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隼樹「前回までのあらすじ。部屋で寝ていたら、どえらい事になってしまった」
平凡世界編
第1話:共闘
 謎の美女と可愛い女の子が、突然自分の部屋に現れたらどうすればよいのか隼樹は悩んでいた。
 目の前に見知らぬ美女が現れるなど、まるで漫画のような展開だった。非常識な事態に、隼樹の脳はパンク寸前になり、まともな思考が出来ずにいた。その謎の美女──プレシアと体が密着している事も、隼樹の冷静さを失わせていた。今まで中学のフォークダンス以外に、女性の手を握った事も無い童貞野郎な隼樹にとって、プレシアが体の上に倒れてる状態は信じられない光景だった。緊張と興奮が高まり、体温が上昇して顔が赤くなる。
 プレシアは、隼樹の上で室内を見回す。彼女も自分の置かれた状況を整理し、考えているようだ。
 その時、プレシアはベッドの上にあるアリシアの入った生体ポットを見つけた。

「アリシア!」

 プレシアはすぐさま立ち上がり、生体ポットに駆け寄った。
 アリシア。それが、あの女の子の名前のようだ。ようやく体を起こした隼樹は、そう考えた。プレシアが離れた事で、少し気分が落ち着き、冷静になる。
 プレシアは、娘に向けていた顔を隼樹に向けた。その目はとても鋭く、ただならぬ威圧感を漂わせている。
 いきなり睨まれた隼樹は、ビビって体が小さく跳ねた。

「貴方……アリシアに手を出してないわよね?」

 隼樹に問い掛けるプレシアの目には、敵意と疑念が宿っている。
 臆病な性格の隼樹は、プレシアの目と雰囲気で悟った。
 ──嘘をついたら殺される。
 隼樹は、プレシアの問いに正直に答える事を決めた。元々何もしていないし、やましい事がないなら素直に正直に話す方がいい。

「な、何にもやってません。本当です」

 怯えながらも、隼樹は正直に答えた。
 プレシアはしばらく隼樹を睨んでいたが、嘘を言っていないと判断したのか、敵意と威圧感を少し消した。

「次の質問よ。此処は何処?」
「え?」
「此処は何処なのかって、聞いてるのよ」
「は、はい! あの……此処は夏木市です」
「夏木市?」

 隼樹が地名を教えると、プレシアは片眉を上げた。地球の海鳴市と似た地名からして、プレシアは此処が地球だと推測する。

「貴方、海鳴市という街を知ってる?」
「海鳴市? い、いえ、聞いたこと無いです」

 海鳴市を知らない。という事は、此処は自分が知っている地球とは別の地球である可能性があるとプレシアは考えた。

「貴方、時空管理局を知ってるかしら?」
「時空管理局? え? 警察か何かの組織、ですか?」

 戸惑いの表情を浮かべる隼樹を見て、この地球は管理外世界であると確信するプレシア。管理外世界ならば、おそらく魔法や魔導師も存在しないだろう。
 隼樹に質問して情報を引き出した結果、自分とアリシアは9個のジュエルシードの暴走で、別の世界へ辿り着いたと結論を出した。
 状況を把握したプレシアは、浮かない表情をしていた。アリシアを蘇らせる為にアルハザードを目指し、虚数空間に身を落としたのに、辿り着いたのは魔法文明が存在しない世界だった。結局、全て無駄となってしまった。

「あ、あの……」

 気を沈めてるプレシアに、隼樹が恐る恐る声をかけた。
 プレシアは顔を上げ、疲れきった顔で隼樹を見る。

「だ、大丈夫ですか?」
「……ええ、大丈夫よ。だから放っておいて」

 突き放すように言い、プレシアはアリシアに近寄った。
 ソッと手を生体ポットに触れ、いとおしそうにアリシアを見つめる。
 ──もう、終わり。何もかも終わってしまった。
 無力感と激しい悔しさと悲しみが込み上げてきて、プレシアの目から自然と涙が流れ出た。
 プレシアの背中から伝わってくる悲しみを感じ、隼樹は黙って二人を見つめていた。
 ふと隼樹は、視線を落として“ある物”を見つけた。
 床に転がってるジュエルシードだ。
 隼樹はジュエルシードを拾うと、プレシアの背中に顔を戻した。

「あ、あの……コレ、貴女のですか?」
「え?」

 声をかけられたプレシアは、振り返った。隼樹の手にあるジュエルシードを、興味無さげに見る。

「……いいわ。貴方にあげる」
「え?」
「私には、もう必要無いわ。そんなガラクタ……」

 すぐにプレシアは、アリシアに顔を戻す。
 隼樹は戸惑いながらも、ジュエルシードをポケットの中にしまった。売ったらいくら位になるかなと、下心を考えながら。
 それでも隼樹は、プレシア達の事が気になった。第一、このまま部屋に居られたら寝る事も出来ない。
 妙な格好をしているし、何か訳ありのようなのは何となく分かる。とりあえず警察に連絡しようかと考えたが、すぐにその案は却下した。上手く事情を説明出来る自信は無いし、下手をしたら婦女監禁等の犯人として疑われる可能性もある。一言で言うなら、面倒な事になる。そうなると家族にも事情を話す必要があるので、実に面倒だ。面倒事が嫌いな隼樹は、警察への通報をやめた。
 さてどうするかと、隼樹が悩んでる時だった。
 突然、外から大きな音が聞こえ、同時に家に震動が襲って揺れた。

「地震?」

 部屋を見回し、揺れる棚を見て隼樹が呟く。
 するとプレシアは、何かを感じて表情を険しくさせた。血相を変えて急に走り出し、部屋の窓を開けて外を見る。
 外に居るモノを見て、プレシアは顔を歪めた。

「ど、どうしたんですか?」

 隼樹もプレシアの隣に寄ると、窓の外に目を向けた。
 ソコには、信じられないモノが居た。
 巨大な黒い塊で、何本か黒い触手のようなモノが生えている。目と思われる二つの赤い穴があり、両目の間に青い宝石らしき物が埋め込まれてある。まるで漫画やアニメに出てくるモンスターのようだった。

「……何なんだよ、アレ?」

 驚く隼樹の声は、若干震えていた。

「ジュエルシードの思念体……他のジュエルシードも、この世界に散らばっていたのね」
「ジュエルシード? 思念体?」

 聞き慣れない単語に、隼樹は戸惑う事しか出来ない。訳の解らない事態の連続で、頭がどうにかなりそうだった。
 プレシアは、振り返ってアリシアを見た。アレを放っておけば、アリシアにも被害が及ぶと判断したプレシアは、闘う事を決めた。
 自分のデバイスとなる杖を出し、足元に紫色の魔法陣を展開させる。

「はあ!?」

 またも理解不能な現状を目にして、隼樹は目を見開く。
 驚く隼樹に構わず、プレシアは結界を発動させる。半球状のドームのような物が、隼樹の家の敷地を覆った。こうする事で、外の人間に騒ぎを察知される事は無くなる。
 プレシアの横で隼樹は、まるで夢を見てるようだと思っていた。

「あ、貴女……何なんですか?」
「私は魔導師よ」
「魔導師?」
「貴方は此処でジッとしてなさい。いいわね」

 隼樹の問いには答え、プレシアは窓から飛び出て黒い怪物に向かっていった。
 外へ飛び出たプレシアの背中を見つめ、隼樹は思わず笑みを浮かべた。

「魔導師……怪物……ヤベーな、オイ」

 恐怖で足を震わせながらも、心のどこかで隼樹はワクワクしていた。
 外に出たプレシアは、黒い怪物と対峙していた。
 体は病を患ったままなので、勝負を長引かせるつもりはない。強力な魔法を畳み掛け、一気に勝負を終わらせる。
 杖を構え、魔法を放とうと魔法陣を展開した時、黒い怪物が複数の触手を伸ばしてプレシアに攻撃を仕掛ける。プレシアは表情を忌々しげに顔を歪め、手を前にかざして障壁を展開する。先が槍のよいに鋭く尖った複数の触手とプレシアの障壁が、火花を散らしてぶつかった。更に黒い怪物は、畳み掛けるように両目から赤い閃光を放つ。障壁に更なる負荷がかかり、小さな亀裂が走る。プレシアは歯噛みした。普段のプレシアならば、この程度の攻撃など容易に防ぎきれるのだが、病に蝕まれて弱まった現状では厳しいものだった。
 黒い怪物は、雄叫びを上げると額にジュエルシードが他に二つ現れた。この黒い怪物、計三つのジュエルシードの思念体のようだ。更に魔力を増幅させて、黒い怪物は攻撃を続ける。
 プレシアは何とか障壁をもたせようと魔力を込めるが、そう長くは耐えられそうにない。

「ゲホッゲホッ!」

 しかも、こんな時に喀血が起きてしまった。口から血を吐き出し、地面に血痕を作る。
 好機とばかりに、黒い怪物は更に触手の数を増やして攻撃を仕掛けた。障壁はガラスのように、脆く砕け散った。
 そしてプレシアを狙い、槍のような触手を放つ。
 触手がプレシアに届く寸前、声が夜空の下で響いた。

「何だアレェェェェェ!」

 玄関から現れた隼樹が、あらぬ方角を指差す。
 黒い怪物は思わず触手の動きを止め、隼樹が指差す方を見る。が、ソコには何もいない。

「馬鹿が見るゥゥゥゥ!」

 黒い怪物が余所見をした隙に、隼樹は走ってプレシアの元まで辿り着く。

「貴方……!」
「早く!」

 驚くプレシアの手を掴み、急いで走り出す。
 騙されたと気付いた黒い怪物は、振り返って触手による攻撃を繰り出す。しかし狙いは外れ、隼樹とプレシアの後ろで触手は地面に突き刺さる。
 途中で隼樹は、震える足でバランスを崩してしまう。

「ヤバッ!」

 眼鏡の奥の目が大きく見開き、心臓が跳ね上がった。
 黒い怪物が触手を放つと、プレシアが再び障壁を張って防御する。

「どうして降りてきたの!?」

 隼樹に背を向けたまま、プレシアは声を荒げた。

「あ、いや……何か、放っておけなくて……」

 隼樹の答えを聞いて、プレシアは少し呆れた。そんなハッキリしない理由で助けに入るなど、馬鹿のする事だ。

「あ、あの……アイツって、その……何か弱点とかないんですか?」
「……あの額にある石。あそこを集中攻撃すれば、アレを鎮圧する事が出来るわ」

 しかし、ソレが出来ない。プレシアは続ける。

「……けど無理ね。私の体は病でボロボロで、アレの攻撃を防ぐので精一杯……」

 今のプレシアからは、いつもの強気な態度が見られない。やはり、アリシア蘇生に失敗した事が大きな原因となっているのだろう。
 一方、隼樹は黒い怪物の倒し方を聞き、プレシアの魔法を見て考えていた。非常識な場面を目にし、混乱しかけてる頭を働かせ、考える。考える。考える。
 こんな非常識な闘い、漫画やアニメで何度も見てきた。その中から、今の闘いで一番役に立ちそうな策を探す。
 そして隼樹の頭の中で、一つの作戦が浮かんだ。

「……勝てる」
「え?」

 隼樹の呟きを聞いて、プレシアは訝る。

「俺が囮になります。その隙に貴女は、その、妙な力で怪物を倒して下さい」
「……何を言ってるの? どうして、そこまで私を……貴方、怖くないの?」

 プレシアには理解出来なかった。見ず知らずの者を助ける為に囮になるなど、普通なら出来ない。しかも相手は人間ではなく、怪物。

「確かに、怖いですよ。けど……けど、貴女を放っておけなくて……」

 隼樹の口から、前に言ったのと同じ答えが返ってきた。
 プレシアが視線を落とすと、震えてる隼樹の足が目に入った。明らかに隼樹は怖がっている。それでも隼樹は、プレシアを助けようとしているのだ。

「……プレシアよ」
「え?」
「プレシア・テスタロッサ。それが私の名前よ」

 プレシアは自分の名前を隼樹に教えた。
 何故だろう。信じてみたくなったのだ。アリシアが死んでから、他人を信じるなんて事しなかった。けど、一度だけ、目の前の男を信じてみようと思った。

「囮、頼んだわよ」
「は、はい!」

 プレシアがの言葉に、隼樹は嬉しそうに笑った。
 そうと決まれば、早速行動開始だ。
 隼樹は震える足を立たせ、障壁の外へと走り出す。両腕を振り、地を蹴り、黒い怪物に向かって走る。
 近づいてくる隼樹に気付いて、黒い怪物は三本の触手で隼樹を狙う。すぐに隼樹は足でブレーキをかけ、別方向へ走ろうとした。が、運悪く滑ってその場で転んでしまう。絶体絶命のピンチかと思われたが、結果的に、これが救いとなった。隼樹が転けて狙いが外れ、三本の触手は地面に刺さったのだ。
 顔の横ギリギリで地面に刺さった触手を見て、隼樹の顔は一瞬で青ざめた。
 黒い怪物が、隼樹にトドメを刺そうと触手を出した時だった。
 淡い紫色のリングが、黒い怪物の体を拘束した。

「っ!?」

 黒い怪物は、驚いて赤い目を丸くする。リングはキツくガッチリと黒い怪物を拘束していた。

「これで終わりよ」

 黒い怪物の目の前に、プレシアの姿があった。足元に巨大な紫色の魔法陣を展開させ、杖を黒い怪物に向けて構えている。隼樹が黒い怪物の注意を引き付けてる隙に、魔力を溜め、攻撃魔法の準備をしていたのだ。
 プレシアはカッと目を見開き、魔力を解放して強大な紫色の雷を放つ。夜を紫色に照らす雷は、黒い怪物の額にあるジュエルシードに命中した。バチバチと激しい音を立て、強い閃光によって隼樹の視界を奪う。
 光が収まり、隼樹はゆっくりと目を開けた。目の前には、黒い体から黒い煙を立ち上らせる怪物の姿があった。口と思われる大きな穴からも煙を吐き、力なく地面に倒れた。

「や……やった?」

 隼樹が呟いた後、黒い怪物の体が消滅し、跡には三つのジュエルシードだけが残った。
 すると、後ろからプレシアが歩いてきた。

「プ、プレシアさん。あの、コレ、もう大丈夫なんですか?」
「ええ。もう大丈夫よ」

 プレシアは屈んで、三つのジュエルシードを拾った。
 何か思い詰めた顔で、プレシアはジュエルシードを見つめる。
 その横顔を見た隼樹は、意を決して口を開いた。

「あの、プレシアさん」
「何かしら?」
「いや、あの……何か、困ってるんですか?」
「え?」

 隼樹の言葉に、プレシアは少し動揺する。

「その……力になれるか分からないですけど……話を聞くだけなら、お、俺にも出来ます」

 慣れない事で顔を赤くし、恥ずかしさで視線をあっちこっちに移す隼樹。目を合わせるなんて、恥ずかしくて出来なかった。
 そんな隼樹に呆れながらも、プレシアは少し嬉しくなった。他人とこのように接するのは、久しぶりの事だった。

「……そうね。とりあえず、家の中に入りましょう」
「は、はい。そうですね」

 結界を解き、隼樹とプレシアは家の中へと入った。
 二人の力を合わせ、何とかジュエルシードの思念体を倒す事が出来た。


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