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第三十七話:存なくていい人間なんて居ないと思う
 隼樹が目を覚ますと、白い天井が映った。
 ここは、聖王病院の個室である。白で統一された清潔感のあるベッドの上で、隼樹は横になっていた。室内を見回すと、傍らに人の姿を見つけた。
 椅子に座って寝息を立てているのは、ウーノ、ヴィヴィオ、セインの三人だった。ヴィヴィオは、ウーノの膝にちょこんと座っている。
 寝起きでぼんやりとする頭で、どうして自分が病院で寝ていたのか考える。部屋の内装から、病院だというのは分かった。体のあちこちが痛み、自分が怪我をしている事も分かる。しかし、怪我の原因までは思い出せない。
 ふと寝ていたウーノが、目を覚ました。眠い目を擦り、起きている隼樹と目が合った。

「隼樹! 目を覚ましたのね!」
「ウーノ……。俺……何で、こんな恰好で、こんな所に……?」

 患者衣を着て、体の痛みを憶える隼樹は首を傾げる。
 ウーノは、怪訝な顔を隼樹に近付けた。

「貴方、覚えてないの?」
「いや、寝起きで頭が働かなくて……」
『ボコボコにやられてといて、暢気な奴だな、オイ』

 ウーノとの会話に、別の声が割り込んできた。
 声の出所に顔を向けると、ベッドの近くの部屋の角に、鞘に収まった一本の刀が置かれていた。隼樹が使っている固有武装の無名刀だ。

『アレだよ。昨日、公園で編み笠の化け物に襲われたんだよ』
「無名刀!」

 ぶっきらぼうな無名刀の声を止めようと、ウーノが声を上げた。
 その時、隼樹の頭が覚醒して、昨日の出来事を思い出す。公園で編み笠の男の襲撃に遭い、闘って完膚なきまでに敗れ、自分を庇ってチンクが傷ついたのだ。
 そこまで思い出し、隼樹は血相を変えてウーノの肩を乱暴に掴んだ。

「ウーノ! チンクは!? チンクは……!?」
「お、落ち着きなさい、隼樹! かなり危険な状態だったけど、手術は無事に成功したわ。今は集中治療室に居て、意識は戻ってないけど生きてるわ……!」
「そ、そうですか……」

 チンクが生きてる事を聞き、とりあえず隼樹は安心した。体から力が抜け、ウーノの肩から手を放した。
 すると、隼樹の大声で寝ていたヴィヴィオとセインが目を覚ました。

「ん……あっ、パパ!」
「隼樹! 気が付いたんだな!」

 隼樹に近寄り、二人は笑顔になる。

「パパ、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ」

 寄ってきたヴィヴィオの頭を撫で、安心させる。
 セインも安堵の溜め息をつき、落ち着いて席に座った。

「お前が無事に目を覚ましてよかったよ……。お前に何かあったら、チンク姉に会わす顔が無いからな」
「ごめん。その……心配してくれて、ありがとう」

 照れ隠しするように、隼樹は頭を掻いた。
 それから隼樹は、昨日の後の事をウーノ達に聞いた。セインからの連絡を受けたナンバーズは、公園に駆け付けて傷ついた隼樹とチンク、二人の応急処置を施しているセインの姿を見つけた。すぐに二人を聖王病院に運び、すぐにメンバーは編み笠の男の行方を追う為に行動を開始した。今も、病室に居ないドゥーエ達は編み笠の男を捜索している。
 話を聞いた後、隼樹は昨日、公園に居たもう一人の人物の事が気になった。

「ウーノ」
「何ですか?」
「ガルマは……どうなったんですか……?」

 重い口調で尋ねる隼樹の脳裏に、昨日の光景が蘇る。編み笠の男に首を折られ、グッタリと事切れたガルマの姿が──。
 ウーノは、表情を曇らせて答えた。

「トーレ達が駆け付けた時には、もう既に手遅れだったわ……。手の施しようが無かったわ……」
「そうですか……」

 分かっていた事だが、いざ事実を知らされるとショックだった。
 ガルマは、隼樹にとって初めて全力で闘った相手だった。世界もろとも大切な人達を消そうとしたり、ヴィヴィオを苦しめたガルマに、当時は強い憎しみを抱いていた。しかし、同時に自分が少し変わったキッカケとなったのも事実だった。初めて自分以外の人の為に、全力で敵に挑んでいった。その事に感謝する気持ちからか、それとも全力で戦い合った仲からか、事件後、奇妙な感情を抱いていた。友達、とは呼ばないが、ソレに近い感覚だった。スカリエッティにも抱いてる感覚と似ている。
 隼樹のとって、今ではガルマは憎い敵でも他人でも無い存在になっていた。

「俺のせいだ……」
「え?」

 ぽつりと呟き、隼樹は頭を抱えた。力無くうなだれ、小さな声を漏らす。

「俺の……俺のせいで、チンクやガルマが……」
「ちょっ……隼樹、そんな事ないだろう? 悪いのはお前じゃなくて、あの編み笠の男だろ?」
「俺のせいだよ……!」

 セインが励ますように言うが、隼樹は首を横に振るう。

「だってさぁ……あの編み笠、俺が狙いだったんだぞ? って事はだよ、チンク達は俺の巻き添えになったって事だろ? そう考えると、やっぱり俺のせいじゃん……。俺が、この世界に居なければ、そもそも編み笠に目をつけられる事も無かったし、チンクも傷つく事は無かったし、ガルマの奴が死ぬ事も無かった……」
「いや、だから、それは……」

 セインは戸惑い、言葉を詰まらせる。
 隼樹が言ってる事は、あながち間違いじゃない。隼樹がこの世界にやってきて、聖王のゆりかごでガルマと闘い、勝った事で編み笠の男に目をつけられた。その事実は変わらない。
 後悔の念、チンクを護れなかった苦しみから、隼樹はとんでもない事を口にする。

「元の世界でも、俺は何にも出来なかった……。というか、何にもしてこなかった……。役立たずで、何の為に生きてんのか、正直分かんなかった……生きてる意味が無いんじゃないかって、何度も思った……。世界が変わっても、皆に迷惑かけて……。
 俺なんて、()なければ良かったんだ……!」
「オイッ! ソレは言い過ぎだろう!」

 セインが声を上げた直後、ウーノが動いた。
 うなだれてる隼樹の顔を上げ、容赦の無い平手打ちを浴びせた。病室に、頬を叩く乾いた音が響いた。
 叩かれた隼樹は赤くなった頬を押さえ、セインとヴィヴィオは目を見開いて驚いていた。
 姉妹にも手を上げた事の無いウーノが、初めて平手打ちをしたのだ。
 険しい表情をしているウーノの顔には、明らかに怒りの色が浮かんでいた。

「隼樹……貴方が自分を責める気持ちは、痛い程分かります。ですが、だからと言って……『自分なんて在なくていい』なんて言わないで下さい……! 貴方が居なければ、貴方のアドバイスがなければ、管理局との闘いに敗れ、私達姉妹はバラバラになっていたかもしれないんですよ……! 貴方が在なければ、現在(いま)の私達は無かったかもしれないのよ……!」

 胸が締め付けられるような想いで、ウーノは語った。
 隼樹は気付いていない。自分の存在が、どれ程ウーノ達にとって救いになったのか。まさに恩人とも呼べる存在で、いくら感謝してもしたりない。だからこそ、今の隼樹の考えが許せなかったのだ。
 ウーノの言葉に胸を打たれた隼樹は、叩かれた頬を押さえて顔を伏せた。
 すると、ヴィヴィオに服を引っ張られた。

「パパ、居なくならないで……。パパが居なくなったら、ヴィヴィオ寂しいよぉ……」

 涙目のヴィヴィオは、隼樹を見上げて気持ちを伝えた。
 離さないように、服を掴んでる手に力をこめている。スカリエッティ側に捕われた時に、最初に優しく接してくれたのは隼樹だった。その後の彼のお蔭で、手荒な扱いを受けずに済み、管理局との決戦が始まるまでの間もナンバーズと共に楽しい時間を過ごせたのだ。ヴィヴィオにとっても、隼樹は恩人だった。
 二人の気持ちを受け、隼樹は思わず涙を流した。元の世界で、生きる意味や他人に必要とされた事など無かったので、二人の気持ちが凄く嬉しかったのだ。隼樹にとっても、ウーノ達と過ごしてきた時間はとても楽しく、掛け替えの無いモノだった。

「ありがとう……それと、ゴメン……」
「分かってくれればいいのよ。それに、私の方こそ叩いたりして、ごめんなさい」

 緊迫した空気が緩み、一同は微笑みを浮かべる。
 隼樹は思う。この温かみのある空間が、居心地が良い。ウーノ達だけでなく、他のナンバーズも、皆、個性的で一緒に居ると楽しい。
 だからこそ、彼女達を失いたくない。
 大好きな彼女達と、もっと一緒に居たい。
 この時間が、ずっと続いてほしいと願っていた。
 しかし、平穏な時間は一瞬にして崩壊する。
 病室に、突然黒い魔法陣が展開し、中から悪魔──編み笠の男が現れた。
 完全に不意を衝かれた形になり、ウーノ達が反応する前に、隼樹の前に居たヴィヴィオを掴んだ。

「ヴィヴィオ!」
「パパ!」

 衝撃から我に返った隼樹は、咄嗟に手を伸ばし、ヴィヴィオも小さな手を伸ばす。
 だが、あと数センチというところで、引き離されてしまった。

「フハハハハハハハハッ!」

 笑い声を上げ、編み笠の男は窓ガラスを割り、病院の外に出た。

「ヴィヴィオォォォ!」

 隼樹達は、窓まで駆け寄り、編み笠に抱えられてるヴィヴィオに声をかけた。
 運が悪い事に、ウーノ達に飛行能力は無い。空を飛べる編み笠の男から、ヴィヴィオを救い出す手段は無かった。
 慌てふためく一同を見て、編み笠の男は大声で言った。

「小僧! どうやらこの聖王の小娘(ガキ)、お前の子供のようだな! 随分と好かれてるじゃないかぁ! フハハハハッ!」
「テメェ……! ヴィヴィオを返せェェェ!」

 不気味な笑顔で見下ろす編み笠の男に、隼樹は怒りの形相で叫んだ。
 隼樹の反応を、編み笠の男は愉快そうに笑う。

「そうだ、そうだ! 思いっ切り(いか)れっ! 我を忘れるぐらいに怒るがいい! 昨日の闘いで、俺は確信した! 人間は、感情を爆発させた時に力を発揮する! その中でも、特に怒りだ! 怒った時のお前の攻撃は、最初の頃とは重みが違い、更にいい感じに殺気を放っていた!」

 ヴィヴィオを攫った編み笠の男は、目的を語った。
 人間と言う生き物は、肉体の全ての力を出し切れていない。100パーセントの力を発揮し続けてしまうと、力に耐えられず骨や関節等が壊れ、肉体が崩壊してしまうからだ。ところが、ある条件下ではこの潜在能力が発揮される。ソレは、極限にまで高まった精神状態でいる事だ。
 編み笠の男は、潜在能力を抑える枷を外す為に、隼樹を怒らせる行為に出たのだ。
 ただ、殺し合いを楽しむ為だけに。
 編み笠の男は、懐から一枚の紙を取り出した。

「この小娘を返してほしくば、ここに来て、俺を殺してみろ! 仲間を連れても構わんぞ! 勿論、何人でもなぁ!」

 場所を記した紙を隼樹達が居る病室に投げ、足下に黒い魔法陣を展開させる。
 転移魔法を発動させようとする編み笠の男の腕の中で、ヴィヴィオが泣き叫ぶ。

「パパァァァァ! ママァァァァ!」
「ヴィヴィオ!」

 ヴィヴィオの必死な叫びに、ウーノの目に涙が浮かぶ。
 隣に居るセインも、己の無力さに怒り、悔んで歯を食いしばっている。
 怒気や殺気を膨らませる一同の前で、編み笠の男は思い出したように言った。

「ああ、そうだ……まだ、俺の名前を言ってなかったな。
 俺の名は、ゼツだ。それじゃあ楽しみに待っているぞ、小僧! フハハハハハハハハッ!」

 編み笠の男──ゼツは禍々しい黒い光に包まれ、次の瞬間、ヴィヴィオと共に姿を消した。
 残されたウーノ達は、ゼツが居なくなった跡を見つめる事しか出来なかった。
 一番前に居る隼樹は、窓枠を掴み、顔を伏せて歯を食いしばっていた。


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