも大変ですね。これが機器の外観です。見ての通り aperio 社製で、2009年に導入されたようです。その時点では、同社のこの機種しかなかったらしい。以前にも書いたとおり、同社はデジタルパソロジー(DP)において先陣を切った会社だそうです。
ただ、スキャンシステムをaperioにしたから、来たるべきDPシステムすべてをaperioにするかとなると、必ずしもそうもいかないようで(後発二社の方が使い勝手が良さそうという声も聞きましたが、実際には一長一短があるのでしょう)、以前にも書いたとおり、現在シンガポールでは omnyx、Philips といったあたりの会社との間で激しいシェア争いが始まろうとしている模様です。調べてみるとこのaperio、既に日本法人も立ち上げているようです。日本国内でも戦いは既に始まっているのでしょう。
スキャンする前には、一枚ずつラベルを打ち出して手で貼り付け、さらに、当然ですがこのように一枚一枚丁寧に汚れをとるという手作業が必要です。ここSGHでは上述したとおりスキャンする枚数が既に相当に多いので、半ば専任のような形で技師が一人配属されています。私は直接知りませんが、当然日本国内でも既にこういうシステムをとっている病理部は少なからずあるでしょうね。
左写真のようにプラスチックケースに順番にプレパラートを入れていって、まとめてスキャンするようになっています。右写真は、機器の内部写真。手前の黒く写っているのが標本をセットするプラケースです。中が意外とスカスカなのですが、考えてみれば一枚ずつピックアップしていくわけですから、空間が必要なのは当然かもしれません。
次いで、ディスプレイ上に映し出される標本ケースからスキャンすべきものを選び(左写真)、さらにプレスキャンされた標本からスキャンする部分を選択します。通常のスキャナと同じです。ですから、一枚あたりがどれくらいの容量の画像データになるかは、元の標本によってかなり違ってきます。
ご参考までに、今週私がスキャンしてもらった乳腺症例20例(切開生検)は、準備に十分ほど、スキャンするのに十五分ほどかかり、トータル容量は10ギガでした。一昔前では考えられない速度と容量ですね。
日本と違って年末年始はサラッと流す感じのシンガポールですが、よりによって元旦一日の晩に早くも病棟からコールがありました。私は病理医ですから患者さんを受け持つことはないのですが、以前にも書いたとおり日本人の患者さんが入院されたときにはちょくちょく通訳係として病棟から呼ばれます。今回のコールがたしか五人目。(実際に病棟に足を運んだ回数は、きちんとは数えていませんが三十回は超えていると思います。)
二日の昼間と本日仕事始めの三日の昼間に病棟に足を運びました。今回の患者さんは中国在住のご夫婦で、年末年始のお休みにたまたまシンガポールに来ていて、その間に発症したという状況です。悪性疾患ではありませんが、少し入院期間が必要となりそう。問題は既往の病気がいくつかあって(いずれも軽症ですが)薬を数種類飲まれていることで、薬のリストは持ち歩いておられるのですが、すべて日本語なので主治医がそれを理解できず、すべて私が英訳することになりました。
薬の英訳依頼はこれで二度目です。幸い今はgoogleがあるので、和名を入力すればすぐに種々の情報が入手できますが、一昔前だったら大変に苦労していたことでしょう。ただ既往歴もやや複雑な方だったので、家族歴も含めて落ちがないよう注意しつつ聴取して英訳することになり、なんか二十年ぶりに病棟実習をしている気分になりました(苦笑)。
外務省データによると、海外在住日本人は百万人超で、渡航者は年間千五百万人だそうです。この中にはふだん薬を服用されている方も少なからずおられるでしょうから(私が担当しただけで既に二人目ですし)、海外へ出るときには和文の説明書だけではなく英文の説明書、さらに可能であれば簡単な英文病歴書を用意しておく方がいいような気がします。こういうことはあまり患者任せにせずに、日本の医療機関側がもっと積極的に啓蒙するべきかもしれませんね。
P.S.
まったく話が変わりますが、初出勤直前の二日の晩にはDr.Tanからメールで、「○○Journalにレビューを出すんだけれど、内容をチェックしてコメントしてくれない?」と、原稿付きのメールが送られてきて、こいつも一気に正月気分を吹っ飛ばしてくれました。私が自分の論文を彼女にチェックしてもらおうと思っていたのに、先を越されてしまった。実はこの原稿の参考文献の多くは彼女に頼まれて私が検索・ダウンロードして渡しておいたのですが、あっという間に読み終えたばかりか、原稿まで短期間に書き上げてしまわれました。当たり前のことではあるのですが、読む速度、書く速度が絶望的に違います。こちらは彼女に文献を渡すより前に書き始めた自分の論文でさえ、まだ八割程度しか書けていないのに。
食事会ですからワイワイにぎわうのは当然ですが、それにしてもこの職場の雰囲気は明るくてアットホームだなあと、いつも感じます。ボスのキャラクターによるものでもあるでしょうし、何よりもギスギスせずに済む程度の仕事量だというのが大きいように思います。ボスだけは常にとても忙しそうですが、それでも先々週から先週にかけて一週間ちょっとの休みをとって家族で中東方面へ旅行されていたようです。医療現場に限らず、日本でこういう職場環境が整うのは、いったい何十年先のことでしょうね。ため息が出ます。
今年は日本もアメリカも非常に寒い冬となっているようですが(アメリカのニュースは連日そればかりです)、皆さまどうか良い年の瀬をお迎えください。
さて、前回の私の質問に対するDr.Schnittの回答です。
1.How can we strictly define the "apocrine type" of PLCIS?
→ これは大切な問題で、典型的なアポクリン上皮というものが存在することは確かだが、非アポクリンとの境界をどう定めるかは現時点では厳密に定義できない。GCDFP15やAR/ERなどのマーカーにも例外が多く、(少なくとも単一では)定義として使えない。今後の課題だと思う。
2.Are atypical (or non-atypical) apocrine cysts beside apocrine type DCIS/Carcinoma essentially "apocrine type" variant of FEAs?
→ (大きく何度も頷きながら)大変に良い質問だと思う。本日話したようにER陽性癌の前駆病変がFEAであるらしいことはわかってきたが、ではER陰性癌の前駆病変は何かということになるとまだ誰もそれを突き止めておらず、一つの大きなテーマになっている。ただ、近年アポクリン化生上皮の一部がその前駆病変である可能性を示唆するデータが出てきているので(筆者注:先日の記事中Figure参照)、あなたが言うとおりアポクリンDCIS周囲に散在する嚢胞状病変が FEA, apocrine variant とでも言うべき病変である可能性は十分にある。ただし、現時点においては、「apocrine variant of FEA」という言葉や概念は、まだ無い。
というわけで、残念ながらあまりすっきりとした回答は得られなかったのですが、逆に言えばこのあたりがまさに現時点での大きな問題点なのではないでしょうか。いずれにせよ、アポクリン病変について、我々病理医は今後も注目していく必要があると思いました。2.については、きっと既にどこかで誰かが microdissection にて遺伝子変異を調べているだろうと推測します。
なお、LCISにせよCCLにせよ流行のトピックスですので先月のSGH病理セミナーの講演内容とoverlapする部分が多かったのは当然ですが、講演内容やスライド写真を見ながらの私の印象としては、先日の英・豪の先生方と今回の米国の Dr.Schnitt の間には、用語の使い方や疾患概念において大きな差異がないと感じました。英語圏同士ですので、当然かもしれません。
------------------------------------------------------------------左写真は、昼休みに研修医達と昼食をとりつつざっくばらんに話をしているDr.Schnitt。このような機会がしょっちゅうある環境の素晴らしさを彼らが本当の意味で理解しているかどうかはわかりませんが、とにかく言葉の問題がほとんどないことは本当に羨ましい。正直なところこういう雑談混じりになると、悲しいかな私の英語駆使能力ではついていけない場面がちょくちょく出てきます。
なお、この二日間にわたる乳腺の講演とは別に、直後の週後半には今度は腎病理で有名なUCLAの Dr.Arthur H. Cohen が来られてレクチャーをされる機会があり、実を言うと私はふだんあまり腎病理には馴染みがないのですが、せっかくのチャンスなので参加させていただきました。東海岸の次は西海岸、という感じですね。
(余談ながら、Dr.Tanは乳腺・前立腺が専門というか、論文や研究はこの二つの分野が主なのですが、日常的にはほぼ全臓器の難解例の最終判断が彼女に回ってきており、たとえば私が彼女の部屋で一緒に鏡検してもらっているときでも、ひっきりなしに他の病理医が相談にやってきては難解例の最終判断を仰いでいます。傍目から見ても、とても忙しそう。特に腎生検(腎炎)については、SGH病理部でも診断できるのが3~4人でそのうちの一人が彼女なので、かなりの件数を診断されているようです。さすがに骨軟部やリンパ腫の難解例はそちら方面の専門家にほぼ任せていると思うのですが、確認はしていません。)
いつも思うことですが、このように本病理部の環境は研修医が学ぶ場としては実に素晴らしく、羨ましい限りです。そもそも日本だったら平日の日中に数時間に及ぶレクチャーを聴講すること自体がなかなか難しいですよね。ちなみにこの週の二つのレクチャーは、金銭的にはいずれも病理部レベルあるいは国レベルではなく、SGH(病院レベル)が出資しているとのことでした。ついでに言うと、先月の乳腺病理セミナーはスポンサー企業と出席者の負担でまかなわれており、病理部およびSGHの負担は無かったそうです。
残念ながら初日はカメラを持参し忘れたのでスライド写真がないのですが、二日目は要所要所でスライドの撮影をしたので、簡単に紹介します。CCC, CCH, FEAの説明です。スライドをクリックして大きくすれば読めるので、それで内容が分かると思いますが、要するに良性病変では核が細長く基底膜に対して垂直に配列するのが特徴であり、その細胞層が二層以上になったらCCCがCCHになる、そして核が丸みを帯びてきて極性を失ってきたらFEAとする、ということです。
FEAと鑑別すべき疾患が左写真のスライドに示されており、具体的には小嚢胞、アポクリン化生、CCC/CCH、ADH/DCIS といった病変です。さらに、まずアポクリン化生との鑑別が右写真にて説明されています。
これらは、CCC/CCHとFEAの違いを示した写真です。左の二枚では前二者の方が管腔構造が不規則で、FEAの方が円型度が高いことが示されています。右の一枚では、さらに核所見の違いも説明されていて、個人的にはこれはなかなかわかりやすいスライドだと思いました。
これらのスライドは、CCLがどういう生物学的態度をとるかということを説明しています。症例数が少ないので参考程度だそうですが、FEAでも癌化リスクはそれほど高いわけではないことが示されています。ただし、右スライドにあるようにFEAが針生検で見つかった場合には病変切除が望ましく、さらに切除されたものについては多切片を作って ADH/DCIS が無いかチェックする必要がある、とのお話。
これが結語の二枚で、要するにFEAはADHやlow-grade DCISの前駆病変らしいが、癌化率はさほど高くないようだ、ただし近傍にこれらの病変が存在することがあるから注意が必要である、今はとにかく over treatment しないように、という内容です。
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最後にアポクリン上皮について二つ質問をしましたので、その内容をご紹介しておきます。
1.アポクリン型のPLCISは非アポクリン型に比べて遺伝子変異が多くER陰性率も高いとのことから、恐らくこの両者を分けて考えることが重要になるであろうという点は理解できる。だが、アポクリン型というのはどのように定義するのか?典型例ならば問題ないが、両者の分類は形態的に必ずしも容易ではないと思うが、どうだろうか。
2.LG-DCISにFEAが隣接することが多く、両者の遺伝子変異に共通点で多いことからも、FEAがADH/LG-DCIS前駆病変になっているであろうことは理解できる。では、同様にして apocrine DCIS に隣接して存在する apocrine cyst は、FEAのアポクリン化生版なのであろうか?アポクリン癌周囲では、その核異型が徐々に弱くなっていってほとんど異型のない apocrine cyst に連続していくことがあり、どこまでが腫瘍なのかわかりにくいことが少なからずあるように感じている。FEAの"apocrine variant"というものは存在するのだろうか?
Dr.Schnittの回答は、次回にします。
(続きます)
今週は米国ハーバード大から Dr.Stuart J.Schnitt がSGHへ来られていて、私も彼の二日間にわたるレクチャーを受ける機会がありましたので、簡単にそのご報告をします。乳腺生検のこの教科書の著者と言えば、ピンと来やすいかもしれません。
初日のテーマはLCIS、二日目のテーマは columunar cell lesion でした。幸いなことに Dr.Schnitt の英語は非常にクリアでわかりやすく、プレゼンの仕方が見事なこともあり、内容についてはほぼ完全に理解できたと思います。いつも思うことですが、私の場合英語では日常会話が一番難しく、専門のディスカッションが一番気楽です。世間ではよく日常英会話レベルなどと言いますが、日常会話に不自由しないというのは、実はかなり高い語学レベルのような気がします。
さて、LCISのレクチャーは半分近くが pleomorphic LCIS (PLCIS)/LCIS with necrosis の話でした。ER陽性率が低く、Ki-67 indexやHer2陽性率が高いのを特徴としており、特に apocrine type にその傾向が高いということがこれまでに報告されています。臨床的性格はむしろDCISに近いと考える研究者が多いようですが、その扱いについて classical LCIS に準ずるべきか、あるいはDCISに準ずるべきかの議論には、まだ結論が出ていないようです。
ここでまたアポクリン化生が出てきました。先日も紹介したとおり、近年アポクリン化生上皮は high-grade malignancy との関連が注目されています。我々病理医はアポクリン化生=良性という感覚からなかなか抜けられないのですが、そしてもちろんそれがすべて間違いというわけでももちろんありませんけれど、特に(核)異型を伴うものについては判断を慎重にすべきではないかという考え方が徐々に増えてきているような印象です。Apocrine DCISの概念が定着したあたりから、どうもアポクリン上皮の解釈が混沌としてきている気がします。いわゆる ductal adenoma との異同を含め、まだまだ解決されるべき問題が残っているのでしょう。
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二日目はCCL (Columnar cell lesion) について。CCLは大きく三つに分けて、つまりCCC (Columnar Cell Change)、CCH (CC Hyperplasia)、FEA (Flat Epithelial Atypia)、の三つの用語を使い分けているとのことでした。日本では明らかな良性病変については BDA (Blunt Duct Adenosis) という名前がよく使われていますし、他にも同義語が多数ありますが、Dr.Schnitt は今はCCCという言葉に統一しているそうです。同じく、当初は clinging carcinoma, monomorphic type と報告されていた病変も(彼の講演によると、1972年のAzzopardiのテキスト中にこの言葉が最初に用いられたそうです)、WHOアトラスにあるように現在はFEAに統一しているとのことです。いずれの用語の使い方も、ここSGHと同じです。
(注)日本では、少なくとも最近は「clinging carcinoma」を high-grade のものに限定して使う傾向が強いと思いますが、元来はFEA相当の low nuclear grade 病変にも用いてきた言葉のようです。お恥ずかしながら、私は知りませんでした。
後半の話の主体は、やはりこのFEAになりました。FEAにはER陽性、Ki-67LI lowという特徴があり、またADH/LG-DCISやALH/LCISに隣接して存在することが多いために、近年はこれらの precursor と考えられています。現場でよく問題になることの一つに、例えばDCISに隣接してFEAが広がっているときに、このDCISのサイズにFEAを含めて測るか否かという点がありますが、Dr.Schnittは現時点では「含めない」と言っておられました。つまり、先日のDr.Lakhani(豪)と同じスタンスで、DCISと同様の遺伝子変異があっても癌とはしない、という意味ですね。ただし、針生検標本にFEAが含まれているときには、病変全体の切除を勧めているそうです。つまり、病変としては良性だが、悪性病変が隣接することが多いので周囲組織を観察する必要がある、ということです。MMT等でFEAが取り切れている場合は観察でよいとのこと。このあたりの解釈というか考え方は、日本国内のそれと同じだと思います。
(続きます)
今回参加された先生方、あるいは本ブログをご覧になって自分も参加しようと思われた先生方、どうかぜひご参加ください。もちろん私も参加するつもりでいます。セミナーの詳細については、今後わかり次第お知らせしていきます。
訂正追記)
セミナーの日程は、最終的には11月上旬、4-5日の金・土となりました。(7/Feb/2011記)
5.Paget 病の定義、捉え方
少し間があいてしまいましたが、(5)です。こちらに日本語の教科書類を一切持ち込んでいないのでうろ覚えなのですが、日本のPaget病の定義はかなり厳密で、表皮内に腫瘍細胞が存在することに加えて、乳腺本体内には少量のDCISがある程度で間質浸潤はあってもごく軽微なものに限る、というような感じだったと思います。しかし、こちらでは表皮内に癌が進展するとかなり気楽に(?)Paget病という診断名をつけます。
以下のような場合、どういう診断名にするでしょうか?
a) Paget cell が乳頭近傍の表皮内に広く進展しているが、乳腺内には一切癌成分が存在しない。
b) Paget cell が乳頭近傍の表皮内に広く進展しており、太い乳管にわずかにDCISが確認される。
c) Paget cell が乳頭近傍の表皮内に広く進展しており、乳腺内に広範なDCISが確認される。
d) Paget cell が乳頭近傍の表皮内に広く進展しており、乳腺内に広範なDCISおよび明瞭な浸潤癌が確認される。
e) Paget cell が乳頭近傍の表皮内に広く進展しており、乳腺内に明らかな浸潤癌のみが確認される。
私ならば、上二つのみを「Paget disease」と診断し、下三つはそれぞれ、「DCIS」、「IDC with extensive DCIS」、「IDC」と診断し、表皮内進展があることはコメント欄に記載すると思います(IDC = Invasive or Infiltrative ductal carcinoma)。規約に従い、Pagetoid癌と付記するかもしれません。しかしここSGHでは、全てに「Paget disease」の名前が診断欄に織り込まれます。具体的には、
a) Paget disease
b) Paget disease
c) (extensive) DCIS + Paget disease
d) IDC with (extensive) DCIS + Paget disease
e) IDC + Paget disease
です。つまり、日本の病理医は Paget disease を独立疾患としてかなり厳密に定義し捉えようとしているのに対し(規約の疾患区分でも、非浸潤癌・浸潤癌・Paget病と大きく三つに分かれていますね)、こちらでは一つの所見といった程度に捉えている印象です。その割には上記a)b)ではそのまま診断名にしているじゃないかと思われるでしょうが、その辺の言葉の定義については日本よりは全般に曖昧で、先日書いたとおりADHの捉え方も日本よりはかなり大らかですし、「DCIS with microinvasion」などといった書き方も平気でします。日本だったら、DCISとmicroinvasive ca.は違うじゃないか!と言われるかもしれません。
本件は主に言葉の使い方の問題で、実際の治療等については恐らくほとんど問題になることはないと思いますが、少し気をつけねばならないのは、Paget disease の頻度が両国でまったく違ってくる可能性がある点でしょう。言うまでもなく、上記のうちa)やb)はむしろ非常に稀ですから、c)d)e)をPaget病に含めるか否かで頻度が大きく変わるはずです。
なお、AJCCのTNM分類によれば、上記のうちa)のみがTis (Paget's) に相当し、他はそれぞれの癌の状態によって分類されます。TNM分類を念頭に置くと、日本の規約で非浸潤癌・浸潤癌・Paget病と分かれているのはやや不自然で、むしろ非浸潤癌の部分にPaget病を入れてしまってもいいような気がしますが、恐らく臨床像を重視してこういう分類になっているのでしょう。
注)
Paget病は、WHOアトラス等では「Paget disease」と記載されていますが、AJCCマニュアルやRosen、Tavassoliらのテキストでは「Paget's disease」と書かれています。WHOのeditorの一人がTavassoliであることを考えると少し驚きなのですが、まあこんなことはどちらでも良いのでしょう。このあたりも、我々日本人はやや神経質に過ぎるのかもしれません。なお、WHOアトラスには、「~ is almost always associated with underlying intraductal carcinoma」、「Paget disease of the nipple without an underlying carcinoma is rare.」等と書かれており、これらの記載を見ても日本の規約のPaget病とはニュアンスがやや異なるようです。
文献をあたっていたりして少し遅くなってしまいましたが、セミナー内容について、自分の興味を引いた部分を簡単に抜粋・紹介させていただきます。
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・先日の「私が感じる日本の診断基準との違い(4)」で彼らが慎重に対処していたと書いた問題のアポクリン病変症例は、最終的なプレゼンでは、「Intraductal papilloma with atypical apocrine hyperplasia」と、一応良性扱いになっていました。(すいません、組織写真を載せるつもりでしたが、まだ準備できていません。)
・こういった病変に関して Dr.Lakhani の解説がありましたが、要約すると、やはり現時点では結論が出ていない領域で診断が難しい、ということのようです。
・鑑別が難しい疾患については初日二日目ともに扱われていましたが、私は良性病変の中で特に難しいのはやはり microglandular adenosis (MGA) だと思いました。筋上皮が引き延ばされてほとんど消失してしまうので、筋上皮マーカーが役に立たないことが少なからずあり、しかも病変が脂肪組織内にも増生するので tubular carcinoma との区別が難しい。典型的にはS100+/EMA-となり、この染色態度が tubular carcinoma と逆ということが診断の助けになりますが、atypical MGA という概念も存在するので、白黒付けがたい部分がまだあるらしい。そんなにしょっちゅう遭遇する病変ではないので、なおさら難しいですね。
・DCISについて。High-grade DCIS (HG-DCIS) とlow-grade DCIS (LG-DCIS) は cytogenetic な解析結果によると、発生経路が異なるらしい。LG-DCISの経路は16qのLOHが多く見られるのがその特徴で、LCISもむしろこちらの一系らしい。(後述)
・LCISにはいろいろなvariantが提唱されているが、pleomorphic var.を除いてどれも予後には差がないらしい。
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Dr.Lakhani が講演の中で何度か強調されていたことは、「遺伝子レベルの変化とタンパクレベルの変化は linear ではない」、という点でした。リニアという単語をこうやって使うのかと知りましたが、言いたいことはわかります。要は、我々が顕微鏡下で見ている組織が完成するまでの間には promotor 領域のメチル化や micro RNA による制御などの様々な transcription / translation / post-translation レベルの制御を受ける、 だから遺伝子変異がある=癌、○○に変異があるから××、というような短絡的な考え方をしてはいけない、という話です。逆に抗体による検出システムでは(むろん免疫染色を含みます)、不完全な、あるいは non-functional な蛋白の発現によって陽性シグナルを発することがあるので、免疫染色で△△が染まったから××、染まらないから◎◎という具合に、途中の複雑な制御システムやメカニズムをすっ飛ばして短絡的に考えてはいけないとも強調されていました。まあ、わかっている人には何を今さらの話なので、ここであえて強調して紹介するのも少し恥ずかしいくらいのことではあるのですが。
その一例として、先日の「私が感じる~(3)」で私が言及したCCL (columnar cell lesion) と LG-DCIS の関係を挙げて説明されていましたが、前述の通り病変の進行方向としては normal → CCL → (ADH) → LG-DCIS であり、CCLにも16qに多くのLOHが認められるが、だからといって CCL=LG-DCIS とするのには同意できない、genetic な変化がそのまま phenotype に反映されるというのは短絡的であり、この場合ならば形態像を重視し、CCLとLG-DCISの間に線を引くべきだと考える(即ちCCL(FEAを含む)までは良性とする)、という内容だったと思います。
(なお、FEAに16qのLOHが見られるというのは他の例えばドイツグループなどからも報告があります。)
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そういったことをふまえた上で、彼が「The molecular era in breast pathology」の講演で紹介してくれた内容を簡単に説明すると、
・乳癌の発生は、遺伝子解析から大きくまず二つに分けられる。一つは、LG-DCIS~grade 1 IDC の経路であり(low-grade arm)、もう一つは HG-DCI~grade 2/3 IDCの経路である(high-grade arm)。この二つは最初から遺伝子変異が異なり、grade1からgrade2/3へ移行することは多くない。
(筆者注:もちろん腫瘍ですから、全くないと主張しているわけではないでしょう。)
・前者の low-grade arm 経路では、CCL (FEAを含む) が前駆病変となっているだろう。
・LCISおよびILCは、IDCと別系統というわけではなく、むしろ上述の low-grade arm から派生する形で発生してくるようだ。
・ただし、LCIS/ILCは、CDH1遺伝子の欠失あるいはその epigenetic な制御(抑制)により、翻訳産物である E-cadherin の発現が低下・消失しているのが特徴である。
などといった感じでした。
講演内容がだいたい含まれている総説を見つけましたので、その一部(Figure 2)を抜粋して紹介しておきます。なお、Dr.Lakhani も著者に加わっているこの総説は、私見ながら一読に値すると思います。幸いに総説としてはかなり短く、読みやすい。
J Pathol. 2005 Jan;205(2):248-54.
Molecular evolution of breast cancer.
Simpson PT, Reis-Filho JS, Gale T, Lakhani SR.
既に五年も前の総説なので今頃これを読んでいる私は遅すぎるのでしょうが、もしもPDF全文を入手できないという方は、私までメールをいただければ添付して返信いたします。(ただし、その場合は所属とお名前を明記下さい。本ブログを通じて不特定多数にPDFを配布すれば違法行為になるでしょうが、同業者の学習用の情報として紹介・添付するのであれば、恐らく法的に問題にならないだろうと考えるからです。)
私はなぜ彼らが apocrine hyperplasia 病変を良性と診断することに逡巡するのか、この総説を読んで少し理解できたような気がします。上図にもありますが high-grade arm の前駆病変、つまり low-grade arm におけるCCLやADHに相当する病変がなかなか見つからない中、apocrine adenosis/hyperplasia の一部に、high-grade arm で見られるのと同じLOH patternが見つかるらしい(上皮増生のない、単なるapocrine cystにはLOHは稀)。この総説の著者達はアポクリン=化生(良性)という考えに懐疑的であり、従来診断病理医がほとんど無視してきたこれらの病変に注目しています。ただし、PubMedで検索しても本件についての新しい論文はほとんど見つけられないので、まだまだ今後のテーマなのだろうと思います。
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最後になりますが、いつも書くとおり私の記載内容に間違いがありましたら、あるいは上記内容について良い参考文献をお教えいただけるようでしたら、メール連絡をいただけるとありがたいです。
セミナーの余韻も冷めやらぬ火曜日に、Philips 社の見学をする機会がありました。
Philips 社は、オランダに本社を置く電機家電の世界的大企業ですが、近年は health care の分野への進出も目覚ましい。私はあまり縁がなくてよく知りませんでしたが、例えばCT/MRIとか心カテ用などのインターベンション・透視機器類では国内にもかなりのシェアを持っているようです。同社は、三年半前からDP (Digital Pathology) の分野に進出を決め、製品開発を始めました。ですので、先日ご報告した omnyx 社、aperio 社、そしてこの Philips 社の三社が、現在DPの市場覇権を争っている図式らしい。今回の見学は当然DPの説明が主だったのですが、説明や質疑応答を経て、aperio 社が一番最初にDPを手がけ始めたためにFDA認可競争において一日の長があること、しかし他の二社もしのぎを削って製品開発をしており aperio 社のアドバンテージはさほど大きくないこと、などが漠然とですが理解できました。
Philips 社の他社に対するアドバンテージは何かと、ややいじわるな質問をしてみたところ、スキャン能力の高さ、スキャン方式の精緻さを挙げてくれました。同時に三百枚のスライドのオートスキャンができ、しかも途中でガラス標本を手動で足していくこともできるので、事実上エンドレスでいくらでもスキャンできるそうです。オートフォーカス技術に自信があるらしく、少々凸凹のある標本でもそれを自動補正しながらスキャンできるとのこと。Ultra-focus scanner というそうで、この技術を売りにして、既に MGH (Massachusetts General Hospital) や MD Anderson cancer center などへの納入実績があるそうです。現在は細胞診のような立体的なものをスキャンする技術に取り組んでいるそうですが、恐らく confocal-laser microscopy のように微妙に位置を変えつつ何回もスキャンして3D画像を作製することを考えているのでしょう。
前回のエントリーで私は、「あと十年か十五年もすると病院の病理検査室の顕微鏡数が激減している可能性さえあるかもしれません」と書きましたが、説明会後の会食時に担当の方にその点についての意見を聞いてみたところ、「放射線科からフィルムが消えていく過程を参考にして考えると、十年後か遅くとも十五年後でしょう」というご返事でした。私の予想とまったく同じです。
------------------------------------------------------------話が少し前後しますが、これが Philips 社の外観です。雨が降っていてわかりにくいが、かなり大きなビルであることは容易に把握できると思います。この規模のビルがいくつも並んでいて、それらが連絡通路でつながっています。その規模の大きさにはかなりびっくりしました。エンジニアだけでも六百人が働いているそうです。
シンガポール建国の父、リー・クアン・ユーの本には(From third world to first)、この国の建国初期に最初に大がかりな投資をしたのがこの Philips 社であることが書かれています。Toa Payoh という国の中心繁華街からさほど離れていない住宅街にこのような工場が建っているのですが、これは偶然住宅地の近くに敷地が余っていたわけではありません。リー・クアン・ユーの慧眼により、わざと住宅地内に空き地を残しておいたのです。何故でしょうか?住宅街に工場を設置すると、子供が学校に行っている間に近隣の主婦達が働きに来るので労働力を確保しやすく、かつそれによって国民のダブルインカム・トリプルインカムが容易となり、つまり生活が豊かになって結果的に国家が安定し繁栄していくという読みなのです。実際同社を皮切りとして、ヒューレットパッカード、コンパック、日立、三菱などの会社が続々とシンガポールに投資するようになり、それがこの国の繁栄の大きなきっかけとなったそうです。
彼の本を読むとよくわかりますが、とにかくいかにして海外からの投資を呼び込むか、いかにして魅力的な投資環境を整えるか、シンガポールの成否はまさにその一点にかかっている、という考えが建国当初から徹底されており、まったくぶれません。政治家でありながら、資本主義の本質というものが実によくわかっているなあ、とほとほと感心させられます。(私見ながら、このことに政治家や国民が気付かない限り、我が国の再浮上はあり得ないだろうと思います。政府・国民がやろうとしていることは、むしろ逆に外国人を排斥し外国企業を排斥し、それどころか自国企業まで外へ追いやり、あたかも鎖国したがっているようにしか見えないことばかりなのですが、経済のグローバル化が一気に進んだ現代において、しかも極端な高齢化が進む国がこれをやるのは、私にはまったくの自殺行為としか思えない。)
政治家の読みと行動力というものがいかに国家の繁栄を左右するものかということが、この工場誘致政策を見ただけでもよくわかります。私は本で読んで知っていただけでしたが、今回実際にその敷地と現場を見ることができ、リー・クアン・ユーの慧眼にあらためて心底感心させられました。本当に便利な場所に大工場が建っているのです。
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DP説明会のあとで、社内見学をさせてくれました。建物がでかいから当然ですが、中も恐ろしく広い。Philips Healthcare Academy と称する部門でしたが、一企業の一部門とは思えぬ内容でした。
これが外部の人たちの受付と、その脇にある講堂。講堂は128人収容できるそうなので、小さな研究会ならここでできてしまいます。広くて長い廊下を進むと、その横にはこのようなCTやらアンギオの装置などが一部屋ごとに並んでいます。これは、医師やエンジニアのトレーニング場なのです。もちろん新しいことにチャレンジする研究の場にもなり得ます。
このようにエンジニア用の機器では中身が剥き出しになっています。高額機器がズラリと並んでいて、しかもこれらは18ヶ月ごとにリニューアルされるそうです。この建物への初期投資金額は、三千万ドル(約二十億円)。同社の本気度がわかります。
アンギオのトレーニング等には当然人間を使うことはできませんので、専用の人形が用意されています。非常に細かく作られていて、具体的な値段は聞きませんでしたが、非常に高価な人形らしい。
Philips 社は文字通り世界規模の会社ですが、それでもこのような高度なトレーニングの場は世界中で三カ所にしか用意されていないそうです。オランダ本社と、米国クリーブランド(オハイオ州)、そしてここシンガポールのトパイオ。シンガポールのここは、アジア・オセアニア地区の中心と見なされており、アジアきっての大市場である日本からも当然トレーニングに来ている人たちが少なからずいるそうです。
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以下、いつものとおり病理とも医療とも関係ないコメントになりますが。
医療についても医療以外についても、東南アジアおよびオセアニアが徐々に一つの文化圏を形成しつつあり、シンガポールがそのアジア・オセアニアの中心となって欧州・米国と並ぶ世界の三極が形成されつつあるというのが私の捉え方というか短期世界観ですが、Philips 社のこの研究所を見て説明を受けながら、自分の考えていることが既にかなり具体的になってきていることを実感しました。日本人は(特に年配の人は)アジアの中心は自分たちだと思いがちですが、少なくとも資本の投資先に関して言えばとっくの昔にその主体はシンガポール・香港をはじめとする東南アジアに移っています。ご存じかと思いますが、日本からはむしろ資本が海外へ逃げ出しており、一例を挙げれば日本のお家芸だったはずの自動車産業でも、日産は日本で売る車さえタイで作り始めています。各社が追随して大々的に海外に生産拠点を設け始めた今となっては、もうこの流れは不可逆でしょう。
ちなみに、言うまでもありませんが、本日の説明会のプレゼン、その後の質疑応答、場所を移しての会食時の会話、これらはすべて英語です。アングロサクソンは皆無で、全員がアジア人だったにもかかわらず。若い方々は、どうかこういった現実から目をそらさずに直視していただければ、と思います。
Pathology course の説明を追加する前に、11日にアップしたDP(Digital Pathology)に関する記事を少し補足します。
Omnyx 社だけではなくセミナー当日の会場には aperio という会社も参加していて、会場の一角のデジタル画面では同社の機器が実際のセミナー用に使われていました。お恥ずかしながら私はどちらの会社の名前も初耳でしたが、後者は米国から来ている担当者の方がなんと日本人だったので、短い時間でしたが日本語で話を聞けました。
それによると、aperio 社は omnyx 社よりも恐らく先にHEデジタル診断についてのFDA認可を取れる見込みだそうです(一部の免疫染色では既に認可を取っているらしい)。やはり競争原理がかなり働いているようですね。仮に aperio 社の機器が最初に認可を受けたとなると、二番手三番手の会社は aperio 社の製品能力をベンチマークとして、それよりも優れたところをPRポイントにして申請していかねばならないらしい。いずれにせよ遠からずHEの遠隔診断が米国で正式に始まる可能性が十分にありそうで、そうなると世界中で一気に広まるようになるかもしれません。
ちなみにその方の話では、日本の企業の病理画像デジタル化は教育やコンサルテーションを目的としており、診断目的のデジタル化に取り組んでいるところがあるとは聞いていない、とのことでした(事実確認はしていませんので、その点はご了解下さい)。両者の主な違いは、諸々の患者情報や恐らく電子カルテとのリンクなどを織り込んでいるかいないかで、これら omnyx 社や aperio 社の会社の機器はサーバー内に膨大な患者情報が入っていて、端末から患者の既往歴や逆に診断医の診断歴などによって情報をソート・抽出することが自在にできるようになっています。素人の目からすると、そういうのはもはや技術的にはそんなに難しくないような気もしますが、要するにハードはそこらへんの汎用機でも既に十分なレベルになっているのでそれで勝負するのではなく、いかにそれらをうまく組み合わせてユーザーフレンドリーで魅力的なインターフェースを構築できるか、という勝負なのではないかという気がしました。
(i-phone は技術的には特別革新的というわけでもないのに主にインターフェースの独創性により爆発的に普及した、と聞いておりますが、デモ機を見つつそれを思い起こさせられました。)
いずれにしても、薬品と違ってあらためて治験を行う必要がないので、FDAで認可された米国のものが日本に入ってくるのは意外と早いかもしれませんね。こういうデジタルデバイスは普及するとなれば一気に進むでしょうから、(再度、i-phone/i-podのように)あと十年か十五年もすると病院の病理検査室の顕微鏡数が激減している可能性さえあるかもしれません。アナログの顕微鏡診断に対する郷愁や愛着が強すぎるとそれに起因する様々な形而上学的議論が沸き起こるかもしれませんが、そのような議論はそれ自体がデジタルデバイスの進化速度に付いていけなくなるだろうと予想します。いつも書くことですが、今世紀に入って、「十年ひと昔」の時代から「五年ひと昔」の時代になった、と私は感じています。
セミナー二日目は実習室から講堂へ場所を移し、以下の八つのタイトルのもと、Dr.Tan、Dr.Lakhani、Dr.Tseがそれぞれ30分間ずつ分担しました。初日の鏡検時の講習内容のかなりの部分がこの二日目のテーマにも引き継がれていて、非常によい構成だと思いました。
「Update on the 4th Edition of WHO classification of Breast tumors - What's new?」
「Lobular breast cancer - evolving concepts and practical implications」
「Classification of papillary breast lesions」
「Role of immunohistochemistry in classifying breast tumors」
「Benign mimics of breast carcinoma - how not to fall into traps」
「Diagnostic approach to mucinous breast lesions」
「The molecular era in breast pathology - what does it mean for the practicing pathologist and clinician?」
「Assessment of prognostic markers in breast cancer - recommendations and more」WHOの現行アトラスは第三版ですが、現在第四版に向けての原稿が集められているところだそうです。次版はDr.LakhaniやDr.Tanらが中心となって執筆されるらしい。休み時間に、出版はいつになるのかとDr.Tanに聞いたところ、「来年中だと思う。原稿締め切りは12月15日なんだけれど・・・・・たぶんみんな守らないわね(笑)。」とのことでした。今回のセミナーではその内容の詳細については一切触れられませんでしたが(原稿が集まる前ですから当然です)、来年に期待しましょう。
講演内容については近日中にもう少し詳細にレポートするつもりですが、個人的にはDr.Lakhaniの「The molecular era in breast pathology」が非常に印象的で、講演のあとで思わず彼のところへ行って、非常に excellent and impressive だったと感想を伝えました。
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晩はスタッフ主体のパーティ。Dr.Tanの顔見知りのフランス料理店らしく、実に素晴らしいコースが振る舞われました。セミナーをトラブル無く成功裏に終えることができたので、Dr.Tanも大変にリラックスされていたように見えました。さらに豪華なコース料理に加えて、ワイン好きの香港のDr.Tseが多くのワインを振る舞ってくれて(彼はシンガポールへ遊びに来るたびにDr.Tanのご自宅に自分のワインをキープしていて、今や相当な数になるようです)、ほろ酔い加減になったDr.Ellisのワイン講釈が始まったりして、大変に盛り上がりました。
中写真のワイングラスの数にご注目。まだメインディッシュ前なのに、いったい何本のワインが開けられたことやら。私も決して嫌いな方ではないので、相当な量を飲み干しましたが、どれもこれも素晴らしいワインでした。
さらに驚いたことに、11時頃にパーティがお開きになったあと、Dr.Tanの呼びかけで車で二十分ほど離れた繁華街まで皆で移動し、街中の屋台みたいな店で、食後のデザートとしてドリアンやジャックフルーツ(パラミツ)を食しました。いずれもシンガポールでは非常にポピュラーな果物なのですが、私は屋台で生のドリアンを食べるのは初めてで(匂いが強烈なのです)、まさかこのメンバーで最初にそれを体験するとは予想していませんでした。左側の写真は、左から順にDr.Ellis、Dr.山口、Dr.Tan、Dr.Richie(SGHスタッフ)、Dr.Tse、Dr.Michael(Dr.Tanのご主人)、Dr.Lakhaniです。ちなみに、たしかにいずれも美味しかったけれど、満腹なのであまり食べられませんでした。
初日の受付は八時から。開催まで一時間ほどあり、セミナーが始まる前からコーヒー・紅茶や軽食が振る舞われました。スポンサー企業は十数社あり、SGHには求心力があるなあ、という感じ。
(この国ではいつものことなので、私はもう慣れてしまいましたが。)
セミナー初日は、45分間ずつ十人グループになって各自が鏡検し、その後の45分間で講師陣が解説しつつ全員でディスカッションするという形式です。ディスカッションの際には小部屋の方々には大部屋へ移動していただきます。「Papillary lesions」、「Borderline lesions」、「Mucinous lesions」、「Miscellaneous lesions」、の四つのテーマに別れていて、午前午後二テーマずつ。もちろん領域的にオーバーラップする症例もありますが、事前に便宜的にいずれかに割り振られました。
(わざわざ目隠しを入れる必要もなさそうな気がするのですが、とりあえず実名を上げていない日本からの参加者の方々にはそれを入れることにします。)
初日終了後のパーティにて。前述の山口先生は以前から香港のDr.Tseとご懇意だそうで、今回のセミナーの帰路に上述の香港のセミナーにも立ち寄られるそうです。こういう軽いフットワークは見習わなくてはなりませんね。
(続きです)
4.アポクリン化生上皮の異型について(特に Ductal adenoma の診断基準や解釈)
アポクリン病変は(も?)本当に難しいです。ややこしいので結論をあえて乱暴にひとことで言ってしまうと、我々の方が、「アポクリン=良性」という感覚をより強く引っ張っている、という印象を受けています。
アポクリン化生があれば良性を強く疑うというのはもちろんここでも同様で、例えば papilloma の複雑な腺管分岐を見て悩んだときでも明瞭なアポクリン化生領域があれば、ああ良性だろうなと少しホッとします。ですが、非常に広範なアポクリン化生を伴う病変で、かつ多くの細胞の核異型が強いときに、もっと具体的に言ってしまえば日本だったら多くの病理医が「Ductal adenoma(DA)」と診断するような病変の多くについて、彼らは非常に慎重になって、「Atypical Apocrine Hyperlasia」等といったあいまいな診断名にすることが多い。
ある標本で、私が一見して典型的なDAだと思った病変を、Dr.Tanは難解な症例だと評しました。私が一次帰国時にHEを持ち帰って(もちろん許可を取っています)他の病理医に見せたところ、私同様に一見して、「ああ、DAだね」という返事が返ってきたのですが、Dr.Tanが英国 Nottingham の Prof. Ian Ellis にコンサルトしたところ、やはり良悪性の診断を保留したそうです。ちょっと驚きました。米国の病理医だったらどう診断するのかなあ?
疑問に思ったのであらためて異型のあるアポクリン病変についての比較的最近の総説や論文のいくつかに目を通してみましたが、読めば読むほどにわからなくなります。結局どの論文でも結論は一緒で、「難しい」。
日本とSGH(この場合は英国も含む)の立場の違いをひとことで言うと、かなり乱暴な言い方になりますが、日本人は弱拡大所見を重視し、SGH(英)では強拡大所見を重視する、前々回同様のそんな印象です。将来的に DA と診断された病変がたくさん再発してくるような状況が生まれれば日本側の診断基準を変えていく必要があるでしょうが、今のところそういう話は聞いていませんし、境界明瞭な病変であればだいたいの場合断端評価がかなり正確にできますので、(仮にこれが本質的に low-grade malignancy であったとしても)なかなか再発はしないような気もします。
いずれにしてもなかなか難しい問題で、異型を伴うアポクリン病変は今後のディスカッションや臨床データの積み重ねがまだまだ必要なテーマでしょう。
なお、いつもくどく繰り返しますが、これは診断基準にそういう違いがあるという話であって、どちらが良いか悪いか、どちらが正しいか間違っているか、という話ではありません。いずれは結論が出るかもしれませんが、現時点では不明だと思います。
(続きます)
これが明日の鏡検会場。一つの部屋に入りきらないので、ごらんのように小部屋も用意されています。このセミナーにはスポンサーがたくさん付いており、顕微鏡はライカおよびオリンパスからの提供らしい。
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サーバーは外部に置いてあるようです。今回のデモ機ではたぶんシンガポール国内だと思いますが、当然アメリカでも日本でもどこでもいいわけです。担当の方に、「つまり、放射線科でやっていることと同じようなことが、病理でもできるようになるわけですね?」と問うたところ、「Exactly」、とのこと。まあ、当然の成りゆきでしょう。放射線科関連では、米国内で撮影されたCTやMRI画像が太平洋を越えてインドに転送され、米国との時差を利用して米国の夜時間の間に読影されて朝までに読影レポートが返却されるというようなシステムを既に数年前から耳にしていますが、病理がそうなるのにも、恐らくもう三年はかからないのではないでしょうか。パンフレットを見るとまだ診断ツールとしてFDAの認可を受けていないようですが、逆にそれをパンフレットの冒頭に明記するということは、恐らく十分な手応えというか見込みがあるのではないかと思います。診断ツールとしての認可を受けたら一気に広まるのかもしれません。
(その場合、日本で普及しつつあるバーチャルスライドは、日本限定製品になってしまうのでしょうか?それとも、海外にも販売していくのでしょうか?このあたりのことについて、残念ながら私はあまり詳しくないのでよくわかりませんが、世界中の病理医が互換性のある機器同士で画像をやりとりしながらディスカッションしてリアルタイムに情報を交換しているときに、日本国内だけがそれと互換性のない機器を使用しているなどという、いつも引き合いに出す携帯電話のような事態だけは避けたいものです。この手の機器に世界標準があるのか否か、どなたかご存じの方がおられたらコメントをいただけるとありがたいです。)
顕微鏡に対する愛着とか、病理は検査ではないなどという議論が出てくるかもしれませんが、そのような形而上学的議論よりも現実の方が二歩も三歩も先へ進んでいくのが現代社会です。スライドガラスを先方に送る必要がありませんから、例えば日本で読み込んだ画像をシンガポールで診断することだってできてしまいますし、MIB-1 index や ER/PR index の算出も目視よりもはるかに迅速になりますし、もちろんコンサルテーションだって瞬時です。
この手の機器が世界中に普及したら、間違いなく世界がうんと狭くなるようになるでしょうね。Skypeを併用すれば異国間カンファだって簡単にできるようになります。その場合は時差が問題となりますから、日本から考えた場合、やはり身近な国はシンガポールであり、香港であり、韓国であり、オーストラリアになるでしょう。つまり、欧州、南北米大陸、アジア・オセアニアが三つの軸になると思います。
いずれにしても、これはいつも繰り返し書くことですが、これからの世代の病理医にとって「英語」というコミュニケーション・ツールがこれまでよりもはるかに大きな比重をもって重要となって来るであろうことを、あらためて予感させられます。
(続きです)
3.FEA(Flat epithelial atypia)の解釈
FEAは正直なところ日本国内でもまだ完全に統一した診断基準というか解釈基準がない病態なので、ばらつくのは当然ではありますが、とりあえずここSGHでの考え方を記しておきます。(乳腺については、SGHの考え方=Dr.Tanの解釈と考えていただいてけっこうです)
ここでは Flat type の病変を CCL (columnar cell lesion) と総称し、これらを大きく三つに分けて捉えています。
1. simple columnar cell change (CCC)
2. columnar cell hyperplasia (CCH)
3. columnar cell hyperplasa (CCH with atypia)
そして、この最後の「CCH with atypia」を、「= FEA」と解釈しています。いくつかの論文に目を通してみると、こういう解釈がどこでもだいたいもっとも一般的ではないかと思いますが、問題が二つあります。一つはこの1.~3.の診断基準がそれほど明確ではないこと、もう一つはFEAを良性とするか(境界)悪性とするか、です。
診断基準の問題については、私の手に余るのであまり論じたくありません。核が円形から円柱形になってN/C比が高くなったら CCH というのがDr.Tanの説明ですが、正直なところ一緒に鏡検していても彼女自身けっこう迷う症例が多い(良性なのであまり気に留めていないようです)。当然異型の有無についても同様で、たぶん半年後に同じ病変を鏡検したら百発百中で初回と同じ診断、にはならないだろうと思います。(自慢じゃありませんが、私などは六ヶ月後どころか六時間後でも自信がありません。)
むしろ問題はFEAの扱いの方で、こちらについては前回の「2.良性病変(Papilloma、FAなど)内の異型上皮のとらえ方」と逆で、ひとことで言ってしまうと、こちら(SGH)の方がアンダー気味、逆に言えば日本の方がオーバー気味、という印象があります。
日本では、検体適正のMMT/CNBについては、「良性・鑑別困難・悪性の疑い・悪性」の四段階で判定することになっています。FEAは鑑別困難か悪性の疑いに入れられることが多いのですが、ここSGHではほとんどが良性扱いです。もちろん近傍にADH/DCISが存在することは珍しくないので(ここでも前回扱ったADHが問題となりますが)、それをふまえた上でコメント欄に、「Please corelate with clincal findings.」などと付け加えますから、臨床側は例えば石灰化の範囲が広かった場合にはさらに切除するのでしょうが、それでも基本的にFEA自体は良性 (no malignancy) というスタンスです。
つまり、例えば切除標本でFEAを追いかけていってlow-grade DCISに連続していったような場合、私の感覚だと、同じ核を持った病変が連続しているのだから、振り返ってみてFEAの部分も悪性(DCIS)だったのだと考えますが、ここSGHでは、ここまではDCIS、ここからは良性(FEA)と考えるようです。ふだんは、ADHをできるだけ少なくして良性と悪性を可能な限り明確に線引きしようとするのが日本側の態度で、逆に異型があれば practical にとりあえずADHにしようとするのがSGH側の態度だと思いますが、この曖昧vs厳格の考え方というか立場がなぜかFEAの話になるとどうも逆転するようで、彼らはFEAまでは(境界悪性とせず)良性とするようです。面白いですね。
いずれにしてもこのFEAの問題はまだ世界的にまったく結論が出ていないと思われるので、とりあえずここではこういう解釈をしている、とコメントするに留めさせてください。
(続きます)
例によってまったくの私見ですが、前回取り上げた2.の「良性病変内の異型上皮のとらえ方」というテーマは実は奥が深くて、以下の二つの問題点が絡んでいると思います。
1)乳腺の現時点での疾患概念には、benign monoclonal epithelial proliferation、つまり消化管等でいうところの、(良性)腺腫 adenoma に相当する疾患概念がほとんど無い?
Ductal adenoma は名前は腺腫ですが本質的には papilloma の亜型です。その papilloma は、腺上皮の細胞形態も不均一ですし、さらに筋上皮増生や間質増生などを含めて多彩な像を呈するのが一般的ですので、他臓器(例えば消化管)では adenoma よりも hyperplasia に近い、反応性増生病変と考えたほうが良いように思います(少なくとも組織像上は)。一方 adenosis はもしかすると papilloma よりも腺腫に近いのかもしれませんが、しかしこれもあまりにも細胞像が多彩すぎるような気がします。Adenomyoepithelioma は二細胞性ですし、かなり稀な疾患でもあり、やはり腺腫と同一レベルでは語れないでしょう。
と考えるとあまりにも腺腫に相当する病変の比率が低いので、low-grade DCIS とされている疾患群の一部が、実は大きく成長・発展せず時に自然退縮さえしうる benign monoclonal proliferation であるという可能性を否定できなくなってくるのですが、しかし仮にこの仮説が正しいにしても、残念ながら今の我々には浸潤癌に発展しうる(真の)DCISと、そうでない(本来良性かもしれない)DCISを区別する術がありません。
(なので、適当な大きさで区切って、小さいものは暫定的にADHにしておこうという考え方は、practical には間違っていないような気もしますし、その一方で小さくても本質的に悪性と思われる病変はきちんとそう診断すべきだ、という考え方が間違っているとも思えません。)
2)近年の研究によって、in vitro ではたった一つの細胞から小葉が形成されうることが判明している。つまり、genetic なレベルでは乳腺は一つ一つの小葉が monoclonal origin(同一起源の細胞由来)であるという可能性を否定できない。
要するに、monoclonal だから腫瘍だというロジックが果たして乳腺で通用するのかという疑問があります。もしも各小葉がそれぞれ発生学的に monoclonal cell origin だとしたら、monoclonal = neoplasia という議論は成り立ちません。反応性病変でも monoclonal proliferation がありえることになります。他臓器の話になりますが、リンパ節で反応性の二次濾胞胚中心を dissection してPCR解析すると、かなりの確率で Ig gene monoclonality が証明されるのを経験しています。(もちろん southern blotting 等で確認したわけではないので、PCR error の可能性も否定できませんが。)
しかし、さらによく考えてみると、monoclonality の定義自体が実は非常に難しく(極論を言えば、たった一つの受精卵から我々の体が分化してきたということを考えると、体全体を monoclonal な存在と考えることだって理屈の上ではできるはず)、リンパ球のように Ig gene の再構成というDNAレベルの不可逆イベントがあるような細胞ならまだしも、それ以外の細胞ではそのあたりの議論から始める必要があるように思います。
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いずれにせよ、これ以上これらの議論を展開することは、私には荷が重すぎますので、消化不良気味ですがここまでとします。上述の内容に何か間違いや勘違いがあったら、ぜひご指摘ください。
(続きます)
さて、こちらでの滞在も残り三分の一程度になってしまいましたので、私にはちょっと重いテーマになってしまうのですが、そろそろ本業の若干細かいことについて触れてみることにします。
以前にも書いたとおり基本的に日本とSGHの病理診断に大きな差はないのですが、それでも日々標本を見ていると診断基準や考え方で日本との間に若干の相違があると思われる部分がいくつか出てきます。今のところ、乳腺について気になっているのは主に以下の点です。
1.ADH (atypical ductal hyperplasia) という用語の使い方
2.良性病変(Papilloma、FAなど)内の異型上皮のとらえ方
3.FEA(Flat epithelial atypia)の解釈
4.アポクリン化生上皮の異型について(特に Ductal adenoma の診断基準や解釈)
5.Paget 病の定義、捉え方
以下この順に説明していくつもりですが、最初にひと言だけお断りさせてください。これはあくまでもSGHの病理部における診断との比較に過ぎず、シンガポール全体の基準と言えるかどうかはわかりませんし、ましてや他国との比較もできていません。ただし、いつも書いているとおり英連邦内ではかなり情報の行き来が盛んなようなので、少なくとも日本とシンガポールの違いよりは、シンガポールと他の英連邦諸国、具体的には英国、オーストラリアやNZ、香港などとの差の方が小さいだろうと推測されます。いずれにしても、当然ながら私が日本の病理医を代表しているわけでもありませんし、あくまでも一日本人病理医の目から見た、SGH診断基準と自分がふだん使っている診断基準の違い、に過ぎないことはあらかじめご理解下さい。
さらに、これはお願いですが、もしも私が間違っている点、勘違いしている点があったら、ぜひコメント欄か私信でもよいのでご指摘下さい。これは私がこの場でこれを書いている目的の一つでもありますので、どうかよろしくお願いします。
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1.ADH (atypical ductal hyperplasia) という用語の使い方
2.良性病変(Papilloma、FAなど)内の異型上皮のとらえ方
この二つは overlap する部分がかなりあるので、同時に扱います。正直なところ、こちらで一番違和感を感じる点だったので最初に取り上げることにしました。私が現在検討しているテーマの一つでもあります。PapillomaとFAで若干話が違うのですが、ひとことで言ってしまうと、こちら(SGH)の方がオーバー気味、逆に言えば日本の方がアンダー気味で、特に FA においてそれが顕著です。
日本の乳癌取り扱い規約には mastopathic FA という概念がありますが、こちらにはそれがありません。Page らが提唱した complex FA という概念があり、これは、「硬化性腺症、アポクリン乳頭状過形成、嚢胞、上皮の石灰化の四つのうちの少なくとも一ついずれかを含むFA」、というのがその定義ですが、一見してわかるとおり mastopathic FA とオーバーラップする部分もあるものの一致しない部分も多い。(実のところ、こちらでも complex FA という名称はさほど積極的には使われていません。)
例えば数センチ大のFA内のほぼ中心部に上皮増生が目立つ部があって、その部分の上皮成分が比較的 monotounous な増生を示し、一部にきれいな cribriform pattern を呈するような場合を考えてみてください。病変はほぼ確実にFA内に限局しているとします。この場合、壊死や高度異型などの high-grade を示唆する所見がなければ、日本では「mastopathic FA」と診断されることが多いと思います。しかし、こちらでの診断は「ADH in FA」、あるいは「DCIS in FA」となります(主に前者)。
ここでさらに話をややこしくするのがADHという言葉です。私の見る限りでは、日本では全般にADHをかなり厳密に捉えていて、二腺管以内とか二ミリ以内といった基準が多くの施設で守られていますし(これについてはちょっとWHOを盲目的に信奉しすぎているような気もしますが)、たとえそれよりも小さな病変でも明らかに悪性を示唆する組織所見があれば、DCISとする病理医が多い。それに対してSGHではかなりADHの幅が広く、例えばDr.Tanは二ミリという基準が厳しすぎるので三ミリという独自の基準を使っていますし、それを越えるような病変でも、悪性とするには所見が足りないと判断したら、「~ with atypia」などという descriptive な書き方はせずに、はっきりと(?)ADHと記載します。また、私の目から見たら典型的なきれいな cribriform DCIS じゃないかと思うような病変でも、それが3ミリ以内ならばDCISとはせずにADHとします。という状況なので、私の目から見ると、「ADH in FA」がやたらと多いように感じます。
(Mastopathic FA v.s. ADH/DCIS in FA、言うまでもなくこれはどちらが正しいかではなく、診断にそういう差異があるので論文などのデータを見るときにはそれを念頭に置く必要がある、ということを言いたいに過ぎません。そもそもがデリケートな診断ですし。)
しかし、これはまったくの私見ですが、私はたぶん本件については本質的に日本人病理医側が正しいのではないかと推測しています。というのは、FA内の異型上皮を全部DCISとすると、low-grade と high-grade の比率が、FA外の一般的なDCISとあまりにも違いすぎて不自然だからです(FA内の high-grade DCIS が少ないことは、ある程度乳腺を診ておられる病理医であればすぐに納得してもらえると思います)。このことについてはDr.Tanにも問うたことがありますし、彼女もその点は認めてくれました。
しかしその一方で、FA外乳腺組織の low-grade DCIS がFA内に伸展してきたような場合に、mastopathic FA との区別をどうするのかという問いに対し、(少なくとも私は)うまく答えられません。まわりを多めに切除して、そこにDCISが無かったら「mastopathic FA」、まわりに広範にDCISがあったら、「DCIS extending into FA」、とするのが一般的だと思いますが、それはちょっとご都合主義的とも言えるわけで、つまりFA内の組織を見ただけだけでは診断ができないことになってしまいます。このあたりをどう説明するか。
一方 papilloma の場合でも、多くの日本人病理医は papilloma 内にきれいな cribriform pattern が部分的に認められる場合、病変の全体像が papilloma に合致していれば診断も単に「papilloma」とすると思いますが、SGHではかなり簡単に「ADH in papilloma」、「papilloma with ADH foci」、などとします。乱暴な言い方をすると、日本人は弱拡大所見を重視し、SGHでは強拡大所見を重視する、そんな印象です。さらにSGHでは、HEで当たりをつけたあとでCK14などの高分子CKの免疫染色を行い、ある領域性をもったCK14陰性部があった場合には同部をADH/DCISとするのにほとんどためらいがないようです。日本では、ここまでHMW-CKの免疫染色を重視する人は少ないのではないでしょうか。
(ちなみに、CK5/6はここSGHではあまり信用されていません。)
ところで、実は私はこちらに来るまで知らなかったというか気付かなかったのですが、mastopathic FAに関する英論文が極めて少なく、国外ではほとんど認知されていないようです。個人的には非常に優れたtermだと思うので、ぜひもっとPRしたいと思っています。
(続きます)
日本同様にシンガポールでも、病理医側が今後どのように分子診断時代に対応していくか、教育システムを含めて皆が頭を悩ませています。遠からず病理組織診断なんて必要なくなるんじゃないだろうか、などと、日本でも十年以上前からちょくちょく耳にしてきた危惧を聞くことがあって、苦笑いします。
ちなみに演者の外科の先生は先日病棟で日本人患者の通訳をしたときの外科医で、私の顔を覚えていて、件の患者さんが日本帰国後に無事手術を受けられたことを教えてくれました。
私にはほとんど縁がありませんが、当病理部の三階(最上階)は遺伝子検査室になっています。恐らく来年か再来年に新ビルに移ると同時に、腫瘍関連のこういった解析を幅広くやり始めるつもりなのではないでしょうか。先週の学会内容といい今日の演題といい、シンガポールの医療界には、来たるべき personalised medicine に積極的に対応していこうという気運の盛り上がりが感じられます(当たり前でしょうが)。演者はやはり英か米で研修を積まれてきた方々ばかりで、それらの経験をもとにシンガポールでも molecular data に基づく前向き研究(prospective study)を今後積極的にやっていこうという意図をはっきりと感じました。
それにしても、現時点ではSGHでもほとんどの症例においてはまだターゲット分子を免疫組織化学的にスクリーニングする程度のことしかやっていないようですが、近い将来に molecular screening や FISH screening が標準的に行われるようになるとしたら、そのコストはどうなるのでしょうね?冷静に生存曲線を眺めてみると、多くの分子標的薬はそんなにドラスティックに効くわけでもなく、せいぜい生命予後を何ヶ月か延ばす程度の効果しかないわけで、もちろん患者さんにとってはそのわずかな期間が大きいのはわかりますが、そこにかかるコストたるや莫大です。シンガポールのような資本主義を徹底している国は、恐らく最終的には全額個人負担として金持ちだけが受けられる治療と割り切るでしょうが、日本の政府および国民はどういう判断を下すでしょうか?
追記)
セミナー明けの月曜日の抄読会で、レジデントのS嬢がタイムリーに「Molecular pathology of breast cancer」と称して、アレイ関係の論文三つを紹介してくれました(ここに慣れてきた私でさえ、よく舌が回るなあ!と思わず驚嘆する rapid English で。病理関連の話題でなければ完全に脱落したと思います)。その際に確認しましたが、現時点のシンガポールでは凍結組織が必要となる MammmaPrint は一切施行されておらず、Oncotype DX の依頼がごく稀にある程度だとのことです。その場合は、もちろん費用は患者負担で(3,500 USD)、臨床科を経て病理から直接米国へ解析用パラフィン切片を送るそうです。繰り返しますが、extremely rare とのことです。(26/Oct/2010)
私は日本でもどちらかというとポスターセッションの方がゆっくり見ることができて好きなのですが、聴き取るのに苦労する英語の場合には、通常以上にポスターの方が気楽です。(情けない話ではありますが)
ちなみに、これで学会参加費はゼロです。これと比べると、日本の学会の参加費が暴利に思えてきます。(むろん会場費その他いろいろな制約がありますから、この暴利ぶりは学会のせいではなく、国全体のシステムの悪さのせいだとは理解していますが)
さて、先週の金曜土曜には、表題にあるとおり「SingHealth・Duke-NUS scientific congress 2010」というちょっとした国内学会が開かれましたので、その報告をします。SingHealth というのは、当SGHを含め三つの病院や五つの特殊センターを統括して管理運営する医療法人です。SGHの上部組織と考えればわかりやすいかと思います。Duke-NUSについてはこれまでにも説明したとおり、米国Duke大学とシンガポール国立大学NUSのコラボにより生まれたシンガポール国内の医学大学院です。この両施設の共同運営により開かれた本学会は、SGHを中心に各公的病院や施設から演題を募り、基礎から臨床から看護まで広い範囲を対象としたものでした。
(実は私もポスター演題を出さないかとDr.Tanに言われていたのですが、言われたのが締め切り直前で間に合いそうになかったので残念ながら見送りました)
ただし、いつも書くことですが、シンガポールには言葉のハンディが無いので欧米学界との垣根が非常に低い。欧米からやって来る研究者も欧米へ出て行く若い研究者も、その比率については日本とは比較になりません。シンガポールは元々英国連邦領だったので英・豪・印あたりの研究者との交流が活発だったのだろうと思いますが、今世紀に入ってDuke大学との共同大学院が設立されたせいでしょう、この学会には米国の研究者も多数参加していました。国内学会と言っても、中身はほとんど国際学会です。正直なところ、羨ましいなと思いました。
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個人的に印象的だったのは、たまたま聴いていた頭頚部癌のセッションにおいて演者が(日本を含む)世界中のデータをいろいろと紹介しつつ、「我々の国だけではとてもこれだけのデータは得られない。だから我々は外を向いて国際的研究をするべきである。(We should go to international.)」と結んでいたことです。人口五百万の小国家では、頭頚部癌や骨軟部腫瘍のように発生に頻度の低い疾患の臨床研究は難しいので、当然そうならざるを得ないでしょう。ただ、これがディスアドバンテージかというと、このように積極的に外を向く強い動機になるので、現代社会においては必ずしもマイナス面ではないような気がします。もちろん海外との共同研究には越えねばならぬ難問も少なからずあり、頭頚部癌は東南アジアに多いので症例は集まりやすそうなのですが、演者の指摘によれば、言語の違い、法律の違い、宗教の違い、風習の違いを乗り越えなくてはならないし、何よりもまだまだシンガポール以外は貧しい国が多く、つまり「case rich, cash poor」な状態なので、これらの問題を一つずつクリアしていかねばならない、とのことでした。でも、全体の論調は非常に前向きで、これからやるぞ!と気合いが入っているように見えました。
いつも引き合いに出す携帯電話業界の話ですが、日本の場合は国内市場だけで一億人以上の需要があって市場として十分に大きく、それゆえにそこで競争することに専念してしまったのに対し、隣の韓国は国内市場が日本の三分の一程度と小さいので国内ではペイせず、結果的に世界を相手に大々的にビジネスをやる方向にエネルギーが向いた、という話をよく見聞きします。結果的にどちらがグローバル市場で優位に立っているかは、言うまでもありません。韓国も実は国内の携帯は世界標準のGSM仕様ではないのでガラパゴスという点では日本と大して変わらないのですが、種々の理由から少なくともこの十年間は常に外を向いているのが韓国、と言えそうです。そして、前にも書いたとおり、現在は英語教育でも同様の事態が進んでいるようです。とはいえ、さすがに最近は国内のこの現状を何とかしなくてはならないという意見も少なくともネット上ではかなり増えてきていますし、若い方々自身も危機感をもって積極的に外を向いていただければと思います。
(2に続く)
これは大ボスのDr.Tan PHが直々に、九人のレジデントを相手に乳腺の標本を見せながら解説しているところです。ちなみにこの十人用ディスカッション顕微鏡は、オリンパス製。
(余談ですが、半袖が一人もいないことからわかるように、寒いくらいにエアコンがよく効いている部屋です)
さらに、本日回ってきた下記の文面からすると、ふだんのこういったミニレクチャーよりもちょっと大がかりな講習会が年に二回、国内の他病院のレジデント達も集めて開かれているようです。十項目のテーマにつき、各二~三時間ずつの講習予定で、各コースとも25症例ずつ用意されていて、二週間以上前から鏡検室で自由に閲覧できるらしい。
2.神経・筋
3.泌尿器(腫瘍)
4.腎生検
5.内分泌
私の目からすると、何とも羨ましい環境です。日本の病院、あるいは大学で、これほどきちんと体系だった鏡検のトレーニングおよび講習を自施設内で定期的にやれるところ、実際にやっているところが、いったいどれくらいあるのでしょう?
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この研修医群に混じって、先週からはカナダから若い医師が見学に来ています。SGHで病理の研修を受けたいという希望があり、その下見に来ているらしい。本日少し立ち話をしてみたら、もう既にほとんどの書類を提出し終わっており、数ヶ月後には実際にこちらで働く予定だそうです。
あとでDr.Tanに聞いたところ、北米大陸からの研修者はやはり初めてだとか。かくいう私自身も日本から来た初めてのfellowですが、彼は私と違って少なくとも専門医を取るまで数年間こちらで働くつもりでいるので、事実上ほとんど移住組と考えて良いでしょう。彼が例外的な人物なのかもしれませんが、しかしもしかすると、研修医が欧米からシンガポールに流入する動きの始まりなのかもしれないとも思いました。ふつうに考えるとカナダだったら自国か隣国USA、あるいは英連邦ということを考えれば海を渡るにしても英国あたりに行きそうなものですが、(豪州でもなく)あえてSGHに来た理由は何なのか、ちょっと興味があります。来週あたりに、きちんとインタビューしてみたいと思っています。