「フクシマの視点」

失われていく福島の“歴史”

歴史的建造物の被害や史料の散逸が相次ぐ

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2012年1月11日(水)

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「価値の高い建物だった」と話す紺野さん

 歴史の中で特に注目すべきなのが、連合国側の民間人の抑留所として使われた出来事だ。歴史を調べ、抑留された民間人や関係者などへの取材を重ねて『福島にあった秘められた抑留所〜民間外国人一四〇名の生と死』(歴史春秋社、現在は絶版)を著した地元のジャーナリスト紺野滋さん(福島民友新聞社論説委員)は、「歴史的にも文化的にも、もちろん建築的にも価値が高い西洋の建物。震災前から、建物の価値をもっと市民の間で認めていくべきだった」と惜しむ。

 旧修道院に送られてきた連合国側民間人の国籍は、イギリス、オーストラリア、香港、ギリシャ、インド、カナダ、アルメニアなど多岐にわたり、長期間の抑留生活を送った。筆者も2003年から08年ごろまで、時間があれば旧修道院をたびたび訪れ、シスターの案内を受けながら、建物の中を何度となく見学したが、抑留生活の名残をあちこちに発見することができた。

 建物の内部では、夫婦であっても一緒に生活できず、男子寮、女子寮に区切られていた。二つの寮の間で文書をやりとりするための隙間のある大きな鉄の扉が印象的で、夫婦の面会所に使われたホールも残っていた。抑留されていた子どもが窓ガラスにいたずら書きしたクマの絵が残っており、戸棚のはめ板を利用した手作りのチェス盤などもあった。

 実はここで、旧修道院を巡る興味深い“福島の伝説”について触れたい。この建物が「福島市を戦火から守った」という噂が、市民の間で広がっていた――という話だ。それは紺野さんの著書『福島にあった〜』で詳しく述べられている。

 戦中、福島市内に投下された爆弾は1発(3人が死傷)で、他の地域と比べて少なく、「福島市には外国人抑留所があるので、アメリカ軍は爆撃をしないそうだ」という噂が市民の間で広がっていたという。この旧修道院の建物が連合国側民間人の抑留所になったことで、連合国が自国民の攻撃を避け、結果として多くの福島市民の生命が守られたという“伝説”だ。

 「修道院が私たち福島市民を戦火から守ってくれた」。戦後、人々の間でそんな噂が広がったのは想像に難くない。

 それが真実であっても、仮にそうでなくても、それほどまでに親しまれた建物だったという事実。その歴史的な建築物が、今回の震災で取り壊しを余儀なくされたという事実。その事実を前に、多くの市民が今、改めて様々な思いを寄せるのも無理はない。

日本建築学会が修復保存を要望も、取り壊しへ

 この建築物の価値は、歴史的な面だけではない。日本建築学会(和田章会長)は2011年11月、修道会に対して保存の要望書を提出した。

 この要望書には、震災後に同学会が文化庁の委託で実施した調査(東日本大震災文化財被災建造物復旧支援事業・文化財ドクター派遣事業)で、「震災後の雨漏りによる傷みこそ認められるものの、総じて損傷はわずかであり、保存できる余地は大いにあるもの」と診断したことが示されている。

 「都市の近代化の過程や戦前の建築文化を伝える建築的価値はさることながら、貴会にとっての歴史的意義、地域にとっての歴史や記憶を伝えると言う観点からも、是非とも保存すべき存在」として、取り壊しの方針撤回を要望した。


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著者プロフィール

藍原 寛子(あいはら・ひろこ)

藍原 寛子フリーランスの医療ジャーナリスト。福島県福島市生まれ。福島民友新聞社で取材記者兼デスクをした後、国会議員公設秘書を経て、現在、取材活動をしている。米国マイアミ大学メディカルスクール客員研究員として米国の移植医療を学んだ後、フィリピン大学哲学科客員研究員、アテネオ・デ・マニラ大学フィリピン文化研究所客員研究員として、フィリピンの臓器売買のブローケージシステムを調査した。現在は福島を拠点に、東日本大震災を取材、報道している。フルブライター、東京大学医療政策人材養成講座4期生、日本医学ジャーナリスト協会員。



このコラムについて

フクシマの視点

東日本大震災は、多数の人命を奪い、社会資本、自然環境を破壊したが、同時に市民社会、環境、教育、経済、政治や行政など、各分野に巨大なパラダイム・シフトを起こしている。我が国はどのような社会を志向していこうとしているのか。また志向していくべきなのか。「原発震災」で、社会の姿が大きく変わりつつある福島、震災のフロントラインで生きる人々の姿から、私たちの社会のありようをグローカル(グローバル+ローカル)な視点で考える。

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