第七話:ロリとモンスター
時空管理局。
ミッドチルダを中心にして、数多に存在する次元世界を管理・維持するための機関。
局員の中には、『魔法』を使用する『魔導師』と呼ばれる者もいる。魔導師とは、体内に『リンカーコア』という『魔力』の源を持ち、魔法を使用する人物の総称である。ちなみに、隼樹はリンカーコアを持っていないので、魔法を使用する事は出来ない。
まぁ簡単に言えば、時空管理局は沢山の世界を飛び回る巨大な警察組織みたいなものなのだ。
その管理局の食堂に、戦闘機人No.2のドゥーエの姿があった。
*
管理局に潜入しているドゥーエは、食堂で朝食を食べていた。
朝食を食べながら、ドゥーエは姉妹達と隼樹の事を考えていた。ドクターやウーノ、未だ会った事がない妹達は、元気にしているのか。隼樹は姉妹達と上手くやっているのか。
ふと頭に、隼樹が作った料理が思い浮かぶ。美味しくはないが、決してマズくもない微妙な味の料理。あの料理の味が、忘れられない。
──また彼に、お弁当を頼んでみましょうか。
そう思いながら、ドゥーエはオカズを食べていく。食事を進めていると、後ろの席で食事をしている二人の局員の会話に耳が反応した。
「そういやぁ、この間の町の住民と武装局員の惨殺事件。アレの犯人見つかったのか?」
「いや、見つかるどころか、手掛かりすら掴めてないようだ」
「武装局員は100人もいたんだろ?一体どんな化け物だよ」
「さぁな」
話を終わりにして、二人の局員は食事を続けた。
話を聞いていたドゥーエは、顎に指を当てて考える。
──少し気になりますね。時間が空いた時にでも、調べてみましょうか。
そう決めると、ドゥーエは食器を持って席を立った。
*
実力の差は歴然。
蟻が恐竜に戦いを挑むようなもの。そんな絶望的な状況でも、彼は活路を見出だそうと必死に頭を働かせる。
相手に攻撃を当てる事は不可能。相手の攻撃を防ぐ事も不可能。まさに絶体絶命の大ピンチに、彼は陥っていた。
だが、そんな彼にも、たった一つだけ手段が残されていた。彼がその手段に気付くのに、そう時間はいらなかった。いや、むしろ、その手段が真っ先に頭の中に浮かんだ。
誰にでも出来る、実にシンプルな行為。
それは──。
「逃げる!!」
そう叫んで彼──塚本隼樹は全速力で走り出した。
向かうは、部屋の出口。この地獄の場から逃れるために、隼樹は必死に走り続ける。痛みに耐えながら、無理矢理体を、足を動かす。
だが、
「逃げんじゃねェェ!!」
「ぎゃばァァァァ!!」
背中にノーヴェの一撃を受けて、隼樹の逃走はあっけなく終わった。
「お前なぁ、たまには逃げる以外の事も考えろよ」
呆れた口調でノーヴェが言った。
隼樹は大の字になって、床に倒れている。
場所は訓練場。
ナンバーズの朝の訓練に、隼樹も参加しているのだ。最初はトーレとノーヴェの二人で、隼樹の相手をしていた。が、さすがに隼樹には荷が重すぎるので、ノーヴェが隼樹の訓練担当になったのだ。
弱い自分を変える為に、ナンバーズの訓練に参加しているが、いつまで経っても変える様子がなく、ボコボコにされる毎日。果たしてこのまま続けてよいものか、と隼樹は最近悩んでいる。
*
「あ〜、気持ちいい〜!」
朝の訓練を終えて、隼樹はシャワーを浴びている。
少し熱めのシャワーで、体の汗を洗い流していく。訓練は無茶苦茶キツいが、終わった後に浴びるシャワーは物凄く気持ちいいのだ。隼樹にとって、シャワーを浴びる時間は至福の時間に等しかった。
シャワーを止めて、タオルで体を拭いて、服を着る。
「あ〜体痛ぇ……。完璧に筋肉痛だな」
痛みに顔を歪めながら、隼樹は部屋を出る。
「やっと出てきたか」
「チンク」
部屋を出ると、腕を組んで立っているチンクがいた。
「待っててくれたの?」
「まぁな。みんなはもう食堂に集まってる。早く行くぞ」
「わかった」
二人で通路を歩いて、食堂へ向かう。
隼樹は筋肉痛で、歩くだけでも結構痛い。そろそろ体を休めないと、本当に壊れてしまいそうだ。
「そういえば、今朝の食事当番って誰だっけ?」
「ディエチとセインだ」
隼樹が訓練を始めてから、食事が当番制になったのだ。ちなみにセインは、当番になると必ずつまみ食いをする。
食事の話で隼樹は、冷蔵庫の中の食材が無くなりそうなのを思い出した。人数が多いうえに、ノーヴェという大食い娘がいるので、食材の減りが早く、すぐに無くなってしまうのだ。
買物に行こうと考えたが、自分の体の状態を見て悩む。筋肉痛で痛む体で、大量の食材を持って運ぶのは、かなりキツいだろう。
隣にいるチンクを見る。他のナンバーズは、みんな何かの任務に出掛けるが、チンクには任務の予定がない。
これはチンクとデート的な事ができるチャンスではないか、という下心を抱いて、チンクに頼んでみる事にした。
「チンク」
「何だ?」
「あのさ……今日、買物に付き合ってくれない?」
「買物?」
チンクが首を傾げる。
「ぶっちゃけ、今の体で重い荷物を持ち運びするのは、キツいんだよ」
「だから、私に手伝ってほしいと?」
「頼む!お願い!」
両手を合わせて、隼樹が頼み込む。
「ふむ……。まぁ、いいだろう。私も今日は暇だからな」
「ありがとう!じゃあ、チンクはゴスロリ服を着て行こう!」
「ああ……って、ちょっと待て!あ、アレを着ていくのか!?」
ゴスロリ服という言葉を聞いた途端、チンクは顔を真っ赤にして動揺する。
可愛いなぁ、と思いながらチンクを眺める隼樹。
「そうだよ。いつか着るって言ったのに、チンク全然着てくれないじゃん」
「うぅ……」
顔を俯いて、唇を尖らせて唸るチンク。
ああ、可愛いよチンク。思わず襲ってしまいそうだ。必死に本能を理性で抑えて、チンクにゴスロリ服を着るように頼む。
「お願いだよ、チンク。俺、チンクのゴスロリ服を着た姿が見たいんだ!」
「うぅ〜」
唸りながら、チンクはゴスロリ服を着るか悩む。
断っても隼樹は引き下がらないと思ったチンクは、観念したように言った。
「……わかった。着る」
「あざーす!」
隼樹は頭を下げて、心からお礼を言った。
*
朝食を食べ終えて、チンク以外のナンバーズは任務に出掛けた。
隼樹は、ゴスロリ服を着たチンクの姿を想像しながら、食器洗いをしている。仕上げに水で洗い流して、食器を並べていく。食器洗いを終えて、手を拭いて台所を出る。
食堂を出ると、通路にチンクが立っていた。ゴスロリ服を着て──。
「……」
正直、言葉が出なかった。隼樹は呆然となって、ゴスロリ姿のチンクを見つめる。それほどまでに、ゴスロリ服を着たチンクは、とても綺麗で可愛かった。
「あ……あんまりジロジロ見るな……」
チンクは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに隼樹を見上げている。
ああ、そんな顔するなよチンク。理性の抑えを破って、隼樹のリミッターが解除された。
「チンク、ごめん。俺もう我慢できない」
「え?」
「チンク!」
「きゃっ!?」
突然、隼樹に抱き付かれて、チンクは可愛い声を上げた。
「ちょっ……隼樹!何をする!?」
「チンク!可愛いよ!」
「ば……!だからって、急に抱き付くやつがあるか!!」
「本当にゴメン!でも我慢できないんだ!」
ぎゅ〜、と力いっぱいチンクを抱きしめる隼樹。チンクは、バタバタと隼樹の腕の中で暴れる。
「お前、こんな事したら読者からの好感度が下がるぞ!」
「構わない!それで困るのは俺じゃない!作者だ!」
「この変態最低主人公がぁ!!」
チンクは、右腕を振りかぶり、隼樹の顔面に強烈な拳を叩きつける。
「ぶがぁっ!!」
殴られた隼樹は、壁に激突して、ズルズルと落ちて床に倒れた。
*
研究室では、スカリエッティとウーノが、モニターで隼樹とチンクの騒動を見ていた。
「ハッハッハッ!隼樹もなかなかやるじゃないか」
愉快そうにスカリエッティが笑う。
その後ろで、ウーノは頬を赤くしてモニターを眺めている。床に倒れている隼樹を見つめて、ウーノは思った。
いつか私にも、あんな風に襲い掛かってくるのかしら、と──。
*
隼樹とチンクは、ミッドチルダの首都クラナガンにやってきた。
チンクは、不機嫌な顔で隼樹の横を歩いている。恰好は勿論、ゴスロリ服。出掛ける前に着替えようとしたが、隼樹が何回も土下座して謝り、お願いしてきたので、仕方なくゴスロリ服を着ている。
チンクの心の広さに、隼樹は感謝した。
スーパーに入って、食材を選び、買物籠の中に入れていく。買物を済ませて、二人はスーパーから出てきた。食材が沢山入ってる重い買物袋を両手で持ちながら、二人は街中を歩いていく。
「チンク、本当にありがとう」
「ああ」
「それと……アジトでは、本当にゴメン」
「……もういい。過ぎたことは、忘れろ」
隼樹に突然抱き付かれた事を思い出して、チンクは顔を赤くした。
それっきり、二人の間で会話がなくなり、黙ったまま道を歩いていく。
しばらく歩いていると、隼樹が何かに反応して足を止めた。
隼樹が止まった事に気付いて、隣を歩くチンクも足を止める。
「どうした?」
「いや……何か、あそこから物音が聞こえたような……」
隼樹が指差したのは、人気のない路地裏。
チンクもそちらに目を向けると、何かの気配を察したらしく、真剣な表情に変わった。
「隼樹、ここで待っていろ。少し様子を見てくる」
「あ、ああ」
隼樹が頷くと、チンクは荷物を持ったまま路地裏に向かった。
「隼樹。こっちへこい」
路地裏に入ってから、すぐにチンクの声が聞こえてきた。
呼ばれて、隼樹も路地裏に入る。そこには、ボロボロの衣裳を着た、年は5、6歳くらいの金髪の少女が倒れていた。片腕には鎖が巻かれていて、鎖の先には黒いケースが繋がれている。
「……ホワイ?」
隼樹は疑問に思った。
何故こんな所に、ボロボロの服を着た少女か倒れているのか。何故、鎖で繋がれているのか。何故、ボロボロなのか。隼樹の頭の中に、次々と疑問が思い浮かぶ。
チンクは、倒れてる少女を抱き抱えて、鎖で繋がれているケースを見る。
「……これは『レリック』が入ってるケースだな」
「レリック?」
久々に知らない単語が出てきた。
「そういえば、今日は『マテリアル』と『レリック』が移送される予定だったな」
「ま、マテリラル?マテリアル?」
またも知らない単語が出てきて、隼樹は混乱する。
そんな隼樹に構わず、チンクは少女に繋がれている鎖を見る。一つのケースを繋ぐにしては、鎖が長すぎる。おそらくケースはもう一つあるのだろう、と考えた。周りを見ると、ケースの姿はないが、蓋が開いているマンホールを見つけた。どうやら地下下水道から、マンホールを開けて地上に出てきたようだ。
という事は、もう一つのケースは地下か。チンクはそう結論を出した。
何故、移送中のハズのマテリアルとレリックがこんな所にあるのか考えるのは後回しにして、地下にあると思われる、もう一つのレリックを回収する事にした。
すると、状況が理解できない隼樹が声をかけた。
「あの……置いてかないでくれます?俺、何が何だかさっぱり解らないんだけど……」
「ああ、すまない。隼樹、私はこれから地下に行って探し物を取ってくる。お前は、アジトにいるドクター達にこの事を知らせて、ここで待機していてくれ」
「え?そりゃあ、構わないけど……」
「説明は後でする」
そう言って、チンクはゴスロリ服を脱いで、スーツ姿になる。脱いだゴスロリ服を、隼樹に差し出す。
「汚すと面倒だからな。隼樹が持っていてくれ」
「ああ」
チンクからゴスロリ服を受け取る。
「あの……俺も一緒に行こうか?」
「いや、一人で大丈夫だ」
チンクは、マンホールの前で立ち止まる。
「それじゃあ、行ってくる」
安心させるように隼樹に笑みを見せて、チンクはマンホールの中に入った。
残された隼樹は、眠っている少女を見て溜め息をついた。
「……何が何だか、全然解んねぇ」
携帯電話を取り出して、スカリエッティに通信を繋げる。
*
アジトの研究室では、スカリエッティとウーノが“ある問題”について考えていた。
すると、研究室に通信が入った。
「ドクター。隼樹さんから通信です」
「彼から通信が入るとは、珍しいね」
考えを中断して、スカリエッティは通信を繋げた。モニターに隼樹の姿が映る。
「やぁ。どうしたんだい、隼樹?」
「どうも。チンクに報告を頼まれました」
「報告?」
「レリックとマテ……マテリアルを街中で見つけました」
レリックとマテリアルという言葉に、スカリエッティとウーノが反応した。
「本当かね、隼樹?」
「嘘言ってどうするんですか?」
「それもそうだね。いや、ありがとう。キミ達のお陰で、問題は解決しそうだ」
「問題?」
今度は隼樹が、スカリエッティの言葉に反応する。
「実は、そのレリックとマテリアルは、此処に移送されるハズだったのだよ。だが、移送の途中で『ガジェット』の襲撃を受けて、移送中のトラックが横転してしまい、レリックを持ってマテリアルが逃亡してしまったんだ」
スカリエッティの説明の中に出てきた『ガジェット』とは、スカリエッティが作った機械兵器である。隼樹もアジトで、何度か見たことがある。
「え〜っと、つまり……自分が作ったロボットに、襲撃されたって事ですか?」
「そういう事になるね」
「……何このアホな展開」
敵に襲撃されたなら未だしも、自分が作ったロボットに襲撃を受けるなんて、ホントにアホみたいな話だ。というか、完璧にアホだ。
同時に隼樹は、ふと思った。
「今更なんですけど……。スカリエッティって、もしかして悪人ですか?」
「ハッハッハッ。本当に今更だね。そうだよ。私は犯罪者さ。広域次元犯罪者として指名手配されているからね」
隠そうともせず、何故か誇らしげにスカリエッティは言った。
返事を聞いて、隼樹は半眼になる。
「うん。お前、帰ったらブン殴るから覚悟しとけ」
そこで通信は切れた。
「切れたね」
「切れちゃいましたね」
二人は、映像が消えたモニターを見つめた。
*
スカリエッティとの通信を切って、隼樹は溜め息をついた。
まさか、犯罪者と一緒に暮らしていたとは……。もっと早く気付けよ!という読者のツッコミが、聞こえるような聞こえないような、まぁ気のせいだろう。
隼樹は、隣で眠っている少女を見る。こんな小さな娘を使って、スカリエッティは何を企んでいるのだろうか。
隼樹は、スカリエッティが何の研究をしているのか全く知らない。今まで興味が無かったが、今回の件でちょっと気になってきた。
帰ったら聞いてみるか。ブン殴った後に──。
隼樹がそう決めた時、携帯電話が鳴り出した。相手は、地下にいるチンクからだった。
「チンク?」
「隼樹、探し物は見つかった。今から戻る」
「了か……」
隼樹は、途中で言葉を止めた。
「隼樹?」
不審に思って、チンクが声をかけた。
隼樹は返事をせずに、携帯電話を片手に持ったまま固まっている。
彼の視線の先にいるのは、黒い影。トカゲのような顔、全身真っ黒な人型で、身長は170センチの異形だった。
「ソレハ……超高エネルギー結晶体……カ……。フフ……ソレハ使エソウダナ……」
異形から放たれるのは、黒く重い威圧感。
隼樹は、驚きと恐怖が混ざり合ってパニック状態になり、その場から動く事が出来なかった。
「隼樹!誰かいるのか?返事をしろ、隼樹!」
携帯電話から、チンクの声が聞こえてくる。
「ソレヲ、コチラニ渡シテモラオウカ」
異形は、ゆっくりと隼樹に近づく。
狙いは『レリック』!?
得体の知れないモンスターと遭遇した隼樹の運命は!?
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