7年前、兵庫県で107人が死亡したJR福知山線の脱線事故で、業務上過失致死傷の罪に問われたJR西日本の山崎正夫前社長に、神戸地方裁判所は、「当時、事故が発生する危険性を認識していたとは言えない」と指摘し、無罪を言い渡しました。記者会見した遺族は、無罪判決を批判し、検察に控訴するよう求めました。
このうち、事故で次男を亡くした神戸市の上田弘志さん(57)は、「何のための長い裁判だったのか。このままでは、運転士1人の責任ということになってしまうので、検察は控訴してほしい」と話しました。長女を亡くした神戸市の大森重美さん(63)は、「裁判官に自分たちの思いが伝わらず、非常に残念な判決だ。会社としての責任を問えるような制度を作ってほしい」と話しました。また、長女を亡くした兵庫県三田市の奥村恒夫さん(64)は、「このままでは、運輸業界の安全対策がおろそかになってしまうので、検察には控訴してほしい」と話していました。長女を亡くした大阪市の藤崎光子さん(72)は、「これだけ大きな被害を出した事故で、無罪は納得できない。歴代の社長3人の裁判は、企業体質を暴くような内容にしてほしい」と話していました。
一方、判決を受けて神戸地方検察庁は、「意外な判決であり、控訴については判決内容を精査し、上級庁と協議したうえで適切に対応したい」とコメントしました。捜査を担当した元検察幹部は、「山崎前社長は当時から安全管理のプロであり、当然対策を講じることができたと判断して起訴しただけに、予想外だ」と話していました。また、検察幹部の1人は、「企業のトップを業務上過失致死の罪で起訴することの難しさを示した」と判決を厳しく受け止めています。別の検察幹部は、「現場の社員ではなく、トップ1人だけに刑事責任を負わせることに難しさがあったと思う。強制起訴されたほかの歴代の社長3人については、検察が『責任を問えない』と判断しており、3人の有罪の立証は、さらに困難になるのではないか」と話しています。
判決について、刑法が専門の日本大学法学部の船山泰範教授は「山崎前社長は、安全対策の責任者として部下に危険な場所を調べさせ、ATS=自動列車停止装置を設置するなど事故を防ぐ措置を取る義務があり、それを怠ったこと自体が問題で、大変、残念な判決だと思う。事故が起こる危険性を具体的に認識していなければ過失を問えないというのでは、安全を守るために鉄道会社にどんな義務があるのかということに何も答えていない。判決は、踏み込みが足らず、遺族や被害者にとってもがっかりするものだったのではないか」と話していました。一方、刑法が専門の神戸大学大学院の大塚裕史教授は「事故が予測できる具体的な予見可能性が認められないかぎり、刑罰は科せないという妥当な判断だったと思う。一方で、JR西日本の安全対策の問題点も指摘しており、生命や安全に関わる業界は、安全対策をしっかりやらなければいけないという意味で、重要な内容だ。今後は、このような事故をいかに防ぐかという観点から法律を整備する必要がある」と話しています。事故の安全対策に詳しい立教大学の芳賀繁教授は、そもそも刑事裁判をするべきではなかったと話しています。「事故にはたくさんの要因が絡んでいて、それを一つ一つ検証していくことが重要だが、裁判では、ATSを付けなかったことが過失かどうかの1点に絞られる。また、有罪か無罪かを主張し合う裁判では、自分に不利なことは言わなくていいことが保障されているので、真相究明は期待できない」と話しています。そのうえで「裁判ではなく、信頼される事故調査が厳正に行われ、被害者も企業もそれを受け入れて、より高い安全に向けて話し合うような環境を作ることが大事だ」と指摘しています。また、鉄道の安全対策に詳しい関西大学の安部誠治教授は「判決は、カーブの危険性の分析が適切でなかったと指摘しており、今後、JR西日本は、リスク管理の在り方や安全管理がどういうものか、原点に立ち返り、前進させていくことが大切だ。事故の責任を問いたいという遺族や被害者の思いを考えると、特定の個人ではなく組織全体の責任を問える新しい処罰制度を議論する段階に来ている」と話しています。