Structural Design Group

「幕張メッセ新展示場・北ホール」の構造デザイン


カテナリーとウェーブ

カテナリー、ウェーブと呼んでいるこの大屋根の形状は構造用語ではなく、一種の愛称である。
下凸の曲面は必要なライズを取ればカテナリー(懸垂線)となるが、この屋根のような浅いライズでは純粋な引張場にならず、曲げによる力の伝達を無視できない。だから、部材構成は曲げにも強いトラス型になるが、それでも引張成分も大きいからトラスの高さは3mですむかわりに、反力機構としてバックステイが必要になる。
展示スペースの両側の構造を支点にして、下凸のトラスとバックステイの3者がこの大屋根を成立させることになる。

一方、中展示場のウェーブ状と呼んでいる屋根は、構造的にも平板に近く、曲げ剪断による応力の伝達が支配的だから、単純に96mを架け渡したのではトラスの成は5〜6mになり、天井面を圧迫してしまう。
カテナリー状の屋根部分とウェーブ状の屋根を別構造にして切り離してしまえば話は簡単であるが、この規模と展示場の一体性を考えれば、大屋根も一体の構造であるべきだ。したがって、ウェーブ状の屋根の中央を吊り上げることにした。そうすればウェーブ状屋根に発生する曲げ応力は、カテナリー状屋根に発生する曲げとほぼ等しくなり、トラスの形状をそろえることができる。展示場内部から見上げるとどちらも同じトラスが東西に配列されて秩序ある空間を構成できる。ウェーブ状屋根の中央をテンション材で吊るから、当然、ここにもバックステイが必要になる。

両者の屋根構造の応力や変形量をできるだけ合わせたものにしても、もともと違う構造形式だから振動性状を合わせることは不可能だ。そこで、このふたつの構造がぶつかりあう位置では両者を重ね合わせた構造にした。
この部分ではどちらの屋根よりも剛性の高い構造になり、カテナリー状屋根とウェーブ状屋根の振動の違いを吸収してしまう。簡単に言えばおのおのの屋根が勝手に動いても、この重なった剛性の高い構造が、相互に影響することを防いでくれる。


ジオメトリー

この3つの構造をひとつの大屋根として構成するためには、それらを統合する完璧なジオメトリーが必要だ。
右図はこの大屋根の曲面を決める幾何学的な定義図であるが、この図の中にこの大屋根の曲面のすべて、構造的な整合性、屋根仕上げの秩序、天井面の構成、部材の取り合う詳細、鉄骨加工の難易度などが決定づけられてくる。数十回の検討の結果、実施設計の最終段階で決定したジオメトリー図である。

トラスの上弦材と下弦材のジオメトリーが同心円でなはなく、それらが取り合う位置での詳細寸法の決定が作業を困難なものにしたが、結果的にはなめらかな構造の変化を実現できたと思う。なお、このジオメトリー図の中の最大曲率半径1,200mは、偶然ではあるが、J期工事の時の国際展示場の大屋根の緩やかなアーチ構造の曲率半径と同一である。
僕は、こういった曲面構造を実現するためには、その建築のあらゆる構成要素を考えたうえでのジオメトリーの決定がもっとも重要なことであると実感している。だから、ジオメトリーは誰かが最初に決めるのではなく、諸々の設計条件を組み込んだうえで設計の最終段階で決定するものだ。
しかも、技術的条件を組み込んだうえでのジオメトリーによって実現する空間形態は、ダイナミックで刺激的で、斬新なものでなければならないから、一番難しい問題でもある。図は大屋根の短辺96m方向について表したものだが、長手216m方向にも違う意味でのジオメトリーが必要であった。

いま、屋根構造の支点の位置を12mピッチで設定すると、屋根トラスも12mごとに架けたのでは、トラスの成も高くなるし、その間をつなぐ部材が大きくなりすぎてしまう。構造材が3mピッチ程度であれば母屋材も適切に設計でき、構造そのものも繊細に構成できる。そこで、支点の12m間隔を2分するトラスを割り込ませて主構造は6mピッチになるようにした。この中間のトラスは、支点に近づくと2分されて12mピッチの元のトラスに収斂される。さらに、トラスそのものを三角組みトラスにすることで水平面の剛性も獲得でき、屋根仕上げ材と取り合う上弦材の位置では、約3mピッチにすることができる。逆にいえば、3mから6m、12mと構造材が展開されていく過程で、複雑な部材の接合が発生することになる。

支点に近づくにしたがって、部材が立体的に接合される箇所が増加してくるが、こういった接合位置では鋳鋼品を利用した。力学的な力のやりとりが完全にできて、しかも、コンパクトな接合部は、必要な形状に一体成型できる鋳造の技術が適しているからだ。右写真はこの構造で設計した鋳鋼部品の一例であるが、大屋根からの3つの部材、バックステイの2本のセミパラレルワイヤケーブル、下からの支柱、合計6つの部材を一挙に接合する場合である。ここでの力のやりとりは軸力系であるから、ただ、1本のピンでそれらを接合できれば簡便である。その媒体として鋳造した鋳鋼品を用意するわけである。
鉄鋼橋梁では古来からよく利用されてきた技術を、建築に応用したものである。こういった考え方の部品をこの建物に多用して接合部を簡潔にしており、その設計が先のジオメトリーと関連してくるから、大屋根全体の構成と接合部というきわめて部分的な問題とを同時に解き明かしていくことが重要になってくる。


大屋根のジオメトリー図


支柱とバックステイ


バックステイ端部


支柱脚元


トラス


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Updated March 9, 1998