黙示録 


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 「CO削減」の太平楽を嗤う
「食」の安全保障が、もう崩壊寸前だ
青沼陽一郎 (ジャーナリスト)
諸君! 2008年2月号

 
飽食日本に忍び寄るエネルギー価格の高騰。
  それでも環境が大事なら、日本人は飢え死にを覚悟せよ。


 
もしパンデミックが起こったら

  日本の食料には多くのエネルギー資源が付随し、地球温暖化に「貢献」しているばかりでなく、その食糧事情は相手国の事情や世界情勢によって、食料価格の変動や品不足を引き起こしかねない脆弱なものである。まして、食料としての資源が、いまやバイオ燃料としてエネルギー資源そのものに転化される時代になっている。国や地域の間の食料争奪戦は、食かエネルギーかの次元の異なる二択の争奪の構図も加わって、激しさを増している。いつ日本が食料不足に陥ってもおかしくはないだろう。
  そうは言っても、地球規模で進む貿易自由化の流れの中で、エネルギーの急騰や、局所的な干ばつや異常気象だけでは、今日明日の食料不足に見舞われることはないだろう、と泰然としている向きもあるだろう。オーストラリアが干ばつなら中南米から、中国の物価が上がればベトナムからという具合に、世界には日本にとって有益な「食料供給」地域がたくさん残されているはずだ。確かに日本はそうやって世界中を開発してきた。
  ところが、見落としているのか、あるいは気付いていても目を閉じているのか、地球規模の変化によって日本が瞬く間に食料不足に陥る可能性がある。
  それが、インフルエンザである。
  鳥インフルエンザというと、日本の報道はどこに問題があるのか、しっかり把握できないままにやたらと煽りたてるが、決して鳥インフルエンザそのものが恐怖なのではない。食料に関しても、鳥インフルエンザが確認された中国やタイからの生鶏肉の輸入は止められているが、加工した「調整品」であればどんどん日本へ送られている。生肉ならば、代わってブラジルからの輸入が補っている。
  問題なのは、鳥インフルエンザが変異を遂げて、ヒトからヒトヘと感染する新型のインフルエンザが発生した時だ。例えば、「二十世紀の三大インフルエンザ」と呼ばれるものを挙げてみても、スペインかぜ(1918年)、アジアかぜ(57年)、香港かぜ(68年)で、それぞれ世界中で数千万から数百万人が死亡している。これと同じパターンで、非常に毒性の強い新型インフルエンザが発生し、パンデミック(爆発的感染拡大)を引き起こせば、世界中の人口の三分の一は死滅するとも言われる。この最悪の状況を世界保健機関(WHO)は恐れるのだ。
  もしこの新型インフルエンザが、アジアのどこかの地域で発生したとしよう。そうすると、対象国、地域からの食料輸入は全面的にストップする。それが中国、米国であれば日本の食料事情はたちまちパニックとなる。因みに、スペインかぜの発生源は米国、アジアかぜ、香港かぜは、中国であった。
  もっとも、2003年に感染が広まって世界中が大騒ぎになったSARS(重症急性呼吸器症候群)の場合は、輸入の停止措置まではとられなかった。それはSARSウイルスは、インフルエンザウイルスと違い、空気感染をしない気道分泌物による飛沫感染が主であって、ヒトの体内になければ数時間で死滅してしまう、弱いウイルスだったからだ。ところが、インフルエンザとなると、冷凍加工された食品に付着したままどこへでも移動が可能だ。毎年、寒くて乾燥する冬季に既存のインフルエンザが流行することを考えれば、その感染力の強さも理解できよう。
  もし新型インフルエンザが発生したら、日本は防疫上から新型インフルエンザの国内への持ち込みを防ぐべく、発症が確認された地域からの輸入を全面停止する。それでは餓えてしまうと食料品の輸入を認めれば、今度は新型インフルエンザの国内感染を認めることになり、多くの国民の命を奪うことになる。従って、新型インフルエンザが日本を侵蝕しなくても、地球上のどこかで発生した時点で日本は食料危機に見舞われる可能性が非常に高い。現実に、ここ数年、日本の関係省庁の職員がアジア各国の食品加工工場に派遣されて、新型インフルエンザ発生時の対策を呼びかけてまわっているのだ。

 
いつまでも贅沢は言えない

  いかに地球環境に左右される脆弱な食料状況の上に日本が成り立っていることか。食料を得んがため、いかに地球上の資源を消費しているか。エネルギーの高騰が続けば、そのうち日本人の食べるものはなくなってしまう。
  国内産業への打撃も甚大で、既に原油高によって、日本の漁業は壊滅的打撃を披っている。
  もっと日本人は食物を大切にしなければなるまい。当たり前と言えばそれまでのことだが、それにしても消費期限が来ましたから、はい捨てます、で簡単に廃棄してしまっていいものだろうか。食料自給率128%の米国人が食べるものと、39%の日本人が食べるものとでは、そこに費やされたエネルギーもCO
の排出量も違っているわけで、同じものを同じ感覚で廃棄してもエネルギーの無駄遣いはどちらが多いか、考えればわかるだろう。京都議定書や洞爺湖サミットで、地球環境保全のイニシアチブを取ろうという国が、とんだ世界の笑い者である。
  現行の消費期限が切れても食べられる、もっと保存が利く技術があるのなら、これを最大限に有効利用すべきだ。実際に、消費期限を誤魔化したところで、体調不良を訴える消費者も、味がおかしいと文句をつける輩もいなかった。いったいどこに消費期限の基準があるのかすらわからない。消費を急がせることより、そもそも無駄を省くことが、省エネの原点ではなかったか。
  期限を過ぎても店頭に並んでいたという、マクドナルドのサラダが調理日時から12時間で廃棄を定めたのは、おそらくトラブルが引き起こされてからでは遅いとの企業側の判断が働いたのだろう。そのため、早めの消費と廃棄を促進する。それこそ、日本の消費者というのは世界でも屈指のクレーマーで通っている。海外で加工される海老フライの尻尾の一部が欠けていただけでも、あるいはフリッターのゴマ粒ひとつが変色していただけでも、とにかく苦情を付けてくる。しかも安くないと、これまた文句の対象だ。
  そんな日本を見限って、世界の食料市場は、高値で大量に、それも文句を言わずに買い取っていく他国へ喜んで食料を提供していく。これがすなわち日本の「買い負け」である。
  いつまでも贅沢は言っていられない時代なのだ。
  世界中がエネルギーと食料の資源争奪戦をはじめている。地球の温暖化防止のために、CO
の排出量削減、省エネを心掛けている。米国では燃費のいい車が飛ぶように売れ、もはやそれがステイタスにもなっている。ECO(エコ)が時代のシンボルともなっている。
  ところが、そんな最中に日本の現状を顧みれば、冒頭にも触れたように「食品偽装」と「大食い」が時代を映し出す流行語となっていた。
  テレビをつければ大食いタレントがその芸を披露している。人並み以上に食べても太らないという体質を利用して、とにかく大量に食べることで見る人の驚嘆と賞賛を得る。
  しかし、これだけ省エネや燃費が叫ばれる世界の風潮にあって、食べても太らない身体を誇示して、ぱくぱく食物エネルギーを摂取するのは、実は燃費の悪い体質であることをひけらかしていることに他ならない。いったいこの人たちはどれだけの糞尿排出によって窒素を日本へ溜め込んでいるのか、疑問にすら思う。ECOの世界的なステイタスも踏みにじる。

 
この国は鈍磨している

  その逆に、世界的に燃費がいいとされるのが平均的な日本人の体質で、一説には節約遺伝子をもつとも言われ、貧しい食習慣、食文化の中で少量の脂質(油)で身体を動かせ長寿を維持してこられた。そこに戦後の洋食文化の浸食によって、過剰な油の摂取が招いたものがメタボリック症候群だった。米国でも肥満が社会問題となり、ファストフードの商法がその根源にあるとして非難され、やがてマクドナルドも店頭におくようになったのが問題となったサラダだった。
  もっとも、個人の体質を非難するつもりは毛頭ない。趣味や嗜好、食べたいものを好きなだけ食べる幸福を満喫することに、口を差し挟む酔狂もない。しかし、世界の中に日本の置かれた現状を顧みれば、エネルギーの過剰摂取を、あえて見せびらかして売り物にすることに抵抗は感じないのだろうか。「フード・ファイター」と称する輩もいるようだが、いったい何と戦っているのだろうか。明らかに地球の敵ではないか。
  省エネや地球環境保全を訴えるテレビが、同じチャンネル、同じ画面で、ことさらに大食いを演出してみせることはいかがなものだろうか。辻棲があっていないばかりでなく、明らかに、世界の潮流に逆行する。番組提供企業(スポンサー)の理念すら疑いたくなる。大食いタレントの横行も出演者が無理をしてまで不様にメシを食い散らかす。日本のおかれた食料事情に鑑みれば、そこにどれだけのCO
排出量が隠されているのか、わかっていないのだろう。そうであるなら偉そうに地球温暖化防止を叫ぶのではない。そんな悪ふざけが横行する国は、京都議定書を遵守するつもりなど端からないのだろう。
  そもそも、ただひたすら大食いをひけらかしてみせることからして、食育基本法に反する。2005年に成立、施行されたこの法律も、いったい何の意味があるのか、何の機能を果たしているのか、甚だ疑問だ。それこそ国会審議に費やされた時間と予算のムダ遣いである。
  完全にこの国は鈍磨して、世界のいい笑い者から顰蹙者へと変異を遂げようとしている。
  「もったいない」という言葉。品薄だった時代から、豊富な食材が世界中から送り込まれる時代になって、その言葉の表わす意味も変貌してきた。それは『もったいないお化け』が出てきて日本人を戒めるよりも早く、大切なものを奪っていってしまうのだ。

● ミニ解説 ●
  いま食料問題が大変深刻になってきています。これから世界中で食糧をめぐっての熾烈な争奪戦が展開されることになりそうです。その時、食糧自給率が40%未満になってしまっているこの国の国民はどのような状態に置かれるでしょうか。拙著『2012年の黙示録』では、早くからそのことを予告し、その背景にあるものの分析をしていますが、まさにその通りのことが起こり始めています。
  ただ、「鳥インフルエンザによって日本の食料問題が大きな影響を受ける」という分析まではできておりませんでした。これも「いまそこにある危機」の一つとして注目しておく必要があります。「鳥インフルエンザを発生源とする新型インフルエンザの蔓延」は、すぐそこまで来ているからです。このテーマは今後も深追いをしてみたいと思います。
                                     (なわ・ふみひと)

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