乗客106人が死亡し、多数が負傷した兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故(05年4月)で、業務上過失致死傷罪に問われたJR西日本前社長、山崎正夫被告(68)に対し、神戸地裁は11日、無罪(求刑・禁錮3年)を言い渡した。鉄道事故を巡り、巨大事業者の経営幹部に刑事罰を科せるかが焦点だったが、岡田信裁判長は「JR西の曲線での自動列車停止装置(ATS)の在り方などに問題があり、大規模事業者として期待される水準に及ばないところがあるといわざるを得ない」としてJR西の組織としての責任を指摘したが、山崎被告については「個人としての注意義務違反を肯定するほどの予見可能性は認められない」として過失責任を認めなかった。
山崎前社長はJR西の安全対策を一任された鉄道本部長在任中の96年6月~98年6月、(1)事故現場カーブを半径600メートルから304メートルに半減させる工事(96年12月)(2)JR函館線のカーブでの貨物列車脱線事故(同)(3)ダイヤ改正に伴う快速列車の増発(97年3月)--により、現場カーブで事故が起きる危険性を認識したにもかかわらず、自動列車停止装置(ATS)の設置を指示すべき業務上の注意義務を怠り、事故を起こさせたとして起訴された。
10年12月に始まった公判は、現場カーブの変更当時に事故を予見できたかどうかを最大の争点に、JR西や同業他社の関係者、鉄道専門家ら30人が証人出廷。山崎前社長の元部下に当たる当時の社員らは、カーブの危険認識を認めた捜査段階の供述を法廷で次々に覆し、「カーブの危険を感じたことはない」などと証言した。
検察側は「カーブの工事で転覆限界速度が手前の直線の最高速度(120キロ)を下回り、ブレーキのかけ遅れなどで脱線する客観的危険性が高まった」などと指摘。「万全の対策を講じるべき職責を果たさなかった怠慢型の過失」とした。これに対し、弁護側は「当時はカーブへのATS設置は義務づけられておらず、安全確保は国家資格を持つプロの運転士に路線状況を把握させ、速度を守らせる仕組みだった」などと反論し、無罪を主張していた。【重石岳史】
山崎被告は黒のスーツに紺色のネクタイ姿で入廷。傍聴席に一礼し、被告席に座った。午前10時、岡田信裁判長が開廷を告げると、山崎被告は背筋と両腕を伸ばし、証言台の前に立った。
「被告人は無罪」。裁判長が判決主文を読み上げた瞬間、山崎被告は一礼し、入廷した時はこわばっていた表情を少しだけ緩ませた。その後、裁判長に促されて被告席に戻り、裁判長が読み上げる判決理由をメモに書き取った。
山崎被告に対する公判は、10年12月から計27回も開かれた。これまでの公判で山崎被告は、自らの刑事責任を否定し続けた。傍聴席から批判を浴びても、顔をしかめることなく淡々と自説を主張してきた。その一方、昨年の被告人質問では、検察の取り調べについて「検事から耐えられない言葉を言われ、起訴するぞとののしられた」と強い調子で批判する場面もあった。自らの主張が認められた無罪判決。時折、目を閉じながら判決理由をかみしめた。
一方、傍聴席は沈痛な雰囲気に包まれた。涙を流しながら傍聴する人、山崎被告や裁判長をにらみつける人--。判決は両者の明暗を分けた。
毎日新聞 2012年1月11日 10時06分(最終更新 1月11日 11時11分)