チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[31007] 空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない(零・碧の軌跡)
Name: 白山羊クーエン◆2c4c4cde ID:17b52253
Date: 2012/01/06 22:29

 永い夢から覚めたような感覚を覚えて、ロイド・バニングスは彼方にあった意識を引き戻した。
 眼前には人の良さそうな老夫婦が小さくゆっくりと会話を重ねている。
 右手を見やると景色が後方へと消えていき、ふと列車に乗っていたことを思い出した。

 閉ざされた瞼を開けた反動なのか視界はぼやけており、無意識のうちに視線を下げて開かれていた掌を見る。
 黒の指なし手袋が変わらず存在していたが、その内側にはじっとりと汗を掻いていた。
 眠っていたのだろうか、掌の感触から派生するように全身の感覚が蘇ってきてぶるりと身体を震わせる。全身で汗を掻いていた。

 暖かな気候になりつつあるこの地で、中天を目指す太陽の光は確かに温かい。
 しかしこれはそんな優しいものから生まれたのではないと漠然と思えた。
 それは先の、永い夢のようなおぼろげなイメージがそう思わせるのかもしれない。

「あら、起きたの?」
 声の主は向かいの席に座っている老婆だ。
 その視線は見ず知らずの他人に向けるようなものではなくて、故にロイドも他人行儀な態度を取ることはなかった。
「あぁ、はい。眠っていたんですね、俺」
 頷く老婆に伴侶の男性が目配せし、老婆は荷物から水筒を差し出した。
「喉が渇いているでしょう? どうぞ」
「あ、ありがとう……」
 今更ながらに喉の渇きを覚えてロイドは水筒を受け取った。
 レモネードの酸味と甘さが喉を駆け抜け、身体の中心の乾燥地を潤す。美味しい、素直にそう思いつつ、まるで長くそんな感想を抱けなかったように懐かしく感じてしまった自分がいた。

 礼を言って返すロイドは老夫婦と他愛ない会話を交わし、荷物から一枚の写真を取り出した。
 写真には三人の人物が描かれている。
 左手には穏やかな表情を浮かべた女性が、右手には豪快な、それでいて心根の優しそうな青年が。
 そして中心に立つのは背の低い、茶色のくせ毛の少年。
 この写真から三年が経ち、この三人もすっかり変わってしまった。中心で笑う少年は三年の間に警察学校に通い捜査官試験を合格し、今ここで故郷行きの列車で過去を眺めている。

 ロイドは心の中で姉になるはずだったその女性に、憧れの女性を幸せにしてくれるはずだった兄に向けて呟く。
 何もできず、逃げ出すように離れた自分はやっと帰ってきたのだと。これから、真実を暴いてみせると。
 三年前から会っていない人に、もう会えない人に、今の自分の覚悟を呟いた。

 じんわりとした汗の嫌な感覚は消えており、窓は開いていないのに風が吹いた気がした。これから始まる新たな人生を歓迎するように、ロイドを乗せた列車は貿易都市へと入っていく。

 ふと、ロイドは覚醒以前に思いを馳せた。
 眠っていたのだから夢も見る。しかしその光景はまるで夢と思えないようなものだった。
 馬鹿馬鹿しい、いくら荒唐無稽な夢でも、夢を夢と自覚することのほうが稀なのだ。
 ロイドは一般論でその考えを振り払い、頭を振ることでそれを強調した。
 茶色の髪が左右に揺れ、やがて治まったが、その時ロイドは初めて胸に何かがあるのに気がついた。
 掌を見たときには気づかなかったそれは青と白のお気に入りの上着から見える黄色のタートルネックから窺える。


 ―――それは、誰かの涙のような白い石だった。






 空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない





 クロスベル自治州。
 大陸西部にある黄金の軍馬『エレボニア帝国』と東部にある民主国『カルバード共和国』の二大国が宗主国となっているこの地は、大陸の貿易における要所である。
 全てが入り乱れたこの都市は常に人々の興味関心の対象であり、また世界の暗部にとっても同様な故に“魔都”と称されることもある。

 老夫婦と別れたロイドは三年ぶりの故郷の変化に目を瞬かせた。
 記憶にない巨大な建物に囲まれたクロスベル名物の鐘楼が懐かしい。
 人通りは激しく、時折高級品である導力車が過ぎ去っていく。
 中央広場はクロスベル駅から最初に通る文字通りクロスベルの顔である。

 警察学校を卒業したロイドの最初の目的地は勿論クロスベル警察本部である。
 中央広場一の集客率を誇る百貨店と、記憶とは違いモダンな雰囲気となったオーバルストアの間を通り、噴水のある行政区へと進む。

 行政区には大きな建物が三つ。
 右手に見えるのが図書館であり、ロイドが懇意にしていた一家の一人がここで働いている。
 正面に見えるのは市庁舎。丸い帽子を被った中央棟から左右対称に二棟が伸び、W字状になっている。
 そして噴水を越えて見える建物が目的の警察本部であった。

 市庁舎の前を通り向かうロイドはふと警察署と市庁舎の間の道が封鎖されているのを確認した。
 一目で工事中とわかるそれを見て、近々新しい名所が完成すると新聞に書いてあったのを思い出した。
 こんな僅かな距離でもクロスベルを離れた時間の長さを思わせる。
 少し影を落としたロイドはしかし新たな始まりのために叱咤し、警察本部へと入っていった。


 受付にいたツーテールの少女フラン・シーカーに同業だと告げ、ロイドは改めて本題を口にする。
「配属先は特務支援課なんだけど……」
「特務支援課、ですか? 聞き覚えがないですけど、ちょっと待っててくださいね」
 カタカタと横手のキーボードを叩く。おそらく検索を行っているのだろう。
 まともにキーを打ったこともないロイドはそれを感心しながら見ていたが、やがてあげられる困惑の声に嫌な予感を覚えた。
 フランはおずおずと結果を口にする。
「あの、特務支援課って部署はないんですけど……」
「そんなっ、だって俺はそこへの辞令を受けて―――」
 わけがわからないと二の句を告げないロイドと対応に困るフランだが、左から聞こえためんどくさそうな声が状況を打開する。

「おお、すまんな。そいつは俺ントコだ」
「え? あ、セルゲイ警部。そっか、警部のところの新部署だったんですね」
「そういうことだ。ロイド・バニングスだな、ついて来い」
「へ? あ、はい!」
 するりと入ってきた中年の男はフランとの会話を早々に切り上げてロイドを顎で呼びつける。
 一瞬思考が停止したロイドだが、会話内容を反芻して自身の上司だと気づいて挨拶をしようとするも、それを見越したように後にしろと遮られた。

 特徴のない灰色の通路を猫背の後姿を見ながら歩くロイドは今までの流れのせいか、不安と疑問が溢れていた。
「あの……」
「ここだ」
 しかしこれも質問するタイミングで遮られ、少々煮え切らない形で先に消えていく後ろを見つめる。扉の先にあるのは当然の如く部屋だ。
 一つ深い息を吐いて、ロイドは違う世界に歩みを進めた。





 長机に収まる椅子はそれなりの量であったが、役目を果たしていたのは僅かに三席のみ。
 枯れ木も山の賑わいとは言うが、今回に限りそれは当てはまらなかった。
「これで全員だな。おい、自己紹介しろ」
 水を向けられたロイドは改めて三席の主を見やる。
 最初に目に入ったのは純白の髪の女性。優しい雰囲気ながらその目には凛々しさもあり、まるでお嬢様のようだった。
 綺麗な女性(ひと)だと、そう思った。
 次に見たのは赤毛の派手な男。オレンジのコートはそれに拍車をかけて陽気さを醸し出している。
 僅かに細められた瞳はこちらを見定めているようだった。

 そしてロイドは目を見張る。
 最後の人物は、少女。薄い青の髪と全身黒の衣装も目を惹きつけるが、何よりもその小柄さは座っているにも拘らずわかるほどだった。
 あまりにも場違いな少女に思考が渦を巻き、言われたことも忘れてしまった。
「どうした。名前と出身だけでいい」
 自己紹介をしろと言われていたことを思い出して慌ててロイドは改まった。
「ロイド・バニングス、出身はクロスベルです。警察学校を卒業したばかりで若輩者ですがよろしくお願いします」
 ふぅと息を吐いたところで次という声が聞こえ、立ち上がったのは白の女性だった。

「初めまして、エリィ・マクダエルです。出身はクロスベル、どうかよろしくお願いします」
 佇まいも優雅で、これは本当に良いところの出かもしれないと名前を反芻しながら思う。
「ランディ・オルランドだ。元は警備隊にいたんだが、まぁ今はいいだろ。よろしく頼むぜ」
「ティオ・プラトーです。よろしく」
 名前と顔を確認しながらロイドは隣の上司を見る。
「そして俺がこの課の責任者のセルゲイ・ロウだ。くく、よくもまぁ集まったもんだ」
 セルゲイは不敵に笑って締め、早速仕事だと早々に出て行く。
 残された四人は置いてきぼりにされる中、不安という感情を共有した。




 クロスベル駅の前は一本の道しかない。中央広場へと続く側と、空港や病院へと続くウルスラ間道方向だ。
 その一本道から外れるようにある階段を下っていくセルゲイを少し離れて追うロイドら四人。
 乱雑に置かれた箱の山を行き止まりとして、セルゲイはその手前にある扉の鍵を開けた。
「セルゲイ課長、ここは―――」
「ジオフロント。そのA区画ですね」
 ロイドの問いを先回りするようにティオが答える。ロイドはその答えにあぁと思い出し、呟く。
「確かクロスベルの地下にある広大なスペースだったか」
 「…………」
 その多くは使われていない無駄な場所。エリィはそれを思い、やりきれない気持ちになった。

 セルゲイは言う。
「そうだ。そして今回の任務は、まぁ軽い試験だな」
「試験?」
 辞令が届いたのに試験とは、一体どういうことなのだろう。
「難しく考えなくていい。ジオフロントには魔獣もいてな、ちょうどお前たちの能力の確認にもってこいってわけだ。奥まで行って来い」
 そう言いながらセルゲイは鍵を放り投げ、ロイドは慌てて受け止める。
 と思ったら次々と別なものが放られ、反応できないロイドの代わりにランディが受け取った。

「エニグマは持っているな?」
『エニグマ』は戦術オーブメントと呼ばれる導力器だ。
 見た目は懐中時計のように平べったい球形で、内部にはスロットと呼ばれる四角い穴が七つ開いている。
 エニグマはその戦術オーブメントの第五世代である。
「そのクオーツは支給品だ。防御1・HP1・攻撃1・回避1、それぞれ付けておけ」
 ロイドはランディの受け取ったバゲットカットの物体を見る。
 それぞれ琥耀石・水耀石・紅耀石・風耀石の欠片を凝縮してできたものだ。このクオーツをエニグマのスロットに嵌めることで七耀の加護を得ることができる。

 五十年前、エプスタイン博士が導力というエネルギーを発見してから時代は急激な変化を見た。
 大地に遍く巡っている七耀脈の力を使用可能にしたこの発見で、人々は導力を欠かせない存在にしてしまった。
 七耀脈には七つのベクトルがあり、それぞれが地水火風、そして上位属性である時・空・幻と呼ばれている。
 クオーツとして使われるのは、その属性エネルギーの結晶の欠片である。

「ああ、あとこれな」
 セルゲイは思い出したように手帳を二冊よこし、エリィが受け取る。
「捜査手帳と魔獣手帳だ。こまめに記録しろよ」
「はい」
「じゃ、あとは任せた。エニグマについてわからなかったらティオに聞け」
 煙草のケースを取り出しながら去っていくセルゲイははたと止まり、置き土産を置いていった。
「リーダーはロイドな。捜査官資格持っているのお前だけだから」
「へ?」
 唖然とするロイドを振り返りもせずにセルゲイは去っていく。
 その頭上には薄い煙が立ち込めていた。完全なる歩き煙草である。

「へぇ、お前さん捜査官の資格を持ってんのか」
 背後から感心したような言葉が聞こえてロイドは我に返り、出会ったばかりの仲間を見た。
 先の言葉は赤毛の男、ランディ・オルランドである。
「あ、ああ。つい最近とったばかりだけど」
「でもその年齢で捜査官だなんて。改めてよろしくお願いしますね、ロイドさん」
 白い髪を揺らして言うエリィになんだか気恥ずかしくなってしまったロイドは、しかしそれを表に出さないように努める。
「ああ、呼び捨てでいいよ。見たところ同い年くらいだし」
「そう、じゃああなたは?」
「俺は21だが一緒で構わねぇ。なんつってもこれからは同僚だしな」
 気さくに答えるランディによろしくと言いつつ、ロイドはティオを見た。

「それで、キミは―――」
「わたしは14ですが、問題ありますか?」
「そっか14か……って、14歳じゃ警察官にはなれないだろっ!?」
 驚くロイドにティオはめんどくさそうにため息を吐いた。
「……わたしは正確には警察官ではなく、エプスタインからの派遣です」
 エプスタイン。
 正確にはエプスタイン財団と呼ばれるそれは、導力を発見したエプスタイン博士を創始者とするオーブメント製造の大組織である。
 本部はクロスベルではなくレマン自治州にあるので、少女もその出身だと思われた。
「あ、だからセルゲイ課長が言っていたのね」
「ええ、よろしければエニグマについて説明しますが?」
 首肯する三人を見やり、ティオは説明を始める。

 エニグマは従来の戦術オーブメントと基本的な性能に差はない。
 クオーツをスロットにセットすることでそのクオーツが引き出す加護と属性値を得られるが、属性値については同じライン上に並んでいる値の合計が記される。
 中央のスロットから繋がるラインは千差万別であり、ラインの数が少ないものが属性値で以って優位になる。そしてその属性値によって決まるのが導力魔法(アーツ)である。

 クオーツより引き出される七耀脈のエネルギーを外部に放出する導力魔法は、その属性値を満たした場合に使用することができる。
 つまりは一本のライン上にどれだけ属性値を集められるかが重要なのだ。
 またエニグマには通信機能が備わっており、クロスベルで行われている導力通信の試験試行と合わさって市内であるならば自由に会話が可能である。 隠し機能としてエニグマは常に微弱な導力波を放っているが、それが有用とされることはないだろう。

「―――と、ここまでで何か問題はありますか?」
「いや、十分だ。ありがとうティオ」
「流石に詳しいわね、ティオちゃん」
「…………どうも」
「さて、お次はそれぞれの戦闘スタイルを確認しねえか?」
 仕切りなおしのようにランディはエニグマ講座を打ち切り、背中に持っていた得物を取り出す。
「これは……」
「警備隊の奴らは皆持ってるスタンハルバードだ。導力で振動を起こして衝撃を上げられる。見た目どおりの接近戦用のもんだ」
 お前は、という視線に応えてロイドが腰のホルダーから引き抜く。
「警察で導入されている特殊警棒、東方のトンファーを参考にしている。防御・制圧に長けたものだよ」
 男二人は奇しくも同じ近接戦闘用の得物であり、ランディはロイドを見て笑った。

 次にエリィが白い導力銃を取り出すが、ロイドは目を瞬かせた。
「これは、戦闘用とは思えない装飾だけど―――」
「ええ、これは競技用の導力銃よ。でも私はずっとこれを使っていたし、特別に改良してもらったから戦闘にも耐えられる。
 精度も期待してくれていいわ」
 両手で銃を掲げて笑うエリィの横で、ティオが長物を用意していた。
「わたしのは今回の派遣の目的でもある魔導杖です」
魔導杖(オーバルスタッフ)? 聞いたことないな」
「当然です。これはエプスタインで最近開発されたもので、試験運用段階ですから」
「おいおい、誤作動なんてしないだろうな」
 ランディの言葉にティオは目を細めて睨む。
「その為のわたしです」
 ランディは一瞬きょとんとしたが、やがて大笑いしながら謝った。
「それにしてもバランスが良くて助かったな。早速クオーツをセットして入ろう」
 相談の結果ロイドには防御1、エリィに回避1、ランディに攻撃1、ティオにHP1が付けられ、四人は初仕事の場に赴いた。




 ジオフロント内部は銅色の壁と大小様々なゴムホースで着飾った空間だった。通路は狭いが、それでも四人が横一列に並んでもなお余裕がある。
 魔獣と遭遇しても十分対応可能だった。
「捜査手帳と魔獣手帳は全員が具に書き記すこと。これは鉄則だ。とは言っても捜査手帳は捜査官しか持てないから、皆は代わりのものを用意することになるけど」
「ふふ、了解」
「かぁー、警察でもこんな面倒なことするのかよ」
「むしろ警察だからでは?」

 四人はそれぞれ適度な緊張感を抱いて初期の確認をする。
 警備隊・エプスタイン・一般と特務支援課に配属する前が様々なので、ロイドは警察学校で教わった基本的なことを話していた。
「お嬢、任せた」
「任されません。というかお嬢って……」
 ランディとエリィの会話を聞きながらロイドは少し後ろを歩くティオを横目で見る。
 14歳という成人に達していない少女がこの場にいることを、ロイドはあまり納得していない。もしものことがあったら真っ先に守る必要がある。
 そんなことを思って、いやと頭を振った。
(全員を守るのが当たり前だろ。しっかりしろ、ロイド・バニングス)
 そんなロイドをティオはしっかりと観察していた。

 魔獣に最初に気づいたのはへらへらと会話を楽しんでいたランディ・オルランドだった。
「来るぞ」
 彼の見つめる先から現れたのは巨大なねずみ。通常の五倍はあろうかというもので、意味も無くジグザグに走りながら近づいてくる。
「気を引き締めていくぞっ」
 ロイドの声が空間に反響し、四人は一斉に行動を開始した。
 ロイドとランディが二手に分かれ、左右からの挟撃を狙う。
 魔獣はランディのほうに狙いを定めて飛び掛るも、空中でその身体を硬直させた。
 エリィの射撃がピンポイントで魔獣を貫いたのだ。それを確認して、ランディはハルバードを上段から振り下ろして跳ね飛ばす。
 地をバウンドして離れた魔獣は起き上がろうとして、しかし横薙ぎに振るわれた杖を見た。
 瞬間電撃を喰らったかのように全身を激しく痙攣させ、そのまま絶命する。
 琥珀色の湯気のような物体が身体から吹き上がり、残ったのは大きく身体を小さくしたねずみだった。

 ランディはハルバードを肩に背負って言う。
「ま、こんなところか。お嬢、別に援護はいらなかったぜ?」
「ふふ、私だけ何もしないのは気が引けたのよ」
 ロイドはその言葉にぎくりとして二人の視界に入らないように移動しようとしたが、ティオにはばっちり見られていた。
「ロイドさんは何もしていませんが」
「あ、あはは……」
 別に守る必要はないのかとロイドは意識を修正した。
 仲間とは協力して事を為すパートナーだ、一方的に守ることじゃない。
 当たり前のことなのにどうしてか忘れていた自分が恥ずかしかった。

 一瞬頭の中に黒い靄が浮かんだ気がした。
 しかしそんな感覚はすぐに消え去ってしまった。
「おいおいしっかりしてくれよリーダー、つってな」
 ランディの言葉にティオとエリィが微笑む。ロイドはまぁいいかと一緒になって笑ったが、今度は別のことが頭を過ぎった。
 さっきの魔獣への疾走、自分の予想以上に速度が出てしまって挟撃にならなかった。
 また魔獣の細かな所作に目がいっていた。こんなことは今までになかった。
(気のせいかな)
 歩き出した三人に追いつこうとロイドは小走りになる。胸元では白い石が踊っていた。






初出:12月29日
改定:1月6日 クオーツの形状
小説家になろう様にも投稿しました。




[31007] 1-2
Name: 白山羊クーエン◆2c4c4cde ID:da9c9643
Date: 2011/12/30 21:15


 途中で地上に出る梯子を見つけた以外は目立った変化はなく、時々現れるネズミや羽虫型の魔獣を難なく撃破していた特務支援課。
 ついさっきも初見の魔獣を討ったところで各自魔獣手帳に書き込んでいる。内容については個人の性格が表れていた。

「――――――」

「―――今何か聞こえなかった?」
 進行方向から音が聞こえた気がしてエリィが前を見る。記入を中断して全員が視線の先を眺めた。
「いや、俺は聞こえなかったけど」
「音、つーかおそらく声だな」
 聞き漏らしていたロイドだがランディは更に特定して返す。
 ティオが待機状態の魔導杖を起動させた。
「探査しましょうか?」
「できるの、ティオちゃん?」
「お待ち下さい。―――アクセス」

 魔導杖を一度振り下ろすとティオの足元に水色の魔法陣が現れる。
 その陣からは同色の光が立ち込めティオの周りを覆い、表情を照らした。
 数秒の間目を閉じていたティオが再び目を開けたのを契機として魔法陣は消え去り、その時には成果が得られていた。
「この先20アージュの地点に誰かがいるようです」
「ほぉー、すげぇなおい」
「ちょうどこの扉を抜けた辺りか。でも一体誰が……」
 ロイドは眼前の閉じられた扉を見る。今まで何度か通過したもので、普段開閉されていない証拠か錆び付いていてなかなか固い。
「さっきあった梯子から来たのかしら」
 おとがいに手を当ててエリィが悩む。とにかく、と会話を切ってロイドは言う。
「もしもの時に備えながら先に進もう」

 それぞれ得物を取り出し一層の注意をしながら扉を潜る。
 しかしその先は今までと変わらない一室だった。人の気配はない。
「……おかしいな」
「誰もいない、わね」
「もう一度走査します」
 先ほどと同じように走査を行うと、ティオは不思議そうな顔をしながら上を見上げた。
「この上にいるみたいですけど……」
「上?」
 この場所の上となると地上になってしまう。それでは声は聞こえないし、人がいるのも当たり前だ。
 全員がきょとんとする中、ランディが呟く。
「通気用のダクトが伸びているな、あそこじゃねぇか?」
 全員が見たそこには確かに先に進む以外の入り口がある。目的を考えればそれは広いと言えたが、流石に人が進むには狭そうだ。

 ランディはそのまま待機し、三人で入ることを決めた。そして―――
「―――で、いたのがこいつってわけか」
ランディが見たのはエリィと手を繋いでいる涙目の少年だった。
 アンリと名乗る少年は友人とこのジオフロントに潜り込んだらしい。侵入経路は睨んだとおり梯子からだった。
「ああ、そしてもう一人が行方不明だ」
 ロイドの言葉にアンリは嗚咽を漏らしながら言う。
「ご、ごめんなさい……気がついたら、もういなくて……」
「大丈夫よ、私たちが絶対見つけるから」
 宥めるエリィの横でティオが再び魔導杖を起動した。
「……ここから四フロア先の地点に人らしき熱源を感知しました」
「わかった、ありがとうティオ」
「さてどうする、二手に分かれるか?」
「アンリ君を送る班ともう一人を探す班ね」

 ランディの問いにロイドは思考する。
 二手に分かれた場合とこのまま固まって行動する場合のメリット・デメリットを洗い出し、最適解を導き出す。
「いや、今二手に分かれるのはまずい」
「どうしてですか?」
「守る対象が二つに、守る人員が二人になる。ここは四人とも未知の場所だし、守る対象は固まってくれていたほうが対処しやすい」
 どうだろう、という風に三人を見やるロイド。
 三人はそれぞれ考えを巡らせていたがどうやら意見はないようだ。
「アンリ、もう少し頑張れるか?」
「だ、大丈夫です。リュウを残して一人帰れませんから」
 アンリは涙を拭いて精一杯の言葉で応じ、特務支援課は護衛対象を連れたまま先を急いだ。





 空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない





 エリィ・マクダエルは自身の射撃精度に自信を持っている。
 それは警察学校に入らずに警察官になれた理由の一つであるし、競技大会でもかなりの成績を残しているからだ。
 しかしそれを現配属先の三人は知らない。
 数度の戦闘で移動標的を正確に射抜きはしたものの、特別素早い魔獣はいなかったし、当たり難そうな魔獣には外してしまったりもしている。
 勿論その魔獣が当て難いことは他の三人も理解しているが、自己紹介で言ってしまった台詞を思い返して恥ずかしくなるのは自分だけである。
 挽回の機会を、と言うほど気にはしていないが、これから先を考えれば早めに結果を出したいところだった。そう思いながらも最善はこのまま銃を抜くことなく、という考えは彼女の人柄の表れだった。
 だからこそ、フロアに入ってから聞いた最初の言葉に驚きながらも、彼女は複数の標的を射ち漏らさなかった。


 扉を開けて最初に見たのはゼリー状の魔獣に囲まれている少年の姿だった。
 瞬間的に間合いを計る。
 遠い。
 次に考えを巡らせることなく口から言葉が零れ出た。
「エリィ!」
 アンリの為に後方に下がっていたエリィは反応するや否や散開する六匹の背後に波紋を広げる。
「リュウ!」
「あ、アンリ!」
 アンリの声に驚く少年リュウを視界から外さないように努め、次の指示が身体の動き出しと共に出る。
「ティオ、護衛頼むっ」
「了解です!」

 後ろからの衝撃で攻撃対象を変えた魔獣がエリィに殺到する。しかしエリィに到達するのは魔獣ではなくロイドのほうが先である。
 エニグマに紫電が走りエネルギーが消費される。
 同時にロイドを淡い光が包み瞬間加速。左足を一歩前に出し腰を捻り、本来の腰ほどまで身体を屈めた。多角的に迫る魔獣が射程内に入るのを頭で理解することなく腰の捻りを解放する。
 横薙ぎに三度、両の得物で計六度の打撃が遠心力とともに打ち出され、飛び掛っていた魔獣を叩き落す。
「ランディ!」
「おっしゃあ任せろ!」
 背後からロイドを飛び越したランディはハルバードの導力を発動する。唸りを上げて大気を震わせる斧槍を両手で抑え、落下のエネルギーを伴って魔獣たちの中心地を抉る。
 地に到達すると同時に衝撃波を撒き散らしたスタンハルバードは次いで持ち主の意志に基づき空間を横薙ぎにする。
 衝撃波で宙に浮いていた魔獣は二撃を避けきれず、その身体を両断された。

「…………」
 光る蒸気を上げて小さくなる魔獣をリュウは呆然と眺めていた。
 彼にとっては一連の動作が速すぎて見えず、ついさっきまで自分を怖がらせていた存在がいなくなったことにも実感がわかなかった。
「リュウ!」
 しかし走ってきたアンリにようやくその事実を気づかされ、少年は感心した様子で言う。
「へぇ、なかなかやるじゃん」
「何言ってるのさリュウっ、お兄さん達が来なかったらどんな目に遭ってたか……」
「……まぁ、確かにやばかったけどさ。それより、なぁ! あんたら新しい遊撃士だろ?」
 喜色満面の笑みで話しかけてくるリュウに対し、四人はため息を吐いた。

「おい坊主、それより先に言うことがあるだろがよ」
「ん? ああ、さんきゅー」
 更にため息を一つ。ティオは目を細めて睨んだ。
「反省してませんね」
「全く……それと俺たちは遊撃士じゃなくて警察官だよ」
「警察? ってクロスベルの? ほんとかよ!?」
 警察という単語に顕著に反応したリュウは不思議がる支援課をよそに堰を切ったようにしゃべりだした。
「警察って何にもしてくれないことで有名だろ!? 困ってる時に助けてくれるのは遊撃士だけだって父ちゃんも言ってたし……なんだよぉ、せっかく新しい遊撃士に助けてもらったのかと思ったのに……」
「ちょっとリュウ、皆さんに失礼でしょ!?」
 アンリは助けてもらった恩人を馬鹿にしているリュウを諭そうとしているがリュウは聞く耳を持たない。
 基本的に受身がちなアンリをリュウが引っ張るというのがこの二人の関係性なのだからそれもやむを得ないのかもしれない。

 四人はリュウの言葉を黙って聞いていたが、たまらないといったようにランディが口火を切る。
「は、容赦のねぇことで」
「……でも事実だわ。クロスベルの警察に対する不信感はとっくに頂点に達している。なまじ遊撃士が優秀なばかりに、比較対象である警察を良く思っている人は少ないでしょうね」
「……やっぱり、そうなのか……」

 クロスベルは帝国と共和国、両国の意志が如実に繁栄されている都市だ。そしてその二国間の関係上、クロスベルを単独支配せんと裏でいくつもの工作がなされている。それを取り締まるのは当然の如く警察なのである。
 しかし警察上層部が両国から袖の下をもらっているという事実は多聞に及ぶ。両国の為になるようにクロスベルの平和を守る、ということの矛盾を理解できないほど市民は馬鹿ではないのだ。
 そしてその点に関して、国政に関わらないという規則を持ち、民間人の安全を最優先に行動するという遊撃士協会はうってつけの存在である。
 故に市民の要望は警察にではなく遊撃士に廻されることが多い。
 結果、クロスベルにおける遊撃士協会は地位を確立し、その代償の激務に励んでいるのである。

 ロイドは予想していた事実を目の当たりにしたにも関わらず衝撃を受けていた。
 クロスベルの歪みについては離れていた間に知っていた。ロイドにとって警察とは誇り高く正義を追い求めるものであったから、しかしそれでもという思いが今もある。
 だから、苦しくともそれを受け入れなければならない。

「二人とも、とにかく今はここを出よう。遊撃士じゃないけど、一警察官として二人のことは守るからさ」
そしてそんな現状など今のロイドには無意味だ。今大切なのはこの二人の少年を無事に地上に帰すことなのだから。
 わざわざ膝を着き視線を合わせたロイドにリュウは目を瞬かせていたが、すぐに笑顔になった。
「じゃあ折角だから兄ちゃんたちの世話になるよ!」
「リュウっ、それじゃなんか偉そうだよぉ」
 あーだこうだと会話を続ける二人を微笑ましく思いながらロイドは立ち上がった。
「よし、それじゃ―――」

「いや退がれっ!!」
 突然の叫びに咄嗟にリュウを抱えられたのは我ながら見事だった。
 しかしそう思う暇もなく、飛び退く前にいた場所を見る。
「ォォォォォォォォ……!」
 小さな唸り声はどこから出しているのか、その巨体からは想像がつかない。
 卵に似た巨大なスライムはその身体を半透明にして内臓をチラつかせ、その下部をなめくじのような鎧で覆っている。上部から伸びる二本の触手がうねうねと怖気を呼んだ。
「この魔獣は……!」
「危険度大っ、まずいです……!」
 アンリはランディが抱えていた。それにホッとするとともに二人を後方に退がらせる。状況はよくなかった。
「ち、こいつは骨が折れるぞ……」
 ハルバードを構えたランディがぼやく。エリィもティオもそれぞれ構えていたが、その頬には汗が流れていた。
 選択肢は一つしかない、ロイドは先頭に立ってトンファーを構えた。
「ロイドっ!?」
「皆、ここは俺に任せて―――」











 “―――大丈夫です。私に任せてください”
 “―――これは僕にしかできないことなんだ。任せてほしい”












 ひどく、耳鳴りがする。それ以外は何も聞こえない。ただ、懐かしい声を聞いた気がして。









 急に視界が開けた気がして、自分のすべきことがわかった気がした。
「エリィ、ティオ! 退がって援護を! ランディは力を溜めてくれ! 俺が隙を作るっ!」
 自分がしようとした行為がとても恐ろしいような気がして、それ以上に尊い気持ちになって、気がつけばロイドは指示を出していた。
 自身が突っ込むという危険を冒すのは変わらなかったが、仲間を逃がそうとは思わなかった。
「っ! がってんだ、リーダー!」
「ええ、任せて!」
「了解、援護に徹します!」
 エリィもティオもランディも、どうしてか前より焦燥を感じない。頬を流れていた汗は地に落ちてそれっきり。
 不思議となんとかなるような気さえした。
「行くぞっ!」
 ロイドの鼓舞が突き刺さる。
 全身に活力が沸いてきた四人は各々の最善を行おうとして―――

「え…………」

 ぞわりとした気配を覚えて全員が魔獣から目を逸らし、その頭上を見た。
「………………」
 長い黒髪に赤と茶のコート。頬の傷跡と腰に挿した剣。
 強烈な力を感じさせる存在がそこにいた。

 視線は半強制的に魔獣から逸らされた。そして魔獣ビッグドローメは咆哮とともに光に包まれる。
「導力魔法っ!?」
 エリィが気づくもその詠唱時間は短く、ビッグドローメから光が消えた瞬間、足元から暴風が吹き荒れた。
「ぐぅぅぅっ!」
「きゃああっ!?」
 風属性のアーツ『エアリアル』。中範囲を風が呑みこみ切り刻む中位導力魔法である。
 ランディ・ロイド・エリィの三人は吹き付ける風の刃に動きを封じられ、無数の切り傷を作っていく。

「皆さんっ!?」
 唯一離れていて難を逃れたティオがアーツの詠唱を開始しようエニグマを持ち、中央のスロットからラインをなぞり属性値を満たそうとする。
 しかし、
(足りない……!)
 ティオのエニグマにセットされているクオーツはHP1のみ。水属性で、回復魔法である『ティア』は使えるがその効果は一人にしか与えられない。複数対象の『ブレス』は風属性、しかも属性値は高くすぐには使用できない。
「エニグマ駆動っ!」
 それでもティオには選択肢はない。『ティア』を詠唱し、発動。
 幸い威力が少ない魔法故に駆動時間は少なく、慈愛の青い光がロイドに降り注がれた。

「ぐぅっ、ティオ!」
「ロイドさん、指示を!」
 暴風が止み傷ついた三人はそれぞれ膝を着いていた。
 回避1を付けていたエリィは二人より僅かに傷が少ないが元々の体力が二人に及ばず、結果として三人は同程度の損傷具合だった。それでもティオがロイドを選んだのは、彼のリーダーとしての質に賭けたのである。
「回復アーツをエリィに! ランディ、立てるか!?」
「なんとかな……だが正直厳しいぜ……」
「エリィを後ろに運んでくれ! 俺は―――」

 ランディがエリィを支えて退がり、ティオは再び詠唱を開始した。しかし同時にビッグドローメも詠唱を開始する。ロイドは舌打ちし、なんとか危機を抜け出す方法を考えた。
 しかしそれは相手にアーツを撃たせないことが要である。既に詠唱に入ったビッグドローメはそれゆえ動くことはない。しかし普通の攻撃では詠唱も解除できない。
 そして、今のロイドには詠唱を解除する術はなかった。つまりは、詠唱を終える前にこの魔獣を倒すしかないのである。
(くそっ、何か……何かないのかっ!?)

「―――ここまでだな」

 ふと、目の前に男が立っていた。それは魔獣の頭上にいた剣士である。
「…………あ」
 そしてその後ろでは、細切れになった魔獣が光に融けていた。
 刀を鞘に戻す姿を見て、ああ、それで斬ったのかと得心した。

「す! すっげぇぇぇえええ!!」
 呆然とする四人の背後から叫声を上げてリュウは男に駆け寄った。
「アリオスさんちょーかっこいい! いいもん見ちまったぁ!!」
「本当にすごいです!」
 アンリも一緒になって群がり興奮している。
 アリオスと呼ばれた男は二人を交互に見て、言った。
「二人とも無茶をする。あまり危険なことをするな」
「う……」
「ご、ごめんなさい」
「無事ならいい。さて、戻るぞ」
 アリオスはくるりと反転し、戻ろうとする。そのまま扉を出ようとして振り返った。
「どうした、戻らないのか?」
「え? い、いえ戻ります……!」
「………………」
 アリオスはエニグマを取り出しアーツの詠唱を始めた。
 それはほどなく終わり、支援課の四人を包み込む。清涼な風が彼らを癒していった。
「あ…………」
「傷が……」
「なら後ろの守りを頼むぞ、気を引き締めろ」
 そう言い残してアリオスは少年二人を引き連れて出て行った。
 四人は姿が見えなくなったのに気づいて慌てて走り出す。走り出せるほどに回復していた。

 エリィは呟く。
「そう、あの人がそうなの……」
「ん? お嬢、知ってるのか?」
「ええ、クロスベルで知らない人はいないと思うわ」
 エリィの言葉に頷いてロイドは彼の人の背中を見た。
「クロスベルの守護神、最強のA級遊撃士。“風の剣聖”アリオス・マクレイン」
 その背中はとても大きく見えた。





 懐かしい地上は夕陽に照らされ、地下にいた身に沁みる。
 目を細めて見た先ではアリオス・マクレインとリュウ&アンリが写真責めにあっていた。ただしカメラマンはただ一人である。
「いやー流石はアリオスさん! 颯爽と子ども二人の危機を救い出しちゃってもう!」
 黄色のスーツに適度に反った灰色の髪が似合う女性はカメラを離さず質問を続ける。
「鐘楼付近で子どもがいなくなったと聞いたからな。最悪を考えて行ったまでだったが……」
「いやいや、ちゃんと根拠があったんでしょう? 流石はクロスベルの守護神ですね!」
「過ぎた評価だな。それに今回は彼らのおかげでもある」
 そう言ってアリオスは振り返り特務支援課を見た。すかさず女性が駆け寄りシャッターを乱射する。

「あ、あの……」
「うーん。警察の新部署特務支援課の初任務はクロスベルの英雄に手柄を取られる苦い経験となった、ってところかしらー」
「な……!」
 いきなりの発言に驚き何か言おうとするが、それは別の発言に遮られた。
「―――いや、彼らはよくやっていた。安易な自己犠牲に頼らず窮地にも決して諦めなかった」
 またしても驚く四人は場の発言権をもらえない。顎に指を添えて女性は唸る。
「ふむ、でもアリオスさんにその窮地を救ってもらったんですよね? なら変えなくていっか」
「もう十分だろう。ギルドに戻る」
「あ、後で協会にも伺いますからー」

 少年たちを連れて去っていくアリオスの背を眺めていた支援課と女性だが、女性が急ぐ旨の呟きを漏らしたことで硬直が解けた。
「まぁこれの記事はおねーさんの激励だと思ってよ。個人的には期待してるんだからさ」
「はぁ……」
「それじゃあね。もっと精進しなさい。次回のクロスベルタイムズをよろしく」
 鼻歌を歌いながら女性は去っていく。地上から出た四人を待っていたのはさながら台風のようだった。
「……戻ろう」
「ええ」
「少々疲れました……」
「つかどこに行きゃいいんだ?」








「まぁ多少のトラブルはあったがこんなもんだろう」
 警察本部に場所がない特務支援課は中央広場にある元クロスベル通信社雑居ビルが分室となっていた。
 そこには既に四人の荷物が運ばれており、それは居室と同化していることの証拠であった。四人はおっかなびっくりビルに入ったところをセルゲイに捕まり、セルゲイの執務室に集まっているところである。

「キツネのお小言に加えて内部の評価も聞いてきたんだろう? まぁあれが警察本部の反応って訳だ」
 一度警察本部に戻っていた四人はそこで副局長に理不尽な怒りをぶちまけられていた。
 遊撃士に手柄を取られることに過敏に反応しているところにクロスベルの現況が窺える。
「……特務支援課は、結局何をする課なんですか?」
「簡単に言っちまえば市民の要望に応えて様々な問題を解決することだな」
「それって遊撃士と同じじゃねぇか」
「そうですか……」
 ランディはため息とともに感想を言い、エリィは半ば予想していたのか静かに受け止めた。

 遊撃士の評価がクロスベルで高いのは、高圧的なくせに仕事をしてくれない警察の代わりに問題を解決してくれるからだ。
 そして特務支援課の任務は市民の要望に応えること。正に遊撃士そのものである。
 そして警察内では手柄を奪う遊撃士を良く思ってなく、その真似事をする特務支援課は恥に値する部署なのである。
「副局長が辞退しろというのも頷けますね……」
「なんだ、もう決めたのか? 当然だが辞退するのも構わんぞ」
「いえ、警察の内情を理解したということです」
「そうか。まぁ生半可な気持ちでできる部署ではないってこととお先真っ暗な部署だということは理解しておけ。その上で身の振り方を考えるんだな」
 一晩時間をやると言い残してセルゲイは部屋を出る。残された四人はそれぞれの思いを巡らせて、その後会話することはなかった。





 初出:12月30日




[31007] 1-3
Name: 白山羊クーエン◆2c4c4cde ID:da9c9643
Date: 2012/01/02 16:58



 夜の帳は落ちて、星と電飾が対を為す海を作る。
 人の気配は少なくなり、しかし真昼とは別の活気が確かにあった。

 宛がわれた部屋の簡易ベッドに寝転がり、ロイド・バニングスは天井を眺めていた。外界の頭上とは比べるべくもない質素なものだったが考え事をするには相応しい。余計な情報を入れないほうが思考の整理は容易かった。
 遊撃士の真似事をするくらいなら始めから遊撃士を志すほうが建設的である。捜査官資格まで取ったロイドには当然その気はなく、辞退することが妥当な選択であることはすぐに理解できた。
 それでも迷っているのはどうしてなのか。まずそこからロイドは考えた。
 警察官として、捜査官として自分なりの正義を追い求めることを目的としてきた。

 ―――いや、兄であるガイ・バニングス捜査官を殺害した犯人を見つけることを目的としてきた。

 そう、それがロイド・バニングスの全てだ。
 ならば市民の要望に応えるという遊撃士紛いのこの部署に用はない。用はないはずだ。
 しかし、ロイドはクロスベルに来てからの自分に自信が持てなかった。それはある二点からそうなった。

 一つは……そう。走力の変化だ。
 最初の魔獣との交戦、あの時自身の身体能力に違和感があった。増している速度が不思議だった。
 そして二つ目は、あの巨大な魔獣が出てきた時。
 あの時ロイドは確かに判断したのだ、自分だけ戦って他を逃がすしかない、と。しかし現実ではロイドは仲間に指示を出し全員で戦おうとした。それは何故なのか。

 今までがむしゃらにやってきて、友人こそいたものの仲間と呼べる人はいなかった。
 この変化が今日会ったばかりの仲間によるものだと言うのなら、それはこのまま特務支援課としてやっていくことへのメリットになるのかもしれない。これがきっと、迷っている理由だ。
「…………違う、よな」
 そんな小難しいものではないのだ。
 単純に、ロイド・バニングスはあの三人を気に入って、直感的にこの仲間とやっていくんだと理解してしまった。ただそれだけなのである。

「考えすぎるのも考え物だよな」
 起き上がり、写真を眺める。
 兄であるガイと、その婚約者のセシル・ノイエス、そして昔の自分。
「―――三人はどうするんだろう」
 この迷いに決着を着けるためにロイドは部屋を出た。




 空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない





 予感はしていた。だからこそロイドは三人の元に向かったのだろう。
「ようこそ、俺様の城へ」
 隣室に当たるランディの部屋を訪ねたロイドは、既にかつてとかけ離れた部屋を見て得心した。
 オレンジのソファーやグラビアポスターなどは彼の印象に合っている。
「もう決めたんだな、ランディは……」
「まぁな、面倒なデスクワークも少なそうだし上司もアレだし気楽そうだからな」

「はは……そういえば警備隊にいたって言ってたけど、どうして警察に?」
「お、覚えてたのか流石は捜査官。しかし――――――聞きたい?」
 もったいぶるランディに、これで聞かないとは言えないよなと内心苦笑しつつ促す。神妙な顔をしたランディはそして、
「女絡みで首にされた」
「…………ありがとう、それじゃ」
 ロイドは踵を返した。
「ちょっと待てって。お前さんの本題がまだだろうがっ」
 慌てているのか苦笑しているのかわからなかったが、確かに用は済んでいなかったので立ち止まる。
「折角の捜査官資格を無駄にしそうだもんなぁ」
「―――それもあるけど、目標と離れていきそうな気がして、ね」
「ふむ……」
 ランディは真顔で言葉を咀嚼し、しかしソファーにもたれかかった。

「ま、一晩じっくり考えてみろや。目標を知らない俺がどうこう言っても仕方ねぇし、お前も納得しないだろ? この続きは正式にお仲間になってからにしようや」
 そう言ってランディは目を瞑る。もう話す気はないようだ。
 ロイドは礼を言って部屋を退去した。
 扉が閉まる音を聞いて、ロイドは立ち止まる。
 話を振ったのは自分だが、その答えで場の空気を変えたランディの気遣いは少しだけロイドの心のうちを軽くした気がする。
 さて、と次に訪ねるべき人を決めて階段へと向かったロイドは、降りてくる少女と遭遇した。
「こんばんは、ティオ」
「……こんばんは、ロイドさん」


 一階に降り、執務室の横でてきぱきと機材を組み上げていくティオを眺めるロイドには疑問のマークが浮いていた。
 それはティオの行動に対するものではなく、彼女が組み上げているものがさっぱりわからなかったからである。ティオはため息を吐いて振り返った。
「―――ロイドさんは『導力ネットワーク計画』についてどこまでご存知ですか?」
「えっ、雑誌で見た限りのことだな……」
 その内容もあまり覚えていないとは言えなかった。
「……まぁそれはおいおい話しますが、これはそれにより使用できる汎用端末です。これにより遠方からでも情報伝達が可能になります。専ら警察本部からになると思いますが」

 ティオは早口で言い放ち、また作業に戻る。
 専門的な用語があまり混ざらなかったのは気遣いなのか偶然なのか、どちらにしろ内容を理解したロイドは確認する。
「つまり、ここから指令が届いたりするのか?」
 頷くティオにホッとして、ようやく聞きたかったことを聞くことができた。
「ティオはどうしてここに出向してきたんだ?」
 ピタと手が止まり、沈黙する。ロイドはその反応に嫌な予想をした。
「まさか無理やり出向させられたのか? もしそうならちゃんと嫌って言わないとダメだぞ! 俺も協力するから―――」
「違います」
「へ?」
「ふぅ……この出向はわたし自身の意志です。わがままと言ってもいいくらいです」
 あからさまにため息を吐くティオには非難の感情が見て取れる。ロイドはしゅんとなった。
「ごめん、早合点だったな」
「やれやれです、捜査官ならしっかりしてください。だから自分の気持ちもわからないんじゃないですか?」
「っ!? ……そうだな、そのとおりだ」
 自分の意志すら固まっていないというのは自分の足で立っていないということに他ならない。
 おんぶに抱っこの状態で他人に介入しようというのは無理があるというものだ。
 ティオの言葉にロイドは顔を伏せ、その場を後にする。自室に戻ろうとするロイドにティオは言った。
「わたしにはここにいる理由があります。ロイドさんはどうなのですか」


「今、紅茶を入れるわね」
 現金なもので、ティオに投げかけられた言葉が最後の一人に会う活力を与えてくれた。
 ロイドは三階に上がってすぐのエリィの部屋で紅茶を待っていた。
 本当ならこんな時間に会ったばかりの女性の部屋に押しかけあまつさえ紅茶をもらうなんてことは流石にしないロイドだが、何故か今はその厚意に甘えてしまっている。彼の思考が螺旋を描きすぎているのかもしれない。
「おまたせ」
 ティーカップをロイドの前に置き、エリィはその向かいに座った。
 立ち込めた湯気を何気なく眺めていると心地良い香りが漂ってきてなんだかホッとする。
「落ち着いた? っていうのもなんだか変ね」
 クスクスと笑うエリィに視線を注ぎ、ハッとしてロイドは礼を言った。
「……もうエリィも決めてるんだな」
「まぁね」
「なんでだ?」
 具体的な質問ではなかった。それでもエリィは考え込み、適温にまで冷めた紅茶を口にする。

「私には目的がある。その目的を達成する場所としてはこの部署は最適かなって思ったの」
 どうぞ、と勧められロイドは紅茶を含む。温かさと仄かな甘味が喉を突き抜けていった。
「貴方は新人でありながら困難な捜査官資格まで取った。それだけの目的があったはずよ。それがここで追い求められるか、それが大事だってことはもうわかっているのよね」
 ロイドはカップをテーブルに置き、頷いた。不安を消したいように両手の指を絡ませる。
「わかっているんだ、全部。もしかしたら既に心は決まっているのに、それを認められないのかもしれない」
 情けないな、と自嘲する。こんなに悩む性格だったのだろうか。
 比較対象である兄はどこまでも真っ直ぐだったから余計にそう思うのかもしれない。
 それとも、のっけから調子を狂わされて怖気づいているだけなのか。

「……貴方の事情を、私はまだ聞く立場にないから私の意見を言わせて貰うけど。私は、貴方にいてほしいと思っているわ」
「え……」
 ロイドはエリィの瞳を見る。とても綺麗で普段なら顔を背けたくなるような、真っ直ぐな瞳。
「急だったけどリーダーとして皆を纏めて引っ張ってくれたし、それにリュウ君を見つけたときにすぐに私を頼ってくれたでしょう? 貴方の力なら飛び込んでも良かったはずなのに、会って間もない、自分の力ではない私を頼ってくれた。それが嬉しかったの」
「…………」
「だから私は貴方と一緒にやっていけたらって思う。信頼してくれる人だから」
「……………………そっか」
 ロイドは心にストンと言葉が落ちてきたのがわかった。
 今一番欲しかったのはその言葉。ただ一緒にやっていきたいと言ってほしかっただけなのだ。
 目標から遠ざかるかもしれないけれど、自分が思ったことと同じ気持ちを持っている仲間がいるだけでよかったのだ。
「簡単だなぁ、俺は」
「ふふ、そうかもね。でも貴方らしいわ」
「そうかな」
「そうよ」
 二人で笑って、紅茶を飲んだ。





 翌朝、再び執務室に集合した四人はセルゲイから意志を問われていた。
「俺は問題ないッス。てか俺を警察に呼んだのはアンタでしょうが」
「愚問ですね。それが約束ですから」
「私もここで厄介になります。よろしくお願いします、セルゲイ課長」
 ランディ、ティオ、エリィはそれぞれ所属の意を示し、そして矛先はロイドに向いた。
「さて、最後はお前だロイド・バニングス。新人にして捜査官試験を合格したお前はどの課にいってもそこそこに活躍できるだろう。翻って特務支援課は警察の人気取り、半年後にはなくなって経歴に傷をつけるかもしれん。考えるまでもないことだと思うが?」
 ロイドは昨夜の会話を思い出し、その問いに対する答えを出した。

「そうですね。でも俺は特務支援課に配属しようと思います」
「へぇ……」
「ロイド……」
「…………」
 三者三様の反応を見せ、セルゲイはつまらなそうにぼやく。
「なんだなんだ、もっと若者っぽく悩む姿を期待してたんだが」
「悩みましたよ。それはもう期待に副えるくらい」
「だな」
「……ですね」
「ふふ」
「なんだ、そうなのか?」
 セルゲイはその様子に昨夜何があったのかを察し、内心で鼻を鳴らした。
「まぁいい。それじゃあ今日一日は休暇だ。明日から馬車馬の如く働いてもらうから覚悟しておけ」
 セルゲイの脅しにも似た言葉に四人は笑顔で頷いた。期待する反応がなかなか見られずセルゲイは少し不満だった。
 しかし彼にとっても待ち望んだ部署の始動である。笑い出したいのを堪えて思い出したように言った。

「おっとこれはやっとかなきゃなぁ。―――ロイド・バニングス」
「はい!」
「エリィ・マクダエル」
「はい」
「ランディ・オルランド」
「うッス!」
「ティオ・プラトー」
「……はい」
「本日09:00を以ってこの四名は特務支援課に配属となる。以上だ」
 クロスベル警察特務支援課の初期メンバーが決まった瞬間だった。




 執務室を辞した四人は今日の休暇をどう過ごすかという話題になった。
「……わたしは明日に備えて午後に端末の整備をします。午前中はその準備ですね」
「そう、なんだかティオちゃんだけ仕事しているみたいで悪いわね」
「大丈夫です。好きでやっていることですから」
 エリィとティオが話す中、ランディはロイドの肩に手を回して小声で話した。
「……なぁ、実は結構綺麗なねーちゃんがいる店を見つけてな。一緒に行かねぇか?」
「いきなりだな、ランディ」
「応よっ、何せ警備隊にいるときはなかなか行けなかったからな、精々満喫させてもらうさ。で、どうだ?」
 ロイドは苦笑し、丁重に断った。
「警察に入って早々にそういう店には行かないほうが良いんじゃないのか?」
「む、一理あるな。仕方ねぇ、カジノにでも行ってくるか。で、お前はどうするんだ?」
 ランディの問いにロイドはああ、と応え、
「……ちょっと教会に行ってくるよ」
「―――そうかい、そいじゃまたな」
 ランディはあっさりとロイドを解放し、二階へと消えていく。ロイドはエリィとティオに先に戻ると言い残してその後を追った。




 西通りの店で鮮やかな青の花を買った。クロスベルは青が似合う気がするし、ロイド自身も好きな色だ。
 落ち着いた静かな青というよりはっきりと主張する青を選んだのは、その方が喜ぶと思ったからだった。

 西通りから住宅地へ、そしてマインツ山道に抜ける。
 そのまま北上すれば見事な滝と七耀石の発掘で有名な鉱山町マインツがあるが、ロイドの目的地は市街を出てすぐにある七耀教会である。
 教会ではミサは勿論、15歳までの子どもが通う日曜学校が行われている。ロイドも日曜学校で馴染みのある教会であり、その時にとあるシスターには世話になったものである。
 坂を上って見えた大聖堂は圧巻だ。左手に見える建物は寄宿舎らしく、シスターや司祭が居を構えている。そのまま大聖堂に入ってみてもいいが、ロイドの用事はその大聖堂の向こうにある。

 古びた石造りの門を越え、敷地内に入る。左には小さな小屋、正面奥には石碑がある。
 そしてそれ以外は無数の墓碑で埋められていた。

 緑の絨毯の中を歩き一つの墓にたどり着く。
 ロイドは感慨深くそれを見つめ、買っておいた青い花を供えた。ガイ・バニングス、そう書かれてある。

 ロイドは以前来た時のことを思い出した。
 誰もが黒い喪服を着て別れを惜しんでいる。その人たちの前にいてソレを見下ろす自分。その横には憔悴しきった憧れの人。
 その人は愛する人にもう会えないという辛さを堪え、自分を心配してくれた。
 突然の肉親の死去もそうだが、その顔こそが何よりも堪えたのかもしれない。
 結果自分は三年の月日を共和国で過ごし、そして三年越しに兄の墓参りを行っている。

 頼ってくれと言ったその人に意地を張っていた自分が間違っていたんだと今ならわかる。しかしそれを今更覆すことはできない。
 時間は元に戻らない、過ぎたことはやり直せない。
 だから未来の今の自分は、それを精一杯償おうと思う。

 兄、ガイ・バニングスはもういない。その兄を葬った事件は謎に包まれたままだ。
 そして、ロイド・バニングスは捜査官としてクロスベルに戻ってきた。
 未熟で、まだまだ兄に及ばないことを自覚している。それでもきっと事件の真相を暴き、真実を見つけてみせる。
 それはロイドがやらなければならないことだ。兄の墓を見て、決意を固くした。
 特務支援課は未知数の部署だが、それでもロイドが全力で以って臨むことは変わらない。真摯に事に向き合えばそれは真実への一歩になる。ロイドはそう信じている。

 太陽は柔らかな光を注ぎ、微風が頬を撫でた。
 青い花が嬉しそうに揺れていた。






 初出:1月2日


 過去、クオーツを直方体と書きましたが、よく見ると十二角の物体でした。適切な表現がわかる方は教えてください。よろしくお願いします。




[31007] 1-4
Name: 白山羊クーエン◆2c4c4cde ID:d3435743
Date: 2012/01/04 22:14



 それぞれが思い思いの場所で休暇を過ごし、そして翌日。特務支援課として正式に仕事を行うことになった。
 セルゲイを含めた支援課の四人は一階のテーブルに集合し、セルゲイから仕事内容について聞いていた。
 相変わらずよれよれのシャツを着ているセルゲイは今までと同じくやる気がなさそうに説明している。しかしそれは要点をまとめた簡潔にしてわかりやすいものだった。
 ロイドから捜査手帳の重要性を語られていたのでその説明は省き、そして視線は前日ティオによって組み上げられた汎用端末に移る。
「この端末に支援要請が来る。内容はまぁ想像通りの市民の要望だったり他の課からの援護要請だったり様々だ。ちなみに前者のほうはほっとくと遊撃士に取られるからな」
「遊撃士の評判を少しでももらうためには早くやらなければならない、というわけですね」
 セルゲイは頷き、端末の前から退いた。
 ロイドは初めての端末操作に不安丸出しで臨み、存外に簡単だったことに安堵した。

「支援要請は一つ。これは……」
 依頼者はクロスベル警察受付のレベッカ。内容は『任務に関する諸手続きに関する講習』である。
 セルゲイは煙草を取り出した。
「とりあえずこれからお前らが守る街を自分自身の目で確認してこい。見回ったら警察本部に行け。出てすぐの武器屋とオーバルストアには顔を出せよ。俺は普段ここにいるが昼寝や読書で忙しい。邪魔するなよ」
 一挙に言い放ってセルゲイは煙草をふかしながら執務室に消えていく。四人は放任主義の上司が部屋に消えるまで唖然としていた。
「と、とにかく今日から特務支援課始動だ。気合を入れていこう」
 ロイドはそう言うが、なんとも微妙な雰囲気が流れていた。だからこそエリィもロイドに乗る。
「とりあえず正面玄関から出て課長が言った二軒を訪ねましょう」
「うっしゃ、行くとするかっ」
「…………」
 なんとも微妙な船出だった。






 空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない






 分室ビルを出るとすぐに階段があり、一つ昇りきると少し開けた場所に出る。更に階段を上ると中央広場へと出るが、その前にその開けた場所にある武器屋に入る。
 剣を交差させたマークはわかりやすい。中は薄暗く、金網で遮られた様々な武器が展示されていた。
「いらっしゃい……ん?」
 店主であるジロンドはやってきた客を反射的に歓迎し、その姿を見てムッとした。
「悪いが商品は許可証がないやつには売れねぇんだ。さっさと帰りな」
「あの、俺たち警察の特務支援課の者なんですが……」
「ん? ああ、お前らがセルゲイの言っていた……いいぜ、それじゃあ遠慮なく見な!」
 どうやらセルゲイが予め言っておいてくれたようでジロンドは快く言ってくれた。曰く警察章が許可証となるらしい。
 四人は物珍しげに商品を眺めた。警備隊が使用しているハルバードや剣、導力銃も種類がある。警察と提携しているのか、特殊警棒もあった。
 つまりはティオを除く三人の武器は揃っているのである。

「そういやぁ最近妙なモンを仕入れてな」
「妙なもの、ですか?」
 ロイドの言葉にちょっと待ってろと言い足元をごそごそ探るジロンド。やがて目的のものが見つかったのか、ソレをカウンターの上に載せた。
「白衣の男から仕入れた魔導杖っつうヤツだが、俺は見たことなかったんでな」
 ティオは三人の視線を受けて、なんとも複雑な顔をした。
「……皆さんがおっしゃりたいことはわかりますが、怪しい人じゃないと思います。その白衣の人は多分わたしの上司です」
「上司?」
「……ええ。どうして直接渡さないのかはわかりませんけど」
 ぶつぶつと何かぼやいているティオに苦笑しつつ、とにかくも武器屋に挨拶を行ったことで武具の調達は容易となった。セルゲイから初期の捜査費用を受け取っているがそう急ぐものではないので今回は新武具は見送りとなった。

 四人はもう一つの階段を上りきり中央広場へと移る。百貨店、オーバルストア、レストランと店も豊富であり、また東・西通り、行政区、駅前通り、裏通り等の区画への道もあるこの区画は正しく中央なのである。
 四人はまずオーバルストアへと足を運んだ。東通りに通ずる道に面し、すぐ近くでは風船の屋台がある。
 自動ドアを潜り店内に入った四人はクロスベルの近代化を象徴する内装に目を丸くした。ガラスケースに収められた各オーバルパーツに高級品である導力車まで展示してある。
「警察と提携していますので、受付でエニグマのことも取り扱ってくれるそうです」
 ティオの言葉に感心しながらその受付へと進むと、そこには水色の帽子を被った女性技術士がいた。

「らっしゃい、ゲンテン工房……じゃなかった、オーバルストア『ゲンテン』へ! ってロイドっ!?」
「へ? ああ、ウェンディ!」
 驚く二人は互いを指差し固まっている。
「なんだなんだ、ロイドの知り合いか?」
「あ、ああ。幼馴染なんだ……ウェンディ、どうしてここに?」
「どうしてって、そりゃ私はここの技術士だもの。っというかロイド帰ってきたなら報告に来なさいよ」
「いや、ここにいるなんて知らなかったし」
 ウェンディははぁ、と深く息を吐く。とにもかくにも今は客と従業員なのだ。

「まぁいいや。ここではオーブメントの修理・改造、クオーツの生成なんかを受け持ってるわ。セピスは持ってる?」
 セピスとは七耀石の欠片であり、大抵は魔獣を倒すと手に入る。
 七耀脈の力で変異した魔獣という存在は、結果として七耀脈を好み体内にセピスを溜め込んでいることが多いからだ。そしてそのセピスを凝縮することでクオーツが作られるのである。
「セピスの量が足りてればすぐに作るから欲しい時は言ってね。あとはエニグマのスロットだけど、全部開いてる、わけないか」
 ウェンディの言葉を受けて四人はそれぞれエニグマを確認する。すると言葉通り、いくつかのスロットは封鎖されていた。

「本当だ。でもどうして―――」
「あなた達はあまり意識せずに戦術オーブメントを使っているかもしれないけど、それってすごく怖いものなのよ。クオーツをセットするだけで身体能力が上がるっていうのは準備運動なしで限界以上の運動をするのと同じ。すると先に身体がまいっちゃうから少しずつ慣らさないといけない。スロットを封鎖しているのは、クオーツの量をむやみに増やして自爆しないため」
 人差し指を立てて話すウェンディに、それを黙って聞いている四人という姿は傍から見ると日曜学校の先生と生徒のようである。
 話す内容がそれとは比較にならないほどに物騒ではあるが。

「スロットはそうね、クオーツの恩恵を受けた回数が規定以上なら開けてあげるわ。だから開けてほしい時はセピスを見せること。あなた達にとってはセピスの量=戦闘数だからね」
 ウインクして笑うウェンディに全員は呆け、ランディは一歩前に出た。
「さすが博識だねぇ、今度俺とデートでもどう?」
「仕事中に何言ってるのよ」
 ランディの誘いを笑って誤魔化したウェンディは続けて説明する。
「あと決められた属性のクオーツしか嵌められないスロットがあるけど、これは個人差だから気にしないで。戦術オーブメントは全部オーダーメイドだから個人の資質に大きく左右される。言ってみればどの属性に特化しているかってことね。それはラインについても同じかな」

 特務支援課はそれぞれロイドには空属性、ランディには火属性、エリィには風属性、ティオには水属性限定のスロットが一つずつある。
 それは個人の特性、その属性との親和性が高いということなのである。またラインについてはティオが一つであり、すなわちアーツに長けているということである。
 ちなみにランディはラインが三本あり一番アーツによろしくないが、当人はさほど気にしていないようだった。
「こんなところかな。もうアーツは使った?」
 こくりと人形のように頷くティオにウェンディはなら言う必要はないわねと笑った。
「ロイド、今度オスカーと三人で食事でもしましょ」
 一通りの説明を受け特務支援課はオーバルストアを後にする。ウェンディは彼らの姿が消えるまで笑顔で手を振っていた。
「いい人ね」
「ああ」
 ロイドは心なしか誇らしそうだった。




 中央広場のその他の店を回りエリィの予想外のお嬢様っぷりとレストランの質の良さを確認して、一行は西通りへと赴いた。
 ベッドタウンとしての性質を持つこの区域はロイドの出身地であり、故に彼の知己がいる。確認を取り挨拶に向かった。
 もう一人の幼馴染であるオスカーはパン屋『モルジュ』の見習いとして働いており、彼には料理手帳なる便利なものをもらった。そしてマンション『ベルハイム』ではロイドが家族同然の付き合いをしていたノイエス家が暮らしており、帰郷の報告をした。

 この区域から外に出ると西クロスベル街道に進み、そちらには警察学校やランディの古巣であり帝国との境界を警備するベルガード門がある。今日はそこまで足を伸ばす予定はなかったのでそのまま北に進み、高級住宅街にへと進んだ。
 その道中、エリィの様子が少しおかしかったことには三人は気づかなかった。

 住宅街は所謂お金持ちが多く住む場所であるが、教会へと続く道があるので人通りは多い。ロイドも日曜学校のたびに通っていたので居住者こそ知らないものの不慣れな場所ではなかった。
 とは言え住宅街である以上一般家庭しかなく、警察として特別に訪ねる場所はなかった。エリィの足が普段より速かったということもあって足早に過ぎ去った。

 クロスベル北西に位置する住宅街から東に向かうと今度は歓楽街である。これは中央広場と裏通りを通して繋がっている位置だ。旅行者などが多く訪ねる区域で、カジノやホテル、有名な劇場が存在している。
 今は研修の位置づけなのでカジノには入らない。ランディは残念そうだった。
 ホテルを回り、そして劇場に足を向けた。劇団『アルカンシェル』はクロスベルの顔ともいうべき有名な劇団である。太陽の姫ことイリア・プラティエを筆頭に、素晴らしい舞台装置とシナリオ、役者の質が交じり合ってこの世のものとは思えないステージを奏でる。
 ランディはそのファンであるし、ロイドやエリィもよく知っている。しかしティオだけは知らず、ランディにからかわれてムッとしていた。

「ここがアルカンシェルか……」
 ロビーに進むと受付以外に人はいない。
「今は、休館日なのかしら」
 すると受付にいた年老いた男性がやってきて、現在は入場不可の旨を告げた。
「す、すみません……あれ?」
 ロイドは謝り出て行こうとするが、ちょうど正面二階から二人の人物が出てきたのに気づいた。
 一人は金髪の鮮やかな女性、もう一人は紫髪の少女である。
「あれはイリア・プラティエじゃねえか!」
 ランディが興奮した様子で言い放ち他の三人も視線が釘付けになったが、先の言葉を思い出していそいそと出口に向かった。
「ふう、普通に入れるのかと思ったよ」
 外に出るなりぼやくロイドだが、他の三人はイリアの話で夢中だった。

「あ、すみませんっ」
 三人の会話を聞いていると突然扉が開き、先ほどの少女が出てきた。
 危うくぶつかりそうになったロイドは端により、お辞儀をした少女はロイドの横を通り過ぎていく。
「え…………?」
「え?」
 ロイドは少女の横顔を間近で見て思わず声を上げ、それに驚いて少女も声を上げた。二人は向かい合い、沈黙する。
「あの、何か……?」
「あ、い、いえ、何でも……」
「そう、ですか? それでは」
 もう一度ぺこりと頭を下げ、少女は東へと消えていく、ロイドはそれをずっと眺めていた。
「…………」
「ん? なんだロイド、ああゆう子がタイプなのか?」
 いきなり聞こえたランディの声に振り向くとランディはニヤニヤ、エリィとティオはジト目で見つめてくる。
 からかっている雰囲気は理解できたが、しかしロイドは顔を少し伏せて言った。
「いや、そんなんじゃないんだ。ないんだけど……」
 デジャビュというやつだろうか、彼女のことを見たことがあるような気がした。それが頭から離れなくて軽く答えることができない。
 ロイドの様子に三人は顔を見合わせ、次の場所に行こうと先を歩き出した。




 歓楽街から東に進んだ先にあるのが行政区である。警察本部には既に何度か行っているので今回は市庁舎と図書館に入ってみる。その途中また紫髪の少女とすれ違い、ロイドは目を奪われていた。
 更に東へと進むと港湾区である。ここには中央に広い公園があり、クロスベルタイムズもここに転居している、所謂ビジネス街である。
 その東端はルピナス川に面しており定期的に船が出港しているため、クロスベルのもう一つの名所ミシュラムに行く為の正規ルートとなっている。
 四人は公園に沿って歩き、左手に上り坂が見えるところで立ち止まった。
「この先がIBCよ」
「クロスベル国際銀行か……」
「……でけぇな」
 クロスベル国際銀行は大陸の経済になくてはならない存在である。既に総資産は大陸の頂点に立っているそれはクロスベル一目立つ巨大な高層ビルでその栄華を誇っていた。
「ま、俺たちにはかかわりのないところか……」
「……ランディさん、わたしたちのお給料はIBCの口座振込みですよ?」
「何ぃ!?」
「今日はお休みだから中には入れないけど、これからもお世話になるところよ」
 エリィがクスクス笑い、ランディが呆気にとられてビルを見上げていたところで次の区画へと向かった。

 東通りは中央広場と直通であるので目指すのに遠回りは必要ない。東方風の情緒溢れるこの区画は露天商が数多くおり、景気に貢献している。
 しかし何よりこの区域には、クロスベルで最も頼られている遊撃士協会があった。
 ギルドの前で四人は思う。遊撃士の真似事といわれる自分たちを彼らがどう思っているのか。正直不安のほうが多いが、それでも警察として挨拶しないわけにはいかなかった。

「いらっしゃい、あら?」
 入るなり目に入ったのはガタイのいい小麦色の肌の男。茶色のドレットヘアにピンクのシャツという不思議ないでたちと言葉遣いが一つの可能性を抱かせる。
「あなたたち…………そう、あなたたちが特務支援課ね」
 何故か女言葉でしゃべる受付の男はしかし制服も着ていない四人の正体をすぐに見抜いた。やはりギルドの受付である。
「どうして……」
「ギルドの情報網を侮っちゃ困るわ。アリオスからも聞いていたしね」
「あのおっさんか」
「ええ。あたしはミシェル、遊撃士協会クロスベル支部の受付よ」
 よろしくね、と語尾にハートマークでもついてそうな挨拶を受け、戸惑いながらも四人は挨拶を返す。

 入る前に抱いていた警戒が微塵も感じられない疑問を、ロイドは思い切って聞いてみた。
「しかし意外です。もっと邪険に扱われるかと思ってましたが」
「警察本部のように? 私たちは歓迎してるのよ、これで忙しさが僅かでも和らいでくれればってね」
 しっかりと内部情報を握って、更に言ってくるあたりに思惑を感じないでもないが、とにかくもその言葉に緊張が解けた四人は、しかし―――
「―――使い物になるのならね」
 現実の厳しさ、自分たちの未熟さを痛感させられる。
「……っ」
「クロスベルの遊撃士はね、全員がエース―――つまりはB級以上の実力者なの。そこにあなた達のようなひよっこが加入しても余計な案件が増えるだけ」

 遊撃士にはランクが存在する。正遊撃士はG級からA級までの七段階で評価されており、A級に至っては大陸に20人程度しかいない。
 そのA級遊撃士が少なくとも一人、そして他の面々もB級以上となると、もしかしたら本部であるレマン自治州の次点で戦力が充実している支部であるかもしれないのだ。
「あなたたちには早くひよっこを卒業してもらいたいものね」
 故にミシェルの発言は事実であり、四人は受け入れるしかない。きつい物言いでもそれが事実である以上、それを認め精進するしか道はない。歓迎しているという言葉に嘘はないのだから。
「…………精進します」
 一言を搾り出すのにも苦労する。それでもそう返せただけミシェルにとっては上出来だった。
「いじめるのはこれくらいにして、あなた達が一日も早くクロスベルの平和に貢献できるようになることを期待しているわ」
 ミシェルは一転して笑顔でそう言い、四人はその激励を心に焼き付けた。




 東通りから行ける場所は三つ。一つは中央広場、一つは東クロスベル街道。そしてもう一つが市の開発計画に置いてきぼりにされた区画、旧市街である。
「俺も来たことはなかったんだよな」
 “旧”ということもあって人々もそれなりに住んでいるが、発展を続けているクロスベルのその他の区画と比べるとその異様さは際立っている。建築物は老朽化に必死で耐えているが所々に無理が見え、環境の劣化に伴って住む人々にも影響を及ぼしていた。
 とりあえず一通り回ってみると、倉庫前にたむろしているガラの悪い若者や、地下に向かう階段を遮っているなんだか宗教的な服装をしている者が目立った。

 そしてそんな中である一軒に入ってみると、ねじり鉢巻をした初老の男性が奥で作業をしていた。近づくと男性は四人に気づき、申し訳なさそうに言う。
「すいやせんね、今材料を切らしちまってて……」
「ここは、お店ですか?」
「……店舗の許可申請はなされてないようですが」
 ティオが検索をかけるとここは店として認可されていないようだったが、男性は豪快に笑った。
「確かに俺は修理やらなんやらを請け負ってるが、ここは個人的な工房みてぇなもんだからな」
「それでも申請はした方がいいと思います」
「だな」
 男性は笑いながら了の意を示し、自身の腕の証明のように過去を話した。
「俺はこれでも中央広場のオーバルストアで働いていたんだがな、店長が変わって中身が我慢ならねぇモンになっちまったんでここにいるんだわ」

 その時ロイドはウェンディに聞いたあることを思い出した。なんでも彼女の師匠のような人が旧市街にいるということだったが。
 ウェンディのことを話すと彼はまた笑い、ギヨームと名乗って歓迎してくれた。
 流石ウェンディの師匠だと思ったロイドだった。
 旧市街にはもう一つ店があったが扉は閉まっていて確認できなかった。ただ“交換屋”と書いてある看板に不安な気持ちを抱いたのは間違いではない。

 旧市街を見回った後は中央広場に戻り、通っていない最後の場所に向かう。
 中央広場と歓楽街を繋ぐ妖しい雰囲気の通路は裏通りと呼ばれていた。客引きや露出の多い服装の女性などをよく見かけるここには夜の街という表現が正しい。
 ロイドとエリィはティオがいるということで自然と歩みが速くなり、ランディは慣れているのか余裕をもった足取りであった。
 しかしある横道の前を通ったとき、四人は揃ってその先を気にした。そこには裏通りの中でも特別高いビルがあり、その入り口には警備員のように黒服サングラスの男が二人立っている。その雰囲気は正に裏の者であった。
「…………」
 四人は視線を交わしてその場を離れ、少ししてから立ち止まった。
「なんだあいつら、見るからに怪しいじゃねぇか」
「多分ヤクザ者だな、ちょっと気にしておく必要がありそうだ」
 最後の最後でクロスベルの闇の一部を垣間見た気がして、四人は観光気分を消し去った。
 とにかくも全ての区域を回りきり、支援要請の為に歓楽街を通って行政区を目指す。

 自分たちが守る街の実情を少しだけ理解した特務支援課は、その世界の巨大さに包まれつつも足掻くことになる。
 “魔都”の歓迎はまだ始まってもいなかった。




 初出:1月4日



[31007] 1-5
Name: 白山羊クーエン◆2c4c4cde ID:da9c9643
Date: 2012/01/06 22:22



 警察本部で受付のレベッカと話した際、同じく受付のフラン・シーカーが支援課の補佐を担当することを聞いた。支援要請を達成した後の報告を分室ビルの端末から行うと彼女が対応してくれるとのことだ。
 明朗な彼女の挨拶に和みながら、ビルに戻って報告することで今回の要請は終了とのことだったので四人はビルへと戻ってきた。
 報告の仕方をティオに教えてもらいながらロイドは始めての報告を終える。すると突然音が響き支援要請が追加された。
「追加された要請は三件か」
「市庁舎からの住宅の確認、旅行者からの落し物の捜索、それとこれは……」
「魔獣退治、ですか」
「ああ、一昨日のジオフロントだな」

 四人でディスプレイを眺め、捜査手帳に記す。
 バラエティの豊かな支援要請に四人は感心するとともに、一昨日の映像が蘇る。
 アリオスがいなかったら少年二人を守りきれなかったかもしれない苦い記憶、それは四人の脳裏に鮮明に生き続けている。
「魔獣の討伐は、本来遊撃士の仕事なのよね……」

 エリィが小さく呟くが、それが事実だ。
 警察は平和の維持と規律の保持を目的としているが、それは主に人為的なものについてである。それ以外、特に魔獣関連となると警察以上の専門家である遊撃士がいるのだ。
 共存を望むのならそれぞれの専門に別けて依頼をこなしていけばいい。捜査官は戦闘が仕事ではなく、与えられた情報でいかに真実を見抜くかという点にこそ力を発揮すればいい。ロイドは捜査官になる時にそう教えられた。

「―――この魔獣、俺たちで退治してみないか?」
「え?」
「この間は情けない思いをしたけど万全の準備をすればなんとかなったと思う。内容を見る限りこの間の魔獣よりは弱いみたいだし、これを一つの試金石にするのはどうだろう」
 しかし特務支援課は捜査官として仕事をするだけの場所ではない。遊撃士との共存を望むまでの実力も経験もない。
 ならば、できる限りのことではなくできる以上のことをやっていかなければならないのだ。

「ロイド…………そうね、私もこの間は情けないところを見せちゃったし」
「ここらでいっちょ俺たちもできるってところを見せなきゃなんねぇな」
「……わたしも賛成です」
 ロイドは三人の顔を見て頷いた。
「よし、先に二件終わらせてからジオフロントに潜ろう!」
 役所のちょっとした手伝いも、旅行者の落し物の捜索も欠かせない大事な仕事だ。魔獣に万全の態勢で臨む為に彼らは気合を入れて要請に応えた。






 空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない






 市庁舎の依頼で街中を歩く羽目になったがついでに落し物についての情報も聞くことができた。奇しくも似たような捜査状況になったことで予想外に早く終わり、特務支援課はジオフロントに再びやってきた。
 百貨店で回復薬も買っており、今できる万全を期した。

「メガロバット。察するに蝙蝠の魔獣だと思うんだけど……」
「……この間も蝙蝠の魔獣はいましたね。確かグレイブバットでしたか」
 ジオフロントのどこにいるかまでは情報に入っていない。故に彼らは慎重に進んでいた。
「しかし手配魔獣ってことはそのグレイブバットよりかは強いんだろ?」
「そうね。確かに通常の魔獣も危険だけれど、それでも討伐の依頼が出るほどのものとなると手強いことは間違いない。こんなところで無闇に襲うような魔獣よりは、ねっ」
 エリィは向かってきたグレイブバットを撃ち抜く。片羽をもがれたそれは地へと落ち、やがて動かなくなる。

「こういう魔獣の特徴は素早いこと。もしかしたらアーツ主体の攻撃にした方がいいかもしれないわ」
 素早い魔獣を一発で撃ち抜くエリィも、これ以上の速度となれば命中率は下がる。物理的な攻撃力で言えば前衛の二人に一日の長があるので、エリィも常より後方に下がることにする。
「ま、こんくらいのヤツなら一撃でなんとかなるから手数を増やせばいいさ。これでタフならちょいとキツいがな」
 ランディがハルバードをくるくる回しながら言う。大型の武器をまるで手足のように扱う様は見ていて頼もしかった。
「……それにアーツも使ってこないと思います。前回の魔獣より安心かと」
 ティオの目には暴風に曝される仲間の姿が焼きついている。
 あのような光景を目にしないのならそれだけで精神的に余裕ができるというものだった。

「それに今回はCPも溜めてある。今まで以上に対応できるはずだ」
 クラフトポイント。
 エニグマは導力魔法を使えるようになることと身体能力を上げることの二点以外に、特定の技を“戦技(クラフト)”として登録できるというものがある。
 予めエニグマをつけた状態で型をやり、それを登録すると、クラフトポイントをエネルギーに変換することで身体を強制的に操作することができるのだ。ロイドが一度見せたアクセルラッシュも登録したことで容易に繰り出せる戦技の一つである。

 戦技として登録することの利点は、例えば疲労により動けない状態でも通常のスペックで繰り出せるということである。
 しかし逆に型どおりにしか動けないのでそれが隙になることもある。
 どちらにしても全ての力に言える、要は使いようという言葉に尽きる。
「考えてみれば俺たちはまだ味方の戦技すら知らないんだよな」
「それを知るいい機会だと思おう」
 ランディがぼやき、ロイドはポジティブに考えた。


 ジオフロントA区画の最奥、つまりは一昨日リュウを救出した場所にメガロバットはいた。存外簡単に見つけられたのは偏にその大きさによる。
「でけぇな、おい」
 グレイブバットの十倍はあろう巨体で地べたに座り込んでいる。素早さが売りの蝙蝠型魔獣にあらぬ光景であった。
「おい、お嬢」
「言わないで。私も混乱してるんだから」
 何か言いたそうなランディを制してエリィは頭を抱える。あれで攻撃を避けられるとは思えない。
「……しかしアーツ主体なのは同じでいいと思います。あれだけの大きさでは打撃は通りにくそうです」
 どこから見ても肥満体な身体はそれ故に打撃による痛みに鈍そうだ。理由は異なるが戦法は変えなくていいだろう。
「あれじゃ豚だろ」

「それでも蝙蝠なのは違いない。奇襲はほぼ無理と考えていいだろう」
 蝙蝠は自身から発する超音波の反射によって物体を捉えている。聴覚による探知は既に支援課を補足しているだろう。
 もとより実力試しの機会、奇襲はなしである。
「よし、行くぞっ!」
 リーダーの指示により四人は散開した。得物の攻撃範囲を反映した布陣は前後二人ずつであり、右にはランディとティオ、左にはロイドとエリィである。
 見る見る内に距離を詰めた四人を迎撃するためグレイブバットが殺到する。その数は支援課に合わせて四匹、しかし後衛の二人とは距離があるためロイドとランディに二匹ずつ向かってくる。
 顔の半ばまでが裂け開いた口には鋭い牙がある。肌に刺さればその瞬間に体液を吸い尽くさんとするので注意が必要だ。
 ランディはハルバードを槍のように用いることで空気抵抗を少なくし命中率を上げる。一撃の威力は振り下ろしより劣るが、もとよりこの魔獣に威力は必要ない。
「らァっ!」
 右手を弓のように引いて突き出されたハルバードは二匹のうち一匹を射抜き吹き飛ばす。その隙に迫るもう一匹を首を曲げて避けるがかわしきれずに肩に裂傷が走った。
 後方に飛び抜けたもう一匹を振り向き様になぎ払おうとするが流石に素早く、既にそれは攻撃範囲から退避していた。

 しかしランディの後ろにはティオがいる。そのまま突進してきたグレイブバットの予測行路を魔導杖から生み出す魔力球で囲む。髪と同じ色の魔力球は大気を振動させ、やってきた獲物を捕獲する。
「ギィィィッ」
蜘蛛の巣にかかった蝶のようにもがく魔獣にティオは止めの一撃を与える。一発に凝縮された巨大な球が魔獣を包み、そのまま蒸発するように消滅した。ふうと息を吐き、手配魔獣に向かったランディを見た。他の敵による妨害はもうない。もうアーツの詠唱にかかっても良かったが……
「……テスト1、ですね」
魔導杖を更に変形させ、その性能の一つを示してみせる。


 左右両方から迫るグレイブバットにロイドは視線を集中、両者が一斉に噛み付くタイミングで以って後方に跳躍、その両撃を片手で受け止めた。突き出されたトンファーについ反応してしまった魔獣は根元と先端にそれぞれ噛み付き甲高い音を奏でる。
 ギチギチと響くそれに不快感を示しながらロイドはもう片方のトンファーを振るう。
 根元に噛み付いた方には一撃浴びせるが、もう一方には寸でで回避されてしまう。
 一度上昇した魔獣はとんぼ返りのままにロイドの懐に飛び込もうとする。ロイドは右足を一歩引いて半身になり、タイミングを合わせて斜め上から一閃。相手の口内を正確に薙いで、そのまま投げ下ろす形で叩きつけた。
「ギィッ!」
 地面に叩きつけられた魔獣はバウンドして後方にいたメガロバットの腹に当たる。瞬間メガロバットの上体がぶれ、グレイブバットの足以外が消え去った。くちゃくちゃと口を動かすメガロバットにロイドは驚くが、口を真一文字にして構える。
「来いっ!」

 意志を口にして視線を引きつける。ロイドに身体を向けたメガロバットは故に死角に潜り込んだランディに反応することなくその一撃を受ける。
 エニグマのCPを消費して淡い光に包まれたランディは、同時に起動するスタンハルバードの心地良い振動を腕で感じながらそれをメガロバットの後頭部に振り下ろす。柔らかい感触と共に衝撃波が内部に浸透し、次いで吹き飛ばされる。
 “パワースマッシュ”はスタンハルバードの威力を内部に伝えることで一時的な麻痺を起こすことができる。メガロバットはその影響で只でさえ遅い行動が遅れている。
 すると身体の中心に照準のような模様が現れた。その色が連想させるのは彼女である。
「―――“アナライザー”」
 重力に引っ張られるように落ちる光は魔獣に重圧を与えているように見える。アナライザーは魔獣の情報を瞬時に読み取ると共に魔力耐性を低下させ、更に攻撃の精度が上がり急所を狙いやすくなる。

 痺れが取れたのか雄たけびを上げるメガロバットだが、その上空に小さな雷雲が作り出されていた。メガロバットはセンサーに反応したのか、上を見上げる。
 しかし既に雷を纏っていた黒雲はその鉄槌を振り下ろす。
「スパークル!」
 風属性の導力魔法スパークル。小型の雷を落とす低級のアーツである。しかしアナライザーによって下げられた耐性に加えて、元々この魔獣はアーツに弱かった。打撃を軽減する脂肪も電気は無効化できない。
「ギァァアア!」
 メガロバットは絶叫し、肉が焼け焦げる匂いを放つ。

 四人は様子を見つつ油断なく構える。
 ブスブスと音を放つ魔獣は沈黙し、動く意思を見せない。しかし七耀脈の光を放っていない以上まだ生きているはずだ。
 前衛のロイドとランディに続き、エリィとティオも少し間合いを詰める。するといきなり目を剥いたメガロバットが跳躍した。
「っ! みんなっ!」
 ロイドは三人に呼びかけるが、しかしメガロバットの跳躍は真上、前に進むベクトルは皆無だった。その巨体に似合わぬ小さな翼ではおそらく飛ぶことはできない。
「何を……」
 エリィは宙空のそれと目が合った気がした。ぞわりと怖気が走るが遅い。
 まるで地に向け突進するようにメガロバットは降りてくる。その姿は弾丸のようだった。
「ガァァアアッ!」
 メガロバットが降りた瞬間地面に激しい揺れが起きる。地点をへこませるほどの着地は周囲にいた四人をまとめて衝撃の波に包み込み、その体勢を破壊する。
「うぅ……!」
「つッ、これじゃ立てねぇ!」

 地面から逃れられない人間が立てるような規模ではない。ハルバードを支えにしてランディはなんとか膝を着く程度に収めているが、足が共振したかのように身動きが取れない。
 スタンハルバードの一撃を返されたような気分だが、その範囲は広く大きい。
 視界が波間のような中、まるで影響を受けていないメガロバットが動く。この状況では満足に動けず、こちらの利点を潰され相手の弱点を消されたようなものだ。
 しかし揺れも長くは続かない。その間にメガロバットが近づけるのは前衛の二人のみだ。
 一時的な麻痺が回復する時間もなく、メガロバットは小さく跳躍、そのまま体当たりを仕掛けた。
「ぐっ!」
 ロイドは防御姿勢もとれずにそれを浴び、吹き飛ぶ。後衛のエリィ・ティオを抜き、一気に距離が開いた。

「ロイドッ! ―――よし、これで動けるぜ!」
 ランディの声が聞こえ、ロイドはその身体を持ち上げる。揺れは収まり、それぞれが動けるようになる。
 しかしメガロバットは再び大きく地を蹴った。高く浮き上がるそれを見て、同じ手を食わないようにそれぞれが反応する。
「させないっ!」
 エリィは空中に静止した魔獣に銃口を向ける。エニグマがCPの消費を確認した時には淡い光は導力銃に宿っていた。
 エリィの目に映るのはメガロバットの腹部の、更にその下部分。
 人間で言う丹田をズームしたように注視した彼女の指が引き金を二度引く。僅かな時間を置いて同箇所に当たった銃弾はその衝撃を体内に浸透させる。
「シュート!」
 間断なく放たれた三発目は緑光を纏い着弾と同時に衝撃の余波を周囲に撒き散らす。
 その本体は勿論魔獣の体内を駆け巡り、その身体が大きく後方に流される。

「ギィァアアアッ!」
それでも絶命しないメガロバットは先よりも加速して降下を開始する。そのまま着地すれば多大な力の波が彼らを襲うが、しかしそれが叶うことはない。
「―――遅いですっ!」
「―――行くぞ!」
 エニグマを駆動したティオが詠唱を終え、その前方から水刃が飛んでいく。
 アイシクルエッジは着地寸前のメガロバットを襲い、動きを一瞬止める。そしてその一瞬のうちにエニグマのCPをフルスロットルにまで上げたロイドが接近する。

 エニグマのCPが一気に零になるとともにロイドの世界は色をなくし、スローモーションになる。
 そこを透明なジェルを抜けるように滑らかに流れていくロイドは今までの速度を超えて魔獣に迫る。両腕がしなり、体中の力が集まる。
「うおおおおおおおおおお!!」
 グレーの世界から抜け出したロイドはその二本の武器を一気に解放し、残像が見えるほどの速度で前方を打ち据えていく。
 風船のような身体が一撃ごとにへこんでいき、それが戻る間もなく次々と打ち込まれる。原型の四分の一をへこまされた魔獣に、ロイドは乱打を中断し後方に跳ぶ。
 そして姿勢を低くして足に力を込め、自身を砲弾にして魔獣を突き抜けた。
「タイガーチャージッ!!」
 摩擦熱で肌がピリピリするが、そこには確かな手ごたえがある。

「ギ、ガガ……ッ! ガァッ!」
「な……!」
 しかし魔獣はロイドの一撃を耐え、背中を見せている彼に詰め寄った。
 完全に油断していたロイドは自身に迫る敵意を見つめ続ける。ロイドが見つめる中、魔獣はロイドに飛びつき、そしてランディに叩き付けられた。
「詰めが甘いぜ、ロイド」
 地面にめり込むメガロバットは数瞬痙攣していたが、やがて光とともにその巨体を消した。

「…………」
「…………ふぅ」
 ロイドは大きくため息を吐き、彼に集まるように四人は集まった。
「助かったよ、ランディ」
「なんのなんの。困った時はお兄さんがなんとかしてやるってな」
「はぁ、それにしても疲れたわね」
「……手配魔獣の討伐に成功、これで支援要請は達成ですね」
「それにしても皆戦技を使ったな」
 ランディのパワースマッシュで始まり、ティオのアナライザー、エリィの三点バーストは各々の通常クラフトに分類される。そしてロイドのタイガーチャージはSクラフトと呼ばれるものだ。

「ロイド、さっきのは貴方のSクラフトよね?」
「おぉそうだ、結構な威力だったな」
ロイドは首肯し、エニグマを眺めた。
「ああ、CP全部使っちゃうけど行動を中断されることはないし、ある程度の距離なら一足飛びで行ける……まぁ決め切れなかったのはちょっとショックだけどさ」
 SクラフトはCPを全て消費する代わりに通常クラフトとは一線を隔す威力が出せる。仕組みは通常クラフトと同じだが、SクラフトはCPが高ければ高いほど反応速度が上がり威力も増す。いざという時のとっておきである。
 故にロイドはあの一撃に自信を持っていた。しかしあっさりと耐えられ、それに少々皹が入っているようである。
「へこむなへこむな、はっきり言っちまえばあいつは既に死に体だったさ。俺が何もしなくても勝手にくたばっていただろうよ」
「…………」
「……とにかく魔獣退治は完了しましたし地上に戻りませんか?」
 ティオはそう言い、更に別ルートのロックを解除したそうだ。ロイドらはティオがいつやったのかわからなかったが、行きよりも容易に地上に戻ることができたのでそれは流した。






 地上に戻ってきた特務支援課はエニグマにかかってきたセルゲイからの通信により、旧市街に向かうことになった。なんでもその区域を根城にしている二つの不良集団が諍いを起こしているという苦情が来たようだ。
 ジオフロントA区画入り口は駅前にある。四人は中央広場から東通りへ、そして旧市街へと急いで向かった。
「あれかっ」
 東通りから繋がる金網状の通路を渡り、足を踏み入れた彼らの目に入ったのは赤ジャージの青年と青い装束を来た青年だった。それぞれ二人ずつ、明らかに雰囲気の険悪な彼らが苦情の元だとは警察官でなくてもわかる。
 手には釘付きのバットやスリングショットがあり、一般人には手におえそうもない。

 仲裁に入った四人はしかし警察であることを明かしたにも関わらず歯向かってくる不良に辟易し、仕方なく武力介入を行った。
 先の魔獣とは違って行動が読みやすく、訓練の差が如実に現れる形で四人は不良を一蹴する。
 膝を着いてなお悪態をつく不良たちだが、両者のヘッドが出てきたことで状況が変わった。

 赤ジャージのグループ『サーベルバイパー』のヴァルド・ヴァレス。
 黄色と茶色の髪を逆立て、黒のラインが入った赤い上下。そして手に持つのは鎖を巻いた木刀である。正に不良という風体だ。

 一方青い装束の『テスタメンツ』の頭ワジ・ヘミスフィアは涼しげな黄緑の髪に腹部を出した青の上下。白いブーツが特徴的である。
 こちらはヴァルドと違い得物を持っていないようだ。その脇にはスキンヘッドにサングラスという怪しさ満点の大男アッバスが佇んでいる。

 両者とも配下である二人に中止を言い渡し、争う気はなさそうだ。しかしホッとするロイドを前に勢い良く笑い出した。
「俺たちがここで引くのは場が整ってねぇからだ」
「こんな木っ端な争いなんかじゃなく、もっと大規模な抗争が待ってるんだよ」
 二人は警察のことを歯牙にもかけない様子でそう言い、それぞれの配下を従えて消えていく。
 それをロイドらは呆然と見ているしかできなかった。


 ヴァルド・ヴァレスとワジ・ヘミスフィア。
 両名との最初の遭遇は、特務支援課の最初の試練の始まりを告げるものだった。





 初出:1月6日




[31007] 1-6
Name: 白山羊クーエン◆2c4c4cde ID:da9c9643
Date: 2012/01/08 18:25


 肺の奥底にまで煙が入っていくのを感じ、そこから一気に吐き出す。
 排泄のような開放感を全身で楽しんだ後、机の上に置かれた灰皿に煙草を擦りつけて火を消したセルゲイは、それでと言ってから四人の部下を見た。
「旧市街の喧嘩は収まったのか?」
「…………はい」
「……一応、目先の争いは止めました」
「……ですが……」
「根元んとこはがっつり残ってるけどな」
 ロイド、エリィ、ティオ、ランディの順に応答した後、彼らはセルゲイに事の次第を説明し始めた。





 空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない






 ロイド・バニングスが覚えたのは稀にある既視感ではなく、あえて言うならば既聴感と呼称されるものだった。
 それも言葉単体ではなく声において、その主はサーベルバイパーの頭の次に現れた。
「―――その辺にしときなよ。勝手に楽しんで、僕の言うことが聞けないのかい?」
「わ、ワジ……!」
 青い装束を着た青年が振り返る先には涼しげな風貌の少年がいる。隣に大柄なスキンヘッドの男が佇んでいるが、そちらのほうは主役ではない。サングラス故に視線がわからないが、彼は明らかに隣の少年を重視していた。
 テスタメンツのリーダー、ワジ・ヘミスフィアとアッバスである。
 身体にぴったりとした衣装によって窺えるしなやかな体つきはモデルのようで、しかしその痩身は不健康さを感じさせない自然なものだ。
 後に聞くところサーベルバイパーの頭ヴァルド・ヴァレスを一蹴したこともあるようで、それを事実だと受け止めるに足る肉体である。

 ワジは配下の青年を窘め、そして特務支援課を見た。
「僕はワジ・ヘミスフィア。テスタメンツのリーダーらしいよ?」
「何故疑問形になる」
 軽い印象を与える話しぶりにアッバスが突っ込む。これが彼らの普段のやり取りなのかもしれない。ロイドは自身の名と身分を明かし、両者が喧嘩を止めたことに安堵した。
「二人とも、もう争う気はないみたいだし……」
 それを聞いたヴァルドとワジは仲良くきょとんとし、やがて同時に笑い出した。
「こいつぁ傑作だっ、何勘違いしてやがる!?」
「僕たちはこの後全面戦争だよ? こんな些細なことで開戦にはしたくないだけさ」
「な!」
「フン、これで目障りな青坊主を一掃できると思うと嬉しいぜ。てめぇとの決着もつけられるしなぁ、ワジィ!」
「そうだね。出会ったときみたいに無様に寝かせてあげるよ、ヴァルド」
 ワジとヴァルドはその後何もせず、互いの陣地へと退いていった。後に残るのは状況が飲み込めない特務支援課である。

「……ねぇ、どういうこと?」
「一応止めはしたが、この後とんでもねぇことになりそうだな……」
 エリィとランディは困り顔で呟く。
「どうしますか、ロイドさん?」
 ティオが問いかける。その意味を理解してロイドは頷く。
「これじゃダメだ。まだ本当の解決には至っていない」
 その言葉に三人は笑顔で頷き、しかしすぐに沈黙した。かといってどうすればいいのかがわからないのである。
 住民からの話によると小競り合いのようなものは日常茶飯事であるとのことだ。そんな普段から悪感情を抱いている者同士の総力戦をどう阻止すればいいのか。
 警察官ならばそのような事態を想定して訓練を積むものだが特務支援課は正規の人員で構成されてはいない。結果的に問題解決に重視されるのは捜査官でありリーダーであるロイドの発言であった。

 ロイドは思考する。
 対立する二つの不良集団、その全面戦争を阻止する為にするべきこと。始まってから止める事は不可能ではないが、できるなら始まる前に元の鞘に収めたい。
 その元鞘でも仲が悪いのは始末が置けないが……しかし両集団はそりが合わなくともヘッドの方はどことなく波長が合っているように思えた。
 それがどうして……
「―――どうして全面戦争なんだ?」
「ロイド?」
 思考から零れた言葉に三人が注目した。
「潰しあいがそんなに不思議か?」
「ああ。どうして今になって……」
「そりゃ相手が潰れれば好き勝手できるからじゃねぇのか?」
「……問題は理由ではなく時期、ということですね。何故今になってあの二人が互いに潰そうと決めたのか……」
 ティオに賛同してエリィが繋げる。
「そうね。あの頭の二人は結構気が合うように見えたわ。男の人のことはわからないけれど、喧嘩仲間、みたいな。そんな二人がどうして。その“どうして”がわからないのね」
 ロイドは頷いた。
「俺たちの知らない“全面戦争の理由”があるんだ、きっと。それを解決しさえすれば、迷惑だけどここまで争いが深化することもなくなるはずだ」

 問題解決の糸口が見えたことで光が差した気がする。そんなロイドが見た仲間の顔は、どこかくすぐったいものだった。
「な、なんだよ……」
「フフ、いいえ」
「ただ感心しただけです」
「流石は捜査官、あっさりと先が開けたな」
 目を閉じて笑い合う少女二人、嬉しそうに笑う青年。照れくさくなったロイドはわざと大きめの声で次を促した。
「それでっ。次にするべきはその理由探しだけど、これは本人達に聞いたほうが早いと思う」
「そうね。でも話してくれるかしら」
「あのヴァルドとかいうヤツよりはワジとかいう小奇麗なやつのがいいんじゃねーか?」
「……この先地下へと続く階段の先にトリニティというバーがありますね。許可は得ているようです」






「ほう、それでその店に行ったのか」
 セルゲイはその店を知っている。バー『トリニティ』。旧市街に存在する不良集団テスタメンツの根城である。
 警察にとって旧市街は既にクロスベル市内ではないかのような警備の杜撰さだが、それでも嫌われものの部署を立ち上げた変人である。その辺りは熟知していた。
 尤も、捜査官が詰める捜査一課及び二課では当然の知識であった。不良は即ち犯罪予備軍としてマークされているのである。
「しかしお前ら即行で虎穴に入りやがったなぁ」
 嬉しそうに笑う上司に不安を覚える部下四名だが、笑いが収まったセルゲイに成果を聞かれて気持ちを引き締める。
「はい、それが―――」







 薄暗く、さながら夜の店のようにライトアップされた店内にはカウンターとテーブル席。そしてビリヤード台が数台ある。その中心部でテスタメンツのメンバーとアッバスという大男が話し合いを行っていた。
 彼らはすぐに四人に気がつくと身構える。話し合いをすることが不可能なのかとも思ったが、アッバスが彼らを制止し、道を塞ぐように立って訊ねてきた。
「警察が何の用だ?」
 アッバスの声は深く、低い。問答無用な雰囲気を漂わせるが、ここで引き下がることはできない。
「……ちょっと話が聞きたくてね」
「話などない。去るがいい」
「いや、話してもらう。どうして全面戦争をするのか」
「…………」
 アッバスは沈黙した。ロイドの問いに対して返答を考えているようだった。薄暗い店内でもサングラスを外さない彼には疑問が絶えないが、こちらが沈黙を破ることはしない。
 しかしそれをアッバスが破ることはなく、場外席からの声が破壊した。
「―――へぇ」
 視線の先には足を組んでカクテルを飲むワジ・ヘミスフィア。店の雰囲気に合っている彼はホストのようだ。
「ワジ」
「通してやりなよアッバス。折角のお客さんだ」
 鶴の一声か、アッバスは早々に道を譲り、四人は痛い視線の中少年に近づいた。

「それで、何? 警察の犬が面白いことを言ったように聞こえたけど」
「……どうして全面戦争をするのか、その理由が聞きたい」
 ワジの瞳がロイドを射抜く。探るような瞳にロイドは捜査官としての意志を乗せて睨み返した。するとワジは意に返さぬように視線を外してカクテルを飲む。
「……それで、キミ達は何をくれるんだい?」
「…………」
「ギブアンドテイク。欲しいものあげるんだからさ、君達も何かくれなくちゃいけないよね」
 ワジの言葉を受けてロイドは目を数秒瞑り、そして開いた。
「……そうだな。俺たちから提供できるものは闇を払う真実だ」
「へ?」
「捜査官の仕事は真実を明かして人々の闇を取り払うこと。君達が僅かでも闇を払いたいと思っているのなら、俺たちはそれの助けになる。それが俺たちの与えられるギブだ」
 ロイドは臆面もなく言い放ち、ワジは唖然とした。ロイドからは見えないが、後ろの三人も呆然としていた。それは彼らが考えもしない答えを言われたからである。
 至極真面目に答えたロイドだが、それは彼らの意表を突くという意味では十二分の成果だった。

「アハハハハハハッ、いいねぇ、すごくイイよ! キミなんて言ったっけ? そんなクサい台詞を真面目に言えるなんて最高だ!」
「冗談じゃないからな。それで、どうなんだ?」
 腹を抱えて笑うワジをロイドは睨みつけ問う。笑いを収めたワジは息を整えアッバスを見た。
「ふふ、そこまでされておひねりを出さないわけにもいかないかな」
 ワジの視線を受けてアッバスが一歩前に出る。四人はワジから視線を外しアッバスを見る。
「五日前の夜のことだ」

 話は至極簡単、テスタメンツのメンバーがとある場所で闇討ちされたのだ。そのメンバーは現在も意識不明で病院に入院している。抗争を激化させるには十分すぎる理由だった。
 しかし―――
「待ってください。意識が戻っていないならどうしてサーベルバイパーの仕業だとわかったのですか?」
「……さてね? ロイドって言ったっけ、どうしてだと思う?」
 ワジは足を組み替えて試すように答えを濁した。ロイドはそれにノータイムで答える。
「おそらく外傷に残った打撃痕だろう。それで闇討ちした奴の武器の形状がわかったんだ」
「正解。結構やるみたいだね」
 闇討ちは背後から頭部を殴打、転倒したところを袋叩きにされたらしい。そしてその頭部の傷が物語っている武器とは、釘つきの棍棒であった。サーベルバイパーの一人が持っていたものである。
「さて、話は終わりだ。それでどうするんだい?」

 四人は輪になり今後の話し合いを始める。
「こりゃ決まりじゃねえか、ロイド」
「でも状況証拠だけ、決定打とは言えないわ。それでも潰し合いの理由はわかったけれど」
「……一度課長に報告しますか?」
 思案顔をしていたロイドはティオの言葉に首を振り、
「いや、今度はサーベルバイパーに話を聞きに行こう。多角的なものの見方をする必要がある」
「へぇ、慎重だね」
ワジはカクテルを飲み干し、静かにカウンターに置いた。

「ま、少しくらいなら待ってあげてもいいよ。もしかしたらもっと面白くなるかもしれないしね」
 微笑を浮かべるワジが見送る中、四人はサーベルバイパーの根城であるライブハウス『イグニス』に向かうべく踵を返す。しかしふと思い出したかのようにロイドは立ち止まり、ワジを見た。
「ん、なんだい?」
「……いや、なんでもない」
 以前会ったことなど、ない。
 声すら聞いたことはない。
 そう思いなおし目の前にある事件を起こさせないために先を急いだ。







 イグニスは旧市街の端の倉庫が濫立する場に存在している。重厚な扉の前では舎弟である青髪の少年ディーノがおり門前払いをしようとしたが、エリィが巧みな話術で中への道を開いた。
 その扉を開けた途端、それまで聞こえていた雑音がうねりを上げて跳びかかってきた。
「っ!?」
 ティオが驚き目を瞑る。他の三人も顔を顰めてその騒音に耐えていた。
 両端には二階席へと続く階段がある。二階席とは言っても立ち見だけのようで広くはなく、意味の無い通路のようだった。
 無造作に置かれている箱やドラム缶の中、中央のステージで全体を睨むかのようにヴァルド・ヴァレスは腰を下ろしていた。
「んだぁ、てめぇら。さっきのサツじゃねぇか」
「……おじゃましているよ」
 頭であるヴァルドが話し始めても騒音は途切れないようだ。ヴァルドの地声が大きいので聞き漏らすことはないが、流石に長くいたくない場所だった。

「は、さっきの続きでもやろうってか?」
「いや、テスタメンツとの潰し合いをする理由が聞きたい」
「は、何言ってんだ。気にいらねぇから潰すんだよ!」
「……テスタメンツのメンバーが闇討ちされた件と関係ありますか?」
 殺気立つヴァルドにあくまで冷静に、ゆっくりとした口調でエリィが問う。するとヴァルドは何か苛立った様子で吼えた。
「俺たちを倒せば教えてやるよ! 簡単だろう!?」
 ヴァルドの声に周りにいた手下が一斉に戦闘態勢を取る。囲まれている状況に焦りを感じながら、警察としての対応に努める。
「いや、ダメだ! 警察として私闘は認められない!」
「ハッ、ビビッてんのかよぉ!」
「さっさとかかってこいや!」
 周囲の手下からの挑発が続く。荒っぽい言葉に身体を縮こませるティオを庇いながらそれに耐えていると、ヴァルドから提案が聞こえてきた。

「ならよ、そこの女二人をしばらくくれたらいいぜ、何でも話してやらぁ」
「な……!」
「…………」
 ヴァルドの予想外の言葉に驚き、感情が荒ぶってくる。エリィは黙って続きを聞いていた。
「数時間どっかに消えてくるだけだ、簡単だろう?」
 ランディが物々しい雰囲気を漂わせ、ロイドも目を瞑って感情を堪えようとしていた。一方でこの状況を好転させ、話を聞くことができる最善手を高速で導き出す。

「―――いや、もっといい方法がある」
 ロイドは目を開き、腰に挿していたトンファーを構えた。先端をヴァルドの顔に向け挑発するように言う。
「練習試合の名目での代表同士のタイマンだ。構えろ、ヴァルド」
「……正気か? そこの赤毛ならまだしも体格差がわからねぇのか」
「女性を軽視した不良程度に遅れを取るような訓練はしてないよ。どうする? それとも逃げるか? サーベルバイパーはその程度なのか?」
 驚きと侮蔑を含んだ言葉にも外見上は冷静に応える。しかし先ほどの言葉に対する悪感情は言葉に表れていた。
「ッ! 上等だッ! 返り討ちにしてやるよ!!」
 チームを馬鹿にされたヴァルドは得物である鎖つきの木刀を持ち、傍にあったドラム缶を吹き飛ばした。その目には制御できない怒りが込められており、爆発は必死だった。

 ロイドもここまで言っておいて後に退く気などない。何より仲間を売るような提案をされたことはロイドの中で最大級の屈辱だった。
 空気も一対一を支援している。並々ならぬ雰囲気にエリィやティオも口を出すことはできない。
 つまり、そこに口を挟めるのはランディ一人だった。

「―――待った。ロイド、俺にやらせてくれ」
「ランディ……!」
 目の前にハルバードを下ろされ、ロイドはランディを睨む。その感情をランディは柳の如く受け流す。
「勘違いすんな、別にお前が負けるなんて思ってないさ。だがちっと血が昇りすぎだ」
「あ……」
「普段の冷静さはどうした? ま、だからこそ俺もやる気になってるわけだがな」
 一歩前に、ロイドの前に立つ。冷静でなかった自分を自覚して呆けるロイドに背中で語りかけた。

「会ってそう間もない俺たちだが、お前は長年の仲間に対するように怒りを露わにする。捜査官としては失格だがリーダーとしては上出来だ。ならその尻拭いをするのはお兄さんの役目じゃねえの?」
「ランディ……」
 ロイドはその大きな背中を見る。なんとも頼りがいのある背中だった。
「ま、あれだ。ここらで戦闘が本職だっつうトコを見せてやんなきゃな!」
「はん、結局てめえがやるのかよ赤毛。まさか始めからそうするつもりだったってわけじゃねぇよな」
 待たされていたヴァルドが吐き捨てるように言う、するとランディは間髪いれずに言った。
「まさか。単に俺も、仲間の怒りに当てられただけだ」
 ハルバードを両手で持ち切っ先を向ける。その覇気にヴァルドはにやりと口端を持ち上げ吼えた。
「いいぜっ、ヴァルド・ヴァレスの鬼砕き! 受けられるモンなら受けて見やがれぇあ!」



 怒声とともに一撃、上段からの二つの振り下ろしが両武器を捕らえる。甲高い音がイグニスの騒音を切り裂き、一周したのかかかっていた音楽が止まる。
 中間でギリギリと拮抗する中、獣のような笑みを浮かべるヴァルドとそれを冷静に見つめるランディがいる。
「……大した膂力だ。ろくに訓練もしねえでその身体能力、流石は頭を張ってることはある」
「へっ、羨ましいか、よ!」
 一気にフルパワーにまで高めたヴァルドが得物を振り抜き、しかしランディも自ら後方に跳ぶことでそれを相殺する。身体のスケールはほぼ互角だが、筋肉の鎧に覆われているヴァルドよりもランディのほうが細く、故に軽やかだった。
「いや、全然。力馬鹿より俺のが強いし?」
「舐めやがってぇ!!」
 余裕の発言をするランディにヴァルドは連撃を放つ。振り下ろし、切り上げ、振り下ろし、切り上げ、前蹴り。
 それを器用にハルバードを扱い防御し、いなし、かわす。
「ヴァルド、お前さんに教えてやるよ。喧嘩仕込じゃ覚えられない技術ってやつを」

 再びの振り下ろし。持ち前の怪力故に驚異的な威力を誇る一撃であるが、それは当たらなければ意味はない。
 ランディはヴァルドが生み出す軌跡を正確に予見し、ハルバードを斜めにそえる。ハルバードの切っ先を滑り、柄に沿った軌道を辿る木刀の左側をランディは滑るように移動する。踏み出した左足を軸にして回転する過程ではヴァルドに背を見せているが、木刀に引っ張られ、更にハルバードに阻まれたヴァルドがその隙を突くことはできない。

 逆に回転を終えたランディは右足を踏みしめて状態を安定させ、木刀を振り下ろした状態のヴァルドの背後を侵略する。流れのままに巻き取るように木刀をいなしたハルバードが遠心力とともに大気を斬る。その終着点は無防備な赤い背中。

 時間にして一分にも満たぬその攻防は、背中を痛打されて地面を滑るヴァルドの敗北であった。
「はん、元警備隊員が不良に負けられるかっての! おい、話を聞かせてもらうぞ!」
 くるくるとハルバードを回したランディはヴァルドに投げかける。ヴァルドはすぐに立ち上がり、鬼の形相でランディを眺めた。
「ヴァ、ヴァルドさん……!」
「るせぇ、足を滑らせただけだ」
 誰が見ても直撃を喰らったはずなのにそう言うヴァルド、そしてそれを飲み込むしかない手下。事実すぐに起き上がっているあたりそのタフネスは高いのだろう。
 彼はそのままステージの上にある専用の椅子に乱暴に座り、潔く話をし始めた。







「くくく、ロイドは見せ場を奪われちまったわけか」
 セルゲイは事の顛末が大層お気に召したようでニヤニヤとロイドとランディを見る。
「……いえ、見せ場云々なんて考えていませんでしたから」
「そうかぁ? リーダーの危機に颯爽と駆けつける俺ランディ・オルランド! こりゃおねーさん方もほっとかねぇぜ」
「駆けつけていません」
「ま、まぁうまく話を聞くことはできたわけだし」

「で、奴らはなんて言っていたんだ?」
 ヴァルド―――サーベルバイパーの争う理由。それこそが現在四人がセルゲイに話している理由でもある。
 彼らの理由はテスタメンツと同じ闇討ちであった。
 しかし加害者ではなく被害者としてである。
 ヴァルドの話では五日前の夜サーベルバイパーの一人が背後から襲われ重傷を負ったという。こちらは意識が戻っているが怪我の部類で言えばかなりの重さであった。
 そして彼らが犯人をテスタメンツと断定した理由、それも先に聞いた武器の形状であった。
 スリングショット。パチンコのようなものであるそれはテスタメンツの一人の得物である。

「…………」
 セルゲイは煙草に火をつけ煙を吐き出す。その目を見て四人は続きを話し始めた。
 両者に話を聞き、残った疑問、違和感。
 それは二勢力が同じ日の同じ時間帯に闇討ちにあったという事実である。
 ワジ・ヴァルドの両名の性格と関係から言って闇討ちをする可能性は低い。仮に彼らのどちらかが闇討ちを計画した場合、報復の形で闇討ちを受けることはあるかもしれないが、それでは同日に行われるということはありえない。
 この場合同日になるのは、両者とも闇討ちを計画しており、その犯行時間が偶然同じになったということであるが、その可能性が考慮するに足るとは思えなかった。


 パズルのピースは一つ足りなかった。しかし四人はすぐにその一つに辿り着くことになる。




 初出:1月8日




[31007] 1-7
Name: 白山羊クーエン◆2c4c4cde ID:da9c9643
Date: 2012/01/10 20:21





 イグニスを出た特務支援課は入り口見張りのディーノの耳に届かない場所にまで移動した後、それぞれの意見を出し合った。
「……どういうことだ」
「闇討ちの被害者はテスタメンツだけじゃなかったのね」
 訝しがるのも無理はない。先のテスタメンツの話により抗争の理由を半ば決め付けていたのだが、ここで真逆の事実が出てきたのだ。真逆と言っても被害者加害者が逆になったわけではなく、被害者が二人であるというむしろ混迷を極める結果である。
「同じ日にそれぞれ闇討ちを受けている。争う理由としては納得ですが、これはどういうことなんでしょう?」
「…………」

 同日に起こった闇討ち事件。どちらかが虚偽の証言をしているとは思えない以上、それは事実なのだろう。
 しかし両チームの頭はどちらもが被害者を自称し、加害者の意識は欠片もない。ヘッドの両名が知らない部下の暴走という線も見た限り低そうだ。テスタメンツとサーベルバイパーは統制が取れている。絶対的な存在がいる以上単独行動は取らないだろう。するとこの構図には何かが足りないのだろう。
「俺たちの知らないピースがあるんだ。でも……」
 それがどこにあるのかはわからない。二つの不良集団の抗争に関係があるものが他にあるのだろうか。互いの話を聞いてもその第三者を特定するどころか存在自体が状況推量に過ぎなかった。

「一度セルゲイ課長に話をしてみたほうがいいんじゃないかしら」
 エリィがそう言い、反対の意見はなかった。しかし足取りが重いのも事実だった。

 そして倉庫群の間隙を通り抜け視界が開けたところに姿を現したのは、一昨日お世話にならされたクロスベルタイムズの記者であった。
「ハロハロー、行き詰まってるようね~」
 ひらひらと手を振り首に掛けておいたカメラのシャッターを切る。四人の眉間にしわが寄ったのを見て、職業病だから許せと言ってきた。
「グレイスさん、旧市街に何の用事ですか?」
「んー、ちょっと気になることがあったんだけど、聞きたい?」
「気になること?」
「そ。あなたたちが探してる最後のピースってところかな?」
「え……」
 驚くロイドたちにグレイスは踵を返した。
「龍老飯店で待ってるわ」
 そう言ってさっさと小さくなっていくグレイスに呆然とした四人は、我に返った後に慌てて出口へと向かった。
 龍老飯店は旧市街を抜けたらすぐの東通りにある。
 真実への入り口だった。




 空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない







「クロスベルタイムズの記者か。確かにあそこは情報が早いが、流石にピンポイント過ぎるな」
 セルゲイは愚痴るかのようにぼやき、煙を吐き出した。
 段々と室内が煙くなっている気がしたが生憎それを気にしている状況ではない。
「確かに偶然にしては出来過ぎですが、グレイスさんが貴重な話をしてくださったのは事実です。そしてその内容に関して課長にお聞きしたいんです」
「ほう?」
 セルゲイは興味を惹かれた風に相槌を打った。彼自身ただ報告を聞いて終わりというのもつまらないと感じていたので渡りに船であった。
「お聞きしたいのは“ルバーチェ”に関してです」
「――――――なるほどな」
 セルゲイはその名称を聞いて何ともいえない表情を出した。警察官としての感情だけではない何かがあったように見えたが、それを理解することができたのはティオ・プラトーだけであった。

 セルゲイはそう言った後にしばらく沈黙した。四人はそんなセルゲイが言葉を欲していないような気がして同様に沈黙で応える。
 時計の針の音がだんだんと大きくなっていく。今までもそれは変わらず鳴っていたが、それは意識の外の事象であるために聞き取ることはできなかった。
 その音が聞こえるというのは、その小さい変化に気がつくほどに集中しているか、もしくはそれ以外に意を注ぐものがないかの二つであり、今は後者であった。
 そしてその変化の乏しい空間を吹き消すように長い長い煙を吐いたセルゲイがグレイスとの会話を促し、ロイドは話の続きを外化した。




 龍老飯店は異国情緒溢れる東通りの中でも有名な料理店である。それはカルバード共和国の流れを汲んだ東通りの中で料理店が一つであるとかマスターの腕が一流であるとか理由は様々だが、どちらにしろ東通りで最も名前が出てきやすい店であることは確かである。
 カウンター席と六つのテーブル席という有名店にしてはあまり大きくはない店だが、ここは同時に宿泊客も取っている。味は上等で上客も多くいるが、マスターが目指すのは一般向けの店であるためにお手ごろ価格だ。
 そうした敷居の高くない雰囲気が一般客も呼び、繁盛も呼んでいた。

 特務支援課は辺りを見回し、既に料理が並んでいるテーブルに一人で座るグレイスを見つける。その豪勢振りは金額の不安を煽るが、前述したとおりに格安である。
 それにしてもそこまで時間はなかったはずなのに料理が揃っているのはどういうことなのか。
「ほらほら、早く座って」
「おーうまそうだなぁ!」
「でしょ? 龍老飯店のおすすめ料理ばかりだから遠慮しないでね!」
「グレイスさん、俺たちは警察ですからそういうのはいただけませんよ」
 断りを入れるロイドにグレイスは頬を膨らませて人差し指を立てた。
「ロイド君、そういう固さが取れないと立派な捜査官にはなれないわよ。ガイさんだったら喜んで食べてるわ」
 ロイドは耳にした名前に驚き、その顔を見てグレイスは続ける。
「ガイさんにはお世話になったわ。だからこれはそのお礼ってことでどう? 情報あげないぞ?」
 感謝しているのか脅しているのかわからない言葉であったが、他三人は乗り気であったのでロイドは折れ、全員が席に着いたところで食事が始まった。
 ランディが酒を望み、止められるのは予想のとおりである。

「―――ふむふむ、不良チームの抗争ねぇ。互いの闇討ちが原因、と」
「グレイスさん、あなたが仰った最後のピース。教えてもらえますか?」
 エリィが言い、グレイスは蓮華を置いた。
「んー、それよりちょっと取材いい?」
「さて、行こうか」
「ええ、失礼します」
「うまかったっスよ」
「……ご馳走様でした」
「ちょっ!? 冗談だってば!!」
 席を立とうとする四人に泡を食って呼び止めるグレイス。四人はしぶしぶ上げかけた腰を下ろした。
「ちょっと余裕がないわねぇ、もっと遊び心を持たないとこの先やっていけないわよ?」
「……余裕を持っていられるほどの立場じゃありませんから」
「―――まぁいいか、これは私の仕事じゃないしね。さて本題だけど、“ルバーチェ”って知ってる?」

 グレイスが出した名称にロイドとエリィが同時に声を漏らす。ティオとランディは二人に顔を向けた。
「知ってんのか?」
「……えぇ、この町に住んでいる人なら皆知っているはずよ」
 ルバーチェ商会。クロスベルの貿易に関して絶大な影響力を持つそれは、表の顔と裏の顔を持つ。表が全うとは言いにくい貿易会社だとすれば、もう一つはクロスベルの裏社会を牛耳る巨大なマフィアである。
 事実、警察や遊撃士協会はルバーチェ関連の案件をいくつも解決していた。それでも尻尾を掴むまでにはいかないのが実情である。そこには政界の圧力も関係していると思われた。

「その関係者が最近旧市街でよく見られるようになったらしいのよ。どう?」
 グレイスは得意気な顔で見やり、ロイドは立ち上がった。
「―――ありがとうございました、グレイスさん。おかげで先に進めそうです」
「…………」
 ふと見るとグレイスはぽかんと口を開けている。
「どうかしました?」
「ねぇ、ちょっぴり悔しかったりしないの? キミ。キミみたいな新人の捜査官は何でも自分でやろうとして、私みたいな外部者の助力に渋い顔をするものよ。そういう子達にそれは思い上がりよーって諌めるのが私の密かな楽しみだったのに……」
 どんな趣味してるんだと四人は思ったがそれを口にすることはせず、代わりにロイドは質問に答えた。
「すごく悔しいですが、もう諌められてますので」

 席に着いたままのグレイスに見送られながら四人は龍老飯店を出る。入り口から少し歩くとそこは露天商が集う市場だ。
 活気に満ちたそこを通りながら、ランディが口を出した。
「しかしロイドよ、お前誰に諌められたんだ? 教官かなんかか?」
「さっきの話のことか? …………えっと」
「……おい、まさか」
「………………おかしいな、誰だっけ」
「ガクッ、おいおい大丈夫かぁ」
 ランディがオーバーリアクションする中、ロイドは記憶の中を掘り進めていた。
 一人で全部やろうとする、一人でやろうとして叱られる。
 そんなことを自分自身であったり仲間であったりが経験したような気がしていたのだが、そんな思い出が思い出せない。

「そうだ。ジオフロントに最初に入った時だ」
 あの時は自分が仲間を守らないと、と思っていたのに結局は自分だけ何もしなかったという恥ずかしい結果になったのだ。そこできっと自分が全部やる必要がないと思ったのだろう。
 ロイドは疑問が氷解してもやもやが晴れた。いつの間にか東通りを抜け中央広場に入るところだった。
 考え事をしていながらよく人にぶつからなかったなと少し自分を褒めて、仲間と共にビルへ急いだ。






 長い話が終わり、ロイドは一つ息を吐いた。眼前のセルゲイは煙草の灰を灰皿に落としながら今までの話を脳内で纏める。
 やがて彼は引き出しから何かしらを取り出し机に投げ、音を立てて背もたれに寄りかかった。
「―――そうだな、この件はお前らに任せた」
「は?」
「と言うのは簡単だが、まぁアドバイザーは紹介してやろう。西通りのグリムウッド法律事務所だ、色々話が聞けるだろう」
 そう言ってセルゲイは煙草をくわえながら煙を吐き出す行為を繰り返す。
「ちょ、ちょっと待ってくださいセルゲイ課長っ」
「……いきなり放り投げすぎです」
 エリィとティオの言にちらと視線を向けたが、しかしセルゲイは変わらず煙草を堪能する。
「俺がやめろと言えばお前らはやめるのか? それならやめろと言うが、そうじゃないんだろ?」
「……!」
「ならさっさと行って解決してこい」
 机に投げ出された名刺を取り、四人は頭を下げて部屋を辞した。
 セルゲイは四人が去った扉を気だるげに見つめる。
「………………」
 その瞳には扉以外の情景が映されていたが、彼以外がそれを知ることはなかった。







 中央広場から西通りに入るとベーカリーやベルハイムなどがあり、そこから階段を一つ上がると住宅街に繋がる道へと入る。
 階段を上ってすぐの右手には雑貨屋があり、更に進むと行き止まり。
 その行き止まりはグリムウッド法律事務所と呼ばれていた。

 法律という鉄の掟に関わる建物ということで内装もシンプルで落ち着きを与えてくれる。入り口から見える扉は二階に続いているようだが、応接間はすぐ側にあるのでおそらく私室になるのだろう。
 四人が訪ねると本棚の整理をしていたピートと名乗る少年が応対し、すぐにこの場所の主であるイアン・グリムウッドが姿を見せた。
「おぅ……」
 思わずランディが声を漏らしたのは、イアン・グリムウッドの風体が正にあだ名通りであったからだ。
 四角い眼鏡をかけた温和な顔立ちにこれでもかというような髭の装飾。大柄な身体はカジュアルなスーツを着こなしているというよりは服に詰まっているという印象だ。

「おや、お客さんかね。私がここで働いている弁護士のイアン・グリムウッドだ。キミ達若いようだが今日は何の相談だね? 借金かい? 喧嘩かい? それとも全員で起業したいのかな?」
「い、いえ……俺たちは」
「そうだ名刺を渡さないとね。ああどこにやったかな……ピート君、お茶を用意してくれないか?」
「そ、そのですね……」
 ロイドがなんとか話そうとするもののイアンはあれこれと忙しなく動く。しかしその動作はどうもゆっくりだ。まるで熊のようであり、故に彼は“熊ひげ先生”なのである。

 イアンは困った笑みを浮かべながらロイドたちに振り返り、そしてふと思い出したような顔をした。
「キミは……確か以前ここに住んでいなかったかな?」
「あ、はい。前はベルハイムに住んでいましたし、先生とも会ったことがあります」
「そうかそうか、ということはしばらくここを離れていたのかな?」
「ええ、ちょっと共和国のほうに」
 若干緊張が抜けて会話を交えるが、ピート少年が紅茶を入れたのを確認してイアンはソファーを勧める。ようやっと本題に進むことができた。

「―――なるほど。ルバーチェか……」
 イアンは口元を締め、手を組んだ。彼は国際的にも有名な弁護士であるとともに、一般の相談も幅広く受けている。彼が担当した案件の中でもその名が出てくることは少なくなかった。
「ルバーチェというのは巨大な貿易商社で、近年のクロスベルの繁栄に彼らが貢献したのは間違いないが、それは正しい意味では決してない。裏の顔はマフィアであるということは知っているだろうが、ルバーチェはクロスベルの裏社会を牛耳っているからこそのルバーチェなのだ。政界との癒着により鎧を得た彼らは違法行為を次々と行っては私腹を肥やしている。市民にとって僥倖なのは、彼らが巨大であるが故に彼らの行為の対象も巨大であるということだ。目に見える被害は一般人には出にくい。だからこそ遊撃士協会も手が出せないんだろうね。同時にルバーチェもそれがわかっている。事実上、クロスベルで彼らを取り締まることは非常に難しい」

 遊撃士協会は規約により民間人の安全を最優先としているが、それは同時に民間人に危険がない場合は手を出すことができないということである。クロスベルにおいて何よりも厄介な遊撃士協会を動かさないことに尽力しているルバーチェを、しかし警察はどうにもできない。警察の上層部、更にその上にも手を回しているからだ。
 これがクロスベルの現状、ロイドやエリィはそのことをよく知っていた。
「彼らをなんとかすることはできないんでしょうか」
 イアンはその問いにうむ、と頷いた。
「クロスベル全体という意味では今は難しい。しかし今回の件においては、更に今現在においては、あるいは対処できるかもしれないね」

 イアンが語るのは、現在の裏社会についてである。クロスベルの裏を支配するルバーチェだが、最近になってその対抗馬が出てきたのである。
 それは『黒月』。カルバード共和国の裏を取り仕切る巨大組織である。
 そのクロスベル支部が港湾区のIBCへと続く坂の麓にできたのだ。黒月の力は当然ルバーチェも熟知している。故に最近のルバーチェは水面下で動き続けているらしい。
「黒月……」
 クロスベルに新たな不安要素が現れたことに呆然とするエリィはその新勢力を呟き、しかし首を振って意識を集中した。
「今回ルバーチェが動いたのだとしたら、もしかしたらそのあたりに理由があるのかもしれないね」
 イアンはそう言って紅茶を口にする。四人もそれに釣られて喉を潤し、気軽に相談に乗ってくれると言うイアンに挨拶して事務所を後にした。

「……ルバーチェに黒月、どっちも一筋縄じゃいきそうにねぇな」
 ランディがため息を吐く。話を聞くだけでも生半可で立ち向かえるような組織でないことがわかるという規模にはそういう反応しかできないのだろう。ティオも難しい顔でなにやら思案している。
「どうする、ロイド。新しい情報が得られたけど、これが最後のピースになるかしら?」
「…………そうだな、一度支援課に戻ろう。集めた情報を組み立てる必要がある」
 捜査官としてまだまだ未熟ではあるが、その未熟さでもこれでピースが揃ったことは感じ取れる。後はそのピースを当てはめて過去と未来を描くだけだ。
 ロイドは三人を促しビルへと戻っていく。

 ロイドはふと思い出していた。
 捜査官であった兄ガイ・バニングス。彼もまた、イアン・グリムウッドに助力を求めていたのだと。過去の会話でそんな話をしていたのだと。
 彼は兄も信用していた人物であり警察内部の信頼も厚い。
 グレイス・リンとイアン・グリムウッド。捜査官としての兄の姿を知っている二人に捜査官として関わった自分が不謹慎だが嬉しく、故に今気力が湧いてきているのかもしれなかった。
 今でもロイドは、ガイに支えられている。




 初出:1月10日



[31007] 1-8
Name: 白山羊クーエン◆2c4c4cde ID:da9c9643
Date: 2012/01/12 23:58



 陽の光が表舞台から消え、静けさを伝えるべく夜の闇が世界を覆う。
 人々の営みの証である音が内側に身を隠したことで聞こえる彼方の音響は世界の広さを伝えてくれる。ことその感覚に関しては昼よりも夜のほうが優れている。

 すぐそばを帝国の導力鉄道が走る、駅前通りのジオフロントA区画入り口。
 そこに向けて階段を下ったヴァルド・ヴァレスはその鉄扉の前で佇むシルエットに気づき、その瞬間には人物の特定が完了していた。
「てめぇ、そういうことかよ」
「…………」
「サツの野郎からの呼び出しと見せかけるってのはてめぇらしくもねぇが、いいぜ、タイマンで決着といこうじゃねぇかッ!」
「……ヴァルド、僕も呼ばれただけさ」
「あン?」

「―――こんばんは、わざわざ済まないな」
 ワジ・ヘミスフィアの言葉に訝るヴァルドの背から二人に言葉をかけたのが今回の主催者である特務支援課である。
 特務支援課の四人が眼前に並ぶのと同時にワジは笑う。
「それで、何か面白いことでもわかったのかな?」
 その言葉はくだらない話であった場合の覚悟を問うていた。
 ヴァルドは自身の得物を肩に担ぎ沈黙している。彼は感情のままに動くので、一度それが空回りすると行動が遅れる節があった。
「そうだな。キミ達にとってはなかなか興味深い話だとは思うよ」
「……おい、どういうことだ」
「今は話を聞こうよヴァルド。それ次第じゃ何してもいいって言うし」
 言ってないとは四人は言えず、鼻を鳴らしたヴァルドに少しの呆れを覚えながらロイドは話し始める。

「―――五日前に起こった二つの闇討ち事件、それに関わっているだろう勢力を見つけた」
「なに?」
「へぇ」
「そもそも二人には闇討ちなんていう卑劣なことはしないだけの不思議な信頼があるはずだ。それに加えて同日同時間帯に起こることも二つのチームだけじゃ難しい。だからそこには第三の勢力がいるはずなんだ」
「そして私たちはそうと思しき勢力を見つけた。それがルバーチェ」
 ルバーチェという単語にヴァルドは驚き、ワジは納得の表情をした。
「ルバーチェの実態は二人も知っているだろう? そのルバーチェの構成員が最近になって旧市街で見かけられることが多くなったらしい」

 ヴァルドとワジは沈黙し、やがてワジが言った。それはこの第三勢力を決定付ける言葉である。
「……ルバーチェね。そういえば来てたな、彼ら」
「ルバーチェが直接来たのかっ?」
「あのいけすかねぇ奴らか、てめぇらンとこにも来てたのかよ」
 どうやらルバーチェはテスタメンツとサーベルバイパー、両チームと接触していたらしい。この話が聞けていればもっと早く到達したかもしれない。
 捜査が甘かったことに歯噛みしたが、その前に話を進めようと決めた。
「それで彼らは何を言ってきたの?」
 エリィが尋ねると、二人の回答は同一であった。
 傘下に加われ、である。
 つまり特務支援課が出した答えと同じである。四人は顔を合わせて頷き、ロイドは今までの捜査から導き出した結果を述べた。

「仮にルバーチェが闇討ちの犯人だとして、真っ先に考えるべきなのはその目的だ。旧市街の不良チームを壊滅に追い込んで、一体ルバーチェに何の得があるのか。それは最近になって現れた黒月という組織が関係している。黒月にクロスベルの覇権を奪われたくない以上ルバーチェは抗争を行うはずだ。そこで必要なのは人員。これは二人の証言通りだな。しかし二人はそれを是としなかったし、メンバーもそうじゃなかったはずだ。これではルバーチェは人員を確保できない。そこでルバーチェは両チームの絶対的な存在であるヴァルド・ヴァレスとワジ・ヘミスフィアの両名を潰そうと考えたんだろう。そうして頭がいなくなったところで残りのメンバーを吸収する。そういう計算をしたんだ。だから普段のような小競り合いではない徹底的な対立が必要だった。そしてルバーチェは、互いに犯人だと思わせる証拠を残しながら闇討ちを行った」

 互いが犯人だと断定せしめたのは犯行に使われた凶器である。逆に言えば証拠はそれだけであり、同時にそれが両者の無罪証拠でもある。
 不良でありながら一本筋の通っているサーベルバイパーと知性派で売っているらしいテスタメンツだからこそありえない状況なのだ。

「これが俺たちの掴んだ真実だ」
 区切りをつけたロイドは大きく息を吐いた。それは虚空に消えていく中、真実を教えられた二人の表情を目撃する。
 一方は目を閉じ腕を組み、自身の思考の中に溶け込んでいる。
 一方は木刀を掴んだ手が音を立てながら震えており、それに同期して顔面の血行が良くなっている。目はカッと見開き、軋む音を立てて顎が閉じていた。
「ハハハハハハハッ!! 上等だ! コケにしやがってぇ!」
 ヴァルドは激情に身を委ねて去ろうとするがワジに止められる。ルバーチェはマフィアだ、たかだか不良チームの頭では相手にもならない。そう諭すワジも冷静に見えるが、その奥には怒りがチラついていた。
「―――さてと、それじゃあ作戦を練ろうじゃないか」
「え?」
「何驚いた顔してるんだい? ここまでやられて黙るわけないじゃないか。キミ達にも協力してもらうよ」
 ワジの底冷えのする笑みに四人は苦笑いを返すことしかできなかった。






 空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない






 草木も眠る丑三つ時、街灯も少なく真実闇に彩られた旧市街に、その闇を纏ったようなスーツの男が現れた。
 全部で四人、いずれも顔が判別されないようにサングラスをかけている。その時点で彼らが只者ではないことが見て取れた。サングラスはゼムリア大陸では珍しい品であり、また太陽が消えた世界では必要のないものだからだ。
 いずれも派手な色をした髪の毛により差別化できるその少数は辺りを見回し、その静けさに訝る。
 数日前に彼らが行った所業によりこの地域は眠らない場所となったはずなのだ。それがこうして来てみればむしろ眠っていない者を探すほうが難しい状況である。
 彼らは密談を重ねた後、懐や腰など衣服で隠れている場所から物々しい武器を取り出した。それは釘つきの棍棒であったり、石などを飛ばすパチンコであったり。
 武器を隠そうともせず彼らは歩き、交換屋の角から奥を見やると地下から一人の青年が歩いてきた。青い装束を着た青年はおそらくテスタメンツのメンバーだろう。
 彼が歩く先を特定した彼らはちょうどドラム缶やその他の金属が置かれているスペースに入り込んだ。奥は扉になっており、そこからジオフロントのD区画に進むことができるがそれは今に関係のない話だ。

 彼らは息を潜め、青年が通り過ぎるのを待つ。
 果たして青年は進行方向を変えないままその場を過ぎ去り、黒服の一人が背後に躍り出たのを確認する間もなく棍棒によって昏倒した。
 脱力した青年を確認して残りの男も出てくる。彼らはニヤニヤと口元を歪めながら武器を手で弄んでいたが、初撃を与えた男のみが歯に物を挟んだような感覚を抱いていた。
 そしてその感覚のままに怖気が走る身体を無理やり背後に倒す。目の前を棒が通り抜けるのを見た。整髪料で纏め切れなかった前髪が数本中に舞い、男は間一髪で避けたことに安堵したまま、背後からの銃撃で意識を飛ばした。

「な!?」
 驚いたのは残りの三人、交互に前と後ろを見る。前にいるのは昏倒したはずの青装束の青年ロイド・バニングスであり、後ろにいるのは銃を構えたエリィ・マクダエルである。
「クロスベル警察特務支援課のロイド・バニングスだ。大人しく投降しろ」
「同じくエリィ・マクダエル。気絶しただけだから安心して膝を着きなさい」
「警察だと!? どういうことだ!」
「どういうことも何も、そういうことだっつの」
 頭上から聞こえた声に見上げると、背負った建物の屋上からランディ・オルランドが俯瞰していた。その横には雄たけびを上げるスタンハルバードが意識を刈り取らんと待機している。

「ちぃ! なんでこんな所に警察が……!」
「とにかく状況が悪い、撤退するぞ!」
 手に持っていた得物を一斉に投げ出し、懐から本当の得物を取り出す。一人は更に丸型のオーブメントを取り出し字面に叩きつけた。
 瞬間闇を追い払う光が殺到し、三人は咄嗟に腕で目を庇う。
「閃光弾っ!?」
「ち、いいもん持ってんじゃねぇか!」
 三人が目の眩みから立ち直った時には既に男らはいない。あの隙に手近のロイドとエリィを狙わずに逃げたことが彼らにとってのボーダーラインを表している。
「ロイドっ」
「想定内だ、追うぞ!」
「がってん承知の介だ!」

 この場所から逃げるルートは二つ、だが旧市街を抜けるにはただ一つの道を行くしかない。結局のところそこさえ抑えれば勝ちなのである。
 そして既にそこはテスタメンツとサーベルバイパーの全人員が固めている。
「東ルートに二人、西に一人です!」
 ランディの横に隠れていたティオが逃走ルートを把握、三人に伝える。
「ランディは西、俺とエリィは東に行く! ティオはこいつを頼む!」
 頷く二人を見た後エリィに振り返り、目で同意を得て追走に入る。

 東ルートと西ルートでは広場を確認するタイミングが異なる。西では見た瞬間に諦めが入るが、東ではより遠方から確認できる為に別ルートに行く可能性が高かった。
 案の定西の一人は多勢に無勢を強制されて沈黙し、そして正規ルートを諦めた二人は立体的な逃走ルートを計ろうとガラクタの上をと登る。
「ふふ、ご苦労様」
 その頭上にワジ・ヘミスフィアが牙を砥いでいたのも知らず。
「ワジ・ヘミスフィア!?」
「遅いよ」
 慌てて銃を向けた一人の懐に流れるように侵入、銃に手を添えて銃口を外し、次の瞬間には既に男の背後に。蛇のような腕が首へと巻きついたかと思えばすぐにそれは外され、男の意識は闇に沈む。

 実に恐ろしきはその早業を足場の不安定な場所で行ったことであるが、そんなことは男には関係がなかった。
 残る一人はワジの攻略が不可能と見るや飛び降り、追ってきたロイドとエリィに相対する。
「ラストはあげるよ」
 ワジの軽口に応えることもせず、二人は油断なく構えた。男の武器は長さ30リジュほどの小刀、切っ先をゆらゆらと漂わせて機会を窺っている。
 この時点で男が逃走を諦めていることがわかる。
 逃げたければ悠長に戦闘行為を行わない。仲間が捕獲された今、逃げ延びても彼に大した得はないのだ。ならば今の状況を作った者に一矢報いるほうがいいと考えたのだろう。

 揺れる切っ先から視線を外さずにロイドは後の先を狙う。
 ロイドの武装・武法は正にこのような場面を想定されたものであり、故にロイドは訓練を思い出しながら、適度な緊張感を抱いて臨んでいた。
 そしてエリィは自分の役割が後方支援であることを自覚しているので、銃を撃つ時はロイドに危険が迫ったときのみだと考えている。
 徒に撃っても邪魔になるだけだ。そうならない自信はあるが、今回はロイドに任せる所存である。それは特務支援課が初めて迎えた大きな事件であったからだ。
 戦闘ではなく、支援要請ではなく、クロスベルという魔都の闇の一つに触れた事件であるとエリィが感じているから。だからこそエリィはその節目をリーダーであるロイドに決めて欲しいと思っている。
 それが公私混同に近いこととわかっていても、だからこそエリィ・マクダエルはそう願わずにはいられなかった。

 遠くにあった喧騒が止んだ。一先ずは落ち着いたのだろう。残りはこの場のみ。
 観客はワジ・ヘミスフィアのみの、この日最後の壁。
 それはぶつかり合う金属音から始まった。

 小刀の長所はその俊敏さにある。一撃の重さではなく数の暴力で戦闘を制圧する。この狭まった場所においてはその得物は正解と言っていいだろう。
 しかし相手は二本一対の特殊警棒。数が倍である以上、小刀の手数は通用しない。加えてその形状は人間の構造を把握し動きを封じるに最適である。

 切り払いは千日手、故に男は主戦法を突きにする。点の攻撃は雨のように無数に放たれ、それをトンファーが点で防ぐのは難しい。
 故にロイドは放たれる腕を絡め取って軌道を変えることを選ぶ。しかし男も腕を取られないように注意しているので結果的には突きの軌跡を変えているだけに過ぎない。

 この攻防は果てがないような状況だが、しかしそれはノイズとともに生まれた。
 攻め続ける男と防ぎ続けるロイド。
 雑音は、ロイドの脳裏に現れた。導力通信が乱れたような音の後、聞き知った声が聴こえてくる。

“―――――――――”

「っ!?」
 突然のノイズに顔を歪めたロイドは手が遅れ、防壁を突破される。
 胸に吸い込まれるような軌道で襲い来る刺突が無音の中スローモーションのように感じられ、しかし音と共にその小刀は弾き飛ばされた。
「ぐっ!」
「ロイドッ!」
 いつの間にか移動していたエリィの銃撃を理解した刹那、
「ああああああああああああああああ!!」
 裂帛の気合とともに渾身の一撃を振るう。武器を取り落とした男にそれを防ぐ術はなく、鈍い音を生みながら後方の瓦礫に叩きつけられた。
 ガラガラと音を立てて沈む身体、浮かぶ砂煙。肩で息をしながらそれを見つめていたロイドは、肩に置かれた手で我に返った。
 隣でエリィが笑っている。
 釣られて笑みが零れた。

「結構危なかった?」
 拍手するワジが見下ろしてくる。ロイドは一つ息を吐いた。
「危なくなんてない。俺は一人じゃないんだから」
「………………アハハハハハハハハハ! やっぱりキミはいいよロイド! 最後を任せて正解だった! ハハハハハハハハ!」
「…………」
「……はぁ」







 事態はここから急転する。
 旧市街に現れたルバーチェの構成員、その全員を縛り上げるが男たちはその状況で脅しをかける。クロスベルにおいてルバーチェに逆らうことの恐ろしさを訥々と話す彼らにヴァルドは更に怒り散らすが、それは残念ながら事実である。
 しかし同時に、そのルバーチェの構成員がたかが一区画の不良に敗れたという事実が許されるはずはないのだ。つまり、この件がルバーチェの幹部に伝わることはないのである。これはテスタメンツとサーベルバイパーにとってはいい結果である。

 しかし当の本人たちが納得するはずはない。近いうちに報復するべく現れるだろう。
 そのことを危惧するロイドらの前に現れたのは、ルバーチェというピースを与えてくれたグレイスである。そして彼女の一言がこの事件を終結に導いた。

“アリオスさんがこの件に手を出すつもりだった”

 風の剣聖アリオス・マクレイン。敵に回してはいけない遊撃士協会の中で、尤も相手にしてはならない存在である。
 その威風は下っ端の彼らにも伝わっており、その名前だけで旧市街を舞台にした闇討ち事件を解決してしまった。これには特務支援課も、不良たちですら唖然とする最後であった。


 とにかくも両チームによる殲滅戦は回避され、彼らは今までの喧嘩仲間としての関係に戻り、ロイドらはその両ヘッドと関わりを持つことになった。
 釈然としない終わり方で心にしこりが残ったロイドたち特務支援課だが、後に発行されたクロスベルタイムズにて少しの達成感を得る。

 酷評された初出動、それからちょうど十日経ったその日。
 一つの壁を乗り切って、先にある大きな壁を見つけ、そして目指すべき背中の大きさを再確認したその日。

「……ランディさんが何もしていません」
「おいおいティオすけ、俺もちゃんと追っただろうが」
「でもやったのはサーベルバイパーとテスタメンツです」
「ふふ、ティオちゃんはちゃんとやってくれたものね」
「じゃあ働かなかったランディは酒抜きだな」
「ちょっ、そりゃないぜリーダー……」
「……働いたわたしが飲めないんですからランディさんも抜きです」
「いやティオすけ未成年だろ……」
「だから、全員お酒はなしなのよ」
「さぁ、親睦会を始めよう」

 四人は軽い宴を開いた。
 仲間とのこれからが無事に過ぎ去ることを祈念して。






「―――まさか代わりに解決してくれるとはな」
「なんだか嬉しそうね、アリオス。まぁあたしも負担が減ってくれるなら願ってもないことだわ。特に海外出張の多いあなたの、ね」
「俺としてもリンやヴェンツェルに迷惑をかけていたから望ましい結果だ。更なる精進を期待することにしよう」
「そうね。数日中にはあの子らが来るし、彼らの発奮材料には最適じゃない?」
「少なくとも折れなければいいさ。折れさえしなければ、良い結果が得られる」
「あら、自信ありそうね」
「…………さてな」

 アリオス・マクレインは空を眺む。そこには人を見下す月がいた。
 せめてもの慈悲にと光を送るその舞台装置を、アリオスは酒の肴にはしない。




 初出:1月12日

 イラストコンテスト締め切り間近なので、更新が少し遅れるかしれません。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.702518939972