ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
前回までのあらすじ

隼樹「両親と対決して、超緊張しました」
平凡世界編
第5話:幸福
 私は幸せになっていいのかしら、とプレシアは思った。
 布団の中で横になっている彼女の隣には、愛する娘のアリシア、自分を好きになってくれた男の隼樹が眠っていた。隼樹の両親を説得し終えた夜、三人は同じ布団に入っていた。隼樹とアリシアは先に眠ったが、プレシアは眠れずにいた。
 この世界にやってきて、プレシアとアリシアの運命は大きく変わった。素性が知れない自分達を隼樹が受け入れてくれ、更にはアリシア蘇生とプレシアの病の治療に力を貸してくれた。アリシアは生き返り、プレシアの病も治って、しかも隼樹の家に住まわせてもらっている。その上、隼樹から好意を抱かれ、プレシアは彼の気持ちに答えた。他人に想われる嬉しさを思い出し、プレシアは幸せだった。
 しかし、このままでいいのか? と思うのだった。今の幸せを実感する程、過去に犯した自分の行為に胸を苦しめるのだ。あの頃のプレシアは、とにかく必死だった。死んだ娘を生き返らせる事に執着し、強い執念に憑り付かれ、外道な方法に手を染めた。娘のクローンを造り出し、最後には娘では無い、大嫌いと言って捨ててきた。狂気の沙汰とも言える。
 そんな過去の自分を思い返し、プレシアは身を震わせた。娘を生き返らせ、元の優しい母親に戻ったプレシアは、過去の自分の行為に恐れを抱き、同時に強い罪悪感が生まれていた。あんな酷い事をした自分が、こんな幸せな思いをしていいのだろうか。自分は、幸せになってはいけないのではないか、とプレシアは考える。
 ──ごめんなさい……ごめんなさい、フェイト……!
 心の中で、プレシアはもう一人の娘に謝った。そんな事をしても自分の罪が消えるとは思っていないが、それでも謝らずにはいられなかった。現在(いま)が幸せである程、辛くて胸が締め付けられるように苦しいのだ。

「プレシアさん?」

 心中で謝り続けていると、不意に小さな声で呼ばれた。
 固く閉じていた目を開き、声の主を見る。暗さに慣れて、ぼんやりとだが顔の輪郭が見える。
 声の主は、明かりをつけた。

「あの……大丈夫ですか?」

 起きて明かりをつけたのは、隼樹だった。

「隼樹……ごめんなさい。起こしちゃったかしら?」
「ああ、いえ。目ぇ閉じてただけで、実は起きてましたから。それより、大丈夫ですか? 何か、辛そうにしてますけど?」

 心配そうに隼樹は尋ねた。
 プレシアは、悩みを打ち明けようか迷った。こんな夜遅くに相談して、仕事がある隼樹に迷惑をかけると思ったのだ。それに、最初に会った時に話したとは言え、もしかしたら軽蔑されて、嫌われてしまうかもしれない。
 プレシアは、孤独になるのが嫌だった。
 すると、隼樹が言った。

「あの、とりあえず下に行きませんか? 時間なら大丈夫ですよ。明日、夜勤からなんで」

 隼樹の笑顔を見て、プレシアは悩みを打ち明ける事を決めた。


     *


 時刻は、既に深夜の一時を過ぎていた。
 居間には明かりがついて、隼樹とプレシアが隣同士で座っていた。他の家族は、別室で眠っている。

「で、どうしたんですか?」

 隼樹が尋ねると、プレシアは意を決して言った。

「隼樹……私は、幸せになってもいいのかしら……?」
「え?」

 言ってる意味が解らず、隼樹は間抜けな声を出した。
 少し顔を俯け、プレシアは続けた。

「最初に会った時にも話したけど、私は別の世界で娘のクローンを造ったわ……。娘を取り戻す為に……。けど、その子はアリシアじゃなかった……。だから私は、その子を捨ててアルハザードに辿り着いて、ソコの秘術で娘を生き返らそうとした……。娘の代わりにと造った、あの子を利用して……言われた事が出来なかった時は、思いっ切り叱ったわ……。いいえ、憎んで傷つけたわ……鞭で何回も何回も、あの子を叩いて傷つけた……」

 語るプレシアの体は、過去の自分の行為に対する恐れと罪悪感で小刻みに震えていた。
 隼樹は、黙って聞いている。

「私から、そんな酷い仕打ちを受けても、あの子は文句一つ言わずに頑張ってくれたわ……。それなのに、私は……私は、あの子を捨ててきた……!」

 途中から嗚咽に変わり、プレシアは涙を流す。
 伏せていた顔を上げ、隼樹の両肩を掴んだ。

「ねぇ、隼樹……私は……私は、幸せになっていいの……? アリシアが生き返って、住む場所があって、貴方が居て、私は今、凄く幸せよ……。けど、あの子に、あんな酷い事をしてきた私は、幸せになってもいいの……? お願い、教えて……! 私……苦しくて苦しくて、仕方ないのよ……!」

 涙を流すプレシアの中で、後悔と恐れ、罪悪感が胸中で荒れ狂い、彼女を苦しめていた。彼女には、この胸の苦しみから解放される術が解らなかった。
 そんな彼女が辿り着いた結論が、『自分は幸せになってはいけない』だった。
 しかし、ソレは今のプレシアには更に辛すぎる選択だった。一度味わった幸せを手放したくない気持ちが、彼女を苦しめるのだ。
 それに、プレシアは孤独が嫌だった。
 プレシアに迫られた隼樹は、困惑の表情で思った。
 ──お、重いっ……!
 コレが、隼樹が一番最初に思った正直な感想だった。
 ──いや、話の途中から薄ら予想はしてたけど……マジでコレですか……? ヤバい、超重い……!
 重い。
 自分みたいな、ダラダラと生きて、不抜けてる人間には重すぎる問題だと思った。
 けど、ここで見捨てる事は出来ない。
 ──だって俺、プレシアさん好きだもん……! 好きな女が目の前で苦しんでて、しかも他でも無い俺を頼ってるんだぞ? だったら、放っておけないよ! 俺は格好悪くて情けなくて地味でいいけど、好きな女を放っておくような最低な男にはなりたくないからな!
 心の中で意気込み、隼樹は答えを言った。

「いいじゃないですか、幸せになって」
「え……?」

 涙目を向けてくるプレシアに、隼樹は続けた。

「プレシアさんが幸せになっちゃいけない、なんて誰が決めたんですか? そんな事言う奴が居るなら、俺がぶっ殺しますよ! だから、プレシアさんは幸せになっていいんです!」
「けど……私、あの子に……フェイトに、あんな酷い事……!」

 隼樹の答えを聞いても、プレシアは涙を止めない。
 ──ヤベー……こりゃあ、引き摺るタイプだな。
 引き摺るタイプ。主に過去の失敗などを引き摺って、その後も自分を責め続ける最も厄介なタイプなのだ。
 ──まいったなぁ……。この手の人は、こっちがいくら「○○やっていいよ」「○○になっていいよ」って言っても、全然聞かないからなぁ……。
 苦戦を強いられる隼樹は、なんとかプレシアを納得させる方法を考える。
 普段使わない脳を使っての思考の末、隼樹はプレシアが納得するであろう言葉を見つけた。
 ──いや、しかしなぁ……。確かに、この台詞ならプレシアさんを納得させて、元気付ける事は出来ると思うけど……けど……ぶっちゃけ、超恥ずかしい……。俺は冴えない地味男であって、キザ野郎じゃねぇんだよ……!
 心の中で葛藤するが、他に方法も浮かばないし、これ以上時間をかける訳にもいかないので、隼樹は覚悟を決めて口を開いた。言葉を言う前から、既に顔は真っ赤になっている。

「プレシアさん」
「な、何……?」

 潤んだ瞳を向けてくるプレシアに、隼樹はドキッとした。とても年上の年増女とは思えない。
 どぎまぎしながらも、隼樹は言った。

「プレシアさん、幸せになっていいじゃなくて……幸せになって下さい! 俺の為に!」
「貴方の、為に……?」

 首を傾げるプレシアに、隼樹の興奮は高まった。
 ──ぐわああああああ! やめろォォォォォ! そんな可愛い仕草をするなァァァァ!
 プレシアの仕草に動揺しながら、隼樹は言葉を続けた。

「プレシアさんが幸せになってくれないと、その……俺が困るんです……。だって、プレシアさんが自分を責めて、泣いてばかりいたら、俺まで何か落ち込んじゃうし……。それに、俺は笑ってるプレシアさんが一番好きだから……だから、その……プレシアさんは幸せになって下さい!」

 恥ずかしい気持ちで一杯になるも、隼樹は言いたい事は全部言った。
 プレシアが幸せじゃないと、俺が困るから幸せになってくれ。要は、こういう事である。
 隼樹の言葉を聞いて、プレシアは顔を赤くさせていた。涙はいつの間にか止まり、目を見開いて隼樹の顔を見つめている。
 向かい合っている二人は、まるで彫刻のように固まって、見つめ合っていた。
 沈黙に包まれた部屋で、プレシアが口を開いた。

「あ、貴方は……私に、幸せになって欲しいの……?」
「う、うん……」

 自分の言葉の恥ずかしさで赤くなった顔を、隼樹は縦に動かした。

「そう……。わ、分かったわ……貴方が、そう望むなら……」

 プレシアは、呟きつつ小さく頷き、嬉しそうに笑っていた。
 他の人から、自分の幸せを望まれて嬉しいのだ。幸せが許されないと思っていたが、幸せになってくれと言ってくれる人が居る事が嬉しいのだ。
 隼樹の肩を掴んでいた手を放し、プレシアは笑顔を向けた。

「ありがとう、隼樹……。また、貴方に救われたわ……」
「い、いえ……俺は、そんな……」

 礼を言われ、隼樹は照れ隠しするように頭を掻いた。
 プレシアさん達と会ってから、何か恥ずかしい思いをする事ばっかだな、と隼樹は思った。


     *


 翌朝、隼樹が目を覚ますと布団にプレシアの姿が無かった。
 近くには、綺麗に畳まれてある寝巻が置いてあった。プレシアの物である。先に朝ごはんを食べに行ったのかと思い、隼樹は欠伸を一つかいた。
 アリシアはまだ寝ており、隼樹は起こさないように布団から出た。寝巻のまま階段を下りて、一階の居間にやってきた。

「あら、おはよう隼樹」
「あっ、おはようございます」

 挨拶してきたのは、プレシアだった。
 ただ、彼女が居るのは居間ではなく、居間と繋がってる台所だった。ピンクのエプロンを着て、調理道具を持って料理をしている。
 隼樹が半ば茫然となっていると、居間で座ってる母親が挨拶してきた。

「おはよう」
「お、おはよう。え……? コレ、どういうこと?」
「プレシアさんが、隼樹のご飯を作りたいって言ってきたから」
「えっ!? プレシアさん、料理出来るんですか!?」

 驚いた顔を向けると、プレシアは少しムッとなった。

「貴方、私を何だと思ってるのよ? これでも、子持ちの母親なのよ?」
「す、すいませんでした!」

 頭を上げた隼樹は、ふとある疑問が思い浮かんだ。
 ──あれ? そう言えば、ぶっちゃけた話、プレシアさんって年いくつなんだろう?
 女性に年齢を聞くのは失礼だとは分かってるが、気になるので聞いてみる事にした。調理を続けてるプレシアに近寄り、耳元で囁く。

「あの、プレシアさん?」
「何かしら?」
「いや~、その……ぶっちゃけた話、今、年いくつなんですか?」
「えっ!?」

 質問の内容に、プレシアは思わず声を上げた。動揺して、持っているお玉を落としそうになる。

「い、いきなり何を聞くのよ?」
「何となく気になって……」

 プレシアは、答えにくそうに口を閉じ、恥ずかしさで頬を赤くさせている。ただでさえ、隼樹よりもかなり年上なので、答えに戸惑っているのだろう。
 しかし、いつまでも黙っている訳にもいかないので、プレシアは諦めたように答えた。

「よ……四十●歳よ……」
「よ、四十!?」

 衝撃の事実を聞き、隼樹は驚愕の声を上げて、後ずさった。
 自分より年上である事は、容易に分かっていた。しかし、四十と言う数字は予想外だった。隼樹の予想では、三十中頃と睨んでいた。若いトップモデルも驚きの美貌のスタイルを誇り、温かみがありながらも凛々しい顔は、年齢の衰えが感じられず、明らかに実年齢よりも若く見られる。
 失礼と分かっていながら、隼樹は震える指でプレシアを指差した。

「マ、マジですか……!? マジで四十代なんですか?」
「ええ、そうよ」
「嘘だっ!」
「ええっ!?」

 『ひ●らし』の●ナの如き大声を上げた隼樹に、プレシアと居間に居る母親が驚いた。
 二人の驚きを他所に、隼樹は続けた。

「いやいやいや、おかしい! 絶対おかしい! だって、どう見てもプレシアさん、三十代前半にしか見えませんよ! あれ? 俺の目がおかしいのかな?」

 頭を抱える隼樹の前で、動揺しながらもプレシアは少し嬉しかった。
 隼樹の目には、実年齢より若く見られてるようだ。若く見られると言うのは、女性共通の喜びと言えるだろう。プレシアも例外では無く、嬉しい気持ちを抱いていた。

「そ、そう……。そう思っていてくれて、嬉しいわ」

 嬉しそうにプレシアは、調理を再開した。
 彼女の横顔を見て、隼樹はドキドキしていた。
 ──マジ、ビックリした~! ええ? マジでプレシアさん、四十代中頃なの? マジでか? どう見ても実年齢より若く見えるんだけど……コレも、魔法の力なのか?
 魔法の効力の可能性を疑ってしまう程に、プレシアの年齢の件は衝撃を受けたようだ。
 ──まあ、プレシアさんが何歳だろうと、俺はプレシアさんが好きだけどね。あれ? 俺、熟女好き?
 自分のストライクゾーンは、思ってるよりも広いのかな、と隼樹は思った。
 その後に食べたプレシアの料理は、とても美味しかったそうな。


     *


 東京某所。
 沢山の人が行き交う街中に、一人の女性が立っていた。

「こ、これは一体……?」

 彼女は困惑していた。
 自分が、存在している事が不思議だった。
 何故なら、彼女は『死んだハズ』なのだから。
 彼女は、長い銀髪に紅い瞳を有していた。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。