ゼツとの死闘、ついに決着!
ナンバーズ「『ナンバーズ〜魔法が使えない男〜』始まります」
第四十話:さよなら
自分の力では、どう引っくり返ってもゼツには勝てない事を解っていた。
運動神経が良い訳でも頭が良い訳でもない、凡人凡庸非才の自分では、いくら努力したところで格上の怪物に勝つどころか、闘いになる事すら出来ない。公園での『闘いにすらならない闘い』で、隼樹は己の無力さを痛感したのである。だから隼樹は、自分の力で闘う事を諦めた。スカリエッティに頼んで、隼樹は最後にして禁断の手段に出る事を決めた。
それは、無名刀の人格の元となっている剣豪の動きを、隼樹の体にトレースする事だった。実は、コレはかなり危険な方法なのだ。人格モデルとなった剣豪の強さは、隼樹とは比べ物にならない上に、魔導師や戦闘機人の力を凌駕している。そんな強大な力は、凡人の隼樹の体には収まり切らない。身に余る扱いきれない大きな力は、必ず自身を破滅へと追い込む。まさに、諸刃の剣に等しい。超人的な強さは、強靭な肉体を以て初めて扱える代物なのだ。スカリエッティは、この肉体の崩壊による隼樹の生命の危機を恐れていた。
しかし、それでも隼樹は引かず、実力のトレースの件を頼み込んだ。結局、スカリエッティは根負けした形で、引き受けた。
そして隼樹は、己の潜在能力を引き出す以上に危険な領域に踏み込んで、ゼツに闘いを挑むのであった。
「うおおおおおおっ!」
「ふははははははっ!」
雄叫びを上げる隼樹と笑うゼツは、同時に武器を振り抜く。銀色の線と巨大な黒い塊が、二人の間で激突する。突風のような衝撃が起こり、高い音が辺りに響き渡る。
「きゃっ!?」
「っ!?」
武器のぶつかり合いで生じた音に、近くに居るドゥーエとトーレは耳を塞いだ。高い音は、耳の奥の頭の芯まで響くようだった。
互いの武器を交えて、押し合いが始まる。が、武器の大きさから徐々に隼樹が押されていく。歯を食いしばって踏ん張っていたが、刀を上に滑らせ、隼樹自身も黒棒の上に駆け上がる。力勝負を諦めて、直接ゼツを叩きに行ったのだ。頭部目掛け、隼樹は刀を振り下ろす。殺気を読み、ゼツは横に動きつつ後ろに下がり、刃を避ける。
強風を纏う黒棒が、隼樹に迫る。超人的な反応で、咄嗟に無名刀で防御する。が、武器の質量とゼツの怪力、そして空中という条件の悪さで踏ん張る事が出来ず、吹き飛ばされてしまう。衝撃を全身に受け、隼樹は壁に叩き付けられた。
「どうした? こんなものかァ!?」
狂気の笑いを上げ、ゼツが走る。
その時、頭に衝撃を受けた。
「おおおおおお!」
トーレだ。頭上から落下するように降下して、ゼツの頭に踵落としを食らわせたのだ。
続けてトーレは、最高速度の動きでゼツの前後左右から猛攻撃を仕掛ける。拳、蹴り、エネルギー刃、数々の攻撃がゼツの体に当たる。
しかし、トーレの猛攻もゼツを倒すまでには至らなかった。
「ぬううううんっ!」
肉眼でトーレの動きを捉え、黒棒を突き出す。
両腕を前で交差させ、トーレは防御の体勢で黒棒を受けた。一瞬、衝撃に意識が飛びそうになった。
「この野郎ぉぉぉぉ!」
「IS・スローターアームズ!」
右からノーヴェが、左からはセッテのブーメランブレードが飛ぶ。
ゼツは避ける素振りすら見せず、動かない。次の瞬間、ゼツは右手でノーヴェの拳を掴んで止め、左手に持ち替えた黒棒でブーメランブレードを弾いた。攻撃を同時に止められ、二人は驚愕して目を見開いた。
「ふはははははっ!」
ゼツは、ノーヴェを反対側に居るセッテに向けて放り投げる。体がぶつかり、二人はバランスを崩して床に倒れた。
巨大な黒い金棒が、二人に向かって振り下ろされようとした時だった。
瓦礫が宙を走り、ゼツの頭に当たった。
「ぬっ!」
「うおおおおおおおおっ!」
ゼツが振り向くのと同時に、隼樹が再び挑んできた。
横薙ぎに振り抜かれる黒棒を、隼樹は体を伏せて避け、一気に距離を詰める。刀を体の後ろに隠すような構えから、ゼツに向けて居合いが放たれる。神速の域に届かんばかりの剣撃は、ゼツの胸部を斬った。
しかしゼツは、傷を全く意に介さず黒棒を振るってきた。この強大な一撃をまともに受ければ、ただでは済まない。
攻撃が当たる直前、黒棒の軌道が変わり、上に向かった。
「やらせない!」
二人の間に割って入り、ギンガが黒棒を蹴り上げたのだ。
「おおおおおおおっ!」
「ぬああああああっ!」
攻撃の糸口を見つけ、隼樹は突きを繰り出す。ゼツも切り替えが早く、拳を突いた。
二人の一撃は、同時に両者に決まった。隼樹は腹に拳を受け、ゼツは左肩に刃が刺さっている。
その時、左右から挟む形で砲撃がやってきた。ディエチとウェンディの長中距離攻撃だ。二つの閃光が、ゼツの頭に命中する。ディエチの砲撃は、エネルギーの線を出来るだけ細め、範囲を狭めていた。
「やったか?」
ディエチが、一瞬気を緩めた。
だが、煙に顔が覆われているゼツの動きは止まらなった。
「ふはっ!」
煙の中から不気味な声を上げ、目の前に居る隼樹とギンガに黒棒を振るう。
低い軌道の黒棒を、隼樹とギンガは仕方なく跳躍して回避した。だが、飛行が不可能な二人にとって、宙は自由に動けない領域だった。その隙をゼツが逃すハズもなく、超重量の武器の動きとは思えない素早さで方向を切り返し、二人に向かって再度振るわれる。
しかし、ゼツの攻撃が届く事は無かった。今度は、緑色の光線が黒棒に直撃して、軌道がズレた。オットーが放ったレイストームだ。
──ヤベーな……!
闘いが続く中、無名刀は焦り始めていた。本気のゼツの強さは、予想を遥かに上回っていた。無名刀の人格剣豪の力でも、一人では辛い程だ。そんな怪物との闘いが長引けば、隼樹の体にかかる負担は重くなっていく。元々、体のキャパを超えているので、トレース自体が危険な行為なのだ。コレ以上は、内臓にも負担が蓄積していき、最悪、生命機能が停止してしまう。
早く終わらせなければ──隼樹が死ぬ。
歯を食いしばり、隼樹は必死に闘い続けていた。体中の骨が軋み、間接が悲鳴を上げる。心臓の鼓動も尋常じゃない早さで、息が苦しい。ガルマとの死闘の時と同じ位の激痛に、涙が出てくる。
だが、隼樹は手を、足を、動きを止めようとしなかった。ここで倒れたら、大事なモノを全部失ってしまう。死ぬ事は怖いが、皆を失う事の方がもっと怖かった。
ゼツの黒棒が、目前に迫る。無名刀で防ごうとした時、目の前に人影が現れた。二本の赤い刃を頭上に交差させ、上から振り下ろされる黒棒を受け止めたのはディードだった。
「隼樹兄様の道は、私達が作ります!」
衝撃の重さに、ディードの両腕は嫌な音を立てた。それでも彼女は、隼樹を前に通す為に苦痛の顔で重い一撃に耐えた。
妹が開いた道を、隼樹は真っ直ぐに突き進んだ。正直、もう体は限界だった。凡人の隼樹の体には、超人的な無名刀の人格の力は荷が重過ぎた。もう体を動かせるのは、残り十数秒と言ったところだ。
「ふははははははっ!」
素早く黒棒から右手を放し、迫りくる隼樹に伸ばす。頭を掴んで、握力で握り潰す気だ。
今からでは、急いで駆け付けても間に合わない。他のナンバーズが、悔しそうに顔を歪め、ゼツの右手が隼樹の頭を掴もうとした時だった。
突如、黒い物体が飛来して、ゼツの右手の甲に突き刺さった。瞬間、黒い物体は爆発を起こす。思わぬ奇襲と爆風に、ゼツはバランスを崩して動きが止まり、隙が出来た。
ナンバーズは、黒い物体が飛来してきた方角を見た。
隣のビルに、二つの人影があった。ビルの屋上に小型のヘリコプターが停まっており、その前にはチンクとスカリエッティの姿があった。無理を言って、隼樹が出て行った後にヘリで向かってきたのだ。
「いけェェェェェェ!」
スティンガーを手に、病み上がりの身でチンクが思いっ切り叫んだ
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」
チンクの声に応えるように、雄叫びを上げて隼樹は刀を振り抜く。乱れる銀色の線を引き、ゼツの体を斬りつける。容赦の無い、動きが止まらない猛攻を続け、相手に反撃と防御の時間と隙を与えない。
余力が残っていない今、ここで決めなければ負ける。
刀を水平に構え、
『決めろ、隼樹ィィィィィィィ!』
「おおおおおおおおおおおおお!」
最後の力を振り絞り、最後の一撃を放った。
最大の力で、最高の速さで放たれた渾身の突きは、ゼツの眉間に深く突き刺さった。刃が刺さった瞬間、ゼツの目が大きく見開かれた。黒目は上に吸い込まれていく途中で止まり、ギョロリと動いて、隼樹の姿を捉える。
「はああああああああ!」
頭を貫かれて尚、ゼツは隼樹に右手を伸ばす。
次の瞬間、ゼツの右手が、手首の先から吹き飛んだ。
「隼樹は、殺させませんわ!」
ドゥーエのピアッシングネイルが、ゼツの右手を切断したのだ。強化の効果が薄れており、ゼツが弱ってる証拠である。
しかし、それでもゼツは止まらなかった。無い手で、隼樹の顔を殴ろうとする。無い右手が隼樹の顔を捉えたと思われたが、ソレは幻だった。クアットロの能力が生み出した幻影で、本物の隼樹は幻の隣に居た。
本当に、最後のチャンス、最後の攻撃。
「ああああああああああああああ!」
握り拳を固めた右手を、隼樹は雄叫びと共にゼツの顔面にめり込ませた。
鼻が潰れる音が鳴り、ゼツの体が後ろにそれる。鼻血を噴き出し、黒棒を手放し、床に倒れた。倒れたゼツは、完全に白目を剥いていた。
ゼツは、完全に事切れていた。狂気の怪物は、遂に倒された。その死に顔は、壮絶な笑みを浮かべていた。
死闘は、終わった。
場の空気が弛緩していく中、隼樹が床に倒れた。
「隼樹!」
「隼樹兄様!」
「隼ちゃん!」
ナンバーズは慌てて駆け寄り、倒れた隼樹を囲んだ。
すぐにスカリエッティとチンクもやってきたが、隼樹の状態は酷かった。いや、酷いの一言では足りない程の惨状だった。無理な力を使った反動で、体はボロボロになっている。その影響は、内臓にも及んでいた。大きな負担の影響で、生命維持の機能が弱っていた。更には、ゼツから受けたダメージもあって衰弱していく一方で正直、手の施しようがない。
「隼樹! しっかりしろ!」
駆け付けたチンクが、肩を掴んで叫んだ。
隼樹は、まだ意識があった。しかし、声を出せる状態じゃなかった。体の機能が、徐々に麻痺していくのが解った。このままいけば、心肺機能が完全に停止して、死ぬ事も──。
返事をしたかったが、ソレが叶わぬ事と悟った隼樹は、笑うしかなかった。と言っても、ただ笑みを浮かべるだけだ。表情だけは、まだ辛うじて変えられる。
「ドクター! 何とかならないんスか!?」
「……すまないが」
ウェンディの言葉に、スカリエッティはかぶりを振った。
耳もかろうじて聞こえるが、もうすぐ彼女達の声も聞こえなくなるだろう。
「死ぬな、隼樹! そんな事は、姉が許さんぞ!」
声をかけるチンクの目には、涙が溢れていた。
──泣いてたら、折角の可愛い顔が台無しじゃん……あっ、泣かしてるの俺か……。
感覚が麻痺してるせいか、不思議と痛みは無かった。
──今思い返したら、俺、皆に迷惑しかかけてねーじゃん……。
心中で呟く隼樹の中で、今までの出来事が走馬灯のように駆け巡る。訓練中のチンクの攻撃を受けたり、ノーヴェがバケツ回しの達人になったり、ご飯作ったり、ウーノと買い物したり、ドゥーエと妖しい雰囲気の中で絡み合ったり、新しいナンバーズが出来てディードには兄様と呼ばれたり、自分を磨く為に無理矢理ナンバーズの訓練に参加させられて死にかけたり、いつの間にかハーレムになったり、色々あったが今となっては全部良い思い出だ。
この世界に来た時、出会ったのがナンバーズで良かった。
ゼツとの闘いに挑む前は、魔法が使えない自分は命張るしかないだろう、と思っていた。
しかし、今は、死ぬのが辛い。怖い。
命が惜しい。
だが、『その時』はすぐソコまで迫っていた。
「パパー!」
「隼樹!」
薄れていく意識の中で、小さな女の子と大人の女性の声が聞こえてきた。
もう殆ど聞こえないし、目も見えないが、声の主が誰なのかは解る。何故か自分の事をパパと呼ぶ少女と、妻の位置にいる女性だ。
隼樹の中で、一つの未練が生まれた。
──ウーノ、チンク、皆……もう少しだけ、皆と一緒に生きたかったな……。
そう思った隼樹は、静かに目を閉じた。
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