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長く、長〜くお待たせして、すみません!
ようやく更新しました。
更新を待っていた読者の皆さん、本当に申し訳ありませんでした!
それでは、本編をどうぞ!
第三十五話:戦闘開始
 ソイツを見た瞬間、心臓がはね上がった。
 公園の空気が、一瞬にして冷たくなったのを肌で感じた。
 隼樹達の前に現れた男は、黒い編み笠に黒いマントを羽織った全身黒ずくめの格好をしている。編み笠の下からは、男の不気味な笑みが覗く。
 危ない。
 隼樹の中で、かつてない危険信号が鳴っていた。
 チンクとセインも、編み笠の男の危険な気配を感じ取り、戦闘態勢に入る。二人とも服を脱いで戦闘スーツになり、チンクは灰色のコート──シェルコートを身に纏う。
 この編み笠の男には、見覚えがある。以前、アジトで小さな町で住民と駆けつけた管理局の局員が皆殺しにされた映像を見た事がある。その映像に、ガルマと目の前にいる編み笠が映っていたのだ。逃げ惑う人々を殺戮する姿が──。
 いつでも抜けるように刀の柄を握ってる隼樹の手が、ガチガチに震えている。
 編み笠の男から感じる禍々しい殺気は、ガルマ以上だった。

「貴様、何者だ? 何をしにきた?」

 目的を問うチンクの両手には、既に数本のスティンガーが握られていた。編み笠の男の動きに、いつでも対応出来るように油断なく構えている。

「ククク。俺の目的は……お前だ」

 不気味な笑みを浮かべ、編み笠の男は隼樹を指差した。

「え? 俺!?」

 自分を指差しながら、隼樹は驚く。

「そうだ。あのガルマを倒したお前と殺し合いをしにきたのさ」

 手で編み笠を少し上げ、編み笠の男は目を見せた。血のような真紅な眼。見るだけで人を射殺せそうな殺気が宿っている。
 編み笠の男と目が合った瞬間、隼樹の足が激しく震え出した。

『オイオイ。何か、とんでもねー野郎に目ぇつけられてんな、お前……』

 手に持つ無名刀の軽口は、今の隼樹には聞こえなかった。

「おやおや、そんなに震えて殺し合えるのかい?」

 怯えてる隼樹の様子を見て、編み笠の男はおかしそうに笑った。
 チンクは、最悪の事態に顔を顰めた。編み笠の男の目的は、ガルマから聞いていた。だから隼樹を鍛えて強くさせ、自分達も訓練を重ねて腕を上げてきた。しかし、編み笠の男の出現が思ったよりも早かった。隼樹は並の魔導師相手なら倒せるが、まだまだ上位ランクには歯が立たない。ガルマに勝ったとは言え闘いの経験は少ないし、今、編み笠の男の殺気を受けて完全に怯え、足が竦んでいる。それに、ナンバーズも全員が揃ってない状況だ。何より、編み笠の男はタダ者ではない。任務で数々の戦場をくぐり抜けてきたチンクは、編み笠の男の実力を見抜いていた。セインと二人だけで、隼樹を護るのは厳しいと考えた。
 不気味な殺気を放つ編み笠の男が、一歩前に出た。

「さぁ、殺し合いを始めようか!」

 編み笠の男は、歯を見せて狂気にも似た笑みを浮かべる。

「セイン! 隼樹を連れて逃げろ! 隊舎にいるウーノにも連絡しろ!」
「わかった!」

 チンクが叫び、セインは頷いて答える。

「チンク!」

 隼樹は声を振り絞って、編み笠の男と対峙してるチンクの背中に声をかけた。

「行くぞ、隼樹!」

 セインは隼樹の腕を掴み、ISを発動させようとした。
 その時だった。

「逃がさんよ!」

 編み笠の男は、足下に真っ赤な魔法陣を展開させる。直後、公園の真上に赤い球体が現れた。赤い球体は大きく膨らみ、半球状のドームのような形となって公園全体をスッポリと覆った。ドーム内の公園の風景が、赤く変色する。
 編み笠の男が作り出した結界だ。

「こんな物、AMFを使ったディープダイバーで!」

 セインは魔法を打ち消すAMF発動させながらディープダイバーを使い、隼樹と共に脱出を試みる。
 だが、地中に潜れても半球状の外へ出る事が出来ない。

「そんな! AMFでも消しきれない!?」

 編み笠の男が展開した強力な結界に、セインは動揺を隠せなかった。

「ハハハハハ! 逃げるなんて、つまらんマネはさせんよ!」

 不敵な笑みを浮かべ、編み笠の男はセインと隼樹に迫る。
 その時、編み笠の男に向かって数本の黒いナイフ──スティンガーが放たれた。編み笠の男は赤い目でスティンガーを睨み、両の拳の連続突きで全て弾く。攻撃を防ぎ終えた編み笠の男は、スティンガーを放った人物に目を向けた。
 視線の先には、新たなスティンガーを構えてるチンクの姿があった。

「チンク姉!」
「セイン! 隼樹と一緒にできるだけ離れていろ!」

 編み笠の男から目を離さないで、チンクはセインに指示を出す。

「フフフ。そうか、まずはお前からか」

 標的をチンクに変えた編み笠の男は、彼女に向かって猪のように勢いよく走り出した。
 チンクは一瞬で狙いを定め、手に持つスティンガーを一斉に放つ。宙を走るスティンガーは、突っ込んでくる編み笠の男の頭上や横を通り過ぎる。編み笠の男が怪訝に思った直後、体の動きが突然止まった。外れたスティンガーは、後ろの木や地面に深く突き刺さり、スティンガーの柄の部分から伸びている金属製の細い糸で編み笠の男の動きを封じたのだ。編み笠の男が、「おほっ」と笑った直後、チンクのISが発動して金属製の糸は爆発した。
 爆心地は、黒い爆煙に包まれた。
 爆煙を見据えるチンクが、新たなスティンガーを出した時、爆煙の中から編み笠の男が飛び出てきた。しかも、殆ど無傷の状態で──。

「フハハハハ! なかなかいい攻撃だが、少々威力が足りないなァ!」
「くっ!」

 編み笠の男が無傷なのに動揺しながらも、まだ距離が離れてる内にチンクは再びスティンガーを投げる。金属製の糸で、また編み笠の男の動きを封じようとした。
 しかし、

「ぬぅぅぅぅん!」

 編み笠の男は全身に力を入れて、無理矢理金属製の糸を破ろうとする。そして次の瞬間、編み笠の男は糸を全てちぎった。

「バカな!?」

 目を見開き、驚愕するチンク。
 自分を縛る糸を破った編み笠の男は、チンクに向かって一直線に走る。間合いに入った編み笠の男は、右腕を振りかぶり、チンクに拳を放つ。咄嗟にチンクはシェルコートで防御の体勢を取る。だが、魔法によって肉体を強化しているのか、編み笠の男の拳を受けたチンクのシェルコートはガラスのように粉々に砕けてしまう。そのまま拳の勢いは落ちず、チンクの両腕のガードの上に叩き込み、後方へ吹っ飛ばす。

「チンク!」

 隼樹とセインが、同時に叫んだ。
 立ち込める砂ぼこりの中から、チンクの姿が見えてきた。ガードした右腕が、バチバチと放電してガクガクと小刻みに痙攣している。たった一撃受けただけで、右腕をやられてしまった。
 チンクは何とか起き上がり、編み笠の男を睨んだ。

「おやおや、つまらないねぇ。これで終わりかい?」

 不気味な笑みを浮かべる編み笠の男。

「マズイ! このままじゃチンク姉が!」

 セインは、急いで隊舎に連絡を取る。
 彼女の後ろで、隼樹は情けなく足を震わせて地面に座り込んでいた。チンクが危ないという時に、自分は震えて動けないでいる。隼樹は震える足を、両手でバンバン強く叩く。
 止まれ、止まれ、止まれ。何度も心の中で自分に言い聞かせながら、足を叩き続ける。だが、足の震えは簡単には止まらず、その間にも編み笠の男はチンクに少しずつ迫っていた。
 隼樹は、足の震えに構わず無名刀を握った。
 編み笠の男は、立ち上がったチンクの目の前で足を止めた。

「まず、一匹」

 殺しを楽しむ歪んだ笑みを浮かべ、編み笠の男は魔力を溜めた拳を振りかぶる。

「チンク姉!」

 連絡を終えたセインが走り出すが、間に合う距離ではない。
 チンクは覚悟を決め、目を硬く閉じた。視界が真っ暗になり、何も見えない。セインと隼樹が無事に逃げ切れる事を願い、自分に迫る死を待った。が、編み笠の男の拳がチンクに届く事は無かった。

「うおおおおお!」

 目を閉じた暗闇の中で、聞き慣れた男の声が聞こえた。その直後、肉を斬る音が耳に入り、チンクは目を開いた。
 チンクの目に映ったのは、刀を構える隼樹の背中だった。

「隼樹!?」

 チンクとセインは、同時に驚きの声を上げた。
 編み笠の男の背中には、刀で斬られた切り傷があった。チンクに拳を突き出す寸前で、後ろから隼樹に斬られたのだ。
 背中に手を回し、編み笠の男は傷口を触った。ぬちゃっ、と生暖かい液体に触れ、手を戻した。手にベッタリとついた真っ赤な血を見て、ニヤリと口元を吊り上げる。顔を上げて、目の前で刀を構えてる隼樹に目を向けた。

「ふふ、出来るじゃないか。そうだ、そうこなくては面白くない」
「チ……チンクに近づくな!」

 声を振り絞り、隼樹は精一杯叫んだ。目には涙を浮かべ、刀を握る手や足はガクガクと震えており、怖がってるのは明らかだった。こうして向かい合っているだけで、ギリギリ精一杯のようだ。

「馬鹿っ! お前の敵う相手じゃない! 逃げろ!」

 チンクが逃げるよう叫ぶが、隼樹は首を横に振った。

「た、確かに……俺は臆病で弱い人間だ……けど……好きな女を置いて逃げるような、最低な男にだけはなりたくないんだ!」

 隼樹は怯えながらも、自分の意思を口に出して叫んだ。
 彼の言葉を聞いたチンクとセインは、思わず顔を赤くしてしまう。もう逃げないという決意とチンク達が好きだという想いが、二人の胸を打ったのだ。

『へっ、ただのヘタレかと思ったら、なかなか言うじゃねーか』

 隼樹が握る刀──無名刀が珍しく誉めた。
 いつも憎まれ口を叩く無名刀からの初めての誉め言葉に、隼樹は少し嬉しくなる。

『さて、敵さんはやる気満々のようだぜ。気合い入れていけよ!』
「は、はい!」

 無名刀の激励を受け、隼樹も声を出して応えた。手と足の震えが、さっきよりも小さくなっていた。普段は、いい加減で喧嘩をしてばかりいるが、それでも今まで剣術を教えてくれた無名刀は師匠であり、隼樹はその弟子。師からの言葉は、とても頼もしい。短い言葉ではあるが、隼樹の中にある恐怖心を払った。
 隼樹と編み笠の男が動いたのは、同時だった。一歩踏み込み、隼樹は刀を振り、編み笠の男は拳を突き出す。刀と拳がぶつかり、甲高い音を立てて弾いた。編み笠の男は、すぐに空いてる左拳を隼樹の顔目掛けて突く。目をギョッとさせ、ビビりながらも反応した隼樹は首を横に動かして突きを避ける。臆病者ゆえの危機察知能力が、頭よりも先に体を動かしたのだ。
 その後も、編み笠の男が攻勢となり、突きや蹴りを繰り出し続けた。防戦一方となってる隼樹は、必死に攻撃をかわしながら反撃の機会をうかがう。突きや蹴りのスピードと鋭さは、ノーヴェやトーレよりも劣るが、一撃の威力は戦闘機人のチンクの腕を粉砕する程なので、決して油断や安心は出来ない。尤も、臆病者の隼樹には油断や安心する余裕などはじめから無いが。

 正直、今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られていた。編み笠の男から伝わる禍々しく強い殺気と魔力は、以前闘ったガルマ以上だ。しかし、チンク達を護る為にも逃げる訳にはいかない。

「ハハハハ! いいぞ! ガルマと闘った時よりも、動きが良くなってるじゃないか!」

 隼樹の成長に喜び、殺し合いを楽しむ編み笠の男。

「少し強くいくぞ!」

 次の瞬間、編み笠の男の雰囲気が変わった。
 魔力が高まり、編み笠の男の突きの速さも上がる。その上、拳の威力も強化され、まともに食らえば人間の隼樹はひとたまりもない。
 隼樹は刀で防ごうとするが、間に合わない。
 やられる。
 そう思った時だった。
 編み笠の男の頬を、青い光線が掠めた。何が起こったのかと、編み笠の男は一瞬動きを止める。続いて別の方向から、数本のスティンガーが飛んできた。編み笠の男は、一旦止めた拳を振るってスティンガーを粉々に砕いた。
 その隙に隼樹は、素早く後退して距離を離した。

「し……しし、死ぬかと思った……!」

 呼吸を激しくさせ、肩を揺らし、心臓の鼓動を早鐘のように鳴らす隼樹。

「隼樹! 大丈夫か!」

 駆け寄ってきたのは、セインだった。さっき編み笠の男を狙った青い光線は、セインが発射したモノなのだ。編み笠の男の隙を作り、隼樹を救う為に──。

「セ、セイン! 助かった〜! ありがとう!」

 目から涙を溢れ出し、隼樹はセインに抱きついた。

「その様子なら、大丈夫そうだな」

 右腕を押さえて、チンクもやってきた。セインの光線の後、スティンガーを投げたのはチンクだ。

「チンク〜!」と泣き続ける隼樹。
「しかし、三人でこの状況を切り抜けるのは厳しいな」

 チンクは、自分の状態と戦況を分析して険しい顔になった。
 セインが隊舎にいるウーノに連絡したが、応援が到着するには、まだ時間がかかるだろう。他のメンバーが駆けつけるまでの間、三人で編み笠の男から生き残らなければならない。
 編み笠の男は、余裕の笑みを浮かべている。チンクがまだ闘え、隼樹もそれなりに闘えると知って、嬉しいのだろう。
 チンク達がピンチの中、意外な人物が現れた。

「困ッテイルナラ、手ヲ貸シテヤロウカ?」
「えっ!?」

 突然の声にチンク達は驚き、全員が声のした方へ顔を向けた。
 そこに居たのは、隼樹との闘いに敗れて軌道拘置所に入れられ、その軌道拘置所から脱獄したガルマだった。

「ガルマ!?」

 隼樹達は、声を揃えて驚いた。
 三人の中から、涙を流してる隼樹を見つけて、ガルマはポリポリと頭を掻いた。

「ヤレヤレ。相変ワラズ情ケナイ顔ヲシテイルナ、隼樹」

 新たにガルマが闘いの場に現れ、編み笠の男は不気味な笑みを浮かべた。


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