『〜魔法が使えない男〜』、シリアス編に突入!?
謎の異形の魔の手が、隼樹に迫る!!
異形と遭遇した隼樹は、生き延びる事ができるのか!?
第八話:異形の力
路地裏は、異形が放つ異様な雰囲気に包まれていた。
塚本隼樹は、自分に近づいてくる異形を見て、自分の目を疑った。全体的には人の形に近いが、顔が人間のモノではない。トカゲのような、爬虫類の顔をしている。まるで特撮ヒーローに出てくる怪人のようだ。
最初は、そんなモノにビビる訳がないと思った。だが、目が合った瞬間に恐くなって体が震えだした。
異形は、ゆっくりと隼樹に近づいていく。
隼樹は、体が震えて動けない。
「隼樹!」
隼樹の手にある携帯電話から、チンクの声が聞こえてきた。
声に反応して、隼樹は携帯電話を見る。携帯電話の上にモニターが展開して、チンクの姿が映る。
「逃げろ!とにかく全速力で走れ!私が着くまで持ちこたえろ!!」
チンクはレリックケースを担いで、地下下水道を走って、隼樹の元へ向かっている。
「わ……わかった!」
隼樹は頷くと、ゴスロリ服とレリックケースを持ち、少女を抱き抱えて立ち上がる。
「逃ゲルノカ?」
異形の声に、隼樹はビクッと体を震わせた。
「私カラハ逃ゲラレンゾ」
獲物を狙う眼で、隼樹を見据える。
隼樹は冷汗を流して、異形に背を向けて走り出した。路地裏から、人が沢山いる大通りに出て走り続ける。筋肉痛で体が痛むのも構わず、走る。
これだけ人が大勢いる通りに出れば、奴も追ってこれないだろう。だが、その考えはすぐに打ち砕かれた。
「キャー!」
「ば……化物ォォォ!!」
後ろから悲鳴が聞こえて、隼樹は走りながら振り返った。
異形が人々を押しのけたり、殴り飛ばしたり、投げ飛ばしたりして、隼樹の後を追ってくる。
「ええええ!!?」
隼樹は目を剥いて驚く。
「ま……マジかよ!?人混みの中でもお構いなしか!?」
前に向き直って、隼樹は走り続ける。
逃げる隼樹。追う異形。隼樹が後ろを振り返ると、両者の距離が徐々に縮まってきている。
隼樹の息が早くも荒くなり、顔が辛い表情になる。筋肉痛で体が痛いうえに、少女と重いケースを持って走っているので、体力の消費が激しいのだ。
このままじゃ追い付かれる。そう思った時、隼樹はハッとなって、抱えてる少女を見た。
よく考えれば、奴の狙いはレリックケースなのだ。この少女は誰かに預けて、自分だけ逃げればいい。だが、一体誰に預ければいい?
「あ、あの……!」
隼樹が少女を誰に預けるか考えていると、前方にいる二人の子供から声をかけられた。一人は赤髪の少年で、もう一人はピンク色の髪の少女だ。
ええい、もういいや。この二人に預けよう。
そう思いついて、隼樹は素早く行動に移った。
「この娘頼む!」
「えっ!?」
赤髪の少年は、隼樹から少女を預けられて驚いた。
少し身軽になった隼樹は、スピードを上げて再び路地裏に入る。
異形は少女には構わず、別の道から路地裏に入った。
異形の姿を見た赤髪の少年とピンク色の髪の少女は、険しい表情で顔を見合わせた。
「エリオ君」
「うん。スバルさん達に知らせよう!」
エリオと呼ばれた赤髪の少年は、仲間へ通信を繋げる。
*
人気のない路地裏に逃げ込んだ隼樹は、肩で息をしながら立ち止まった。重いレリックケースを地面に置いて、額から流れる汗を拭く。
「も……もう無理……もうダメだ……体力の……限界……」
全速力で走り続けて、隼樹はもうクタクタに疲れていた。
呼吸を整えていると、後ろからジャリッと足音が聞こえた。
隼樹はビビって体を震わせて、ゆっくりと後ろを振り返る。
そこには、異形の追跡者が異様な雰囲気を放って立っていた。
「言ッタダロウ?私カラハ逃ゲラレン、ト」
息が荒い隼樹とは対照的に、異形は全く息が乱れていない。
「諦メロ」
異形が歩き出す。
隼樹には、もう逃げる体力は残っていない。悔しさで歯を食いしばり、異形を睨みつける。
異形が、ゆっくりと歩み寄り、マンホールの蓋を踏んだ。その瞬間、マンホールの蓋の隙間から光が漏れて、爆発が起こった。
「うわあっ!!」
爆風を受けて、隼樹は倒れる。
マンホールの蓋は粉々に砕け散り、地下から煙が立ち上る。その中から、レリックケースを持ったチンクが現れた。
チンクの姿を見て、隼樹は安堵して涙目になる。
「チンク!!」
「隼樹、よく持ちこたえた」
チンクは隼樹の目の前に立ち、立ち込める煙を見据える。
「隼樹。持っていてくれ」
「あ、ああ」
隼樹は、チンクからレリックケースを受け取った。
「仲間、カ……」
煙の中から、無傷の異形が姿を現した。
チンクは油断なく異形を睨み、どこからともなく数本のナイフを出現させて構える。
異形は、ほぼ無防備な状態でチンクを見据えている。
「先ホドノ攻撃、魔力ヲ感ジナカッタ……ツマリ魔法デハナイ」
「……貴様、何者だ?」
チンクは敵意の目で、異形を睨む。
「教エル必要ハ無イ」
異形が一歩、踏み出す。
「オトナシク、ソレヲ渡セ。ソウスレバ、命マデハ奪ワン」
「断る」
「ナラ、力ズクデ奪ウマデダ」
異形がまた一歩踏み出した瞬間、チンクは持っているナイフを放つ。
「『ランブルデトネイター』!」
チンクが指を鳴らすと、放たれたナイフは爆発した。
異形がいた場所に、煙が立ち込める。
戦闘機人は、『インヒューレントスキル』、通称“IS”と呼ばれる先天固有技能というのを備えている。これは魔力とは別のエネルギーを使用しているので、魔法ではない。
チンクのISは、触れた金属を爆発物に変化させる『ランブルデトネイター』。『スティンガー』と呼ばれるナイフ型の固有武装とISを組合せて戦う。ちなみに、隼樹は戦闘機人じゃないから、ISを使用する事は出来ない。
煙が晴れてきて、中から異形が出てきた。
「な……!?」
異形の姿を見て、チンクは驚愕した。後ろにいる隼樹も、驚いて目を見開いている。
煙の中から現れた異形は“無傷”だった。しかも、薄い黒色の障壁が、異形の体を包んでいる。
「残念ダッタナ。私ニハ、イカナル攻撃モ通用シナイ」
「くっ……!」
チンクは歯噛みすると、新たなスティンガーを構えて、異形に向かって投げ飛ばす。
自身に迫るスティンガーを避けようともせず、異形は歩みを止めずに進む。再びスティンガーが爆発を起こし、爆風が生まれて、煙が立ち込める。
すぐに煙の中から、障壁に包まれた無傷の異形が現れた。
「無駄ダ。私ノ障壁ハ、イカナル攻撃モ通サナイ」
異形が走り出す。
「下がれ、隼樹!!」
チンクが隼樹の体を押す。
同時に異形はチンクの目の前に辿り着き、右拳をチンクの腹に叩き込んだ。
「がはっ!」
苦痛に顔を歪め、チンクは腹を押さえる。
「チンク!!」
チンクに押されて、尻餅をついた隼樹が叫ぶ。
「ム……」
殴った異形が訝しげる。
「妙ナ手応エダナ。オ前、人間ジャナイナ?」
異形は、たった一発のパンチで、チンクが人間でないと見抜いた。
チンクは異形には答えず、拳を放つが、障壁に防がれて異形まで届かない。
「無駄ダ」
異形が動く。
無防備となっているチンクの顔面に、異形の拳が叩き込まれる。更に顔を殴り続け、最後にもう一度、腹に拳を叩き込んだ。
「う……はっ……!!」
吐血をして、チンクは腹を抱えて、その場にうずくまった。
後ろにいる隼樹は、ただ見ている事しかできなかった。
「ナカナカ、シブトイナ」
うずくまってるチンクを見下ろして、異形が呟く。
そして、ゆっくりと右腕を振り上げる。トドメを刺すつもりだ。
隼樹の心臓の鼓動が跳ね上がる。このままじゃ、チンクが殺される。チンクを助けたいが、恐くて立ち向かう事が出来ない。そんな臆病な自分に腹が立つ。隼樹は臆病で弱いまま、何も変わっていない。
それでも隼樹はチンクを助けようと、小さな勇気を振り絞って、異形の後ろを指差して、ありったけの声で叫んだ。
「管理局ゥゥゥゥゥ!!」
「ナニッ!?」
隼樹の声に反応して、異形は後ろを振り向く。
だが、後ろには誰もいない。野良猫一匹もいなかった。
異形が後ろを振り向くと同時に、隼樹は動いた。慌てながらチンクを背中におんぶして、二つのレリックケースを両脇に抱え持ち、異形が振り返る前に地面を蹴って走り出す。
チンクは、隼樹の行動に驚いたが、声には出さなかった。両腕に力を入れて、しっかりと隼樹の背につかまる。
「ムッ!」
異形は振り返って、走り去っていく隼樹達を見る。
「逃ガサン!」
すぐさま異形も走り出して、隼樹達の後を追う。
隼樹は振り返って、追ってくる異形を見る。
「げっ!やっぱり追ってきやがった!」
「隼樹!そのまま走り続けろ!」
チンクの周りに、十数本のスティンガーが出現して、宙に佇む。異形に向かって、スティンガーが雨のように降り注ぐ。スティンガーは、チンクの意志で、ある程度操作する事ができるのだ。スティンガーが次々と爆発を起こして、異形の近くの建物が音を立てて崩れ、爆煙と砂埃が巻き起こる。
隼樹の頭に、建物の小さな破片が当たった。
「わっ!わっ!痛っ!」
「止まるな!走れ!」
チンクの言葉に従って、隼樹は止まらず走り続ける。
一方、異形は煙で視界を遮られて、隼樹達の姿を見失っていた。上から落ちてくる瓦礫や破片は、障壁で防げるが、煙を消す事は出来ない。
走って煙の外に出て、異形は辺りを見回す。隼樹達の姿はなくなっていた。
異形は、ぽりぽりと頭を掻く。
「……逃ゲラレタカ。ソレニシテモ……フフ。アノ男、立チ向カウ度胸ハ無カッタガ、逃ゲル度胸ハアッタカ」
隼樹の姿を思い浮かべる。
「マァイイ。超高エネルギー体ヲ見ツケタダケデモ、良シトスルカ」
異形が、路地裏を離れようとした時だった。
「待ちなさい!」
「!」
後ろからの声に反応して、異形は足を止めて振り返る。
そこには、二人の女の子が立っていた。
「時空管理局機動六課所属、スバル・ナカジマ二等陸士です!」
「時空管理局機動六課所属、ティアナ・ランスター二等陸士よ!」
二人の女の子が名乗った。
少し紫がかった青いショートカットのボーイッシュな女の子が、スバル・ナカジマ。年齢は15歳。右手に籠手を装備していて、両足にはローラースケートのような物を履いている。
オレンジ色の髪をツインテールにした女の子が、ティアナ・ランスター。年齢は16歳。片手には、拳銃が握られている。
二人とも、『デバイス』という道具と『バリアジャケット』という物を身に纏っている。
『デバイス』とは、魔導師が魔法の使用時に補助として用いる道具なのだ。スバルは籠手型とローラースケート型のデバイス。ティアナは拳銃型のデバイスを使用。
『バリアジャケット』とは、魔力によって構成される一種の防護服である。
二人が管理局の人間だと知って、異形は困ったように頭を掻く。
「管理局カ……。思ッタヨリ早カッタナ」
呟いた直後、後ろの方からも気配を感じて振り返った。
そこには、二人の少年と少女がたっていた。
「時空管理局機動六課所属、エリオ・モンディアル三等陸士です!」
「時空管理局機動六課所属、キャロ・ル・ルシエ三等陸士です!」
赤髪の少年が、エリオ・モンディアル。年齢は10歳。先ほど、隼樹が少女を預けた少年だ。手には槍型のデバイスを構えている。
隣にいるピンク色の髪の少女が、キャロ・ル・ルシエ。年齢は10歳。グローブ型のデバイスをはめて、異形を見据えている。
挟み打ちの形になり、異形に逃げ道がなくなった。
「ヤレヤレ。ヤハリ、街中デ姿ヲ現シタノハ、失敗ダッタカ」
異形は、自分の失敗に溜め息をつく。
エリオが槍を異形に向けて、質問をする。
「貴方は何者ですか?さっき道で、男の人を追っていましたよね?一体何の目的で追っていたんですか?」
「答エル必要ハナイ」
異形は、交互にスバル達を見る。
「ソレヨリ、ソコヲドイテクレナイカ?コレカラ私ハ、帰ルトコロナンダ」
「そうはいきません!詳しく話を聞かせて貰います!」
スバル達は、どうあっても異形を逃がさないつもりだ。
「仕方ナイナ。ナラバ、力ズクデ、ドカストシヨウ」
異形は、スバル達の方へ駆け出す。
腕を振りかぶり、驚いてるスバルに向かって拳を振るう。
スバルは一瞬驚いたが、すぐに冷静になり、プロテクションを張って拳を防ぐ。
近くにいたティアナは、距離を取って銃型のデバイス『クロスミラージュ』を異形に向けて構えた。直後、銃口から数発のオレンジ色の魔力弾が発射される。魔力弾は、真っ直ぐに異形に放たれたが、障壁によって防がれてしまう。
「はああああああ!!」
スバルが気合と共に、籠手型のデバイス『リボルバーナックル』をはめた右拳を異形に向かって放つ。だが、スバルの拳も異形の障壁に止められてしまった。
「まだまだ!」
リボルバーナックルが撃鉄を起こし、『カートリッジロード』をする。
『カートリッジロード』とは、魔力が込められた弾丸をデバイスに組み込んで、瞬間的に爆発的な破壊力を得るシステムだ。
カートリッジロードで魔力が高まり、リボルバーナックルの威力が上がった。リボルバーナックルと障壁の間で火花が散る。だが、それでも異形の障壁には、小さなヒビ一つ入らない。
突然、異形は身を引く。そして障壁を展開させたまま、地面を蹴ってスバルに向かって突進する。
スバルは、もう一度プロテクションを展開する。
しかし、プロテクションは、異形の障壁の激突で粉々に砕け散った。
「なっ……!?」
スバルは驚愕して、目を見開く。
異形は素早く手を伸ばして、スバルの頭を掴み、近くの壁に叩きつける。
「スバル!!」
「スバルさん!!」
ティアナは、クロスミラージュを魔力刃が備わった形態『ダガーモード』に変えて、異形に斬りかかる。エリオも、槍型デバイス『ストラーダ』の刃付近にある噴射口から魔力を噴射して、ミサイルのように異形に向かって突っ込む。
刃と槍が火花を散らせて障壁にぶつかるが、斬る事も貫く事も出来ない。
その間にも異形は、スバルの顔面を殴り続ける。顔を殴るたびに、異形の拳は赤い血で染まっていき、周りに鮮血が飛び散った。
「スバルゥゥゥゥ!!」
ティアナが涙目で叫ぶ。
その瞬間、異形はスバルからティアナに標的を変えた。
頭に血が上ってるティアナの腹に、蹴りを叩き込む。ティアナは腹を押さえて、顔を歪める。
次の瞬間、ティアナの無防備な顔面に、異形の膝蹴りが決まった。
ティアナは体をのけ反らせて、仰向けに倒れた。
「ティアナさん!」
エリオが叫ぶ。
後ろでは、キャロがピンク色の魔法陣を展開させていた。
「錬鉄召喚!アルケミックチェーン!!」
キャロの声と共に、魔法陣から鎖が召喚されて、異形を縛ろうとする。
だが、鎖は異形が展開してる障壁に弾かれてしまう。
「うおおおおおお!!」
ストラーダの先端に黄色い魔力刃を作り出して、エリオは異形に斬りかかる。障壁で防がれても、何度もストラーダを叩きつける。
異形は両手を伸ばしてエリオの頭を掴み、頭突きを食らわせる。
「寝テロ」
体を一回転させて勢いをつけ、キャロに向かってエリオをブン投げた。
「きゃああああ!!」
エリオとキャロは、激突して倒れてしまった。
機動六課の四人を倒して、異形は頭をぽりぽりと掻く。
「全員、生キテイルカ。前ニ小サナ町デ全滅サセタ魔導師達トハ、一味違ウヨウダナ。ヨク鍛エラレテイル」
その時、強い魔力が近づいてくるのを感じて、異形は顔を上げる。
「ヤレヤレ。マタ管理局カ」
異形は溜め息をつきながら、頭を掻いた。
周りを見回して、マンホールを見つける。異形は、マンホールの蓋を開けて中に身を投じた。
機動六課の四人を、あっという間に倒した異形!
そして、消えた隼樹とチンクの行方は!?
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