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きょうのコラム「時鐘」 2012年1月11日
寒(かん)に入ると、カニがおいしさを増すという。「その通り」と相づちを打てる人がうらやましい。味比べができるほどズワイを多く食べられる身分ではない
「『御民(みたみ)われ』ですな」と、カニを褒めたのは旧四高出身で母校の教師も務めたドイツ文学者の西(にし)義之(よしゆき)さん。『万葉集(まんようしゅう)』に「御民われ生けるしるしあり」で始まる歌があるという。カニに出合うと、歌のように「生きていてよかった」としみじみ思う。そう解説されて、やっと話が通じた。手の込んだ褒め言葉である 能登出身の作家・杉森(すぎもり)久英(ひさひで)さんは、カニの身を「楊貴妃(ようきひ)の股(もも)」にたとえた。楊貴妃は遠い昔の中国の美女。もう誰も知らないのだが、言われてみると世にもまれな美しい足に出会ったような幸せに包まれる。作家には魔法(まほう)の筆がある 褒め言葉もいろいろで、近ごろは星の数でごちそうを採点するのがはやりで、やらせまであるとか。「三つ星」と褒めるのもいいが、底が浅くて味気(あじけ)ないように思える 北陸のカニには、星の数より古典や故事(こじ)を引くのがふさわしい。大げさに言うと「文化の厚み」を味わう味である。そう自慢したくなる。 |