ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
前回までのあらすじ

隼樹「ジュエルシードの力で、プレシアさんのクリソツが現れました」
平凡世界編
第11話:職場
 自分以外の寝息を聞きながら、プレシアは目を覚ました。
 窓から差し込む陽の光を受け、開いた目を細める。向かいには、まだ寝息を立てて夢の中にいる隼樹の顔があった。平均より、ちょっと声量の大きな寝息だ。その隼樹は、隣で横になってるプレシアを抱いて寝ている。昨夜も、二人は熱く甘い時間を過ごしたのだ。
 自分に抱きついたまま眠っている隼樹の寝顔を見て、プレシアは顔を緩めて彼の頭をそっと撫でた。愛しい彼を起こさないよう、静かに体を起こして、ベッドを降りる。ちなみに、アリシアは一階で寝てる隼樹の家族と一緒に居る。さすがに、娘を『夜の行為』に居合わせる訳にはいかないからだ。
 ベッドから降りたプレシアは、階段を下りて一階の台所に向かう。今では、隼樹のご飯はプレシアが作っている。なので、プレシアは隼樹よりも先に起きて、朝食の準備をするのだ。
 次に隼樹の母親、隼樹、隼樹の父親、隼樹の弟、アリシアと起きて家族が揃う。もう、ちょっとした大家族である。
 そんな感じで、一日が始まった。


     *


「お兄さんは、どんな仕事をしてるの?」

 朝食の時間で、アリシアが発した何気ない質問に、隼樹はピタリと箸の動きを止めた。

「いや〜、それは……」

 アリシアの質問に、隼樹は顔を逸らして言葉を濁す。
 隼樹の反応に、アリシアだけでなくプレシアも訝しげに首を傾げた。明らかに隼樹は、言い難そうな感じだ。自分と同じように、恥ずかしい内容の仕事なのかと思った。だが、隼樹の場合は、違うように見える。恥ずかしいとは別に、他人に知られたくない感じだ。
 言い淀む隼樹を見て、プレシアは気になり出す。

「ああ! もう出勤時間だ! 行ってきます!」

 時計を見て、慌てて隼樹は家を飛び出した。
 ドアが閉まる音が鳴った後、プレシアとアリシアは顔を見合わせた。

「気になるわね」
「気になる」

 テスタロッサ親子は頷き、行動する事を決意した。


     *


 決心を固めた二人は、すぐに行動を開始した。
 朝食を早く済ませ、出掛ける支度も素早く済ませて外に出る。
 二人がやろうとしてるのは、尾行である。相手の後をつけて、何をしてるのか、目的地が何処なのか調べる行為である。今日はバイトは休みなので、時間を気にする必要は無い。二人はタクシーに乗って、駅に先回りして隼樹の到着を待つ。
 しばらくして、隼樹が姿を現した。プレシアとアリシアは、隼樹に気付かれないように、物陰や人の後ろに隠れながら後をつける。電車に乗り、何度か乗り換えて東京某所に着いた。駅を出た隼樹は、ダルい足取りで人が行き交う街中を歩く。プレシアとアリシアも、気付かれないようある程度の距離を置いて後を追う。
 駅から五分くらい歩いて、隼樹は一つの建物の中に入っていった。隼樹が建物内に入ったのを確認してから、テスタロッサ親子は物陰から出て建物を見上げた。
 コンクリート造りの建物で、隼樹が入った一階に位置する壁に看板が掲げられている。看板には、『何でも屋 綾』と書かれてある。

「何でも屋、ねぇ……」

 看板に書かれてある文字を読んで、プレシアは考える。
 この『何でも屋 綾』と言うのが、隼樹が務めている会社なのだろう。一見しただけでは、特に他人に言い辛い感じの仕事とは思えない。
 しかし、とプレシアは思う。もしかしたら、『何でも屋』と名乗って何か危ない仕事をしてるのかもしれない。かつて、自分がやっていたような、危険な物を扱うような仕事など。
 そう考えると、段々プレシアの胸中を不安と心配が占める。

「アリシア、ココで待ってなさい」
「うん」

 頷くアリシアを残して、プレシアは一人建物の中に入っていった。
 静かにガラス戸を開け、建物の中に入り、足音を殺して中を進む。周囲に人の気配が無いのを確認して、デバイスの待機モードを解いて構える。じわりじわり、と慎重に一階にある扉に近付く。
 近付くにつれ、扉の向こうから声が聞こえてくる。
 おいっ、もっとちゃんと運べ! やってますよ! 馬鹿! ソコじゃなくて、お前は右に回るんだよ! いや、ソッチこそ飲んでくださいよ! と、騒がしい会話が聞こえてくる。声から察するに、二人の男女で、男は隼樹の声のようだ。何か分からないが、言い争いをしてるように聞こえる。
 プレシアは、飛び込む気持ちを必死に抑え、極力音が鳴らぬよう静かに扉を開けた。開いた扉の隙間から、プレシアは室内を覗く。
 その時、プレシアは目を見開いた。

「だァァァァァ! 突っ込んできたァァァ! モロに攻撃喰らった!」
「馬鹿! だから右に回れって言ったんだ! って、ああああああああ!? 尻尾攻撃で死んだァァァァァ!」
「ちょっとォォォォ! 勘弁してくださいよ! だから回復薬飲んでくださいって言ったんですよ! 体力残り少ない状態で、接近戦はマズいですって……!」
「うるさい、新入り!」

 室内では、二人の男女が声を上げていた。手に携帯ゲーム機を持って──。
 ゲームをしてる二人のテンションは、声を上げる程に盛り上がっていた。熱くなって、部屋を覗いてるプレシアの存在に全く気付いていない。

「……何やってるの、貴方達?」
「え?」

 酷く冷めた声をかけられ、ハイテンションでゲームに興じていた二人は手を止め、振り向いた。

「いっ……!?」

 その瞬間、隼樹は顔を引き攣らせた。
 動じる彼の視線の先には、恐いくらい無表情で冷たい眼差しを向けてくるプレシアが居た。

「プレシアさん、どうしてココに……!?」
「どうしてココに、じゃないわよ。貴方、仕事はどうしたのよ?」

 呆れ、軽蔑のこもった声で、プレシアが問い詰めてくる。
 隼樹は、観念して白状した。


     *


 外で待たせていたアリシアも部屋に入れて、プレシアは二人から話を聞いた。
 ココは、社長の綾が経営している『何でも屋 綾』で、仕事の内容は名前通りの何でも屋である。この辛いご時世では、仕事を選んでいる余裕など無い。ソコで、頼まれれば何でもやる商売を始めたのだ。
 就職難に苦戦していた隼樹は、企業の面接に落ち続けた末にこの『何でも屋 綾』に辿り着いたのである。奇跡的に面接一発合格で就職して、とりあえず一安心した。だが、就職したものの仕事の依頼が来なかった。ほっとんど来なくて、ほぼ一日中暇な日が続いた。その為、暇潰しに二人でゲームをしたり、漫画を読む日々を送っている。泊まり、夜勤等の勤務体勢もほぼ自由。そんな現状だから、仕事の事はプレシア達に隠していたのだ。
 まあ、何でも屋なんて胡散臭そうな仕事がそう儲かるハズも無い。何でも屋? え? ソレって大丈夫なの? 何かいかがわしいもんなんじゃないの? みたいなもんである。

「貴方達……殆ど遊んでるだけじゃない……」

 何でも屋の現状を聞いたプレシアは、呆れて溜め息をついた。
 彼女の隣では、一緒のソファでアリシアがオレンジジュースを飲んでいる。
 そんな二人の前では、

「新入りィィィィィ! お前なにあたしの断りも無く、あたしよりも先に恋人作ってんだコラァァァァァァ!」
「いでででで! ギブギブっ! 社長ギブっす!」

 社長が隼樹にコブラツイストを極めていた。
 社長の名は、黒染綾(くろぞめあや)。『何でも屋 綾』の女社長である。黒染なのに日本人離れした赤い長髪が特徴で、服やネクタイをいつもだらしなく着ている。年齢は外見的には二十代前半だが、詳しくは本人のみが知る。ちなみに社名の語尾の『綾』は本人の名前から取って付けた文字で、理由は「女の名前が社名にあったら客受け良さそうじゃない?」と言う100%思い付きの案である。ちなみに独身。
 彼氏居ない歴二十年を超す綾は、怒りを隼樹にぶつける。

「しかも相手は、物凄い年上じゃないの! しかもしかも魔法使い? 魔法熟女好きかお前は!? あ?」
「ちょっ……ホンット、勘弁して下さい……! 限界です……!」
「お前、あたしが今までどれだけ苦労してきたと思ってる!? 合コン合コン合コンと戦いの日々! それでも彼氏が出来ないあたしの苦労と悲しみと挫折をォォォォ!」
「社長! 仕事そっちのけで、合コンばっかじゃないっすか……!」
「口応えするな、新入り!」

 怒りのボルテージの上がる綾は、更にキツく隼樹を締め上げる。
 徐々に暴走が激しくなる綾の姿に、アリシアが怯え出した時だった。
 突如、室内が轟音と共に強烈な光に包まれた。光が消え、目を開いた隼樹と綾は、目の前の光景に度肝を抜く。応接用の長テーブルが黒い煙を立て、ボロボロになって崩れているのだ。
 哀れな姿に変わってしまった長テーブルの向こうには、杖を構えてるプレシアが立っていた。

「綾さん……いい加減にしないと、次は貴女を黒焦げにするわよ?」

 ニッコリ笑うプレシアだが、体からは相手を圧倒する威圧感が放たれている。持っている杖の先端からも、パリパリと紫色の電気が放電している。
 魔女の笑みで言われた綾は、

「あの、すいませんでした……。いや、ちょっと隼樹君に嫉妬しちゃった、みたいな……若気の至りと言うか……。はしゃぎ過ぎました! すいませんでした!」

 顔を蒼ざめ、土下座して謝った。
 綾が土下座したのを見て、プレシアは威圧感を消して機嫌を直した。仕事の上司とは言え、目の前で彼氏が理不尽な暴力を受けてるのを見るのは、不愉快だったようだ。
 一方で、技を解かれて自由となった隼樹は、畏怖の念のこもった目をプレシアに向けていた。
 ──ウチの社長を一発でねじ伏せるなんて……プレシアさん、恐ろしい人……!
 隼樹の中でプレシアは、『マジで怒らせたらいけない人№1』にランクインした。
 綾が謝った事で、とりあえず矛を収めたプレシアは、仕事に関する質問をした。

「ところで、真面目な話……経営の方は大丈夫なのかしら?」
「え、ええまあ。一、二ヶ月に一回くらいにそれなりに大きな依頼が来る時があるから……」
「まあ、給料も少ないですけど……」と付け加える隼樹。

 話を聞いて、プレシアは本日二度目の溜め息をつく。
 それから、隼樹に顔を向ける。

「貴方、このままココでいいの?」
「あ~、はい。他に仕事の当てなんて無いですし……それに……」

 少し迷ってから、隼樹は続きを口にした。

「こんな俺を雇ってくれた所なので、出来れば続けていきたいです」

 少し照れくさそうに、でもそれなりにハッキリとした声で答えた。
 彼の答えに対してプレシアは、「そう」と短く返して特に反対意見は言わなかった。

「綾さん」
「はい!?」

 プレシアに呼ばれ、綾はビシッと姿勢を正した。さっきの電撃の恐怖が、まだ拭えずにいる。

「綾さん。この子は、頼り無くて弱気なところがあるけど……どうか、これからもよろしくお願いします」

 社長の綾に、礼儀正しく頭を下げたプレシア。
 ソレに対して、慌てて綾も頭を上げる。

「ああ、いえ……その、こちらこそ!」

 妙な空気となり、二人の初顔合わせは終わった。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。