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前回までのあらすじ

隼樹「プレシアさん達に、堕落した職場がバレちゃいました」
平凡世界編
第12話:水着
 夏、と言えば何を思い浮かべるだろうか。
 旅行、夏祭り、花火大会と色々あるが、中でも男性陣から多く意見がありそうなのは、海水浴だろう。
 海──青い海、白い砂浜、海の家で味わう熱い焼きそばに美味いビール。色んな魅力があるが、世の男性陣が海水浴を希望する最もポピュラーな理由は、何と言っても水着美女だろう。母なる海よりも、馬鹿な男共は真夏の太陽に照らされた水着姿を求めてやってくるのだ。
 それ故に、海水浴場には、女性の水着姿を盗撮、行き過ぎた強引なナンパ等をする不逞な輩が出没するのである。
 だからこそ、海水浴場には監視員なる者が目を光らせているのだ。よからぬ下心を持ったマナー違反な輩を発見し、速やかに退去させる。それが、海の平和を護る監視員の使命である。
 ビーチの一ヶ所に設置された監視所に、男女二人の監視員の姿があった。

「あ~、皆楽しそうですね」

 呟いたのは、男の監視員だ。双眼鏡で浜辺を見渡して、監視をしている。

「カップルなんか、皆死ねばいいのに」

 物騒な言葉を呟いたのは、女の監視員だ。双眼鏡が捉えているのは、イチャついてるカップルの姿だった。嫉妬心から手に力がこもり、双眼鏡がミシミシと軋んでいる。

「ちょっと、恐い事言わないで下さいよ」

 男女の監視員は、林隼樹と黒染綾の何でも屋コンビだ。
 上半身裸の隼樹は下に黒いトランクスを履き、綾は白のビキニを着ている。だが残念な事に、胸が貧相な為にビキニの機能を充分に活かせていない。
 監視員の何人かが急病で倒れ、人手が足りなくなったので臨時の監視員として就いているのである。だが、現在(いま)の二人に監視員として働いてる自覚は全く無かった。

「しばらく海なんて来てなかったから知らなかったけど、最近の水着は際どいのが多いな……」

 隼樹がしているのは、不審者が居ないかどうかの確認──ではなく、海で楽しそうに遊んでいる女の子の水着姿だった。もう釘付けで眺めており、男の客が通り過ぎれば忌々しげに舌打ちまでしている。

「カップル乙。リア充死ね」

 一方で綾は、双眼鏡越しに憎悪の眼差しを海辺のカップルに向けていた。彼氏の居ない綾にとって、世のカップルは邪魔者以外の何者でもない。視界に入るだけで、胸糞悪いのだ。
 仕事そっちのけで、己の下心と嫉妬心に突き動かされているダメ監視員二人。
 んで、海に来てるのはこの二人だけではない。

「貴女達、ちゃんと監視の仕事をしてるのかしら?」

 横から声をかけられ、ダメ監視員コンビは双眼鏡を構えたまま振り向いた。
 ソコには、周りの世界を切り離された美の景色が存在していた。
 まず目に入ったのは、白のワンピースを着たプレシアの姿だ。水着の色は健康的だが、有り余っている大人の色気が醸し出されている。大きく突き出された胸、見事な腰のくびれ、水着の突っ張り具合、その全てが組み合わさり、その容姿は『美の完成型』と言っても過言ではない。もう、眩し過ぎる。
 彼女の隣に居るリインフォースも、負けていない。プレシアとは反対に黒のビキニを着て、多く素肌を晒している。こちらも抜群のスタイルを誇っており、異性の本能を刺激する色気を魅せている。
 チビッ子のアリシアも、子供らしいフリルの突いた水着姿で可愛らしい。無邪気な笑顔が太陽の光を受けて、普段よりも一層輝いて見える。心の穢れが洗われそうだ。
 そんな美女美少女に混じって、普通人の月島涼子の姿もあった。恥ずかしいのか、恐縮した様子で顔を少し俯いている彼女は、控え目な印象の水着を着ている。周りが美女に囲まれた状態なので、少し見劣りしてしまうが、普通に可愛い。恥じらってる姿が、初々しくて好感が持てる。
 まさに圧巻。美の楽園を目にした隼樹と綾は、周囲の女性やカップルなど忘れ、釘付けになっていた。隼樹なんか、股間のセンサーがビンッとなって反応している。
 二人は双眼鏡越しに、プレシアとリインフォースの爆乳を凝視していた。

「せ、戦闘力53万だと!?」
「宇宙の帝王と同レベルだと言うの!?」

 隼樹の興奮は高まり、綾は自分の貧相な胸と比べて敗北感を抱いていた。
 かと思えば、異界の美人に騒いでいる者は他にも居た。

「あ、姉貴ィィィィィ! しっかりしろ!」

 プレシア達の背後で、一人の男が声を上げた。
 一同が振り返ると、倒れている女性と必死に声をかけている男が居た。
 静香と恭介の影地姉弟(きょうだい)だ。黒のビキニ姿の静香は、鼻から大量の鼻血を噴き出して砂浜に倒れていた。プレシアとリインフォースの水着姿を見たからか、その顔は恍惚で、とても幸せそうな表情をしている。弟の呼びかけに一切反応無く、桃源郷を彷徨(さまよ)っているようだ。

「姉貴ィィィィィィィィ!」
「ヤバッ! 社長ヤバいっすよ!」
「人工呼吸を……いや、まずは止血しなきゃ!」

 バタバタと騒がしいカオス空間を見て、プレシアは溜め息をついた。
 傍で様子を見ている涼子が、オロオロと言った。

「あ、あの……大丈夫なんでしょうか?」
「ええ。彼女の反応はいつもの事だから、気にしなくて大丈夫よ」

 静香に対して慣れてきたプレシアが、淡々と言葉を返した。


     *


 結局、静香は鼻血でダウンして監視所内の日陰で休んでいる。相変わらず、その顔は至福に満ちていた。
 そして健康体の隼樹と綾は、双眼鏡越しに海を眺めていた。視界に捉えているのは、海で娘や友達と楽しそうにしているプレシア達の姿だ。その中に混じって、鼻の下を伸ばしてる恭介の姿も見られる。
 友達の幸せそうな様子を眺めている隼樹は、ギリギリと歯を食いしばった。

「ふっざけんじゃねーよ。何で彼氏の俺が外れて、関係無ぇアイツが一緒に遊んでんだよ? 意味解んないんですけど。マジ殺したいんですけど……俺、今、人を殺した奴の気持ち、ちょっとだけ解りますよ。ああ、こういう気持ちが殺意に変わるんだな……!」

 自分の彼女と楽しそうに遊ぶ友達の姿に、殺意が芽生えだしていた。
 その隣では、社長の綾が落ち込んでいた。彼女が見てるのは、水をかけ合う度に跳ねている弾力のある爆乳だった。

「同じ人間なのに、何なのこの差は……? しかも、テスタロッサさんって四十過ぎてるんでしょ? その年で、何であの美貌を保ってるのよ? あり得ない……」

 女の魅力に圧倒的差をつけられ、圧倒的敗北感を抱いて溜め息をついた。
 賑やかなビーチで、一ヶ所だけ酷くブルーな空間が出来上がっていた。
 仕事しろ、お前ら。


     *


 海に入ったプレシア達は、バレーをして遊んでいた。
 ボールをパスする度に、二人の爆乳がぶるんぶるんと激しく揺れている。周りに居る海水浴者は、そんな元気玉並の威力を誇る二人のスタイルに、目を奪われていた。その中には、静香と同じように鼻血を出して倒れたり、見惚れてるところを恋人に強烈なビンタを入れられたりと様々な被害が出ていた。
 周りの事など露知らず、一同はバレーを楽しんでいた。
 しばらく遊んで、一休みする為に海を出て砂浜に敷いたレジャーシートに座った。

「あの……」
「ん? 何?」

 シートに戻ると、プレシアは涼子に声をかけられた。
 照れたように頬を赤くして、胸の前で手をモジモジとしている。
 ややあって、涼子は言った。

「今日は、ありがとうございます。皆さんの海水浴に、私も誘ってくれて」
「お礼なんていいわよ。友達ですもの」

 涼子の素直な感謝に、プレシアは微笑みで答える。
 すると、アリシアが声を挟んだ。

「月島お姉さん!」
「え? あ、何かな?」
「休んだら、またバレーやろうね!」

 無垢な笑顔で誘われ、涼子は自然と笑顔を浮かべた。

「うん」

 嬉しそうに、涼子は頷いた。
 彼女にとって、コレが友達と過ごす初めての夏だった。こうして海で遊ぶのも初めてで、子供の頃に戻ったように楽しんでいた。プレシアと出会ってから、少しずつ引っ込み思案な性格を改善していき、職場でも、以前よりも疎外感が薄れていた。たった一つの出逢いで、彼女の人生は良い方向に変わっていった。

「私も、こんなに楽しい事は初めてです」

 微笑みを浮かべたリインフォースが、海を眺めて呟いた。
 彼女もまた、普通とは違う壮絶な人生を生きてきたので、現在のような平和な日々を味わった事が無い。故に新鮮であり、初めての感覚に最初は戸惑いつつも楽しんでいた。

「生きていれば、こういう時もあるわよ」
「そうですね」

 プレシアとリインフォースが、笑いを交わす。
 二人を見て、涼子と恭介は間の抜けた顔をしていた。濡れた髪に煌びやかな微笑み、美しい肢体、ソレ等は女性である涼子も見惚れてしまう魅力だった。当然、男である恭介は本能のままにガン見してる。
 その時、アリシアが言った。

「影地お兄さん、鼻血出てる」
「え?」

 アリシアが指差す先には、鼻から赤い液体をボタボタと垂らしてる恭介の顔があった。


     *


 監視所に運ばれた患者は、二名に増えた。言うまでも無く、患者は影地姉弟だ。

「どうせなら、そのまま出血多量で死ねばいいのに」
「おい、ヒデー事言うなよ」

 鼻にティッシュを詰め、止血をして横になってる恭介は呟いた。
 そんな友達には振り向きもせず、隼樹は双眼鏡を覗いたままだ。見ている対象は、相変わらずプレシア達だ。彼女達に言い寄るナンパ野郎が来ないか、本来の仕事をそっちのけで見張っていた。

「どうせ私なんて……私なんて……」

 隣に居る綾は、心が折れたようだ。双眼鏡を手放して、体育座りで顔を俯け、落ち込んでいる。
 気まずい空気を察して、隼樹は双眼鏡から目を離して彼女に顔を向けた。合コンに失敗した時でも、ここまでは落ち込んだ様子は無かった。プレシア達の魅惑の身体(ボディ)に、相当ショックを受けたらしい。
 男がいくら鼻血を出して倒れようが、落ち込もうがどうでもいいが、女性に落ち込まれると良い気分では無い。

「あの、社長?」
「何……?」

 声も沈んでいて、落ち込み具合がうかがえる。
 とりあえず、励ましの言葉をかけてみる。

「その……元気出してくださいよ。社長だって、充分綺麗ですよ」
「気休め言わないでよ」

 綾はソッポを向いてしまった。
 何とか機嫌を良くさせようと、隼樹は少し粘ってみた。プレシアとの付き合いで、粘り強さが身に付いたのかもしれない。

「いや、ホントにお世辞抜きで綺麗ですよ。女の魅力だって、胸が全部じゃないですし……小さいのも可愛いですよ」
「……セクハラ」

 横目で綾は呟き、隼樹は苦笑いを浮かべる。
 視線を外す綾だったが、顔からは不機嫌さは消え、少し頬を赤くしていた。
 もっと責め立てられると思って身構えていた隼樹は、彼女が口を閉ざしたので胸を撫で下ろした。
 監視所から、ようやくブルーな空気が消えた。
 このまま何事も無く、平和に過ごせると思っていた。
 しかし、そうはいかなかった。

「きゃあああああああああ!」
「うわああああああ!」
「化け物ォォォォォォ!」

 突然、ピーチから大勢の人の悲鳴が聞こえてきた。
 何事かと隼樹と綾は、双眼鏡でビーチを見る。

「なっ!?」

 視界に捉えたモノを見て、二人は目を丸くした。
 なんと、海に一匹の化け物が居た。それもかなりデカい。軽く見積もっても、四メートルは超えている巨体だ。三角の頭に縦長の白いボディ、十本の触手を生やした化け物は巨大なイカだ。

「何だアレ!?」
「バ●ラスか?」
「ああ、いましたねそんな怪獣。懐かしいな~」

 巨大イカを見た二人は、某怪獣映画を思い出して懐かしんでいた。

「って、昔の思い出に浸ってる場合じゃないですよ!」
「客を避難させなきゃ!」

 ようやく職務を思い出し、二人は監視所を出て客の避難誘導を始める。
 他の監視員やライフセーバーも一緒になって、客を避難させた。
 しかし、イカの触手には既に何人かの人が捕まっていた。

「きゃああああああああ!」
「助けてェェェェェェェ!」

 触手に捕まってる客が、助けを求める悲鳴を上げた。怪獣映画(パニックえいが)のワンシーンのようだ。
 ソレを見て、隼樹と綾の顔色が変わる。
 その時だった。

「穿て……! ブラッディダガー!」

 鋭い声の直後に、黒い線が宙を走った。
 黒い線は、客を捕まえてる巨大イカの触手を貫き、海に落とす。触手の拘束が緩んだ隙に、客は急いで泳ぎ、海から逃げ出した。

「もう誰も居ないようね」

 別の声が聞こえ、二人は声の出所を見た。
 ソコには、足下に紫色の魔法陣を展開させ、デバイスを構えたプレシアの姿があった。彼女の後ろには、体の周囲に黒いナイフのような得物を佇ませたリインフォースが立っていた。
 海に人が居ないのを確認して、プレシアは魔法を放つ。

「サンダーレイジー!」

 いつの間にか曇っていた空から、紫色の巨大な雷が降ってきた。
 紫色の稲妻は、凄まじい轟音を鳴らして巨大イカの体に落ちた。強烈な電撃が、体中を駆け巡り、焼いていく。やがて雷は収まり、巨大イカは煙を立てて動きを止めた。良い感じに焼けていて、焦げ目から食欲を駆り立てる香ばしい匂いが漂ってくる。
 巨大なイカ焼きの完成だ。
 すると、巨大イカは淡い青色の輝きに包まれた。輝きが収まると、巨大イカの姿は消え、海には小さな焼きイカと青い石──ジュエルシードがあった。


     *


 巨大イカ事件は、人々の記憶には残らなかった。
 退治した後、現場を目撃した海水浴客全員に、プレシアが脳天落雷を食らわせ、強制的に記憶を吹っ飛ばしたのだ。魔導師(じぶんたち)の存在が公になるのは、厄介な事だからである。あまりの荒療治に、隼樹達は絶句して言葉を失った。幸い怪我人は出なかったので、終わりよければ全て良しだ。

「まさか仕事先でも、ジュエルシードの騒動が起きるとは思わなかったですよ」
「私もよ」

 夕焼けの海岸に、隼樹とプレシアの姿があった。
 『何でも屋 綾』の依頼されていた勤務時間は終わり、プレシアと人気のない海岸に来ていた。

「でも、楽しかったわ」
「俺は仕事で、それどころじゃなかったですけどね」

 少し不貞腐れた様子で、隼樹は呟いた。
 プレシア達との戯れに加われず、代わりに友達が一緒に遊んでるところを見てて悶々として、かと思えばジュエルシードの影響で巨大化したイカ騒動が起こって、全く海を堪能出来なかった。
 蚊帳の外だった隼樹の気持ちを察して、プレシアはそっと抱き寄せた。素肌に直接、プレシアの感触が伝わる。

「今度は、仕事抜きで皆と一緒に楽しみましょう」
「プレシアさん……」

 すると、プレシアの顔が近付き、口を塞がれた。

「……ん!」
「はあ……!」

 外でのキスと言うシュチュエーションに、緊張を感じながら互いの体を抱き合って密着させ、キスを続ける。
 誰も居ない夕焼けの海岸で、しばらく二人っきりの時間を過ごした。


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