前回までのあらすじ
隼樹「プレシアさんの浴衣姿が最高でした」
プレシア・テスタロッサは、悩んでいた。
場所はバイト先のメイド喫茶で、現在は休憩室で休んでいる。部屋は裏側で、真ん中にテーブルが一つとパイプ椅子が四つ置かれてある。
休憩室に居るのは、プレシアを含めて四人のバイトだ。平均年齢は十八から二十代前半なので、プレシアは飛び抜けている。
「プレシアさん、どうかしたの?」
悩んでると、一人のバイト娘が声をかけてきた。
「ええ、ちょっと考え事を……」
「何です? 何です?」
皆が興味を示して、プレシアの傍に寄ってきた。
最初は年齢の差から、妙な気まずさや心の壁が出来ていたが、一緒に仕事をしていく内に段々と打ち解けていき、親しい関係になっている。タメ口や敬語、人生の先輩な感じ等接し方は人それぞれである。
プレシアが言い淀んでいると、バイト娘の中の一人が、ニヤリと笑みを浮かべた。
「もしかして、彼氏の事ですか?」
「えっ!?」
一段と大きな声を上げ、頬を赤くするプレシアは図星な反応をした。
その反応に、バイト娘一同はテンションを高める。プレシアに隼樹と言う彼氏がいる事は、皆に知れ渡っているのだ。
「あ~! やっぱり図星だ!」
「どんな事ですか?」
「悩み事ですか?」
「え、え~っと……」
質問攻めを受け、プレシアは苦笑いしつつ答えた。
「じ、実は私……まだ、デートした事ないのよ」
「ええええええええ!?」
バイト三人娘の声が、綺麗に揃った。
「嘘? 付き合って、もうそれなりに経ってますよね?」
「え、ええ」
「勿体無い! 恋人を作ったのなら、絶対デートすべきですよ!」
「わ、私もそう思ってるんだけど……何だか、恥ずかしくて……」
バイト三人娘の勢いに、若干気圧されてプレシアは答えた。頬を赤くさせて、少し恥ずかしがっている。
結婚経験があるプレシアは、勿論、過去に旦那さんとデートした事はある。しかし、ソレは若かりし頃の話であって、今ではプレシアも随分な年上の女性になっている。十歳以上も離れた年の差カップルで、街中でデートをするのを躊躇してるのだ。
──ああ、もう! この人、素で可愛いなぁ!
恥じらっているプレシアを見て、バイト娘は悔しさを心中に呟く。仲良くなっても、悔しいモノは悔しいのだ。
そんな彼女の心情を他所に、話は進む。
「テスタロッサさんの彼氏って、あまり積極的じゃなさそうですから、こちらから誘った方がいいと思いますよ」
「私もそう思います。それと、折角だから普段とは違う恰好でオシャレするのも一つの手ですよ」
若い娘からアドバイスを受けて、プレシアはうんうんと頷く。
そこへ、プレシアの可愛さに嫉妬していたバイト娘が、話に参加した。
「そうそう! それに、年の差なんて下手に気にしない方がいいわよ! 女は度胸よ!」
「は、はあ……」
物凄い勢いで声を上げるバイト娘に、プレシアは苦笑いになる。相談に乗ってくれるのは嬉しいが、相談者以上にテンションを上げてるのが妙に恐い。
プレシアを差し置いて、バイト三人娘はどんどん盛り上がり、勝手に話を進める。
「それじゃあ、とりあえず今日は帰りにテスタロッサさんの服を選びに行きましょう」
「うん。私も賛成」
「デートの誘いは、なるべく早めにすること!」
本人以上に、バイト三人娘の『プレシアデート会議』は白熱していた。
「あ、あはは……」
感謝の意を抱きつつ、目の前の熱い会議にプレシアの苦笑いは続いた。
*
数日後。
暑さも増していき、夏も本番になってきた街中に隼樹の姿はあった。
場所は、某都内の駅前広場。
普段通りの平凡な出で立ちで、隼樹は相手を待っていた。その顔は、妙に緊張した固い表情をしている。顔だけでなく、心臓も激しく高鳴っている。何故なら、プレシアから初めてデートに誘われたからだ。夜の営みは体験済みだが、大勢の人が居る中での二人っきりのデートは未体験なのである。落ち着いてない証拠に、さっきから何度も柱時計を見て時間を確認している。腕時計を付けてるのに。
一緒に行くかと思ったら、着替えに時間がかかるからと言われ、先に駅前広場で待っているのだ。一人で待つって、かなりドキドキして落ち着かない。
まだかまだか、と待ちかねていた時だった。
「ごめんなさい。遅くなったわ」
後ろから声が聞こえ、振り返った。
照れくさそうに微笑んでる、隼樹の恋人のプレシアが立っていた。
いつもより入念に手入れされただろう艶やかな黒髪、薄化粧ながら完璧に仕上がった綺麗な顔、服装は若い子が着そうな物だが、常人を凌駕する美貌で見事に着こなしていて、不思議と違和感が無い。服は白で統一されており、清楚な印象を持ちつつ黒の長髪がよく映えている。ついでにオシャレとして眼鏡もかけ、知的な印象も持たせていた。
場にプレシアが現れた途端、周囲はざわめいた。四十過ぎとは言え、地味男の待ち合わせ相手が、こんな美人だとは誰も思うまい。
そして、隼樹自身も驚いていた。プレシアが綺麗なのは当たり前だが、恰好が違っていた。若者向きの服をチョイスするなど、プレシア本人の意思からは考えられない。そうなると、もしかしたら誰かからアドバイス、もしくはコーディネートを受けたのかもしれない。
──誰かは知らないコーディネーターさん、グッジョブ! 特に眼鏡が!
隼樹は内心で快哉し、見知らぬコーディネーターに感謝した。
すると、目の前のプレシアが恥じらいながら訊いてきた。
「あ、あの……どうかしら?」
「えっと……似合ってますよ。夏祭りの時のように、こう、ガラリと印象が変わって……。あっ、勿論良い意味で、ですよ?」
「そ、そう? ふふ、ありがとう」
褒められたプレシアは、嬉しそうに微笑む。
──ありがとう、皆。
心中では、今日の為にコーディネートしてくれたバイト仲間に感謝した。
「そ、それじゃあ行きましょう」
「はい」
二人は恥かしそうに、それでもシッカリと手を繋いで歩き出した。
*
着いた目的地は、都内にある遊園地だった。
休日と言う事もあり、早い時間から園の入り口には既に入場者の行列が出来ている。プレシアと隼樹も、窓口で大人二人分の入場券を買い、列に並んで入園した。広い園内も大勢の人で賑わっていて、自然とテンションが高まる。
プレシアも、ミッドに居た頃は娘と遊びに行った事があるので、本当に久しぶりだった。
「それじゃあ、早速回りましょう」
「はい」
プレシアに手を引かれ、隼樹は思った。
──今日のプレシアさん、妙に積極的だな。
デートの誘いをしてきたのもプレシアであり、目的地やプランも彼女が立てたものだ。
この積極性には、理由がある。ソレは、バイト三人娘からのアドバイスだった。
心得その一、こちらから積極的に動くべし。
そういう訳で、今回のデートの主導権はプレシアが握っていた。
遊園地の一番人気のジェットコースターから始まり、色んなアトラクションを回った二人は昼食の為に園内の飲食店に居た。店内と外と利用出来るスペースが二つあり、二人は外で食べる事にした。ちぎれ雲が浮かぶ空は晴れ晴れとしていて、絶好のデート日和で暖かい。
注文した料理を持って席に着き、プレシアと隼樹は昼食を摂り始めた。
「なかなか美味しいわね」
「そうですね」
感想を口にして、二人はハンバーガーを食べる。
食事を続ける二人は、あまり喋らなかった。今まで、二人っきりでデートをした事はおろか、食事すらしてこなかったので、互いに緊張して妙に気まずい空気が生じていたのだ。何か話をしなきゃと思うのだが、なかなか話題が見つからず黙々と食べ続ける。
気まずい沈黙が続く中、チラッとプレシアは視線を動かした。彼女の視線が捉えた先には、隼樹のドリンクがあった。隼樹が口をつけたストローが刺さった紙コップ式のドリンクを見つめ、これから行おうとしてる行為に緊張して心臓を高鳴らせる。
ややあって、思いきってプレシアは実行に踏み切った。
「あの、隼樹?」
「え? 何ですか?」
「その……も、もし貴方さえ良ければ、貴方のドリンクをわ、私にもくれないかしら……?」
「えっ!?」
プレシアの予想外の要求に、たまらず隼樹は驚きの声を上げた。口にドリンクを含んでいたら、吹いていた程の衝撃だった。
顔を真っ赤にしたプレシアが、わたわたと手を左右に振った。
「あ、あの……貴方が良ければよ? 無理にとは言わないわ!」
「い、いや……」
驚きの要求に面食らい、恥ずかしがりながらも隼樹は答えた。
「まあ……俺のなんかでよければ、いいですよ……」
「ほ、本当に!?」
「え、ええ」
興奮するプレシアはテーブルに身を乗り出し、その迫力に隼樹は気圧されて苦笑いする。
それじゃあ、とプレシアは隼樹の紙コップを手に持った。隼樹が口をつけたストローを見つめ、顔を更に熱くさせる。徐々にストローに口を近付け、そっと咥えた。ストローの先を舌で舐め回して、付着してる隼樹の唾液を味わいながらドリンクを飲んだ。
一口飲み終えたプレシアは、ご満悦とした顔をしていた。
「あぁ、美味しい……!」
思わず口から感想が漏れてしまった。
目の前で恥ずかしそうに見てる隼樹の視線で、ハッと我に返ったプレシアは、慌てて紙コップを返した。
「あ、ああ、ありがとう! と……とっても美味しかったわ……!」
「い、いえ……!」
照れ隠しするように視線を逸らして、隼樹は頭を掻いた。
この間接キスも、バイト三人娘からのアドバイスだった。
心得その二、彼氏と飲み物を共有するべし。
──ありがとう、皆!
幸せな気分のプレシアは、激しくバイト仲間に感謝した。
*
遊園地を満喫したプレシアと隼樹は、帰路についていた。
青いキャンパスを描いてた空は、今はオレンジ色に染まっている。夕焼け空の下で、二人は駅を目指して歩いていた。転移魔法で楽に帰る事も出来るが、折角の二人の時間を少しでも長く過ごしたいとプレシアは思ったのだ。
「隼樹、今日はどうだったかしら?」
「えっと……二人っきりでデートなんて初めてだったから、最初は凄く緊張しました。でも、段々慣れてきて楽しかったです」
「そう」
隼樹の感想に、プレシアは嬉しそうな笑顔を向けた。
それからプレシアは、不意に周辺を見回した。周りには、帰宅途中の人が沢山行き交っていた。
一つ、ある事を思い付いたプレシアは、隼樹に言った。
「ねぇ、隼樹。少し、寄り道してもいいかしら?」
「え? まあ、いいですけど」
少し気になったが、特に断る理由も無かったので隼樹は頷いた。
するとプレシアは、身を翻して駅とは反対方向に進んだ。
やがて夕焼けも消え、空は暗くなって夜の時間を迎えた。隼樹を連れてプレシアがやってきたのは、人気の無い細道だった。周囲に人が居ないのを確かめ、プレシアは隼樹の体を抱き寄せた。
「プレシアさん!?」
「静かに」
隼樹を黙らせて、プレシアは宙に浮いた。どんどん高度を上げていき、家よりもビルよりも高い位置で止まった。
「うわあ……!」
プレシアに抱かれてる隼樹は、感嘆の声を出した。
目の前に広がる光景は、夜に輝く綺麗な星空と暗闇の中で光る街並み。遊園地の観覧車でもお目にかかれない、煌びやかな光の絶景だ。それに、頬に当たる夜風が気持ち良く、愛おしい女性に抱かれて良い香りがする。最高の絶景ポジションだ。
「隼樹」
不意にプレシアに呼ばれ、顔を向けた。
「また、二人っきりのデートをしましょう」
「はい」
隼樹の即答を聞いて、プレシアは薄らと頬を赤くさせて嬉しそうに笑った。
今日は、本当に楽しくて素敵な一日だった。バイト仲間に相談して、行動して良かったとプレシアは思った。
二人っきりの時間を噛み締めるように、夜景を眺めながらプレシアは隼樹を力一杯抱き締めた。
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