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第三十八話:後悔しない為に動け
 ヴィヴィオ誘拐。
 ウーノからの連絡を受けて、ナンバーズは隊舎に緊急召集された。集まったナンバーズの中には、悔しそうに顔を歪めてる者が何人か居た。
 その中でも、ディエチは一際表情を険しくさせていた。管理局との闘いの『J・S事件』では、ゆりかごに侵入したガルマに敗れ、一緒に乗っていたヴィヴィオを護る事が出来なかった。その時の光景と悔しさが蘇り、歯を食いしばる。
 他のメンバーも、ディエチと気持ちは同じだった。ヴィヴィオや隼樹の警護を厳重にしなかった後悔と、小さな女の子一人護れなかった自分への怒りを抱いていた。
 病院から隊舎にやってきたウーノは、その場に居ながら何も出来なかった自分に対して、怒りを感じていた。今回のヴィヴィオ誘拐の件で、また隼樹が自分を責める可能性がある。ウーノの言葉で、立ち直ったように見えたのに、振り出しに戻ってしまったかもしれない。自分の不注意だと、ウーノは悔やんでも悔やみきれなかった。

「ウーノ」

 そこへ、ドゥーエが声をかけてきた。
 ウーノは、自責の念に捕われ、今にも泣きそうな顔をドゥーエに向けた。

「ドゥーエ……」
「ウーノ、今は自分を責めていても何も解決しないわ……。私達が今すべき事を、貴女は解ってるハズよ?」

 辛い気持ちは、ドゥーエも、ナンバーズ皆も一緒だった。
 しかし、だからと言って自分達がやるべき事を見失ってはいけない。ドゥーエの言葉で目が覚め、ウーノは手の甲で目に溜まってる涙を拭う。キリッと指揮官の顔になり、場に集まっているナンバーズを見回す。

「皆……私の不注意でこんな事態になってしまって、ごめんなさい。でも今は、責任の話よりも一刻も早くヴィヴィオを助け出す事が先決……! だから皆、私に力を貸して頂戴……!」

 すると、ナンバーズはすぐに答えた。

「当たり前だ。それに、お前一人の責任ではない。お前の責任は、我等姉妹全員の責任だからな!」

 力強く答えたのは、前線指揮官のトーレだ。

「私達の身内に手を出したらどうなるか、思い知らせてあましょう」

 口元に指を当て、クアットロがサディスティックな笑みを浮かべる。

「あの場に居たあたしにも責任があるし、絶対にヴィヴィオを取り戻してやる!」

 拳を握り、セインが声を上げた。

「速やかに敵を排除しましょう」

 無表情に、しかし怒りの感情がこもった声で、セッテが言った。

「隼樹とヴィヴィオは、僕達の家族だからね。二人を傷つけるゼツは許さない」

 オットーも怒りを露にしている。

「隼樹やチンク姉を傷つけやがって……! そんなに殺し合いが好きなら、あたしの手でぶっ殺してやるよ!」

 殺気と怒気を混ぜた異様な気を放ち、ノーヴェは声を荒げた。

「今度こそ、私達の手で大切なモノを助け出す!」

 声こそ荒げないが、ディエチも静かな怒りを燃やす。

「殺すってのは穏やかじゃないっスけど、か~な~り痛い目に遭わせるっスよ!」

 ライディングボードを構え、ウェンディはやる気を表す。

「隼樹兄様を追い詰め、ヴィヴィオを攫ったゼツは滅殺します!」

 ヤンデレモードになり、ディードは光の無い黒目に変わる。

「ナンバーズの一員として、私も闘います! ゼツを許す訳にはいきません!」

 強い正義感を胸に、ギンガが声を上げた。
 頼もしい妹達を見回し、ドゥーエが笑みを浮かべて言った。

「必ず、ヴィヴィオを連れて帰りましょう」
「ええ」

 頷くウーノの顔には、笑みが浮かんでいた。
 頼もしい妹達の声を聞いて、気分が高揚してきた。

「ナンバーズ、全員出動!」

 ナンバーズは、ゼツが残した紙に記されている場所に向かった。


     *


 隼樹は病室に居た。
 ヴィヴィオがさらわれた後、隼樹も隊舎に向かおうとした。が、ウーノに止められてしまい、仕方なく病室に残った。
 一人病室のベッドで寝てる隼樹は、言い様の無い無力感にとらわれていた。ゼツが残した紙を持っていたウーノは、おそらくギンガを含めたナンバーズのメンバーを集めて、ヴィヴィオ救出に動き出しているだろう。
 それなのに、自分は何も出来ず、ベッドの上で寝ている。理屈でなく、男として情けないと思った。
 相棒の無名刀は、沈黙を守っている。
 そんな病室に、一人の来訪者が現れた。

「やあ、見舞いに来たよ」

 今日も胡散臭い笑顔を浮かべた、スカリエッティだ。片手には、果物の入った籠がある。
 隼樹は、病室に入ってきたスカリエッティに一度顔を向けるも、すぐに天井に戻した。
 予想通りの反応に、スカリエッティは肩を竦めて近づき、席に座る。見舞いの籠を近くのテーブルに置き、口を開いた。

「今、娘達がヴィヴィオ救出の為に、ゼツの所へ向かっている」

 特別隠す事でも無いし、隼樹なら察しているだろうと考え、スカリエッティはナンバーズの動きを話した。
 天井を見つめたまま、隼樹は沈黙していた。眉根を寄せた苦渋の顔で、ジッと睨むように天井の一点を見つめている。

「すまなかったね」

 スカリエッティは、頭を下げた。
 珍しい光景だった。あのスカリエッティが、誰かに頭を下げるなど今まで一度も無かった。彼をよく知るナンバーズが居合わせていたら、驚いていただろう。
 そのスカリエッティが、隼樹に頭を下げているのだ。

「今回の責任は、私にある。キミとヴィヴィオの警護を、もっと厳重にしておくべきだった」

 初めてスカリエッティが、自分のミスを悔いている。

「実は、拘置所に入れられていた時に、たまたま向かいの独房にガルマが入っていてね。短い会話しか交わさなかったが、気の合う友人みたいな感覚を感じたよ。キミと似たような感覚だった。彼から、キミと殺し合いをする為ならゼツは何でもする、と忠告を受けていたにも関わらず、このザマさ……。ガルマを失ってしまい、キミやチンクを傷つけ、ヴィヴィオまでさらわれた……。
 本当に、すまなかった」

 スカリエッティは心からの謝罪を、隼樹にした。
 拘置所で出会い、友人に似た関係になったガルマを殺され、スカリエッティは生まれて初めて『辛い感情』を味わった。同時に、隼樹を護れなかった責任を感じていた。人生で初めて得た友人を失い、傷付けられ、己の不甲斐なさを痛感しているのだ。
 スカリエッティの謝罪が終わり、また病室は沈黙に包まれた。
 隼樹は何も答えず、険しい表情で何か思案するように、黙り込んでいる。
 時間にして、一分か二分くらいだったが、部屋にいる二人には長く感じた。

「スカリエッティ……」

 沈黙を破ったのは、隼樹だった。上体を起こして、スカリエッティに体を向ける。

「一つだけ、頼みがあるんです……」
「何だね?」

 隼樹は、スカリエッティに“ある事”を頼んだ。内容を聞いたスカリエッティは、珍しく難しい顔で悩んだ。

「悪いが、それは出来ない」

 スカリエッティは、頼みを断った。
 頼まれた内容は、出来ない事は無かった。実際、やろうと思えば、すぐにでも作業に取り掛かれる。だが、スカリエッティは受けようとは思わなかった。技術的にではなく、心情的に出来ないのだ。

「自分の言っている事が、解っているのかい? そんな事をすれば、キミもただては済まないんだよ?」
「それでも、頼みます……! お願いします……! 頼むよぉ……!」

 今度は隼樹が頭を下げ、懇願する。
 宥めるように、スカリエッティが言う。

「隼樹……私は、友人を一人失っている。だから、もう一人の……最初の友人であるキミまで、死なせる訳にはいかないんだよ」

 初めて出来た友人を護りたい、という“スカリエッティらしくない”感情が、確かに言葉にこもっていた。
 しかし、ソレにも負けない位に隼樹が声を上げた。

「頼むよ……! ここで何もしなかったら……何も出来なかったら……俺、一生自分の事、許せねぇよぉ……! 俺のせいで、ヴィヴィオがさらわれて……ナンバーズの皆だけ闘って……自分が情けねぇよぉ……! いっそ殺してぇよぉ……!
 けど、ウーノに言われたから、ソレはしねぇ……! しねぇけど……俺だけ何もしないなんて、耐えられないんだよっ……!」

 途中から嗚咽気味になり、隼樹は肩を震わせた。
 ウーノの優しさで立ち直った直後という最悪なタイミングで、しかも目の前でヴィヴィオをさらわれてしまった。自責の念は更に強くなり、自分なりのケジメをつけようとしているのだ。
 隼樹の必死で悲痛な訴えに、スカリエッティは僅かに当惑する。
 そこへ、

『スカリエッティ』

 今まで事の成り行きを静観していた無名刀が、口を挟んだ。

『そいつの頼み、聞いてやってくれねぇか?』

 普段のダルい声だが、普段とは違う重みが感じられた。

『ソイツは馬鹿で馬鹿で、どうしようもねぇ馬鹿だけどよ……ナンバーズの姉ちゃん達と同じくらい、ヴィヴィオを取り戻そうって気持ちがあんだよ。
 それによぉ……このままじゃ、コイツ一生自分を責め続けるぜ? 結構辛いもんだぜ、自分を許せないって。だから頼む。この馬鹿の一生の頼み──聞いてやってくれ』

 無名刀が、相棒の為に一緒になって頼み込んだ。
 青年と固有武装の決意は固く、引く気配が全く無かった。
 スカリエッティは、大袈裟にかぶりを振った。

「……分かったよ。じゃあ、作業の為に場所を移ろうか」
「スカリエッティ……ありがとうございます!」

 頭を下げ、隼樹は涙ながらに礼を言った。


     *


 そこは、廃墟都市だった。
 以前の『J・S事件』で、ナンバーズの一部隊と機動六課のフォワード陣が激突した場所である。廃墟都市には、爆破によって窪んだ地面、崩れかけた廃ビル等、当時の闘いの爪痕があちこちに残っている。
 そんな廃墟都市の中でも、一際大きな廃ビルの屋上に人の姿があった。
 大きな瓦礫に腰を下ろした漆黒の男──ゼツと、両手両足を縛られたヴィヴィオだ。
 逃げられない状態のヴィヴィオは、怖がりながらも精一杯の勇気を振り絞って、ゼツを睨み付けていた。

「ふふふ……。そう怖い顔で睨むなよ、お嬢ちゃん。別に、お前をどうこうする気は無い」

 ヴィヴィオの睨みに、ゼツは不気味な笑いで答える。
 異様なゼツの雰囲気に、ヴィヴィオの小さな勇気が削られる。

「ヴィ……ヴィヴィオを人質にして、ナンバーズのお姉さんやパパを倒すつもり……?」
「くふふ……。分かってないなぁ、お嬢ちゃん……。そういう卑怯な手は、三下の雑魚がやる事だ……。俺は違う!」

 手に持つ時計眺め、ゼツは続ける。

「俺がお嬢ちゃんをさらったのは、奴やナンバーズの戦力を削ぐ事じゃあない……。むしろ、その逆だ。人間は、感情を爆発させた時に力を発揮する。怒りに任せてかかってきた小僧が、いい例だ。最初は大した事は無かったが、怒りに囚われた奴の攻撃は重くなっていた。
 怒りだ……! 怒りこそ、人間の内に秘めた力を発揮させる起爆剤なんだ……! それだけじゃあない。あの時、奴は俺を殺す気だった。目がいい感じに殺気に染まっていた……気に入ったよ。本気で殺しに来る相手と殺し合う……こんなに面白い事は、他には無いからなぁ……。
 ふふ、ふふふふ……くふふふふ……!」

 期待に胸を踊らせ、ゼツは歯を見せて不気味な笑いを漏らす。
 ヴィヴィオは顔は青ざめ、体は震え、思わず失禁してしまいそうだった。幼い少女にとって、ゼツは得体の知れない怪物だった。一刻も早く、一秒でも早く逃げたい衝動に駆られる。
 その時だった。

「ゼツ!」

 大きな声が、空に響いた。
 聞き覚えのある声に、ヴィヴィオは周囲を見回し、ゼツは時計をしまった。

「さあ、お喋りの時間は終わりだ」

 ゼツは立ち上がり、屋上の中央まで歩んだ。
 隣の廃ビルに目を向け、数人のナンバーズの姿を確認した。

「お姉さん!」

 ヴィヴィオもナンバーズの姿を見つけ、涙目で叫んだ。

「待ってて、ヴィヴィオ! すぐ助けるからね!」

 イノーメスカノンを携えたディエチが、声を飛ばした。

「ふふふ……楽しい時間の始まりだ……!」

 狂気に染まった目を細め、ゼツは開戦の時を告げた。


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