気になるな、と隼樹は思うのだった。
場所は、『何でも屋 綾』の事務室と言う名の遊戯室。仕事の依頼が来ない日は、完全に娯楽空間と化している。今日もソファに座って、社長と携帯ゲームに興じているのだが、いつもと一つだけ違った。二人の他に、もう一人居るのだ。
金髪を左右に分けたツインテールが可愛い女の子、アリシアである。プレシアがメイドカフェのバイトに出ている間、暇な時は『何でも屋 綾』で預かる事になっているのだ。仕事がある時は、影地家に預けられ、アリシアは交流を深めていた。
三人はソファに座り、真剣な顔で手に持つ携帯ゲーム機の画面を睨んでいる。通信協力プレイで、狩りに出かけて、絶賛リンチ中だったりする。しかも、アリシアのゲームの腕前が上手いのなんの。基本操作を教えたら、あっという間に技を磨いていって、メキメキ上達していき、今では三人の中で一番の
実力者となっている程だ。やり込んでる自分が小さい女の子に追い越され、社長の綾は当時かなりのショックを受けていた。ミッドチルダの女は化け物か、と色んな意味で思った。現在行ってる狩りでも、アリシアをリーダーとして行動している。
協力プレイで狩りに興じる中、隼樹は不意に気になる事が頭の中に浮かび、集中力が欠けていた。
「う~ん。気になるな~」
「ちょっと新入り! ボーっとしてないで、ソコから離れなさいよっ!」
「お兄さん! そろそろ回復薬使わないと危ないよ!」
綾とアリシアから注意を受けて慌てて操作するも、やはりゲームに集中出来ない。一度気になり出すと、解決しない限りスッキリしないのだ。
そんな隼樹にイラついて、綾は声を上げた。
「アンタ、やる気あるの!? 獲物を前にして呆けるなんて、それでもハンターなの!?」
「あぁ、すいません。いや、ちょっと気になる事がありまして……」
「何?」
「プレシアさんの事です」
聞いた瞬間、綾の片眉がピクッと反応した。心なしか、不機嫌になったように見える。
「気になるって……アレか? 胸か? あの巨乳……いや、爆乳が気になるのか!?」
「いや、娘さんの前で何ちゅう事言ってんですか!?」
プレシアの娘が居るのも構わず、セクハラ発言をする綾に隼樹は声を上げた。
貧乳の綾は、胸の大きなプレシアに対して並々ならない嫉妬心を抱いているのだ。決して嫌ってる訳ではないのだが、スタイルの差からどうしても目の敵にしてしまう。
動揺する隼樹だったが、爆乳の意味を知らないアリシアは首を傾げ、一安心する。
しかし、綾のブルーな気持ちは消えない。
「どうせ……どうせ私なんて、貧乳ですよ……。壁の胸ですよ……!」
涙目になって、物凄く落ち込んで最早狩りどころでは無かった。
予想以上の沈み具合に、慌てて隼樹は声をかけた。
「いやいやいや、だからそういう事じゃないですって……! ああっ! ヤバいヤバい! 社長、敵迫ってます!」
「お兄さん! 先回りして頭狙って! 私は後ろから、背中の部位破壊するから!」
「ウッス!」
冷静なアリシアの指示に従って、隼樹は行動に移った。
ほぼ行動不能となった綾をフォローしつつ、標的を狩る事に成功した。仲間が愚図でも、リーダーが優秀であれば成功するのだ。
完全にいじけてしまった綾は、社長用のデスクに体育座りで二人から離れてしまった。アリシアが励まそうとしたが、下手に声をかければ逆効果になる事を知ってる隼樹は、そっとしておくように言った。優しさは、時に暴言以上に人の心を傷付ける時があったりするのである。
大人の世界を知ったアリシアは、心配しつつ綾を一人にして、お茶を
啜る。
「そう言えばお兄さんは、お母さんの何が気になってるの?」
「ん? ああ……」
ペットボトルのコーラを一口含んで、隼樹は答えた。
「思い返してみたら、俺、プレシアさんの顔半分見た事無いな~って」
「あ~。そう言えば、お母さんの左側、髪の毛で隠れてるもんね」
「でしょう?」
プレシアの顔は、長い前髪で左半分が隠れているのだ。最初に出逢った時も、ジュエルシードの騒動に出くわした時も、海に行った時も、夏祭りに行った時も、どんな時でも左側の素顔を拝んだ事が無い。
「アリシアは、見た事ある? プレシアさんの顔左側」
「うん、あるよ。ミッドチルダに住んでた頃は、隠れて無かったから」
「そうか。どんな感じ?」
「綺麗だよー! お母さんは、自慢のお母さんだもん!」
隼樹の問いに、アリシアは笑顔で答えた。明るい声と表情から、本当にお母さんが大好きな気持ちがうかがえる。エエ
娘やないの。
「ふーん。そっか……」
改めて隼樹は、隠されたプレシアの左側の素顔が気になってきた。
隠されたモノがあると、中身が気になって覗きたくなる。ソレが身近にあり、彼女の素顔ともなれば、その衝動は並のモノでは無い。徐々にだが、見たい欲求が膨れ上がってきた。
天井を仰ぎ、隼樹は一言呟く。
「超見てぇ」
*
その日の夜、隼樹は自分の部屋に居た。仕事と呼べない仕事から帰った彼は、今夜、プレシアの素顔を見る事を心に決めた。別にやらしい事をする訳でもないのに、不思議と心臓が高鳴り、若干緊張してきた。普段隠されている素顔を見ると言う事は、相手の新たな魅力を目の当たりにする行為でもある。
妙な興奮を抱く中、階段を上ってくる音が聞こえてきた。
部屋の扉が開き、人が入ってきた。
「お待たせ、隼樹」
現れたのは、プレシアだった。白い寝巻に着替えた彼女は、風呂上がりで体が暖まっており、顔も少し赤くなっている。
「それにしても、どうしたの? お風呂から上がったら、部屋に来てほしいって」
「いや、その……」
部屋に呼ばれた理由が解らず、首を傾げるプレシアから隼樹は気まずそうに目を逸らした。
貴女の素顔を見せて下さい、と言う妙に恥ずかしいお願いを口にする事に躊躇する。両親の前でプレシアへの想いを告白した隼樹だが、アレは相当な勢いがあったからこそ言えたモノであって、普段から度胸がある訳ではない。
しかし、だからと言って、折角呼び出しといて見れずじまいは嫌だ。それに気恥ずかしくはあるが、告白に比べれば気負いも少ない。
ややあって、隼樹は意を決して言った。
「プレシアさん……素顔、見せて下さい!」
「えっ!?」
全く予期せぬ要求に、プレシアは動揺する。隼樹が真顔な事もあって、緊張して心臓の鼓動が早まってきた。
困惑した様子で、プレシアは訊いた。
「わ……私の、素顔を……?」
「はい。プレシアさんの、隠れた左側の顔が見たいんです!」
「え……?」
今度は間の抜けた声を出して、茫然となるプレシア。
「素顔が見たいって、そういう事……?」
「え? そうですけど……他に何かありますか?」
怪訝に思うプレシアに、隼樹は首を傾げて訊き返した。
プレシアは妙に毒気が抜かれた気分になって、脱力した。普段から隙あらばエッチな事を要求してくる男故に、今回もそういう方面の事だと思い込んでいた。しかし、どうやら今回ばかりは自分の勘違いだったようだ。
それに言われてみれば、アリシアを死なせてからは、自分は顔の左半分を前髪で隠している。まるで、心の内を誰にも見せたくないように。
しかし、今は違う。心を開いて、有りのままの自分を見せて、受け入れてくれる人が目の前に居る。
「分かったわ」
顔の左側を隠す前髪に手をかけたところで、プレシアは動きを止めた。
──な、何だか……恥ずかしいわね……。
素顔を晒す事に、妙な恥じらいを抱いて躊躇する。
羞恥が手の動きを止めるも、ソレもほんの一瞬だった。相手を待たせる訳にもいかないし、何より隼樹が望んでる事なら応えようとプレシアは、前髪をどかした。
その瞬間、プレシアの素顔が隼樹の前に晒された。
おお、と短い感嘆の声を漏らして、青年は見開いた目で見惚れた。隠された素顔を見たい欲求にそそられ、目にしたプレシアの顔は綺麗だった。一気に魅力が倍増した感じで、全体的に美しい顔立ちをしている。
「綺麗ですね」
「あ、ありがとう……」
隼樹の素直な感想に、プレシアは照れくさくなって顔を赤くした。嬉しい気持ちもあって、表情は笑顔だ。
しかし、久しぶりに他人に素顔を晒す事に、まだ慣れていないプレシアは、おずおずと言った。
「あの、もういいかしら……?」
「はい。ありがとうございます」
隼樹の礼を聞いて、プレシアは前髪を戻して、再び左側を隠した。
いつか、また素顔を晒して、大切な人と楽しく笑い合いたい。そういう日が来る事を願い、プレシア自身も努力する事を心中に誓った。
「用は、コレで終わりかしら?」
「ああ……実は、もう一つ……」
視線を逸らして、後頭部を掻きながら笑う隼樹の反応を見て、プレシアはピーンッときた。
呆れた様子で溜め息をつき、言い淀む本人の代わりに用件を言ってやった。
「また何か、いやらしい事でもしたいのかしら?」
「えっ!?」
露骨に
狼狽える隼樹の前で、腕を組んで苦笑するプレシア。
「隙あらば、そういう事を強請ってくるのが貴方でしょう?」
「うぅ……!」
完全に自分の心の内を看破されて、隼樹は顔を赤くして俯いた。
「全く……。今夜はアリシアと一緒に寝るんだから、そういう事は明日ね、と言ったハズよ」
「そうなんですけど、その……我慢出来なくて……。あの、抱き締めるだけでも、駄目ですか……?」
呆れるプレシアだが、内心では決して嫌な訳では無かった。自分を求めてくる事を、嬉しく思っている。少し節操無しな面が見られるが、それだけ自分に夢中で、好きでいる証拠でもあった。
諦めたように、プレシアは溜め息をついた。何だかんだで、彼からの要求を断り切れないのだ。
「しょうがないわね。アリシアもお風呂から上がって、着替えと歯磨きを済ませたら上ってくるから、それまでよ」
「ありがとうございます!」
隼樹は嬉しそうに近付き、正面からプレシアの体を抱きしめた。膨らんだ胸の柔らかい感触に加え、風呂上がりでほのかに漂うシャンプーの甘い香りが鼻について、いつも以上に興奮を駆り立てられる。
体を密着して、彼女の気持ち良い感触を味わう。
「プレシアさん……!」
言うや否や、隼樹は抱き締めるプレシアの首筋を舐めた。
「ひゃあっ……!」
ねっとりとした感触を首筋に受け、プレシアは短い悲鳴を上げた。不意を衝かれたが、出来るだけ声は抑えて
一階には聞こえないようにした。
「ちょっ……やめ……! あンッ……!」
濡れた舌を首筋に這わされ、背筋にゾクゾクとした快感が走る。再び体が火照ってきて、顔も赤くなっていく。開かれた口から、甘い嬌声が漏れる。
次に隼樹は顔を下げて、開かれたパジャマから覗く胸元に舌を伸ばした。
触れた瞬間、プレシアの体がビクッと小さく跳ねた。
「あっ……いっ……! じゅ、隼樹……ソ、ソコは駄目ぇ……! 胸は、他より、うんっ……びん、かん……!」
胸の谷間を舐められ、プレシアの快感も高まって息を乱す。
その時だった。
「お母さん、何してるの?」
「きゃああああああああああああああっ!?」
何の前触れも無く扉が開かれ、アリシアが入ってきた。
興奮するあまり、階段を上がってくるアリシアの足音に気付かなかったのだ。
プレシアは反射的に声を上げ、慌てて隼樹の顔を自分の胸に押し込んだ。それから後ろを振り返り、赤い顔で取り繕う。
「な、なな、何でもないわよ! ただちょっと、二人でじゃれ合ってただけよ!」
大人のじゃれ合いを知るには、アリシアは幼すぎる。
必死に隠そうとするプレシアに、アリシアは慌てたように言った。
「お母さん! お兄さんが……!」
「え……?」
言われてプレシアは、自分の胸元を見た。
ソコには、胸の谷間に顔を埋められた隼樹の頭があった。満足な呼吸が出来ずに、プレシアの腕を叩いて必死に息苦しさを訴えている。
「じゅ、隼樹っ!?」
ハッとなって、プレシアは慌てて隼樹の顔を引き離した。
爆乳圧迫から解放された隼樹は、大きく呼吸をして、空気を求めた。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫、隼樹……?」
「は、はい……! 大丈夫です……!」
深呼吸で息を整え、隼樹は答えた。
息苦しい表情をしていたが、ニヤけ顔になって続けた。
「ちょっと苦しかったけど……胸の谷間、気持ち良かったです……!」
「いい加減にしなさいっ……!」
顔を赤くしたプレシアは、隼樹の頭を小突いた。