そしてこの法典の再発見から約100年になろうとしている現代にあって、現代を生きる同世代人の心をより豊かにする何らかのヒントになればいいと願って、なるべく平易に読めるように、現代日本語訳にして、このファイルを作成しました。お気付きの点がありましたらお知らせいただければ幸いです。匿名のご指示が無い限り、もし修正版をリリースする際には謝辞に御名前を記載させていただく場合があります。なお当方は専門の研究者ではなく、職域の任意のメンバーです。情報処理やプロジェクト/レビューに関する技術を有しており、この法典の再読の試みは、意義があるのではないかと話し合って試みたものです。ご質問等には、当方の時間や資源の制約により反応が困難な場合がありますので予めご承知おきください。
July 1999 ハムラビ法典現代日本語訳プロジェクト : first release,July 1999 written by t.uraki/all rights reserved
ラザフォード・オールコック (Rutherford Alcock, 1809~1897) は英国の外交官で、1859(安政6)年に初代駐日公使として赴任した。前年、エルギン伯によって日英修交通商条約が締結された。広東にいたオールコックは辞令を受け、1859年6月4日長崎に到着した。6月26日、オールコックは軍艦サンプソン号で江戸に到着し、住居を高輪の東禅寺に定めた。9月末、オールコックは箱館を視察し、ホジソンを領事に任命して10月末江戸に戻った。
1860(安政7→万延1)年3月24日、大老井伊直弼が暗殺された。8月25日、オールコックは将軍家茂に謁見した。9月4日、オールコック一行は富士登山に出発、伊豆を旅行し3週間ほどで帰着した。11月27日、英人マイケル・モースが狩猟中銃の暴発で日本人役人を負傷させ、オールコックは1000ドルの過料と3ヶ月の禁固を言い渡し香港に追放した。
1861(万延2)年1月15日、米国公使館通訳ヒュースケンが暗殺された。オールコックは各国の公使と諮り横浜に移ったが、3月2日江戸に戻った。その直後オールコックはモース裁判の件で香港に出張し、5月末長崎に戻った。オールコックはオランダ総領事デ・ウィットらとともに大坂から東海道を歩いて7月2日神奈川に帰り着いた。7月4日、江戸の英国公使館(東禅寺)が襲撃され、オリファント書記官が重傷を負ったが、公使館員に死者はなかった。
1862(文久1)年1月23日、竹内下野守保徳を全権とする使節団が英国艦オーディン号で、ヨーロッパに向けて江戸を出航した。3月23日、オールコックは森山榮之助と淵辺徳蔵を伴い、これを追った。5月にロンドンに到着したオールコックは、本書 (The Capital of the Tycoon) を出版する手はずを整え、翌年に出版された。
長崎の町の山の手の部分の概観は、半ば荒廃した都市のようである。その理由の一半は道路の道幅にあり、他の一半はおびただしい人口をもつ中国の諸都市と比較してみたことにあると思う。商店には、品物が乏しいような感じがした。陶磁器・漆器・絹製品などがあるだけだ――江戸を相手に商売をしてるのではないであろうから、まったく見くびるのはどうかと思うが、それにしてもあまり心をひきつけるものはない。 (上巻, p. 147)
かれらを、その類似点や相違点をも合わせて、全体的に考えてみると、日本のワビング〔ロンドンのテームズ川ぞいのドックのある地区で、ロンドンの海からの入り口をなしている〕ともいうべきこの港町から判断しただけで、すぐに数世紀にわたってかれらのなかに住みついた中国人居留民から悪習を教えこまれ、またオランダ人その他の外国人からも過去・現在をつうじて悪習を教えこまれながらも、愛想がよくて理知的で、礼儀正しい国民であり、そのうえに上品で、イタリア語とまちがえるような一種の柔らかなことばを話すという結論をえることができる。市が開かれる広場でのかれらのあいさつは、からだを低く折りまげてする品位があって入念なおじぎである。 (上巻, p. 151)
いたるところで、半身または全身はだかの子供の群れが、つまらぬことでわいわい騒いでいるのに出くわす。それに、ほとんどの女は、すくなくともひとりの子供を胸に、そして往々にしてもうひとりの子供を背中につれている。この人種が多産系であることは確実であって、まさしくここは子供の楽園だ。 (上巻, p. 152)
私は読者に、立体鏡の筒を目にあてがって、新しい時代や他の民族についての先入見や周囲の対象をことごとくしめだすようにおねがいする。このことは、まえまえから考えていたことで、そうすれば読者は、われわれの祖先がプランタジネット王朝〔イギリスの王家(一一五四−一三九九年)〕時代に知っていたような封建制度の東洋版を、よく理解することができるであろう。われわれは、一二世紀の昔にまいもどるわけだ。なぜなら、「現在の日本」の多くの本質的な特質に類似したものは、十二世紀にしかもとめられないからである。 (上巻, p. 187)
よく手入れされた街路は、あちこちに乞食がいるということをのぞけば、きわめて清潔であって、汚物が積み重ねられて通行をさまたげるというようなことはない――これはわたしがかつて訪れたアジア各地やヨーロッパの多くの都市と、不思議ではあるが気持ちのよい対照をなしている。 (上巻, pp. 199-200)
日本人は、いろいろな欠点をもっているとはいえ、幸福で気さくな、不満のない国民であるように思われる。ところで、その欠点のうちでもっとも重要なことは、かれらには、軍事的・封建的・官僚的なカスト――これは、カストというよりも、階級といった方がよいかも知れぬが、どちらも似たり寄ったりだ――があるということだ。 (上巻, p. 204)
たしかに日本人は、なんでも二つずつというのを好むようだ。二元的原理が人間の組織のなかにはいり、全自然に浸透しているのをわれわれは知っているが、日本の特質のなかには、この二元的なものが、どこよりもひときわ念入りに進歩しているようだ。ある博学な医者が主張するように、われわれが外見上二つの目と耳をもっていると同じく、頭のなかには二つの完全な頭脳がはいっていて、そのおのおのが両者を合わせた機能のすべてを果たし、また独立したいくつもの思考さえ同時に営むことができるということが事実だとすれば、日本人の頭脳の二重性はあらゆる種類の複合体を生み、政治的・社会的・知的な全生活のなかにゆきわたり、これらをいわば二重化する方法を生み出してきたと見なすことができるであろう。日本では、ただひとりの代表だけと交渉するということは不可能だ。元首から郵便の集配人にいたるまで、日本人はすべて対になって行動する。 (上巻, pp. 259-260)
名詞に性がないということ、また三人称の「かれ」・「彼女」・「それ」などのあいだの差異を示す人称代名詞がないということは、日本語の文法上の顕著な事実なのだが、このことは、奇妙にも、公衆浴場の混浴その他の日常生活の習慣の面でも実践されているようだ。たしなみということについてのわれわれのいっさいの観念とはまったく反対のことが日本で行なわれていながら、しかもヨーロッパではそんなことをすれば必然的に生ずると思われる結果が日本でも生じているかどうかということを自信をもっていえるほど、われわれはまだその国民や社会生活に通じているとはいえないようだ。 (上巻, p. 260)
すべてこういったことのなかで、われわれが第一に知ることは、妙に自己を卑下する傾向であり、個人主義・自己主張がある程度欠けているということだが、これは、他面、かれらの国民性のなかのあるものにひじょうに反している。日本人は、自分の種族や国家を誇り、自分の威厳を重んじ、すべて習慣やエチケットが規定するものを怠ったり拒絶したりすることによって自分たちに投げかけられる軽蔑とか侮辱にたいして、きわめて敏感である。それゆえ、当然のことながら、かれらは儀式張って堅苦しい国民である。かれらが軽蔑とか侮辱に敏感であるのにまったく正比例して、他人を腹立たせたり、他人の気にさわることを避けるために、ひじょうに気を使う。 (上巻, p. 263)
だがいまでは、長い経験からして、わたしはあえて、一般に日本人は清潔な国民で、人目を恐れずたびたびからだを洗い(はだかでいても別に非難されることはない)、身につけているものはわずかで、風通しのよい家に住み、その家は広くて風通しのよい街路に面し、そしてまたその街路には、不快なものは何物もおくことを許されない、というふうにいうことをはばからない。すべて清潔ということにかけては、日本人は他の東洋民族より大いにまさっており、とくに中国人にはまさっている。中国人の街路といえば、見る目と嗅ぐ鼻をもっている人ならだれでも、悪寒を感じないわけにはゆかない。 (上巻, p. 288)
それは、女が貞節であるためには、これほど恐ろしくみにくい化粧をすることが必要だというところをみると、他国にくらべて、男がいちだんと危険な存在であるか、それとも女がいちだんと弱いか、のいずれかだということである。 (上巻, p. 292)
日本人の外面生活・法律・習慣・制度などはすべて、一種独特のものであって、いつもはっきりと認めうる特色をもっている。中国風でもなければヨーロッパ的でもないし、またその様式は純粋にアジア的ともいえない。日本人はむしろ、ヨーロッパとアジアをつなぐ鎖の役をしていた古代世界のギリシア人のように見える。かれらのもっともすぐれた性質のある点では、ヨーロッパ民族とアジア民族のいずれにもおとらぬ位置におかれることを要求するだけのものをもっているのだが、両民族のもっとも悪い特質をも不思議にあわせもっている。 (上巻, p. 333)
どの役職も二重になっている。各人がお互いに見張り役であり、見張り合っている。全行政機構が複数制であるばかりでなく、完全に是認されたマキャヴェリズムの原則にもとづいて、人を牽制し、また反対に牽制されるという制度のもっとも入念な体制が、当地ではこまかな点についても精密かつ完全に発達している。 (上巻, p. 340)
日本人は、おそらく世界中でもっとも器用な大工であり、指物師であり、桶屋である。かれらの桶・風呂・籠はすべて完全な細工の見本である。 (上巻, p. 375)
しかしながら、そこにある建て物はけっして独創的なものではない。事実、それらは木像の建築物で、中国式の建て物をすこし修正したものにすぎない。寺院や門や大きな家は、いちじるしく中国風で、ただかたちが改良され、ひじょうによく保たれている。 (中巻, p. 24)
かれらはきっときれい好きな国民であるにちがいない。このことは、われわれがどんなことをいい、あるいはどんなことを考えても、かれらの偉大な長所だと思う。住民のあいだには、ぜいたくにふけるとか富を誇示するような余裕はほとんどないとしても、飢餓や貧乏の徴候は見うけられない。 (中巻, p. 26)
かれらの全生活におよんでいるように思えるこのスパルタ的な習慣の簡素さのなかには、称賛すべきなにものかかがある。そして、かれらはそれをみずから誇っている。 (中巻, p. 27)
自分の農地を整然と保っていることにかけては、世界中で日本の農民にかなうものはないであろう。田畑は、念入りに除草されているばかりか、他の点でも目に見えて整然と手入れされていて、まことに気持ちがよい。 (中巻, p. 49)
この土地は、土壌と気候の面で珍しいほど恵まれており、その国民の満足そうな性格と簡素な習慣の面でひじょうに幸福でありつつ、成文化されない法律と無責任な支配者によって奇妙に統治されている。わたしは「成文化されない」といったが、その理由は、閣老たちはわたしに成文の法典があるとはいうものの、わたしはいままでいちどもその写しを手にしたことがないし、それにかれらがわたしを誤解させていないかぎりは、それはいまだかつて印刷されたことがないからだ。 (中巻, p. 165)
民族のある体質的な特徴は、ある道徳的な特徴とともに、世代から世代へと伝えられる。日本人のばあいにもこの例外ではなくて、うそをつくその性癖はなにか最初の体質が完全に身についてしまったに相違ない。それでもなおその上に、日本人はその性質のなかになにか上品で善良なものの痕跡を多くとどめている。 (中巻, p. 177)
日本中どこでも、男はとくに計算がへたらしくて、この点ではヨーロッパ人の「くろうと」の好敵手たる中国人よりもはるかに劣っている。不思議なことに、女は、その主人よりもはるかに計算が上手である。それで、足し算や掛け算をするときには、かならず主婦の調法な才能にたよったものだ。 (中巻, p. 208)
たしかに、乞食はいる。首都のなかやその周辺にはかなり多数いる。とはいえ、かれらは、隣国の中国におけるように無数にいるとか飢餓線上にあるのをよく見かけるというような状態にはまだまだほど遠い。 (中巻, p. 222)
聞くところによれば、地代は地方によって、そしてまた土地の生産性にしたがって異なるようである。しかしながら、日本人はきわめて質素で窮乏しており、一般に貧しく見えるところから判断すると、耕作者にのこされるのは、かろうじて生きてゆくに足るだけの米と野菜、それにかれらがいつも着ているたいへん粗末でわずかばかりの着物を買うのにやっとのものだけらしい。 (中巻, pp. 353-354)
一般に、婦人たちの特徴になっているのは、おだやかな女らしいつつしみ深い表情と挙動であり、男たちのなかでも身分のいやしくない者は、その態度にある種の洗練さと優雅さがうかがえる。一方、下層階級の人びとでさえ、つねにたいへん礼儀正しく、他人の感情と感受性にたいする思いやりをもち、他人の感情を害することを好まない。そのような気持ちは、世間一般が野卑で粗野な束縛のない放縦が広く行なわれているなら、とてもたもちつづけることができないであろう。 (中巻, p. 392)
商品や客をのせた何千という舟が広い水面をおおっており、どの橋にも外国人を見ようとする人びとが驚くほどぎっしりつめかけていた。まったく日本人は、一般に生活とか労働をたいへんのんきに考えているらしく、なにか珍しいものを見るためには、たちどころに大群衆が集まってくる。 (中巻, p. 397)
日本人は、女には家庭の軽労働をさせ、男が戸外の重労働をするという点で、文明のすすんだ国のなかでひときわ目立っているように思えるのである。 (中巻, p. 424)
全体のこの牧歌的な効果をそこなっていた唯一のものは、奇妙なことだが、婦人たちだった。歯を黒くして赤い紅をつけているとはいえ、彼女たちのもっともみにくいいやな点は、けっしてその顔ではないのである。実際、大君や大名がいかに絶対的かつ専断的な権利を行使しているかを考えると、一六歳以上ともなれば女が着物をまとわないで外へ出るのは重い犯罪であり、不行跡だとする法令がなかったとは、不思議ではないにしても残念なことだと思える。 (中巻, p. 429)
現在日本を現実に支配しているのは、一種の封建的貴族制であると思われるが、これはある点ではロンバルディア公国〔六世紀にイタリア北部ロンバルディアに樹てられ、七七四年シャルルマーニュゲルマン人の一派・ランゴバルド族によって倒された王国〕やメロヴィンガ王朝〔四八一−七五一〕のフランスや昔のドイツで、特定の家から王を選んだころの状態を思わせるものがある。貴族や領主の連邦が土地を所有し、サクソン時代やプランタジネット朝〔一一五四−一三九九〕初期のイギリスの豪族と大体同じように支配権を享受しているように思われる。 (下巻, p. 120)
わたしは、この著者の説にまったく賛成であって、日本人の悪徳の第一にこのうそという悪徳をかかげたい。そしてそれには、必然的に不正直な行動というものがともなう。したがって、日本の商人がどういうものであるかということは、このことから容易に想像できよう。 (下巻, p. 127)
ある国においては、真理にたいする愛はほとんど認めがたい。日本はそんな国である。虚偽・賭博・飲酒はさかんに行なわれているし、盗みや詐欺もかなり行なわれており、刃傷沙汰も相当多い。しかし、わたしの意見をのべておくと、こういったことはキリスト教の律法のもとにおかれ、キリスト教の美徳を行なうのにもっと好都合な条件のもとにおかれていると信じられる多くのヨーロッパの国々におけるよりも、はるかに多いというわけではない。 (下巻, p. 136)
政府は、封建的な形態を保持しており、行政のもとになっているのは、これまでに企てられたなかでももっと巧妙な間諜組織である。この組織は、必然的に文明化をさまたげる作因となり、知的・道徳的進歩にたいするひとつの障害として作用する。 (下巻, p. 136)
わたしのいっているのは、男女の関係、法律によって認められた交わり、そして婦人の地位である。この点にかんしては、不当にも多くの讃辞が日本人に与えられてきたとわたしは信じている。ここでは日本人が国民全体として他国民より不道徳であるかないかといった問題には立ち入りたくない。しかしながら、父親が娘を売春させるために売ったり、賃貸ししたりして、しかも法律によって罪を課されないばかりか、法律の認可と仲介をえているし、そしてなんら隣人の非難もこうむらない。 (下巻, p. 137)
日本政府がとっている制度ほど、思想・言論・行動の自由を決定的に抑圧する制度は、ほかに考えることが困難だ。さらにわたしは、日本の政治制度は、人間の最上の能力の自由な発達と相いれず、道徳的・知的な性質が当然熱望するものを抑圧する傾向にあり、正常にして根絶しがたいすべてのものをつちかい、発揮する手段を与えないと信じる。 (下巻, p. 140)
物質文明にかんしては、日本人がすべての東洋の国民の最前列に位することは否定しえない。機械設備が劣っており、機械産業や技術にかんする応用科学の知識が貧弱であることをのぞくと、ヨーロッパの国々とも肩を並べることができるといってもよかろう。 (下巻, p. 149)
日本人は中国人のような愚かなうぬぼれはあまりもっていないから、もちろん外国製品の模倣をしたり、それからヒントをえたりすることだろう。中国人はそのうぬぼれのゆえに、外国製品の優秀さを無視したり、否定したりしようとする。逆に日本人は、どういう点で外国製品がすぐれているか、どうすれば自分たちもりっぱな品をつくり出すことができるか、ということを見いだすのに熱心であるし、また素早い。 (下巻, pp. 149-150)
このように、世界でも最良の道路をもっておりながら、通信の速度と手段にかんする点では、かれらは他の文明世界に三世紀もおくれている。しかもこのひじょうに原始的な郵便も、人びとの必要にはなんの関係もなく、政府とその役人のあいだの連絡を保っておくのに役立っているだけである。 (下巻, p. 175)
個人や公共の建て物の大きさなり価値については、もし日本の精神文明なり道徳文明がそんなもので評価されるとするなら、日本人にとっては酷なことであろう。かれらには建築と呼びうるようなものはない。……したがって、世界最大の都市のひとつである江戸の街路ほど、むさくるしくみすぼらしいものはない。大名の屋敷でさえ、同じような建て方の低い一列のバラックにすぎず、ただ屋根が高いだけだ。 (下巻, p. 176)
すべての職人的技術においては、日本人は問題なしにひじょうな優秀さに達している。磁器・青銅製品・絹織り物・漆器・冶金一般や意匠と仕上げの点で精巧な技術をみせている製品にかけては、ヨーロッパの最高の製品に匹敵するのみならず、それぞれの分野においてわれわれが模倣したり、肩を並べることができないような品物を製造することができる、となんのためらいもなしにいえる。 (下巻, p. 177)
だが、人物画や動物画では、わたしは墨でえがいた習作を多少所有しているが、まったく活き活きとしており、写実的であって、かくもあざやかに示されているたしかなタッチや軽快な筆の動きは、われわれの最大の画家でさえうらやむほどだ。 (下巻, p. 179)
漆器については、なにもいう必要はない。この製品の創始者はおそらく日本人であり、アジアでもヨーロッパでもこれに迫るものはいまだかつてなかった。……日本人はきわめてかんたんな方法で、そしてできるだけ時間や金や材料を使わないで、できるだけ大きな結果をえているが、おそらくこういったばあいの驚くべき天才は、日本人のもっとも称賛すべき点であろう。 (下巻, p. 181)
すなわち、かれらの文明は高度の物質文明であり、すべての産業技術は蒸気の力や機械の助けによらずに到達することができるかぎりの完成度を見せている。ほとんど無限にえられる安価な労働力と原料が、蒸気の力や機械をおぎなう多くの利点を与えているように思われる。他方、かれらの知的かつ道徳的な業績は、過去三世紀にわたって西洋の文明国において達成されたものとくらべてみるならば、ひじょうに低い位置におかなければならない。これに反してかれらがこれまでに到達したものよりもより高度な、そしてよりすぐれた文明を受けいれる能力は、中国人を含む他のいかなる東洋の国民の能力よりも、はるかに大きいものとわたしは考える。 (下巻, p. 201)(欧米から見た日本より)
1913年、ジョン・D・ロックフェラー・ジュニアは、ニューヨーク市の小役人であったレイモンド・フォスディックを年俸1万ドルで雇った。フォスディックは、ベルサイユ平和委員会/国際連盟のアメリカ事務次官となり、欧州経済共同体の設立の陰の立役者であるフランス事務次官のジャン・モネといっしょに働いた。1919年にフォスディックは、彼の妻に当てた手紙の中で「私とモネは『世界政府の枠組み』の土台を作るために働いている」と述べた。(July 31, 1919; in Fosdick, ed., Letters on the League of Nations (Princeton, New Jersey: Princeton University Press, 1966), p. 18.)
ジャン・モネが、アメリカの支配者層のバックアップのもとで活動したことは資料から明らかだ。(Francois Duchene, Jean Monnet: The First Statesman of Interdependence (New York: Norton, 1994), p. 63; Richard J. Barnet, The Alliance: America-Europe-Japan, Makers of the Postwar World (New York: Simon & Schuster, 1983), ch. 3.)
From the desk of Paul Belien on Mon, 2006-02-27 21:13
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Bukovsky and Belien
Vladimir Bukovksy, the 63-year old former Soviet dissident, fears that the European Union is on its way to becoming another Soviet Union. In a speech he delivered in Brussels last week Mr Bukovsky called the EU a “monster” that must be destroyed, the sooner the better, before it develops into a fullfledged totalitarian state.
Mr Bukovsky paid a visit to the European Parliament on Thursday at the invitation of Fidesz, the Hungarian Civic Forum. Fidesz, a member of the European Christian Democrat group, had invited the former Soviet dissident over from England, where he lives, on the occasion of this year’s 50th anniversary of the 1956 Hungarian Uprising. After his morning meeting with the Hungarians, Mr Bukovsky gave an afternoon speech in a Polish restaurant in the Trier straat, opposite the European Parliament, where he spoke at the invitation of the United Kingdom Independence Party, of which he is a patron.............
国際連盟の設立に尽力したのが、アーサー・バルフォア。彼は、ホートの「使徒」、ウェストコットの「エラヌス」という結社のメンバーだった。バルフォアは、「心霊研究会(Society of Psychic Research)」 の総裁を務め、後に英国首相になった。
(管理人注)『ユートピアの表面的なゴールは人類に世界的な幸福を与えるというものである。しかし,彼らの裏に潜んだ意図は世界民衆の(マインド)コントロールを段階的に増して行くということでもある。19世紀に大英帝国とドイツは主要なイルミナティのコントロール地域であった。行動科学研究(Behavioral Science Research)は1882年にイギリスで設立ツれた。しかし,マインドコントロールに関わる,最初のツ学,精神ツ学技術はドイツのカイザル・ウイリヘルム研究所で開発ツれた。Human Relationsのタビストック研究所は1921年にロンドンに設立ツれた。人間のBreaking Pointの研究のために(注:人間がある限度を超えると正常な精神状態を保つことが出来なくなるポイント)。1932年,ドイツの精神ツ学者クルト・レウインがタビストック研究所の取締役となった。イギリスとドイツは壷の中の二つの豆のようにマインドコントロールを分け合った。彼らの兄弟団は(アドルフ・シュタイナー<ドイツとウイン・ウエスコット<英国を軸とする)黄金の夜明け結社(Order of Golden Dawn)と黄金の曙ヘルメス教団を通してこれらの二つの団を結合ツせた。この秘密結社は多くのナチス党員とイギリス貴族社会を構成した。』
バルフォアは、心霊研究会だけではなく、「総合会(The Synthetic Society)」の設立者でもあった。総合会の目的は、世界統一宗教の創造であった。彼は心霊研究会のフレデリック・マイヤーを招き、「すべての宗教の序言(The preamble of all religions)」を作成した。そこには、「死者の霊と交信できる」と記されている。(www.historicist.com)
中央には、万物を見通す目(all seeing eye)が描かれており、その人をおびき寄せるような、疑念と遍在者のイメージは、年間数百万人もの国連ビルへの訪問者の注意をひきつけている。(Texe Marrs, Mystery Mark of the New Age(Crossway Book, 1985), p. 102.)
キャップストーンのないピラミッドは、台形である。
この台形は、サタン礼拝の象徴である。
サタン教の中心的な組織は「台形の結社(The Order of the Trapezold)」と呼ばれている。(William J. The Hidden Language of the Mormon Temple(Boise, ID: Through the Maze, 1990), p. 40)
サタンの教会の創立者アントン・ラヴィーは、オカルトの原理を「台形の法則」と呼んだ。(William J. The Hidden Language of the Mormon Temple(Boise, ID: Through the Maze, 1990), p. 44)
瞑想室に入るには、暗闇から光へと進まねばならない。(Robert Keith, The Cult of the All Seeing Eye (Palmdale, CA. Omni Publications, p. 13.)
ゲイル・リプリンガーは著書New Age Bible Versionsの中で、この幽霊会こそ現在のチャネリングや交霊術ブームの起源であると述べた。その論拠として彼女が挙げたJames WebbのThe Occult Undergroundには、1800年代以来オカルト運動において中心的な組織の一つであった心霊研究会(Society for Psychical Research)の歴史が記されている。
W. H. Salterは、自著The S.P.R.: An Outline of its Historyにおいて、「ウェストコットとホート、ライトフット、ベンソン」の「幽霊会」がいかにして「心霊研究会」に変化したかについて記し、幽霊会をその「親団体」、「我々の団体の派生元の団体」と呼んだ。
Crash Course on the New Ageの著者は、ニューエイジ運動と現在のチャネリング熱の先駆者として、心霊研究会の名前を挙げた。
The Aquarian Conspiracy の著者Marilyn Fergusonは、心霊研究会が今日のニューエイジ運動に及ぼした影響について述べた。
つまり、ウェストコットとホートは、今日のニューエイジ運動の先駆者だったということだ。
最近のチャネリング熱のリバイバル・・・の跡をたどると、一つの源に行き着く。それは、ウェストコットとホートである。これらの新しい版を著した人々は、その「ヘルメス」クラブでは飽き足らず、交霊術にかかわるようになり、そして、ついに幽霊会という団体を設立するにいたった。(Gail Riplinger, New Age Bible Versions (Munroe Falls, OH 1993) p. 410.)
WebbのNew Age Networking a Century Ago Turning once again to The Occult Undergroundの第2章「交霊術」には次のように記されている。
1872年、ウェストコットは、『エラヌス』という名前のもう一つの結社を作った。シドグウィックは、バルフォアと並んでこの会のメンバーであった。そのもう一人のメンバーであったホートはこの会を「使徒の上級者会」と位置づけ、「そのもともとのアイデアはウェストコットのものである。メンバーは定期的に集まった」と述べた。1877年にホートの部屋が集会場となった。(Gail Riplinger, New Age Bible Versions (Munroe Falls, OH 1993), pp.415, 416)
カトリックの逆さ十字の本音はイエス・キリストなどチャンチャラおかしいということ。
「時々教皇のティアラにPXと描かれたものを見ることがありますが初期キリスト教で使われたのがローマの時代になるとコンスタンティヌス大帝のお気に入りとなった。これはギリシャ語でChrist - Chi (X) と Rho (P)を表しますが本当はOSIRIS神の幹部とでもいいましょうか。バチカンの逆さ十字の意味は反キリストを意味します。根っこのところでバチカンはイエスではなくOSIRISを崇拝しているということです。Vaticanという言葉は「diving serpent」でありVatis=Diviner and Can=Serpent(蛇)から由来している。カトリック聖書(ドウエイ版)verse18にはこう書かれている。666〜the numeral letters of his name shall make up his number.So let us take his name that is given to this MAN -the Pope of Rome。ローマのPopeは「VICARIUS FILII DEI」(Representative of the SON of GOD=OSIRIS,つまりキリストなどはチャンチャラおかしくローマ教皇はOSIRIS崇拝ということ。」
“For example, Khalid Sheikh Mohammed described the design of planned attacks of buildings inside the U.S. and how operatives were directed to carry them out. That is valuable information for those of us who have the responsibility to protect the American people. He told us the operatives had been instructed to ensure that the explosives went off at a high -- a point that was high enough to prevent people trapped above from escaping.”
5.さて、次回投稿を予定しているのは,現在のアメリカ政治の大状況が、西洋史における宗教文化の歴史的巨大転換の結果できたキリスト教保守派大連合(ローマカトリック+プロテスタント保守派によるいわゆるECT運動)によって突き動かされているか、条件付けられているかについてだ(実は背景にバチカン,イエズス会,イルミナティー、オパスーデイ、メーソン、米国内ローマカトリック,福音書派などの重層的でひとつながりの動きが見て取れる。そしてイエズス会がこれらの統合センターになっている可能性が非常に強いと察せられる(米国では、ジョージタウン大学がイエズス会設立大学のセンターだがここの横断的人脈に注目。次期ペンタゴン長官に指名されているロバート=ゲイツはここで博士号を取得している)。バチカンーイエズス会が金融の連中(ロスチャイルドなど),またバチカンーイエズス会製シオニズムを彼等がまとめあげている(integrating)側面が強度に洞見される(ごく一般のユダヤ人は裏切られ、かき回され、翻弄されている可能性を検討する必要がある)。バチカンは比較的最近まで、サンフランシスコ拠点のバンカメBank of Americaの大株主のひとつだった。第二次大戦中、ヒトラー政権に裏打ちされていたウクライナとユートスラビアを支配していたウスタシュ政権Ustashe regimeによるホロコーストの犠牲者ウクライナ人と旧スーゴスラビア人(60万人のセルビア人,ユダヤ人,ジプシー、ユーゴ人が血も涙もないウスタシュよって虐殺されたという)から、ヒトラー政権と結んだ当時の全体主義政権の持っていた国民の金塊がバチカン銀行に収奪された、旧ユーゴスラビア,ウクライナ国民はその国民財産を取り戻す権利があるとしてサンフランシスコ連邦地裁に西暦2000年にバンカメとその株主だったバチカンを民事訴訟で訴えた。バチカン側は米国務省による、当時の金塊移動に関する資料請求を、バチカンは国家主権を持つ、とおなじみの理由で拒否しうやむやに終わっている。)
“The incredible outpouring of love and appreciation for Pope John Paul II has been a profound testament to his life, to the power of faith, and to the Catholic Church.
“People around the world will now look to Pope Benedict XVI for inspiration and guidance. Cardinal Ratzinger earned the trust and respect of Pope John Paul II, who did God's work here on earth, seeking peace and justice for all. I hope that Pope Benedict XVI will build on that legacy.
“Our thoughts and prayers are with Pope Benedict XVI.”
一般全国紙であるUSA Today紙を発行する民間メディア会社であるガネット社が軍人を対象として発行している4つの異なる新聞に同一内容、つまりラムズフェルド辞めるべしといわば共同社説を書いたに過ぎない。これはUSAToday紙と同一基調のもので,要するに,ガネット社の考えであり,軍内部の考えでも何でもない。社説執筆陣は、公務員ではない。「小学3年生」という小学3年生向けの雑誌を出しているのが文部省ではなく,民間の小学館という企業に過ぎないのと同じことだ。阿修羅人なら仕方がないが、田中氏はジャーナリストとしては、基本常識を欠いている。なぜなら、政府一体の原則により、政府当局の公報紙(たとえば軍報)がその当局の基本政策に反対する言論をみずから載せることはありえないからである。田中氏の英語情報の咀嚼に危なさ,拙なさ、不安感があることがここに示されている。ラムズフェルドが軍内部から辞任を求められたのか、民間会社から求められたのか、では全く政治的意味やインパクトが違ってくる。これは見過ごせない誤報である。英文の元記事には Newspaper for Military(軍に向けての新聞)とはあるが、 Newspaper of Military(軍による新聞)とはなっていないのだが。forと ofとでは話が違ってくるのだ。
7.実はそんなことより静かだが大変なことが起きている。数ヶ月前、イタリアイルミナティー(モンテカルロP2)の最高位クラスに位置するレオ=ザガミというイタリア人(土地の名士で誰もが知る実名)が、組織内部の異常な悪魔崇拝に辟易して組織を離脱した。モンテカルロP2のトップが引退,その地位を襲うことになっていた人物である。彼はインターネットで英語により内部告発を開始、10月18日,30日,11月6日など、アメリカの某独立系調査ジャーナリストのインタネットラジオ番組のインタビューでそれぞれに日にライブで詳細を話した(総計5時間前後のインタビュー)。これは尋常でない衝撃的な内容になっている。イルミナティー内部のこれほど,高位の人間がインターネットを使って内部暴露したというのは、空前絶後だろう(発表の仕方が時代を感じさせる。インターネットのなかった時代と比べて陰謀や秘密保持が困難になりつつあることを思わせる)。組織を逃げたが,組織に追われ逮捕され、リンチを受けたともいう。今この時点では安全のためノルウエーで身を隠しているという。彼はバチカンの宗門であるイエズス会のもとにイルミナティーを含むカルト集団がNew World Order樹立のため蝟集し、イエズス会がすべてコントロールする権力構造にあるとまで詳述しているから驚きだ。バチカン宮殿の地下カタコンベで悪魔崇拝の儀式がなされていると告発する。そして彼はアメリカ市民向けに,バチカンは米国政府をコントロールしており,ブッシュ家はローマ法王の道具であることを知ってほしいと文字通り声を枯らしてラジオでこう警告を発している。
"The Jesuits and the Vatican hierarchy are the master black magicians, controlling the many cult groups involved in the New World Order," said Zagami. "American people need to wake-up as the Vatican controls the U.S. government. The Bush family is a tool of the papacy. They are actually crooks and consider themselves pirates and that is the reason for the name Skull and Bones. These are sick criminals that need to be exposed and I am not afraid to do that since I was one of them at the top level in Monte Carlo.
「イエズス会とバチカンヒエラルキーは黒魔術師の親方=マスターであり、新しい世界秩序New World Order樹立にかかわる、多くのカルトグループをコントロールしている。」
“Free humans worldwide who have discovered the real truth about 9/11 will never stop until the military industrial complex mass-murderers who carried out the attacks are brought to justice.”
“Do we really expect Pelosi to stand up to the war-hungry Neo-Cons when she personally attacked the Iraqi President for not supporting Israel's absolute butchery and destruction of Lebanon? Memories of liberal excuses for Bill Clinton's Serbian holocaust come flooding back.”
この神父は,神父としては米国20世紀で最大の影響力を与えた(全米ラジオ番組、The Catholic Hour" 全米テレビ番組"Life is Worth Living," を通じ説教、共産主義への過激な攻撃で有名。96冊の著書)
“Sheen adopted his stage name in honor of Catholic archbishop and theologian Fulton J. Sheen.”
西洋近代がどのようにして成り立ってきたのか。それを勉強したい人は、キリスト教の宗教改革(Reformation=プロテスタント)の発生とそれに対抗する反宗教改革(Anti-Reformation=ローマカトリックーバチカン)との間の、血で血を洗う激しい相克と展開を、なかんずく、バチカンの直属部隊であるイエズス会がどのような仕事を展開していたのかという視点から勉強されることを強くおすすめします。Reformation vs Anti-Reforamtionこれについての歴史的知識がないと、欧米現代政治を読み解くことは出来ません。阿修羅辺りで安っぽいユダヤ陰謀論にもてあそばれて一生を終わることになります。テレビでしたり顔で米国政政治などを解説するジャーナリストにはじめに試験しなければならないのは、この分野の知識を基礎としてに持っているか否かです。西洋を語る、論じるといことは、白人キリスト教を語る、論じるのとほぼ同義であるという程に、白人キリスト教(=カルト)の存在は人類史、近現代政治史に決定的にで巨大な影響を与えています。その比は、周縁に棲息を強いられたユダヤ人のそれとは到底足下にも及ばないのが歴史的真実です(ユダヤ教の思想はそれ自体耐え難いものがあり、白人文化であるキリス教えと共鳴する毒を持つが)。