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前回までのあらすじ

隼樹「歳の事に触れたら、プレシアさんから電撃を受けました」
平凡世界編
第10話:羨望
 月島涼子は、今日も溜め息をついた。
 ドッと疲れた様子で、会社を出る。
 仕事の疲れもあるが、精神的に落ち込んでる方が大半を占めていた。
 彼女は、良くも悪くも平凡である。容姿は中の中か下、頭も特別良い訳でなく、運動も得意じゃない上に趣味も無い。引っ込み思案な面もあって、職場に友達もいない。そりゃ、休憩時間に軽く会話くらいするが、友達と呼べるレベルでは無いのだ。
 職場の仲間は皆明るく容姿も綺麗で、彼女とは正反対である。
 ──いいなぁ。
 半ば職場で孤立したような状態の涼子は、毎日職場の仲間を羨ましがっていた。自分も綺麗で積極的で、明るい性格だったら、もっと違った毎日を過ごせたんだろうな、と思うのだった。
 しかし、いくら望んだところで人間は簡単に変わる事など出来ない。
 諦めの混じった二度目の溜め息をついた時だった。
 肩に軽い衝撃を受けた。向かいから来た人にぶつかったのだ。

「あっ、すみません」

 すぐに頭を下げて、涼子は謝った。仕事で失敗の多い涼子は、謝るのが早く妙に慣れていた。

「大丈夫よ。こちらこそ、ごめんなさい」

 相手の声を聞いた瞬間、ハッと涼子は顔を上げた。
 綺麗な声だな、と思って見た相手は、容姿も驚く程綺麗だった。思わず見惚れ、息を呑んだ。
 艶やかな黒髪で、薄めの化粧だが充分に美しい顔、体型もモデルのようでずば抜けた存在感を放っている。表情も穏やかで、何だか安心させられる印象を受けた。
 振り返り、通り過ぎた美人を見る。
 ──す、すっごい綺麗な女性(ひと)……! モデルか何かかな? 私より年上みたいだけど……三十過ぎ、でも若く見えるなぁ。
 涼子の以外の通行人も、その美人に目を奪われてる者がチラホラと居た。男が多いが、涼子と同じく女性も少なからず目を向けていた。
 しばし美人の姿を見惚れるように観察してる涼子は、驚きの事実を目にした。
 ──え? 子供!?
 美人の手には、小さな子供の手が握られていた。長い金髪を黒のリボンで二つに分けている。
 さっきは距離が近くて美人しか目に入らなかったが、仲良さそうに二人で歩いている。

「お母さん、今日はお兄さん帰ってこないの?」
「ええ、今夜は夜勤でお泊りだからね。でも、明日になれば帰ってくるわ」

 ──ええっ!? 二人の子持ち!? しかも一人は、社会人!?
 二人の会話を聞いた涼子は、激しく動揺した。
 ──働いてるって事は、少なくとも十八歳は超えてるよね? え? じゃあ、あの人は本当に何歳なの? まさか、あの綺麗な顔で三十後半……四十過ぎなんて事は……。いやいやいや、まさかそんな……!
 勘違いで涼子の動揺は、更に激しくなっていった。
 半面、ある思いを胸中に抱く。
 ──羨ましいなぁ。
 自分より遥かに年上と思われる女性が、自分なんかよりも物凄く綺麗で、子供まで持って、幸せそうに笑っている。涼子にとって、彼女──プレシア・テスタロッサは羨望の対象となっていた。
 涼子は、帰り道三度目の溜め息をついた。
 他人を羨むと、決まって虚しい気持ちに襲われる。いくら羨ましいと思っても、自分は変われないと分かっている。虚しいだけなのは分かっているが、ソレでも羨ましがるのをやめられない。
 再び気分を落ち込ませて、涼子は歩き出した。
 駅に入り、電車に乗り、最後は徒歩で住んでるマンションに向かう。
 マンションまでもうすぐと言う所で、また涼子は溜め息をついた。プレシアの事が、頭から離れないのだ。あんな美人を近くで見たのは、初めてだったので強烈な印象が残っている。思わず女性の自分も、目が合った瞬間にドキッとした位だ。
 ──あんな綺麗な人が、世の中に居るんだなぁ。ああ、羨ましい。
 コツコツと足音を鳴らして、マンションの前に着いた。
 ──私も、あんな風になりたいなぁ。
 そんな羨望を抱いた時だった。

「ん?」

 マンションの入り口の前で、涼子は足を止めた。
 陽が沈みかけて暗くなってきたマンションの茂みに、何か光る物を見つけたのだ。

「何だろう?」

 何となく気になったので、屈んで拾ってみた。

「わあ! 綺麗……!」

 拾った物を見て、涼子は目を丸くした。
 茂みに落ちてたのは、一つの青い石だった。陽も沈みかけて、殆ど明かりも無いのに石は青い輝きを放っていた。何やら数字が書いてあるが、特に気にならなかった。それよりも、まるで宝石のような石の美しさに見惚れていた。
 その時だった。
 突然、石の輝きが増したのだ。

「えっ!? ちょっ……何コレ!?」

 不可解な現象に、涼子はただ取り乱すばかりだった。
 そして、強烈な光は涼子の体を包み、やがて収まった。閉じた瞼越しに光が消えたのが解った涼子は、恐る恐る目を開けた。持っている石は、最初に見つけた時の輝きに光が収まっていた。周囲を見回すが、特に変わったところも無い。
 何事も無かったと思い、ホッと安堵の溜め息をついた。
 しかし、彼女自身に、とんでもない変化が現れていた。
 マンションに入ろうと、入口のガラス張りのドアに振り返った瞬間、

「え……? ええええええええええええええええ!?」

 ガラスドアに反射して映った自分の姿を見て、涼子は人生最大のシャウトをした。


     *


 部屋に差し込む明かりを受けて、涼子は目を覚ました。
 起床した涼子は、すぐに自分の顔や身体をペタペタと触り出した。それからベッドから降りて、部屋の明かりを点け、鏡の前に立った。鏡に映る自分の姿を見て、涼子は愕然とした。

「やっぱり……夢じゃなかったんだ……」

 頭を抱えて溜め息をつく涼子の姿は、昨日見たプレシアになっていた。声は自分のままだが、外見は完全にプレシアに変化しているのだ。
 どうしてこうなった? と聞かれれば、答えは一つしかない。涼子は、チラッと近くのテーブルに置いてある青い石に目を向けた。あの石が強い輝きを発して、目を開けたらこんな姿になっていた。石が原因である事は解っているのだが、元に戻る方法が解らない。最初は夢だと思っていたが、その幻想は先ほど見事に打ち砕かれた。
 今、鏡に映っている自分の姿が、何よりの証拠である。

「どうしよう~。このままじゃ会社に行けないよ~」

 頭を抱えて、その場に座り込む。
 その時、俯く涼子の目に大きな二つの膨らみが映った。

「そ、それにしても……大きいなぁ……」

 本当の自分とは大違いの胸に、涼子は思わず赤面して見つめる。

「ちょっ……ちょっとだけなら……」

 好奇心に突き動かされ、涼子は大きな二つの胸を触る。むにゅ、と心地良い感触が手に伝わる。

「うわあ~! 柔らか~い!」

 今まで味わった事の無い感触に、涼子は感激の声を漏らす。
 触るだけじゃ物足りないと思い、若干緊張しながら揉みだした。形が整っている上に、大きいのに柔らかくて非常に揉みやすい。弾力もあって、癖になりそうだ。

「あっ、あっ……! ふわあぁ~! 気持ち良い……!」

 興奮が増して、胸を揉む手も少し動きが早くなる。快感に身体がピクリと跳ね、顔も赤くなって息も少し荒くなる。
 しかし、生き残りの理性が働き、行為の途中でハッと我に返った。

「って違う違う違う! こんな事してる場合じゃないのに~!」

 一気に恥ずかしくなって、自分の頭をポカポカ叩いた。

「うぅ~! どうしよう、どうしよう? 本当にどうしたらいいの~?」

 涙目で涼子は、迷子になった子供のように室内をキョロキョロと見回して悩むのだった。


     *


 結局、涼子は会社を休んだ。
 部屋に引き籠もっているか悩んだが、外に出る事にした。帽子を目深に被ったりと目立たないようにして、街中を歩いてる。
 誰かに助けてもらいたかった。せめて、話をして、相談に乗ってもらいたかった。
 しかし、ソレは叶わない事だと涼子は悟っていた。こんな奇天烈な事を話しても、誰も信じてくれない。信じてくれたとしても、多分何も出来ない。
 いや、それ以前に相談出来るような友達が居ない。
 何だか以前よりも強く孤独な気持ちが増した気がして、涼子は溜め息をついた。
 すると、

「あ~、ダリー。夜勤なんてやってらんねーよ」

 気だるげな声が聞こえた。
 前を見ると、本当の自分と同じような男が居た。本当の自分と同じ、と言うのは要するに地味って事だ。眠たそうに欠伸をかき、気だるげな足取りで歩いている。

「ん?」
「あ」

 その男と涼子の目が合った。
 一瞬の沈黙の後、男が意外そうな顔で口を開いた。

「プレシアさん? 何でこんな所に居るんですか?」
「え?」

 男が誰かの名前を口にして、涼子は目を見開いた。
 ──プレシアさん? プレシアさんって、今の私の姿の女性の名前なのかな? 待って! もしかしたら、この人、昨日あの人の子供が言ってた『お兄さん』かも……!
 そう思った涼子は、意を決して男に全て打ち明ける事にした。
 男に歩み寄り、

「ふえええええん! 助けて下さ~い!」
「は、はああああああ!?」

 抱き付いた。
 そして泣いた。
 誰にも相談出来ず、一人で抱え込んでいた涼子は、感情を抑え切れずに爆発させてしまったのだ。
 一方、急に涼子に泣き付かれ、男──林隼樹は、何が何やら解らず困惑していた。


     *


「それにしても、まあ……見事なまでに私ね」
「いや、ホントに」

 プレシアは、自分と同じ容姿の涼子を見て驚いていた。隣では、隼樹も同感と頷いている。
 ココは、隼樹の部屋。あの後、事情を聞いた隼樹は、すぐに魔法絡みの事象と察してプレシアが居る家に涼子を連れてきたのだ。

「もうアレっすよ。マナカナやザ・タッチもビックリな程のソックリですよ。正直、全然見分けつきませんもん。声以外クリソツですから」
「お母さんが二人になっちゃった」

 娘のアリシアも、母が二人居る事に驚いている。
 三人の視線を一身に受けてる涼子は、おずおずと尋ねる。

「あ、あの~、私元に戻れるんでしょうか?」
「ええ、大丈夫よ。貴女が昨夜拾った石はあるかしら?」
「は、はい!」

 プレシアに言われ、涼子は鞄から石を取り出した。
 青い輝きを放つ石を見て、プレシア達は一つ頷いた。

「やっぱりジュエルシードだったのね」

 原因を前にして、プレシアが封印作業を始めようとした時だった。
 カシャカシャ、とカメラのシャッター音みたいなのが鳴った。
 驚く一同が振り向くと、いつの間にかカメラを構える一人の女性が居た。その女は、興奮を露にした赤い顔で二人のプレシアをレンズに収め、素早くシャッターを切って勝手に撮影をしていた。プレシアに興奮する女──影地静香である。

「いや、何時から居たんすか!?」

 激しくシャッターを切る静香に、隼樹は声を上げてツッコんだ。

「住居不法侵入ですよ!? それに、どっから今回の件に感付いてきたんですか!?」
「お姉様居るところ我あり」
「ソレ、ストーカーじゃね!? 何? 家に盗聴器でも仕掛けてあるんですか? ってか、アンタ仕事は?」
「休んできた」
「どんだけプレシアさん好きなんですか!?」

 完璧に変人(ストーカー)と化した静香に、隼樹は声を荒げる。
 静香の奇行を初めて目にする涼子は、唖然となって立ち尽くしていた。苦笑いのプレシアから、気にしないように言われ、涼子は「はあ」と頷いた。涼子は、世の中には自分のような地味な人間が()れば、プレシアのような華やかな人間や静香のような変わった人間が在るんだな、と思った。

「そ、それじゃあ封印を始めるわね」
「は、はい。よろしくお願いします」

 静香の対応を隼樹に任せ、プレシアはジュエルシード封印の作業に取り掛かる。
 封印の詠唱を始め、作業は問題無く終わった。無事に封印が終わって、涼子は元の姿に戻った。

「ああ! 私だ! 元に戻ったー!」

 戻った自分の姿を見て、涼子は喜ぶ。
 魔法とかジュエルシードとか信じ難い事だが、そんな事より元の姿に戻れた喜びが大きかった。
 プレシアに向き直り、感謝の気持ちを込めて頭を下げた。

「テスタロッサさん! 本当にありがとうございました!」

 彼女の礼に対して、プレシアは複雑な笑みで首を横に振った。

「ううん。気にしないで。私にも責任があるから」
「え?」

 どういう事なのか気になり、涼子は首を傾げた。
 不思議な力を持ってる彼女が、ジュエルシードとか言う石と何か関係があるのは何となく分かった。しかし、どうしてプレシアが責任を感じてるのか解らなかった。気になったが、あまり触れない方がいいと思い、理由を訊きはしなかった。

「それにしても、テスタロッサさんって本当に凄いですね。美人な上に魔法なんてモノまで使えて。私なんか、全然綺麗じゃないし、仕事も失敗ばかりで、得意な事も何も無いから、凄く羨ましいです」

 ああ、何言ってるんだろう、と涼子は思った。
 こんな事言ったって、相手に気を使わせるだけなのは分かってる。今のこの気持ちが原因で、ジュエルシードが反応した事も解ってる。けど、何故だが自然と口から出てしまう。
 ──ああ、本当に駄目だな、私……。
 軽い自己嫌悪を抱くと、プレシアが言った。

「月島さん」
「……はい」
「貴女は、自分が好き?」
「え?」

 質問された涼子は、考え込む。
 好きか嫌いか問われれば、嫌いな方だろう。でも、何故だろう。嫌い、とすぐに答える事が出来なかった。
 悩む涼子に、プレシアは優しく言う。

「元の姿に戻りたがってたのは、貴女が自分の事を好きだからじゃないかしら? そうじゃないと、泣いてまで自分の姿を取り戻そうとは思わないわ」
「私が、自分を好き?」
「そうよ。他人を羨む気持ちは悪くないわ。でも、自分を好きな気持ちも大切になさい。そうすれば、前より何か変わるかもしれないわよ?」
「はあ」

 自分が好きなのかどうか、まだ涼子には分からなかった。
 けど、プレシアの話を聞いて、何だか少し気分が楽になった。何の取り柄も無いけど、こんな自分でも頑張れる気がしてきた。もしかしたら、プレシアが言ってたように自分の事が好きなのかもしれない。
 まだ自分の気持ちがハッキリしないけど、これだけは分かる。
 プレシアと出会えたのは良い事だ、と。

「あの、テスタロッサさん」
「ん? 何かしら?」
「その……また何かあったら、相談しに来てもいいですか?」

 勇気を振り絞って、涼子は言った。
 以前の自分だったら、こんな事言えなかったと思う。でも今は違った。プレシアさんの言葉で、自分から頑張ろうと思ったのだ。
 そんな涼子の言葉に、プレシアは微笑んで答えた。

「ええ。私でよければ、いつでも来なさい。相談事じゃなくても歓迎するわ」
「は、はい!」

 月島涼子は、人生で初めて自分から友達を作った。


「ちょっ……影地さん。その写真、僕にもコピーくれませんか?」
「コレは全て私の物」

 そんな二人の横で、隼樹と静香が写真の件でコソコソと交渉をしていた。

「お母さん達、綺麗!」

 二人の映ってる写真を一人眺め、アリシアは笑っていた。


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