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JR福知山線脱線:JR西前社長判決--要旨

 JR福知山線脱線事故で業務上過失致死傷罪に問われたJR西日本前社長の山崎正夫被告(68)を無罪とした11日の神戸地裁判決の要旨は次の通り。

 ■争点

 被告がJR西管内の曲線の中から、本件事故が起きた曲線(本件曲線)を個別に指定し、ATS(自動列車停止装置)を整備するよう指示すべき注意義務があったのに怠ったという過失があるか。

 ■ATSによる結果回避可能性

 本件曲線でATSが手前の適切な位置に整備され、事故当時、使用が開始されていたとすれば事故を回避できたものである。被告がJR西を退職した後、福知山線へのATS整備が決定され整備されることも予定されたが、事故当時はまだ開始されていなかった。

 ■被告の注意義務

 被告は安全対策の責任者として事故によって乗客らに死傷結果が発生することを防止すべき立場にあった。

 刑事法上の注意義務違反となるには、不作為による死傷結果の発生について予見可能性が肯定できるとともに、当該結果回避の措置を取らなかったことが、被告と同様の立場に置かれた大規模鉄道事業者の安全対策の責任者について要求される行動基準を逸脱し、結果回避義務違反といえることが必要である。

 被告の注意義務は被告の予見可能性と結果回避義務により定められるもので、被告がJR西において、どのような地位、立場にあったかによって直ちに定まるものではない。

 ■被告の脱線転覆の危険性の認識

 被告は本件曲線の脱線転覆の危険性認識を否定しており、本件曲線の危険性やATS整備の必要性について周囲から進言等を受けたことはなかった。被告が脱線転覆事故の危険性を認識していたかについては、自ら本件曲線について危険性の認識を抱くに至ったと認められるかを検討すべきことになる。

 しかし、ATSが整備された曲線の大半は転覆の恐れの認められない曲線であり、曲線半径を半減させる本件曲線の線形変更工事は珍しいとはいえ、線形変更後の半径304メートル以下の曲線はかなりの数存在している。当時のダイヤ改正も、運転士が適切な制動措置をとらないまま列車を本件曲線に進入させた場合に列車が脱線転覆する危険性を高めたものとは認められない。

 96年12月の函館線の事故は閑散区間の長い下り勾配区間において貨物列車が曲線手前で制限速度を大幅に超えるに至り、曲線に進入して貨車の転覆が生じた事故であり、本件曲線の危険性を想起させるものであったとは認められない。

 被告が本件曲線について速度超過による脱線転覆事故が発生する危険性を認識していたことを認めるに足りる証拠はない。

 ■予見可能性

 検察官は論告にいたって予見可能性の対象及び程度について「運転士が何らかの理由により転覆限界速度を超えて本件曲線に列車を進入させること」について予見可能性があれば足りると主張した。

 我が国において本件事故が生じるまで、列車が転覆限界速度を超えて曲線に進入して生じたと認められる脱線転覆事故は、閑散区間における下り勾配区間内の曲線で機関車・貨車について生じたものに限られている。転覆限界速度を超えた速度で列車が曲線に進入した経緯・理由が本件事故と同様のものであったとは認められない。

 曲線一般について、列車が転覆限界速度を超える速度で曲線に進入すれば転覆が生じ、脱線に至ることは自明のことである。運転士が転覆限界速度を超える速度で列車を進入させる理由とその確率の低さを問わないのであれば、運転士が転覆限界速度を超える速度で本件曲線に列車を進入させて列車が転覆し、乗客らに死傷結果が発生することについて、「何らかの理由により」「いつかは起こり得る」ものとして予見可能の範囲内にあったことは否定しがたい。

 しかし、予見の対象とされる転覆限界速度を超えた進入に至る経緯は漠然としたもので、結果発生の可能性も具体的ではない。これを予見可能性というのであれば、その内実は危惧感と大差なく、結果発生の予見は容易ではなく、予見可能性の程度は相当低いというべきものである。

 ■結果回避義務

 鉄道事業者に曲線へのATS整備を義務づける法令上の規定は存在せず、転覆の危険度の高い曲線を個別に判別して、ATSを整備していた鉄道事業者が存在したとは認められない。被告が本件曲線を個別に指定してATSを整備するよう指示する結果回避措置を取らなかったことが、大規模鉄道事業者の安全対策の責任者についての行動基準から逸脱し、結果回避義務違反となるものではない。

 組織としての鉄道事業者に要求される安全対策という点から見れば、本件曲線の設計に際し、転覆の危険度が考慮されていたとは認められない。ATSの整備基準は転覆の危険度に応じた優先度を伴っていなかったなど、曲線における転覆のリスクの解析及びATS整備の在り方に問題が存在した。大規模鉄道事業者としてのJR西に期待される水準に及ばないところがあったと言わざるを得ない。

 しかし、過失犯は個人に刑事法上課される注意義務を怠ったことを処罰の対象とするもので、その注意義務は当該個人の予見可能性と結果回避義務により定まるものである。JR西の組織としての責務が被告の予見可能性の程度を緩和する理由にならない。

 ■結論

 以上の通りであるから、被告に過失は認められず、業務上過失致死傷罪は成立しない。

毎日新聞 2012年1月12日 東京朝刊

 

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