田村政春役・松重豊さん
庄野崎謙:まずは、田村刑事を演じるにあたってのこだわりを教えて下さい!
松重豊:こだわりはありません! 特に何をやってやろうとか、こうしてやろうというようなことは、まったく固めていないんです。
庄野崎:原作を意識するようなこともありませんか?
松重:僕らの世代にとって『俺の空』は青年時代に経験していない人間はいないというくらい、性に対する入門書、いわゆるバイブル的な存在でした。『刑事編』は続編にあたるから少し距離があるかもしれませんが、『俺の空』に関しては読んでないわけはないんです。そういう意味では、原作に対するこだわりはいっぱいあると思います。ただ、実写化するとなると監督やプロデューサーの意向もあるし、役者としてはあまり原作のイメージを引きずらない方がいい場合があるんです。もちろん、原作を読んでいく場合もあります。でも、僕はある程度何も考えないで現場に入ることの方が多いです。
庄野崎:では、ドラマ版『俺の空 刑事編』に関して、松重さんの興味をいちばん引いた要素は何でしたか?
松重:作品の中にいろんな挑戦が仕掛けられていたので、それに対して「面白いな」という興味を持ったんです。いちばん興味深かったのは何と言っても、この庄野崎くんという得体の知れない人とどうお芝居を組み立てて行くんだろう、ということでした。
庄野崎:興味を持って頂いて、ありがとうございます! ちなみに、松重さんが『俺の空』を愛読されていたころって、一平と武尊のどちら派だったんですか?
松重:僕らの世代に作られた物語には、自分たちが成り代われるような存在ではなくて、絶対に近づけない完全無欠のヒーロー像というものがあるんですけど、『俺の空』はまさにその時代の漫画だと思うんです。それこそ坂本龍馬を見るような感覚と同じで、読者は自分には到底手の届かない人物に対してヒロイズムを感じていた。一平にしても武尊にしても、そうやって下から見上げながら感じるカッコよさがあるし、僕自身もそういう要素を両者から読み取っていた気がします。
庄野崎:なるほど。ところで、松重さんは数多くの作品にご出演されていますが、役作りをする上で毎回実践されていることはありますか?
松重:それが、僕は役作りというものをまったくしないんです。もちろん、セリフを覚える段階で、いろんな妄想はします。例えば、台本にただ「部屋」と書かれていても、どこに本棚があって、どこにテーブルがあって、どこに座って喋るんだろう、という風に。でも、自分の中で作ったものは所詮、自分の中で完結してしまうもの。それを現場に持ち込んで芝居をしても、一人芝居になっちゃうんです。もちろん、ある程度の妄想をして準備することは必要だと思います。ひとつの役をやるときに、100個妄想してもいいと思う! そうすれば、もし監督に突然「足を引きずりましょうか」と言われても、「ああ、それ妄想したな」と思い出して、対応できたりするわけですから。でも大事なのは、そういった妄想は自宅に置いたままにして現場に入り、まっさらな状態で相手役と向かい合って、実際のセットに身を置くこと。そうすることで、初めて自分の中に役が入ってきて、芝居が始まると思うんです。人によっていろんな考え方があるから、あくまで僕個人の考えだけどね。
庄野崎:例えば、第6話の取調室のシーンで、松重さんが机の上に足をバーンと乗せる芝居をされたじゃないですか。ああいう芝居も現場でひらめくんですか?
松重:そうですね。刑事だったら当然、どのくらいの圧力をかければ相手に効くかを考えるじゃないですか。でも、容疑者役の波岡(一喜)くんがどういうキャラクターで来るかは、撮影に入るまで分からない。だから波岡くんの芝居を見た瞬間に初めて、こういう相手にはこのくらいのことはするだろう、と想像力が働いたんです。
庄野崎:じゃ、相手の出方によっては、机をひっくり返していたかもしれないわけですね。
松重:そう。もしくは、何もせずに「そんなことが通用すると思ってるのか?」と聞くこともできる。役者のやり取りは、人間同士のやり取りと一緒なんですよ。家でどれだけひとりで考えたって、相手の実際の出方は分からない。でも、「そう来たら、こうする」という風に自在に動けるだけの準備はしておいて、現場に入ってから臨機応変に自分をコントロールする。それが、僕にとっての"役者の楽しみ方"なんです。
庄野崎:そうやってどんどん付け加えて、役を膨らませていくわけですね。
松重:そう。あと引き算もしたりね。引き算も大事なんです。思ったことをやめても、やろうとした気持ちは絶対そこに残っているわけだから、本当に何もやらないときとはテンションも芝居も全然違ってくる。それに、やめたことによって、また違った関係性が出来上がってくることもありますからね。
庄野崎:すごく勉強になります…。思わず聞き入ってしまいました。ところで、もし松重さんに安田一平のような莫大な財力と人脈があったら、何をしてみたいですか?
松重:今引き受けている仕事を全部やったら、役者を辞めて、自由に過ごします(笑)。
庄野崎:えっ!? 辞めちゃうんですか?
松重:辞める、辞める! だって、もうお金はあるわけでしょ? お金があれば、もういいよね(笑)。いつかまた役者をやりたくなったら、活動を再開するだろうけど、そうでなければもっと違うことをやってもいいかなって思うんです。
庄野崎:ちなみに、俳優以外に何かやりたいことはあるんですか?
松重:これまで生きてきて、プライベートで海外旅行をしたこともないし、遊んだこともない。趣味もそんなにないし…。だから、ちょっと遊びたいんだよね(笑)。苦労話をするわけじゃないけど、20代から30代半ばにかけて、役者をしながらずっとアルバイトをしていたから、ラクな生活をしたことがないんです。だから、海外の世界遺産を見て回りながら、写真を撮ったり…とにかく自由に遊んでみたいわけ。
庄野崎:この間も、いつも今の現場と次の現場が重なって続いていく、と仰っていましたもんね。そういうハードな毎日を送り続けられる原動力って何なんですか?
松重:原動力としては「生活をしていくため」ということが、最初にあったと思いますよ。30代半ばまでずっと「この仕事で食べていくことができたら、こんなに幸せなことはないな」と思っていたから、今みたいにずっとお仕事をもらえる生活は本当に楽しいんです。それに映像の現場は毎日、どこへ行って、どんなヤツが来て、どんな風なやり取りになって、何が起こるか分からない。変化があって飽きないし、すごく充実感があるんです。
庄野崎:では最後に、『俺の空』というタイトルにちなんで、「俺の○○」と断言できるほど好きなもの、ハマっているものがありましたら、教えて下さい。
松重:特定の役を演じるために習うことではなく、自分で見つけて始めたことはカメラくらいしかないんです。やっぱり、カメラで撮影することがいちばん楽しいかな。
庄野崎:撮影のときも常にポケットに入れてらっしゃいますもんね。
松重:僕は役者で、いつもカメラで撮られている側にいるから、カメラマンがどんな気持ちでファインダーを覗いているのか、いまいちよく分からなかったんです。「もっと右」とか言われても、「右って何だよ…。気分で言ってんじゃねぇよ」と思っちゃったりして(笑)。でも、自分でカメラをやれば、カメラマンの気持ちも分かるかもしれないと思って始めてみたら、当然のごとくそれが分かるようになった。さらには、写真と役者の仕事が意外と似ていることにも気付いたんです。写真はそこにあるものをそのままを撮ればいいわけだから、誰でもできると言えば誰でもできる。でも、難しい。役者の仕事も特殊な能力なんて必要なくて、リアルにそこに存在するだけでいい。でも、難しい! そういう意味でも、役者にはカメラって向いていると思うんですよ。だから機会があれば、「あのオッサン、こんなこと言ってたな」と思って、カメラを覗いてみるのも面白いかもしれないよ。
庄野崎:ぜひやってみたいです! 色々とためになるお話をありがとうございました!