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第三十九話:最終戦
 隼樹は、ある病室に居た。
 医療機器に囲まれた白いベッドには、一人の少女が眠っている。右目に黒い眼帯をつけて横たわってる少女は、チンクである。ゼツとの戦闘でかなりの重体だったが、手術は何とか成功した。だが、まだ油断出来ない状態なので、集中治療室で完全安静されている。眠っているチンクは、闘う兵器では無く、一人の少女としての寝顔をしていた。
 手近な椅子に座り、隼樹はチンクの顔を見下ろす。沈黙の中、心電図の音が鳴り続ける。自分の身代りとなった少女の顔を眺め、胸の中は罪悪感で一杯になる。

「チンク……ごめん……」

 沈黙を破り、隼樹はチンクに謝った。
 その時、脳裏によぎったのは最初にこの世界にやってきた時の光景だった。突然、怪奇現象地味た事を経験し、見知らぬ場所にやってきてうろたえ、ナンバーズと言う大姉妹と出会った。

「そう言えば、初めてアジトにやってきた時、最初に優しくしてくれたのは、チンクだったな。あの時は、スゲー嬉しかったよ。何せ、知らない場所どころか世界が違うからな……知り合いが一人も居ない世界ってのは、結構怖いからさ。だから、チンクに優しくされた時は、本当にスゲー嬉しくて、安心したよ……」

 次に思い浮かぶのは、初めて街中でガルマと遭遇した時だ。

「あの時も、チンクが俺を庇って助けてくれたんだっけ……。ホント、チンクが駆け付けてくれなかったら、どうなってたか分からない……。だから、チンクが来てくれて、心底ホッとしたよ。情けないよな……女の子に助けられて、自分はロクな事してねーんだから……」

 当時の出来事を思い出して、隼樹は苦笑を漏らした。

「あ~、今思い返してみると俺、結構チンクに助けられてるなぁ……」

 そこで言葉を止めて、病室は再び沈黙に包まれる。今までの思い出を、しみじみと感じている顔で天井を見上げた。
 ナンバーズと色々騒いだり、スカリエッティを突っ込みと称して殴ったり蹴ったり、まあ、とにかく色々な事があった。元の世界に居た時では想像出来ない程、充実した毎日を過ごしてきた。まるで、夢のような時間だった。
 こんなに楽しい時間を送れたのも、みんなナンバーズのお蔭である。

「ありがとう」

 一言礼を送り、隼樹は静かに席を立った。
 退室しようと扉に向かおうとした時、動きが止まった。いや、止められた。後ろから、服を引っ張られるのだ。振り返って見ると、小さな手が隼樹の服を掴んでいた。

「隼樹……!」

 チンクだ。意識を取り戻して、隼樹の服を掴んで引き止めている。その顔は、傷の痛みでしかめていた。
 驚く隼樹を見上げて、チンクは苦しそうに言う。

「お前……死ぬ気か……?」

 傷の痛みとは別に、嫌な予感が胸中で渦巻いていた。拭いきれぬ不安が、胸を苦しめるのだ。確信にも似た予感が、チンクの中にはあった。
 隼樹は、しばし黙った。何も言葉を返さず、ジッとチンクを見下ろしている。
 数秒の沈黙の後、隼樹は口を開いた。やけに清々しい顔で。

「何言ってんの、チンク? 痛いのも怖いのも嫌いなビビりの俺が、死のうとする訳ないじゃん」

 それだけ言うと隼樹は、足を進めた。

「じゅ……隼樹……!」

 引き止めようとするが、チンクの手は簡単に放れてしまった。病み上がりのせいで、手に力が入らなかった。
 隼樹は止まらず歩き、扉を開けた。
 チンクは、必死に隼樹の背中に声を放った。

「止せ! やめろ……! 隼樹……姉や姉妹達は、誰もそんな事を望んでなどいないぞ……!」

 しかし、チンクの声を聞いても隼樹は止まらなかった。
 病室から出て行き、隼樹は扉を閉めた。


     *


「お喋りの時間は終わりだ……!」

 廃ビルの屋上に立つゼツは、ポケットから何かを取り出す。金棒のデザインをしたアクセサリーのような物で、日の光を浴びて鈍く、黒く光っている。ゼツが狂気と殺気に満ちた歪んだ笑みを浮かべ、アクセサリーが強い輝きを放つ。
 収まった光からは、黒い金棒が現れた。その大きさは身の丈程もあり、全てを圧倒する威圧感があり、使い手の『全てを破壊する』と言う概念を具現化したような武器だった。この巨大な金棒──『黒棒(こくぼう)』が、ゼツのデバイスだ。
 巨大な金棒を肩に担ぎ、ナンバーズを黒い瞳に捉える。

「楽しい殺し合いの時間だ……!」

 ゼツが声を発した直後、既にナンバーズは動いていた。
 ノーヴェとギンガの二人が、エアライナーとウイングロードを空中に敷き、背後からゼツに奇襲を仕掛ける。固有武装のガンナックルの噴射を最高出力にして、魔力をリボルバーナックルを装着してる左拳に集中させ、攻撃の威力を最大にする。二人の同時攻撃が、ゼツの背中目掛けて放たれる。
 しかし、突然目の前に黒い壁が現れ、攻撃を防がれてしまった。攻撃を遮ったのは、ゼツの黒棒だった。まるで後ろに目があるかのように、二人の気配を察して黒棒を背後に回したのだ。
 振り返りもせずに奇襲を防がれ、ノーヴェとギンガは驚愕する。
 だが、ナンバーズの攻撃はまだ終わらない。ディードがツインブレイズを構え、無防備となっている真正面から攻めに掛かる。するとゼツは、ノーヴェとギンガの攻撃を受け止めてる黒棒をそのまま振り抜く。

「うああああああ!」
「きゃあああああ!」

 強烈な風圧によって、ノーヴェとギンガは吹き飛ばされてしまう。
 ゼツは勢いを殺さず、振り抜いた黒棒でディードに痛烈な打撃を与える。

「ぐあっ!」

 間一髪でツインブレイズで防御するが、その上からでも大きな衝撃が体全体に走り、隣のビルに叩きつけられる。
 入れ替わるように、今度はセッテが動く。二本のブーメランブレードを放り、中心の球体が光を放ち、無数のブーメランを周囲に生み出す。
 激しい戦闘が繰り広げられてる屋上の隅に、ヴィヴィオの姿があった。怯えるヴィヴィオの足下に波紋が生じ、セインが現れた。

「ヴィヴィオ!」
「セインお姉さん!」

 助けに来たセインの姿を認め、ヴィヴィオの表情が明るくなった。

「今助けるからな!」

 セインは、縛られてるヴィヴィオを抱きかかえ、ディープダイバーで硬い床の中に沈んだ。ヴィヴィオを無事救出したセインは、ディープダイバーの能力で廃ビルの中を通り、隣の廃ビルに飛び移った。

「到着!」

 セインは、見事な着地をした。
 二人が着いた部屋には、ウーノが居た。

「ヴィヴィオ!」
「ママ!」

 大好きな母親と再会して、ヴィヴィオは抱きついた。
 ウーノも、我が子を愛おしそうに抱く。

「ヴィヴィオ……無事でよかったわ……!」
「ママ……!」

 嬉しさが、涙となって流れ出る。いつも冷静なウーノも、娘の無事を確認出来て感情を抑えきれなかった。
 親子が再会を果たしている一方で、闘いは続いていた。
 周囲をセッテのブーメランで囲まれても、ゼツは何ら恐れも慌てた様子も無い。寧ろ、不気味な笑顔からは楽しんでさえいるように見える。直にゼツを見て危険と判断して、セッテは容赦無く大量のブーメランの攻撃を放つ。同時に、別方向からも攻撃が来た。隣の廃ビルに居るウェンディが、大量のスフィアを撃ち、空中に佇むトーレはインパルスブレードを振るって飛ぶ斬撃を放つ。三人の一斉射撃が、轟音と共にゼツに降り注ぎ、直撃する。衝撃で廃ビルが揺れ、屋上には煙が立ち込める。
 ナンバーズは、油断無く煙を見据える。
 そして、晴れた煙の中から、ゼツの姿が現れた。しかも、あれだけの攻撃を受けてかすり傷しか受けていない。健在だった。
 悠然と立っているゼツを見下ろし、トーレは顔を険しくさせた。

「くっ……化け物め……!」

 今の攻防で、トーレはゼツの強さを理解した。
 ゼツは、肉体を強化しているだけなのだ。ソレ以外の魔法は、何もしていない。あの黒棒と言うデバイスも、威力を高めるだけで特性など何も無い。ただ純粋に、“力”によって相手を潰す事に特化しているのだ。
 余計なモノが何も無い、一つの事に集中して磨かれ、特化された力は強力だ。
 力任せにゼツは、ナンバーズの攻撃をねじ伏せていく。そんなゼツの体が、緑色のリングで拘束された。オットーのレイストームが、ゼツの体を縛り、動きを封じたのだ。
 そして、身動きが取れないゼツに狙いを定める者がいた。巨大な重狙撃砲のイノーメスカノンを構えたディエチが、エネルギーを溜めている。遮蔽物も無く、ヴィヴィオもセインが救出し、狙撃の障害になるモノは何も無い絶好の状態だった。

「発射!」

 ゼツに狙いを定め、ディエチはフルパワーの砲撃を放った。巨大な閃光が宙を走り、真っ直ぐゼツに迫る。
 砲撃が迫る中、ゼツは魔力を高めて全身に巡らせ、肉体を更に強化する。常軌を逸した力業で、レイストームの拘束を無理矢理破る。ゼツは黒棒を振るい、その馬鹿力でイノーメスカノンの砲撃を弾こうとする。
 黒棒が、砲撃と接触する寸前、

「バラけろ!」

 ディエチの意思で、砲撃は四方八方に拡散した。
 ゼツが振るった黒棒は、完全に空振りした。一瞬、驚きの表情を見えるゼツ。だが、気付いた時には遅く、バラけた砲撃はゼツに降り注いだ。砲弾の雨の威力に耐えられず、屋上は音を立てて崩れた。吹き飛んだ屋上には、ポッカリと穴が空いて下の階が見えるようになった。
 空に佇むトーレは、煙に包まれた室内を見下ろす。
 煙の中から、瓦礫が崩れる音が聞こえた。

「ふはははは! 砲撃が途中でバラけるとは、流石の俺も驚いたぞ!」
「なっ!?」

 笑い声を上げるゼツに、砲撃によるダメージは殆ど無かった。渾身の一撃が通じなかった事に、ディエチは動揺を隠せなかった。

「この野郎ォォォォ!」
「はあああああああ!」

 先ほど吹き飛ばされたノーヴェとギンガが、戦場に戻ってきた。

「ライドインパルス!」

 トーレもISを発動させ、ノーヴェ達に加勢してゼツに挑む。
 雪崩のような怒涛の攻撃を、ゼツに繰り出す。しかし、三対一であるにも関わらず、戦況は互角だった。以前、隼樹は超重量の武器は大振りになって隙が大きいと言ったが、ゼツは違った。確かに大振りだが、その分、攻撃の時に生じる風圧が凄まじいのだ。強力な風圧のせいで、動きが鈍り、上手く攻撃が決まらないのだ。圧倒的なまでの力とデバイスの巨大さがあってこその芸当だった。
 三対一での苦戦に、トーレ達は苦虫を噛みつぶす。

「ふっはははははは! どうしたどうした? もっと攻めてこいっ!」

 ゼツは強大な怪力で黒棒を振り回し、台風のような狂風を巻き起こして三人と闘う。風は、周囲の瓦礫を吹き飛ばし、三人の動きを鈍くする。自由に動けるのは、風の中心に立つゼツだけだ。

「それじゃあ、こんなのはどうかしら~?」

 突如響いた声の直後、ゼツに挑むトーレ達の姿が増えた。
 クアットロの幻術だ。闘う相手の数を増やして、かく乱する作戦に出たのだ。

「おほっ!?」

 幻覚を目にして、ゼツは驚きの笑いを上げた。
 トーレ達は、幻覚を利用して多方向からの攻撃を仕掛ける。
 ゼツの目に映る沢山のノーヴェが、ガンナックルを巨大化させる。噴射口からエネルギーを噴き出し、勢いをつける。

「ギガントナックルゥゥゥゥゥ!」

 気合いと共に、ノーヴェは巨人のような巨大な拳を突き出す。
 ゼツは黒棒を振るい、目の前のノーヴェ達を薙ぎ払う。が、ソレ等は全て幻覚で、かき消えただけだった。
 その直後、後頭部と背中に強い衝撃を受けた。

「後ろだ、バーカ!」

 拳を突き出した本物のノーヴェが、ゼツを睨む。

「ナックルバンカー!」

 ノーヴェの一撃に続き、ギンガも打撃魔法をゼツに打つ。狙い澄まされた鋭い突きは、見事に鳩尾にめり込んだ。

「ハアッ!」

 トーレもインパルスブレードを巨大化させ、鋭い刃で斬りかかる。刃は、硬質なゼツの肉を斬り、鮮血を飛び散らせた。
 すると、更なる追撃がゼツを襲った。トーレの横を二本の赤い線が飛び、ゼツの体に突き刺さった。先ほどゼツに吹き飛ばされたディードが、ツインブレイズの刃を伸ばして突きを繰り出したのだ。
 クアットロの幻術に乗じて、四人の攻撃が決まった。
 だが、

「ふふふ……! いいねぇ……なかなか良いコンビネーションだ!」

 ゼツは笑っていた。
 攻撃を受け、血を流しながら笑うゼツに、一同は悪寒を感じた。

「だが、まだだ……まだ力が足りない!」

 ゼツは、攻撃を受けたままの体で、黒棒を振るった。鬼神の如き力で振るわれた黒棒は、周囲を巻き込む強風を以てナンバーズを薙ぎ払う。

「うあああああああああああ!」

 ゼツの一撃を受け、ナンバーズは壁に叩きつけられる。
 ただ一人、トーレだけは堪え、受身をとって体勢を立て直した。
 トーレの反応に、ゼツは感心したように笑う。

「ほお。流石は、ナンバーズ最強と言ったところか」

 体の傷など意に介した様子も無く、ゼツは狂気に染まった笑みを浮かべている。
 完全なる戦闘狂。ソレがゼツの正体である。
 今までに出会った事が無いタイプに、トーレは生まれて初めて戦慄した。
 狂気の戦闘狂は、巨大な黒棒を担いでトーレに歩み寄っていく。
 構えるトーレとゼツの距離が縮んでいく。
 その時だった。
 肉を刺す音が、ゼツの背中から聞こえた。ゼツの動きが止まる。
 振り返ると同時に、背後から冷たい女の声がした。

「隼樹と妹を傷つけた貴方は許しませんわ!」

 殺気を含んだ目でゼツを睨むのは、ドゥーエだった。右手のピアッシングネイルの刃は、ゼツの背中に深々と突き刺さっている。シャドウクイーンの能力で、ゼツの影から奇襲を仕掛けたのだ。
 背中に傷を刃を受けたゼツは、しかし歪んだ笑みをドゥーエに向けた。

「ふははっ! いいねぇ!」
「えっ!?」

 全く怯まないゼツに、ドゥーエは顔が少し蒼くなり、動揺する。

「今の奇襲……殺気がみなぎっていて、殺す気満々だった。そういう攻撃は好きだぜ」

 ゼツは体を勢いよく回転させた。回転の力を発散出来ず、ピアッシングネイルは負担に耐えられず折れた。

「なっ!?」

 目を見開き、ドゥーエは折れたピアッシングネイルの刃を凝視する。
 動揺して隙だらけのドゥーエを狙って、ゼツは黒棒を振り上げる。

「ドゥーエ!」
「ハッ!」

 トーレの声で我に返るが、反応が遅れた。
 ゼツは、黒棒を振り下ろす。
 ドゥーエの脳裏に、自分の頭部が黒棒で押し潰される姿がよぎった。
 もう助からない、と心中で悟った時だった。
 目の前まで迫っていた黒棒が、途中で静止したのだ。
 ドゥーエの目の前に、一人の男の姿があった。鈍く光る刀で、巨大な金棒を受け止めてドゥーエを護っている。
 その背中に、ドゥーエは見覚えがあった。

「隼樹っ!?」

 男の背中を見て、ドゥーエは声を上げた。

「おおっ!」

 隼樹を見て、ゼツも思わず笑った。
 皆の反応も意に介さず、隼樹は刀で黒棒を払った。
 そして、

「てぇああああああああああああ!」

 無防備となったゼツの胸部に、刀を振り下ろす。その動きは常人の域を超えた速さで、銀色の線が走った。
 走った刃は肉を斬り、真っ赤な血で染まった。
『〜魔法が使えない男〜』ラスト二話!

次回、本来この世界に存在しないハズの二人の死闘が、ついに決着!

そして物語は、ある一つの悲しい結末を迎える……。


覚醒する禁断の力

残された力を振り絞り、彼の最期の闘いが、終わりを告げる……!


第四十話:さよなら


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